【あらすじ】
八つの異世界と交流することになった地球に一つのゲームが贈呈された。
VRMMORPG風のシステムになっている亜空間<サガ>を自分の分身アバターを操って冒険し、異世界の文化に慣れるということを目的とした、実際に体験・生活ができるという五感があるゲームが。
この『SAGA』のゲーム内通貨は現金に換金可能ということになっているため、狭き門には希望者が殺到することになる。
エド・ジンパチはゲームがはじまって一年(ゲーム内では三年)たってからやり始めたプレイヤーだった。しかし、あっというまに落ちぶれてしまう。
お金を稼げるゲームというのはつまるところ仕事と変わらない厳しさなわけで――これはホームレス以下になったところを先輩プレイヤーに拾われ、レベルと関係のない雑用をこなしていき、ちょっとずつ周囲に認められていくという誰得な物語!
【注意書き】
この作品は『小説家になろう』のほうにも投稿させていただいております。
【1-1】
……飢えるっていうことはこういうことか。
何度まばたきしたって、ウィンドウに表示されている数値は変わることがなかった。
腹はぐーぐーと鳴っている。まずい。ほんきで腹減った。
ちょうど広間にいるんだから飽き缶を片手に乞食まがいことでもしよーかとかなり迷っている。現在進行形で。
オレはエド・ジンパチという。
大手ゲーム会社なんぞの社長をやっている親父に、サガっていうVRMMORPGを最低三年間プレイしてきたらコネ入社&遺産相続をできるように遺言状を書いてくれると言われてほいほい参加しちまったお馬鹿なヤローだ。
妾の子ごときにうまい話なんてあるなんてあるばすないのによ。
だいだい、サガが普通のゲームじゃないことくらいニュースで垂れ流されていた常識だったじゃないか。
異世界人から異文化交流のために贈呈されたゲームだなんて曰くつきなんだから悟れよ、オレ。
人間を精神体に変換、精神世界<アストラル>にいながら霊能世界<サガ>に作られた己の分身アバターを操る――頭に電極を貼って疑似五感のある電脳世界を冒険するっていうラノベの中だけにあったVRよりよっぽど怪しい理論なんだ、まともなもんであるはずじゃない。
ゲーム内通貨を現金に換金できる、遊んでいるだけで働いているぜヤッホーと叫んでいられたのは開始前だけ。
チュートリアルという名称の合宿中にはおかしいなと思い始め。
実際にここ<サガ>に降り立ったときには一時間待たずに後悔することになった。
アバターは、現実のオレなんかよりよっぽど体力あったけど大自然の前にはあまりに非力だった。
普通に疲れるっていう感覚があるんだよな、これが。
晴天下のもともとテクテクと最初の街に歩いて行くのは軽く地獄だったな。
リアルに襲ってくるモンスターとの戦闘なんてのはまさに地獄そのものというわけで……
オレは落ちこぼれになった。
【1-2】
隣町に荷物を運ぶという、ゲームによくある依頼を受けてみた。
狼っぽいのに襲われてこわくなったから逃げた。自分が情けなくなったね。
……荷物とレンタルしていた馬車を全額弁償することになって一カ月分の生活費がなくなったしよ。
戦闘には向いていないってわかったから生産職に転向しようと頑張ってみた。
空き地を畑にするっていうクエストがあったから一生懸命にクワを振るったよ、汗だくになるまでな。
……芽吹かなかったよ、なんでだ。努力は報われることなく汗と土地代と種の代金だけが出ていくことになっちまった。
三カ月――ゲーム内は3倍に加速されているからリアルでは一カ月たったとき。
つまり、今のオレ、はホームレス同然になっていた。
いや……考えたくないけど、ホームレスってのは最低限暮らしていくための道具を持っているもんだからオレはそれ以下か。
宿屋に泊まれるぎりぎりまでねばるんじゃなくて数日はやめにチェックアウトして野宿の必須品を買い求めるべきだったんだろうな。
いまさら後悔してしまう。
いろいろとやって、小さい稼ぎはいくつかあったけど、大きいミスを2回したときの出費は致命傷になった。
戦闘職だろうと生産職だろうと、なにか働くとなれば準備をするのにお金がかかるもんだ。
それをまともに用意できなくなったオレはまともに仕事を選べなくなった。
喫茶店のバイトをしようにも制服代を払えなかったんだ……
不得手を考慮せずにとにかくできるクエストを選んでいったら失敗も多くて、赤字になることも多々あった。
初期アイテムだった拳銃を失ってからは棍棒片手にモンスターに立ち向かい、返り討ちにされ。
マニュアルを買わずに鍛冶に手を出してはインゴットを鉄くずに錬金していった。
で、落ちるところまで落ちぶれた。
もう晩飯を食うための金すら手持ちにはなかった。
ウィンドウをこの街にあるショップの買取一覧にリンクさせてみるが、二束三文になるものしかない。
ときたまアイテムの相場は変動することがあるから期待したけどダメだった。
このゲーム、変なところをリアルなもんで価値のないものを売ろうとしたら1Gにもならなく逆に処分代金をとられるからなー。
普通に売れるものはとっくに売りつくしているしよ。
どうしたものか。
オレは死に戻ることをひそかに覚悟した。
【1-3】
このゲームでは、死に戻るっていうことは別の意味を持つ。
中間世界<ゲート>に飛ばされて、サガ用とは別の、本物の身体と大差ない性能のアバターを操ることになるからな。
それで白衣を着た連中にカウセリングを受けるはめになるんだ。
――死の体験がトラウマになってないか?
