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[27623] 【一章完結】【ネタ・十二国記】王「あたしが産まれた時にどうして来ないの!」麒麟「おk」
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/15 17:46
次から次へとすみません。近日、二つほど最終回させます><





『チート、チート♪ 勇者、勇者♪ 旅に出るのはやっぱり十代じゃろう。十六歳にセットしておくかの♪』

 俺は死んだ。その後、大きな手に引っ掴まって、気がつけば檻の中に放り込まれていた。
 目の前では、俺をひっ捕まえた爺が凄く楽しそうに何を俺に授けるか悩んでいる。

「お手柔らかにお願いします……」

 チートは嬉しいが、勇者とか何させられるかわからない。爺は俺の言う事などどこ吹く風で、何か光り輝く物を楽しげに吟味し、あれもこれもと俺の中に放り投げた。

『やはり、多少は苦労した方が良かろう、こんなものか? いやまて、これも必要ではないか?』

 うええ。戦闘技能とか脳内パソコンとかあるぞ。こんだけ強化されて、それでも苦労するどんな事をさせられるんだよ。多少の苦労って言っても、これだけ異質な存在の言う多少だから、さっぱりわからない。
 神は、新しい何かを俺につけたすかどうか悩んでいる。
 その時、俺はどんぶらこっこと巨大な木の実が俺に近付いている事に気付いた。

「おいっいやあの、助けて! 危ない! ぶつかる!」

 必死に訴える俺。だが、爺は気付かない。木の実は、檻を突き破って俺に衝突し、押しつぶした。それだけでなく、触れた所からどんどん浸食してくる。
 そこで、ようやく神は気付いた。

『ん? なんだこの木の実は。勇者を押しつぶすでないぞ。元ある所へ、戻りなさい』

 爺がそう優しげに話しかけ、力を放つ。実はふわりと浮かんだ。俺を食らいながら。

『おおっ!? 待つんじゃ! 勇者! 勇者―!』

「あー」

 誰か助けてー。色々な物から俺を助けてー。
 って事で転生した。
 最初、状況がつかめず、訳がわからなかったが、化け物と判断されて捨てられるなんてごめんだ。俺は、子供らしい姿を演じ、それは成功し続けた……と思う。
 まだようやく目や耳が聞こえるようになって、頭が多少は働くようになってきたばかりだから、わからねーんだ。
 産まれた直後、長い間寒い所で食べ物も与えられずに運ばれて、焦ったがな。
 熱を出して死に掛けたが、どうやらチートのお陰で生き残った。
 察するに、ここはあまり文明が進んでいない未開の地の、偉い人の元に産まれたらしい。
わかるのはそれだけだ。でもなぜか、言葉は日本語。服は中国。意味わからん。
爺の用意した世界なのか? 俺はあれから爺に回収されたのか? わからない。
問題は、どう動くかだった。子育てなんてした事無いから、発育の加減がわからなくて困る。いつ言葉の練習を始めていいのかわからないのだ。化け物って言われたら困るし、偉い人の子供だからって事で、夜まで見張りがついてる。魔物っぽいのまでいて、怖いんですけど。俺、将来あんなのと戦うの? 凄く嫌なんですが。
一六歳になるまで、鍛えたい気もする。けれど、化け物と恐れられるのも怖い。
とりあえず、五歳まで様子見しよう。何せ、まだまだ体は未発達で、出来ない事が多すぎるのだから。赤ちゃんの真似しんどいです……。
教育も教育で、ちょっと異様で、俺の生存本能が、馬鹿な振りをしろと警告している。

「主上、今日のご機嫌はいかがですか。今日は生後一歳のお誕生日です。おめでとうございます。さあ、今日も言葉の練習を致しましょう。ゆ・る・す。許すです」

「うー?」

 なんなの? と心で喋りながら返答する。
 俊麒だ。一番よく様子を見に来てくれる。そして執拗なまでに許すと言わせようとしている。俺の生存本能が、言ったら終わりだ! と叫んでいるので、俺は「あー」か「うー」以外の言葉を喋った事が無い。だが、油断はできない。奴らは、言葉を発した時に限り、ぼんやりと心を読めるらしいからだ。
 
「まだ、難しいですか……。早い者は一歳ほどで喋るというから、期待していたのですが。そうだ、今日は新しい玩具をご用意いたしました」

 そして、俺の前に新しい判子が用意される。
 こいつらは、子供の俺に判子押しごっこを強要する。
 その判子を押させる場所なんだが、どうみても書類です。本当にありがとうございました。
 どうやら、俺はよっぽどよっぽど尊い血筋で、一刻も早く判子押しさせたいらしい。
 もはや、読めるかどうかなんて関係ないっぽい。そして、他の玩具は筆。教えられるのは名前だけ。他の玩具は一切ない。ちなみに、文字を見たら日本語じゃなかった。中国語か。漢字が多くて俺的覚えにくそうな言語ナンバーワンの中国語か。
 つーか、傀儡政治ってレベルじゃねーぞ!

「あー」

 俺は判子を持たせられて、おしゃぶりのようにしゃぶる。
 俺、わかってませんよー! 使い方なんてわかってませんよー!
 そうこうしている間に、偉そうな官達が来た。

「見るたびに絶望しますな……。英正様を越す王の素質を持つ者はまだ現れないのか……。いや、英正様以下で良い。王の基準を満たす者は……」

「残念ながら、未だ王気は主上にあります」

 王の資質? ああ、俺、神様に色々与えられたもんな……。資質ってだけなら、俺に並ぶ者はいないだろう。資質だけならな!
 脳内パソコンは貰ったけど、頭を良くしてもらったわけじゃない。統治なんてできねーぞ、おい。
 さすがに誕生日だからか、次々と人がやって来た。

「ああ、何度見ても……これが次の王など……」

 悪かったな。

「玉璽を使えるようになるのはいつなのですか」

 阿呆言うな。

「成人するまで待つべきでは」

 そうそう、まともな意見だ。

「馬鹿な。舜にはそんな時間など存在しない!」

 何でですか? 理由を説明して欲しい。切実に。

「蓬山まで、もう一度相談に行こうと思っています。そろそろ登極の時期を考えないとなりませんし、一度西王母様と玉葉様に顔を見せるように言われてますので」

「蓬山まで持つのですか? この距離は幼子にはきついですよ」

「十分に気をつけていきます」

 蓬山とか、登極とか、どこかで聞いた事があるんだが……。
 んー。
 どういう文化なんだ、この国は。今一王のシステムがわからない。
 説明を要求する―! なんて言った途端、玉座に据えられそうだから言わないけど。
 説明を要求する―!



[27623] 二話 \(^o^)/
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/06 22:02
今話の粗筋

蓬山に行ったよ→一時的に仙になったよ→六太と尚隆に会って、ここが十二国世界だと理解。状況を整理したよ! 

判明した事

救済措置「英正様が王としての執務を出来るようになるまでに、最低限の王としての基準を超える者が現れた場合、その方に王気が移動する」

先代の麒麟は王を見つけられずに死んでいる。

舜麒は馬鹿。

以上です。十二国記を知っている方は上だけ読んで頂ければ、下は読まなくても問題ないです。
説明ばかりの話で申し訳ありません。

























 俺は、大切に抱っこされて、寒い外を運ばれた。具体的に一週間ほど。死ね。俊麒マジ死ね。当然風邪引いた。死に掛けた。今悟った。俺が産まれたばかりの頃に殺しかけたのてめーだろ。大体なー! 俺はまだ離乳食も上手く食べれねーんだよ! 乳寄こせ、乳!

「まあ……これが俊王」

「話には聞いていましたが、なんと幼けない……」

「まあ、酷い熱!」

「このままでは死んでしまいます。俊麒、何故一時的に仙にして来なかったのです。誰か、薬湯を!」

「いえ、それより玉葉様におすがりして、仙にして頂いた方が良いのでは」

 そう言って、女の人達が騒いでいるのを感じる。見えるじゃなくて感じる。
 何故なら、俺はぐったりしてて目も開けられないから。
 しばらくして、俺の体は楽になった。俺を女の人が抱っこしていた。
 
「俊王様、玉葉でございます。……本当に幼けない事。ご加減の具合はいかがですか?」

「あー」

 だるい。
 玉葉は俺に湯を飲ませてくれた。体が温まり、ほっとする。

「大変でございましたね。もう大丈夫です。ご安心ください」

「なあ、こいつが赤ん坊で王になったって奴か? 俺、六太っていうんだ。よろしくな」

 金髪の子供が、俺に駆けよった。
 なんだろう。俺の背筋をぞっとしたものが走った。金髪で六太って、聞いたことある。
 俺はじっと六太を見る。
 少年の後ろから、美丈夫の青年がゆったりと歩いてきた。

「これが、間違いなく歴史上最年少の王か。俺は尚隆だ。わかるか? な・お・た・か」
 
 よし、今完全に理解した。 俺死んだ。 十二国記の世界かよ、ここ! ありえねーよ。俺が王(笑)。それなんてオリ主? いや、神様にチート能力つけられた時点でオリ主なんだろうけどさ。チートで勇者はともかく、王様はオリ主(笑)と言わざるを得ない。何故なら、とりあえず敵を倒せばいいっぽい勇者はチート能力山ほどつけてもらえば出来るかもしれないが、王様はどうやっても確実に無理だからだ! 赤ちゃんに統治とか無理! 俺が爺になってから来られても無理だってのに!
 ああもう、とりあえず大国の王に媚び売っとけ。
 俺はきゃっきゃと笑って見せる。この時、状況を全く理解していない様に見せかけるのがポイント。

「ははは、そうか。俺が気にいったか。で、喋ったり歩いたりは出来るのか?」

「まだ無理です。それでも、初めの頃よりは成長しました。王気を感じ、駆けつけた時にはまだ卵果でしたから、あの時は途方にくれました……」

 お前は黙れ、舜麒。慈悲の生き物なんて大ウソだ。つーか、卵果ならなあ。卵果ならなあ。卵果の内に王宮に運んでおくものなんだよ! なんでわざわざ産まれてすぐなんて一番弱い時期を選んで運ぶ? この無能! 景麒! そりゃ死に掛けるだろ!

「そっかぁ……こりゃ、今はまだ契約は無理かぁ」

 今じゃなくても無理だっつの。

「しかし、王の選定基準が気になるな。今回の事はあまりといえばあまりだ。一応、救済措置はあるのだったか」

 それに、俺は耳を澄ませた。それは俺もぜひ聞きたい。

「はい、今回のみ特別という事で。英正様が王としての執務を出来るようになるまでに、最低限の王としての基準を超える者が現れた場合、その方に王気が移動すると」

「先代の麒麟は王を見つけられずに亡くなっているからな……。そうか、王気を持つ者がそもそもいないという時があるというわけか。……それは、いかにも厳しい」

 ええええええ。いや、でもそんなルールでもなきゃ、俺は殺されているな。
 とにかく、どういう事か考えないと。
 ここは、十二国記の世界。状況から言って、それは間違いない。
 六太、尚隆はこの世界の王と麒麟。
 十二国記というのは、十二の国を持つ異世界の事。よし、覚えてる覚えてる。
 そして、この国には仙人や王という不老の存在がいる。
 賢王の独裁政治は、素晴らしい結果をもたらす。しかし、その子もまた優秀かどうかはわからない。だから、賢王の素質ある物を王に選び、王や官吏に永遠の寿命を与え、治世を行わせる。これが王のシステム。
 王の選定は麒麟が行い、麒麟と契約した段階で王は不老となる。ここ重要。供王という女王がいる。彼女は、十二歳で王へと選ばれた。これを登極という。それから九十年経っても、彼女は十二歳のまま。大人になったら成長が止まるなんて都合の良い事はないのだ!
 俺が麒麟と契約を結ぶ……俊麒の誓いの言葉に許すと答えたら、その途端俺は一歳で成長が止まる。
 そして、ある意味、王は王に選ばれた時点で死んで天に生かされる事になる。
 王を辞めた途端に死ぬのだ。これを禅譲という。
 では、王を続ければ死なずに済むのか? 甘い。
 選んだ王が道を外れれば、麒麟は失道という病気に掛かる。麒麟が死ねば、王も死ぬ。
 そうして蓬山に次の麒麟が生り、次の王を選ぶ準備に入るのだ。
 それに、当然殺されれば死ぬ。
 王が死ぬのは、反乱か、失道か、禅譲かしかなく、王になったら子供も出来ない。
 ああ、そうだ。天が定めた規則を破れば、麒麟諸共酷い死に方をするのも注意せねばならない。
 今、麒麟が生ると言ったが、この世界では人は木に生る。これを卵果という。
 親にしかもげない不思議な実で、それを開けると赤ちゃんが出てくるのだ。他に、動植物も皆木になる。
 ただし、卵果が親にもがれない時がある。それは、蝕が起きた時。これは不思議な嵐で、時空の歪みみたいなものだ。湖が無くなったり、何もない所が山になったり、津波になったり、そんな恐ろしい災害だ。これが来ると、蝕に卵果がもがれてしまう事がある。それが現代に運ばれ、女の腹に宿る事を胎果という。ちなみに、現代には卵果の形で行くか、位の高い仙人が人工的に蝕を起こして行くしかない。人は通れないのだ。
 ちなみに、蝕と災害はセットだ。麒麟位ならまだいいが、王が通れば大災害が起きる。
 その代り、現代からは時空の穴に落ちたような感じで、唐突に人が来る事がある。これも蝕の影響で、海客、山客という。大抵海や山に落ちてくるから。
 なんて言うのかな。気体の中に物質を放りこんでも問題ないけど、物質の山に気体を放りこんでも見えるわけがない……と言ったらいいのだろうか。
 相当位の高い仙人、どころか麒麟や王でも、自分の存在が不確定になってしまう。
 十二国世界から現代に来て平気なのは、現代の皮を得た胎果しかいない。
 ちなみに胎果が十二国世界に行けば、本来の姿に戻る。皮がひっくり返って、中身が反転するらしい。つーか、ようするに十二国記は、人の「中身」が作る世界なんだろう。なんとなく、霊魂もいないんだろうな、と思う。つーか、霊魂だけの世界なんだろうな、というか。これは俺だけの見解だけど。
 この世界では、何よりも重要なのは王だ。王を探す為に、我こそは王だという者が、妖魔溢れる黄海という場所を超え、麒麟の住まう蓬山に判定してもらいに行く。
 そして、王が善政を敷けば何もないが、悪政を敷くと天変地異が起き、不作が起き、最終的には妖魔が現れる。妖魔は麒麟が指令に下す以外には服従させる方法はなく、当たり前のように人や家畜を襲う。もちろん、王がいない時も天変地異が起きたり、妖魔が溢れたりする。
 このほかに、当然悪政を敷けば、国が荒れるという王政であれば当然のオプションもついている。
 ちなみに、麒麟の選ぶ王が、賢王の「資質を持つ者」というのが曲者だ。理想ばかり高くて、実力を持たない王が理想を買われて選ばれ、国を纏める実力が無いがゆえに失道するという事例がある。
 賢王になれない人でも、総合評価が良ければ王になってしまう悲劇。まあ、あれには次の王の踏み台となる運命だったって説(提唱者・俺)もないではないのだが。
 俺が不思議空間に囚われていた時に襲ってきた木の実。あれが、胎果になる予定の卵果だったのだろう。それは俺という現代の赤子の元を見つけ、吸収した。胎果となる為に。そこで爺が、元の場所に戻りなさいと術を掛け、木の実は元の場所……木に生った状態に戻った。
 そして、爺にチート能力を与えられた俺は、総合評価でぶっちぎり一位を取り、卵果の状態でありながら、王に選ばれた。
 それを俊麒が見つけ、産まれてから王宮に持ち帰った、と。
 つーか俺、もしかして一度胎果に食われて死んでる? 今の俺は胎果を乗っ取った結果か、俺の記憶を食った胎果か、二人が合わさった存在か……。なんか死んでるっぽい予感が凄くする。
さて、普通ならば成人を待ちそうな物だが、実際には、王は見つけたら即契約、吉日を待って即即位が普通だ。
 多分、賢王が玉座についている間は妖魔が出ない、というのが切実に関係してくるのであろう。
 王が村娘。「村に返してくれろー」の場合→即即位。
 王が胎果で、十二国世界の常識も文字(仙人は言葉の翻訳機能をもってるから、言葉は覚えなくてもいい)も何もかも知らない人でも、即契約、即即位。
 王が十二歳の女の子の場合→即即位。
 麒麟が胎果で、右も左もわからない。これは、しばらく王が見つからず、蓬山で勉強をした方が麒麟にとって幸せなのやも知れぬな……何、私が王だと!?→即即位。
 前者二つは麒麟の性格もあるだろうが、最後は、お前の国倒れたばっかで余裕あるんだから、もうちょっと待てなかったんか!? と思わんでもない。
 ちなみに、誰が王になるかわからん完全ランダムなくせに、原作を読む限りでは王になる為の教育や王たるものの心構えの伝授、などなど全くないっぽい。政治に無知な人間が登極したばあいのマニュアル? ないよそんなもの! ちょっとこんな事も出来ないの!? がデフォである。もちろん、仕事は教えてもらえるが、どうも、その……明らかに不十分。色んな王がいて、それぞれの王にあった思想があり、王は王たる資質を元々持っている、つまり王の思想を尊重すべき……という擁護もできないではないが、それでもやっぱりねぇ……。
 さて、十二国のシステムについての話はここまで。
 そして、俺の状態。
 爺が言っていた事は、主に三点。「勇者」「チート」「十六歳で旅立ちにセット」。
 このセットという言葉が曲者だ。そもそも、俺は恐らく現代に産まれる予定だったのではないか? だから、現代に来た胎果とぶつかったのだと思う。
 そして、現代にチートが必要な旅なんてない。
 つまり、十六歳で召喚形式、俺の魂の方にその装置がつけられていると思われる。
 状況を整理してみよう。
 一つ。俺は一旦食われて死んだっぽい。
 一つ。俺は十六歳で召喚されて、少なくとも戦闘系チートが必要な事……。恐らく魔王退治っぽい事をやらされる。
 一つ。俺は玉璽を持てるようになったら、契約を強要される。
 一つ。契約したら、年齢が止まる。
 一つ。王になる最低限の資質を持つ者が存在しない。つまり馬鹿ばっかである。
 一つ。神様から貰ったチートの中に、統治系は存在せず、しかし選ばれたのは恐らく神様のくれたチートだけ。つまり総合ポイントは高いけど賢王になれるわけじゃないよ!
 一つ。先代の麒麟が王を見つけられず死んでる。つまり王のいない時期が長く、相当舜国は追い詰められていると思われる。
 ここから予想される俺の未来。
 契約→傀儡政治(失道の危険性高し)→幼児の状態で勇者として召喚。→俺オワタ。
 俺としては絶対契約なんてしたくないし、せめて十六歳まで成長してから契約したい。でないと勇者として召喚された時死ぬ。
 しかし、舜国としては、一刻も早く契約したいはず。
 麒麟の寿命は、王がいない場合、非常に短かったはずだ。確か、三十年だったか? となると、舜麒もそう長くは待ってくれないだろう。
 王位が次点に移動するのは俺が王様業を継げるようになるまでだから、それ以降も俺が王位を継ぐ事を嫌がれば、新たな王がいる事に掛けて俺を殺そうとするはず。
 それでなくても、あの手この手で王にさせようとするはずだ。
 対する俺は、幼児ですらない赤ちゃん。しかも麒麟は王気がわかるのでどこにいてもばれる。逃亡は不可能。
 え、俺、詰んでる? 嘘だよ、な?
 死亡フラグ満載どころか、もう死んでますってのが辛いぜ……。
 もうあれか、帰りに空を飛ぶ指令の上から飛び降りた方が早いんじゃないか? 結果は同じだし、苦しまなくてすむだろうし。あー、凄く高い所から延々と落ち続けるのは怖いか。誰か助けてー。色んな意味で。












この状況を打開できる猛者がいたらぜひ書き込みをw
一応この先どうするかは考えていますが、いい案があったらそちらを使うなり、IF短編書くなりする【かも】しれません。
以下ネタばれ









予定するチート内容(変更の可能性あり) 
神の武器装備(二つの丸いわっかの刃)確定
戦闘技能確定
魔法技能(異世界での勉強が必要)攻撃呪文のみ確定
魔道具作成技能(異世界での勉強が必要。ただし呪具も作れるかも)不確定
神のパソコン(無制限に物を記憶しておくことが出来る。暗算が得意。魔法技能の呪文を覚える為の物)確定



