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[27761] 【習作】 エド・ジンパチのVRMMO日誌
Name: ハシャ◆62a97cf5 ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/14 13:55
【あらすじ】
 八つの異世界と交流することになった地球に一つのゲームが贈呈された。
 VRMMORPG風のシステムになっている亜空間<サガ>を自分の分身アバターを操って冒険し、異世界の文化に慣れるということを目的とした、実際に体験・生活ができるという五感があるゲームが。
 この『SAGA』のゲーム内通貨は現金に換金可能ということになっているため、狭き門には希望者が殺到することになる。
 エド・ジンパチはゲームがはじまって一年(ゲーム内では三年)たってからやり始めたプレイヤーだった。しかし、あっというまに落ちぶれてしまう。
 お金を稼げるゲームというのはつまるところ仕事と変わらない厳しさなわけで――これはホームレス以下になったところを先輩プレイヤーに拾われ、レベルと関係のない雑用をこなしていき、ちょっとずつ周囲に認められていくという誰得な物語!


【注意書き】
 この作品は『小説家になろう』のほうにも投稿させていただいております。










【1-1】


 ……飢えるっていうことはこういうことか。

 何度まばたきしたって、ウィンドウに表示されている数値は変わることがなかった。
 腹はぐーぐーと鳴っている。まずい。ほんきで腹減った。
 ちょうど広間にいるんだから飽き缶を片手に乞食まがいことでもしよーかとかなり迷っている。現在進行形で。








 オレはエド・ジンパチという。
 大手ゲーム会社なんぞの社長をやっている親父に、サガっていうVRMMORPGを最低三年間プレイしてきたらコネ入社&遺産相続をできるように遺言状を書いてくれると言われてほいほい参加しちまったお馬鹿なヤローだ。
 妾の子ごときにうまい話なんてあるなんてあるばすないのによ。
 だいだい、サガが普通のゲームじゃないことくらいニュースで垂れ流されていた常識だったじゃないか。
 異世界人から異文化交流のために贈呈されたゲームだなんて曰くつきなんだから悟れよ、オレ。
 人間を精神体に変換、精神世界<アストラル>にいながら霊能世界<サガ>に作られた己の分身アバターを操る――頭に電極を貼って疑似五感のある電脳世界を冒険するっていうラノベの中だけにあったVRよりよっぽど怪しい理論なんだ、まともなもんであるはずじゃない。
 ゲーム内通貨を現金に換金できる、遊んでいるだけで働いているぜヤッホーと叫んでいられたのは開始前だけ。
 チュートリアルという名称の合宿中にはおかしいなと思い始め。
 実際にここ<サガ>に降り立ったときには一時間待たずに後悔することになった。
 アバターは、現実のオレなんかよりよっぽど体力あったけど大自然の前にはあまりに非力だった。
 普通に疲れるっていう感覚があるんだよな、これが。
 晴天下のもともとテクテクと最初の街に歩いて行くのは軽く地獄だったな。
 リアルに襲ってくるモンスターとの戦闘なんてのはまさに地獄そのものというわけで……
 オレは落ちこぼれになった。










【1-2】


 隣町に荷物を運ぶという、ゲームによくある依頼を受けてみた。
 狼っぽいのに襲われてこわくなったから逃げた。自分が情けなくなったね。
 ……荷物とレンタルしていた馬車を全額弁償することになって一カ月分の生活費がなくなったしよ。




 戦闘には向いていないってわかったから生産職に転向しようと頑張ってみた。
 空き地を畑にするっていうクエストがあったから一生懸命にクワを振るったよ、汗だくになるまでな。
 ……芽吹かなかったよ、なんでだ。努力は報われることなく汗と土地代と種の代金だけが出ていくことになっちまった。








 三カ月――ゲーム内は3倍に加速されているからリアルでは一カ月たったとき。
 つまり、今のオレ、はホームレス同然になっていた。
 いや……考えたくないけど、ホームレスってのは最低限暮らしていくための道具を持っているもんだからオレはそれ以下か。
 宿屋に泊まれるぎりぎりまでねばるんじゃなくて数日はやめにチェックアウトして野宿の必須品を買い求めるべきだったんだろうな。
 いまさら後悔してしまう。




