インタビュー急接近

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急接近:野田正彰さん 傷ついた被災者に、どう寄り添えばいい?

 <KEY PERSON INTERVIEW>

 東日本大震災の被災地では避難生活が長期化する一方、復興計画が動き始めている。避難所を訪れて聞き取り調査を行った精神科医の野田正彰・関西学院大教授に、望ましい災害救援の姿を聞いた。【聞き手・澤木政輝】

 ◇悲しみ見つめる環境を--精神科医・野田正彰さん(67)

 --現場を歩き気付いたのは。

 ◆ 発生1週間後に岩手県の避難所を5、6カ所回りましたが、既に2カ所で自殺者が出ていたことに驚きました。過去の災害では、1カ月ほどたって疲労困憊(こんぱい)して、というケースはありましたが……。目の前で家族や恋人を津波にさらわれた、今回の災害の厳しさを表しているように思います。

 自殺を防ぐには、避難所などで孤立している人に、周りの被災者が声を掛けることです。深い悲しみに陥っている人を癒やせるのは、悲しみを共有できる人だけ。「頑張ろう」と言っている人は、夫と子供を失って一人でたたずんでいる人の顔を思い浮かべて言っているんでしょうか。「頑張ろう」という言葉は「もう頑張れない」と思っている人には酷なメッセージで、「私はダメだ」と落ち込ませるだけ。悲しみの抑圧が進んでいるような気がします。

 --被災者の心の持ちようにも差があるようです。

 ◆ 家族全員失って1人でいる人と、足まで波が来たが全員無事で避難した人では、同じ被災者でも全然違います。比較的元気な被災者ではなく、避難所で1人黙ってうつむいている人にこそ、目を向けなければいけません。再建や復興より前に、弔うこと、悲しみを見つめることが大事です。「つらかったことは早く忘れて、元気を出して復興しましょう」というのは最悪のメッセージです。

 私は奥尻島で避難所に泊まらせてもらった経験がありますが、夜になると不安におびえ、ちょっとした余震に悲鳴をあげる人もいました。昼間は元気そうに見える人でも深く傷ついている、という事実を忘れてはいけません。

 --避難所や仮設住宅での生活を支えるために、どんな工夫を。

 ◆ 避難所では効率重視で個人が顧みられなくなりがちですが、せめて3回に1回ぐらいは家族で食事がとれるようにして、悲しみを見つめる時間をつくることが必要です。時にはみんなで集まって豚汁を、ということもあっていいのですが、そればかりだと空元気で「頑張ろう」という人の声だけが大きくなり、家族を失った人は黙り込んでいくことになります。

 仮設住宅では、最初に避難者同士がお茶会でもして顔見知りになっておくといい。それだけで声を掛け合えるようになるし、鍵をかけて引きこもらなくて済むようになる。孤独死を防ぐためにも、最初の仕掛けが大事です。

 --悲しみを癒やすには。

 ◆ 一番いいのは、本当に悲しんでいる人同士6、7人集まって、体験や思いを語り合うこと。行政やボランティアは、そういう場を提供してあげてほしい。外から優しい言葉をかけても、それに付き合って返事をすることが苦痛な場合もあります。結局、つらい思いをしている人の気持ちに対して、想像力を働かすことです。

 ◇「不幸忘れた町」必要ない

 --どのような復興、再建が望まれるのでしょう。

 ◆ 立派なビルが建ち並ぶ街のイメージでなく、細くなったろうそくの炎のような被災者の気力を両手で包み、炎が大きくなるのをゆっくり待つイメージです。油を注いで大きくしようとすると、消えてしまいます。仮設住宅もできる限り近くに建設し、被災者自身による町の再建を手助けする、という発想が必要です。

 気になるのは「震災前より立派な町に」と、この機に乗じて都市計画を進めようという声が大きくなりつつあることです。阪神大震災の時も、神戸市は発生数日後に区画整理事業を発表し、多くの高齢者を生まれ育った町から追い出し、孤独死の一因をつくりました。自治体はしきりに「心のケア」を言いますが、「不幸は忘れて新しい町をつくろう」というのは、ケアどころか傷ついた心を再度大きくえぐるようなものです。

 思えば日本の近代は、災害の時も戦災の時も、個々の悲しみを封印させて社会の復興を推し進め、人々の悲しみを切り捨ててきました。被災者に寄り添って救援するのか、被災者をさておいて復興を目指すのかでは、根本的に違います。震災前より立派な町をつくる必要などないのです。被災者が何とか生きていけて、亡くなる時に、「人間の社会って悪くないな」と思えるようにするのが本来の復興です。

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 ■ことば

 ◇震災関連死

 倒壊した家屋の下敷きになったり、津波に流されるといった震災の直接的な被害による死亡ではなく、避難所や仮設住宅での生活など環境の変化が引き金となって発病したり、持病を悪化させて死亡したケースが震災関連死とされる。明確な基準はないが、遺族からの申請を受けて市町村が震災との因果関係を認定すれば、災害弔慰金の支給対象となる。阪神大震災では6434人の犠牲者のうち900人以上に及び、孤独死や自殺者も認定された。

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 ■人物略歴

 ◇のだ・まさあき

 1944年高知県生まれ。北海道大医学部卒。神戸市外国語大教授などを経て現職。専攻は精神医学。「災害救援」「戦争と罪責」など著書多数。

毎日新聞 2011年5月2日 東京朝刊

 

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