ちなみに私の案では、神様の恩情で「勇者召喚されている間は時間は過ぎない」「チート技能は他者に譲れる」「召喚時に巻き込み可能」ルールが追加されますw



[27623] 三話 王が喋ったらそれは契約フラグ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/07 07:51

 俺が一所懸命、保身について考え、絶望している間に、俺は西王母の所へと運ばれていった。
 滝のような物がある、玉座。小さい体には、水煙もきついのです。
 諦めるな、考えろ、俺。考えるんだ。閃くんだ。お願いします、知恵の神!
 ……閃いた!
 案1。正直に話すか、知恵遅れの振りをして十六歳まで待ってもらう。冒険にどれほど時間が掛かるかわからないし、王になったら十六歳でジエンドと考えていいだろう。だが、待つという事を奴らに納得させられるかどうかが問題だ。彼らは追い詰められている。どうでもいいから王になれと詰め寄られる可能性も高い。十歳にもなれば、暗殺者は普通に現れるだろうし、戦闘チートが何歳から使えるかが問題だ。ちなみに毒殺の耐性はない。
 案2。五歳まで粘り、戦闘チートが使えるかどうか確かめる。ただ、一六歳のときより弱くなるのは必須だ。神のチートの強さに縋るばかりだ。
 案3。爺の回収を待つか、何とかして異世界に逃げる。爺は探してくれそうだったが、本当に見つけられるかはわからない。異世界に行く方法もわからない。くそう、精神と時の部屋があればいいのに! チートを駆使すれば……。これは当然、知恵遅れの振りと相反する事になる。
 案4。すっぱりと諦めて後の王の為に尽力する。俺まだ死にたくないです! でもこれが一番可能そうだな……orz
 案5。いくらなんでも既に失道している人間を選ばんだろ。セクハラとかして、駄目人間になって王の選定基準から外れる。ただ、どこまでやればいいのかは不明。チートがどれだけ高評価されているかがポイント。だって俺、既に駄目人間の自覚あるもん。
 案6。麒麟暗殺。あ……あの指令を突破できる可能性はないかな……。これは没。
 案7。精神操作魔法! 駄目だ、魔力はあるけど、魔法の使い方わからないや。爺使えねぇ。
 案8。天帝に直訴。これだ! ただ、これは知恵遅れの振りが出来なくなる、諸刃の剣だ。
 んー。大体、この八案か。何か急に閃いた。これはきっと知恵の神の仕業。ありがとう、ありがとう! でも、案だけじゃなくて助けてくれー。
 さて、ここは直訴の絶好の機会だ。今俺は、重大な選択に迫られている。
 すなわち、直訴か、知恵遅れの振りをするかだ。
 今、知恵がある事を示してしまえば、五歳まで待ってもらう事すら不可能だと思う。
 しかし、チャンスなんて今以外にない。

「……珍しい事よの。一度蝕にもがれた卵果が戻って来るなど、前例がない。それも、仙の力を得て戻って来るなど」

「仙、ですか?」
 
 俊麒が訝しげに問うた。

「蓬莱の仙であろう。我らとは、力の質が違う。王に即位すれば、最も神通力の高い王となろう。統治の資質も、既にある。俊麒。英正の目を見て見よ。しかと見れば、こざかしく頭を巡らせているのがわかるであろう」

 統治の資質なんてねぇよ。あーでも、予王ですら選ばれたぐらいだしな……。平均が低すぎるのかも。参った。予想以上にぶっちぎりで王に選ばれてるみたいだ。そこで、俺は勇気を振り絞って言った。

「せーおーぼさま。えーせーは、おうにはなりませぬ。せんやくがあります」

 生まれて初めて、俺は喋った。だが、舌が回らない。予想以上に、幼い体は使い難い。

「先約とな?」

 俊麒は、俺が喋った事に驚いたようだ。えーと、勇者や魔王と言ってもわからないよな。

「じゅーろくになれば、ぶかんとしてしゅっしせねばなりませぬ。きりんとけいやくはできませぬ。これは、じこなのです。おれは、らんかとぶつかり、こちらにつれてこられてしまっただけなのです」

「ほう、蓬莱の武官か。だが、ここに留まれば王となれるぞ」

 最大の死亡フラグじゃないですかー。勇者は生きて戻れる可能性あるけど、王はゼロじゃないですかー。

「すでに、けーやくずみです。とどまることは、できませぬ。それに、おうはれいがいなく、しにざまがむざんです。おれに、おうのしかくはありません。おれはぶかんになりたい。どうか、おうきのはくだつを」

「卵果は、元の場所に戻された。お前はもはや、舜の民であり、お前が王の資格を持つ唯一の者である。こればかりは、私にもどうにもできぬ。よいか、たとえ救済措置を設けても、資質のある者が現れねばどうにもならぬのだ。元から殆ど意味のない措置であったとはいえ、救済措置はもう必要なかろう」

「ならば、しかくのあるものをおそだてすればよいことです! せーおーぼさま! おじひを!」

「……前例から言って、舜に王の資質を持つ者を育てる力が無い以上、胎果を待つしかない。延王の様にな。そして、今現在の胎果の中で、王の資質を持つ者はない。王になる事を免除するような前例も無い」

「きゅーさいそちが、すでにはっぷされているではないですか! じゅーろくでしつどーがかくていしているおうをかかげ、なんになります! せめて、せめてきゅーさいそちのぞっこうを! せーおーぼさま! おじひを!」

「……王気は、二つ感じられるようにしよう。さがりゃ」

「あ、ありがとうございます……!」

 水煙が立ち込める。
 よ、よし。こうなったら、延にでも留学に行かせて、なんとしても王の資質を持つ者を育て上げる! 俺が生き残る為にはそれしかない!
 しかし、舜、どんだけ駄目なんだよ……orz
 あー、こんなんだったら馬鹿の振りをして……いや、無理だな。西王母様は俺の心を見抜かれていたし、神に偽りをするなんて恐ろしすぎる。
 これで、良かったんだ。救済措置は続行してもらえた。
 そこで、舜麒が俺に平伏した。ちょ、待て。

「御前を離れず、忠誠を誓うと誓約する」

「ゆるさない!」

 許すか、と言わない所が味噌である。某霊界探偵に出て来た能力、タブーのように、言葉尻を捕えられてはかなわない。俺は生涯、許すという発言をしない事を誓う!
 しかし……五歳位まであったであろう猶予が消えたか。これは痛い。

「何故ですか、主上! 既に統治できると、西王母様が……」

「ようてんはそこじゃないだろ。けほっけほっ」

 いっぱい喋りすぎて、喉がもう駄目だ。
 そして今更、失語症という事で粘れば直接西王母を騙す事も無く、なんとかできたかもしれないと気付く。俺の馬鹿馬鹿馬鹿!
心身ともに疲れきった俺は、へたり込むと眠ってしまった。
 起きると、延王がお茶に誘ってくれた。

「蓬莱の仙か。向こうにそんな者がいたとはな。しかし、一六で出仕か。何か、妖とでも戦うのか? そちらの方の辞退は出来んのか?」

 俺はこっくりと頷く。

「きりんがおうとけいやくするように、すでにけいやくずみゆえ」

 魂にセットされてるので、もうどうしようもない。

「そうか……。大変な事になったものだな」

 再度、俺はこっくりと頷く。

「ようじ、あやかし、たたかう、しぬ。おれはじゅーろくまでそだちたい」

「それはそうだ。武官になるならば、最低でもそれぐらいまで育たなければ使い物にならぬ。しかし、それは王との兼業は出来んのか?」

 俺は首を振る。

「舜にそこまで待つ体力はありません!」

 俊麒が叫ぶ。俺は、ぽつりといった。

「おうには、ならない」

「舜を滅ぼすおつもりですか!?」

「ほろんでは、なぜいけない」

 思わず、絶句する俊麒。原作の受け売りなのだが、俺が王に相応しくないというアピールでもある。そして、俺は覚悟する。亡国の王候補とそしりを受ける事を。
 けれど、俺は知らなかった。その覚悟が、王気を燃え立たせていた事を。
 俺の知らない所で、意志の固さを買われて、また総合ポイントがアップしていたのである。

「おれは、もともと、このくにのものではない。そだてるがいい。ほんとうのしゅんのおうを。でなくば、ほろべ」

「……お前の忠誠は、蓬莱にあるのか?」

「きりんのように、うまれながらのけいやくゆえ」

 俺は正直にそう答えた。忠誠と言われたら、激しく困る。出来れば勇者もやりたくないが、勇者は絶対に不可避だし、チート能力があるからまだ助かる目はある。
 けれど、王はどうしようもない。助かる目も無いし、出来ないとわかっていて成るのは無責任だ。それに、俺はやるだけやった。王気を持つ者が現れれば、ちゃんと俊麒はわかるのである。
 ……でも、これから針の筵なんだろうなぁ。とりあえず、案2は必須、案5も望みは薄いがやるしかあるまい。
 とりあえず、荒廃した国土と地獄絵図を見せられるのは覚悟の内である。
 まあ、召喚時に麒麟も連れて行って、指令無双―、なんて出来たら、全てが杞憂に終わるのだが……。あーでも、他国で指令をむやみに使ったらルール違反で二人とも死亡か。そもそも、どういった形で旅に出させられるかわからないので、期待は出来ないよな。
 ……何故、乳児が胃を痛めねばならんのか。



[27623] 四話 苦悩
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/13 12:56









 帰り道は、気まずかった。王にならないと宣言したのだから、当然であろう。
 そして、予想通り乳児に向かって俊麒は荒廃した領土を見せてきた。

「貴方が王となれば、民は救われるのです」

「じゅうろくでむかえがくる。そうすれば、しつどうだ」

「行かなければいいではないですか!」

「むりだ」

 やはり、十二国人には、王に選ばれて拒否、という思考自体が存在しないようだ。王に選ばれたら即契約。どんな弊害があろうと、関係はないのである。
 そして、俊麒は言ってはならない事を口にした。

「十五年。十五年だけの安らぎでも、舜の民には必要です」

 それは俺に、死ねという事である。まともに喋れぬ、歩けもせぬ乳児のまま十五年を生き、無残に殺されろという事である。舜の為に。
 圧倒的な多数決。俺の命と、舜の国民。後者に軍配が上がるのはわかっている。
 でも、残念だったな。選択権があるのは俺。たった一人、けれども最強の味方が俺自身。
 そして、それ以外はすべて敵である。この世で最も俺を思うはずの麒麟が、こんな言葉を吐いたのだから。
 俺は、絶対に俺を諦めない。
 戻ると、やはり大騒ぎになった。
 そして、豪奢に着飾った女が、俺に泣き真似をして声をかける。

「王にならないと言ったそうではないですか、英正。母は哀しい」

 俺、初めて会ったんだけど。そしてその服は一体何。
 今初めて会った+国の現状を省みず贅沢し放題=俺への愛情0ですね、わかります。
 いやいや、それは短慮だろ、俺。相手は母親なんだから。

「あからさまなわいろ、ぜいたくは、くにをあらすもとです。くにがあれればおうはしにます。ははうえは、おれがおうになったらころすおつもりですか」

「まあ、なんて事をいうのです! 誰がそのような事を吹きこんだのですか! 王母がそれに見合った装いをする事は、国の威容を保つ為に必要な事なのですよ!

 滅びかけている国に、どんな威容が必要なのかと俺は思う。

「おれは、おうではない。いままでも、これからも。それとも、じゅうろくになったらおれにしねと?」

「蓬莱の仙など、信じられますか。大丈夫、何が来ようと母が守ってあげます。貴方は、王になるのです。王に選ばれたのに、王にならないなど聞いた事がありません。貴方は王になるの。許すと言えば、それだけでいいの。難しい事じゃないわ。後は頼りになる殿方達がやってくれます」

「ははうえは、むせきにんです。おうになるのはかんたんでも、おうでいつづけることはむずかしい。あかごのおれに、なにができる。すぐしつどうだ。おまえたちになにができる。さいていげんのししつももたぬくせに」

 やべ、言いすぎたかもしれない。辺りが緊張する。

「いいから、俊麒に向かって許すというのです! でないと、こうですよ!」

 母上は俺をぶち、周囲は凍りついた。幼い体は容易く俺を抱いていた女官の手から落ち、床へとぶつかる。
 結局、俺は骨を折ってしまった。ついた時点で、仙人化を解除してもらっていたからな。
 その後、何故か俺を落とした女官が処刑され、母はおとがめなしらしい。
 うん、結構きついが、勉強になった。少なくとも母上は、俺に王を押し付けるだけじゃない。
 それでいて、俺に対して忠誠を誓うつもりも無い。当たり前だが、子供として扱うつもりだ。
 まともな頭を持っていれば、こんな状態で誰が王になるというのか。
 魔法を使って異世界に行けたら。しかし、魔法の呪文は異世界にある。
 医師が、俺に治療をしながら、言う。

「外では、主上と同じくらいの子供らが、妖魔に食われております。主上が守られ、食事をし、こうして手当てされているのは、主上が王だからなのです」

「きにいらぬなら、ほうりだせばよい。おれをようまにくわせるがいい」

「主上!」

「いまおうになるも、ようまにくわれるのも、たいしてちがいはない。ようまにくわれるほうが、まだらくにしねる。おまえ、よほど、おうさまぎょうをあまくみているのだな。あれはたましいをさしだすこうい。ささいなぜいたくとつりあうと、ほんきでかんがえているのか。げほっげほっ」

 うー、喋るときつい。
 でも、真実だ。ぶっちゃけ、針の筵の中で必死こいて生き続けて、半端な所で王にされて、子供のまま生きて、勇者召喚されて魔王に無残な呪いを掛けられて死より酷い目に会って……なんて嵌めになるよりは、今妖魔に殺されてジ・エンドの方が百倍楽だ。
 
「貴方様に、王の何がわかるのです。王がどれほど求められているか、貴方様は知らないのです」

「そうだな、けものはわなをめにしても、えさにくらいつくからな。じぶんだけのつごうで、せかいがうごくとおもうな」

 うわ、俺、酷い言いようだ。わかってる。これは俺にも当てはまる。
 わかってる。詰みだって。ならば、従順に王になってしまえば、最大で十六年、傅かれて平穏に暮らせる。立派な王になる事を目指す振りをすれば、五年は稼げる。
 視野が狭くなって、憎しみと警戒という餌に食らいついているのは俺の方。
 そして生き延びたいのは俺の都合。だが、それに十二国世界は反発するだろう。
 ああ、俺、馬鹿だなぁ。どうしようもない。けれど俺の心はささくれだって、アホみたいに警戒と憎しみをばら撒いて、馬鹿な行為は止まれない。
 怖いんだ。たまらなく怖いんだ。覚悟したばっかりなのに、俺の心は赤ちゃんみたいに泣き叫んでる。畜生、目の前で妖魔に殺された人々。やせ細った人々。そんなもん見たのは初めてなんだよ。覚悟するのと、実際に乗り越えられるのは別物だ。
 医者が、声すら発さず俺の首を絞める。このまま楽になるのもいいかもしれない。けれど、わかっていた。この医者は、俺を殺せない。




[27623] 五話 この役目、麒麟がしろよ、麒麟が
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/13 12:56
 啜り泣きが聞こえる。

「貴方様はお知りでない。どれほど、どれほど我らが王を求めているか……!」

 そうだな。俺は知らない。知る勇気も無いし、それを知りに行ってわざわざ自分で囚われるほど愚かではないよ。俺は、誰にも心を開かない。

「父上、赤子相手に、何を言っているのですか。知らない? 当たり前でしょう。主上は産まれてたったの一年なのですよ? ……大人として、臣下として、その態度はどうなのです。可哀想に。思えば、主上は初めからお心を閉ざしておられました。あれだけ喋れるのに、全くその片鱗を見せなかった。見透かされていたのですよ。我らの浅はかさを」

 そして、優しく置かれる手。
 ああ、最悪だ。最悪だ。最悪だ。ただ自分勝手に求めてくる奴よりも、こういう奴の方が、今は……怖い。
 だって、ほら。俺は、この程度の言葉で、泣きそうになっているのだから。
 暖かい毛布は、永遠の眠りへと誘うだろう。
 この男だって、結局は俺に王となる事を求めるのだ。

「しばらく、私に預けて見て下さい。西王母様が仰ったなら、この方は真実、蓬莱の仙。武官だというなら、民の為命を捧ぐ心構えもありましょう。ただ、それが舜の民に向けられていないだけで。詳しく、話を聞いてみます。その上で王になれる方法を模索すればいい」

 やめてくれよ。これなら、軽んじられた方がまだマシだ。理論詰めで詰め寄られて勝てる自信は俺にはないぞ。
 俺の側に立てば王になるのがありえない様に、舜の側に立てば俺を王にしないのはありえないのだから。
 もう俺は疲れた。寝たい。
 そうして、俺の望み通り睡魔が訪れた。
 
『その願いは、主上の魂を捧げるに足るものですか?』

『王にならねば、願いは叶わないのだろう。ならば、俺は……』

 目をかっと開いて起きる。飛び起きるような事はしない。乳児にそんな真似は出来ないのである。
 骨折した体が痛んだ。
 嫌な夢を見たな……。だが、確かにありえるシュチュエーションだ。気をつけよう。

「主上、お目覚めになりましたか。私の名は、幹善と申します。今日より、主上の治療を仰せつかる事になりました。すぐに、お食事とお薬湯をお持ちします。傷の具合をお見せ下さい」

 こっくりと俺は頷く。喋るのは負担が掛かる。ここ最近、喋りすぎた。

「もはや、隠す必要はないのですから、体を動かす訓練も致しましょう。そろそろ、大抵の子供は立てる時機です。本当にご無事で良かった。あのように落下したら、最悪の場合死んでもおかしくないから」

 もう一度、こっくり。
 そして、食事を食べさせてもらう。食事を食べるというのは、スプーンを細かく操って食べ物を乗せたり、それを落とさない様に口に運ぶという難易度の高い行為だ。
 俺はまだ、そんな細かい作業は出来ない。
 
「こうしていると、普通の子供なのですがねぇ。ですが、父との会話を聞きました。王を軽んじるのは我らか貴方か……。多分、両方なのでしょうね。主上の仰る通り、王であるという事は大変です。大人ですら、数年で失道してしまう事も多い。さすがに、妖魔に食らわれる方が楽だなどといいませんが、贅沢と天秤に掛けられる事でもない。でも……」

「ひとりをぎせいに、だいたすうがたすかるとなれば、つりあいがとれる。わかっている」

 耐えきれずに俺が吐き捨てた言葉に、幹善は目を見開いた。

「犠牲、などとは……ですが、そうですね。大多数が助かる故に、我らは求めるのです。……王は、犠牲にしかとれませんか?」

 幹善は、俺を抱き上げ、撫でる。そんな優しいそぶりに誰が騙されるか。

「いまはぎせいにしか、ならぬ。どうころんでも、どんなきせきがおこっても。おまえ、あかごに、くにがおさめられるとおもうか。おれに、えいえんにあかごのすがたでいろというか」

 幹善は沈黙する。

「西王母は、貴方に既に資格があると。しかし、そうですね。永遠に赤子というのは、覚悟なしには出来ない事です」

「おれにしかくがあろうと、あかごのことばをだれがきくか。ははうえとおなじはんのうがせきのやまだ」

 俺は真剣に受け答えしているというのに、幹善は苦笑する。

「困ったな。逆に私が説得されそうだ。年の問題は、恭は乗り越えたようですが。しかし、それでも子供と乳児の差は大きいですからね。しかし、聡明な貴方ならば、いつまでも逃げられない事もわかっているでしょう? あらゆる圧力が、貴方を押しつぶそうとするでしょう。獣は罠を見てなお、餌に食らいつくといいましたね。手厳しい言葉ですが……真実だ」

 俺はこっくりと頷く。

「では、こうしましょう。明日から、官達の仕事をご覧になればいいではないですか。王の仕事を理解してもらうのです。王の仕事が、妖魔に食われるほどに辛い物ではないと主上にわかって欲しい。王という仕事を理解しようとしている最中ならば、圧力も弱まりましょう。私も共に勉強します。いかがですか?」

「もじもよめずして、いかにしごとをりかいしろと。おれは、からだがみはったつで、いろのちがいすらわからないのだぞ」

「……幼い子は、色の違いがわからないのですか? 文字はもう読めるのですか?」

「そのようだ。それに、もじは、ほうらいのものしかわからない」

「……やはり、五歳までは待たないと無理ですか」

「じゅうろくまでまて」

「十六になったら蓬莱から迎えが来るのでしょう? まあ、その辺については、おいおい話しましょう。今は、たっちの練習です」

 幹善は微笑む。
 ああ、どうしてこいつが王じゃないのだろう。馬鹿言うな。少し優しくされたから、なんで王じゃないのだろうなんて。それこそ王様業を甘く見ている。
 でも俺は、この時気付くべきだったのだ。舜は、原作では恙無く存在していた。
 舜が滅びる事はないのだ。それに、舜国に胎果の王がいれば必ず描写されているはず。王は、現れるのだ。確実に。










[27623] 六話 でも、幹善も俺に王になって欲しいと思っている
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/08 22:18

「それで、幹善。主上は、王となる事を承諾して下さったか」

 翌日、官が待ちかねたように話しかけてくる。つーか、俺がここにいるんだから俺に聞けよ。

「昨日の今日ではないですか。医師として言わせて頂きますが、現時点で主上が国を治めるのは無理ですよ。目があまり見えてらっしゃらないようだし、筆や玉璽を持てません。せめて、もう少し成長しなくては。しかし、王の仕事を勉強するという約束を頂きました」

「王の仕事? 即位する以外に何がある! 黙って即位さえしてくれればいいのだ、赤子になにができるはずもないんだから」

 幹善は、ため息をついて俺の背をぽんぽんとした。

「主上は、蓬莱の仙です。ただの赤子ではありません。貴方が何を言っているかも、きちんとわかっているのですよ。そして主上は、我ら臣のみで国を動かせば、瞬く間に国が傾き、失道すると思っておいでです。まずは、そのような事がないのだとご説明しなくては」

「主上が統治すれば、国は傾かないと? 主上は赤子でいらっしゃるのだぞ」

 心底理解出来ないといった口調で官は言う。

「まさか。だから、王になる事を嫌がっておられるのですよ。すぐに失道するとわかっているものを、誰が王になるかと」

「それでも、王に選ばれれば王になるのは義務だ。そうだ、雪泉様が呼んでおられるぞ」

「せつせん?」

 俺が問いかける。

「お母君ですよ」

 うえ、やだな。あっちが見舞いに来いよ。骨折した幼児を呼び付けるとは何事だ。
 まあでも、謝るというのなら受け取ろう。一応、俺の親なのだから。
 ……正直言って、今のままだと俺が王に即位したら即粛清対象だけどな。
 俺は幹善にしっかりと捕まって、抱っこされて移動した。
 母上は、何故か俊麒と一緒にいた。

「よく来ました、英正。王となる事は考えましたか」
 
 謝罪じゃねーのかよ。俊麒の顔色が蒼い事といい、凄い嫌な予感がしまくるのだが。
 原作見てても思っていたが、国民は王を崇めていても、官はそうではない。同じ神仙だからか? 侮る時ははっきりと侮ってくるしな。

「おどされておうになれば、あるのははめつだけだ」

「貴方は、まだ小さくて王の重要さをわかっていないのです。母の有難味がわかる時が、きっと来ます。俊麒、私が了承させてあげますから、誓約の言葉を」

 俊麒が、誓約の言葉を吐く。
 母が、俺を抱っこして骨折した腕をきつく握った。激痛が走る。俊麒が、悲痛な顔をした。これを、これを了承したか、仁の生き物が笑わせる!

