FC 第二節「消えたエヴァンゲリオン」
第二十一話 家族ということ ~さよなら、また会う日まで~
<ボース地方 川蝉亭 ロビー>
エステル達が川蝉亭に到着した頃には、すっかりと日が暮れていた。
湖畔に建った川蝉亭を見たエステルは感心した様子でため息をもらす。
「へえ、良い感じの宿屋じゃない。こんな所で一日のんびりと過ごしてみたいね」
「アタシも前にパパと泊まった時はゆっくりできなかったわね」
アスカもそう言って少し寂しそうにため息をついた。
「空賊の仲間が現われなかったら、何泊かしても良いってルグランさんが言ってたよね」
「じゃあ、あたしは釣りしたいな!」
シンジの言葉に目を輝かせてエステルは笑顔になった。
「エステル、僕達は張り込みをしに来ているんだよ」
「釣りに夢中になって、空賊の仲間がすぐ側を通っても気付かないって事がありそうだね」
「あたしだって分かってるわよ」
渋い顔をしたヨシュアと、ジョゼットに言われてエステルは口をとがらせた。
川蝉亭の中に足を踏み入れると、カウンターから女将に声を掛けられる。
女将がカシウスと一緒に泊まったシンジとアスカの事を覚えていると告げると、シンジとアスカは驚いた。
そして今度はエステルがカシウスの実の娘と名乗ると、女将は嬉しそうに主人である兄に声を掛ける。
話によると川蝉亭は何回もカシウスによって助けられたらしい。
エヴァ初号機と弐号機がヴァレリア湖に落ちた後、軍による調査でしばらくの間湖が立ち入り禁止となり、川蝉亭の営業も危うくなった。
しかし、カシウスはシンジとアスカを軍の目から反らすために利用した半魚人の話をさらに宣伝に使ったのだ。
シンジ達が逃げのびた後も軍はエヴァの調査を続けていた。
そこで軍は弐号機に残された紅茶色の髪、つまりアスカの毛髪を見つけてしまったのだ。
半魚人の正体は長い髪をした女性と言うウワサが広まり、もしかして同じ色の髪を持つ女性達、ひいてはアスカに追及の手が伸びるかもしれないと心配したカシウス。
カシウスは自分の知名度を利用してヴァレリア湖には美しい人魚が住んでいると、新たなウワサを広めた。
すると、魚料理や湖で釣りができなくても良いから川蝉亭に泊まりたいと言う観光客が途切れる事は無かった。
不気味な半魚人と美しい人魚のウワサは格好の客寄せになったのだった。
しかも、度々半魚人などの目撃談もあってにぎわっているらしい。
そんな経緯もあって、カシウスの家族であるエステル達は大歓迎を受けた。
「あんまり目立ちたくないんだけどな、遊撃士がここで見張っているとばれてしまうと来ないだろうし……」
「だから、遊びに来たって演技をすればいいんだよ!」
「エステルは本気で遊んじゃうでしょ」
困った顔でつぶやいたヨシュアにエステルが笑顔で話し掛けると、アスカはあきれた顔でため息をつきながらツッコミを入れた。
「でも、少しぐらいなら構わないんじゃないかな、ここで釣りが出来ないのはかわいそうだし」
「シンジってば優しい!」
「うぷっ!」
突然エステルに抱きかかえられて、シンジは目を白黒させた。
「ちょっとエステル、シンジに何をするのよ!」
アスカは思いっきりシンジの髪を引っ張って、シンジの身体をエステルから引き離そうとした。
「痛い、髪の毛が抜けちゃうよ!」
「アスカ、それはやりすぎだよ」
ヨシュアが慌ててアスカを止めようとした。
「にぎやかだね、あんた達は……」
ジョゼットは騒ぐエステル達を見てため息をついた。
そしてエステル達は泊まろうと女将に話を聞くと、驚いた。
なんと遊撃士4人が泊まると遊撃士協会のルグラン老人から予約が入っていたらしい。
「ずいぶんと手回しがいいのね」
「でも、今の僕達はジョゼットを入れて5人だよ?」
「そう言えばそうね」
感心したようにつぶやいたアスカだが、シンジの言葉を聞いて首をかしげた。
「きっと、アジトを見つけた時にもう事件は解決したと思ったんだろうね」
「そっか……」
ヨシュアの推測を聞いて、エステルは悲しそうにつぶやいた。
幸い、最近は半魚人や人魚などのブームも落ち着いたとの事で、ジョゼットの部屋もとる事が出来た。
他に泊まっている客は釣り人だけだと言う。
「じゃあ、とりあえず夕食を食べた後、その釣り人のお客さんに何か見ていないか話を聞いてみようか」
「そうしようか」
ヨシュアの提案にシンジ達はうなずいた。
「そうと決まったら、ご飯ご飯!」
「その前に荷物を部屋に置いてこないと」
「あたし、お腹が空き過ぎてペコペコ」
そう言ってエステルはロビーの椅子に座りこんだ。
「仕方無いな」
ヨシュアはそう言ってエステルの荷物を手に取った。
それを見たシンジもアスカの荷物を運ぼうとする。
