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「ずいぶん、儲けたな~。客にチップをもらったら、隠さずに言うのだぞ」
鼻筋の通った切れ長の目をした宿主は、ナナの頭を細く白い指で優しく撫で、部屋を出て行く。
キッチェが入れ違いで入ってきた。
ナナは恐ろしくて、一言も言い返せもせずに立ち尽くしている。
宿主の指が美しいのは、自ら荒れ仕事をせずに裕福な暮らしをしているからだ。
それだけ多く、少女達から搾取している証でもある。
以前、2人の酔っ払った戦士達が店で暴れた時、体格では明らかに劣っているキャシャな宿主は
腰に装備しているプラチナソードで2人の首をはね、武具を換金した。腕も立つ。
少女達を抱くことはないが、事あるごとに平手打ちをし、ひと度我を見失うと手が付けられなかった。
宿には監禁役の男達が3人いるが、誰一人逆らう者など居はしないのだった。
銀貨を袋に入れている宿主を見ていたキッチェには、何があったのか察しがついていた。
ベットに新しいシーツを引いて、静かに出て行く。
ナナはキッチェの交換してくれたパリパリのシーツに、うつ伏せに倒れ込んだ。
毎度の事だ。涙ひとしずく出やしない。
「・・・・。」
もう一つの誰もいないベットを見つめている。
合い部屋の娘は、エイズという病にかかり宿から開放された。正確には追い出されたと言うべきか。
エイズは今だ治療法がなく、確実に死ぬ伝染病。
ピクシーナを出るには、エイズになるか、少女とは言えなくなる20歳まで搾取されるか、
300万Gの借金を返済するかの、いずれかしかない。
しかし20歳までエイズにかからないで済ます事など、実際には不可能だし
300万Gの返済は、余程の金持ちに魅入られなければ無理な金額だ。
当時、理力の杖2500G、吹雪の剣21000G、ドラゴンキラー15000G
旅に不可欠な強力な武器でさえも、その100分の1程度の金額で手に入る。
「(・・行こう。今夜。
船賃が足りなかったら、体を売りながらでも工面してやるわ
こんな所で死なないッ絶対抜けてやる。)」
キッチェは一日の仕事を終わらせ、やっと重い体を横にする事を許された。
眠りにつくのに5分とかからない。
≪ドタドタドタドタ≫「火事だ――っ」「風呂水だっ急げっ」
≪バンッ≫扉が乱暴に開き
「小僧っナナの部屋で火が出たっっおまえも水汲めっもたもたすんじゃネェぞ!」足早に出て行く。
「(ナナ・・)」ベットの壁に飾ってあるドライフラワーを見つめる。
「ハイ。出来た。
どう?いい臭いでしょ」ナナは客からもらった花束を、乾燥させてキッチェの寝床に飾り付けてくれた。
何とも言えない爽やかな香りにつつまれている。
「(ナナさんって可愛くて優しい。こんな女の子と結婚したいな・・)」
キッチェは、まだ10歳。でも、そんなささやかな願いさえも見果てぬ夢でしかない。
普通なら「勇者になるんだ」とか「大きな船を持って世界を回るんだ」とか理想が先走っている年頃なのに。
「すごいやっナナさん。ねぇ、ねぇなんて花なの?」
「ウフフフフっ」ナナはキッチェの反応に大満足だ。
「これ高いのよ。
ルラムーン草の仲間の、月呼び菜。付き(運)を呼ぶとも言われる縁起のいい花なんだから。
花言葉は――ウフフ、ないしょ!」
「なんだよォっ教えてよ」
「知りたい? どうしても?」
「うん。うんっ知りたいっ」
「ね、キッチェは大人になったら何になりたい?」
「? 大人に?」
毎日をやり過ごすのが精一杯で、そんな先の事まで夢みている余裕などなかった。
水汲みや買出しに行く時に見かける旅人を見ながら、その姿を自分に当てはめて
空想にほくそえんだりする程度だった。
「ボクはね・・ボクは素敵なお嫁さんと一緒に世界を旅する商人になりたい。」
自分でも意外な答えが突いて出た。
「え~っ素敵なお嫁さん~っ
あたしじゃないんだぁ。フ~ン
いいもんねェ~」
「あぁ、あのねっナナがお嫁さんがいいよっホントだよっ」
「ま、調子いいんだから。考えといたげる」
「ね、ね、ナナさんは何になりたいの?」
「あたしはネ、調香師か、お花屋さんっ」
「チョコシ?」
「チョウ、コウ、シ。お花とか、いろいろな臭いのある物を使って、臭いを嗅ぐひとを幸せにする仕事よ」
領主には、必ずお抱えの調香師がいる。調香は医薬作用はもちろん、戦闘術にいたるまでの奥深い技能。
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