「今、私が思っていること これからの斗い」
清水澄子(朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表)
皆さんたちが一生懸命、何とかして勝たせたいと頑張ってくださったことは、私の中で強く受け止めております。私も一生懸命闘いましたが、今度の選挙はこれまでにない状況があり、想像を超える敗北となりました。しかし私は闘ってよかった。闘ったという誇りがあります。条件の悪い私のために京都の皆さんたち、日朝友好を一生懸命やっている皆さんたちが闘ってくださったこと、大変誇りに思っております。
皆さんたちの気持ち、志、期待を私の生涯の宝だと思っています。それは絶対にむだにしない。今後も皆さんたちと一緒に、国会の外から影響を与える活動をしていきたいという思いで、元気で頑張っています。私を支えてくださったパートユニオンとか小さな組合、日朝友好の運動をしている皆さん、草の根の市民の方々、特に京都は末本先生の後援会の皆さんのお志を本当にありがたいことだと思っています。今日は皆さんとお会いできることを楽しみにしてまいりました。
この夏はものすごい暑さでした。私の周辺の皆さんの方がへたばっていましたが、私自身は全然へたばらないんですね。こちらも暑かったと思いますよ。選挙期間中、私は関東の方を回っていましたが、群馬県の方がよくやってくれまして、あのへんは日本一暑いんです。41度でした。こんなに暑いところが日本の中にあるんだ、沖縄より暑いと思いました。
最初の第一声が群馬県でした。夕方には宣伝カーが暑さでパンクしました。今までの選挙運動でなかったと言っていました。私は長袖でしたが、皆さんは半袖で、もう火傷です。太陽で火膨れしてお医者さんに行かれた方もありました。すごい暑さだったんです。私はあまり水は飲まない方ですが、1日、十何本、水を飲んだと思ったらすぐ喉がカラカラで話せないんですね。でも私は健康で何の障害もありませんでした。鋼のような強さなんですね。選挙戦の最中、皆さんたちの気持ちを胸にしながら、勇気を持って楽しく闘うことができました。これも皆さんのお蔭だと思って励まされ続けてきました。
非常に問題がある現行選挙制度
自民党が従来の選挙制度では負けるということがわかっていたので、負けないようにするための選挙制度にわずか6か月前に急遽変えたわけです。選挙戦が始まっている時にルールが変わったんです。その時、ある意味では勝敗が決まっていたかもしれません。当時は森総理の時で、森さんの人気が悪いから野党はまだ勝てると思ったかもしれませんが、選挙制度のルールを与党が勝利するように勝手に変えているわけですから、それを超えることは難しい選挙だったとしみじみ思います。選挙制度を与党が勝てるように作り替えていくのが今までの日本の選挙のありようですね。本当に日本は民主主義の国なのかと思います。国民がそれに反対し、国会をストップしてしまう闘いにならない。民主主義を無視して自民党が勝手に何でもやるというのは特にこの3、4年間、ひどかったですね。
選挙というのは国民が民意を表す時です。その時、どんなに投票しても自分たちの意思が届かない制度に作り替えられる。皆さんが求める人を国会に送り出せない制度になっています。あの制度では私は勝てない。お金がなければ勝てない。知名度がなければ勝てない。タレント性がないと人気投票に勝てない。後ろに利害関係や労働組合のバックがなければだめ。その条件は私には何もない。しかし私が、自分の政治信念と国会議員として闘ってきた12年の実績は、どの議員にも負けない誇りと自信があります。それと政策です。政策が選挙にほとんど意味を持たないという条件の中で闘うしかなかった。
比例区では全国に個人の名前が津々浦々いきわたるはずがない。そのための選挙運動をしないと得票は出ないのですが、ずいぶん時間がかかります。2年も3年もかけて地域で話をしていけば別ですが、選挙が始まるギリギリまで国会がありましたから、議員でいる以上、議会で闘っていかないといけません。一生懸命委員会で頑張っていました。
