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[1513] 境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/17 06:26
「‥‥‥D級? 私の耳がおかしくなっていなければD級って聞こえたんですけど‥‥」
 
何処にでもあるような喫茶店、そこで私は紅茶を飲みながら首を傾げた。

「君の耳はおかしくなってなんかないよ、D級の能力者を捕獲して欲しい」

 目の前の銀髪の少女‥‥沙希はケーキをパクパクと食べながら先程と同じ言葉を口にする。

「って‥‥D級なんて最低ランクの能力者じゃないですか‥‥私も安く見られたものですね」

「いやいや、SS級能力者‥‥その中でも十の指に数えられる君を安く見るなんてとてもとても‥‥」

 演技がかった口調で首を横にプルプルと振る沙希。

「‥‥史上最年少SS級の貴方に言われると嫌味にしか聞こえませんね‥‥」

「沙希は天才だから仕方ない、比べるのが間違ってるよね」

 自分で自分の事を天才って‥‥ここまで来ると逆に腹が立ちませんね。

「‥‥もう良いです、その依頼受けましょう‥‥こうなったらD級能力者だろうがS級能力者だろうが何だって捕まえてあげますよ」

「おおきに♪これがその能力者のプロフィールやその他もろもろね」

 沙希が差し出してくる書類に眼を通す。

(‥‥家族構成、経歴、学校での態度‥‥下着の色まで‥‥良くここまで調べれるものですね‥‥‥あれ?)

「能力不明‥‥って‥‥‥‥」

「ん、ああ、D級だからウチの方も確認しなかったんじゃないかな?」

「それにしてもカテゴリーすら不明と言うのは‥‥‥」

 能力者は大きく分けて4つの種類に区別出来る。

『肉体作用』『物質作用』『精神作用』『法則作用』
しかしこのD級能力者の資料にはそれすら書かれていない。

「む~、怠慢だね、でも所詮はD級だろ?君に頼んだのだってサービスのつもりだし」

「確かにD級能力者の捕獲依頼にしては金額の方が‥‥‥」

「素直に喜びなよ♪しかしD級能力者に人権無し、何も悪いことをしていないのに研究用に定期的に捕獲って‥‥なんだかなぁ」

 苦笑いのように微笑む沙希『SS級、S級、A級、B級、C級』これらの能力者は基本的に罪を犯した者や能力を制御できない
者だけが捕獲対象になる。
しかしD級と呼ばれる最下位能力者は何も罪を犯さなくても突如として捕獲の対象にされてしまう。
半端に力を持ったばかりに何も能力を持たない一般人以下の扱いを受けながら生きてゆくしかないのだ。

「この世界の”当たり前”って奴です、ルールがあるから世界が周るって事ですよ」

「何だかんだで君も冷たい奴だよね、このコップの中の氷のように冷たい」

 カランカラン

コップの中の氷をストローで遊びながら沙希は私を軽く睨みつける。

「私よりこんな非道が許される世界が冷たいのですよ、しかし喫茶店でこんな真面目な話なんて馬鹿みたいですね」

「確かに♪そんじゃよろしくね、っと!そういえば忘れてた、捕獲対象者の顔写真ね」

 その小柄な体格に似合わないブカブカのコートを着込んだ沙希は大きな袖から一枚の写真を取り出す。

「それじゃあ、僕は仕事があるからこれで♪」

 そう言って手を軽く振りながら店を去ってゆく沙希‥‥貴方のケーキの代金は私持ちですか。

「‥‥私よりだいぶ年上見たいですね‥‥‥‥これも仕事ですからごめんなさいね”お兄さん”」
そう呟いて私は写真の中の青年にキスをした。


「そんな事しなくても一緒に帰るから‥‥離してくれ」

 ベターッと背中に張り付く人物を振りほどきながら俺はため息を吐く。

「なんだよ江島、冷てぇじゃん、もしかして照れてんのか?うりうり~~」

「‥‥棟弥‥‥‥マジうざい‥‥離れろって!」

 クラスの奴等は相変わらず俺たちを不思議そうな眼で遠巻きに見ている。

 A級能力者の棟弥が俺見たいなD級能力者に構っているのが不思議なんだろう。

「江島‥‥そんなに冷たいことを言うな、そんな冷たいお前の心を俺の愛の炎で溶かしてやるぜ!!」

「‥‥何でそんなにテンション高いんだよ!どーでもいいけど1週間前に貸したアルバム返せよ」

「あーー、帰るとするか‥‥」

(また持ってくるの忘れやがったな‥‥‥)

 棟弥は馬鹿だから物忘れが酷い、まあ馬鹿だから仕方が無い‥‥明日こそ返してもらおう。

「江島よぉ、何か俺のことを馬鹿にした眼で見てないか?」

「大丈夫だ、いつも馬鹿にしてるからな、帰ろうぜ」

「‥‥‥お、おう」

 学校規定外のリュックを背負う、オレンジ色の派手な奴だが結構お気に入りだったりする。

「しかしクラスの奴等も感じ悪ぃよな、言いたいことがあるなら言えってーの」

「D級能力者が珍しいんだろ、何たって人間の最下位組だからな~」

 能力者自体が珍しいのだ、B級やC級ならいざしらずD級能力者なんて滅多にいない。

 国自体が『実験動物』と公認しているのだ、何かにつけてちょっかいや嫌がらせをしたいのだろう。

「そんな事言うなってーの、安心しろ!俺が守ってやるぜ」

「‥‥国の‥‥”鬼島”(きしま)が俺を捕獲しに来てもか?」

「おうよ!」

 幼い頃と同じようにニカッと笑って俺の頭を叩く棟弥。

「まあ、D級能力者の捕獲なんて1年に一度ぐらいらしいからな、俺以外にも日本全体で見ればD級能力者は
1200人ぐらいいるらしいし、大丈夫だろ、うん」

「‥‥‥く、詳しいな」

「ネットカフェで調べたからな」

 下駄箱で靴を履き替える、昔は良く画鋲とか入れられたけど今はそういった事も無く幸せである。
何も無いのが幸せだ。

「ふ~ん、D級能力者ってネットで顔写真も公開されてんだろ?」

「ああ、いつでも捕獲出来る様にってな、誰も逃げないっての」

 トントンと爪先を地面で叩きながら外に出る、夕焼けが無駄に濃い色で迎えてくれる。

「そういえばさ」

「ん?」

 テニス部の女子がキャッキャッと仲良く会話しながら俺の横を通り過ぎてゆく‥‥テニス部入ろうかなぁ。

「江島の能力って何なんだ?聞いた事ねぇや」

「わからん」

 そんな事を言われても困る、本人ですら知らないんだから。

「‥‥わからねぇって‥‥一応はD級でも能力者なんだからよぉ、自分の能力に関心持ちやがれってぇの」

 頭をポリポリ掻きながら困ったように棟弥は呟く。

「棟弥はありがちな念動力だっけ?」

「ありがちって言うなよ、これでもA級なんだぜ」

 すげぇよなA級‥‥国の仕事にちょっと協力すれば人生が保障されるランクだ、羨ましい。

「A級か‥‥‥でも差異(さい)はSS級だ、お前の負けだな」

「何でここで差異の名前が出るんだよ、あのガキは関係ないだろ?」

「いや、あいつも”俺”だから俺の勝ちだ」

 俺は当たり前の事を言ったはずなのに棟弥は不思議そうな顔で俺を見つめる。

「お前のそういう所わけわかんねぇよなぁ、他人を自分の物扱いってちょっと趣味悪ぃぞ」

「??言ってる意味がわからないぞ、あいつは”俺”だから俺の家に住むのは当たり前だろ?」

 何か会話が噛み合わない、差異の話になるといつもこうなってしまう‥棟弥が馬鹿だからか?

「お前‥‥差異ってガキと一緒に住むようになってから絶対おかしくなったぞ?あのガキの能力精神作用じゃねぇのか?
もしかしてお前洗脳されてんじゃないのか!?」

「言ってる意味がわかんないぞ、あいつの能力は法則作用だ‥‥お前の方こそ誰かに精神弄られてんじゃないだろうな?」

「ムカッ!人が心配してやってんのに!」

「ムカッて口で言う奴初めて見たぜ‥‥やっぱお前は馬鹿だな」

「‥‥‥はぁ、とりあえず差異ってガキは信用すんなよ、いきなりお前の部屋に住み着いて”お前”が何も感じてないなんて
どう考えてもおかしいぜ、当たり前のように受け入れている事実もな‥‥何かあったら俺に何か言えよ、じゃあな!」
 
 何だか意味のわからない事をまくしたてて去ってゆく錬弥。

「”自分”相手に信用するなって‥‥あいつ‥‥馬鹿をついに超えたか?」


「ただいま~~~」

「恭輔お帰り、大事無かったか?」

 トテトテと駆け寄ってくる差異、淡い金色の髪がそれに合わせて揺れる。

 見た目は小学低学年だがこう見えても史上最年少SS級の片割れなんだよなぁ。

「ああ、俺は無かったけど煉弥があぶなかった、良い病院知らないか?‥精神科の‥」

「??言っている意味が差異にはわからんが‥‥もしかしたら差異がこの家に住んでいる事で何か言われたのか?」

「おおっ、良くわかったな‥何か差異を信用するなとか精神弄られたとか‥‥差異は”俺”なのにな?意味がわかんねぇ」

 俺の言葉に差異は何か思い当たる事があるのかフムッと小さな顎をさする。

「う~ん、差異にはひじょ~に棟弥殿の言葉が理解できるのだが‥‥まいったな‥弄られたのは差異の方なのだが‥‥」

「お前までおかしくなったか?差異は俺だろ?‥”俺の一部”だから何もおかしくないじゃないか」

「う、うん‥‥そうなのだが‥‥恭輔に無自覚なのが怖い所だな‥‥差異からは何も言えなくなるではないか‥」

 先日買ってやった熊の縫ぐるみをギュッと抱えながら差異は困ったような眼で俺を見つめる。

「?とりあえず飯にしようぜ」

 これ以上不毛な会話を続けるのもアレなのでこの話題は打ち切ることにする。

「そうだな、今日はサバの塩焼きにニラのおひたし、味噌汁の具は大根にしてみたぞ」

「おおっ!?す、すげぇうまそうじゃん!」

 聞いただけで空腹を誘う素敵なメニュー達に思わずヨダレが出てしまう。

「ほれほれ、手洗いとうがいをさっさとして来るが良い」


「ふ~~食った食った~~~」

 腹をポンポンとさすりながら恭輔は気持ち良さそうにソファーに横になる。

「こら!食ってすぐ寝たら牛になるぞ?‥‥って聞いておらんな」

 テレビを見て馬鹿笑いをしている恭輔を見て差異はため息を吐く。

「差異がこの家に来てもう3ヶ月か‥‥‥」

 実際もっと長い間ここにいる気がするのは差異の意識が完全に”恭輔”に染まったからであろう。
最初の頃は恭輔に嫌悪感や違和感を感じていたのだがそれを感じていた自分が既に他人のように思えてくる。
 ”自分”に嫌悪し違和感を感じる人間なんてあろうはずがない。

「‥‥‥何て非常識で非現実で‥‥非認識の能力なんであろうな‥‥‥」

 これでは能力の確認のしようがないはずだ、何せ保持者の本人ですら自分の能力の発現に気付かないのだ。
いや、”気付けない”のか‥‥‥もしこの能力を恭輔が意識的に使う事が出来るようになれば‥‥。

「考えるだけで恐ろしいし‥おもしろいとも感じてしまうな‥‥しかし自分以外に恭輔に飲まれる者がいると
考えるだけで腹立たしいとも感じてしまう‥‥嫉妬‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥」
 
 何だか考えるだけで報われないな‥‥恭輔の奴め‥‥これでは差異はただの”ナルシスト”ではないか‥い、いや、そうなのか?
 
「‥‥‥ってうわ!?」

 思考の海から戻ってくると私と唇が触れ合いそうな程に顔を近づけた恭輔の顔が!?

「”自分”の顔を見て”うわっ”とは酷いな、ちょっとコンビ二行ってジュース買ってくるわ、リクエストは?」

「い、イチゴ牛乳で頼む」

「りょーーかい」

 気分良さそうに部屋を去ってゆく恭輔、確か先ほどまで見てた番組はお気に入りのお笑い番組だったな‥‥。

「‥‥‥一方的過ぎるぞ恭輔‥‥‥」

 私は再度そう言ってため息を吐くのだった。


「ありがとうございました~~~~~」

 夜中のコンビニ店員特有のやる気の無い声を聞き流しながらドアを開ける。

「‥‥買ってしまった‥‥‥調子に乗ってエロ本を買ってしまった‥‥」

 俺は意味も無く悲しい気持ちになりながら足早に家路を急ぐ。

(くっ、今月は苦しいのに‥‥俺の馬鹿野郎‥でもそんな自分が憎めない‥ちくしょーー)

 そんな事を思いながらふっと人の気配を感じて公園の方に顔を向ける。

「~~~~~~~~~♪」

 そこにはニコニコと微笑みながら手招きをする中学生ぐらいの少女がいた。

 頭の上でピコピコと揺れているのはどうやら束ねた髪らしい‥‥触覚かと思ったじゃないか‥‥怖ぇぇ。

「えっと、俺に何か用?」

「♪」

 とりあえず無視するのもアレなので近寄ってみる。

「えっとですね、とりあえず気絶してくださいますか?」

「へっ?」

 背中に走るおぞましいものを感じてその指示のままに彼女から一歩遠ざかる。

シュッ!

「‥‥あ、穴?」

 先ほどまで俺のいた地面に小指ほどの小さな穴が開いている。

「お腹に一穴開けて連れて帰ろうとしたんですが‥‥失敗ですね」

「の、能力者なのか?‥‥‥お、俺を殺す気か?」

「殺すなんて物騒な!ちょっと気絶してもらって実験に付き合ってもらうだけですって!」

 のほほんとした顔で微笑む少女に言い難い恐怖を感じる、恥ずかしながらも既に涙目だ。

「き、鬼島か?‥‥‥俺を‥‥俺を”捕獲対象”にしたのか?」

「ええっ、その通りです、D級のモルモットさん‥‥このままD級の烙印を背負って世界で生き続けるのは辛いですよね?

優しい鬼島はそんな貴方を”捕獲対象”に指名しました、もう苦しまなくて良いんですよ?笑顔で死ねるって幸せですよね~」

 まったく邪気や悪気を感じさせない彼女の物言いに恐怖よりもこみ上げてくる物を感じてそれを吐き出す。

「ふ、ふざけるな!!D級だからって馬鹿にしやがって!俺は今から家に帰ってエロ本をたらふく読みまくるんだ!!
それだけでも幸せだっっーーーの!」

「幸せ?D級の烙印を押されて一般人と能力者の間をプカプカと彷徨うクラゲさんがですか?親クラゲさんはそんな貴方を見かねて
自ら世界に終わりを告げたようですけど?‥‥幸せですか?その‥エロ本とやらで?」

 可愛そうなものを見るような眼で俺を見つめる少女‥‥ムカムカする‥‥殴りたい。

「そうやって人を馬鹿にした眼で見る人が昔から大嫌いなんです俺‥‥だから殴らせろ」

「嫌です♪」

 相手が少女である事も忘れて本気で殴りかかろうとする俺、しかし少女は軽く横にかわしながら。

「足が動かないと人間なんかただの木偶の坊ですよねー」

「えっ?」

シュッ!

「うがぁあああああああああああああっぁぁ!?」

 右太ももに激痛を感じて殴ろうとした勢いのまま見っとも無く地面に倒れこむ。

「地面と熱烈にキスですか‥‥いやはや‥ちょっと哀れと思ったり」

「て、テメェ‥‥‥何をしやがった?」

 痛みで声が枯れるが瞳だけは相手から外さず睨みつけながら問いかける。

「ただ水鉄砲をして飛ばしてるだけですよ?お子様の遊びとは違うのは何処からでも何時でも何度でも撃てると言う事ですね」

 ふふんと自慢げに笑う少女、なるほど‥‥水を高圧縮して撃ってるわけか‥‥すげぇ能力じゃねぇかよ。

「高圧縮して撃つだけならS級が良いところなんですけどね、私の場合は少し違っていまして」

「空気中から水分を圧縮してオールレンジに撃てるって事かよ‥‥‥」

「正解です♪」

 今の会話で分かった事だが間違いなくこいつの能力はSS級だ。

「どうせならここで殺してくれるとありがたいんだが‥‥モルモットは勘弁だからな」

「それは出来ない相談ですねー、運が悪かったと思って諦めてください」

「そうかよっ!!」

 掛け声と同時に握り締めていた砂を奴の可愛らしくも憎らしい顔面に投げつける。

「はい、残念です♪」

 ひょいと軽く首を傾けるだけで砂をかわす、しかしそれが大きな隙だ。

「テメェの眼が届かない所まで行けば!」

こいつの能力は物質作用系、対象が己の視界に納まっていない限り能力は使えない筈だ!

「お客様~~~、出口はそちらではありませんよ」

「なっ!?」

ガッ!?

 見えない壁のようなもの‥‥と言うか見えない壁そのものに阻まれて公園の外に出れない。

「水のカーテンですよ、原理は水鉄砲と同じです、高圧縮した水をカーテンのようにしているだけです」

「く、くそっ‥‥‥」

「バンッ♪」

 少女が可愛らしく銃を撃つように指を俺のほうへ向ける。

「がぁああああ!?」

 今度は左太ももに激痛が走る。

「はいはい、いい子ですからあまり私の手を煩わせないで下さい、それとこれは確認ですが貴方の能力は何でしょう?」

「お、俺の能力?」

「そうです、貴方は今から気絶して二度と眼を覚ますことは無いでしょうから、今の内に聞いておこうかと」

何気ない少女の言葉、ただの確認、そうだ、俺に対する能力の確認、能力の有無、無ければただの一般人。
でも、俺はあるはずだ、いや、あるんだ、D級だろうが、能力は能力、あれ?最近‥最近使ったなぁ、使ったよなぁ。
うん、あいつは使える、使えるから俺にした、綺麗だから俺にした、他人のままでは納得出来ないから俺にした。
そうだ、うん、使える奴は俺にしよう、俺にして”俺”を守ってもらうんだ、自分で自分を守る、完璧だ。
そしたら俺は‥‥昔のように『苦しい思いをしなくてすむんじゃないのか?』

「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」

 熱のような太ももの痛みを感じつつ俺は最高の快感が脳を飛び出して世界を染めるのを感じた。


 最初に感じたのは違和感だった、目の前の青年‥‥江島恭輔の顔から表情が消えた。
何かブツブツと呟きながらゆっくりと立ち上がる。

「とうとう壊れてしまいましたか?貴方の能力を聞けなくて残念ですが‥‥このままでは少し人目につきますね
 やっぱり気絶してもらいましょうか?」

 壊れた人形のようにブツブツと何かを呟く彼に恐怖を感じたわけではない、本当に人目につくのが嫌だからだ。
そんな私が彼を気絶させようと能力を使おうと思った時に”ソレ”はキタ。

「‥‥目の前にいるお前は使える奴だ、能力はSS級で容姿も綺麗だ、少し幼いのがアレだけど差異よりは育ってるし
何より虫を嬲るような眼で俺を見ているのが気に入った、うん、もう、何でもいいや、お前さ”俺”になってもらおうか」

 虚ろな表情で私を見てニヤリと笑う青年、先ほどまであった大事な‥何かが抜け落ちたような顔。

「ああ、見える、見える、ここが俺とお前の境界線だな、これが俺とお前を他人と示している線だ」

 青年は嬉しそうに私の方を見てクックックッと喉を鳴らす。

「本当に壊れてしまったようですね‥‥人間の心理がいかに脆いのかを学んだだけでも貴方の奇行には価値があります」

「脆い?脆いのは俺とお前の境界線だ、こんなに曖昧でさ、それを今から取り払うって事だよ」

「何を言って?ッぁ!?」
 青年が手を軽く振り払うと同時に恐ろしいまでの違和感が体を襲った、精神作用系の能力か!?

「これでお前と俺は他人じゃなくなったってわけだな、仲良くしようぜ”俺”」

 自分の体の中に何かが流れ込んでくる‥‥例えるならそれは酷く気持ちの良いもの。

「ッぁ、あぁ、ぁぁああああああああああああああああああああああああああ」

 汚染されてゆく、これは駄目だ、絶対的だ、抵抗のしようがない、逃げようが無い!

「ゆっくりと俺の一部になってくれ、今は怖いかも知れないが、なぁに、少ししたら何も疑問を感じなくなる
それでもお前は”俺”でありながら俺を”別物”として認知できるが‥俺はお前を”俺”としか感じれなくなる」

 彼の言葉が耳に溶け込んでゆく、いや、耳じゃない、その奥の脳だ!脳を食い尽くされる蹂躙される。

「嫌です‥‥勝手に私を‥‥私を‥わ、私・‥‥私は貴方‥でもあるの?江島恭輔の一部‥?‥それで良かったですか?
えっと‥思考がうまく纏まらない‥‥」

 先ほどまで疑問に感じていた物事が消えてゆく、シャボン玉のように後には何も残らない‥何を疑問に感じて恐れていたのか‥。

「お前は俺の一部だろ?何を言っているんだ‥‥俺が俺であることに疑問を感じるなんて」

「私が私である事?‥‥私は江島恭輔の一部‥‥だから恭輔の‥‥」

「手が手であることに疑問を感じるか?お前は俺の一部だろ?俺の思考の通りに動かないと駄目じゃないか」

 彼はひどく当たり前の事を言う、当たり前過ぎて馬鹿にされているようにさえ思えてしまう。

「そ、そうでしたね、当たり前でしたね‥‥貴方の”能力”で貴方の物にされても私は貴方の一部なんですから!」

 自分でもおかしいと思う微かな違和感、それすらもあやふやですぐにでも形を失うだろうと確信する。

「それじゃあ俺はちょっと気絶するから家までよろしく‥‥エロ本もちゃんと回収するように‥じゃ」

 そう言って倒れる恭輔‥‥血が少ないのでしょう、うん。

「何て非常識で非現実‥‥‥相手との境界を外すなんて‥」

 何て無慈悲な能力なんだと私は心の中でため息を吐いた。


ガチャ!

「恭輔か?コンビニのわりには遅かった‥‥‥って鋭利(えいり)!?」

「さ、差異?‥‥まさか貴方も‥‥」

 玄関でお互いを見つめながら固まる二人、ちなみに恭輔はまだ寝ている。

「‥‥‥‥どうしようもない能力だったろ?」

「‥‥どうしようもない能力でした‥‥」



[1513] Re:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/14 11:26
「‥‥鋭利から何も報告が無いだって?」

 僕は彼の言葉に目を瞬かせた。

「そうだ‥‥‥報告どころか暫く寮にも帰っていないらしい」

 黒々とした立派な髭を擦りながら僕の上司‥‥原田雅行は真剣な口調で呟く。

「‥‥‥D級相手にヘマをするわけないし‥‥もしかして家出ってやつじゃないの?」

「ふざけている場合ではない」

 僕の冗談に気を悪くしたように原田サンは眉を歪める。

「ふざけてるも何も、それ意外の可能性を原田サンは提示出来るのかい?SS級の鋭利だよ?僕達”鬼島”の中でも純粋に戦闘能力だけを見るなら鋭利に勝てる人はそんなにいないんじゃないかな?」

「それは言われなくてもわかっている‥‥しかし仕事をまわしたのは私達”脳”だ‥‥”牙”の方が煩くてな」

 煩わしそうな顔をしながら煙草に火をつける原田サン。

「”牙”が?‥‥僕達に文句を言う暇があるなら自分で探せばいいのに‥‥怠慢だね」

 僕達”鬼島”は4つの部署に大別されている”牙””腕””脳””口”の4つである。
わけている理由もひどく簡単なもので”牙”は物質作用系、”腕”は肉体作用系、”脳”は精神作用系、”口”は法則作用系である。

「そうは言っても無視するわけにはいかん、それに君の双子の姉の行方不明の件も今回の事と関係があるようだ」

「‥‥そんなに何気ない口調でサラリと言わないで欲しいな、驚くことさえ出来やしないじゃないか」

素直に驚けばいいのだろうけど、何だか悔しいのでとりあえず言い返す。

「‥‥変な意地を張りおって‥、まあいい、君の姉の差異?だったかな‥‥」

「そうそう、僕と同じで愛らしくて可愛らしいけど男運だけは悪そうな差異ね」

「‥‥そんな事はどうでもいい、重要なのは彼女が”口”の仕事で問題のD級能力者に接触していた事実だ」

 プハーッと煙で輪をつくりながら原田サンは吸殻を落とす、変なところで子供っぽい人だな‥‥。

「初耳だね、すぐにでもわかりそうなものなのに‥‥どうしてだろ?」

「彼女もSS級だ、D級の能力不明者の能力確認なんて言う下らない仕事で行方不明などあるはずないと”口”も踏んだのだろうな、」

「それにしてももう少し早く教えてくれればいいものを‥‥‥はぁ」

「”口”にもプライドがあるさ、自分達の中の問題は自分達で片付けるといったプライドがな」

「そんなもんドブに捨てたほうが懸命だね」

 ”牙””腕””脳””口”の仲の悪さは今に始まった事ではないのだけど一応は同じ組織なのだから情報の交換ぐらいはちゃんとして欲しいものだ。

「まあ、そう言うな‥‥‥しかし不可解だな、たかだかD級能力者の事柄でSS級能力者‥しかも水銃城(すいじゅうじょう)の鋭利と選択結果(せんたくけっか)の差異まで行方不明になるとはな‥‥」

「偶然じゃないかな?」

 僕の何気なく言った言葉に原田サンは眼を細めながら視線を外に向ける。

「偶然でもだ‥‥考えてみろ?D級能力者の能力確認、捕獲、どちらも本来ならB級やC級のこなす様な仕事だ‥‥
それを偶然とはいえ鬼島でも希少なSS級が二人も出張っている事になる‥‥おかしいとは思わないか?」

「別にねぇ、両方とも僕に関係があるって事だけはちょっと嫌な感じだよね~、次に行方不明となるとしたら僕の番かな?」

「安心しろ、それは無い」

 感情を映さない瞳で僕の言葉を否定する原田サン。

「あれ?この”お話”の流れだと僕が事件を解決してハッピーエンド‥だと思うんだけど?」

「残念だったな、今回の件は”腕”に一任することが決定した」

「これまでの会話意味ないよね、無駄なこと嫌いだな僕」

「黙れ、このままでは”脳”と”牙”の関係が悪化しかねん‥‥第三者の”腕”に任せるのが適切だろう」

 元々仲が悪いのだから今更悪くなるもならないもないと思うんだけど‥‥。

「でも鋭利に仕事を紹介したのは僕だし差異は僕の姉だ、何もしないって言うのは怠慢だよね?」

 僕は個人的な繋がりで”牙”の鋭利に”脳”の仕事を紹介している、その事に後悔は無いが責任は少しだが感じている。

「そう言うだろうと思った‥‥そんなお前に嬉しい知らせだ、今日から休暇を与えてやろう」

「‥‥‥あ、あからさまだよね‥‥とりあえずありがとうと言いますよ原田サン」

「ふんっ、”腕”の連中と問題を起こすなよ、出て行っていいぞ」

「りょ~~かい」

 僕が立ち去ろうとすると原田サンは手で待ったをかける。

「‥‥まだ何かあるの?」

「‥‥‥ちなみに休暇中は給料は当然出んからな、あしからず」

「死ねハゲ」

 バタン

「‥‥髪にない分が髭が伸びてるだけではないか‥‥」

 煙は空気に吸い込まれてやがて消えた。



「恭輔‥‥‥何をしているのですか?」

 私は目の前で納豆を高速で掻き混ぜている彼を見てとりあえず問いかける。

「いや、見てわかるだろ?納豆を掻き混ぜてるんだ‥‥しかも全力で」

 そんなもの見ればわかる、むしろ今すぐ恭輔の頭を激しく殴りたい。

「‥‥私は意味の無い行動が嫌いです、つまりはそのように納豆を意味も無く30分も延々と掻き回す行為自体を醜悪と感じつつ粛清をしたいのですが?」

「‥‥いや、昨日納豆は掻き混ぜる分だけ美味しくなるとテレビでしていてだな」

「気のせいです、勘違いです、迷信です、さっさと掻き混ぜるのをやめてください」

 自己嫌悪と言うのだろうか‥‥”私”は意味の無い行動が嫌いだが”恭輔”は意味の無い行動が大好きみたいだ。つまり”私”は”恭輔”の一部になってしまったわけだから彼の意味の無い行動を見ると激しい自己矛盾と同時に自己嫌悪に似た感情がざわめいてしまう。

「‥‥何でお前が俺の行動を抑制するんだ?」

不思議そうに私の顔を見つめる恭輔、それだけで全てを寛容してしまいそうな、危うい何かに飲まれてしまいそうになる。

「どうやら鋭利はまだ恭輔に”なりきれていない”らしいな、その感情はきっと大事だったものだけど過去のものだ、あきらめた方が良いと差異は思うわけだが‥‥ん?新聞がないではないか‥‥とってこよう」

 私達の前に焼き魚を並べた差異は机の上に新聞が無いのに気づいて居間を出てゆく。

「‥‥そういえば恭輔」

「何だ?」

 今だに納豆を掻き混ぜている恭輔は視線だけを私の方へ向ける。

「いや、少し疑問に思ったんですけれど‥‥差異とは何処で出会ったんですか?」

「?おかしな事を聞くな、出会ったって‥‥”他人”じゃないんだし‥」

 意味がわからないといった感じで疑わしげな視線を向ける恭輔。

(‥‥これが境界線を外す方と外された方の違いですか‥‥あくまで恭輔にとって私達は自分の中の一部としか認識出来ない、私達にとっては恭輔は自分自身でありながら他人としてもある程度は干渉出来る‥‥本当に報われない能力ですね‥はぁ)

「考えても無駄だと思うぞ鋭利、こうなってしまっては手遅れだ、我々に後悔といった感情が浮かばないのがその証拠だな、恭輔、新聞読むだろう?」

「テレビ欄だけな、そこ置いといてくれ」

 新聞を持って帰ってきた差異は私の考えてる事がわかったのか的確な言葉を与えてくれる、相変わらず鋭い子だ。

「しかし私と差異は”他人”のままなのですね、私と恭輔の境界線は無くなったわけですが差異と私の間にはいまだに境界線は存在する‥‥と言う事ですね?」

「そうだな、うん、そうだと思うぞ? 恭輔の一部になったもの同士ではお互いを”自分”と認識出来ないみたいだな」

 味噌汁を注ぎ分けながら差異が答える、アヒルの模様をあしらったエプロンが可愛らしい‥‥。

「お前ら朝から何を難しい話をしてんだ?」

 私達のほうを見てキョトンと恭輔が首を傾げる‥‥納豆を意味も無く掻き混ぜるのには飽きたらしい。

「いえ、何でもないですよ‥‥それではご飯を頂きましょうか」

 恭輔のいる前ではこれ以上話しても無駄だと悟って私は会話を打ち切った。



「しかし驚きですね、まさか行方不明になった差異がこんな所にいようとは」

「ん~~、そうか?‥‥もうそんな事すらどうでも良くなってきたな‥差異は”恭輔”の一部であるわけだからここにいるのは当たり前なわけだしな‥‥っと、少しは手伝う気は無いのか鋭利?」

 食器を洗いながら差異は私の言葉に受け答えをする、何だか彼女の言葉の節々に違和感を感じてしまう。

「あれですね、他人を良しとしなかった貴方が恭輔に依存している光景は少し不気味に思えてしまいます」

「他人ではない、我が身と心は恭輔の”一部”なわけだから彼の意に従い行動するのは当たり前だと差異は感じているが?」

 いつか私もあそこまで完全に”飲まれてしまう”と思うと微かに恐怖を感じてしまう。

「今の貴方を沙希が見たら卒倒しますよ、SS級最年少の天才と言われて他人を常に阻んでいた貴方がD級の能力者の青年の一部である事を良しとするなんて‥‥”選択結果”の二つ名が泣くのでは?」

「それは鋭利にも言えるだろう、それにそうやって”思考”する事が出来ても鋭利も本心からそのような事は思っていないだろう?自分が恭輔の一部である事を否定するなんて考えただけでおぞましいな、自己否定ここに極まりだ」

 フンッと可愛らしく鼻をならしてエプロンで手を拭きながらこちらを軽く睨みつける。

「鋭利は賢いからな、そうやって飲み込まれる前の昔の自分の考えをトレースして口に出しているだけだろう?阿呆らしい、今の状況を受け入れているのであれば素直にならんか、ったく」

「あはは、私は素直じゃないもので‥‥難しい話はここまでにしましょうか?つまりませんし」

「同感だ、そういった鋭利の部分は差異は好ましく思うぞ」

 先ほどと一転してニコリと微笑みながら椅子に座る差異。

「ありがとうございます、男の方には嫌われるんですよ?こういった部分は」

「差異は子供だからな‥わからん事にしといてやろうではないか」

 エプロンを外して髪をかきあげる差異、細く美しい金色の髪が一瞬宙に色をつけて舞う。

「相変わらず綺麗な髪ですね‥‥羨ましいです‥‥」

「うん?鋭利の髪も良いではないか‥‥えーっと、独創的で‥‥」

 差異は視線を私の頭の部分に止めて困ったように苦笑いを浮かべる。

「うぅ‥‥この”触覚”はですね‥‥大気中にある水分を認識するために‥‥」

「難儀な事だな‥‥そういえば恭輔と出会ったときは髪の事を褒めてくれたな」

 嬉しそうに口を綻ばせながら髪を弄る差異。

「ああっ!そういえばその事が聞きたかったんですよ~、二人が一つになった日って奴ですね♪」

「‥‥その言い方だと淫靡な印象を受けるな、鋭利も既に恭輔と一つになった癖に‥‥まあ、暇だし話してやろう」



「うん、S級のわりには弱かったな‥‥肉体作用系は直線型の戦闘しかしない馬鹿が多いと言うのは本当だな」

 目の前で失禁をしながら痙攣をしている男の横腹を蹴りつけながらメモ帳を取り出す。

「えっと、うん、二人とも抹殺許可OKと書かれているな、見逃してやっても良いのだが‥‥どう思う?」

 痙攣している男の相方である女にとりあえず問いかける。

「‥‥う‥‥‥あ‥‥‥‥」

 眼から大量の涙を流しながら女は口を金魚のようにパクパクと動かす、化粧が溶けて見れたものじゃないな。

「あ~~、うん、すまんな‥‥冗談だ」

 ズシャァァァッ

 二人殺した。


「これで今日のノルマは終了だな、ん?」

 メモ帳をペラペラと捲っていたらヒラヒラと一枚の小さな紙が地面に落ちた。

「うあ、少し血に汚れてしまったではないか‥‥D級能力者の能力確認?はて?こんな仕事を引き受けた覚えはないのだが‥‥‥」

と言うかコンビニのレシートの裏に乱書きされている‥‥本当に正規の仕事なのか?

「ん~、今いる場所と無茶苦茶近いではないか‥‥ついでに済ませておくか‥」

 血まみれになったマントを脱ぎ捨てる、すぐに処理班がここに来てそこに転がってる死体を処理してくれるだろう。

「ん?‥‥」

 立ち去ろうとするが足が動かない、視線を下に向けると女だった物が私の足を掴んだまま転がっている。

「‥‥‥‥」

 今日は良い事あれば良いのだがなぁ‥‥‥‥。



「‥‥‥えっと、トマトケチャップを全身に浴びる趣味でもある人なのか?」

 彼は私を見て1分ほど呆然とした後にポツリと呟いた。

「生憎そのような趣味は無いぞD級能力者」

 SS級の差異に向かってその物言い‥‥腹ただしい奴だな。

「‥‥あれか?それはもしかしてトマトケチャップでは無くて血か?しかも人の?」

「だな」

 バタン

 差異が肯定をしたと同時に勢い良くドアが閉まる。

「‥‥‥差異はSS級の能力者でな、ドアを壊すぐらいわけないぞ?」

「‥‥‥‥‥‥」

「家を壊すぞ?」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥‥お前だけ殺すぞ?」

「‥‥そこでソレかよ‥‥とりあえずその格好はマジやばい、家に入りやがれ」

 ドアを開けるとそこには顔を紫色にしてガタガタと震えている江島恭輔の姿が。

「何をそんなに怯えている?別に今すぐお前を殺した後に腹を掻っ捌いて開きにはしないぞ?」

「だ、だってお前その紋章‥‥鬼島の人間だろ?俺を捕獲しに来たんじゃないのか?」

 差異の右手の甲に刻まれている鬼島の紋章‥‥鬼が鶴の羽を千切って笑っている趣味の悪い紋章を見て顔色をさらに青く染める。

「うん、別にお前を捕獲しに来たわけじゃないぞ、お前の能力の確認をしに来ただけだ」

「お、俺の能力?‥‥‥そんなん知らねぇよ」

 差異の言葉に安心したのか体の緊張を解きながら江島恭輔は答える。

「それでは困ると差異は言う、わざわざ遠回りして来たんだ、お前の能力を確認せずに帰るのは腹ただしい」

「‥‥ど、どうしろって言うんだよ‥‥生まれてこのかた能力なんて使った事ねぇし‥‥」

「お前のような最下位能力者の場合自分では気付かない場合があるからな、差異が特別に確認するまで家にいてやろう」

「なっ!?」

 眼を大きく開きながら後ずさる江島恭輔。

「何だその態度は?差異は酷く気分を害した‥‥謝罪しろ」

「だ、だって‥‥‥お前見た目はガキだけど鬼島のSS級能力者だろ?俗に言う”チルドレン”だっけ?忙しいんじゃないのか?」

「明々後日まで偶然にも休暇でな、それまでこの家にいてやろうと言うのだ」

「きょ、拒否権はあるのか?」

「無い、シャワー使わしてもらうぞ、こっちで良いのか?」

 とりあえず体に纏わりついた血を流そう、本当に。



「‥‥‥何なんだあいつは‥‥いや、マジで‥‥」

 俺は突然訪れた悪夢に頭を抱えていた、悪夢の形は美しい金髪をしていて西洋人形のような怖いほどに整った顔をして肌は雪のように白く、紫色の瞳はどんな宝石にも勝る知性の輝きを称えていたりしてなおかつ華奢でバランスの良い体はどんな造形物にも勝っていたりしたりして将来は絶世の美女になる事間違い無しの少女であり‥‥‥‥‥‥‥‥血まみれだった。

「‥‥一つの欠点で‥‥こんなに印象って大きく変化するのか‥‥しかも鬼島の人間だって言うしSS級らしいし‥悪夢だ‥」

とてもやり切れない気持ちになって目の前の麦茶を一気飲みする、冷たい。

 ガチャ

「ふっ~いい湯だった、服が無かったから勝手にお前の服を借りたぞ」

「‥‥‥‥良かったな、俺が少女の裸に特別な感情を脳内を走らせる人種では無くて」

 ブカブカのジーンズを履きながら上半身裸の差異と名乗った少女が部屋に入ってくる。

 本当に雪のように白いなぁ‥‥‥あれだな、しっかり外で遊びなさい。

「しっかり外で遊べよ」

「?‥‥江島恭輔よ‥‥言ってる意味が差異には良くわからんのだが?」

「何でもない‥‥それより胸ぐらい隠せ、女の子なんだからな」

「‥‥江島恭輔、差異の裸体を見てもしかして発情でもしたのか?‥‥襲おうとしても良いぞ、殺すけどな」

「‥‥誰がそんなちんちくりんな体に発情するかよ、ああっ、もう」

 俺は椅子から立ち上がると差異に近づいて首にかけてあるバスタオルを上半身に巻いてやる。

「ん、ありがとうと素直に差異は感謝する」

「どういたしまして‥‥まだ血が付いてるじゃんか」

 差異の頬に付いている赤い塊を見て親指で拭ってやる。

「ッ」

「?!す、すまねぇ」

 どうやら本人のカサブタだったらしく衣がとれると同時に新しい血が泉のようにジワジワと溢れてくる。

 綺麗なほどに真っ赤で何だか意味も無く、真っ赤なほど綺麗で、意味も無く見つめてしまう。

「大丈夫だ、うん、掠り傷だし心配される余地もない」

 腕で頬を拭いながら差異は机に腰をかける。

「しかしお前一人が住むにしては広いなこの家は‥‥お前の両親は自殺したから仕方が無いな、うん」

「さり気に人のトラウマをグサッと刺すなよグサッと」

 こいつきっと友達いないな‥‥俺は絶対の自信を持って確信した、人は容姿だけでは友達できません。

「資料に書いていたことだ、差異が悪いんじゃない、資料に怒れ、ほら」

 机の上に紙くずを投げ捨てる差異、しかも赤く染まっている。

「‥‥お前はアレか?‥‥好きな色は赤色か?」

「女性に対して好きな食べ物、好きな音楽、好きな色‥‥そのような事を聞く男はボキャブラリー不足と差異は判断する、うん」

「皮肉もナチュラルにかわしやがって‥‥そういうお前こそその歳でSS級って色々苦労があるんじゃねぇのか?」

「まあな」

 コップにコポコポと麦茶を注ぎながら差異はにやりと笑った。



ベットに横になりながら窓から夜空を見上げる。

「何だか、アレだな‥‥こんなに人と話したのは久しぶりかも‥‥」

 棟弥とは話すけどそれは幼い頃からの事で何もそこには無かったりする。

「‥‥あんな也でSS級かよ、すげぇなぁ‥‥最年少SS級ってあいつの事だったりして」

 空にはプカプカと雲が浮いていて爛々と月が輝いていて、何だかやるせない気分になる。

「‥‥‥‥しかも性格はアレとして外見は可愛いしなぁ、多分人も殺してるだろうけど‥‥鬼島ってたし世界も認める人殺しには罪の感情とか無いんだろうな‥‥‥嫌な世界」

 何だろう、今日は酷く気分が良い、ありていに言えば高揚していた。



「D級能力者‥‥全人類のモルモット‥‥江島恭輔か‥‥」

 江島恭輔が用意してくれた布団に横になりながら窓から夜空を見上げた。

 何だろう、今日は酷く気分が良い‥‥。



[1513] Re[2]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/20 13:29
夢から現実に眼を覚ます時はいつでも辛いものだ。

「‥‥‥‥ここは何処だ?‥‥‥」

うっすらと開けた瞳で部屋を見回して見るが心当たりが無い。

「‥‥‥‥‥あー、そう言えば、うん、思い出した」

他人の家で惰眠を貪るのは差異の考えでは失礼にあたる、とりあえず起きよう。

「‥‥この部屋は死んだ両親のものなのだな、綺麗にしてあるではないか」

恐らく以前の部屋の主が使っていたであろう生活品が埃一つ被らずに置かれている。

ふっと小さな作業机に目がとまる、うつ伏せになった写真立て、見て下さいと言っている様な物だな。

「お決まり通りの家族写真‥‥‥なんつう不幸そうな顔しておるのだ、この家族は‥‥」

写真の中の家族はどいつもこいつもこの世の終わりです見たいなつまらない顔をしている。

まずは父親、一家の大黒柱がそんな覇気の無さでどうする、しっかりしろ。

次に母親、何だその世界で一番不幸なのは私です見たいな泣き笑いのような表情は‥‥見てるこちらまで欝になってしまう。

そして私より少し年下に見える少女、いけすかない瞳をしている、アレだ、世界を否定する濁りきったドブの様な瞳だ。

さらにその少女より幼く見える少年、愛らしい顔で唯一笑っているがこのメンバーの中では逆に異彩を放っていて気持ち悪い。

「‥‥あやつの姿が無いではないか‥‥」

この写真には大事なものが足りない、一人足りない、決定的に足りない。

”江島恭輔”が足りない。

「‥‥‥‥‥家族ぐるみで”他人”扱いとはな、恐れ入る」

差異は激しく気分を悪くして写真立てを伏せる。

「ずっと一人だったのであろうな‥‥‥嫌な世界だ」

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉が鳴いた。



「‥‥‥‥朝か‥‥」

蝉の鳴き声で目を覚ます、強い日差しが目に容赦なく突き刺さる。

「ふぁ‥‥‥‥‥寝るか‥‥っても、お客さんがいるんだったな」

血塗れ少女の事を思い出して上半身をベッドから起こす。

「‥‥‥‥蝉‥‥うるさいな」



トントントントントントントントン。

服を着替えて階段を下りていると何だか聞きなれない音が聞こえる。

何だ?‥‥‥訝しげに思って音のするキッチンの方に向かう。

「ん?起きたか‥‥すぐにご飯にするからな、新聞でも読んでろ」

背が足りない分を椅子で補いながらトントンとネギを切っている血塗れ少女の差異。

「‥‥‥何だ、人の顔を見て呆然としおってからに」

俺のほうを見てネギを切る手を止める差異、紫色の瞳に俺が映る。

「い、いや、べ、別にそんな事しなくていいぞ?コンビニで弁当買ってくれば良いわけだし‥‥」

「たわけが、別にお前のために作っているわけではないぞ?差異がしたいからしてるのであってな」

何処から引っ張ってきたのか母さんの使っていた物”らしき”エプロンを付けた差異は微笑む。

「あっ、そ、そうか‥‥、お、俺は何をすればいい?」

そわそわする、朝起きたら誰かが料理を作ってくれてるなんて初めてだ、どういった態度をすればいいのかわからない。

「?‥‥だから新聞でも読んでろと言ったではないか、どうした?熱でもあるのかと差異は問いかけるぞ」

「あ、いや、大丈夫だ‥‥え、えっと、あ、ありがとな」

「だから差異がしたいからしているのだ、礼を言われる筋合いは無いぞ」

「そ、そうだったな‥‥‥え、えっと」

喉も渇いていないのに意味も無く冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ごうとする。

「あっ‥‥‥」

ガシャンと甲高い音をたててコップがみっともなく机の上に倒れてしまう。

「ああ、こら、何をしておるのだ?」

「あっ、ご、ごめん‥‥」

何だろう、自分でも分かるほどにうろたえている、格好悪い。

でも、それでも何だか、こう、口元がにやけてしまうのは何でなんだ?

「そ、それじゃあ新聞でも読んで時間潰しとくわ」

「ああ、そうしろ」

と、とりあえずテーブルの上でも拭いとくか‥‥‥。



「‥‥‥‥ご、ごちそうさまでした」

「うん、お粗末様でした‥‥ああ、良い、食器は差異が後で運んでおくから」

「そ、そうか?いや、マジうまかった‥‥感謝」

椅子に座りなおしながらペコリと江島恭輔は頭を下げる。

「ん、料理一つでそんなに感謝されてもな、差異も反応に困る」

「あ、そ、そんなもんなのか?‥‥そ、、その誰かに料理作ってもらうのなんか初めてで勝手がわかんねぇんだ‥‥」

恥ずかしそうに頬を掻きながら江島恭輔は笑う。

「母親はどうしたのだ?いただろ、自殺したのが」

「酷い物言いだなオイ‥‥あー、母さんは、何つうかな、俺には作ってくれないつうか、い、いや!妹や弟の分はちゃんと作っていたんだぞ!」

「‥‥‥妹と弟?ああ、あの写真のだな‥‥そういえば姿が見当たらないが自殺したのか?」

「勝手に殺すな!二人とも生きてるよ‥‥この家にはいないだけでな」

「では何処にいるのだ?」

差異のその言葉に江島恭輔は軽く目を伏せながら応える。

「‥‥‥‥”鬼島”だよ、鬼島の”チルドレン”候補‥‥お前の後輩になるんじゃないかな?」

「ほう、お前と違って優秀なのだな、クラスは?」

「えっと、確か妹の遮光(かげり)がS級で弟の光遮(さえぎ)がA級だったはず‥‥だ」

江島恭輔の言葉に差異は軽く驚く、本当に優秀ではないか‥‥差異程ではないが‥‥。

「そして兄のお前がD級‥‥クラスは兎も角としてお前の血筋は優秀だと差異は判断するぞ」

「そいつはどうも、そういえば俺の能力が何なのかわかったのか?」

「いや、今の所はまったくの不明だな、しかし何となくだが差異はお前の能力を『精神作用』と判断している」

「なんとなくって‥‥‥」

疑わしそうな目で差異を見る江島恭輔、失礼なやつだな。

「SS級の能力者ぐらいになれば相手の能力を瞬時に見極めるぐらいの”感”は養えているものだ‥‥お前の場合、あまりに力が微小すぎてそれぐらいしか判断出来んがな、許せよ」

「‥‥まあ、いいけどな」

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉は鳴きやまない。



あれから一日が経過した、たった一日だ、しかしそれだけで”江島恭輔”の人となりや過去は大体理解できた。

”江島恭輔”は不器用だ、差異の周りを意味も無いのにうろちょろする、餌付けされた犬ではあるまいし。

”江島恭輔”は人に優しくされたことが無い、”母親”を連想させるような行動を差異がするだけで緊張してしまう。つまりは掃除、洗濯、料理、そういったものを差異がしているだけで意味もなくうろたえる、正直邪魔だ。

”江島恭輔”はD級能力者、人類の最下位だ、故に過去にろくな思い出が無いことは用意に想像出来る、無意識の内に自分以外の誰かを信用しないようになってしまっている、救われない奴だ。

”江島恭輔”はたった一日で差異を信用しようとしている、たった一日差異が話して家事をして行動を共にしただけでだ‥‥矛盾だ。

”差異”は江島恭輔の事を哀れに感じている、他人など良しとしない差異が出会った時から”壁”をつくらなかったのが証明している。

”差異”は江島恭輔が嫌いではないらしい、何故だろう?‥‥もう少し深く考えよう。

”差異”は江島恭輔に料理を作ってやった、喜ぶだろうと判断したからだ、あいつを喜ばしても差異に得はないはずだ。

”差異”は思う、何となく似ているのかもしれない、他人を良しとしない差異と他人を信用しない江島恭輔は、同じ思考で動いている存在だから色々してやりたくなるし邪険にも出来ない。

”差異”は他人を良しとしない、自分で完璧だからだ‥‥他人は”差異”を昔から利用して捨てるだけだ、だから自分一人で常に完璧であ
ろうとした、だから完璧たる存在にもなったはずだ‥‥でも、もしかしたら完璧なのではなくて足りない部分があるのかもしれない。

もしかしたら”江島恭輔”がその部分だと精神が勝手に判断してしまってるのかもしれない。

「‥‥馬鹿らしい」

‥‥‥たった一日だ



木々がザワザワとざわめく、太陽の日差しを受けながら葉っぱがキラキラと己の存在を誇示しているようだ。

「‥‥‥まさかこの歳で遠足とは‥‥‥‥」

「ブツブツと文句を言ってないでさっさとビニールシートを敷くのだ、差異ばかりにさせるでない」

何を思ったのか突然「今日は外で食事しよう」との差異の言葉、てっきり外食だと思ったのだが大きな間違いだった。

「‥‥‥よっこらしょ、流石にこんなクソ暑い日に公園に来てまで弁当食ってるやつはいないな」

「だからと言って差異たちがここで弁当を食べてはいけない道理もないだろ?たまには日の下で食事するのも差異は悪くないと考えたのだが?」

そう言って紙袋から弁当を取り出しながら何気なく髪をかき上げる差異、その瞬間周りの光景が全て色あせて俺の視界全てが金色の世界になる。

「‥‥お前の髪って何つうか‥‥アレだ、どうやったらそんなにキラキラと光れるんだ?」

「髪?‥‥‥差異の髪が光るわけ無いだろう‥‥何を言っているのか理解出来ないぞ」

「い、いや、無茶苦茶光ってる‥‥輝いてるぜ‥‥いや、マジで」

俺は褒めたつもりだったが差異は気分を悪くしたのか俺を軽く睨みつける。

「‥‥‥差異の髪を馬鹿にしてると受け取って良いのか?別に手入れ等は特別にしてないが幾ら何でも自分の体の一部を馬鹿にされれば
気分は悪いものだぞ?」

「違うって‥‥綺麗だって言ってるんだよ、もう一度言うぞ?綺麗だって言ってるんだよ俺は」

「‥‥‥‥‥‥嘘付け、何だ?差異の分の弁当のおかずを分けて欲しいのか?」

仕方が無いなと言った感じで弁当箱から自分の分のおかずをハシで取り出す、唐揚げだ‥‥弁当の王様。

「別にお前を褒めて弁当のおかずを貰おう何て思ってねぇって‥‥どんだけ意地汚い人間だよ‥‥本当にお前の髪が綺麗だから褒めただけだ、いい加減認めねぇとマジでお前のおかず全部食うぞ‥‥」

「そのような暴挙をする者は殺して腹を掻っ捌いて開きにするから安心しろ‥‥しかし、そうか‥‥差異の髪は綺麗なのだな‥うん、悪くない、悪くない気分だ」

ふむふむと頷きながら自分の髪の毛を掴んで眺める差異、心なしか頬が少し紅潮している‥‥照れてるのか?‥‥まさかな。

「最初から素直に受け取れよ‥‥もしかしてお前は自分の事を不細工だと思っていないだろうな?」

「安心しろ、差異は美少女だ」

「‥‥‥‥‥そこは大丈夫なのかよ‥‥‥‥」

「うん、しかも超が付く程の美少女だと差異は判断しているが?何か間違いがあるなら聞いてやるぞ?」

‥‥‥何だろう、このやるせない感情は‥‥とりあえずこの感情を全て弁当にぶつけよう。

ミーーン、ミー―ン、ミーーン、ミーーン、ミーーン

蝉はまだ鳴きやまない。



食事を終えた江島恭輔と差異は公園の芝生に横になっていた、広がる空には雲が気ままに何をするわけでもなく浮いている、こんなのんびりとした休暇は久しぶりだな‥‥明日でそれも終わるが‥‥な。

「‥‥‥明日帰るんだよな?お前‥‥‥俺の能力は何かわかったのか?」

「‥‥いや、しかし、まあ‥‥適当な能力で登録しといてやろう、なるべく捕獲対象にならないような下らない能力でな」

「いいのかよ‥‥D級の時点で下らないと俺は問いたいんだが?」

「それは言わないお約束だと差異は思うが?」

「違いないな」

二人揃って空を見上げてクックックッと喉を鳴らして笑う、どんな二人だ‥‥本当に‥‥。

「‥‥まあ、そりゃ帰るよな‥‥‥SS級のエリート様だもんなぁ‥仕事もあるだろうし」

「そうだぞD級能力者、安心しろ、差異はお前が気に入ったからな、ぶっちゃけ?‥とやらで言うとな、また遊びに来てやる」

「使い慣れてない言葉を使うんじゃなねぇよ‥‥俺もぶっちゃけお前が気に入ったらしい‥‥たった二日しか一緒にいてないけど」

「たった二日だな、うん、差異もそこは疑問に思っている‥‥人生長いぞ?その中の二日で他人を気に入ると言うのはよっぽどの事だと差異は考えるぞ?」

「そうだな、しかもお前はSS級さまで俺はD級のクズだもんなぁ‥‥いや、マジで遊びに来いよ?」

「血塗れでか?」

「そいつは勘弁‥‥‥いまだに玄関の床に染み付いた血がとれないんだけどさ‥‥」

「‥‥そうか」

差異たちの真上で鳥がグルグルと浮遊している、周りすぎだ馬鹿者‥‥馬鹿にされている気分になる‥‥。

「そういえばさ、お前の能力ってなんなんだ?」

「うん?差異の能力か‥‥アレだな、一定の事柄の結果をある程度選択出来る‥って感じだな、うん」

「お~、わからないけど何か凄いな‥‥‥流石はSS級‥‥」

「嘘だな‥‥差異の言葉を理解出来ていない、適当な相槌だな」

「うぁ‥‥‥バレたか‥‥つうか俺たち鳥に馬鹿にされてないか?」

「うん、差異もちょうどそう思ってたところだ」



家に帰ってこの二日間と同じように江島恭輔に料理を作ってやって一緒にテレビを見た。そして風呂に入ってシャワーを浴びた後にお休みと告げた。

「‥‥‥明日からまた仕事だな‥‥血塗れ‥‥血塗れに逆戻りだな‥‥」

布団に横になりながら初日と同じように空を見上げる。

何だかここ数日、空ばかり見ている気がする‥‥‥気のせいだろうか?

「‥‥‥‥‥‥」

視線の先、そこにはこの前と同じようにうつ伏せのままの写真立て。

「‥‥‥‥いらんな」

ゴミ箱に捨ててみた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

深夜三時、眠れないまま俺は天井を見つめていた、天井の染みの数は昔から変わらない。

「‥‥‥‥‥帰るんだよな」

これで何度目になるかわからない同じ言葉、同じ呟き。

こんなに誰かと親しくなったのは棟弥以外初めてだ‥‥でも差異は何だか違うような気がする。

たった二日、二日一緒にいただけなのに‥‥‥‥おかしな感情だ、何だろう‥‥。

「‥‥‥‥‥‥」

血塗れ少女、初めて会った時は血塗れで‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥正直綺麗だと感じた。

揺れる金色の髪が綺麗だと感じた、深い紫色の瞳が綺麗だと感じた、白く雪の様な肌を綺麗だと感じた。

初めて手料理を食べさせてくれた。

「‥‥‥‥‥‥」

あー、何か、暗いわ俺‥‥‥悪い考えしか浮かばない、差異は本当にまた来てくれるだろうか?

『何だろう、あー、少し、頭が痛い、少しだ、少しだけ頭が痛い‥‥‥‥』

また、この家で独りの生活が始まるんだな、ずっと独りだったから別に何ともないぞ?‥そうだろ?

でもさ、そうなんだよ‥‥もう、誰かが俺のために料理を作ってはくれないんだよなぁ。

実はさ、まだあいつにいて欲しいんだよ、だってこの2日がさ‥‥たった2日が凄く‥‥凄く、こう、良かったんだ

『頭が痛い、蝉の声が煩い、煩いんだ‥‥鳴き止めよな‥‥‥‥』

いつもみんな俺の前からいなくなるじゃないか‥‥父さんも母さんもさ‥‥遮光も光遮も‥‥差異だってそうだろ?

『グルグルする‥‥蝉の声のせいだ‥‥グルグルする‥‥‥蝉の声のせいだ‥‥‥』

みんな俺が嫌いだからいなくなるんだ‥‥俺がD級だから‥‥一緒にいるだけで不幸が来るから‥‥。

『痛い‥‥どんどん痛くなる‥‥蝉の声も煩くなってくるし‥‥グルグル、グルグルグルグル、回るんだ』

でも、あいつは俺のことを気に入ったって言ってくれたよな?‥‥‥言ってくれたんだ‥‥でも、帰る。

だって所詮【【【他人】】】だからさ。

『所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人、所詮は他人』

だったらさ?

答えは‥‥凄く簡単じゃないのか?


”蝉が鳴き止んだ。”



差異は確かにその時空気が変わるのを感じた、能力を使うとき特有の‥‥肌を刺すような空気の震え。

「ッ?‥‥え、江島恭輔‥‥‥‥?」

いた、江島恭輔が‥‥部屋の隅に‥‥‥いつの間に部屋に侵入したのか?‥‥そんな些細な疑問は考えない。

この、部屋を覆い隠すような違和感、それに比べたら些細な事だ。

「女性が眠っている部屋に勝手に侵入とはな‥‥うん?‥‥夜這いだと差異は判断してお前を逆さ吊りにしても良いのか?」

江島恭輔は何も答えないし動かない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥江島恭輔‥‥‥何を思考している?‥‥‥‥‥差異に用があるから今”ここ”にいるのであろう?」

差異はゆっくりと布団から立ち上がる、それでも江島恭輔は反応しない。

「‥‥‥なぁ、この部屋さ‥‥‥母さんが使ってた部屋なんだぜ‥‥勿論、俺の母親だ」

ゆっくりと口を開く‥‥幽鬼のような、捉え所の無い‥‥覇気の無い声だ。

「そんな事は聞いておらん、差異はお前が何故ここにいるのかと問いてるのだ」

「母さんはいつもこの部屋で泣いてたんだよ‥‥妹と弟を抱きしめながら”あんな子”を生まなければ‥‥ってな、父さんはそんな母さんを見て俺を凄い目で睨みつけるんだよ‥‥‥こう、何て言うか‥‥凄い眼なんだぜ?いや、マジで‥‥」

差異の言葉には何も反応せず、ただ自分の”思考”のもとに言葉を発する‥‥”他人”なんて気にしない。

”気にしていない”

「‥‥‥‥‥江島恭輔‥‥‥お前‥‥‥‥」

「初めてだったんだ‥‥色々初めてだったんだよ‥‥例えばさ、お前が朝に料理作ってくれたろ?アレ、すげぇ嬉しかったんだぜ」

「‥‥知ってる」

「今日だってさ、外で一緒に手作りの弁当食ったろ?文句言ってたけどさ、あれも嬉しかった、うん、家族ってあんな感じなのか?
ちょっと感激してたんだぞ‥‥」

「‥‥知ってる」

「だから‥‥帰らないでくれよ、寂しくなるじゃん」

感情を感じさせない江島恭輔の言葉‥‥‥一つ言わせろ‥‥お前の独白は全部最初からわかっていたぞ。

「それは無理だと差異は答える、また来てやるから‥‥子供のように見っとも無く我侭を言うのはやめろ」

「‥‥‥やっぱり”そうか”」

「ッ!?」

江島恭輔が動く、”速い”、体が反応出来ない。

「ぐッ!?」

床に叩きつけられる、微塵も手加減をしていない‥‥呼吸が一瞬とまる。

「‥‥‥細い首だな‥‥少し力いれたら折れちゃうじゃんか」

「ッ‥‥‥‥‥一体何のつもりだ‥‥‥」

差異の能力は単体では発動しない、決められた”触媒”が必要なのだが‥‥それは部屋の隅でこちらを冷たく見つめている、いつもなら寝るときも布団に忍ばせているのだが‥‥気を抜きすぎた‥‥。

「別に‥‥ただ帰って欲しく無いだけだ‥‥お前に‥‥でも帰るって言うから‥‥言うから駄目なんだよ」

月の光‥‥淡い光が江島恭輔の顔を照らす‥‥無表情かと思ったが意外な事にその瞳は強烈な感情を映し出している。

爛々と輝く瞳は肉食獣のソレだ。

「でも、俺はお前が気に入ったから、離れたく無いんだ‥‥お前も俺の事を気に入ったって言ったじゃねぇか‥」

「‥‥ッぁ‥‥た、確かに言った‥‥差異はお前の事を好ましく思っていたが‥‥こ、こんな事をする”江島恭輔”じゃない」

ギリギリと首を締め付ける、やばい‥‥意識が飛ぶ‥‥苦しい。

「そんな事を思うのも”他人”だからさ‥‥他人だから下らない感情が付きまとう‥‥俺がお前に帰って欲しくないのも、お前が俺を好ましく感じていた事実も‥‥下らないんだ‥‥”他人”同士だから今こうやって俺がお前の首を絞めている現状があるわけだ」

「‥‥な、‥‥‥何を、何を言っている‥‥‥」

「‥‥もっと分かりやすく言えば良いか?‥‥”一つになろうぜ差異”」

その言葉を聞いた瞬間‥‥。



「ッぁあああああああああああああああああああああ」

苦しい、何だコレは?な、流れてくる‥‥‥”江島恭輔”が流れてくる、流れてくる。

「あ、ぁぁ、差異‥‥‥お前を染めてる‥‥俺が染めてるのがわかる‥‥わかるよ差異」

何処か歓喜さえ感じさせる”江島恭輔”の声、それすらも差異の頭に染み込んで行く。

ガタガタと体が震える、いや、痙攣している‥‥もう、どうにでもなれ。

「お、お前が‥‥さ、差異の中に溶けてゆく‥‥う、うん‥‥”差異”で合っているのか?」

思考が混濁する、いや、混濁などはしていないはずだ‥‥‥差異は差異なのだから‥‥。

「いや、違うな、差異‥‥お前は”俺”だろ?俺の”一部”が勝手に思考するな」

「う、うん?‥‥そ、そうだったか?‥‥あ、あ、違う、うん‥‥そうだ‥差異は”恭輔”だ‥‥」

「だったら、もう何処にもいかないだろ?お前文字通り俺の”物”なんだから」

「あ、当たり前だ‥‥そうだ、差異が恭輔の傍を離れるわけが無いだろう」

自分の言葉、その言葉で‥‥思考がクリーンになって行く、”元通り”になってゆく。

「それで良いんだ差異‥‥ああ、完全に溶け合う‥‥‥これでもう‥”どうしようもなくなる”」

「あ、あぁ‥‥‥‥うん、もう、駄目だ‥‥そんな事すら思いつかない‥‥思いつかないよ恭輔」

完全に溶け合った。



[1513] Re[3]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/27 00:37
 
 それは出会いそのものだった。

 今でも忘れないし忘れることが出来ないお互いを認識したはじめての瞬間。

 切っ掛けは些細な事だった、両親が身内の訃報とやらで家を一日開ける事になった。

 ワクワクした、何故なら我が家には宝箱が隠された秘密のお部屋があるのだ。

 お母さんがいつも隠し部屋を開ける時に使う鍵の隠し場所も覚えてる、ベッドの枕の下だ。

 今日もお母さんは家を出て行くときにあの部屋に絶対近寄ったら駄目と言ってたけど今日だけは自分は悪い子になるのだ。

「光遮~~~~、お母さん達の車見えなくなった?」

「う、うん、もう見えないよ」

 トテトテと女の子の様な顔を紅潮させながら弟の光遮か駆け寄ってる。

「よ~~し、それじゃあ秘密のお部屋の謎を解く冒険に出発よ!」

「う、うん‥‥‥でも絶対に後でお母さん達に怒られるよ?」

「バレなければ大丈夫よ!光遮の癖に私に口答えする気?」

「そ、そんな事無いよ!」

 少し不機嫌そうに睨みつけるとすぐに折れちゃうんだから光遮は‥‥。

「鍵はちゃんと持ってるでしょ?」

「う、うん」

 子供だったと思う、家の中に自分の知らない場所があると思うとソレだけでもジャングルの秘境にも勝るドキドキを感じれた。

「え、えっと、あ、アレ?あ、開かないわね‥‥‥」

 部屋の前に来た私は鍵を取り出してさっそくドアを開けようとするが、うまく開かない。

「まわす方向が違うんじゃないかな?‥‥んしょっと」

 ガチャ

 光遮が細く小っちゃな手で鍵をまわすと軽い音をたててドアが開く。

「べ、別に私一人でも開けれたんだからね!!」

「う、うん‥‥ごめん」

 私に怒鳴られてシュンと俯く光遮、チリンといつも首に身に着けている鈴のアクセサリーが音を鳴らす。

「そ、そんな事より、あ、開けるわよ」

「う、うん」

 少しドギマギしながらドアをゆっくりと開ける、ドキドキする、私は悪い子だ。

 キィィィィィィィ

 耳障りな音を立てながら開くドア、こんな音はいらない、いらなはずだ。

 パタン。

 完全に開く、秘密のお部屋は何一つ普通の部屋と変わらない‥‥ただ一点を除いては。

『‥‥‥‥‥‥だ、誰だ?』

 人がいる、知らない人だ、私より歳は上だろう‥‥驚いた瞳でこちらを見ている。

 誰だろう?‥‥何でこんな所にいるんだろう?‥‥秘密とはこの人の事なの?

 胸がドキドキする、頬が赤く染まるのを感じる、手に汗が湧き出てくる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 薄っすらとした暗い部屋の中で私はゆっくりと口を開いた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 意識が覚醒する、夢から眼が覚めたのだ‥‥いつもと同じ変化の無い天井。

「‥‥‥‥‥‥夢」

 夢を見ていた、幼い頃の夢だ、今の私を形成する原点となった大事な思い出。

 ”江島遮光”は確かにあの時にこの世に生を受けたのだ、間違いないはずだ。

「ふぁ、ほら光遮、貴方も起きなさい」

 私の体に腕を回してスヤスヤと眠る年下の弟‥‥光遮の小さな体を揺さぶる。

「ん‥‥遮光ちゃん‥‥?もう朝なの?」

 うつろうつろした瞳で光遮が布団から顔を出す、フワフワの髪を撫でながら私は頷く。

「ええ、早く着替えなさい‥‥早くね」

 私の言葉にコクリと頷きながらいそいそとベッドから出る光遮、かなり眠そうね‥‥。

「ん~~、遮光ちゃんは今日は何の訓練?‥‥AクラスとSクラスの合同訓練って今日だったけ?」

「ええ、そうね‥‥ボタン掛け間違えてるわよ、ほら、寝癖も‥‥‥」

 乱れている薄茶色の髪を櫛で丁寧にといてやる‥‥‥アレだわ、私より確実に綺麗な髪。

「ねえ遮光ちゃん、今度三連休あるけど‥‥ねえ、聞いてる?」

「ええ、聞いてるわよ‥‥それがどうしたの? ああ、こら、動かないの‥‥」

「でさ、あの、お、お家に帰らない?えっと、恭兄さま‥に、その‥会いたいし」

 櫛を止める、胸が冷たくざわめく。

「何を言ってるの?貴方と私の約束を忘れたの?そこまで馬鹿だったの光遮は?」

「痛ッ?、ご、ごめん遮光ちゃん、うぁ」

 櫛を捻りながら髪を引っ張った後に顎を持ってこちらを向かせる‥‥茶色の瞳が涙で滲む。

「‥‥ねぇ?今のは冗談にしては笑えないわ‥‥”まだ”会うわけにはいかないのは馬鹿な光遮にもわかってるでしょう?わかってないとしたら貴方を殺さないと駄目になるじゃない‥‥さあ、謝りなさい、謝れ」

 ギリギリと顎を締め上げながら瞳を合わせる、睨みつける。

「ご、ごめんなさい‥ごめんなさい‥もう我侭言わない‥‥我侭言わないから‥‥」

 瞳からポロポロと涙を流しながら謝る光遮、それで良い、間違いは正さないと。

「ええ、今のは我侭以外の何物でもない‥‥いいわ、許してあげる‥‥」

「あっ‥‥‥‥」

 私は光遮の顎から手をはなす、制裁はここまでだ。

「いつまで呆けているの光遮? 朝食の用意をしてくれないかしら?」

「う、うん‥‥‥あっ、‥‥じゃあご飯作ってくるね」

 急いでキッチンの方に向かおうとする光遮、わかりやすい性格だ。

 ガチャ

 光遮が部屋からいなくなると当然私一人になる、広い部屋だ。

「‥‥‥‥‥」

 光遮の机の上に置かれた写真立て、そこには私の家族が写っている。

【どいつもこいつもこの世の終わりです見たいなつまらない顔をしている】

 過去の私、自分では何も出来ないのにこの世だけは恨んでいる瞳、殺してやりたい過去の私。

 過去の光遮、今でも子供だが、もっと子供だった過去の光遮‥‥私より女の子らしく見えるのが気に食わない。

 死んだ父親、もう会うことは無い、会いたくも無い‥‥‥”コレ”は家族ではない、そう気付いた過去の私。

 死んだ母親、もっとも許せない、許したくも無い‥‥‥‥”コレ”も家族ではない、そう、私には不必要になった過去の存在。

「‥‥‥‥兄さん‥‥‥兄さん‥‥‥‥兄さん‥‥‥‥‥恭輔兄さん‥‥‥‥恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん」

 ここには、この写真の世界には写ってない人の名前を呼ぶ、光遮は今この部屋にいない、存分に名を呼ぶことが出来る。

「あぁ、恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん‥‥‥」

 こんな写真は偽物だ、こんな写真には何も価値なんてない、気付いたから私は今”ここ”にいる、”鬼島”にいる。

 捨てたんじゃない、恭輔兄さん、捨てたんじゃない‥‥すぐにだ、すぐに駆けつけてあげる、すぐに。

「恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん恭輔兄さん」

 私の”声”が一つに染まる、ああ、正しい事をしている‥‥いつでもこうやって振舞えたら‥そんな世界を創るために私はここに来た。

 夢でしか”今”は会えないけど‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。

「‥‥‥すぐに‥‥すぐによ‥‥江島遮光は‥‥‥ずっと恭輔兄さんを”守る”‥だから今は‥‥」

 今は”鬼島”に従う、世界の法則にも従う、己の理性にも従ってやろうではないか‥‥‥‥。

「捨てたんじゃない‥‥見捨てたんじゃない‥‥兄さん‥‥恭輔兄さん‥‥私と光遮が‥江島遮光と江島光遮が‥‥すぐに」

 私と同じ、子羊の名を、可愛らしい容姿に狂気を潜ませた弟の名を呟く。

「すぐにこんな世界を変えて見せるわ‥‥‥ええ、それはもう‥‥完膚なきまでに」

 自分でもわかる程に口元が三日月の形を描く。

「遮光ちゃ~~~~ん、ご飯できたよ~~~」

「ええ、今行くわ」

 ”世界を変えるために今日も従おうではないか”



「へぇ~、恭輔の妹さんと弟さんって鬼島のチルドレン候補だったんですね」

 差異の話を聞き終えた鋭利はニコニコと微笑みながら感心したように頷く。

「S級とA級と恭輔は言っていたが‥‥差異の予測だがまだ伸びる可能性はあるだろうな、うん」

「そうですね、A級やS級の能力者がSS級になる事は稀ですがある事ですし‥‥」

 能力者のランクの壁は絶対ではない、それは周知の事実である、ただしA級からの話になる。

 ”B””C””D”の能力決定は確定であり、それは死ぬまでに一生変わることは無い。

 しかし”A””S”の高位能力者になると己の力をさらに鍛える事でランクを底上げする事が可能なのだ。

「うん、どうやら恭輔の話だと二人とも優秀らしいしな、恭輔より年下の時点でA級とS級だとすると‥才能があるのだろうと差異は判断するぞ?」

「‥‥最年少SS級が才能あるって‥‥嫌味にしか聞こえませんよ?ソレ‥‥本当に‥」

「何を言っている、差異と沙紀の前は鋭利が最年少SS級だったと記憶しているが?そちらこそ十分な嫌味ではないか‥」

「あらら、知ってましたか?‥‥しかし、先程の‥お二人の出会いのお話を聞いて思いましたが‥‥恭輔は自己中心的ですね」

「そうだな、”自分”を客観視して言えば恭輔は確かに自己中心的だと思うぞ?だが差異には意味の無い事になってしまったし鋭利にも意味の無い事になってしまったな、今の差異には肯定も出来ないし否定も出来ない問題だな」

 そう言って時計を見る、そろそろ学校が終わる時間だな‥‥夜ご飯の準備を始めるには良い時間帯だな、うん。

「しかしその無意識での自己中心的な行いで私達二人も行方不明‥‥ええ、その事実は否定できません‥‥自分で言うのも何ですが私達二人は”鬼島”でも有数のSS級能力者‥‥それが二人もD級の能力者の関連で行方不明‥‥そうですよね?」

「ああ、そう言う事か‥‥差異はそれも考慮はしていたぞ?‥‥そろそろ”鬼島”も動き出すだろうな‥‥差異と鋭利の所属の違いから考えると”腕”‥‥第三者の”腕”だろうな‥‥それと強制的に割り込んでくるであろう沙希、これは確定だな」

 椅子から立ち上げってエプロンを付ける、アヒルの模様をあしらったエプロンでお気に入りだったりするのだが‥何より胸のところにある大きなポケットがお気に入りだ、恭輔に買ってもらった熊の縫ぐるみがスポッと完璧に収まるからだ‥‥そこが差異のお気に入りの理由だな。

「あ~、”腕”なら私と差異だったらSS級が相手だろうが負ける事は無いでしょうが‥‥沙希ですか‥」

 困り顔の鋭利、それを横目に見ながら熊の縫ぐるみをポケットに収める、完璧だな、うん。

「まあ、沙希が来たときは差異に任せるが良い、そこはもう考えてるんだぞ?実はな」

「へっ?そ、そうなんですか‥‥差異がそう言うなら大丈夫だろうですけど‥‥ちなみに策は?」

「うん、なぁに‥‥‥‥大した事ではないぞ、」

さて、今日のメニューは‥‥っと、冷蔵庫に豚肉があったな、う~~~ん、悩むな。



「‥‥‥何か凄い嫌な予感が‥‥‥‥」

 僕はコンビニの前でカップヌードルを啜りながら頭をポリポリと掻いた。

「しかし‥‥‥僕って‥‥どうしてこうも方向音痴なんだろうね」

 ここは何処だろう? 資料に書かれた住所‥‥D級能力者の家に行きたいのだが‥‥行けない。

「‥‥うあ‥‥で、でも僕はまだ社会的に見れば”子供”なんだし、天才にも欠点がないと人間味が無いしね」

 汁まで飲み終えたカップヌードルをゴミ箱にちゃんと捨てる、マナーにはうるさいのさ僕は。

「さて、ここまで迷ったなら出たとこ勝負だね、とりあえず、適当に歩くとしようじゃないか」

 お腹も一杯になったしまだまだ歩くぞ、適当に。

「‥‥やっぱこの欠点は致命的だよね」



「アルバム持ってきたか?」

 江島はムスッとした顔で俺に手を差し出す、どうしよう。

「い、いや‥‥アレなんだよ‥‥‥」

「忘れたのか?」

 俺の言い訳を遮る江島、逃げ場はないようだ‥‥。

「そうだよ、忘れたよ!忘れてしまったよ、俺にも忘れた理由は不明なんだ!」

「それはお前が馬鹿だからだ‥‥‥はぁ、別にいいよ、何となくそんな気がしてたし」

 何処か疲れたような顔でリュックを背負いなおす江島。

 出会った当初はもっと優しい対応をしてくれたのにな‥‥時間って残酷だなぁ。

 つうか小学校高学年なるまで学校に行ってなかったらしいから当然だったのかも‥‥出会った時はクラスでずっとビクビクしてたし。

「な、なんだよ‥‥その優しげな眼は‥ちょ、ちょっとつうかだいぶ気持ち悪いぞ」

「なに‥‥大きくなったな、もっと大きくなって俺を優しい気分にさせてくれ」

「意味がわからないぞ‥‥いや、棟弥は昔から意味がわからなかったか‥‥」

 失礼なことを言いながら納得する江島、何気に傷ついてるんだけどな俺‥‥‥。

「ひでぇな‥‥なあ、カラオケいかねぇ?」

「と、唐突だな‥‥‥」

 俺のカラオケの誘いに目を瞬かせる江島、いや、元から誘う気だったんだけどな。

「いや、姉ちゃんが2時間無料券くれてよ、今思い出した‥‥朝に言おうと思ってたんだけど‥」

「忘れてたんだろ?別にいいぞ‥‥それじゃあ」

 江島は携帯を取り出して手早くメールを送る、アレか?最近家に住んでいるあのガキにだろうか?

「じゃあ、行くとするか」

「おう」

 そういえば江島の携帯‥‥この前見たのと既に違うじゃねぇかよ‥‥新しい物好きめ。

 俺も機種変更しようかなぁ。



 夜に染まる、まあ、黒色に染まるわけだ‥‥空には星がキラキラしていて、すっかり世界は夜に屈服して黒色だ。

「歌ったなぁ、つうかお前のガムシャラ系ばかりには正直付き合えねぇわ、俺!」

 棟弥の疲れたような顔を見てムッとする、失礼な奴だな‥‥青春系と言え。

「好きなんだよ‥‥お前こそマイナーバンドのオンパレードじゃないか、マイク持たされても歌えないっつーの」

「好きなんだよ‥‥」

 自動販売機でジュースを買いながら夜空を見上げる、空を見るのは好きだな‥‥広いし。

「あーー、喉が痛い‥‥久しぶりに歌ったな」

「そうだな、だが俺は思う‥‥もう少し自重して歌うことを俺たちは覚えるべきだ」

「違いねぇ」

 俺の言葉に棟弥は苦笑しながら同じように夜空を見上げる、何をするわけでもないが気分はいいものだ。

「そう言えば江島、お前さ、今日返却されたテスト赤点だっただろ? しかも3教科も」

「み、見たのか?プライバシーの侵害だぞ!この馬鹿!」

 誰にも見られないようにすぐにリュックに隠したはずなのに‥‥この野郎。

「へへっ、馬鹿はどっちだっつーの、今度勉強教えてやるよ、付いていけてねぇんだろ?」

「‥‥あ、あんがと」

 素直に感謝する、本当に勉強は苦手だ‥‥‥いや、もしかして俺が馬鹿なだけなのか?

「‥‥‥‥‥‥まさかな」

「その自分を誤魔化す様な呟きは何だ?とりあえず聞き流しておいてやるけどよ」

 俺の横を歩く棟弥、社会面では破滅的な馬鹿だが勉強だけは何故か出来る‥‥こいつに定期的に勉強教えてもらわないと俺は進級できない気がする‥‥最大の弱みだ。

「‥‥‥‥棟弥?」

 棟弥の動きがとまる、合わせて手で制止させられる俺。

「ど、どうした?」

 いつもの棟弥の雰囲気じゃない、どうしたんだ?財布でも落としたのか‥‥これで馬鹿扱いし返せるな、チャンスだ。

「棟弥、財布でも落としたのか?‥‥馬鹿だからなお前‥‥とりあえず来た道戻ってみようぜ、棟弥?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥江島は動くなよ、出て来いよ」

 棟弥は俺の手を引いて自分の後ろ側に引っ張る、えっと、何なんだ一体‥‥。

「うぉ?!もしかしてバレてるッスか?バレてるッスか!?」

「ああ、さっさと出て来いよ‥‥つうか喋った時点でバレるだろう‥‥馬鹿かよ」

 棟弥の言葉に反応するように闇の中に影が浮かぶ、何だ?何処から出てきた?

「‥‥‥‥‥‥‥」

 目の前に出現した猫の耳の様なものを頭の上でピコピコさせた少女‥‥どうしようもなく、やるせないのは俺だけなんだろうか。

「えへへ、隠れるのは得意なんッスけど‥‥バレたら仕方ないッス、ちなみにこの語尾は昔からの口癖なので突っ込みは禁止ッス」

「‥‥い、痛い」

「‥‥‥俺もだ」

 とりあえず物凄く家に帰って差異の作った飯を食いたくなった‥‥今日の晩飯は何だろう‥‥。




「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥江島は動くなよ、出て来いよ」

「うぉ?!もしかしてバレてるッスか?バレてるッスか!?」

 捕獲対象者の横にいた男の言葉に汪去(おうこ)はビクリと体を震わした。

 ば、バレてるッス‥‥潔く姿を現すのが”王”である汪去の正しい行動ッス!

「えへへ、隠れるのは得意なんッスけど‥‥バレたら仕方ないッス、ちなみにこの語尾は昔からの口癖なので突っ込みは禁止ッス」

 とりあえず初対面の人にいつもの挨拶をする、この口癖のせいで初対面から円満な関係が築けないのはごめんだからだ。

「‥‥い、痛い」

「‥‥‥俺もだ」

 捕獲対象者の人と汪去が隠れているのを見破った人が呟く、何処か怪我でもしてるのだろうか?

 でもすぐにボロボロにするから関係無いッスね、痛いと感じないまでボロボロにしてあげれば喜んでくれるッスかな?

「こんばんわッス、鬼島の”腕”所属の汪去ですッス!D級能力者の貴方を捕獲に来たッスよ?」

 これから起こるだろう残虐的行いに興奮して尻尾が揺れる、ゆらゆらゆらと空気を裂く、気分が高まる。

「そいつは出来ねぇ相談だな、江島にはまだアルバム返してねぇし、明日まで待ってくれね?」

「それは無理ッスね、汪去は真面目ッスから決められた仕事はその日に終わらすッス」

「見た目と違って意外と真面目なんだな、つまんねぇ女」

「社会人の常識ッスよ」

 髪が逆立つ、目の前の獲物はどちらかと言うと強敵の部類と判断する、これは楽しみだ、全力で行けるだろうか?

「じゃあ戦うしかねぇな、俺って社会に反抗的な人間だし」

「お、おい棟弥、何言ってるんだよ、逃げるぞ!」

 捕獲対象者はうろたえているようだ、逃げても無駄だ、だって汪去は足が速いのだ、無茶苦茶。

「お友達は逃げたいようッスね、いいんッスか?」

「だってお前、見た目通り肉体作用系だろ?‥足速そうだ‥‥しかも常に変質してるレアなタイプの‥‥いや、違うな‥”遠離近人”(とおりきんじん)か?‥‥人と遠く離れていてなお近くにいるって言う‥どちらかと言うと”鬼島”じゃなくて”井出島”(いでしま)じゃないのか?」

 ここ数十年で急速に確認されるようになった能力者とは別に過去から現代までにはそれ”以外”の能力者とは別のベクトルで存在する”超越者”が存在する。人間や能力者とは異なる概念や遺伝子、そして伝説で存在する者、それを”遠離近人”と呼ぶ。能力者を統べる組織が”鬼島”のように”を遠離近人を統べる組織、それが井出島、人外しか存在しない‥‥”井出島”。

「詳しいッスね、確かに自分は能力者ではなくて”遠離近人”の王虎族の汪去ッス、しかしそれで井出島に所属してるかは話が別ッスよ」

「へえ、その理由を聞きたいんだけど」

「簡単ッスよ、給料が良いんッスよ、鬼島の方が!」

 本当は理由はそれだけではないのだが今はそんな事を説明するよりも早く戦いたい、血が見たい。

「うおっ?!尻尾振り過ぎだっつーの!殺る気まんまんなのがわかるんだけど?」

「さあ、殺し合いをはじめるッス、さっさと、ちゃっちゃと血を見せて欲しいッス」

 今夜は満月だ、高揚した気分を鎮めるために、血肉を貪るために、駆け出す。

月が悪いのだ。



 もう既に夜中だ、暗いし足も痛いし道にも迷った。

「うぅ‥‥‥ここは何処なんだろ?‥‥」

 ダルイ、寮に帰ってフカフカのベッドに沈んで幸せを噛み締めつつ寝たい。

「‥‥‥怠慢だ‥‥何が怠慢なのかわからないけど‥‥ちくしょうとだけ言いたい」

 フラフラする、こんな事なら恥を忍んで同僚の暇そうな誰かに一緒に来てもらえば良かった。

 今更反省しても遅いから‥‥それが後悔なんだと僕は噛み締める。

「ん?」

 何だろ?空気がざわめいてる‥‥僕の大好きなざわめきだ‥‥。

 遠目にだがはっきりと見えて来るざわめきの本体、これはおもしろそうじゃないか。

「へ~~、あの耳、尻尾‥‥遠離近人の虎族でもレア系の王虎族じゃないか‥‥ふむふむ、気配からして若い兄さんの方はA級の物理系能力者、あの歳でやるね、天才の僕には及ばないけど」

 さて、どうしよう?あの王虎族が”井出島”の所属だとしたら迂闊に手を出すわけにはいかない、鬼島と井出島はお互いに不可侵なのが暗黙の了解、別に自分としては戦っても良いのだが‥‥職を失うのは嫌なんだよ、うん。

「まあ、とりあえず観戦と洒落込みますか‥‥」

今日は月が綺麗だから‥‥たまには月明かりの下で傍観者を気取ってみようじゃないか。



[1513] Re[4]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/23 01:03
 森が広がっている、異形の住まう、人ならざる者の存在しか認めない空白の森。

 この世界を統べる勢力の一つ”井出島”、異形の森の住民。

 人間に近く遠い”遠離近人”の集合体、統べる名は”井出島”

「鬼島の”水銃城”と”選択結果”が行方不明だと?その話は本当か?」

「う、うん、みんな噂してるんだから、森はこの話題で持ちきりだよっ」

 背中に透き通った羽を持つ小さな少女‥‥コウが口早に喋りながら宙を浮遊する、邪魔だな。

「そうか、あれ程の力の持ち主が行方不明とは‥‥そこに”強者”が‥‥俺を楽しませてくれる強者がいるかもしれんな」

 ザワザワ、森が鼓動する、この森の主‥‥”律動する灰色”が笑ったのだ、お前らしい言葉だと。

「無論だ主よ、強き者と戦いたいと思うのは戦士として当然だ、そして絶対だ、直接”鬼島”を含めた”異端組織”との戦闘か禁じられてる今の世にとって戦う糧を見出せる場所があるなら、俺は迷い無く駆けつけるぞ」

 異端組織、人の及ばぬ力を有する者共の集まり、それぞれのルールに従い己の世界を統べている。

「ええっ!?戒弄(かいろう)ちゃん、もしかして‥‥‥‥」

「無論だ、その件のD級能力者に会いに行く、任務は暫く休ませて貰うぞ主よ?勿論、異論はないだろう?」

 ザワザワ、先程と同じように森が揺れる、ふむ‥‥‥小煩いぞ主よ‥‥。

「わかったわかった、それはもう聞き飽きたぞ‥‥俺もそこまで馬鹿じゃない‥‥一般の人間には手を出さん‥人外の分際でモラルに煩い森だな‥‥」

「戒弄ちゃん!だ、駄目だよ‥‥今日と明日はコウと一緒に遊んでくれるって約束したのに!う、嘘つき!」

「お前も煩いぞコウ、そんな事は何時でも出来るし俺にとっては絶対に必要ではない‥‥優先度の問題だ、すまんな」

「うぅ、戒弄ちゃんは何時だってそうなんだから‥‥たまにはコウの約束を守ってくれてもいいじゃない‥」

「次だな、次‥‥それにどうせ俺と一緒に付いて来るんだろ‥ちょっと血生臭い遊びになるだけだ、問題ない」

 緑色の髪を逆立てながら怒るコウを嗜める、毎度ながら面倒臭いな‥‥。

「うーー、戒弄ちゃんだけで行かせたら心配だもん、主に壊したり殺したり壊したり殺したり」

「‥‥否定はしないがな、さて、そろそろ出かけるとしよう」

 メキメキと音を立てながら目の前の大木が真っ二つに開かれる、木の上に止まっていた鳥達が驚いて空にバサバサと飛んでゆく。

‥‥‥鳥と言っても無駄にでかかったり人型だったりするが‥‥まあ、飛ぶから鳥だろう。

「戒弄ちゃん‥‥いつも自分本位なんだから‥‥‥いつまでもそんなのじゃ番いになってくれる人いないよ?」

「別にそんなものには興味は無いな‥‥それでは血を啜りに行こうでは無いか、獣らしくな」

 真っ二つに開かれた木の内側、闇の中に足を踏み出す、血の臭いと肉が飛び散る戦いに身を差し出せるなら何処までも勇んで行こう。

 森が鳴く、見送りの言葉は”殺しすぎるなよ”

‥‥‥‥余計なお世話だ。



 空気が鳴く、弾丸のような速さで蠢く虎の猛威にか細く震えているのだ。

「‥‥ッ!?」

 意識を開放する、遅い、もっと集中しなければ‥‥そこにはあるのは虎に食い殺される惨めな自分。

「遅いッスよ! ああ、遅いッス、そんなに血の海に早く沈みたいッスか!?」

 アレだ、先ほどまで五歩前までの距離にいたはずなのに、気が付けば目の前の少女に”見える”存在のか細い腕が自分の目の前に迫ってきているではないか。

 虎の一撃。

「沈みたいわけねぇだろ、こう見えても俺って血を見るのが苦手なんだよ!」

 意識が染まる、行ける、間に合う‥‥人外には情けなど無用だ、望むのは目の前の少女の姿をした者への圧倒的な死。

 視界に収まっているソレに意識を向けるだけ、それだけでそれは手に入るのだ。

「ッ!?」

 べキッッッッ!