「何をなさるのです!」

 幹善が叫ぶ。俺を取り戻そうとしたのを、兵士が止める。

「よいですか、やめてほしければ許すと言うのです。ゆ・る・す」

「しゅんき、このもの、を……ころ、せ」

 俺は、俊麒へとなんとか伝えた。

「貴方は、まだ主上ではありません。私と、契約を」

「は。けいやくすれば、したがうと? おれのみすら、まもってくれないものを、しんようできるものか」

 子供と言うだけで、麒麟ですらこの侮りよう。他の奴が言う事を聞く? まさか。こんな事をすれば、当然俺は王になり次第粛清を要請する。それを聞き届ける者がいないという前提でなくば、こんな事はしないだろう。痛みの中で、俺は強く強く誓う。
 例え拷問されようと、いや、もうされてるが、人質を取られようと、俺が王になる事はないと。
 痛みで、気を失いそうになった時だった。
 幹善が半獣化して、兵士達が驚いた隙に俺を奪い取った。

「これ以上は後遺症が残る可能性があります。医師として、これ以上放っておけません」

 巨大な鳥が、走る。その姿は滑稽で、道行く人々が避けていく。

「王の誘拐です、捕えなさい! 幹善は殺しても構いません! 殺しなさい!」

 母上が叫ぶ。

「お待ち下さい、主上! 雪泉どの、殺すのはあんまりです。傷つけないように、捕まえなさい!」

 俊麒が血相を変えて追いかけた。
 幹善に射かけられる矢を、指令が防ぐ。
 
「失礼を!」

 幹善が手すりを乗り越え、大空に向かってダイブ。俺を足で捕まえた。
 兵士達が困惑する。
 妖獣に乗った兵士達が追いかけてくる。追いつかれるか?
 その時だった。
 六太が指令に乗り、驚いた顔でこちらに向かってきた。

「英正! 何やってんだ!? 誘拐か!?」

「ごうもんして、おうにしようとしたので、にげてきました」

 六太が絶句する。すぐに、俊麒が追いかけてくる。

「延麒、これは舜極国の問題。口出しされますな」

「拷問して王にだと!? 何言ってんだ、俊麒。正気か!?」

「こうでもしないと、主上は契約して下さらない……。私は、主上と契約がしたいのに。早く契約しないと、民が。民が、こうしている間にも死んでいくのです。延麒、貴方にはわからない。私は、二年待った。もう充分です」

「民を理由にするな。お前は死にたくないだけだろ、先代の麒麟のように。俺が知らないとでも思ったか!? 前から生きる事に必死すぎるとは思ってたけど、まさかこんな……!」

「延麒様、どうかお助け下さい」

 幹善が延麒に縋る。

「えんき、たすけてくれ」

 俺も頼む。延麒は、俺を抱いて、骨折に気付いてぎりっと唇を噛み、踵を返した。

「尚隆、ごめん……!」

 いや、本当に悪い、延麒。もっとも、尚隆はいがいと王様してるから、送り帰されるかもしれないが。幹善だけでも、かくまってもらえるといいのだが……。
 



 行ったら、やっぱり怒られてました、延麒。それはもう、物凄い勢いで。
 ひとしきり怒った後、尚隆はため息をついた。

「一度助けた者を、放りだしたりは出来ん。五歳になるまでは、匿ってやろう。……拷問して王としての契約を結ばせるだと? 麒麟がそれを許容したこと自体、信じ難い」

「あれには、もうにかい、ころされかけてます。かのうふかのういぜんに、おれはおうになりたくないです」

「当然だろうな。強要されれば、頑なになるだけだ。……赤子相手なのだぞ。それほどまでに、追いつめられていたか。傷は。すぐに治療させよう。後遺症が残らねばよいのだが……」

「ありがとうございます。かんぜん、だっこ」

「……半獣を怖いと思わないのですか?」

「おとく。ひとつぶでにどおいしい」

 何より、俺は半獣姿の幹善が好きだ。俺は感謝とふわもこへの愛を込めて、羽に顔を埋めた。

「……そうですか。傷の治療、私も見ましょう。これでも、舜は医学が進んでいるのですよ」

「たのむ」

 そして俺は抱っこされて、傷の治療に移るのだった。



[27623] 七話 気を抜いた一瞬
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/09 08:21
 翌朝、朝食後に、劇を見せてくれた。
 お題目は、延王登極である。もちろん幼児向け。
 が、頑張ったなあ、延の官の人。覗きに来た延王は大爆笑である。
 ちょっと恥ずかしそうな所が、苦労を思わせる。

「王様になったらお菓子も食べ放題、皆も幸せ、めでたし、めでたしです」

「うー!」

 とりあえず俺は拍手をする。骨折した手が痛んだが、徹夜してセリフを覚えてくれたであろう官の人には頭が下がる。
 お菓子が食べ放題ってのがポイントだ。俺としても、どうせ幼児扱いされるなら、拷問よりかお菓子あげようか、と言われる方がありがたい。
 
「じゃあ、次は発達のテストをしましょうか」

「うー」

 俺は頷く。喋らなくて済むなら、喋らない方が楽だ。俺は短く改造された筆を持たされた。当然、通常の持ち方は出来ない。手で握るのが精いっぱいだ。
 そして、思い切り横に引いた。

「上手に出来ましたね! お名前は書けますか?」

「これがおれにできるせいいっぱいのこまかいさぎょうだ」

「んー。色も判別できないんですよね」

「うん」

「じゃあ、気を取り直してたっちを!」

 俺は何とかたってみて、すぐに倒れ込んだ。

「ハイハイで、こちらにいらっしゃってください。腕を痛めぬよう、気をつけて」

 実はハイハイもろくにやってない。手を庇いながらというのもあり、官の所まで行くのに、大分疲労してしまった。

「これは……ちょっと、いえ、大分発達が遅れているのかもしれません。即位のときは階段を上らねばならないらしいですし、大分厳しいですね。足腰が弱すぎますし、特に視覚は、一歳になるまでには完成される物です。ご病気かもしれませんし、もう少し調べてみます。何か、心当たりは?」

 ……マジで? 俺、成長しても視覚が不完全のままになるかもしれないって事?
 
「うまれたばかりで、こうねつをだした」

「それかもしれませんね……。延王にもご報告しなくては」

 俊麒の馬鹿! 景麒! ふざけんな!
 官は、俺を抱っこして、頭を撫でる。

「王になれば、断る事は許されない事です。……我が雁でも、延王が即位した時は風当たりが強かったと聞きますし、延王が王になる事を嫌がっていれば、契約を迫ったかもしれない。今の舜には、余裕が無いのですよ。しかし、それでも王を拷問して契約を結ばせるのは、あってはならない事です。延は、貴方が良い王になる援助をする事を決定しました。王としてやっていけるまで、守り育てることもその一部です。後ろ盾にもなりましょう。けれど……けれど、王の座から逃げ続ける手助けだけは出来ません。貴方にどんな事情があろうとも、それを民は理解する事が出来ません。全てに王の即位が優先されるから。貴方は、そう、五歳になれば舜極国に帰されます。それが、延が貴方に出来る限界です。私の言っている事がわかりますか?」

 俺はこっくりと頷く。
 すると官は、安心させるように笑った。

「よろしい。貴方は半獣が好きなようですから、良い物をあげましょう」

 そして、半獣のぬいぐるみがプレゼントされる。俺はそれを抱きしめた。やった! 熊だ!

「はんことふでいがいのおもちゃ! そんなえさにつられクマー!」

 官が、少し驚いた顔をする。

「このような物で良ければ、いくらでも。しかし、その好意の裏には、貴方に良き王になって欲しいという願いがあるという事。忘れなさいますな。我らの期待を裏切らぬよう」

 王になるのはごめんだが、もしもの時の為に学ぶ事は大歓迎だ。
 勉強は嫌いだが、退屈はもっと嫌いだ。
 ささくれだった心が、癒えていくのを感じていた。
 断じてプレゼントを貰ったから王になってもいいと考えたんじゃないからな!
 だってこいつら、舜じゃなくて延の官なのだし。
 それこそ、そんな餌につられクマ―! だ。
 とはいえ、五歳まで猶予が出来るのは有難い。
官の言葉通り、俺は色んな玩具を与えられた。
 王様の勉強の第一歩は、まず玩具を上手く使う訓練ということらしい。
 ボールを転がし返すのが以外に難しい。チ、チートはどうしたー。
 なんとかチートが使えないかやっていると、頭にテロップが流れる。
 ――メモリが足りません。
 ――メモリが足りません。
 ――MPが足りません。
 ――筋力が足りません。
 な、なんだとぅ。そっか、やはり成長が足りてないか。
 メモリが足りないが二つもあるのはいいとして、武器を出そうとしたらMPが足りないってどういう事だ。封神演義みたいな力を吸い取る宝具だったら嫌なんだが。
 黒、白、赤は認識できるので、幹善に絵本を読んでもらって字の勉強もスタートする。
 ……一生色がわかんなかったらどうしよう。
 同じ形の穴にブロックを入れる作業……俺にとってはかなり難解な作業を、幹善に手助けしてもらいながら、やっていると、幹善の体が緊張した。
 なんだろう? あー! ブロックが入らないー! こんな細かい作業が出来るかー!

「うー!」

 俺がブロックを投げると、それを受け取る手があった。それはブロックを穴へはめ、入れる。
 俺が顔を見上げると、俊麒がいた。
 その後ろで、延麒が心配そうな顔をしている。

「……私のせいで、主上の体に障りがあると聞きました」

 延麒に諭されて、謝罪に来たのだろうか。

「私は、出来そこないの麒麟なのかもしれません。後ろ暗い衝動が私の体の中でうずまいていて、私はそれに逆らう事が出来ない。本当は、わかっているのです。何が一番良いか……。けれど、私は……私は、貴方と契約がしたい。今すぐに。貴方が、主上だ」
 
 そして、俊麒は目を瞑る。

「五歳まで、お待ちします。それに、主上を良く知る為に、お傍でお世話いたします。また、主上を殺しかけてしまう事のないように」

 それだけかよ。謝罪を要求するー!
 お断りしますと言いたい所だが、俊麒にとってはこれがギリギリの線なんだろう。
 なんつーか、目が怖い。
 「両手両足折って、いつまでも一緒だね、主上♪」って言いだしそうなくらい目が怖い。
 今、魂でヤンデレという物を理解した!
 とにかく、指令という凶悪な武器を持っていて、追いつめられまくった人を刺激する程俺は馬鹿ではない。
 結局、俺はこっくりと頷いた。
 なんというか、五歳までの安全を確保した代わりに、五歳での契約を余儀なくされた気がする。
 まあ、策はあるのだが。
 朝が俺を受け入れる体勢を整えない限り、契約しないというつもりだ。
 どうせあんなんじゃ監禁一直線以外の芽が見えない。
 舜には絶対に無理だと確信しているし、五歳ならばまあ俺も、戦える……よな?
 念の為に、幹善は置いていこう。
 雁での生活は、快適だった。
 月一で王ってこんなに素晴らしい! な劇が見れるし、色々教えてもらえるし、色が認識できるようになってきたし、ハイハイは上手くできるようになってきたし、傷も癒えて来た。
 でも、俊麒に抱っこされると凄く怖いです……。なんつーか、緊張する。
 俺は俊麒の前では、絶対に判子押しや名前書きの成果を見せない。それらを練習するのは俊麒がいない時だけである。
 雁にいると、王になるのもいいのかも、とうっかり思ってしまうが、重ね重ね言うが、これだけ環境が整っているのは雁ならではである。
 十六年の寿命、こいつらの為なら受け入れてやってもいいかもと思えるのは、雁の官なのである。
 舜に、帰りたくねぇなぁ……。
 俺が三才へと成長すると、武器が出せるようになった。やはりMP減る方式だった。
 戦闘チートも、若干発動できるようになったので、訓練を開始する。
 俺が使うのと同じような形の木製の武器を作ってもらって、いざ武官さんに挑戦!

「うー!」

 よちよちよちよちよち。うりゃ! ぽす。

「うわああああああああ! やーらーれーたー!」

 吹っ飛ぶ武官。うわあ、凄い演技力!

「これは将来有望だな、はっはっは!」

 武官の上司っぽい人が俺をなでなで。
 幼児の相手ごくろうさまです。でももうちょい、真面目にしてくれないと練習相手にならないかな!
 え? まだそこまでのレベルじゃない? そうか……。
 官が、息子だという三才の子に会わせてくれた。すげーパワフルで、俺の発育の遅さに俊麒ともども肩を落とした。
 あと、俊麒はたまに契約を迫って来る。官が宥めて事無きを得るのだが、凄くうざい。
 演技の繰り返しで汗を流した若い武官が、お茶を俺に勧めながら俺に聞いてきた。

「英正様は、蓬莱の仙だとか。お話をお聞きしてもよろしいですか?」

「いーよ。何が聞きたい?」

「蓬莱の仙は、強いのですか?」

「んー。少なくとも俺は強くなると思うよ。偉い人から直々に才能をたまわったから。まだ、ちょっと成長が足りなすぎて発動しないけど」

「才能を賜る? 蓬莱では、賜れる物なのですか?」

「みたいだな。これもその一つ」

 俺がわっかの武器を取り出すと、武官は目を丸くした。幹善も、興味深そうに見つめてくる。
 
「これは……大変立派な冬器のようですが、扱いが非常に難しそうですね」

「戦闘技能を貰っているから、問題ない……はずだ。成長できればな」

「どのように蓬莱の仙になったのですか?」

 幹善も、興味深げに聞いてくる。

「偉い人に選ばれたんだよ。多分、向こうの天帝みたいな方かな。それで、色々な物を賜って、十六歳で武官になる事を聞いて、その時に、流れて来た卵果に襲われてな」

「卵果に襲われる! それは貴重な経験をしましたね」

「大きな卵果に押しつぶされて、徐々に吸収されてさ。怖かったよ。偉い人が、俺が吸収されているのに気付かずに、卵果に元の場所に戻るように言ってさ。それで、気がつけば生まれ変わっていたんだ。でも、十六歳になれば任地に自動的に飛ばされるはずなんだ」

 ほうほうと、相槌を打つ二人。いつの間にか、延王と六太もお茶に混ざっていた。

「無視して戻って来る事は出来んのか? 武官というからには、大勢いるのだろうし」

 延王の言葉に、俺は首を振る。

「いや、俺一人だよ? 武官って言うか、正式には勇者なんだ。なんていうかな、物凄く強い妖魔の軍団の長を、暗殺しに行く人、と言ったらわかりやすいかな」

「……気のせいか、凄く大変なような気がするのだが」

「大変ですよ。向こうについてからも、色々貰える事になってるけど……いつ戻って来れるかわからないし、王様業と兼任なんて絶対無理。だから、出来れば俺じゃなくてもいい、こっちの王様業は他の人にやって欲しいんだけどな。今のままだと、どうやっても詰みって言うか」

「主上でなければ嫌です」

 ぎゅうっと抱きしめる俊麒。痛い、痛いよ。

「任地って蓬莱のどこだ?」

「蓬莱じゃないですよ。蓬莱に妖魔なんかいるわけないじゃないですか。全く別の世界のはずです。俺も詳しい事はわかりません。何せ、途中で卵果に食われたから」

「英正様、ここにいらっしゃったのですか。英正様が提案したぷち仕官、通りました。ここにサインと判子お願いします」

 話していると文官が歩いてきて、俺に書類を出した。この時、俺の気は完全に緩んでいた。

「はいはい」

 俺は、ぽんと判子を押して、名前をサインした。
 その様を俊麒が凝視する。

 あ、やばい。



[27623] 八話 一見味方だが、目的考えると敵でしかない
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/13 12:57


 えー。英正です。英正です。ただ今、絶賛誘拐中です。
 
「あー、俺、せっかく本格的に主上としての勉強を始める所だったんだが。まずはおつかいから、順々にという事で雁の官達が徹夜してメニューを考えてくれたのだが」

「そのような勉強、舜でやればよろしい」

「そんな環境ねーだろ。お前に病気にさせられた後遺症がようやく治った所なんだよ、まだ病み上がりなんだよ、普通の餓鬼より力ねーんだよ。根本的に育て方間違ってんだよ。今成長が止まると、弱い体のままで仙になるんだよ。せめて五歳まで待てや。約束はどうした約束は。こほっこほっ」

 三才だから多少は体が丈夫になっているが、延麒のようにあったかくしてくれたり食事をこまめに食べさせて休憩してくれたりがないから、風邪引きそうだ。
 お前はなんど間違えば済むのか。俺の傍にずっといて、体の弱さを理解したんじゃねーのか。実は殺したいんじゃねーか? その可能性は高いと俺は思っている。仁の生き物(笑)

「主上……熱が。延麒の時は風邪をひかなかったのに」

「もっと早く気付け。お前は麒麟の癖に思いやりが足りない」

「そうだ! 私と契約すれば、風邪は治ります」

「死ね。俺は具合が悪いから寝る」

 暖かい毛皮の指令にぴったりくっついて寝ると、俊麒もくっついてきた。激しくうざい。
 そして、ようやく王宮についた時には、俺はぐったりとしていた。

「俊麒、またですか! 医者を!」

「俊麒、帰るのは二年後のはずでは……?」

 困ったような声が聞こえる。

「英正が帰ったのですか!」

 足音。うげ、雪泉だ。それは押し問答を始めた。

「英正様はご病気であらせられます。今はお会いになるのを避けた方がよろしいかと。王となる為の説得に、耐えられるとは思いませんが」

「私は王の母なのですよ!」

「面会謝絶なのです、どうか……」

 そこで、官が横から口を出す。

「仙にすればいいのだ、仙に! 戻って来たからには、契約したのではないのか!」

「御年三才で、儀式が出来るとは……。雁の言うように、五歳まで待つべきでは。援助は、王の保護と引き換えだったはずです」

「五才まで待った振りをすればいい! 三才も五才も変わらんわ」

「赤ちゃんと幼児くらい違いますが。主上はただでさえ発育が遅いご様子。ばれないはずはありません」

 そうこうしている間に、母上がヒステリーを起こしだした……。
 あれ、俺庇われてる? 雁、そこまでしてくれてたんだ……。
 ああ、熱で気持ち悪い。駄目だ、意識を保ってられない……。
 しばらくして目覚める。
 うげ。母上だ。母上はギラギラした瞳で、俺を見ていた。