「ありがとう、シンジ」
アスカは笑顔でシンジにお礼を言う。
「ヨシュアもシンジも、甘いんだから」
ジョゼットは少しうらやましそうにつぶやいた。
エステル達は川蝉亭の主人の青年が作った鮮魚料理をおいしく食べた。
主人は湖への立ち入り禁止規制が解除されてエステル達に新鮮な魚の料理をご馳走できて嬉しいと話した。
軍による規制が解除された理由は、湖に不時着した巨大な物体を移動させる事が出来たからだと主人が話すと、シンジとアスカは驚いて持っていた茶碗を落とした。
「どうしたの2人とも、そんなに驚いちゃって?」
「あっ、えっと別に何でもないわ……」
「そ、そうだよ……」
エヴァの事を話すわけにもいかないアスカとシンジはエステルにごまかし笑いを返した。
アスカはシンジにそっと耳打ちをする。
「どういう事? エヴァはアタシ達にしか動かせないはずなのに」
「僕に聞かれても解らないよ」
自分達以外にエヴァを動かすのは不可能だと思っていたアスカとシンジのショックは大きかった。
「2人とも顔色が悪いけど、お腹でも痛くなったの?」
エステルが大声でそう言うと、調理をした川蝉亭の主人まで慌ててアスカとシンジの方を見た。
「そんな事無いわよ、ねえシンジ?」
「うん、料理はとってもおいしいよ」
アスカとシンジは元気に勢い良く料理を口に運んだ。
エステル達が食事を続けていると、宿泊客の中年の男性2人組が釣りから戻って来た。
話を聞くためにもエステルがさりげなく笑顔で声を掛けると、男性達も笑顔であいさつを返した。
釣りから戻って来た中年の男性達は、街で話を聞いたクワノ老人の釣り仲間だと言う。
エステル達はさっそく半魚人の目撃談について尋ねる。
しかし彼らは怪しい人影については見かけてはいないと答えた。
最近はほとんど半魚人の目撃談は減っていて、クワノ老人が久しぶりに半魚人を目撃したと話しているようだった。
「これじゃあ、空賊の手掛かりは期待できないわね」
「いいじゃないか、ルグランさんは僕達を休ませようと思ってきっと川蝉亭を予約してくれたんだろうし」
悔しそうにため息をついたアスカをシンジがそう言って慰めた。
「それに僕は姿を消していた人影が再び目撃されたのも気になるよ」
「最近アジトを移したばかりの空賊達がここをうろついているって事?」
「そう思っている」
アスカの言葉に、ヨシュアはうなずいた。
<ボース地方 川蝉亭 エステルの部屋>
夕食をとった後、エステルとアスカ、ジョゼットは4人部屋に、ヨシュアとシンジは2人部屋に別れて寝る事になった。
「まったく、あんた達と一緒の部屋で寝るとは想像もつかなかったよ」
「あたしもね」
ジョゼットがつぶやくと、エステルは笑顔でそう言った。
「じゃあ、今日は寝るまでたくさん話をしようよ」
「どうしてそうなるのさ?」
笑顔でエステルがそう宣言すると、ジョゼットは疑うような顔で聞き返した。
「だって、あたし達は仲間になるんだからさ、ねえアスカ?」
「う、うん……」
アスカはとまどいながらもエステルの言葉を肯定した。
そんなエステルとアスカの態度に気を許したのか、ジョゼットはゆっくりと自分の事を話し出した。
ジョゼットの兄妹はエレボニア帝国で暮らしていた貴族の一家だった。
しかし、家を継いだ長男のドルンが悪い商人に騙されてしまい、代々受け継いだ財産を奪われさらに借金まで背負ってしまった。
邸宅を追い出されたジョゼット達兄妹は空賊をして暮らして行くしか道が残されて居なかった。
空賊の男達の中で紅一点のジョゼットは勝ち気に振る舞う性格になって行った。
最初は退屈そうにジョゼットの話を聞いていたアスカも、だんだんと真剣に話に耳を傾けるようになった。
ジョゼットの生い立ちが自分と似ているように思って来たからだ。
小さい頃のアスカは、母親に甘えてばかりの少女だった。
母親が居なくなって、アスカは一人で生きて行く決意を固めて自分の性格を強い自分に変えて行った。
「じゃあ、ジョゼットって貴族のお嬢様だったんだ」
「でも、あのまま暮らしていても屋敷での生活が退屈で外に出て行ったかもしれないけどね」
エステルにそう答えるジョゼットの姿を見てアスカは思った。
自分も、母親が側にいても性格は今とあまり変わらなかったかもしれない。
そう思うと、自然と笑いがこぼれた。
「あーっ、ボクにお嬢様なんて似合わないって笑ったな」
「それは違うわよ」
アスカはジョゼットの誤解を解くために自分の事も話した。
小さい頃に母親と死に別れてしまった事。
もちろん、エヴァ関係の話はジョゼットに明かしても理解されないだろうと言う事で適当にごまかした。
アスカの話をジョセットは感心したように聞いていた。