 いろいろとやって、小さい稼ぎはいくつかあったけど、大きいミスを2回したときの出費は致命傷になった。
 戦闘職だろうと生産職だろうと、なにか働くとなれば準備をするのにお金がかかるもんだ。
 それをまともに用意できなくなったオレはまともに仕事を選べなくなった。
 喫茶店のバイトをしようにも制服代を払えなかったんだ……
 不得手を考慮せずにとにかくできるクエストを選んでいったら失敗も多くて、赤字になることも多々あった。
 初期アイテムだった拳銃を失ってからは棍棒片手にモンスターに立ち向かい、返り討ちにされ。
 マニュアルを買わずに鍛冶に手を出してはインゴットを鉄くずに錬金していった。

 で、落ちるところまで落ちぶれた。

 もう晩飯を食うための金すら手持ちにはなかった。
 ウィンドウをこの街にあるショップの買取一覧にリンクさせてみるが、二束三文になるものしかない。
 ときたまアイテムの相場は変動することがあるから期待したけどダメだった。
 このゲーム、変なところをリアルなもんで価値のないものを売ろうとしたら1Gにもならなく逆に処分代金をとられるからなー。
 普通に売れるものはとっくに売りつくしているしよ。
 どうしたものか。
 オレは死に戻ることをひそかに覚悟した。










【1-3】


 このゲームでは、死に戻るっていうことは別の意味を持つ。
 中間世界<ゲート>に飛ばされて、サガ用とは別の、本物の身体と大差ない性能のアバターを操ることになるからな。
 それで白衣を着た連中にカウセリングを受けるはめになるんだ。

 ――死の体験がトラウマになってないか?
 ――現実世界に戻ってもトラブルを起こさない健全な精神状態か?
 ――サガのほうに再度送っても大丈夫なのか?

 加速時間でおよそ一週間くらいはそういうチェックを受けることになるんだ。
 現実そっくりに再現されているゲートの街の中、異常行動をとらないか、監視をされてな。
 元々の世界<リアル>に戻るにも霊能世界<サガ>に行くのもお医者様の最終チェックが通らないとどうにもならんこととになる。




 そのときにサガでちゃんと生活していけているかっていうのもチェック項目にあるわけよ。
 オレはこれまでに2回死んでいるけど、前回、警告を喰らっちまってる。
 飢え死になんていう情けないことになったら間違いなく強制的にリアルに戻されることだろう。
 当然、親父との約束もパーになるってことだ。
 それくらいだったらてきとうなモンスターに特攻したほうが支援金貰って再チャレンジできるチャンスがあるんだが……
 もう二度と殺されたくねー。
 チキンと言われたってかまいやしない。
 それぐらいなら緩慢な死を迎えてもう二度とサガに戻れなくなったほうがマシだった。
 餓死がこれから先もっときつくなったら心変わりするかもしれないがな。








 噴水に座りながら溜め息をついていたら、コツンと――ノックをするかのように立てられた足音が聞こえた。
 その距離に近づいてくるまでまったく気配のなかったことに驚きつつそっちに視線を向けると、ざーとらしい青年がそこにいた。
 服と鎧の一体化している防具を着用しているとか、武器を吊り下げているとかではなくて……なんといったらいいのやら。社交界をすいすいと渡り歩く若きエリート、医学部とかにいるボンクラじゃない優秀なほうの色違いというか。高身長にほどよく筋肉のついたイケメンのくせして常時笑顔を絶やすことのないうさんくさいやつだった。
 少女コミックとかに出てきそうな、理想に近づけたままの生活を当たり前にできるくらい自分をコントロールできる切れ者っぽい。

「ちょっといいかな?」

 義理の兄貴の友達にいた化け物に通じるもんを感じ取ってしまいオレの顔は強張った。
 つい、後退りしながら「な、なんだよ」と反応を伺ってしまう。
 が――それはやってはいけないことだった。

「いやね、さきほど歩いていたら面白いものを見てしまってさ。ぼくの知らない使い方をされているウィンドウなんてものがあるのかと驚いてしまったよ。悪いけど、どういう機能を持っているのか覗かせてもらっていいかな?」