「貴方は、母の愛がわかっていないのです。拷問して王にしようとしたとか、既に二度殺されかけていると雁に言いふらしたそうですね。王にならない悪い子は貴方なのです。全て、貴方が悪いのです。貴方のお陰で、私に対するいわれのない中傷をする者たちまで現れ始めたのですよ」

「それでも排斥されない貴方にびっくりです。誰もかれも、貴方を王と勘違いしているらしい」

 苦しいのを圧して言い捨てると、母上は手を振りあげた。
 すかさず俺の前に影が現れ、庇う。
 官だった。

「いくらお母上とはいえ、主上に手をあげるのは不味いのでは。……ただでさえ、主上を拷問した、という噂が立っている時に」

 官が愛想笑いをして収めようとする。
 しかし、母上は収まらない。それで収まる母上ではない。

「黙りなさい、これは躾けです!」

「主上が死ねば、貴方様の地位も無くなるのですよ、雪泉様」

 それに、母上が唇を噛む。

「王になれば風邪など問題ありません。今すぐ王になればいいのです」

「そして俺の代わりにお前がこの国を治めるか。ふざけるな。自分への死刑執行の書類に、誰がサインをするか。下手をしたら死ぬ人の身であればこそ、俺に選択権という武器があればこそ、まだ手心を加えられるが、不死になれば話が違う。不死のまま幽閉と虐待され続ける事を思えば、今死んだ方がマシだ」

「英正! なんと不敬な事を言うのです、私は王の母なのですよ!」

「は。自分の言っている事がどれだけ滑稽かわかっているか。不敬なのは母上だ。いや、違うな。俺はまだ王ではないのだから。俺にも母上にも不敬という言葉は存在しない」

「だから貴方に王になれというのです!」

 金切り声で言う母上。官達は、ぼそぼそと何かを囁き合って、笑顔で母上を押しだした。やんわりと、やんわりと、だがしかし、きっぱりと。

「雪泉様、そろそろお時間です。ご病気の主上を興奮させる事はよくありません。今は、お下がりください」

「私は英正が王になるというまでここを動きません!」

「まあまあ」

 母上が押し出されて、俺は息を吐いた。

「水を」

「ここに」

 俺は水を飲んで、一息つく。
 その後、ぽつりと官が言った。

「今のお言葉、主上の本心ですか。登極が死刑執行所にサインをする事だと」

「限りなく正解に近い未来予想だと思うが。誰もかれもが麒麟との契約を強いるが、それがどんな意味を持つのか、教えた者はいなかった。ただ、騙そうとするだけだ。そもそも産まれて今より、飼育以外の何を感じ取った事も無い。俺が王位を継いだ後は、蝶よ花よと可愛がってくれる? ありえないな。用無しで、不死だから世話をする必要も無い、というところか」

 その言葉に、官が苦笑する。

「これは、耳が痛い。さすがに、そこまで信頼されていないとは思いもよりませんでした。根拠があるだけに、尚更耳が痛い。雁の使者に、遠回しに散々に馬鹿にされてしまいました。きちんとお話して説得するなり、可愛がって王に憧れを持たせるなり、方法は山ほどあったろうにと。私達からも、成長の度合いを隠されていた、という不満はありますが。それほど早くから、信を失っていたのでしょうな」

「最初から胡散臭さ大爆発だったからな。今は普通に敵同士だよね、俺ら」

 それを聞き、官達は居住まいを正す。

「主上……お約束します。我らは、主上のお味方になります。今、初めて、主上に忠誠を誓います」

「それが信じられると?」

 俺は半眼で官達を見つめる。

「奈落の底まで転落した信頼を取り戻さねば、主上が王位についてくれる事などありえますまい。少なくとも、身の安全だけは保証致します。……今も、貴方様に王位を継ぐ資格があるとは思えません。しかし、認めようと思うのです。主上は意志を持たぬ人形ではないのだと」

「はっ酷い言いようだな。母上の排除すら出来なかったお前達に、本当に俺の身が守れるのか? この国の、俺を虐待する奴らしか住んでいない国の、たった十年近くの安寧が、俺の命より重いと証明できるのか?」

「私もいます。分の悪い賭けではありませんよ、主上」

 俊麒が口をはさんでくる。

「……今回入れて計三回俺を殺しかけたのも、母上の俺を無理やり王にしようという企みに加担したのも、母上を殺せと命じられてそれをしようともしなかったのも、俺を浚ってきたのもお前なんだが……」

「主上が王となれば、私は全力を尽くして助けます!」

「王になってからかよ。俺を殺しかける事は出来るのに母上は無理とかすげー納得いかない」

「私とて学びます。雁で、赤子と遊ぶ方法はしかと学んできました」

「仕事の補佐をしろ、仕事の補佐を」

 お前には本能しか存在しないのか? この泰麒!




[27623] 九話 後に最後の派閥が主流派に
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/11 08:26

 台輔が、卵果に王気を見出した時は、絶望した。
 西王母に願い出て、次点に王気を譲るようにしていただいたが、一向に他の王を見いだしては下さらない。
 舜には、王が必要なのに。
 それとも、卵果でありながら見出される程優れた資質を持つのだろうか。
 とにかく、迎えた王は、産まれていきなり死に掛けた。雨堤宮への移動の為だった。
 王と共に、王のご親戚一同が雨堤宮に我が者顔で入りこんできた。皆、眉を顰めたが、それでも王は切望されていたし、王の保護者という事で皆、取り入った。
 私も、その一人だ。
 皆が、王が許すと言葉を発する時を、皆切望した。よもや、王に政治など期待している者は誰もいなかった。
 しかし、王は宮廷の、民の願いを裏切った。
 自我すら持たぬと思っていた赤子は、自らの意志で王となる事を拒否し、喋れぬふりをしていた。
 蓬莱の仙。それが我が王の正体。かつてない神通力を持つ王となる。なるほど、王に選ばれるだけの物は確かに備えていたらしい。
 しかし主上は、滅べばいいと言ったという。舜を守るべき王がだ!
 武官などという、良くわからぬ仕事などどうでもいいと思う。
 王ならば、王となる事を優先させる事が当たり前。
 舜には王が必要なのだ。その一心で、雪泉様に説得をねだったりもした。
 だが、主上は雁へと浚われる事となり、雁からは使者がきた。
 保護を求められた為、五歳まで王を保護させて頂く。
 王を拷問して承諾させる前例を作る事は、十二国の歴史に良くない影響を及ぼすから。
 そう言われて、初めて雪泉様のした事を知った。
 発育不全、骨折、さらにその骨折の上に乱暴を加えられた形跡。いくら追いつめられたと言っても、主上に対する行動でも、幼児に対する行動でもないと一喝された。
 発育不全など、初めて知った。
 失礼ですが、主上にきちんとお食事を与えておられますか、と他国の者に聞かれる時、これ以上の屈辱は無いと思った。
 主上に対する雁の官の評価は高かった。
 幼けないながら、王の重みを誰に知られずともわかっておられる。
 意欲的に、絵本など学んでおられる。
玩具を通じて、筆を操れるよう手の器用さの訓練をしておいでだ。
 ……時間さえ許せば、主上は良い王になられる。
 他国の者だから、勝手な事を言えるのだ。赤子に政治など出来るか。思わず言ったら、官は呆れた顔で言った。

「王を幼児としか見ないならば、せめて普通の幼児として扱ってはいかがか? 玩具一つ、お菓子一つ与えられなかったと聞きました。私は学べば問題ないとは思いますが、英正様とて、ご自分に執政が務まると思ってはおられませんでしたよ。あの方は、聡いが子供っぽい所がおありになる。心からお仕えし、誠意を込めて王の大切さを説き、王となる事を願えば、その後の扱いが幼児以外の何物でもなかったとしても、結局は承諾なさったでしょう。好意には弱いのです、あの方は。しかし、今の英正様は、母国を救いたいとも、臣が信用できるとも思っておられない。……幼児としても、主としても、周囲を認めておられないから、王となる事を拒否している。英正様が承認しなければ王にはなれないのですし、一度、頭を冷やしてはいかがか? 心配なさらずとも、5歳になれば王を継ぐよう我らが説得いたしましょう。英正様の統治のお手伝いもさせて頂きます。……ただし、英正様御身の安全を確約してください。それが条件です」

 主上を褒め、補佐し、その身の安全を交渉する。他国の者がそれをする、その異常。
 悔しさに声を押し殺し、呟くように言う。

「貴方方なら、うまくやると?」

「……そうですね。追い詰められているのはよくわかります。延王登極の時も、理不尽に王を責める事もやはり、ありました。玩具で釣って騙すなりなんなり、あらゆる方法をとったでしょう。……ですが、さすがに釣りの際は餌位は用意します」

 餌。十分に我らは与えている。権力、栄誉……そしてそれは……英正様ではなく、英正様のご家族に向いている。
 英正様が王になるメリットを提示した事はあったか。そもそも、英正様とまともに話した事があったか。答えは否だ。
 悔しい。今すぐ王を取り戻したい。けれど、ここには雪泉様がいる。
 確かに、王が育つ環境にはない。雁に取り上げられたのなら、諦めもつく。
 官は、悔しさを押し殺し、深々と礼をした。
 荒廃する大地。次々に入る悲報。
 英正様を求め、英正様を恨み、英正様の事を思い出す毎日。

『英正様は、滅んではなぜいけないと』

『あからさまな賄賂は、国を荒らす元です。国が荒れれば王は死にます。母上は俺が王になったら殺すおつもりですか』

『母上は無責任です。王になるのは簡単でも、王でい続けるのは難しい。赤子の俺に何が出来る。すぐ失道だ。お前達に何が出来る。最低限の資質も持たぬくせに』

『今王になるも、妖魔に食われるも、たいして違いはない。妖魔に食われる方が、まだ楽に死ねる。お前、よほど王様業を甘く見ているのだな。あれは魂を差し出す行為。些細な贅沢と釣り合うと、本気で考えているのか』

『そうだな、獣は罠を目にしても、餌に食らいつくからな。自分の都合で、世界が動くと思うな』

 ……あれ? 結構苛烈な性格っぽい? 聡いと雁の官が言っていたが、どれほど聡いのだろうか。一歳でそのような事を意味がわかって言っていたのなら、聡いというレベルではないのでは。
 それを感じたのは、他の官も同じだったらしい。
 集まって、ぽつぽつと話すようになった。

「英正様は、どのような王になられるのか」

「五歳になって戻って来た時、政治を為されるのだろうか」

「まさか。五歳だぞ」

「もしも政治をなさるとしたら、どんな王になると思う」

「……意外と、苛烈な政治をなさるのでは」

「まさか……幼児ですぞ」

「しかし、子供は残酷といいます。というより、心優しいどのような発言をなさいましたか、英正様が」

 落ちる沈黙。しまった、情操教育をすべきだったか?
 不安に思っている時に、俊麒が主上を抱いて帰って来た。
 後二年で、雁からの無償援助が貰える物を。しかも、契約をまだしていない。
 不安。不満。王が契約して下さるかもという期待でないまぜになりながら、主上を慌てて看病した。今死なれては、何もかもが水の泡になる。

「それでも排斥されない貴方にびっくりです。誰もかれも、貴方を王と勘違いしているらしい」

 苛烈な発言。不安的中。とにかく、王を庇う。

「そして俺の代わりにお前がこの国を治めるか。ふざけるな。自分への死刑執行の書類に、誰がサインをするか。下手をしたら死ぬ人の身であればこそ、俺に選択権という武器があればこそ、まだ手心を加えられるが、不死になれば話が違う。不死のまま幽閉と虐待され続ける事を思えば、今死んだ方がマシだ」

「は。自分の言っている事がどれだけ滑稽かわかっているか。不敬なのは母上だ。いや、違うな。俺はまだ王ではないのだから。俺にも母上にも不敬という言葉は存在しない」

 予想以上に疑われている事に驚くと同時に、否定しきれない自分に驚愕する。ああ、この方は、確かに蓬莱の仙。三才でこれは、ありえない。学べば問題ないと雁の官が言った。それは真実かもしれない。圧倒的不利な状況で神経を逆なでする行為は、賢い行為とは言えないけれど。
 英正様は水を飲んで一息つくと、私の確認に呆れたように返す。

「限りなく正解に近い未来予想だと思うが。誰もかれもが麒麟との契約を強いるが、それがどんな意味を持つのか、教えた者はいなかった。ただ、騙そうとするだけだ。そもそも産まれて今より、飼育以外の何を感じ取った事も無い。俺が王位を継いだ後は、蝶よ花よと可愛がってくれる? ありえないな。用無しで、不死だから世話をする必要も無い、というところか」

 一歳のときよりも流暢な言葉。けれど、一歳のときと変わらぬ言葉。声の拙さに騙されて、何も見えていなかった。この方は、一歳の時既に王になれた。西王母様の仰る通り。なのに王にならなかった事に腹を立てると同時に、主上だけでなく、自分達にも事態を飲みこむ時間が必要だったとわかる。けれど。もはや待つ気はない。

「最初から胡散臭さ大爆発だったからな。今は普通に敵同士だよね、俺ら」

 軽く言われる言葉。幼い時から企みを看破する洞察力の披露。既に最悪の状況から、説得を開始せねばならない。厳しい戦いだが、主上が既に大人の意志を持つというのなら、話せる余地はある。でなくば、舜は滅ぶだろう。

「はっ酷い言いようだな。母上の排除すら出来なかったお前達に、本当に俺の身が守れるのか? この国の、俺を虐待する奴らしか住んでいない国の、たった十年近くの安寧が、俺の命より重いと証明できるのか?」

 口角を吊り上げて挑発。官達を襲っていた不安は、もはや別の物だった。王は確かに言った。麒麟にお母上を殺せと命じたと。麒麟に仕事の補佐をしろと。
 彼が王になれば、粛清を行うのは目に見えている。この生にしがみつく王は、自らの寿命を縮める不正を許しはしない。
 そして、官の大多数が雪泉様にすり寄っている。……簡単に粛清対象になりうる。
 この時から、王宮には複数の派閥が存在する事になる。
 英正様を正当な王として擁立しようという積極的英正派と、英正様に政治が出来るはずが無いとして、形ばかりの王とする雪泉派。英正様から政治は取り上げるが、十分豊かな生活をさせてあげようとする消極的英正派と……大人げなく、このままでは粛清されるから、英正様は単なる幼児という事にしようという政敵派である。



[27623] 十話 この後複数筋から土下座されました
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/12 20:26
 俺を追いかける形で、雁の官が来てくれた。
 会う事は出来なかったが、勉強のスケジュール表は持って来てくれた。
 俺を心配する言葉を色々と掛けて言ってくれたという。雁の官には感謝しきりだ。
 それに、俺の荷物も持って来てくれた。
 俺の成長を良く考えて作ってくれた玩具。
 俺はそれを大切に抱きしめる。新しい玩具もいくつか混じっていた。

「玩具が欲しいならば、舜でもご用意しましょうか」

 猫撫で声で官が言う。

「いや、これだけあれば十分だ。訓練するにしても、あまり品が多いと大変だ。もう少し大きくなって、上手に玩具を使えるようになったら新しいのを頼む」

「訓練ですか?」

「俺はまだ手を器用に動かせないからな。といって大人の訓練は出来ない。だから玩具で訓練するんだ」

「さ、さようですか……」

 特に俺が執心しているのが、玩具を上手く同じ形の穴に嵌めるという物である。そう、一歳の時より大分細かくなっちゃいるが、未だに俺はこれが上手く出来ないんだ……。一センチ単位の仕事が出来ないのである。
 そして俺は、スケジュールの書かれた巻き物を開く。
 な、何だと。移動に時間を割いている最中に、この玩具の訓練時期が過ぎている、だと……?
 俺は玩具を握ってみる。この時、握ってしまうのが問題だ。摘まめないのである。
 そして、穴に嵌めて見る。気をつけたつもりなのに、隣の穴に手が勝手に!
 俺はふぅとため息をついて、要練習だな、と呟いた。

「王になる為の勉強というのなら、望ましい事です。ぜひこちらでもやりましょう」

「勉強など、まだ三歳ではありませんか。女官と共に遊びませんか」

「勉強は勉強かもしれないが、三才に相応しい玩具ではないか。第一、名前すら書けないようでは書類を認可する事が出来ん。これぐらいはして頂くべきでは」

 玩具一つで、やいのやいのと議論が起こる。
 今までよりは、俺を主上だと理解しているようである。
 面倒だが、まあ話す余地は出来たと思う。

「王になるつもりはないが、絶対に王にならずに済むとも思っていない。当たり前だが、即位の為の勉強はする」

 途端、返って来る言葉の数々。

「御意にございます」

「そんな。王になりさえすれば、全て良いようにしますので、どうかご了承ください」

「まさか、名を書けない振りをしているのでは」

「まだ上手ではないし大きくなってしまいますが、名は書けますよ」

 お前はちょっと黙れ舜麒。

「ならば、王になるべきです! 何故王になられない!」

「理由があり過ぎて逆に説明に困るわ。そんなに王が大事なら、早く俺以外の王候補育てろよ。王気は二つ感じるようになってるんだから」

 俺が話しながら玩具を嵌めると、官の何人かが拍手した。その間に、拳を振り上げた官を他の官が宥めながら部屋の外に出していく。

「まあまあ、元から五歳まで待つというお話でしたし、確かに主上はまだ体の発育が十分ではない。失礼ながら、玩具の程度から主上の発達具合が見て取れるではないですか。もう少し待つべきです。成人まで待つという話もあったのだから。さて、課題を見てみましょうか。ほう、仕事の手伝いももう始めるご予定だったのですね」

 見せてみろ、と他の官が奪い取るように見て、ほっとした様子を見せた。

「主上に置かれましては、我らの事を全く信頼しておられない様子。ここは一つ、我らがいかに仕事が出来るか見学して頂いて、玉座につかれても問題ない事をお見せしましょう。こちらも準備がありますから、三日後に」

「幼児が見ても可否なんてわからないと思うが。仕事を学ぶ事に異論はない。後、信頼度については仕事だけじゃなくて、俺の待遇面でも問題があるんだからな」

「我らも心を入れ替えました。心してお守り致します」

「危険人物一位舜麒、二位母上でも?」

「……努力します」

 そして、三日後。官達が、影で子供の癖に偉そうにとか、目に物見せてくれるとか、陰口を叩きながら、また、目的が違うながらも、一団となって準備してくれたのを俺は知っていた。
 官達に見守られながら、書類を一つ一つ説明されながら見ていく。
 どうやら官達は、最も難しく見える仕事として、会計系の仕事を中心に見せる事にしたらしい。
 そして、俺の中には脳内パソコンがある。まだ脳の容量が小さい為、脳内パソコンのメモリも小さいが、使えないという事はない。事実、辞書ツールを脳内で構築したりして、大分お世話になっている。目を通した書類の計算結果が出るのは一瞬だった。

「ふーん。……ついでに、食料が高騰しているようだが、それは監視しているのか?」

「もちろんですとも! 雁が主上の留守中援助して下さっていたので、最近はまた高騰気味とはいえ、落ち着いております」

「……。なるほど」

 差し出された書類を見る手が僅かに震えた。
 俺はいくつか質問しながら、書類を見ていった。
 俺はため息をついて、書類を置く。

「一つ聞く。これは吟味して、俺の為に準備された書類なんだよな?」

「もちろんでございますとも」

「情けなさ過ぎて、泣きたい。王になるとか、絶対無理だ。ありえない」

「主上、そのような……。少しずつ学んでいけばいいのです。もっと簡単な仕事の書類を見てみましょうか」

「主上、ご心配召されますな。主上が仕事を出来ずとも、我らにお任せ下さればいいのです。我らは、国のエリートなのですから」

 元気づける官。ほら見た事かと胸を叩く官。
 思わずいらっとして、俺は書簡を叩きつけた。

「ちげーよ馬鹿! よくも堂々と、こんな幼児にもわかる不正書類を持って来れるもんだと呆れてんだよ! よっぽどなめられてんのか? こんな不正が当たり前な程腐りきってんのか? それともこれだけ頭数揃えて間違いに気付かない馬鹿なのか。八ケタも数字が違うとか、アホじゃねーか!? お前らが国のエリートなら。この国には屑か馬鹿しかいないのか! はっ民の為に? 笑わせる、お前らの私腹を肥やす為じゃねーか! 勝手に滅んでろ、俺を巻き込むな」

 雷に打たれたような官達が、慌てて書類を精査し始める。俺はとっとと部屋を出た。俊麒が追いかけてくる。

「主上、あのような叱り方はあんまりです。仮に不正が蔓延していたとしても、大多数は無辜の民。王宮を取り仕切り、民を救うのは王の義務であり、責ではないですか」

「で、命を掛けるのは俺だけか? 馬鹿な官のせいで俺が死ぬのか。自業自得で死ぬならまだ納得できる。だが、あいつらは俺に執政させる気もねーんだぞ」

 そう言って、俺はいらつきを玩具で遊ぶ事で抑える。
 あー、上手く出来ん。
 しばらくして、官が一人現れた。

「主上、落ち着かれましたでしょうか」

「まあな」

「あのような言い様はあんまりです。官が、自首して参りました。家族を養う為、仕方なかったのだそうです。誰にも事情はあります。彼には、よく言って聞かせますれば……」

 俺は、ぽかんと口を開ける。

「この国、法が無いのか?」

「え」

「え」

 やな予感をビンビンに感じながら、俺は問う。

「ぱっと見であれだけ横領して、それを精査する者も裁く者もいないのか? 秋官は? この困窮した状態でのあの量の横領は死罪が妥当、雁でも仙籍はく奪か五十年の禁固刑だと思うが。大体、食料の価格からいってもとても養う為だから仕方ないとは……」

「彼を殺す気なのですか!?」

「殺さない気なのか?」

「…………」

「…………」

 え。この国、終わってない?

