公務員として「脇の甘さ」はあるが‥‥
いま思うと、そのとき、筆者は「これは大変なことになる」と直感した。内容は正論であっても、現職の自衛隊トップが書いたとなれば、ただでは済まない。政治取材の経験からとっさにそう思ったのだが、その時点で田母神氏に受賞辞退を申し入れるなどという失敬なことはできない。田母神氏はそれなりの覚悟を持って書いたのである。田母神氏自身もその後の記者会見で述べていたが、もうこういう論議が許される時代になったのではないかという期待感もあった。
だが、そうはいかなかった。その後の展開は周知の通りである。30年前の故栗栖弘臣・統幕議長(当時)が自衛隊法の欠陥を指摘した「超法規発言」の再現といえた。
この騒ぎによって、麻生政権は厄介な問題を背負い込むことになり、防衛省にも多大な迷惑をかけた。そうしたことを考えれば、田母神氏の公務員としての「脇の甘さ」を非難するのはたやすい。だが、ここは田母神氏が訴えたかったことに真摯(しんし)に向かい合いたいと思う。
田母神氏の論文は一言で言えば、いつまでも「自虐史観」「東京裁判史観」にとらわれているような実態から脱却して、先の戦争をもっと多面的に見つめなおそうではないか、日本が悪逆非道なことばかりしてきたとされるような一面的な歴史観を克服しようではないか、といった点に尽きる。これは既に保守系論客の多くが主張してきたことであった。
論文の中で使われている歴史的事実などに異論をさしはさむ向きはある。正直いって、審査の過程でもそのことは話題になった。だが、総体として、田母神氏が真っ向から「日本は侵略国家の濡れ衣を着せられている」と問いかけたことを重視したのであった。
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