 笑顔を保ったまま否と言わせないペースで切りこんでこられた。
 引いちまったことで、勢いで押し切れると判断されちまったようだ。
 オレのミスだった……なにか予定のあるふりをして足早に立ち去るべきだったんだ。
 というか、ウィンドウを自分以外には不可視にするモードに設定しとくべきだったわけで。ついこないだ電卓片手に値引き交渉するような使い方をしたときに設定弄ったまま、元に戻してなかったのは個人情報の秘匿という面においてははっきりとした失態だ。
 しかし、どんだけ遠くから見られていたんだ? 
 噴水の中に潜っていたとでもいうのか。真後ろに立たれてウィンドウを覗かれていたなんてことは位置関係的にありえない。噴水の反対側くらいの遠くか、角度のきっついところからだったのか。
 得体の知れない青年に気圧されながらもオレははっきりと言ってやった。

「かまわねーぜ」

 ……ノーと言える雰囲気じゃなかったんだもん。




[27761] 1-4,1-5
Name: ハシャ◆62a97cf5 ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/14 00:24


【1-4】


 アツアツの鉄板がでーんと置かれる。
 じゅうじゅうという至高の福音が鳴りやむことなく続いていた。
 ごくり。

「じゃ、まずは食べてからにしようか」

 がつがつがつがつ、がつっ!!

「……って、もう食べ始めてる!?」

 同席者への配慮とか礼儀とかなんぞどうだっていいからオレは食う。
 つーか、もう喰い終わったし。

「なぁなぁ、おかわりしていいよな! すみませーん、このスライスドラゴン御膳とミノタウロスも大好きなカツ丼を一つずつ」
「もう、好きにしたらいいと思うよ…………」

 がっくりとうなだれる青年――ふっ、オレの勝利だな。美味しさのあまりに涙が出てくるぜ。


 ――オレたちは場所を移して、ステーキハウスにやってきていた。








 このサガっていうゲームに冠されている異文化交流という言葉には嘘偽りなくて、こっちでは日本食は珍しかったりする。そのなかでもオレの泊まっていたような安宿の食事というのはクソマズイ。美味しいものを食べたかったのなら、桁が二つ三つは違っている高級店にいかないと望めないんだよな。
 ぱさついていて味気のないイモやパン、お米に対して謝れと言いたくなってくる牛乳漬けのご飯。
 ここ最近はそんなものばっか喰ってきたオレにとっては奢ると言ってくれた怪しい青年は神様みたいなもんだった。
 ドレスコートとかのない店の中ではまぎれもなく最上級の店――周囲を見回してみたって、オレみたいに、初心者装備をしているヤツなんかはいないところ。
 なのに好きなだけ頼ませてくれるとは、涙が出る。
 こんなところで奢ってくれるのならこれから青年のことは先輩と呼ぼう。

「満足できたかな?」
「おー、たらふく喰ったしもう食べられねーよ。ごちそうさん」

 聞き覚えのない果実のジュースで口の中の脂を洗い流しながらそうお礼を言っておく。
 敬語とかじゃなかったけど、この男はそんなことを気にするようなヤツじゃないだろうからかまわない。

「だったらコレの説明をしてもらっていいかな?」
「ああ、ウィンドウのことか。いいぜ、なんだって聞いてくれ」

 オレ用にカスタマイズしているウィンドウは、お代りを食っている間に確かめられるように他人にも触れられて一部は操作できる設定にして渡してあった。
 興味深そうにいろいろやっていたからもうだいぶ機能は把握されているんだろーな。
 まぁそんなに時間かけていじくったやつじゃないからどんなに知られたってかまわないんだが……
 つーかなにに喰いついたのかよくわからんよ、オレには。
 ウィンドウは新規に実装された機能ってわけじゃないからこっちじゃ三年前からあるはずなんだしよー。
 オレのやっていた使い方くらいとっくに広まっていそうなんだけどどうなってんだ?
 ……そこんところどうなんだ、先輩?