 地面が沈む、そこには自分の望む死の結末は無い、あるのは見っとも無くへこんだ地面だけ‥‥避けやがった?

「ふう、危ないッスね‥‥ありがちな念動力ッスか‥‥少しがっかりッス」

「ありがちって言うんじゃねぇよ‥‥‥つうかあの距離で避けるか普通?このアニマル野郎が」

 電信柱、いつの間にかその上に移動している”ソレ”を見て嘆息する‥‥どんな跳躍力だよ。

‥‥つうか夜目で眼が爛々と光っていてマジ怖ぇぇんだけど。

「だって避けないと痛いじゃないッスか?汪去には痛みで喜びを得る特別な趣味は無いッスから」

「そうかよ、じゃあ教えてやるぜ」

 自分自身に念を纏わす、ありがちありがちって言われる念動力だがA級ぐらいになるとこう言った使い方も出来る。

 浮かぶぜ俺、全力で。

「棟弥‥‥お前‥空飛べたのか‥‥無茶苦茶羨ましい‥‥今まで何で見せてくれなかったんだよ」

 眼をキラキラとさせて俺を見上げる江島、状況わかってんのかコイツは?

「無茶苦茶疲れるんだよコレ、そんなに飛びたいなら飛行機にでも乗りやがれっつーの」

「‥‥夢が無いじゃん、今度千円で俺を飛ばせてくれ、マジ頼むわ」

「‥‥‥血の海に沈みつつその血で溺れ死なないでこの場を逃れれたら幾らでも浮かせてやるよ、はぁ」

「お話はそれで終わりッスか?」

 アニマル野郎がニコニコと問いかける、それだけなら良いのだが尻尾が高速で動き回っている。

 さながらネズミを痛めつつ遊ぶ猫のソレだ、無論痛められるネズミの役割は俺だろうな、素直に認める。

「まだ話したいんだが続きはお前のその煩わしい尻尾を千切ってからにするよ、見てるだけでムカつくし」

「あはは、そんな事を言う下らない口を持つ貴方‥‥さっさと死ぬッスよ」

 シャッキ、ほんの瞬きの間に長く伸びるアニマル野郎の爪、切れ味がすげぇ良さそうだ‥‥家の料理鉄人な姉ちゃんお気に入りの包丁と同じ光を放っているし‥‥ついてねぇな、ついてねぇ。


「だったらお前は潰れやがれ、道路で良く轢かれて死んでいる猫のように」

 俺は浮いている、ウッシ、浮いてる相手にそうそう攻撃出来ねぇだろ、今からたらふく苛めてやるぜアニマル野郎。

 バサッ

「これで飛べるッスね、鳥にも負けない大自信ッス」

 月の光を浴びたソレは翼を広げつつ満足げに頷く、アレ?話の展開を読まない野郎だな‥‥ちくしょう。

「お前‥‥虎じゃねぇのかよ‥‥虎に翼はねぇからさっさとそれをしまえ、今すぐに、全力で」

「お断りッス、汪去は虎では無くて王虎族ッスから、非常識が自分達”遠離近人”の十八番ッスから‥見た目だけで判断すると死ぬッスよ」

つうか普通は人型の生き物から翼が生えるとは想像しない‥‥でもこいつの場合はオプションで獣の耳やら尻尾やら元から付属していたしな‥‥翼を生やすのも許容の範囲なのか?‥‥いや、認めない‥‥認めたら何か負けだ。

「‥‥‥アニマル野郎、テメェは空中では鳥にも負けない自信があると言ったよな?」

「そうッスね、それがどうしたッスか?さっきから会話ばかりで戦ってないじゃないッスか?」

「俺もお前に言ってやるぜ‥‥‥俺は鳥より飛ぶのが下手だ‥空で戦うのマジで苦手」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥よし、すぐに殺してあげるッスよ」

‥‥‥‥‥‥‥‥やっぱ地上で戦おう‥‥それが良い、そして負けよう。


 虎の少女が翼を生やした時から棟弥は既に戦いの選択の一つである勝利は抹消したのだろう。

 今理解した、それはもう的確に‥‥何せ長い付き合いだ、嫌でもわかる。

 棟弥が言葉巧みに虎の少女との戦いを先延ばししていることが、理由は簡単だ、勝てないからだ。

 そしてさらに理解してしまう、棟弥は俺に逃げろと言っている、逃げてしまえと本気で言っている、思っている。

 地上での衝突、それで煉弥は理解してしまったのだ‥‥このままでは勝てないし血の海に溺れながら死ぬと、

 蒼い月の光を浴びながら思案する、普通に戦えば死ぬ、棟弥はだから空中戦にかけようとしたのだ、そして失敗。

 棟弥は必死の形相で空から襲ってくる容赦の無い爪をかわしている、もっとだ、もっと思案しないと棟弥は死んでしまう。

 自分だけで逃げることは簡単だ、走ればいい‥全力で、それはもう必死の形相で走ればきっと逃げれる、棟弥が足止めしてくれる。

「ッ!?てめぇ!虎なんだから地上で戦えっつーの!そして神の奇跡で足を挫いてくれ!その動けない間に殺してやるから!」

 べキッッッッッッ 飛ぶ、棟弥の念が空中を駆けるが空回る、虎の少女のあまりのスピードに眼と意識が追いついていないのだ。

 あそこまで俊敏性と回避性のある虎の少女との念動力の相性は最悪だ‥‥念を放つまでのタイムラグがありすぎる、当るわけが無い。

「思ったより弱かったッスね、残念ついでに期待外れへの貴方に怒りをぶつけるしかこの高揚は納まりそうも無いッスね」

 ザッシュゥ、耳障りな音がする、そんな音を聞いてしまったら思考が出来なくなってしまうじゃないか。

「ぐっ?」

 棟弥が地面に叩きつけられる、背中を鋭い爪で斬り付けられたのだ、倒れるに決まってるじゃないか。

 ああ、どうすればいいのだろう、D級の自分が、自分の能力も理解していない自分が出て行ってもお荷物だ、邪魔だ。

 この背中に背負っているリュックを虎の少女に投げる?馬鹿らしい、本当にそれでは馬鹿ではないか、呆れる。

 だったら今から誰かに助けを求める?誰も助けてなんかくれない‥‥ずっとわかっているじゃないか、世界は厳しい、冷たい。

 最後の答えは名案だ、このまま俺が捕獲される、それなら、それなら安心だ‥‥安心のはずだが、でも虎の少女が棟弥を見逃してくれるって言うのは甘い考えだ、だって彼女は虎なのだ、外見は少女のソレでも獲物は必ず殺す、わかる、それは恐らく絶対な事なんだ。

「さぁて、やっと血肉を貪れる幸せな時間がやって来たッスね‥‥処理班が困らないようにあまり散らかすのはやめるッス、でもやっぱ他人事‥‥派手に飛び散ってもらうッス」

 死が迫っている、ああ、その相手は俺の友達なんだよな‥‥はじめて出来た最初で最後の友達だ、それが最後を迎えつつある。

「ッあ‥‥‥無茶苦茶いてぇんだけど‥‥こ、こんなに血が出てるじゃねぇかよ‥‥血を見るの苦手って言ったじゃねぇかよ」

「じゃあ見れないように眼球をくり抜いてやるッスよ、汪去の優しさを噛み締めつつ安心して血の海で溺れるッスよ」

「‥あ、ありがたくで涙が出るぜ‥」

「眼が無くなる前にしっかり泣くッスよ?もう涙流せないんッスから‥‥」

 スタッ、軽い音をたてて地面に降り立つ虎の少女、耳と尻尾がゆらゆらと楽しげに‥死を誘うように蠢いている。

 どうする?どうする?眼球をくり抜かれて悶絶する棟弥が見たいのか?見たいわけないじゃないか‥友達だぞ?

 今の俺には何がある?どうやったら棟弥を、棟弥の瞳を、両目に開いた虚空の洞窟を見なくてすむ?

 俺には手がある、これで虎の少女を殴るのか?‥‥無理だ、あっさりとかわされて殺されてお終いだ。

 俺には足がある、棟弥を背負って逃げるか?無理だ、相手は空を飛ぶような人外だ、すぐに捕まってお終いだ。

 俺には能力があるらしい、あやふやで形の無い理解していない能力だ、そんなものに頼れるわけが無い、最初からお終いだ。

 俺には‥何がある? この状況を打破するだけの‥‥‥何がある?

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あるじゃないか。

 あるじゃないか、なあ?

「無論だ、うん、アレを殺せば良いのだな?」

”幼いが‥‥意思のあるしっかりとした声”

そうだ、俺には使える”部分”があったんだ。



 一方的な展開を見るのは好きじゃない、A級の能力者らしい兄さんが血塗れに染められて行くのを見て飽きが来た。

 ポケットからガムを取り出して口にする、スースーして気持ちいい、好きだなコレ。

「確実に‥‥能力者のレベルで言うとSS級‥‥A級の兄さんに勝ち目は無しっと‥‥僕だったら1分もかからずに倒せるね」

 しかし遠目にしか見えないけどもう一人誰かがいるのが見える、能力者特有の気配はするけど‥‥微弱すぎだろ。

「天才の僕と比べるまでも無い存在ばかりだね、弱い、弱い、弱い、み~~~んな弱い」

 程度の低い戦いだ、お粗末すぎる、一方的でおもしろくない‥‥。

「‥‥‥んっ?」

 何だ? 少しおかしな気配がする、良く知っている気配だが何だか知らないような‥‥‥。

 うーーーん、凄い見知った気配だ、でも何でこんなにも思い出せないのだろう?

 知ってるはずだ、僕はこの気配の持ち主を、圧倒的な威圧感の持ち主を‥‥‥。

 でも思い出せない、理由は曖昧だが‥曖昧だからこそ理解できる、僕の知ってる気配だが”変質”している。

 そしてフッと視線を飽きたはずの世界に向けると‥‥‥そこに”姉”がいた。

 蒼い月の光に照らされて立っていたのだ‥‥‥違和感を放ちながら。



 呼ばれたから来た、それまでだ、それは絶対の命令として無意識で受け取る、それが差異の在り方。

「無論だ、うん、アレを殺せば良いのだな?」

 恭輔の望みを理解する、ならばそれはすぐに差異の望みになる、いや、最初から差異の望みだ。

「ああ、別に殺す必要は無いぞ?追い返してくれたらいいんだ、ああ、それでいいはずだ」

「そうか、恭輔は傷ついていないな?それにより心の変化が差異には出るぞ?大きくな」

 恭輔は”差異自身”でありながらも他人としても認識はある程度出来る、自分への信愛と他人への親愛、差異への信愛と恭輔への親愛。
二重の物事を感じて差異は判断する、無論差異は第一に”恭輔”である事が当然。

「いや、別に無いぜ、兎に角だな棟弥が血塗れで気絶しつつかなりヤバイ、さっさと仕留めろ」

「ん、恭輔は大事無いのだな?だったら差異の他としての怒りは無いな」

 構える、今まで通り、今までしてた通りにナイフを構える、手に持つは俗に言うバタフライナイフだ。

「ゆ、行方不明の”選択結果”の差異ッスか‥‥‥何の冗談ッスか?」

「冗談? 冗談で差異は他者に刃物は向けんぞ?ほら、さっさと戦闘態勢をとれ、うん?黙って死ぬのがお前の望みか?」

「!?‥‥‥‥あ、貴方は‥‥自分が何をしてるのわかってるッスか?」

「うん、それは深く理解しているぞ、差異の今している行為は明らかに”鬼島”に対する裏切りだな、さあ、構えるがいい」

 差異の言葉に大きく目を見開く王虎族、隙だらけだ、もう殺してしまおうか?

「う、裏切る気ッスか? 鬼島を?‥‥‥正気ッスか?」

「ん? 正気だ、そうだ、差異はいつでも正気だぞ?恭輔を、”自分”をあるがままに感じて判断して行動して、お前を殺すためにこの場に立っている、それが正気で無いとしたら世界が狂ってるんだろうな、ならば、嫌な世界だな」

「‥‥‥汪去の目的はそこのD級能力者の捕獲ッス、貴方と争う気は無いッス‥‥」

「?‥‥だったら差異は”自己”防衛としてお前を殲滅するしかないのだがな、うん、そろそろ行くぞ?会話にも飽きたし恭輔が焦っている、だから、恭輔の思考のままに差異はお前を倒すとしよう」

「ッ!?」

 軽くナイフで斬り付ける動作。

 これで十分だ。

 月が蒼い、そして赤が咲く。



「ッ!?」

 ”選択結果の差異”鬼島の中でも最強の一つとして数えられる能力者、知っていたはずだ、自分は。

 そして何処か違和感を感じさせる声音、これではまるで別の世界の存在‥‥ここまで彼女は異常ではなかった筈。

「な、何で?‥‥避けた筈ッス‥‥何で避けた筈なのに‥‥こんな‥‥」

「うん?簡単なことだぞ、今差異は右から斬り付けただろ?でもお前に避けられた、だから違う結果を選択した、もしもの可能性である”左”から斬り付けた場合の結果を選択しただけ、それだけだ、うん、何もおかしくないぞ?」

「せ、選択結果‥‥‥これがナイフを媒体とした場合のみに発動する無敵に近い能力‥‥‥無限の斬り口ッスか‥‥」

 逃げようの無い能力のはずだ、ナイフを使ってあらゆる場所を斬り付ける選択を全て選べるのだから‥‥避けようが無い。

 そして逃げようが無い。

「そんな大層な物ではないと差異は判断しているがな、人の形をした者を殺すのには便利な力だがな、うん、そうだ、例えばお前とかな」

 怖い、汪去は思う、今だって手加減されてた、本当は首を一突きした結果を選択しても良かったはずだ‥‥でもしなかった。

「‥‥何で殺さないッスか?もしかして哀れみが選択結果の心の中に存在したとか言う冗談ッスか?」

「お前はまだ情報源として使えると差異は判断した、それだけだぞ、まあ気絶しろ、こちらも急ぎだからな」

 ドゴッ

 大きく裂けた脇腹を問答無用に蹴り上げる選択結果、息が出来ない、痛いとは感じない、血が溢れる。

 ドゴッ、ゲシッ、ゲシッ。ガッ。

 早く気絶したいッス‥‥‥‥やっぱ痛い、痛い、本当に‥‥血が足りない。



「‥‥‥‥‥うあ、差異ったら相変わらず手加減無し‥‥‥‥優しさの足りない女」

 気絶したであろう王虎族の傷口をゲシゲシと無表情で蹴ってる姉を見て震える。

 顔血塗れだよ‥王虎族の返り血で‥‥とっくに気絶してるだろうに‥‥ちょっと可哀想と僕は感じるよ。

「いつもの差異で少し安心したけど‥‥‥でも、おかしい、差異が他人のために動いてる‥おかしいな」

 ブツブツと呟いてみる、口に出すと疑問がさらに膨れる、他者を良しとしない差異が他者に従う、あり得ない。

「‥‥‥ん?」

 差異に近づく男がいる、顔が立ち位置と闇のせいで見えなかった男、能力者であろう男。

‥‥‥あの写真の顔だ、D級能力者の顔‥‥やっぱり差異と一緒にいた‥‥‥予想通り、予測通りだ。

「‥‥今、顔を出すわけには行かないようだね‥‥差異の様子もおかしい、気配にも違和感がある‥‥もしかして何かしら精神操作されている?まさか、あの差異が?あり得ない‥‥しかもD級能力者に?‥‥アホらしい、馬鹿らしい、うーーん」

 血塗れの兄さんを背負って立ち去ろうとするD級能力者、差異は王虎族の頭を掴んでズルズルと引きずる‥‥おいおい。

 まあ、疑問は観察により解けるってね、とりあえず家まで案内してもらって張り込むとしますか。



「‥‥‥うん、差異の予定通りだな、このままうまく行くであろう流れに感謝しようではないか」

「はぁはぁ、糞重い‥‥‥うぅ、血がべっとり背中に張り付くし‥‥しかもさり気にこいつ大した傷じゃ無かったし‥」

 夜道を歩く、足は痛いし背中のものは重いし、何だか最悪だ、何だかじゃないか‥‥最悪そのものだ。

「我侭を言うでない、鋭利など家で空腹に耐えて恭輔が帰ってくるのを待ってるのだぞ?さっさと歩けと差異は冷たく言い放つぞ?」

「‥‥‥自分自身に冷たくされてもなぁ、差異、今しているいやらしい笑みの理由は?」

 差異が珍しく笑っている、俺の感情を受けないで笑っている、ゾクゾクする。

「なぁに、うまく話が進んでるからだ、差異の、”恭輔”の思いのままに餌が来ているからな、うん、役に立つ餌だぞ?」

「そうか‥‥‥」

 差異の言葉の意味は全然わからなかった、けど何故か背筋にゾクゾクと快楽に似たものが鼓動するのを感じる。

 今まで二回感じたことのある感覚だった。



[1513] Re[5]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/23 06:48
 呼吸をするようにソレは当たり前なことなんだと。

 理解したんだと思う、この世界はとても冷たい物で構成されていることを。

 それに気付くまでの自分は価値が無かった、まったくの価値なんてものは存在しなかった。

 僕はソレに気付くのを避けていた、避けなければ生きてゆけないと知っていたからだ。

 知っていたんだ、世界は冷たいから、たった一つの温もりを覚えてしまうと狂って消えて行くしかないのは自分だって。

 知ってしまったんだ、全てを投げ出す程の感情を肉体を、他者に与えるのがこんなにも素晴らしいことなんて。

『恭兄さま‥‥』

 会いたい、けどソレはまだ見えない。



「光遮くん、今からお昼ご飯?」

 わたしはガチガチに緊張しながら目の前に座る小柄で華奢な同級生に話しかける‥へ、平常心。

「あ、うん‥‥‥」

 トントンとテキストをファイルにしまいながら頷く光遮くん、薄茶色の綺麗な髪がフワリと舞う。

「えっと、お昼一緒に食べない?‥‥な、何でかって言うと私食堂の割引券持ってるんだ!‥‥き、期限今日までで2枚あるし、もったいないから‥‥」

 あらかじめ予習しておいた言葉を紡ぐ、うぅ、ちょっとどもっちゃった‥‥へ、変に思わないよね?

「えっ?‥‥‥う、うーん、どうしよう‥‥」

 目を閉じて困り顔になる光遮くん、その姿は何処から見ても女の子にしか見えない‥‥制服が男性用で無ければだけど。

「光遮、何をしているの?」

 ザワッ、クラスの人間全ての動きが一瞬とまる、簡単な理由で圧倒的な存在感に対処できなかった、そう言うことだ。

「あっ、遮光ちゃん‥‥‥‥ど、どうしたの?」

 知っている、光遮くんのお姉さん‥‥S級のクラスの中でもっともSS級に近いと言われている‥‥チルドレン候補の中でも一握りの存在。

 光遮くんから”大事”な物を切り落としてそのまま成長したような、綺麗だけど近寄りがたい空気を有している人だ。

 何処か遠くを見ている、透き通っているけど‥‥ちょっと怖い眼をしている、ガラスのように綺麗だけど‥あっ、矛盾だ。

「今日はお昼ご飯は別に良いから‥‥それだけ言いに来たのよ」

 凛と響く、空気を震わすような綺麗な声だ‥‥ここまで何もかも、完璧な人がいるんだ‥‥本当に存在しているんだろうか?

 あまりの自分との立っている場所の違いに疑ってしまう。

「えっ?そうなんだ‥‥‥‥‥」

 がっかりしたように肩を落とす光遮くん、元気なく項垂れる様子は保護欲をそそる、変な意味じゃなくて‥‥。

「ええ、また寮で会いましょう」

 最後まで少しも微笑まないでその言葉だけ残して去るお姉さん、何だか、凄い‥‥。

「え、えっと、今のお姉さんだよね?」

 圧倒的な存在が立ち去ってクラスの中の人間が一斉に動き出す、無論わたしもだ、お姉さんがいる間は何故か緊張して動けなかった。

 小心者だもの、わたし。

「うん、遮光ちゃんって言うんだよ?言ってなかったかな?」

「光遮くんからは聞いてないけど‥‥あの人、凄く、凄く有名だから、実際に会ってみて有名な理由が何となく」

「あはは、遮光ちゃんとのお昼の約束無くなっちゃった‥‥お誘い、受けていいかな?」

「えっ、う、うん、勿論」

 ニコッと微笑む光遮くんの言葉にわたしは必死で頷くのだった‥ええ、それはもう必死に。



 鬼島の候補生専用食堂は広い、わたしは田舎から出てきたので最初はこの設備に驚いた‥‥地元の小学校の体育館より大きいし。

 もっと言えばお金持ちだった地元の友達の志穂ちゃんの家より大きい‥‥。

「光遮くん‥‥小食なんだね、男の子なのに女の子のわたしより量少ない‥‥」

「昔からそんなに食べられないんだ‥‥‥で、でも最近は昔と比べたら食べられるようになったんだよ?」

 フルーツサンドをハムスターのようにモグモグと食べながら光遮くんは答える、わたしなんてカツカレーだ‥‥失敗。

 イメージ的に失敗だ、しかも大盛り‥‥わたしは光遮くんのお姉さんみたいには一生なれないだろう、確実に。

「そ、そうなんだ、そういえば昔からお姉さんとは仲が良いの?」

 緊張しながらカレーを口に運ぶ、間違っても口を裾で拭ったりはしてはいけない‥でもわたしドジだから‥自分を戒めないと。

「うん、遮光ちゃんとはずっと昔から一緒だったし‥‥多分仲良しなんだと思う、やっぱり仲良しだね」

「凄い綺麗な人だったもんね、何か羨ましいかも‥‥わたし一人っ子だし‥‥」

 だから両親は異常と言う程にわたしを可愛がってくれた、そんな娘は好きな男の子の前でカツカレー大盛りを食べてますお母さん‥。

「へえ~、うっ、キュウイ入ってる‥‥」

 涙目になる光遮くん、キュウイ苦手なんだ‥‥覚えておこう。

「‥‥そう言えば小さいときにお兄ちゃんが欲しいとか言ってお母さんに駄々こねたりしたなぁ」

「お兄ちゃん?‥‥‥そうか、ああ、お兄ちゃんが欲しかったんだ」

 その言い方、何となくわかってしまう、光遮くんには多分お兄ちゃんがいるんだ。

「光遮くんにはお兄ちゃんがいるの?」

 ラッキョを口に運ぶ、酸味がカレーの辛味と交わる、美味しい。

「‥‥そうだね、いるよ、一番年上の」

 アレ?光遮くんの感じが少し変わった気がする、気のせい?その割には何だか聞き流せない感じ‥‥何だろ?

「へぇ、あんなお姉さんを見た後だと何か想像できないなぁ、どんなお兄さんなの?」

 違和感の正体がわからない、だから問いかけてみる、純粋にどんな人間なのか知りたくなってしまう。

 さっきまで露骨に緊張していたのに‥‥馴れ馴れしいかな‥わたし。

”ザワザワザワザワザワザワザワザ”食堂の中の人たちの激しい蠢き。

「‥‥‥‥‥‥‥‥このキュウイ‥‥酸っぱい」

 アレ?食堂のざわめきでわたしの質問が聞こえなかったのかな‥‥光遮くんが人の言葉を無視するなんて絶対にありえないし。

「そんなにキュウイ嫌いなんだ、何か飲み物買って来ようか?」

「えっ、う、うん‥‥ありがとう」

 素直に頷く光遮くん、ソレすらも本当に些細なんだけど‥いつもなら遠慮して断るのが光遮くんのような気がする。

 本当に些細な事だと思考をそこで止める、飲み物を買って来よう、好感度‥好感度‥‥わたし汚い子かも。

「じゃあ買ってくるね」

 うわ、自動販売機無茶苦茶人が並んでる‥‥‥はぁ、好感度、好感度。



 姫字綾乃さん、Aクラスの同級生、僕に良く構ってくれる‥‥良い人だと思う。

 そんな彼女に誘われて食堂でご飯を食べている‥‥綾乃さんはカツカレーだ‥とてもとても美味しそうだけどあんなに食べれるのかな?

「光遮くん‥‥少食なんだね、男の子なのに女の子のわたしより量少ない‥‥」

「昔からそんなに食べられないんだ‥‥‥で、でも最近は昔と比べたら食べられるようになったんだよ?」

 うぅ、男の意地‥‥そうだ、昔よりは食べられるようになったんだ、でも目の前のカツカレーを見たら情けない気分になる。

 もっと食べないと男らしくなれないかな?‥‥でもずっと女の子のようだと言われ続けるのも嫌だ、けど恭兄さまに可愛いって言われるのは好きだったから‥‥このままで良いかもしれない、男らしくなった僕とこのままの僕、どっちを好いてくれるだろうか?不安。

「そ、そうなんだ、そういえば昔からお姉さんとは仲が良いの?」

 質問される、考えてみるが‥‥どうなんだろう?あまり思考が前に進まない質問だ。

「うん、遮光ちゃんとはずっと昔から一緒だったし‥‥多分仲良しなんだと思う、やっぱり仲良しだね」

 思ったままに口にする、きっと自分の言葉で正解だと思う、仲良しじゃないと一緒に寝ないと思うんだ。

「凄い綺麗な人だったもんね、何か羨ましいかも‥‥わたし一人っ子だし‥‥」

 何処か羨ましそうな声の綾乃さん、一人っ子‥‥言われてみれば綾乃さんは一人っ子って感じだ‥何となくだけど。

「へえ~、うっ、キュウイ入ってる‥‥」

 モグモグと美味しく食べていたフルーツサンド、でも裏切られる‥‥キュウイだ‥‥あう。

「‥‥そう言えば小さいときにお兄ちゃんが欲しいとか言ってお母さんに駄々こねたりしたなぁ」

 キュウイを何とか粗食しようとする僕、微かに意識を傾ける、お兄ちゃん‥‥浮かべる、恭兄さま。

「お兄ちゃん?‥‥‥そうか、ああ、お兄ちゃんが欲しかったんだ」

 自分でもわかる、少し色の籠もった、感情の傾いた言葉、だって仕方ないよ。

「光遮くんにはお兄ちゃんがいるの?」

 あっ、駄目だ、”他人”の口から恭兄さまの事柄に触れる”言葉”が出る、それだけで冷たくなる、意識。

「‥‥そうだね、いるよ、一番年上の」

 何とか呟く、もうこの話題はいいはずだ、話したくないから‥‥打ち切らないと。

「へぇ、あんなお姉さんを見た後だと何か想像できないなぁ、どんなお兄さんなの?」

 教えない、教えてはあげない、何でわざわざ食事をしながらこんなに気を削らないといけないんだろう。

 綾乃さんの事は嫌いじゃない、でも今から嫌いに”なれる”と思う、だって恭兄さまに”関連”しようとしてるから。

 僕と遮光ちゃん以外は恭兄さまに”微か”に触れても駄目、そう駄目なのだから。

「‥‥‥‥‥‥‥‥このキュウイ‥‥酸っぱい」

 綾乃さんの言葉を流して呟く、それで良いんだ。

「そんなにキュウイ嫌いなんだ、何か飲み物買って来ようか?」

 僕の言葉に椅子から立ち上がって微笑む綾乃さん、それで良いよ。

「えっ、う、うん‥‥ありがとう」

 だから”恭兄さま”の事柄に触れる前の僕を理想としながら、うそぶいた言葉を吐く。

「じゃあ買ってくるね」

 そう言って食堂のざわめきに飲み込まれてゆく綾乃さん、凄い張り切りようだ、何でだろう?

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 綾乃さんはさっきの会話で恐ろしいほどに細いけど、確かに糸が恭兄さまとの間に渡ってしまった、それを考慮する。

 明日から綾乃さんとは少し距離を置こう、置かないと駄目だ‥‥また聞かれたら、嘘を付く事は出来ない。

 恭兄さまはいつも真実じゃないと駄目だから、嘘で染めるわけにはいかない‥‥。

「‥‥‥恭兄さま‥‥いま、何をしてるのかな」

 不安、先ほどのように誰かが恭兄さまを”知る”と言う事が、だって僕達のものなのに。

僕にはこの独占欲だけで十分。




「流石は誇れ高い王虎族だ、もう回復してるではないか‥‥うん、蹴り足りなかったか?」

「‥‥遠離近人の中にも悪魔を名乗ってる人がいるッスが‥‥貴方に比べたら可愛いもんッスよ‥」

 あの後、D級能力者の家まで引きずられて‥‥文字通り本当に引きずられて家に付く頃には傷跡も既に完治しかけていた。

 遠離近人全体にも言える事だが回復能力が半端ないのだ、王虎族はその中でもさらに高い自然治癒能力を有している。

「ん?、治り掛けた傷跡を蹴ったことを怒っているのだな、では謝れば良いのか?」

「いや‥‥‥今度は蹴らないと約束して欲しいッス」

 水の檻に閉じ込められながら汪去は背中に冷たい物が流れるのを感じる、野生が完全に目の前の相手に屈服しているのだ。

「そうか、その約束は違えぬ様に努力しよう、さて‥‥っと、それでは本題に入るとしようではないか」

「そうですね、ちなみに嘘を付いた場合はこちらの一方的な判断で痛めつけるので」

 目の前にいるSS級『選択判断』と『水銃城』と呼ばれる能力者、鬼島の中でも上位に所属するSS級。

 その中でも自分を刹那で血の海に沈めた『選択判断』は危険だ‥‥優しさが無い、そこが一番やばい。

「さて、さっさと質問しようではないか‥‥今、鬼島の中では差異と鋭利の行方不明‥その事についてはどのレベルの事柄に設定されている?」

「‥‥そこまで重要視はして無いッス、みんな貴方達程の能力者が死んだとは思って無いッスし‥‥‥ただの気まぐれにしては帰りが遅い‥‥そんな感じじゃないッスか?実質、本当に危機感を持ってるなら仲違いしようとも”脳”も”牙”も自分達で行動するはずッス」

「‥‥と言う事は貴方の今回の恭輔への遭遇目的は私の任務の引継ぎ‥‥D級能力者の確保‥そうなのですか?」

「あー、そこ何ッスけど、”脳”と”牙”のお願いで貴方達の探査も含まれてたんッスけど‥‥‥」

 言い難い、それはもう全力で言い難かったりする‥‥‥。

「安心しろ、お前のその口ぶりで理解したぞ? 差異たちの探査は名目上‥‥だろ?うん、間違いは無いはずだが」

「せ、正解ッス‥‥」

 ここに来る前に上司の言われた事とまったく同じ言葉、その通りだ。

「あらら、冷たいですよね‥‥私が”牙” 差異が”口”からいなくなるのは”腕”にとっては好都合‥‥‥確かに”鬼島”内でもっとも権力の無い”腕”が”牙”と”口”‥‥そして”脳”のためにわざわざ本腰入れて私達を連れ戻す何て事は偽善すぎますものね」

「だな、だが差異たちにとっては好都合だな、これで幾らかの情報を改善すれば暫くは静かに暮らせそうだ‥安らぎは人にとって大事だと差異は常々感じているからな」

「左様ですか、私もその意見には同意ですね、”恭輔”もそれを望んでいるのですし私達に”思考”を挟む余地は無いですね」

 この会話、やっぱり違和感だ、違和感が付き纏う、今の『水銃城』の言葉‥‥半分しか理解出来ない。

 恭輔?D級能力者、それを中心にこの二人は行動している、それはわかる、今までの言葉と態度と行動で理解は出来る。

 しかし、そこに”理由”が付属していないのだ、そこが違和感‥‥彼女らのこの一体感は何だ?気持ち悪い。

 尻尾が逆立つ、微かにだが‥‥。

「さてと、そのためにはお前に”鬼島”に戻って働いてもらわないとならないな、ああ、今裏切れないようにしてやるぞ‥」

 水の壁が無くなる、今のこの疲弊した体でSS級二人を‥しかもこの二人を相手に逃げ切るのは不可能だ、無駄な抵抗はしない。

 薄い笑み、それを浮かべる『選択判断』 手にはナイフ‥‥あれ?殺されるのかな‥‥自分。

 振るう、腕を‥‥前の戦闘と同じで気が付けば痛みが走っている、体に。

 しかし圧倒的な熱量の痛みではない、微かな痛み、取るに足らない痛みだ。

「え、えっと‥‥これは何ッスか‥‥‥」

 ちょうど心臓の上に走る僅かな切れ目、大した事は無い、一分もたたずに回復するだろう。

「ああ、”弔い”と差異は呼んでいるぞ、まあ、名前なんてどうでも良いけどな‥‥‥そこに”一突きで心臓を刺し殺せた”と言う結果を挿入した、条件の発動としては差異達を裏切った場合だな、死ぬぞ、それはもう確実に」

「‥‥‥‥‥あ、悪魔がいるッス‥‥金髪の悪魔が‥‥」

 生命線を握られた、これから先にあるのは果てしの無い奴隷生活‥‥きっと報われることは無い。

「ひどいな、そのような言われ方‥‥差異は結構優しいんだぞ?もし差異が優しくなかったら既に殺してるではないか、失礼だ、本当に失礼すぎだぞ」

「‥‥とんでもないのに命を握られたッス‥‥‥」

「同情しますよ、それでは今から貴方にして貰う事をお話しするので、しっかり覚えてくださいね」

 頷くしか無いではないか‥‥汪去は項垂れるようにがっくりと頷いた。

 先には絶望しか見えないッス‥‥‥金髪の絶望。

「‥‥さてと、うん、そろそろか」

 絶望の囁きがもれた。


「ふぁあああああ、良い月だね、僕の好きな蒼い、蒼くて大きな月だ」

 D級能力者の家の前にある三階建てのビルの屋上で横になる、青白い光が心地よい。

「って言うか‥‥差異、どうしちゃったのさ、その、何と言うか、違和感ばりばりだよ?」

「うん、それは差異も自覚しているが既に手遅れの問題だぞ沙希、とりあえずこんばんわだな」

「ああ、こんばんわだね」

 いつの間にか僕の横に立っている差異、気配は感じなかったな‥‥相変わらず怖い姉だ。

 しかし、気付かれるのが早すぎたか‥‥何も掴めないままの戦闘は好きだけど効率は良くない。

「沙希らしくないぞ?隠れてこそこそと、ん?ならば沙希の方こそ違和感ばりばりではないか」

 見上げる、うあ、既に手にバタフライナイフ持ってるし‥‥優しさって言葉を覚えてよ‥頼むからさ。

「僕の場合はいいの、軽いイメージチェンジだと思ってよ‥‥でも差異、差異のはそんな可愛いレベルじゃないようだね」

「うん、そうだな‥‥そうかもしれないのだが‥そこも既に”追憶”しそうになっているからな」

「‥‥精神作用系の僕にはわかるね、かなりおかしな物に絡まれたみたいじゃないか‥‥それも染み渡ってしまってるようだね」

「ああ、既に差異の場合は完璧に浸透してしまっているぞ、だから、沙希がここに来たのは無駄と言う事実が出来るわけだ」

「‥‥‥‥今の差異は怠慢だね、そんなの差異は今まで一緒に生きてきてはじめて見る、ちょっと感動だよ」

「そう言うな、さて、どうするのだ?姉妹同士で殺し合いというのはおもしろくないぞ?予測するに最後は片方が涙だ」

「そだね、戦う理由は良く考えたら‥良く考えなくても無いよね、でも今の差異は異常だからさ、大人しく帰って来る気は無さそうだし」

「”鬼島”は差異のいるべき場所では無かったらしいな、うん、違うか‥‥どう言っても言葉にはならないか、沙希、お前の言っていることは子供が遊園地から帰りたくないと言っているから子供を又裂きの刑にして半身を遊園地に、半身を家に連れて帰る行為そのものだぞ」

「‥‥グロテスクな説明あんがとね、ふむ‥‥何となくだけど理解しつつはあるよ、にわかには信じられないけどね‥あのD級能力者の力‥‥でもまだ掴めないな、本質がわからない」

 差異の言動から予想するソレ、でもそれは‥‥予測しているソレは既に能力者の有する力とは別種のモノのように感じる。

「すぐにわかるぞ沙希、うん、餌は魚に食われないと餌ではないしな」

「何を言って‥‥‥」

 ゾクッ、寒気だ、寒気が走った。

 何故なら差異と同じように、気配を感じさせずに目の前に、いつの間にか、そこに。

 例のD級能力者が立っていたのだから。



[1513] Re[6]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/24 16:02
ビルからビルに飛び移る、それはもう簡単にピョンピョンと。

月の青白い光を身軽に纏わせながら憂鬱な言葉を吐き出す。

「はぁ‥‥まさかスパイにさせられるとは‥‥気分が重いッス」

何でこんな事になったんだろう、不幸だ不幸、不幸以外の言葉が思いつかないくらいの不幸、金色の髪をした不幸。

「‥‥‥‥役に立たなくなったら即効殺さないッスよね‥‥‥あの人‥‥‥あぁ、考えるだけで将来は真っ暗ッス」

跳ねる、つい5時間前まではこうやって楽しく飛び跳ねながらこの街に来たのに‥‥今は深い絶望が付き纏いそんな気分にはなれない。

あれだ、人生とは何が起こるかはわからない‥‥それを身を持って知ってしまった、知りたくなかったけど、強制だし‥‥。

「‥‥‥こんなんじゃ理想の王とは言えないッス‥‥そこに至るまでの道からどんどん遠ざかってゆくッス」

また憂鬱な呟き、誇り高き虎の王である王虎族、しかもその名を与えられた自分がこのような情けない位置に立つ事になろうとは‥‥。

でも逆らうことは許されない、理由は殺されるから、これ程に単純な理由で人を支配できる言葉があるだろうか?逆らったら殺す。

まさに噂どおりだ、『選択結果』は人の心を有していないとは良く言ったものだ、アレでは圧倒的な死以外の何者でもない。

しかしやはりおかしい『選択結果』が自分を生かしている事実がだ、鬼島へのスパイ‥‥もしくは情報操作として自分が使えるとしても。

噂どおりの『選択結果』なら自分を最初の一戦で殺したはずだ、完膚なきまでに、その考えに自分で思う、核心に近いだろう。

だが殺さなかった、活用価値があるからと言って‥‥ソレは”誰にとって”の活用価値なんだろう。

駆ける。

そもそもおかしい‥‥おかしいのだ、『選択結果』と『水銃城』の二人が同時に鬼島を裏切ると行為が、違和感の一つ目。

そして何故、あのD級能力者の傍をはなれないのだろう、SS級能力者の二人だけならば鬼島相手にでももっとうまく立ち回れるはずだ、

違和感の二つ目。

駆ける、駆ける。

『選択結果』と『水銃城』そしてD級能力者、その存在としての圧倒的な違和感、何故だろう、アレではまるで‥‥一つの群れ、いや、一つの生き物に見える‥‥‥‥そこに”他者”はまるで必要としていない、違和感の三つ目。

 駆ける、駆ける、飛ぶ。

 その三つの違和感が不安を誘う、自分もいつかそこに飲まれそうな、漠然とした不安が、心を軽く締め付けている。

 何なんだ、何なんだ‥‥正体がわからない‥‥どうしてあそこまでの”違和感”を放っているのか。

「‥‥あのD級能力者‥‥どうやらそれが”中心”ッスね‥‥‥‥」

 わかる、理解している‥‥『選択結果』は”彼”の一部である事を、当然のように。当たり前のように、そこにいて

 そしてそれに従い自分を倒したのだ。

「‥‥‥怖いッスね、『選択結果』と『水銃城』が”何かされた”ソレに自分が勝てるとは思わないッス」

 怖い、根本的な、”何が怖い”かわからない恐怖、ソレに自分は勝てるのだろうか?勝てるはずが無いではないか‥わかっている。

 もしかしたら今、このまま裏切って‥‥死んでしまった方が良いのかも‥‥そんなわけはないか‥。

「‥‥‥ん?‥‥‥この気配は‥‥‥‥」

 駆ける、駆ける、飛ぶ、思考を切り替える。

「‥‥同族ッスか‥‥‥‥近いッスね‥‥しかも気のせいか‥‥」

 感じる、近い‥‥自分と同じ気配、遠離近人独特の世界に嫌われている、この世界の住民と認められない者の気配。

 しかもこの気配‥‥‥‥あの一族の、絶対に近寄りたくない気配‥‥とても同じ空間に住まいたくない気配。

「‥‥‥‥気のせいか‥‥気のせいか汪去の来た方向に向かってるッスね‥‥」

 恐ろしいスピードで自分の来た方向に向かうソレ、何となく目的を理解する‥‥まあ、大丈夫だろう。

 何て言っても『選択結果』が負ける事なんてありえない、彼女が膝を地面に付くなんて‥想像できないではないか。

 はぁ、それを想像できたら自分はこの死の呪縛から逃れる可能性があるのに‥その希望は思うだけ無駄だ、皆無に近いのだから。

「さて、汪去はせいぜい使い勝手の良さをアピールして殺されないように努力するしか無いッスね‥‥」

 心臓の上、皮膚を淡く撫でる‥‥既に傷口など無く、痛みも無い‥‥しかしそこに確実に死は潜んでいる。

「はぁ、憂鬱ッスね‥‥今現在も、これから先も‥‥」

 月の光に照らされながらも心には高揚の欠片も無く、この夜のように暗い闇だけが存在していた。

 まだ夜は明けない。



 自分でも意識してここに来たのではない、自分の一部が呼び寄せたのだ‥‥俺は虚ろな思考で確信していた。

 目の前には差異と同じ容姿をした少女、違うのは髪と瞳の色、無論服装もだが‥‥‥それと纏う空気。

 銀色の髪と透き通った薄緑色の瞳、素直に綺麗だと思えるそれは強い意思の光でさらに輝いて見える‥いや、輝いている。

 あぁ、綺麗だな‥‥そう思いながらも”まだ”足りない何か‥‥目の前の相手にはまだ足りない‥‥己の一部‥差異に目を向ける。

「‥‥‥安心しろ、ん、恭輔‥‥すぐに、すぐに認めさせてやるぞ、差異が望むのではない‥‥恭輔が”すぐ”に望む、いや、望んでいる、それを差異は推し進める‥‥そうだ、恭輔が”もっとも”自然の形になれるように‥‥差異は妹を喜んで差し出そう」

 ニコッと差異が微笑む、理解している言葉‥‥全てがわかる、俺がここに、差異に呼ばれた理由も”きっと”起こるであろう結果も‥でも

 わからない事も存在する、それがわかるように差異は俺をここに呼んだのか‥‥そうなのか?

「差異は判断したぞ、うん、恭輔は望んでいる‥‥っが、自分では意識して”ソレ”を活用出来ないとな‥‥ならば恭輔の一部である差異には”自己”である部分もまた認めてもらっている、それならば、それならばと判断したのだ」

 言葉、ああ、差異は当たり前に、俺の一部‥‥思考するのも馬鹿馬鹿しい”喋り””思考して””使える”一部。

 だったら、俺の、俺であるが故に俺の望みもわかってしまう‥‥そう言うことだ、それがそこの銀髪の少女。

 俺に”必要”な部分を有しているのと言うのか?‥‥それは差異、差異のように‥‥差異のようになのか?鋭利のように‥そうなんだな。

 必要な部分を、補って、また、俺の”一部分”でもある、”銀髪の少女””なのか?

 ならば‥‥この月明かりの下で‥‥俺は見て判断するしかない‥‥‥この虚ろな思考のままに‥‥あぁ、今日は疲れてるんだ。

 早く見せてくれよ差異‥‥‥差異、俺の一部であるお前が判断するであろう結果を‥‥‥‥教えてくれ、早く‥‥。

 そこの銀色は”俺”なのか?



「‥‥さっきから意味のわからない会話をありがとう差異‥‥本当に何処かに逝ってるんじゃないよね?」

「わかるわけがないだろう、沙希がそれをわかるなら今からする行為も意味の無いものになってしまうではないか‥‥」

 バタフライナイフを片手でクルクルまわしながら差異は僕を無表情で見つめる、そこだけは変わらない‥‥だが違う。

 違和感が‥‥違和感が怖い、D級能力者と話しているときの差異は、まるで‥‥‥まるで‥‥言いようが無い恐ろしいもの。

 そう感じてしまう、そしてそれに答えるD級能力者は覇気の無い瞳でこちらを見ている、何だ?‥‥虚空の様な瞳。

「‥‥その”行為”‥‥あまり受けたくないんだけど僕、あれだよね?きっとろくでも無い事だと僕は思うんだ」

「うん?安心しろ沙希、そんな思考は邪魔だと今の差異は判断しているぞ、さあ、さあ、準備をしろ‥‥それによって大きくこの後のエンディングも変化するんだぞ?」

 怖い、今までずっと一緒に育ってきた姉、最愛とまでは言わないがそこそこ愛しているだろう姉、その言葉が理解出来ないのが怖いのでは
ない‥‥そうだ、そんなものは恐れにも及ばない‥‥怖いのはこの闇のように、何もかもがわからなくなってしまった姉そのものだ。

「‥‥‥戦わないとそのナイフで刺されるんだろうね‥‥」

「もしくは斬られるだろうな、うん、そこに関しては差異はどちらでも構わんぞ?」

 金色の髪を掻きあげながら差異は薄く口元を笑みの形にする‥‥本気だ、戦わないと殺されるのだ、姉に自分は。

「‥‥‥あぁ、こうなったら差異をボコボコのズタズタにしつつ鬼島に連れ戻してそのおかしくなったであろう頭を治してもらうしか無いようだね、そうと自分で決めたなら僕は戦えるよ?差異とさ」

「ん、訂正だな、おかしくなったのではなくて”最初からそうだった”とな、そして沙希もそうあるべき‥‥いや”そうなんだ”‥‥今からそれを恭輔に証明しないとならんのでな、殺さない程度に痛めつけてやろうではないか‥‥」

「‥‥選択結果と戦うことになるとはね‥姉だし‥‥これは僕の今までの怠慢が招いた罪だったりするのかな?」

「さあな、いつでもかかってくるがいいぞ”意識浸透”(いしきしんとう)?差異は問答無用にそれを叩き伏せようではないか、ん、それが妹でもな」

 ナイフを構える差異、闇の中で銀色の光が殺意を発しながらこちらを睨みつけている‥‥まあ、刺さっても斬られても死ぬよね。

 大丈夫だ、ある一定の領域に入らなければ望むべき”結果”も起きよう筈が無い、この距離なら大丈夫‥‥大丈夫。

「僕も死ぬのは嫌だからさ、全力で行かせてもらうよ‥‥全力でね」

 意識を広げる、一気に”外”に向けて開放される意識‥‥屋上を、この屋上に僕の意識を解き放つ、浸透させる。

 そこに何があるかわかる、意識が、この世界に解き放たれる、よし、これでいい、全てを認識するんだ。

「‥‥ん?浸透させたか‥‥それでは、差異も行くとしよう、しっかり見せてくれよ、沙希、お前の”強さ”その他もろもろをな」

「何を言っているのかわからないね、そんな差異を見るのは辛くて悲しくて苦しいから気絶してもらわないと‥‥それが一番良いんだ」

 走る、走る差異、相変わらず無茶苦茶早い、僕は昔から駆けっ子では差異に勝てた覚えがない、一度も。

 でも大丈夫だ、ここの世界は既に僕の意識の中、僕の味方‥‥誰も僕を傷つけられない。

「‥‥さっそくか、うん、趣味の悪い能力だな‥‥‥沙希の性格を良く表してると言えるな」

 ”高速”で飛んでくる”ソレ”をナイフで全て叩き落しながら差異はため息を吐く‥‥我が姉ながら失礼な奴だな。

「そして次は”コレ”と、っと、当ったら死ぬな‥‥姉に対して手加減をしないと言うのは酷い話だ、差異は悲しいぞ」

 地面から硬質化して伸びる”ソレ”ナイフで何気なく叩き斬る、この姉は‥‥少しはうろたえて欲しいものだ。

「ん、こんなものでは差異は倒せんぞ?ほら、そのコートの中にある物も全部出すが良い、全力で来ないと差異は本当にお前を瞬殺してしまうぞ‥‥」

 高速で飛んでくる”石コロ”、地面から硬質化して伸びる”雑草”それを全て斬り、刺し、叩き、沈めながら差異は呟く。

「‥‥そのようだね、流石は我が姉‥‥いつもなら大体これで倒せて仕事終わりなんだけどね」

「何て楽な仕事をしているのだと差異は問うぞ?これで同じ給料を貰っていたのだ‥‥やりきれんな、やりきれん」

「あはは、でも本当にこのままでは勝てそうに無いね、お望みどおりに‥‥出そうじゃないか」

 コートの内ポケットに手を入れる、うん、色々出そう、全部出さないと姉には‥差異には勝てそうに無いかも。

「まずは、ガラスの破片っと、CDにペーパーナイフ、そんでもってガソリンっと、後はライター」

「ペットボトルにガソリン入れてる奴は沙希ぐらいだと差異は思うぞ‥それでは来るが良い、全力で」

 意識浸透‥‥新たにコートから出したソレに自分の意識を浸透させる、使い慣れた道具だ、一瞬で浸透してしまう。

「じぁあ、行くよ、尖がったものが多いのに注意してね」

「ん、了解だ」

 差異が頷いたと同時に僕はソレらを空に放り出す、今までコレをした人間はみんな死んだ気がするけど。

 差異なら大丈夫だろう。



 飛んでくる、ガラスの破片が、CDにペーパーナイフが、そしてガソリンは地面を這うように足元に近づいて、ライターはその近くで火を
放とうかと邪悪な野望を持ちつつ笑っている‥‥どんな状況だ。

 意識浸透、一定の空間に自分の意識を文字通りに浸透させる能力、つまりは脳から精神がはみ出して無機物に浸透するわけだ。

 浸透したそれらは沙希を護るために自動的に行動する、それはもう気持ちの良いぐらいの働きぶりだといえる。

 ガラスの破片を叩き落す、砕けたソレは挫けずに差異を襲う、量が多すぎて”結果”が追いつけない、刺さる、痛いな。

 故にその一定の空間にあるもので沙希の能力は大きく変化する、だから沙希はそれを補うための道具を持ち歩くためにあのようなコートを
いつも羽織っている、夏場は良く愚痴っていたな。

 CDが高速に回転しながら飛んでくる、避けるとそれは地面に突き刺さりながら嫌な音をたてる‥‥当ったら首が飛んでた。

 精神作用と物質作用か大いに区別しにくい能力なのだが本人は精神作用と公言している‥‥、まあ、自分の精神を、意識を空間にあるもの
に浸透させているのだから精神作用と言えなくも無いか‥‥。

ペーパーナイフが地面を這うように、蛇のように近づいてくる‥‥紙を切れ、紙を。

「えげつないものばかり出しおって‥‥ん?ガソリンには火を付けんのか?差異は別にそれでも良いぞ」

「いくら何でも死ぬでしょ‥ソレ、一応出しただけだよ‥‥姉の焼死姿なんか見たくないからさ」

「だが、これで良い、ん、強いな沙希」

 差異は今まで、能力者同士の戦いで”血”を出したことは無い、でも今は微かにだが血を出している、強い。

「まあ沙希は天才だからね、差異‥‥そろそろ降参した方が良くない?アレだよ‥‥あまり差異の血塗れ姿って僕はそそらないんだよね」

「そうか?これで喜んでくれた男がいるのだがな‥‥しかし」

「わかってるよ、差異は全然本気じゃないよね、”同時選択”とか使ってないし‥‥何が目的なのさ?わからないから気分悪いんだけど」

「なぁに、目的は既に終わったとも言える、うん、これで良い‥‥沙希が”強い”、そして”使える”と判断出来れば良かっただけだ」

 ナイフをたたむ、もう戦う理由が無いからだ‥‥これからの事を考えると少し愉快だったりする、姉失格だな差異は、元からか。

「差異、差異?何を言ってるのさ?わからないんだけど‥‥それは降伏って受け取って良いのかな?」

 沙希が心底わからないと言った感じで能力を停止させる、その時点で駄目だな沙希、駄目過ぎるぞ沙希。

「ん、違うぞ、”餌の時間”だと言ってるんだ、差異はな」

「ッ!?」

 差異がナイフを仕舞うのに付き合って能力を停止させるからだ沙希、精神の浸透しなくなった空間では何処に何があるかは”眼”で確認し
ないとわからないのにな。

「い、いつの間に‥‥」

 その中で差異にばかり集中してた沙希、うん、作戦通りだな、後は”全て予定通りだ”

 なあ、恭輔、差異の‥‥”恭輔の一部”の判断は間違ってなかったろ?



 目の前の戦いを見ていた、俺にはそれしか出来ないから、とりあえず見ていた。

 差異が押されてる、これは凄いことだ、押しているのは銀色、とても綺麗な銀色。

 わかる、差異が言っていた意味を理解する、いや最初から理解していたのだ。

 ”これは良い”‥‥とても良いぞ差異‥‥‥ゾクゾクするぐらい気分が高まるではないか。

 強い、あの差異の体から‥‥”俺のもっとも強い”部分から血があふれ出てる、感動する。

「あぁ‥‥いいなぁ‥‥アレはいいぞ、差異」

 銀色の髪が綺麗だ、月に照らされてキラキラと光っている、何もせずに腕を組んで能力を発動させている‥‥尊大だ。

 でもいい、だって強いのだから‥そして綺麗、その態度でいい、俺が認めてやる、凄い。

「‥‥ああ、だから差異は俺をここに‥‥そう言う事だな、お前の”判断”は間違ってない‥‥最高じゃないか」

 差異、俺の一部、耳が音を拾うように、鼻が香りを嗅ぐように、目が風景を認識するように。

 ああ、差異も”判断”したんだ、俺のもっとも忠実な”一部”として‥‥この”銀色”を、差異の”妹”は‥‥。

 ”恭輔の一部ではないか”

「‥‥ははっ、いいぞ差異、やっぱり差異は‥‥”俺”の部分で一番使える、それを証明してくれたんだな‥ははっ」

 だったら自分のするべき事は簡単だ。

 鼻で臭いを嗅いで美味しそうだったら飯を食うだろ?眼で見てうまそうだったら飯を食うだろ?

 じゃあ、今の俺の取るべき行動は‥‥‥一つじゃないか差異。



「ッぁ!?は、はなせ!」

 首を締め付けられる、それも尋常ではない力、僕の軽い体は簡単に地面から宙に浮いてしまう。

「嫌だな、意識に余裕があれば能力を発動させるだろう?だったら地面に足をつかすわけにはいかないな」

 言葉の通りだ、苦しい、能力の発動にまで気が回らない‥‥油断した、油断してはいけない時に‥油断してしまった。

「‥‥綺麗な目をしてるな、双子でも差異とは違うんだな‥‥でもこっちの方が俺は好みかも知れないな」

「恭輔‥‥差異の気に入ってる部分は髪だけか?はぁ、それは悲しいぞ、ん?」

「差異の紫の眼も好きだぞ、”俺の部分”では好きな部分だ、つうかただのナルシストじゃん」

「違いない、うん、それもそうだな」

 怖い、差異が笑っている、そこにいる、D級能力者に寄り添っている、当たり前のように、そこにただ寄り添っている。

 怖い。

「なあ、沙希だったっけ?‥‥いや、うん、差異の判断は間違ってない‥‥これはいい、いいな」

「うん、そうだろう、差異もそう判断したのだぞ?さあ、離したくないだろう?その右手が首を締め付けてるだけの”繋がり”では満足で
きないだろう?また、”コレ”をした後に恭輔は今の記憶を無くす、でもいいではないか、これからは差異が判断してやる」

「‥‥‥‥わからない、差異の言葉はわからないけど‥‥」

 覗き込む、僕の瞳を‥‥先ほどの虚空の瞳ではない、何か‥‥何かが蠢いている、律動している‥‥何だ?

 ギリギリっとさらに首を締め付けられる、冗談ではない力‥‥差異は黙って僕を見つめている‥‥そろそろ助けても良くない?

 姉として失格だな差異は‥‥。

「わからないけど、ああ‥‥きっと差異の言葉は正しい‥‥‥何も考えられない‥‥けど、”ここ”なんだな」

「ん、そうだ、恭輔それを外せば‥それを外せ、さあ」

「ッ‥‥な、何を‥‥‥‥」

 D級能力者の右腕が空を掻いた、それだけのはずだった、本当に今思えば‥‥”それだけ”だったんだ。



「ッぁあああああああああああああああああああああああああああああ、あ、あぁぁ」

 来る、来る、来るんだ、何だ、何が来る?‥‥怖いとも、恐怖とも違うソレが‥‥来るんだ。

 圧倒的な質量で。

 僕が空間を浸透するように、何かが僕に浸透してくる‥‥何で、何でだ?‥‥これは何だ?

「あぁ、あ、ぁぁ、差異‥‥‥気持ちが良い、気持ちが良い‥‥こいつの‥沙希の”強さ”も”綺麗”も全部‥全部”俺”に出来る‥あぁ」

「あ、な、何を‥‥何を言っているんだ‥‥僕は”僕”だ‥‥何を言っているんだ!」

 怒りに染まる、僕は天才だ‥‥僕は強い、僕は綺麗だ‥それは絶対、それは”僕”のものだ、お前のものではない。

「そして俺だろ?‥‥‥俺の中で俺を誇示してるんだよ、今のお前はさ‥ははっ、気持ちいい、”ソレ”すらも俺になってるじゃん」

「えっ?え、あぁ‥‥違う、それは違う‥‥違うんだ」

 不安、微かな不安‥‥アレ?‥‥‥お前のものではない?‥‥ここに僕”以外”の誰もいないじゃないか‥何を言ってるんだ‥僕は。

「アレ?‥‥‥うん、そうだけど‥‥釈然としない‥‥釈然としないんだ」

 ゴポゴポと、泡を立てながら、音をたてながら、思考が染まる‥‥何が疑問だったっけ?

「それすらも、もう、駄目だろ?あるべき”部分”で行動しろ、なあ、沙希?」

「そ、そうだね‥‥えっと、思考が纏まらないんだ?何でだろ?」

「俺が首絞めてるからじゃないか?‥‥あれ?何で俺、お前の首絞めてるんだってけ?」

 そうだ、何で首を僕は絞められてるんだ‥‥絶対じゃないか、絶対これのせいで思考が虚ろになっていたんだ、うん。

「っあ‥‥‥苦しかった、冗談にしては手形まで付いてるんだけど”恭輔サン”?」

‥‥うん、苦しかった‥‥”自分”のもう一つの首絞めるなんて‥‥自殺願望があるのか恭輔サンは‥やれやれだ。

 アレ?‥‥何考えてたんだっけ‥‥ああ、そうだ、自覚したんだ”僕”は。

「さぁて、終わった終わった、帰るとしようではないか二人とも」

 呆然とする僕と恭輔サンを無視してその場を立ち去ろうとする差異、僕の姉‥‥あぁ、ちくしょう。

”はめられた”



[1513] Re[7]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 18:43
 転校生が来た。

「今日からみんなの友達になる江島恭輔くんだ、恭輔くんは重い病気で」

 興味が無さそうに、実際に興味が無いのだろう、教師がその転校生に関する事柄を延々と喋る。

 俺も教師と同じで興味が無いので窓から見える外の風景を見つめていた、こんな激しく雨の降ってる日の転校生かよ。

 イメージわりぃな。

「‥‥っで、彼はD級能力者らしい、それを理由に決して苛めないようにな」

 そう締め括って終わる先生の言葉、クラスの奴等が皆唖然としている、馬鹿顔ばかりだ。

 D級か‥‥本当にいたんだな、可哀想なやつ、お先真っ暗人生じゃん、おっ、いま雷鳴った、すげぇ。

 つうか先生もわざわざ言わなくていいのによ、感じ悪いな、そんなんだから奥さんに別れられるんだよ。

「うぇ、D級って能力者で一番下の奴だろう?なんか国が研究のために生かしてるって言ってたぜ、いつ殺されても文句言えないって」

 うぜぇ

「お、俺も聞いたぜ、何か俺たちのような普通の人間より劣ってるつうか立場が下なんだろ?先生もああ言ってるし」

 うぜぇ、うぜぇ

「あれ?でも能力者なのに俺たちより下って‥‥何でだろ?」

 うぜぇ、うぜぇ、だからガキは‥‥あっ、雷がまた鳴った。

「”鬼島”が決めてんだよ、しらねぇの?だから”それで”良いんだよ」

 何も知らないガキだな、D級能力者はお前等”一般人”の不の感情を全部背負ってるだけだよ、少しはニュース見て新聞見て思考しろ。

「あーー、席は、そうだな、政木の席の後ろが良いな、ほら、みんな席を詰めろ」

 ガヤガヤ、俺の列が動き出す、政木は疑うべきも無く俺だ、そんでもって俺の後ろかよ‥‥‥不幸な奴。

 誰かが俺の隣を横切る、転校生だろう‥‥まあ、興味ねぇから見ないけど、雷の方が眼におもしろいし。

 クラスの奴等の視線が俺の後ろに集まるのを感じる、何となくわかる、どんな奴か観察してんだろ?

 親が先生が公認したもんな、お前等より立場が低いってな、世界が公認してるから疑問に感じない‥‥それでは生きている価値ねぇし。

「「「きゃぁああああああああああああああああ」」」

 鳴る。

 それは突然だった。

 あまりの音に時間が止まる、雷が校庭に落ちたんだろうな、天井の蛍光灯が割れてガラス降り注ぐし、ざまあみろ。

「み、みんな机の下に入るんだ!」

 バカな声、地震じゃねぇんだぞ?でもクラスの奴等は先生の言葉に従い机の下に入る、世界に疑問が無いから。

 音の鳴らない空間が構成される、まだビリビリ言ってるな、ビリビリビリ、その中で俺は一人欠伸する。

 ふっと思う、そういえば後ろから何も音きこえねぇな、気絶でもしてんのか?

 焦げ臭い臭いのするクラス、いつになったら机の下から出てくるんだ‥‥馬鹿しかいねぇのかよ。

 思いながら

 後ろに振り向く。

「‥え、えっと‥‥‥‥」

 視線が絡む、あどけない表情、とても同級生には見えない‥‥何て顔してやがる、涙流してんのに、多分怖かったんだろう。

 呆然としてるじゃねぇか。

 何で机の下にかくれねぇんだよ、怖いなら従えよ、意味ねぇけど。

 何なんだよ、こいつ。

「い、今の雷だよな?お、お前は隠れないの?でも意味ないよな、えっと、どうしよう?」

 プッシャァァアアアアアアアアアアアアアア

 言葉が紡がれると同時にスプリンクラーが発生する、つめてぇ、馬鹿どもはまだ自分の世界で震えてる、”いる”のは俺とこいつだけ。

 つめてぇ、こいつの涙が一瞬で流される、あー、どんな出会いなんだよ俺たち、インパクトありすぎ。

「しらねぇよ、つめてぇ‥‥雷って本当に地面に落ちるんだな、今まで”見た”ことなかったから信用してなかったし」

 何で喋ってんだろ、無視しろ無視、こんな変な奴ほかにいねぇぞ?関わると人生変わりそうな予感がするし。

「あっ、そ、それ俺もだ、凄い綺麗だった、地面にあたると、何か、這うように広がって‥‥」

 こいつも先生の話無視して外見てたのかよ、転校初日から気合入った駄目っぷりだな、こいつは多分勉強できねぇな、確実に。

 少し興奮したように染まる頬、白い肌してんな‥‥外で遊んでねぇのか?

「まあな、お前の名前なに? 何か恥ずかしいし、みんな出てくる前に名乗れよ、今」

「うぁ、先生が言ってたじゃん‥」

「聞いてない」

 本当は聞いてたけどな、こんなすげぇ出会いだし、せっかくだからこいつの声で聞きたい、妻に捨てられた先生の言葉より。

 こいつの声で。

「あっ、っと‥‥江島恭輔って言います、よろしくお願いします」

 何で敬語なんだよ、言い馴れてないのか?まあ、いいや、マジつめてぇ‥‥もうスプリンクラー止まっても良くないか?

「わかった、じゃあ江島な、ガラスの破片が頭に乗っかったまま水に濡れつつ挨拶するぜ、俺は政木棟弥、好きに呼べ」

「こ、これってアレか?友達になろうとかそんな感じの‥‥アレか?」

 何が”アレ”なんだよ、さっぱりわかんねぇ、わかんねぇけど”アレ”でいいよ。

「そうだよ、あーー、こんな演出でダチなるなんて初めてだわ、ははっ、もうダチはお前だけで十分かもな」

 何となく、何となくそう言った、本当に単純に口から出た言葉だ、感情そのままだ、こんなわけわかんねぇ状況で出た言葉。

 ガラスの破片がポロポロと零れ落ちてくる、水が容赦なくすげぇ勢いで降り注ぐ、何処かから誰かの震える声が聞こえる。

 そんな中で、俺の言葉は江島の耳に届いた、そら届くけどよ、あいつの表情が柔らかく染まる。

 涙を流した瞳は少し赤くて、白い肌はガラスの破片で切れたのか血を微かに滲ませ、それでもこいつは。

 泣き笑いのように俺を見た、まだ話して二分もたってないような時間で、そんな表情。

「あっ、お、俺も‥‥‥友達百人より‥‥多分お前の方がいい‥‥うん」

 何だよ‥‥友達百人って‥‥意味わかんねぇ、でも思いは届く、ああ。

「そーかよ」

 そう言って外を見る、もう、今日はさっさと家に帰りたい、つめてぇし。

 そして明日からこいつを連れまわして遊ぶとしようか。



「あっ、棟弥ちゃん、目覚ました?」

 声が聞こえる、これは”今”だ‥‥寝てたんだな‥‥夢がリアル過ぎて寝た気がしねぇ。

「おう、姉ちゃん‥‥毎回ご苦労さん」

「いえいえ」

 ベッドから立ち上がる、今何時だ?

「江島は? もう帰った?」

「とっくに帰ったよ、棟弥ちゃんの事心配してたわよ?」

 背中斬られたんだよな?‥‥正直浅い傷だったと思うが‥‥血が苦手なんだよな俺、少量ならまだしも。

 気絶の理由はそれか?情けねぇ。

「そうか、あー、腹減った、何か作ってくれよ姉ちゃん」

 間延びする、俺を家まで送ってくれたって事はあの後うまくいったらしいな、きっとアレだ、あの差異ってガキだな。

 何となく確信に近い、まあ間違いは無いだろう。

「いいわよ~、今回は何処と喧嘩したの?」

「鬼島」

 常人が聞いたら卒倒するような俺の言葉に姉ちゃんは”へぇ~”とだけ呟く‥‥頭にカビ生えてるのかもな、疑う。

「でも鬼島か~、凄いわね、棟弥ちゃんが喧嘩するって昔から恭輔ちゃんのためだもんね~」

 ニコニコ、人の良さそうな顔、実際人が良いのだけど童顔だし、何か昔から姉って感じがしない人だ。

「そうか?‥‥あー、江島って言えば」

「?」

 机の上を漁る、えっとだな‥‥‥‥確かこの辺に‥‥あった。

「アルバムあいつに返さねぇとな」

 リュックに入れてと‥‥‥これで良しっと、明日あいつの驚いた顔が眼に浮かぶぜ。

「ちゃんと借りたものは返さないと駄目だよ、じゃあ私はご飯作ってくるね~」

「おう」

 部屋からいなくなる姉ちゃん、甘ったるい匂いを残して‥‥あの人の将来が少し心配だ。

「‥‥ふぁ、ちょい眠いかも‥‥夢の中まであいつに付き合ってやったし‥今度は普通に寝るか‥」

 横になる、あー、背中がちょい痛い‥‥”姉ちゃん”手を抜きやがったな。

‥‥出会いの夢は暫くいいな、インパクトありすぎ。



 夢を見た、出会いの夢だ、あいつとの出会いの夢、インパクトありすぎ。

「おはよう恭輔サン♪」

「あーー、おはよう」

 階段を下ってると沙希がシュッタと元気良く片手をあげて挨拶をする、朝からテンション高いな。

「ふぁ、結構寝たのに‥‥寝た気がしない‥‥」

 あいつのせいだ、あいつの‥‥嫌がらせだ、目覚ましメール大量に送信してやる。

「さ~て、今日の朝ご飯は何かな」

 トコトコとリビングの方に行く沙希‥‥‥朝からあのコート、ガソリンとかも既に入ってるのか?

 アレ?‥ガソリンって何でそんな事知ってるんだっけ‥ペットボトルの‥‥?

 沙希は俺の”一部”だから何もおかしくないのか‥‥うん、そうだ、俺は沙希の”全て”を把握してるのは当たり前じゃないか。

 朝から思考が混濁してんのか?‥夢のせいだな‥今日こそはアルバムを返してもらおう。



「こら沙希、野菜も食べろ、そんなのでは差異のような美人にはなれんぞ、ん?」

「自分で言わないでよ自分で‥、まあ、僕と同じ顔だから美人とは認めるけどね‥‥あれ、味噌汁味付け濃くない?」

「恭輔がそれが好みなのだ、ならば、だろ?」

「あー、そこまで染まるんだ、しかも僕もう理解してるし、うん、これで良いかも」

 何だ、そう言う事だったんだ、昨日の夜から今日の朝で僕は完全に理解して”染まった”

 当たり前じゃないか‥‥僕は自分が大好きだ、だったら”恭輔”サンは好きだ、僕自身なのだから。

 その意に従うのは当然だよね、呼吸するようも簡単じゃないかな?

「はぁ、これでSS級三人が行方不明ですか‥‥鬼島の他のSS級に同情しますね、私達の仕事は全部彼らに行ってるのですから」

「そんなのもう”知らないよ” 僕は今日から何をしようかなぁ」

 鬼島なんて今となっては”どうでもいい”だって恭輔サンはそう望んでるから、その考えは間違っていない。

 味噌汁を啜る、うん、ちょうど良い味だ。

 でも鋭利より僕のほうが完全に”恭輔サン”になりきれてると思う、僕は自分が好きだから‥‥僕自身であり他としても認識出来る恭輔サンが大好き‥‥そうなってしまう、だから‥‥だから今は差異のした行動の意味が強く理解できる。

「?‥何話してんだ?‥‥お前等はいつも朝は難しい話をしてるな‥難しいつうか理解出来ない話」

 鮭の骨を器用に取りながら恭輔サンは首を傾げる、昨日の事は覚えてないみたい‥いや、”当然”になってるから疑問が湧かないのか。
僕達は恭輔サンを自分として認識しつつも他としても感じることが出来る、でも恭輔サンは僕達を”一部”としか認識出来ない。

 故に最初から”僕達”は自分であったと意識が改善される、それはとても恐ろしいことだが当たり前なこと。

「何でもないよ、恭輔サン‥鮭の皮も食べようよ」

「ん、やる」

 ハシでひょいと口に入れてくれる、うん、美味しい‥これこそ日本人だね、差異の焼き加減は最高。

 料理が出来るって重要なことだよね、女の人にとって‥‥僕は出来ないけど‥‥天才だから許されるだろう。

「ん、恭輔、そろそろ学校に行く時間ではないか?起きるのが遅かったから自業自得だな、うん」

「だったら”お前等”のせいでもあるぞ、起こせよ‥‥ふぁ、じゃあ行ってくるわ」

 立ち上がりながら僕のお皿から食べかけの出汁巻き卵をヒョイと取って食べる恭輔サン‥‥等価交換ね。

「ああ、行って来い‥‥大事ないようにな、差異は祈ってるぞ」

「‥‥そんないつも死ぬような思いはしたく無い」

 リュックを背負って疲れた顔で出てゆく恭輔サン、うん、大丈夫‥‥その”学校”まで意識は浸透させている。

 恭輔サンは”僕自身”だから僕の能力は常に恭輔サンを守っている状態、完璧だ。

「やはり沙希は”正解”だったな、恭輔の”一部”として役立っている」

 僕の思考を読んだのか差異がにやりと意地の悪い笑みをする、ああ、僕は正解さ、これからも恭輔サンの一部として完璧である。

 彼の思考に殉じ、従い、無意識で行い、何も望まず、そこにある、腕のように、足のように、それは歓喜、”当たり前”である歓喜。

「でもさ差異、役立つ役立たないは重要じゃないよ、だって僕は既に恭輔サンなのだから‥‥ね」

「ん、違いないな」

 差異は笑った、清々しい程の綺麗な笑み‥‥僕をはめた癖に‥‥もう、それすらもどうでも良いけどね。

 どうでも良いんだ。



 スズメのさえずり、ちゅんちゅんと、ただの生き物の鳴き声なのに気分が良くなる物だ。

 青く広がる空、漂う白い雲、照らす太陽、いつも通りの世界なのだろうけどコウは素直に感動する。

 こんなにも世界は素晴らしい、断言できるほどに‥‥そんな世界の中。

 コウは逃げてました、だって捕食されそうだから。

「うぁあああああああ」

『カアーーー、カアーーー』

 黒い鳥が追ってくる、凄く性格が悪そうな鳴き声だ、掴まったら殺される、食べられる。

 森‥‥”律動する灰色”に住んでる”鳥”さんはとても紳士的だ、しかしこっちの世界の鳥さんには言葉が通じない。

 カアー、カアーとしか言わない‥‥でもわかる、食べる気が満々だと。

「戒弄ちゃん、た、助けてぇえええええええ」

 叫ぶ、声を張り上げて逃げる‥‥でも何も帰ってこない‥‥コウは迷子なのだから。

『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』

 増える、黒い鳥さんが‥‥それはもう楽しそうにコウを追いかけてくる。

「きゃあああああああああ」

 絶叫、朝の冷たい空気を切り裂きながら、羽を羽ばたかせながら、全力で飛翔する。

 人間達が横を通り過ぎるが誰一人助けてくれない、どうせ小動物がいつものように食物連鎖の渦に飲まれると思っているのだ。

 それは確かにそうだ、コウは小動物‥‥例え”遠離近人”でも、例え”井出島”でも、人間より矮小でちっぽけな存在だ。

 でも気付いて欲しい、怖い‥‥助けて欲しい、このまま何も感じずに横を通り過ぎる人間達の”日常”に埋もれて死にたくない。

『カアー!』

 背中を掴まれる、あぁ‥‥何かを思考しようとする前に地面に叩き伏せられる、動きを封じられる、いつも彼らが捕食してるであろう鼠達のように。

「あ、あぁぁ‥‥‥こ、コウを食べても美味しくないよ?‥‥‥ほ、本当‥‥です」

 自分でも何を言ってるのかわからない、勿論黒い鳥さんもわかってないだろう。

 クリクリとした黒い瞳でこちらの顔を覗き込む、感情の無い黒い眼、爬虫類のソレとまったく同じ冷たい目。

『カァーーーー!』『カアーーー、カアーーー』

「う、うぁ」

 駄目だ、実感している‥駄目だ、逃げられない‥このまま”日常”に埋もれて‥‥鼠達のようにみっともなく四肢をもぎられて死ぬ。

 クラクラする‥‥地面に叩き伏せられたときの衝撃だ、たったそれだけでクラクラ‥‥本当に自分はちっぽけだ。

こんな惨めな最後は嫌だと心から思った。

『カァーーーー!』

 黒い鳥は鳴いた、食べようと。

「残念、お前等にはもったいない餌だな」

‥‥そして知らない声も聞こえた。



 いつも通りの学校へと通う道、変わり映えしない風景。

「棟弥の奴‥‥今日アルバム忘れてたら家まで取りにいってやる」

 昨日の怪我の様子だと、あいつ曰く”姉ちゃん”‥‥遠見さんの”治療”で全快してるだろうし、学校には来るだろう。

「ん?」

 ”緑”が映る、木の葉の様な‥‥いや、それよりもっと薄くて、透き通った緑、それが通り過ぎる。

「戒弄ちゃん、た、助けてぇえええええええ」

 しかも喋ってる、むしろ叫んでる‥‥‥えっと、人間‥‥小さかったよな?

『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』『カアーーー、カアーーー』

 それを追うような黒い群れ、追ってるのか‥‥カラスだな、しかも結構な数。

「‥‥まあ、助けを求めてたな、うん‥‥あー、まあ、遅刻でもいいか‥‥向こうは命の危機っぽいしな」

 走る、追うのは眼にも鮮やかな純粋な緑、もう一度見たいし、やっぱ追う方向で正解だな。

「つうか”アレ”は何だろう‥‥この歳で妖精信じるほど‥‥いや、マジで妖精かも」

 アレだけ綺麗なんだ、妖精でも精霊でも何でも良いような気がする、兎に角助けてやって、もう一度見たい。

 走る、カラスが溜まっている‥‥川の横、草の生い茂った場所で‥‥緑っと‥‥動いてない、気絶してんのか?

『カアーー!』『カアーー、カアーー!』

「う、うぁ」

 怯えている緑、小さな人間に羽根が生えている‥そんで緑、綺麗な緑色の髪をしている‥周りの”自然”である草の緑が霞むほどに。

 これは‥‥溝鼠を食って生活している小汚いカラスにはもったいない‥‥食物連鎖とかじゃなくて俺が認めない。

 だから、とめよう、カラスを。

『カァーーーー!』

「残念、お前等にはもったいない餌だな」

 リュックを振り回す、何匹かカラスに当る、動物虐待だな‥‥でもこいつらも”緑”を苛めてたよな、食べるために。

 変わんないよな。

「ほらほら、さっさとどっか行け、しっしっ」

『カァーーーー!』『カアーーー、カアーーー』

 逃げる逃げる、所詮はカラスだな‥‥いや別にカラスが嫌いなわけじゃない‥‥今回限りだ。

「‥‥うわ、マジで妖精っぽい‥‥ちょっと感動だぜ‥ん」

 持上げる、羽を掴んで‥‥うん、呼吸はしてる‥‥大丈夫だろう。

 でも初めて見たな妖精‥‥いや、誰でも初めてか‥‥‥”あの部屋”で”ずっと”読んでた絵本通りだ、綺麗。

 絵本とは違って俺をあの狭い部屋から連れ出してくれなかった”妖精”今更会えるとはな‥‥苦笑する、望みは遅れてやってくる‥か。

「しかし‥‥絵本なんかよりずっと綺麗なんだな」

 薄緑色の透き通った髪、耳はピーーンと尖ってる、森の中で仲間の声を聞きやすくするためって書いてたけど、どうなんだろう?

 幼げな容貌で「うーーん」って唸ってる‥‥まだ子供なのか、よくわからんけど。

「このまま見終わったから”はいお別れ”ってここに置いてったらまたカラスに襲われるだろうし‥‥うーん」

 土手に横になる、いい天気だ‥‥妖精にも会えたし、昨日の虎の少女と違ってこんな出会いなら大歓迎だ、毎日来い。

「‥‥何で”君”はあの”時”に来てくれなかったんだろうな‥あー、もしかして遅刻常習犯とかだったりしてな」

 胸ポケットに緑の”ソレ”を入れてやる、これなら襲われないだろう、学校どうしよう‥‥面倒になった。

 こんな天気の良い日に妖精に出会ったんだ、学校なんて‥‥あっても無くても同じだな。

 眼を閉じる。

 胸ポケットから感じる体温が心地よかった。



 温い‥‥昔、お母さんが巣で自分を包んでくれた温もりに似ている‥‥人の肌の温もり。

 戒弄ちゃんは一緒にいてくれるけど、温もりはそんなに感じない‥‥それより他者の血の温もりで染まってるほうが似合っている。

「‥‥‥‥あ」

 間抜けな声、そうだ、コウは死んだんだっけ?‥‥でも死んだら温もりは感じれない‥‥そのぐらいコウにもわかる。

 じゃあ眼を覚ませるの?‥‥コウは眼を覚まして”世界”にいる事がまだ可能なのかな‥‥ドキドキして眼を開ける。

 暗い、あれ?‥‥じゃあ死んだのかな?‥でも自分はこうやって”意思”がまだある、おかしい。

 体を動かしてみる、動く‥‥鳥さんのお腹の中?‥‥そのわりには心地よい‥‥心地よい温もりだ。

 凄く優しい気分になれる‥‥そんな温もり、お母さんの温もりとやっぱり似てる。

「‥‥ん、んしょ」

 体はやはり動くのだ、じゃあ死んでいない‥‥コウは死んでいない‥‥光が見える、そこに出よう。

 何故か自分が生きているのか死んでいるのか‥‥そんな事はどうでも良いと感じている部分がある。

 この温もりの正体を知りたいのだ、自分は‥‥‥。

「あっ」

 視界が開かれる、蒼い空、流れる風、川の流れる音。

 でも

 そんな事より

 誰?

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 寝ている‥‥気持ち良さそうに、何処にでもいるような顔の青年、とりたてて特徴の無い、そんな青年。

 温もりの正体。

 ザァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

 風が走る、気持ちの良い、コウの好きな風。

 その中で、何故か苦しい、胸を押さえる、これは何なんだろう。

「ふぁ‥‥おぉ、起きたか‥‥すげぇ、眼の色も薄い緑なんだな、沙希ともまた違う‥‥うん、でも綺麗だ、予想通りだな」

 ”暖かい物”が眼を覚ます、黒い瞳‥‥キラキラと光っている、喜びが伝わる‥‥何で喜んでるんだろう?

「え、えっと‥‥」

 何も言えない、顔が紅葉する‥‥なんなんだ、何なんだ‥‥理解できない、暖かい。

 これではまるで。

「ん?人間の言葉は喋れないのか‥‥‥えっと、どうしよう」

 勘違いだ、それは勘違い‥‥‥コウは喋れる、ちゃんと喋れる。

「しゃ、喋れます、あ、貴方は一体誰ですか!」

 少しムッとして声をあげると”彼”は驚いた顔をしてこちらを見る、どうだ、驚いたか。

「何だ、喋れるじゃん」

「ッあ」

 それでも微笑む、こちらの思惑など無視して純粋に‥‥‥ああ、何も声が出ない、喉がならない。

 そう、これではまるで。

 でも理解する、それは間違っていない。

 短い時間、ただの温もり、それだけでコウは‥‥こんな一瞬で‥‥”駄目”になってしまったんだと。

 絵本に書かれている”妖精は恋をしやすい”

 その通りだ。



[1513] Re[8]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/28 09:28

棟弥に出会う、もっともっと昔。

その頃の世界はとても狭い中に存在していた、薄暗い部屋、窓の無い部屋、自分しか存在しない空間。

そんな中でやる事は特に無く、たまに母さんが持ってきてくれる絵本だけが楽しみだった。

強請る事も媚びる事もせず、母さんが気まぐれで持ってくるソレを待っていた。

今思えば妹や弟のお古のものだったか、古本屋で安く買ったソレかはわからないが‥‥でも待っていた。

ガチャ

音がした、ドアの開く音‥‥幼い俺はソレだけで顔を輝かせていたんだろう、惨めだった。

「‥‥‥恭輔、出てらっしゃい」

ベッドの中から出て素直に母さんの元へ駆け寄る、何も疑問なんて無い。

母さんが部屋に完全に入りきらず、僅かに開いたドア‥‥廊下の向こう側から話しかけても疑問なんて無い、あろうはずがない。

「はい、今日のご飯と‥‥‥後は絵本‥‥‥大切に読むのよ」

一冊の本とコンビニのおにぎり、それが俺の前に置かれる。

母さんの腕は部屋に僅かにも入るのが嫌なようにサッとすぐに消えてしまう。

「‥‥あ、ありが‥‥」

ガチャ

閉まる、絵本で書いていた言葉を言おうとしたが今日も失敗、まだ”ありがとう”は言えない。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

また一人の空間、”一人”って事に気付いたのつい最近‥‥‥これは”一人”って事なんだ‥‥うん。

とりあえずお腹が減っている、おにぎりを食べよう。

「‥‥‥‥おいしい?」

食べてみる、いつもと変わらない味、これは何て言うんだろう、確か絵本には”まずい”か”おいしい”って書いてた。

選ぶのだろうか?それとも同じ意味‥‥わからない、俺にはわからない”言葉”がいっぱいだ‥‥誰か教えて欲しい。

「‥‥‥あっ」

思い出す、今日は”絵本”をお母さんが置いていってくれたのだ‥‥とても嬉しい。

「え、えっと‥‥‥‥」

”妖精の手招き”‥‥‥‥前に読んだ絵本では妖精は悪戯ばかりする”いけない”子だった。

うーん‥‥今度もそんな子のお話なのかな‥‥だったら少し嫌かも‥‥悪戯はしちゃいけないんだ。

僕は”良い子”なんだから、いつもお母さんが言ってくれる、この部屋から出ることはいけない事。

教えてくれる。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

ベッドに横になる、ホコリ臭い‥‥‥1ヶ月に一度お母さんがかえてくれる、でも最近はかえてくれない。

 だったら仕方ない。

「‥‥‥‥‥」

 絵本を見る、羽の生えた小さな女の子が少年の腕を引いて空を飛んでいる‥‥そんな表紙。

 少し興味が湧く、どうせもう読む本なんてない‥‥だったら。

 一ページ目を捲った。




「‥‥‥これはまた‥‥厄介な代物を拾ってきましたね‥‥‥」

「うん、別に差異はそうは思わないぞ?こんなに”普通の場所で”見ることなんてないからな、感謝はしても厄介とは思わないぞ?」

「‥‥それで、どーするの恭輔サン、僕はどうでもいいけど、間違いなくこれが家にいたら厄介ごとは起こると思うよ?でも捨てて回避することは‥‥怠慢かもね」

 視線が集まる、その先は俺の肩にとまっている”ソレ”だ、まあ当然と言える。

「‥‥‥厄介なのかコレ?」

「うぅ‥‥‥」

 羽を掴んで持上げる、ビクビクと怯えているソレは決して”厄介な代物”には見えない。

「あー‥‥別に”ソレ”が厄介じゃないんだよ恭輔サン、僕の”知り合い”にも同じように”ソレ”と行動を共にしてる奴がいるんだけど‥‥かなり厄介‥‥いや、厄介と言うよりは手ごわい‥‥奴でね、関連性があるのかなって思ってるだけさ」

「ちなみに私も‥‥”ソレ”と同じものを随時付属してる”存在”を知っています、ええ、とても厄介です‥‥会いたくないし会ったら逃げるかその”存在”を殺すしかない‥‥遭遇しての選択がその2択しかない理不尽な”存在”なんですよ」

「ん、”あいつ”の事を話してるのか?ああ、それを”厄介”のレベルで済ませてるのか‥‥あれは”天災”だ”天災”‥‥ふむ、そうか”これ”がいるという事はあいつもこの街にいる事になるな‥‥ん、大丈夫だ、差異が殺してやろうではないか」

「「それは助かるね(りますね)」」

 差異の言葉に凄く嬉しそうな顔で同意する鋭利と沙希‥‥つうかさっきから”殺す”連呼しまくり‥‥何つう物騒な‥”俺”ってそんな”破壊衝動”を気付いてないだけで心に秘めてるのか?‥‥こ、怖い。

「まあ、いいけどな‥‥それじゃあ俺はちょっと風呂入ってくるわ‥‥川沿いで寝てたら汗かいたし」

 ベトベトする、さっさと風呂に入ってすっきりしたい。

「ん、既に風呂は沸かしている、ああ、寝巻きは洗って洗濯物の上に置いてあるからな」

「わかった」



「う、うぅ‥‥皆さんお久しぶりです‥‥そして戒弄ちゃんの破壊性、暴力性をコウと一括りにしないで下さい‥‥」

 びっくりした‥‥‥”あの人”の巣についてみるとそこには”鬼島”のSS級の知り合いが三人もいた‥‥驚くに決まっている。

 しかも”選択結果””水銃城””意識浸透”のトップレベルの能力者ばかり‥‥戒弄ちゃんなら喜んで小躍りまでしそうなメンバー。

 名前を聞いてわかった‥‥”恭輔”さまが例のD級能力者‥‥それでもこの”状況”には疑問が湧く。

「お久しぶりですねコウ、まさかいつもと違って戒弄さんではなくて恭輔に付属してくるとは驚きでした」

「それで‥‥どうしてこんな所でしかも恭輔サンに拾われて家にやって来たの、過程を知りたいな僕は♪」

「え、えっとですね‥‥戒弄ちゃんと一緒にいない理由ははぐれちゃったからです、きょ、恭輔さまと一緒にいたのは危ないところを助けて頂いてそのまま‥‥‥この街にいる理由は皆さんが行方不明と言う事から仮定して‥‥その原因のD級能力者‥‥恭輔さまの近くの人物‥‥もしくは恭輔さま本人が強者だと‥戒弄ちゃんが‥‥って事です」

 一気に説明しきる、これで大体は通じたはずだけど‥‥‥差異さんが眼を見開いて不思議そうにコウを見る、説明しきれなかったかな?