――現実世界に戻ってもトラブルを起こさない健全な精神状態か?
――サガのほうに再度送っても大丈夫なのか?
加速時間でおよそ一週間くらいはそういうチェックを受けることになるんだ。
現実そっくりに再現されているゲートの街の中、異常行動をとらないか、監視をされてな。
元々の世界<リアル>に戻るにも霊能世界<サガ>に行くのもお医者様の最終チェックが通らないとどうにもならんこととになる。
そのときにサガでちゃんと生活していけているかっていうのもチェック項目にあるわけよ。
オレはこれまでに2回死んでいるけど、前回、警告を喰らっちまってる。
飢え死になんていう情けないことになったら間違いなく強制的にリアルに戻されることだろう。
当然、親父との約束もパーになるってことだ。
それくらいだったらてきとうなモンスターに特攻したほうが支援金貰って再チャレンジできるチャンスがあるんだが……
もう二度と殺されたくねー。
チキンと言われたってかまいやしない。
それぐらいなら緩慢な死を迎えてもう二度とサガに戻れなくなったほうがマシだった。
餓死がこれから先もっときつくなったら心変わりするかもしれないがな。
噴水に座りながら溜め息をついていたら、コツンと――ノックをするかのように立てられた足音が聞こえた。
その距離に近づいてくるまでまったく気配のなかったことに驚きつつそっちに視線を向けると、ざーとらしい青年がそこにいた。
服と鎧の一体化している防具を着用しているとか、武器を吊り下げているとかではなくて……なんといったらいいのやら。社交界をすいすいと渡り歩く若きエリート、医学部とかにいるボンクラじゃない優秀なほうの色違いというか。高身長にほどよく筋肉のついたイケメンのくせして常時笑顔を絶やすことのないうさんくさいやつだった。
少女コミックとかに出てきそうな、理想に近づけたままの生活を当たり前にできるくらい自分をコントロールできる切れ者っぽい。
「ちょっといいかな?」
義理の兄貴の友達にいた化け物に通じるもんを感じ取ってしまいオレの顔は強張った。
つい、後退りしながら「な、なんだよ」と反応を伺ってしまう。
が――それはやってはいけないことだった。
「いやね、さきほど歩いていたら面白いものを見てしまってさ。ぼくの知らない使い方をされているウィンドウなんてものがあるのかと驚いてしまったよ。悪いけど、どういう機能を持っているのか覗かせてもらっていいかな?」
笑顔を保ったまま否と言わせないペースで切りこんでこられた。
引いちまったことで、勢いで押し切れると判断されちまったようだ。
オレのミスだった……なにか予定のあるふりをして足早に立ち去るべきだったんだ。
というか、ウィンドウを自分以外には不可視にするモードに設定しとくべきだったわけで。ついこないだ電卓片手に値引き交渉するような使い方をしたときに設定弄ったまま、元に戻してなかったのは個人情報の秘匿という面においてははっきりとした失態だ。
しかし、どんだけ遠くから見られていたんだ?
噴水の中に潜っていたとでもいうのか。真後ろに立たれてウィンドウを覗かれていたなんてことは位置関係的にありえない。噴水の反対側くらいの遠くか、角度のきっついところからだったのか。
得体の知れない青年に気圧されながらもオレははっきりと言ってやった。
「かまわねーぜ」
……ノーと言える雰囲気じゃなかったんだもん。