そして、エステル達が話し込んでいる間にすっかりと夜も遅くなってしまったので、エステル達は眠る事にした。
「ドルン兄、ボクはもういらないの……?」
エステルとアスカが寝静まった後、ジョゼットは目に涙を浮かべて悲しげにつぶやいた。
泣き疲れたジョゼットはそのまま眠りについた。
<ボース地方 川蝉亭 湖畔の桟橋>
翌朝、目を覚ましたジョゼットが上げた大きな叫び声によって川蝉亭は騒然となった。
血相を変えたヨシュア達がエステル達の部屋に入ると、パジャマ姿のエステルがごまかし笑いを浮かべながら謝った。
ジョゼットが息苦しさを感じて目を覚ますと、寝ているエステルに抱き締められていたのだ。
「寝る前にね、ジョゼットの方を見たら寂しそうに泣いていたから、慰めようと一緒のベッドに潜り込んだの」
「何でそんな慰め方するんだよ、もしかして同性の子が好きだとか!?」
エステルの言葉にジョゼットは引いた感じで尋ねた。
しかし、エステルは首を横に振って否定する。
「どんなに寂しくてもね、父さんに抱きしめてもらうと安心したんだ」
「あんたの親父って、ロリコンじゃないよね」
笑顔でキッパリと言い切るエステルに、ジョゼットは少しあきれたようにため息をついた。
朝食の後、エステル達は釣りを楽しむ事にした。
もちろん、空賊達が現れないか警戒するため、誰かが見張りをする必要はあった。
そこで、アスカはヨシュアを誘って見張り役に立候補した。
アスカはヨシュアを連れて人気の無い外れの桟橋までやって来た。
ここは背の高い木の壁に隠れて、川蝉亭の1階で釣りをしているエステル達からは見る事は出来ない。
「こんな所まで連れてくるなんて、何の話だい?」
「察しはついているんでしょう?」
ヨシュアに尋ねられて、アスカは聞き返した。
「……僕の過去の素性についてだね」
「アンタからは危険な予感がするのよ」
「君の言う事は正しいよ。だから、僕は父さんに誓いを立てたんだ、僕のせいで君達に迷惑を掛ける事が分かったら、姿を消すって」
「えっ!?」
思わずアスカは驚きの声を上げた。
「だから、君がすぐに立ち去れと言えば明日には姿を消すよ」
ヨシュアの言葉を聞いたアスカは真っ青な顔になってヨシュアを引き止める。
「アタシ、そこまでは言ってないわよ!」
そこへ慌てた様子のシンジが、エステルとジョゼットを連れてやって来た。
2人が姿を消した事が気になったシンジ達は木の壁の陰で話を聞いていたのだ。
シンジ達の姿に気がついたアスカが声を掛ける。
「シンジ大変よ、ヨシュアが!」
「アスカ、どうしてヨシュアを疑う事を言ったんだよ!」
「アタシは、ちょっとヨシュアの事が気になっただけよ……」
怒りをあらわにするシンジに、アスカも泣きそうな顔になって弱々しく言い訳をした。
そして、アスカは少し暗い表情でうつむいているエステルに尋ねる。
「ねえ、どうしてエステルはヨシュアの事をよく知らないのにずっと一緒に居られたの?」
「だって、家族なんだから当然じゃない」
アスカの質問にエステルは顔を上げて晴れやかな笑顔で断言した。
「あたしってば、父さんの事も良く分かっていないのよね。でも、同じ家で一緒にご飯を食べたり寝たりしていると、食べ物の好みとか、何気ないクセとか、そう言うものが分かりあえるようになってくる。だから、あたしはヨシュアが自分から話したいって言わない限り、聞かないって決めたんだ」
「エステル、君の心の広さには感心するよ」
ヨシュアはそうつぶやいて目に嬉し涙を浮かべてエステルを見つめた。
「日本にもさ、『同じ釜の飯をくう』って言葉があるんだ。同じ家で生活して、同じ釜で炊いたご飯を分け合って過ごす事が家族じゃないのかな」
シンジは気まずそうな表情でうつむいたアスカにそっと言葉を掛けた。
「それに僕達だってエヴァの関係で誰かに狙われる事はあるんだよ」
シンジがさらに付け加えて言った言葉に、アスカは目を見開いて息を飲む。
「そうだったわ、アタシは勘違いしていたみたい。アタシ達もヨシュアと同じ立場だったわね」
アスカはそう言ってヨシュアに向かって頭を下げて謝った。
ヨシュアもエステル達に謝って場の雰囲気は何とか和やかなものに戻った。
「家族か……ボクも離れ離れになるのは嫌だよ……」
ジョゼットはそんなエステル達の姿を見て、悲しそうにつぶやいた。
<ボースの街 遊撃士協会>
和やかな雰囲気へと戻ったエステル達は、その後川蝉亭で釣りなどをして思いっきり楽しんだ。
しかしそんなエステル達の所へ驚くべき報告が舞い込んで来た。
なんとリシャール大佐率いるリベール王国軍情報部の部隊が、空賊達のアジトに踏み込んでドルンや空賊達を残らず捕まえたと言うのだ!
