危機対応が長期化する東京電力福島第1原発事故。先送りされてきた事故の検証はこれから本格化し、国民の厳しい視線が注がれることになる。被害拡大は防げなかったのか。安全対策のどこに過信や欠陥があったのか。未曽有の原発事故で浮かび上がった「安全神話」崩壊の実像に迫る。
◇ ◇
「15条事態になった、と東京電力から連絡がありましたっ」
3月11日午後2時46分の東日本大震災発生から約2時間後。飛び込んできた職員の言葉に、原子力安全・保安院の記者会見室は騒然となった。
原子力災害対策特別措置法の15条通報は、原発で緊急事態が発生したことを意味する。10メートルを超す津波に襲われた東電福島第1原発は1―5号機の非常用ディーゼル発電機が止まり全交流電源を喪失。1、2号機は非常時に炉心に水を注ぎ原子炉を守る緊急炉心冷却装置(ECCS)の作動を確認できなかった。
ところが、会見中だった審議官の中村幸一郎は「(東電は)念のための報告。経産省として判断したわけじゃない」。原子炉の余熱などでタービンを回して原子炉に注水する「原子炉隔離時冷却系」や非常用復水器といった緊急時の冷却装置がまだ動いていた。蓄電池が使える7―8時間以内に電源車を接続すれば何とかなる、との見立てがあったとみられる。
■固執
このシナリオは崩れていく。東北電力の電源車が午後9時すぎに駆けつけたが、接続に必要な低圧ケーブルの用意がなく、原発へのつなぎ口も浸水。2号機では冷却が行われているか確認できなくなった。蓄電池が切れる時刻が刻々と迫ってくる。保安院は午後10時、2号機で予測される展開を官邸に報告した。
「22時50分 炉心露出」
「23時50分 燃料被覆管破損」
「24時50分 燃料溶融」
「27時20分 原子炉格納容器設計最高圧到達、原子炉格納容器ベントにより放射性物質の放出」
燃料が破損して格納容器の圧力が高まり、格納容器を守るために放射性物質を含む水蒸気を外部に放出するシナリオ。それでも保安院と東電は電源回復に固執し、消防車を使った外部から原子炉への注水は後回しになった。
■空費
官邸では、首相の菅直人、経済産業相の海江田万里、原子力安全委員会委員長の班目(まだらめ)春樹が協議し、午後11時すぎに「弁を開けて格納容器の水蒸気を外へ出すベント作業が必要だ」と東電に伝えた。12日午前1時半に海江田が正式に指示した。
だが、実施したとの報告は届かない。「まだか」。海江田が1時間おきに催促する間に1号機の格納容器圧力は上昇。午前4時半には、東電の社内マニュアルでベント実施と定めた8気圧を上回った。
周辺住民が被ばくする恐れがあるベント。国内に前例はなく、東電の動きは鈍かった。政府が法的強制力のある命令を出したのは午前6時50分。実際に東電がベントに着手したのは約3時間半後だった。
そして午後3時36分、1号機で水素爆発。建屋が壊れ放射性物質が周囲に飛散。事態は悪化し、福島第1原発は制御不能へと陥っていく。
震災から1カ月後。国策の原発推進を担う海江田は夕刊紙にこう記した。「原子力というのは生き物だということです。人間が押さえ込もうとすると、巨大な怪物は必死でこれに抵抗して、強烈な反撃をします。人間と怪物との戦いはまだ決着がついていません」 (敬称略)
=2011/04/28付 西日本新聞朝刊=