「主上は、ご自分の為に人を殺して、よいのですか?」

「俺の為とか……どう見ても自業自得ではないのか? もう一度聞く。この国に法はないのか?」

 頭が真っ白になり、何も考えられない。もう頭が痛いとか、そう言うレベルじゃない。

「主」

 そこまで言いかけて、耐えきれなくなったというように官が複数飛び出してくる。
 一人が、官の口を塞ぎ、一人が俺を抱き上げる。

「主上、しっかりと秋官に渡して精査いたしますので、どうぞご安心ください」

「高い高いしましょう! 主上、嫌な事は忘れてぱーっと遊びましょう!」

「……この国の官って選定方法はどうするんだ? 試験は? 監査役は? もっかい聞くけど、この国法が無いの? マジで?」

 俺の疑問は尽きない。待って。何かおかしい。根本的に何かおかしい。

「たかいたかーい! たかいたかーい!」

 あははははははははははははははははは














滅べ。

















不正の詳細。描写が不足しているというより、間違っているようなので。今回の不正は、百ある予算の明細を足して行くと、九十八になる。二、足りない。これが気付かないとは何事だ、盗んでいるのかと主人公は怒っているわけです。八けたとは、数千万という意味で用いました。100円を1000円に、といった意味ではありません。
ちなみに、普通の不正は本来二の経費で済む物を四という事にするとかです。普通に引くだけとか、さすがに真面目に計算してたらばれます。



[27623] 十一話 蠱毒
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/11 22:11
 積極的英正派が会議しているようです。

「主上がご自分が原因で人が死ぬのを嫌がるかと思い、今回は見逃す方に同意したが……」

「完全に法律が無いと勘違いされておられるな。今から違うと言っても説得力が……」

「主上が思ったよりも優秀で、何よりだ。なによりだが……。あれは相当我らが馬鹿だと思われたな。最も、もしかして主上よりも愚かなのかも知れんが……」

「もしかして? お前、あれだけの計算を瞬時にできるのか。しかし、それにしてもアレはまずい。主上の虚ろな笑い声が耳から離れない……」

「とにかく、主上に国を纏める力がありそうだという事はわかったのだ。どうしても即位して頂かなくては」

「主上の反発も、粛清されまいとする官の反発も凄いぞ。特に主上を説得するのは至難の技ではないか?」

「く……前王の粛清と雪泉様との政争がなければ……。悔しいが、我らは派閥としては小さい。粘り強く、他派を説得して行かなければ。そうだ、飛仙に説得をお願いしては」

「もう粛清でもなんでもしていいから即位して……わし、泣けて来た。こんなに情けなかったっけ? ワシら。王を拒否する幼児に仕事や愛国心で馬鹿にされるとか」

「言うな」

【忠誠が上がりました。方針:飛仙を呼ぶ事を決定しました。勢力が僅かに大きくなりつつあります】




 雪泉派が会議しているようです。

「英正はただ私の言う事を聞いていればいいのです!」

「そうですとも」

「子供の癖に、政治に口を出すとはとんでもない事です」

「どうぞ、英正様即位の際は私を冢宰に……」

「……(雪泉様との敵対は決定的だ。勝つ方に付かなければ、間違いなく粛清される……)」

【生意気だと腹を立てました。 方針:更なる説得を試みます。派閥が変動しています】





 消極的英正派が会議しているようです。

「……主上だが、もしかして見たままの幼児ではないのでは?」

「雁で何を学ばれてきたのか……。恐るべきは雁か主上か……」

「思えば幼児相手に非道を行ったと思っていたが……本当に、我らは何を見ていたのか」

「あのように聡すぎる子供……気味が悪い」

「皆、主上に対する理解を深めて、改めて方針を決めようではないか」

「幼児の下に付くというのか?」

「……舜を、このまま滅ぼすよりはいいと思う。何より、あのように呆けた顔で法はないのか? と聞かれて、恥ずかしくはないか」

「恥ずかしいな。甘やかして育ててごまかして、それが通じるような方ではない。私は抜ける」

【主上がわからなくなったようです。方針:主上の調査を行います。勢力が飛散しつつあります】

 政敵派が会議しているようです。

「どーすんの、あれ。どーすんの」

「絶対粛清される……」

「これはもう即位したら、遊んでいらしてくださいと幽閉するしか」

「国と自分の身の安寧と、どちらが大事なのだ。それでは、主上が王になりたくないと言っているのと同じではないか」

「お前は死刑クラスの事をやっていないから言えるのだ。私は、主上のお父上に便宜を図ってしまったのだぞ。被害はあの横領どころの話ではない。確実に粛清される……」

「なんとか英正様派に移れないのか」

「自分だけ逃げるつもりか!?」

「とにかく、結託して英正様が即位したら、実権を取り上げるのだ」

「英正様は何をお喜びになるのだ。お菓子なり玩具なり献上するのだ」

【恐怖が上がりました。方針:英正をごまかす事にしました。勢力が急激に大きくなりつつあります】


 英正は思考中のようです。

「色々信じられな過ぎる……。作中出てなかっただけで、荒れた国の政治ってこんななのか? そりゃ数年で王も倒れるわ。代々受け継ぎながら少しずつ整えていくんですね、わかります。なんという命のリレー」

 そして、少し沈黙する。

「いや、普通にありえねーだろ。ないないないない。なんでこんな異常が? なんでお前らこんなに馬鹿なの? とはさすがに俺も聞けねーしなぁ……。まともな答えが返ってくるとも思えないし。雁に頼んで、こういう場合どうやって国を立てなおすのか、聞くか。雁が声を掛ければ、各国の記録も貰えるかもしれないし。なんか王になりたい成りたくない以前に、どうやって立てなおしたのか興味あるわー」

 そして、英正は首を振る。

「駄目だ、俺が即位しないとこの国確実に滅ぶんじゃね? とか考えちゃ駄目だ。滅ぶのも仕方ないだろ、こんな国。俺がなんとかしないと、とか絶対に考えちゃ駄目だ」

【英正は混乱度が上がっています。方針:雁に手紙を出す事にします。 雁内の勢力は確実に大きくなっています】




【各勢力が策動しています……】




「主上! 今日は有難いお話を聞いて頂く為に、特別に講師をお呼びしました」

「飛仙? 生活はどうしているのだ。うちが出してる? つまりただ飯ぐらいが何の用だ」

 一時間程度の会話の後、飛仙は泣きながら逃げ出した。
 英正は仙人の名簿を引っ張り出している。
粛清(予定)の対象が増えた!
 政敵派は怯えている! 政敵派は拡大している!
 英正は有用な情報を手に入れた!

「英正、子供が政治の事に口を突っ込むのではありません。母に全て任せなさい」

「隠す気すら無くなったか。話すのも無駄だ。本来なら粛清対象だが、今の俺に権限はない。王宮がお前を受け入れているなら仕方ない。が、俺に近付くな」

 武官が雪泉をやんわりと追い返す。徐々に英正派が増えている証だった。それに、英正ははっきりと粛清の言葉を口にした。
 雪泉派の少数が動揺している! 雪泉派が縮小している!
 政敵派が怯えている! 政敵派が拡大している!
 積極的英正派が拡大している!

「英正様、官の為の試験問題を持って来てみました」

「そんな物があったとは驚きだな。しかし、不正を堂々と行う物に対してどこまで理解できるかわざわざ教える馬鹿もいないだろう」

「で、では、少しお話をして下さい!」

「構わんが」

 そして、二時間程度会話する。
消極的英正派の官は泣きながら逃げ出した! 派閥は離散した!

「英正様~! お菓子と玩具とお召し物を持って参りました!」

「あからさまな賄賂すぎて引くわ。特に服。ただでさえ発育遅い俺に、そんなごてごてした物、重くて着れるものか。大体、それで民が何人冬を越せる? 今更過ぎるしな。俺の予算、母上の予算の何百分の一だ? 一応俺が主上なんだが。大体……」

 政敵派の官が泣きながら逃げ出した!
 政敵派の官は怯えている! 政敵派の官は拡大している!


 手紙が届いたようだ。雁の官が延王を引っ張って飛んできた!

「大丈夫でしたか、英正様!」

 官は勢い込んで言う。

「中々苦労しているようだな……」

 苦笑いして、延王が告げた。
 
「手紙読んで、涙が出ました。さすがに法が無いとか、雁でもありませんでした。どうぞ、主上のお話がお役に立てるなら。ここに各国の法の資料もあります。雁の官が必要なら、既に選抜も済んでいます」

 そうして、資料を差し出してくる官。この官は孫を育てているようだと言って、可愛がってくれたものだ。延王が、考えながら言う。

「と言ってもなぁ……。法を掻い潜る輩を相手取った事はあるが……一つ聞くが、秋官って何をやっているんだ? そもそもいるのか? いや、そもそも法ってないのかと聞いたら疑問形で返されたというのは真実なのか?」

「うん、後、官が自分のせいで死んでもいいのかと聞かれた。ぶっちゃけ総入れ替えした方が早いと思うし、雁の官を呼びたいけど、そこまでやったら確実に王にならなきゃいけなくなる。それに、王になったら自国の官を重用しないと駄目だ。好奇心もあって、こういう場合王がどうしてたか知りたいんだ。秋官がなにやってるかは俺も知らない」

 雁の官が、焦れたように言う。

「法が無いとか言われた前例なんてありませんよ。あったとしても、恥すぎて記録として残せるはずがないではないですか。元々の天から与えられた規則はあるのですし、いくら堕ちても法が無いと豪語するような……」

「法はあります!」

 ここで官が、涙を目に浮かばせて言う。不正をした官だった。

「法はあります! 私は裁かれて死罪となります! 死ぬより辛い恥辱だ……! 舜は、雁の助けを借りずとも立て直せます。出て行け! 他国の者は出て行け! 主上、貴方も雁にやすやすとそのように話すとは、あまりに酷い……!」

 俺はため息を吐く。
 雁の官はやれやれと席を立った。

「英正様、薬は十分に効いたので、ここで引きます。ですが、もしも英正様を監禁するような事があれば、今回の事、交易のネットワークを通じて十二国中に話しますからね。この国は、法が無い事を幼児に暴かれて監禁する国だと。英正様、それでよろしいですか?」

「あー……。今のタイミングならいいかな。飛仙が来て、仙人の名簿を改めた時に気付いたんだが、前王に諫言して処断された官と、母上を排斥しようとしてたまともに頭が働く官が、牢に閉じ込められているんだよ。そいつら出すように、交渉するつもりだ。それで俊麒に守らせて、半年ほどリハビリしてもらう」

 雁の官が、眉をあげる。

「それは主上の権限でしか出来ない事なのでは?」

「母上が出来たんだし、理論上は今の俺でも出来るんじゃないかな。それに……なんというか、あまりに駄目すぎて……。別にこの国助けても、俺にはデメリットしかないし、俺が自分の魂を捧げるに足るものか、って言ったら全力でノーって言わせてもらうけど」

「英正様……おいたわしい」

 官がそっと涙を拭う。

「ま、俺だっていつまでも逃げられるとは思っていない。王になるつもりはないけど、王になった時の為に準備はしておくさ」

「英正様、私は貴方が立派な王となるのを心待ちにしておりますよ」

「もしも王になってしまったその時は、期待に添えたいと思うよ。延王の有難いお話については、ぜひ聞かせてほしいので後で書面で送ってくれ」

 苦笑して、雁主従を見送る。
 官が、目を丸くして、あるいは不安そうに覗いているのがわかる。
 波乱の予感ですね、わかります。
 十中八九、官同士の殺し合い起きるから巻き込まれないようにしないと。
 まともな方が勝ちますように。っつーか、まともな奴がいますよーに。
 半年ほど、戦う準備をさせてやるからさ。双方にな。



[27623] 十二話 半年後に戦争? いいえ、半年の無敵モードの間にデストロイです。
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/12 20:41
 この命を賭して、主上に諫言した。主上が許せなかった。主上が失道して、自分の前から消えてしまう事が許せなかった。
 主上が生きて下さる為なら、この命、捨てても構わなかった。
 永遠に等しい時間の幽閉。
 孤独。
 飢えにも乾きにも既に慣れた。
 私は幸せだったころの夢を見る。
 主上と共に国を作って来たのだと、胸を張って言える。夢のような、日々。
 主上の穏やかな笑みを見るのが好きだった。いつも、私が献上した簪をつけてくださった。密かな恋心。傍にいられるだけで満足だった……。
 まどろみの時間は、不作法な侵入者によって終わりを迎える。
 
「元冢宰はこれで五人目か。楽しい物が見れそうだ。うわ、服が土と化してるな。まあいい、外へ出ろ。お粥と服を用意している。……連れて行け」

 ぞんざいに言ったのは幼児。そして私は抱きあげられて、明るい場所へ運ばれる。
 目も眩むような光の氾濫。
 主上のような穏やかな暖かさではなく、全てを突き刺す、暴虐の光。
 そう。それは決して救いではなかったのだ。
 

 指令に見張られ、同じようないかにも病人といったような様子の者達のいる部屋に押し込められる。しかし、牢に比べれば例えようも無く明るく、清潔で、私達はお粥と水を貰った。元気になれば、他の物も食べさせてくれるという。
 明らかに拷問された様子のある官を、医者が診ていた。
 ぽつりぽつりと隣り合った者と話す。
 彼は、先々代の冢宰だった。遥か昔に貴方の王は死んだのだと言うと、静かに涙を流していた。最も、私もすぐに同じ道を辿る羽目になったのだが。
 情報を得るのは骨だった。
 医者は必要な事以外は話してはくれないし、官達は皆牢に閉じ込められていた者達ばかりで、時代も様々。もっとも古い官は千年の昔の官らしい。もっとも、彼は半分狂ってしまっていて、定かではないのだが。
 なんとか筆と白紙の巻物はもらったので、状況を整理して行く。
 遥か長い時を閉じ込められていたとはいえ、我らは官僚だ。
 長い時の流れで、情報交換をするにつれ悲喜こもごもの様相を示したが、どうにか官の時系列と役職を纏める事が出来た。
 今、一番新しい官は雪泉という英正様(私の主上は花果様だけである)のお母上に閉じ込められた官らしい。
 なれば、今は英正様の御代なのか?
 これぐらいは、と医者に聞いてみると、苦々しい顔で英正様はまだ即位なされていませんという言葉が返ってくる。
 
「まさか。彼らが閉じ込められたのは数カ月ではきくまい。麒麟に見いだされたのに、そのように長い間即位しないでいると?」

「俊台輔が見いだしたのは、卵果だったのです」

「何?」

「卵果だったのです。ご両親が卵果をもぐのまで見守ったそうです。私もその場に居合わせました。西王母様に願い出て、王気を特別に二つ感じるようにして頂きましたが、候補者が出ない事にはどうにもなりません。英正様以外の王候補は未だ現れず、英正様もお小さいのでしょう」

 ざわめきが広がる。そんな、まさか。卵果が選ばれるというのも、王気を二つに感じるようにして頂く事も、そして存在しているかもわからなかった、西王母様に願い出る事も。全てが天地が反転するような大事件である。

「小さな子供……いや、幼児が牢から出る時に私に話しかけていました。幼い割には随分しっかりした御子様でしたが……まさか、あれが」

「私も見ました。元冢宰は三人目だとか言っておりました」

 更に詳しい事を聞く。舜は大変な状況で、前の麒麟は王を見つけられぬまま寿命を迎えてしまったという。
 その上、現れた主上のご親族が好き勝手にしているという。
 しかし、こうして英正様の指示で解放されたという事は、有能な後見がついたのでは。
 我らが話しあっていると、俊麒に抱かれて幼児が入って来る。
 自然、狂っている者以外は全員が平伏した。

「……そうだよな、これが普通だよな……。あいつら、謝る時しか平伏した事ないんだが」

 幼児はそう呟いて、書簡を投げた。

「それがお前達の共通の予算だ。それと、半年は俊麒の護衛と医者をつけてやる。処罰も半年間だけは許さず、復職も良しとする。見学する権限もやる。そもそも、幽閉されただけで官としての任は解かれていない者が大半だしな。後は、お前達の好きにしろ。ただ、今下界は妖魔に溢れている。野に下るのはお勧めしないな」

 寛大な言葉の裏に潜められた棘。護衛という言葉。我らの中には、元冢宰が七人もいる。単純に復職と言っても、問題にならぬはずはない。まだ幼くて理解できていないのでは、という思いを処罰を許さず、護衛するという言葉が裏切っている。

「朝廷に混乱を呼ぶおつもりなのですか?」

 低い声で問われたそれに、英正様は苦笑して答えた。

「これ以上悪くなるなどありえないからな。俺は王ではないから、粛清の権限も持たない。精々、お前達を解き放つくらいだ。まあ、敵になるにしても、味方になるにしても、ちょっとは有能なのが残ればそれでいい。弱い獣より、多少強力でも人間が敵の方がまだ俺が生き残る目はある。後はまあ、憂さ晴らしと試験だ。お前達のスタート地点は若干不利だが、何、半年あるから巻きかえせ」

 間違っても幼子が言う言葉ではない。その冷たさと、気味の悪さにぞっとする。
 そっと主上の顔を伺った。

「代わりに粛清をしろと……いえ、それすらぬるいですな。要するに、潰しあえと」

 英正様が、満足げに笑った。恐ろしさに、総毛だった。幼い子供の狂気は、それほどまでに強烈であった。
 新たな王。これは断じて、救いではない。この幼けない子供は、即位する前から、暴君であった。
 英正様が帰られた後も、皆しばらくは平伏していた。
 そして、一人二人と立ちあがって相談を始める。
 どのような育て方をすれば、あのような方が産まれるのか。
 幸い、すぐに幽閉された官の友人知人が走って来た。
 彼らが、何か知っているだろう。
 私達は、再度情報収集に走ったのだった。

「じゃ、牢に帰るか!」

 清々しい笑顔で官が言うのを、周りの者が必死になって止めた。
 話し合いの末、ひとまず最年長で正気を保っている冢宰が司会をする事となり、会議を始める。

「よし、時系列順に並べてみよう。まず、英正様を卵果の時から見出し、ご両親に卵果をもいでもらい、産まれるのを待ってさっそく連れて来た所、死に掛けた。……何故卵果の状態で持って来なかったのか、あるいは仙に出来なかったのか、はなはだ疑問だが……。これを、主上は恨んでおられる、と」

「そして、雪泉様達が宮中に入り、横暴の限りを尽くし、そこの者たちが諫言して牢に幽閉。雪泉様達ご一派は今も活動しており、これも主上は恨んでおられる、と。更に、仮に主上が死んでも、王の基準を満たす……次代の王は未だ現れない、と」