「まず一番最初に聞いておきたいのは――どうやって、今そこにいない店のメニューウィンドウを表示させているのかな?」
「そりゃあ<リンク>させているからだろーが。同じ街ン中なら有効だぜ?」

 がくっと先輩がテーブルに突っ伏した。
 先輩の分の皿は片付けられているけどオレが喰い散らかしたときに飛び散った油があるんだが。
 ……このイケメンフェイスが汚れるぶんにはかまわないか。

「いやさ、君はわかっているのかな」
「なにが?」
「これがぼくたちみたいに店を構えている人間にとってはどれだけ仕入れにかかる手間が省ける機能かっていうこと」
「知らねーよ、んなもん」

 店どころか土地すら借りられなくなった貧乏人には関わり合いのないことじゃね、そんなの。
 だからさ、その変人を見るような目つきはやめてくれよ。頼むから。










【1-5】


 普通、<サガ>での買い物っていうのは二種類に分類されている。
 実際にそのショップに並べられているものを選ぶのと、ウィンドウにあるデータ化されているものを購入するものだ。

 前者の特徴はばらつきがあること。品質はとびぬけていいものもあればキズものが混じっていたりして、目利きの能力が必要になってくる。一点ものや訳あり品など、お宝が眠っている可能性があるのもこちらだ。といってもたいていは見かけ倒しのものに騙されてオシマイになってしまうらしいが。

 後者の特徴は常に均一っていうことだ。例えば、『ティンファークの木材』というアイテムをウィンドウから100個買ったとする。そうしたらまったく同じ形のしている木目まで同じものが100本手に入ることになるんだ。その店がつぶれるか商品を並べ替えたりしないかぎりはつねに同一の品質が提供されることになる。

 まあ、アイテムをデータ化してまとめるにはいくつか条件があるからすべてそうできるわけじゃないらしーがな。








「ウィンドウにある商品を買うのにも、その店にいかなかったらその店のウィンドウは表示されないから足を運ばないかぎりは買うことはできない。それがぼくたちの常識だ」
「馬鹿じゃねーの? 店に入ったときに表示するようにと店を出るときには消えるようにと条件付けられていることと、権限があるかないかっていうことは別問題だろうが。街の中ならどこだってリンク機能は働く――権限はあるわけだから、どこにいたって買い物はできるってことだろ。店のリストなんぞをわざわざ初期設定いじくって非公開にしているところはあんまないしな。流石に街の外のフィールドや街の中でもダンジョンとかは権限ないからどうしようもないけど……つーことだ」

 先輩はパチクリさせると疲れたように、わかった、と言った。

「要するに――君はこの価値がわかっていないだね?」
「えっ、こんな豆知識が金になるのか?」

 マジか? こんな初日には知っていたことが知られていなかったなんて嘘ってもんだろ?

「ここであと十日間は三食食えるくらいの金額でも安いくらいだよ。情報通を気取るつもりはないけど、最古参のぼくが知らなかったことなんだよ?」
「なんでだよ、こんなの誰にでも試せばわかることだろ?」
「逆になんでできたのさ? ぼくたちにとっては望んでも望んでもできなかった機能なのにさ」

 ……なんだ、この食い違いは。
 オレにとっては説明書見ずにてきとうなボタン操作していたらできたようなことなのに、先輩はできるようにならないのか、いろいろ試してもできなかったことだと言う。
 別のゲームの話をしているみたいで気持ち悪いな。

「ったくよぉ、実際にやってみたほうが早いんじゃねーか。一番、基礎的なことをやってみるからちょっと見てろや」
「そのほうがいいかもしれないね。頼むよ」

 まずはここステーキハウスのメニュー代わりになっているウィンドウを手元に呼び出す。
 もっとも一般的な、商品とその説明がずらーっと並んでいるリストだ。

「こいつをまずはリセットする」

 オレがそう念じたら、リストにあったら商品名が一気に消えていく。

「……えっ、なにをしたのさ?」

「この店固有のデータを削除して、ショップのリストの雛形を取り出しただけなんだから騒ぐなよ」

 現在のウィンドウには商品は一つも並んでいないことになっていることはもちろん、最上部に表示されていた店名や営業時間、要所要所に書き込まれていた店長のコメントなども空白のスペースになっている。背景となっていたちょっとした画像も真っ白くなっている。いわゆるテンプレートっていうもんの状態だな。