こういう選挙制度の中で、市民派、市民的な運動をしている人たちは出にくくなった。女性が出にくくなった。今度、女性が減りました。参議院は多かったのですが、減りました。女性はそういう条件を持っていません。自民党の橋本聖子さんは自民党の団体がついています。高祖という人の選挙違反事件は特別ではないと思います。そういう人たちばかりが当選しています。遺族会とか防衛庁関係とか官僚とかをバックに出ている。たまたま高祖さんは小泉さんの郵政事業民営化に反対する勢力でもあったから問題が出てきたのかもしれません。ああいうやり方は自民党は全部やっています。
総務庁の年間報告で、政党への企業献金はこれまでよりも何億と増えています。自民党に企業から献金が行っているわけです。私の選挙で皆さんがカンパしてくださったりするのは本物の選挙運動ですが、本物の選挙運動は日本ではなかなか勝てないということが示されたのが悔しい。私を支えてくださった皆さん方の熱意と選挙活動こそ、本当の選挙運動だと思うんです。そういうものが無視されて勝てない。今後、選挙制度改正に声を上げないといけないと女性団体にも言っています。
そういう運動をこれから取り組まないといけないと思っていた矢先、ニューヨークでの同時多発テロが起こりました。今、戦争の方に行ってしまって、大変な時代になっています。しかし民主主義は一足飛びでは出来ない。選挙制度は民主主義の基本だと思いますから、これを変えていくことは重要です。次の衆議院選挙で、小選挙区制度では公明党がこれ以上伸びられないから、中選挙区制を都市部だけ一部入れようと言っています。いつでも自分たちが勝つことだけを考えています。
日本国憲法は「国民が主権者である」というところから始まります。しかし与党側の都合で選挙制度の改正がまた始まろうとしています。この動きに有権者は声を上げていかないと、これからの勝負は難しいと思います。
皆さんが信じられないと言うんですよ、出てきた票を見てね。一桁数字が違うのではないかと。私も最初はウーンと思ったんです。しかしこの選挙制度が問題なのだと思いました。そういう意味で、選挙制度をもっと政策論争できる制度に変えていくべきだと思います。初めからこの選挙は難しいとわかっていましたが、ここで闘わなかったら、私自身、次の運動への情熱を持続していくのは大変だったと思います。
自民党の政策、経済政策は今だって何もできていません。あの政策は、皆さんに「これから死んでもらっていい」というようなものです。そんなものを私たちは飲むわけにいかない。小泉さんの構造改革は弱肉強食、アメリカをモデルにしていますから、大勢の人たちに差別と人権侵害が出てくる。弱いものは貧しく生きろ。人権を無視されて生きろ。そういうものが出されているのに降りるわけにいかない。闘わざるをえない。今こそ、より多くの人々のための経済、政策をしないといけないという思いがありました。
首相公選制、靖国神社公式参拝、集団的自衛権の行使、すべて憲法を超えた発言を平然とやっています。そういう小泉総理に対して闘わざるをえない。そういう気持ちがありました。まして教科書問題は、まさに反憲法ですね。憲法を守る、憲法改正を許さない闘いとして、今度の選挙は闘わざるをえなかった。しかし自民党は選挙の間、憲法にかかわることは一言も言いません。憲法問題を言うと集票にならないと言われました。自民党は、いつでもこうです。制度を変える、そして問題の焦点を外す。それが自民党を有利にする、与党を有利にするわけです。いつまでも私たちはそれに甘んじているわけにはいかないと思います。
想像を超えた敗北でありましたが、私は闘わずして敗れたら、私は精神的に敗北し、これからの運動の方向を皆さんに向かって正面から言えなかったのではないかと思っています。皆さんも闘ってよかったと、きっと思ってくださっているのではないかと思います。悔しい思いを共有し、こんな状況は大変だという気持ちも共有する。この気持ちが大事だと思います。私は闘ってよかった、今でも次へのファイトに燃えています。
立候補した時、もう一つどうしても闘いたいという目的がありました。12年前、1989年に当選しました。あの時は土井さんブームで、私は社会党比例区で12番目でした。私が入るか入らないかというスレスレのラインでしたが、結局、21番まで当選して、今の逆ですよね、自民党と。風という言い方はよくないですが、あの時は国民の怒りの風があった、消費税問題に対して。その中で私は当選したのですが、当選した翌年からずっと一貫して、今も続けてやっているのは従軍慰安婦問題です。この問題を初めて日本の国会と政治の場に押し上げました。