「育て方についても、忘れてはなりません。主上のご親族は思う様贅沢されたそうですが、主上は許すという言葉のみを練習させられ、判子と筆以外玩具を与えられなかったとか。物心つく前から怪しみ、言葉を発するのを控えておられたという話ですから、相当ですぞ。当然、王の役割についての説明等はありません」

 ここでざわめきが走る。

「まさか、許すというのを待ってすぐ契約するつもりだったのではありますまいな」

「一応、王が見つかればすぐ契約するのが慣例ですが……」

「限度があるでしょう、限度が。赤子を王に据えられるはずが無い」

「永遠に赤子という問題もございます」

「ようやく喋りはじめたばかりの赤子が怪しむとは、どれほど胡散臭い真似をしたのか」

 冢宰が、手を振って注意を再度自分に向けさせる。

「一歳で主上が、蓬莱の仙である事が発覚。この際、十六になると任地に飛ばされる為、十六で失道確定。武官として飛ばされる為、戦死も確定。ゆえに、主上は王になる事を嫌がっている、そして舜が滅んで、なぜいけないのかを疑問視。……正直、ここら辺がよくわからないのだが……。そして、西王母様に拝謁する時にまた移動で死に掛けている。長旅であるし、仙にしていくわけにはいかなかったのか、はなはだ疑問だが……。とにかく、十六で失道は確定するが、今の官達は何としても早く即位をさせようとしているようだ。舜の現状については、この資料を見てほしい」

 官が再度ざわめく。皆、舜の未来を憂い、嘆いた。

「感情としては、それでも王へと即位して欲しいですが……。死ぬ時期が確定しているとなると、主上としても契約はしずらいでしょうな。滅んではなぜいけない、とは何とも酷い言いようですが、主上は舜について何も学んでおられないし、幼けなくていらっしゃる。まだ、自分の事を優先する時期です。大人でも、自分さえよければ国が荒れても構わないという者はいます」

「普通に子供を育てれば、子供は親を愛します。そのような相手が主上にいないとは、どういうわけか。主上に相応しい、いえ、普通の教育でもしていたら、周囲の人の為に王になるとおっしゃるのが普通ではないか」

 もう一度、冢宰が自分に注意を向ける。

「主上のお母上が、初めて英正様に面会。王になる事を説き、主上を骨折させる。そして、主上のお母上と台輔が共謀して、主上が許すというまで痛みを与える事を決行。典医が主上を連れて逃亡、延台輔に発見・保護され、援助と引き換えに五歳まで雁で預かる事を承諾させられる。雪泉様を切れと主上が命令されるが、未だに誰もその命に従っていない」

 ざわめきが大きくなる。気絶する者もあった。

「主上を骨折させるだと!? 夏官は何をしていたのだ!」

「要するに拷問と脅迫ではないか! 台輔が共謀してとはどういう事だ」

「え、雁に援助と引き換えに保護って……どこの国の主上なのだ」

 ざわめきは収まらない。冢宰は、仕方なく声を張り上げた。

「次に! 雁で発育不良と幼いころの熱の後遺症が発覚。雁でお身体を癒し、様々な玩具で遊んで発達を促すなどお勉強をなさっていたが、三才で名前を書ける事を確認し、台輔が誘拐」

 ざわざわざわざわ

「そして、とにかく政治について学ぶ事を決められて、主上は事前に予約を入れたうえで官の仕事を視察。見せられた書類が数千万が予算からそのまま引いてあるだけという、馬鹿としか思えない方法での横領を発見。人に国の為に死ねと言っておいて、自分はどうなのだとお怒りになった。それを追いかけた官が、叱っておく……罰は与えないといい、法はないのかと聞かれた主上に誤った方向で反論するという失態を起こし、主上は法が存在しいのかと絶望される。話は雁まで行き、雁から主上の身柄の安全を求めて脅迫を受ける。その際、我らの存在に気付き、憂さ晴らしにぶつけて見た、と……」

 ざわざわざわざわざわざわざわざわ。

「ちなみに、主上の言動は徐々に過激になっていると見受けられます」

「主上の言い分は主に三つ。一つ、十六で死にたくない。ただしこれは、そういつまでも王になる事から逃げ切れる物ではないと悟っておられる。一つ、官の能力そのものを疑っておられる。一つ、官の人柄そのものを疑っておられる。これをなんとかしないかぎり、主上が王になる事はないと思われる」

「しかし、皆王になってから、自らの手で解決する事です」

「主上はたったの三つであらせられる。多くを期待してはならないのでは」

「ただの幼児が、我らを憂さ晴らしにぶつけるものか。それにいくら杜撰な物とは言え、不正を発見なされたのだ。登極した時、主上より力のない王は歴史を紐解けば多くいたはずだ」

「皆さん、少し待って下さい。纏めてみれば疑っておられるの一言で済みますが、物のように育てられ、無理な移動をさせられて死に掛ける事三回、骨折と拷問、契約の強要、玉璽を押せるかどうかとかではなく、政治や心構えなど本当に必要な教育は皆無、民の為に十六年で必ず失道するとしても、まだ赤子だとしても即位するべきだと迫りながらの不正、主上の身を危険に曝したお母上や不正を犯した官は主上の勅命があっても放置。法が無いとしか思えない、秋官は何をしているかわからない、体は下手な育て方のせいで未発達。可愛がって育てられた記憶は雁に滞在した二年弱のみ。これで舜を恨まぬ方がおかしいのでは。あのような苛烈な性格も、周囲を憎んでおられるならば理解出来ます。私は既に失道の気配を感じましたが、皆さんはいかがか。国に王が必要なのは確かだが、まだ主上は三才であらせられる。まずは様々な面でお助けして差し上げるのがよいのでは。主上を除けば、最年少は十二歳だったのだから」

「三才までに性格が形成されるというぞ。主上は自我が既にはっきりしておられる。恨みの上に形成されてしまった人格を、どう癒すというのか」

「誘導できればよい」

「朝廷の把握、我らに可能なのか……。我らは未だ病み上がり。法が無いのかと聞かれて答えられぬような官が主流派なのだぞ。私の時も朝廷は揺れたが、さすがに証拠と主上の勅命があってなお、「よく言って聞かせる」で済ませた事は……秋官は全員閉じ込められたのか?」

「申し訳ありません! 現在の大司寇、私の孫でございます。私の教育の不行き届きゆえ……! 必ずや、孫から大司寇の地位を奪還し、秋官を整え直して見せます!」

「おお、そう言えば貴方は秋官と言っておったな。これは心強い」

「というか、秋官率は多いですよ。いくつかの政争で纏めて放りこまれてますから。むしろ競争率は高いと思って頂かなくては」

「冢宰が7人じゃしのう」

「主上は我らに頼まれるのではなく、自由にしろとおっしゃられた。試されているのは、我らだけではない。舜そのものなのでは」

「このまま舐められてばかりではいかにも悔しい。主上の望む、人間同士の政争という者を、見せて差し上げようではないか」

「そうしよう、そうしよう」

 舜の暗部が解き放たれました。
 官が解き放たれました。
 舜の希望が解き放たれました。
 パンドラの箱の中身は何も残っていません。
 複数の派閥が出現しました。

 























補足:もちろん、主人公は官のプロフィール(可能な限り)に目を通していますし、あからさまな犯罪者は出すつもりはありませんでした。
しかし、そもそも、あからさまな犯罪者は仙籍剥奪・処刑されます。処刑もされず閉じ込められるというのは、殺してしまうには心が痛む、でも邪魔であるという官なんですね。例えば自分の為を思って諫言してくれた官とか、罪をなすりつけられた官、口封じされた官とかも入っているわけです。
ただし、不正を行う官なんていない。牢に入っていたのは正しい官だけなんだよ! というかというと、それも違うわけで。
まあ、当たり前に物騒な思想の持ち主や不正を行っていた官、記録には残されていないが、薄暗い事をしていた官、ほの暗い事情を抱えていた官も混じってます。
まさに玉石混合。長い歴史の間に溜まりまくった良心と膿。普通の官もいますがw
更に特筆すべきは、時代遅れ、歴史を飛び越えたがゆえにコネが無いなどの欠点を持つとはいえ、現官と比べ、凄まじい手腕を持っているという事です。
例えるなら、剣しかない国で、突然新入り警察と新参の悪人が拳銃持ち始めたような物と想像して頂ければ。
……結果は想像つきますねw



[27623] 十三話 竜虎の戦い(ただし互いに異次元で戦っています)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/13 22:35
 それから、数日がたった。官が幾人かの官を俺の所に連れて来て平伏する。新しく解き放った官はスパイ活動をしている奴以外は必ず俺に平伏するから、すぐわかる。一応、自分の手で開放したのだから顔も覚えているつもりだが、俺が見たのはボロボロの状態だからな。清潔にして、日に日に血色が良くなっていく官達を顔だけで見分けるのは難しい。現官僚も真似して平伏をしだしたが、旧官僚と比べればその挙動には躊躇があり、今は見分けていられる。……見分けられている内に、覚えなきゃなー。名前と顔写真は脳内パソコンに保存できるが、メモリにも限界があるし、人の顔を覚えるのはパソコンだけでは無理なのだ。
 ……しかし、現官僚が元秋官長と普通に一緒にいて、旧官僚の悪口を言いまくっているのには驚いた。お前ら……同僚の顔を覚えとらんのか……? しかし、秋官長直々にスパイ活動とは凄い。まあ、秋官やたら多いしな。
 とにかく、この官は俺に用があるようだ。
 俺が軽く手を振ると、官達が部屋を去っていく。教育が以前とは段違いである。

「主上。本日は、いくつかお願いがあって参りました。まず、雁が渡してくれた主上のご予定表、見せて頂けないでしょうか」

「お前は、元天官長か。構わんが」

 官は、巻き物を受け取り、脇に置いた。現官僚だったら、俺の前で話しながら開く事だろう。

「ありがとうございます。それと主上、今、舜が困窮しているのはわかりますが、簡素な式典でいいので、半年後に我らが解放された事を喜び、主上にお礼を申し上げる会を開きたいのです。よろしいでしょうか」

「構わんが……半年とはずいぶん遅いな?」

「申し訳ございません。我らの感謝に偽りはありませんが、狂ってしまっている者を正気に戻し、生き残った者全員でお礼を申し上げたいのです。全員、半年後の式典に参加できなかった時の為にお礼の手紙は書いております。それと……」

「ああ、必ず目を通すと約束しよう。……開戦の決起集会か?」

「ご冗談を。祝賀会といいましたでしょう?」

「それは、楽しみにしている」

 クスクス笑って言うと、官は何故か心配そうな眼差しで俺を見て、連れて来た官を指し示した。

「どうぞ、彼らをお傍に。何故か天官が雪泉を世話しておりますが、好都合。未だ内小臣……主上を直接世話する官の地位を奪還出来ておりませんし、主上はいまだ王ではおられない。ゆえに、我らが用意した官を配する事が出来ます。他の者に出遅れましたが、その分厳選いたしました。どうか、この者達もお傍に」

 確かに、開放してすぐ、ぜひ傍に置いて下さいと言ってきた者はいた。彼らは少なくとも建前は俺を至上の者として仕えてくれるので、重宝している。

「んー……条件がある」

「はい」

「全方位敵だったから、俺は無茶な方法をとった。けど、お前達の中には味方もいるらしい。俺は、味方が無残に死ぬのを見るのは好きじゃないんだ。競争は仕方ないが、綺麗じゃない足の引っ張り合いはするな」

「御意にございます。それと、こちらは腕の立つ夏官達です。指令の代わりにお使いください」

「指令の代わりか。なら、王に即位した暁には、母上でも切ってもらうかな」

 笑って言うと、官は首を振った。

「それは無理かと。それに、祝賀の席に血は相応しくないのでは」

「お前達も、母上を庇うか」

「いえ」

 そこで、不作法に扉が開けられる。雪泉を世話していた天官だ。

「雪泉様が、何者かに殺害されました! あ、あんな酷い……体中の骨を折られて……」

「わかった。下がれ」

 入って来た官が、青ざめて叫ぶ。

「お母上が殺されたのですぞ! とにかく、来るのです」

 官が俺を抱き上げようとする。それに、指令の代わりと言われた官だけでなく、控えていた官達までもが入ってきて競って俺を庇った。

「許可なく主上の玉体に触れるとは、何事か!」

 官が一喝する。しかし、天官はそれに一瞬気圧されたが、すぐに俺を引っ張っていこうとする。

「……あれでも母だ、花ぐらいは送ろう。その後、里の墓に入れておけ」

「国葬をしなくては! とにかく来るのです! それと、お母上がお亡くなりになった以上、致し方ありません。主上は私がお世話を致します」

 その言葉に、官は僅かに震えた。

「お前は、英正様を雪泉様の代わりというか。主上のお世話を、致し方ないとは何事か。そもそも、雪泉は主上に危害を加えし逆族である。去れ!」

 うん、奴らに突っ込むのは凄く疲れるよね。突っ込みきったお前は偉い。
 なおも引き下がらない天官に、指令と言われた官が刀を抜く。

「な、何を! そんな事をして、ただで済むと思って……」

「俺の身を守る事を犯罪扱いか。そもそも、半年の間は彼らを裁く事を禁じると、朝廷で決めたろうに」

 俺が言うと、天官は、ようやく事態を理解したらしく、顔色を青ざめさせた。
 ま、俺も罪人だからと早々に処刑されない為に言っただけのつもりだったんだがな! どーでもいいとは思っていたが、そうなのだ。この半年、どれだけやっても半年間だけは裁かれない無敵モードなのだ。半年間の罪を半年後に裁判される事はあるがな!

「昔は私が一喝すれば、あのような官は飛び上がって平伏した者ですが。お騒がせして、申し訳ありませぬ」

「いや。しかし、手が早いな」

「いえ。私は、まずは囮として用い、時が来たら罪を明らかにして裁きたかったのですが。予想通り、雪泉が死んだ途端、奸臣どもの目が主上に向いたようですし。一応妨害工作はしたのですが、防げないだろうと思っていました。時期と方法が違うだけで、全ての派閥で彼女の排除は決定していましたしね」

「ふうん。で、用事はそれで全てか?」

「これが最後です。お許し頂けるなら、雁より頂いた予定表を元に、生活習慣を変える提案をさせて頂きとうございます。手始めに、訓練の最中にお話しをさせて頂く、朝議の真似ごとをする、などいかがでございましょう」

「いきなり自分に予定を組ませろ、と言わない事が気にいった。一応、王になる勉強は厭わないつもりだ。なあ、花を摘みに行くんだが、俺はこういう時に相応しい花を良く知らない。一緒に行ってくれないか? そこの官、抱っこ」

「御意にございます」

 俺は抱っこをされて、花を摘みに行った。
 初めて見る父上が母上の近くで何事か喚いている。曰く、絶対に犯人を見つけろとか何とか。

「父上、母上に花を持って参りました。母上を、墓に埋めなくては。里までの道のりは危険ですが、夏官を……」

「里の墓に入れるつもりか!? 駄目だ! 王族の墓に入れるんだ!」

 あ。スパイの秋官長が演技を忘れて絶句している。うんうんと頷く現官僚の中で、浮きまくっているぞ。舜にいる以上、こういう事になれなきゃダメ。

 俺を抱いた女性の官が、俺を抱きしめる腕に力を込めた。その手は、震えていた。



[27623] 十四話 粛清も救出も意味は同じ。不思議!
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/14 22:49
 まだ登極していない俺が王の儀式を行えば、偽王になる。ということで、使っていない宮を整え、そこで「主上ごっこ」をやる事にした。もちろん、練習と言うだけでなく、俺の発達が複雑な儀式を可能とするまでに成長しているか探る目的もあるだろう。
 多くの官が平伏するのを見るのは壮観である。同時に、尽くされてこそ、逃げられないと感じてしまう。既に俺の為に、官達は代価を支払っているのだ。俺の為に失われた命もある。俺の敵国が滅ぶのは構わんが、俺の部下がいる国が滅ぶのは心が痛むのである。
 時代によって作法が違う事もあり、殴り合いに発展するまで揉めたのを察する事が出来たが、官はそれを見苦しくない程度に隠していた。もちろん、仮の作法ですがと正直に言うのも忘れない。
 俺の為、国の為にそうやって真剣に議論するのを察するのは、楽しくもある。元春官長の爺さん同士の殴り合いな議論って、何それ見たい。言わないけど。どうやら、儀式も時代によって本当に僅かだが差異があるらしく、それについて揉めたらしい。きっとどうでもいい事で言い争ってるんだろうな。そう言う些細な事へのこだわりって、なんかいい。自分が押し付けられるのは嫌だけどな!
 儀式だが、どうしても自分の手で紐を結ばなければいけないという儀式があり、うまく紐を結ぶ事が出来ない。
 俺がひも結びに熱中しているのを見計らって、こっそり官が囁き合う。辺りを伺って育った為か、耳だけは良いんだ、俺。

「まだ、少し早いようですな。今宵は私が主上の遊び相手になります」

「しかし、十分に眠らないと成長に差し支えがあると聞いた事が。主上の発育の遅さは問題です」

「お食事の回数が少なく、質も良くなかったというか問題外だったのも原因でしょう。雁に指摘されるまでは量も少なかったとか。改善してからは、幼子らしい丸々としたお身体になって来たようです。主上のお身体の加減を伺いつつ訓練すればよいのでは」

 その言葉を聞いて、話していた官達が俺に挨拶をして、控えと交代した。
 あまりにも心が荒ぶると、俺を世話する天官は他と交代する。万が一にも、俺にそれをぶつける事のないように。
 俺が伺うのを見て、残った官が微笑む。

「今日は美味しい甘味がご用意してございます。そろそろ、おやつを召し上がりませんか」

「うん」

 俺は頷く。出来るだけ表に出さない様に気をつけているが、この事実を知った官達は目に「食え、もっと食え」と圧力を込めてくるので好きではない。心配してくれるのはわかるし、美味しくなったのはいいんだけどさ。そんなに苦労してしょっちゅうお菓子とか手に入れて来なくていいんだよ。俺の食える量に限界あるし、この国、困窮してるんだから。
 官が、美味しそうな饅頭を捧げ持ってくる。
 そして俺に手渡される寸前、走ってきた官が扉を開けて報告する。

「大変です! 計閃が本物の儀式道具で王の真似ごとを始めました! しかも奴ら、計閃は紐を結ぶ事が出来るのだとか申しております!」

 計閃とは俺の父上だ。ちなみに、恐らくこれで偽王認定である。
 饅頭は官の手に握られ、木っ端みじんになった。粒が俺の顔に飛ぶ。
 
「も、申し訳ありません、主上!」

 旧官達は食料について異常なまでに敬意を払う。飲まず食わずで百年単位を過ごしたのだから、当然だ。その上、俺の前で無様な姿を見せた。更に、俺の顔に汚れが。現官僚ならなんとも思わないが、旧官にとっては空気が凍る程の大失態である。
 俺は粒を舐めて、安心させるように笑う。もはや笑いしか出ないとも言う。

「気にするな。驚くのも無理はない。俺も少し驚いた。……これぐらいで罰するのは、暴君と呼ばれる者ぐらいだろう。俺はまだ王でもないし」

「主上のご寛大な御心に感謝致します……! ですが、あえて申し上げます! 今すぐ、登極を! 主上が名実ともに王となれば、我ら一丸となって逆臣どもを一掃して見せます!」

「実権取り上げておしまいだと思うが。玉璽取られたり、むりやり押させられたりしたらそれまでだし。守ってもらうにしても、俺はお前達をまだよく知らない」

 官は絶句する。その表情に浮かぶ、様々な葛藤。それを全て押し殺し、官は平伏した。

「出過ぎた事を申しました。確かに、主上はまだ幼けなく、我らも信を得ていません。いえ、試されているというのに、獣相手に主上のご威光を借りようとするなど馬鹿げた願いでありました」

「まあ、王になる為の障害が無かったとしても、現状で王になるのは嫌だな。期待してる」

「は」

 さて、甘味も無くなった事だし、紐を結ぶ練習でもしようかね。
 ……ごめん。俺がいるのに偽王が立つってわけがわからないよ。紐が結べるからどうしたっていうんだ。


【現官が偽王を立てました。旧官達が策動しています……】

「獣と評した主上のお言葉、良くわかった……!」

「信じられん……。仙人なのに話が通じないとか、考えもしなかった」

「そもそも、罪を突き付けても罪と理解出来ない事がありえない……。現在の法令を学びたいからどこにあると聞いたら、どこだっけと言われたのだぞ。見ろ、この埃を被った巻き物を」

