赤坂署の警官側、不正支出認める 原告の都民「勝訴」

 公金返還訴訟97.10.08
夕刊 17頁 1社 写図無 (全1227字)

警視庁赤坂署の防犯課が参考人への日当など架空の名目で違法に公金を支出したとして、東京都民が一九九三年当時の署長ら幹部七人を相手に計四十二万七千円を都に返還するよう求めていた訴訟で、被告の全員が八日、東京地裁で開かれた口頭弁論の席上、違法支出に伴う返還義務があることを認めた。これにより訴訟は終了して原告側の勝訴と同様の効力が生じ、被告側は問題の約四十三万円を都に返還することになる。

原告側によると、公金の不正支出が指摘された訴訟で、被告側が請求を認めたケースは
極めて珍しいという。原告側は業務上横領容疑での刑事告発を検討している。原
告は、三鷹市の著述業今井亮一さん。訴えによると、九三年一月から同年十月の
赤坂署防犯課の「参考人呼出簿」には、延べ五十四人を参考人として出頭しても
らい、うち延べ四十四人に少なくとも計四十三万円の旅費・日当を支給したよう
に記載されている。しかし、この四十四人のうち住民票などで所在を確認できた
人は七人しかおらず、七人のうち五人は支給を受けていなかった。このため、原
告側は参考人に支払われたことが確認された三千円を差し引いた四十二万七千円
が違法な支出にあたる、と主張してきた。

この問題は、フリーのジャーナリストの調査結果が雑誌に掲載され、この記事で問題を知った今井さんは昨年五月、東京都監査委員に監査を請求した。ところが、監査委員は同年六月、「調査を実施
した場合、参考人の秘密が害される恐れがある」として申し立てを却下した。こ
れを受けて今井さんは同年七月、提訴。被告側は「不適法な訴え」と主張して却
下を求めていた。しかし、被告側はその後、姿勢を転換し、住民側の請求に沿う
かたちで、今年一月までに、四十三万円余を都に支払った。被告側は支払いの理
由について、準備書面の中で「適法に支出したことを立証するためには、捜査上
の秘密などを公にすることになる。地方公務員法の守秘義務に違背し、参考人の
個人の秘密をも侵害する」と説明していた。原告側代理人によると、裁判所はこ
れに納得せず、支払いの法的根拠を明らかにするよう求めたが、明確な説明はな
かったという。



一方、原告側はこの日の口頭弁論で、「日当は受け取っていな
い」という参考人の陳述書を提出し、違法性の本格的な立証に入る予定だった。
被告の認諾について原告代理人の清水勉弁護士は、「これ以上、裁判を続けると
警察の違法行為が明白になってしまうため、自ら請求を認めて裁判を終える形を
とったのだろう」と話した。そのうえで、「裁判の場で不正支出を明らかにでき
なかった点は残念だ。警察の不正支出は全国的な問題と思われ、徹底的に内部調
査すべきだ」と話している。○常盤毅・警視庁訟務課長の話 警視庁としてはコ
メントする立場にないが、裁判を続けると警察活動への協力者に迷惑をかけるこ
とになりかねないので、認諾によって裁判を終結させただけで、違法行為があっ
たと認めたわけではないと聞いている。

朝日新聞社

戦わず守った警察のウラ 警視庁赤坂署裏金訴訟、「敗訴」の警官側
97.10.10 朝刊 4頁 オピニオン 写図有 (全2051字)
 警視庁赤坂署防犯課が架空の参考人への日当名目で違法に公金を支出した、として
東京都民が都への返還を求めた裁判は、八日の口頭弁論で被告側が「認諾」したこと
で決着した。事実上の敗訴である。しかし、裁判後、被告側は「返還請求を認めただ
けで不正支出を認めたわけではない」と強調する。不可解というほかない。昨年七月
以来の裁判の経過を見ると、現職警察署長を含む被告側のかたくなな姿勢が際立つ。
非は非として、なぜ認めないのか。
 (落合博実 編集委員)

