収束までに時間がかかりそうな東京電力福島第1原発事故。福島県の生産者を中心に「今後、農業が営めるか」と不安の声も出ている。放射性物質の土壌汚染にどう対処すればよいかを考えてみる。
*
農地の汚染で問題となるのは土壌にたまりやすい放射性セシウム。放射線量が半分になる半減期が約2年のセシウム134と約30年のセシウム137の二つがある。
農水省は4月上旬、水田では土壌中の放射性セシウム(セシウム134と137の合計)が1キログラム当たり5000ベクレルを超えた場合に作付けを禁止すると決めた。土壌に含まれるセシウムが稲に移行する割合を10%とし、5000ベクレル以下の土壌なら、コメの出荷停止となる暫定規制値の500ベクレルをクリアできるとみたためだ。
問題は、野菜や果物を栽培する畑ではコメのような作付け基準がないことだ。農作物や土壌の放射性物質を長期モニタリングしている農業環境技術研究所によると、野菜がどれだけセシウムを吸収するかは土の性質や気候によっても異なるため、「明確なことを言えるデータはなく、基準を示すのは難しい」という。
福島県いわき市で農業を営む田子仁一さん(60)は通常約70種類の野菜を栽培しているが、今春出荷したトマトやキュウリの価格は風評被害で通常の半値となり、損害額は数百万円に上った。農地を遊ばせることもできず、レタスなどの苗を植えたが、「自分の農地にセシウムがどれだけあるか分からない。収穫した時に規制値を超えないか心配だ」と将来への不安をもらす。
生産者にとって最大の関心事は農地の汚染度合いだ。福島県は4月から5回、水田や畑の土壌に含まれる放射性セシウムの濃度を公表している。県内54カ所(4月12日公表)と33カ所(4月22日同)の調査では、濃度は9~2万8957ベクレルと地域によって大幅に異なる。高いのは県北東部の浪江町(2万8957ベクレル)、飯舘村(3384~2万8901ベクレル)、二本松市(897~4736ベクレル)、本宮市(1020~4813ベクレル)など。会津地方(9~445ベクレル)や県南部は比較的低い。飯舘村内でもハウスの中の土は16~124ベクレルにとどまる。
野中昌法・新潟大教授(土壌環境学)は「できるだけ多くの農地の汚染度が分かるよう、行政は一刻も早くセシウムのきめ細かな汚染土壌マップを作る必要がある」と強調する。
*
汚染の実態が分からない中、生産者は何をすればよいのか。
日本放射線影響学会によると、セシウムは土壌に吸着されやすく、土の表面近くに多く存在する。このため、まず注意すべきことは「作物の生えた状態ですき込んだり、耕したりしないことだ」と、生井兵治・元筑波大教授(植物遺伝育種学)は指摘する。耕したりすると、セシウムが土の深い方へ広がってしまうためだ。
農水省も、出荷停止などで畑に生えたままの農産物について「土にすき込まず、刈り取って保管を」と呼び掛けている。
土壌中のセシウムを減らす方法として、野中さんは「深さ5センチ程度まで表層を取り除き、そこに堆肥(たいひ)などを入れればよい」と提案する。農業環境技術研究所も、表土を約5センチ除けばセシウムの濃度は相当下がるという。ただ除去した土を産業廃棄物として厳重に保管する必要がある。
福島第1原発の原子炉が安定していない状況では、セシウムは今後も空から降り注ぐ可能性がある。農地を裸のまま放置すると、セシウムが土壌に蓄積し、雨が降れば流れて拡散する恐れもある。
このため、農地に植物を植え、セシウムを吸い上げさせた後で植物を刈り取るよう勧める専門家もいる。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の際は、原発周辺でヒマワリやナタネを植えた実績があるが、日本の土壌に合うかはよく分かっていない。
土壌と作物の吸収研究をする渡部敏裕・北海道大大学院助教(植物栄養学)は「土の表面を広く覆う牧草が候補の一つ」と話す。牧草は土の表面に根を広くはり、セシウムの吸収がよいうえ、空から降り注ぐセシウムを受け止める面積も広い。
問題は、刈り取った牧草などを保管する場所が必要なこと。燃やして灰にすれば保管面積は少なくて済むが、燃やす時にセシウムが環境中に広がる恐れがある。焼却場でセシウムを吸着・捕集する技術開発も急務だ。渡部さんは「刈り取った植物や削り取った土の処分法を政府が早く示さないと、農家は処分先の確保に困る」と訴える。
一方、ゼオライトという鉱物でできた土壌改良剤を使う案もある。ゼオライトには小さな穴が無数にあり、活性炭のようにセシウムを吸着する働きをもつ。作付け前にゼオライトをまけば、セシウムが効率的に吸着できるという理屈だ。
ゼオライトの働きに詳しい鷲巣誠・岐阜大応用生物科学部教授は「ゼオライトがセシウムを吸着すれば、作物に吸収されるセシウムがそれだけ減る。公的機関が作物への吸収率を調べて公表すれば、より確証が得られる」と国の研究にも期待する。ただ、ゼオライトに吸着したセシウムがそのまま土壌中に残るという課題はある。
福島や茨城の生産者に農業資材を提供し、生産者の苦境ぶりをよく知る「木紅木(きくもく)」(いわき市)の菊地祐実子社長は「菜の花を植えて油を取れば、その油には放射性物質が入っていないという話も聞くが、生産者は確実な情報がほしい」と話す。生産者の声に沿った政府の早急な対策が求められている。【小島正美】=次回は18日
毎日新聞 2011年5月16日 東京朝刊