「ん?‥‥アレだ、まあ、素直に教えてくれて感謝しているが‥‥”恭輔さま”とはどういう事だ?‥‥差異の聞き違いではなかったらそう聞こえたのだが」

「う、え、えっとですね、コウの”屡羽族”(るうぞく)には命の恩人には”さま”を付ける掟がありまして」

「ん、初耳だな、差異もまだ無知という事だな‥‥うん、勉強になった」

 コウの嘘にコクコクと頷きながら納得する差異さん‥‥うぅ、嘘をついたのは生まれて初めてだ、嫌な気持ち。

「しかし”鬼島”ならわかりますが”井出島”にも私達の行方不明の件は知られているようですね‥‥まあ、当然とも言えなくも無いですが」

「そうだね、僕はまだ人数には数えられていないだろうけど‥‥んー、何だかどんどん厄介になってきてるような‥‥嫌な感じだよね、差異の”交渉”に彼が応じたら状況も変わるんだろ?」

「いや、もっと状況は”悪くなる”うん、それはもう絶望的にだな、だがそれで良い、こちらが”中心”に動いているから、多少の無理は効くと差異は判断している、全ては”伏線”だ、恭輔の一部として差異は思考して考えて悩んだ結果がこの”交渉”だ」

「うわ、そうなの?‥‥何となく差異の考えは理解出来るけどね、恭輔サン自身も確かに望んでいる事、無自覚だけどね‥‥底なしだよ?それに応え続けてたら”鬼島”が”どうにか”なると思うんだよね僕」

「そのための交渉だ、うん、多分応じるだろうと差異は思っているぞ?そして”井出島”すらも向こうからやって来たのだ、利用しない手はないな、ん、動いていない他の”異端組織”にも幾らか手を打って見るか?」

「はぁ、差異は急ぎすぎですよ‥今の状況で他の‥‥例えば”楚々島”(そそじま)辺りに手を出すとしますよ?‥状況はそれを許してくれませんよ、一気に三つとの組織は動けば他の異端組織も黙っていないでしょう、私達だけではその時点で既に対処しきれなくなります」

「え、えっと」

 完全にコウを無視する形で話し出すSS級の皆さん‥‥物凄く物騒な話をしてる気がする‥‥いや、している。

「ああ、すまん、忘れてた‥まあ、要約するとだな、コウをこのまま帰すわけにはいかないわけだ、うん、迎えが来るまで‥”と言っておこう”‥‥それにコウの”気配”がする方が戒弄もここの場所がわかりやすいだろうしな‥うん、”お前達”にも通じるのか、人間以外にも通じるのか、差異は興味が絶えないな、恭輔もきっとそれを望んでる‥”それに”」

 コウをチラリと見る、今までとは違う、差異さんの瞳‥‥紫のその眼は底なしに深遠を称えているような‥‥不思議な色を放っている。

「”騙せてはいないぞコウ”、この言葉を理解してないだろう?ん、でもいいぞ‥‥そのままでいてくれと差異は思う、気付いてしまったら”実験”にならんのでな‥‥結果は差異にもある程度予測できるぞ、”人生”を捨ててまでも望む結果だと思えばいい」

「さ、差異さん‥‥?なにを‥‥」

 今までの、本当に違う‥‥いつも冷たくて綺麗だった差異さんの瞳、その中で何か、”何か”蠢いている。

「そういう事ですか‥‥確かにこの後の”遭遇”での”仮定”、恭輔の”コウ”に対する”ゆらめき”を考えたら‥‥予測できますね‥‥
恐ろしい結果ですよ?わかるんですよ‥‥‥わかるに決まっている」

「だね、差異って怖いよね‥‥僕のときよりもずっと”えげつない”‥‥”女の感”で動くのは酷いよ?‥間違っては無いけど結果が酷い
‥‥先に言っておくけどコウ、ごめんね♪‥今なら助けれるんだけど僕も”一部”だからさ、怠慢だよね」

 そして鋭利さんと沙希さん‥‥何を言ってるのかはわからないけど同じ、差異さんと同じ”気配”

 ”何かの下で一つだ”

「あ、あのですね、一体さっきから何の話をしてるんですか?わ、わからないです‥‥」

 素直に問いかける、だって理解できないのだから‥‥それはとても怖い。

「ん、それは言えないな、でも、”後”にわかるであろう、理解出来る言葉を与えてやろう」

 微笑む差異さん‥‥‥こんなに透き通った微笑みははじめて見る。

「の、後にわかる言葉‥‥ですか?」

「差異は酷い子だからな、言おうではないか、”その感情が狂いの根本”とな、今はわからないだろう」

「え、えっ?」

 わからない、差異さんの言葉通りだと後にわかるらしいけど‥‥”その感情が狂いの根本”‥‥何か難しい言葉。

 それは”今”はまだわからなかった。



「‥‥‥‥‥そんな事を‥‥‥わ、私が容認すると思っているのかね?」

「さあ?‥‥自分は裏切り者の連絡係ッスから、そこまで関与しないッスよ」

 任務を終えて帰ってきた部下‥‥人払いをした後に彼女の口から出た言葉に私は絶句した。

「これだけは言っておくッスけど、別に鬼島を”裏切れ”とは”彼女”も言ってないッスよ、ただ今の”腕”の待遇に貴方は満足なんッスか?」

「ッ‥‥それはそうだが‥‥私に”彼女達”を信用するような要因は何一つ無いのだぞ?」

「でも、今の”腕”の所属者達だけで”上”を狙うよりも”選択結果””水銃城””意識浸透”の声に乗った方が確実に‥‥そうッスね、
それが例え少々の”ルール違反”でも事が終われば‥‥そう言う事ッス」

 その言葉に体が微かに震える、そんな事言われなくてもわかっている、こんなに美味しい話はもう一生ないかもしれない、そこまでのも
のだ。

「‥‥‥しかし、これは‥‥‥”ルール違反”だ‥‥その裏にあるものを私が気付いていない‥‥そうなのだね?」

「勿論ッス、気付かれないように細工をしてるッスからね、だから乗るか乗らないかは貴方の自由ッスよ、ちなみに自分は別に”鬼島”に
対して特別な感情は無いッスから、貴方を卑下しないッスよ?」

 意地の悪い笑み、それに合わせるようにリズム良く尻尾がいやらしくゆらゆらと揺れている。

「わ、私は‥‥‥‥そして、こんな事では決して鬼島は揺るがない‥‥そうなのだ、揺るぐわけにはいかない」

「そうッスか、じゃあ、そう言う風に伝えて来るッス、でもまた来る事になるッスね、”新しい条件”で多分」

 椅子から立ち上がって部屋を去ろうとする彼女、本来ならここで部下を呼んで彼女を捕縛するべきなのだ。

 ”新しい条件”

 その言葉、その言葉が‥‥私の思考を停止させる、まだあるのか?

「ああ、自分の給料もういらないッスから、それでは」

 バタン、ドアが閉まる、軽い音と共に私の高ぶりを沈めるように。

「‥‥‥‥‥‥あぁ‥‥‥‥私はどうすれば‥‥‥」

 情けない、しかし呟くしかないではないか‥‥今の私にはそれしか出来ないのだから。

 ”腕”の中でも能力の無い私が今の立場‥‥”腕”のトップになれたのはこの”決断力”だと自負している。

 だが今回ばかりは‥‥今回ばかりは本当に危険な、危険すぎる賭けだ。

 机の上に瞳を向ける、家族写真‥‥‥‥私以外は能力者でも何でもない普通の家族。

 これを”守る”だけでいいのに‥‥何故”欲”が出てしまう‥‥‥‥必要ないはずなのに‥‥。

 そして”欲”がまた来る‥‥新たな条件と共に。

「あぁ」

 私は絶望と歓喜のため息を吐き出すのだった。



「きょ、恭輔さま、えっと、暫くお世話になる事になりました」

 妖精‥‥コウが頭を下げる、風呂上りの俺はその言葉に首を傾げる‥‥嬉しいけど。

「俺はいいけど、いいのか?コウって”井出島”の”遠離近人”なんだろ?」

「えっと、コウのような”弱い”遠離近人には”仕事”とか無いですから‥‥べ、別に井出島の遠離近人みんなが”仕事”をしてる
わけでは無いんですよ」

「へえー、じゃあ、ずっとここにいてもいいわけなんだな」

 何となく言う、別にずっといて欲しいわけじゃないけど‥‥憧れの”妖精”だもんな、長く見れるほうが良いに決まってる。

「そ、それはちょっと‥‥井出島には”家族”も”友達”も‥‥それに戒弄ちゃんも‥‥‥えっと、ごめんなさい」

 謝る‥‥”少し”残念だ、仕方がないか‥‥‥仕方が無い?それじゃ何か執着してるみたいじゃないか。

「いや、別にいいよ」

 冷蔵庫を開けて中から麦茶の容器を取り出す、良く冷えていて嬉しい限りだ。

「あっ、え、えっと‥‥‥んしょ」

 パタパタパタ

 コップが飛んでくる‥‥‥‥ちょっと驚いた。

「あ、あんがと」

「え、えへへ、どういたしまして」

 コップを全身で必死に掴んで持って来てくれたコウにお礼を言う‥‥結構力があるんだな、顔真っ赤だけど。

「コウも飲むか?」

「あっ、コウはいいです、人間さん達の食べ物や飲み物はちょっと‥‥蜂蜜さえ頂けたら‥‥」

「まんまだな」

 感心する、ここまで絵本通りだと本当は遠離近人なんて事がどうでも良くなってくるな。

「ま、まんまですか?‥‥‥どう言った意味でしょうか?」

「いや、何でもない‥‥‥‥っで? いつまでいるんだ?」

「んと‥‥多分明日ぐらいまでかと‥‥それまでには戒弄ちゃんも見付けてくれると思うし‥‥こ、コウが戒弄ちゃんを”止める”のでご安心を!」

 ”止める”?‥‥言っている意味が本当にわからないけど、アレだな、友達か何かが迎えに来るって事なのか?

 今度は色違いの妖精だったら嬉しいけど‥‥‥やっぱ”緑”が一番好きかも知れないな。

「つうか明日までを”暫く”って言うのも微妙なところだがな‥‥」

 でも嫌だけどやっぱ認めよう、俺は”残念”に思ってるわけだな、結局は‥‥‥でも相手にも事情があるのは当たり前。

「うっ、で、でも、また遊びに来ていいですか?」

 ”何処かで聞いた言葉”‥‥つい最近の様な、そんな言葉‥‥誰が言ってたかな‥‥思い出せない。

「おう」

 思考が纏まらないままに俺はそう返事をした。



 トントン

「ん?‥‥誰だ?」

 懐かしさに駆られて例の絵本を読んでいた俺をノックの音が邪魔をする。

 あー、今良い所だったのに‥‥って何歳だよ俺。

「ん、差異だ、入るぞ」

 無造作に部屋に入ってくる差異、以前買ってやった有名メーカーの子犬をあしらったパジャマを着ている。

 まあ、”俺”は身嗜みには結構こだわるのだ、服も一ヶ月で結構買うしな‥”他人”の服装とかはどうでもいいけど。

 もし彼女が不精な女でも結構許したりするんだろうな、うん。

「うん?‥‥何だその本は?差異も見たいぞ」

「ほれ」

 差異に読みかけの絵本を渡す、別に今すぐ読みたいほどでもないし‥‥”眼”じゃなくて”差異”が見るだけだ、違いは無いか。

「‥‥‥読んだぞ、うん、納得した」

「‥‥‥無茶苦茶速読じゃねぇかよ」

 そういえばこいつ‥‥‥いつも新聞を朝食を作る前のほんの三分ぐらいで全部読んでるんだったな‥‥”我”ながら凄い。

「ああ、”コレ”か、恭輔の”コレ”が”ゆらめき”の正体だな、ん、記憶も少しずつだが差異は得ている‥‥が、不明瞭だったからな」

「‥‥‥何を言っている?」

 差異から”何か”が伝わる、それは‥‥”ざわめき”紫の瞳が俺の眼を射抜く‥‥濡れている、紫に濡れた”俺の好きな部分”

「コウは下のソファーで疲れて寝ているぞ恭輔、ん、そして恭輔は心の底で”ざわめく”から‥‥差異がまた”判断”してやろう、うん」

 開けっ放しの窓から風が入ってくる、涼しい、でも、でも汗が背中に湧き出る。

 差異の細く小さな手が俺の頬に触れる、熱い、熱い、風呂上りだからか?‥‥‥違う。

「”正しい”ぞ、これは”鋭利”にも”沙希”にも判断は出来ないと差異は考えてるぞ?でも差異は違う‥‥どうやら恭輔の”一部”の中でもそんな‥‥そんな”部分”になったらしい、それはもしかしたら差異の”気のせい”かもしれないが‥‥恭輔、差異は誰よりも”恭輔”の”一部”だ‥‥だから、判断させてくれても良いだろう?ん?」

 頬を撫でる、優しく何度も‥‥‥‥あぁ‥‥何がしたいんだろ”俺”‥‥‥考えてみるが‥‥答えが消えかかる。

「差異は恭輔の一部として思考して生きている、一部として完璧としてな‥‥ん、そして恭輔、恭輔は差異の”全体”だ‥‥故に差異は恭輔の意識、思考、価値観、その全てを”無意識”で受け取りながら”動く”ならば、ならば恭輔の”無意識”も差異は”無意識”に受け取っている、そういう事だ、そこから考えるに‥‥うん、考えてみるにだな」

 さっきまで何してたんだっけ‥‥あー、えっと、頬を撫でる感触はいい、それは無視して思考‥‥ああ、絵本読んでたんだな‥‥懐かしい絵本だ、昔読んでた、”一人”で読んでた絵本‥‥俺をあの部屋から救い出してくれる”はず”だった絵本。

 ”過度な期待を与えてくれた妖精の絵本”

「ん、恭輔、”理解”してるではないか、それに従うのだろう?自分自身の思考に従うのだろう恭輔?差異がわざわざ判断するまでも無かったな、うん、”ソレ”だな、”ソレ”が正直な気持ちだな」

 正直な気持ち‥‥‥‥‥いい言葉だ、邪なものは一切含まない綺麗な言葉。

「恭輔、差異も興味がある、”恭輔の一部”としてこれから”先”に続く大事なステップでもある、ははっ、恭輔も心の中ではわかっているのだろ?思考しないだけでな」

 わかっている、それはもう確実に、完璧に‥‥だ。

‥‥だってそれは”自分自身”の事なのだから、幼い頃の”希望”の事を‥‥わからないわけがないではないか。

 ”妖精の手招き”

 希望は現在(いま)は下のソファーで寝ている。



[1513] Re[9]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/28 03:26
 屡羽族はその長い一生に一度だけ恋をする。

 一度、たった一度のみ‥‥しかし潔癖な一族ゆえに無論同族と恋に落ちる。

 しかし‥‥稀に、本当に稀にだ‥‥一族以外の相手に恋をしてしまう希少な個体がいる。

 それは既に概念として狂ってしまっている存在だ、何故なら後世への遺伝子提供‥‥繁殖概念が無くなってしまっているのだから。

 それでも”恋”はとめられない、続いてゆく時間、そしてその”恋”にもいつか終わりが訪れる、いや‥‥諦めが訪れてしまう。

 それが”自分”の”コウ”の結末だろうとは予測している‥‥‥到底報われるものでも無いし報われてはならないものだ。

 でも何で自分は”恋”を”自覚”したのだろう‥わからない、顔を見た、声を聞いた、温もりをくれた‥どれも曖昧で違う、違う‥‥。

 もっと根本的に揺さぶられたと思う、でもわからない‥‥”こういう感情”に理由は求めてよいのだろうか?わからない。

 彼の今の世界での”立場”を思う、不安だ、不安定な舞台に立っている存在‥‥自分では何かしてあげることは出来ないだろうか?

 何か‥‥思いつかない、こんなにも”井出島”でも脆弱な自分”気付く”‥‥もしかしたら似ているのかもしれない。

 もっとも脆弱と位置づけられた者同士の‥‥‥いらない”存在”として世界に確定された‥‥そんな自分達は‥‥。

 こんな事を思ってしまう、いけない発想だ‥‥哀れみに似た、同族愛情‥‥それなの?‥‥それがこの”恋”の裏側?

 違う‥‥と言い切れるの?‥‥‥‥否定はしきれない、否定したい、否定しきれない‥‥でも、初めて見たときに”感じた”

 止まった時間の中で、初めての感情を自分は見出せたのだ‥‥言葉にしたら”あやふや”で”曖昧”で”理不尽”な感情。

 ”愛おしい”

 燃え尽くす様な”ソレ”ではなかったが‥‥温かく芽生えた、温かい‥‥広がる色、心を包んだ。

 思う、確かにコレは一生に一度だけで十分な‥‥満たされてしまうものだ、そして大切な‥‥ずっと共にありたい感情。

 ”その感情が狂いの根本”

 ならば‥‥既に自分は狂っていたのです、初めて出会ってしまったあの瞬間に‥‥コウはこの”羽”を捧げたのです。

 捧げたのです。

 狂っても‥‥‥”捧げ尽くしましょう”‥‥だってコウは貴方の”妖精”なのですから‥‥‥。

 貴方だけの‥‥‥貴方の一部として在り続けましょう。



「‥‥‥ッ!?」

 眼を覚ます、酷い夢を見た気がする‥‥違う、酷い夢だった‥‥心臓が痛い。

「‥‥‥はぁはぁ‥‥‥‥っ」

 それを押えつけるように両腕で体を抱きしめる、止まない、止まない心臓の痛み、脈動する。

 何でこんなに痛むのだろう、この痛みは緊張‥‥驚き‥‥興奮の時の‥‥夢?‥‥夢の場面を思い浮かべようとする。

「‥‥‥う、え、えっと‥‥‥」

 思い出せない‥‥痛みを伴った”ソレ”は何だっただろう‥‥思い出せない‥‥それが苦痛だったのか甘美なものだったのかさえ。

 混乱した頭で辺りを見回す、知らない空間‥‥自分の”巣”ではない‥‥もっと”合理的”な”人間”の空間。

 そうだ‥‥ここは恭輔さまの巣だ‥‥恭輔さま?‥‥‥‥‥‥心臓が痛い‥‥本当に痛いのではなく、早鐘の様なソレに感じてしまう。

「恭輔さま‥‥‥」

 呟く、危険な程に一瞬で恋に落ちてしまった‥‥そんな”人間”、出会いの偶然なんかより恋に落ちた偶然が不思議な‥‥そんな人。

 親友の戒弄ちゃんに良く冗談で言っていた”恋”と表現できる言葉、まさかソレに自分が落ちようとは少し前ではとても想像出来なかっただろう。

 そこで浮かぶ情景がある、浮かぶ言葉‥‥‥そういえば夢でもこうやって”思考”して物事を観察していた気がする‥‥いや、観察ではなくて”結果”を淡々と述べていたような‥‥‥そんな”自分”がいたような‥‥そんな自分?

「‥‥え、えっと‥‥‥‥‥思い出せない‥‥何だったんだろう‥‥」

 薄暗い部屋の中、羽を羽ばたかせて空に浮く、幻想的なキラキラした光が薄緑色の羽から鮮やかに漏れる。

 ”自分の生み出す光”その中で夢の内容を思い出そうとする、忘れては駄目な気がする、焦る、焦ってしまう。

「‥‥‥恭輔さまの夢を見ていた気がする‥‥」

 それだけは思い出せる、自分は想い人の夢を見ていたはずだ‥‥‥見ていたはずなのに‥‥この‥‥嫌な感じは‥纏わり付く。

 何で?‥‥恭輔さまはまた遊びに来てくれても良いと仰ってくれた‥自分はいつでも会える‥‥だったら不満は無いはずだ。

 これから続くであろう”恋”の連鎖に身を任せれば苦しみと喜びが与えられるのだ‥‥しかしこの”嫌な感じ”は苦しみとも違う。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 高鳴りが治まって来るのがわかる、残った痛みは心に鎖を付ける‥‥この不安は本当に何なの?

 わからない‥‥わからないのでは無い?‥‥だったらもう忘れてしまったの?‥‥痛みが記憶を残してるのに。

 痛みだ‥‥心臓を締め付けた痛み‥‥あれ?‥‥痛み?‥‥‥本当に痛みだったの?

 それは痛みと言い切れたのか‥‥心臓を締め付ける”あの”高鳴り、それは”痛み”と認識してしまって良いのか?

 痛み‥‥‥痛みだった‥‥甘美な‥‥そうだったはずだ、苦しい、辛い事でこんなに心はざわつかない‥‥ざわつかない。

 そうだ、夢は‥‥‥痛みよりも”痛く” 悲しみよりも”悲しく” 苦しみより”苦しい” そんな夢。

「‥‥‥‥あ‥‥‥」

 気配、人の気配‥‥‥‥夢の正体、気配‥‥‥気配だ‥‥夢の正体が来る。

 ガチャ

 開くドア‥‥‥誰かはわかっている、夢の人だ、夢で自分が望んでいた人‥‥‥その人。

「‥‥‥‥恭輔さま?」

 何となく理解していた、夢に囚われた自分は‥‥‥‥。



「‥‥‥‥よっと、こんばんわ先客さん」

「ん、まだ寝てないのか?夜更かしは美容の敵だと差異は思っているが?」

 屋根の上‥‥そこにはオレンジジュースを飲みながら空をボーっと眺めている姉の姿‥‥自分こそ寝なよ。

「まあまあ、例え僕が今よりレベルが落ちたとしても人類レベル的にはトップなのは変わりようが無いからね」

「ん、その油断が老化を早めるのだぞ?‥‥飲むか?」

「あんがとね♪」

 飲みかけのコップを受け取って口を付ける、もしかしたら差異の事だからイメージ的に隠れてお酒飲んでるかなって思ったんだけど普通のオレンジジュースだ‥‥つまんないの。

「それで?何の用事だと差異は問うぞ?‥‥‥どうせコウの事だろ?‥ん、間違いないな」

「正解だよね、流石は我が姉‥‥ご明察」

 空を煽り見る、キラキラと輝く星達‥月は隠れて今日は見えない‥‥残念だな。

「うん、しかし沙希も”大体”は理解しているのだろ?‥‥だったら差異が説明するまでもないと思うのだがな」

「それでも口で聞きたい事ってあるよね?‥‥話さない気かい?‥‥それは立派な怠慢だよね」

「‥‥‥暇つぶしか‥‥夜更かし娘め、まあ、話してどうこうなる問題でもないからな、質問して見るが良い」

 紫色の瞳が僕の瞳に合わさる、綺麗な‥‥昔から変わらない深遠を称えた瞳、昔はその色に憧れた時もあったっけ。

「そうだね、まずは結論問題でコウは恭輔サンに取り込まれるよね?うん、それは理解できるよ、恭輔サンの”ゆらめき”を考えたらね‥‥でもさ、それだけじゃないんだよね‥‥今回ばかりは‥‥境界線を外される方が”人間”ではない‥‥これが第一だよね?」

「そうだな、ん、間違ってはいないぞ?‥‥‥もう一つもこの前の会話からして沙希は理解しているのだろう?」

「理解しているさ、今回の第二の問題として”外される側の感情面”だよね、僕等の時には無かった圧倒的な問題だよね」

 自分の考えを口にする、差異は満足したように薄く微笑みながら僕の飲みかけのオレンジジュースを口にする。

「ん、正しいな、差異たちは”恭輔”に対して特別な感情の揺らぎ‥‥まあ、差異に関しては”好意”のレベルでは出ていたがな‥‥‥それだけだ、外される側と外す側の”違い”そこを考えればすぐに答えが出るな、沙希の場合は己が好き‥‥だったな、故にその感情は恭輔と一つになった結果、”自分が好き、故に自分である恭輔サンも好き”に転換されている‥‥そして鋭利、鋭利の場合は”無駄な事が嫌い、しかし自分の全体である恭輔が容認するなら仕方が無い”と言った具合に転換されているな」

「それが問題なんだよね、境界線が外されても恭輔サン自身ではなくて”他人”としても僕達は恭輔サンを認識できるって事、しかも恭輔
サン側の感情も受けちゃうから幾つかは都合よく改善されてしまう‥‥違うね、”改善”じゃなくて”そうだった”になるんだよね」

 別段、そこは既に僕達にとって”終わった”事、恭輔さんとして”ある”事は当たり前、でもコウは少し違う。

 圧倒的な違いがある。

「うん、言いたい事はわかってるぞ?感情面‥‥例えば”恭輔”を恨んでる人間が境界を外されると都合よく恭輔がそこを”そうだった”にしてしまう‥‥”自分を恨む人間は根本的に存在しない”からな、せいぜい心の奥底レベルだろう‥‥だがそれが、恭輔への強い感情が‥‥俗に言う”愛情”と言った場合だと大きく変化してしまうわけだな‥‥差異自身も僅かな感情でここまで恭輔‥‥”自分”としての恭輔に微笑んで欲しい、そのためならどのような事も”無意識”にする一部として存在するになってしまったわけだからな」

「だから、その”感情”が強ければ強いほどに‥‥いや、感情ではなくて”愛情”が強いほどに恭輔サンを認識しつつおよそ普通の人間では感じないほどの”愛情”を‥‥あはは、それは既に”愛情”と呼べる程の”軽い”ものかはわからないけど‥‥ソレに支配されちゃうよね?”恭輔サンを自分と認識しつつの愛情と他人と認識しての愛情”その二つを得ることになっちゃうわけだよ?それは既に壊れてるんじゃないかと僕は思うんだ‥‥うん、間違いなくね」

 月からの青白い光、狂気的な色、それが今生まれようとしている‥‥愉快だ。

「その通りだな、だが恭輔はその”部分”も求めているのだぞ?だったら差異たちはそれに従えば良いだけの話だな、うん」

「でも良く見抜いたね?‥‥コウが恭輔サンに愛情‥‥”恋”しているなんて」

「沙希も見抜いていたではないか、”女の感”と言う奴だ、差異も立派な女だったと言うわけだな‥‥」

 ”他人”を良しとしない差異がね‥‥‥きっとまぐれだろうけど‥‥言ったらこの屋根の上から叩き落されそうだからやめとこう。

「まあ、その二つが今回の”知りたい事”なんだろうけどね、あー、ひどい話だよね、まったく‥‥アレだな、一生の”愛情”を手に入れる妖精のお話‥‥子供には見せられないよね」

「ん、”人外”と”感情面”、その両方の事柄がコウにはあるからな、酷い話だが”恭輔”にとっては良い餌だったと差異は思うぞ?‥‥うん、しかしこれで”井出島”にも足を付ける事が出来たのは好都合だな、差異は嬉しいと感じている」

「‥‥‥‥さいですか」

 あー、コウに謝り足りなかったかもね、僕。



 部屋に入る、薄緑色の光が部屋を淡く包んでいる、広がっている‥‥‥素直にそれが綺麗だと思う。

 その”中心”にいる、希望だ、幼い頃の希望、無くしてしまった希望、薄緑色の希望‥‥本当の希望。

「‥‥‥‥恭輔さま?」

 幼い声、優しいソレが俺の名を呼んでいる‥‥歓喜が走る、何だろう‥‥狂おしいまでの感情の濁流。

 ずっと”昔”に捨てて諦めて灰色に染まってしまった感情。

「‥‥コウ、コウだよな?」

「えっ、は、はい‥‥え、えっと‥‥恭輔さま?」

 戸惑いの声音、ソレに心が激しく打ち震えている、もっと色々な表情を見せて欲しい、見せろ。

「コウ、どうした?‥‥怖がってるのか?‥‥ははっ、俺を?」

「‥‥‥‥恭輔さま‥‥あ、あの‥‥」

 心配そうに俺の周りを浮遊するコウ、片手を出すとそこに可愛らしく座ってくれる、温かい。

 優しくコウを掴む、もっと”一体感”を求めるために、もっと温もりを感じるために。

 ”逃がさないために”

「‥‥‥コウ、コウってさ‥‥むかし、俺の読んでた絵本の妖精に似てるよ、うん‥‥すげぇ似てるんだけど」

「そ、そうなんですか?‥‥あっ、ちょ、ちょっと痛いです」

 力む、仕方ないじゃないか‥‥力まないと逃げるじゃないか‥‥”むかし”なんて”来てさえくれなかった”

 そうだ、今”掴まないと”いつ逃げるかわからないんだよ‥‥”こいつらは”

「まあ、それでさ、俺は”期待”しちゃったわけだな‥‥絵本の中の”妖精さん”のように俺をあの狭い空間から‥‥主人公の”リィ”のように連れ出してくれるってな‥‥”君”はでも来てくれなかった‥‥‥俺の一方的な”期待”‥‥でも”痛かった”」

「ぁ‥‥ッ‥‥きょ、恭輔さま‥‥っるしい‥苦しいです‥‥」

 力がさらに強まる、苦しそうなコウ、初めて見る表情だ‥‥”絵本”の妖精はいつも笑っていたしな、本当に初めて見る。

 ”俺だけの表情”

「苦しい?うん、可愛いぞコウ‥‥‥その表情を俺は可愛いと感じているぞ‥‥もっと見たいんだけどな」

「‥‥っ‥‥か、可愛いですか‥‥あっ」

 苦しみとは違う顔の紅潮‥‥‥可愛い‥‥‥絵本の中の”リィ”なんて相手にならない‥‥報われる‥‥過去が。

「コウ、なあ?‥‥‥俺はコウが”好きだぞ”‥‥こんな”苦しい”思いをさせてるのも好きだからだ、本心だぞ」

「‥‥‥ぁ‥‥好き‥‥‥恭輔さま‥‥コウが好きなんですか‥‥ぁッ‥」

 綺麗な瞳を見る、緑色の綺麗な‥‥綺麗な瞳だ‥‥憧れる、憧れてた‥‥妖精の瞳、涙で潤んで何て美しいんだ。

 見える、コウの”境界”が”自分”からゆっくりと解けてゆく、俺の前でゆっくりと‥‥全てまでは”コウ”だけでは解けないけど。

 すぐに解いてやる。

「コウ‥‥‥俺だけの”コウ”になってくれよ、いや、”俺”になってくれ‥‥俺だけのために思考する存在に‥‥無意識で俺の”全て”を感じてくれる”部分”にさ‥‥わかるぞ?‥‥解けた部分から少しずつ伝わってくる”ソレ”‥‥それもそのままに‥‥俺の”部分”になるんだ‥‥狂うんだ、俺への”ソレ”で狂ったコウが見たいんだよ‥‥でも俺はそうなったら既に”見えない”けど満足だな‥‥ああ、満足だ‥‥コウの言葉を聞かせてくれよ‥‥俺だけにな‥‥言葉を」

 熱愛的な‥‥変質的な‥‥自覚のある言葉、どうでもいいんだよ、さあ、聞かせてくれ。

 俺の”希望”の言葉を、そこにしか存在しない言葉を、待つ続けた言葉を‥‥”俺だけに”言うんだ。

 ”さあ、吐け”

「っあ‥‥‥わからないです‥‥恭輔さまの言葉が‥‥コウにはわからないんです‥‥わからない‥‥です」

 虚ろな声、そんな言葉を聞きたいんじゃないぞコウ、いけない妖精だ‥‥でも、まだ、まだ待つ。

「いいんだよコウ、俺の言葉は問題じゃないんだよ‥‥‥コウの”ソレ”のままに、言えばいい」

 伝わる”ソレ”温かく、柔らかいソレを手で”掴む”、溶けた部分から流れ込んでくるソレを優しく”掴む”

「あぁあああ、きょ、恭輔さま‥恭輔さまが好きです‥‥好きです‥‥好き‥‥ぁあ‥‥わかりました”夢”の”正体”が‥‥現実‥‥夢の現実‥‥‥恭輔さまの‥‥‥貴方の‥‥”貴方”にしてください‥‥‥貴方だけの‥‥”貴方だけ”になります‥‥コウの全部を‥‥全部を染めて‥‥染めてください‥‥狂っても‥‥‥”捧げ尽くします”‥‥だってコウは貴方の”妖精”‥‥妖精だからぁぁぁ」

 その言葉を聞き終わると同時に歓喜と共に”境界線”を‥‥‥断ち切った。

 こんなものは必要が無いのだから。

 ”緑”を‥‥”俺”に染める。


「‥‥コウ、コウだよな?」

「えっ、は、はい‥‥え、えっと‥‥恭輔さま?」

 何処か感情を感じさせない‥‥空虚な恭輔さまの声‥‥違和感のあるそれに”夢”の正体が分かってくるような‥‥感覚。

「コウ、どうした?‥‥怖がってるのか?‥‥ははっ、俺を?」

「‥‥‥‥恭輔さま‥‥あ、あの‥‥」

 何だろう、恭輔さまの要領を得ない言葉に不安になる‥‥‥恭輔さまの差し出してくれた右手に座って下から顔を覗き込む。

 それに呼応するようにゆっくりと体を握り締められる‥‥ドキドキする‥‥怖いけど全身を掴まれる感覚‥‥‥‥心臓が高鳴る。

「‥‥‥コウ、コウってさ‥‥むかし、俺の読んでた絵本の妖精に似てるよ、うん‥‥すげぇ似てるんだけど」

 夢見るような表情‥‥何処か恍惚とした恭輔さま、言葉が言い終わると同時に体をさらに強く握り締められる。

「そ、そうなんですか?‥‥あっ、ちょ、ちょっと痛いです」

 痛み、心臓の高鳴りと一緒に体全身が痛みを訴える‥‥‥恭輔さまの真意が掴めない‥‥苦しい。

「まあ、それでさ、俺は”期待”しちゃったわけだな‥‥絵本の中の”妖精さん”のように俺をあの狭い空間から‥‥主人公の”リィ”のように連れ出してくれるってな‥‥”君”はでも来てくれなかった‥‥‥俺の一方的な”期待”‥‥でも”痛かった”」

 わからない言葉、でも悲しそうな‥‥苦しそうな恭輔さまの声‥‥‥わかる、この人は昔の”痛み”をコウにぶつけている。

 ”痛み”‥‥その痛みが腕を通してコウに激しく伝わってくる‥‥わかる、理屈じゃない、コウにはわかる。

「ぁ‥‥ッ‥‥きょ、恭輔さま‥‥っるしい‥苦しいです‥‥」

 痛み、痛みの中のコウの言葉、違う、もっと違うことを言いたい‥‥抱きしめてあげたいのかもしれない、コウは‥‥抱きしめたい。

 ”慰める”んじゃない‥‥ただ抱きしめたいんだとわかる。

「苦しい?うん、可愛いぞコウ‥‥‥その表情を俺は可愛いと感じているぞ‥‥もっと見たいんだけどな」

「‥‥っ‥‥か、可愛いですか‥‥あっ」

 心が弾む、可愛いと言われた‥‥抱きしめたい‥‥可愛い‥‥それだけじゃあ”今”のコウには”意味”が無い。

 意味が無いんだ‥‥コウは‥‥‥”夢の輪郭”が少しずつ思い出される。

「コウ、なあ?‥‥‥俺はコウが”好きだぞ”‥‥こんな”苦しい”思いをさせてるのも好きだからだ、本心だぞ」

 矛盾を孕んだ恭輔さまの言葉、でも”本心”だ‥‥‥‥コウの事が好き‥‥コウも好きだ‥‥きっと恭輔さまの”好き”に負けない。

 でもやっぱり‥‥”それだけでは意味がない”‥‥恭輔さまの望みは違う。

「‥‥‥ぁ‥‥好き‥‥‥恭輔さま‥‥コウが好きなんですか‥‥ぁッ‥」

 媚びる、自分でもわかる媚びた意味を持った言葉だ‥‥こんな声も自分は出せたんだ‥‥好きだから媚びる‥‥コウは知っている。

 瞳を覗き込まれる、黒い黒い瞳、潤んでいる‥‥‥コウも瞳が潤んでいる‥‥恭輔さまの瞳も潤んでいる。

「コウ‥‥‥俺だけの”コウ”になってくれよ、いや、”俺”になってくれ‥‥俺だけのために思考する存在に‥‥無意識で俺の”全て”を感じてくれる”部分”にさ‥‥わかるぞ?‥‥解けた部分から少しずつ伝わってくる”ソレ”‥‥それもそのままに‥‥俺の”部分”になるんだ‥‥狂うんだ、俺への”ソレ”で狂ったコウが見たいんだよ‥‥でも俺はそうなったら既に”見えない”けど満足だな‥‥ああ、満足だ‥‥コウの言葉を聞かせてくれよ‥‥俺だけにな‥‥言葉を」

 ああ、”コレ”だ‥‥夢の中でコウが望んだ”結果”に続く、望むべくして生まれた恭輔さまの言葉‥‥興奮してる‥‥コウは。

「っあ‥‥‥わからないです‥‥恭輔さまの言葉が‥‥コウにはわからないんです‥‥わからない‥‥です」

 これもコウが”素直”になるための言葉‥‥夢で知っている、さあ、恭輔さま‥‥はやく、はやく、はやく‥‥言って。

 ”狂うから”

「いいんだよコウ、俺の言葉は問題じゃないんだよ‥‥‥コウの”ソレ”のままに、言えばいい」

 ビクッ

 体が震える、心が震える‥‥言ってくれた、”夢”の過程が終える、永遠に続く”幸せ”が優しく”手招いている”

 だったら‥‥コウは‥‥コウは‥‥”それ”を選ぶ‥‥選んでみせる。

「あぁあああ、きょ、恭輔さま‥‥恭輔さまが好きです‥‥好きです‥‥好き‥‥ぁあ‥‥わかりました”夢”の”正体”が‥‥現実‥‥
夢の現実‥‥‥恭輔さまの‥‥‥貴方の‥‥”貴方”にしてください‥‥‥貴方だけの‥‥”貴方だけ”になります‥‥コウの全部を‥‥
全部を染めて‥‥染めてください‥‥狂っても‥‥‥”捧げ尽くします”‥‥だってコウは貴方の”妖精”‥‥妖精だからぁぁぁ」

 染まる、目が焼ける、何もかも‥‥焦がしてくれる、コウの全てを”恭輔さま”が‥‥焼き尽くしてくれる、嬉しい、”一つになれる”

 愛情が爆発する、コウの中の愛しさが”恭輔”さまになる‥‥幸せだ、好き、愛してる、自分である恭輔さまをコウは何より愛してる。

「コウ‥‥‥コウ、ああぁ、俺の”希望”だ‥‥俺だけのコウになってくれる‥‥”俺”に‥‥あははっ、当たり前じゃないか、コウ‥‥
俺のもっとも‥‥もっとも”壊れた”部分だ‥‥”俺だけの”‥‥慈悲の部分‥‥思考が染まる‥もう”当たり前”だな」

「恭輔さまぁぁあ、ああぁ、好き、好きです‥‥恭輔さまの全てを自覚して行動します、こ、行動‥‥嬉しい、ずっと続く‥コウの想いが‥‥恭輔さま‥‥何でも命じて‥‥”無意識”に‥むいしきにいぃ‥っああ‥‥何でもします‥‥愛してる‥あ、愛してるから‥”一つになっても”愛してますうぅぅううううううああああああああああああああああああああああああああああああ」

 狂う、愛情に焼かれる、それ以外がコウにとって色をなくしてゆく、気持ち良い、もっとだ‥‥もっと”恭輔”さまに‥‥。

 もう、いらない、”家族”も”友達”も”戒弄ちゃん”も”井出島”も‥‥邪魔だ、恭輔さまには邪魔なんだ‥コウにも邪魔。

「っああああ、ああ、恭輔さま‥‥”殺します”‥‥全部、恭輔さまの邪魔と”僅か”でも感じればっあああああ」

 狂うほどの”自己”と”他者”への愛情に‥‥いや、既に狂ってしまった、コウは‥‥夢の結果。

 最高の”夢”だった。



[1513] Re[10]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/29 03:09
 嫌な予感がした。

 気配を探る‥‥尻尾を逆立てて必死にだ‥‥‥この”予感”は危険‥とても危険な感じ。

「‥‥コウ、何処にいる?」

 名を呼ぶ、親友の名を‥‥幼い頃から常に一緒だった己の半身。

 人間の”街”に来て少し逸れてしまった‥‥それだけだ、たった”それだけ”だったはずなのに。

 心が、精神が警報を告げている、危ない‥‥早く見つけないとならない、”早く”だ。

 つい少し前まではこんな不安は無かった、微塵も‥‥むしろ自分が”不安”と言う感情に飲まれているさえ稀なのだ。

 いる”場所”はわかっている、ほっといても問題は無いだろうと最初は思っていた、例えコウでも自力で井出島に帰る事は可能だろうと。

 だがソレが‥‥”ソレ”がコウに”接触”した時に全て塗り換わった、わからない‥‥あまりにも脆弱な”人間”の気配。

 本来なら恐れるものなどではないし不安を誘うものでもないはずだ”本来ならば”‥‥でもコレは違う。

 恐ろしいのではない‥‥決して”SS級”の能力者の持つ存在するだけで空気を塗り替えるような‥‥強い気配ではないのだ。

「‥‥‥‥”能力者”なのは確かだが‥‥恐ろしく”気配”が薄い‥‥こいつが件の”D級”なのか?‥‥だが、これではまるで‥‥」

 別に件のD級能力者が”強い”など自分も思ってこの街に来たわけではない、”SS級”の行方不明の中心にある存在。

 それを思ったからこそこの街に来たのだ、D級能力者が”能力”の有無に関わらず”強い”と言う事も考えたが‥それはまずないだろう。

 しかし、コウに”接触”したソレはまさに”違和感”の塊だ、野生の感が告げている、恐らくは能力者にも”他の遠離近人”にもわからないであろう些細な”違和感”。

「‥‥‥”一人の気配”にしては大きすぎる‥‥まるで”群れ”‥‥いや、一つの”巨大な生物”‥‥何だコレは?‥‥ッ」

 何かが”混じっていて”巨大な気配なのではない‥‥”完璧に一つの存在”としての圧倒的な巨大さ、自分にはわかる‥‥この存在はそうやって”世界を騙している”偽善的な顔で弱さを繕って‥‥存在しているものだ。

 気配の”薄さ”で気配の”巨大さ”を誤魔化しているのだろうが‥‥騙されてなどやらない、汗が走る‥‥コウに近づいた”ソレ”は危険だいや、危険などより‥‥‥”不可解”な恐ろしさ。

 蠢いている‥‥それは”何かを得るために”‥‥蠢いているのは確かだ、夜の中で蠢きながら何かを求める、食欲。

 そして”ソレ”にコウが絡まれるともわからない、わからないのだから自分は急ぐしかないのだ‥‥全力で。

「‥‥間に合え‥‥間に合え‥‥これは俺の招いた失態‥‥失敗なのだからな‥‥‥‥」

 木々が揺れる、風になる自分、それだけでは足りない、もっとだ、もっと‥‥こんな事では不安は消しきれないのだから。

 夜を切り裂くのだ‥‥‥‥‥それが自分に出来る”全て”なのだから。

 それが”コウ”のために出来る全てなのだから。

 夜を裂く。



 広い、その部屋は広かった‥白を基調とした壁、特別な飾りなどは無く、広さを有意義に活用できているとは言い切れなかった。

「‥‥江島光遮候補生、今を持って君を能力者ランクA級”法則作用”から一ランク上位の”S級”への昇進をここに認める」

「‥‥はい、ありがとうございます」

 目の前の少年はワシの言葉に緊張も喜びも無く、ただ事実を認めてコクリと頷く。

「しかし、まだ手続きが終わっておらんのでな、1週間はA級のクラスにいてもらう事になるが‥‥良いかね?」

「‥‥はい、別に異論はありません」

 少女の様な顔に感情を映さず返答する江島くん‥‥まるで美しい作り物の人形を相手にしているような感覚。

 むぅ‥‥今まで何人かの候補生の昇格を扱ってきたがここまで事実を淡々と受け取っている人間は彼が初めてだった。

「それでは腕を出したまえ」

「‥‥‥‥‥‥」

 細く白い手‥‥子供そのものではないか‥‥その手の甲に刻まれている鬼島の紋章‥‥悪趣味としか言いようが無い。

 ”そこ”に意識を向ける。

 ジィィィィイィィ、何かが焼けるような音、変質させる、描かれている鬼が千切っている鶴の羽の数が変わる‥‥二枚‥‥S級の証。

「これで良し、担任からクラスの皆には伝わっているはずだからな、皆に羨ましがられるぞ?」

「‥‥それに関しては何とも‥‥‥僕には‥‥」

 ワシの軽いからかいにも動じない、違う、どうでも良いと感じているような‥‥そんな瞳でじっと手の甲を見つめている。

 クラスで授業を受け持った時は、もっと感情を表していたはずなのに‥‥昇格の話をした途端に能面の様な‥顔から色が無くなってしまった。

 トントン

「んっ?‥‥入って良いぞ」

「はい、失礼します!」

 きびきびとした良く響く声、聞いたことがある声だな‥‥‥確かAクラスの‥‥送山くんだったかな?

 優秀だったので覚えている、今回の江島くんの昇格が無ければ彼がS級への道を進んでいただろう‥‥間違いなく。

「Aクラスの送山春一であります、戸浮(とう)認定総者、お話があるのですがよろしいですか?」

 認定総者‥‥能力者のランク付けは”鬼島”のトップ‥‥”恋世界”(こいせかい)がお決めになる、盲目の独占者。

 しかしそれでは対処しきれない程の能力者を鬼島は有している、捌けようはずがない‥‥故に認定総者(にんていしょうしゃ)

 SS級のある一定の”ライン”を越えた能力者に与えられる権威、つまりは己の独断で他の能力者のランクを底上げすることが許されているのだ。

 無論、一人の認定総者ではそのような事は不可能、十人の認定総者が認めてこそ初めて実現可能なそこそこ厄介な権利。

 そして今回の場合はA級能力者の候補生の中から選別するとの”恋世界”の命を受けて全ての面で審査した結果が”彼”だ。

 最終事項として”恋世界”の許可が下りれば正式に認定される‥‥彼は無論”認定”されたので今この部屋にいるわけだ。

「どうしたのだ?‥‥何か問題でも起こったのかね?」

 候補生同士の”戦闘”はこの学校では日常茶飯事、それを止めるのは自分達”教師陣”第一線から退いた”SS級能力者”。

「いえ、少し疑問が湧いたものですから‥‥今回の江島の昇格の事です‥‥正直仰いましょう、貴方達には”正式な判断”が出来ないのですか?‥‥違いますね、出来てません」

 断定される‥‥”いる”、こういった輩は昔から存在する、適当にあしらえば良いのだがそれも後々下らない問題を生み出す。

「あー、君、最終審査は”恋世界”が行ったのだぞ?口を慎まないか」

「それとこれとは話が別です、自分も最終審査に選ばれていたら間違いなく昇進していたはず、違いますか?」

 高圧的な口調‥‥そこそこ正しいことは言っている‥‥しかし今の結果が全てだ、意味の無い戯言にしか聞こえない。

 話題の江島くんは何処か虚空を見るような、興味の無いような‥‥何も感じていない瞳をしている、”いつも”と違う。

 ”いつも”の彼なら”無垢な存在”として場に存在している、しかしこの部屋で”昇進報告”をしてから纏う空気が違う。

 何故だろう?‥‥彼の姉、江島遮光候補生‥‥彼女の”超越”した空気と似ているような、そんな空気、ワシなどすぐに追い越しそうな”才気”を染み込ませた空気‥‥のように感じる。

「ふむ‥‥それで君はワシにどうして欲しいのかね?江島くんの昇進は既に”羽消しの承認”で済ませているのだぞ?」

 白髪まじりの髪を指でもてあそびながら問いかける、さっさと要望を聞いてしまったほうが楽だしな。

「お話が早くて助かります、江島との”戦闘行為”を認めて欲しいのですが?その勝ち負けによっての”再判定”などはいりません‥‥これはプライドの問題なので」

 そう言う事か‥‥珍しいタイプだがまだ好感は持てる、要は自分の心‥‥自尊心を修復するための”行為”、人間らしいな。

「それは無論”全力”でのだろう‥‥むう、江島くんはどうだね?」

「‥‥あっ、僕はどちらでも良いですよ?」

 夢から覚めたように眼をパチクリさせながら江島くんが答える、今までこの空間を”無視”して”思考”していたらしい‥‥それであの”空気”‥‥それだけで”変化”していたと考えるなら”おかしい”‥‥”ここにいなかったのではないか”と考えてしまう。

 年寄りのバカな”考え”かの。

「‥‥‥江島、今まで何を考えていたんだ?」

「えっ?‥‥”普通”にしてたでしょ?‥‥ああ、送山くん‥‥あれ?どうしたの?」

 からかってるのではない、馬鹿にしているのではない、無垢な子供の言動。

 しかし、この場での‥‥”流れ”を考えたならば”送山春一”を馬鹿にしているソレにしか認識できない。

「‥‥‥‥‥江島ぁ‥‥もしかして”調子”に乗るのか?‥‥俺に対して」

「っと、話は聞いてたけど‥うーん、今”そんな事より”、もっとも大事な”事柄”にこの昇進は必要って言うか‥えっとね、”想い”を馳せてたんだけど‥‥”少し早く会えるかも”って‥‥でも送山くんはそれを”邪魔”した事になっちゃうんだ‥‥どうしよう、僕の大事な大事な思考に割り込んだのだから”大事な事柄”に関わったって事だよね?」

 まったく理解出来ない言葉の羅列、江島くんはニコニコと微笑んでいる、”いつも”と変化は無いはずだ‥‥ワシには”そう”見える。

 先ほどからの虚ろな態度の正体が今の”言葉”‥‥人の心はわからないものだが彼の今の言動はさらに理解できない、どうした?

「何を言っているのかわからないぞ江島‥‥”そんな事”より俺と戦うのか?それともこのまま逃げ出してSS級に行くのか?」

 動く、江島くんの表情が”動く”、先ほどとは決定的に違う‥‥もっと浅い笑み。

 部屋の白い壁が一瞬で”何か”に変質するような不快感が包む、ワシの表情も少し険しくなるのがわかる、何だ?‥これは‥。

「いいよ、うん、えっと‥‥よろしくね」

 微笑む、微笑む、それは”誰”に向けた微笑み‥‥‥それに”震えるように”ワシは白髪を弄ぶ手を止めた。

 何かがおかしい。



 思考していた、自分はさらに上のステップ、”目標”にさらに近づいたのだ、目の前の”老人”の話など‥‥聞いてはいるがそれに関しては何も考えはしない、右手の甲、塗り替えられる紋章‥‥‥嬉しい‥‥”表”ではソレを見せてなどやらない、”老人”になど見せる必要性が無いから。

 心に浮かぶ、自分は”恭兄さま”に今近づいた、出会える日に近づいたのだ、老人の言葉が耳にも入るのが嫌だ‥‥自分はこの”恭兄さま”に近づけた”結果”の中で埋もれてしまいたい、嬉しい‥表情は無くなる、心は跳ねる、これ程の喜びが何処にあろうか?‥嬉しい、あともう少し‥‥もう少しだ、もう少しの”時間”を越えてしまえば良いだけ、恭兄さま‥‥僕はまた一歩貴方に近づけたよ?

 ガチャ‥‥部屋に”何か”入ってくる、危ない、恭兄さまが‥‥自分の思考に割り込む、汚い‥‥”こんな時に”邪魔だ‥‥。

 声を荒立てて何かを言うソレ、耳に入る言葉‥‥あぁ、恭兄さまの事を‥‥僕の心の中の‥‥僕の世界の恭兄さまが”汚い声”で染められる。

 自分では”当たり前な”、絶対な”愛情”‥‥それを思考していた時に割り込んできたのだ、この”痴れ者”は。

 許せない、同じだ”綾乃さん”と同じ、いや、もっと無遠慮で理不尽で汚らしい行為をしてくれた。

 ”僕の恭兄さま”への”愛情行為”を汚した、汚したのだ‥‥‥制裁をしないと、制裁をするためには”恭兄さま”の想いから意識を覚醒しないとならない。

”口惜しい”

「それは無論”全力”でのだろう‥‥むう、江島くんはどうだね?」

 仕方なく覚醒させた意識、”恭兄さま”への僕の”思考”していた時間を汚したのは誰かな?

「‥‥あっ、僕はどちらでも良いですよ?」

 ”耳に入ってた言葉”を清算して会話の意図を理解する、下らない人‥‥Aクラスの”送山くん”

 ”これ”が恭兄さまへの思考を汚した、それは綺麗な恭兄さまを、美しい恭兄さまを汚したも同然。

 会話をしてあげる、彼の望み通りにいけば‥‥”制裁”が出来る、それは絶対にしなけらばいけない。

「‥‥‥江島、今まで何を考えていたんだ?」

 聞く、決定的だ、僕の”恭兄さま”への”思考”に触れた、汚い声‥汚い、汚い、許せるものではない。

「えっ?‥‥”普通”にしてたでしょ?‥‥ああ、送山くん‥‥あれ?どうしたの?」

 どうせ”制裁”するのだ、うん、仕方ない‥‥恭兄さまへの縁(えにし)が僅かに出来たのなら”仕留めないと”

「‥‥‥‥‥江島ぁ‥‥もしかして”調子”に乗るのか?‥‥俺に対して」

何を言っているんだろう?‥‥それはこちらの台詞だ‥‥僕に‥‥恭兄さまへの”大罪”を犯したのだ、”触れたのだ”。

なのにこの態度‥‥‥きっと遮光ちゃんだったら、もう”駄目”だ、もう”制裁”しているはず。

「っと、話は聞いてたけど‥うーん、今”そんな事より”、もっとも大事な”事柄”にこの昇進は必要って言うか‥えっとね、”想い”を馳せてたんだけど‥‥”少し早く会えるかも”って‥‥でも送山くんはそれを”邪魔”した事になっちゃうんだ‥‥どうしよう、僕の大事な大事な思考に割り込んだのだから”大事な事柄”に関わったって事だよね?」

 説明してあげる、僕は申し訳ない気持ちで心が潰れそうになる‥‥恭兄さまに対する事柄を”制裁”のためとは言え”他人”に話さなければならない‥‥想像を絶する苦痛‥‥許して欲しい‥‥恭兄さま‥‥ごめん、ごめんなさい。

 でも”送山くん”に”自分の犯した罪”を説明してあげないと‥‥‥制裁にはならないから‥‥。

「何を言っているのかわからないぞ江島‥‥”そんな事”より俺と戦うのか?それともこのまま逃げ出してSS級に行くのか?」

 わかっていないんだね‥‥”恭兄さま”を”犯した”人にはわかるはずもない事だったのかもしれない‥‥ふふっ‥‥凄い、凄くお馬鹿さんなんだ”送山くん”‥‥もっと賢い人だと思ってたけど‥‥世界で一番のお馬鹿さんとは思わなかった‥‥驚いた。

「いいよ、うん、えっと‥‥よろしくね」

 だから僕は微笑む、汚れてしまった2分15秒前の恭兄さまへの”愛の思考”をせめて僕の”笑顔”で少しでも”浄化”するために。

 僕は笑うしかなかった。



「‥‥ん、どうやら”天災”が”ここ”に気付いたらしいな、もう既に”事は終えている”のに‥‥哀れだと差異は感じているぞ」

 恐ろしい速度で近づいてくる気配、全てを蹂躙するような圧倒的なソレはまるで台風だ‥‥迷惑な話だ。

「そうだね、うーん‥‥っで?どうするつもりなのさ差異は?‥‥さっき言ってた通りに”殺す”のかい?‥‥でもそれだったら井出島に対しての”糸”が無くなっちゃうよ?‥‥コウだけ”戻しても”怪しまれると思うし」

 まったくの正論を吐きながら何処から持ってきたのか‥‥‥板チョコを食べている沙希、オレンジジュースも飲んでいたが‥虫歯になるぞ?ん?‥‥差異もジュースを飲んでたか。

「うん、差異はどちらでも良いのだがな‥‥せっかくだから、”その感情が狂いの根本”に役立って貰おうじゃないか」

「‥‥‥ひどいね差異は‥‥うん、酷すぎる‥‥‥まあ、結局は恭輔サンの”意思”自体なんだけど」

「馬鹿らしい‥‥”あれ”も既に恭輔の一部だからな、もっとも適した”働き”を恭輔のためにするだけだ、ん、違うか?」

 感じる、恭輔に”コウ”がいる事を‥‥いるじゃない‥‥”既に活動”している事をか‥‥うん。

「口では僕も言ってみてるだけだよ、本気じゃないし、そんな”考えも”既に出来ないからね‥‥戯れって奴?」

「‥‥たまには差異に言わせてくれ、怠慢だな‥‥まあ、良いけどな、ん?‥‥”完全”に”恭輔”になったな、崩されたらしい」

 新しい情報が入ってくる、新しい”恭輔”の部分、それもすぐに”前から存在していた”に変換されてしまうがな。

「”僕達”のときとはやっぱ勝手が違うみたいだね、んー、”熱い”部分だね‥‥‥それだけはわかる」

 伝わってくるソレ、ただ”存在”するのでは無く、何かの‥‥何かの”激情”を伝えてくる‥‥大体は理解できる。

「さて、それでは”恭輔”のためにさっそく働いてくれるだろうな”その感情が狂いの根本”は」

「だろうね、僕はどうやら戒弄にも謝らないといけないみたいだね♪」

 笑う沙希‥‥‥心の底から楽しそうな、謝罪の欠片も感じさせない笑み‥‥我が妹ながら。

「それでは差異も一緒に謝ってやろうではないか、いつかな」

 さて、それでは”天災”が来る前に”その感情が狂いの根本”に”要望”を伝えにでも行くかな。

 ”狂った妖精”を見るのが少し楽しみだったりする差異は人間としてどうなんだろう?

 自問してみた。



[1513] Re[11]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/07/30 04:59
【はぁ、差異は急ぎすぎですよ‥今の状況で他の‥‥例えば『楚々島』(そそじま)辺りに手を出すとしますよ?】

”『楚々島』の名”が力ある者から世界に零れ落ちた。



深い‥‥深すぎるほど‥‥光も届かない場所、海の底、人間の感情の届かないもっとも”深き”場所。

無数の剣が泡をたてながら突き刺さっている、恐ろしいほどの深遠で”ソレ”は”呼吸”をしていた。

『‥‥‥‥力ある”者”が我等の”名”を”世界”で呟いた‥‥そのようじゃな』

ゴポッ‥‥その剣の中に‥‥一つだけ‥‥恐ろしいまでの巨大さ‥‥威圧感‥‥それを備えた剣が存在している。

どのような存在がソレを扱えるというのか?‥‥伝説の巨人でもとても扱えないような、人知を超えた”巨大”さ。

”そこ”から少女の様な‥‥掴み所の無い‥‥不思議な音‥‥声が発せられる。

『‥‥‥”繭”(けん)様‥‥そのような事も当然あるに決まってるでしょう‥‥我々とて”力”ある者‥‥人々に忘れられるのは辛いもの‥しかし我々が動くのは”同族”の回収‥それ意外にはありませんゆえ』

ゴポッ、ゴポッ‥‥鳴る、水の中で剣が鳴る‥‥甲高い音ではなくて‥人間の言葉を有しながら‥‥鳴る。

『それでものう‥‥朽ち果てるというのは悲しいものじゃ、見える終わりに向けて海の中でただ黄昏の日を待つ‥‥のう』

『地上にいる”若い者”が羨ましいと?‥‥巨大な体をどうにかしてからそのような馬鹿なことはお考え下さい』

『そこは我輩も納得だな、繭殿のような巨大な体では”頸流化”(くびるか)して人化しても無駄だと考えるぞ?‥‥内包した力が強すぎますゆえに‥‥”出現”した時点で人の都が十ぐらい滅びてしまう‥‥』

『左様でございます、繭様‥‥そのような事をお考えになるだけ無駄という事‥‥』

口々に言葉を交わす”剣達”‥‥‥いや、これは”剣”とは言えない、海そのものだ‥‥海の底を”支配”している。

 広大な地、そこに突き刺さった”何か”の数々‥‥泡を放ちながら意思をかわすソレはもはや違う概念で存在している。

 形は剣、本質は剣、しかし‥‥剣とはまったく別の”概念”で海の底で呼吸をしながらただ存在している、常人が見たら卒倒するような剣の”ようなもの”が統べる世界。

 概念‥‥この世界で”人”に使われてきた”人殺しの道具”とはまったく別の形をしたソレ、海の底の深遠で黄昏を待つモノ。

 全ての”道具”の頂点”‥‥使われずに”生きながらえる”最強の武器、人など必要としない武器、何者も殺さない武器。

 ”根本否ノ剣”(こんぽんいなのけん)と呼ばれる”武器”の頂点で全ての武器を”否定”するモノ達の集合体。

 『楚々島』‥‥剣の”ようなもの”でありながら”使われる”事を禁じた武器、海の底で佇みながらこの世界に生れ落ちる同族のみを求める”子供達”

『むぅ‥‥‥皆‥‥流石のワシも”デカイ””デカイ”と連呼されるのは苦痛なのじゃぞ‥‥少しばかり海を駆ける獣‥‥あの”泣き声”が可愛らしいの、あれの群れが百おるぐらいの大きさではないか‥のう?』

 もっとも巨大な”根本否ノ剣”、黒く、黒く、海の底よりもなお黒く不気味な色を放つソレが声を‥‥幼き声で鳴り響く。

『それが”巨大”と言うのですよ”繭”様‥‥‥‥‥そのような”戯れ”事で‥‥海の外なる地に”分裂”をお送りになるのはおやめくだ
さい‥‥”若い者”達も貴方様の”分裂”と行動を共にしなけらばならないとなると気を使いすぎますから』

 一本の巨大な”根本否ノ剣”の影に住むように存在する多数の”モノ”達が疲れた声音で巨大なソレを嗜める。

『‥‥たまには良いではないか‥‥‥ワシとてこの”巨大”な体さえなければと考えておる、しかし”巨体”ゆえに力も”巨大”‥‥女のワシにとっては辛い事実じゃ、だったらの、ワシの”分裂”を外たる地で”遊ばせて”やっても良いではないか‥‥」

『何だかんだでご自分が遊びたいのでしょう?”分裂”を通して‥‥それに我等は皆‥‥”女剣”でありますよ』

 ”海を駆ける獣”が降りて来る‥‥それはゆっくりと数匹の群れをなして”根本否ノ剣”の周りをゆっくりと浮遊する。

 それを心地よく感じたのか巨大な”根本否ノ剣”‥‥‥”繭””と呼ばれた”ソレ”は嬉しげな声音で答える。

『無論、ワシが楽しむのが最優先じゃな‥‥安心せい‥‥他の”異端組織”にはちょっかいはかけんからの』

『‥‥‥‥信用ならんお方だ』

 人には聞こえはしない海の底での”意思の流れ”、しかしながら‥‥地上での事柄は全て”海の底”に流れ着く。

 だからこそ『楚々島』はここに住まうのだ、地上で生れ落ちた『同族』をこの海の底へ誘うために‥‥‥。

 黄昏を共に迎える日のために、海の底で今日も根本否ノ剣は鳴る。



 暗い部屋の中でもっとも愛しき”眠り姫”の黒い髪を優しく撫でる。

 あぁ、何て愛おしいのだろう‥‥”恋”なんて脆いものが一瞬で氷解してしまう究極の愛をコウは得たのだ。

 愛?‥‥そんな言葉に内包できないほどの狂おしい感情、例えそれが”自分自身”だとしても構わない‥‥違う‥‥。

 ”自分自身だからこそ他人など圧倒的に超える愛情を持つことが出来るんだ”

 納得する、コウは恭輔さまを”他者”としても愛しているし”自分自身”としても愛している‥‥その感覚は普通の感情に弄ばれている他の生き物には一生わからない、わかってなるものかと考える。

 淡い呼吸、閉じた瞳、律動する胸‥‥そんな恭輔さまを見るだけでコウは全身を焼き尽くすような愛しさの中にいられる。

 ”瞳から涙が零れ落ちるぐらいに”‥‥‥あぁ、苦しい、愛しくて苦しい‥‥‥触る、恭輔さまの頬を触る。

 気持ち良い‥‥”天国”なんてものはコウにとってこんなにも近くにある‥‥。

「失礼するぞ‥‥まあ、予測通りだな、ん」

「えっとですね、静かにしてください、恭輔さまは疲れてお眠りになっています‥‥邪魔をしないで欲しいです」

 ドアを開けて入ってきた差異さん、自分と同じ恭輔さまの”一部”と認識はしている‥‥それでも許せる問題と許せない問題がある。

 ”僅かでも恭輔さまが邪魔だと感じればコウはそれを排除しないと”‥‥それは正しいことだ、それが恭輔さまの一部であろうが例外は無い。

「うん、すまんな、それが”コウの在り方”だとしたら、差異が悪いな‥‥しかしこちらも用件があるから聞いてもらわないと困る」

 言動の”困る”とは別にまったくの無表情の差異さん、この人もコウと一緒だ‥‥”恭輔さま”のためだけに存在がある、だったら話を聞かなくてはならない‥‥それが恭輔さまのためになるなら。

 コウの恭輔さまの”一部”として‥‥あは‥‥恭輔さまの一部‥‥‥心が焼けそうだ‥‥自分でそれを思う、その事実‥‥”当たり前”なのだがこれ程幸せなことなんて無い‥‥自分が”自分”である事に‥愛を得て幸せを感じれる人間が世界に何人いようか?

 ”コウだけだ”

 笑みが浮かぶ。

「いいですよ、え、えっと、恭輔さまが”僅かに”でも不愉快に感じたらコウは差異さんでも”どうにかしないと”‥‥この小さな体でもどうにかしないと駄目なので‥‥場所を変えましょう」

 羽を震わす、この羽も恭輔さまの”一部”‥‥今まで当たり前であったソレすらも愛しく感じてしまう、コウは愛を知っているのだ。

 緑の光が恭輔さまの顔を照らすだけで体がしびれてしまう程の愛が駆け巡る。

「うん、そうだな、だったら差異の部屋に来るが良い‥‥そんなにゆっくりもしてられそうにないしな」

 ふぁと可愛らしく欠伸をして部屋を出て行こうとする差異さん、金色の髪が闇にも負けず微かに輝いている。

「あっ、差異さん‥‥”その感情が狂いの根本”って仰った言葉の意味、コウは最初から”知ってました”‥‥”狂ってる”のではなくて
コウにとってこれが”正常”とだけ‥‥え、えっと、訂正させてください」

「‥‥ん、それが既に”壊れてる”のだと差異は思うぞ?‥‥ははっ、まあ、例外なく恭輔の”一部”としての幸せは差異も感じているからな、”究極の自己愛”いいではないか、差異は恭輔を否定する世界よりも恭輔のみの、”自分”のみの世界のほうがよっぽど素敵だと考えているが?」

「あはっ、同感ですね、コウも”それだけで”良いです」

 口付ける、恭輔さまの額に、幸せ、これ以外に何もいらないし必要ない、コウは恭輔さまの一部としての”世界”で溺死してしまいたい、それを誰かが”邪魔”をするなら。

コウはこの華奢な‥‥小さな体でも‥‥”相手”‥‥恭輔さまを”傷つける”‥”不純物”を殺さないと駄目なんだ‥‥‥わかっている。

「ッあ‥‥‥」

 恭輔さまに唇が触れた瞬間、コウの瞳から全てを支配しつくす程の感情の込められた涙がこぼれるのを感じた。

 そう、コウは恭輔さまにもっと”捧げ尽くします”‥‥それが”正常”であると言う事なのだから。



「ねえ、遠見、何だかAクラスの送山くんと江島くんが”決闘”するらしいわよ!‥‥くぅ~~、燃えるわね!熱い男同士の魂のぶつかり合い!観戦用にビール買わなくちゃ♪」

「へっ?‥‥葉思(はそ)‥‥今は仕事中だからお酒は飲んだら駄目だよ~」

 教員室、鬼島のチルドレン候補生を育てるために雇われた第一線から退いた”SS級能力者”達の行き着く場所。

 アタシは親友の政木遠見にビックニュースを持ってきたのだが‥‥見事に意思の疎通が出来なかった、3年目の付き合いである。

「あんたね‥アタシの話聞いてた?‥‥生徒同士の死闘が見れるのよ?あー、しかも江島くんは先日の認定総会でS級に昇格、勿論手続きが終わる一週間後にSクラスへ移る事になってるし‥‥あの歳でこの早さはちょっと『選択結果』『意識浸透』の天才姉妹を彷彿とさせるわね‥‥そんな彼と戦うのはこれまた凄いんだって!Aクラスの幹部候補生してる送山くんなのよ?‥‥くぅう、期待の出来る一戦だわ!」

「ふぇ~、詳しいね葉思‥‥‥‥”江島”かぁ、ふーーん」

 眼を細める遠見、元々掴み所の無い遠見だが時に”掴み所の無いそれとも違う”常人のソレではない空虚さが滲み出る。

 アタシはそんな時の遠見が少し怖かったりするのでちょっと苦手だったりする、でも遠見は”馬鹿”だからどんな事があろうと実害は無いだろうけど。

「あれ?‥‥遠見が人の名前覚えてるって珍しいわね‥‥江島くん見たいな少女顔の小さい子が好みだったの?‥うあ、ちょっと幻滅」

「違う違う、棟弥ちゃんのお友達の”恭輔ちゃん”と苗字が一緒だから~、えへへ、それで覚えてるだけだよ」

 自分の弟を”ちゃん”付けで呼ぶなっつーの、でも遠見は恐ろしいほどの童顔で背も無いから割と普通に聞き流せるわね。

 でも”恭輔ちゃん”って初めて聞く名前ね‥‥遠見の”ちゃん”付けは最上級の愛情表現のはず、アタシでさえ呼び捨てである。

「恭輔ちゃん?‥‥初めて聞くわね‥‥もしかして遠見のいい人?ん?弟の友達に手を出しちゃった?」

「あ、ち、違うよ!‥‥わぁ!?」

 倒れる、椅子と一緒にだ‥‥‥これがSS級とは誰も思わないでしょうね‥‥アタシは今でも疑ってるし、多分一生疑い続けるわね。

 ”っ~~痛い”と呟きながら腰を抑えて立ち上がる遠見、まるで子供‥‥子供そのもの。

 でもやっぱり遠見には”無垢””純粋””子供っぽい”よりもアタシは”馬鹿”の方が似合うと思う、ひどいわねアタシ‥‥。

「ほら、大丈夫?‥‥まあ、その”恭輔ちゃん”については飲み屋ででも聞くとして‥‥一緒にその決闘の”監察官”しない?」

「うぅ、絶対に教えない‥‥その監察官って黙って見てれば良いだけだったけ?」

「”行き過ぎた場合”に生徒をぶん殴って止める役割もあるわね」

「‥‥‥‥‥‥えっ?」

 アタシの言葉の意味が理解できないのか首を傾げる遠見、これだけ見れば二十歳の女には見えない‥‥いや、常時見えないか。

 さらに相乗効果的にスーツの上から羽織っている白衣が可愛い子犬に服を着せるおばさんの様な‥‥独特な滑稽さを‥‥。

「葉思‥‥今わたしの事を馬鹿にした眼で見てた~」

「まあ、馬鹿にしてるからそう言った眼になるのは仕方ないわね、うん、えっと、とりあえずあんたが監察官するの嫌がろうが無駄だから
ね、もう申し込んだから」

 恐らくそんな面倒な仕事を引き受けたい教師なんてアタシ達ぐらいだろう、監察官決定は確実ね。

「別にいいけど、うーん、殴って止めれば良いんだよね~、グーで殴ったら相手の子死んじゃうからパーにしないと‥‥」

 無茶苦茶物騒な‥冗談にしか聞こえない言葉だが遠見の場合は間違いではない、右手で殴れば人は死ぬ‥‥左手で触れば奇跡が起こる。
間抜けな台詞だがそれ以外の言葉では説明の出来ない『右死左生』(うしさせい)‥‥黒い皮製の手袋で”ソレ”を封じてはいるが。
寝坊して遅刻するような時は”手袋を付け忘れて”来る事も多々あったりするので‥‥やっぱり”馬鹿”だわ。

「ちゃんと手袋して来なさいよ?明日の放課後にするらしいから‥‥‥遠見って今日はこのまま上がり?」

「うん‥‥葉思、お酒を飲みに行くのは良いけど‥‥もう奢らないからね~」

 流石は長い付き合い‥‥いつもは勘が鈍いくせに‥ってそんな事も無かったりするのが遠見の不思議なとこなのよね。

”鈍い””鈍感””のろま”に相反するように”鋭い””敏感””俊敏”を兼ね備えている、本当に”必要”なときには後半の言葉しか付
き纏わない‥‥そんな子。

 アタシ、来水葉思は本当に”馬鹿”な子は好きになれないのだから‥っと、そんな事よりこの時間に開いてる店ってあったかしら?

 ”今日も奢ってもらえますように”




「あらら、夜のお散歩とは‥‥貴方にもそんな洒落た趣味があったんですね‥‥戒弄さん」

「‥‥”水銃城”の鋭利か‥‥‥行方不明と聞き及んでいたがな‥‥世界は案外狭いらしい」

 月の下‥‥そう言えば最近月の見ていない日が無い気がする‥‥青白い光は好きだ、とても心が洗われる。

 そんな感覚の中で目の前の相手と向かい合う、褐色の肌、燃えるような赤い瞳、無造作に‥‥地面ギリギリまで伸ばした赤髪。

 そして長い髪の間から覗いている人ならざる者の証、狼のような‥‥野生的な鋭さを秘めて天に向いている三角形の耳。

 腰からも同じく赤色をした‥‥芸術性すら感じさせるバランス器官として突き詰められた大きな尻尾、人には必要が無い野生の集合体。

 王虎族に続く”遠離近人”の中でも戦闘に特化した種族、十狼族(とおろうぞく)そして目の前の少女はその中でも有数な血族。

 顎ノ子(あごのこ)‥‥普通の十狼族はこの夜の闇のように底冷えするような黒い毛並みをしている、正に夜に生きる”肉食”しかし顎ノ子達の体は”赤”全てを燃やし尽くすような、暗い闇でもそれを否定する程の力を有した炎のソレだ。

「それよりも、夜のお散歩にしては随分遠出したんですね?」

 答えなんて知っている、知っているが問いかける、時間つぶし、時間稼ぎ‥‥どれでも良いと私は思う。

「‥‥貴様、何か知ってるな?‥‥この街に潜む”違和感”を放つ”アレ”は何だ?‥‥今は俺も急ぎの用事でな‥‥さっさと答えてくれることを望むのだが?」

「違和感?さて、何の事でしょう?‥‥私はただ久しぶりに会った知人とお話をしたいだけですよ?‥‥貴方の疑問にお答え出来るほどの情報も無いですし”違和感”だけでは不明瞭過ぎて‥‥さっぱりですね」

 流石は”遠離近人”の中でももっとも”正しく物事を認識”するのが上手な種族‥‥十狼族だ、でも答えてはやらない。

 答えて処置できるほど”この違和感”は優しくも無い、かといって”結果”を見れば”当たり前”なのだから。

 どうしようも無い”アレ”ですね。

「嘘をついたな?いつもの貴様なら俺の気配を感じるだけでその場を去るはずだが?」

「”人”には”気まぐれ”と言う素敵な言葉があるんですよ”遠離近人”さん」

「黙れ”能力者”‥‥‥では質問を変えようではないか、”アレ”はお前等の知り合いなのか?」

 尻尾が逆立ってるって事は‥‥‥イライラしてますよね?‥‥”野生動物”はわかりやすくて助かりますね、本当。

「それが?それが貴方の”質問”ですか?‥‥答えると?‥‥ちょっと馬鹿らしいですよ‥私は貴方に答える必要性が無いのですから無視の方向で会話を進めますよ?‥‥でもそれでは可哀想ですね、じゃあ一度だけ答えましょう、”他人”ではないですよ、予測通りに」

「十分だ”水銃城”、しかしまだ本質は見えん、貴様程の使い手が飼い殺されている事実、それが俺にはわからん、いや、貴様だけではないな、”違和感”の近くに”意識浸透”それに”選択結果”もいるな?」

「わかっちゃいますか?‥‥だったら貴方の”心配事”の気配もするでしょう?‥無事だとわかっているならもう少し落ち着いてくださいね?みっともないですよ」

 その”心配事”は貴方にとっての”存在”では既に無いのですけどね、そこを利用する差異は悪魔ですか‥‥まったく。

「‥‥‥”コウ”が無事な事くらい俺にもわかっている、”良き方向”で考えるならば迷子のあいつをお前等が保護してくれたと考えるのが妥当だろう」

 ”戦闘狂”のわりには、血に濡れる己が好きなわりには、骨を噛み砕く感触を知っているわりには‥‥優しげな思考ですよね。

 結構純粋な所があるんだと少し好ましく思う、まあ、狼にも家族愛がありますし‥‥おかしな事ではないのかも。

 ”血塗れ狼”なのに矛盾ですね、少し滑稽とさえ思ってしまう、酷いな私は‥‥‥‥自覚があるだけ可愛げがありますよ私は?

「それは”不正解”ですね、これはヒントでも何でもなくて事実のみですから‥‥それで?貴方は何をそんなに心配してるのですか?‥長年の付き合いの私達が信用できないと‥‥そう言う事ならまだ良いですよ?親しい仲でもありませんしね、貴方が死のうが涙しませんし‥私の大好きな”水分”の無駄ですしね‥‥では?‥‥尻尾を逆立てて、毛を逆立てて、耳を逆立てて、貴方ともあろう人が私の前でみっともない姿を晒しながら、問いますよ、何が不安なのですか?」

「‥‥‥‥”違和感”だと言っているのだが、貴様は”ソレ”を知覚していないと言う、世界に騙されている気分だ‥‥故に不安、コウが”飲まれると”感じているからこその不安、だから貴様に時間を与えてまで問いかけた、”違和感”は何かとな」

 納得する、やっぱり目の前の”コレ”は他者を殺していようが血塗れの自分が好きだろうが”天災”だろうが『お人よし』だ、それは必ずしも”良”にはならない、現に今、ここで時間を取られている事実がそれを証明している。

「それでしたらご自分の眼でお確かめくださいな、私は眠いのでそろそろ帰ります、月の下の散歩と洒落こみたいので歩きでの帰宅です、貴方はお先にどうぞ?」

 人様の家の屋根にずっと立っているのも失礼にあたる、とりあえず道路に降り立ちながら『お人よし』に言葉の裏に潜まして忠告してあげる『急いだ方が良いのでは?』‥‥最大の皮肉、既に間に合わない、やっぱり私はひどい女ですね。

「‥‥‥言われなくても」

 立ち去る、恐ろしい速度で‥‥‥悪気があって彼女の時間を割いたのだが‥‥別にあのまま行かしてあげても良かったのかもしれない。

 でも”無理”だから、その”結果”を想像しながら彼女と会話をするのが楽しかったのだから仕方ない。

 だって”コウ”をあの人は心配していた、まさに皮肉、それであの必死さ?‥‥おもしろおかしい、あの戒弄ともあろう者だ。

 ”既に完結しているのに、妖精は”

「‥‥‥貴方の妖精さんは、貴方のためには既に”存在”していませんよ?‥‥だって貴方の恐れている”違和感”‥あれのために尽くす”支配された愛玩人形”‥‥私と同じ”一部”として既に機能しているのですから、ふふっ」

 月明かりの下の散歩道、狼の足並みは速く、私の足並みは遅く、この同じ世界の下で。

 ”滑稽”だ。



[1513] Re[12]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/08 22:49
わたしには家族が一人しかいません。

お父さんもお母さんも死にました、わたしのチカラが原因らしいけど良くわかりません。

わたしは右手にアクマを飼っていて左手にはカミサマが宿っています、それのせいかも‥‥とか良く一人で考えたりします。

でも答えなんて無いので、とても無意味な時間だと親戚のおじさんは言います、でも死んだお父さん達は家族ですけどおじさんは家族じゃ

ないので、そんなウソなのかホントウなのかわからない言葉なんて素直には聞いてあげません‥‥‥きっと無意味って言葉の意味を知らないのです。

考えるだけで有意義って事もあるんですよ?答えなんていらないって人間が一人ぐらいいても良いじゃないですか‥‥わたしは思います。

家族‥‥わたしにも一人だけ家族がいます、弟です、良く出来た弟で小さいときから手が掛かることはあまりありませんでした、唯一の心配は逆に反抗期が無いことです。

けど他の家庭での反抗期ってものは酷いらしいです、家族とか殴る人とかもいたりするらしいです‥‥凄く怖いです。

でも怖いのも痛いのもわたしは平気ですから‥‥‥いっぱいされてきました、でも途中から怖くも痛くも消えてしまいました。

凄く不思議です、でもそれは幸せなことなんだろうと考えます‥‥痛くも怖くも無い世界は幸せですから、幸せって言葉の本当の意味。

だから自分にとっての痛みも恐怖も全てを肯定して生きてきました、弟のためとか、自分のためとか、流れに沿うように、淡々と。

でも、もしも、この痛みも恐怖も知らなかったら‥‥”無かった”としたらと想像するだけで恐ろしい気分になります、わたしがわたしでない感覚が染み込んで来るような、嫌な感覚。

それを押し込んで、考えて、悩んで、せっかくなので恐怖の原因になったコレすらも利用してやろうと考えました、全部利用してわたしは生きるのです、この世界の全てを自分のために利用して活用して生きてゆくそれで良い、大事な存在すら利用します、きっと私は。

世界はわたしに痛みと恐怖を教えてくれた‥‥でもそれが無くなることでの空虚な幸せしか与えてくれなかった、痛みも恐怖も超越した空虚な感情の幸せ‥‥‥虚しいです、虚しいですよ?

だから、わたしは最高の幸せを得る義務があるんです、それはわたしの決めた唯一のルールです、破ることは出来ません。

そのためには利用します、大事な存在も、友達も、能力も、家族も‥‥弟ですら切り捨てて利用して生きてゆきます。

でも、それでも、たった一つだけ”利用”してはいけないモノがあります、友達でも家族でも無い不思議な存在。

初めて出会った冬の日の事を忘れられません‥‥ああ、出会ってすぐに理解しました彼は私と同じだと。

同族嫌悪は湧きませんでした、不思議なほどに‥‥‥ただ”わたし”のようにしたくないと思いました。

強く強く思いました‥‥‥恭輔ちゃん、貴方はわたしが死ぬまで綺麗なままで‥‥‥。



「‥‥‥‥ふぁ、来るね」

 眠い‥‥眠気を噛み殺しながら見つめる、すぐそこまで近づいてきた圧倒的な気配、知った感覚‥‥戒弄。

「‥‥差異に任せてさっさと寝ても良いけど‥‥それって怠慢だよね」

 オレンジジュースもチョコも無くなってしまった、口が寂しい‥‥ポケットを漁る。

 えっと、確か‥‥‥飴玉の一つぐらい‥‥‥っと、二つも出てきた。

「あれだよね、戒弄‥‥‥一つどう?」

「‥‥やはりお前もか‥‥水銃城と良い‥‥今日はSS級の大安売りか?」

 いつの間にか目の前に佇んでいる存在に話しかける、速いよね~、ついさっきまで大分遠くにいたのに‥‥。

 僕が意識をポケット漁りに向けた瞬間に一気に距離を詰めたね‥‥これが真面目な戦いだったら死んでるかも僕。

「まあ、当店にはまだ選択結果とかも売れ残ってるけどね‥‥っで?何の用事かな?」

「‥‥‥惚けるな、この違和感だけでも十分に”用事”に値する、そしてその中にコウがいるのだからな‥‥俺の焦りもわかるだろう?」

「んー、違和感?‥‥そこがわからないけど、コウなら僕達が優しく丁寧に保護してるよ?それより駄目じゃないか戒弄‥‥コウを一人にしちゃったら‥‥あんなに小さくて弱い生き物なんだからさ‥‥ちょっとでも目を離したらどうにかなっちゃうよ?ははっ」

 口から吐く言葉、僕のそのままの気持ち、間に合わなかった戒弄への侮辱の言葉。

「‥‥眼が笑っていないぞ意識浸透‥‥‥この人間の巣の中にいる”モノ”は何だ?‥‥」

「さあ?‥‥鋭利にも言われなかったかい?自分の眼で確かめたら?ってさ‥‥僕もその意見に賛成だね、何も異論は無い‥だって自分の眼で見ないと物事って信用できないしね」

 飴を口に放り込む、あー、オレンジ味‥‥‥さっきオレンジジュース飲んでたからちょっとしつこく感じる、甘い。

「‥‥‥ふんっ」

「あっ、決して屋根裏ぶっ壊して中に入らないでよね、僕が恭輔サンに叱られるんで‥‥うん、使えない部分だと思われるのは嫌だよね、だから注意、ちゃんと下に降りて、チャイム押して、中の人間に”どうぞ”っ言われてから入ってね、常識だから頼むよ」

 当たり前、当たり前な事だけど人外にはそんな当たり前も存在しないし、屋根裏ぶっ壊して中に入ろうとする存在に生まれなくて良かったって本当に思う、さて。

「それとそんなに恐れなくて良いと思うよ?‥‥君の感じてる違和感だっけ?そんなものはこの家に存在しない、僕達もとある事情でこの家にお世話になってるだけでさ、決して鬼島を裏切ったわけじゃない‥‥つまりはここで”何か”があれば鬼島と井出島の間の”約束事”を破ることになるからね、そんな事をするわけないでしょ?」

 僕のお役目、とりあえず嘘を吐く、別に信用してくれなくても良いけど言わないよりはマシだろう、戒弄には”崩されないまま”帰ってもらわないと困る、そうじゃないと利用出来なくなるし‥‥僕って酷いな‥差異の思考に染まった?まあ、双子だしね。

「‥‥確かにな、その言葉は信用してやる、鬼島と井出島の全面戦争なんて考えただけで嬉しい事柄だが‥‥それが起こって欲しいとは誰一人考えはしないからな、コウに何もなければこの違和感ですら無視して帰ってやる」

「だから何も無いって‥‥信用ないな僕‥‥じゃあ僕は寝るとするかな、夜更かしは美容の敵との姉の助言をたまには聞いてあげよう」

 上半身を起こす、この場所結構気に入ったな‥‥うん、空が良く見えるし悪くない、星もキラキラしていて綺麗だ。

「じゃあ戒弄、コウを連れて帰るならさっさと静かに頼むね、この家の主は”学校”って用事で朝が早いんだ、あまり長居されると迷惑だからね、じゃ」

 振り向きもしないで立ち去る、えっと、歯磨きをして寝ないと‥‥虫歯は怖いしね。



 立ち去る意識浸透‥‥今までと変わらない、飄々とした態度‥‥何も変わらないはずだが。

 微かな違和感が存在している、水銃城の時も感じた‥‥いつもと変わらない彼女達の中に潜んでいる”何か”違和感がある。

「‥‥‥‥‥よっと」

 地面に足をつける、っと‥‥確かチャイムってモノを押して‥‥何でこんな面倒なことをしてるんだか俺は。

 しかし”無作法は人を殺す”‥‥意味も無い死などは嫌いだ、見たくない。

「ん、戒弄だな、入ってよいぞ」

 声、冷たい声、知っている‥‥選択結果、もっとも戦いたい相手の一人。

 ドアが開いて出てきた彼女は今までと変わらず冷たい視線でこちらを軽く睨むようなしぐさをする。

「久しぶりだな選択結果‥‥行方不明と聞いていたが元気そうで何よりだ」

「うん、それは皮肉か?‥‥まあ、皮肉を言われて気分を悪くするような狭い心を差異は有していないからな」

 今までと変わらない‥不思議なほどに変わらない選択結果‥意識浸透と同じだ、この人間の巣を包む違和感の中で”普通”にしている。

 おかしい、選択結果がこの”違和感”に気付かないはずが無いのだ‥気付いているのに平然としている?馬鹿な‥‥それでは壊れてる。

 どう言う事だ?

「‥‥その顔を見れば疑問を沢山抱えているみたいだな、ん、しかし教えるわけにはいかないし教える気も無い」

「‥‥それは俺の疑問にお前が答えられると言うわけだな?‥‥その可能性を開け、この違和感は何だ?‥‥寒気がする‥いや、純粋に不気味だ、怖い‥‥コウは本当に無事なのか?」

 違和感という名のこの巣を包む空気、その中で平然と‥‥薄く微笑みを浮かべている選択結果‥‥何だ、何故笑う?