「どこでそういう操作ができるのさ」
「思念操作に決まっているだろ?」

 先輩はどういうわけかオレを睨んだが、続けて、とうながした。

「もう終わりに近いんだけどな。この雛形に――そうだな、さっきの広場の近くにあったアイス屋の店IDをぶちこむ。そうしたらアイス屋のメニューが表示されただろ? じゃあ、ちゃんと機能するかどうか買ってみてくれ。チョコチップのやつな。ほら、買えただろ? たったこれだけのことだ」

 先輩の目の前に出現したアイスを受け取って、かじりつく。
 やっぱデザートは別物だよな。これもオレの金じゃないし。

「いろいろと言いたいことはあるけどさ――それは置いとくとして。その、アイス屋のIDっていうのは何番でどうやって調べるのさ?」
「アイス屋のIDは『アイス屋のID』だろ? それ以外のなにがあるんだ?」

 しばらく絶句した先輩だったけど、ややするとぶつぶつと呟き始めた。プログラミングっていうわけじゃないのか、とか言っていたけど、オレは今、久々のアイスに夢中になっているからたいして耳には入ってこなかった。




 アイスをコーンまで喰い尽くしたオレはふと気付いた。
 やべっ……こんなアクションになるくらいだったら事前に交渉しとけば今晩の宿賃くらいはせびれたかな。
 いまさら後悔するオレだった。




[27761] 1-6
Name: ハシャ◆62a97cf5 ID:7ecfff6e
Date: 2011/05/14 18:40


【1-6】


 先輩はどうやらオレが、プログラミングできるウィンドウを表示させるコマンドを見つけたものだと思っていたようだけど……あいにくと違っているんだよな。話を聞いてみた――説教みたいな勢いで説明されたことによると、普通の人は思念操作では、決定ボタンを押したり、思い描いた数値や文字を直接打ち込んだり、今必要なウィンドウを表示させたりなど、『システムを操作する思念操作』であって、オレみたいに『システムを開発する思念操作』をする人はいなかったそうだ。
 だから、実際に店へ出向くことなく買い物できる技術はこれまでなかったんだとか。

 へぇー、そうなんだー。
 皆もやればいいのにねー、コレ。便利なのに。

 今度は先輩にチャレンジさせてみたけどダメだったのでオレが操作して買った(代金は先輩持ちの)ポテトチップスを口に運びながらそう言ったら、なぜか、先輩にぎろりと睨まれたわけで。しかし、コンビニ置かれているようなのは別の、手作り感あふれる、シンプルな塩味のポテチがたまらなくうまくてステキだ。
 こうついつい笑顔が出ちゃうね。
 ご機嫌のオレと、どういうわけか苛立ちが限界に達したみたいな仕草をする先輩。
 能天気にしていたオレはあんなことになるなんて思っていなかったのだった。

「もういい。仕事を受注してもらうくらいの関係に留めるつもりだったけど……どうも、君はふらふらとどっかへ行ってしまいそうだ。本格的に囲いこまさせてもらうよ?」

 がっちりと掴まれた肩が痛いです、先輩。








 オレは夢を見ているのだろうか?
 頬を抓ってみるけど、用意された書類に記されている条件は変わることがなかった。
 対面に座っている先輩の貼りついたようなニコニコ笑顔も変わらない、

 先輩の所属するギルド『緋翔の翼』の経営する『緋翔亭』に雇われれば、基本給として、毎月100万円と交換できるだけの分のGが支払われるという内容。この毎月というのは<リアル>のほうの話だから、こっちこと<サガ>では3カ月で100万……一カ月に33万だったら上出来だ。さらには部屋と三食がついてくるっていったいなんの冗談。

 オレみたいな落ちこぼれには破格すぎる条件の良さなわけで。
 いや、そんだけの価値があのシステムの開発にはあるっていうことなのかよ?