問題の根源は過去の植民地支配に
女性の性、女性の人権が国と軍隊によって蹂躪された。その反省もない、歴史的にも明るみに出していない。そのことを私たちは女性の議員として明らかにしたいという強い思いがありました。これは犯罪です。最も多くの犠牲を強いられたのが朝鮮の女性たちでした。かつての戦争犯罪の問題、歴史認識の問題で侵略戦争との関係はまだしも出てくるのですが、日本の植民地支配と戦争責任の問題はほとんど問題にされてこなかった。
この中で多くの朝鮮女性たちやアジアの女性たちが被害を受けたわけです。それを徹底して国会の中で明るみに出してきました。植民地支配の犯罪性、女性には二重、三重の犯罪的な人権侵害を引き起こした。これに対する謝罪と反省、償いを明らかにしていくことを、日本の国会史上で、ずっと追及してきた議員は他にいないと思います。
1993年、ようやく政府も、この事実を認めました。当時は宮沢総理、河野官房長官でしたが、日本の軍隊が女性たちの尊厳、人権を傷つけた事実を認める発表をしました。そして謝罪談話を発表した。また戦後補償や歴史認識の問題をもう一度遡ってやり直さなければ日本の戦後は中途半端な戦後史をつくってしまうという思いがありましたから、あらゆる戦後補償の問題にも取り組んできました。この時の談話に欠けていた部分がありましたので、私はそこを入れさせました。
「次の世代に絶対にこういうことをやってはいけない、歴史教育を通じて次の世代に記憶を止めさせなければいけない」という主張が談話の終わりに入っています。そこにはきちんと「歴史の記憶として事実を直視し、今後、歴史教育を通じてこのような問題を長く国民の中に記憶に止め、同じ過ちを決して繰り返さない固い決意を改めて表明する」と談話に入れさせたんです。
ここで、ようやく日本で戦後初めて、この問題について政府が公式見解を示したわけです。そして翌年、教科書の中に慰安婦問題が記述されました。朝鮮への植民地支配や中国への侵略、南京虐殺という歴史事実も出てきます。
ところが、うかつと言えばうかつなんですが、何と「新しい歴史教科書をつくる会」は、その翌年にもう「日本の天皇の軍隊や日本の国が慰安婦などという、どこの国でもやっていることをまるで国家の犯罪のようにしている。それを国会で証言したり、教科書にも出ている。許せない。間違った『自虐史観』の教科書だ。これを根本から変えていく。もっと日本の国に誇りを持たせる歴史教科書を作り直すのだ」と、96年、「新しい歴史教科書をつくる会」は創設声明で出しています。
その頃から日本国民会議や右翼の動きもあったのですが、それが今年、教科書で慰安婦問題がほとんど消えてしまうというところにまで戻ってしまった。
その頃はまだ、こちらは「やった」という思いがあったのですが、しかし相手はなかなか手ごわい執念があります。左翼よりすごい執念があると思います。今度の歴史教科書を公立高校は採択しませんでしたが、東京と愛媛で養護学校の一部で採択されました。許しがたいことですが、メンツ上、やったのでしょう。
しかし他の公立学校では採択されなかったということは、国民の運動があり、韓国や中国からの大変な批判の中で、遂に採用が広げられなかったという事実があると思います。私は議員としてこの問題をもっと続け、本当に謝罪に持っていかなきゃという思いがあったから、どうしても闘いをしたかったわけです。
新しい歴史教科書をつくる会の教科書は、今年は採用されなかったけれども、この会は「4年後をめざす」と声明を出しています。私たちも継続した運動をしないといけない。教科書採択は地方自治体の教育委員会が決めます。東京都は石原慎太郎自身、新しい歴史教科書をつくる会の呼びかけ人の一人ですから、教育委員長を変えて養護学校に採用させた。愛媛もそうです。
まさに政治的な謀略をやっているわけです。国会の中で後退した問題は地方自治体や私たちの暮らしに直接関係してきます。この運動も重要です。もっと続けていかないといけないと思っている時に、教科書の上では後退するということになりました。
しかし運動や闘いが面白いと思うのは、一方で潰されるけれども、もちろんそれに抵抗しないといけないけれども、他方で進んでいることもあります。すべてがだめと見てはいけない。私たちの運動が国際的に大きく前進しています。