「先ほどの言葉を聞いていないのかと差異は呆れるぞ?まあ、差異は優しいからな、一つだけ疑問に答えてやろう‥質問はどれに掛かっている?”違和感の正体”なのか”コウの無事”なのか‥どちらでも差異は答えてやろうではないか‥お勧めは”違和感の正体”だな」

「答えるのか?」

「ん、嘘は言わないぞ差異は?」

 驚く、意識浸透が避けていたように‥‥この違和感ですら何も感じていないように振舞う、そう思っていた。

 唖然として選択結果を見つめる、眠そうに欠伸をしながらさっさと選べと眼が言っている。

「では改めて問いかけよう、この街を‥‥この人の住む巣を包む違和感は何だ?」

「それはお茶でも飲みながら話そう、ん、コウも挟みながら話そうではないか‥‥ふぁ、眠い眠い‥さっさと終わらせよう」

 閉まる‥‥‥相変わらず他人なんて気にしない態度‥‥今の流れでそれは無いだろう‥‥俺は嘆息する。

 とりあえずコウの無事を確認できるなら、言葉に従うしかないではないか、何て我侭な選択結果‥‥慣れる事は無いだろう。

 それは恐らく一生。



 僕の部屋、僕だけの空間、お風呂から上がった僕はベッドに横になりながら天井を見つめる。

 明日は制裁の日、多分、違う‥‥絶対”楽”に制裁は完了する、僕はだって才があるのだから、人の何倍も。

 それは事実であって、決して自分を過信しているわけではない、事実を事実として認識できない能力者はどのレベルであっても弱いだけ。

 だから僕はちゃんと自身を把握している、純粋な能力で言えば僕はSS級にすら負けてはいない、ただ”時間”が足りないだけ。

 ”時間”が足りないだけだ。

「‥‥ふぁ、う‥‥眠いかも‥‥‥でも見たい番組あるし」

 深夜のお馬鹿番組、毎週欠かさず見ていたりする‥‥でも今日は眠い、怒りに思考が染まりすぎたせいだ、送山くんの責任だ。

「‥‥うん」

 前髪が目に入る、良くみんなからは髪を伸ばしたら女の子にしか見えないと言われてからかわれたり‥曇った思考で机の上の鏡立てに視線を向けてみる。

 白い、白い肌に女の子見たいな‥そう、自分で見ても女の子見たいな女の子そのものにしか見えない柔らかな顔、虚ろな瞳の鏡の中の自分と視線が交錯する。

「‥‥明日はどうしようかなぁ」

 鏡の中の自分と相談する、何も答えない、それは当たり前だが‥‥それでもいい、送山くんが処罰を、責任を取るならそれでいいのだ。

 恭兄さまを一瞬でも世俗の言葉で、僕の”思考”していた恭兄さまを汚い世界に貶めたのだ、責任は当然。

「‥‥‥一人で寝るのはやっぱ寂しいかも」

 寒い、恭兄さまと昔は同じベッドで寝たりしたけど、今は無理だ、だから遮光ちゃんとたまに一緒に寝たりするけど‥それでも虚しい。

 虚しいのだ、今一人で寝ていることも、遮光ちゃんと寂しさを埋めるように同じベッドで寝るのも、何もかも虚しく、正しくない。

 早く戻りたい、恭兄さまと一緒にいられる空間に、空気に、そのためだったら何だってする、何でもする。

 だから自分は今この場にいる事を良しとしているし、明日送山くんに制裁を加えないといけないのだ。

「‥‥‥‥‥ふふっ」

 笑みが自然とこぼれる、自分でもわかる程に意地汚い声、明日はどうやって送山くんに罪を思い知らせてやろうか?

 ワクワクする、これは神聖な行為だけど‥‥恭兄さまの”敵”を排除する事を喜び以外の何と言うのだろう?

 あぁ、明日が楽しみになってきた、僕が思考していた恭兄さまを汚した送山くんに抱いた憎しみの様な情念と‥‥今この胸を駆け巡る恭兄さまの敵‥‥僅かでも関わりを‥‥”接点”を持った相手を排除できる最高の喜び。

 「矛盾だ‥‥‥ふぁ、凄い矛盾」

 そんな矛盾が僕の考えを染めるのだ、憎み、喜ぶ、相反するようで根本は変わらないこの感情‥‥どちらも恭兄さまに関わる情念で。

 憎しみとは別に、狂おしいほどに愛しい‥‥‥これも矛盾、どうしようもない矛盾。

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 テレビから音が流れてくる、僕の好きな番組の主題歌だ‥‥でも眠い、今の僕の思考は恭兄さまで染まっている、良い気分。

 それを邪魔するこのテレビの中の人間達すら煩わしく感じてきてしまう‥‥仕方がない。

 消そう、リモコン‥‥今は良いところだ、恭兄さまに僕の思考が染まっている、良い気分なのだ‥‥これに包まれて眠る、寝たい。

 何も聞こえなくなる、テレビを消したから当たり前だ‥‥これでいい、これでいいんだと僕は納得する。

 「‥‥‥恭兄さま‥‥‥」

 呟く、それはきっと‥‥この世界でもっとも素敵な呟きだろうと僕は思った。



 何も変わらないソレを見て、激しい嘔吐感が駆け巡った、それはきっと‥‥この狭い空間で俺だけだ‥‥‥そうに違いないと判断する。

「あれ?え、えっと‥‥もしかして戒弄ちゃん気分悪い?」

 心配そうに俺を覗き込む、安心した‥‥間に合わなかったのか?‥‥二つの念が俺を責める‥‥どっちだ?

 普通だ、普通すぎるほどに‥‥俺が何も疑問を感じれないほどに‥‥コウはいつものように涙目になって俺の体に飛びついてきた。

 幼い時から変わらない、迷子になった時の‥‥夕暮れの中でコウを見つけたとき、雨の中でコウを見つけたとき、森の片隅でコウを見つけたとき‥‥その時と何も変わらないコウの涙‥‥何も変わらないはずだ。

 だが吐き気、吐き気がする、尻尾が逆立つ‥‥‥気分が悪いのだ、気持ち悪い、体に張り付いてくるコウが”気持ち悪い”

 そんな事を思った自分が不思議なほどに‥‥僅か数秒程で消えうせるソレが‥‥‥俺の心を恐怖で染める。

「い、いや‥‥何でもない、本当に無事なんだな?‥‥まあ、怪我もない様子だし‥‥頼むからあまり俺を心配させるな」

「あっ、えっと‥‥ごめんなさい‥‥で、でも、差異さん達が助けてくれたから‥‥何ともなかったし‥‥」

 選択結果は部屋の隅の壁に背を預けながら悠然と欠伸をしている、そこで浮かぶ‥質問、先ほどの質問の答えを聞かなければならない。

「ん?‥‥感動の対面はそこまでで良いのか?差異の事は気にせずまだ続けても良いのだが、うん、それよりも先ほどの質問の返答が知りたい顔だな、ほら、答えてやるから椅子にまず腰掛けろ」

 自分はさっさと腰掛けながら眼で促す選択結果‥‥‥本当に答える気があるのだろうか?‥‥もう、コウを連れてこの場を去った方が‥‥だがそれでも、この何かの生き物の”胃の中にいるような感覚”‥‥それについて答えてもらわないとならない。

「確かにコウは無事だった、先ほどは疑ったりしてすまなかったな、本来は”猛者”‥‥そのような人種を探してここに来たがどうでもいい、どうでも良くなった‥‥お前達SS級が行方不明で何故この場に皆で留まっているのか‥それもあえて無視をして問いかけるぞ?今、俺たちがいるこの空間を包んでいる違和感は何だ?答えてもらうぞ」

 先ほどの質問の続き、俺の焦りの入り混じった声音にコウが驚いたように目を瞬かせる、コウは気付いていない?‥‥だったらコウの身に”何もなかった”のは確かに正しいのか?‥‥だが先ほどのコウを見たときの嘔吐感は何だ?気のせい‥‥気のせいなのか?

 この違和感に気分が”呑まれた時”にたまたまコウを見た‥‥それだけなのか?

 「うん、先ほどから戒弄が言っている”違和感”‥その言葉にのみ答えてやろう、この家の主のD級能力者は発している”ソレ”の事だろうん、まあ、気にする程のものではないと言っておこう、別に悪意もないし害もない‥そこに存在しているだけの、違和感のみを発生する能力者‥‥ほら、D級で十分だろう?文句もないだろうし口答えも出来ないだろう?」

 素直な言葉、俺が反論できないほどに当たり前の言葉をそのまま聞き流すことが出来ない、確かに納得出来るだけの言葉だ‥‥現に言葉通りに違和感だけを放つだけで何も異常は無い、違和感だけが”異常”なだけ‥‥他には何も存在しない。

だが‥‥。

「っと、戒弄ちゃんさっきから何を話してるの?コウは何ともなかったし、行方不明になってもう戦えないって残念がってた差異さん達も無事だったんだよ、”何も疑問に思わなくてもいいんじゃないかな”?‥‥そうだよね戒弄ちゃん?」

 俺の思考を遮るようなコウの言葉、何かおかしい‥‥コウは不思議そうに俺を見つめてるだけで何もおかしくないのに‥‥少し怖い。

 差異はそんな俺たちを薄く微笑みながら見つめている、悠然とした態度、何度も見たはずだ‥‥だが何か違うような感覚。

「それだけだ、ん、それだけだぞ、話はこれで終わりだな、差異はそう判断するのだが?‥‥それではさっさと二人とも帰るが良い、この家は朝が早いからな、これ以上は迷惑だ」

 もう話すことはないと言った感じで椅子から立ち上がる選択結果、何も言えない‥‥先ほどの会話でおかしい所など無いのだから。

 あるとすれば‥‥

「後一つだけ答えろ、何故お前達は”ここ”にいる、この違和感を放つ能力者とやらの中心に存在している?」

 それがある、大きな意味を持つ問い、これで真意はある程度”予測”出来るはずだ‥‥最初に無視して消した問い、だからこそ問いかける。

 その問いに紫色の瞳がおもしろそうに俺を見つめる、おもしろそうに。

 何か笑いを堪えているような、そんな微笑で。

「質問は一つだけと言っただろ?ん、残念だな、最初からその質問をしていれば良かったと差異は思うぞ?」

 問いは意味の無いものだったらしい。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥帰ろう」

 コウの声、まただ、俺の思考を止めるようなタイミングで先ほどから声が耳に入ってくる、深く考えられない。

 今はだが、立ち去るべきと判断する、コウを”井出島”に戻してから、それから追求すればいい‥‥。

 去ろうとする俺たちに投げかけられる言葉が聞こえる。

「ん、さっさと帰るが良い‥‥‥そうだ、”コウ”‥‥‥”井出島”によろしくな、本当に、それではな」

 違和感の孕んだ言葉にコウは笑顔で”はい”と頷いた、何も変わらないソレに俺は‥‥‥軽い吐き気を感じた。

 先程と同じように。



[1513] Re[13]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/13 04:06
多くのことがちょっとずつ動き出した夜、それも終わりを迎えて朝になろうとしている。

世界は少しずつ意識し始めている、たった一人の人間を、見逃さずに、しっかりと意識している。

その中で、彼の縁者がたったそれだけのはずがない、多くだ、もっといるはず‥‥‥そうに違いない。

何故か?その人間が”普通”を偽った”異端”だからだ、能力だけではない、その心の在り方がきっと壊れてしまっている。

壊れている?安易なのか‥‥その考えはきっと安易だ、安直以外の何者でもない‥‥彼が意識した全ての人間には当たり前になるのだ。

それは当然であるのかもしれない、ならば決して壊れていないのだ‥‥今の彼の周りの人間にはそれを指摘する材料を有した人間がいないのだから。

そう、彼の周り、慌ただしくなりつつある彼の周囲、その多くは溶け込んでしまって‥‥混ざってしまい、それを当然として振舞っている一部の存在、そう、彼の一部の存在たち。

だがおかしくないか?‥‥何故彼女達だけと言い切れるのか?‥‥少年は本当に”ここ最近”だけが慌しい日常になっているのか?

もっと昔から続くソレを考えよう、彼の周囲、妹弟、親友、その姉‥‥‥そうだ、主要人物‥今の物語を動かしている半分は少年とは過去から連鎖して動いているソレだ。

だが数が釣り合わないだろ?慌しくなった日常の中で‥‥”過去”からの存在と”今”からの存在が均等じゃないといけない道理はないのだ。

それでも、それでももしかしたら‥‥ありえるのかもしれない、過去から続く少女達と同じソレが、ありえるのかもしれないのだ。

だがそれが物語に絡まないのは、まだ時期ではなかったから、まだ早い‥‥きっとそう自覚しているから。

終わり、それも終わりを迎えようとしている、世界にはわかる、少しだが、少しだが物語りに絡もうとしている、狙っている。

まだいた”一部”もう忘れられた一部、いや今はわざと認識していない一部たち‥‥何処で物語りに絡んだか、それは今はどうでも良い。

彼女達を少年が忘れてしまった今でも確実に脈動し、時期を狙い、彼の無意識の元に動いている、それだけなのだ。

それが出会う、物語に参戦するために、そう‥‥少年のために再度、過去からの続くソレが延々と続く連鎖に絡むために。

”今”の少女達との一体感は三度目の時期、これから物語りに絡む連鎖を孕んだソレは二度目の一体感、そして終局を迎えた一度目の一体感。

延々と、続く少年の心模様、全てを多い尽くす少年の意識、それだけで物語は進んでゆける。

世界は今も注目している、少年に染まる世界を‥‥‥‥それは”まだ”始まったばかりの物語なのだから。



 虎は怯えていた‥‥自然界で自分より強いものなどそうそう出会うものなどではない‥‥だからこそ最強種の虎の名を冠する一族を名乗っていられるのだ。

 だが違う、今目の前で黒い衣をざわつかせながら微笑む存在に恐ろしいまでの恐怖を感じる、自分の心臓に死を刻んだ少女より‥‥怖い。

 もう星が消える空、そんな世界の中で突如現れた存在‥‥空中に浮遊して笑っている、圧倒的な、死の空気を称えながら世界に溶け込めていない、世界の汚物、絡み合わない存在‥‥わかる、あれは人が”意識”しては駄目なものだ、この今眼に映っていることすら呪いだ。

「‥‥ふぁ~~、んー、君はアレだね、ふむふむ‥‥鬼島へのお使いの帰り‥‥っと魔法使いは予測するのだが‥‥はてはて?‥‥君の体からおもしろい香りがする‥‥決して”臭い”と言わない所が魔法使いの細かな気配り‥‥さて、お話に参戦するに当って名乗りを上げよう‥‥夜の法‥‥自称魔法使いの巳妥螺眼(みだらめ)‥‥ああ、そんな事は知りたくないって顔をしているね?‥だがキャラクターには名前が必要だし‥‥何より”名無し”さんって呼ばれるのも辛いものがあるしな‥‥駄目だな魔法使いは‥また話が逸れてしまった‥反省反省」

 一方的に名乗る存在に尻尾が震える、あれは本物だ‥‥本物の”魔法使い”‥‥自称などではないではないか‥‥異端の中でも絶対存在として知られるソレ、決して『島』を持たない気ままに世界を翻弄する化け物、”魔法使い”

 子供の見る童話の登場人物の様な‥‥全ての世界から隔離された異常の力を有する存在。

 それが魔法使い。

「‥‥こんな所で”魔法使い”さんに出会うとは思わなかったッスよ‥いや、一生会いたく無いッスけど‥‥‥」

 何故自分はこんなに最近不運なんだろう?‥‥今回は人生でも最大の不運であるのは間違いないだろう、どうすれば良い?

 戦う?‥‥無駄だ、唯の”魔法使い”ならまだ‥‥だが、目の前の存在は”夜の法”だ、決して偽りの存在ではない。

 過去にたった一人で鬼島に挑んだ永遠の少女、その時に現存していたSS級の過半数を一人で抹殺、暗殺、惨殺‥‥殺しつくした少女。

 夜を世界をもっとも司る姉妹の一人、夜の魔法使い、夜のみにしか存在を認識できない世界にとって”自然”になった少女。

 山が山のように、森が森のように、空が空のように、夜の法は巳妥螺眼それが自然、それがこの少女。

 雪の様な白い髪、肌も同じく生命の息吹を感じさせないほどに青白い瞳は燃えるような、人を焼き尽くすような無比な炎の色。

 惜し気もなく晒した裸体、まるで人形の様な‥‥大人に届かないその体は倒錯したものを示しているようで‥‥美しいのだろうと。

 そしてその体に薄く巻きついた黒い、黒く薄い衣‥‥ふわふわと浮遊しながら少女の体を護るように‥‥知っている、あれで全てを切り裂き絞め殺し、蹂躙する‥‥異端のチカラの一つ、決して着衣として機能しているのではない。

 そんな少女、魔法使い。

「魔法使いだけではないよ、君の香りから推測するに‥‥ふむふむ、君はもっと多くの”異端”にこれから先のお話で出会う事は確実、君の心の臓器、それを刻んだ半端ない異端のように‥‥多くの人外が君を翻弄するのだな、決定事項、ふむー、魔法使いは嬉しく思う、ここで君に出会った事実もそうだが‥‥そうだね、やっと”彼”の物語に参戦できる喜びだな、古きものは淘汰されるべきなのかもしれんが‥”我等”はいまだに彼の一部として存在して、現存して、生きているのだから、そうだろう?心螺旋(しんらせん)?」

 湧き出る気配、まだいる、まだ何かいる‥‥夜は終わっていないのか?彼女達の”世界”はまだ消えてくれない、朝よ、早く。

 だがこの気配は‥‥‥鋭利な、そう、最高に鋭利な。

「‥‥‥‥‥疾風のようにこんばんわ、呼ばれて飛びでて‥‥こんばんわ」

 闇からまた生まれ出る異物、これは‥‥‥この鋭利な気配は、剣だ‥最高の剣。

”根本否ノ剣”

「‥‥虎さん虎さん、大正解ですよ‥‥‥心さんは剣なのですよ?貴方を今”出現”してから3回、えっと、2回ですか?ぐらいは刺し殺せる危ない剣なのです」

「‥‥楚々島‥‥では無いッスね、今この地上に”頸流化”してる人たちは全員顔見知りッスから‥‥しかも今”心螺旋”と名乗ったッスね?それが本当なら貴方には破壊許可が15年前から異端組織全てに下されているはず‥‥そうッスね?」

 緊張を抑えながら、恐怖を支配しながら口を開く、おかしい‥‥こんな”異端”同士が‥‥同じ場所で、同じ時間に、同じ世界で遭遇するなんて、運の悪い所の話ではない‥‥これではまるで‥‥今いる自分の現状をさらに肥大化したような、狂った世界ではないか。

 巳妥螺眼‥‥鬼島に気まぐれに戦争を仕掛けた異端、同族の魔法使いからも忌まれている永遠の少女。

 心螺旋‥‥‥楚々島を統べる”繭”に単体で挑んだ破壊剣、同属や異端の全てを破壊して存在する狂った、錆付くことを忘れてしまった剣の少女。

 SS級の最上位達に並ぶ力を有しながらお互い何処にも属さない、表の世界から突如十数年前に消えた存在、抹殺許可、破壊許可が付いてまわる世界の異端の中でもさらなる異端。

 まるでそれは異端の中でさらに‥‥”選択結果”のように突飛した存在、それが二人も、二人も目の前にいる。

‥‥違う‥‥三人ッスね。

 こんな最中で苦笑する、だって今自分の心臓にいるではないか‥‥異端の中の異端‥‥選択結果が。

「‥‥んん?‥‥破壊許可ですか?‥‥っかしいですよね?心さんを破壊しに来た同属の方は逆に破壊されるのですから、破壊破壊許可ですかね、あー、繭さん壊したいですね」

「こらこら、そこは魔法使いの注意が入るぞ?ふむ、しかし魔法使いが鬼島を滅ぼしたかったように君にも君の理由があるだろうから、そこは眼を瞑ってあげよう、これもまた魔法使いの細かな気配りとも言える、流石は自分、流石は魔法使い、自分を褒め称えるのは虚しきかな‥‥‥ああ、そんな事はどうでも良いのだよ心螺旋、我々は彼への恋文‥自分への?‥また疑問‥‥まあいいか、それを伝えに来たのだよ」

「‥‥‥ふぁ、じゃあ早くして寝床に帰りましょう、恭様の事を話して帰るべき、もう眠いし‥‥‥睡眠不足は剣のお肌に敵ですし‥‥辛い辛い、かなり辛いですよ?錆付くのはごめんです、心さん達の真意を虎さんにちゃっちゃっと言いましょう」

 尻尾のように括った淡い桃色の髪を手で遊びながら心螺旋がこちらを見る、何処か焦点の定まっていないような眠たげな瞳、何も興味が無いような青色の瞳と視線が絡むだけで恐ろしい、先ほどの言葉通り、彼女は自分を殺せるのだろう、選択結果と同じように軽々と。

「ふむふむ、それもそうだな、久しぶりのキョウ坊との再会が迫っているのだし、肌の荒れた”汚い部分”になり下がった我等を見て再度の認識などして欲しくもないと魔法使いは思うのだよ、そう、再会は愛情溢れたものではなくてはならん、愛すべき己の部分である我等を認識するそれは美しくないと無駄なのだろうと、ふむ」

「‥‥先ほどから人を無視して話すのは良いッスけど、邪魔なら汪去は立ち去るッスよ?矮小な子虎の汪去には貴方たちの様な人外の中の人外と同じ空間で呼吸するだけで死ぬほど苦しいッスから‥‥用件を早目にお願いッス」

 どうとでもなれ、何だかイライラしてきた、何で汪去だけがこんな不運な事情に襲われないとならないのだ?腹立たしい。

 殺されようがどうなろうが、虎は誇り高い、こんな状態でも自分を卑下する必要なんて何処にも無い。

「ほほう、中々胆の据わった虎ではなかろうか‥‥魔法使いは関心したのだが、そうだな、こちらが用件を言うまでの時間が長すぎるのもまた確か、ふむふむ、んー、それでは用件を端的に言おう、君のその心臓に”死”を刻んだ少女に伝言を言付けて欲しいのだが?まあ、否定をすれば君は死を迎えるのだろうな、そこの心螺旋によって3回は死ぬ、それが嫌なら是非とも魔法使いの伝言を伝えて欲しい、簡単で短い言葉だ、さて、それは」

「”君達で三度目だ”ですね、用件はそれだけです、貴方を殺しませんからそんなに尻尾を逆立てないで下さいよ、虎さん虎さん、貴方には重要な指名が架せられたのですから、殺しませんよ本当に?それでは心さんはさよならです、さようなら、疾風のようにさようならですよ」

 消える、一瞬で自分の認識、感知できない場所まで移動したのだ‥‥当然だ‥こんな”人外”なら自分を何度でも殺せるはずだ。

 少し悔しい。

「むむっ、先に言われてしまったな‥‥ここまでお話を長くしたのは魔法使いなのに‥‥良い所を心螺旋に取られてしまった、悲しいったらありゃしない、あっ、ちなみに今回の参戦は我々二人だけの事柄ではなく二度目のメンバー全員参戦と言う事だな、一度目は今だ動かず‥‥お話に参戦する機会を、彼の一番使える部分だと証明するために世界に潜んでいるようだね、まったくもって怖い怖い、力もそうだが”完全に壊れてしまってる”ようだな初期メンバーの方々は‥‥故に世界は今だ動かず、ああ、君にこんな事を言っても理解出来ないのだね?反省‥ふむ、それでは三度目のメンバーによろしく頼むよ、誰が彼にもっとも愛され使われる”一部”なのか当然のように魔法使い達の自由意志による戦いも始まるのだから‥‥‥まだそれは後半のお話、ふふっ、それではおさらばするよ、さようなら、本当にさようなら」

 無くなる、気配が‥‥‥眼を瞬かせたその刹那で、彼女は‥‥魔法使いの少女は消えたのだろう‥‥どんな”人種”だ彼女達は。

 ペタン、お尻をつく、強がっていたけれど‥怖かった、本当に怖かった、だって尻尾が震えているもの、眼から冷たいものが流れ出てるし。

「っぁ‥‥冗談もいい加減にして欲しいッスよ‥‥はぁ、伝言係にならないと殺す?‥‥無茶苦茶ッス、ありえない、あんなのがいるから世界は怖いッス、強い生き物と戦うのは好きッスが‥‥生き物のカテゴリーを外れすぎなのは勘弁ッスね」

 ここ数日でかなり寿命が縮んだ気がする、違うか‥‥確実に縮んだ、恐怖は人を殺せるのだ‥‥それを多く知った。

 しかし何なのだ?‥‥あの二人は、まったくもって自分との接点なんて無いではないか‥‥偶然だとしたら最悪。

 必然としたら再度の再会、もっと最悪。

「どうやら、はぁ、汪去はかなり危険な所に足を突っ込んだと言うか‥どうにでもなれと言うか‥‥最悪ッスね、差異さんが”何か”の中心、それも違う気がするッスし、少しだけでもネタバレしてもらわないと‥ストレスで尻尾の毛が抜け落ちてしまうッス‥とりあえず帰ってから‥ッスね」

 立ち上がる、恐怖は抜けた、自分は自由に動けるはずだ、心臓に刻まれた死と伝言を除けば‥‥自由じゃないか。

 二つの事柄だけで人はこんなにも拘束される‥‥虚しい。

「‥‥あぁ、朝ッスね‥‥‥無駄に長い夜だった気がするッスが、汪去だけッスかね?‥‥世界もそう思っていてくれたら少しは報われるものかもしれないッスね」

 こんな長い夜はもう遠慮したいものだ、朝日に照らされて虎は思う、この日の下で同じように”彼女等”が存在しているなんて。

 世界にとってきっとそれは不運なのだろう‥‥自分と同じように。



 駆ける、駆ける為の呼吸、脚の動き、そう、自分達の世界に戻るための行為。

 こちらに来てそれ程の時間が経過していないのに‥‥‥長い、とても長い日々を過したように思える。

 空に雲が薄っすらと見え始める、隠れていたものたちが浮き彫りになる‥‥世界は朝を迎えようとしているのだ。

「‥‥‥違和感が消えた‥‥か、感じない場所まで来ると‥‥確認できなくなるのか?幻だったように‥‥嘘みたいだ‥俺が疑問に感じていたことさえ」

 怖い、不気味、そう感じたことさえ忘れそうになる、去るときはまた追求‥‥”ソレ”の正体を明かすと決めたのに‥その心さえ消えてしまう。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥ごめんね‥もう迷惑かけないから、えっと‥本当にごめんなさい」

「いや、別に良い‥‥元は俺の我侭が始まりだしな‥‥それよりコウ、何も体に異常はないか?」

 不安になる、心配げに自分を見つめてくる少女が‥‥口では決して言えない”親友”としての存在が。

 ”別のものに変わっているのではないか?”そんな下らない不安‥‥ありえないのに‥‥考えるだけ無駄なのに。

 不思議そうに自分を見つめる緑色の瞳、愛らしく、可愛らしく、何も変化の無い‥‥自分の好きな色を持つ瞳。

「別に何ともないけど‥‥戒弄ちゃん、何かさっきから変だよ、もしかしてコウのこと心配し過ぎて?えへへ」

 照れたように、嬉しそうに笑う、いつもと変わらない‥‥俺は何を考えてるんだ、これでいいじゃないか。

 いつもと変わらないのだから。

「ふん、どうとでもとれ‥‥コウ、そういえばお前はあの巣にいた”D級能力者”に会っただろう、どんな奴だった?」

 ふっと疑問に思う、当然だろう‥‥会ったに決まっている、何故聞かなかったのだ自分は?

 朝の心地よい風を切りながら思う、これは聞かなくてはならない、あの忘れそうになっている”違和感”を忘れないためにも。

「うーん、”普通”の人だったと思うよ‥‥えっと、別に凄い力がありそうだとか、そんな事を感じさせない‥‥んー、やっぱり普通の人だと思う」

 それは当然だろう、所詮はD級、わかっていた答え、だったら自分は何を聞きたかったんだ?

”俺は何を聞きたいんだ?”

「違う、俺が聞きたいのはそういった‥‥能力とか、人柄とか‥‥違うな、空気、纏っているような空気を聞きたいのか?どんな空気を持っていた?そこに”違和感”はあったか?」

 緑の木々、ざわめく、駆け巡るたびにザワザワと応えてくれるそれを心地よく感じながら問いかける、自分でも理解していない質問を。

「うぅ、何だか難しいよ‥‥でも優しい感じ、優しい人だったよ‥‥それぐらいしかわからないけど‥‥うん、本当に”優しい人”」

「‥‥‥‥」

 今、確かに微かな違和感を感じた‥‥何だ?コウの言葉に、そう、あの時感じたような違和感を放つ言葉が存在していた、わからない。

 わからないけど、今の違和感の放つ言葉は”何か”わからないけど‥覚えておこう、今感じた違和感はこれから必要だ。

 自分は愚かだ、忘れそうになっている違和感を手放すな、あれはそんな生易しいものではない、忘れては良いものではない。

「‥‥‥‥そうか」

 それだけ答える、それだけで十分だ‥‥そう、あの違和感は終わらないのだ、まだ続いている、コウが意識してか意識していないのかはわからないが。

 まだあの人間の巣を取り巻いていた違和感は‥‥‥まだ終わっていないはずなのだから。



 今は離れなくてはいけない、コウはそれを果たさないとならない、そう、恭輔さまの無意識を叶えるために、今は去る。

それは悲しいことではない、自分は弱い弱い‥か弱い存在なのだから、何も果たさなくてはいけないものなど無い。

 いつでも恭輔さまに会いに行ける‥‥自分の今行うべきことは恭輔さまに、与えるように仕向けること、笑う。

 コウは恭輔さまの役に立っている、か弱いこの体も、心も‥‥‥恭輔さまのために役立てることが出来る。

 幸せだ、今横にいる戒弄ちゃんにも役立ってもらう、仕方が無いよ、仕方が無いから‥‥‥ごめんね、再度笑う。

「えっと、戒弄ちゃん‥‥ごめんね‥もう迷惑かけないから、えっと‥本当にごめんなさい」


 前の自分、恭輔さまの一部ではない自分を思考して偽る、これもすぐに出来なくなるのだろう、忘れるのだ。

 自分は最初から恭輔さまの一部だったと認識が強制的に変換させられる‥‥早くそこまでに至りたい、差異さんのように。

「いや、別に良い‥‥元は俺の我侭が始まりだしな‥‥それよりコウ、何も体に異常はないか?」

 珍しい、心配そうな、本当に珍しい戒弄ちゃんの声‥‥コウの違和感に少しでも気付いているのだろうから、仕方が無いのかもしれない。

 煩わしい、だが利用しなければ‥‥戒弄ちゃんを。

「別に何ともないけど‥‥戒弄ちゃん、何かさっきから変だよ、もしかしてコウのこと心配し過ぎて?えへへ」

 笑う、心ではあざ笑い、表情は嬉しげに‥‥恭輔さま以外の”他人”にコウの本当の笑顔を見せる事なんてもう無いだろう、これで良いんだ。

 コウはこのまま、このままで。

「ふん、どうとでもとれ‥‥コウ、そういえばお前はあの巣にいた”D級能力者”に会っただろう、どんな奴だった?」

 やっぱり疑問に感じているんだろう、戒弄ちゃん‥‥十狼族の顎ノ子としての状況認識能力の高さ、使える‥‥でも”必要”ない。

 恭輔さまが本当に必要と感じれば仕方が無い、けど、それでも恭輔さまにコウだけを可愛がって欲しい‥‥コウが一番使う部分に。

 手より、足より、眼より、耳より、他の人たちより‥‥‥コウが一番でありたい、あるために井出島に戻る、既に故郷でも何でもなくなった場所に。

「うーん、”普通”の人だったと思うよ‥‥えっと、別に凄い力がありそうだとか、そんな事を感じさせない‥‥んー、やっぱり普通の人だと思う」

 違う、恋をした、出会った瞬間に、至高の、もっとも愛すべき対象になった人‥‥それは見せるべきではない、隠すべきだ。

 まだ早い、戒弄ちゃんが深く入って良い場所ではないのだ‥‥だから誤魔化す、本心を隠しながら、嘘を付く。

 二度目の嘘。

「違う、俺が聞きたいのはそういった‥‥能力とか、人柄とか‥‥違うな、空気、纏っているような空気を聞きたいのか?どんな空気を持っていた?そこに”違和感”はあったか?」

「うぅ、何だか難しいよ‥‥でも優しい感じ、優しい人だったよ‥‥それぐらいしかわからないけど‥‥うん、本当に”優しい人”」

 ほら無駄だ、どんなに問いかけても無駄だよ戒弄ちゃん‥‥戒弄ちゃんはまだ恭輔さまに必要が無いのだから。

 コウとしては一生必要が無いままが良いのだけど、邪魔だから‥酷い思考?事実だから仕方が無い、だって”前のコウ”はいらないから。

 恭輔さまの役に立たないコウなんていらないんだ、自身に囁く。

「‥‥‥‥そうか」

 戒弄ちゃんがそう呟くと同時に会話は終わる、これで良い‥‥コウはこれで恭輔さまの事を余計なものを感じずに考えられる。

 あっ、そうだ‥‥‥朝が来る、来るのだから言わないと、今は隣にいないあの人に。

『おはようございます、恭輔さま』

 そう、これで朝を迎える事が出来る、もっとも世界で正しい朝を。



[1513] Re[14]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/08/13 15:06
 一言、それはたった一言の言葉‥‥気まずさを含むそれは、空気を悪くし、精神を傷つけさせ。

 とても”仲間”に言うべき言葉ではない、

「‥‥‥‥愚図が」

 暗い、何処か浮遊感の漂うような、漆黒の空間、幼い声がポツリと呟く‥‥だがそれに反論するように。

「‥‥‥‥うむうむ、それはアレか?我等二人に吐いた言葉だと結論しても良いのか?」

「‥‥‥残滓(ざんし)さん‥‥訂正を求めますよ、あー、と言うか何処か愚図なのですか?‥‥ちゃんと参戦発表です、ちゃんとしたなら愚図ではないですから‥‥そうですよね」

 声に共鳴したように闇が蠢く、生きているようなソレは少女達を包みながら静かに脈動している、鼓動‥‥やはりこの空間は生きているのだろう。

「‥煩い馬鹿、阿呆、カスが、ったくもってお前等の脳みそは飾りか?役に立たん、役に立たない愚か者、○○○○め、■■■■■なのか?脳みそはスポンジが?」

 闇に溶け込むように一人の少女が存在している、激しい激情を秘めたような瞳、何かを認めないような感覚を人に与えさせる漆黒の右目、そして左目は‥‥左目は当然存在しているが、それは、あり得ない色、いや色彩を放っている?言葉では説明できない、文章では説明できない、言葉でも説明できない、そんな”何か”の色、まだ人間が認識出来ないであろう、まだ人が見るには”早過ぎる”であろう不思議な、しかし圧倒的な美しさを溶け込ませた瞳をしている。

「‥‥かなりご機嫌斜めのようだな、それを魔法使いたちに押し付けているだけなのか、本当に我等に愚図の烙印を貼られるべき行動があったのか、うむうむ、少し興味深いではないか?それではそのお言葉の意味を問いかけたいのだがな、あれのようだな、我等は愚図ゆえに残滓の言葉の真意を測れてないのかもしれんし、なぁ?」

「‥それは心さんに貴方の嫌味に乗っかれ的な事ですか?遠慮します、どちらかと言うと残滓さんに尻尾振ったほうが美味しいことが沢山ありそうですし、それは置いといて、はてさて、愚図の理由は聞くべきかとは心さんも思うわけでありまして、問いかけますよ?」

 二人の”人外”の少女、巳妥螺眼と心螺旋の言葉に同じく人の気配を有していない残滓と呼ばれた少女は形の良い眉を歪める。

 言葉の通り正に不機嫌。

「愚図が愚図の理由がわかるとは自身も考えてないがな、やはり愚図だクソ野郎達め、お前等は名乗りを、物語への参戦への言葉を発したのだろう?ならば”次の”話に出るであろう、この自身、”残滓”の事を言わないとはふざけているのか?死にたいのか?‥‥キョウスケ自身には伝わらないだろうが、そこを言っている、そこをお前等が言わないのが愚図の証拠だ、愚図、○○○のガキが」

「あらら、それが原因、原因‥‥心さんもそこまで気が回りませんでしたのは事実、申し訳ない申し訳ない、どうしましょう?心さんは本気で反省中ですよ?」

「うむうむ、魔法使いも確かにそれは反省しようではないか、して?我等を愚図とするだけでは気分も改善出来ないであろう?問題解決には物凄く、そう、簡単すぎるではないだろうか?残滓も悔しいのだろ?魔法使いはわかっているぞ‥今の、残滓の”立場”にいるであろう存在は選択結果、優秀だな、だが残念だ、残滓の方が優秀、美しい、強い、そうなのだろう?自分だけが必要だと、最もな、そう感じているからこそ、まだ”知られてない”事に腹を立てている、だったら行けばいいと魔法使いは思うぞ?他のメンバーは今は留守、だから行けばいい、再度言おう、行けばいい、”本人”に会いに行っても、邂逅してもだな、魔法使いと心螺旋は文句は言わないぞ?我等は美しい再会を望むばかりにそういった細かい部分には本当に、他のメンバーほどに心螺旋と魔法使いは興味が無い」

 気配が動く、残滓と呼ばれた少女が恐ろしいほどの殺気を、憎しみを込めた瞳で巳妥螺眼を睨みつける、殺しかねない炎の瞳。

 それを受けながらもまったく気にした様子も無く、悠然と宙に揺られながら巳妥螺眼は微笑む、魔女の笑み。

「怒るな怒るな、心を知られたからといって、そんなそんな、人を殺しそうな、殺す眼はいけないぞ、何が気に食わないのか魔法使いはわからないのだがな、その憎しみを向けるのは、ふふっ、選択結果だろう?‥そう、3回目の始まりに、最初に崩された最上能力者の選択結果、君と残滓と同じ、そう、憎らしいほどに同類とも言えるな、2回目の始まりに崩された君と、3回目の始まりに崩された選択結果、おかしいな?でも今彼が一番使えると認識している部分は選択結果である差異と呼ばれる少女、悔しいのだろう?”自分”を”他人”に取られた究極の嫉妬、君の激情ゆえにそれは我等など相手にならぬほど燃え上がり、心を焦がしている、愛していたからな君は、自分自身である彼を、究極の自己愛だからこそ、こんな些細な我等のミスに憤りを、怒りを感じているのではないか?」

「ちょっと言い過ぎですよ魔法使いさん、まあ、それは思うべき部分ではありますけどね‥‥意見には賛成ですよ心さんは、残滓さん、まだ絡まなくても良いのですから、彼に他人として、”恭様”に他人として会いに行けば良いのではと考案します、ふぁ、それでは心さんはもう寝ます故に邪魔したら刺しますから、それでは、疾風のようにおやすみなさい、おやすみなさいですよ」

 ズズッと音を鳴らしながら闇の中に沈んでゆく心螺旋、少女の姿をしたソレが闇に飲まれる様子は不気味さを放ちながら自然とこの歪んだ空間では流れてゆく。

「‥と心螺旋もやはり賛成を望んでくれたのだがな、どうする残滓?魔法使いもそろそろ寝ようと思うのでご自由にと言い残そうと思うわけだが、待っているぞ、君の愛しさの先がな、”待っている”なら行けばいいではないか、この再会が気に食わないのなら記憶を消してやろう、ふふっ、それではな‥‥魔法使いの提案だが行くなら他のメンバーが帰ってくる前に行くべきだと思うわけだ、ではな、おやすみなさい」

 同じように闇に飲まれる、そして広大な空間、広大な闇の中には残滓だけになる、誰もいない‥‥たった一人のために存在する闇。

「‥‥‥愚図どもか、勝手に人の思考を、決めつけ、蹂躙するとは、糞よりも劣る低脳め‥‥これだから、これだから続いてるのかもしれないがな、やはり世界は”自身”以外は低俗だと決め付ける日も近い‥‥かふんっ、しかし愚図たちの言葉も間違いとともに正解を孕んでいるのだから悔しいものがあるな‥‥‥‥キョウスケ、少し早いが、かなり早いが‥‥一瞬の邂逅としては許されるものか‥‥いや自身に許されないものなど存在しよう筈が無いのなら、‥‥‥キョウスケ‥‥キョウスケ」

 両手で体を抱きしめる、そう、ならば行こうではないかと決定する‥いいではないか、今まで我慢したのだから、ひと時ぐらいは。

「‥‥キョウスケ、自身だけいれば良いではないか?‥‥他の汚く、低俗で、ウジより劣る糞虫達より、ゲロより汚臭を放つ役立たずどもより自身が、この残滓がいれば、完璧だろ?‥‥‥選択結果‥‥差異か、代用品め‥‥それを、それを知れ、ははははははっ、そうだな、キョウスケ、それが正しいからこそ、残滓はお前が無意識で望むなら、世界ですら、全ての連鎖すら、叶えてやる‥‥愛?それは当然の自己愛だ、はははははははははははっ、ふふっ、あはははははははははははっは、おかしいなぁ、おかしいなぁ」

 狂ったような声をあげながら消える気配、闇に飲まれず消える残滓、そう会いに行くのだ、全てに。

 まだ聞こえる声がする、それは。

 キョウスケと狂ったように響く声の奏でる狂気に、いや、そこまでゆくと‥‥当たり前な、当然な声色だった。

 それは少女にとって当然とも言える”自身”なのだから。



 眠い、それはもう恐ろしいほどに眠いのだ、ここ最近の夜は何処かおかしいような、夜と言える時間は自分は何をしていた?‥何も思い出せない。

「‥‥ああ、ほら‥‥ボタンを掛け間違えているぞ?どうした、そんなに疲れた顔をして、ん?」

 差異に止められる、ボタン?‥‥本当だ、掛け間違えている‥眠い、何でだ?‥‥おかしな夢を見たような気がする、黒い黒い、黒いとしか言えない様な空間に”自分”がいたような、そんな曖昧な夢。

 廊下の壁に持たれかかる‥‥本当に眠いのだ、やばい‥‥学校休もうかな、いやマジで‥あり得ないくらいに眠いのだ。

「あれ?どうしたの恭輔サン、目の下に物凄い隈なんか作ったりしちゃって?‥‥僕たちより昨日は早く寝たはずだけど、うーん、悶々して眠れなかったとか?男の子だからそんな日もあるよね♪」

「悶々?‥‥何だ、そんな寝苦しい夜が男にあるとは差異は初めて知るぞ?‥‥ん、それは何なのだと問いかけるが?」

 同じ”俺”なのに‥‥無茶苦茶元気だなこいつ等‥‥‥ちょっとむかつく、お子様はあれか?‥少しの睡眠でこんなに元気なものなのか?ため息を心の中で吐きながら壁から背を離す、仕方ない‥‥今日は授業中に寝るとしよう、どうせ聞いても勉強なんてわからないしな。

「それは恭輔サンにでも聞いてみる事だね、えっとね、さっき鋭利を起こしに行ったけど眠いからお昼過ぎまで寝るってさ、今の恭輔サンにしたら心底羨ましい言葉にしか聞こえないよね、どうする?学校なんて休んで僕と遊ばない?いい提案でしょ?」

「‥‥悶々、んー、差異にはさっぱりわからないが‥‥っと、沙希、恭輔を不良にでも仕立て上げる気か?学生は学校に行くのが本分と何処ぞの書物で読んだ覚えがあるぞ?ん、だが差異自身は学校とやらに行った経験がないからな、それは実はどうでも良いことではあるのだが、どうする?恭輔が辛いのなら”自身”の苦しみは困るからな、それならば差異は学校を休んでも良いと思うのだが‥‥うん?」

 ”自分自身”の許しなど、そんなに罪悪感を拭うソレではないが‥‥でも甘えよう、自分自身に‥‥この眠気を消せるなら。

「じゃあ、俺はちょい寝るわ‥‥昼飯になったら起こしてくれ、それと遊びに行くのは良いけど‥‥あー、あんまり遠出はしたくない‥‥近くの公園で、その方向でしか俺は動かないからな‥‥ふぁ」

 ガシッ‥‥‥掴まれた、小さく白い手に、しかも全力で‥‥‥結構痛い、流石は鬼島のチルドレン‥‥いや、そんな事より痛い。

「ん、待て恭輔、ならばせっかくなので公園の芝生で寝ないか?、差異はどうせならそれが良いと思うのだが?うん、弁当も用意して軽い遠足にでも出かけようではないか、どうせ学校を休むと言うなら、少しでも意義があるものの方が差異は良いと思うぞ?」

 俺自身ながら変な思考をしているな、いや、たまに自分が‥‥自分に疑問を感じるが、それでも良いかと思うのが差異の不思議なところ、やっぱりこの部分は嫌いじゃない‥‥むしろ好き、お気に入りだな。

「ああ、そんじゃあ早めに頼むわ‥‥‥俺が限界を超えてしまって眠ってしまう前に‥‥な、まあ、たまにはそんなズル休みと言うか‥休日も良いかもな、ふぁ」

「おー、それなら僕も何か手伝おうか、っと‥‥そんな人を小馬鹿にしたような眼はどうかと思うよ差異」

「‥‥沙希のソレは料理とは言えないからな、作ってもよいが差異や恭輔は遠慮だな、うん、あれはまずい、豚の餌かと思うほどまずい」

 それだけ呟いてキッチンの方へ歩いてゆく差異、沙希は何か顔を赤く染めて言い返そうとしているが‥事実なのか、言い返せないままだ

「‥‥‥沙希、それ程までなら‥‥‥俺も食わない、食えないから‥‥すまんな」

「ひどい恭輔サン‥‥‥‥」

 やっぱり沙希は姉には適わないっと。


 自分は今でも一部であることに幸せを感じている、彼の存在を誰より他者なんかより、選択結果と呼ばれる存在より、離れていてもその匂いを、声を、体調を、精神を、誰より把握できる、最高の幸せ。

 彼は今は代用品といるようだった、そう、この世界の下で自分以外に”先ほど”使えると感じたのだ‥‥彼は‥‥そんな、ありえない。

 自分は‥‥自身は‥‥そんな事を認めるわけにはいかない、屈辱だ、恥辱だ、イライラする‥‥再会の喜びと代用品への憎しみ。

 まるで捻じれるように心を締め付けるのだ、残滓の心を‥‥やはり、ありえない。

「‥‥‥それも今すぐに分かることだ、自身が最高だと、いや、思い出すのだなキョウスケ‥‥相応しいのは自身だ、糞虫でもなければ選択結果と呼ばれる屑ですらない‥‥愚図はいらない、四肢を切り裂いて、ドブに放り投げ、汚物を腹に抱えた魚に食われ、死ぬのが相応しい‥‥そうなんだと自身は思う、あぁ、憎い、愚図どもの言葉を認めるのは苦痛だが‥‥やはり憎い、口惜しい、嫉妬する‥‥キョウスケの今の、”貴様”のいる場所は‥‥”自身”の場所のはずなのにな」

「何を言っている!?‥‥‥ええい、何なのだ!?何なのだお前は!」

 声が響く、煩い‥‥遊んでやってるのに、再会は”出会い”と同じ血塗れ、能力者の血に濡れた自身ではないと。

 ”駄目なんだよなキョウスケ”

「ふんっ、尿を垂らして、恐怖に足を竦んだ糞中年親父が、何だ?先ほどまで自分はA級だと言って調子に乗っていたんじゃないのか?自分の力の程度が分かれば泣き言、糞だな、本当に、ははん、愚図以下だと言えるぞ?貴様の能力なんて何が凄い?何が認められA級と認定された?わかるまい、わからないだろう‥‥数合わせじゃないのか?考えたこともないのなら言ってやろう、きっと哀れみなのさ、世界が、あまりにも貴様の顔が汚く、腹は出ており、あそこは○○、性格は最低、その歳で女もおらず、童貞のまま尿を垂らしながら震えている‥‥‥世界が哀れみを持って貴様をA級と認めるのも仕方が無いな、あははははははは」

 たまたま見つけただけだ、キョウスケとの再会の”衣装”として、この肉ダルマの汚れた水分が必要なだけ、脂ぎった赤い水分が‥‥そう、自身の気配も隠せない能力者だったこいつが哀れなだけ、それだけだ。

 だからこいつの右手を抉った時にママと泣き叫びながら転びまわろうが、愉快さはなく、そこには侮蔑しか存在できないのだ。

「‥‥っああ、痛い、痛い‥‥‥こんな、こんな少女に‥‥くそっ、認定されている最年少SS級なんて嘘っぱちだ、俺の‥‥俺の目の前にいる”これ”は何だ、何だぁああああ‥‥この、全てを許したくなる美しさを持ったコレは!?‥あぁ、あぁあああああああ、わからない、わからないよママ‥‥お話なの?これはどんなお話なんだよぉおおおおおおおおおおおお!」

 デブが錯乱していて少し愉快な気分になる、喘げよ、そしたらお前の血ももっとマシになるかもしれない‥ん?キョウスケに出会った‥あの日は汚いデブの血を纏っていたか、綺麗な処女の血を纏っていたか‥‥わからない、どっちだった?重要な事柄‥‥一つに、一部になる前の記憶なんてあやふやだから、思い出せない。

「暫くそこで喘いでいろ、しかし‥‥どうだったかな?ああっ、ムカつく‥‥くそ、おい、やはり喋るな、同じ言葉を何度も煩い、煩いぞデブ、人の思考を邪魔するな、ああっ、もう‥‥やはり脂肪の塊で○○な屑男は、先に殺すか?」

 意識する、殺した方が良いか?‥‥だが、どうだった?キョウスケに再会するのだ、こう、初めて自分を見てくれたときの”綺麗だ”と言った呟きをもう一度聞きたい、その時の衣装は?血塗れだったのは確かだが‥こんなデブの血だった気がする‥うん、そうだ、そうだったはず。

 この街までは”一瞬”で、そう、3分前に来て、2分前にこの男を捕獲して、1分間死なないように思考しながら嬲っている‥再会まで後1分だ、今‥‥キョウスケの周りから愚図達の気配が消えようとしているそれに合わせればよい、最高の再会になるだろう。

「あぁ、おい、お前でいいぞ、お前の汚い体液で良いと言ってるんだ糞デブ、おいおい、服を剥ぎ取られて見られているから、こんな少女に見られて?あはははははは、お前のそこは何だ?‥あはははははははは、はは、ははははははははは、見っとも無く、汚い、何も変わらないではないか、変化など微々、それでは女も出来ないはずだ糞○○」

 おかしくなったのか、恐怖に支配されたのか、呆然とした瞳で自身を見ている‥‥何だ?自身の言葉の嬲り、それで壊れたか?弱い精神だな殺される恐怖と交わって?それでも弱い、やはりカスだな。

「じゃあな、後23秒で再会、貴様の事などな、今から殺した1秒後にすぐに忘れるからな、安心しろ、お前みたいな汚い容姿、肥えた体、貧弱でマザコンな腐った心根、そしてその汚く腹に埋もれている部分、ゴキブリにも劣る能力、そんな人間なんてこの世界でもすぐに忘れられるのだから安心して、自分のその汚い”全てを”反省して、親に謝りながら死ぬが良いぞ、あははは」

「あ、あぁ‥‥世界で一番綺麗な綺麗な少女が‥‥怖いんだママ‥‥」

 ズシャァアアアアアアアアアアアアアア。

 さあ、”服”を纏ったぞキョウスケ、今から12秒後に会いに行くから‥‥‥キョウスケ。

 ゲロに劣る代用品なんて忘れるほどの美しさを孕んだ自身は、どうだ?



 あぁ、虚ろ虚ろ‥‥弁当も食ったし、差異と沙希は広場の方で、バトミントンをしている、意外と子供っぽい一面、本当に意外。

 最近まともにやっぱ寝てなかったのか?‥‥曖昧な記憶、でも良いや、こんな涼しい風に撫でられ、太陽に照らされ、うん。

 最高じゃないか、これも眠気を含んでるから、ちょっと感謝。

「ふぁ~~~、んーーー、このまま眠るのももったいないような日だなつうか昨日もサボったから2日連続じゃん‥‥しかも無茶苦茶携帯唸ってるし、どうせあの馬鹿か‥‥‥うわ、20通もメール着てるよ‥‥気持ち悪っ‥‥」

 携帯そろそろ変えようかな、機械オンチでいつも全ての性能を把握しないまま買い換えるけど‥‥それでも良いと思ってる。

 何か新しいのが好き、携帯も、ファッションも‥‥古いものには優しくないかも俺‥‥下らない事考えてるな俺。

 あぁ、虚ろ虚ろ‥‥前に差異と一緒にこの公園に来たよな、弁当食って‥何であんなに楽しかったんだ?”自分”だけしかいなかったのに‥おかしいな。

 あれ?‥‥今日の夢、あれだ‥‥確か、うん、一緒にいたような‥‥そうだ、今日さ、夢を見たんだよな俺。

 そこで”俺”がいた、闇の中に二人?いや三人か?‥‥‥綺麗だった闇の中で光ってたんだ、夢の中ですら興奮して‥だから眠れなかったんだ、きっと‥”夢の中で眠れなかった”

「‥‥感じていたのかキョウスケ、あはは、お前もやはりもっとも愛しき一部は覚えているようだな、ああ、思考はそのまま‥‥そのまま霞を感じたままで、覚醒はさせるな」

 誰の声?‥‥わかんない、わかんないけど知ってる声、これに会うために‥”これ”に会うために公園に行きたかったんだ俺は‥夢の中で無意識で約束したよ?

「さあ、おいで、おいでキョウスケ‥‥自身の胸に‥‥その愛しき頬を当ててごらん、再会だ、ちゃんと血に染まってるだろ?あはは、キョウスケ、今は自身は糞代用品に会うわけにはいかん、だから、さあ、早くお前の可愛らしい顔を見せてくれ‥‥糞豚達が戻ってくる前に、さあ」

 体が勝手に動く‥‥薄っすらに‥あぁ、子供がいる、少女だ、全てを飲み込むような闇、黒色ではなく闇色をした髪‥綺麗だ‥差異とは全然違うけど、同じくらい綺麗、あぁ、瞳も魅力的だ、今俺だけをきっと見ていてくれている不思議な色彩の瞳‥‥激情を秘めている‥きっと俺だけの激情なんだよソレは、綺麗だ‥‥整った顔はどんな世界に存在するものすら超えているんだよ、超えてるんだ‥‥はぁはぁはぁ、綺麗だ、白い肌、不思議な瞳、黒い髪、”血塗れな裸体”‥‥あれ?

 ポスっと軽い音と同時に少女の胸に抱きすくめられる‥温かい、血の洋服の温もりより少女の体から伝わる鼓動‥眠い、安心する。

「あぁ‥‥キョウスケ‥‥こうやって抱きしめる事を何度望んだか‥‥はは、可愛い‥愛しい‥自身のキョウスケ‥‥」

 頬を舐められる感覚、耳の穴を、鼻の穴を、閉じかけた瞳を穿り返すように舐められる‥‥‥苦しい、眠い、やはり安心。

 そして唾液で染まった視界、そこにいる彼女を俺は”知っている”‥‥そんな感じがする、そう、あぁ‥‥‥。

「ああ、お前の残滓だキョウスケ‥‥今日はこの”話”は‥‥自身とキョウスケだけに‥‥‥残滓の全て‥‥残滓だけの天使、キョウスケ‥‥キョウスケ‥‥可愛い‥‥可愛い」

 強く痛いほどに抱きしめられる、白い肌から、血に染まった白い肌‥覚えている、何度も、何度も感じたこの美しい体。

 だからさ、天使なのは‥‥それはきっと、俺じゃなくて君‥‥そう言いたいのに、眠りが俺の邪魔をするんだ‥ごめんな、”残滓”

 残滓‥‥舌の感触。



[1513] Re[15]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/01 20:55
 暗い暗い、黒に染められた世界、地は赤‥‥血は赤。

 その中で一人の少女が何処か歓喜を思わせる、興奮した思つきで視線を目の前に向けている。

 異端の印である左の瞳からは止め処なく喜びの涙が溢れ出ている。

 少女は感動しているのだ、やっと自分を”有する”に相応しい運命の相手と巡り合えたのだから。

 そんな少女の感動など、喜びなど、至福の空間など、まるでどうでも良いと、自分には関係無いと。

 そのような表情で目の前の、最愛の相手と認識した存在である少年はただそこに立っている。

 何処か虚空を彷徨うような、何も写さない瞳が印象的な、少女とは違い普通の容姿をした、何処にでもいそうな少年。

 ただ、違うのは纏う空気、いや違う‥‥少年の有している”世界”が違うのだ。

 現実を見ていない、この世界を見ようとしていない、冷たくも暖かくも無い絶対唯一の少年の瞳。

その瞳を感じて、背筋にゾクゾクしたものを走るのを感じる。

「‥‥‥血だ‥‥赤い、アカイ」

地面に広がった肉片と泥の混じりあった汚物、それを手でゆっくりと何度かさするように触る少年。

初めて聞いた彼の声は、何も感じさせない、想像していたままに、それ以上に無感情の声。

「‥‥‥同胞の血だ、いや、”血縁者”といった方が早いかな‥‥くっくっくっ、”自身”を残滓を恐れるあまりに世界から隔離された場所で自身を調教しようとした罰‥‥それを受けて、そこで見っとも無く潰されて、転がっているんだ」

残滓と己の名を名乗りながら少年の顔を見つめる、月の蒼い光に照らされた少年は自分の今までいた世界とはまったく別のものに見えた。

こんなに美しいものは今まで自身は見たことが無い、そう思えるほどに出会って僅か数分もたたない少年に心を奪われていた。

「家族‥‥だったの?‥‥」

見上げる、かつては自身の”姉”と呼ばれた存在の肉片を掴んだまま少年はこちらを魅惑の瞳で見上げる。

「そのような概念がこいつ等に存在したかどうかも怪しいがな、まあ、自身にとってはもう死んだことの奴等の事なんてどうでも良い、どうせ生きていても死んでいても、そこに転がる豚の精神を要した人型などな‥どうでも良い、どうでも良いんだ、そんな下らない事に時間を要するより、お前の名を聞きたい、お前を知りたい」

 ぴちゃ、かつてはSS級と呼ばれた姉、しかし今となっては唯の肉片‥自分の足元で潰されるのが相応しい。

 それを心の中で嘲笑いながら目の前の少年の頬を撫でる、こんなにも何かを求める自分が信じられない。

「‥‥‥何でしりたいの?」

 泣きそうなほどに純粋な瞳で自分に問いかける少年、しかし少年は知っている、世界の汚さを、人と名乗る蛆虫が行き交う世界の恐怖を。

 ああ、理解した‥‥だからこんなにも自身は惹かれているのだ。

 きっと、未来永劫、変わることなく‥‥この少年と自身は‥‥同属なんだと。

「それはな、ふふっ、まさか幼子の自身が‥‥告白するとは思えない言葉だが、言うぞ、良いな?あはは」

「‥‥?」

 月の下で、姉の死体の上で、生まれてはじめての告白をする。

「それはな、きっと自身がお前を愛しているからだよ‥‥‥‥これから未来永劫変わることなくな、ッ、結構照れるものだな」

 自身の告白に名も知らぬ少年は不思議そうに首を傾げた。

 ”びちゃ”

 少年の右手から自身の姉だった”物”の右目が地面に吸い込まれるように落ちた。



「貴様は‥‥‥‥何だ?」

 自分の口から零れ落ちた言葉に驚く、このように何かに対して敵意を含めた感情を乗せた言葉を己が出せることに驚いてしまう。

 何にも興味がなかった自分が‥‥そんな事はどうでも良い、今は目の前の相手が先決、最優先。

 漆黒の髪をした少女‥‥それを睨み付けたまま問いかける。

「そうか、そうか、そうか‥‥お前が、お前が自身の今の”代用品”だな、ああ、その今自身に感じている敵意は嫉妬で良いのだろうな?それはそうだろう、人間に”右手”は二つもいらないし、また他の部分も同じく‥‥ふふっ、”自分”を奪われた究極の嫉妬とは苦しいだろう、ムカつくだろう?正直に言えば今すぐに自身を殺して、潰して、蹂躙して‥キョウスケから身を離させたい、触れ合うことさえ許せない‥‥‥
あはははっ、あははははははははははははははっ、それはもうとっくに自身が貴様に感じているさ代用品」

 ぎゅっと見せ付けるように、恐らく気を失っている恭輔を抱きしめる目の前の存在、思考が何かに染まる。

 ”何か”に。

「恭輔に触るな」

 単純な言葉しか口から出ない、しかし目の前の存在はその言葉におもしろそうに口を歪めるだけ。

「何を言う代用品、キョウスケの一部である自身がキョウスケに触れることなど当たり前ではないか、もしかして見た目とおりの子供の思考しか持ち合わせていない馬鹿か貴様は?っと、これでは屑どもの”伝言”が無駄になるか‥‥まあ、良いな、ここで話に絡むのも悪くは無い‥‥それでは挨拶をしようではないか、はじめまして”代用品”、自身がキョウスケのもっとも愛されるべき部分である至高パーツである”残滓”と呼ばれるキョウスケの一部分だ」

 愛らしい少女の姿で、しかし本質を隠そうともせずに眼の前の存在は呟く。

 残滓。

「‥ざ、んしだと‥‥‥」

 残滓、残滓、残滓、もっとも忌み嫌われる能力者の名前‥‥残滓、そう、あの残滓なのだろう、この状況で名乗るということは‥‥能力者のあの、残滓‥‥‥‥”色彩世界”(しきさいせかい)の残滓。

「別に今、この時間、代用品‥貴様と殺しあう気は無いから安心しろ、自身は今日はキョウスケを抱きに来ただけだだからな、あははっ、そのような畏怖を秘めた瞳で見られることは不愉快だと感じるのだが?」

 残滓と世界に名づけられた少女は侮蔑を込めた瞳でこちらを睨み付ける。

 そう、自分と同じ感情を有する瞳‥‥‥言葉にしようのない、”嫉妬”を込めた侮蔑の瞳。

「‥‥‥‥そうか、そういうことか‥‥‥うん、大体は予測していたし把握も出来ていた‥‥”他の部分”が存在している事に差異は眼を背けていたのだな、うん、そうか‥‥これが”嫉妬”か‥‥この感情の名を教えてくれて助かるぞ、”残滓”」

 知らずに微笑む、あぁ、狂おしいほどに自覚する。

 とりあえずは恭輔を取り戻す、ベタベタ汚い手で触るな‥‥恭輔に触れるな、差異以外にそのように愛を上乗せした手で触れることは許せることではないはずだ。

”うん、差異の‥‥キャラではないな‥‥ん、それもいいか‥‥眼の前の残滓と名乗る生き物を殺せるなら”

「ナイフを仕舞え、自身の言葉が聞こえなかったか? 今ここで殺しあう気も、お前の血に染まる気も自身には無い、故に今はキョウスケを貴様に預けよう、もし、キョウスケの体に僅かながらにも傷を付けてみろ‥代用品‥‥‥‥あはは、その時は”世界から色を無くなる事を知れ”‥‥それではそろそろ、退場の時間だな、十分に口付けをしたし、十分にキョウスケの肌を感じれた、ではな、代用品‥‥それと」

 ゆっくりと恭輔から身を離した後に残滓はおもしろそうに後ろを振り向く。

「意識浸透で間違いないな、コソコソ隠れて様子を伺うことしか出来ない屑だったとは驚きだな、まあ、貴様は自身と部分が違う故に殺す気も
あまり無いな、今日は見逃すことにしよう、ああ、キョウスケ‥‥また夢の中で会おう、愛しているよ」

 消える、突然現れた暗い空間に埋没するように少女の、残滓の姿が空間から消失する。

 とりあえずは安心、この場に敵は無しと判断。

 それよりも‥‥”残滓と名乗った少女を殺したかった”

「ふう、あれだね、遠足的にもお話的にも大失敗だね、どうする?‥‥うわ、恭輔サンの顔ベタベタ!?‥‥激しい愛情表現だね、しかし、まあ、今のお話からするに‥‥僕にも恋の”ライバル”、同じ部分が存在するようで‥うぁ、欝だ‥‥恭輔サンは僕自身だけどさ、それを奪われる嫉妬か‥それで嫉妬に狂う僕?キャラじゃないよねまったく」

 頭をポリポリと掻きながら恭輔を背負ってこちらに歩いてくる沙希‥それよりも‥‥‥差異は今、どんな顔をしているのだろう?

「それはそうと差異、凄い顔してるよ?‥‥そう、キャラじゃないよその顔はさ」

「‥‥‥今から残滓が舐めたと思われる恭輔の顔を差異が舐めて除菌しようと思うのだが?ん、率直な意見を」

「‥‥それこそキャラじゃないよ差異‥‥‥その選択は、まあ、怠慢じゃないかな?」



 絶叫、それだけの単語で表せるソレは、実際には恐怖や苦痛を上乗せした叫びであり。

 聞くものにすら恐怖を与えこむ。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 見っとも無く転げまわるのは”送山春一”、右目を抑えながらおもしろおかしく転げまわる。

 当然だ、10秒前まで存在していた右目を失ったのだから、やはり当然。

「あれ?‥‥もしかして‥えーっと、これで終わりですか? 僕はどうしたら良いですか?」

 ぐちゅ、試合‥死合開始の合図と同時に今そこで転げまわっている送山くんから奪い去った右目、えっと、左目だったかな?

 それを彼に返してあげながら小首を傾げる。

 ぐちゅ、彼のお腹に乗せてあげた瞳だったものが地面に落ちて潰れる‥あはっ、送山くんが自分でつぶす‥‥滑稽かな?

 ザワザワ、おもしろ半分で見物に来ていた他の候補生が顔を蒼白にさせて蠢くのがわかる。

「試合しゅーーーりょう、はいはい、送山くん、痛いのはわかったからちょっと静かにしてね」

 軽い口調で今回の試合の監察官である来水先生が送山くんを取り押さえる、物凄く楽しそうだ‥大事なとこが壊れてる?

「おーい、遠見、とりあえず、うーん、この子ぶん殴って気絶させてくんない?」

「えっと、パーでだよね?」

「‥‥グーだったら死んじゃうでしょうに、つうか予想以上につまんない試合結果だったわね、能力なんて使わないし、短いし、しかもこの子うっさいしね、君的にはどうだった?」

 帰ろうとしたら突然話を振られた、どうって‥‥弱かったし、下らなかったし、つまらなかったし。

 でも、恭兄さまへの”思考を汚した罪”にしては、少し緩かったかもしれない。

 それだけ。

「はい、実践では死んでますね彼、それだけです」

 そう言って立ち去る、自分でちょっとカッコいい台詞と思ったり‥‥あっ、手を洗わないと。

 血まみれだ。



 試合開始と同時に”彼”の小さな右手が彼の左目を貫いた、それだけの事だ。

 そこに人間を超えたとされる優劣種である能力者の価値を見出すことなど不可能である。

 まあ、その観点からの思考をやめて、唯の戦闘者としての判断を下すなら”彼”は間違いなく強者の部類に入るだろう。

 何せ試合開始の合図と同時に表情も、動作も、すべて”普通”に、普通の動作で敵である送山春一の左目を抉ったのだから。

「あれ?‥‥もしかして‥えーっと、これで終わりですか? 僕はどうしたら良いですか?」

 何処か小動物を思わせる仕草で”江島光遮”が困ったように呟く、彼自身も今回の戦いに困惑しているのだろう。

 相手が弱すぎた故に、いや戦いが早く終わりすぎたから?それとももっと別の理由で彼は困惑しているのか?

 まあ、それもどうでも良いことではあるが。

「試合しゅーーーりょう、はいはい、送山くん、痛いのはわかったからちょっと静かにしてね」

 とりあえず転げまわってる期待に応えてくれなかった人物に対して囁きながら皆を追い出すように右手を振る。

 つうか左目が無くなったぐらいで戦闘やめないで欲しい、そしてそれに大して眼を背けるのはどうかな候補生?

 本当の能力者の戦闘では首が捩れ、骨が身から溢れ出し、脳みそって本当に”味噌”見たい‥そんな感じなのにね。

 甘やかされているのだろう、今の鬼島の候補生たちは。

「おーい、遠見、とりあえず、うーん、この子ぶん殴って気絶させてくんない?」

 治療するにもここまで派手に転げまわられては対処の仕様が無い‥‥後は叫び声がうるさい。

 アタシと同じように冷めた眼をしてのんびりと佇んでいる江島くんの姿が眼に映る。

 そんな視界の横から白衣を纏った少女‥事実少女ではないのだが、今回アタシと同じく監察官を引き受けた政木遠見が駆け寄ってくる。

「えっと、パーでだよね?」

 阿呆な問いかけ、この子は‥‥‥自分の能力がわかっているのだろうか。

「‥‥グーだったら死んじゃうでしょうに、つうか予想以上につまんない試合結果だったわね、能力なんて使わないし、短いし、しかもこの子うっさいしね、君的にはどうだった?」

 ふっと思い立って江島くんに問いかけてみる、本当に気まぐれでの問いかけ。

 問いかけが気まぐれなのか、気まぐれでの問いかけなのか‥下らない思考回路してるなーアタシったらさ。

「はい、実践では死んでますね彼、それだけです」

 剥がれた、今までの彼のイメージがさらに剥がれた、どう言えば良いのだろう?立ち去る小柄な体を見て思考にふける。

 でも、わかるのは彼の言葉に嘘が無いのは事実‥‥‥‥つうか、手を洗わないのかしらね?

 血塗れじゃない。



 頬に生暖かいものを感じた、瞳をゆっくりと開ける、何か怖いものだったら嫌だし。

 突然眼に飛び込んでくるよりはゆっくりと吟味して、恐怖を体感したほうがまだマシだからな。

 俺的な考えだけど。

「‥‥‥‥っで? これは何の真似だ?」

 舌が這っていた、俺の皮膚を‥‥ピンク色の小さな舌がチロチロと‥どんな状況?

 把握しきれるわけもなく、疑問が頭を支配する。

「ん、起きたか恭輔、もう少しの間そのままで、そのままでいろ、あと少しで消毒も完了するし、それを終えれば差異も安心して夕飯の準備を始めれるしな‥‥うん、後は耳だな耳、物の本で読んだのだが耳は性感帯の一部らしいと、うん、疑問だ、問いかけるぞ恭輔?‥性感帯と何なのだろう?‥疑問だ」

 知らねぇよ、自分勝手な”自分”にため息を吐きながらベッドから上半身を持ち上げる。

「‥‥何だこの顔のベトベトは‥‥‥えっ、つうかマジで何?‥ある意味もの凄い恐怖を俺に与えているのだが‥‥何だ?」

 視線を絡ませないようにしている差異に問いかける、よしっ。

「事実を吐かないと差異の大事にしているこの熊の縫いぐるみの命が無いぞ? 主に腸が出る、腸っぽいのが出る」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥腸っぽいのが?」

「腸っぽいのがだな」

 何だこの微妙な空気、かなり差異がピリピリしているのがわかる、ついでに耳から眼を離さないのが気になる。

 狙われている耳? おもしろおかしいなそれは‥‥‥目的は何だ? 俺の”自分”の耳がそこまで魅力的なのか?

 わかんねぇ。

「性感帯云々は置いといて、ついでに人質であった熊さんも解放してやろう‥‥問いかけるけど俺って確か公園にいたよな?」

 思い出す、そういえば確か今日は学校をサボって、公園に行って、眠気に誘われて‥‥誘われて?

 誘われてどうしたんだよ俺。

「ああ、そこでだな恭輔、恭輔は恥を知らぬ痴女に襲われてそれはもう全身を舌で掘り繰り返す様に舐められて、可哀相に‥あぁ、差異も同じく嫌悪感を感じる、差異の体である恭輔が汚されたのだがな、だから差異の舌で必死に恭輔の汚れを落として‥ん、まったくもって酷い女だった、あれはアレだぞ恭輔、売女だ、今回は殺し損ねたからな、差異は悔しいと感じている」

 ブツブツと無表情で囁く差異、襲われた?‥‥えーっと、‥‥記憶が無い。

「‥‥公園で?‥お昼過ぎに痴女に?‥‥俺ってそんな体験をした後に差異に顔面舐められながら眠ってたのか?‥えっ、面白くないかその状況?」

「面白いか面白くないかは恭輔の判断に任せるが、ん、差異は気分が悪い、最悪だ、こんなに最悪な気分は生まれて初めてだし、これからも付き合うであろう感情だろうな、ん、嫉妬とは厄介だな恭輔、ああ、”恭輔には知覚できないな”」

「嫉妬?‥‥何に?‥つうか俺さ、今馬鹿にされたよな?」

 顔についた唾液を布団で拭いながら差異の腕を引っ張ってひざの上に置く、軽い、金色の髪が鮮やかに空に舞う。

「最悪の休日だったぞ恭輔、差異の眼からあまり離れてもらっては困る‥‥ん、差異は今日その事に気づいた‥駄目だ、勝手にいらぬ存在に
恭輔がちょっかいをかけられてると思うと‥‥物凄く、きっと差異は嫌なんだと思う」

 ぽつりぽつり、そんな感じで差異に呟かれても言葉の半分も理解が出来ない‥‥暖かい。

 子供は体温が高いって言うけど、差異の手はいつも冷たくて‥‥でも抱きしめるとやっぱり温くて。

「恭輔、お前を残滓には渡せないからな、ん、それは”絶対”だ、今日差異は気づいたぞ、誰にも”自分”を渡せない」

「えっ‥‥ざ‥んし?」

 残滓‥‥残滓‥‥呟いてみて感じる、酷く口に残る単語。

 何度も呟いたような、何百回も反芻したような、何千回も風にのせて囁いたような‥‥もっと、何万回も。

 残滓。

「恭輔?‥戸惑いが‥‥今の”残滓”にやはり、反応しているのだと思う‥でも、ん、それをもう忘れたのだろう?‥自ら突き放したのだろ?だったら、差異だけを見ろ、差異以外考えるな‥差異だけを己の一番に愛する部分だと判断してくれ‥お願いだから‥」

「差異? 俺は体の部分でお前が一番好きだぞ?‥残滓、何だった?その言葉の意味はわからないけど、どうしてそんな不安そうな顔をするんだ?」

 同じ、疑問を含みながら名前を二人とも呟く、差異のこんな”精神面”は初めて感じる、不安を感じる。

 もっとも差異には相応しくない感情。

「恭輔‥‥‥恭輔‥‥‥これは、差異のキャラではないか?」

「ん、別に」

 とりあえずは、差異の不安も、残滓と言う名の言葉も、それすら無視をして‥強く抱きしめてやった。

 小さな体だった。

「差異、腹減った‥‥飯」



[1513] Re[16]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/12 18:58
 黒い子狐は思考する。

「‥‥‥‥‥‥」

 そういえば、っとそんな軽い感じで思い出す、彼と出会ったのはいつだったか?

 しかし一つになった事実も既に思い出せず、自分は最初から彼の一部として機能していたと自覚する。

 とりあえずワシは恭の一部であり、中立者だったのは確かだったはずじゃ‥‥そうじゃそうじゃ。

 ギシッ、何も無い、いや、あるのは研究用の大型の機械と、同様に中型と小型‥って説明するまでも無く大体はそれで表現できる。

 飲みかけの炭酸が抜けてしまったコーラーを喉に流し込みながらの思案。

 ビールだけど。

「そのような態度で‥‥、まだ幼げな容姿をした少女が嘆がわしい‥‥ん、まあ、差異には関係ないか‥あえて無視だな」

 ここ数ヶ月で聞きなれた少女の声を微かに鬱陶しく感じながら声のする後ろを振り向く。

「何じゃろうか?、研究の邪魔をするならとっとと帰り、ワシはこう見えて結構忙しいんじゃけど」

「‥‥片手にビールと片手に書物、しかも恋愛ものとお見受けするが、差異にはそれが研究という名の高尚なものには見えないのだが?」

 子供、そう言っても差し支えの無い姿をした、しかし完璧なほどに美しい少女、ちょうど今思考していた恭と縁のある存在。

 いや、恭自身か‥そうじゃな。

「なぁに、ワシが研究といえば例えそれが娯楽でも研究になるんじゃ、なんじゃ? 恭がワシに何か用って言っとった?あー、そういえば最近、この街でおもしろおかしい反応があったんじゃけどの、それじゃろ、それを聞きたいんじゃろ?」

 タバコに火をつけながら彼女の知りたいであろう情報を微かに提示してやる、反応せんなー。

 やっぱり元来の存在的には少女‥‥差異は何事にも無感で受け止める本質があるんじゃろうな、今となっては恭を除いてじゃけど。

「ん、流石は話が早いな、ついでに今の異端組織の動きを軽く教えてもらえるとありがたいな、子虎の帰りが遅いものでイライラしている、おお、忘れていたな、それと恭輔から伝言だ”最近目覚ましの調子が悪いから直しに来い”だとさ、感情面の流れからするに黒狐にただ会いたいだけみたいだが?ん、あんまり恭輔を蔑ろにすると報復すると思うぞ?差異の判断だがな」

「じゃからの‥‥あの子は‥‥誰のためを思って情勢を把握するためにいそいそと地下に閉じこもっているのがわかっておるんじゃろうか?」

 何となく、過保護な母親の気分じゃなぁ‥‥手のかかりすぎる子供じゃし。

「しかしまあ、差異たちが一部ではなかった頃から、恭輔を守っている存在がいたと言うのは、今更ながらに驚きだな、うん」

「子狐虐待で訴えたら多分勝てるじゃろうな、もう、外の空気を吸いたくて嫌じゃわ」

 ギシッ、もたれかかると椅子が微かに軋む、既に何年も付き合ってくれた相棒は優しくとは言わないがそこそこの感触で身を委ねさせてくれる。

「地下に閉じこもっておるのは自分からだろう、うん、そんな事より、聞いてなかったぞ、差異たち以外の恭輔の部分のことなど、もう一度問いかける、何故教えなかった?」

 瞳が揺れる、煙草をふかしながら、視線をはずしながら天井を煽り見る、すっかり黄色くなってしまったようじゃな。

「それはじゃな、必要性が無かったけーの、ワシはあの子が誰を己の最高の一部として愛するか、そんなことはでーでもええんじゃ、それが狐の唯一の単体パーツの意味、しかし、だったら動くときは恭の身に危険を与える存在のみの時じゃし、お前らもしかり‥‥‥じゃからの、別に恭の過去の”部分”等どうでもええんじゃ‥ワシはあの子にお前たち”多くの部分”の中立者としての役目を与えられておるしの、色々しっとるし、しらん部分もぎょーさんある‥‥あの子を愛するのだけは変わらんしの、じゃから皆とも仲はええよ? その様子だと残滓にでも会ったんじゃろうな」

 黒い13本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら答えてやる、ふう、中立なのも面倒じゃな、さっさと部分同士で戦争でもはじめりゃええのに。

 じゃけど、残滓か‥暫く会ってないけど、まあ、元気と言うか壊れておるのは確実じゃろうし‥‥判定役の唯一の”部分”か‥ええ溶け込み場所を与えられたもんじゃのう、争い無く、際限なく愛しいのは他と変わりゃぁせんのに。

 同じ部分、つまりは争う相手がおらんのじゃもん。

「‥‥つまりはやはり黒狐は‥‥既に、差異と出会う前‥そのときから恭輔の一部と、そのような判断で正しいのか、うん?」

「そうじゃ、むしろ、確認されてる時点での所謂、”初期めんばぁ”の一人じゃよ、色々疑問はあろうけど、じゃけども答えんよ」

 ピクッ、差異の肩が微かに動く、ありゃりゃ、余計なこと言ったかのワシ。

 どっちにもこっちにも良い顔、中立者の部分はめんどくさいの、自分は否定できんし、のう、恭。

「‥ん、了解だ、差異は己の思考のみで判断しようではないか。恭輔が望むなら、今はまだ他の部分の事は忘れよう、うん」

「いい子じゃな、それでは本題じゃなぁ、他の異端組織は今は置いといての、鬼島のことじゃろ?‥‥A級とB級の混合班がSS級の失踪とは別の件でこの街に向かっておるんじゃわ‥‥詳しい内容じゃけどな‥今回はワシも動くかの、暇じゃし」

 それはとても切実な問題、ワシからしたらじゃけどな。



 この家には地下がある、っと言っても構造的に存在しているのではなく超常の力で捻じ伏せて創った空間だが。

 昼ごはんを載せた盆を持ってトントンと階段を下る。

 ガチャ、ドアを開けて部屋に入る、木製のドア‥何も無い空間にそれだけが存在している、滑稽な、なんとなく夢のような。

 んー、このドアはあまり好きではない。

「‥‥‥‥‥‥」

 室内はテカテカと様々な機械が点滅したり、乱雑に積み込まれた倒れそうで倒れない書類の山々、空を舞う埃。

 そして奥の中心部には瞳を閉じてギシギシと椅子を動かしている一人の幼子がいる、本当に幼く”見える”

 黒く、微かに紫紺をした独特の式服を纏い、”五歳児ぐらいにしか見えない柔らかな容姿”でビールを飲みながら思考に耽っているようだ。

 その証拠に13もいらぬだろろうと言う、扇状に広がった尻尾をリズム良くピコピコと、踊るように遊ばせている。

 真ん中の尻尾には大きな鈴、恭輔が取り付けたらしいと言うのだが、いつのことかはいまだに不明である。

 そんな少女、遠離近人、狐族(こぞく)の最悪種で”あった”黒狐族”(こっこぞく)の少女‥今は同属など無く、何百年前に自ら世界から喪失した最悪種。

 その生き残りであり、過去から恭輔と共に存在している少女‥‥らしい、今思うと既に”部分”であったのは当たり前なのだろうな。

 ”これ”が恭輔の両親を喪失させた原因かと、そう考えていたが、彼女曰く『恭が望まん限りするわけ無いじゃろう、あの頃は膝の上で丸まっておったよ、時折忍び込んでじゃけどな』

 信じもしないが、信用ならぬ言葉でもなく。

「そのような態度で‥‥、まだ幼げな容姿をした少女が嘆がわしい‥‥ん、まあ、差異には関係ないか‥あえて無視だな」

 薄い紫の髪からはみ出している同じ色をしている三角の耳がツーンと立つ、動物的しぐさ。

「何じゃろうか?、研究の邪魔をするならとっとと帰り、ワシはこう見えて結構忙しいんじゃ」

 舌足らずな幼女の言葉、そのわりにはちゃんと意味は把握でき、それでいて老成な感じと辛辣な感じを‥そんな印象のある声。

 良く透き通る甲高い声である‥‥実際に歳を重ねているのと岡山の山間で長い間過ごしていたのが今の言葉を形作ったらしい。

「‥‥片手にビールと片手に書物、しかも恋愛ものとお見受けするが、差異にはそれが研究という名の高尚なものには見えないのだが?」

 とりあえず正直に把握した事と状況との相違点をのべてみる、それに対して振り向いた未だに少女とも言えない愛らしい幼女の姿をした黒狐(こっこ)は面倒臭そうにちらを軽くにらみ付ける、切れ長の鋭い瞳をしている、白い頬は微かに淡く桃色で愛らしいのに、瞳だけでただの子供でではないと恐らく誰でも認識できるだろう‥そんな何も無くても殺意の上乗せしたような鋭い瞳。

 唯一緩むのは恭輔を見るときだけだと差異は判断している。

「なぁに、ワシが研究といえば例えそれが娯楽でも研究になるんじゃ、なんじゃ? 恭がワシに何か用って言っとった?あー、そういえば最近、この街でおもしろおかしい反応があったんじゃけどの、それじゃろ、それを聞きたいんじゃろ?」

 飲み終えたビールの空き缶を置きながら微かに、本当に微かに緩んだ瞳で問いかける黒狐。

 彼女は一日に缶ビール2ケース必ずその小さな体に収める、生活費を管理している差異には頭が痛い問題。

 ん、少しずつ明日から量を減らしてゆこう、気づかぬようにゆっくりと、そんな事を考えていると今度は煙草を取り出してプカプカと気持ちよさそうに吸い出す。

「ん、流石は話が早いな、ついでに今の異端組織の動きを軽く教えてもらえるとありがたいな、子虎の帰りが遅いものでイライラしている、おお、忘れていたな、それと恭輔から伝言だ”最近目覚ましの調子が悪いから直しに来い”だとさ、感情面の流れからするに黒狐にただ会いたいだけみたいだが?ん、あんまり恭輔を蔑ろにすると報復すると思うぞ?差異の判断だがな」

 飼い虎の行動の遅さを微かに苛立ちながらも、短期は損気‥気を抑える。

 何だか残滓と名乗る存在に出会ってから、冷静な自分が保てないことを強く感じている。

「じゃからの‥‥あの子は‥‥誰のためを思って情勢を把握するためにいそいそと地下に閉じこもっているのがわかっておるんじゃろうか?」

 一部になったもの特有の空気を出しながら黒狐は愛しげに微笑む、それはそうだろう、もう何よりも、どんなものよりも愛されるようなシステム。

 それに溶け込んだのなら、愛する以外に道は無く、全て書き換えられてしまうのだから。

 今思えば自分もそんな事を”最初”は思考する余裕があったはずだけど、最近ではまったくそんな事を思わなくなっていた。

 自分に対しての愛しい部分は拡大するだけでそれでも一部として機能する自分‥‥差異。

 知らずに口が黒狐と同じように笑みの形をつくりだす。

「しかしまあ、差異たちが一部ではなかった頃から、恭輔を守っている存在がいたと言うのは、今更ながらに驚きだな、うん」

 恭輔が黒狐を紹介したとき、別段疑問も無く、事実を受け止めた、しかし今の今まで恭輔の”部分”とはもしやと予測していたが確信は無かった。

 それは自分が最初に崩された”自覚”が差異にはあったから、ならばその前に他に崩された存在が恭輔に存在しているのはおかしい。

 そう思っていたのだが、まさか差異が感じた最初に崩される存在特有の自覚を味わった存在が他にいるだなんて。

 認められない。

「子狐虐待で訴えたら多分勝てるじゃろうな、もう、外の空気を吸いたくて嫌じゃわ」

「地下に閉じこもっておるのは自分であろうに、うん、そんな事より、聞いてなかったぞ、差異たち以外の恭輔の部分のことなど、もう一度問いかける、何故教えなかった?」

 言葉の隙間を見つけ問いかける、彼女が”一部”と確信はとれた、しかし、ここでキチンと敵か味方かだけか聞かなければならない。

 その”戦い”は諸々の事情の後に、最後に行われるまだまだ先のお話だが‥‥。

「それはじゃな、必要性が無かったけーの、ワシはあの子が誰を己の最高の一部として愛するか、そんなことはでーでもええんじゃ、それが狐の唯一の単体パーツの意味、しかし、だったら動くときは恭の身に危険を与える存在のみの時じゃし、お前らもしかり‥‥‥じゃからの、別に恭の過去の”部分”等どうでもええんじゃ‥ワシはあの子にお前たち”多くの部分”の中立者としての役目を与えられておるしの、色々しっとるし、しらん部分もぎょーさんある‥‥あの子を愛するのだけは変わらんしの、じゃから皆とも仲はええよ? その様子だと残滓にでも会ったんじゃろうな」

 言葉の意味をかみ締める、つまりは黒狐は唯一の全部品の中立的な立場の存在であり、恭輔を愛し、一部と認識はされているが。

 それ以外はどうでも良いとゆう部分、そうか、そのような存在は一人だけ必要‥‥そのような存在なのだ。

 だからこのように恭輔の常に存在し、何からも恭輔を護るが部分同士の愛憎劇には身を任せず観察するだけの存在。

‥‥”究極の嫉妬”を有さない部品か、うん、ならば敵ではない、敵ではないが味方でもないといった感じか。

 残滓、黒狐の口から漏れたそれだけで何かドロドロと渦巻く感情が洩れそうになる‥あぁ、憎らしい。

 そんな名前世界から消えればよいのだと、差異は深く深く思う。

「‥‥つまりはやはり黒狐は‥‥既に、差異と出会う前‥そのときから恭輔の一部と、そのような判断で正しいのか、うん?」

 それを押し隠すように、口から言葉を吐く、光の下で舞う埃たちが下に落ちてゆく‥‥差異の怒りの高揚とは逆だな、ん。

 落ち着け。

「そうじゃ、むしろ、確認されてる時点での所謂、”初期めんばぁ”の一人じゃよ、色々疑問はあろうに、じゃけども答えんよ」

 長い紫の髪を煩わしそうにかきあげながら問いかけようとした質問を否定する。

 しかし、少しばかりの好意のヒント、”初期メンバー”‥‥その単語で十分。

 まだいるのだ、差異の嫉妬を受けるべき”敵”は‥残滓と名乗る能力者のほかにも、やはりもう一人。

 予測の、いや、確信していた、予測の範疇だがやはり他者からの肯定の言葉を受けるのと受けないのでは違うものだ。

「‥うん、了解だ、差異は己の思考のみで判断しようではないか、恭輔が望むなら、今はまだ他の部分の事は忘れよう」

 ならば今は”他の部分”を忘れよう、今戦うべきはそのようなものではないはずだ、それに彼らは恭輔に害を加えない。

 急ぐべき問題ではないのだ、これから対策を練ればいい、そう、これから三回目の”恭輔の部分”‥しかも強力な”異端”を加えればいいのだ。

 少し不愉快だが仕方ない、相手の戦力がわからぬうちは恭輔にしっかりと餌を‥与えないと。

 3回目の部分を、強力な部分を探して、利用して、恭輔の一部になってもらう、なぁに‥‥至極簡単なことではないか。

 差異がいれば十分、そこまで軽んじていられる状況ではない、だが恭輔がもっとも使い慣れ、愛しているのは差異、それだけで十分。

 他に幾ら部分が増えようとも知ったことではないのだと、ん、そう考えればいいのだ。

「いい子じゃな、それでは本題じゃなぁ、他の異端組織は今は置いといての、鬼島のことじゃろ?‥‥A級とB級の混合班がSS級の失踪とは別の件でこの街に向かっておるんじゃわ‥‥詳しい内容じゃけどな‥今回はワシも動くかの、暇じゃし」

 子狐は愉快そうに、地面に自らの足では届かぬその椅子から飛び降りた、久しぶりに外に出るらしい。

 まだ一部と知る前だが黒狐を恭輔はかなり己が部分として愛している様子だった、久しぶりに地下から出るとなると恭輔は喜ぶだろう。

 故に差異も嬉しいと感じた。


「黒狐じゃねーか、もういつもの意味不明な研究は終わったのか?」

「‥‥最初からワシの研究全否定なお言葉ありがと‥‥恭も元気そうで何よりじゃな」

 テレビを見ながらミカンをはむはむと食べていると学校帰りなのか、恭が嬉しそうに寄ってきた。

 まだ”部分”として完全に忘れておらんでくれるのが嬉しい、幸せじゃなぁとか思いながら黙って頭を撫でられる。

「そんなに元気じゃないぞ、何たって今日の小テスト結果が俺を激しく苦しめたからな、そう激しく」

 ガサガサとリュックを漁る恭、前のは飽きたのか知らんが既に別のリュックのようじゃ、相変わらずのようじゃの。

 じゃけど、意識では一つじゃけど実際に元気そうな恭の様子を見ると頬が緩む、自分を愛しいと感じるのは罪じゃないはずじゃな。

「‥‥ねぇ差異、あのとてもおばあちゃん的な優しげな眼で恭輔サンを見ている見た目5歳児っぽい遠離近人は誰?尻尾が半端ない程の嬉しそうな動きでさ、残像が見えるんだけど‥‥誰?」

「うん?‥‥おお、そういえば紹介をしていなかったな、あれだ、恭輔のペットの黒狐、怒らすと島が一つ消えるから気をつけろ」

 エプロン姿で忙しく家を動き回っていた差異が止まって意識浸透と思わしき少女の疑問に答えてやっている。

 そういえばあまり地下から出ていなかった‥‥必要なかったし、差異がおるってだけであらゆる実害は回避出来そうじゃし。

「‥‥おいおい、ワシはペットか?恭はどない思っとるんじゃ?」

「むぅ、何だか尻尾の毛が乱れてるぞ‥‥ブラシ、ブラシはっと‥‥差異、俺の朝使う小さいほうのブラシって何処だったけ?」

「ん、これだろ? そろそろ新しいのに買い換えるべきだと差異は思う‥‥明日ぐらいに買いに行くとしようではないか、うん、そうだな、ついでに皆の分も服も買い揃えるか‥‥沙希たちもいつまでもその格好というわけには行かないだろう」

「おう、じゃあ明日俺が学校から帰ったらみんなで行くとするか」

 ワシの尻尾に顔を埋めてモコモコとしている恭、ふむ‥‥久しぶりに外を出歩くのもええかなぁ、その買い物に付き合おう。

 それじゃったら。

「買い物ついでに厄介ごとである鬼島の能力者に接触せんか?じゃったら後々楽じゃしの、恭、そのまま寝たらいけん」

 明日の予定が軽く決定した。



[1513] Re[17]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/13 11:56
 集められたメンバーは皆知らない顔だった。

 部署などはバラバラだなっと、それだけは何となく理解して空いている椅子に着席する。

 鬼島においてこのような形での仕事の事前説明は珍しく、少し気を張りながら椅子に座る。

 自分が一番若いらしく、同じ仕事を今回受け持つであろう人たちが解すような笑みを向けてくれる。

 それに対して微かに苦笑して机に置かれた緑茶を一口、苦い‥‥自分が入れたほうが美味しいな多分。

 ガチャ

 そんな暢気なことを考えていると奥側の扉が開いて中から一人の男性が出てくる。

 不機嫌そうに部屋を見回した後にポケットを漁り、ガムを取り出して一口。

 感じ悪いなぁ。

「今回の任務は少し特別でな、部署も、それこそ階級も違う、事前の打ち合わせを急遽することになった、気が悪いよな」

 ガムをクチャクチャと噛みながら再度不機嫌そうに‥えーっと、確かこの人はSS級の‥‥。

「あ、あの‥‥今回の件に関してはあたし達何も聞かされていないんですけど、ちょ、巳継(みつぐ)!あんた何してんのよ!」

 そんなわたしの思考を止めるように一人の少女が大声を部屋に響かせる‥‥後半だけかなり大きい声。

 その声に驚いてしまって、無意識に私の体がビクッと震える‥おもしろいなぁ、人間の体の仕組み。

「んあ?‥‥何ってメールさ、メール、見てわかんねぇの? キョーコちゃんにメグちゃんに‥‥沢山の可愛い子ちゃん達がオイラの愛のメールを待ってるわけ、ならばと、メールを返すのが男の性でしょうに」

 怒鳴り声‥今回の責任者であろうガムの人への質問の途中に顔を真っ赤に染めて怒り出す少女‥‥えーっと。

 それに大してダラダラと椅子に揺られながら怠惰な瞳で返事を返す男の人‥‥んーっと。

 えーっと、んーっと、あっ。

「あぁ!A級の三月(みつき)さんに巳継(みつぐ)さんだぁ!?うわ、うわ、ど、どどどどうしよう!?」

「へっ?」「ん?」

 二人の視線がわたしに向けられる、片方は突然呼ばれたことに対しての疑問、片方は突然呼ばれたので一応見てやるか程度。

 対照的な二つの視線を受けて頭にカーッと血が渡ってゆくのを感じてしまう、恥ずかしい、そしてはしたない。

 わたしの悪い癖が出てしまったようだ。

「‥‥このガムまずっ、まあ、まずは皆落ち着け、そして座れ、着席しやがれ」

 わたしの奇行に顔を顰めながら着席を要求するガムの人、もしかしたら見かけより良い人なのかもかしれない。

「は、はい、申し訳ありませんガムの人!」

「‥‥殺されたいのテメェ」

 めんちを切られました‥‥やばい、落ち着けわたし、そして冷静に物事に対処を‥‥。

「うおーい、どうでも良いけどさっさと話を進めようぜ、オイラこう見えても忙しいんだよね‥あっ、こう見えてもってのはこの軽薄そうな格好な事だかんな‥‥でも似合ってるだろ?」

 ジャラジャラと身に付けた装飾品の金属音を鳴らしながら微笑みかける軽薄そうな巳継さん。

 って失礼だぞ私!?