 緋翔亭に採用されているショップシステムをどこまで改造できるかはやったことがないから断言できないけど、少なくても、この開発する思念操作のコツを伝える講習を開いたり、さらなる発展・応用を研究さえしていれば、クビになることはないという。ただ、万が一辞めるときには3カ月前……9カ月前に申請しないとならないみたいだけど、言い換えれば、向こうだって一方的にクビにすることはできなく、はやめに通告しないとならないわけで、ということは、しばらくの生活は間違いなく安泰というわけで。

「一生ついていきますよ、先輩!」
「いやさ、そういうのはいいからここにサインくれるかな? もう説明はいいでしょ」
「ここっすね!」

 オレは迷うことなくサインをしていく。
 システムの開発の価値っていうもんを知ったからといって、教えてくれた先輩以外のとこにも話を持ってって、天秤をするのは趣味じゃない。
 人間、お菓子まで食って趣味に多少出費できるぐらいの生活していけるなら十分だ。
 とはいえ、契約書は何枚かあったけど、その内容を一字一句確認していることは怠らないようにする。
 システムの開発は緋翔の翼の指示するところを最優先にする、という条件があったけど、別にオレに問題はない。これまで先輩以外には説明したことないしな。
 ところで……書類を確認するくらいの知性はあるんだ、と、ぼやいている先輩の中でのオレの評価が気になるっちゃなる。
 そんな社会人としての評価が底辺まで落ちるようなことしたかー、オレ?
 まぁいいけど、と、最後のサインを終える。

「君はこれでうちの社員になったわけだけど……まぁ、僕たちには口調はそのままでいいよ。ただ、お客さんたちにはバイトが使うくらいの敬語を頼むよ。最悪タメ語じゃなければいいから。よっぽどひどければ指導するけど。まぁ、仕事中にはあんまお客さんと会う機会はないと思うけどさ……うちの店は一階と二階がショップになっていて、三階が住居になっているから、どうしても出入りするときにすれ違うことってあるから」
「そうなんですか、わかりましたー……って、何のお店やっているんですか?」

 えっ? っと先輩がまじまじとオレを見つめてきた。

「知らなかったの、というか、僕は誰なのかわかってる?」
「先輩、有名人なんすか? 誰?」

 本日何度目の呆れたって視線なのだろうか。そんなことも知らずに契約したのかと目が言っている。
 思えば、職場を見学することもせずに契約しちゃったな。店員に恐い人いたらどうしよ。
 内心怖々としているオレに先輩が名乗る。

「フェニックスグループ会長、『緋翔の翼』のリーダー、『緋翔亭』の店長をやらせてもらっているトウマ・セキトだよ、これからヨロシク。ジョブは<異国の剣士>、主属性は<時空>、副属性は<暗黒>と<幻影>。主系統はもちろん<武芸>の二刀流剣士。二つ名は、『刀狩り狩り』『∞の攻撃力』『人斬り』『斬殺愛好家』『剣士最強』『七番目の始祖』とかいろいろあるけど、一番有名で、一番気に入っているのは『アンデッド』かな?」

 先輩はさらっと言ったけどさ。
 オレはどん引きなわけで。

「先輩………………二つ名とか。厨二病は治る病気っすよ?」
「こっちじゃ二つ名があってようやく一人前なの!」

 なんかすっげー怒られた。




 それからオレは先輩に<サガ>における二つ名の役割をひたすら説明された。
 緋翔亭までの道中、ずっと。
 同じ街ン中同士でようやく掲示板が使えるくらいのネット機能しかない<サガ>において、情報収集の基本は会話に他ならなく、そういうところでは本名とかより二つ名での噂話のほうがさかんになっているとかをいろいろ。名前を覚えとくのは礼儀的な意味しかないけど、対人戦もよくあるこっちでは、二つ名はその人の戦闘スタイルや性格が詰まっているからとても重要な情報源なのだと。
 そのわりに先輩のネームはとんでもないものだったことを突っ込んだら――

「まぁ、どうせ君はそのうち『九番目の始祖』とか言われることは確定なんだ。他のもつくから覚悟しときなよ?」

 ――と言われたけど、あれはどういうことだったんだろうか? 変な名前はつけられたくないなー。



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