慰安婦問題を含めて、戦争時の女性への性的奴隷を許さないという運動が国際社会の中にどんどん広がっている。植民地支配で受けた人権侵害について、加害国はちゃんと謝罪をしないといけない。経済的にも償わないといけないと、8月終わりから9月、南アフリカのダーバンで開かれた世界反差別会議、反人種主義と言っていましたが、その中でテーマになりました。ヨーロッパやアメリカの植民地の問題です。今の中東問題はヨーロッパやアメリカの植民地問題でもあります。多くの人たちが奴隷として売られ、大変な抑圧を受けてきた。そのことに対して反省し、謝罪をすべきだと。
女性の権利を守る戦いとは
これに対するアメリカやヨーロッパの論調を聞いていると、私が国会で言われたのと全く同じなんですね。「自分たちが植民地にしたことで、その国は発展した」。国会でも植民地に対する責任と反省と言うと「いや、日本は朝鮮半島を植民地にしたお蔭で朝鮮半島は繁栄した」と言う。支配者や抑圧者が自分たちを正当化する論理は世界中同じです。
これをどう破っていくか。私たちの新しい運動が起きています。遂に国連の世界会議で、植民地支配に対する問題が議論になりました。アメリカやヨーロッパの抵抗で謝罪まではいかなかったけれど、この問題を今後も取り上げていくこと、何らかの形で償わないといけないという方向に向かいました。一度に成功しないかもしれないけれども、それが議題となり、世界の共通の課題になってきたことは一歩前進です。
戦争時、女性が兵士に強姦されるのがあたりまえのようになっているのは人間に対する犯罪であり、女性の性は女性の人格そのものですから、それを奪う女性に対する暴力をなすべきだという私たちの主張が、遂に世界で「女性への暴力撤廃宣言」になり、日本国内では「家内暴力禁止の法律」をつくりました。さらに戦争時における女性に対する暴力を禁止する法律が世界的な流れになっています。
韓国の女性、北朝鮮の女性たちがジュネーブの人権委員会に出て、その問題を被害者の立場から、日本のやった犯罪を問題提起しました。これが1993年、世界人権会議で「女性に対する暴力撤廃宣言」になりました。99年には、ユーゴのコソボ紛争で、女性たちが相手国軍隊から強姦され、子どもを生まされるという事実が国際法廷で裁かれています。これは人道に対する罪、戦争犯罪であるという位置づけです。日本の慰安婦問題から始まり、国際的な人権規範になった。その流れは決して後戻りできないと思います。大きな前進は一方である。
しかし日本国内のありようは慰安婦問題についても、まだ完全な賠償をしていません。そして植民地支配による朝鮮民族に対する真からの謝罪も行われていない。これは日本の中でやらないといけない大きなテーマです。これからの闘いです、教科書問題も含めて。そういう意味で、私はこの問題をやり抜いていきたいという強い思いもありましたから、今度の選挙でも闘い抜いて、これを絶対につくりあげたいと思っていたんです。
その他の国会活動としては、いろんな法律をつくりました。医療問題で、患者のための法律をつくったり、子どもの買春問題、人身売買を禁止する法律をつくりました。今年12月、横浜で世界会議が開かれます。188 ヶ国から来る。NGOも800 人も申し込みがある。遂に政府に会議をやらせることができた。私が主催者になるはずでしたが、議員じゃないので悔しい思いをしていますが、日本で遂に会議を開けることは大きな意味を持つと思います。私は今度の選挙にはどうしても勝ち抜きたい。
やり残した問題を何とか6年の間にやっていきたいと思っていました。それができなかったことは悔しい思いをしていますが、これからも運動の中で、このことを皆と一緒に実現させていきたいと思っています。ぜひ一緒にやっていただきたいと思います。
7月30日に選挙の結果が出ました。落ちたら2日間で全部事務所を明け渡してくださいというんです。引っ越しを2日間でしました。書類や手続で大変でした。家の近くのマンションの1部屋を借り、ごみも含めてそのままトラックで運んでもらいました。その書類を今、整理していますが、戦後補償の問題で防衛庁の図書館から軍隊の慰安婦問題の資料が見つかるまで、国は「ない、ない」と言うわけです。それでアメリカの公文書関係からとってきたものが山ほどあります。それをきちんと勉強して、もう一度、日本の戦後がおろそかにしてきた歴史認識を振り返らないといけないと思っています。