「‥‥いまこの子‥‥自分の頭を高速で右手で叩いたわよ‥‥」

「はぁ、何だかろくでもない奴等が揃っちまったみたいだな‥‥おい、そこの後ろのお前はさっきから何も言わねぇけどよ、何かねぇのか?」

「‥‥はれ? 何かお話しているようなので、ナチュラルに見つめておりましたけど、意見を求めますか? 正直みんな馬鹿かなーっと、あっまた本音言っちゃった‥いけないいけない、みんな素敵な人だなーって思ってました、はい」

 眼を通していた小説から顔をあげて少女が微笑む、微笑みながらも表情と言葉が背中合わせのような‥‥うーん。

「‥‥とりあえずはそこの二人を除いて部署が別々だかんな、軽い自己紹介が必要みてぇだな」

「‥この歳で自己紹介って何か恥ずかしいかも‥‥巳継!いい加減携帯をしまえ!今は仕事中よ!」

「はいはい、ったくよ‥‥‥そんじゃオイラからね、山都巳継(やまとみつぐ)‥‥”牙”所属のA級ですわ、そんで横にいるのが相棒の山都三月(やまとみつき)‥‥何の因果からオイラの姉で同じく”牙”所属のA級、よろしく~~~、そこの二人は可愛いっぽいけど頭のネジが緩いみたいだな、ははっ、マジでお断り」

 片手をあげて”ごめん”っと言われても‥えっ、どんな顔をすれば良いのかわからない‥とりあえず眼を逸らす。

「こら、巳継二人に失礼よっ!つーかあんた如きに女性を選ぶ権限は無いから」

 疲れたように三月さんがため息を吐く、淡い茶色の髪がサラリと肩にこぼれる‥‥素敵だなー。

「え、えっと、次は私の番ですね、大元永久(おおもととわ)、”脳”所属のB級です‥えーっと、実はA級やS級‥‥SS級の方々のお顔やらは大体把握してますので、ちょっと先ほどはA級の方々の中でも好きな三月(みつき)さんがいらっしゃったので‥興奮しちゃって‥すいません」

「それはつまり‥‥」

 三月さんが”ああっ”と手を打つ‥‥理解されたと、自分から教えておきながら顔が高揚するのがわかる。

「能力者マニアってか‥‥‥すげぇな、A級だけでも人数無茶苦茶いるのになぁ‥ちなみにオイラの名前を知ってたのは三月のオプション?」

「‥‥‥」

 スーッと眼を逸らす、あっ、窓際にお花が飾られてる‥‥何の花だろう?

 綺麗だなぁ。

「‥‥もしかして結構いい性格している子?‥‥ナチュラル無視かよ」

「はい、友達からも良く言われますっ!」

 とりあえず褒められたので元気良く返事、こういった受け答えが有益な友好関係を築くとか何とかかんとか。

 何とかかんとかって何だろ?

「‥‥皆さんのキャラクター性が暴かれてきた所で挨拶を、”口”所属のB級‥‥塁泉(るいせん)です‥‥嫌いな言葉は友情とか愛とか信用置けない言葉ですね‥まあ、深い関係にならぬ程度で、よろしくです」

 皆のほうを見ないまま自己紹介をする塁泉さん、何ていうか‥‥短く切りそろえた橙色の髪が赤色のバンダナから微かにもれている。

 鋭く切れ長な髪の色と同じ瞳がバンダナから半眼だけ確認することが出来る、その視線の先は自分の右手に持った本だったりするけど。

「‥‥‥こんな何だか紙一重なメンバー、しかも所属別に集めたって事は、何だかろくでもないことになりそうだなぁ、つまり対象者か何かはわからないけど、あらゆる事態を想定してのこの多種性だろ?‥‥オイラあんまり時間とられる仕事は嫌だなぁ」

「オレの自己紹介は『知ってます、牙所属のSS級の選炎選水(えんえんえんすい)の若布(さかさ)さんですよね?』って、まあ、知ってるよなぁ、ちなみにオレは今回の責任者だから‥‥絶対に任務を完璧に遂行しやがれ、しなかったらイジメル」

 心の中で納得、何処かで見たことがあると思ったらガムの人はSS級の若布さん‥何だろう、感動薄い。

 サングラスをずらしながらさりげに怖いこと‥部下に任務失敗したら虐めるとか言いながらガムを膨らましている人にはどうやら私は尊敬の念を抱けないらしい‥‥何か今回の任務中に嫌がらせをしてやりたい‥おおっと、黒いぞ私‥‥。

「えーっ、今回のメンバーはオレが見る限り性格がかなーり悪い‥‥だから任務の概要を説明したら別々に行動をしてくれて結構、いつも通りの任務と同じで己の成すべきことを成せ、成さなかったらイジメル」

 にたぁと笑う若布さん、性格が滲み出ているたまらない笑み‥‥わぁ、失敗は許されないな。

「それで‥‥任務の概要は何ですか?」

「あん?‥‥‥‥”実験動物”の回収だ‥‥‥特別きょーぼうな、そう鬼島の過失その24だな」



 体が痛い、ジュージュー妬きつくような音を鳴らしながら傷口から淡い煙が天へと昇ってゆく。

 何で、痛い、痛い、痛い‥‥暗い、路地裏で身を抱えながら地面に蹲る。

 はぁはぁ‥体の傷口から吹き出る煙と同じように口元から白い煙があがる‥‥痛い。

「‥‥‥‥っぁ」

 声が出る、”実験”の時の絶叫や、凶暴な叫びとは違う‥痛みと、何処か安堵を含んだ呟き。

 自分の本心からの声、初めて己で意識して出した声に胸が熱くなる。こんな声をしていたんだ自分。

 手を見る、黒く染み渡った血は爪の間にこびり付いている、自分が殺した‥‥追放者の血。

 実験の時の無理に上昇させられた凶暴性で他者‥”他の実験動物”を殺すときとは違い、自分が生きたいと思って殺した他者の血。

 そう、自分は今この瞬間だけでも、望んだ”自由”の中にいる。

「‥‥っ‥‥は、ははっ‥‥‥あははははははっはは、ははははっは、ゴホッ、はぁ、あはは」

 完全な回復と同時に口から黒々とした余分な血を吐き出しながら、笑う、笑う‥‥嬉しい。

 ぴちゃ、自分の体からもれ出た血の溜まり場に、自分の顔が僅かに‥反射する。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 そういえば、あの監禁部屋にたった一つ存在していた鏡を思い出す、いつだっただろう?初めて自分を見たあの日。

 あまりのおぞましさに”嘔吐”した。

 別に、何も期待していなかったのだけれど、初めて認識した”自分”を、初めて認識した瞬間に、吐いた。

 汚い、おぞましい、醜い、吐き気がする、実際に吐いた、もう、見たくない。

「‥‥‥‥‥‥」

 そして今、血の水溜りに反映された自分は笑っていた、そしてそれを暫く見つめた後に空を煽り見る。

 蒼い月はあの狭い部屋の窓から見えるものと何一つ変わらずに存在していたが‥‥何処か、何かが違った。

「‥どこににげよう」


「ふぁーっ、眠い‥‥黒狐‥‥久しぶりに一緒に寝るぞー」

 むんぎゅと首根っこを掴まれる、差異の用意してくれた軽いツマミとビールの載った机が問答無用に遠ざかってゆく。

「お、おぉぉ?‥‥きょ、恭‥それは良いんじゃが‥‥もう少しだけ」

「駄目だ、眠い、寝る‥‥それに酒ばかり飲んでると太るぞ?」

「い、いや、太らんしっ!‥‥うぁぁ、ちょ、飲み終わったら一緒に寝るからーーーー!」

 じたばたと体を捻って逃げようとするが、駄目だ、完全にロックされておるし。

「‥‥‥黒狐‥‥恭輔の前では平気で醜態を晒すのだな、うん、見た目通りの子供らしい行動で、少し愛らしいぞ」

 カチャカチャと食器を手早く洗いながら差異が微かに微笑む、そんな事より、お前の用意したツマミが無駄になるぞ?と怒鳴ってやりたい。

「そんなものは必要無いんじゃけど?!‥‥恭、後生じゃから‥‥‥」

「うるさいな、昔から酒、酒、酒、酒、酒、酒‥‥‥子狐なら油揚げとか、もっと可愛げのあるものにしろよな、しかもその容姿で煙草もスパスパ吸うし‥‥あれだぞ? お前、遠離近人じゃなかったら犯罪だぞ」

「んなーー、はーなーせー」

そうやってじゃれている様で真剣に逃げようとしていると、ガチャ、ドアの開く音がする。

「ただいまーッス、あー‥‥本当に人生最大のピンチだったッス‥‥‥あれっ?」

「ん?」

  ドアから進入してきた”何”かと視線を混じらせる‥‥んーっと、恭の一部では無いようじゃけど‥誰?

  ジーっと無言で見詰め合う‥‥耳がピコピコ、尻尾がピコピコ‥‥んー、こいつはレアじゃな。

  ”王虎族”じゃな、何故に”取り込んでないんじゃろ”?激しく疑問が湧き出てくる。

「‥‥えーっと、誰ッス?‥‥‥んっと、遠離近人ッスよね?‥‥見たこと無い種族ッス、何処ぞの亜種ッスか?」

 ポンポンと頭を叩かれる、えーっと、ワシ見下されてる?

 ベシッ!!

「っあ!?‥‥‥し、尻尾で‥いきなり殴る‥‥‥多くないッスか!尻尾ーーー!?」

「むぅ、失礼な奴じゃな‥‥‥恭、ちょっと降ろしてくれんか?」

「おう」

 地面にスタッと着地、とりあえずは無礼な同属を下から鋭く見上げる、否、むしろ睨み付けてやる。

「うっ、な、何ッスか?」

「ったく、容姿だけで相手を侮るとは‥あれじゃな、舐めるなよ小童、ワシは、誰にも見下されるような存在ではないしワシに気軽に触れてよいのは恭輔だけじゃしな‥‥わからんか?」

「ふぇ‥‥‥?‥えっ、黒狐族ッスか?‥‥滅んだはず‥えっ?えーっと‥‥何で?」

 差異のほうを見て首を傾げる王虎族の少女、尻尾が不安そうに左右に揺れている‥‥どうやら混乱しているらしい。

「うん? 知らん、この家の先住者という点では差異たちの先輩だな、後、黒狐の言ったとおり、舐めてかからんことだな、この家ばかりか街が吹っ飛ばされるぞ?黒狐族の危うさは差異たちより、同じ尾を有するお前のほうが理解できるだろ?」

「そ、それはそうッスけど、まだ幼体(ようたい)じゃないッスか?」

「残念じゃけどワシは成体じゃよ、既に、歳を重ねることを失ってしまったしなぁ、この尻尾を見てみ、この数を有する月日を考えてみろ」

「そんだけあれば枕になるからな、すげぇな黒狐‥‥じゃあ、話も済んだし寝るぞーーー」

 再度首根っこを捕まれて持ちあげられる‥‥えっと、ガチャン‥‥そんな音をたてながら閉まるドア。

「‥‥ちょ、恭‥‥‥完全に今のタイミングだと‥何と言うかじゃな‥まったくもって格好悪いんじゃけど」

「‥‥ふぁ、知らない」



 ポンッとベッドの上に放り投げられる、バウンドして‥落ち着く。

「むう‥‥‥ビール‥‥‥」

 天井を睨み付けてため息、そんなワシの些細な楽しみを奪った主は鼻歌をしながら携帯を充電器にセットしている。

 まったく。

「んー?‥‥まだ酒のことが頭から離れないのか?‥本当に仕方の無い奴だな」

もそもそとベッドに潜り込みながら恭は言葉の通り仕方の無いといった表情をする。

「じゃけど、あのタイミングでは‥‥あの虎の中でもワシの定位置があやふやなままじゃからなぁ‥‥‥舐められるのは、ムカつくし」

「そうか?‥”他人”なんてどうでも良いじゃん‥あれ?」

 自分の言葉に疑問を感じて首を傾げる恭、今の恭には黒狐を完全に自分と認識するのはちょい苦しいのはわかっているが。

 少し寂しさを感じながら体を丸める。

「何だ?急に顔を背けて‥‥‥寒い、もっとこっち来いよ」

 尻尾を掴んで引き寄せようとする恭、他人だったら身を震わすところだが、自分ゆえに拒否感も無く。

 ズルズルと壁際から恭の方へと引きずられる、ポスッと抱きかかえられて‥再度のため息。

「寒いからだけでワシを床に誘うとは‥‥‥恭?」

「だって黒狐温いし‥尻尾が気持ち良いし‥他に何かして欲しいか?」

 途端に意地の悪そうな顔でこちらを覗き込む恭、途端にドクンッと胸がざわめき。

 昔の映像が、本当に一瞬だけ頭を過ぎる。

「知らん‥‥そういえば恭、今の、己の身のことをどう思っている?ああっ、別に手とか足とか、そのような事じゃなくての、んっと、差異のような、己の身の事をな、どう感じているんじゃ?」

 抽象的な言葉になってしまうが仕方ない、じゃけど仕様が無い、そのような聞き方しか出来んし。

 カーテンから覗く青い月が部屋を淡く染めている‥その中で恭は不思議そうに、言葉を発する。

「差異は綺麗だし、一番好きだし、沙希も同じように、あんな奔放さを自分の好き勝手に扱えるのは、快感だな‥コウは‥弱いけど一番これからがおもしろそうだし、鋭利は‥‥そうだな、あの残酷なところも、俺だけのために存在するなら許されるし愛しいよ」

 同じ質問を、そういえば”初期めんばぁ”とした事があるなと思い、その時とは違う恭の言葉に眼を細める。

『”こっこ”はおれだけのためにあるから、かわいいとかんじれる』

 眼を細めた。

「そうか‥‥‥今もこの街に‥‥‥おもしろい存在が‥‥恭、それとあの虎も取り込むように‥‥もっと、数で攻めんと、ははっ、勝てんようじゃぞ?‥‥初期も‥その次も、一人一人の力が特化しすぎておる‥‥今の一部が好きなんじゃろ?‥血まみれな姿を見とうないなら‥‥もっと、もっとな」

「‥‥‥‥‥んーっ」

 ウトウトしている恭の頭を撫でながら月を見る‥‥その異端を追っている鬼島の人間の中にも‥恭の眼に留まる存在がいれば。

 そう、能力だけでなく、”精神的”に利用できる、己の身として死ぬ程に恭のために尽くす、そんな存在が‥必要じゃろ?

「‥‥‥ワシは‥‥恭のためなら全てを利用するんじゃけどなぁ」

 苦笑、明日が楽しみだ。



[1513] Re[18]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/13 13:27
 彼女にとって鬼島から与えられる仕事は意識しないこそすれ存在意義だと言っても良いものだ。

 この前の抹殺指令を、言葉が指し示すとおりに本当に対象を殺すだけの簡単な任務、すぐに終わった。

 その以来任務を終えて上司に言われた言葉は”合同任務”と‥‥まったくもって聞きなれない単語だった。

『任務の概要については現場の上司に直接聞きたまえ、126番で事前打ち合わせ、行け』

 どんだけ無駄な部屋があるんだろう?‥それよりもどれだけの人間、能力者がその部屋を使っていやらしい任務やら怪しい実験に従って生きているのだろう?‥‥何だか嫌ですね‥‥汚い事を考えるな私。

「はぁ‥‥‥合同という事は‥‥何処ぞの異端の一族の全員抹殺やら、何処ぞの”怪獣”の一匹抹殺やら、そんな感じで?」

 つい疑問を口に出してしまう、B級の己の解決できる任務範囲は限られているが、それでもそんな無茶苦茶な任務を与えられたこともあったり。

 まあ、命が大事なので行くだけ行って逃げ出すと、そんな仕事はS級やSS級の化け物に任せれば良いのに、はぁ。

 適材適所は良い言葉ですね、本当に。

『知らん、詳しくは現場の上司に‥‥責任者に聞きたまえよ、あー、私は何も聞かされてない、だから、君もファイト』

 来たぞファイト、我が上司のこのお言葉が発せられるときに、必ずしも無茶苦茶な任務を与えられるのだ、この脈絡の無い突然のファイト。

 悪夢だ‥‥‥まあ、手持ちの小説も少ないし、本屋にでも寄ってから行くとしますか。

「りょーかいです、それと、お昼からお酒はどうかなーっと?息臭いですよ?‥‥では、行ってきます」

 バタンッ



 ボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウ。

 単純で、酷く漫画的な音を放ちながら部屋の中に灯が燈って行く。

 巨大な、何も無い空間‥‥中心に大きな”樹のようなもの”が”一つ”頼りなく存在している。

 幼く、また木々としての力強さを感じさせない、そんな雰囲気を漂わせながらサワサワと踊るようにざわめいている。

 風も無いのに蠢いている‥‥‥気持ち悪い存在。

『‥‥‥‥あー、どうする?‥‥‥』

 女の子の声、木のようなものから発せられたその声が部屋に高く響きわたる、ザワッと何かが動く気配。

 どうやら先程、光を与えられた、この大雑把な内装で支配された空間には他に、木のような存在以外にも誰かがいるらしい。

 誰かとは仮としか言いようの無い存在だが、闇の隅に紛れており姿が確認できないのだが仕方が無いではないか。

『黙っていたらわかんねーよ、ジタバター、オラー!怒るよ?‥どうなのよ?‥逃げちゃったで許されるわけ?』

 ”少女”の軽く怒りを含んだ言葉に影がビクッと反応する、それを見ておもしろそうに木のような存在がピクピクと震える。
 笑ってるみたいだ、人間のような行動をするソレは、やはり不気味さを拭えない。

『クスクスクス、そんなに怖がらなくても何もしないってーの、恋ちゃん見てわかんねぇかなぁ、封じられてるわけだし‥‥出来ることっていったらこの世界ドーーーンッぐらいだっつーの、核爆弾と変わんねぇーーーー、だから、安心しろっつーの』

 その言葉に安堵できる人間なんておよそ世界にいないだろうと、誰もこの場にそう思えるものがいないのが誰かにとっては口惜しい。

 兎に角、隅に縮こまっている影にはそのような思考能力は無いらしく頭を地の方に向けて、頼りなく震えるだけ、木のような存在の外見よりも、それ以上に頼りなく、この場での力関係はやはり明確。

『あれは恋ちゃんがプレゼント用にとくべーつに調整した、すんげぇのだかんな、また創れって言われてほいこらりょーかいで創れるもんじゃないってーの、作るや造るじゃないよ、命を生成だから、人間味を与えるために創るだよーっ、あははははは』

 ザワザワザワザワ、もう、おもしろおかしくてたまらない、木のような存在はブンブンと己の体を左右に振りながら笑う。

『君もわーらーえーよー、ほんっとーに気がきかねぇの、封印されてなきゃ殴ってるかもよ?コラーッてさ♪‥‥まあ、いいよ、それは許しちゃる、んで?捕獲者はAとBぃー?‥まあ、これが駄目だったら暇そーなSSにでも頼みなよ、プレゼントちゃんは恋ちゃんの分身だかんねーっ、半端なやつなら死ぬんじゃね?‥よーし、よし、恋ちゃんが捕獲者で100ぱーな奴をリストアップしちゃろう、優しいってーの?照れるね』

 一方的に言葉を発した後に、何も無かった空間に大量の透明な板‥文字の羅列されたディスプレイのようなものが浮かび上がる。

 影はそれに眼を向ける、己のデータが一瞬羅列され文字に混ざっていたから‥‥と言うことはSS級のリスト‥異端者の倉庫。

『ん、んんっ?なーーーーーーっ!?水銃城、選択結果と意識浸透が、ははーん、なーーーる♪‥‥いやはやぁ、おもろっ♪‥‥■■ちゃんねぇ』

 聞き取れなかった単語に、そのせいで胸に掴み所の無い不安が落ちてくる、影の眼の前にいる存在はそれだけで人を消せる存在なのだ。

 一言一句まで聞き落としては。

『恋ちゃん空回りってか?‥プレゼントが勝手に送り先に行っちまったよ、ちぇーーーーー、つまんねーの、おもろいけどつまんねーーーーーーーっ!あーーー、こんな所に封印されてなきゃーーー!?って、自分で封じたのよ恋ちゃん、いけねー、忘れてたよ、あははは』

 またも独りでにきゃははははと、幼子の声で笑う、可愛らしい声だけに姿との二面性のせいで、素直に可愛いとは思えない。

 暗い闇の中に燈った明かりが少しだけ強くなる、理屈が不明なだけにやはり恐怖、影の顔が少しだけ照らされる。

 それでも未だに姿がわからず。

『いいよー、さがってヨシッ、実験体のシリーズはいっぱーい創ってくれてけっこーう、逃げ出したのほどの性能に届かなくても、いいよいいよ、また■■ちゃんのとこに何か見出されて逃げちゃうのいるかも、けどよー、それでいいから、逃げちゃうのバンバンOKOK-♪恋ちゃんの今回は作戦負けだね、ヨーシッ、次は負けねぇぞ‥‥先読み怖いもんっ♪』

 言葉に従って部屋から去るために、安堵のある世界に戻るために歩を進める‥‥影は怖くてすぐにでも逃げ出したい。

 影は創造主が怖くて怖くてたまらないのです、幼児的で、無邪気で、幼子で、初心で、敬愛すべき主であり。

 純粋な少女の思考を持ちながらも、何よりも完全なまでに人外の存在なのだから、真の意味の人外は彼女を置いて他には無く。

 怖い。

『おーっおーっおーっ、そんじゃーね、報告サンキューーー、じゃあ恋ちゃんようの乗り移りの人形たのんま!‥もう少したったら恋ちゃんもちゃんと登場しねぇーとなんねぇし‥‥お久しぶりにはボンッ、キュッ、ボンッがよいかしらん?‥それとも本来どおりの炉で責める?んがーーーー、悩め恋ちゃん、あっ、もう一つ、今は”君は出んなよ”』

「御意、恋世界の御心のままに」

 まだ声しか許されない影と、主の会話は断ち切られた‥‥それに伴い部屋の明かりも同時に消えた。



『ってまだ、眠んないし恋ちゃん‥‥さてはて、影っぽいのはまだ出せないしねぇ‥‥おんどりゃー的な餌を我等が鬼島が大量投資のほーこうで生きますかいなー、恋ちゃんの疑問に答えやがれ、覇ヶ真央(はかまお)』

「影のいなくなった瞬間に‥君のそういった所は好ましくは無いな‥‥我が剣を弄ぶのだろう?」

 カチャ、西洋の鎧に身を包んだ少女がズズッーと影から姿を現す、煌き光を放つ鎧は何処か剣のような鋭利なものと同じ危機感を与えさせる。

 そしてまさに剣自身はあまりにも巨大、しかもまったくもって姿にそぐわぬ日本刀、ズルズルと地面を引きずりながら歩くと生身の刀身は無論床を削る。

 気にした様子も無く西洋甲冑‥‥しかも中身はどうやら男性ではなく‥‥女性らしい、声音の鈴を転がすような事から把握して、やはりの異端の少女。

『だってだって、どうやら勝手に取ってかれちゃってるけどよー、こっちの計画なんて完全無視だもんっ、つれぇぇぇ、どうする??』

「どうするとは‥‥また抽象的な質問をするな君は‥やれやれ、彼が望むなら我等から動く動機無し、こちらも流せばよかろうに‥‥我が剣は
彼のためだけに振るわれ、必要なき異端の能力も彼のみに使われ、それだけ望む我(われ)には他に望むもの無し」

 僅かに洩れ出る黒々とした髪が煩わしそうに拭いながら恋世界の言葉に否定的な言葉を発する、どうやら同意者ではないらしい。

 恋世界はぶーぶーぶとブーイングをしながら木のような我が身を振るわせる。

『可愛い子ぶんなよ、ばーか、ばーか、ちくしょう‥‥恋ちゃんの意見賛同者いねぇのかよ、ああ、じゃあさ、もうちみが行ってみる、覇ヶ真央?いいじゃん、ナイスアイデアーーー、恋ちゃんサイコーーーッ!ちょっと”彼ら”に舐められないように行ってきてよ、おーねーがーい、マジ頼むよっ、今さ、恋ちゃん動けないのわかってるっしょ?軽い感じで行ってきて」

「‥‥それでは忠義に反する‥‥”我が君との約束事”にな‥‥我の登場も本来は早いのだよ?それを君が態々呼ぶからだな」

『説教うぜぇえぇええええええ、んふふふ♪今さ、実験体のF4が逃げ出したわけよ、危機回避のうりょーく抜群、無論、逃げ出したのは彼のいる街、殺されんじゃね?』

 気配が変わる、恋世界に対しての圧倒的な殺気が部屋を包むこみ、ピシッと、地面に剣が重く、さらに沈む。

「君がそのような事を望むわけがなかろう」

『んー、当然じゃん、だからてめーを護衛用に送り出そうって言ってんじゃねーの、お願い♪彼を護って♪』

「嵌めたな‥‥恋世界‥‥その封印先を剣で凪っても構わんのだぞ?‥我が君に仇を成す形を偽りとはいえ望むとは‥‥許しきれんな」

『ムカーーーッ、いいじゃん! 恋ちゃんと喧嘩するってか?やるんならやったるでーー!!こう見えても鬼島でいっとーに偉いんだぜ!?』

 ビシッ、地面が僅かな音を立てながらさらに下へ‥重力に潰されるようにへこむ、その中で木のような恋世界、まったくもって脆弱な姿をしたそれは混沌としたものを放ちながら、怒りを力にして場に放つ。

「ほほう、そう言えば‥‥君とは決着をつけてなかったな‥‥我が君のために、本気で斬りにかかるぞ?‥つまりは死ぬのだよ?」

『死なねぇよバァカ、証明するまだ恋ちゃんは不敗だよーん、それに、思いは同じじゃん‥‥争う必要性なくねぇ?』

「‥‥我が身は、我が君に仇名す全てを斬り裂くのみ‥‥例え、恋世界‥‥君‥貴公と言えどもその外では無い‥」

『生真面目やろーだね、いいじゃん、君はどうせこんな事を聞いたら過保護だかんね、彼を護るために少々ルール違反なんてしちゃうっしょ?
じゃあ、教えてあげた恋ちゃんに感謝するべきじゃね?つうか剣を置け、いいから、いいから!』

「っ‥‥‥ははははは、本当に、我は嵌められたな」

 急に両方の殺気は失せ、笑みになる、いや、恋世界のほうは確認の仕様がないが‥‥それでも声を荒げて笑ってる。

『あはははははははははは、恋ちゃんと君が殺し合い?戦うわけねぇーじゃん、あははははははは、目的一緒なんだし、”同期”なんだしそんなことしねぇっつーの!‥‥いくんっしょ?』

「無論、我が身は”新人”などに負けはせん、確か恋世界‥君の模造品だな?」

『んにゃ、そうそう、まあ、殺せないように、彼が欲したらあげてあげて、じゃ、後はお願いねー、黒狐ちゃんによろぴく』

「ああ、しっかりその日まで寝て英気を養え」

 それは会話以上に必要ある裏のお話。



[1513] Re[19]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/14 14:50
 -絡み合いの夜-

「ほい、それでは出かけるか」

「‥‥‥‥‥」

 恭輔サンの背中にもたれ掛かるように眠ってる鋭利。

 かなり、水銃城の名を冠するには幼い姿、そこまでして連れて行かなくて良いのにね恭輔サン?

 鋭利も鋭利で少しは抵抗しなよとか、コートを羽織ながら何だか一緒に行動するのが嫌だなーとか。

「沙希‥‥ん、ガスの元栓を閉め忘れてはいないか? 差異は二階のコンセントを”根こそぎ”取ってくる、うん、節約は大事だぞ?」

 トンッ、トンッ、トンッ、トンッ、階段を軽々とあがって行く差異、猫の様な身軽さで4段飛び‥‥何て言うかな。

「きょ、恭!? な、っ、嫌じゃって!!」

「うっさい!お前のその耳&尻尾は流石に目立ちすぎる‥‥はぁ、嫌だったら子狐の姿なれよ、鋭利、ちょ、首痛ッ!?」

 朝方に気まぐれに帰ってきた鋭利はお出掛け自体は結構嬉しいらしいけど‥眠いらしい、じゃあ無理して来なくていいのに。

 そんなわけで恭輔サンが背負っているわけで、体重軽いから大丈夫だろうけどね。

「このメンバーでお買い物って‥どうなんだろうね‥去りたいけど”恭輔サン”ワクワクしてるし、駄目じゃないか‥怠慢だよね」

 トンッ、金の髪が眼の前で鮮やかに舞う、髪が空に舞うと同時にほんのりと甘い香りがする。

 どうやら階段から差異が降りてきたらしい、無論歩いてではなく飛び降りて‥‥おーい。

「うん?どうした沙希、さっさと出かけるぞ、人の顔をボーっと見て‥差異に何かおかしな所でもあるか?」

 パタパタと自分の背中やらを見ようとしてクルクル周る差異、SS級の最年少ねぇ‥僕が言えた義理じゃないけど。

 今している行動と容姿は子供以外の何ものでもないよね安心してよ‥いつもどおり差異は相変わらず綺麗だよ。

 つう事は同じ容姿の僕も完璧ってことで。

「沙希?」

 恭輔サンが不思議そうに顔を覗き込んでくる、って、うわ!?

「??‥‥変な奴だな、行くぞ」

「う、うん」

 ギュッと右手を捕まれた、乙女じゃあるまいし‥‥むぅ。


○-絡み合いの夜-の前日の子虎

「街に紛れてるのは確実じゃから、皆で恭に秘密的にささーっと片付けてしまおう、ワシらが動くと恭が目立つから‥えーっと、子虎、お前が護衛に付くように」

「って、自分ッスか!?」

せっかく持って帰った魔女の伝言も”ふーん”で済まされて‥また、厄介ごとッスか!?

「ん、まあ、そこそこの戦闘能力だしな、B級やA級に遅れはとらんだろうし、差異は賛成の方向」

「んじゃ僕もそれでOK、僕の能力で常に恭輔サンは護られてるし、A級ぐらいまでだったら少々遠くても護衛できるでしょ」

 ちゅーちゅーとオレンジジュースとスナック菓子をポリポリと食べながら最年少SSの二人‥‥こっちの意見は最初から無いものッスか?

「つうかあんたは恭輔って人と一緒に寝たんじゃ無いッスか?枕でも何でもしてれば、うぉ!?」

 首元に鋭く尖った”しっぽ”が突きつけられる、あははははははははは、ちょっと刺さって痛いッス‥涙が。

「‥‥うるさいぞ、さて、軽く事前打ち合わせ完了、なるべく殺さぬように、じゃけど仕方なかったら証拠残したらいけん、OK?」

 グビグビとビールを煽りながら子狐、ちょっと首もとの愛らしい凶器をどうにかして欲しいッス、マジで。

「りょうかーい、ふわぁ、じゃあ寝るとしますか‥‥」

「ん、ではな」

 手早くスナック菓子やらコップを持って部屋を出てゆくお二人、そして残されたのは首もとに”しっぽ”を突きつけられた自分だけ。

 何故!?

「うぅ‥‥‥悪夢ッス」

「ふんっ」

 最悪の夜ッスと口元で小さく囁いた、微かな抵抗。



 帰宅途中の人間が決まりごとのように並んで道を歩く、淡い夕焼けの名残が微かに街に残っている‥そんな時間帯。

 一人の青年と、一匹の少女が並んで歩く、片方は普通の顔をした、普通の空気を纏った、普通の青年。

 もう片方の一匹は

「っで、今の状況がこれッスか‥‥‥」

「どーした?‥もしかしてお前もトイレか?」

 皆は薄暗くなった街に曖昧な理由で散り散りになった‥打ち合わせ通りに。

 汪去はD級の最下級人間と二人にされてしまったようで‥‥それで散った連中は鬼島の能力者を昨日の打ち合わせ通りに殴りに行ったのだろう。

 きっとボコボコッスかねぇ?

「違うッスよ!最初に断っておくッス!‥貴方はD級の能力者ッスよ!もっとこう、仮にもつい先日まで鬼島に所属していた汪去に対しての態度を‥」

「?‥‥‥尻尾でてるけど?ほい」

 ギュッ

「ひゃあ!?ふぁああああ!?」

 力が抜ける、無論尻尾をむんぎゅっとそれはもう遠慮なく、思いっきり全開で掴まれました、って、うぁああ!?

「おおーーー、膝ガタガタしてっけど、大丈夫か?」

「て、テメェ‥‥ぶち殺すッス‥う、ぁああああああああああ」

 むぎゅむぎゅむぎゅ、何度も掴んだり掴まれたり、僅かな隙で逃げ出そうとしても、力が出ない。

 周囲の人間はそんなおかしな二人組みの様子には大して興味が無いのか軽く視線を流して去ってゆく。

「つうか、みんな何処に行ったんだろ?‥‥おぉ、つうか意外と掴み心地が良いぞお前の尻尾」

「ふわぁぁぁ、ちょ、た、タンマ、い、いや、本当にタンマッス!!」

「‥‥おお、すまん、つい触り心地が良くてな‥‥‥」

「こ、こここここここここここ、殺すッス」

 醜態を晒したことへの恥ずかしさと、眼の前の飄々とした存在に何処か怒りを覚える。

 理解できないものは野生の勘が怖いと告げるのだ。

「どしたよ?‥あれだぞ、黒狐とかは逆に尻尾触ると喜ぶぞ‥‥お前は嫌なのか?」

「嫌とかそういったレベルのものじゃ無いッスよ!‥‥動物にとっての尻尾と言うのは、そもそもあの子狐なんかと一緒に」

「ほい」

 手に何か渡される、また会話が打ち切られた、完璧なまでに翻弄されている自分が嫌だ。

 何だろう、初めて会ったときからやっぱり何処と無く苦手だった気がしないでもない、苦手と言うより‥この男のこの態度は!

「コロッケ、食え、安いし、うまいぞ、ん?虎って猫舌なのか?‥‥どーなのよ?」

「ね、猫舌じゃないッスけど、そもそも手を繋がないで欲しいッス!」

「だってお前、ガキじゃん、迷子なったら後々面倒だしなぁ」

「んなっ!?」

 そう、この男が自分に対して接する態度は飼い主がペットにするソレだ、そう、そんな感覚で絶対に接してきていやがります。

 ムカつくッス‥‥‥あのSS級たちが愛玩してなかったら即効に殺していますよ自分。

「ん?‥また尻尾が逆立ったぞ、コロッケまずいか?」

 買い物袋をよいしょっと持ち直しながら頭をわしゃわしゃと撫でられる、ああっ、もう、殴りてぇ‥思考する。

「‥‥はぁ、もういいッス、耳を触ろうが頭を撫でようが頬を引っ張ろうが構わないッスけど、尻尾だけはやめて欲しいッス、汪去はそこは弱くって、ひゃあ!?」

「これか?」

「ちょ、人の話を聞けぇええええええええええええええ!?」

「ほい、以後はさわらねぇわ、ほら、コロッケ食え」

「‥‥はぁー」

 力が抜けて地面にヘナヘナト情けなくもへたり込む、もう、何ていうか、本当に醜態晒しまくり‥‥。

 今、強襲されたらどうしようも無いッスね、本当に‥‥眼の前のこの男だけは‥‥自分に対しての恐れやら何やらが不足しまくっている。

「大丈夫か?‥遊びすぎたぞ俺、ほい、荷物で手がいっぱいだからさ‥背中に乗れよ、子供が遠慮すんな」

「‥‥自分でここまで人を弄んでおいて、それッスか‥‥ぬうう、足腰に力が入らないのが本当に、口惜しい‥あんたのせいッスよ!」

「はいはい」

 んっしょと汪去を抱える‥‥抱える?

「抱えんじゃねぇッス!?お、おぉぉ!?せめて背中にしろーーーーーーーーーーー!?」

「いや、動けないみたいだしな、食いかけのコロッケ、ちゃんと落とさないようにしろよー」

 いや、聞けよ、昨日の夜の子狐の気持ちが何となく理解できたり。

 皮肉を通り越して恥ずかしいのは自分の気のせいではないはず、流石にお姫様抱っこには周囲も唖然。

 気まずそうに眼をそらす、外見上、幼い子供を抱っこしている青年‥危ないのか?危なくないのか?

 周囲の判断に任せるしかない世界の理。

 当の本人はそんなことを気にせずに飄々と街中を歩く、まったくもって表情に‥変化は無い‥いや、微かに頬が。

「って自分で恥ずかしいなら最初からするなッス!‥‥頬赤いっすよ‥阿呆」

「‥‥おう、これが本当の自業自得ってか?‥‥だって尻尾が眼の前でゆらゆらと揺れるとだな、無自覚に、こうギュッと」

「‥‥どんな性癖ッスか」

 軽口を叩きあいながら歩く、見ればD級さんは顔が少し赤い程度ではなくて、真っ赤‥やはり常人の思考をしているようで。

 それに呼応するように何故か汪去まで頬が僅かに熱くなる、意味がわからないッス。

 今の状況の意味不明さを何回も心の中で呟く。

「みんな何処に行ったのかなぁ、むーっ、女の買い物は怖い‥”自分自身”だとしても」

「頬の赤さを誤魔化すための話題振りご苦労ッス‥まあ、答えるなら、何処かで戦闘が始まるんじゃないッスか?」

 ピコピコと尻尾を眼の前で動かしてやると眼が左右に移動するD級能力者‥‥‥うわ、丸わかりッス。

 ちょっと楽しい。

 そういえば今の自分の服装は寒空の中にしては、軽装ッスねぇ‥‥任務用の服だから‥機能美であり、造形美は皆無。

 腕に抱かれながら思う、この人間と、このD級能力者と、こんなにも長々と喋ったのは初めてだ、そもそも汪去は父親意外のオスとまともに
会話したことが無い。

 ドクンッ

 意識すると急に心臓が大きく高鳴った、焦るな汪去、いやいや、焦る必要性は何処にもないじゃないッスか!?

 自分を抱え込んでいる主は別に行きたい場所があるわけではないらしく、真っ直ぐに人々を掻き分けてゆったりと歩く。

「言ってる意味が良くわからんが、差異たちは何でも上手に行えるって思うしな、俺が意識して感化する必要は、わからねぇか?」

「あっ、うん、いや、えーっと、ッス」

「‥‥結局、ッスしか言ってねぇーじゃん」

 空に微かに星が散りばめられている、夕焼けと夜の間の僅かな空間、誰もそんなことを意識せずに道を歩く。

「しかし、軽いな、そんなんで肉食獣やってられるのか?‥あぁ、肉食獣って逆に身軽なのか」

「女に問いかける言葉じゃないッスよ、えーっと、D級‥ってそれもいい加減やめるッスかねぇ‥きょーすけ?」

「呼び捨てかよ、いいよいいよ、居候相手に気使われるの嫌だし」

 んっしょと、崩れ落ちそうになった汪去の体を再度持ち上げてバランスをはかる、暖かい。

 今の状況はほんっとーーーーに、何なのかわけがわからない‥そういえば先ほど高鳴った心臓はいつ気まぐれで死を発動されるかわからないものだ。

 それが多分、今の状況を形作った最初の事情なんだろうか。

「な、なぁなぁ、そういや、お前って何で鬼島に入ってたんだ?遠離近人が鬼島にいるなんてあまり聞いたことねぇし」

「今、横を通りかかった男性に”こいつロリコンで、コスプレを強要した幼女をさらに誘拐してんじゃね?”見たいな視線で見られて誤魔化すように話題を急に出した見たいッスね、おもしろい程にわかりやすい人ッスねぇ、きょーすけは人に騙されるタイプッスね、うん」

「くっ、そんなことはない!って、もう力が入るだろう?おりろ」

「いや、それがまったくもって、だから尻尾を安易に掴むなと言ったじゃないッスか‥‥」

 体に力を入れたら、まあ、動けるとわかるけど、楽だしこのままで良いかなーと思う、最近自分は体を酷使しすぎている。

 しかも、その間のストレスが多いこと多いこと、虎の自慢の黄金色の毛並みに何か異常があったらショックでかい。

 ストレスは今日ぐらい解消したいし、思えば先ほどまでは戦闘に巻き込まれたいとか、そんな事を考えていた。

 そしたら思いっきり暴れてストレスを解消できるし、A級やらB級ならこの前のように返り討ちにあう心配もないし。

 しかし、今はこれはこれで何だか落ち着くッスね、他者の体はこんなにも温いっていうか熱いッスね、初体験。

「何だか、お前って虎って言うよりは猫みたい、少しして馴れたらじゃれるし」

「じゃれて無いッス、今だけ構ってやってるッス、あんまり調子にのらないよーに」

「のってねぇ、急に喋るようになったし、持ち上げても怒んないじゃんか、じゃれてるよソレ」

「があーーー、じゃれてねぇーーッス!」

 ジタバタジタバタジタバタ。

「おぉぉぉっ!?暴れんな、お前の本気のパンチが当たったら死にますよ俺!?」

「だいじょうぶ、手は抜いてやってるッスよ!」

「ほら、だからそれはじゃれてるんじゃねぇの?」

 意地の悪い笑みで覗き込まれる、尻尾ぴーーーーーん!

「調子のんなーーーーーー!」

 同じようなやりとりをしながら歩くのも、そこそこの心地よさ、いつの間にか頬の紅潮も‥‥さらに酷くなってない?

 じたばた。



「きょーすけ?」

 暫く同じやりとりをして歩いていたら、途端にきょーすけが喋らなくなった。

 抱え込まれているので、表情が掴めない‥それでも何処か安心して胸元でうとうとしている。

 タンタンっとトントンッと道を歩くテンポで体が揺られる、時折、段差をあがるときの大きなゆれが心地よい。

 会話は無くても何処か安心している自分、えーーっと、おかしいッスね。

 眼をゆっくりと開けると先ほどの大きな商店街とは違う、何処か陰気な空気を有した路地裏みたいな場所。

 首を傾げる、きょーすけは何でこんな所に来たんだろう?大きな疑問、口にして再度”きょーすけ?”

 動かないきょーすけ、歩を進めることもやめて虚空を睨み付けているようだ、違う、路地の奥に何かが立っている。

 ”そいつ”は不思議そうに汪去を、いや、恭輔を見つめていた、フーーーッ、先ほどの冗談とは違い本気で尻尾が逆立つ。

 タンッ、きょーすけの体を押しやって前方に立つ、表情は見えないが今はそんな事に構っている暇もなさそうだ。

「‥‥‥何の因果かわかんないッスけど、どうやら、落ちついてうとうとも出来ねぇーってやつッスか?‥勘弁して欲しいッスよ」

 自分の体が自然ときょーすけと先ほど初めて名を呼んだ人間を庇って立っていることに汪去はまだ気づいていない。

 まだ気づいていない。



 F4と、名づけられたそれは路地裏で何をするわけでもなく震えていた。

 いざ移動しようと思ってみれば周囲に大量の”鬼島”の気配、動いたらすぐに場所がばれてしまう。

 夕焼けに支配された空を、黒が支配する夜の時間帯まで、ただボーっとみあげる、鬼島の連中が去るまでの暇つぶし。

 どうせ虱潰し的に自分を探しているのだろう、すぐにここにまで来ないのが証拠、検索系の能力者はいないらしい。

 早く去れ、去れ、去れ、それだけを念じながらただジッとする、一日前に吐き出した血は黒を通り越して染みに‥独特の色で地面に。

 そういえば、ここに既に一日半もいるのに誰も来ないな、よっぽど普通の人間からしたら陰湿な場所なのだろうか?

 自分は結構落ち着いて腰を据えているのを考えると、肌に合うらしいのだけれど。

 ザワッ。

 髪の毛が一瞬、何かに反応するように震えた、”えっ?”口から恐らく初めてであろう疑問の言葉がもれていた。

 顔をあげる、そう、あげないと。

 ”そこに、もう、わけがわからぬもの、がいた”

 今まで、実験と‥その名の下に数々の異端と戦闘を行ってきたが、目の前の存在はその中のどれとも違う。

「‥‥‥何の因果かわかんないッスけど、どうやら、落ちついてうとうとも出来ねぇーってやつッスか?‥勘弁して欲しいッスよ」

 その”わけがわからぬもの”の体から少女の姿をした存在が地面に降り立つのが見える、わかる、あれは遠離近人だ。

 確か王虎族、対峙するだけでその強さがわかる‥‥本当に強い、流石は最強種の一つ、だがそれよりも。

「‥‥‥ダレ?」

 初めての自分が口にした疑問に、”わけがわからぬもの”の口が大きく吊りあがるのが見えた。

 恭輔と名を持つ異端と、恋世界から生み出された異端の少女。

 虎を挟み対峙。



[1513] Re[20]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/15 13:58
 虎として強くあれと父は言った、メスとして弱くありなさいと母は言った。

 ”いみがわかんねぇーッス、むじゅんッスよ”

 幼心に成熟した部分を持っていた自分は両親を責めるように問いかけた。

 まだ、何も知らないのに、自分は虎だと、そんなプライドで凝り固められた子供だったのだ。

 そんな自分の問いに、二人‥‥二匹は困ったように月を見上げた、蒼い月の夜だったのを忘れてはいない。

 燃えるような赤い月、それと同じように、完全にまでに空を支配する淡く蒼い光を放つ月、赤とは違い穏やかだが絶対的な圧倒さがそこにある。

『‥‥お前には、我らが誇りの名を与えた‥‥汪去』

『そうです、それは何のために?‥わかりますか?‥‥雄大なるこの大地の中で、悠久に血を重ねてゆくため』

 見渡す、小高い丘から見渡すと多くの遠離近人が群れごとに幾つかのグループで存在しており、頭を一斉に下げるのがわかる。

 そして淡い月の下に大量の影が地面に伸び、恥ずかしながらも少し怖くて父親の後ろに隠れてしまう、まだ口だけが達者な子供なのだ。

『ふははははっ、照れるな、恥じるな、誰もお前を繋ぎとめてはおけんよ、汪去ッ!後ろに下がらずに、前に立て』

 厚い胸板をフンッと鼻を鳴らし誇示するように立つ父、母親がその横でやれやれとため息を吐くのがわかる。

 子供心に対照的な夫婦だなと感心していたり。

『父上の言う事など信じてはなりませんよ汪去、女性は逆に繋ぎとめられることが幸せなこともあるのですよ‥‥ええ』

 頭を撫でられる、父親の手はゴツゴツして毛並みをグチャグチャにするので嫌いだったが、母親の白く細い手は優しく毛を正してくれるので好きだった。

『それは虎としてもですよ、汪去、それを選ぶのは貴方ですよ‥父でも母でも無く、貴方が選びなさい、その結果どうなろうとも、自分に嘯かない生き方は虎としての誇りを失わせないはずです』

 母は笑い、今度は父親がやれやれとため息を吐く。

 ”そんなむずかしいことをいわれてもがきのおうこにはわかんないっす”

 汪去の言葉に今度は父も母も二人とも苦笑した。

 幸せな時間だったのだと改めて自覚する、そんな時間だった。



「‥‥‥‥‥能力者‥‥にしては匂いが”あやふや”ッスね‥‥‥鬼島の匂いがするのは、所属は何処ッスか?」

 構えを解かずに突然の対峙者に問いかける、ゆらりと右によろめいただけで返事は無く、少し苛立つ。

 カランッ、空き缶が風に吹かれコロコロと転がる、コロコロと大通りの、明るい商店街へ、急くように転げて逃げる。

 コロコロ、カンッ、しかし、同じように地面に停滞していた同属の空き缶にぶつかり、動きを止めてしまう。

「‥‥ダレ?」

 そんな一連の下らない出来事を黙って見つめていたそいつは、不思議そうに、問いかけを発する。

 ”ダレ?”

 それは誰に対しての問いかけなんだろうと、ちゃんと聞くべきか疑問に思いながら眼の前の対峙者を改めて睨み付ける。

 真っ白な服、服というよりは大きな布を体に巻きつけた簡易なもの、所々の洒落た刺繍は間違い無しに人間の血液。

 また血臭に混じって何処か消毒液のような、薬品の匂いがする、鼻の奥のほうがツーンと震えるような独特の匂い。

 その布の中から覗くのは金色の光を鮮やかに放つ二つの瞳、実に鮮やか、しかしまったくもって不可解な疑問を持っているような。

 肌はその身を包む白い布と変わらずに異常なまでに白い、否、不健康な青白さを持っている‥薄く血管が透けてみえ、まったく戦闘には向いていない印象を与えてくる。

 地面を引きずるまでに伸びた錆びれたような髪は様々な色合いを濁したような、そんな独特な”濃さ”を持っている、綺麗とは言えない色。

 幼いながらも顔立ちは美麗と他者に感じさせるには十分な造形をしている、ただし、そこにそれを壊す要らぬものが付いていなければだが。

 白い額に何かの咎人のように、罪人のように、何か我が身の美しさを邪魔することで誰かに媚びるように‥‥『F4』と赤い文字が刻まれ。

 商品に対するそれのように”記入”されている。

 しかしまあ、見かけだけで言えばあの自分を負かしたSS級の儚さや可憐さも同質と言えば同質であるし、自分自身も傍目から見れば幼子に
しか見えないだろうし。

 でも今回の相手は、わけがわかんないッスね‥きょーすけを背負って逃げる?‥‥でも、相手は完全に何かしらこっちに固執してるようッスし‥逃げられないッスかねぇ。

「ダレ?」

「さあ?‥‥お前は、大体、なんとなくわかる、知った空気を感じるけど‥‥誰だったかな?‥凄く愛してたと思うけど」

 そんな自分の横で色を持たない瞳でパクパクッとコロッケを食しながらきょーすけが不可解な、恋愛ドラマのような台詞を呟く。

 あのSS級を突然呼び出したときと同じ、何かそこに存在しないような独特の空気を纏っている。

 自分の理解できる範疇に無い、時間をきょーすけが稼いでくれるならば、自分はここから逃げ出すための‥もしくは戦うための策を模索するのみ。

 相手があまりにもどのような存在がわからないのが、今の自信の無さを提示している。

「??‥‥‥コイセカイ?‥‥‥‥シッテイル?‥‥アレヲアイシテルト‥あ、アナタは言いますカッ?」

 言葉が僅かながら明確になる、それは規格の外なるものを見るような訝しげな視線をして唖然としているようだ。

「コイセカイ?‥こい、恋、恋世界?‥‥、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界?‥知ってるけど知らない、覚えてるけど思い出さない、感じてるけど感じていないと思っている、ごめんな恋世界‥‥」

「‥あ、アレは悪魔ですヨッ?‥ソレを、アナタはアイシテいるとッ?ココロがオカシイ?」

 バサッ。



 バサッと頭に被せていた白い布が地面に落ちる、その誰もが一瞬、美しさに眼を奪われるであろう少女の姿も。

 少年には過去に何度も身を抱き、見知った姿であるからして、己の従属部分であった存在と同じ容姿であるために、何も感慨は無い。

 記憶無くしても、思うは、低俗な模造品‥‥我が恋世界は至上にして最高の存在だったはず。

 違う、違う、違う‥眼の前の存在は違う‥そんなことを感じては駄目だ、恋世界?‥誰だよ、何で俺が他者を軽蔑することが可能なんだよ。

 美しいじゃないか‥‥額に書かれる記号の羅列が唯一の邪魔と言えば邪魔だが‥眼の前の存在は十分に美しいと思えるではないか。

 それを今、自分は何と比較して馬鹿にした?恋世界?‥しらねぇよ、聞いた事が無い‥自分は‥何を口にしていた?

”さあ?‥‥お前は、大体、なんとなくわかる、知った空気を感じるけど‥‥誰だったかな?‥凄く愛してたと思うけど”

”コイセカイ?‥こい、恋、恋世界?‥‥、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界、恋世界?‥知ってるけど知らない、覚えてるけど思い出さない、感じてるけど感じていないと思っている、ごめんな恋世界‥‥”

 何の事だ、自分で自分が理解できない。

「きょーすけ?‥どうしたッスか?‥いや、様子はおかしかったッスけど、顔が‥青いッスよ、きょーすけ?」

 自分の前に立つ少女が心配そうに言葉を発する、汗がダラダラと、背中に広がり、陰湿なこの場の空気と合わさって何処か痒いような感覚を覚えさせる。

「大丈夫、大丈夫だ、えっと、眼の前のあの子は誰だ?‥つうかここは何処?」

「‥‥はぁ、わかんないッスよ、とりあえずきょーすけの言葉に激しく敵意を出しているようッスけど?」

 言われてみれば、目の前の謎の少女は、激しい敵意の情を込めながら自分を睨み付けている、怖いというよりは冷たいものを感じさせる。

「‥‥うぉっ!?‥‥何かした俺?‥‥えっ」

 バシッ

 言葉を続けようとして、鈍い破裂音に肩を震わす、何だ?‥‥疑問を感じさせる音と共に自分の首もとに迫った少女の手を。

 虎が何気ないような、そんな顔で止めているのが唯一の理解できること、謎の少女が一足で、一跳でここまで来たことなどは想像出来る範疇。

 どんな跳躍力だよ。

「あー、せめて戦闘始めるなら汪去に断って欲しいんッスけど‥ほい」

 細く、白い右足を宙にプラプラとさせ、何度かそうやって遊んだ後に、鞭のようにしならせて少女の腹に蹴りを、それは吸い込まれるように命中する。

 カランっと、先ほどまで動きを止めていた空き缶が空気を震わす衝撃音で一回りする、虎の一撃は少女の唖然とした顔を侮辱するように圧倒的な威力を誇り吹き飛ばす。

 10歩ほど先に吹き飛ぶ少女を追及することなく尻尾を揺らす汪去、眼は細められ、相手を宙に舞わせた右足は変わらずにプラプラと。

 軸となった左足は地面を抉るように沈んでいる。

「護衛役を無視するのは‥‥どうッスかね?‥‥能力使うならさっさと行使するッス、肉弾戦で王虎族に勝つのは‥難しいッスよ」

「‥イタイ‥‥イタイ‥イタイ?‥‥アナタは、とてもツヨイネ‥‥‥関心ッ‥あふ」

 ケホッ、口から血を吐き出しながら少女は、本当に無邪気に感心している、暫し自分の存在は忘れてくれるようだ。

「つうか、お前のキックの威力ありえなくないか?‥‥‥‥」

「このしなやかな足が、素敵で無敵な威力をッスね‥‥って今は戦闘中ッス、非戦闘員は隠れておくよーに」

「‥‥‥男して情けないけど、戦闘の邪魔は駄目だし、了解だな」

 今の状況からして急いで隠れても、何処かに隠れても状況の変化も望めないと考え、少しだけ後ろにさらに下がる。

 虎を信じる。

「ノウリョク‥‥使うヨッ?‥‥ははっ、」

 ガクンッと前のめりに倒れそうになる少女、意識的にそれを行った少女の唇は微かに吊りあげられ三日月に。

 右手を何かを招くようにめきめきと数度蠢かすと、ミィミィと蝉のような何とも言えない音を発しながら何かの字が浮かび上がる。

『水による安楽なる死』‥その文字が浮かび上がると同時にズンッと、右手に気味が悪いほどに突然に水が収束される、鋭利とは違い非科学的な突然の水の出現。

 さらに同じように左手を数度蠢かす『炎による苦しみの中の死』、想像なんてしたくないのに‥‥何かしらの法則に従った人口炎が吹き上がる、無論少女の体に火傷など負わせるはずが無い。

 さらに右足に『刃による刹那なる死』左足に『毒による不明の死』その言葉通りに右足の膝からメキュメキュと肉を裂き、血を噴出させながら淡い紫色の不気味な刀身を出現させ。

 左足は急に色が、透けるように白かった足は、濃い緑色の不気味たる毒を有するに相応しい色に変化する。

「んッ‥‥ッァ‥‥‥あは、あはははははははははははは」

 両の肩には『気紛れたる翼に落とされたる死』‥‥‥体を震わせながら、刀身のときとは違い体に比例していない質量の、翼が現れる。

 ベキッと、翼の横に気紛れなペースで鋭く尖ったナイフが幾重にも重ねて出現『刺死』とブゥンと鈍い音を放つながら己の意味を字に込める。

 ゴキュッ、可愛らしく、愛らしいと感じさせるまだ”凹凸”をまったく感じさせない小ぶりなお尻、それとの腰の中間地点から。

 『化け物による鋭き牙に噛みつかれたる死』背中にかけての大量の文字、それが白い肌に浮かび上がると同時に。

 いや、そこまでの現象などどうでもよく、結果による巨大な牙と口を持った何とも言えない黒き怪物、少女の小柄な体の倍ほどあるそれはどちらが本体かわからなく、迷わせる巨大な化け物。

 元の色がわからぬほどに、錆びれあげた髪には『細き硬き鉄の如き糸による死』壁際までザザーッと広がり、辺りの雑草を切り裂きながら広がる。

 隠れていたであろう子猫の上半身がポロッと、玩具からネジが外れるような簡易さで、笑えるような事実を持って転げ落ちる。

 異常の変化は以上での終わりを向かえ、それはあまりにも、想像とは違う形。

「ほーーっ、こいつはまた、何というか、破天荒な能力があったものッスね」

 まるで白紙に描かれた”適当に、無邪気に書かれた死の可能性”‥‥俺の所まで髪来なくて良かったと‥。

「‥‥‥‥コイセカイのカンイノウリョク‥‥ですっ‥‥無限白死(むげんはくし)」

 少女の白き、白紙の如き肌であるノートに書かれた様々な可能性の死の出現、なるほど‥‥‥‥しかしこれでは4種類に大別される能力を全て備えている。

 中間の能力ではなくて、全ての能力を網羅してのあの姿、それだけで少女の不気味な姿が微かに美しきものに感じさせる。

 しかし、汪去は、差異を眼にしたときのように焦ることなく、ただ尻尾を揺らすのみ‥‥か、勝てるのか?

 そもそも戦う理由が不可解で、意味不明なのが疑問だけれど、眼の前の化け物少女は俺を敵視していて、汪去は俺を護ってくれるらしい。

 変な、危ない状況なのに少しにやけてしまう‥‥最低な俺を発見。

「さっさと来いッス‥‥圧倒的な能力らしいッスけど、何故かそこまであなたに危機感を感じないのが不思議ッスねぇ」

 空気を切り裂く、鋭利たる髪の毛をかわしながら汪去は壁をタンッと蹴上げて宙をクルクルと回転する、髪は全てその一瞬で爪に切り落とされ地に伏せる。

 落ちた糸が地面に転がる石をパカッと二つに割るのがかなり怖い。

 消える、一つ目の死の『細き鉄の如き糸による死』、それから再生もせず、そのままで‥‥まずは一つ目。

「ほいほいっと、強いッスけど‥‥‥まあ、選択結果ほどの純然たる脅威は無いッスね」

 爪から淡く光る‥‥‥虎の爪の沿線上に伸びきった青白き怏々たる気を放つ光の爪。

 迫りくる、少女の尾のように伸びきった黒き化け物が路地裏の空間で狭苦しそうに身を震わせながら汪去に肉薄する。

 化け物の牙を己が身を限界まで地に伏せて交わしながら右方向に一回転して冷静に次の動きを観察する、獲物を狙う虎の動き。

「曖昧な、その場での死を己の身に刻むならもっと物事を知るべきッスよ‥‥虎相手に肉食獣っぽいの呼び出して爪や牙で勝負ってのは‥‥笑えるほどに無知ッス」

 バゴッ!!立ち上がると同時に化け物の顎を蹴り上げながら後ろに半歩後退、さらにそこから猫の如き俊足さで敵の喉元に迫り。

 右手を一閃。

”ぐぎゃあぁあああああああああああああああああああああああああああああ!?”

 怪しい色彩の血を放ちながらのた打ち回る化け物、衝撃は少女には伝わらないらしくその場に微動だにせず立つのみ。

 やがて消え去る化け物、左右の壁の深く削れた部分と、地に残る微かな残骸がつい先ほどまで存在していた証明。

「‥‥‥す‥‥ごい‥‥シッポの‥バケモノ、キえャッタ‥‥」

 今だに、曖昧な言葉しか持てない少女は呆然と呟く、俺も少しながら‥かなり呆然としている‥ここまで強さを持った人型たちは。

 やっぱり綺麗だから。

「その炎でも、極限に圧縮された水でも‥近距離と同時に後方で使えばよいのに‥思考が子供ッスか?‥‥」

「‥‥‥アアッ、習ったヨッ、このトキの、対処のシカタ‥‥そうデスね、ヨワイホウをッ」

 そう聞こえたと同時に『気紛れたる翼に落とされたる死』‥‥翼としてあり得ないほどに重量のある何百キロもする圧倒的な死が。

 俺の上に、すぐそばに迫っていた‥ああっ、あの巨大さなら振り落としただけでここまで届くんだ、停滞した空気の中で思う、

 その停滞した空気すら切り裂き迫る轟翼。

「きょーすけ!?」

 駆けつけようとする汪去の姿が、物凄く印象的なんだなと、少し涙目で。

 そんな顔されるってことは俺死ぬんじゃないか?

 そんな暢気な事を”一瞬”考えた。



[1513] Re[21]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/15 19:30
 純白たる死とは、意識が真っ白に染まった瞬間に殺されることを言うのだろうか?

 よろめく様に刹那に後退していた足が、死と生を区別した。

 ズシャァアアアアアアアアアアアア、鋭利な刃物が身を切り裂く、翼の僅か先の、もっとも鋭き部分が身を裂いた。

 真っ赤に染まる視界、真っ白で何も考えられない思考‥‥えっと小さく呟いてから、膝を折る。

 地面に倒れこむ。

「きょーすけ!?」

 駆けつける少女に、苦笑しようとしてうまく出来ずに、息を荒く吸い込む。

 すり汚れた地面は誰のものと知れないゴミや、長い年月により僅かながら亀裂が入っており、酷い臭いがする。

 そんなものが原因ではなく、自分の暖かい血液が汚らわしい地面に沈んで、臭いを放っているのが原因だと気づくには僅かながら時間が必要だった。

「きょーすけ?きょーすけ、ちょ、だ、大丈夫ッスか!?」

 上半身を持ち上げられ、見つめられ、微かに頷いてやる、大丈夫、死んじゃいない。

「っ‥、痛ッ?‥‥大丈夫じゃないけど‥‥病院行った方がよくね?」

 右肩の傷口を手で強く握り締めながら今度は上手に苦笑、おーおー、泣いてやがんの。

 ポロポロと涙を流されても対処の仕方がわからずに、あたふたする‥血も流れるし。

「スキだらけですヨッ?」

 あははははははっと、我が身を抱きしめながら哄笑する化け物少女、めきょと青白い頬が肥大化する。

 『火薬にやる被弾を、これこそ科学なる死』蝉の鳴き声と同じような物音を発しながらベキョっと頬から銃身が出現する。

 それに伴うように辺りの血管がドクドクと激しく脈動して、少女の恐ろしいまでに整った容姿と合わさって、生理的嫌悪感を抱かせる。

 そこから飛び出る、銀色の光を放つ人殺し特化兵器、虎も射止めるために使うべく銃に込められし銀の弾。

 同時に手から泉のように溢れ出ていた炎も投げる、空気が燃え、銀の線に続くような形で‥‥面積的に広範囲、逃げ場なし。

 迫る銀弾と炎。



「ッ!?ちょっと我慢するッス」

 きょーすけを肩に担いで飛ぶ、全力でのそれは、力を込める前座的行動の時点で地面を深く抉る。

 決められし認識など無しに、ただ高く飛ぶ。

 チンッと、飛ぶのが、やはり間に合わず‥に左手を銀の弾が一瞬過ぎる、鋭い痛み。

「ッぁ」

 僅かながらに顔を顰めて構わずに、炎を避ける、ザーーーーッと空気と地を焦がしながら炎が先ほどまで自分がいた場所を侵食する。

 炎、それに特化した能力者よりも下手をすれば強力かもしれない青白い炎。

「アタッタ?‥‥当たっタッ‥‥‥ヤッパリですッ、ヨワイ方をネラエバあたりますかっ?」

 銃を己の頬に埋没させながら微笑みかけてくる敵、痛みを我慢して地面に着地して睨み付ける。

 貫通している‥‥もしくは貫通した弾はいまだにギュルギュルと回転しながら壁にのめり込んでいる、まだ止まらない。

「きょーすけ?‥‥まだ意識はあるッスか?」

「うーし、かなりヤバイかもなぁ‥‥今飛んだの結構辛かったし、お前こそ、大丈夫か?‥‥っは」

 左手を持たれて、微かにドキッとして引こうとする、そんな事態では今は無い、しかも敵の少女も不思議そうにきょーすけのその行動を見つめている、攻撃はしない。

「大丈夫ッスよ、回復に関してもそんじょそこらの遠離近人に遅れはとらないッスからねぇ‥しかし、重荷がいる戦闘がこんなにも辛いとは‥護る戦いは初めてなのが仇となったッスね」

「っ‥あ‥‥傷も痛いけど、言葉も痛いな‥‥差異も‥沙希も‥‥鋭利も‥今から駆けつけるには、遠いし、何かしてるな」

 何処か楽観した様に状況をのべるきょーすけ、そもそも何故に皆の位置がわかるのかは問いかけない。

 しかし、その言葉は恐らく事実なのだろうと、認めても状況は変わらない。

 顔が青白いきょーすけ、己の傷跡から吹き出る血に恐怖を感じているのかガタガタと小刻みに震えている‥口は強気だが、やはり弱さが目立つ。

 どうする?

「そのヒト、キケンですヨッ?‥かばッても、アナタには、やくさい、のみが来ますヨッ?」

「テメェのほうが災いだと汪去は思うのですが?‥‥そもそも、何で、きょーすけに攻撃をするんッスか?」

 ずっと思っていた疑問を吐きながらも時間を、今は‥今の状況じゃ勝つことは出来てもきょーすけが死ぬ。

 それは駄目だ。

「そのヒトは、ヒトはデスネッ‥‥危険ですヨッ?‥つくられた、この身ノやくさいとは違うデスヨッ、天然の、サイヤク‥災厄、コイセカイヲモ‥オソレテイナイノガしょうこっ?」

 『滅びたる触手を地を這い、相手を絞殺による死』髪に浮かび上がる呪い文字、それに伴ってやはり、髪が蚯蚓(みみず)のように図太く肥えてゆく。

 それがヒュンと僅かな空気との摩擦音を発しながら、来る。

「わけがわかんねぇッスよッ!!」

 光の爪を拭うと、緑色の体液を吐き出して蚯蚓はそれでも食いつこうと地を”ビタンッ”と跳ねる、見た目とは違い生命力あふれる仕草。

「危険、危険、危険、って誰が勝手に決めてるんッスか!そっちの都合でこっちの日常食いつぶされたらたまらないんッスよ!」

 ”『虎は危険だから』”

 一瞬だけ過ぎる言葉を食いちぎり、きょーすけを置いて一気に勝負を決めるために走る、少女の不思議そうに覗き込む、こちらの都合を顧みない顔を殴るため。

 ”D級で、それだけの理由で殺そうとした自分は、何ッスか?”

「っ!?」

 そんな事考えなければいいのに、それを思考してしまった自分が憎らしい‥‥きっと自分は後にそう思うだろう。

 ”左目からの隙を刺すべく圧倒な、剣を持っての惨殺死”

 ズうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう、ギシャァアアアアアアアアアアアアアア、粘液を放ちながら左目からの雄雄しい刀身が。

 肉薄する自分の左わき腹を、抉る、ただ抉るのみ、それは血を空にばら撒きながら回転して地面に突き刺さる。

 人の形状などまったく無視した、攻撃とも言えない、ただの射的、剣を粘液を撒き散らしながら左目から飛ばすだけで。

 ドリルのようにソレを飛ばすだけで、自分は先ほどまでの肉薄した速さと同じかそれ以上を持って後方に吹っ飛ぶ。

「?‥‥不可解に、ウゴキヲ止めましたネッ?‥‥わからないけど、隙ですカッ?そうですよッねッ、ネッ‥あはっ♪」

 ”右目からの後退するソレを射抜くべく、重き斧よ横回転しながら身を‥死”

 ブニブニブニュ、右目に長き言葉、やはり、同じくして斧が肉を引き裂きながらの出現、糸のような粘液が絡みつく。

 それを首を軽く動かして飛ばす‥‥意識が薄くなりながらも、それが己の腹にのめり込むのが感じられた。

 ちくしょう。



「‥‥‥汪去?」

 眼の前に吹き飛んできた少女‥動かない、地面で自分の血と、少女の血が混ざる。

「お、おいっ、汪去!‥‥ッ、お、おい」

 身を引きずりながら、少女に近寄る、白く猫のように機能美に満ちた引き締まった腹にさらにのめり込もうとする斧が。

 それが眼に入ったと同時に、自分の傷も忘れて駆け寄る、抜けろ、抜けろ、抜けろ‥くそっ、血が抜けたせいで力が入らない。

「あははははははっははっ、ドコかにヨワサ、‥‥弱さがありましたヨッ?‥ふう、ソレジャア、勝てませンヨッ?」

 錆付きの髪をかきあげながら笑う少女に、身を震えると同時に、それよりも。

「お、俺を殺したいのなら、殺せばいいっ、この斧だから外せッ!外せよ!‥くそっ、滑る、血、‥聞いてるのかオイッ!」

 ”コロサナイ、だけど射抜け矢、それによる死は回避”

「がっ!?」

 ゴッ、髪の毛にまき付けながらも矢が、黒々とした矢が己の両足を突きつけて、張った糸により身を封じられる。

 そんなことよりも斧をどうにかしないと、死ぬ、本当に先ほどまで一緒にいた存在が死ぬ。

「コロシマセンヨッ、貴方の頭を覗き込むですネッ、きっと、あのコイ世界のじゃくてんもわかりますヨネッ?」

 ズズッとさらに髪による糸を張りながらペタペタ素足で歩きながら近づいてくる、毒を有した足により地面が悲鳴をあげる。

「なに意味わかんねぇ事言ってんだよ!ちょ、マジでこれをどうにかしろ!‥痛っ‥痛い‥‥痛い、早く汪去からその馬鹿でけぇ斧を消せ!」

「‥‥ドウセしにますよッ?‥‥シカタ無いですよッ、それならば、あははは、イイデスヨッ」

 空気に溶けるように斧が消える、それが、逆に残酷な傷口をマジマジと見せられる形になって‥さらに吐き気がする。

 そうやって思う、自分の弱さが腹立つ。

「ンッ、ハァ‥‥‥ソレデハ、覗きますヨッ?‥これからの、ジブンノミノ振り方のために‥そうせざる終えないのですかラッ」

 トンッと抱きしめるように腹に乗られる、こちらの瞳を金色の瞳で覗き込まれる。

 十にも満たない少女の体は、普通な暖かさで、それは何のために?‥下らない思考をかき消すように白い手で頭を持たれ。

 ”この記憶による恋世界にジュンスイたる死を”

 ズズッと脳に、脳?‥‥その時点で混乱、焼きつくような痛みに意識が飛びそうになる。

「‥‥アレっ?‥‥‥んっ、はぁ‥‥ナニモナイッ?‥‥えっ?」

 混乱した少女の声が耳を打つ、それで”俺”の意識は軽々と地平の彼方まで飛んだ。



「‥‥‥‥‥」

 子供のか細い、不安を感じさせる声がした‥‥眼を覚ます。

 えーっと、かなり色々痛い目にあった気がするような‥‥ここは何処ッスか?

 声のする、そちらに掻き分けるように進む、闇は恐れを抱くようにすぐに道を示してくれて。

 テクテクと足を進め、尻尾を揺らす。

 どんどんと胸がざわめくのを抑え切れない、知らずと走っていた、歩いていたら間に合わないのでは?

 わけのわからぬ不安、泣き声だと気づいたその瞬間にさらに不安は大きくなる。

 ザァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。

 景色が変わる、色を持つ、ただ黒に支配された空間に色が広がる、広大な大地が眼の前に。

『‥‥っ‥‥ぁ‥‥‥‥』

 泣いてる、声を押し殺しながらも自分にはわかる、泣いている‥知っている。

 もうこんな世界は見たくないと、”独り”になった時の夢‥‥全てを壊されて、独りになった、子虎。

 夕焼け色が血に染み渡った地すらも橙に染める、そんな中で、今よりもっともっと、肉体的にも精神的にも幼い自分。

 ”鬼島に入る前の自分”

『‥‥ちち‥‥うえ‥‥ははうえぇ‥ッあぁあああぁぁぁぁぁぁぁあぁあ』

 地面に頭を擦り付ける、何て見っとも無き姿、虎の持つ威厳もなにもない、感情に支配された泣き顔。

 こんな自分もう二度と見たくないと思った、乱雑に置かれた死体の山に縋るのは。

「‥‥何で、こんなの‥‥‥‥」

 呟く、自分の一番深いところを他者に見られたような、ジクジクと心が痛む。

『うぁ、あぁあっぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ』

 声にかき消される様に景色がまた変わる。



『‥‥‥‥‥‥』

 少年が呆然と立ち尽くしている、プラーッと天井から吊るされた縄に、テルテル坊主のようにぶらさがる人間が、二人。

『っえ?‥‥‥‥‥』

 己の両目から伝う涙を拭いながらも‥少年はべチャと自然に従い汚物を散らした地面を、歩く。

 闇の奥に微笑む人影、片方は冷然と片方は無邪気に笑いかけてくる。

 少年はわけもわからずにキョロキョロと、壊れたように周囲を見渡して、涙をさらに流す。

「これは‥‥汪去の記憶ではないッスね‥‥‥」

 自分の記憶にない光景に、尻尾を微かに威嚇で立たせるが、それよりも何故か眼の前の光景に釘付けになる。

『○○○○○○』

『■■■■■■』

 カクカクと体を抱え震える少年に悠然と近寄る二つの人影、その二人は地に広がる糞尿などものともせず、少年に近寄る。

 ゆっくりとした動作で抱きしめられる少年、それを恐怖するように首を左右に振る。

「‥‥‥‥‥‥‥」

 その光景‥眼を放せずに見つめる、何処かで見た光景だ、死体に縋ろうとする哀れな子供‥ああ、さっきの自分ッスね。

 冷静に納得する自分に微かに驚く‥そして、あぁっと、眼の前の少年が誰だかやっと理解する。

 あぁっ、そうなんだ、だからあそこまで見事にシンクロしたわけだ、自分たちは、そりゃ一時で恋愛感情っぽいのを抱くかもッス。

 同属への同情なんッスねぇ。

『あ、あっ、あっ、ッあぁぁぁぁあああああああああああああああああ』

 二人に抱きしめながら絶叫する少年、いや、きょーすけ、胸のざわめきはその光景が消えてゆこうとも、決して消えない。

 庇護を求める‥その絶叫が‥‥自分を捧げても良いと思わせる‥まともに会話して見て‥まだ一日目ッスよ?

 糞くれぇッスよ、人間の道徳観念。



 横たわる境界線を見つけました‥‥今選べるのは一つのみらしい。

「‥‥‥‥あぁ、そうか、こういう事になるわけか‥‥ははははっ、選ぶのか俺?」

 二つの境界線が見える、闇の中で”今”拭えるのは一つだけらしい。

 馬乗りの恋世界の偽造品と、心で今”繋がった”死にかけの子虎。

 さあ、選べ。

「‥‥‥こいつはまた、ははっははは、簡単じゃんかよ‥‥迷わない、俺のためだけにそこにいてくれるなら、俺の一部として全てを投げ出してくれるなら、本当に、嬉しいよ‥‥今日から、本当に、本当に、よろしくなっ」

 縞々の糸を手に掴む、誇り高き、反する明るき色と暗き色を持つ、その境界線を腕に掴む。

 自分とソレの境界から、様々な感情が、いや、深き愛情が自分へと流れてくる、我が身にするには嬉しき自己愛になるそれだ。

『あぁ、正解を選んだ見たいッスね、きょーすけ‥‥感じれる、あぁ、伝わるッスよ‥‥こんなに気持ち良いのは、初めてッス!ああぁ』

 思考が溶け合い、言葉が流れてくる、もっと、お前をよこせ、身も心も俺と一緒になれ、今の言葉すら”俺の言葉に”

『ふぁぁ、もう、強引ッスよ?‥思えば汪去たちは‥‥いや、もう、あはは、これは嬉しいッスねぇ‥‥きた、きた、きたきたきた、ふにゃぁぁ!?』

 溶け込めと、眼の前に出現した小柄な汪去を抱きしめる、抱きしめて興奮でピーンッと天をさす耳を甘噛みする、このまま噛み切って食らってやろうか?

 己の肉になるそれに性的興奮が微かに駆け巡り、笑う。

「‥汪去、あはははっ、お前の虎としての意固地さも、少女としての危うさも‥身を滅ぼしかねないほどに好きになるぞっ‥もっと、もっと”お前を”くれよ」

 他者であることが許せない、自分の一部にしたいと、強迫観念に近いそれは俺を責め立てながら汪去を我が身へと染めてゆく。

 この愛らしい尻尾を掴んでも、もう何も言わずに、汪去は恍惚そうに喉を鳴らしながら腕の中で怪しく微笑む。

 誰にもその笑みは見せるな、俺の一部として俺だけに。

 独占欲、己の身だから仕方ないではないか、己の心になりつつあるからして仕方ないではないか、小さな誇り高き虎は俺だけのために。

『あっぁぁ‥‥‥汪去は愛玩用としても、機能としても、相性抜群ッスね‥‥‥』

 凶暴な肉食獣は喉を鳴らしながら俺の首元に軽くカプッと甘噛みした‥それが合図のように。

 溶け合った。

『きょーすけぇ』

 ゴロゴロ喉がなる‥‥そして一人と一匹が覚醒する。

 ゴロゴロ。



[1513] Re[22]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/17 15:40
「‥‥‥こいつはまた、ははっははは、簡単じゃんかよ‥‥迷わない、俺のためだけにそこにいてくれるなら、俺の一部として全てを投げ出してくれるなら、本当に、嬉しいよ‥‥今日から、本当に、本当に、よろしくなっ」

 膝を抱えて眠っていると、声が聞こえた、その声の主にゆっくり近づく、もう、既に境界線はそこに浮き出ている。

 そして掴まれて薙ぎ払われる‥‥それは自分が望んだ結果に結びつくのだ。

 歓喜で体がしなる、選ばれた歓喜、その精神に溶け込む‥‥圧倒的な歓喜、彼に同情した瞬間から既に決まっていた結果。

 もしかしたら出会ったあの時から、この結果は決まっていたのかもしれない。

『あぁ、正解を選んだ見たいッスね、きょーすけ‥‥感じれる、あぁ、伝わるッスよ‥‥こんなに気持ち良いのは、初めてッス!ああぁ』

 うっとりとしながら、流れてくる彼の全てを優しく抱擁して、受け入れてやる、圧倒的に流れ込んでくるそれは、精神をその色に、きょーすけの色に染めてゆく。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、心臓が高鳴る、今は意識体だけなのに、確かに感じる血を巡るための鼓動‥‥今、自分は興奮の中にいる。

 自分の精神が物凄いはやさで、吸収されてゆく、一瞬その不躾さにムッとするも、もう仕方ない、愛しい。

『ふぁぁ、もう、強引ッスよ?‥思えば汪去たちは‥‥いや、もう、あはは、これは嬉しいッスねぇ‥‥きた、きた、きたきたきた、ふにゃぁぁ!?』

 続く言葉は”こうなる運命”そんな、柄にもなく乙女な思考、そしてその発言を強制的に終わらせるきょーすけの精神、いや、精神と思わしき”何か”

 貪欲なまでに、それは汪去の全てを求める。

「‥汪去、あはははっ、お前の虎としての意固地さも、少女としての危うさも‥身を滅ぼしかねないほどに好きになるぞっ‥もっと、もっと”お前を”くれよ」

 自分の全てを肯定する愛の囁き、無論、当たり前に自分に与えられる言葉だ、自分自身を賞賛し、愛しいと感じてくれる言葉。

 このような幸せは何処にも無く、故に自分は完全に彼を肯定し、その一部になることを盲信なまでに望むのだ。

 自分の人生で最高まで達した、限界まで張った尻尾を乱暴に、ギュッと掴まれる、背筋を電気のように、ビビッと快感が駆け巡り。

 情けなく”ふにゃ”と胸元に甘えてしまう、カタカタッと震える体を抱きしめられて、安心の中でビクビクッと阿呆のように、それだけを繰り返す。

 そして髪の毛をツーと舌で舐めたあとに、きょーすけの視線が自分の耳でとまるのがわかる、尻尾と同じく限界まで天を目指すように張っている。

 ドキドキと高鳴る、やはり”流れてくる”感情にきょーすけの次の行動を理解して、微笑んでやる‥‥するとハムッと甘えるように耳を噛まれる。

 かみかみと何度も優しく噛まれて、その中に突然不安を感じさせるような、噛み千切るような強くされる時が‥ふぁ。

『あっぁぁ‥‥‥汪去は愛玩用としても、機能としても、相性抜群ッスね‥‥‥』

 流れてくる全てに身を震わせながらも背伸びするようにして、きょーすけの首元に噛み付く。

 肉食獣の自分のその行動に安堵したようにきょーすけは微笑む、お互いの心と体が大きくドクンッと震える。

 全てがきょーすけに染まる、過去のことも今のことも未来のことも、何もかもがきょーすけのための思考に切り替わる。

 あの夕焼けに染められた悲しみの世界すら、彼の‥”己”のためなら乗り越える、それはもう、嘆かないために、自分が彼を護る部分に。

 護る、心も、体も、全てを護ってやるのだと、虎の全てを捧げつくして、この牙も爪も、きょーすけの敵を倒すために。

 我が身が虎として生まれたのはきょーすけのため、そう、そうなのだと、牙が僅かに首に、体が大きく震えると同時に入り込む。

 きょーすけの血をぺチャと極上のミルクのように、意識が。

『きょーすけぇ』

 ゆっくりと目覚め行く現実世界を意識しながら‥ゴロゴロと鳴く。

 尻尾が嘘みたいに左右に揺れながら、もう負けることは無いと自覚した。




「ッ、なっ、いきているのですカッ!?うわァ!?」

 馬乗りするように、動きを封じていた青年が突然に眼を開けたと同時に、彼の頭にのめり込んでいた両手が横にクルクルと回転しながら飛んでゆくのがわかる‥‥青年を封じていた髪もパラパラと、散る。

 青い光が閃光のように、それこそこちらが意識出来ないほどの速さで空気を裂いたのだ、驚きよりも後退による状況判断。

 ”刹那による、後退、奴に与える死は今は果たせず”

 胸に浮き出た文字が輝くと同時に体が消える、いや、その空間をシュンッと青い閃光が僅かながらに遅れて来なければ何も問題が無かったはず。

 ザザザザっ、先ほどの場所が遠目に見えるぐらいの距離に、体がノイズのような音と点滅を繰り返しながら世界に出現する。

 そして先に見えるのは、予測どおりの殺したはずの子虎、ニッコリと何とも言えない顔をしながら災厄の青年に飛びついている。

 自分を凪いだ青い閃光、青く蒼い、濃い色を放ちながらその爪はジジッと空気を裂きながらさらに増大している。

「きょーすけ、傷口大丈夫ッスか?‥‥おおっ、結構治ってるッスね」

「まあな、おいおい、あの化け物ッ娘かなーり、驚いてるぜ?‥いや、多分俺のほうが驚きだけどな」

 驚く、彼らがあのように傷を癒して迎撃してくることにも驚いたが、それよりも彼の心を覗いたときのありえない空虚さ。

 質量を持った”無さ”、ただの空虚は空っぽだけれど、彼の空虚にはちゃんと”記憶”が息づいていて、ありえない不気味。

 恋世界の単語で、頭の中を駆け巡り、幾つか事柄を見つけたが最近の情報しかなくて、どういうことだ?