「あのような中でご成長遊ばした主上の苦労が偲ばれる……」

「私は最近おかしいのです。王になるのを断る事は大罪のはずなのに、今となっては主上が正しいのではと……」

「しっかりしろ! 主上には、なんとしても登極して頂かねば。こうしている間にも、民が苦しんでいるのだ。民の為命を掛ける官もいるのだと、ご理解して頂かなくては」

「いやー、あんなのしか舜にいないと思っていたなら、私も王になるのを拒否しますな。いえ、他人事ではないのはわかっていますが……。何か実感がわかなくて……ここは舜じゃなくて別の国なのでは、と……」

「あの者達とは、住んでいる世界の法則が違うようです。正当な方法が一切通じないならば、内乱で総入れ替えするしかないのでは」

「冬器を仕入れるのに時間が掛かっている。しびれを切らして主上に即位を迫る一派と、10歳までお待ちせよという一派が内乱を起こしそうなのだ。極秘で手に入る冬器の数には限りがあるし、全ての州と王宮の全ての派閥で冬器を集めている為、額が高騰している。現官共が吸っていた雁の援助が主上のご指摘で渡り、息を吹き返したのだろう」

「息を吹き返したというより、足掻けるうちに、最後の力を振り絞っているのでは。もちろん、利用するのでしょうな」

「当たり前だ。だが、その際に我らも纏めて殺される事の無いよう、準備が必要だ。なにより、彼らと話が通じるのか、調べてみなくてはならない。お待ちせよという一派なら、まず話が通じるかと思うが……。現官という例があるからな……。州公の方も、期待はしない方が良い」

「出来るだけ、無辜の民の血が流れぬようにしなくては」

「すみません、どうしてもわからないのですが、誰か計閃が紐を結べたからなんだというのか、おわかりでしょうか」

 官達は、揃って首を振った。

【新たな派閥が誕生しました。即位派が策動しています……】

「もう待てぬ。雁が援助してくれて多少は助かったが、このままでは英正様のご成人を待たずして滅びてしまう! なんとしても即位してもらうのだ。英正様に政治が出来なくとも、官が政治を行えばよいのだ!」

「昨日……息子が妖魔に食われて……!」

「大罪である事はわかっている。英正様を王にした後、私は腹を切ろう。なんとしても、英正様を王に!」

「どうか、英正様……この国を御救い下さい……」

「このような状況であるのに、税が高すぎる。国はなにをしているのか」

「王母の墓の建設の為の人を徴収するだと!? そんな余裕あるか!」

「何、王宮からの使者だと……もしや、即位関係か? すぐに通せ!」

【志気が上がっています。方針:粛清が決まりました。 調査を開始します】




【新たな派閥が誕生しました。時期を待つ派が策動しています……】

「気持ちはわかる、気持ちはわかるが、三歳に政治は無理だ……! 英正様以外に、この国に候補はいないというではないか。ならば、英正様には新たな王候補が現れるまで、王であり続けて頂かねばならないのだ」

「王の儀式が、そもそも出来ぬだろう」

「しかし、民は困窮しています。この上、兵をあげるなど、負担が……英正様の登極、喜ばしい事ではないですか。舜にもはや体力はありません」

「わかっている。しかし、永遠に三才のお身体など……すまぬな、皆。だが、私は英正様につく」

「ならば、ついていきましょう。私も王のお役に立ちたい」

「王宮からの使者が……もしや、我らに助けを求めているのか? すぐに通せ!」


【志気が上がっています。方針:救出が決まりました。 調査を開始します】





[27623] 十五話(一章最終話) 信じられるか? この議論って、命掛かってるんだぜ……
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/15 17:44
【各派閥が策動しています……。各派閥が策動しています……】
【決戦の日が確定されました!】
【各派閥が決戦に向けて準備をしています】
【旧官派の情報戦勝利! 現官の作戦を入手いたしました】
【旧官が精神的な大ダメージを負いました!】
【州公が軒並み失神しました!】
【各派閥が策動しています……。各派閥が策動しています……】

 その日、俺も呼ばれた朝議が始まった。玉座に父上がどっかと座り、旧官はそれを無視して俺を大切に抱っこする。
 冢宰が、口火を切った。

「本日の議題は、罪人共の処刑です。旧官共は、やはり罪人。罪人は罰せられなければならないという主上のご主張通り、罰するべきです」

「既に官達は罰を受けている。同じ罪に対して、二度罰を受けろというのか。そして俺は正当に朝議を通して彼らを解放したはずだが」

「主上はまだ幼けないのです。政治をおわかりではありません」

 自分に都合のいい事は貴方の言う通り、悪い事は幼けない、か。

「英正よ、お前はまだ幼い。だから、俺が代わりに即位して王としての仕事をしてやろう。お前は安心して登極するがいい」

 ギリギリ、俺が登極しないといけないという事はわかっているようである。

「登極には俺もついていってやる」

 わかっていなかった。
 さっと見て見ると、現官は生き生きとしており、旧官はぐったりとして力が無い。
 それでも、俺は俺の身の安全の確約を貰っていた。
 勝ちますという、言葉を貰っていた。ならば、俺は信じよう。

「では、採決を! 旧官を処刑するという者は立て!」

 立った官は大勢いた。しかし、いまだ平伏している官の方がずっと多い。
 そう、現官<<旧官なのである。幾多の王朝から捨てられた者達の総数で、ほぼ総入れ替えのような物が起こった事もあるから、数が多いのは当然だ。
 事前に調べようとするまでも無く当たり前のことであり、俺はそんな作戦をとった現官に酷く驚いた。旧官の死んだ目にも納得できる。

「賛成多数で、この法案は……」

「阿呆か。立っている官と座っている官を数えてみろ」

 言われて冢宰は数を数えて行く。それに従って、顔色は蒼くなっていった。
 元冢宰が立ちあがる。

「合議ではなく、いきなりの採決で決めるというのも驚きですが。しかし、どうやらこれがこの時代の主流の様子。ならばそれに従いましょう。主上を虐待せし現官と逆族計閃に死を。賛成の者は立て」

 多くの官が立ちあがった。その中には、顔色を青くした現官もいる。あいつはまあ、まともな方だったな。積極派の長だ。

「今のなーし!」

 子供のような言葉に、旧官達がぽかーんとする。

「け、計閃様。主上のお父上として、処断を」

 その言葉で、父上と俺は動いた。

「う、うむ。大逆を図るとはいい度胸だ、主上の父として旧官を処刑する事を命じる!」

「次期王として、俺を除く俺の一族全てと、全ての現官と、牢に入っていた者でも前王崩御以降からの登用をされた全ての官を捕え、秋官より厳しい精査をする事を命ずる。抵抗する者は切っても良い」

 そして、部屋に雪崩れ込もうとする兵士。それを止める兵士。
 現官が用意した兵と旧官が用意した兵が戦っているのだ。
 出口は一つしかない為、官が逃げ惑う。

「え、英正! こ、これはどうした事だ!」

 父上が慌てて私に問いかける。

「何って、内乱ですよ。負けた方の勢力が殺されるのです」

「すぐにやめさせよ! そして旧官を処刑させるのだ!」

 俊麒は俺の傍に立っている。そして、父上が俺に手を伸ばし、指令と呼ばれた夏官が武器を振るう前に、本物の指令に食われていた。

「どういう風の吹きまわしだ?」

「次期王と、仰ってくださいました。契約して下さるのですね」

 少し血で蒼褪めながらも、呆れるほどに華やかな笑み。

「言葉のあやだ。だが、すぐにわかるだろう。俺の命を掛けるに足るものか。見ろ、あの兵を。アレは恐らく下界の兵だ。服装が違う。なんと傷だらけの鎧なのだ……。なにより、気迫が違う」

 その兵士は、叫ぶ。

「馬鹿めが、馬鹿めが、馬鹿めが! ぬくぬくとした妖魔の来ない王宮での暮らしは、さぞ楽しかったのであろうな!」

「主上を虐待していただと!? 主上が舜を憎み、即位を渋っているだと!? 舜には時間が無いのに!」

「数も数えられない官共の、ままごとの政治! 笑わせる! ……絶対に許さん!」

「雁から毎年援助が来ていたとはどういう事だ! 娘は飢え死にしたのだぞ」

「我らは、妖魔に苦しみ、天災に苦しみ、飢えに苦しみ……! 我らの苦しみ、思い知れ!」

「主上の命を守るのだ!」

 戦いは数時間に及んだ。
 兵士が、次々と官吏を捕縛している。兵士に官吏の区別はつかないらしく、とりあえず全員だ。
 俺を守護していた官だけが拘束を許され、俺の前に兵士達が平伏した。
 ん? 気のせいか、俺に平伏するリーダーらしき者の数が州公と同じ数だな。

「我ら、舜国の全州の軍と州公が、主上の救出に馳せ参じました」

「事情はお聞きしました。主上のお苦しみに気付かず、申し訳ありません」

「主上、どうか即位を! 確かにこの獣共は、主上の登極を私腹を肥やす程度にしか考えていなかったかもしれません。しかし、このように獣共は駆逐されました。主上が即位されれば、民の命が救われるのです。我ら、身命を賭して主上と共に民を守り導いて参りました。主上がこの首刎ねれば即位なさるというなら、今この場で国の為に命を捨てましょう。民の為、命を掛けるのは主上だけではないのです。どうか……!」

「主上、武官として連れていかれるというのなら、我らも共に行き、お守りしましょう。守れなかった暁には首をはねても構いません。たった十年だけの安寧かもしれない。それでも、そのたった十年が舜には必要なのです」

「主上!」

「主上!」

 俺は、ため息を吐く。

「俺はまだ小さいから、十分に政治が出来ないかもしれない。それでも、俺は実権を渡しはしないぞ」

「当然です」

「主上……彼らの思いは、主上の魂を掛けるに足るものですか?」

 ああ、余裕たっぷりの俊麒が憎らしい。

「そう……だな、まあ、大粛清までしておいて、逃げられはしないな。ただし、儀式が出来るようになってからだ」

 俺は苦笑する。
 州公達は、自らやってきて、命を掛けた。彼らの中には軽くない怪我をしている者もいる。彼らの覚悟が、俺の覚悟となるだろう。
 ……あとは、精一杯生きるだけだ。勇者業に対する情報が、チート能力以外全くと言っていいほどないのが痛い所だが、もしかして他の者を連れて行く事が出来るかもしれないのだし。
 精一杯、生きよう。
 そして、内乱は終わった。
 数えで五歳となる日、俺は全ての儀式を恙無く行えるようになり、吉日を選んで登極する事になる。










書きたい事と大筋はこれと嘘エピで大体終わっていますし、後は蛇足というか、崩れて行くだけだと思いますので、それが嫌な方はここでさようならです。今まで作品をご覧いただき、ありがとうございました。
どんだけぐだぐだになろうと構わないという方は、もう少しお付き合いください。



[27623] おまけ・予告篇・最終回候補集(ネタばれ注意)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/05/15 15:36
 嘘予告 ~そして王達は幸せをもぎ取った(民? 知らぬ!)~

ついに異世界へと堕ちた英正。しかし、神の恩情で頼りがいのある仲間を授けられたのだった!

「悪・即・斬!」

 悪人は殺! 怠けものも殺! 完璧でない者は存在すら許さない! 飛び出すぎた正義感で選ばれし、峯王!

「帰してくれろ、帰してくれろ!」

 王の素質、特になし! 神通力、SSS! 愛に生き、愛に死ぬ。いつまでも心は村娘、景王!

「どうしても追いつけない……憎い……延王が憎い……」

 堅実! 空気! 嫉妬に負けなければ出来た筈の治世は低空飛行で一千年! でも相手の足を引っ張る為なら国をも平気で犠牲にします! 塙王!

「おい爺! 洒落にならねーだろこの面子! 三王誘拐の罪で舜が滅ぶぞ!?」

「ふふーん、わしの勇者を奪った意趣返しじゃよーん。いーじゃん、この人達なら間違って死んでもどうせ死んでた運命じゃし。幼児の姿じゃ、戦えんじゃろ。いーからこ奴らにチート能力を授けるんじゃ」

 そして、旅は続いていく。大いなる壁を乗り越えた時、彼らに宿りしチート能力が王の神通力と合わさり、覚醒する!

「わしはもう、なんのとりえも無い王なんかじゃない。もう何も怖くない……!」

 チートを手に入れ、輝ける塙王。だがしかし、油断は禁物だ! マミる危険は常に塙王を狙っている!
 
「王になれとか、勇者になれとか、どいつも、こいつも勝手ばかり。妾は、妾は玩具なんかじゃない……! 妾は帰る。その為に邪魔になる者は……叩き潰す!」

 ブチ切れて呪文を使いまくる景王。落ち着いて! ヒステリーは禁物よ!

「私は……私は……ならば悪になろうぞ、魔王! お前は、私が守る!」

 潔癖症は極端から極端に。裏切りの峯王。

「がんばれー」

 もうちょい頑張れ! マスコットの俊王!

 そして、役目を終えた彼らは異世界から帰される。
 繰り広げられる劇的ビフォーアフター。

「そう……貴方達、反乱を起こすのね? 良かったぁ。だって、妾。本当はずっと探していたの……。この溢れんばかりの神通力を、妾だけの神通力を、国に吸い取られるだけの毎日を否定する為の理由を!」

 祟り神として君臨する景王!

「お前ら、反乱起こしたくないか? ワシのチートオリ主な様が存分に見れる反乱を。逆らいたいじゃろう? そう思って来たじゃろう? 何、とんでもない? 残念だ、国を傾ければ妖魔が現れ、ワシの出番が現れるか? 何、黄海に行け? そうだ、黄海に行こう!」

 この後、延王と手合わせして勝ち、幸せの絶頂で死ぬのだと禅譲した塙王。

「もうわしは汚れてしまったのだ! 王になる資格はない……だから禅譲する! 許せ!」

「私を置いていくのか、救っておいて放り出すのか、正義や悪などどうでもいい。男として責任を取れ、峯王!」

「魔王!」

「峯王!」

「お、おおおおおお父様、どういう事!?」

「貴方!?」

 昼ドラで悪の帝王宣言な峯王。

「英正様! 三国から凄まじい勢いで抗議が!」

「もうどうにでもなーれ☆」

 加害者で被害者な英正。
 異世界冒険活劇、四国記、始まりません!






 おまけ ~暴君奮闘録~


 俺から王気を排除する為、徳を下げる試みを行いたいと思う。やれる事は全てやっておかねばな……。

「うー!」

 まず! 放蕩王の訓練! 人前で女のおっぱいに触りまくる!

「まあまあ、お腹が空いたのですか?」

 自ら乳を出して押し付けて来ただと!? ば、馬鹿なっ!
 しかも微笑ましい目で見られた。失敗だ。
 ならば贅沢を!
 所で今、母上の着ている服ってどれぐらい? アレを目安に……。
 額を聞いた俺は卒倒して、幹善に看病される羽目になった。
 放蕩王といえば泰王だけど、そういえばあれ、かなりの贅沢を許容されていたのよね……。
 赤子の身と凡人の良心で真似するのは無理だ……orz

次!

「あー!」

 暴君の訓練! 全身全霊で婦女子を叩く! 
 ぺちーん!

「まあまあ、お元気です事」

 失敗!
 さすがに処刑しまくる事は俺には無理……。
 駄目だ失道って意図的にしようと思えばレベル高い。
 っつーか、何をするにも年がなぁ……。
 悪評を稼ぎようが無い……。
 俺がいつものように幹善に抱っこされて移動していると、ぼそぼそと声が聞こえた。

「龍陽の寵め……!」

 …………。あ、悪評ゲット?
色々と突っ込みどころはあるが、とりあえず今度から女官に運んでもらうか。
 そっかー。女に甘えたらお可愛らしい幼児で、男に甘えたらこのホモめ、かー。
 なんか、疲れた。さすがにそっちの方面で悪評を稼ぐつもりはないのだ。へたれっていうな。俺にだって多少のプライドはあるのだ。



 嘘最終回 ~破滅への道しるべ~

 俺は、幹善を人質にされ、王となった。
 所で、鵬雛はあらゆる者を巻き込む強運を持つという。それだけのチートがあって、何故に王は数年で失道するのか。
 これには、二つほど説が考えられる。
 まず、陽子を例にとる。彼女は、契約後に楽俊に会うなどの様々な運に恵まれている。つまり、王に幸運はちゃんとある。しかし、それを持ってしても、国の運営は難しい。そう言う事ではないかという説。
 もう一つは……即位してしまえば、そういった王の力は、国を守る力に全て変換されるという説。
 即位して玉座に座った途端、俺は穴が開いたように感じ取った。
 そこから、凄まじい速度で何かが抜けていく。
 異変を感じて立ち上がろうにも、もはや立つ事すらできない。
 体の中がかき乱される。
 神から得たチート能力が、神通力として俺の内から国へと流されていく。
 里木が実り、王宮を中心に大地に緑が芽吹いて、妖魔は一時的に国の外へと逃げ出した。
 奇跡。
 その時、確かに俺の魂は国の上空で国を眺め、そして細切れにされて国に降り注いでいた。
 必死に俺という俺をかき集める。気絶した俺が、国と繋がっている玉座から抱き上げられる事が助けとなり、それは成功した。途端、かれはてる一時的に芽吹いた緑。
 ようやく戻った俺を見る目は、変わっていた。
 俺は、新たな戦いが始まった事を悟ったのだった。
 そして、十六歳になった時。国が揺れ、世界を移動する。

「こ、これは一体!?」

「あははははははは! ついに来たか! 舜は俺の加護と共に、呪いもまた食らった。それゆえ、武官として異世界に移動させられるのも当然の事」

「で、でたらめだ!」

「ほう? 蓬莱の仙としての力を散々利用して、恩恵を得ておいて、義務だけはでたらめだ! か。面白い事を言う。まあ、いい。俺にはもはや、チート能力は存在しない。国に食われたからな。そして、我が国は他国に侵略する事が出来ない。魔王は倒せない。この国は終わりだ。ざまあみろ」

 俺は、嘲笑し続けたのだった。





 嘘エピローグ(このエンドの場合、時間停止設定・チートの他者譲渡設定はありません。すみません。混乱させてすみません):戴編 ~貴方です~

 昇山している驍宗と狩りに出かけた泰麒は、休憩中に泣きだした。

「公、何故泣いておられる」

「王様が誰かわかったんです。それが堪らなく哀しいんです。王だと告げるのが怖いのです」

「喜ばしい事ではないか。何を恐れておられるのか」

「徇台輔から聞きました。王様を選ぶという事は、王を死なせて、国の死に方を選ぶ行為なんだって」

「徇台輔、か……。あ、あれは特殊なのでは……」

「この方が王になればすぐ死ぬなって明らかに予想できても、あっこいつを王に据えたら国滅ぶって直感しても、麒麟の本性である仁をゴミ箱に捨ててでも、どうしても王にしたい、傍にいたい人が王だって言ってました。例え複数王気を感じても、迷ったりなんかしない。王になるのは、一人だけだって。後は、王に殺される覚悟をするだけだって。僕、僕、お役目を果たせてうれしい。けれど、重いです。苦しいです。怖いです。僕最初、王気なんてわからなくて、天の言葉を偽ってその方を王にしようと思った。それで、徇台輔の言葉を思い出して、言っている事がわかったんです。僕、その方の傍にいる為なら、その方を罪に落しても、国が大変な事になっても、罪を犯してもいいと思いました。それが辛くて、その方を地獄に引きずり落とすのが辛くて、僕も、狂おしい程王にしたいけど、あっこれ駄目だ。国滅ぶって予感して。でも、王にせずには言われなくて。辛いんです。辛いんです」

 驍宗は、呆然として泰麒を見た後、しばらく考えて、そっと手を置いた。
 驍宗は泰麒を神聖な物として見ている。王に選ばれないなら国を出るつもりだったか、戴の滅びの予言を放っておくわけにはいかない。

「そのように不安ならば、私が補佐します。それでも駄目なら、国が滅ぶ前に。王が地獄に落ちる前に。私が苦しめず殺してやりましょう。そして、代わりに堕ちましょう。公はそのような事など、考えずともいいのです。背負わずともいいのです。戴に、王を。公は民意の象徴。狂おしい程王にしたいのなら、それはきっと民の意志なのですから」

 しかし、これほどまでに言われるとは、よほど駄目な王なのだろう。天は時折思わぬ者を選ぶというし、仕方あるまい。幸い、人を使う事には長けているつもりだ。上手く王を誘導し、補佐しよう。