アメリカの報復戦争は許されるのか
そういう作業を始めている時に、9月11日、アメリカの貿易センターに同時多発テロが起きました。事態が大変な変化をしてしまいました。あの瞬間、いろんなことを重ね合わせて見ていました。体ごと突っ込む、神風特攻隊の差し迫った、追い詰められた気持ち、日本の特攻隊とは違いますが、若者がそういう形で自分の体もろとも、乗客も含めてですから大変ですが、衝撃的な思いで見ていました。
アメリカのブッシュ大統領は、直後、「これは戦争だ」と言いましたね。しかしテロと戦争は違います。戦争は国家によって起こされ、国家と国家で戦闘行為をする。テロですから犯人もまだはっきりわからない。アメリカだけが「わかっている」と言う。それに対していきなり「報復」という言葉が出てきました。誰に報復するのか。
テレビも朝から晩までそれを報道する。皆、あたりまえのように「報復」という言葉を使います。あの事件は大変なことだと思いましたが、不謹慎かもしれないけれども、内心「やった」と思ったんです。テロは絶対反対です。しかしなぜ貿易センターが狙われたか。実に見事に今の時代の的を射たと思います。なぜアメリカが狙われたのか。
ジェノバで起きた反グローバリズムのデモで若者が亡くなっていますが、あの闘いと関係していると思いましたね。21世紀の最初に起きた事件は、反グローバリズムの問題をどう認識するかが大事で、そこをきちんとしないと危ないという気がしました。アメリカは世界の経済を一極集中している。
アメリカは借金している国なのにね、世界中ドルですから、ドルの計算でやるから得をする。世界中の富を一極にアメリカに集中している。ITを握っているのもアメリカです。そこから外れるのは、今まで植民地にされてきたアフリカや中東など遅れた国です。貧困も置き去りにされている。日本の小泉さんも弱い者を置き去りにします。
「痛みを覚悟しろ」と言います。しかし痛みどころか、生きることもできないのがアフリカなどの最貧国です。そこはヨーロッパの植民地だった。中央アジア、アフガンもそうです。中東もヨーロッパのキリスト教徒が、ヨーロッパの植民地にするために争奪戦をやって支配した国です。中東やアフリカの国境はヨーロッパの大国がつくった線です。私たちは隣の朝鮮のことすらよく勉強しない悪い癖がありますが、中東になるともっとわからない。
テロが起きる背景は何か。もともとそこに住んでいた人たちを追い出し、ユダヤ人を移住させたことにも一因があると思います。ユダヤ人の国をつくることを提唱したのはアメリカとイギリスです。シオニズム運動を主唱し、そこに住んでいたパレスチナの人たちを追い出し、イスラエルをつくった。イスラエルは核兵器を持っているが、これについて誰も問題にしない。北朝鮮の方は「核疑惑」と言われ、「テロ国家」だの「ならず者国家」だと言われる。
中東地域でヨーロッパは全部、脛に疵を持つ国ばかりです。自分たちが植民地にし、分割して国に名前をつけた。住んでいる人たちがつくった国境ではない。これを支配してきたのはアメリカです。アメリカの一国支配で、世界中を自分の論理でアメリカン・スタンダードで世界を動かす。中東はいつも民族紛争や流血が起きる。
これに対して先進国は手を出さないでしょう。パレスチナとイスラエルが対立するとパレスチナの方が悪いように言われる。イスラエルに国家をむりやりつくり、アメリカや先進国から支援されている。イスラエルが強硬なことをやっても、そっちの方は批判されない。そういうことに対する抵抗が生まれる。だからアメリカの富が集中している貿易センターを狙った。ITの中心です。
グローバル経済の象徴であるところに対して発展途上国や抑圧された国々が、この論理と政策に対する攻撃をしたと思いました。時代が、歴史が、我々に今、そのことについてじっくり考えないといけないと言っていると思いましたね。しかし毎日のテレビはひどいことを言っていますね。「2000年前から中東は宗教戦争があったのだ」とか。そんな問題ではない。宗教的対立ではなく、アメリカやヨーロッパの政治的な政策の間違いなんですよ。かつての植民地支配の問題が全然整理されていない。悪の上乗せになっている。日本と北朝鮮問題の問題とよく似ています。