 ■当初は強硬姿勢
 原告の今井さんと代理人の弁護士から「えっ」という小さな声が漏れた。裁判官も
驚いた表情を浮かべた。
 東京地裁六階の六〇六号法廷。八日午前十時十五分から八回目の口頭弁論が開かれ
たが、冒頭に被告代理人の弁護士が立ち上がり、いきなり「原告の請求を認諾します」
と述べた。一年二カ月にわたる裁判は被告の「敗訴」であっけない幕切れとなった。
 被告側は当初、強硬な姿勢で臨んだ。今井さんは訴訟提起に先立つ昨年五月、東京
都監査委員に監査請求したが、却下されている。被告側はこの点をとらえ、「地方自
治法に定めた訴訟の前提を欠く不適法な訴え」と主張し、門前払いを求めた。
 しかし、裁判が始まると、今年一月、返還請求額に利子を加えた四十三万余円を都
に納付する動きに出た。理由は「適法な支出であるが、それを立証するためには捜査
や参考人の秘密を明かさねばならず、公共の安全に重大な支障が出ることを憂慮した」
というものだった。
 この理屈でいくと、仮にあらぬ疑いをかけられた場合でも、「適法に支出した」金
額を返還しなければならないことになるが、むろん、そんなことをするはずはないだ
ろう。
 原告側の訴えは、「参考人呼出簿」(コピー)という証拠をもとにしている。「呼
出簿」に記され、日当を支払ったことになっている四十三人の参考人のうち三十七人
は実在しないことが朝日新聞社の調べでも裏付けられている。裁判が進めば、この事
実が法廷でも立証される可能性が高い。納付の動きは、請求通りの金を払って裁判を
終わせる狙いだったと見られる。
 原告側は茶番と受け止め、架空支出による裏金づくりを立証する方針を貫いた。
 被告側も、赤坂署に現存するはずの「呼出簿」の原本の提出を要求されると、「存
在しない」と主張し、あくまで争う構えだった。それが突然、「認諾」に転じた。

 ■「協力者に迷惑」
 裁判後の記者会見で、原告代理人の一人である清水勉弁護士は「返還請求の原因と
なった公金の不正支出を含め、留保なしで全面的に認めるということでした」と説明
した。
 原告側は八日の法廷で「参考人手当を受け取った事実はない」という実在の参考人
の陳述書を提出する予定だった。また、参考人や警察幹部ら関係者の証人申請も予定
していた。「適法支出の主張を通そうとすれば、警察幹部が法廷で偽証しなければな
らなくなる。こうしたことを避けるために方針変更したのではないか」とみている。
 ところが、被告の一人である鈴木一郎・目白署長(当時の赤坂署副署長)は「裁判
を続けると警察活動に協力をいただいた人たちに迷惑をかけることになりかねないの
で、認諾によって裁判を終わらせた。認めたのは返還請求の部分だけで、不正支出を
認めたわけではない」と話す。

 ■警察不信を助長
 複数の法律学者に聞くと、「返還請求は不正支出を前提にしたものであり、認諾し
ながら不正はなかったというのは奇弁」との見解である。あくまで「適法」と主張す
るなら、なぜ裁判で堂々と戦わないのか。
 裁判を通じて見せた被告の姿勢には大いに疑問を感じる。「他人には手錠をかける
が、自らの不正は隠ぺいするのか」という警察に対する不信感を助長するだけではな
いのか。
 警視庁は、この裁判について「個人を相手とする訴訟であり、コメントする立場に
ない」と強調してきた。しかし、裏金づくりの事実確認や裁判の経過取材で、複数の
被告が「本庁(警視庁)に聞いてほしい」と口にしている。
 原告の今井さんは「被告七人の個人的行為とは見ていません。組織的な不正経理で
あることを裁判の場で明らかにする考えだった」と言い、今後、刑事告発すことを検
討している。
 昨年来、長崎、愛知両県警など不正経理疑惑を向けられた関係警察本部は全面否定
や沈黙を続けている。不正経理は警察組織に広範に広がっている疑いがある。赤坂署
の裁判は都道府県警察を情報公開の対象機関に含める必要を改めて示したといえる。

 <赤坂署裏金返還請求訴訟> 東京都三鷹市の著述業今井亮一さんが一九九六年七
月、「九三年一―十月の赤坂署防犯課の『参考人呼出簿』に、参考人四十三人に日当
名目で計四十二万七千円を支払ったように記してある。しかし、うち三十七人は住所
や該当者が実在せず、裏金づくりを目的とした違法な支出に当たる」と、当時の赤坂
署の署長、副署長、防犯課長、防犯課係長ら七人を相手取り、都への返還を求めてい
た。

 

朝日新聞社