「驍宗様……! 御前を離れず、忠誠を誓うと誓約します」

「!?」

 この後、自信を叩きおられた驍宗は、石橋を渡るような治世を行い、反乱も未然に防ぎ、賢王となる。



嘘エピローグ:戴編2 ~涙が出てくるお~

「即位から一か月たったが、大事ないか。上手く回っているだろうか」

 驍宗の言葉に、泰麒は花がほころぶように微笑んだ。

「大丈夫です、驍宗様。僕、共に死ぬ覚悟は出来ております」

「台輔の言う、狂おしい程驍宗様が王であって欲しい、しかしあっこの国滅ぶ、という感覚、臣らにもわかってきました。表向き平穏ですが、確かに暴走した馬に乗っている感覚といいますか」

 泰麒が言う感覚は、言葉に出せない臣達の違和感を上手く形にしており、また、泰麒が堂々とそれを口に出す事によって、臣も我らも同じ事を感じているのです! と口々に訴えるので、驍宗は頭を痛めていた。

「……蒿里、一人でする大事な仕事を任せたいのだが」

「駄目です、驍宗様。一人で死なせません。むしろ僕が常にお守りします!」

「なんと健気な……素晴らしい麒麟ですな! ぜひ驍宗様をお任せします」

 ……この臣達と泰麒の息の合い様はなんだろう。それに、あっ国滅ぶという感覚が、驍宗ただ一人だけが理解出来ないでいた。
 戴では私と朝議をした後、一日置いて臣だけで同じ内容の会議を行って合理性を確認している事を知っていた。
 不合理でもゆっくり行きたいという進言もある。
 ……しかし、私はこんなに頑張っているのになんとも酷い暴言ではないか。最近、蒿里が絶対に徇麒のような裏切りを行わない証として、自害用の冬器を買って大騒ぎになった。蒿里の愛が痛すぎて哀しい。
 あっ国滅ぶとは何なのか。自害するなと勅命出して禅譲するぞ。







嘘エピローグ:景編 ~予王の最後の言葉は、楽しかったわ。ありがとう景麒~


 その日も、景女王に景台輔は色々と小言を言っていた。

「全く、貴方という方は……」

「何よ、この徇麒! 私は赤子ではないけれど、普通の女の子なのよ!」

 目に涙を溜めて、言ってしまう景女王。
 辺りの空気が、止まった。特に景麒は、文字通り石になる。

「ご、ごめんなさい、景麒。言いすぎたわ」

「徇台輔と同じ……徇台輔と同じ…… ?」

 激しくショックを受けた様子の景麒。官がはらはらと見守っている。

「あの、景麒?」

「どこがですか。私が徇台輔と似てる要素がどこにあるというのですか」

「そりゃ、いっぱいあるけど……。覚悟する時間も説明もなしに契約を強要した所とか、全然補佐してくれない所とか、失道させるつもり? と思わせるほど気が利かない所とか……。私が卵果の時に見出されたら、きっと一歳で契約してしまっていたか、その前に些細な失敗☆で死なされていたんだろうなって思える所とか……」

「死なせません」

「あ、そ、そうよね。だからそんな愕然とした顔をしなくてもいいじゃない、景麒」

「死なせません。ちゃんと五歳までお待ちします」

「魔王が規格外なんであって、五歳でもありえないと思うわ、私。それに本当に待てるのかしら」

「お待ちします!」

「うん、私が悪かったわ。そうね、そうね……。だから泣かないで。私が悪かったわ」

 ……でも、やっぱり景麒は徇麒と似てると思うの。
 違うのは、私。私はやっぱり、足手まといを抱えてこの国を背負えるほど強くない。
 だから……だから、程良い時に、自王の待遇について景麒に色々諭した後、禅譲して次の王に譲りましょう。景王への手紙も書こう。次は良い王を見つけてね、景麒。貴方の事、恨んだ時もあったけど、今は結構好きよ?


 そして、時代は陽子へと引き継がれる。
 そして、陽子が王に登極した後。官が陽子に裁決を迫っていた。

「主上、こちらの案件とこちらの案件、どちらを優先なさるかお決めください」

「私は……わからない」

 陽子は、戸惑って答える。しかし、官は引かない。

「どれも急ぎの案件なのです」

「……ならば、任せる」

 大仰にため息をついた官が、巻物を巻いていく。
 それを見送って、陽子は手紙を引っ張りだした。大切な、予王から頂いた手紙である。

『初めまして。私は貴方の前に即位していた景王です。まず、朝はとても荒れています。荒れた朝を引き継がせる私を許して頂戴ね。そして、景麒は裏切りませんが役にも立ちません。でも、あの子も可愛い所があるのよ。あまり酷いようなら、徇麒と言ってやれば反省するから、ぜひとも言ってやって頂戴。ほどほどにね。朝は確かに腐敗していますが、さすがにかつての舜ほど腐ってはいないので、法もあるし、王の言う事は一応は聞いてくれるし、心ある官も中にはいます。やって出来ない事はないと思います。王という仕事を放り出してしまった私の言えた事ではないのだけれど。もしもあなたが私と同じように政治を知らないのならば、雁にかつての魔王が残した書籍があります。部屋から出す事、書き写す事すら許されぬ書籍すらあるけれど、魔王は齢五歳で即位なさった方。王であるだけでなく、蓬莱の仙であったり、即位の際に前例のない吉兆をいくつも起こし、腐敗しきって法の意味すら無くなった朝廷を立てなおした方です。きっと役に立つでしょう。貴方の長い治世と、幸せを願っています』

「心ある官か……いるのかな?」

 今去っていった官……冢宰なのだが、罷免する事は決定している。舜極国の前王、魔王の書いた「幼児でもわかる不正をする官の見分け方」に符合する官を冢宰に置いておくつもりはない。仕事を妙にせかし、説明が中途半端で、理解する事を阻害し、遠回しに仕事の妨害をする。正しい官なら、勉強が追い付かない内は最初から自分で処理させてもらう事を願い、後でじっくりと説明するのである。まともに考えて、そんな大事な案件を政治とは無関係の場から即位した王に任せるわけが無いのである。幼児王魔王に付いていた官は、模型まで作って教えてくれたという。だが、代わりの「まともな」官が見つかっていない。
 派閥はぼんやりと理解出来て来たので、相反する派閥の長を据えて見ようか。冢宰の不正の証拠があれば完璧だ。
 とりあえず、今の案件は景麒に調べさせる事になっている。ちゃんとわかりやすい不正をしてくれたら有難いのだが。まあ、単に無能だからで更迭してもいいのだけど。
 これはあれか。冢宰の罷免ついでに、舜の優秀な官が羨ましい、ぜひ魔王を見習いたい、彼も初めは苦労したと言うが、どうやって解決したのだっけと聞いてみるフラグか。
 影で、幼児王ですらきちんと仕事が出来たのにと言っていたのを知っている。
 だが、陽子もまた、彼が使えない官の元では何一つ思うようにできず、雁に留学したり官を総入れ替えしているのを知っているのだ。
 とりあえず、雁の教師を一人招いてみようかとか、牢屋に誰かいい人落ちてない? とも聞いてみよう。宝探しみたいで、楽しいかもしれない。
 ささやかな陽子の猫パンチが、官吏たちへの最終通告となって宮廷を大混乱に陥れる事を陽子はまだ知らない。
 

嘘エピローグ:慶編2 ~官「主上は鬼」陽子「天綱に違反しないよう建前は整えてあるから大丈夫」 官「主上は鬼!」~

「ちょっと舜の獣人街に行って、二年ほど癒されてくる」

 大乱闘の様相を示し始めた官を放置して、陽子は出かけた。
 もちろん、それは嘘であり、実際は自国の視察である。
 予王の妹が紐を結べたという大事件があった折り、内乱が起きた。
 それを聞き、陽子は却って海客で良かった思ったものだ。偽王に親兄弟が立つ事は珍しい事ではないのだ。それにしても、家族は性が同じだから王になれないというのに、何度も騙されるのはなぜなのか。予王には手紙から親近感を感じていたので、その妹を処断する時は哀しく辛かった。実の母や父と相対する事は、陽子には出来ない。
 ともかく、あっさり騙された州公は現官候補、騙されず反抗した州公は旧官候補である。
 陽子には、罪人を重用するなどといった高等テクニックは取れない。
 ならば、どうすればよいか。
 上手く政治が回っている州を見て回って、出来る州から官を適当に浚ってくればいいのである。官を浚われた州にはあれだ、いい官は跡継ぎをきちんと育てるだろうし、大本がきちんとすれば回り回って州も良くなるはずである。いざとなったら舜の官を呼べばよい。幸い、有能な官は民の口に登るらしいので、浚うのは楽だろう。
 なんか今の官はやけに殺伐としていてピリピリとして、好きじゃない。
 陽子は、陽子のやり方で旧官を放つ事にしたのである。
 舜からも、うちは官吏が多すぎるから、期間を限定して喜んで輸出するよ、下っ端でもなんでも仕事するよと言われているしね。ちなみに、官吏の派遣業者は、舜が初である。現地の官の就職を阻害しない様に期間を区切って指定しているが、一旦全部罷免して仮の官を舜の官吏に任命し、新しい官を探すのには十分な期間なのである。人材発掘と教育もしてくれるし、新王が登極すると必ず営業に来る。
 ……ずっと他の国の官を国に入れるのは良くないが、短期のお手伝いならいいよね。少なくとも内小臣には絶対に舜の「癒され♡春の獣人セット」を購入するつもりだ。新発売の「天地秋愛玩、四種類修めてます♡一国に一人、頼れるアドバイザー楽俊」「そんな餌に釣られクマー! 頼れる夏官、桓魋※指揮、愛玩、釣りが出来ます。釣りセットもついて更にお得!」は営業が来た段階で既に誰にも内緒で予約を入れてある。だって可愛かったんだもん! 舜は各国の獣人を集めているというから、獣人街にはぜひ一度本当に行きたいものだ。特にクマさんは慶出身らしいから、徇王に頼んで正式に雇用する事が出来るかもしれない。
 そう思うと、足取りは自然と軽くなった。




嘘エピローグ:芳編 ~父「ちょwその餅産まれてない次の子へのプレゼントwww食うな、戻せ」飢えた子は口の中に広がる絶妙なハーモニーを噛みしめながら、父に抗議している!~


「峯王様がいらっしゃいました」

「うん、ようこそ、仲達殿」

 現れたのは、娘よりも幼い子供。しかし、単なる子供ではない。
 数々の吉兆を起こせし、蓬莱の仙。その政治は短くとも、間違いなく十二国史に残る王である。いや、あまりの荒唐無稽さに誰も信じず、お伽噺へと変じてしまうかもしれない。
 彼が即位したとき、国氏が奇怪な模様に代わってしまい、呼ぶ際に苦心していると聞き及んでいる。✡(蓬莱で言う六芒星)だったか。蓬莱の刻印らしい。結局、俊王は普段は以前の国氏を使い、彼の治世が終わったら、闇に葬ってしまえばいいと言っているらしい。それは、何とも寂しい。他にも、彼にまつわる話は多くある。
 神にも匹敵するのではないかと言われる神通力を持つ者。
 育てなかった者。
 そして、神通力だけの王でもないと知っていた。
 俊王はんしょんしょと椅子に登り、席につく。持ってきたお菓子を美味しそうに食べながら、本題に入った。

「新しく法律を制定したいので、参考になる話を、という事でしたか」

「一度法の無い状態を経験した俊王ならば、意見も参考になるかと思いまして」

「王自らいらっしゃるとは思ってもいませんでした。そうですね、ですが、俺は柳の法は良くないと思っています。そんな意見でも参考になりますか」

「柳がよくない……ですか?」

「柳の法は素晴らしいが、些か難しく、厳しい。王が目を光らせている内は良いでしょう。問題は、倒れた後……もっと言えば、新王登極の時です」

「倒れた、後」

 わしはお茶で喉を湿らせる。この方は、苛烈だと聞いていたが。容易く失道した後の事を口にするのだな。

「法は、守られなければ意味が無いのです。そして、誰もが納得できる物、普通にしていれば決して法に引っかからない物でなければならない。粛清の時、予め用意してある法に従って罰するのが一番負担がありませんが、ゆるすぎて罰すべき者が罰すことを出来なくとも、全員が処刑対象になっても困るのです。幸い、我が国には心ある官が多く牢に閉じ込められていましたが、いつもそう言うわけにはいきません。牢にいる官など、普通は狂っているか元犯罪者です。事実、開放した官の中には罪を起こす者もいました。柳の法は、秩序が無くなっていくような厳しい状況で守れる物ではないのです。新王登極の際には、法に従って奸臣を処刑しようとすれば、激しい反発が出るでしょう。恐らくその頃には、法に引っかかる物が大半となるから。となれば、罰するのは至難の業です。新しく法を作って罰するにしても、新しい方で古い罪を裁くなどだれも納得しない。……ご理解いただけたでしょうか」

「しかし、罪を犯した者は罰するべきです」

「世の中には、現官のような者もいます。難しい法は守れないのです。覚えられないのです。理解出来ないのです。我が国では、地綱は上地と下地の二つを制定しています。特に下地は子供にもわかる言葉で書いて、わかりやすい事例の冊子を配って教えています。誰もがこいつは殺されてもしょうがないと思う。法を読めば、誰もがそれを罪と理解する、という事を主眼に置き、上地はそれを補う形で制定しています。俺が失道した折には上地を撤廃する事を定めています。これで、随分新王が楽になると信じています」

「見せて頂いても?」

「どうぞ。移しをご用意してありますので、お持ちください」

 すぐに麒麟が書を持ってくる。麒麟は、王に命じられるのが嬉しくて仕方がないというようで、王を慕っている事が知れた。私は書を見て、そのあまりの単純さに驚いた。
 しかし、要点は抑えているように感じたと同時に、なるほど、普通の者はここまでされないと理解出来ないか、と思う。拙いなら厳しく締めつけねばならないと思っていたが、理解出来ないのを叩いても仕方あるまい。
 柳とは違う意味で勉強になる。柳のエリートを対象にした法、舜の底辺の人間を対象にした法。きっと、両方とも正しいのだろう。
 
「いや、しかし、失礼ながら、娘よりも年下とはとても信じられません。娘は並はずれて賢いと思っておりましたが……親バカだったようです」

「奥方と孫昭殿は、これから辛い思いをされるでしょう。王族が無能である事は、許されない。王族としての資質があると保証されているわけでもないのに、責任ある立場として振舞わなければならない。そこに年齢など関係ありません。官吏としてでも、仲達様の補佐としてでも、仕事が出来るようになって頂かなくては。それが出来ないなら、唯人として里にお返しした方がいいでしょう」

「しかし、孫昭はまだ幼い」

「関係ありません。王宮で生活して、不死という恩恵にあずかっているのだから。一番の問題は、王族が王だと勘違いして、人としての道を踏み外して行く事です。貴方は資質ある者だからわからないでしょうが、資質の無い者は高い地位に苦も無くつけば、舞いあがるのです。私は私の父母を粛清しました。直接命じたわけではないが、望んでいた。時々、王とならなければ平和で善良で愛してくれる父母に囲まれていたのでは、と思います。そう言う意味では父母も哀れな人達でした。貴方は大人で夫で父だから、表向きは神妙にするでしょう。ですが、貴方の見ていない場所で下の者達に尊大に振舞っているようなら危険信号です。……人は弱い。王ですら誤るのだから」

「……気をつけましょう」

 とても信じ難い話であるが、実の父に偽王に立たれた彼の言葉を無碍にはできない。この言葉は、激戦を生き残ってきた末の、彼なりの悟りなのだから。
 しかし、失道した後の事、など浮足立っている官に言えはしない。
 少しの間こちらに滞在して、失道している間の法を作ってしまおう。
 遥か先になるだろうが、失道した時に発布すればいい。うちの朝廷は優秀だから、抜けがあってもその時だれかが何か諫言してくれるだろう。


 その後、わしは失道した。あの幼けない幼児は、予告通り、光る国氏の刻印の中に消えうせた。俊麒は即座に他の王を選び、国氏は徇へと変わった。主上が戻るのを待つべきでは、とか、そういう議論を起こす暇も無かったという。官は泣く泣く、謚だけ送り、葬式はしなかった。半端な処置は、俊王の功績を後世に伝える為であり、俊王が生きているはずだという事を信じる為だった。これは二つの事を意味する。……麒麟は、即位すれば16で死ぬのだと英正殿が言っていたにも拘わらず、英正殿が赤子だというにも拘わらず、大人の王より英正殿を選んだという事。
 そして、そこまでして英正殿を選びながら、姿を消すや否や彼を見捨てて他の王と契約を交わした事。
 嬉しそうに寄りそう俊麒の姿。強烈な裏切りに、英正殿でもないのに酷く心が痛み、峯麟にすら辛く当たってしまった。
 人は弱い。王ですら誤る。そんな言葉がぐるぐると回る。しかし、さすがに英正殿もこんな裏切りは想定していなかったのでは。
 罪深き者達に、罰を。刑罰は加速して行く。
 失道の報が来た時、何故か感じたのは安堵だった。
 死後の、準備をしよう。
 法を整え、わしがいなくても国が回るよう、きちんと国が持つよう、登極した新王……もしかして、英正殿のような子供かもしれない……が、政治を行えるようにしよう。
 もちろん、わしの部下達はしっかりと新王を支えてくれると信じているけれど。
 書類を整えて置いておき、忘れ物をしたので部屋を出る。
 戻ってきたら、王が心を入れ替えて下さった! とお祭り騒ぎが起きていた。
 あまりにも喜んでいるうえ、もう玉璽を押してしまった書類を官が手続きしてしまった為、どうにもならない。
 法をすぐに撤回するのは悪である。
 それに少し発布が早くなっただけだ。わしは直に命を落とすだろう。
 さて、他に何をしようか。喜んでいる官の中にいるのはいかにも居心地が悪い。

「……舜極国に行って、俊王の帰還を祈祷してくる」

 もっとも、徇麒に会うのも居心地が悪いのだが。向こうはそれを知っているので、それとなく会わない様に取り計らってくれるだろう。そもそも帰還の祈祷は徇麒締め出されるし。

「こちらでもできるのでは」

「いや、向こうに行く」

 幹善殿は、毎月18日に帰還の祈祷を行っている。大分早くついてしまった。
 幹善殿は、私を笑って出迎えた。
 塙王もいて、互いに少し驚いてしまった。

「ようこそ、峯王様」

「様付けなど。同じ王ではないか」

「いいえ。私はその場しのぎに過ぎません。主上は、必ず戻って来られる。だから、それまで国を潰さぬように持たせるのみです」

「次まで、繋ぐ……か。うむ。わしも、つぎまで繋げたと、思う。だから、最後はここで魔王の思い出を語りながらゆっくりと時間を過ごしたい気分だ」

 思い出話を語る日々。
そして祈祷が始まった。
 失道が癒えた峯麟が官吏を引き連れて迎えに来たのは、祈祷が最高潮に高まった時だった。

「なに!? でもわし、わしが厳しく見張っていられる存命中は法は以前の物に戻すぞ」

「何故、新たな法律を皆が諸手をあげて歓迎しているのに、そのような事を仰るのですか!」

「ええい、アレは新王の為の法だ!」

「新王などどうでもよろしい! 大事なのは今なのです! そんなに失道したいのですか!」

「お父様、新たな法を見て、私は私の罪の深さを知りました。どうか、お戻りください!」

 わあわあわあわあ。わあわあわあ。

「お前ら……外でやれ」

 口調の変わった幹善に蹴りだされるのは、当然と言えば当然だな。
 さて、これから……………………どーしろと。





十二国に誕生した新たな単語、故事。

「現官」
並はずれて愚かで人の道を外れている様。
これを人に言った場合、その人間関係は破滅する。
十二国で最も汚い悪口であり、悪人でさえ呼ばれるのを激しく厭う。

「旧官を放つ」
複数の意味を持つ。
(共通)
もうどうにでもなーれ☆
国の一大事件。
魔王の故事。
(主上側)
賭けに出る。
危険な方法を用いる。
今より悪い状況など存在しない。
(官側)
主上ご乱心。
見放される。悪辣な方法で粛清される。
悪い方向にしか転がらない。

「輝ける卵果」
素晴らしい物だが、手が出せない様。
能ある鷹は爪隠す。
能力はあるが、表に出せない人間。または、自分がそうだと信じる人間。
思うように動けない様。

「徇麒」「俊麒」
待てができない様。
気遣いが致死レベルで足りない様。
色よい返事が貰えない。
麒麟に不満がある様。これを麒麟に言ったらまず間違いなく泣かれる。

「紐が結べたと言われた」
頻繁に使われる。言い争いの時に特に良く使われる。
道理が通じない様。
さっぱり意味がわからなかった。
意味わかんねーよ!
むちゃくちゃだよ。
馬鹿言うな。
この海客!
この山客!
偽王立つ。
その地位にふさわしくない。


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