エステル達はすぐにボースの街へと戻り、ルグラン老人から詳しい事件解決の内容を聞いた。
空賊達が逮捕された場所が湖の近くだったと聞くと、アスカはかなり悔しそうな顔になる。
「どうしてよ、アタシ達の方が近くに居たのに!」
「確かにおかしな話ですね」
ヨシュアもアスカの言葉に同意するように、あごに手をやって考え込むような仕草をした。
「僕達が行った時には王国軍の兵士も、リシャール大佐達も居なかったのに」
「あたし達はずっと川蝉亭に居たけど、来なかったよね」
シンジとエステルも疑問の声を上げた。
「考えられるのは、情報部がかなり以前から新しいアジトの場所を知っていたと言う事じゃな」
「あたし達がクワノのおじいさんから話を聞く前から?」
「うむ、情報部の事じゃ、スパイ活動などもしていたのかもしれんな」
エステルの質問にルグラン老人はうなずいてその様な推測を話した。
「もしかして情報部のスパイって、前の空賊アジトで捕まっていたアタシ達を逃がしてくれた、あの黒い服の兵士?」
「あの人は情報部の隊員だったのか」
アスカの言葉に、シンジはそうつぶやいた。
「だとしたら許せない」
ジョゼットが悔しそうにつぶやくと、ジョゼットに全員の視線が集まった。
「だって、ボク達に宝石を盗んだりするように勧めて来たのはあの黒い服のやつなんだよ! それからドルン兄達もおかしくなっちゃったし」
「それって、リシャール大佐が空賊達に事件を起こさせて、自分達で解決して手柄にしたって事なの?」
ジョゼットの叫びを聞いたアスカがそう言葉をもらした。
「これ2人とも、めったな事を言うんじゃない」
「そうだよ、あの黒い服の人が情報部の人だって決まったわけじゃないんだから」
ルグラン老人の言葉に、シンジも同意してそう言った。
「それで、空賊達はどうなるんですか?」
「うむ、情報部によってレイストン要塞に連れていかれる事になっておる」
「あのさ……」
ヨシュアとルグラン老人のやり取りを聞いたジョゼットが声を上げる。
「ボクもレイストン要塞に行きたいんだけど」
「それって、自習するって事!?」
「どうして?」
ジョゼットの言葉を聞いたアスカとエステルが驚きの声を上げた。
「ドルン兄やキール兄が捕まっているのに、同じ罪を犯したボクだけがこうしているわけにはいかないよ。それに、一緒に居たいんだ。‘家族‘だからさ」
エステル達にはジョゼットの気持ちは良く分かった。
それだけに、ジョゼットを引き止める言葉はかけられなかった。
「エステルやアスカ達と一緒にこのままリベール王国を一緒に旅を出来たらどんなに楽しいだろうなって、考えたりもしたよ!」
「……うん、わかってるよ」
エステルはジョゼットの方に手を置いてそう答えた。
「だから、待っているよ」
「えっ?」
エステルの言葉に、ジョゼットは驚きの声を上げる。
「ジョゼットが罪を償って、出て来る日まで待っているから」
「うん、ありがとう……」
アスカも笑顔でそう話し掛けると、ジョゼットは嬉し涙を一杯流した。
そしてジョゼットはエステル達に伴われて、モルガン将軍の居るハーケン門に自首をしに行った。
「やっぱり、遠く離れた家族って心配だよね」
「うん、どこにいるのかな、父さん」
ヨシュアの言葉にうなずいて、エステルは不安そうな眼差しでハーケン門の向こうに広がるエレボニア帝国へ視線を向けた。
「シェラ姉がきっと突き止めてくれるから、アタシ達はパパの無事を信じて待ちましょう」
「うん、そうだね!」
アスカが励ますと、エステルは元気を取り戻して笑顔でうなずいた。
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