「東日本大震災 立ち上がれ!モノづくり大国」

東日本大震災 立ち上がれ!モノづくり大国

2011年5月13日(金)

見逃されている原発事故の本質

東電は「制御可能」と「制御不能」の違いをなぜ理解できなかったのか

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 福島第1原子力発電所(原発)事故の被害者に対する賠償問題で、5月10日、政府は「事前に上限を設けずに賠償を実施すること」など、支援の前提となる6項目の確認事項を東京電力(東電)に提示し、11日、東電はその受け入れを正式に表明した。これにより賠償の枠組みが決着し、東電は国家管理のもとで再建に動き出した。この確認事項は、電気料金の値上げを最小限に抑えつつ、被害者への賠償責任を東電が貫徹することを前提としている点において、一定の評価を与え得る。

 しかし今後、この議論を広く進めるに当たって、課題が2つある。1つは「今後も電力事業を地域独占のままに保っていいのか」という課題。もう1つは「この原発事故の原因の本質は何か」という課題だ。

 第1の課題について、私は前回前々回において「日本の電力事業は競争環境を持つべきだ」という議論を喚起した。しかし、国はそれとは逆行するように地域独占を守る方針を固めつつある。実際、経済産業省は中部電力と東電の境目に、60Hzと50Hzの周波数変換所を大幅に増加する方針を出した。これは、今後も日本を60Hz、50Hz混在のままにすることを意味するだけでなく、地域独占を堅持することをも意味する。なぜ、こうもこの国の電力事業はイノベーションに対して後ろ向きなのか、今後もこの課題解決の方向を我々は議論し続けていかねばならない。

 一方、第2の課題はもっと緊急性が高い。というのはジャーナリズムも政府も、津波と同時に非常用電源が失われ、その結果、当初から原子炉は「制御不能」になってしまったという「勘違い」で議論が進んでいるからだ。しかし実は、事故原因の本質について、ジャーナリズムも政府も見逃している、ある真実がそこにある。それは、「最後の砦」の存在にほかならない。

 実はこの「最後の砦」は、1号機では約8時間、3号機では約32時間、2号機では約63時間稼働して、その間、原子炉は「制御可能」な状態にあった。従って原子炉が「制御不能」の事態に陥る前に、海水注入で熱暴走を止める意思決定をする余裕が、少なくとも8時間もあったのだ。しかし、東電の経営陣はその意思決定を怠った。そして1号機が「制御可能」から「制御不能」の事態に陥ってから20時間後に、ようやく海水注入の意思決定が行なわれるに至った。

「最後の砦」とは何か?

 ここで「最後の砦」とは何か。これを図1で説明しよう。

 崩壊熱で発熱をし続ける核燃料は常に冷やし続けなければならず、その冷却は、圧力容器(RPV、Reactor Pressure Vessel)の上部から主蒸気ラインを経てタービンに至り、復水器と給水ポンプを経て圧力容器に戻される循環システムによって行われる。

福島第1原発 1号機の圧力容器と配管構造。2−3号機では、隔離時復水器 (IC) の代わりに隔離時冷却系(RCIC)が装着されている。いずれも電源なしで作動する。
画像のクリックで拡大表示

 しかし、給水ポンプが壊れるなどして炉心の温度が上がり始めたら、高圧注水系(HPCI、High Pressure Coolant Injection System)のHPCIポンプが動いて復水貯蔵タンク中の水を炉心に引き込むとともに、炉心スプレー系(CS、Core Spray System)のCSポンプが動いて燃料棒の上から水をスプレーし、炉心を冷やす。さらには主蒸気ラインに据え付けられた自動減圧弁(ADS、Automatic Depressurization System)が開いて、圧力容器内の蒸気を格納容器(PCV、Pressure Containment Vessel)内に逃がす。これらHPCI、CS、ADSなどを総称して「非常用炉心冷却系」(ECCS、Emergency Core Cooling System)と呼ぶ。

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著者プロフィール

山口 栄一(やまぐち・えいいち)
同志社大学大学院総合政策科学研究科教授、同志社大学ITEC副センター長。

山口 栄一1955年福岡県に生まれる。1977年東京大学理学部物理学科卒業。1979年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了、1984年理学博士(東京大学)。1979年、日本電信電話公社に入社し武蔵野電気通信研究所基礎研究部に赴任。1984年から1985年まで米国University of Notre Dame客員研究員としてインディアナ州サウスベンド市在住。1986年から1990年まで、NTT基礎研究所主任研究員。1990年から1998年まで同研究所主幹研究員。この間1993年から1998年まで5年間フランスIMRA Europe招聘研究員としてフランス・コートダジュールに在住。1999年から2001年まで経団連21世紀政策研究所主席研究員、2001年から2003年まで同研究所研究主幹。2003年より現職。2006年より科学技術振興機構 研究開発戦略センター特認フェロー。2008年から2009年までケンブリッジ大学クレア・ホール客員フェロー。ベンチャー企業の(株)アークゾーン、(株)パウデック、ALGAN(株)を、それぞれ1998年、2001年、2005年に創業し、各社の取締役。
 主な著作として『JR福知山線事故の本質―企業の社会的責任を科学から捉える』(NTT出版、2007年)、『イノベーション 破壊と共鳴』(NTT出版、2006年)、共著『サイエンス型産業』(NTT出版、2003年)、『試験管の中の太陽』(講談社、1993年)など。


このコラムについて

東日本大震災 立ち上がれ!モノづくり大国

市民の生活に甚大な影響を残した東日本巨大地震。発生から時間が経つにつれ、被害の実態が徐々に見え始めた。企業は復旧作業に動き始めたものの、中でも製造業各社が受けた爪あとは大きい。被災した部品や原材料の調達先の生産活動が再開できなければ、製品を作っているメーカーのラインが稼働できない。完成品、1次下請け、2次下請け…と続く生産のピラミッド構造の中には、今回の地震で被災した工場で作っているものが少なからずある。自動車、電機、精密機械など、これまで日本を支えてきた製造業が直面しているのは、こうしたサプライチェーンの分断だ。製造業大国ニッポンは生き残れるのか。各産業の動きを追う。

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