日本は東チモールに集団的自衛権で自衛隊派遣をしたいとやっている時だから、これはすぐ集団的自衛権行使になるのではないかと思っていたら案の定「戦争に対する後方支援」「報復支援」という、論理を超えた、憲法を超えた政策がどんどん出てきました。今度の臨時国会では、その法律が通るでしょうね。残念ながらこの間の参議院選挙で、それを支持する多数派が国会を支配している。野党にもっと頑張ってほしい。民主党は支持はするが、「国連の決議がいる」と言っていますが、アメリカは国連で決議させたりしない。国連は戦争と言っていない、テロだと言っていますから。
朝日新聞のマンガで「一体、敵は個人ですか、組織ですか、国家ですか。さあ誰でしょう」と載っていました。国家が武力行使をする。国家が戦闘行為をする。最も強大な国アメリカがやる。それに皆が協力する。日本までも。日本は前の湾岸戦争で「お金だけを出して血を流さなかった。あれで恥をかいた」と言いますが、恥じゃない、あれは誇りではないですか。武力行使に手を貸さない。日本に何ができるかという独自性を出すのが憲法です。憲法の精神、今こそ憲法が問われていると思います。
憲法を守る戦いとは
「憲法を守る」と言っていればいいのではない。もう一度、皆さん、前文を読んでいただきたいと思います。前文は「日本の国の主権者は国民である」ということから始まります。しかし国民の合意も何もないところで、どんどん決まっていく。主権者が無視され、合意もない、発言もしない。憲法を守れるどころではない。私たち自ら自分たちの行動で、憲法をどう実現するかが重要です。
「すべの人々は貧困と欠乏から免れる、平和的に生きる権利を持っている」。すべての世界の人々も私たちも平和に生きる権利を確保しないといけない。あのまま軍事行動をしたら、もちろん兵隊は傷つくでしょう。しかし一番傷つくのは市民ですよ、弱い人たちですよ。戦争ってそういうものです。毎日、毎日が怖いし、心配です。だってアフガニスタンの中から逃げ出せるのはお金持ちだけです。お金もなく、行くところもない一般の貧しい人たちが爆撃される。一番被害を受けるのは罪のない人たちではないですか。戦争の論理はそういうものです。女性、高齢者、子どもが最初の被害者になります。
何としてもこの戦争を阻止しないといけない。テロをなくすことはやらないといけないと思いますが、しかし軍事的に武力行使でやることしか手段がないのかどうか。原因になっている問題について、早く国際会議を開くべきです。
なんで国連を開かないのか。国連を開けば中国もロシアも武力行使に反対するだろうと、アメリカは開かない方が自分の主張が通ると思っている。しかし早く国際会議を開いて、抑圧や不満、多くの富が一ヶ所に集中し、後の人たちはどんなに働いても生活できないことの問題点を明らかにする。誰が収奪しているのか。
アメリカを中心にした世界の先進国です。そのシステムをどう変えていくかということがなければ、21世紀を皆が安全に暮らすことはできない。
イスラムというと全部悪者みたいな、朝鮮に何か起きるとチマチョゴリを攻撃するのと同じことが起きています、アメリカ国内で。そういう差別が起こる。すべてを断定してしまう、人権思想がどんどん後退し、憎悪と敵対、差別があたりまえになっていく。これは人間の社会として後退した社会です。まさに平和に反することです。
平和を求めて声をあげなければ
皆が平和に共存する権利を日本の憲法はきちんと前文に持っている。そこを実行しろと言っていくべきです。日本だけは中東を植民地にしたことはまだありません。アメリカも疵を持っています。ヨーロッパはなお入れません。日本は経済援助したりしています。日本はあの地域に行って、「テロをなくそう」と話をしたり、戦争が始まらないように外交をすることが憲法の理念に沿う政治的役割だと思うんです。
「憲法を守る」というのは何条を守るということではなく、具体的な現実に対してどう対応をしていくかということです。21世紀に世界の人たちにこの憲法がすばらしいこということを実証していく。私たち自身、誇りを持てる憲法にしていくことが、今、試されている。まさにその時ではないかと思っております。