 わからない。

「あ、ナニガ怒ったデスかッ?アリエナイデスヨッ?‥‥‥うえ、こ、コワイ、怖い、恐い、こわぃ‥‥貴方はナンデスカッ?」

「俺か?‥‥汪去か?‥あぁ、質問の意味わかんねぇけど‥汪去は”俺”じゃん‥‥おかしいよ、お前の質問」

「んー、どうしたッスか?」

 小虎を抱き上げて微笑む青年、それは、絶対的な化け物、眼の前の存在はやはり。

 やはり、何なのかわからない”よくわからないもの”‥‥認識が出来ようはずもない化け物。

「あ、あ‥わ、ワカラナイヨッ‥‥コナイデクダサイッ、来ないで、コナイで‥‥‥ひぃ」

 ダクダクと両手から血液を振りまきながら、”血肉よ再生による死の回避を望む”

 ジュル、と吐き出したように粘液を撒き散らしながら両手を再生、そこからさらに相手を消すために。

 ”圧倒的な、全てを消せ、消せよ左手、消死ゴム”

 ベキョッ、左手に文字が刻まれたと同時に淡く白い発光、全ての道徳も理念も存在も、概念も、価値観もこれで消去できる。

 パスッと、偶々あたった壁、隣の廃墟ビル、それは徐々にザァと風がなびく音がしたと同時に消える、8階建てのビルが消える。

 ”当惑的な、全てを廃せ、滅せよ右手、灰死”

 さらに同じように右手にも文字を刻む、洩れ出る吐き気のするような臭気が地面に当たると同時にこちらも風がなびく音をして。

 灰になる。

「ありゃ当たったら流石に死ぬッスねぇ‥‥んっ、どうするッス?」

 胸に顔を埋める青年を軽く叱咤するように撫でて問いかける子虎、余裕とかではなく‥‥こちらをあまり意識していない。

「ああ、勝ってくれ」

 尻尾を楽しそうにむぐむぎゅと握りながらもこちらをまったく向かない”化け物”青年、先ほどまで自分を恐れていた‥その時の己の恐怖の顔など忘れたように。

 まったくこちらを恐がっていない。

「シニマスヨッ?これに当たればッ、カンガエル暇も与えずに死ぬッ?恐くないですカッ?」

「恐く無いッスよ、虎の本能全開ッス、ほら?‥‥蒼爪もどんどんどんどん、そいつはもう、かなーり伸びてますッスし」

 ジジッと、地面を抉る青く蒼く澄んだ爪を軽く振る、先ほどの自分が廃墟ビルを偶然ながらも消したように、彼らの横に何十年間も雨風に耐えたであろう、鼠色のビルがズルルルルッと悲鳴をあげながら解体させられる、目にも留まらぬ速さで空に文字を描くように細く小さな指を遊ばせる。

 ビルは粉々とはいえないまでも、僅か二瞬きの間で既に原型を留めないまでに。

「今のじょーきょうだと、出力調整がむずかしいのが難点ッスね‥しまも何処まで伸びるッスかねぇ‥‥群れを護るために王虎よ吼えろ?自分自身でもそうなるんッスね、よしよしっと、これ、今、ぶつけてたら、汪去の勝ちだったッス」

 キュンキュンとおもしろそうに徐々に成長する爪を弄びながら眼を細める子虎、どちらも一撃で、即撃で決まる。

「どうするッスか?きょーすけ、欲しい?」

「ああ、ここで逃がすには勿体無い”存在”だな、何より綺麗だし‥‥力も申し分ない、力の使い方が稚拙だがな、あぁ、それと俺の一部として俺しか考えられなくなったくそ生意気なあいつも見てみたい」

「あっそ、浮気ッスね、はぁ」

 何か自分に対しての思案をしている一人と一匹、隙だらけのように見えて虎の尻尾からも伸びた青白い光がこちらを威嚇している。

 それも徐々に伸びて、どんどんと空気を喰らいながら成長しているように見える、いや、鋭く尖った耳の先からも天を指すように青白き刃が発生。

 重さはまったくなく、軽々しい鋭利さを持ち、どんどんと世界を侵食する、虎の先端から発せられる青白き爪たち。

「ああっ、これっスか?蒼き月の光に洗礼されてる王虎族の戦闘スタイルッスよ、まあ、今までの何だかんだで幼体っぽかったけど成体に近づいたみたいッスね、最強種は、舐めるとこうなるッスよ」

 クスクスと意地の悪い笑みをしながら虎がこちらに、その華奢な腕を振るう、もう今の子虎は化け物青年の胸元から動く必要は無い。

 無限に伸びる蒼き爪があるのだから。

 やはり遊ぶように、笑いながら小虎が残酷な笑みをして爪を振るう、こちらの右手の間接部が大きく吹っ飛ばされる、力の効果の無いぎりりぎりの範囲。

 野生の虎の瞳はその部分を見逃さない、吹き飛ぶ”圧倒的な、全てを消せ、消せよ左手、消死ゴム”の名を冠する左手、ザァァと周辺の空間すら白く染めて発光する。

 空に流れる黒が一瞬奪われて、白く、無に染まるが、すぐに回復、世界の回復力にかき消されるように吹き飛ばされた左手は消えてゆく、青白い血管から血を吐き出しながら。

「ほいっと、自分の体を使わないと、”死”を表現出来ないのが難儀ッスねぇ、能力は無敵だけど、少し経験地が高ければ倒せるレベルに留まってる、勿体無いッスね、さっさときょーすけに”取り払われて”役に立つ部分に調教されるッスよ」
 
「うッ?ナニヲ言っているのかリカイノ範疇外ですヨッ、ワカラナイ貴方たちはコロス、コロシマスヨッ、だって怖いから、コワイッ!!」

 ”さらに追撃するように伸びろ柔らかき首、ソレによる、最高位の死、食死(しょくし)”

 相殺するように”当惑的な、全てを廃せ、滅せよ右手、灰死”と子虎の蒼爪がぶつかり合う、互いに消えあい、その刹那に”首を伸ばす”

 食う、食えば、あの恐ろしさき化け物青年も、あの子虎の力も己のものにできる、そうすれば、恋世界に対しての対応策も。

 全てを食い、食い、全ての異端の力を我が身に取り込む”食死”

 額がズズッと文字の間から避けて、やがて体積を疑うほどに体を左右に蠢いて、大口が出現する。

「おぉっ、愛らしい容姿でありゃ‥‥怖いわなぁ」

「んーっ、でも取り払ったら、あんなタイプこそ可愛いかも知れないッスよ、ど、何処かの、こ、子虎のようにッスね」

「はいはい」

 余裕を持って会話する、彼らを我が身に取り込み、さらなる姿、力、記憶、それを得る、恐怖を身へと取り込めば。

 それは自分の糧となる。

「甘いッスね、その思考では‥‥きょーすけの、きょーすけには、届かないッスよ」

 タンッ、軽い音を発しながらこちらに走りよる一陣の風が、ゴォォォォ、こちらよりもさらに速いスピードで迫り来る。

 足に何も付加をしていない、そしてそれをする時間が今の自分には無い。

「その力だと、首を斬っても、死なないッスよね、貴方は”死ねない”ッス、それが力、それを、きょーすけが全て一部にするッスよ」

 ヒュン、っと何か大事な部分を失いながら前のめりに倒れる自分。

 ”これは、今までの実験とナヅケけられたセントウニモナカッタデハないかッ?クビガ飛びマシタッ?”

「きょーすけ、ぱすッス」

「おう」

 トンッと頭を掴まれる、あぁ、やっぱり、自分の身がこのように軽々しく、いや、確かに小柄で幼児で‥わかっている、そうなのだが。

 このように”ボール”のように扱われると言うのは、首が斬られて、頭が宙を飛んで、それが化け物少年の手元にリンゴのような間抜けさを持って。

 転がり込んだわけであると。

”死は許されぬ、絶対回復、肉よ盛り上がれ”

 魚のようにビチビチと頭を震わせながら、盛り上がり、切断部分から新たなピンク色の肉片が増量してゆく。

 微かに見える先ほどまでの己の体はビクビクと白い布を赤く染めながら、僅かながらに痙攣、あの光景は何度も見たが、まさか自分の体に起こるとは。

 しかも今の状況、回復までは逃げられない。

「こうやって見ると綺麗な顔してんなぁ、髪の色がいいな、錆色で‥‥俺は好きだぞ‥‥思ったより、幼いけど、いいや」

「そういうのは汪去の見てないところで言うように、死体に愛情を持って語りかけるきょーすけ、それが”自分”なんか汪去いやッスよ、マジで気持ち悪いッス」

 先ほどまで血を見て震えていたはずの化け物と眼が合う、発動させて、何処からでも食える。

 ”右目よ食え、食え、クラエ、状況を打開するために打開するためにソレによる、最高位の死、食死”

 そう、字が出た瞬間に、右目が潰される、あまりの軽い動作なのでコヒュとさらに見っとも無く呼吸するのが精一杯。

 化け物は笑う。

「危ないって、文字見たときにかなり‥びびるなぁ、食うってオイ‥この状況で?‥勘弁」

『‥あ、ナタノ力もヨウシもこころも全部もらえますヨッ?‥っはぁァァ、』

 言葉を極限にまでに、意識を失いながらも発する、今、そういえば、何故眼の前の二人は逃げない?

 もう、チャンスは幾らでもあるはずなのに。

「それは俺の台詞だよ、お前はお前のままで‥‥俺の一部になってもらう、俺はすぐにその事実を忘れるけど、だから取り込んだお前を意識出来ないのが残念だけど仕方ない、おっ?死のかたまりって言っても、線は強固じゃないな」

 理解できない言葉、やはり眼の前の存在は理解できないものだ、食うべきでも、殺すべきでもなく、無視すればよいだけの存在。

 ソウダッタノかナッ?

「じゃあ、ゆっくり解いてやるよ、名前は?」

「‥マエ、ナマエ、っデスかッ?何故、なゼ聞きまスかッ?‥あーは、あふはぁ、死をツカサどリマショウヨッと、与えられたデスヨッ、死よんでスッ、死四ッデスッヨッ?」

「あぁ、了解、よろしくな、死四、ははっ」

 ”カイフクセヨ、この痛みの中の右目、死を回避せよっ”盛り上がる右目、グビッと透明な液を化け物青年の顔に吐き出し。

 それを、遮るように、何かが心の中に入ってきた。

「あ、ァァァァアアっ!?うが、な、何ですッッ、ナニデスカッッ、ひゃ、ふぁ」

「さあ、それでは、行こうか死四」

 ニッコリと、残酷なマデに化け物はッ、青年は、ホホエミマシタ。



[1513] Re[23]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/10/06 22:00
「ん、どうやら恭輔は大丈夫みたいだな‥しかし、うん、取り込む前に刺したかった、差異はとても残念と感じているな」

 ひょいひょいと、左右から降り注ぐ飛礫(つぶて)をかわしながらポツリと囁く。

「僕も同意見、ってか、A級ってこんなもんだったかな?‥うーん」

 首を動かし、さらにコートをパタパタと揺らしながら、何処か猛牛使いのように、鉄の飛礫は沙希に当たる前にその勢いを無くしてしまって
逆にふよふよと沙希に懐くように周囲を浮遊する、意識に侵食されて何も出来なくなってしまう愚かな鉄。

 先ほど沙希と一緒に買ったアイスを一舐め、チョコだな、うん‥‥んー、に、苦いのは駄目だ‥‥イチゴにしろと言ったのに。

「沙希っ!こ、これはチョコではないかと問いかけるが?差異は苦手だと、常日頃から‥‥」

「はいはい、ごめんね、戦闘中にそんな態度してると相手が哀れだから静かにしようね」

 自分は嬉しそうに‥ピンク色のアイスをペロペロと、小さな舌で‥イチゴだな、どう見ても。

「ああっ、それを寄越せ、うん、今ならまだ許してやる」

「嫌だね、おおっと、危ない危ない、当たったら死ぬよね‥そんな望まぬ結末‥怠慢だよ♪」

「って先輩たち!ちょっとは真剣にやって下さいっ!」

「真剣になったらオイラたち死んじゃうよねー、天才で天災なお二人さん‥‥今別にあんた達がどうこうなんて言いませんわ、まあ、そんなことよりも、仕事の邪魔しないでくれないっすか?」

 仕事の邪魔だと、吐き出すように汗を撒き散らして苦笑する顔見知りの山都巳継、うん、邪魔だと?

 カラスが腐りかけた残飯を漁りながら、こちらに鋭く視線を向けるのを横流しにしながら、もう一度‥‥邪魔はどちらだろう?

「いやいや、それは無理だよ巳継クン、僕たちにも諸々の事情があるしね、でも、君たちを捕獲する必要も無くなったみたいだ‥‥うーん、恭輔サンったら手を出すの早すぎ、鬼島の内部事情に”死のかたまり”は君たちよりは、詳しいみたいだし‥いらないね」

「そうだな、うん、別に必要は無くなったわけだが、死にたいか死にたくないか?‥‥それだけを差異は疑問、何も言わずに逃げれば許してやる、別に恭輔はお前ら程度では欲しないだろうし、いらない、まあ、失礼ながら‥弱いと思うぞ?‥‥お前たち二人」

 眼の前に佇む山都巳継と山都三月に、ナイフをクルクルと遊ばせながら助言してやる、弱い‥もう少しマシだと思っていたが。

 柄にも無く鬼島の未来を少し心配してやる、馬鹿らしいが、うん、こんなのがA級だとは‥苦い。

「んなっ!?失礼ですよ!誰もがみんなお二人みたいな化け物じゃないんです!‥‥‥ッ、こら巳継!」

「いや、メグちゃんからメールが‥‥オイラも戦闘中に悪ぃかなぁって思いつつ‥‥」

「実力に伴わず精神は常に余裕に近しい‥‥はぁ、君たちはもう少し冷静さとだね、後は‥二人で仕事をしないことだね」

 とりあえずの沙希の忠告、さてどうしよう?


 ムスッとした顔の子虎と化け物青年が見える、カタカタと小刻みに震えながら迫りくるその青年の顔を見る。

 自分の中にゆっくりと流れ込んでくる黒々としたものに、支配されるように舌が宙を泳ぐ、呼吸がままならない。

 いや、もう首から下が無いのだから当たり前だが‥‥それだけではない、もっと根本的に危険なもの。

「うぁ‥や、コナイくださいデスッ、くはぁ‥もう、ゴメンナサイッ、ごめんナサイッ‥」

「許さない‥‥うーん、あぁ、実験のときはソレで許しを‥‥そうか、可哀相な奴だな‥同情するな」

 青年はおもしろそうにこちらを覗き込むだけで、微笑んで、顔に張り付いた回復のときの粘液を丹念に舐める。

「きょーすけ‥‥同情しても‥そいつは、殺そうとしたッスよ?‥‥‥そいつ」

「いいよ、許す」

 何が許されたのだろう?‥‥わからない、やめて欲しい、やっと逃げ出せたのに、あの部屋から、あの監獄から、あの研究から。

 恋世界から。

 もう一度、自分は何かに囚われるのだろうか?‥囚人の様に生きるしか研究用の醜い生き物には無いのだろうか?

「違うぞ、お前は汚くない、綺麗だから”俺”になるんだ‥死四‥‥」

 微笑みかけられる、言葉の意味が理解できないけど、黒々としたものに混じって、暖かいものが滲んで来る。

 ”どういうことですカッ?‥‥アナたの言葉がリカイデキナイッ?”

 切断部分が膨れ上がり、モギュモギュと小さな体を形作る、その青白い肌を撫でながら彼は笑う、ワラウ。

 冷たい笑みだけど、暖かくもあって、ケンキュウシャとはちがウッデスヨッ、ワカラナイアナタの名前はッ?

「俺は、恭輔だよ、死四、っでお前は今から死四じゃなくなる、怖かったし、不安だったし、あいつは、恋世界は冷たかったろ?お母さんは、冷たかったろ?」

「はイッ‥コワカッタ‥‥あの人のニクヘンからウマレタト思うだけでッ、怖かったデスヨッ‥‥うぁぁ、あう、うぅ‥うぅ」

 恐怖が蘇る、戯れから右手を”解体”して遊ばれたときには本当に怖かった、逆らえないし逆らおうとも思えない創造主。

 ”ココロト体のテイキョウシャの恋世界‥‥コイセカイは怖いですヨッ、もう、コワイ、カノジョガいるだけデッ、ミンナ死ニマスッ”

「知ってるよ、”あいつ”が怖いのは、ありがちに言えば世界とか滅ぼさないのは楽しいから、子供が羽虫を弄り殺す感覚が成長したような、そんな性格だ‥ああっ‥でも、そこが好きだったな‥でも、死四はそこが怖いんだな‥可愛い奴」

「か、ワいいですカッ?‥‥‥うぇ?」

「そんな、お前は可愛いよ‥‥心も初心なままで、そこにあるじゃん‥いいよ、死から生まれて、死しか心が無いお前でも、いいよ、俺は好きだ、うん、もっと近くに来い」

 赤い自分の死の世界がゆっくりと、何かに塗りつくされてゆく、その感覚に、再生している右手で彼の頭を掴み、突き放そうと。

 物凄く怖いと、心が感じていた。

「逃げるなよ、嫌がるな、お前は、俺が嫌いか?」

「‥わからない、ワカラナイッ‥‥ワカラナイっ、ですヨッ?‥‥はなして、ハナシテェッッッ!」

 力を込める、彼の髪を掴んで引き離そうと、駄目だ、再生間際の力では、どうしようもないし、心が彼を”自分”を?

 えっ?

「少しずつ、わからなくなってきただろ?‥俺もわかんないし‥‥‥ほら、もっと弱いところ、外見の7からな、8歳の子供の、弱さを見せろよ‥‥‥見せろよ死四、俺の前でだけ、全てみせろ」

 瞳が、黒い瞳が射抜くように‥‥柔らかく暖かなものを流し込みながら、見る、見る、それはもう幸せそうに。

”死四はバケモノですヨッ?‥それをミタラ、みんな逃げますしッ、コワガリマスヨッ‥みんなシニますっ‥‥イシトハ別に食べちゃうデスヨッ?”

「食えばいいよ、俺は"俺”を否定しない、お前が他のFシリーズ食べてんのは、今わかった、読み込めた、出てこいよ‥‥”サンサン死””死ニィ石”(しにぃいし)”死の祝”(しのはじめ)‥死だけの名前しかないだろ、お前ら‥‥」

『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス』『ノロウノロウノロウノロウノロウノロウノロウ』『壊す壊す壊す壊す壊す壊す壊す』

 三つの声、甲高い、それこそ生まれたての雛のようにゴボッと死四の体から三つの少女の、曲芸極まり‥‥顔が生まれる。

 皆、発するは一言、それのみ‥‥それに、優しく微笑みかけながら”彼は笑う”

 コロスを司る”サンサン死”、ノロウを司る”死ニィ石”最初ゆえに殺すと破壊を間違えて生まれて失敗作”死の祝”

 自分が食べた三人の姉妹‥‥狂ったように叫びあげるそれらを恥じるように顔を背ける。

 これは罪の証。

「隠すなよ‥‥可愛いじゃん、こいつらも、姉妹だったら恥じるな、ああ、恋世界にコロスとノロウと壊すしか、言葉を与えてもらえなかったんだな」

 三人の、背中から這い出たそれらを撫でながら笑う、サンサン死の土煙色の髪がそれに絡みつき、ギリギリと締め上げる、死ニィ石は指を選んだようだ、噛み付く。

 死の祝は何もわからないのか。「壊すぅ?」と首を傾げて青年の手に甘えるようにしゃぶり付く。

 皆、死四とは違う心を有している、食いきれなかったのだ、”姉妹”だけは、命令されても無理だった‥‥実験動物として恥じるべき行為。

「こいつらも、”俺”になってもらうぞ、どうせ一人分の境界しかないし‥‥特に愛しいな、えっと、今甘えてるのは死の祝だな」

 ちゅぱちゅぱと舌で指をなぞる死の祝を撫でる、嬉しそうに眼を細めて死四の体から這い出ようとする死の祝、愛らしい動作で化け物青年の方に行こうと必死。

 わからない、何故に甘える?‥”何故に甘えますカッ?‥死の祝‥”

「っで、反抗的なこいつはサンサン死っと、痛いって!‥死ニィ石は‥眼をキラキラさせて人の財布を取るなよ‥‥」

『コロスッ!コロスッ!」『ノロウ?』『壊すぅ』

「‥‥‥‥ああ、言葉がそれしか言えないんッスね‥‥‥しかし、酷いッスね、ちょっと‥‥言葉を」

「仕方ない、恋世界はそんなやつだから‥‥仕方ない‥こら、死ニィ石は財布をかえせ!‥ふぅ、まずは、甘える‥‥死の祝だな」

 腕に吸い付いてきている死の祝の唇を、顎を掴んで持ち上げて、吸い付く、唇を、舌を幼い姉に絡ませる青年、驚いたように甘えるように死の祝が、本来の甘える言葉とは反対の言葉を『壊すぅ』と鳴く。

 幼子心に、何かを受け付けたのか、ビクンビクンっと震える、それを見て噛み付いていた死ニィ石が顔を青白くさせる。

「ぷはぁ、甘い、ほら、お前も逃げんな‥‥‥俺の血を吸ったんだし、肉に噛み付いたんだから‥お前も”寄越せ”」

『ノロウッ‥‥の、ッ‥‥‥』

 ぐったりとしてずずっと死四の肉に埋もれてゆく死の祝、それを横目に首を締め付けられて狂ったように”ノロウ”と叫ぶ死ニィ石。

「次はお前っと、鼻ぴくぴくさせて‥‥大丈夫か?‥まあ、いいわ‥‥んー、泣いてるし鳴いてるし‥あっ、財布返せよ」

 財布を取り上げて、死ニィ石の首に噛み付く、”死なない存在”だとわかっているのか、顔はおもしろそうに、ニヤついている。

 そして、噛み千切り、粗食。

『の、ロウッ、はぁぁあぁあぁ、‥‥う、ノロウ、ウゥゥツ!?』

 苦しみの表情から、急に嬉しそうに眼を細めて肉に埋まってゆく死ニィ石、反抗的な態度を忘れたように、しかし気に食わないのか。

 化け物青年の体をドーンッと押し出して、恥じるように消える‥‥どんどんと消えてゆく姉妹‥‥怖い。

「そして最後はコロスのサンサン死だな、お前は‥‥‥結構姉妹の中では、ストッパーで、常識人、でも殺すのが好きっと」

『コロスッ』

 鋭利な言葉と同時に髪の毛が彼の首に絡みつく、点滅を繰り返しながら”皆殺し”と刻まれる、それをおもしろそうに眺め。

「取り込むぞ」

 それを言ったと同時に、髪の勢いが失せ、萎える‥‥コロスと囁いていたサンサン死は驚いたような顔をした後に。

 青年の顔を見てあたふたさせて”コロス”と猫撫で声を囁いて死四の中に埋もれる、どこかはにかんだ様な表情。

「終わりっと」

「最悪ッスね‥‥ばーか、きょーすけの馬鹿、どうするんッスか?」

 その光景を呆然と見つめるしかない、姉妹たちは何かに満足して消え失せた、わからないのだ、何が起こったのか。

「最後はお前だな死四、最近は‥‥色々なトラブルに巻き込まれて、困る‥だからお前たちは俺の”肉”になってもらう、そんな部分」

「うァ、みんなに何をしたデスッ?」

 はじめて見た姉妹の表情に、恐れながらそれを成した青年から後退‥みんなは?‥‥殺された?

「いや、お前の中にいるよ、でもみんな”俺”だよ、最後はお前を、取り込んで終わる、お前とは精神以外にも、俺の”肉”として力を発揮してもらうよ死四」

 化け物青年の腕が空を凪ぐ、それが合図のように先ほどまでは微々な流れだった”何か”が心ばかりか体に大量に流れる。

「ッあ、あ、ァ!?‥‥な、きょ、”恭輔さん”ですかッ?この感情はそうですカッ?みんなコレにトリコマレましたッ?」

「そうだ、そして次はお前、これからのために、俺の中に入れ、死四」

 ギュッモゥ、溶け込むように、体が彼の体に、腹に埋もれてゆく、体との境界も、心も、全て取り込まれ。

 食べられる初めての気分?‥‥最高のシフクですッ‥‥。

「きょーすけ!?」

「安心しろ、こいつら、食うよ、後は用事あるときだけ、一番幼いこいつらは使うことに、それまで体の中でペット感覚な」

『コロスッゥゥウゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」『ノロウぅぁあ』『壊すッ!、ッ壊すっぅうぅううううううううううううううう』

「あぁ、タベラレマスッ!?ッはぁ、うはぁああああああっぁ、全部わかりマシタッ!?こノFシリーズッ!”恭輔さん”の一部として体の”武器”として使われマスッ、チガウ、他の言葉を言えない姉妹のためにッ、愛を持って言いマスッ!”恭輔サマ”ぁぁあああああああああ」

 ズルンッと蛇が蛙を飲み込むように、我が身は‥‥食われた、喰われた。

 ”恭輔サマの、血肉ですカッ?‥‥イイデスヨッ、キマグレニ死しかないジブンタチを愛してくれるならッ”

 意識も肉も美味しく粗食された、一人にして4人の少女。



「きょ、きょーすけ?」

 震えながら声を発する、そんな声を与えられたにしても、きょーすけは普段通りに欠伸。

「んっ?‥‥どうしたよ、そんな不思議そうな顔して、一発マジック、ほい」

 ズルッ

『壊すッ!』

 甘えたがりの死の祝がきょーすけの腹から飛び出る、白い肌はきょーすけの男の体とは噛みあわない、異質。

 周囲のビルを壊す壊すと無邪気に笑いながら、小さな腕を振るう、圧倒的な質量な何かが壊してゆく、飛び散るビルの破片。

 きょーすけを見ると嬉しそうにペロペロと舐めつく、えーっと。

「他のは眠ってるけど、これなら俺も一安心じゃねぇか?‥‥”今回”のような事があってもな‥それもすぐに俺は忘れるけど」

「ははっ‥‥拾い食いは駄目ッスよ、きょーすけ‥‥マジで」

 ああっ、食いやがった‥‥本当に、肉体との境界も取り外し可能‥‥きょーすけは圧倒的な4つの死を欲したのだ。

 困った奴。



[1513] Re[24]:境界崩し
Name: 眠気◆d5eaf37c
Date: 2007/11/17 18:54
 ポンッと、軽い破裂音、子狐の姿から人型へと変じる。

 皆は、自分より程度の低い、そんな相手に何処かつまらなそうだったが‥仕方ないだろうに。

 何も無い、街の中央から離れた草原、少し前に妖精と彼が出会った、そんな緑色と枯れた灰色が混じる草原。

 この時間帯は誰もいない、カサカサッと草が揺れるが野良犬やらの畜生だろう。

「出てきてええよ、覇ヶ真央‥‥久しぶりじゃなぁ」

「最近‥気配を辿られすぎかな?‥‥久しぶりだ、黒狐、あの日の誓いから変わりなく」

 月に染められ、その身を地に焼き付けた影からズルッと人影が溢れ出る。

 草陰から人影の出現、一般人がスポーツなどに勤しむ昼頃ならば卒倒者多数の光景。

 西洋甲冑に身を包み、日本刀を有する、異端の少女‥‥鎧が闇色に反射する。

「じゃなぁ、んでの、用件は何じゃろうか?どうせ恋世界に使われたんじゃろう」

「バレバレか、なぁに、我が君は壮健かなと、それだけだ‥どうやら、心配も無駄のようだったしな、しかし、今しがた、”あちらに”行っては見たが、コレは何だ?」

「うっ、ワシに言われても‥‥」

 バサバサっと、少女の手から落ちるは、異端の証でもなにでもなくてコンピニで売られる雑誌、安い紙。

 そこに書かれるは大事(おおごと)の台詞と描かれるは女性の裸体‥あー、恭のコレクション。

 頑張って細々とためた様じゃけど、可哀相になぁ。

「コレはいけない、コレは駄目だぞ、後はデジタル媒体でも同じものを幾分か、刀身を走らせ壊したからな」

「‥‥‥‥う、だからの、恭もそのような年頃じゃし‥じゃけぇな、んーっと」

「だったら、その体を用いて解消させるのが常だろうに、いけない、これはまだ我が君には早い、教育的に悪い」

 何だかなぁの台詞を聞き流し、ため息、皆はシリアスに戦ったり思惑したり、粗食したりしているだろうに。

 今のこの状況は、シリアスとかではなくて、間抜け。

「いや、もうそのような事も覚えてないんじゃわ、あの子は‥‥‥他に何もせんかったじゃろうな?」

「した、壁に張っていた女性の裸を模した紙を斬り伏せたしその他諸々も同じく、これで我が君に害なす有害なものは全て破壊した」

 胸を張る覇ヶ真央‥‥‥ほめろと?‥無理じゃろ、こいつだけは本当に‥‥過保護とかではなくて、どうなんじゃろう?

「‥‥もうええわ、どうやらお前らの探し物は恭が食ったぞ、どうするんじゃ?」

「我が君が望めば、恋世界も何も言わない、アレはそもそもそれ用に調整されたシリーズだったしな、さて、帰るとするか」

「ああ、帰れ帰れ、ん?‥‥残りの連中はどうすれば良いんじゃ?」

 去ろうとする旧友、いや、同じ時代の身に、問いかける。

「さあ、我が君が先ほど取り込んだ部分を使用したがってるようだが、遊ばしてあげさせたいしな‥‥‥勝手にしろ」

 出現と同じように消失、影に吸い込まれて消えてゆく‥‥最後に一礼して去るのは決め事なのだろうかなぁ。

 昔からそうだったの。

「遊ばせろって‥‥じゃから、恭は勝手にするわなぁ‥はぁ」

 今宵は自由にさせていた虎を強固にして吸収、肉体的にはさらに一人で四人のお得な存在を見逃すかと吸収と、吸収ってか食うし。

「ワシは‥‥‥久しぶりに油揚げでも買って帰るかの‥‥何しに来たんじゃ、あいつは‥はぁ」

 ポンッ、とりあえずは人化してからの尻尾と耳が問題、主に尻尾。



「‥どうした汪去、そんなに急ぐなよ、むしろ走ってるよな、完璧に」

「ここは危ないッスからさっさと去るッスよ、ったく‥‥食うだけ食って、後は眠いからおんぶしろ?っざけんなよーーー!」

 尻尾でペチペチと叩かれる、空中を浮遊する感覚に戸惑いながら下を見る、街頭の光‥‥眼に痛い、下では何も思わないのに。

 不思議だな、あっ、ポッケにコロッケの残り。

「いや、マジで眠いしなぁ‥‥って、こら、食うな」

『壊す?壊す壊す』

 右手から生えてくる己に怒る、勝手に体が痙攣したりするように、意思とは別に出現するのは困る。

 一番聞き分けの無い死の祝‥って、コロッケばかりでなくて空飛ぶカラスに手を出そうと、食うのか?コロッケでは足りない?

「こら、生き物は壊すな‥‥物じゃないんだぞ‥食ってるし」

『壊すッ!』

 元気良く返事してキャッキャッと笑いながらカラスを解体、人間のような悲鳴音と羽が圧縮され軋む独特の音。

 下の人が降り注ぐ血と羽に染まらぬように、そんな善意な事を思いつつ。

「ぬぁぁあ!?や、やめるッス、いいから捨てろッス!ふ、服に血が付く!?」

「やばい、気分悪い‥‥吐きそう、カラス食うなよ俺‥‥俺つうか、俺の死の祝‥‥出て来い、姉の面倒見ろよ」

『こ、コロスッ!』

『壊すっぅ!?』

 背中から這い出た常識人のような性格だけど殺すの大好きなサンサン死が出現、己の本体である俺を困らせる姉の首をギュッ。

 ギュッ?‥俺にペコペコと頭を下げて恥ずかしそうにしながら、姉の死の祝の首をギュッ?‥顔が紫になって、幼い顔が苦悶に。

 やがて、俺の体にズブズブとその表情のままに沈んでゆく、ちょっと待て。

「って、や、やめろって!‥‥‥死の祝‥ぐったりしてるし、やめろって」

『コロス?』

 ほめろと胸を張る、照れながら‥自分は一番常識あって役に立ちます的なイメージが流れ込んでくる、そこは可愛いけど。

 姉の首絞めるのは駄目じゃないかと、一応頭を撫でて伝える。

「‥‥‥人が背負ってビルをピョンピョンしている間に何をしやがってるッスか‥‥‥はぁ、おいおいッス、足からもう一体‥」

『ノロウッ、ノロウッ、ノロウ!』

”呪いにより呪術の記憶、呼吸困難”

『コロスッ!?』

 嫉妬深くて、こいつは、アレだわ、呪うって辺りが直接の死と遠い死ニィ石‥‥妹を呪ってる。

 己と同じ、肉である妹を呪う、もう突っ込みきれない。

「‥‥別にお前以外を可愛がってたわけではないぞ、ほら、下行く人も苦悶して悶えてる、呪いが洩れて天から注いでる、やめて、本当に」

『ノロウッ!』

 ぷくーと頬膨らませて睨まれましたよ、呪わないで下さい‥他の姉妹とも仲良くお願いします‥そんな感じ。

「ほら、お前も俺の中に戻れ、今度の土日にでも遊んでやるから‥‥‥よいっしょっと」

『ノロウっぅぅううう!?』

 ベキョ、と、俺は強制的に死ニィ石を体内に、粘液撒き散らしながら沈む、眼にソレが飛び散って痛い。

 うーん、我が身に嫉妬されるのってどうよ?

「ふぅ、騒がしい奴ら、おーい、汪去、家ってこっちだ」

「‥‥勝手にラブコメしてやがれッス‥はいはい、こっちですッスね‥きょーすけの背中から這い出る死の香りで鼻が利かないッスよ!」

 尻尾で遊んでいると怒られる、俺も今度あいつらを尻尾みたいに出してみようかな‥‥おもしろそうだ、いや、五月蝿いか。

「怒るなよ、ん?‥‥あぁ、あいつ、こっちに狙いつけてる、死四が言ってる」

「りょーかいッス」

 垣間見えた、ビルの間の僅かな空間の、僅かな小さな点としか、わからない場所に立っている少女が銃を構えてて。

 撃つよな、そりゃあ。

 ヒュンッと自分の頬を掠めたものに、やばい、マジで怖い‥‥そんな事を思う、汪去は何も感じていないらしく、反対側のビルに着地。

 既にこのビルも使われてないのか、地面が小さな足にピシッとへこまされ、さらに咲いていた小さな花が激しい空気の螺旋に飲み込まれ散る。

「どうするッス?‥もう一人が隠れているみたいッスけど‥‥これは、弱いッスね、きっと、さっさと殺すッスか?」

 月の光の中で同じ色を持つ爪を伸ばし‥‥汪去は残酷な笑みを浮かべる、尻尾は逆立っているが余裕からか左右に揺れている。

 殺す?‥物騒過ぎる‥‥だって殺す必要は無い。

「もうすぐに”忘れるよ”俺‥‥こいつらをを食った事も、後3分ぐらいで忘れる‥普通の俺に戻る、だからその前に使い勝手を見るわ」

 汪去の形の良いヘソをなぞって苦笑、仕方ないよなぁ‥‥この格好寒くないのか?

「いいッスよ、はじめての戦いッスよね?‥‥思う存分に力を試して来るッスよ」

「おう」

 ”あのビルに佇みし、人間を壊すために、このビルを破壊する衝撃を持って移動せよ肉体”

 初めてにしては上出来、飛ぶ‥‥‥『壊すッ!』叫べ、身を持って証明せよ、我が一部、死の祝。

 ビルが四散する時の衝撃を跳躍力に変換しながら、さて、戦うとしよう。



「外した、っぽいですねー、うん、空中浮遊中に横回転しながら着地‥当たらないですね、そりゃ‥ありゃ?ビル壊れました?」

「ああ、俺が壊したよ」

 声がした、そちらに急いで振り向きはしない、誰でしょう?‥‥‥ああ、こっちまでわざわざ来ましたと。

「え、えっと、こんばんわ、先ほどそちらに鉛をぶち込んだ、大元永久ですっ!貴方はF4に食われて容姿を利用されてますよね?」

「違うよ、だから撃ったのか、そいつは勘違いだなぁ、俺が、こいつらを愛したから、いるだけだよ」

 ゆっくりとそちらに、体の重心を意識して移動、私のお気に入りの何者にも染まらない白いカッターシャツが風に身を任せ震える。

 皺になっちゃうですね。

「え、えっと、あれ?‥‥知らない人だ‥おかしいです、鬼島からの追っ手を食べて変化してるなら‥‥大体の人は知ってるはずなのに貴方は知らないです、お、おかしいですね‥でも体からF4が‥ええっとですね」

「当たり前だろう、俺って所属してないし、D級だしなぁ」

 D‥‥級?‥‥今、こちらに瞬きもしない間に移動していた力の持ち主が、まじまじと姿を己の瞳に映す。

 黒い髪、黒い眼、何処にでもいそうな普通の青年‥でも、何処かで”見た”気がする、彼ではなくて、彼と似ている誰かを。

「いや、でも、D級ですよね?‥‥とりあえず、貴方の体にF4がいるのはわかったですから‥鬼島に来てもらいます」

「それはD級のモルモットか、この俺の”一部”を弄繰り回すのか‥どっちにしろ嫌だから、お前の記憶をここで改善する」

 何処か皮肉交じりの言葉に、皮肉的な笑み、やばい‥‥D級なのに、この圧迫感はありえない、取り込まれたからF4に。

 いや、F4を取り込んだのですか?

「貴方はッ」

「俺は、誰でもない、今はお前らをどうこうするためにいるだけだわ、怖いな本当の戦いって、お前の殺気で意識飛びそうなるし、手足ガクガク、でも、今しか”試運転”できないから、行くぞ」

 青年の肩が僅かに盛り上がる、彼の着ている服がミシミシッと軋みだす、出現しますね‥‥その前に、とめる。

 生命力そのものでビルに身を寄生させた雑草を蹴る、全力で走りますよ。

「そっちがそう来るなら、行きます‥‥‥精神武具‥‥型、”弓矢”」

 白く発光した光が腕から漏れ出す、精神作用ではもっともポピュラーな一つだと言われている”精神武具”

 自分の型は弓矢、コレに撃たれたなら、精神が消失、物質的には何事も作用しないが、精神が削られる。

 割とありがちですけど、それが一番って事って‥OKですよね?

「ふーん、それに頭に当たったら‥‥意識不明の重態ってか?‥すげぇな、でもすげぇ消費悪そうだけど?」

「悪いですよ!‥‥それに貴方、その調子乗ってる顔、ひどく腹が立ちますね、そんな顔では女性に好かれませんよ?例えば私とか、例えば」

「例えば”こいつ”とか?‥‥出ろよ、死の祝、壊していいぞ、いい子だ」

『壊すッ!壊す、壊す、壊す!』

 メキュ、肩から雪のような、いや、それよりも白い肌をした本当に幼い顔をしている少女が出現、F4、永遠に死と歩むFシリーズの長女。

 手には包丁‥‥包丁。

”包丁にて解体して、壊す、何でも切れる無限包丁、包丁膨張せよ”

「って、おーい!?そう来ますか?」

 小さな腕で払われた包丁が肉片を撒き散らしながら膨張、白濁色の液体をさらに肉片と一緒に撒き散らし、飛んでくる、それは何十本に膨れ上がり。

 地を問答無用に削る‥ジャキジャキジャキっと、包丁は本来では絶対に硬度的に無理であろう思われるコンクリートを吸収して、消える。

 あらら、下の階が見えるように‥‥怖いんですけど‥しかも見当違いの方角ですけど。

「当たらなかったし‥‥壊すは目標が定まり難いっと、はい、次」

「いや、次は無いですから、”沈んで”ください」

 優しく言い放って、さらに矢を放つ‥‥‥ジブズブと失敗して頭を軽く叩かれてるF1の涙目の少女と一緒に連れて帰る。

 それが任務ですッ!

「あるさ、出る時間をもったいぶってるけど番飛ばかしでサンサン死‥殺していいから、お前もいい子だ」

「こっちの方が早いですよ」

 放つ、連続撃ち‥‥こんなに近い距離で撃つのは事前動作が勿体無いですけど、この人の今のしていること自体は”素人”だと判断。

 白い矢は線を残しながら伸びる、距離にして僅か数秒すら許さない速さ、これで四肢の”精神”を貰い受けますよ。

 名無しの人。

『コロスッ!』

 地の埃を撒き散らしながら出現した少女は、首元から出現すると共に地に手を”伸ばす”‥‥メキュッと骨が変形する時に刹那に肉の間から白いものが見える。

 それは骨、骨を地に刺しこみ、やがて神経、肉、それを通わせ変質。

”地を張って脈動、地面よ盾となり奴の『殺す』を阻止”

 地面が巨大な血管と同時に脈動して起き上がる、仮初の精神による起動は地面を起き上がらせ、盾としての力を発揮。

”ぎゃぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ”

 断末魔と、仮初の精神はこちらの”精神”の矢に抉られて絶叫する、僅かしか与えられなかった意思は容易く削られたわけだ。

「流石は優等生、相手の”殺す”の意思も利用すれば防御も可能っと、いい子だなぁ、お前一番いいかも」

『こ、コロス‥‥‥』

 照れ照れ、と頬を掻いてる少女の頭をワシワシッと、その横で死に掛けの地面が5階も下に歩こうとする野良犬に触手と骨を伸ばし、突き刺し。

 笑いながら‥‥繋がった少女とはあまりに正反対の光景に唖然としながら矢を再度の構え、今なら。

「うおっ、っで嫉妬深いのが脇腹から出そう‥順番的には失敗、成功、嫉妬ってか‥‥何か嫌だな、そのコンボ?‥まあ、いい、戻れ」

『コロスッ!』

 まだ刺しかけの野良犬をビルの外見である灰色を、それを赤く染めながら5階下から持ち上げて、最後にその犬を内部で骨を広げて外れないようにして引きずり。

 小さな口を開けて一口して、それを主にジーッと見られた後に恥ずかしそうに消える。

 犬の食べかけは腸を撒き散らしながら包丁に削られた大穴に落ちる、きゃいんっと聞こえたので意識がまだあったんだ‥‥何処の悪夢?

「大丈夫、お前との戦いが終われば、こいつらの使い方も俺はまた忘れるしな、いざというときの練習だよ、悪夢はそんなに長くねぇよ‥ごめんなぁ」

 犬の死体を覗き見て半分涙目の青年、何なのだこの人間は‥能力と精神が噛みあってない?

「正解、顔で全部わかるなお前‥‥こいつらの能力は強いけどまともな状態の俺にはキツイ‥‥食うなよ?最後は嫉妬で五月蝿いお前だな」

 脇腹からもり出ようとする脇腹を軽くポンッと、出産をするように、洩れ出ると同時に産声をあげる、F2‥‥もっとも性質の悪い呪いを司る。

「死ニィ石、噛み付くな‥‥涙目にならない、俺の中にいる姉妹を呪うな、仲良くしましょう、後は、マジで噛み付くな」

 うーっと”ノロウッ!”っと発音できずに脇腹に噛み付いている少女を優しく外そうと、うわ、呪いって精神的にあてはめて考える。

 苦手と言うよりは、何か出るのか怖いんですけど‥‥連れ帰るの無理でしょうに。

「ふーぅ、今度から優先的に使ってやるし、はいはい、今夜はお前出して寝るよ、お前と寝るけど呪うなよ‥‥ってまた噛み付くなっ!」

「もう、能力者の戦いでこんなに緊張したのも、こんなに緊張抜けるのも初めてですよ‥‥ははっ、何だか撃ち難いですけど」

 さっきから死を司る少女と戯れる青年の姿は、何故か攻撃するタイミングをずらす、自分は説明で逃げた強力な実験動物と軽い詳細だけ教えられたが。

 青年に依存?‥しているFシリーズのわからない独特の空間で話を進められて中々に射止められない。

 依存と言うよりは何だろう、青年が当たり前に己の一部として少女を扱っているのが凄く印象的、それを望むFもおかしい。

「撃ち難い?」

「そうですよ、もう、どうしましょう‥‥あー、その子たちと一緒にいても貴方に害は無いですよね?‥”色男”さん?」

「さっきまで女に好かれないって言ってたじゃん‥こいつらを見て?‥俺だし‥‥えっと、勘違いするもんなのか?‥手と変わらないぞこいつらはさ」

 何だか急激に先ほどまでの圧迫感が消えてゆく、青年は自分の発言が徐々に屈折して、歪んでいることに気づいているのだろうか?

「あれ?‥そもそも、俺って‥なんでここに、えーっと‥とりあえず、呪うって‥死二ィ石‥耳を噛まないの」

『ノロウッ!』

 呪術の少女の小さな頭ををこちらにぎゅるっと掴んで向ける‥その行動がもう、ツボに入ってしまって、はぁ。

「はいはい、もういいです、任務失敗ですよねぇ‥‥‥A級に行けるまでまだまだですね、これでは」

 そんなやり取りを見て、えーっと、帰りのお金はっと、財布を取り出して、取られました、あははっははは。

 はっ?

「こら、死ニィ石!人の財布を盗むんじゃない!‥‥偏った知識で金が大好きなんだから!喜ばねぇよ俺!」

『ノロウッ!』

 青年の首に腕を巻きつけて、汗で張り付いた前髪を掻き分けて幼いキス、そして財布と同時に体の中へと‥消えてゆく。

「マジで‥‥‥呪いじゃないですかある意味!?おーーーい、お金かえしてーーー、帰りの電車賃がぁああああああ!?」

「‥‥お、俺知らないから‥‥」

 ガシッ、逃がさないですぜ‥‥掴みますよ私。

「帰りのタクシー代‥‥よろしくです、それといつの間に戦う意味も意義も無くなってますね私たち」

「‥‥‥戦う理由ってあったかな?」

 もっともな言葉をこぼした彼に何を言っていいかわからず、今度は別のお仕事を頑張るぞ自分!

 後は何となくだけどこの人の電話番号教えてもらいましょう、はれ?

 何でだろう。



[1513] Re[25]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/20 14:52
『さよーならー、また遊びましょう』

 そんな事を言って立ち去る少女を見つめつつ‥‥大きくため息を吐いて帰路に。

 カラオケで何故か二人で熱狂して別れたのだが‥マイナーバンド好きだったから仕方が無いか。

 でも全部こっちが奢りってどうなんだろう?そもそも、何で少女と一緒に歌ったんだろう。

 汪去の気配は家にある、コタツで丸まって寝てやがる‥‥猫め‥‥まあ、沢山”使用”したし疲れたのかな?

「ただいまー、差異たちはまだか‥‥‥んっしょっと」

 靴を脱いで居間に向かう、出る前に差異が片付けてくれたのか整然としていて荒らすのに気が引ける。

 とりあえずは冷蔵庫から冷やしていた麦茶を取り出して‥コップに注ぎ、一気飲み。

 喉を渡る冷たさと、舌に残る微かな苦味が気持ちいい。

「寒いときに麦茶って自分ながら変なの、さて、俺もコタツで温まりますか」

 トントンッと特に意味の無い言葉を一人で呟きながら階段をあがる、なれたテンポが心地よく。

 ギィ、6段目で軋むのもいつもと同じ、昔は怖くてよく妹に手を繋いでもらってトイレに行ってたな‥むう。

 消したい過去。

「ただいまー、おいおい、せめて風呂に入ってから寝ろ、俺ももう寝るから‥‥風呂は明日で、疲れ‥た、し?」

 あれ?‥‥何か部屋が寂しいような‥‥それに地面に何かを引きずった後、刀傷っぽくて、かなり物騒な印象を受けるものが。

 まさか空き巣なのか、いや、でも何も無くなっている物は無いよな‥白々とした壁が眼に入る、何でこんなに白いの?

 そこにはポスター貼ってあったはずだけど、無い、どうりで白いわけですよ。

「ってどんな泥棒だよ、おーい、汪去、起きろ、起きやがれ、この!」

 尻尾を掴んでずるずるとコタツの中から引きずり出す、丸まっているし耳がパタンッと倒れてる、寝てやがるのは一目瞭然。

「んー、眠いッス‥‥ふぁ、はなせ、っての」

 ぺチンっと、尻尾が頬に当たる、もそもそとコタツの中に小さな尻を揺らしながら入ってゆく、芋虫みたいだ。

『コロスッ?』

 不安で部屋をパタパタ歩いていると頬から顔が出現、灰色の瞳と視線を交わし、苦笑。

「どうしよう、何か色々と危ないかもしれない‥‥差異も沙希もまだいそがしそうだし、黒狐は何処かわからないし、猫はコタツで丸くなってるし、鋭利なんて‥‥迷子になってるし、方向音痴だし‥他の姉妹‥‥死妹?‥そっちのほうが正しそうだけど、お前以外眠ってる、というわけで手伝え、優等生の強さをここで見せるしかない」

『コロスッ?‥‥コロスッ!』

 うーんと腕を組んだ後にニコッと笑う我が一部、自分ながら頼りになる、よしっ、とりあえず血まみれのシャツを着替えて。

 部屋に向き直る、猫の、虎の尻尾がぴょこぴょことコタツからはみ出てるが気にしない‥‥体を休ませるのも大事だしな。

 俺だし。

「まあ、ようは何を盗まれたかを調べようと思う‥‥何だか嫌な予感がヒシヒシするしな、それと”物”を殺さないように、わかったか?」

『コロスッ!』

「外を通りかかってる人間は?‥殺したら他の子を使うよ、てめぇ」

 死四と同じ錆色の髪をぎゅーって引っ張る、ちゃんとした我が身の成長を促すには説教も大事だと思ったり。

 特にこいつらは乳歯みたいなもんだから変わるまで、しかもとびきり危険だし、カラス食うし、犬食うし、人喰うし。

 気分悪い。

『こ、コロスッ、こ、コロスッ!』

 優等生なのに殺すの好きって割と使いにくいな‥‥まあ、いいわ、とりあえずは効率的だしな。

 必死に弁解しようとしているし。

「まずは居間から調べますか、お前は地下の黒狐の部屋な‥‥勝手に触るなよ、色々おもしろいのがあるけどな、俺なら怒られないけど、俺の一部であるからって”意識”のあるお前は多分怒られる、尻尾で首絞められたくないだろ?」

『コロスッ、コロスぅ』

「駄目だ、黒狐殺したら駄目、つうか勝てない‥‥じゃあ、頼むな」

 ズルルと肉を伸ばしながら地下に向かうサンサン死、まあ、ちゃんと言ったし無茶はしないだろう。

 そして地下へと下る階段に姿が消えると同時に、ドゴッっと家を震わす轟音。

 プルプルと痛みが伝わってくる‥‥ドアの開け方がわからずにそのまま下る勢いで頭をぶつけたらしい、大丈夫か?

 タンスを開けていると額を真っ赤に染めて戻ってきた、おー、よしよし。

 あそこのドアは何か電子的で意味わかんないもんな、”俺”機械音痴だし、納得。

「ごめんな、一緒に探そう、ほら、赤くなってるぞ、回復しない?‥舐めろ、いや、うん、ほい」

『こ、コロスッ!』

 額を一舐めしてやって錆色の髪にごめんと、灰色の瞳を潤ませて頬におずおずと甘えてくる。

 甘え方が死の祝より下手だなぁ、生まれたのは後のほうで妹なのに、甘え下手だし赤面多し。

「しかし、何も奪われてないなぁ、もしかしたら俺の部屋だけか?どう思う?」

 珍しそうに観賞用のミニサボテンを突付いていたサンサン死に問いかける、サボテンは枯れている。

 ”珍しいですよ、食べるデス、はぐはぐ、食死”

「‥‥いや、そんなもんの力を食ってどうするよお前‥‥はぁ、牛乳飲むか?」

 そういえば、そういった食物をやるべきだと今更ながらに気づく、その考えや良し。

『コロスッ、コロスッ!』

「‥‥それより、血をよこせと、ほい、噛めば?」

 俺はまた喉が渇いていたのでさっきの麦茶のコップにミルクを、少々混ざろうが気にしない。

 首元に僅かに噛み付かれる感覚を感じながら、血が”殺されて”飲まれてる、自分の中での循環。

 俺が白いミルクを飲み干すと、白いサンサン死の喉がコクコクッと動く、穴の開いた場所に小さな舌が進入して穿り返される。

 僅かな痛みだ、自分自身の痛みに何も気にしない、血が体を循環してるだけ、気にしない、気にしない。

「ぷはーっ、どうやら空き巣っぽいのは俺だけの部屋でアイドルのポスターを盗んだらしい、じゃあ、部屋に戻ってやっぱり、探すとするか」

 ずっと首に噛み付いて恍惚と血をすする己を無視して階段をのぼる。

 ギシッ、やっぱりな6段目のいつもの音、何故か僅かながらにも落ち着く。

 おいおい、首の人、いつまで血を啜りますか?

「ただいまー、はい、猫は寝てますっと、ん?メール?」

 受信っと。

『何だかタクシーの運転手さんがセクハラ的なしつもんを、たくさんたくさんするのですが、どう思います?』

今日メールをしたあの子から、何ともいえない質問だな、初めてのメールがこれかよ‥‥どうしよう、微妙に返しにくい。

 また受信っと。

『油揚げを買ったぞ、酒では無いんじゃよ?‥‥狐っぽいんじゃけど、どう思う?』

‥‥デジタル子狐め‥‥しかし、酒ではなくて油揚げ、あいつらしくなくて逆に怖い、とりあえず『怖いよ、お前』っと。

 またまた受信、もう、そんな連続でくると指痛い、ダルイ、誰だよ、差異。

『ん、後輩がいるのだけど、殺そうか、殺さないか、差異は悩んでる、指示は何だと問いかけるが?』

‥‥‥後輩って、だったら”俺”の後輩でもあるじゃん、殺す殺さないじゃない、正解は『生かせ』これでよし。

 それに続く形で沙希、一緒にいる気配がするけど、何だろうっと疑問、ああ、さっき冷蔵庫見たら卵切れてた、ありがち。

 ついでに買ってきてもらおう、受信。

『後輩を殺そうか殺さないか、どうしようかなぁ』

だから『生かせ、後は卵買って来てくれ』っと返信‥‥流石にもういないだろうとポケットにしまおうと。

『っぷぁ、コロス?』

 ヒルのように吸い付いて舌を使っていたサンサン死が不思議そうに携帯のほうに眼を向ける。

 生き物なら殺していいですか?‥控えめな感じでおずおず見つめてくる、他の姉妹は問答無用で壊して呪うのに。

 何て控えめさ。

「だーめ、さてっと、行くぞ、ん、鋭利?」

内容受信『夜の散歩中です、5人の後輩に久しぶりに会いましたけど、殺しましたよ?‥‥水って凄いですよねぇ』

 やばい、返信の仕方がわかりません‥‥そんなに殺したのかよ、とりあえず怒ろう。

『いいから、人に道を聞いてよいから家に帰ってきなさい、放浪癖を無くすように努力しよう、水は飲むものです』

 何か母親みたいだな、俺の返信内容‥‥まあ、よしっと。

「さて、盗まれたものは‥‥‥あれ?‥無い、無いぞ、ペッドの下にありがちに積んでいたあれがない?ってうおーい、ビデオも無い?」

 すぐに気づく、かなりのショックで地面に蹲る、メールの返信してる場合じゃない、盗まれたなものは愛すべきコレクションたち。

「こ、これだけか‥‥これだけを盗むために我が家の隙を突いて‥‥マジかよ‥‥‥あぁ」

 そろそろ今日の事件も終わりか、俺は幕引きで去りましょう。

「風呂入ろうかサンサン死、みんなも出して、今日は疲れたしな、ゆっくり‥温かいお湯に浸かろうぜ」

『コロスッ!』

 良い子だ、普段手の届かなかったところまで洗ってもらいましょうか、あれ?‥‥普段って、最初からこいつらは俺の一部だし。

 何言ってんだろ俺。



 蛇口を捻ってお湯を出す、ほわほわと白い湯気をたてる室内‥‥徐々にあがる室温に体が震える。

 気持ちいいなぁ、お湯を頭からかけて、ワシワシっと、洗う。

『エーッと、みんナッ、しっかりカラダヲをッ洗うデスよッ?』

『コロスッ!』『ノロウ、ノロウ』『壊すぅ?』

 いい返事だ、初めてのお風呂らしいから、しっかりと洗ってやろう。

「よし、とりあえずは噛まないで、生肌だから‥‥死ニィ石‥‥‥財布は外に出しておこう、濡れてもお札は使えるけど、何か嫌だ」

『の、ノロウッ!ノロウノロウ!』

 手に持っていたあの子の愛らしいパンダの顔の形をした財布、それを外に放り投げる、駄目です、我慢なさい。

「ちゃんと洗えよ、一応は女の部分だから差異たちの使っている無駄に高いボディーシャンプーをこれでもかと使ってやれ」

 一番精神的には幼い死の祝の首を掴んで引き寄せる、壊す壊すって、水面は壊せないって、殴るなコラ。

『壊すぅ?』

『エットデスネッ、水は怖いですヨッて、死の祝は、水が憎いッてッ』

 イメージ、実験の時の水のイメージ‥‥呼吸の出来ない中での戦闘訓練、ああっ、そういうことな。

 一番最初に生まれた死の祝は後期に続くための試作だから、いつ壊れても良いと無茶な訓練と称した実験。

 腹が立つ。

「壊さなくていいよ、一緒に風呂に入ろう、もう一度、怖くないから、なっ?」

 くしゃっと水に濡れた髪を撫でて、頬を引っ張ってやる、ムニーって、ほら笑顔。

 きゃきゃっと構ってもらえて嬉しいのか笑う、子供の無邪気な笑み。

『壊すッ、壊す!』

 水を”壊す”のをやめて、こちらに水をかけてくる、うお、眼に入ったし!?

「ほら、怖くないだろ?‥‥壊すとか実験だけじゃなくてだな、おもしろいもんなんだよ水は、浸かると気持ち良いしな‥体洗ってやる」

 青白い肌がお湯の熱気でピンクに染まっている、とりあえず死の祝に構いすぎて嫉妬している死ニィ石が頭に死ぬほどにシャンプーをかけてやがる。

 自分が洗ってあげるっと?‥‥頼むぜ本当に‥‥サンサン死は‥‥自分でテキパキと体を洗ってお風呂に浸かって『コロスぅ』とおばさん臭いため息を吐く。

 優等生だわ、本当に。

「ほら、うお、柔らかッ!?‥‥”俺”とは思えないな、むぎゅっと、この小さい手で壊すなよな、何でも、俺が言ったら壊してよいから‥ほい、後ろ向け」

『ノロウッ、ノロウノロウノロウノロウ』

 ワシワシッと頭を弱い力で一生懸命に現れる、”ノロウ”を要約すると”ほめてほめて~”とかそんな感じ、能力ないとこんなに弱いんだな力。

 改めて思うは少女の部分なんだな、やっぱ。

「サンキュー、次は死ニィ石っと、あれ?死四は自分で洗えるか?」

『大丈夫ですヨッ、でもホカノ部分はまだタタカッテますヨッ?良いんですかッ?』

 金色の瞳が、白い煙越しに俺を心配そうに覗きこむ、えっと、差異や沙希たちか。

「大丈夫だよ、それより俺たちはゆっくりしよう、それが一番‥‥サンサン死、しっかり肩まで浸かりな」

 何だか昨日までの風呂とは違って騒がしいが、これもいい。

 今回はこんなもんだな、俺。

「死の祝、こら、眼を舐めるな、そこは洗わなくていいの」



[1513] Re[26]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/23 10:30
 山都三月は能力者である、その若さで候補生を抜け出しA級にあると言うことは自分で述べるのもなんだが、優秀であると言える、候補生を卒業できるかは能力のランクは無論関係はあるが、一定の教えを全て終わらせなければ不可能、ゆえに能力以外に関しての全ても優秀だったのだ。

 そんな彼女には二人の尊敬する存在がいる、金と銀の姉妹、自分より年下で余裕と皮肉を撒きながら廊下を歩く姿が非常に印象的だったのを覚えてる、鬼島の短くない歴史において最年少でSS級に籍を置く姉妹、しかも末端などではなく最上級にある強力な力の持ち主。

 偶像ではなく実際に完璧にある存在、同じ建物に存在する二人に候補生などはすれ違うだけで廊下の隅にまで身を寄せて‥‥頭を下げる者もいる、それまでに憧れを受けるに相応しき方なんだなと、同じ職場で働きたいと願うのに時間は要らなかった、一度、現場教官として候補生時代に会った事がある。

 金の髪と銀の髪をした少女二人は、セットで扱われることが気に食わないのか、生徒に対するそれぞれの教えの違いを理由に、戦闘開始‥重症8名、軽症23名っと、そんな自体にも自分たちは悪くないと責任者に氷のように冷たい、幼いながらも美麗な顔で述べていたことを朦朧とする意識の中で見ていた‥‥ちなみに私は重症、弟も重症だった。

 やがて、候補生を抜けて、彼女たちと同じ職場で働くことになった、彼女たちはSS級なので会う機会は僅かだったが、事後処理の任務などで現場で幾らかの言葉をもらえた‥‥曰く『弟とは仕事をするな』曰く『中々に優秀なようだ』そのような言葉をもらえるだけで歓喜で胸が震えた、自分は彼女たちと同じ世界に生きている。

 あの人は空の蒼をも色あせるほどの美しい金の髪を有する、雪のように白い肌、冗談ではなくて外で会うときなどはこちらが日焼けに心配してしまうほどに透き通るように‥‥白い肌、触れたら解けて消えてしまいそうだと弟に話したら笑われた、顔は感情の変化に乏しい表情をのぞけば造形的に”少女”として最高のものだと、本当に完璧すぎてたまにアイスを舐めながら廊下を歩かれているとこちらが卒倒してしまいそうになるくらい愛らしかった。

 あの人は煌めく銀の髪を惜しげもなく世界に晒しながら歩く、双子であるからして”彼女と同じく”やはり肌も髪に負けないぐらいの白さを持っており、髪と合わさって”雪の妖精っていたらぜっーたいにこんな感じだねっ”と弟に言ったら笑われた、殴った、そして整った顔は様々な表情を持っており、全てに対して負の表情を出さない、美しくも幼い顔はそのままに、大人の知性さと子供の無邪気さを持って世間を闊歩する、『髪を差異のように伸ばそうかなって思うんだけど、似合わないかな?』食堂で相席になり問いかけられたときは死ぬほどに悩んだ、悩み続けて5日後に”短い今のままが一番お似合いですよ”と答えたら大爆笑していた。

 そんな愛すべき先輩が二人私にはいた、本当に可愛くて、綺麗で、愛らしくて、無敵で‥‥何事にも縛られない美しさと力は憧れを通り越し崇拝にまで。

 そして私は今、その崇拝対象者に闇夜の中で‥選択肢を与えられていた、弟は五月蝿いからと既に気絶させられてピクピクと痙攣している、まあ、大丈夫。

「ああ、恭輔がお前たちを殺すなと、ならば差異は見逃してやろう‥」

「恭輔サンが卵買って帰れだと、まぁ、仕方ないか‥‥サボったら怠慢だしね、コンビニに帰りによらなきゃね」

 そしてあれから僅かながらの時間が流れ、そこには”何か”に縛られた二人がいた。

 頼りない弟を背負って『■■■■ッ■!!』自分でもわからない”イライラ”を吐いて逃げ出した。

 帰って、お二人の関わった最新の事件の資料を、そう、何があったか知りたい。

 知らないと。



「それに関しては返答しかねます、そちらの都合で扱ってくれて結構、私たち姉弟は既に実家とは関係ありませんので」

 呼び出されたから、昇進だとしたらありがたい、そのような感情で上官に眼を合わせてやったのに、下らない。

「し、しかしだね‥‥君の実家の影響力、さらには恋世界の生れ落ちた神聖な家系だよ、無論君たちにもその高貴な血が入っており‥‥いやはや、それは関係なかったね‥‥”江島”は稀に見る”血統能力者”‥‥君たち以外にも優秀なものが名を変えてS級や本当に数名だがSSとしても力を振るってくれている‥‥‥長期休暇もあることだしね‥‥帰らないかね?当主であられる江島色褪(いろあせ)様もそれを望んでおられる、弟君に関しては君に一存すると言われてねぇ」

 取り繕った言葉は人の気分を不快にさせるとわからないのだろうか、一礼して去ろうとして椅子から立ち上がる。

 早々に去るべき‥‥いや、今回の誘いの理由ぐらいは問いかけるのが礼儀だろう。

「本家の方が直接‥‥来られたのですか?」

「そうだよ、えっと名前は確か‥‥「江島頬笑(えしまほほえみ)ってもんでしゅ」

 眉を寄せる、知った声だからと理由はそれだけではない‥幼い声のそれはあの忌々しい当主の付き人ゆえに。

「お久しぶりでしゅね‥ふむ、コレが成績の書類でしゅね‥‥色褪ちゃまにお見せしますからコピーさせてもらうでしゅ」

 いつの間にか出現した赤子‥空中に浮遊しながら机を漁っている、紺色のふわふわとした髪が外から入ってくる風に揺られタンポポの種の浮遊みたいに、能力者ではなくて、人工的に生み出された兵器の一種、江島の技術と念と集合体。

 江島頬笑、数年前に出会ったあの日のままに、黒い鞠ものような籠に乗りながら出現。

「あぁ、そちらはこちらでご用意を‥あ、あまり漁られると気分が良いものではなくてですね‥‥微笑さま?」

「ん?‥‥うっさいでしゅね‥ちゅーかん管理職が偉そうに‥如何でしゅかね‥あっ、お久しぶりでしゅ遮光ちゃま、壮健そうで」

 ふわふわとこちらの周囲を浮遊しながら赤子は微笑む、緑色の瞳が冷静に赤子の姿を借りてこちらを観察するのが、腹が立つ。

 何用だと眼で睨み付ける。

「今回の用件でしゅが、色褪ちゃまが‥‥‥まあ、久しぶりに孫の顔が見たいと仰ってでしゅね‥恋世界ちゃまに我侭を、って事でしゅ」

「‥‥私は一候補生であって、そのような江島家の当主に会うような資格は無いと記憶してますが?‥そもそも私たちをその期に鬼島から取り上げる気なのでしょう?‥‥他の方々をお呼びくださいませ‥お孫さんは私たち以外にもいらっしゃるのでしょうに」

 赤子などではない異端に口早に、鋭い言葉を投げつけてやる‥‥悪意を”赤子”に投げつけても涙はせずに。

 苦笑。

「そう来ると思ってたでしゅよ‥いいでしゅ、お二人がお元気かだけがご心配のご様子でしたでしゅ、それならそれで、恭輔ちゃまに声が?」

 久しぶりに他人から聞いたその言葉に肩が震える、拳を強く握り締めて”そう”とだけ、いや、感情は最ものせたであろう一言、しかしながら。

 何が本当の目的なのかさらにわからなくなった。

「兄さんに会うなら、お体のことを第一にと、伝えてくださるとありがたいです、近々に会えることも‥信用してよろしいんですね?」

 髪が僅かに揺れると共に殺気を放出する、僅かながらにも傷を付けてみなさい、コロス、僅かながらに心を痛ませて見なさい。コロス。

 僅かながらに涙を流してみなさい、コロス。

「それはもう、恭輔ちゃまは一番色褪ちゃまの”血”が受け継がれてましゅから、そちらの都合で”D”との劣等種扱いでしゅけどねぇ、どう思いましゅか?恋世界ちゃまの下僕ちゃん?‥‥聞いてるでしゅか、恋世界の下僕よぉ」

 赤子の、幼い赤子の姿を偽ったそれからも殺気が湧き出る、開発使用目的、兄さんの全体守護用に造られたCシリーズ、恋世界と色褪の創る化け物。

 その最終のC8が江島頬笑、対能力者用に調整されたモルモット的生き物、赤子で殺すは能力者のみ、実動機は一体のみ。

「そ、それらに関しては末端の私に言われましても‥‥”恭輔”と名づけられた存在は恋世界の管轄内であり、そちらにも我々にも干渉不可であります、そもそも‥‥いえ、何でもありません、はい」

 親戚からも、能力のなかった親からも、親戚からも、世界からも”痛み”を与えられる存在として兄さんは生を受けた、口惜しい。

 恋世界の真意はわからないが、私たちは江島の都合にも、鬼島の考えにも賛同も同意もしない、兄さんを護る、それだけに生きる。

 眼の前の赤子もそうであろうが、認められない江島の家系があるのも事実、壊したいぐらいに憎んでいる。

「まあ、良いでしゅ‥‥恭輔ちゃまの護衛に関しては”今期”が数名付いてくるでしゅし‥江島頬笑がやるでしゅ」

 独特のフルネームで己をあらわす、昔から一向に変わらない一人称、それなら僅かながらに安心。

「江島の今滞在しておられるものに、兄さんを傷つけさせぬように‥‥それだけです‥‥動くのですか?江島も」

「そうでちゅねぇ‥”今期”に数名貰っていただきたい”天然”と”人口”の候補もあがった事でしゅし‥‥みぃーっと、江島の同属取り込みは流石に色褪ちゃまが怒るでしゅから‥‥そちらの鬼島やら、楚々島やら、井出島やら、第一期、第二期やら‥他の異端組織の動向やら‥‥まちゅたく、嫌になるでしゅね‥‥それらの事態を解決するまでは動きたくても動けないでしゅから‥残滓ちゃまも邂逅したらしいでしゅし‥‥一族の恥でしゅね、まちゅたく」

「それなら、良いのです、では私はこれで‥‥ああ、忘れてました」

 立ち止まる、唖然とした上官と悠然とした赤子に向き直る‥いつものアレを忘れていたと気づく。

 髪をかき揚げて一礼して。

「それでは、ご当主のクソばばぁに早々に舞台から立ち去るように、伝えて”もらいます”恋世界にも同様のお言葉を‥兄さんは貴方たちのものではないので、では」

 バタン、部屋を出て足早に第6訓練室へと。

「やれやれ、ああ、貴方までの末端に伝えられている江島の情報を回収しまちたので、でしゅから去るでしゅ‥じゃあねー」

 欲のある赤子だ。



「色褪さまに‥‥今回も数名ばかりが鬼島へと」

「‥‥‥そう」

 空を煽り見て、当主はスズメに餌をやっているようだ‥‥仮面に隠された冷徹な瞳は何も映さないのだろう。

 少女の姿を借りて異端を生み続ける、当主であられる存在は完全であるぞ、自分の腰も低くなるのは無論であると。

「‥‥久しぶりに‥‥孫に会いたい‥‥呼んでくれますか?」

 すぐに興味が無くなったのか餌を全部地面にばらまく、ぱたぱたと赤き着物の中から泳がしていた足もとめる。

 自力では歩けない最強の存在は、瞳と口調は夢見るままに、願いを言う。

「は、はぁ‥‥しかしながらもっとも貴方の愛すべき遮光さま方は今や鬼島の方に、他の方々では駄目でしょう‥‥」

「‥‥‥恭輔に会いたい、呼んで下さい」

 端的に告げられた言葉に顔を顰める、あれは”恥”そのものだ、我々の血を汚す”恥”よりによってDの烙印、いらないもの。

 何故、高貴である当主の鈴を転がすようなか細くも美しい声でそのような戯れごとを言うのか、理解できない。

「はぁ、しかし”あれ”に関しては里のものが反対するかと‥あなた様の願いと言えども‥‥‥それはなりません」

「‥‥ならないのですか?‥‥‥そう、ソレは貴方の‥不完全な考えです‥‥‥そんな事じゃあ、あの子が泣いちゃうから、わたしも悲しいですよ」

 障子を開ける‥‥そこには仮面に隠された”無表情”に右手を振るって真空を生み出す少女、スズメは、スズメのままに死んでゆく。

「きみも死にたいのかな、造弦‥‥‥わたしはあの子に、会いたいと言いましたよね?」

 般若の面で顔を覆い隠した少女が、こちらを見る‥‥当主はお怒りのようだ、私の言葉に腹を立てている‥‥危険な空気。

「し、しかしながら、あのような実験動物に我らが里を」

「造弦‥‥二度は言わないんですけど‥‥‥会いたいから、呼んでくれますよね」

 色褪せてゆく気配、気まぐれの殺意は四散して消えてゆく、もう何も語る気は無いのか、”散歩の時間ですね”と下駄を”浮かし”履いて屋敷を僅かに地面に足をつけずに、浮きながら出てゆく。

「造弦‥‥20年尽くしてくれましたね‥‥消すのはヤですから」

「あ、ありがたきお言葉‥‥」

 この里は恐怖と神々しい少女に支配されている、なのに外なる世界から”恥”が”穢れ”が来る、心が停滞する、さめてゆく。


「ねえねえ、殺さなくて良かったのかな?‥恭輔サンはそう思ってたけど、後々に遺恨とか、そんなんで殺されかけるかもよ?」

「別に良いだろう、差異はそこまでは思わない‥‥‥‥雑魚は雑魚で終わるぞ?」

「うわ、ひどい」

 コンビニの店員に携帯で撮られながら店を出る、美しいって罪だよねとかそんな事を言ってもさ。

「差異だけ撮ればよいのにな、眼が腐ってるのか、ん」

とかそんな言葉しか出てこない相方が横にいるので何も言いませんよ。

「でもさ、何だか僕たちも利用されてる感じだよね、”仕組まれた”にしたら荒すぎるし‥雑だよね♪」

 思ってたことを口にしてみると、差異は血の付いたナイフをクルクルと回しながら、笑う。

「それはそうだと思う、っが、恭輔も差異たちも‥‥‥まだまだ”強固”になる‥うん、だからそれまではあまり物語りに関わらないことだな」

「その口ぶりは大体はわかってる系だよね、本当に恭輔サン以外はどうでも良いんだから、僕もだけどね、最初は後輩を傷つけるのは少しは気が引けるかなって、何でもない、恭輔サンの敵だもん‥‥殺したかったね」

 自分の言葉に何も動揺なんかしない、当たり前だ、愛するべき存在のために他者を殺すよりも、愛すべき自分のために他者を殺すほうが僕にはお似合いってね。

「だろう、しかし、まだ、足りないな‥異端の数で言えば過去のほうが多いのは”出来事”から関して事実、もっと逸れた、差異たちのような
異端が必要だな、ん、もっともっと、恭輔に与えなくてはな、それに関しては今回は良き出来事だったぞ?お得だったし」

「虎は目覚めて、死妹を食ったっと、成果はいいけど‥‥鬼島の連中が駄目すぎたね、最後まで顔ださないでうどん屋でうどんを食べてた子もいたし、死なないけど、駄目だね、本当にさ」

 後ろからおぼんをぶつけて気絶させたバンダナのあの子、うわ、駄目駄目だなぁ、怠慢だよね。

「しかし、うん、差異は役立たずを間違えて己にしなくて良かったと思うぞ?‥‥それら以外にも気になることは、あるぞ?」

「わかってるって、”江島”の事情でしょう、僕も知ってたよ‥‥‥知ってたけど”まさか”だよね、そんなのは早く気づくべきだよ、まったくさ」

「いや、恭輔から流れてくるものがそれに関してはあまり無い、一族は恨んでいても、それの束ねるものには恨みはないと見てるが?」

「ふーん、差異ばっか、恭輔サン無意識に教えるんだ、うっ、僅かながらにもやっとした」

 胸を押さえる、こんな事だったら”同じ部分”に会ったときに自分はどうなってしまうんだろうなぁ、キャラ壊れるんじゃない?

 本当にさ。

「さて、何かが街に来たな、明日ぐらいにご招待と差異‥‥踏んだけどな」

「たまには恭輔サン入れてさ、姉妹だけで乗り込むのも良いかもね‥‥怠慢じゃなくて、本気だけどね」

 江島さん?‥‥聞きたい事情が沢山ありすぎて、僕たちは困りすぎてますよ、あはははっは。

 ぐちゃ。

「電信柱に‥‥卵ぶつけるとは、沙希、うん、馬鹿」

「うっさいなー」



[1513] Re[27]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/23 14:03
 廊下を歩いていると大きなコブをしたバンダナさんがピョコピョコと歩いているのが見えた。

 新しくなった友達に”おやすみです”とメールを送りながら‥これじゃあ恋人見たいじゃないですか!?

 落ち着け自分、息を大きく吸い込んで目の前を早足で歩いていたバンダナさんに駆け寄った。

「塁泉さん、どうでした?」

 途中まで同じく行動、あの戦闘の最中に戦線を離脱したらしい彼女、メールで”お腹すきましたから、うどん食べて帰ります”

 タクシーの中で見たときは自分も文句を言えなかった、何だか下らなくなって仕事を放棄したのは自分も同じ。

「ああ、貴方は‥‥生きてたんですね、メール返ってこなかったから死んだのかと‥‥申し訳ないですが”今回”はうどん食べて終わりです、途中でおぼんをですね‥‥ぶつけられたりして、いたたっ」

 無表情に呟く彼女、本当なら隙をついて”新しい友達”を捕獲するはずだったのに、信用はしてなかったが、何故だろう。

 不思議だ。

「うどん‥‥好きなんですよ、ほっといて下さい‥”彼”に手を出すのはお家で禁止されてましたし、なむなむ」

 バンダナの中から見える瞳は何もうつしていない、事実を淡々と述べている、お家?

「あのぅ、話していることがよくわからないんですけど‥一緒に怒られてくれますよね?‥だって貴方の責任が”全部”ですもんね、よーし、それでは出発です」

 襟をつかんで引きずる、さりげに寮の方向に逸れようとしていた‥‥彼女、逃しはしない。

「あー、やっぱり無理ですかね、逃げるのは‥‥貴方に呼び止められた瞬間に全力で逃げればよかった、余裕キャラは損です、損、そしてそこ行くお二人さん、貴方たちも一緒に怒られましょう」

 いそいそと、建物の影から姿を現す三月さんと巳継さん、二人ともわりとボロボロだったりするのが大きな疑問。

 えっと、”彼”と戦ったのですか?

「はぁ、ばれちゃったか‥何食わぬ顔で新しい仕事もらってさっさと去ろうとしたのに‥調べたいこともあるし‥弟は役に立たないし‥はぁ」

「オイラに言われてもねぇ‥‥それでは、みんなでこわ~い責任者に怒られに行きますか、はい、反省理由」

 巳継さんの指がビシッと自分の目の前で、って自分ですか!?‥‥えっと、えっと、責任は全部塁泉さんにありますし。

 あるとすれば。

「えっと‥‥‥ずっと新しくできた友達と勤務中に遊んでたことでしょうか?」

「それなら、こちらは”うどん”を勤務中に食べたくなって戦線撤退した事ですね‥‥後は実家の宗教上の理由とか何とかかんとかで」

「っでオイラ達が、二人の天使に理由もわからずにボコボコっと‥‥やべぇな‥‥‥あの上官に殺される‥って真面目に働けよ君達」

「うぅ、こんな理由で説明通るかなー」

 ギィ、流石に人通りも少なくなってきた廊下で、一つの部屋のドアが開く‥‥126番。

「テメェらの素敵な口上は聞き飽きたぜ‥‥‥安心しろ、暫くテメェ達はオレの下で素敵で無敵な合同任務だ、まずは、燃えたい?溺れたい?
‥‥‥SS級の選炎選水の若布‥‥全力で力を行使してやるぞ‥それと塁泉、テメェは許す、”あいつ”がいたならうどん食うしかないわぁ」

 何故か一人を残してお仕置きタイム‥‥反論はしません、何か理由があるでしょうに、でも、やばい、彼にメールを‥‥”死ぬかもしれないです”‥‥さあ、受けようじゃありませんか。

 燃えたり、溺れたりのお仕置きを。



 皆が焦げたり、水で”膨れたり”そんなのを横目に椅子に座る、うどんだけではお腹がすきますね、やっぱ。

「塁泉、宗教上ってのは、実家の、”江島”絡みって事だよなぁ、オレとしても実家と仕方なく言うけどよ、いたのか?」

「‥‥ですね、事実、持っている空気が色褪さまと同じく‥‥しかし、それに関しては鬼島も理解しての事でしょう、うどん屋で意識浸透にどつかれましたよ、って事は最低でも彼女は取り込んだと見て間違いないかと‥‥‥殺すには手間が要ります」

 我が家の恥として生まれた少年、好きとか嫌い以前のレベルで親に叩き込まれた”色褪さまのお許しあれば早々に殺すのに”それだけ。

 別に恨みはないが、災厄として事実生まれたのなら殺さないといけないのも事実、まさか鬼島の任務にて彼を見つけれるとは。

「オレはあいつには手をださねぇよ、実家の教えも知らん、するなら勝手にしろよ‥‥くだらねぇぜ、ったくよぉ‥」

「それは貴方が謀反者で鬼島に完全に移ったからですよ、薄いとは言え色褪さまの血を、SSの力を天から頂いたのに、無礼じゃありませんかね?」

 例え相手がSSでもそこは譲れない、睨み付けると彼はおもしろそうに目を細めてタバコの煙を吐き出す。

 横では物凄い顔をした皆さんの顔が‥やばい、シリアスなのに笑いそうです。

「無礼?‥‥オレはあいつとは仲いいんだよ、弟みたいなもんだ、テメェのムカつく言葉聞くたびに水圧間違えそうじゃねぇかよ、ああん?」
 
 始めて見る優しい彼の瞳にムッとする、そんな彼の顔は見たことがない、しかもよりによってその対象が、おかしくないですか?

 ここにいる理由が、自分がここに望んで入った理由がわかってるのですかね?‥‥追いかけてきたのに、鬼島まで。

「あれは、穢れです、恥です、そして‥‥‥鬼島と江島の、全ての異端の戯れから生まれた化け物ですよ?いえ、全ての異端に通じる」

「それがどうした?B級がそんな内部に通じていることを喋ってたら、痛い目見るぜ、”江島塁泉”‥‥また、ここを出れば他人だかんな」

 お仕置きは終わったのか、力を解いて、解くと同時に恐ろしいほどの形相で呼吸をしている三人が目に入るが無視。

「じゃあな、明日からテメェ等はオレの下で死ぬ気で働いてもらう‥今日は体を休めるように、あいつを殺そうとしたらオレがテメェを殺す」

 女心をまったく理解していない彼は去る、そういえば、彼の昔のことを知らないのも事実なのですね。

 穢れと通じるなんて、どんなおもしろくもムカつく過去があるのでしょうか?



 この里に何かおもしろい”存在”が来たらしい、当主がひどく嬉しそうで、長老連中の顔が厳しかったのが虚ろに記憶にある。

 オレは炎をボウボウと、森を何をするわけでも燃やしていた、後で水で消せばいいし、それでいい。

「うふ~ん、若布ちゃ~~ん、待ってよ~~~~~ん」

「うっせぇな、ついてくるなよ芳史(よしふみ)‥‥それと女言葉は使うな‥燃やすぞ」

 見るに耐えないオカマに絡まれながら道なき道を歩く。

 オカマの芳史は幼馴染であり悪友、常に何故か一緒にいたし今でも鬼島の中で一緒に働いている。

 無駄に恵まれている体格と額のホクロが本人曰くチャームポイントらしい、この頃には奴のそんな言葉も”ふーん”と聞き流すようになっていた。

 親指を噛みながら涙目で睨み付けてくる奴はまさに悪夢そのものだったが、現在進行形で。

「ねぇねぇ、今日って色褪さまの外に出ていたお孫さんが来ていらっしゃるんですって、知ってる?ねぇねぇ若布ちゃ~ん」

「ねぇねぇうるせぇ、知ってるよ‥‥能力なしのガキから生まれた奴らだろう?‥‥ったく、くだらねぇ」

 茂った木を見る、右方向にナイフ傷、帰り道はこっちだな‥‥おっ、野ウサギだ、可愛いじゃねぇか‥オカマを視界から追い出す。

 走り去るウサギを見ながら淡々と、ここら辺で能力で遊ぶのはやめるとするか、また山火事にでもなったら親父に殴られちまうし。

 下らない思考。

「そこの子供が無茶苦茶綺麗なんだからっ!血が濃く具現してるって、爺さんたち喜んでたわよ?‥冷たい感じの女の子だったけど、きぃ~~~~、オカマの嫉妬を受けるに相応しいわ!」

 鼻息の荒いゴリラを嗜めはしない、無視をして足を進めるのみだ。

「でさ、何だかおかしいのよ、そこの子供達、一人だけ、色褪さまが抱いててね‥いや~ん、Hな意味じゃなくて、車から出すときに当主直々に、眠ってのかしら?‥わかんないわねぇ‥‥怪しくない?」

 目が鋭くなる、こういった時のオカマの話は聞くに限る、やっと知性が僅かに出やがったオカマ、そのために外に出たのに。

 大人に聞かれるのはまずい、世界は広いことを知っているオレたちには里に起こる異変はなるべく追求するようにと、そんな信念があった。

「ああ、当主が自分から誰かを迎えに行くなんてありえねぇ、遊びで里のガキを殺すような奴だぜ?‥血が薄い奴に関しての態度は本当に悪魔そのものだしな」

「隣の来夏(らいか)も言ってたわね、大人は子供を侮りすぎてるってね、どうせ、私達のようなランクの高い子供はいずれ鬼島へ献上されるわけだし‥‥‥おかしいと思わないで過ごしているガキはムカつく限り、蒼繕(そうぜん)とか何て、当主のために死ぬとか言ってるものね、気持ち悪い」

 洗脳に従わない子供もいる、洗脳とは全てを消して新たな概念を無意識に植えつけられる、親の教育、里の独特の閉鎖された空気。

 それでも賢いガキはいる、違和感を覚えるものだっている、自分もそんな”普通”のガキの一人、横のオカマを合わせて二人。

 もう一人の幼馴染の来夏を入れて三人‥‥従わない子供。

「そういえば蒼繕の奴、そのお孫さんにお熱なんだってさ‥‥うふふ、あいつも可愛いとこがあるじゃないのよ」

「‥‥あいつがか?‥‥人間の心持ってたんだな、オレはその事が驚きだぜ‥‥ん?」

 足を止める、何かの気配を感じた、今度はウサギじゃなくてもっと大きな気配。

「あら?‥‥‥猪か何かかしら?‥‥‥捕まえて帰ろうかしら?‥ママも喜ぶわ」

「‥‥里の連中にもわけてやれよ、オレが水で止める、お前はいつも通りにその馬鹿力で後ろから猪をドツケ」

「ドツケって、叩くと言って欲しいわねん♪」

 下らない会話、下らないやりとり、しかし身は戦闘態勢に‥‥まあ、今日の晩飯が少し豪勢になる程度の喜び。

 ガサッ、眼で合図をして飛びつこうとする前に、”そいつ”は自ら出てきた。

「えっ、と‥‥ど、どうしよ」

 真っ白い服に身を包んだそいつはオドオドと見上げてくる、気持ち悪いほどに肌が白い、日に当たっていない人間特有のソレ。

 体のあちこちに擦り傷らしきものがあるのが、こんな山暮らしの中の人間からしたら幼児的な稚拙な結果、自然と近寄って傷口を見てやる。

 後ろでオカマが叫ぶが気にしねぇ。

「っと、おいテメェ、こんな軽装で山に入って迷子とは、偉く余裕じゃねぇか、芳史、絆創膏持ってるか?」

「も、持ってるけど、その子」

 何かに怯えるように、一歩下がるオカマ、こいつが怖い?まさか‥‥体の弱そうなクソガキじゃねぇか。

「あ、あの、ここ、ど、何処ですか?ここ」

「‥‥‥焦るな、落ち着きやがれ‥‥傷口はこんだけだよな?‥‥ちょっと服どけろ、みしてみそ」

「うわ、きゃっ」

 きゃって‥‥女じゃねぇのに変なの、つうか小せぇなぁ、白いし‥マジで女みてぇ、飯食ってるのか?

 座らせて治療してやる、っても消毒液つけて絆創膏貼って、軽くハンカチでっと、よし。

「あ、あの、こ、これは」

「ちりょー、治療だよ、んで?‥‥何処のガキだ?‥里じゃあ、見たことはねぇな」

 何故か突然にあたふたと、効率の悪そうな動きをしながら逃げ出そうとするガキを掴む、”うーーっ”逃げようと努力してるけどな。

 オカマがそういえば何か言ってたな。

「芳史、こいつの事知ってんのか?‥‥ちんまりしてて、女みてぇ、うら」

「うあー、は、はなしてーーー」

 ガサッ、再度の草の擦れる音、今掴んでいるガキと違ってまったく気配を感じなかった、情けないことに体が一瞬震えた。

「兄さん」

 ”女”が横切る、まるでオレの姿は見えてないというように、ただ一点を見つめて横切る、痛い?

