日差しが暖かくなり桜のつぼみが開く4月下旬。下北半島周辺の陸奥湾の海底に広がる緑の草原では、桜前線の訪れと共に海草・アマモの花が揺れていた。
アマモは北半球の温帯や亜寒帯の浅い海底で見られる。「海藻」「甘藻」とも書かれるが藻類ではなく、イネやサトイモと同じ単子葉(種から生える最初の葉が1枚)の植物。イネに似た細長い葉が特徴だ。陸奥湾では水温の上がる春先、花穂に2ミリ程度の小さな花びらを並べる。
コンブやワカメなどの海藻が生えない砂地で地下茎を伸ばし、アマモ場と呼ばれる群生地を作る。地下茎や葉が海底と海流を安定させるため、稚魚やエビなどの隠れがとして最適な「海のゆりかご」だ。ヒラメやカレイ、ナマコなど全国有数の漁獲量を誇る県内漁業を陰で支えている。
「沿岸の開発や埋め立てで全国的にアマモ場が減少する中、国内有数の面積がある陸奥湾の環境は貴重だ」。海洋研究開発機構むつ研究所(むつ市関根)の田中義幸研究員(41)は指摘する。
県が1999~2000年に行った調査では、陸奥湾内に全国屈指の約4800ヘクタールもの海草藻場(アマモ場)が確認された。田中さんは以前は熱帯の海草を中心に研究していたが、むつ市に来て1年になる。昨夏、むつ市川内町の海に潜って初めて調査を行い、この海に魅せられた。「気温の低い北の海なのに多くの生き物がいる。奇麗な海だった」。下北半島周辺のアマモをはじめとする生き物の生態や分布は不明な点も多く、これからも調査を続ける考えだ。
田中さんは7月初旬に市民らと下北半島の海洋生物を観察する公開講座を計画している。アマモ場に生息する生き物の多様性に触れる機会を作るためだ。「地元の人に身近にある貴重な環境に興味を持ってほしい。子どもが海洋生物学者になりたいと思ってくれたら良いですね」
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春を迎えた下北の海ではさまざまな生き物の命がはぐくまれている。周辺で生きる人たちの姿と合わせて紹介する。【三股智子】
毎日新聞 2011年5月2日 地方版