もう一度、歴史を見直すことが必要だと思います。中央アジアの歴史をもう一度、勉強し直して皆で読んでみましょう。それはなぜかというと、この間、ブッシュさんが「アメリカが報復する。今度の戦争は十字軍だ」と言ったわけです。
日本も「かつての戦争は正義の戦争だった。正しかった」と言うのと同じです。十字軍というのは中世の時代、ヨーロッパのキリスト教徒たちがエルサレムを自分たちの聖地だと言い、あの地域を制覇するために遠征軍を出した。これを十字軍と言った。中東は自分たちが支配する地域だという発想と重なっています。
アラブ諸国は怒っています。聖職者会議で「ブッシュが十字軍と言ったのは、我々アラブに対する侮辱だ。お前たちが我々を支配する言葉だ」と抗議しました。ブッシュが「戦争だ」と言い、日本が「全面的にアメリカを支援する」と言う。「後方支援だ」と。アメリカがやると言えば、日本は後方支援する。全然、主体的ではない。こんな危ないことを言う。相手がこうだというと、何でも協力していく。日本の歴史上、こんな政治家はいないのではないかと思いますが、そういう首相の判断に批判の声が起きない。危ないことだと思っています。
誰かが反対するだろうと思っていてはいけない。自分のできることからやる。ファックスであれ、手紙であれ、NHKにも抗議の電話をかけるとか、「これは間違っている」と日本の中で世論が巻き起こるような行動を起こさないといけない。テロの翌日、アメリカの戦争抵抗者連盟から早速ファックスが来ました。これは古い団体で、ベトナム戦争の時に、徴兵を拒否したグループです。あまり行動的ではなかった、その連盟が「アメリカはテロを憎む。しかしその報復では解決できない。まして軍事的行動では解決できない。アメリカがやることは、世界の国々の経済に対してどうやって公平な分配ができるかという問題にもっと心を砕き、新しい政策に取り組むことだ。皆があの人たちと共生して生きられる世界をつくる責任がある。そういう問題を抜きにしていきなり軍事的な武力行使で報復ということを我々は拒否する」という声明です。
アメリカの中でも90%がブッシュに賛成している。どこの国でも愛国精神とかワーッと盛り上げられてくるんですね。国威発揚で星条旗が売れている。そういう中でも少しずつ反戦の動きが起きてきています。アメリカだけでなく、世界の人たちと連帯する。情報社会ですから、ネットワークをやっていけばいい、インターネットを使って。
私は「アジアの平和と女性の役割実行委員会」の実行委員をしています。これは、かつて南北に分断されていた朝鮮半島の女性たちと日本の女性たちが、戦後初めて再開する場をつくった会です。そこに三木睦子さんも入り、大鷹淑子さんも入っている。その会を90年につくりました。その会にすぐ呼びかけました、行動しようと。
アジアの平和は朝鮮半島だけではない、まして中央アジアに起きている。日本は石油でお世話になっている国だけど、日本が何ら戦争をしかける必要のないところに、日本自身が戦争をすると言う。自衛隊法を改正して米軍を守るそうですね。警察を超えた治安ということです。これから在日朝鮮人、在日外国人、北朝鮮に対して「テロ国家」ということで、これから朝鮮の問題がどんどん使われていくことを心配しています。
今、私たちがなすべきことは軍事的な行動ではない。日本の憲法の理念を今こそ生かすべきです。それを具体的に提起しながら、国会へ声を挙げ、社会的な世論をつくり出していく。社会的な世論が起きればマスコミもまともになります。そういう行動を呼びかけるために、10月26日、会議を予定しています。あらゆる女性団体、「戦争への路を許さない女たちの会」など、いろんな会に呼びかけ、声明を出し、運動を展開しようと。29、30日には「朝鮮女性と連帯する会」の全国大会を開きます。そこにも提起して、全国でこの運動を広げようと。皆さん方も取り組んでいただきたいと思います。
私は国会の外でも一生懸命頑張っています。人権、平和、憲法、まさにグローバルな時代の中で、この問題に取り組んでいきたいと思います。それが日本の私たち自身に今、一番、試されていることだと思います。一緒に頑張っていただきたいと思います。
(2001年9月22日 日朝友好京都・おんなの集い 講演記録より
見出しは編集部でつけさせて頂きました。 文責 編集部)