 腹から、血が出てる‥‥それが、銀の閃光のせいだと気づくには、幾分かの時間が必要。

「ああん?」

 阿呆みたいな疑問が口から、オカマの青白い顔が遠くに見える、遠くに‥‥地面にゆっくりと倒れる自分。

 何でだよ。

「若布ちゃん!?」

 抱き起こされる、何って胸の分厚さだよオイ‥香水と汗の臭いが混ざり合って気分悪い、血が出てるだけではなくてな、きもちわりぃ。

 銀のナイフを持った女‥‥オレより年下のガキは‥そんなオレに一瞥もせずに向かう。

「兄さん、勝手に外を出歩かれては‥心配します‥離れないで下さい」

「だ、だって‥‥こんなところに来たの初めてだから‥えっと」

「‥‥‥お手洗い時に逃げましたね?‥‥そちらまでご一緒のほうがよろしいですか?‥あぁ、それと外にはこのような害虫がいるのでお気をつけ下さい‥‥ナイフ、刺さりました?‥初めて人を刺したので勝手がわかりませんでしたけど」

 こちらなど気にせずに淡々と告げるクソガキ、本当に虫を見る眼をしていて、もう一人のガキは何が何だかわからずに戸惑っているようだ。

 こちらのほうが戸惑ってるぜ、ったく‥‥ああ、痛ぇ、当主の直系のガキだよな?‥めんどくせぇ、一緒じゃねぇか。

 こうやって虫を殺すように人を傷つけやがるとこが、ははははははははっ、良く似てやがる。

 ということは、あの横のもう一人のガキが‥件の、だよな?痛さを、吐き気を無視して立ち上がる、突然の悪夢には怯まねぇ。

「‥‥‥兄さん、行きましょう、色褪さまが‥‥‥”試したいこと”があると、お護りしますので、安心してくださいね」

 自分より僅かに背の高いガキの頬を撫でて、手を引く、呆然としているオレとオカマは無視かよ‥‥刺したナイフをテメェの胸元に挿入したいんだけどよ。

 その後に溺れさして燃やす、徹底的に。

「あなた方も、兄に近寄らなければ刺しもしませんでしたよ?‥同じ化け物の血を持つ者、仲良くするようにと両親から教えられているので‥今、手を出せば色褪さまに処罰されるのはあなた方とご家族かと‥‥”お気に入り”ですので、こちらには処罰は来ませんよ?どうしますか‥ご返答を」

「‥‥あー、フラフラでムカムカする、ただの散歩で刺されて血が出て痛いってか?‥普通に聞き流すような展開、許せねぇな‥‥しかもそんな卑怯な手の回しようでお兄ちゃん、過保護ってか、過保護で刺しますか?そいつの横にオレがいただけで‥どんな兄妹だよ」

 血を止める、こいつも水分‥‥十分に操れる要素を持っているっが、余分なものが多すぎて力を多く使う‥さっさと帰りてぇ。

 動こうとしたオカマを手で止める、厄介ごとがおもしろい事を背負ってやってきたのだ‥殺さない。

「そこのテメェの兄貴な‥‥最初は”普通”かと思ったが、違うな‥テメェの方が”似てる”かと思ったけど、そいつも違う‥‥芳史‥‥そこのガキ、似てねぇか?‥‥‥‥”普通”だけど、普通じゃねぇ‥ご当主様にな」

「‥‥えっ、そんな事はないとおもうけど‥‥それより、若布ちゃん、血が」

「大丈夫だよ‥‥おもしれぇ、このくだらねぇ里で、くだらねぇ事で生きてたのに、こんな異分子をな、見逃すかよ‥‥似てるとおもわねぇ?
ああ、オレもおもわねぇ‥でも似てる、そっくりだ、何かと聞かれたら困るけど、何かがまったく一緒だぜ」

 オレの言葉に僅かに強張ってゆく女のほうのガキ、白い頬が赤く染まってゆく、人形みたいな冷然とした顔に何かが灯る。

「兄さんは誰にも似ていない、至上のものです、それはこの里のものに対しては光栄かもしれませんが、この身に関すれば最高の無礼です、謝罪してくださいませんか?‥‥‥それとももう一度刺せば貴方のその五月蝿い口もお静かになるのかしら?」

「‥‥‥チッ、口うるさいガキだぜ、暫くこの里に滞在するんだろ?いろいろちょっかいかけて、教えてもらうぜ、行くぜ芳史‥いたたっ」

「ちょ、ちょっと若布ちゃん!?」

 ふら付く足に力を込めて前に前に歩く、おもしろいぜ‥‥本当に‥‥これで少しは色々と知ることができるかも知れねぇな。

 先ほどの味気ないイメージと違う‥‥おもしろい兄妹、外界からの直系、大歓迎だぜ。

「あ、あの」

 呼び止められる、あまり人に話したことがないのか、高いけど何処か掠れたような声、あのガキの声。

「あん?」

「あ、ありがとうって言わないと‥‥駄目です、ありがとう」

 稚拙な言葉、オカマは眼を見開いて、何処か優しい目つきになり、女のガキは親の敵のようにオレを睨み付ける。

 そしてオレは。

「ああ、その馬鹿妹に今度は嫉妬やらで刺すなって言っとけ、本家の屋敷にいんだろ?明日いくわ、じゃ」

 約束を押し付けて傷口を押し付けて、ゆっくりとした足取りで里のほうへと向かった。

 それがあいつとの無茶苦茶な痛みを持つ出会い。



[1513] Re[28]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/25 08:33
 ざわめく音を聞きながら、敵が現れたら粉砕して、いなければ何も無い空間を無言で攻める、出現すれば即死のルール。

 容易い実験に付き合いながら、”変化”して伸びた手足を振り回し、壊す、なぁに、何ておもしろい事実だろう、悔しい。

「これで終わりなら調整に入るゾ‥‥‥もう、疲れタ」

 コキコキと鉄の塊の残骸を、空き缶を開けるような音で素手で掻き分けて、この場を去ろうとする。

「少し待て、今日は貴様の開発理由である”アレ”がこの里に輸送されたと聞く、会ってもらおう」

 アレ?‥‥ああ、自分が生み出された理由である”アレ”生れ落ちてから既に1年半、そういえばそんなことも忘れていた。

 おしゃぶりを無表情で吸いながら、自分の”調整者”を鋭くにらみつける、ほら、眼を擦らす。

「な、何だ、その眼は、私は!」

「知っているゾ‥‥調整役を仰せつかったエリートさまだロ、五月蝿いから暫く黙レ、手元が狂って、狂って、狂って、脳みそまで狂ってさ、殺したらどうすル?」

 カタカタと未だにしつこく蠢く人型をした人形である鉄の塊、電子音を放つそれを持ち上げて微笑む、肉も鉄も死ぬときは震えるとは。

 どちらが”本物”かわからないな。

「ちぃ、精神の安定さが唯一の失態か、そのように創造主に歯向かうとは‥‥もしもの場合の貴様の廃棄を決定するのは私なのだぞ?」

「ほう、ほうほう‥‥ならば貴様を処分すれバ、ソレはあり得ないナ、殺るゾ」

 トンと、機械の塊を掴んで投げる、人型の機械が人型の肉に当たって互いに相殺できるのか?興味が尽きない‥おもしろいナ。

 消えろ、死ね、滅びろ、調停者を殺すのはこれで111人目だナ、愉快痛快ナリ。

「ひびぃ!?でふっっぅ」

 グシャ、回転しながら顔面にキスした鉄の人形と、ベッドに勤しむように共倒れ、それを冷たい瞳で見ながら。

 いつもの幽閉場所に帰ろうかと、足を速める。

「‥‥また殺しましたね‥‥‥ん、血は薄い子だ、味でわかります、片付けなさい」

 突然に出現した、浮いている般若の面の少女はそれだけを、死体の肉片を口に運んで、”それだけ”言って、冷たい当主だナ。

 一応はいつも通りに。

「やあやあ、色褪さま‥こんな下作品(げさくひん)に何の御用かナ?もしかしたら自由をくれるなら嬉しいゾ」

「ソレはヤーです、ヤー、貴方には私の濃い血を与えていますので‥」

 ふよふよと、漂いながら、羽のように風に身を委ねるように、手に何かを抱きながら微笑む。

 いや、正しくは微笑むような嬉しげな声音をしているって事しかナ、わからん。

 機械と肉がのめり込んだ大木に背中を預けて、睨み付けながらも、言葉の意味を追求する。

「それだったら、江島頬笑のような化け物を沢山生成すれば良いナ、どうなのダ?‥‥”人工”と”天然”の違いはどうゾ?‥くっ、あはははは」

「‥‥‥‥安心して、わたしの血は”人工物”には受け入れらないですから‥‥この子が、わたしの全ての血を」

 何かをゆっくりと地面に下ろす、何か?‥‥動く、こいつを殺せということか?まだ実験は続いているのか?‥前にもこのような戯れはあったしナ。

 今まで誰かを殺して目の前の少女に叱られたことはない、だったら、このタイミングで蠢く生き物は、殺したほうが良いのカ?

「‥‥”殺せるなら”殺したら?‥‥‥‥ほら、きみ‥殺してよいよ、やってみて、殺ってみて下さい」

 何処か鼓舞するような当主の声に、疑問を感じながらも構える、殺したほうが良いのカ?

 どうせなら命令してくれたほうが楽なのに、殲滅兵器である太陽の洗礼で発現せし紅爪(あかつめ)を伸ばす。

 空気を喰らい増幅するのは異端の力、遠離近人のドレの力だったカ?忘れてしまった‥‥どうでも良いゾ。

 殺すのに向いた武器なら何でも良いゾ。

「いいゾ、命令を当主、従ってやるゾ?‥‥‥‥‥道具を使うのには行動が必要だからナ」

「‥‥‥”殺せるなら殺してみて下さい”」

 御意っと、ヒュウと軽く呼吸をして、身を引き締めると同時に飛翔、地を蹴らずに異端の力にて近寄る、我二敵ナシ。

 紅い爪をあの小さな蠢くものに刺し込んで、今日は終わりだ、寝よう、寝る、まだこの身は完璧ではない。

 調整が必要だナ。

 シュッゥゥ、地面をバターを溶かすような音で蹂躙する紅い爪、これで何処まで伸びているかは理解出来ない敵がいる。

 後は空に向けて一閃、それを走らせば、あれは真っ二つになる、真っ二つで生きているのは珍しい、生きていたら‥畳み掛けるようにもう一閃。

 それで行こう。

「あ、あの、色褪?‥‥‥早く帰らないと、外が暗い、お、おか‥さんに、怒られる」

 声が聞こえた、オドオドした声に、体が微動も出来なくなる、突然の停止、紅い爪は消失してしまい、武器も失う。

 声が出ない、声も失う、体が動かない、神経を失う、瞬きできない、視点が捕らわれる、心がざわめく、激しい脈動と感情。

 これは何ダ?

「いいのですよ、あのような薄き存在に従う義理はないのですから‥‥我が子ながら」

「色褪?」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥馬鹿ですね」

 長い沈黙で毒舌を吐きながら、ソレの頭を撫でる当主、白い服に、式服に身を包んだソレの瞳がこちらに固定される。

 驚いたような、事実、驚いているのかクイクイっと、己より僅かに背の高い当主の赤い着物を引く、きゅっと手で握り締めて。

「あ‥‥の子だれ?」

「あなたの下僕ですよ、好きになさい‥‥では、わたしは」

 シュンッと影に吸い込まれて消えてゆく異端の長、般若の面の下は恐らく満面の笑み、してやったりと。

 自分の保護者がいなくなったのに不安を覚えたのか慌てるソレ、先ほどの言葉の意味も理解できていないのか。

 こちらに近寄ってこない‥‥‥精神年齢は置いといて、今の姿なら自分のほうが容姿に関しては大分年下なのだがナ。

 言わないが、そんなヒヨコのようなソレに保護欲が出てくるのは、違う、それは江島頬笑が言葉を知らないだけ。

 感情を扱えないが、もっともっと、深き感情、作られた、造られた、創られた理由を肯定する存在、だから殺せなかった。

「‥‥‥‥ああ、貴方様が‥‥そうカ、不安ですカ、こっちに来ると良いゾ」

「あ、あの」

「ほら」

 引っ張る、自分の手は血で濡れていないナ?‥彼を汚すなら己でも滅ぼさないとならない、右手が汚れていたら右手を折る。

 左手が汚れていたら左手を切り、首が汚れていたら首を、そして穢れなき体で彼を抱きしめるのだ、名を問おうと思う。

「‥‥名を問うナ、貴方様のお名前を、この下らぬ作品に、生きる意味を‥‥」

「‥‥‥え、えしま、きょーすけです、恭輔って字は‥‥うんと、たしか」

 瞬間に、跳ねる、足などは動かさずに浮遊しながらの移動、刹那の瞬きで、地面に刺さる銀の鋭利。

 ナイフ。

 それは人を殺すものであり、自分を殺すものではない、自分は化け物だから刺さっても平気、むしろ刺さらないカ?

「この子供の手でナイフを投射は無理ですね、御機嫌よう、死ねばいいのに」

 後ろから”少女”に抱きすくめられた恭輔サマは目を瞬かせながら、泣き顔のように、とりあえずは唸っている。

 ”どうしよう”と聞こえるのは、どういった事態ダ?

「遮光?‥あれ、出口でまってろって‥‥色褪言ってたよ?‥怒られるかも」

「このような事態があるからですよ、兄さん、そちらの玩具も自分の立場を理解出来たようですし、ナイフで刺し殺す必要性はありましたでしょうか?」

 悠然と恭輔サマを抱きしめて、こちらを見つめる瞳がある、力がそろそろ尽きるのだろうか、手足に力がなくなってゆく。

 でも赤子の姿でも、何かこちらが恭輔サマに行動を起こすだけで、殺そうとするなこの”女”は。

「さあ?‥‥貴方があの遮光サマですナ、御噂は聞いています、はいはい、そっくりですナ、色褪サマと」

「‥‥‥やはり当てないと駄目みたいかしら?‥‥ふふっ、貴方の血が赤色なのか少し興味が出てきましたのが不思議ですわ」

「だ、駄目だよ、さっきお話して、えっと、わるい人じゃないから、何もされてないよ遮光」

 彼女の黒いワンピースの縁を引っ張って止める努力、それに対して優しげも不思議そうな、空虚のような淀んだような。

 愛するゆえに淀みが純粋にさえ見える瞳で遮光サマは問いかける。

「だって兄さんとあの方は仲良さげに”お話”されていたではありませんか?‥‥‥兄さん?‥‥心配して言ってるのですよ?」

「遮光‥‥‥で、でも」

 小さな口を人差し指で遮る、何処までも優しい空気のままに彼女の微笑みはさらに空虚になる、色を失ってゆく。

「兄さん、依存するのは私と”光遮”だけで、それ以外を望まれるのは不必要ですから、いらぬものに兄さんが汚されるのは気分が悪いです、吐き気がする、絶対に不必要、故に殺します‥‥だけど望んではしません、兄さんは”いい子”なら、わかりますよね?間違ったことを言ってますか?」

 幼子が屈折した独占欲を述べる‥‥それに対して何もできずに見つめる、何もできないではなくて、自分と同じなのだと。

 でも、ここまでは歪んでいるのかナ?

「ああ、貴方はそう言えば、兄さんのためだけに生み出された、玩具でしょうに、誓いますか?」

 圧倒的な存在的を有する少女、単純な、阿呆な言葉で言えばカリスマとも捉えられる存在感。

 ああ、この里では血が具現してるとさえ言われる神聖な血統覚醒、それを持っているのですネ。

 幼くても冷たい美貌で睨まれると‥‥何処かゾクゾクとさえ感じてしまう、しかし、尽くす相手はその隣にいるお方。

 何処か空虚な瞳で、何を言うわけでもなく佇む存在、それは、何も知らない里の連中からは頼りなくか弱げに見えるかもしれない。

 違うのだ、”今”は何も無いだけで、空虚とは、”ある”空虚とは‥限りない無限の可能性をも有する、それ以上に世界に認められない存在感。

 この世界にあり得ない存在だけに、包む空気か常人には認知できないのだ、素晴らしい。

「江島に江島頬笑は今を持って全てを捧げますゾ、っが、そちらの方も約束を違えたら、無名の約束をナ、その方を護るための仮初の忠誠ですゾ、気をつけるように、あはははははははははははははははは」

「ふふ、望むべくしてのこの時間、私は逃がしませんよ、兄さん、それでは、この場は去りましょう」

「遮光ッ?ぅぁ」

 唇に吸い込まれるように、幼子と幼子の唇が、舌が絡む、こちらに見せ付けるような氷の、炎を宿した氷のような絶対零度の、正反対のものも宿した瞳に射抜かれはしない、この兄妹はこの在り方でしかこの冷たい世界では生きてゆけないのだから。

 泣きそうになるほどの少女の独占欲如きで、馬鹿にしてもうろたえる必要性は無い、それが邪魔になれば少女も江島も抹殺対象なだけだからナ。

 ポンッっと解ける、己の体、おおっ、お二人とも空気を忘れて眼を点に、舌絡んでますよ?唾液が糸を引いてえろえろでしゅよ。

 でしゅ、戻ってしまったでしゅ。

「恭輔ちゃま、奴隷が如き我が身を捧げましゅ‥‥今日からは飼い犬に成り下がってやるでしゅか、やれやれでしゅ、でしゅましゅでしゅましゅ、さーてと、この里で気に食わない奴がいたら仰ってくだしゃい、螺旋のように体をして、木に巻きつけておもしろい殺し方しましゅから、きゃははははははははははは、むう、粉ミルク‥‥‥喉乾いたでしゅよ~」

「‥‥えっ?」

「兄さん、だから変なものが、近寄ってくるのですから」

 その前に舌を絡めるなでしゅよ、いい加減に赤子の前でそんなものを見せ付けるなでしゅ。



「Aシリーズに関しては、とても、精神が安定しておりません、やはり原型を留める具合には、それは無理との、Bシリーズではかなりの良作が、B1のアルビッシュ=ディスビレーダの戦闘能力はかなりのものでこれに関しては干渉の必要があり”アレ”が望むなら取り込むことも良しかと、しかしそれでは外部的な行動が不可になるので、やはり一部よりは”忠誠”のほうが良しかと、良しかとばかり言ってますね、ふん、それとDシリーズの開発はかなり難しいものがあるかと‥‥人口生成ではとてもとても、残った”残滓”のデータを幾分か参考に、考えてますが、本来なら自然に生まれるべくしての化け物、同じものは‥無理ですね、ええっと」

 長々の話を、長々と聞き流し、般若の面を僅かながらに外し、微笑する。

「アルビッシュ=ディスビレーダに関しては同型のビルビッシュがいたの、西洋かぶれの術術術(さんじゅ)の分野の技術もそこそこに信用できるのう、簡単な論理で難解なり、本来の術とは、不可能を可能にすることなり、ならば魔術、魔法、能力、それらに縛られて無理が通らんのは真の力ではなし、アルビッシュ=ディスビレーダは奇跡を体現せし、しかしながらの」

「やはりの巳妥螺眼と名のつく単体の魔法には勝てないですね、あれは論理ですから、全ての世界の法を司るとは”奇跡”でも対抗は出来ません、千年に一度の化け物なら対処の使用が、あれは」

「三千年に一度の化け物と予想、一種の怪獣‥‥‥我らが世界ではカテ瑠イ島(かてるい島)に住まう呼応ガ獣(こおうがじゅう)のようなもの、そういえば、2期では、八十メートルを超えるものも”取り込まれた”とか、異端ならば何でも良いのか、化け物が!」

「‥‥‥それかと、あのような化け物に襲撃されれば我らも滅びる、世界さえ違う呼応ガ獣すら境界を無くすとは、恐ろしや、恐ろしや」

 老人連中の言葉はおもしろい、欠伸をしながら煎餅をパリパリッと、そして般若の面を被る、誰もこっち見てないし、ばれてない。

 安心しました。

「3匹の呼応ガ獣に関しては情報が、”雷羅守”(らいらもり)”スサノオ””一二三”(ひふみ)それぞれに、原型は蛙、百足、爬虫類の王かと、それぞれ生まれた経緯は災害発生、論理発生‥‥‥何千年もの間の長寿による神話のレベルに己の駒を移動と、それらは”アレ”に忘れられてからはカテ瑠イ島の深海に眠りに、2期の、他の異端である残滓らに関してはこちらの追尾を全て殺しつくしております‥‥‥一期であった最強である自然発生型の怪獣の獣死呼応(じゅうしこおう)も既にロスト、黒狐と名のついたアレは今は動く気はなし、後は‥恋世界は独自でのアレへのアプローチをかけてきています、同じく自然発生型の”モロス”も」

「もう良い、異端、異端、異端、呼応ガ獣、そして映画のように他国の気まぐれが‥くそ、そこから生れ落ちた怪獣?大概にしろ‥‥‥”アレ”はそれらを己の一部にしても、まだ取り込み足りんのか‥餌はやり続けんといかんのはわかるが、こ、これでは」

「力を増強さすだけかと?‥‥しかしながら、”アレ”は全てを忘れるのですよ?‥‥そうしたら能力者も根本否ノ剣も遠離近人も魔法使いも
呼応ガ獣も怪獣も‥全て‥‥己の全体である”アレ”の世界を壊そうとはしなくなるのですから、当主、返答を」

 いま、あなたが話をふったわたしはその中で‥‥一番の異端なのだけど、どうしましょう。

「‥‥きみたち程に重き悩みはないですが‥‥‥‥そうですね‥下らないと、呼応ガ獣に関してはわたしが餌として与えました、かいじゅうーさんも同じですよ、放射能ばりばりじゃなくて残念でしたけど、残滓たちは下手に手を出すと死人が増えますし‥アルビッシュ=ディスビレーダの奇跡の論理には興味があるけども、それだけです、さあ、皆、帰りなさい‥全ての異端に通じる恭輔を相手に、死にたくないでしょう‥はぁ、喋りすぎた」

 何処か納得しない顔で去り行くものたちを、般若の面の下で見る、見ても年老いた老人しかいないけども、下らない人間達。

 なにより血が薄い。

「‥‥‥‥他とはレベルの違う異端の全てとひとつになりなさい‥‥‥そうしないと、ヤですよ、恭輔」

 ”アレ”とは、永遠に成長してゆく最高存在なのだから‥‥。



[1513] Re[29]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/25 22:39
『それは彼へと続く文章な屈折』

 与え続けようと言いました、彼は全ての異端を我が身とできる、我が精神とできる。

 故に全ての異端に通じる存在は奔流からして彼に通じてしまう。

 能力者はもっともな存在、我が身としては確率的にもっともなり、遠離近人も同様なり、人を超えしカテゴリーなり。

 それに対しての力への反抑止の存在にて呼応ガ獣と怪なる獣を取り込み、異端の力への抑止力にて魔法使い、根本否ノ剣を必要。

 また、それに対しては確認される事項だけでも世界の異端と認識されるものへの全てへの干渉が”百年前”より見られる、不可解ナリ。

 確認されるだけでも、”思われる”存在からの順にあげてみようと思う。

 鬼島を抱える最凶の能力者『恋世界』根本否ノ剣と能力者の融合体と思われる騎士『覇ヶ真央』エリート種族である江島の当主『江島色褪』蛙より身を転じた蛙王獣『雷羅守』百足より身を転じた百足姫獣『スサノオ』太古の巨大爬虫類の伝説への終焉『一二三』時代の生み出した星を震わす災厄『獣死呼応』一種でありながら世界へとその身を侵食する巨大魚『モロス』既に絶滅されたとされる黒狐族の生き残りである『黒狐』もう一人の最凶の能力者である『残滓』同属殺しの根本否ノ剣『心螺旋』夜の法である魔法使い『巳妥螺眼』‥‥‥まだ、それ以外は”一応”確認されておらず、通じる異端組織は。

 能力者の巣窟”鬼島”、絶対血統能力者のエリート”江島”、深海にて身を隠す大剣”楚々島”遠離近人を抱える異形の森”井出島”既に”人間”への干渉をその巨大さと”世界観”の違いゆえに法的規模で取り止めた呼応ガ獣の”カテ瑠イ島”魔なる法を司る幼き魔法使いの国”此処島”(ここしま)怪なる獣が自然と知性のある獣死呼応によって従われた”星島”(ほしじま)

 全てが突出した”異端”であり、この広大な世界にて自然と”普通の人間”に干渉しないのがルール、しかしながら鬼島を除くが、この中でも突出した存在が彼の一部に選ばれ、吸収されている模様、もっともな危険なカテ瑠イ島と星島は無干渉、そして他組織も今は沈黙。

「どのように、”アレ”は‥‥我らの、”江島”に生れ落ちてしまったとは‥‥そのような事では、事実、恐ろしいことに」

「全ての異端の慰めとは言え、力は恐ろしい‥反則である”雷羅守””スサノオ””一二三””モロス””獣死呼応”の五災神は己を律し、その世界の違いを肯定し、この世界への干渉はどうやら取り止めている模様、人型である存在たちは各所で何かしらの行動をしているかと」

「抑止力ではなく、あれそのものが災い、我らの高貴な江島の血を”使い”具現しおった‥‥当主の考えがわからん」

 調整、微調整、真っ白いドレスに身を包んだ少女に集中、どうでも良い事実を聞き流し、集中するのみ。

 奇跡を体現せし少女の名はアルビッシュ=ディスビレーダ、彼のためだけに調整された奇跡の魔法使い、その力は神に近しい奇跡の体現。

「あー、五月蝿いザマス、ジジィ達、当主に蔑ろにされたからって”アレ”の愚痴をここで言うのは止めて欲しいザマス」

 眼鏡に手を当てて、こめかみをピクピクさせてジジィ達を手でしっしっと押し出す‥これからの調整はアルビッシュ=ディスビレーダの服を脱がさないとならない。

 さっさと立ち去るザマス。

「しかしながら、レイス殿、貴方の手塩にかけたそのアルビッシュ=ディスビレーダですら、かの者の所有物になるとの事、そなたはそれで良いのか?」

「それは、そうザマスが‥‥‥しかしながら、それは彼と一度、お眼を通してからの決定事項でザマス‥‥私の娘をくれてやるにはそれ相応の覚悟がいるザマスからね‥‥それに、従わなければ当主に殺されるだけザマス‥‥それに、彼の存在意義を肯定するのは大事ザマスよ‥何もそこまで毛嫌いするほどでは無いザマス」

 培養液に沈められた、まあ、培養液では無くて純粋の魔なる力の奔流を水の属性を借りて現世化してるのだが、その中で眠るように、白いドレスで眼を閉じているアルビッシュ=ディスビレーダ。

 その前面部分で浮遊している情報を眼で読み込みながらの生返事、さっさと帰れとは、これ本心ザマス。

「それでは‥‥‥我らはこれにて、貴方様は我々の仲間だと信じるゆえの」

「はいはい、裏切らないザマスよ、あんた達の知らぬ過去に、江島に”魔女狩り”時代‥私を匿ってくれた恩は忘れないザマス、安心するザマス」

「おおっ、それでは‥‥‥奇跡を体現せし魔法人形‥‥期待しております」

 いそいそと年月により丸まった背中を動かしながら、去り行く皺深き老人達を見守る、自分より何百年も年下の”生き物”

 この少女体の体から成長しないことを呪わしくも感じていたが、あんなに老けた思考で狭い認識で凝り固まるよりはマシなのかもしれない。

 サングラスをクイッとあげて‥‥自分では気に入っている大人の仕草を、そして白衣を揺らしながら冷蔵庫からビールを、お昼だし。

 そういえば、昔に共に飲み交わした狐もメンバーにいるのだな、いつか再会したいものだ、笑ってやろう。

「っで、いつまでそこに隠れているでザマスか?‥‥当主」

「‥‥‥‥バレてましたか、きみは勘がいいですね」

 赤い着物、般若の面、小さな体躯、浮遊しているその姿‥‥‥どこをどう見ても先ほどの老人達との血のつながりなどは感じさせない異端。

 浮遊少女ザマス。

「どうするザマス?‥‥‥‥あのジジィども、幾らかの私兵を求めているザマスよ、アルビッシュ=ディスビレーダも利用しようとか、そんな
感じザマスね‥‥‥私も駒にっと、”ガキ”ザマス‥‥‥里にはそれが伝わってしまってるザマス、愛しのお孫様の具合は?」

「‥‥未来に生まれ出るであろう”異端”‥‥もしくは巨大な才能を有するものには眼は付けてます、ただ‥‥それでもですね」

「‥‥‥獣死呼応に関しては彼を傷つけない限りは動かないと断定出来るザマス、あのジジィ達は‥‥自分が弄んでいる子供の正体が理解出来ているザマスかね?‥‥‥今更ながらに不安ザマス」

 冷蔵庫にしまってあった枝豆を口に放り込む当主、ビールをその後にぐびぐび‥‥ぷはーって、完全に親父ザマスね。

 容姿年齢と精神年齢は否定するけどもやはり思考は蓄積されてゆき、少女の姿をした異端は酒を飲む、自分もザマスが。

 里の人間が見たら気絶するザマスね、あっ、2本目。

「‥‥‥‥恭輔の思考を吸い込み、完全なる自我が目覚めています‥‥さてと、もう一本もらいますよ?断るとヤですから‥んくんく」

「いいザマスよ、当主でストレスもたまるだろうザマス、貴方に限ってそれは無いザマスか‥‥‥っで、今回の彼の里帰りの目的は?あやふや
ザマス」

 クルクルと飲み終わったビールを空中で回していた当主は、おおっと小さな手を合わせる、あれで人も殺しお手玉もすると。

「‥‥‥今回は江島微笑への依存と、その子のアルビッシュ=ディスビレーダの、もしかしたら、この時期だと」

「ああっ、そういう事ザマスね、りょーかい」

 なんて腹黒い当主ザマス‥‥‥‥大好きなのが、弱みを握られているようなものザマス。

「‥‥ありがと、です‥‥‥」

 般若の面ではにかまれても、わからないザマス、残念。

 無茶苦茶可愛いザマスのに。


「来夏もいくいくいくいくいくいくいくーー、ちょーおもしろいーいのだ?それは!」

「‥‥‥‥来ないでくれ、お願いだから、きっとあのガキはお前のテンションで‥‥気絶する」

「うわーーー、それはそれでおもしろいのだ!これはきっと神の与えた素敵出会いなのだよ、どきどきはぐはぐ、胸一杯なのだッ!ど、どないしよう‥どないしよう、お兄ちゃん、来夏、この出会い逃しはしないのだーー!」

 家に突然押しかけてきた来夏は納豆を高速でかき回しながら口早にペラペラペラっと喋り続ける、納豆をご飯に乗せて、がつがつがつ。

 男のオレでも感心するほどのいい食べっぷり、伸びた糸は空中を浮遊して‥‥‥ソレに連なる米が、光の速さで口に消えてゆく、それは無いけど。

 女じゃねぇ。

「えーっ、でも”オカマ”とは行くのだろう?‥‥オカマを殺せばそこは来夏が入れる空席なのだー!?うわ、頭良いなのだ来夏ッ!天才が身近にいる感想はどうなのだ?お兄ちゃんもお兄ちゃんとして鼻が高いだろう!血はつながってないけど精神でラブっっっ!」

「‥‥何でこいつに教えたかな‥オレの馬鹿‥‥馬鹿馬鹿」

 回る扇風機をとめながら、風鈴の音を聞き流しながら、食い終わったらしい納豆食った茶碗を台所に運び洗剤につけながら、溜息するだけ。

 江島来夏、オレの隣に住みやがる無駄にテンションの高い少女であり幼馴染、淡い青色の髪を健康そのものを体現するかの如く一本に括り。

 髪質と同じ青いシャツを着込み、ちなみに真ん中でペンギンがカキ氷やらを食っている絵柄がかなりオレ的にはムカつく。

 青い半ズボンで、青々でその身を染めてやがる、本来は色が薄い肌もこの夏の日差しにやられてしまって褐色に、そして精神も青臭い。

 しかしながら、その能力は同世代の中でトップなのだから、しかもそれがなくても獣のような俊敏性と無茶苦茶な思考能力で遊び相手や里の大人を蹂躙しやがる。

 当主の般若の面にマジックで落書きした、そんなクレイジーな過去を持つ女、全てが青ゆえに瞳も期待を裏切らずに薄い淡青、いつものように興味があるものに震えている。

「ねえねえ、その子可愛かったかー?ねえねえ、お兄ちゃん、ちょっと人の話を聞いてやがるかー、おお、それとも一緒にセミの抜け殻でもとりにいくのだ?うおーーーー、ラブなのだーー!?」

 唾液が顔にかかる、叫ぶな、うざい、顔が良いだけにさらにうざい‥オレ一人では対処できない、オカマを待つ。

 これ以上、我が家を荒らされてはたまらない。

 そして、無駄に食べるこいつの事、既に即席ラーメンを作り出そうとしている辺りで、かなりの不安。

 ドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドスドス。

 バタンッ!

「待ったーーーーん?」

 ベシッ、ふう、今何かが部屋に進入しようとしやがった‥あいつの放り投げたラーメンの袋を拾うために立ち上がっていたおかげで素早い対応が出来たぜ、初めて来夏の馬鹿に感謝。

「ねえねえ、今‥‥オカマ兼芳史ちゃんがドアの角に頭をぶつけて悶絶しつつ、鼻水と涙を垂れ流しつつ転げまわっていたのが刹那に垣間見えた気がするのだ、それよりも問題は来夏は芳史ちゃんが黒いフリフリのお洋服を着てたことだと思うのだ、ラーメン、あーん」

「あーん、むぐっ、胡椒入れすぎッ!?‥‥オレはよぉ‥‥あいつを無視して当主の屋敷に行こうと思う‥おい、オカマ‥それは無い、おぇ」

「うん、来夏も無いと思う、ぶっちゃけ‥‥殺されなかっただけマシ、マジでマシ‥‥どしたのだ?そのおふざけの格好は、おぇ」

 直視しないように眼を逸らしながら、何とかそれだけを呟く、オカマがゆっくりと地面をギリギリと握りながら、爪をたてながら、際どい音がする。

 仕方ない、怒るなオカマ、お前が悪い。

「んもーーう、何なのよ二人とも!今日は色褪さまのお屋敷に行くんでしょう?だったらそれ相応の正装で行くのが礼儀じゃなーい!‥特に来夏!あんたのその格好!おふざけじゃないわよ!」

「‥‥変?」

 オカマの言葉に水色の髪を揺らしながら問いかける、客観的に見れば愛らしいのだと思うがねぇ、しかも頬にナルトついてるし。

「別に、そこのオカマよりは少なくともマシだぜ‥‥その、なんと言うか、オカマは存在そのものを燃やしたい」

「どりゃぁ!」

 蹴りが立ち上がりと同時にきやがった、大木のような奴の足が空気との摩擦音を響かせて‥立ち上がりとは両手で地に立つことであり。

 両足は天に刺すように真っ直ぐに、ちゃんと立てよ‥‥そして当たるな。

「ぐぅぅ!?」

「ふう、オカマの純情を弄ぶのは例え若布ちゃんと言えども許しちゃ置けないわ、あら防御したのねん‥きゃっ、見た?」

 両手で顔面を庇いながら、奴の言葉と姿を直視してしまう、やばい、腹が痛い、頭が痛い、精神が病む。

 これは‥‥‥あの女のガキが着ていた服と似てやがる、対抗?ふざけるな。

 納豆でカレーは作れない、我ながら意味のわからない言葉だが‥‥オレの神経がどんどんと侵食されてゆく。

「‥‥‥さて、そいつを無視して、行くぞ来夏」

「うわーい、やったー、同行許可ゲットなのだっっ!‥‥あっ、芳史ちゃん‥‥あまりおふざけだと四肢を切断して4つの山に埋めるのだ、つーうわけで、出発だお兄ちゃん!ゴォーーーーー!」

「ちょ、ちょっと、着替えるから二人とも待ってよ~~」

 いそいそと、服を脱ぎだすオカマが見える、当主を目の前にしてもここまでの威圧感は味わえない、チリンっと風鈴ですら風が無いのに身を震わせる。

 ああ、そういうことかとオレは納得、やるべきことは。

「来夏」

「うぃーすなのだ」

 軽い返事とともに、両手を振り回して準備体操を始める来夏、コキコキッと首の鳴る音が微かに聞こえる‥‥汗ばんだ肌が目に入り眼を逸らし。

 一言。

「殺すぞ」

「はいはい、了解なのだ、お兄ちゃん」

 いつもの戦闘が軽やかに始まりやがりました。



 おもしろおかしい事柄は来夏の大好物だから、こんな田舎での生活ではストレスが激しくも雄雄しくたまりやがるのだよ。

 そして三人で砂利道を歩きながら他愛無い会話をして、向かうは当主の屋敷、あっ、お兄ちゃん、今トノサマバッタがいたぞー。

 すげーっとか、感心してると、ボロボロの芳史ちゃんがプンプンと怒りながらドスドス歩いて、フンフンと花を取りながら、最後だけ乙女なのだ。

 青い空は私の色だー、そう言って空を煽り見る、屋敷までは結構とおーいにゃ、とおーい。

 空は青くてでかーいのだ。

「しかし、まあ、あの服は止めろよ、対抗するとかのレベルじゃねぇ、オレは思う、あれは悪だったぜ」

「そーだそーだ、あれは無いのだ、あっ、その花、綺麗なのだーー、みせてみせてみせてー」

「うふふ、綺麗でしょう‥屋敷へのお土産にしてはアレだけど、いいんじゃない?」

 オカマの芳史ちゃんは凄まじい容姿とたまに凄まじい洋服を着て吐かせるけども、無茶苦茶やさしくて大好きなのだ、あの太い指から生み出されるお洋服にはすごーく来夏も感動しちゃったりしたり、すげーーーのだ。

 蝶の飛び回るお花畑を見つめながらうふふっと乙女走り、その姿は無茶なのだけど、うーみ、大好きさ。

「はぁ、まあ、いいけどよ、来夏、あんまり騒ぐんじゃねぇぞ、本当に弱っちぃガキなんだからよ」

「ええーーっ、そんなに騒がないのだっっ!流石の来夏も当主のお屋敷でぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー騒がないのだよ、騒げない、騒いでみせるのだ!」

「‥自分で何気合入れてんのよ、でもでも、若布ちゃん、どうするの?実際に会って、見ても得られることがあるの?」

 えっと、巡り合いとかなのだー、そんな事を思ってしまうけどなぁ、んー、軽い思考してるね来夏ながら。

 うおーーー、走るぞ、タタタタタタタタタタタタタタタタッ。

「おいおい、いきなり走ると転ぶぜ?‥‥これで”最年少”SSなんだから、世の中は不便に出来てやがるぜ」

「走る走る走る~~~、来夏は風になりーーーーー、うわっなのだー」

 石にコテッ、倒れこんでしまう‥‥ゴロゴロと坂を来夏は転げ落ちる、草のにおいがする、たのしーのだ。

 あはははははははははは、今日も元気なのだな、来夏。

 空の青と地の緑の二色世界なのだ。

「うわぁ!?」

 そして激突音、へっ?

「なああぁああああああああああああああああ!?」

 男の子の叫び声。

 ”一緒”に坂を転げまわる、ちょ、ちょっと、やばい、とりあえず、小さな体躯を抱きしめてやるのだ、いたたたたたっ。

「来夏!?」

 声が上のほうから微かに、意味なーい、こうなったらって、集中、しゅーちゅうなのだ。

 氷躰造形(ひょうえんぞうけい)自分の名前とは逆の冬のような、それを想像するような能力、そして氷にて造形物を作り出す。

 地の水分、空の水分、それを使って、意識して、水が固まり、塊り、そしてそれをただ、冷やすだけと、いや、来夏の場合はそれだけではない。

 絶対的な圧縮量が他の能力者とはずば抜けている、これにより、幾らでも氷を作り、世界を冷たくする侵食能力、何でも作り出せるのだ。

 所詮は偽者、偽者な氷なのだけど。

 まあ、適当に頭に”記憶”している三十の『氷の兵』の一の兵士『氷人』を発動、簡単なものだと、意識して作り出し、抱きかかえてもらうのだ。

 ガシャッ、痛いのだ‥‥‥ズシャァァァァと地を削り氷の体で来夏たちを受け止めてくれる『氷人』氷の西洋甲冑兵士なのだ。

 一番よわっちぃけど、一番生み出すのが楽なのだよー。

「っしょ、ふう、きみきみ、危ないのだ、幾ら来夏でもあんな所に人間が寝込んでいるとは想像しないのだ、むー、髪に草が付いてしまったのだよー‥‥のだ?」

 氷に触れているヘソの部分をシャツで隠す、冷たいのだ、うぅ、どうせなら夏っぽい能力なら良かったのに。

「あ、眼が、クルクルする」

 フラフラとしている年下っぽい少年、式服についた汚れを驚いたように眼を瞬かせて見つめている、何処か嬉しそうなのだ?

 吸い込まれそうな、どこか世界との境目がないように広がる”黒い”瞳が凄く、印象的なのだ、来夏とは違って普通の色彩なのだけど。

 何故か物凄く綺麗なのだと、驚く。

「え、えっと、君は誰なのだろう‥‥」

 初めて聞く呆然とした自分の声が、驚きなのだよ、事実、これから長い付き合いになるなんて、絵本でしか読んだこと無いような言葉をついつい思ってしまったのだ。

「こ、こんにちわ、だよね?」

 印象的な出会い。



[1513] Re[30]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/27 13:13
 現在のことで、起こる事態があります。

「うおーい、こっち、こっちなのだーー」

 駅前にてコーヒーを飲みながら空を見つめていた、っと淡青の髪が、風に跳ねる。

 空に広がる青よりもずっと綺麗だと思える色、久しぶりに聞いた声はとても心地よくて、少し笑ってしまう。

 駅を行きかう他人に興味を失ったような人間達も、その大声と容姿に眼を向けてしまっている、仕方ない。

 ズズッ、こちらに完全に近寄ってくるまでは動かずに、見つめる、おおー、はやいはやい。

 巧みな体捌きで左右に人を避けながら駆け寄ってくる、昔よりのびた髪が色を残して、いい感じ。

 お帰りってのは変だけど、まあ、いい。

「ふう、街のほうは人が多くて凄いのだな、久しぶりなのだ恭輔、半年振りなのだ?」

 抱きしめられて、よろめきそうになりながらもしっかりと抱きしめてやる、自分より少し低い身長の彼女はポスッと隠れてしまい。

 何だか少し誇らげで気恥ずかしい、周りの人間の奇異の視線を誤魔化すように咳払い、コーヒーを一気飲み。

「ああ、そんくらいかなー、って、本家のお迎えって‥お姉ちゃん?」

「そうなのだよー、おおー、また身長のびたのだ?‥‥むう、越されてしまってからは姉は悲しいのだぞ?」

「んな事言っても、はぁ‥‥‥‥‥本家には近寄らないようにって妹から強く言われてたんだけど」

 家を出て行く前後に、妹がかなり口を酸っぱくして言ってたのを思い出す、むしろ命令に近しい感じだったが。

「それに関してはだいじょーぶなのだ、許可はもらっているのだし‥‥本当はお兄ちゃんたちも来れれば良かったのだが」

「いいよいいよ、一緒に住まないかとか、そんなのを口うるさく言われるのはわかってるから‥‥明日だろ出発は?」

 時計を見る、お昼には良い時間帯のような気がする、でも果たしてこの目の前の存在と食事に洒落込んでよいのだろうか?

 財布の厚さを確認、やばい、足りないかも‥‥‥何処かでお金をおろすとするか、結構使うよなぁ、よく食うし。

「おおっ、財布も新しいのにかえたのだな?」

「ああ、まあ、気晴らしに‥‥デザイン気に入ったしなぁ‥‥この無駄に高かった感じがいい、さてと、飯でも食いますか」

「ここはお姉ちゃんに任せるのだよ、お金は沢山持ってきたのだーーーー、れっつごー」

「ああ、引きずられるのね、俺はこの歳になっても、なお‥‥恥ずかしい」

 拒否も肯定も出来ずに引きずられながら、ミシミシと服が自分の体重で軋みながらと、思う。

 昔と変わらずに。



 ここに生きている、証を刻み込むと言いました、生きているとは、証が無ければ肯定されないのでしょうか。

 事実には肯定。

「それででしゅね、クソガキ達、ここに遮光ちゃまがいたらナイフで刺されてましゅよ、恭輔ちゃま、着替えを」

「‥‥‥赤ちゃんにクソガキって言われるのはいつまでたっても、なんと言うか変な感覚ねん」

 蝉の鳴く音と、我が家と同じく風鈴の音、そしてちゅぱちゅぱとおしゃぶりに吸い付いている赤子の音‥何か一つだけ違うが。

 オレはいそいそと履いていたサンダルを揃えながら、って来夏は汚く脱ぎ散らかしてやがる‥‥ムカつく。

 地には蟻がポツポツ、どんなに当主の家だろうと田舎特選の砂道の砂や、隙間から進入する蟻は確実に存在しやがるので、ざまあみろ。

「えっと、恭輔は来夏よりも年下なので、おねーちゃんと呼ぶ事を特別に許すのだ、奉るのだよ?」

「うわー、青い青い、そら、みたい」

 キャキャッと騒ぎながら来夏の髪の毛を手にとってキラキラとした瞳で喜ぶガキ‥恭輔、あいつ髪触られんのを犬の尻尾の如く嫌がるのに。

 まあ、そいつは置いといて、目の前の赤子の姿を偽りやがった化け物がムカつく。

「んだよ、えらくそのガキには優しいじゃねぇか、皮肉の結晶体のクソガキよぉ」

「うっせぇよばーかでしゅ、てめぇの脳を爪で四回刺した噴出ポンプ赤ダルマを生み出してやろうかでしゅ」

 殺気、そんな空気をぶつけあいながらムカつくとしか、うわ、燃やしてぇ‥‥どのくらい燃やしたいかって玄関にいまだに置かれている黒電話ぐらい燃やしてぇ。

 いつまでこの里は黒電話なんだよ、それはまったく関係ない苛立ちっと、赤子はそれよりムカつく。

「‥‥ただいまです、およ?」

 ガラガラっと、玄関で停滞しているオレたちの前に、いや、少女の姿をした”当主”フヨフヨと浮きながら、訝しげにこちらを見る気配。

 手には何故かアイスを、近所に唯一存在する駄菓子屋”初春”の今年の夏から入荷したスイカ味のあのアイスだ。

 疑問と唖然と呆然と、立ちすくむ、流石の来夏もダラダラと汗を流しながらそちらに眼を合わせないように無駄な努力をしてたり。

 オカマなんか顔が紫色に変色して、諸々の穴から液体を垂れ流しているようだ、やばい、その顔は最高におもしろいぜ‥‥そしてオレは。

 眼を逸らす無駄な努力、チリンっと、風鈴が鳴る

「恭輔‥‥‥また、勝手にお出かけしましたね、めっです」

 ペチッと頭を叩かれる恭輔、あの当主には信じがたいことに優しさを孕んでおり、とても信じがたく、眼を見開く。

 しかし、それに対して泣き顔のように睨みつける恭輔、叩かれたオデコを擦りながら、うるうる、えっと、どう対処すりゃいいんだ?

「あ、え‥‥‥きょ、恭輔‥‥い、痛かったですか?」

 自分でしといて焦るなよ、あーよしよし、抱きかかえながらクルクル回す、回す、そして壁に頭をぶつけて。

 痛いっと、今度は当主が頭を抱えて沈む、どうしようもないなんとも言えない、そんなこの二人の独特空間。

 本当にこいつがオレたちの畏怖の対象である当主ですか?

「色褪、だいじょうぶ?」

 それをヨシヨシと撫でてやりながら笑う恭輔、般若の面をよしよしっと、何とも言えない光景だ。

「だ、だいじょうび‥です、いたたっ、若布、芳史、来夏‥なにを唖然としてるのです?」

「‥い、いえ、ただ、いつもの毅然としたお姿とは違うゆえに、少々思考が世界の果てまで飛んでしまって‥」

 それだけを、何とか呟くも、頭をヨシヨシされて当主気取っても何も怖くない、言ったら悪いが自分と同じ年齢のただのガキに見える。

 どうなんだよ、この結果は、ここにいるオレたち3人、おもしろい事や”秘密”を望んではいたけどよ、こんなのは誰一人予想してねぇし。

「あっ」

「はいはい、いってらっしゃいです、誰にも見られないようにしなさいです」

 突然、思い立ったようにパタパタと奥のほうに掛けてゆく恭輔を見守って、本来の目的は結果を違えて見えたわけだが‥‥これからどうしよう。

 あいつが消えてしまったら、当主との恐怖空間じゃねぇーかよ。

「あそびにきたのですか?‥なら、奥にどうぞ、断るとヤですから‥」

 横切る‥甘い香りに混じって何故かアルコールの匂いが微かにする、何でだ?

 しかし、聞いたら聞いたでこのまま立ち去ってくれるであろう当主を引き止めることになるからして無視の方向だ、蝉うるせぇ。

 オレの心臓の音もうるせぇよ。

「‥‥恭輔の様子を見てきますので、一時のばいばいですね三人とも、三人とも血が濃いですね、すき、ですよ‥‥造弦、たのみましたよ」

「御意、三人とも、奥に来い‥‥茶菓子ぐらいは振舞ってやるぞ」

 影から出てくる造弦のジジィ、心臓が早鐘のように鳴っていたのに刹那に止まったような息苦しさ、おいおい、いるなら”存在感”出せよ。

 後ろから刺されてたら死んでたと思うと‥‥オレの脆さを、噛み締めて、頷く。

「来夏だけは、気づいておったようだな‥‥」

「当然なのだよ、よわっちぃぞオッサン」

 何だか物凄い敗北感‥‥苛立ちを隠すようにサンダルの下を這っている蟻をギリッ、自分でも嫌な態度。

 風鈴の音が、苛立ちを微かに飛ばした。



 ドキドキ、高鳴る鼓動を説明したら、お爺さんは眼を細めて、次に眼を見開いて。

 奥の間に手を引っ張って連れて行かれた、いたい。

「あ、あの」

「目隠しを、それに関しての事柄は貴方さまは忘れる故に‥‥連れて来い」

 目隠しをされて、手を縛られる、礼儀正しいけど、冷たい言葉に少しカタカタと震えてしまう。

 ”体”の中で、ざわめく気配に少し意識が飛びそうになる、お腹が減ったーって言うんだよ?

 食いたい、喰いたい、貴方への悔やみ、悔いたい?何を言ってるの、あっ、蚊が飛ぶ気配だ。

 プーン、っておもしろいかな、はは。

 グチュゥ。

 身を裂く効果音を聞きながらも、頭は何処までも透き通っていて、何がなんのだかわからない、理解できない。

 思考を染め行く別の”気配”に震える、ああ、あの子だ‥‥‥”あの子”の餌の時間なのだと。

 この星を震わす災厄と自分の、コピー。

「ひ、ひぃ‥‥お許しを、お許しを、お許しを‥‥お許しを‥‥‥」

 ”何か”が震える声を聞きながら思考する、この目隠しのせいで何もわからない、軋む骨は風鈴みたいで、そんなわけないよね。

 肉よ、黒い黒い血を吐き散らしながら、突起せよ、世界を喰うの、だね。

 背中を裂くのは、知ってるあの子、でも、畳に血が飛び散って、色褪怒るんじゃないかな?

 ヒィと、蚊のような人間のような小さな存在が息を呑む気配が伝わって、でも、この子は興奮しない。

 そうだろう、そうだろう、今は身に”残った”残骸だとしても、そうだよね、身を裂け残骸‥‥‥星を震わす災厄の残骸。

 残骸、残骸、残骸、身を護るための残骸として残した一部の存在。

「‥‥あの巨大な思考と精神から、己を護るために新たな存在を”生成”も出来るとは、あっ、煎餅もらいます」

 ポリポリと、色褪が煎餅を齧る音と、身を裂く亀裂音が響く、稀にヒィと息を何度も何度も何度も呑む音。

『‥‥‥餌‥‥‥‥父の肉を裂くのは、心が痛むな‥‥誰だ貴様は』

 ビクンビクンと”震える”、そんな自分を無視して彼女は不思議そうな声で問いかける、彼女‥‥って誰だろう、目隠しされてるからわかんないや。

 少女の声と小さな体躯が這いずり出るのは気分が高揚。

「獣死呼応‥の身肉から恭輔が無意識に”生んだ”分身体がきみです?おもしろいのですが、名はあるでしょうか?」

 くるるーっと愛らしくお腹をすかしながら、彼女は、はちゅーるいの尻尾を震わせて、そのような質問ははじめてだと、小声で呟く。

『名は与えてもらっていない、母である獣死呼応の名で今は構わん‥‥父、どのような事態かはわかったが、如何にすればよい?』

「‥‥別に、恭輔は貴方に”餌”をとの、優しい子ですよね‥‥さてはて、たべます?」

「と、当主、どうか命だけはお許しを、こ、殺すならば、自害を、自害を」

 ガタガタと震える人がいます、その人の姿は見えないけど、怖くなって、怖くなって色褪の名を呼ぶ。

「い、色褪ぇ」

「あらあら‥‥そんな可愛い声で言われたら、何でもしてあげたくなってしまいます、きみ、下がりなさい、精神病みますよ?」

「は、はっ」

 目隠しをしてくれたお爺さんのいなくなる気配、残されたのは、それらだけ、請う人と、色褪と、かいじゅうしょうじょ。

 かいじゅうしょうじょだと、『娘』を生み出した事を知ってる、あの、大きな、大きな、かいじゅうさんの遺伝子って難しい言葉で。

 ぼくのそれとあわせて生成しただけ、だれも護ってくれないから、かのじょに護ってもらえるようにしただけ、ぼくのむすめになると。

 意識の混濁は激しくて、難しい言葉、そう、簡単、取り込んだり、相手のいでんしってものとか『魂』その境界を取り外せば。

 ぼくはそこを混じり合わせ、つくれるはず、つくることもできる、とりこむだけじゃないんですね、色褪がほめてくれた。

 こどもも、むすめも、むすこも、このとしでつくれるよと、そういえば、そうなんだよ。

「己の一部として子も成すと、命の生成は材料があれば可能と‥‥貴方達は一期やらの言葉、含まれないですから、”外伝”ですね、けぷ、飲みすぎました‥恭輔の細胞と獣死呼応の交じり合いの子‥‥‥‥曾孫ですか」

『それに伴い、父を呼び戻したのだろう‥‥後4体、身に潜んでいる‥我は生まれでたほうが良いのか?』

「‥けぷ、ですね‥今は身を潜めて‥‥”護り”を頼みます‥ね‥‥‥子を身で成す事は無限に可能なのでしょうか?」

『異端の材料があれば肯定と、全ては父のために‥‥無意識で生み出された我らはそのためにある、して、集合体に名を‥曾おばーちゃん?」

 ニヤッと微笑む気配、ポリポリと煎餅を噛む音、カタカタと震える恐怖の人、何か混濁している自身。

「‥‥名はそうですね‥‥愛するべき身の名を、自我愛島(じがまなしま)‥‥考えててよかった‥‥それで異端の融合体の組織として名を暫くしたら通します、恭輔の”生み出すもの”は全てそこに‥いれますから‥‥これで諸々はおわりました、あんしんです」

『未だに”生み出し”は続いてる‥‥残りし”残滓”と”恋世界”の魂のデータを己の肉へと生成‥‥‥新たに生み出そうとしている”者”がいる、我らの自我愛島の当主となるのはこやつかと』

「‥‥また、とんでもないのから”娘”を生成してます‥‥‥いつに、自我が芽生えて生れ落ちます?」

『‥‥‥2ヶ月の猶予がいると、では、その餌をもらって我は眠りにつこう‥‥”中”に生きたまま取り込むぞ、他の4体も腹を空かしておるからな』

「ひぃぃぃぃいいいいいいい!?」

 ズルッ、ぱくん。

 可愛い効果音とわけのわからぬ夢を見ました。



[1513] Re[31]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/28 17:40
 我々人間は果たして異端と呼ばれる人外と”どのように”接すれば良いのでしょう。

 殺せばよいです。

「っと、神は仰った、神は異端ではなく、法則なりと」

「パパ‥‥不謹慎だ、しかし、異端と言えどもピンからキリまである、こいつらは、弱かったね」

 鋸を空中に5本、手で浮かす、これが愛娘、フーリルウの常の戦闘スタイル、あれで何でも切り倒す。

 木からビルから人間から、何でも受け付けているらしいが、基本は”異端”を切り殺す。

 我が娘ながら、何て美しく、雄雄しいのだろう。

「江島って名乗ろうとも、皆が皆、化け物の力を持ってはいない‥‥ああ、まだ召されてない子羊が、そこに」

 ポケットから銃に込めるべき銀の弾、それを幾らか取り出して、親指で軽く撥ねてやる、あの熊の磨いだであろう爪痕の残る木の後ろに。

 死を。

「授銃(じゅじゅう)」

 パンッ、弾けて、当たって血が飛ぶ、ビシャァァァァァと、木の爪跡に血が飛び散ると、私では無くて熊に殺されたみたいだな。

「これで、全部だ‥‥‥どうするの?‥‥‥皆は既に”里”の方に向かったよ、あっ、カブトムシだ」

「凄いな、生命の言霊‥‥じゃなくてだな、私達も無論向かうがな、こいつらの汚い血で服が汚れてしまった‥愛しのフーリルウ、少し休憩としよう」

 血の広がっていない地面に座り込む、ハンカチを下に敷くのは忘れない、こちらにいらっしゃい愛しのフーリルウ。

 顔にこびり付いている汚き下物の血肉を丁寧に取り払ってやる、白人特有の白い肌に、染み込むような血が憎い。

 銀の色彩の色を持つ瞳はカブトムシで止まっている、興味があるらしく鋸を背中に仕舞い込み、見つめている。

 最後に癖のある長い蜂蜜色の髪を撫でてやり、リュックからサンドイッチを取り出して渡してあげる。

 祈りは忘れずに。

「パパ‥‥‥今度の仕事、フーリルウ、凄く嫌な予感がするんだ」

「それはそうだろう、異端組織の十指に入る江島が相手なのだから‥‥でも規模的には小さなものだ、何も心配するほどではないよ?」

「はむはむ、違うんだ、何て言えば良いのかわからないんだけど‥‥」

 心配そうに覗き込む愛しのフーリルウ、我々”人間”が異端と戦うためにはそれ相応の恐怖が伴うのは当たり前だが。

 ここまで恐れる愛しのフーリルウははじめて見る、我らの実力では勝てる勝てないではなく、幾らか殺して逃げる。

 それを繰り返すだけ、実力的には”能力者”のS級までは、ただの人の身で私達二人は至っているのだから。

 死す事はあまりないと思える。

「パパを心配してくれてるのかい?‥‥‥大丈夫さ、私達をママが天国から見守ってくれているのだから‥だろ?愛しのフーリルウ」

「わかったよ、パパ」

 ポスッと収まる、真っ白い修道服に身を包んだ娘を抱いて思う、この温もりがあるのだから戦場にいる事が出来る。

 ディベーレスシタンの名の下に、神は我々の心の中に、異端は地へと沈み行く運命。

 それが常人であるディベーレスシタン、神の子供よ‥‥私の名はモルジン。



「ディベーレスシタン‥‥あーはいはい、知ってるザマスよ、はぁ?‥はいはい、うわ、マジザマス、えーっと、こっちの簡易結界Cクラス、それに関しては6人‥かかってるザマス、残りは里に向かってるザマスね‥‥」

 ビールをぐびぐびしながら、調整に勤しんでいたら、結界の破壊を知らせる音と、知人からの久しぶりの電話が。

 知人というのは、かの巳妥螺眼も席を置いていた、六の法少女(ろくのほうしょうじょ)の一人、魔法使いの国此処島のトップの一人。

 そして自分の妹ザマス。

『はいはい‥‥姉上はそれだけいってりゃいいと思ってるけどー、どうするのぅ?‥‥ディベーレスシタンは異端排除のミディスの系列でもさらに強硬派って有名だしぃ‥‥‥実力もあるある、どうするぅ?』

「侵入者は4名ザマス‥‥ジジィ達を殺してくれるのはありがたいザマス、当主には無論勝てるはずも無いザマスし‥‥”アレ”にも護衛がいるザマス‥‥んん?‥‥このタイミングで、ああ‥‥‥まだ試してない事情が”恭輔さま”にはあるザマス、それを試すために誰かが裏で手引きザマスか‥‥‥ディベーレスシタン、名前を変えても、ねぇ?」

『ミディスと裏切ったと思ったらぁ、ディベーレスシタンとはおもしろいねー、ふふふふふっ‥異端排除でも、ミディス、庁面万(ちょうめんまん)フーリディスクレイとか‥‥‥最近は”普通の人”も頑張るよねー、弱いって、脆いって、低能って、強いものだよぉ』

 異端排除の強硬派の名、技を極める、肉体を変質させる、異端にて異端を狩る、そんな組織の心は普通の人間、おもしろいザマス。

 異端に対して、そのように恐怖を感じないように”人間”は戦う、マジでおもしろいザマス。

『あー、ティプロちゃんが、恭輔ちゃんに‥‥何かお土産送ってきたよぅ、これは、送るねぇ』

「‥全ての血の大系の吸血鬼、永遠少女のあのクソじゃりザマスか‥‥当主から許可を頂けば、無いザマス‥あの二人の仲の悪さはやばいザマス」

 ”恭輔さま”、この呼称で行くザマスが、名を与えたのは両親ではなく、血の大系の吸血鬼ティプロ、名とはぶっちゃけ与えたもの勝ちザマス。

 それに縛られるのが与えられた瞬間に人間は決まる、ゆえに名の変更は無理、当主は怒り狂いながら裏山を破壊したのが‥うぅザマス。

 ティプロ、そういえば、吸血鬼は”一部”にいないザマスね、レアザマス。

『‥‥‥ティプロちゃん、近々にそっちに遊びに行くってぇ‥‥‥‥‥恭輔ちゃんを連れて帰るってさぁ』

「‥‥‥はぁ、三十二系になる全ての吸血鬼の皇女が、暇、暇、暇人ザマスね、こっちには来なくて良いザマス、色々込み入ってるザマス、おお、どうやら30分でこの里に来る様子ザマス」

『アルビッシュ=ディスビレーダは使えるのぅ?』

 痛い質問に、こいつわかってて聞いてやがるザマスね、妹ながらムカつく性格をしてやがるザマス、ぐぶぐび‥‥飲んでないとやってられない。

 電球の周りを飛び回る蛾やら、諸々の昆虫を見つめて、少し陰険な声を出す。

「使えねぇザマス、って!!あんたが奇跡の論理の第三空の属性を寄越さないから出来て無いザマスぅーーーー!送りやがれっっ!」

『‥‥忘れてたぁ‥‥お、怒んないでよぉ‥あっ、じゃあ行くねぇ、そろそろ六聖会議だから、ばいばい~~~~』

 ツーツーツーツー、強制的に電話の切られたナイスな効果音、情報を国を裏切ってまで送ってくれた妹に感謝ザマス、裏切り者。

 ディベーレスシタン‥‥‥の襲来ザマスか、んふふふふ、当主はここまで予想しての”恭輔さま”の呼び戻しザマス?

 やべぇ、やっぱりあんなに良い女はいないザマス。

「‥‥‥天災で天才ザマスよ‥‥当主、さて、江島に対してディベーレスシタンの使徒程度が、勝てるザマスかねぇ」

 ティプロの襲来だけ当主に教えるザマスか‥‥我侭天才天災破壊、ティプロもそこを考えると。

 いい女、じゃなくていい少女ザマスのに。



「‥‥どうやら、このまま里に侵入は可能のようだな」

「モルジンもどうやら、このままで行けるそうだ‥‥異端と言えども、我らの敵では無い」

 走りながら、部下と軽い会話を楽しむ‥‥余裕を感じられる速度で走る、時間などは関係ない。

 後々に去るのだから、砂を踏むと、鳴く、無論音を鳴らさないように走るなんて無理なのだからな、笑う。

 蝉の音、これは我が国ではあまり聞かないものだ、はて、ディベーレスシタンはどの国に?

 あははは、概念に我が神は潜むものなり。

「‥‥はて、そこ行くお二人方、暫しの停滞を、お願いできますか?」

 髪が舞う、冷静な、冷然とした少女が黒いワンピースを鮮やかに着こなし、木に背を預けて見つめる。

 我らを、ゴミのように見つめている。

「ここら辺で、私より少し年上の、愛らしい少年を見かけませんでしたか?‥‥‥答えるだけで、殺さないですので、レディーの服に血は無粋ですものね」

 スーッと眼が細まる気配に条件反射的に”刀”の位置を確認しつつ、仲間に目配せする、こいつは確か、抹殺対象の一人に。

 いたか?

「わかりますわ、貴方の目的も、その身のこなしと、つまらない殺気がそれを教えてくれていますし‥っで?‥愛らしい少年、私の兄を見ませんでしたか?」

 夏に似合わぬ冷然とした美貌の少女は‥‥汗一つ流さすに手を差し出す、わけがわからない、あの空気は尋常ではない‥‥能力云々ではなくて。

「いいや‥‥貴様も江島に連なる能力者だな‥‥幼さで手は鈍るが、殺させてもらう」

「兄を、兄さんを見ませんでしたか?」

 会話のテンポ、意思の疎通すら出来ない少女、いつのまにか蝉の音すら鳴り止み、よくわからぬ山虫の、鳴き声すら耳には入らぬ。

 どうしたのだと、わからぬと、このものは、自分より”力”常人と異端の違いはあれど、こちらのほうが強いのはわかるのに。

 恐怖で身が竦む。

「何処に行かれたのでしょう‥‥あれ程に外を出歩かれては貴方たちのようなクソ虫がいるから、あぁ、心配だと‥」

「シャァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアぁ!!!」

 飛び掛る部下に、静止の言葉をかけられない、脂汗が空に舞い、ピピッと頬にかかる。

 少女は襲い来る、それに対しても悠然と微笑みながら、右足を。

「失礼」

 文章で述べたくない、言葉でも述べたくない、そう、そうくるとは部下も思考してなかったろう、だから稚拙な少女のそれがあたる。

「で‥‥っはぁ」

 股間に叩き込まれて、白目を向きながらもヨタヨタと後退、それを冷たい瞳で見つめながら、少女はスカートの裏から、刃物を取り出して。

 あまりに現実離れした少女の行動に、自分はおかしくなってしまったのだろうか?猟師が猪を、釣り人が魚の血抜きを‥‥そのような軽薄さで。

 尿を垂らしている部下の首下をナイフで軽く、トンッと突き刺し、出血音。

「次は貴方ですね‥‥‥‥早々に殺して、兄さんを探さないとなりませんから‥‥」

 ナイフを丁寧に、白い花柄のついたハンカチで拭いながら、初めて、にっこりと微笑む、血の化け物。

 部下がビクンビクンッと跳ねているのを見かねて、拭い終わったナイフを右眼球にねじり込ませ、眼だと血は付かないかと、付きますね。

 そんな単純な言葉、さらに抉り出し、吹きなおし、また微笑む。

「兄さん、怖がりですから、こんな所はなるべくお見せしたくないんです、早く死んで頂かないと」

「‥‥‥異端がぁぁ‥‥‥このような、少女の姿でも、やはりディベーレスシタンの教えは正しい、人類はこれを認めるわけには」

 ヒィと、誰だ、このように恐怖で竦んだ声を出すものは、そう、自分しかいないのだから、笑いはもうこみ上げてこない、皮肉のみ。

 動こうとしない右足を、大丈夫だ、いつも通りにしたら。

「この死んだ方、銃を持っていらっしゃるんですね、こんな感じですかね‥‥」

 パンッ。



「何か音聞こえなかったか?‥‥‥パンって」

「あらら、奇遇ね‥‥聞こえたように思えるわ」

 ポリポリっと、煎餅を齧る馬鹿三人‥‥つまりはオレたち、つうか恭輔は?

「”アレ”は‥‥‥今は忙しくてな、暫し忘れろ」

 造弦のジジィは庭で木刀を振りながら‥‥いつもの感情の篭らない声で、つうか煎餅って手抜きじゃねぇか。

「‥‥侵入者のようだな」

 最後にポツリと、どうでもいいように呟いて‥‥また木刀をふり始める、暫しそれを見つめて言葉を噛み締めていると。

「侵入者なのだ、お兄ちゃん、ちょい弄くりまわしに行かないのだ?」

 ジジィの言葉を噛み締めて理解する前に来夏がヘソに扇風機を当てながら、にやり。

 青色の髪が風にたなびき、庭から見える空に解けて区別が付かない、こいつ自体が空みてぇだと思う。

 言葉も行動も全てに対して脈絡が存在しなくてだな、本当に気まぐれな空とそっくりだとオカマと馬鹿にした時も。

 いや、今はそんなことよりも。

「侵入者ねぇ‥‥‥他の異端組織はありえなぇし、異端排除か?えーっと、何だったかな、名前は」

「まあ、大きいのがミディス、庁面万、フーリディスクレイとか、最近になってモルベンサイの涙も有名かしらん?」

 何気に色々な事に博識だなオカマ、一枚残った煎餅をオレとどっちが先に食うかと、無言の勝負をはじめて1時間経過している事がその知性を貶めていると何故に気づかないのだろうか、バーカじゃねぇの。

「どうやら、ミディスの強硬派であるディベーレスシタンだな」

「‥‥何でわかんだよ、ジジィ」

 先ほどから上半身裸で、五十越えてるのに無駄に引き締まった鋼のような頑丈さと鞭のようなしなりを持つ体躯を見せ付けて。

 何でわかんだよ、つうかナルシストんなんじゃねぇのかと、そんな考えが浮かんだり。

 空を流れる雲と、庭に生え渡る様々な緑の力強さを持つ植物、蝉の鳴き声に広く広く、広がる山々、そしてジジィの裸。

 嫌とかじゃなくて、早く帰りたい。

「‥‥言う必要は無い、子供は家で待機、この屋敷にいれば安全‥‥‥ッ、当主」

「‥‥うわ、見たくないものを見ちゃいました、さて、ディベーレスシタン‥‥ふんむー」

 いつもながらの空虚な出現、スヤスヤと眠っている恭輔を優しく降ろすと、ポリポリと頭を掻きながら、当主は何かを思案している、雲は流れる。

 山は緑に萌え、木々はざわめき、風は風鈴を鳴らす、暫しの無言‥空間‥‥何なんだ?

「‥‥‥しらない」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥蝉が飛んだ。

「と、当主」

「そんな事よりも造弦、玄関に塩を、撒いて下さい‥‥‥‥ニンニクでも、厄介ごとは避けるほうが良いですよね?‥三十二系の他の方々が止めるべき立場です、つかえないですね‥‥」

 三十二系、異端の中でも少数で自らを律している吸血鬼の一族だと、教えてもらった記憶がある、三十二系とは種族が三十二あるわけではなく、血筋が三十二の吸血鬼に広く分類されると言う意味、それぞれの筆頭である純身当主(じゅんみとうしゅ)から三十二体の最強種が存在。

 それぞれに突出した属性を備えていたり、様々な異常感性で行動する化け物、それ以外の下等吸血種族を百十三芳‥‥(ひゃくじゅうさんほう)で数えるのが常識。

 そちらは百十三の血筋に分類される、こちらも別に世界に対しての体性が薄いわけではなく、化け物じみた能力を有している、単に三十二系列の方が凶悪で強力。

 しかし、それも”人”の眼から見た限りであり、本来は戒律を重んじる‥らしい、つうか何でその名前が今出るんだ?関わりたくない存在概念な、そんな奴らだってのに。

「ティプロ=ジィスデイ=シュクンがこのままでは来るかも‥‥‥‥です‥‥‥”干渉”を好まないはずの吸血鬼の皇女が‥‥あれではおわりです」

「そ、そのような事よりも今の事態をどうなさいます?‥‥ディベーレスシタンは異端排除の強硬派です、命令があらばすぐに」

「塩‥‥ニンニク‥‥ちょくせつ殺す?‥んっと、あ、はいはい、そっちは、勝手にお願いします、きみたち、そろそろ戦闘を経験するのも良しかと」

 そう言って、やはり机に置いてあった煎餅を持って消え行く当主、さりげに煎餅好きなのか?唖然としたジジィとオレ達が‥後はスヤスヤと眠る恭輔。

 とりあえず暑いので、当主の家に唯一存在する幻のクーラーを、ポチッ。

「何か変な事になってきたわねん、どうする?‥こんな機会、鬼島に行くまで無いかもね」

「おー、殺ってやるのだー、二度と”江島”に逆らわないように、痛みを与えるのだよ‥お兄ちゃんは?」

 火を灯す、それに照らされて眠るこいつ、こいつが来てから無駄に慌しいんじゃねぇか?

 本当に、何が何だかわかんなくなってきちまったけどよ、戦闘は好きだ、好きじゃないとこの里ではやってらんねぇし。

「ああ、いいぜ、オレも”殺る”」

 里の大人は畑でも耕しておけと、屈折した笑いが出てきた。



[1513] Re[32]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/29 17:11
「ふははははははははは、相変わらずこの島国は汚いな、ジュデス、このような場所に屋敷を構えるとは、貴様も物好きよ」

「皇女、手痛いお言葉、しかしこの国は望む望まぬは考えなしとして、暮らせば都、おもしろいのですぞ?」

 黒いマントを羽織る、紫の髪を揺らす少女にワインをお注ぎする、臣下としては当然の行動。

 花を彩りしテーブルで、部下に目配せ、どうやらまだまだお飲みになるらしい、既に齢は数百年を超えるお方、いいのだろうか?

「しかし、しかしだな、なかなかに興味深い国ではあるし、杯を交わした愛すべき友もいる国だ、馬鹿にしているわけではないのだぞ」

「皇女の口から、そのようなお言葉を頂けるとは‥‥ありがたき幸せでありましょう、この国の民草も、今回の視察のご目的は?」

「なぁに、お前の気にすることではない、我輩の”息子”をな、愛玩しに来ただけよ、おっと、口が滑ったな」

 ヒクッとワインを飲みながら微笑む少女、決して機嫌を損なわぬように、胸が張り裂けそうな感覚のままに。

 この少女の姿をした皇女が、本気を出せばこの島国、瞬きの間に滅び行く運命だとはわかっている、そう、恐ろしいのだ。

 隠した片目が爛々と紫の色彩を放ちながら、酔いながらもこちらから視線は外していない、あれが閉じたときに、全てつぶされる。

 正しく主君に相応しき、誇りと知性、美貌、若さ、永遠に尽きぬカリスマ、”幼児的倒錯的‥美しき事”それを備えなお、その心は奔放としておられる。

 態々、この屋敷に立ち寄ってくれたことすら身に余る光栄である。

「ははははははは、しかしワインとはな、処女の血だと思いきや、人が悪いなお前も、期待したが、しかしこれもこれで実に良い」

「ははっ、私の秘蔵の酒ですので‥お気に召したなら数本、土産で持っていかれますかな?」

「ん、おお、それはいい、我輩の愛すべき恭輔も‥んん?‥酒はまだ飲めぬか、いかんいかん、時間の概念を忘れるのは好ましいことではないな」

 形の良い顎をさすりながら、パクパクと食卓の上にあるものを手掴みで口に入れてゆく、気ままにだ、マナーもなにも存在しないが。

 自然と高貴さが漂い、下品さをまったくもって感じさせない、ぺロッと親指を舐めた後に瞳を合わす。

 氷のような美しさとは彼女のためにある、闇のような深遠さとは彼女の瞳の中にある、天すら嫉妬する紫の髪は今もサラサラと流れ美しき。

 美しき我らが皇女‥‥‥誇り高きティプロ=ジィスデイ=シュクンとは、我が目の前におられる紫の髪を月光に任せ微笑む少女なり。

「聞いておるのかジュデス、人の顔をポーッと見おって、妻のおる身と記憶しているのぞ?‥‥美しきはティプロ=ジィスデイ=シュクン‥‥
この月夜すら嫉妬しておるだろう、見とれるのは当然で勝手だが、妻子を第一に考えよ、な?」

「い、いえ、妻も子も愛しておりますが、貴方様のその美しさは幼体と言えどもあの月すら霞むほどの心地よい光を、ええっと」

「よいよい、落ち着け、血染めのジュデスの名が嘆かわし、そのような言葉は何度かけられたことやら」

 黒いマントから零れ落ちる蝙蝠の羽よりも太く、力強い黒羽をピコピコと手の代わりに動かしてお止めして下さる。

 黒羽を間近で見れて、懲りずに美しきものを讃える簡単の声をついつい溢してしまう、おお。

「もうよい、さて、我輩はそろそろ行くとしよう、ああ、すまぬな」

「ははっ、またいつでもお寄りに‥‥‥貴方様に純粋たる夜の洗礼を」

 召使からワインを詰めた木箱を受け取って礼をするティプロ様、召使の方は恐縮してしまって涙目でこちらに助けを求めてくる、すまぬ。

 バサッ、大人の男の体の三倍もあるだろう、黒く濃い翼が夜の闇に広がる、星の光が隠され、まるで真に闇に支配された黒色の空。

「ジュデス、貴公に純粋たる夜の洗礼を、ではな」

 窓がトンッと軽く、ステップを踏むように、空へと羽を、翼を任せて、気持ちよさそうに眼を細めて、月へと消えてゆく皇女。

 先ほどまでそこにいたと、その証拠に飲みかけのワインが、甘い芳醇な香りを放ちながら、そこに置かれている。

 まさしく、皇女‥‥何と気ままで自由奔放、我らの主に相応しき。

「さて、君もワインを飲みたまえ、今宵は最高の気分だからな‥‥屋敷の他の者も呼んで朝になるまで騒ごうではないか」



「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「サイハン叔母様、ど、どうなされました?」

 大声、普段は毅然としたサイハン叔母様の声に、庭で野苺を収穫していた私は急いで城の中へと駆け寄る。

 ザワザワと、多くの同胞が頭を抱えて首を傾げており、不安を煽るも走らない、スカートを翻してはならない。

 召使にも誇りがあります、ガラスの檻の城は月夜の光を浴びて青白い力強さを持っている、外から見たら何も見えないが。

 私達からは全てを見ることが出来る、今、イディスの蒼の森の畔でお魚が跳ねました‥今度の休日にはあそこで釣りをして皇女様に振舞ってあげましょう。

 カンカンカン、ガラスの鳴る音を無視して、だってそれは仕方ないんだもん‥あっ、オルヴィ様が皇女様の寝室の前に、何やら険しい顔を。

 結構暇なんですね、近衛隊長さん‥‥部下の方々はいつもの事だと、お庭で力を行使しての戦闘‥‥皆さん必死です、お魚さんが跳ねたのわかるわけもありませんね。

 大きかったんですのに。

「オルヴィ様、どうなされたんですか‥はぁはぁ、足が痛いです」

「おぉ、真冬殿‥なに、今回も皇女が外出なさっただけのお話ですよ、しかしながら‥‥サイハン殿、気を失っておられるな」

 よいしょっと、叔母様を肩に担いで、やれやれと首を振られるオルヴィ様、茶色の髪を右手でワシワシっと、また胃が痛いのでしょうね。

 吸血鬼なのに。

「それで、書置きか何かはありましたか?‥‥この際です、お部屋のほうも綺麗にしておいてあげましょう、あっ、野苺、急いできたからエプロンから落としちゃいましたね」

「お前達、真冬殿の助けをしてやれ、書置きは‥‥いかぬな、部下を殺してその血で書いておられる‥はぁ、灰になる前に生きたままインクにするとは‥この者の両親には適当に説明しておけ、こちらに」

「えーっと‥‥‥‥‥あららら、どうやら、色褪さまに会いに行かれたご様子ですね‥‥ご同行しなくて良かったぁ‥‥」

 オルヴィ様はおもしろそうに、とりあえず部屋に広がってしまった野苺を取ってくださいながら、苦笑する。

「おお、”きょうすけ”様に会いに行かれたわけですな‥‥ならば、この者の死も可愛いものでしょうに、はむ、少し酸っぱいですが」

「いいんですよ、それは砂糖漬けにしてパイに使うのですから、あれから数年、もう大きくなられたのかしら?」

 私も一口、酸っぱい。

「‥‥‥‥能力者を後継者にしようとは、飛びぬけた発想ではありますが、”きょうすけ”様ならば異を唱えるものはおりませんでしょう、我ら吸血鬼は臣下なのですから、いつの日か、皆が一斉に傅く日が眼に浮かびます‥‥おや、これはケミフの実ではありませんか?」

 パンッと、実を叩くとモヤモヤと、煙が出現する、もこもこと形作るそれをみて、ああ10年に一度のケミフの実、忘れてました。

 淡い発光と同時に、精霊が具現する。

『やあー、元気そうでなによりだ、ケミフの収穫を忘れるとは、精霊の誓いを忘れてはいないかね真冬殿?おお、畔で魚が跳ねたようだね、縁起がいいや』

「遠い友よ、お久しぶりです‥まさか野苺に混ざっているとは思わなくて、ケミフのチェーンス様もお元気そうで」

『何せ生まれたばかりだからね、おや、その制服‥‥新しい近衛隊長かな?‥‥ミジュスノお爺さんは引退したのかい?』

 緑色をした精霊、ケミフのチェーンス様‥‥今から200年前に皇女様と友の誓いをしてから、数年に一度ケミフの実として具現なされる。

 きょろきょろと興味深そうに動く青い瞳、ふっくらとされた頬は桃色でとても愛らしい、長い髪は実と繋がっており力の具現を妨げない。

 男でも女でもなく、ただのケミフのチェーンス様と。

「はははっ、ミジュスノは私ですよケミフのチェーンス様、少し若返ってみただけです」

『むう、成体の吸血鬼はそこが反則だとボクは思うんだ、ありゃ?‥‥ティプロは何処にいるんだい?』

 友の姿が見当たらないことに疑問を感じたのか、ガラスの城である特有で特別な壁、それに逆さに立ちながら、首を傾げる、流石は精霊様。

「皇女‥‥ティプロ様なら、恭輔さまに会いにいかれましたよ?‥月夜の霧の出る日に、魚が跳ねる、貴方が具現する約束事でしたね‥‥お忘れになったのでしょうか?」

『あっー、そうそう、あれは知ってて行ったに違いない、友の事よりも可愛い可愛い恭輔の方がいいに決まってるとね、ふーん、ボクは怒ってないよ、本当だよ?』

「わかっておりますともケミフのチェーンス様、裏の森で取れた蜂蜜で紅茶を、こちらにどうぞ」

『ボクもちゃんと恭輔にお土産持ってきたのだからね、そこは忘れてはいけないよ真冬殿』

 胸を張るケミフのチェーンス様、とても愛らしい仕草で微笑んでしまう、月夜に精霊とお茶を。

「わかっております、ふふっ」



「‥‥‥っで、何で恭輔も連れてくるかね、お前は‥聞いたろ、信じられないことに、D級だとよ、D級、下手すりゃ死ぬぞ?」

「だから来夏が面倒を見ると言っているのだ、それに今は仲良し三人から仲良し四人にクラスアップしたのだし、うん、仲間はずれは良くないのだよ!」

「‥‥どうでもいいけど、この子寝てるから静かにしなさいよ‥ああ、母性とはこのようなものなのねん」

 とりあえずは、戦闘なのだし、悩みに悩んだのだ、でもやっぱり仲間はずれは良くないのだと、そう来夏は思う。

 直系でD級だとは驚いたのだが、来夏は馬鹿ではないのでそのような事実で人間否定などはしないのだ、賢いのだぞ。

 さて、迫り来る気配、里から下った街へと続く、そんな山道のさらに別れ小道、そこでお茶をすすりながらいつもの三人に恭輔一人。

 戦闘前だが何処となく心地よいと感じる来夏はおかしいのだろうな‥モクモク、そんな擬音があったらおもしろいような白い雲、夏なのだ。

 雲から眼を外さねば。

「おやおや、このような子供が現出して異端を‥‥哀れ‥生れ落ちる罪を私は嘆こう」

「はじめまして、嘆くパパに代わって挨拶を、モルジンとフーリルウ‥その後に付属するものは捨てたから、そうだよね?」

「ああ、そうだとも愛しのフーリルウ‥‥‥」

 まあ、気づいていたのだが、何だか‥‥‥そこそこの腕のようなのだし、油断は駄目なのだと他の二人に視線を流す。

 おーおー、二人とも眼が血走っているのだ、こわいったらありゃしないのだが、殺気の中で眠る恭輔はどんな夢を見ているのかが気になるのだ。

「ディベーレスシタンのオッサンとそのガキかよ、思ったより若い‥ねぇ」

「それはこちらの台詞だよ子羊の諸君、君達を殺すと思うと恐怖で手の震える私がいるのだからね‥異端であれ子供とは無邪気で愛らしい天使だと私と認めている、血が似合う屈折天使だ」

「パパ、鋸を5本取り出したよ、それはとても殺し合いに不利な台詞だねパパ‥パパ」

「あらん、こちらも準備しないと駄目みたいね」

 気配が変わる、脈動する芳史ちゃんの気配‥‥”脈動裂炎之鉄の型”(みゃくどうれつえんのてつのかた)肉の蠢く音と同時に発光する大木の如し体。

 臭い肉の焦げるソレは芳史ちゃんには何も与えず、ただ燃え盛るのみの体には血肉が通いし炎が通う、脈動する己の身肉で炎を現出。

 さらに硬質化した鉄の体が盛り上がり、皮膚を覆い‥‥熱を染み込ませ、白い煙を吐き出す、プスプスと地面からも溢れ出る炎の残り香のような。

 足の裏の温度は凄まじいとは本人の言葉なのだ‥‥ちゃんと恭輔は木の根に降ろしてあるのだ、良い子。

「鋸でギリギリ裂けるのが、人だから‥‥パパ、この人の相手はフーリルウがするよ」

「わかったよ愛しのフーリルウ、では私はそこの二人のお相手を務めよう、先ほどの護衛の屑よりは、おもしろい子羊たちなのだろう」

「お兄ちゃん」

「おうよ、初の殺し合いにしちゃぁ‥‥相手のレベルが‥だな、勝つのが決定事項だろう、オレたちは」

 三十の『氷の兵』の中で5体を同時連想‥‥いつでも出現できるように、水分の把握、地からの出現ポイント、空からの出現ポイント。

 絞込み、練りこむ、よし、いつでもいけるのだ‥‥‥草木の内部に潜む水すらも強制に排出して量を算出‥もっと遠い地の水脈を。

 己の真下に細い管のように、しかしスピードは光速に移動、否、高速でなくてはならないのだし‥‥‥もっと。

「そこの少女はいつでも行ける見たいですね、貴方のほうは?」

「見てわかんねぇの?‥オレの手から水の刃と炎の刃出てるのがよぉ、どうよ?漫画チックだろ‥‥死んでもらうぜ」

 走るお兄ちゃんは炎と水を合わせるのがいつもの事、白い煙が辺りに広がるのも戦闘遊びをしていた来夏にはわかるのだ。

 ほら、山鳥が驚いて空へ飛ぶ、そういえば、あの神父のような格好で人を殺すのはどうなのだろう?んー、来夏も走りながら、悩む。

「炎の一、水の一、選炎選水はおもしろいって、オレは思うぜ」

「授銃、水曜の日に錬成したのと火曜の日に錬成したので、お相手をお願いします」

 属性込めをしている弾を飛ばすのだから、それ程にわかりやすい事は無い‥自分で言ってるのだよ、この神父‥真っ白すぎやしないのかお兄ちゃん。

 眼を擦って、うざいのだ‥‥刹那のそんなやりとりすら天才だから、来夏には十分な時間、さて、どっちが吹っ飛ぶのだ?

 炎と水と水曜の弾と火曜の弾、ほら、さっさとぶつかりあうのだよ?

「ッッッッッううぅ」

 1秒の時間が流れて、神父が後退、さらに追撃するお兄ちゃん‥‥うわ、あれはやられるとムカつく。

 水と炎の軌跡を当たる瞬間に変更、水あるところに消えない炎、炎あるところに消えない水、これが選炎選水の力。

「ほら、普通の人間が粋がると、痛い眼見るっつーの」

「‥‥‥‥江島の血統がこれ程までに強力とは‥‥驚きですね」

 水曜の属性で炎を消して、火曜の属性で水を消そうとした常識思考の神父はパンパンッと埃を叩いて、睨む。

 しかし、それを反対にしてぶつかり合えば炎と炎、水と水ならば、突出した”異端”の力を有するお兄ちゃんが勝つのは常識なのだ。

 相手に当たる直前に水に変更したり炎に変更したり、自由自在なのだから、本当に防御しにくいのだよ。

「うん、これは‥‥来夏の出る事態ではないのかもしれないのだ‥どいつもこいつも、弱っちいのだなぁ」

 氷の意識を神父の背中の樹木を意識して展開して、いつでも木からの出現で刺し殺せるように‥しておいて。

「お兄ちゃん、来夏は恭輔の防御に専念するのだ‥弱いもの同士で、勝手にすれば?」

「‥おうよ、天才様は余裕でご鑑賞とあれ、行くぜオッサン!」

 やっぱり、自分は女の子で、お兄ちゃんたちは男の子なのだ、男は攻めて、女は守る。

 男の子は喧嘩が好きで、女の子は喧嘩が野蛮だと感じる、ほら?どうなのだ‥‥人間の世界においても、異端の江島にとっても。

 何も変わらないのだな。



[1513] Re[33]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/11/30 21:06
 何も無いような、何かあるような、そんな空間で、一人の少女がひざを抱えて眠っている。

 ドクンドクンっと、脈打つ肉体を制御しきれぬように、瞳を閉じて、眠りの中で耐える。

 雄大な空間の中で、外の情報を吸収して、ただ瞳を閉じて待つ、生れ落ちる日を。

『‥‥‥‥父が興味を抱かれて肯定、それを是非とも、己の力の礎に肯定、これよりそれを行う肯定、異論は?』

『否』『否』『否』『否』

 異論はないと、”卵”の中から声がする‥‥何も無い夜の空間には、夜‥‥闇は夜とも言えるのだからそれで良いだろう。

 その中で黒塗りの卵のようなものが浮遊している、何も無いのではなかった、闇に溶けていたのだ。

『同じ存在として調整して、父の情報を、境界を外し、叩き込む、それによる他の遺伝子、精神構造、魂、概念、理念を侵食、良しか?』

『肯』『肯』『肯』『肯』

『故に、今は眠りの中‥‥”起きる”へのカウントダウンに入るのみ、まるで作戦行動のような滑稽さ‥‥‥』

 蝿の飛ぶような不気味な音と同時に外部世界での情報を、四角い布陣に閉じ込めて、描く。

 描き出された四角い世界に、三人の能力者の幼体と”常人”の二人組み、皆の関心がそちらに向く。

 父からの精神の構造の流れを取りやめて、ドロリとした水のようなものの中で、皆が皆、思考するのみ。

『「はじめまして、嘆くパパに代わって挨拶を‥‥モルジンとフーリルウ‥その後に付属するものは捨てたから、そうだよね?」』

 一人の少女が映し出される、この”体”‥その遺伝子情報からはない肌の色、真っ白い修道服は神のままに、銀の色彩の瞳はなおも輝き。

 零れ落ちる金を濁した蜂蜜色のような、サラサラと細く流れる髪、右肩にかけるように結んでいる‥しかしながら、”異端”ではなく。

『これについての、意見、適合は可能なり、狂わせ、壊し、依存させ、染め、生まれ直し、我が父の下僕へと、くくっ』

『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』『肯』

 連続で出現するは肯定の嵐なり、闇の中で不気味に発せられるは五人の甲高き少女の声‥‥これに関しては、人の及ぶ思考ではなく。

『フーリルウと名づけられた単体、最大級のチャンスなり‥‥これにより、新たな開眼、否、父の実験成功なり、抜かりはなく、チャンスを伺う、これ、決定事項』

『『『御意』』』



「ふむふむ、アルビッシュ=ディスビレーダ?‥‥調子はどうザマス?これで属性は4321個、苦しく無いザマス?」

『■■■』

「‥‥圧縮で喋るのは良いザマスけど、解析するこっちの身にも‥‥ああん?足らない?‥このガキぃ」

 可愛いながらも小憎らしい時もあるわけで、最近は外の状況も魔力の流れでわかるらしく、生意気な事を言いまくるザマス。

 術術術(さんじゅ)の論理の最高級、魔術、技術、美術なりし‥阿呆見たいザマスけど技術が無ければ魔は生成できず、美術が無ければ良しものがわからず、魔術が無ければ、材料の生成は不可能、この分野はそこがおもしろいザマス、一般の人間はわからないと思うザマスけど。

 美術と技術はさも恐ろしき力の集大成。

「‥‥恭輔さま?‥‥えっと、そっちの触手を、ってか挿し込み口、よしっ、ほら、映像を、回すザマス、最適化するから‥自分でする?ミルクに毒入れて渡す母親の気分になるザマスから‥‥言うこと聞けや!」

 駄々をこねる、そんな可愛い存在ではなく、毒舌ばかり吐きまくるアルビッシュ=ディスビレーダ‥‥誰に似たのやら、自分ザマスね。

 はぁ、映像‥‥これで良いザマス、おおー、飲む飲む、無き緑の月の属性もそれだけの元気さで飲めば苦労しないザマスのに‥‥はぁ。

 最初にため息、終わりにため息、破綻の思考。

『■■■■■■■■■■■■』

「弱い?‥‥今戦ってる奴らザマスか?‥‥子供達はこれからの次代を担う化け物ザマスよ‥敵?‥‥常人にしたら強いほうザマスよ、その場に恭輔さまのいる意義性?危険だから呼び戻せ馬鹿っと‥‥‥馬鹿って誰に、第三空の属性をさっさと寄越せ?‥‥はぁ、ザマス」

 説明してやらないと納得しそうにないし、体をまだ動かせない愚痴やら属性の好き嫌いやらの事を言われても、とりあえずは説明ザマス。

 読みかけの本‥まあ、資料書で死霊書をパンッとたたんで、細い糸くずをさらに細めたような埃がオレンジ色の電球の下で、大量に舞う。

 人差し指を立てて、先生風に説明ザマス。

「恭輔さまは、今回で”娘”の最終調整ザマスよ、無意識下で、それを行っているザマス‥敵に”娘”のカテゴリーがいた理由?‥‥あははははは、良い視点ザマスよアルビッシュ=ディスビレーダ、そいつはディベーレスシタンの差し金ザマスよ‥‥普通の人であるが、トップは普通ではない‥異端であり、そういう事ザマス‥‥恐らくは今回の襲撃は、媚を売る事が目的ザマス‥‥恭輔さまの餌にしては、おもしろい収集データザマスね、眼を逸らすなザマス」

 ふう、説明かんりょーザマスね、飲み終わったビールの缶を、デイベルの祝福水、銀の底より‥‥っと、洗う。

 魔法に関しては、一日一度は法ゆえに使わねばならないから、無制限の力は無自覚に体を蝕む、だからこのような下らないことで使用。

 缶はちゃんと洗って出さないと、そこんとこは常識人ザマス、あっ、当主‥缶の中に食べ終わった枝豆の皮を‥さ、最低ザマス。

 取れない、魔法でとるようなことでもないような、しかも、したら負けのような、そんな気分ザマス、魔なる法は、そこんとこでは使わないザマス。

『■■■■■■■■■■』

「無論ザマス、今回はそのための帰郷、未来の江島の重要人物への出会い、江島微笑をはじめとする”シリーズ”に対しての‥忠誠概念チェック、己の中で様々な異端の力の境界を外し、己の魂と血肉を刷り込ませた”娘”の発育状況、そして今回の常人に対しての‥ははっ、常人に対して血肉、精神構造に己の細胞を強制的に流し込んでの生まれ変わりの力のチェックザマスよ、後は‥‥当主の孫が見たい発言ザマス、一緒に花火をしたいらしいザマスから、異常であり、以上」

 とれた、枝豆の皮‥‥しかしながら、指が切れた、痛いザマス‥えっと、あぁ、もう再生してるから意味ないザマスね。

 何とも生きる楽しみの無い体ザマス。

『■■■■■■????』

「ああ、これは、血ザマスよ、血の属性は‥まだまだ、沢山お勉強しないと駄目ザマスね‥はは」



 森が燃えるのではなくて、焦げる、微妙な表現だがそれは正しいと、誰かが言った。

「うふふ、逃げてばかりじゃあ、死んで焦げるだけよっ!」

 鋸を飛ばす、細く鉄糸で結ばれた5本のそれは、ギザギザにも関わらずに擦らずに切断、秘匿の武器、だからこそ切断できぬ物がある時の。

 それは岩であろうとも、楽しげに擦った時の爆発力は凄まじく、己の知っているその系列の浮遊しながら敵を攻める武器‥‥糸で結ばれた武器、それでも強力であると。

 つい10分前までは自負していたはずだ‥そのはずなのだが‥パパ、困った事態なんだ‥‥炎を纏った鉄の巨人は、鋸では無理なのかも。

 キィンと擦れる音はしても‥‥刹那にこちらの耐久温度を超えてしまい、すぐに引き戻すも色は直らず、濃く、薄く、点滅する鋸の刃。

 幾ら攻撃が弾き返されるとは言っても、このような下らぬ攻撃を繰り返していても、すぐに鋸は、脆くなり、零れ落ちてしまう。

 迫り来る拳を、キュンっと、糸を操り、引き寄せた鋸2本で防御しつつ、さらに1本を手で掴み相手の懐に潜みこみ、繰り出している右手の下から。

 切り抜け、そして斬り抜ける‥‥ギュゥインっと、空気がそれに対して悲鳴をあげ、地に行く石ころが衝撃でパチンッと身を弾ける、もう一撃。

「甘いわん♪」

 僅かによろめきながらも、奴はさらに繰り出した右手を引き戻し、力と炎を込める、息が出来ない時間、空気が燃える。

「‥‥‥強い‥‥そうなんだ、強くて怖い‥如何してなんだろう、男の人なのに女の人の言葉なんだパパ‥不思議じゃないか」

「オカマだからよ!」

 轟音が鳴り響き、天から拳が降り注ぐ、この勢いは‥‥とても利用しやすい、炎を纏うそれは紙一重で交わしても意味が無い。

 右足を軸に、一時的に力を込めて一回転‥‥いや半回転で避けれるはず、地面にある砂が飛び散り白い修道服に、気にする余裕も無く。

 そして、中心地点にある右足の軸は攻撃終了地点の真ん中にある、それを地を引きずりながらも後退させ、林檎のような絵が地面に深く、そして引きずるときの浅さを刻み。

 相手に対して丁度背中合わせ、体重を込めた拳は勢いそのままに地面へと、林檎が刻まれた地面に落下。

 一撃必殺は引き戻しに大変だから、軽い単発を、数回、引き戻さずに左右に対しての力で攻撃すればよいのに、アドバイス。

 そうすれば軽い単発も、ちょっと重い単発になり、物凄く重い単発を与えるよりも、かなり効率的だと、パパが言ってた。

 折れ曲がった両足に力を込めて相手の顎の部分に、地を蹴る。

「鋸の竜、昇ります」

 2本の鋸をクロスさして、それを挟み込みながら撥ねたソレは、一気に下引きに引くことにより、もっと、殺しに向いてくれる。

 撥ねる力と下がる力の、それを利用するのが自分の好きなこの技で、パパが良く考えたとほめてくれる‥肩たたきが上手だとほめてくれるのと。

 同じくらいに、ありがとパパ。

「痛ッたたたたたたた、え、えげつない技持ってるわね‥‥ちょっと吹っ飛んでね」

 地面に付けた右手を、いや地面を抉った右手だ‥‥それに全体重を預けて、そのままに横に倒れこむ、首にはめ込んでいた鋸ごとに。

 空中に投げ出され、3本浮遊してた2本を引き戻し、両足で蹴ってバランスを取り戻す、目に入る砂埃が痛い。

 シュタッ、地面に足をつけ、敵を観察。

「あらら、今ので死んだと思ったのに‥ざんねーん‥‥‥あら、首を狙ったはずなのに、落ちてないのが不思議かしらん?」

「鉄になっても、構造的に脆いと‥パパだったらそうすると思うんだ、強い‥本当に」

 中間地点に混在する木を、切り落とし、距離と防御を、相手はコキコキと落ちなかった首をならしながらも、不敵な笑み。

 燃え盛る体躯により、辺りの光景が歪みつつ‥‥さらに言えば息苦しい、姿は暑苦しい。

「脈動裂炎は能力としては下だわ、炎も飛ばせないし、炎ゆえに身に纏わせても、それ程に、溶かせるだけで硬度は無いわん‥‥でも、その中でも、亜種である、炎を纏うとは”常識”では肉体が耐えられない、だからこそ鉄の体が必要なりと、異端で常識的な精神が、たまたま、奇跡的に鉄を生む、そう、これなら、無敵に近いわよねー」

 能力でも、さらに細かく分類されるタイプの、その中でも‥この敵の力は奇抜‥‥奇抜でいて隙が無い、異端同士ならまだしも。

 こちらは”常人”なのだから。

「弾けるわかよん、鉄は、炎の推進力で、弾丸になるわ」

 地を蹴る、足の裏から高密度の、爆発力が展開、炎ではなく爆発、それによりこちらに迫り来る鉄の体。

 木で作り上げた防御壁など、突進力と炎により灰燼へと消える、灰が青い空に舞い、田舎の故郷で見慣れた風景が垣間見える。

 死ぬのは嫌だなパパ。

「鋸の螺旋構築、行きます」

 5本、一度に引き戻し、右手、右足、左足、左手に、最後の一本は背で弾き、後方に真っ直ぐに飛ばすだけ。

 弾き飛ばされた4本は、並行はせずに、自身の順番に飛んでゆく、それを調整しながら、後方に最大の勢いで飛んだ鋸に足を浮かし。

 糸が張ると同時に後方への高速移動を、己の力で投げ込んだ鋸が空を裂き、自分を引きずる感触を心地よく感じながらも残りの4本を。

 調整しつつ、右側へと、左側へと、天へと、地へと、これで、止めるべくは炎の怪物なり、必ず一撃は入る、死角に入りし鋸に。

 自分の移動時間が、鋸が見えない故に不明、追撃を望むならば、隠れし4本の刃が相手の両手両足を切断、今の敵の場合は足止めにはなるはず。

「あははははははははっはははっは、燃えなさい、焦げなさい、焼死なさいぃぃいいいいいいいいい、ひゃははははははははははは」

 焦げる地面、しかしながら‥‥こちらの技術を舐めてもらっては困ると、地を行く鋸が、急浮上、こちらにばかり見ていたから‥‥気づかない。

「甘いわっ!」

 踏みつける、地に足に付いた‥‥爆発的なスピードを活かせないだろうと、考えた瞬間に両足が高速で動く、その勢いのままに背を落とし走る、

 圧倒的な熱量で踏みつかれた鋸は、身をグネグネと捩らせ悲鳴をあげて、収縮して石ころのように見っとも無く、自然の一部へと帰化。

 追撃せしは残りの3刃、左右に展開されていた2本を木々の間をすり抜けて、敵の後方へと、そのままに、中心に移動した後に引き戻し。

 背中から、勢いをかけて、あの勢いで前のめりに転ばせて‥‥地に沈め、化け物。

「うっさいわねぇえええええええええええええ!!死ね、シネ、シネ、シネ、ひゃっほーーーーーーーーーう!!!」

 両手を振り回し、追撃していた筈の鋸を巻き込み、糸が引かれる‥五月蝿い?‥‥空気を裂く音で認識したらしいよパパ。

 パパ、えっと、冗談じゃないけど、フーリルウ、どうなんだ?

「ッう‥‥引き戻される‥‥駄目だ」

 両方に、己で飛ばした全力の鋸と化け物に引かれる2本の鋸、すぐに理解する、どちらかを切らないと、指が飛ぶ。

 相反するソレに、前面にはまだ一つ‥‥武器が残っている、後1秒でそれを思考し終わらないと、死ぬから、指飛ぶし。

 キュルルルルルルル、張る、痛みはまだ間に合わない、後方の糸を指から外し、覚悟を決める‥パパは?‥‥苦戦している。

 どちらにせよ。

「フーリルウはまだ死ねないんだパパッ」

 残りの1本で、勝ちはしないのがフーリルウの駄目な思考。

 ゾクッ。



 ちがうんだよ、それはきみの”パパ”じゃないんだよ、きみには、それはもったいないぃぃぃいいいいいいい、あははははははは。

 そうおもうんだ、さけんじゃった、さけびはきみへと、届いて‥‥ゾクッてさせたみたいだ‥娘を怖がらせるなんて、駄目だ、駄目。

 思考がゆっくりと、染めあげていた、先ほどの事情から開放されるんだ、わかる、わかる、わかるわかるわかる。

 からだのなかで、娘達は、助言している‥助言?‥難しい言葉だ、いつもなら遮光が意味をやさしくおしえてくれる、どうじに。

 兄さんは何もしらなくてよいんですと、いってくれる‥‥それで、おこると、ほほえんでだきしめる‥‥きす、されるんだ。

 それよりも、君の事だね、森の中で、山の中で、空の下で、きみはいま、死にそうなんだ、パパ、”今”はほんとうのパパが。

 きみをたすけてくれないんだね‥かわいそう、かわいそう、かわいそう、そんなに”かわいい”のに、きれいなのに‥つよいのに。

 きみをたすけるよ、試さないと、きみは、じっけんだい、実験台であり、娘なり、娘なり、娘なり、娘なり、娘なり、娘”に”なり。

 わからないけど、きみを、とりこんで、とりこんで、とりこんで、とりこんで、”娘達”もそれがいいといってくれてる、せなかをわって。

 てがでる、むすめをとりこむ手の螺旋階段、あはは、はははははははははは、絡みこみ、流し込み、勘違いさせて、真実になり、たべる。

 とりこむんではないんじゃないかな?‥むすめにしなおす、いまの”ぱぱ”への何億倍のあいじょうを、ぼくのためにうえつけないと。

 ねえ、ぼくのむすめになってよ?

 ズシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 勝手に、”フーリルウ”を取り込んじゃってみんな。

 ぼくのあいすべき、むすめが、かぞくがふえます、一部だけどね‥”フーリルウ”は今から”恭輔”の娘になる。

 娘になる‥フーリルウはほんとうのパパのものになる、それはぼくだよ?



[1513] Re[34]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/02 14:13
 ”少女”が生まれたのは名も無いような田舎の村だった‥‥海が雄大で、空は広大で、山は壮大な、誇るべき故郷。

 好きなものはお隣に住む、自称画家だったアリアル小母さんの作る人参のケーキ、甘くシロップ漬けした人参で作るそれは格別だ。

 ママは料理が下手だったらしく‥‥‥パパがお仕事から帰ると苦笑して、”ごめん、ちょっとこれで”と、ワインとチーズを取り出して時間稼ぎを。

 それを見て、よっぽど”ワイン”と名の付く飲み物が、甘くてすばらしくて、絞りたてのミルクより美味しいのだと勘違いしてしまった。

 ママが海から月に一度、都会から届く荷物を取りに行く日、その日はお留守番‥一人っきり‥‥‥隠れてこっそりと、ワインを一舐めしてみた。

 物凄い酸味に、ケホケホッと咳き込み、涙眼になりながらワインの瓶を睨みつけたのは記憶に覚えてる。

 パパは畑をしていた、一面に広がる様々な野菜たちが太陽の下で日にちにドンドンと濃くなって、色を持つ様子は美しいとさえ思えた。

 夏の日に、お外までテクテクとお散歩しながら、パパに秘密で道のほうにまで伸びきっている赤々としたトマト、ポケットに入れる。

 そのまま逃げるように、いつものお散歩コースであった小川までいって‥‥ママが作ってくれた仔豚の刺繍の入ったバックから絵本を取り出す。

 常に物資が生きて行く上で困らない程度にしか来ない村、一ヶ月に一度だけ届く絵本が何よりの宝物、それをのんびりと木の根に座って見ながら。

 トマトをパクパク、美味しい、瑞々しい、川の音が心地よい‥‥そんな夢のような世界がいつまでも続くと思っていた。

 小川に、血の色が混じるまでは。



 ゾクッ、自分が守るべき存在から、圧倒的な殺気があふれ出した‥‥殺気ではない、凶悪なまでに濃い、存在感。

 木々がざわめき、鳥が弾けるように逃げてゆく、今まで恐怖を”当主”にしか感じたことのない体が、水色の髪が、震える。

「き、恭輔?」

「あぁ、ぁぁぁあああぁぁぁぁ」

 式服が汚れる、外部からの”血”ではなく、体の血管が千切れ、血が漏れ出ている、眼は虚空を見ており、口からは涎が滝の様に。

 それは泣いている様で、鳴いている様で、胸が痛む‥‥そして、恐怖で足がすくむ。

 それに対して戦闘を行っていた皆も動きを‥‥‥それはとめるしかない‥‥その気配に戦闘、戦う時間など、全て奪われるゆえに。

 かきむしる様に体を抱きしめて、これは能力の発現なのだと理解するも、何なんだ?この異様さ、これでは‥D級であろうはずが。

「‥‥‥一部、”何か”を受肉‥‥‥しているのか、違う‥己の一部?その少年?‥‥この気配は、呼応ガ獣‥だ、と‥‥ありえん‥それに、これは」

 震える、それは聞き覚えのある言葉、呼応ガ獣‥‥異端の中の異端にて、その力、巨体、能力、まさに人類に仇名す宿敵なりと。

 右手が沈み行く体内に、変わりに出現するは、ギュッポ、昆虫‥ではない、百足のような、独特のフォルムを持つソレ。

 ワシャワシャと途切れる事無く出現、血塗りのその化け物は、何処にあるかわからぬ瞳で威嚇しながら森へと広がり行く。

「ぁ、ひゃぁぁああああああぁぁぁ」

 そして背中を、切り裂き出現する、尻尾を雄雄しくも光らせながら、背骨を突き破るように、ゴポゴポゴポ、血の泡のパレード。

 地面には染み付き、辺りには血の臭気‥頭がおかしくなりそうな光景が、10秒の後に生れ落ちる。

「授銃ッ‥‥金曜にて錬成、封じさせてもらいます」

 尻尾が振るわれ、指が飛ぶ、撃ち抜こうとした金のソレは地面に転がり、一部を染め上げて、金の中に封じる‥‥開く空洞にポロリと落ちる指。

「パパッ!?」

 駆け寄る少女のことなど眼にもとめず、飛ぶ、距離を置いてから冷静に観察しないと‥なのだが、駄目なのだ、何が起ころうとしているのかがわからない。

 同時連想しておいた5体の『氷の兵』を出現の可能を確認、今の”恭輔”は守るべき対象から、何かをとめるべき対象‥油断はならない。

「‥‥おいおい、来夏‥‥流石に、こいつはオレも予想してなかったぜぇ‥‥ははっ、これが当主の直系ってことかよ」

「わからないのだ‥‥しかし、でも、恭輔は同じ血を持つ、大事な仲間であって、来夏の守るべき弟存在にしたのだよ、だからッ」

「わかってるわよん、あの子が”何”を目的としてるかはわからないけど‥‥‥」

 三人で、その場所から動かずに、見つめる、叫ぶ恭輔は‥‥何処となく、何かを求めているように首を振り続ける。

 ああ、わかったのだ‥‥お兄ちゃんが、似てるって、言ったことは‥恭輔は当主に似てるんじゃないのだな‥お兄ちゃんにも似てる。

 来夏にも、芳史ちゃんにも‥‥‥似てる、そして身から出る化け物の気配にも、似てる、似てるのだ‥‥この里に住まう魔法使いにも。

 生み出された”シリーズ”と名づけられてる、あの子たちとも、似てる、似てる、何度も口の中で反芻、全ての”異端”に似てる。

 それは救いになるのではないのだ?‥来夏は氷を生成しながら思う、しかし、突然のこの、許せないのだ。

 恭輔は守る。

「くっ、しかし、体が‥何で、こんなに重いんだよ‥きっちぃな」

 お兄ちゃんが紅い色を持つ力と青い力を持つ力、それを現出させて、体を煩わしそうに動かす。

 そういえば、来夏も重いのだ‥体が重いと言うよりも、心が、がんじがらめの様に捉えられた感覚。

 芳史ちゃんも炎を解き、鉄の体のみで、汗を流しながら己の違和感に親指を噛み締める、不気味なのだ。

 しかし、この状況は、本当にヤバイのだ‥‥‥‥恭輔の力のせいなのか?‥‥‥‥‥違うのだ、もっと根本的に。

 横に”出現”する気配と同じ根本的な力と同じ気配がするのだ、そうなのだよな?当主。

「それは、江島の血の具現が濃いからですよ‥‥‥恭輔を傷つけたくないわたしや”恋世界”の意思です、ほんとうにあの子が愛しいですから
傷つけるのが、死んでも”ヤ”なんですよ、ヤーです‥どうしました、3人とも?」

 般若の面が。

「これですか?‥‥恭輔が、今より幼いときに、誰にも見せるべきではなく、じぶんのものだと、初期メンバーへの恭輔の依存の証拠、たまにでも外すんですよ、貴方達なら、みても、恭輔も怒らないでしょう?」

 紅い爛々とした瞳で、微笑まれる、切り揃えた美しい黒髪の下から見える、それは正に赤き血を具現したかのように。

 透き通るような、雪のような、自分‥来夏が羨ましがるような、そんな頬には何かの文字が刻まれている、蚯蚓の這えずり回ったような。

 読めないけれども、意味は‥‥‥わかるようでわからないのだ‥‥苦笑しながら、当主は前を見つめる。

 形の良い小さな鼻がクンッと、恭輔の血の匂いを感じて、言葉とは裏腹に恍惚な瞳で、赤き眼が射抜くように、そう、赤い眼とは。

 黒目のあるべき所は濃い赤にて、白目のあるべきとこは薄い赤にて、美しい。

「きみたちは何もしなくて良いですよ、恭輔はだいじょーぶです‥‥そこのお嬢さん?‥パパは、好きですか」

「‥‥何を言ってるんだ、愛しているし、この世界に唯一無二の存在だとフーリルウは思ってる、”異端”に言われるまでもなく」

 脈動する恭輔を優しい瞳で見つめながら、当主は、当主は右手を宙に掲げて、やってみなさいと笑う。

 殺ってみなさい。

「‥‥ああ、わすれてました‥‥江島を”支配”している‥‥江島色褪です、きみは殺しにきたのでしょう?」

 蚊の鳴くような、小さな声、幼い容姿にて微笑む‥‥浮遊したそれは恭輔を守るように、守る必要など、今の恭輔にはないのにだよ?

 あの百足の、動きを見ればわかる、人間なんて及びのつかない強力な力で万物をねじ伏せる事が出来る‥‥あの尻尾を見ればわかる、どのようなものも刹那の如きに、それを動かせば気づくまもなく、首が横に回転しながら、飛ぶのだ。

 なのに当主はそんな”変化”をしている恭輔を守ると‥来夏達とは”違う”のだ。



 指が飛んだ、綺麗に螺旋を描き、地に伏せた‥‥己の弾の力で消えてゆく、それを見つめながら。

 この場での戦闘能力を判断しつつ、逃げる事への大きな渇望、そう、勝てはしないのなら、せめて逃げなければ。

 戦闘でも、異端の匂いもしなかった少年から、強烈な”何か”が盛り上がったときには久方ぶりに恐怖すら感じてしまった。

 もっとも恐ろしきと感じた、1200人の仲間にて迎え撃った孤島の魔王『彼方』に感じたものと同等のものなりと。

 あの時は1198人の生贄を食わせて、殺されて、蹂躙されて、逃げ出したのだが‥‥今回は、どうだ?

 死ぬのか、死なないのか、それは神の導きであり、神とは固定されるべきものではなく、神とは”神”の概念にありと。

 ああ、愛しのフーリルウだけは、どうか、外世界への扉を開けて、逃がしてやらないと‥‥例えターゲットの”いろあせ”がいようとも。

 生きねば意味はない‥狂信的とは、真の狂信的とは‥‥明日へもその狂信を繋ぐために、生きることと見つける。

『あ、あは、あははははははははははははははははははははははは、ふぁ、ぁあああああああああああああ」

 少年が、脈動しながら、周りの”異端”には目も向けずに、こちらを爛々と睨みつける、幼い体躯からは圧倒的な気配。

 森がその気配に枯れ、地面が黒々となり、空は大気を振るわせる、まさに『彼方』と同属のような存在なり、極めた異端は似通うように。

 恐ろしい。

「彼方を、思考しましたね?‥‥はふはふ‥そーですか、一度”アレ”と、あれが‥‥そう、貴方の”仇”なんですね」

 こちらの、歯止めの利かぬ思考を”異なる力”にて読み取ったのか、ニヤッと微笑む”いろあせ”‥‥旧友の事を話すようなフレンドリーさは。

 まるで妻の仇を討てずに、仲間を犠牲にして逃げ出した、私を笑っているかのようだ、異端の笑み、能力者の笑み、”いろあせ”の笑み。

「勝手に思考を読み取るとは‥悪なる子羊め‥いや、貴方はそのように可愛げのあるものではないな、例えるなら蛸のような醜悪なものだ」

「たこ焼きすきですよ?」

 駆け寄ってきた愛しのフーリルウを抱きしめて睨みつけてやる、まだ足は余裕を持っている、逃げれるのだ‥この愛しのフーリルウと。

 愛しのフーリルウが頬を微かに染めて、このような状況で、私のためだけに、慰めてくれるために口を開く。

「パパ、フーリルウはあの、村が”死んだ”ときに思ったんだ、パパと生きていくって心から思った、ママも、ケーキが得意なアリアル小母さんもいじめっ子のレイスも、泣き虫だったスフィランも、仲良し夫婦だったマリアもルーファスも、みんな、みんな、異端に食われたときに、フーリルウは心からそう感じることが出来たんだパパ、だから、あの時に”仇”を取れなかったことを、全然怒ってなんかいないんだよ?」

 慰めの言葉に四肢に力が入る、そう、我ら親子は痛みと悲しみと、屈折した愛情を持ちながらここまで生きてきたのだ。

 指が消えたからどうだと?‥‥まだまだ、そう、まだまだ、私達は生きて、あの”彼方”を殺すべき、そして同じように飛びぬけた異端であると思える。

 目の前の”いろあせ”と少年は、どうにかしてでも、逃げる前に、”何か”をしなければいけない。

「‥‥わたしの、時間稼ぎ終了ーでふ、恭輔、出せる様子です‥きみ、絶望をみますよ?」

 ギュルルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ、尻尾と、百足の”肉”が一箇所に集う。

 愛しのフーリルウは残り一本になってしまった‥‥‥焦げて黒落ちした、情けない鋸を構えて、わたしは利き手ではない左手で、構える。

 肉の圧縮音は同時に新たな怪物を生み出す効果音、先輩がそのような事を笑いながら教えてくれた、でも死んだが。

 彼方に、骨を刹那に、取られて、採られて、獲られてしまって、ぶちゅぶちゅと地面に畳み込むように、落ちて、広がった。

『肉の砦、再契約に基づき構成、効果確認による、肉、肉、肉、魂すらも侵食するべき”娘”の力を活用ぅぅうううう』

 肉の砦と名づけられた、その変質的な不気味なものが、少年の前面に押し出されてゆく、悲鳴をあげて取り込まれる百足と尻尾の断末魔、響く、匂い立つ獣の血。

 存在の全てを、否定するかのような断末魔が、少年の、微かに見える顔がニターッと溶ける様な笑み、口は三日月なりし。

『”あなた”の愛しのフーリルウ、頂戴』

 これから未来に続く、絶望の声が、世界に響き渡った。



「えっ?」

 フーリルウの名が、そこで肉塊から流れてくるとは、想像してなかった。

 巨大な肉塊がガポっと左右に分かれて、黒い空洞が見える‥ギュッと抱きしめるパパの両腕は優しくて痛い。

 フーリルウは思うんだ、これから先の恐怖は、あの”彼方”を相手にしたときよりも、何倍も恐ろしいんだと。

 パパ、どうなんだ‥‥そんな考えで良いのか?

「授銃ッ、土曜の錬成ッ!」

 利き手ではない、それでも前に出ようとするパパ、駄目なんだ‥まだ、鋸を、持ちえているフーリルウの方が。

 パパはフーリルウが守る、それが、あの時に”異端”にママが殺されたときに、灰を顔に浴びながら、狂った笑みで決めた誓い。

 涙と灰が、それをまだ、教えてくれている。

「パパッ、鋸の一直線」

 ギリギリと限界まで、暗器特性、鋸に潜んでいる”ノコギリ”、鋸を高速で左右に振り展開、竜が身をくねらす様に、高々と伸び上がる。

 木々が数本倒れ行くが気にしない、もっと展開、これ程までに展開してみて思う、このような重いものは少女が持つべきではないなと。

 ほら、昔は花を編んで遊んでいた小さな手は、荒んでしまっていて、かたい‥かたいんだパパ‥‥全ては異端を狩るために。

「きみをもらう‥‥よ、いろあせ、おこらないよね?」

「はいはい、お好きになさい‥‥‥壊しても、失敗しても、新しい餌は世界に幾らでもありますから‥今回は常人で”異端”を生成なさいな‥また、曾孫増えちゃうですか、なー、わたしも歳をとるはずです」

 来る、伸びきったノコギリを、重いが、糸を高速で、手で数回引く、回転していいよ‥‥パパを守るんだ。

 ギュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい。

 吼え渡る声、行く、パパは唖然としている‥‥‥これは、はじめて”むすめ”のフーリルウがパパにしてあげる事なんだ。

 自分の蜂蜜色の髪が、リボンが後方に逃げて、なびく、パパは何か言おうとしているけど、ごめん、最初で最後の無視だからね。

「ぁああああああああああああああああああああああああああ、異端は狩るのが、掟、世界の掟だと、道示す!」

 走る、能力者の三人は目を瞑り、パパは過ぎ去るときに眼を見開き、化け物二人は三日月の口で微笑む。

 これが”フーリルウ”が”フーリルウ”であった‥‥最後の記憶なんだ。

 最後のパパの顔。

「その、のこぎりも、フーリルウの一部‥‥‥だったらそれごと、食べる‥‥きみをのきょうかいせん、みえるよ」

 肉が弾ける、体の回りに、纏わり付くように高速で飛弾、速すぎて巨大になったノコギリでは、叩き落せない。

 ビシュッゥ、お腹に当たる、痛くない、走れている‥‥フーリルウはどうしちゃったんだ。

 走っているはずなのに、時間が”動いてない”空間に、身を置いている、パパも、能力者も、あれ?変わらない風景。

 そして目の前に、弾けた肉が集合して、また大口を開ける、心はこのときに既に、境界線を大半取られていて、遊んでいたんだと思う。

 そして、体すらも支配され行くお話しの展開。

「おいで、パパになって、ぼくだけしか考えられない‥そんなきみが、受肉して、にせもののパパに‥‥ぼくたちのあいじょうをみせてあげよう、さみしいんだ‥寂しいから、ぼくの娘になってください‥あう」

 バクンッ、肉に包まれる、サンドイッチ。

 ここに来るときに、パパが食べさせてくれたサンドイッチみたいだ。



 卵が並んでいます、一つだけ何も入っていない‥‥何も受肉していない、押し込まれるフーリルウ。

 口から泡を吐きながら、黒い水から逃げるように、その黒々とした卵からも逃げようと身を捩る。

『無駄だ、フーリルウ、ここに来たのは運命なりし、これにて父の里への帰郷は最期の話を迎える、なるは、フーリルウがなるのは父の新たな娘なり‥‥今回の実験は、境界を一部分外し、今のお前の細胞から、忌まわしき”他人”の血を追い出し、父の遺伝子情報を叩き込み、さらには他なる異端のデータを取り込み、貴様の父への思慕を、我らが愛する父への思慕への境界を外し、何億倍も真なる父を愛する、玩具ナリ、さらにもう一度娘の称号も与えよう、異論はないか?』

 ゾッと言葉の意味が理解できなくても、本質は垣間見えた、フーリルウは恐怖で身がすくみ、その隙に卵に押し込まれる‥‥見えない手により。

『遺伝子、追い出し、忌むべき”常人”の血を排除して、父の遺伝子を流し込み、再構成なりし』

「あ、ぁぁあぁぁぁ、や、やめて、やめてやめて、ぱ、パパの、パパを追い出すなぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 卵の中から、耳に触手がわけ入ってくる、抜き出される‥‥”血の概念”、パパの血が、ママの血が追い出され行くのがわかる。

 それで愛情が消えるわけでもないけど、フーリルウは怖くて仕方ないんだパパ、あぁぁ、身が撥ねる、助けて、助けて、助けて。

 誰もいない。

『改善なりし、流し込み開始‥‥父の遺伝子情報を高速にて叩き込むべし、境界の取り外しは父の意思をこちらに流し、行う』

 次は、黒いものが流し込まれる、それと同時に、心が刹那に”緩む”‥緩む?‥そんな馬鹿なことがあるはずないんだ、あるはず。

 流れてくる情報が眼に見える、”だれか”の情報が、身を、肉を、あれ、パパの血はもう無くなりかけてるんだ、パパぁ。

 怖い、パパの血が後、3、2、1、消える‥消えた、消えた消えた消えた消えた消えた、それは絶対的な喪失。

 そして新たに流し込まれる何かの情報、それもみえる、きこえる、かおる‥フーリルウはそれをパパ‥あぁ、パパじゃなくなったんだ。

 あれ、パパ、どこなのパパ、フーリルウはだれのこ?

『父との境界崩し、それにて、遺伝子情報は今より、全て流し、意識の改善を行う、愛情を格上げして、おもしろき事実を発動せよ』

 外されたところから”誰”かの”愛情”が、何個も何十個も、何百個も、流れ込む‥もう数がわからないくらいに‥‥そして身も新たな”パパ?”の肉と血になじみ始める‥パパって言ったんだフーリルウは。

 蜂蜜色の髪はそのままに、白い肌はそのままに、でも、血と、肉は別人になってゆくフーリルウ、心も染まる。

 パパは”えしまきょうすけ”あいするべき”ぱぱ”、至上の存在で、フーリルウの全てであり、フーリルウはパパの一部であるのだ。

 それは間違いではなく、この黒き卵に受精した瞬間に決まった事実なんだ、パパ‥パパ、パパ、昔のパパは思い出せない。

 パパのことしか思い出せない、パパである”えしまきょうすけ”のことしか思いつけない、パパのことしか考えられない、愛情で狂いそうになるんだ。

 パパ、パパ、パパ、頬を抓る、黒き水がそれを、血が出るほどにしたら、それを治してくれる、浮いたそれを舐めて。

 ”パパ”と同じ血の味がしたんだ、不思議でもない、当たり前の事実なんだとフーリルウは思うけど、あれ、何か違和感、でももう消える。

 光が見えた。

『フーリルウ、生れ落ちる、お前は最初から”父”の娘だったな?」

「フーリルウは‥‥‥‥そうなんだ、パパを傷つける奴を鋸で皆殺しにしても、パパだけを守るんだ‥パパ、すき、すき、愛してるんだ‥そうなんだ姉妹?」

『正解で成功』



[1513] Re[35]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/05 12:48
 三日月の笑みにより、収穫は成功した、それは、まさしく悪魔の所業なりと。

「終わったみたいですね、これで次のステップへ‥‥パパさん、あなたは絶望を見ますよ」

 鬼の面を右手でそっと顔に添える、それには何も言えず、一分前から呆然とした私がいる。

 愛しのフーリルウが、食われて、喰われた‥目の前で何も出来ずに、父である私は神に祈るだけ‥何という事だ。

 異端の少年は暫く震えた後に、ニコッと、まったくもって邪気のないような微笑で、異端とは見えない微笑で。

 私に問いかけるべく、口を開く。

『「あなたは、フーリルウが、もし、フーリルウじゃなくなっても、すき?」』

 悪夢のように、愛しのフーリルウと少年の声が重なる、いや、事実重なっているのだ。

 これ以上の悪夢を、私に見せないで下さい。

「”娘”の肉を使って体内に取り込み、精神と肉体の境界を外し概念を流し込み染め上げる‥‥ふむ、いい子です、恭輔」

 異端同士は嬉しそうに微笑みあい、他の能力者の連中も唖然としている、そして呆然‥‥皮肉なことに私も変わりはしない。

 今の状況を飲み込めずに、構えもしないままに‥‥涙眼になりながらも、怒る。

「貴様ッぁああああああああああああああ!」

『「あわせてあげる」』

 停止する、走り出そうとした体が聞きなれた、愛しい声によって停止をせざる終えなくなる。

 木の根に転びそうになりながらも、踏みとどまる。

 ビィイィィィィィイィ、虚空に、何かの黒い卵が浮き出る、景色を染め上げて浮き出る‥‥全てを、染めたような黒‥人外の気配。

 大きな血管が浮き出たそいつは‥‥ドクンドクンッと黒い血を生成して、大きく震える‥太陽の光に照らされても、不気味。

「さあ、生まれ落ちなさい」

 鳴くような音が聞こえる、鳥の鳴き声のように甲高く、生まれ出るのは雛ではなく、異端‥それだけはわかる‥愛しのフーリルウ。

 愛しのフーリルウを取り戻すためにも、私は。



 今回のシリーズの調整はある程度終わった、娘についても発育は悪くないようだ、そして他人を材料に新たな異端を生み出すことも。

 可能のようだと、にやりと微笑む、般若の下で笑う、これにて未来へとさらに踏み出せる、これで、江島は、恭輔はさらなる一歩を踏むことが出来る。

 脈動する卵に亀裂が入ったときに笑みが大きくなる‥‥さあ、生れ落ちよ、曾孫となりし異端、おもしろき事実を見せておくれ?

 わたしは悪魔な考えをして、悪魔なんてかわいらしい存在では自分がないことを再確認して、再度の微笑み。

 パリン、グシュ、割れる卵から、嫌な音と同時に少女が地面に足を付く、粘液に絡まれた体を不思議そうに見つめて、両手を動かして。

 きょろきょろと辺りを見回す、不思議そうに、”過去のパパ”を見つめて、眼を細め、”新しいパパ”を見つめて、はにかむ。

 卵の殻たちは消えるまでもなく、脈動し続けて、その一帯だけ別世界のように、倒錯した空間がある。

「パパ」

 一言、それは、何に対しての存在へと向けられたのか、わからずに、彼は駆け寄るが‥‥それはちがうのですよ?

 蜂蜜色の髪をした少女は既に、あなたの知っている、可愛い娘ではない‥わたしと恭輔と同じ場所にいる、人じゃないもの。

 だって、少女は一度も貴方のほうを見つめずに‥‥恭輔を見つめている、意識はそこに‥改善された精神ではなくて。

 最初から”ソレが事実”と新たに生まれなおして少女は、血も肉すらも、既に貴方とは血縁ではないのですから。

 ほら、駆け寄るのは大きな大きな大きな‥間違いなのですから、笑みが、微笑が‥‥三日月の笑みへとさらに変わる。

 ”計画”通りに。

「ああっ、愛しのフーリルウ‥‥‥あぁ、パパは絶望の海に抱かれずにすみそうだ‥体に異常はないかい?」

「‥‥‥‥‥これが”実感”出来なくなる事‥フーリルウは、その名前と全てを捨てないと駄目」

 名を与えると終わる親子の事実、少女の言葉に父であったものは首を傾げ、恭輔は血を失い白くなった顔で。

 手を差し出しながら、必死に考えたであろう名を告げる。

「雛のように生まれて‥黒い卵から‥生まれたから、黒い雛で‥黒雛、きみの、あたらしいなまえ」

 それは、蜂蜜色の髪をした少女の、笑みでわかる‥‥心からの笑顔はまるで天使のように美しいですね。

 さあ、昔のパパさんは思う存分に絶望をしてください‥‥これで”過去の話”は終わるのですから。

 未来へと続くお話に。

「い、愛しのフーリルウ、何を言ってるんだい?‥‥ママが君に名づけてくれた‥フーリルウ?」

「‥‥”貴方”には悪いと思う‥‥でも、”黒雛”は謝るんだ‥‥ごめん」

 瞳を見ないで、頭を軽く下げる愛娘に‥‥絶望感よりも違和感を感じたのだろう、昔のパパさんは肩を掴んで。

 眼を見つめる。

「な、何を言ってるんだ‥精神操作系?‥‥なのか、だとしたら、そこの少年を殺せば‥戻る可能性は高い」

 キッと、地面に倒れこんだ恭輔を睨みつける、初めての境界の外し方で疲労したのだろう‥曾孫の連中が行使させすぎです。

 今度説教しないと‥だめ、みたいです。

「駄目なんだ、”パパ”を傷つけさせるわけには行かないんだ‥‥そして、黒雛もすぐに完全に一部になって”娘”になる‥そしたらもう”戻らない”‥‥パパだった貴方へ‥逃げて‥‥ね?フーリルウだった黒雛の最後のお願いなんだ」

「‥‥‥フーリルウ?」

 徐々に自分の娘だったものが”別種”に変質したのが理解できたのだろう‥今の黒雛は過去の記憶だけでそれだけを伝えている。

 もう、それも出来なくなるのでしょう‥‥頬に伝う涙は、片目が悲しみ、片目が歓喜‥消え行く悲しみと生れ落ちる喜び。

 恭輔ったら、わざと、まだ完全に取り込まずに外に出しましたね‥‥それは独占欲からですよね?

 きっぱりと現実を、おしえてあげるのは、酷ですよ?

「ごめん、逃げてくれないと、愛している”恭輔パパ”のために、貴方を完膚なきまでに殺す‥‥鋸はないけども‥殺せるんだ」

 蜂蜜色の髪がなびき、固まった粘液がパラパラと呼吸と同時に地面に落ち行く、そして、”彼”は賢い人間だ。

 眼を見開き、理解したかのように、口を。

「‥ま、さか‥まさか、まさか、まさか、まさか‥‥その”少年”が‥ありえない‥‥可能性のみの存在だったはず、まさか」

「彼方が仇?ですよね‥‥‥それにも秘匿されて生まれ出たのが、恭輔です‥数々の異端の全ての苦しみを救うのが、恭輔」

「しかしっ、異端を生み出し、我らが常識ある人間、それに縛られたフーリルウをこのように創り変えるとは!悪魔の所業なり!」

 わかっていない、悪魔すら‥‥異端ならば恭輔は己に出来る、だからこそそれが異端全ての救いとなるのに。

 ふう、さて‥‥‥そっちは、そっちに、こっちはこっちで、お話を終わらせる努力をしましょうか。

 向き直る。

「若布、芳史、来夏‥‥‥‥おや、来夏は‥‥理解したみたいですね‥そうです‥よ」

 悔しそうに、下唇を噛みながらも来夏はこちらを睨み見つけている、賢い子だ‥既に恭輔の存在理由も理解出来て。

 とても、賢い子なのですね‥‥すごい。

「‥‥‥これは、”これは”‥‥‥‥異端が、異端を救うのが恭輔‥‥なのだ?」

「‥‥そうですよ、わたしたちが、だから守るのですよ‥‥それこそ”境界崩し”‥‥あらゆる存在と一つになれる能力、全ての異端の悲しみも喜びも苦しみも愛すらも、己に染めて、己のみの部分として、己だけで行使する‥‥それは、既に”わたし”も」

 ニコッと微笑んでやる、若布、芳史は大きく眼を見開き、わたしと眠っている恭輔を順に見つめる‥‥ポツと雨が降ってきた、指に当たる。

 通り雨は、徐々に、その数を増やしてゆく、冷たくはない‥夏の温度の中で生ぬるいような、そんな感覚ですね。

「‥‥それは来夏も、なれるのだ?」

 依存したような、期待に震えるような瞳にコクッと頷いてやる、彼女ほどの力ならば‥それも可能だと。

 しかしながらですね。

「それは恭輔がのぞむことで‥‥‥いつか、きみを望む日が来るかもしれません‥‥‥若布と芳史は、これから先、”どのように恭輔と接しますか”?」

 答えによっては殺さないとならない、そんな事を思いながらも、当主として優しく聞いてあげる‥ですよ。

 激しくなった雨の中で、二人は思考をやめて、口を開く‥‥芳史は上半身裸なのが、うう、きついです。

「オレは‥来夏みてぇに‥わかんないですけど‥‥‥‥別に、怖いとかは、思わねぇ‥‥です、前に、最初に会ったときにもしかしたら嫌いになれねぇかなって思った‥って、ニヤニヤ見るなッ!燃やすぞ!」

「いやん、いやぁー、若布ちゃん可愛いってねん♪‥‥まあ、自分も二人と同じ意見です‥‥眠ってる顔、悪意がないならば‥‥それで十分です」

 ふむっと顎を摩る‥‥‥とても強い子達なんだとは知っていたのですが、うん、本当に”強い子”たちでしたと再確認。

 さてと、問題は終わりを迎えていて、わたしは‥‥よいしょっと、恭輔を持ち上げる‥おもくなりましたね‥いいこと。

 三人に目配せをして、雨の中で場を去るべく、三人は足を動かし、わたしはふわふわと漂う。

「それでは、さようならです、普通の人‥‥黒雛は、暫くは”江島”が預かりますので‥‥」

「‥‥あなたが去らないなら黒雛が去る‥そう言う事なんだ‥‥さようなら」

「ふ、フーリルウ?」

 終わりの中で、ただ一人の常人が絶望しているのが見えます、またいつか、それが憎しみになったら、殺しにきなさいね?

 きみが”彼方”を憎み、”恭輔”を憎むのなら‥‥‥‥二人の間にまた”接点”ができると、そういうことなのですから。

 異端よ集え‥‥雨、やみませんね。



「はは、ははっ、あははははははははははははははははははは」

 笑う、泥を舐め、砂利と苦味を混濁とした、そんな中で笑う、わかってしまった。

 私の知っている娘は天に召されたのだ‥それはもう、どうしようもないとわかっている。

 あのときと同じだ、何も出来なかった自分は何のためにこの世に生きているのだろうか。

 雨が降る中で‥‥千切れた指の箇所からは血があふれ出し広がってゆく、それは痛みすら感じずに。

 ダンダンッと自分の腹を殴りつける、戒めですらない、これは、ただの八つ当たりだ、自分が自分に対しての。

「こ、これが‥‥これが”境界崩し”‥‥まさしく‥真に存在していたとは‥‥隠蔽していたのか‥あの存在を異端どもがあぁああああああ」

 娘は戻らない、あれはもう、そういった存在に書き換えられて、新たに世界に生み出されたのだろう‥愛していたフーリルウ。

 憎むべき黒雛と名づけられた少女、姿かたちは変わらずに、異端として、罪深き存在として‥‥ぁぁぁ、くそっ、くそっくそっ。

 笑いと怒り、頭がおかしくなってしまったかのように、ただそれだけを繰り返す、死にたい、でも死ねない。

 妻の仇と、娘だったものの仇を、とらなければ死ねない‥‥そして、フーリルウ”だった”ものを殺してやらないと。

 もっと殺せるだけの力が欲しい‥どんな異端にでも対抗できる力が、殺して殺される世界から、殺して殺すだけの世界に。

 そのためには、今は一度去り行かなければ‥‥‥‥去って、力をためて‥‥また、殺しに来る。

 ”恭輔”と名づけられた存在の下には異端が集うのならば、もう一人の敵である彼方にもいつか会えるかもしれない。

「ふ、はは、はは、はぁぁぁ‥‥‥‥はぁぁぁ、さようなら、愛していたフーリルウ‥‥」

 雨がやんだのは、言葉が消えると同時に‥‥そして、残ったのは一人の男だけだった。

 もう、傍らには少女はいない‥‥それが過去の終わり。



 そして再度の今の始まり。

 気を失っていたらしく、いや、首根っこを引きずられていたら気も失うだろう。

 眼を覚ますと、明るいまでの青色が目に入った‥えっと、首いてぇ。

「‥‥‥まだ、食うのかよ‥お姉ちゃん‥‥」

「ん?‥‥やっと起きたのだ恭輔‥‥どうしたのだ?」

「‥‥いや、ちょっと‥昔っぽい夢見てたような‥‥‥いい加減、苦しいので首から手を離していただけないでしょうか?」

 ドサッ、地面に落ちて首をコキコキっと‥‥あれから何件飯食いに周ったんだっけ‥思い出せない‥ずっと引きずられた気がする。

「昔の‥夢なのだ?」

「ああ、初めてお姉ちゃんに会った時やらの‥そんな夢、しかし、何で今更、本家に呼び出されるかねぇ」

 あれから何度も本家のほうには行った思い出がある‥‥けど内容が不明瞭で良く思い出せないし。

 でも本家に行くのはあまり良い気分ではないのは確実で、お姉ちゃんが来なければ普通に断っていたと思うのは事実。

 汚ねぇ色褪‥‥俺が断れないような人物を送ってきやがった、これが造弦のジジィだったら間違いなく断ってるけど。

「それは謎なのだよ、あっ、そう言えば来夏は今日は恭輔の家に泊まるけど、良いのだろうか?」

「それは別に構わないけど‥‥‥‥良く考えたら明日から俺学校休まないと駄目じゃん‥‥」

 つい昨日に突然色褪に『帰ってきなさいね、明日迎えをおくりますから、断ったらヤですから』‥‥何てババァだ。

 ため息すらもかみ殺し、どうしたもんかなと思考する‥‥‥色褪、もし行かなかったら泣いて怒るだろう。

 それはそれで非常に面倒だったりする‥‥‥。

「でも、本当になんだろう‥前に言ってたお見合い云々‥なわけないよなぁ」

「‥‥ノーコメントなのだ」



[1513] Re[36]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/13 15:37
「‥‥‥‥‥‥」

ガチャ、ドアが閉まる、金の少女が「ん?」銀の少女が「恭輔サン?」小虎が「ふぁ~」

‥‥テレビから流れる雑音、好きなお笑い芸人なのだ‥それはいい。

「‥‥恭輔、来夏は‥‥お姉ちゃんは、”能力”の事は理解しているのだが‥‥実際見ると結構ムカつくものなのだ」

 久しぶりに会った可愛い弟、迎えとして来た自分にはわかっていたはずだ、恭輔には”一部”がもういる。

 自分は、選ばれなかった見たいなのだ‥嫉妬。

「って、うわー、氷躰造形の来夏サンだ、どうもどうも、意識浸透の沙希です、っで、こっちで寝転がって熊の縫ぐるみ抱いてるのが」

「‥‥ん、選択結果の差異‥だが、ふむ‥貴方が”江島”の迎えとは、差異は究極の皮肉だと認識しているのだが?」

 ニコッと、今までに見たことのないような綺麗な笑顔をした少女、さりげに毒を吐いてるのがかなりムカつくのだが。

 この二人が”今”の最年少SSなのだな、やっぱりかなり性格に癖がありそうなのだ、恭輔‥‥性格も色んな意味で重視したらどうなのだ?

 ポッキー食べながらボケーッとしている小虎よりはマシなのだろうけど、尻尾でリモコンとろうとしてるし、どうなのだ?

「えっと、朝に話したけど‥こいつが、俺の姉っぽい江島来夏、っでお姉ちゃん‥‥とりあえず青いぞ、髪やら眼やらな、そして怒らすと色んなものが氷になるから気をつけよう‥‥っで、明日、実家に帰るんだけど‥‥‥鋭利は?」

「‥‥‥ん、迷子じゃないのか‥‥しかしながら、江島、江島‥‥成る程、貴方も江島だったのか来夏殿?」

 氷のように冷たい瞳が、冷然と事実を述べた後に鋭く突き刺さる、何度か鬼島ですれ違ったりしたものだが、変わらずに冷たい子。

 きっと、死ぬまで恭輔以外にはそのような態度で挑む子、来夏は眉を寄せて。

「‥‥まさか、恭輔が一部に選んだ中に‥‥差異が入っていたことは驚きなのだ、こんな性格捻くれ回ったガキが一部とは、恭輔、お姉ちゃんは嘆かわしいのだよ?」

 ムカムカと、眼を細めて睨みつける、モコモコとしたパジャマに身を包みながら、眠そうに眼を擦り、差異はふぁと‥‥欠伸。

 気に食わないのは、ずっと前からなのだが、恭輔の一部になった事実がさらに許せない。

 沙希はパタパタと廊下を走りながら『えーっと、お茶を出さないと、うん、僕って主婦してるね』そんな事はない、当然なのだ。

「うん?恭輔は差異を一番愛してる部分と、常時思ってくれているのだが、このような、捻くれ回った精神も、自身である恭輔にだけは正直だぞ‥‥ん、他人である来夏殿に言われる筋合いは、まったくもってないと差異は思っている」

 他人、他人なのだと‥‥たった、一部になろうとも半年も過ごしていない存在で、何て生意気な言葉なのだ‥氷にしてぶっ壊してやろうか?

 とりあえずは椅子に座って、イライラをかみ殺しながら、注いでもらったお茶に口をつける、恭輔は席についたまま、みかんを食べてボケーッと。

 昔からマイペースの子だったが、お笑い番組見てケラケラ笑っている場合じゃないのだよ?

 明日、本家に‥‥”差異”も付いて来るのだろうと、考えるだけで何だか、納得できない来夏がいるのだ‥‥本来ならそこにいるのは来夏なのだよ?

「それでさ、何で今更‥‥色褪が帰って来いって?‥遮光とかに断られたわけか?」

「久しぶりに孫が見たいとか‥そんな事を言っていたのだ、他に企みはあるのだけど、来夏は渋々ながら認めざるを得ない‥‥でも当主の考えには賛同できないのだ」

 ふーんと、恭輔は剥いてくれたみかんをコロコロと転がして寄越してくれる‥‥遠まわしに差異とは喧嘩するなと‥わかってしまうのだ。

 自分の一部を無自覚に庇うのは当たり前なのだが、納得しきれない来夏もいるわけで。

「恭輔、明日の帰郷には差異と沙希だけが、後は虎も‥‥いいとは思うのだが、うん、恭輔‥‥‥」

 ソファーでテレビを見るのをやめて、風呂上りで紅潮した頬と水濡れの金の髪をゆらしながら、差異が恭輔の膝の上に座る。

 これに対しては不思議とイライラがない‥‥相手はガキなのだと思えば‥あれなのだし、それに二人の動作が余りに自然で。

 やっぱり、そこに入ってゆく気は起こらないのだ‥差異の紫色の瞳が恭輔を下から、小さな体躯を捩じらせて、愛しそうに見つめているのだが、本人はみかんをモグモグしている。

「おう、別に‥‥あれ?そういえば、いつも必ずいるはずの頬笑は?」

「ああ、何だか先に帰ったのだよ、それよりもアルビッシュ=ディスビレーダが来る来るって五月蝿かったのは事実なのだ」

「‥‥アルが?‥‥‥後で、電話でもしてやるか‥‥‥」

 みかんが酸っぱかったらしく、顔を顰める恭輔に素早く来夏が飲みかけていたお茶を渡してやるのだ、ごくごくと。

 この家も、前に来たときよりも、人数が多くなって狭くなったように感じるのだな、ふっと苦笑してしまう。

 いつもいつもいつも、お兄ちゃんたちと、一緒に暮らそうと、そればかりを言ってきた数年間のような気がするのだ。

 この家のババァが生きていたときからずっと‥‥はて、自殺だったのだ?‥‥ざまあみろと、歪めてしまう来夏が確かにそこにいる。

「恭輔ちゃま」

 そうそう、恭輔ちゃま?

「おー、頬笑、来てたのか?‥‥‥お姉ちゃん、嘘言うなよ、いるじゃん」

 突然、机の蜜柑の置かれている丁度真上に、赤子が出現‥‥先に帰れと言われていたのに、当主の命令を無視しているのだ。

 恭輔が近くにいるというだけでいてもたってもいられない、過保護な能力者抹殺撲殺な愉快な兵器なのだ‥‥帰れよ。

 しかも、突然現れるのは心臓に悪いと思うのは来夏だけなのだ、ん、確かにこの蜜柑は酸っぱい、うぅなのだよ。

「どうも、みなしゃま、はじめましてでしゅ‥‥江島の誇る、能力者抹殺兵器の江島頬笑でしゅ‥‥つまりはテメェら全員殺せるって事でしゅよ?足りない頭に良く叩き込んでおけ屑野郎でしゅ、恭輔ちゃま、抱っこでしゅ」

「ん」

 差異をよいしょっと、避けてから優しく頬笑を抱っこしてやる恭輔、昔からこの二人の間にも何ともいえない空間があるわけで。

 プニプ二と頬笑の頬を弄繰り回しながら、頬笑はきゃきゃきゃっと至って赤子らしい態度を気取る、あれ、他の人間がしたら殺されているのだ。

 実際に、里の人間で死んだ人いるのだし、それよりもなのだ。

「頬笑‥‥‥確か、帰還命令が出ていたはずなのだ?‥‥鬼島の帰りに寄るとは‥‥色々厄介ごとが来たらどうするのだよ?」

「そんな失敗はしないでしゅよ、恭輔ちゃま‥また背が高くなりましたでしゅね‥いい子いい子でしゅよ~」

 んしょんしょと、いい子いい子をしようと恭輔の腕の中で背伸びしている頬笑、仕方なく頭を下げて撫でられる恭輔にも問題はありなのだ。

 差異や沙希‥‥小虎っぽいのはうろたえずに、ふーんと頷きながら見つめている、一部だからこその達観なのだ?

「いい子されてしまった俺‥‥はぁ、まあいいけど、よいしょっと、頬笑久しぶり、相変わらずに可愛いぞ」

「えへへ~、さんきゅーでしゅ、恭輔ちゃまも元気そうで何よりでしゅよ、遮光ちゃまからの伝言でしゅ、お体第一に、でしゅよ?」

 ぎゅーっと恭輔に抱きしめられて幸せそうな頬笑、普段は赤子の姿ながら人を小ばかににしたような表情が、おおー、緩む緩む。

 このメンバーで江島の里に‥‥‥‥‥それはそれでおもしろそうなのだ、差異だけは邪魔なのだが。

 自分の記録を塗り替えてSS級最年少に至った少女、沙希もそうなのだが‥‥それは流せてしまうのだ、根本的に似てないからなのだろう。

 きっと、差異と来夏は似ているから、こんなにも初めての言葉のキャッチボールで、嫌ってしまう、最初から恭輔に惹かれていた二人。

 一部になれたものと、一部になれなかったもの、当然に嫉妬と煩わしさは感じてしまうのだな。

「‥‥ああ‥‥えっと、お姉ちゃんは‥何処で寝る?‥空き部屋ならまだあるよ、頬笑は久しぶりに一緒に寝ようぜ」

 眠いのか、携帯を弄りながら去ろうとする恭輔、頬笑はそれをおもしろそうに眺めている‥‥さて、何処で来夏は寝るとするか。

 悩むのだと、そう考えていたら。

「来夏殿、差異の部屋で、ん、寝るのはどうだろうか?」

 予想外の言葉に、沙希が笑い、恭輔は去り、虎はうとうとと眠りに入っていて‥‥来夏は。

「ああ、良いのだ」



 残滓と名の付く少女はお茶をしながら、闇をボケーッと、何処でもない何処かを見つめている。

 おもしろそうに魔法使い、怠惰な瞳で切れ味抜群の剣、何も言わずに三人でのお茶会は続く。

「ふむふむ、どうしたのだ残滓よ、久しぶりに会ったならどうしようもない愛情に駆られて三期の子供たちを皆殺しにしたかったとか、そのようなおもしろい事を思考したのかね?睨む睨むな、徐々に力を蓄えているのだから、我らが芽も生えぬ内に殺すのは、如何なものだろう?我らは物語への参戦を発表したのだから、ただゆったりと‥‥おやおや、心螺旋も黙り込んで、これでは魔法使い一人だけがお喋りみたいで恥ずかしいではないかね」

「‥‥‥あらら、残滓さんの心境と心さんの心境は別物ですよ、別物別物、どうやら、楚々島が‥‥‥動くらしいですね、久方ぶりの同属回収
、この世界に生れ落ちる新たな剣、はてさて、何が生まれるか?‥‥おもしろい事だとは心さんは思っていますよ?」

 ケーキを切り分けながら剣の少女はのんびりとした瞳でそれを無感情に告げる、魔法使いは片目を開けて微かな反応、残滓はやはり無反応。

 コポコポと”黒い影”がお茶を注ぐ音が聞こえる、そして注ぎ終わるとまた闇の空間に消えてゆく。

「ほほう、そいつは魔法使いにも興味深い事実ではあるね、どうかね?君も久方ぶりに彼と邂逅してみれば?‥またもや都合の良いことに他のメンバーは留守中なのだから、少々のルール違反は許されるわけだ、剣は主の下でこそ美しいのだからね、魔法使いはそんな狭い見解を持っているわけだ、もう一度、心螺旋、君は彼の手にある時が一番美しい、写真にして飾りたいぐらいだ、事実」

 パチンっと、魔法使いの少女は指を鳴らす、黒い空間に水の一滴が零れ落ちたようにさざなみ。

 ズルルルルルと出現したものは、大きく、綺麗に、飾られた一枚の写真、少年が一人の少女に抱きついている‥少年よりも幼いか。

 まだ小さな小さな、そんな子、抱きつくは心螺旋‥‥いつもと変化ない怠惰な感じだが、写真の中では微かに笑う。

 そんな一枚の写真。

「ほら、この通り、魔法使いは飾っているのだよ」

 魔法使いの気障な微笑みに、剣の少女はクッキーを一口、もぐもぐもぐ。

「心さんは恥ずかしいですよ、お顔真っ赤かです、それでは、次は心さんの邂逅と行きましょうか、恭様に会えるのは心さんも嬉しいですし、事実事実、もしかしたら同属の方々と巡りあえて、壊して壊して壊して壊して壊して、そんなおもしろいチャンスがあるやもしれません‥心さんはそこそこ楽しみですよ?」

「ならば行け、他の奴らが帰ってきたり起きたりしたら説明が面倒だ、ッ、ええーい、早く行けドブ虫!貴様の汚い剣身など見たくもないと自身は言っているッ!低脳は低脳らしく、一度決めたら阿呆の畜生の如く行え」

 はじめて口を開く残滓の言葉は、それはもう荒々しく響き渡る、こぼれたクッキーを片付けていた闇がビクッと震えて‥大きな闇にまた消える。

「羨ましいなら羨ましいと言えば良いのですよ残滓さん、さてはて、決めたならばお言葉通りに、心さんは阿呆の畜生の如く恭様に会いに行きますよ、それでは、疾風のようにさようなら、さようなら」

「まて、キョウスケに、最近は寒いから‥‥風邪には、き、気を付けろと伝えろ、ッーーー、笑うなクソ剣!」

 桃色の髪が闇に刹那に飲み込まれ、消える、一瞬空虚な瞳に意思が灯るように、そして苦笑した‥剣の少女。

 顔を真っ赤にした残滓と、残るは魔法使い。

「ふむ、この紅茶、”甘い”な、くくっ、さて魔法使いもそろそろ寝るとするか」

「ッ~~~~~~ふん!」

 ベキッ。



「お、お見合いーーーーー!?‥えっ、お父さん、それ本気なの?」

「本気に決まってるじゃん、あー、かーちゃんビール」

 無駄に豪華な世界が、そこにはある‥‥むしろ無駄に豪華すぎて本当に豪華かどうかも疑わしくなるような。

 やけに金色のものや赤色の品々が多いのがそれを肯定するように光を受けてテカテカと輝く。

 常人から見たら趣味が悪い、凡人から見たら趣味が悪い、常識人から見たら常識が皆無、しかしながら中にいる人間は至って普通の服装をしている。

 お付の人間は一歩引きながらも‥大声をたてる使えるべき主とその娘に、命令があるまで待機するのみ。

「え、えっと、何処から纏めたら良いのかわからないけど、うーっと、本当?」

「マジだっつーの、ほら、髪が、そんなに騒ぐから乱れちまって、佐々木、直してやれ」

 控えていた大柄の男がいそいそと身を小さくしながら、申し訳なさそうに少女の頭を一撫で、魔法のように綺麗になる。

 これだけのために仕えているのだから無論であるし、雑用の真価発揮とも言える。

「良い話だぞ?‥‥何たって江島の直系のガキだ‥‥こっちから頼み込んだんだぜ?‥‥いつまでも鬼島と江島に逆らってる風習も無くさないとならねぇべ‥これから先に生き残るのはそんな”異端”だけだ、そういうわけで、我が家のために生贄になれ‥‥‥‥‥なっ、愛空(まなそら)‥‥別に死ぬわけじゃねぇんだし」

「‥い、いやだよ‥そんな知らない人のお嫁さんになるなんて、うー、恋愛結婚!それだけは譲れないんだから」

 栗色の髪を振り回して、涙眼で睨みつけられる父親‥‥彼らは式を操る、式とは記述にあるものや概念であるものとは違う。

 最上の力の奔流を何かに込め、それがその封じ込められた”属性”と交じり合い具現化するソレを、敵にぶつける。

 式神ではなく、死期神と言われる異端の集団であり、家柄である‥‥能力者とは違う過去から連鎖する異端の集団の一つ。

 故に化け物じみた”島”の名は持ってはいないが、闇の中に身を置く異端ならば‥‥十分に入るであろう、そんな家系。

 死期神の浅滝家(あろうけ)‥‥そんな家柄の屋敷にて少女は生まれた‥‥浅滝愛空は次期当主であるのだが、今はそんな事などは忘れて。

 涙眼になり父親を責める、攻める。

「ってもなー、話はもう通してしまってるし、あっ、かーちゃんビールサンキュー」

「愛空‥別にこれですぐに結婚‥‥なわけではないのですよ?‥恋愛も出来るし学校にも行ける‥それでは不満足ですか?」

 上品な着物を着た女性に微笑まれて‥‥娘である愛空はうっと息を呑む、半年前に高校に入学したときに携帯を買ってくれた母親。

 何故だか昔から逆らい難い母親、部活で疲れてしまい間食で菓子パンを食べていたら無言で夜ご飯の量を減らす母親、逆らいがたし。

「で、でも、わたしに相談もなく勝手に決めるなんてひどいよ‥‥明日は友達とカラオケに行く約束も‥‥」

 くすんと鼻を啜りながら、うじうじと下を向いて呟く、いつもは兎のように飛び跳ねている元気な三本に大きく括った独特の後ろ髪も、しゅんと元気なく垂れてしまっている。

「かーーー、オマエって奴はよぉ、死期神の制御もできねぇくせに‥‥遊ぶことだけは一人前ってか?‥‥おしっ!流石はとーちゃんの娘だ」

「あなた!ったく‥二人とも仕方ないのですから‥と・に・か・く、せっかくお父さんが用意してくれた席なのですから、一応は出ることよろしいですね?」

ビールを注いであげながらの、母親の鋭い瞳に「うぅ、はいぃ」と、ガクンっと頭をさらに下へと落とす。

「もしかしたら、その江島の方との‥‥恋愛もありえるかもしれないですしね」

「うぅ‥それはぜーったいに無いよお母さん、わたしは結婚するなら絶対に、ふつーーーの人が良いんだから」

 それはない。



[1513] Re[37]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/07 13:20
 光が降り注ぐ中で、ただ瞳を閉じる、星と月の光は競うように輝いているのだ。

 いつか母親から来夏に、来夏から恭輔に教えた‥‥童話を思い出すのだ、悲しいお話だったのだ?楽しいお話だったのだ?

 深くは思い出せないのだよ。

「‥‥‥起きているのだろう、来夏殿、正直に言おう、差異がムカつくなら、殺せばよいだろう」

 能力者であるからして、単純な”殺す”、その力がある自分達はやはり一般人とは違うし、人を殺すのに禁忌を感じないものも多い。

 来夏もそうなのだが、殺す‥‥ねぇ、可愛い弟を寝取られたようなこの感情で、人を殺すのだ?

 阿呆らしいのだ。

「殺さないのだよ‥後は、女の子が”ムカつく”とは如何なのだ?‥まあ、来夏も昔は人のことを言えないような口調だったのだけど」

「‥いや、ん、今でも十分に‥‥それはいい、今の差異の一部としての立場が、気に食わないのだろう?」

 横を向く、紫の瞳に何処か吸い込まれるような、自分の姿が映る‥‥恐ろしいほどに冷たい顔をしている、青い来夏。

 月の青い光の中でも、さらに青い髪をした、蒼い眼をした自分、恭輔が綺麗だと言ってくれた自慢の”青”

「‥‥気に食わないのだ、本来なら第三期の最初の”一部”の候補には来夏があがっていたのだよ‥それを何処の馬の骨とも‥」

「選択結果の差異、では不服だと?‥‥‥しかしながら、候補とは、差異は初耳だな」

 ベッドから上半身を持ち上げて、床に眠る来夏を冷たく見下ろす‥‥どちらも冷たい瞳をして、お互いを認識している。

 ここまで気に食わない人間も珍しいのだな、本当に。

「‥‥‥一期、二期には”江島”の人間が必ず選ばれているのだ、当主に”残滓”‥‥どうしたのだ?」

「‥ざ、んしが、”江島”だと?」

 驚愕に眼を見開く少女、少しの優越感と、この事実は果たして目の前の少女に話してよいのだろうかと‥さてはて。

 厄介な夜の会話。

「知らなかったのだ?‥‥来夏もそれが忌むべきこととは知ってるのだが、詳細はわからないのだ‥でも、そこでなら恭輔との接点が出来るのだよ?」

「ざんし、あいつが、恭輔と同じ血を‥‥持っているのか?‥あのような、屑が、差異には、ない‥恭輔の血」

 下唇を噛み締めて、体を抱きしめる差異、いつものような超然とした空気は急に失せ、顔が青白いのだ。

 今、江島の中枢にいても全体図が見えない”恭輔”の一部の概要、当主からしていつから存在して、何を思考してるのかすらわからない。

「‥‥‥ああ、差異と残滓は”被っている”のだな‥‥‥来夏が知ってるのはそれぐらいなのだ、後は、江島に‥当主に聞くのだよ」

「‥‥‥‥‥‥やはり、差異は、貴方が気に食わない」

「‥‥‥奇遇なのだな、来夏も大嫌いだ、死ねばよいと思っているのだよ?」

 少女二人の夜は更ける、室内の甘い香りとは違い、それは恐ろしい。



 ザッと、皆が寝静まった頃に闇夜に踏み出す‥‥、頬笑には散歩と、ついてくると言ったが、無理やり寝かせて。

 赤子だしな、夜更かしは駄目だな絶対。

「‥‥‥‥‥」

 月の光の下で、自分のテンポを崩さずにゆったりと‥‥のんびりと歩く、小石が足に当たってコロコロと。

 帰るのが純粋に嫌なだけ、里の人間の奇異と侮辱の視線に耐えられないだけ、悪いのはD級である自分。

 そうさ、納得はしてるはずだ。

「きょーすけ、夜にお散歩とは‥‥洒落てるッスね」

 クルクルクル、スタッ、屋根から猫特性の動きで、汪去が降って来ました‥とりあえずは流石。

 パチパチパチ、手を叩く、空中で4回転、ひじょーに美しい弧を描いていました‥‥ほめよう。

「付いて来たのか?‥明日は早いぞ‥‥‥こら、尻尾をピコピコさせんな、ただの散歩‥遊んではやらないぞ」

「さて、”江島”ッスねぇ‥‥最初に汪去たちに言っとくこと、忘れてないッスか?」

 ん?‥自分が忘れていることを聞かれても、忘れてるからして無理だろう、汪去はよいしょっと俺を小脇に‥ちょい待て。

 風を切る愉快な音と、目の前に広がる一面の空‥‥そして独特の浮遊感‥一瞬で人の家の屋根の上に。

「とりあえずは俺が馬鹿にされても、蔑まれても‥‥‥その人間を殺すな、そんなところだ」

「‥‥‥‥選択結果たちにも、それを朝に伝えるよーに、それがきょーすけの忘れていたこと、”自分”を馬鹿にされて笑えるほどに汪去達は可愛くはないッスよ‥じゃれ付くのはきょーすけだけ、ッスよね?」

「‥‥あんがと、自分にありがとも変だけど‥‥そうか、忘れてたな」

 寒い、首に尻尾を巻く‥‥ヌクヌク‥‥、そうか、そんな単純な思考を一部に伝えていない自分がいた。

 昔を思う、思ってみる‥‥‥何で、あんなに憎まれてたんだろう、面白いことに殺されかけたこともあった。

 色褪がそれを知ると、みんないなくなって、色褪は笑っていた‥泣いている俺も可愛いって笑っていて抱きしめられて。

 何があった?

「きょーすけ、思考するのは良いけれども、汪去との闇夜の散歩にも意識を向けて欲しいんッスが?」

 切れ長の鋭い瞳で、睨みつけながらプイッと横を向く汪去‥‥不貞腐れた愛猫、可愛い奴。

 下を見ると入り組んだ住宅地の小道には街灯がテカテカと光るだけ、誰もいない。

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザ、ざ、ザザッ、ざざ、ザザ、ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

「ん?」

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

 闇夜の中で音がする、おかしい、先ほどから場面が変わらない、しかし汪去は飛んでいる、動いているのに場面の変化がない。

 寝ぼけてしまったのだろうか?嫌な胸騒ぎとともに、手を‥‥動かない、声も出ない‥空の黒が広がりゆく様子が見える。

 それはやがて世界を染めて、街頭だけはそこで輝く、最初に目に入った小さな街灯、その光だけが”今の世界の光”

『‥‥‥な、んだ?』

 ざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザざ、ザザッ、ざざ、ザザ。

 世界が揺れる、停止した時間は延々と流れ、いつの間にか汪去も消えてしまい、認識できない。

『‥‥‥‥やあ』

 パンッ、街灯の光がさらに強い濃さを持って、光る‥‥その下にはタキシードを纏った一人の少年がいる。

 見た目からして8歳ぐらいの‥‥なんとなくで少年だと認識しただけで‥もしかしたら少女かもしれないし。
 
 どっちだろう?

「久しぶりだ、愛すべき存在、ここで○○に出会うフラグは本来無いはずだ、チッチッチッ、いつでもボクは君に会いたいのさ、でも皆がそれを許してくれないんだ‥きょうすけ」

 ニコッと、肩まで切り揃えた髪がゆれる、蒼い髪だが、所々に白いものが混じっている‥この歳で白髪なのか‥違う銀髪か。

 って一方的に話しかけられても、俺‥‥声が出ない、でも何だか‥暖かい気分のままに耳を傾ける。

「”過去”を見たね?‥‥そこで○○の名前が出た、零れ落ちるようにね‥それだけで時間の牢獄から一時的に抜け出せたわけさ♪こっちにおいでよ、きみが好きだったイチゴのケーキを用意しているんだ‥‥ふふっ、さあ、おいでよ」

 マジシャンの帽子のようなものに、色々な銀の装飾品‥髑髏や十字架やら、それを頭から外して、一振り。

 いつの間にか自分は椅子に座っている、手も動かせるし”あっ”声もでる‥‥少年はニコニコッとおもしろそうに俺を見つめる、俺も見つめる。

 蒼い髪を肩までに、整然と、清潔的に綺麗に切り揃えてる、毛の質は細く透き通っている‥‥肩にサラサラと流れる様子は美しい。

 後ろ髪だけ軽くピンク色のリボンで結んでおり尻尾みたいだなと‥思う‥犬や猫とは違ってもっと短い尻尾、兎のような印象。

 肌は白く、瞳は優しげに菫色をしている‥‥片目だけは血を濁したような色をしていて、色褪の瞳と同じような印象を受ける。

 白い手袋に包まれた小さな手はかろやかに砂糖を摘んで、紅茶に入れてくれて、華奢な体躯は抱きしめたら折れそう‥抱きしめる。

 馬鹿な、相手は女の子のように可愛くても‥男だぞ?‥何で”俺”はそれがわかる‥見た目だけなら女の子にしか見えないのに。

 何で?

「確か甘いほうが好きだったね、うーん、良い香りだ‥‥さあ、お食べよ‥‥ああ”抱きたいなら”いつでも構いやしないよ‥ふふ、真っ赤になって熟したトマトみたいだ、かわいい」

 少年に良いように言葉で遊ばれる、ケーキをモグモグ‥このヘンテコ空間に飲まれたままで食べる、美味しい。

 少年はただ、紅茶を優雅に嗜みながらニコニコと俺を見つめるだけ、何がそんなに嬉しいんだろう。

「ああ、もう、可愛い‥‥君は、○○を悶え殺させるつもりかい?頬にクリームが付いてしまっている‥‥はぁ、可愛い」

 年下の少年に可愛い可愛いと連呼されても微妙なわけで、しかし頬は紅潮してゆく‥何だか逆らいにくい相手というか。

 嫌いなタイプじゃないし、昔からこの子のことは知ってる気がする。

「えっと、何も疑問を思わずに‥ここにいるわけだど‥‥‥‥あんた、誰?」

「かわいいなぁ‥‥‥その疑問を口にして不安をさらに感じて眼が泣きそうになるとこなんて‥安心して、時間がたてば元の世界に戻れるよ」

 細い首筋に眼が行く、俺は正常だ‥‥正常だが、男や女を超越した美しさや愛らしさとはあるもので、自分の弟でそれは実感しているけど。

 目の前の少年はそれを体現しているかのような存在、クスクスッと上品に笑う様子は”女”よりも美しいのでは?

 しっかり、しっかりしろ俺‥‥とりあえず帰れるのならそれでいいんだ。

「おや、厄介者が‥‥来てしまったみたいだね、本当にきょうすけの一部は嫉妬深い連中ばかりだね‥‥呆れてものも言えやしない」

 メキッ、空間に亀裂が生じる‥ケーキをモグモグと食いながら、体はガタガタ‥もうどうにでもなれ。

 本当にガラスの割れるような効果音が聞こえると、人一人ぐらいが入ってこれるような”影”が生まれる‥‥少年は”どーしよう”とやれやれ。

 俺は今度はどんな奴が来るんだろうとため息‥‥目の前に飛んでくる空間の”破片”

 カコンッ、頭にぶつかりましたとさ。



「疾風のようにぶっ壊し‥‥‥恭様の気配を辿ってきてみれば、やれやれ、やれやれやれですよ、貴方でしたか‥‥まだいやがったとは、心さんもそれには気づかなかったです」

「こんばんわ、心螺旋‥‥久しぶりの再会だと言うのに‥‥‥相変わらず”捻れ”はお見事しか言いようが無い、己の刀身を刺し込んだ物体、
空間、概念、その刀身を軸に全て捻り切る力‥‥‥怖いなぁ、きょうすけなんて空間の破片が当たっちゃって気を失ってるよ」

 キュキュキュっと零れた紅茶、机に広がったソレを拭きながら嘆息する、桃色の髪をした意思を感じられない瞳の少女は、ジーッときょうすけを見つめた後。

 桜色をした刀をカチャッとこちらに向ける、捻れた形をしたそれは、真っ当にものを斬る形はしておらずに、ただ捻り切る。

 当たった箇所を捻れ、壊す、人間なんかにすると眼も当てられないひどい光景だよね、きょうすけ‥‥大丈夫かなぁ。

「恭様を傷つけたなら、疾風のように”シネ”」

 首元に刹那に迫ったそれを、体からあふれ出す魔力を五十層に属性別に展開、断層の間には高密度に圧縮された否定概念を詰め込む。

 ギリギリで停止した刀を、手でなぞりながら、睨みつける。

「ここは仮想空間だ‥‥ボクと君の戦闘に耐えられるほどに頑丈には出来てはないのさ‥ボク達は死なないけど、きょうすけはどうするの?君は彼を殺す気なのかな?」

「‥‥‥チッですね、はいはい、心さんは頭が良いですから‥理解出来ました、それで○○さんなんて、隠しても仕方ないではないですか、魔王の彼方さん‥まおーはお城でドドンッと偉そうに踏ん反っていればよいんです‥‥お話に貴方まで参戦を?」

 カチャ、刀を下げながら彼女はきょうすけの顔をペタペタと触って、キス‥‥どうなってるのやらその思考。

 プハーッと1分間ぐらいキスした後に再度の問いかけ『何でこの世界に干渉してるのかが心さんは疑問なのですが?』っと。

 唾液の糸を断ち切ってから真面目な話はして欲しいものさ。

「ボクはその子にミルクをやった経験もあるんだよ?血の大系が名を授けたときなんか本当に腹が立ってね‥一つの島を消したらそれが今生の仇名にされてしまったよ、はははははっ、ゆーしゃの女の子に時間の牢獄に封印されてからは、ご覧の通り‥‥不自由な体になってしまってねぇ」

 魔王としてのボクは時の狭間で眠っている、ゆーしゃのあの子、絵本の中の人物のような、神特性ばんざいなあの子に封印されてからは。

 愛するきょうすけに会えることも無くなってしまって、忘れられてしまったようだね、はぁ、気が重い。

「ゆーしゃ?‥そういえば、そんなものに封印されちゃったんですね、心さんは笑いますよ?ダサッーーー、あれ、勇者ってのは、ふむふむ」

「そうだね、ラインフル・中条、きょうすけの赤子のときの育て親の一人だよ、力は正常だけど突出しすぎてる勇者‥つまりは、育て親同士の喧嘩でボクが負けたと‥‥彼女の仲間たちは当時最強のグループの一つだったしね‥”島”も一つ、”魔を統べる一族”の島だったヤイラン島は彼女達に惨殺されてしまったし、残った子達は何をしてるかはわからないけど、それを統べてたボクは見ての通りさ」

「‥‥‥同情は心さんはしないようにしてるんです、一部ではない”育て親”の方々に介入されるのは気分が悪いのですよ‥血の大系しかり、貴方もそうです、ましてやゆーしゃさんなんて、今はイギリスか何処かで空の魔女退治でしたっけ、2度と戻ってこなくていいですと言いますよ?これは”一部”の戦いであって、貴方たちの過保護日記ではないのですから、あしからず」

 一理あるなと思いながらも、小娘がっ、とも思う部分もあるわけで、どっちのほうが年齢高いんだっけとか思ってしまうのだけれども。

 さて、そろそろ、監獄に戻らなければいけないみたいだね、きょうすけ、またさよならさ。

「キツイお言葉ありがとう、ボクはそろそろ帰る時間のようだね‥‥さて、残滓たちによろしくね」

 鎖がワラワラと身を縛ってゆく、地面から伸びたそれにうんざりしながらも、地面にズルズルと吸い込まれてゆく。

「さようなら、心螺旋、今回のようにきょうすけに傷一つ付けさせないように、もし、それが”あったならば”時空の狭間からでもきみを殺すからさ」

「疾風のようにさようならです彼方さん、さっさと退場願いましょう駄目魔王」

 ズルズルズル、ポチャン‥‥。



 次に起きたのはベッドの上だったり‥‥‥お茶会を誰かとしたのを覚えてる、それだけ。

 ムクッと起き上がれば膝の上でスヤスヤと眠る子虎、ふむ‥‥‥頭を撫でてやる。

「んー、ふぁ、おはようッスきょーすけ、昨日は背中で寝てしまったようッスけど、疲れてたッスか?」

「‥‥別に、頭痛い‥‥タンコブ出来てるし、痛い‥‥もう朝か‥‥よいしょっと」

 立ち上がる、さらに腕にしがみ付いている頬笑をムンズと掴んで頭に載せる、よしっ。

「さて、実家に帰るとしましょうかね」

 トントンッと包丁の小気味良い音を聞きながら、ドアを開けた。

 頭が痛い。



[1513] Re[38]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/12 11:11
 ズズッ、お茶を飲んで、お団子を食べる‥‥ムスッとした長老達がこちらをチラチラと、もぐもぐ。

 僅かにしか動かない足をプラプラと縁側で動かして、いつも遊びに来る猫のプーさんをなでる、かわいいです。

 よくふとりましたね、すごい。

「当主‥‥‥‥今回のお話、我らに一言も相談して下さらなかった理由を‥‥お聞きしたいのですが?」

 おずおずと、頭の髪の毛‥‥なくなってるおじいさん‥みんな同じに見えるから、誰だったかな、きみは誰?

 血が薄い子は全然、わからないですね、かわいくない。

「お見合い、ですか?‥‥‥むう、あなた達にはなす必要性はなし‥‥だと、そうおもったんですけど」

 死期神の浅滝家の次期当主とわたしの孫である恭輔のお見合い、べつにそんな女の子に恭輔をやる気なんてさらさらないですけど、ね。

 はふ、ねむい‥‥きのうは夜更かしし過ぎました、反省です。

「しかしながら、過去から続く”能力者”でない異端とは最良の付き合いというものがッ!」

「むこうから望んだことですよ?‥‥それとも、あなたは、わたしに意見を‥‥するんですか?」

 振り向いてやる、プカプカと浮きながら‥‥畳みの上を這うように近寄る、呼吸がわかるまでに近くに。

 他の長老さん達はおおっと歓喜の声をもらしてます、あれですね‥このひとたちの近くにはこんなに普段は近づいてあげないですから。

 よろこばれても困ります。

「い、いえ‥‥しかしながら、相手は死期神の浅滝ですぞ?‥‥江島にはもっと優良な男子がおります‥‥何なら若布を呼び戻して‥‥D級のあの”物”を相手にさせるというのは‥いささか浅滝に失礼なのではありませんか?」

「‥‥ん、おやすみなさい」

 ストンッ、頭に指を差し込む、真ん丸い髪の毛の無くなった頭は、ピクッと僅かに反応、丸い円を指でズズッと描く、なかなかにむずかしいです。

 ポトンっと、真後ろから肉が落ちる、押し出さなくても落ちるだなんて、ほんとうに皮と骨でしかできてないんでしょうと、気になります。

 死んだです。

「ほかに、意見がある人は手をあげて並んでください‥‥なるだけ殺すのはヤなのです、でも恭輔を、わたしの愛する孫を馬鹿にするのならば
‥‥つぎは上手に丸い円をかけるでしょうか?」

 ヒィと息を呑む皆さん、死んだ髪の毛のなかった長老は、正座したままに‥‥頭に空洞がみえます、向こう側がみえる。

 人間を通して向こう側を見るなんてめったにない経験なのですから、もぐもぐ、きみ達も見ればよいのに、おもしろいですよ?

「けほっ、むぐ、お、おちゃ、です‥こくこく‥‥‥お団子が喉に、うあ‥‥あれ?みなさん‥何を震えているのですか?」

「‥‥恐れながら、当主のあの者への溺愛ぶり、眼に余るものがありますぞ、直系なれど‥たかがD級の烙印のもの‥‥‥‥‥それでは奇異の視線も、侮蔑もありましょう‥‥‥せめて能力者ではなく、普通の人として生まれたなら我らも何も言いますまい、しかし、しかしながら!我らが誇り高き江島においてのD級!‥‥それを除いてもなお忌むべきはあの力‥‥どのように、どのようにお考えか」

 一人が代表する形で、わたしに異論を‥‥言葉を噛み締めて、あぁ、にんしきの小さな‥‥人だなぁと、ランクだなんて。

 恋世界が遊びで決めたルールに過ぎないのに‥‥‥ばかな、おじいさん。

 ズシュ。

「ほかに異論はありますか?」



「‥‥‥‥お姉ちゃん、相変わらずに車のセンス皆無だな‥青すぎる」

 山を見ながらの嘆息、里までは車で4時間の距離‥‥何処にそんな道があるんだよと言いたくなるほどの捻れ曲がった道を行く。

 田舎の風景は変わる事無く、ほら、本当にとても景色が変わっているようには見えない、小さな池が目に入り、割れた氷が浮いている。

 もうそんな季節なんだと思いながら換気のためにドアを開けると、膝の上で丸まってる汪去が”へくち”尻尾がピーン、寒いのか?

 少し閉めよう‥ガァァァァァァ、ピシャッ。

「‥‥いや、そんな事よりもなのだ恭輔、えーっとだな‥‥あっ、この横の川で良く鮎が‥‥じゃなくてだな、その光景‥どうなのだ?」

「‥‥実際問題、俺は温いからどうでも良いけど‥‥駄目か?」

 寒がりな俺の周りには様々な防寒器具がある‥‥右手には差異が抱きついてスヤスヤ、左手には沙希がもたれ掛かってくーくー。

 膝の上には汪去が噛む噛む‥‥太ももを甘噛みしながら寝ている、ちなみに尻尾は首に巻いている、最近のお気に入り。

「お、お姉ちゃんの精神上にはだいぶ良くないのだぞ?‥‥まあ、ガキだから無視するのだ、むしむしむしむしむし、来夏は虫になるのだ」

「いや、それはない、あっ、あそこの小さな山‥‥お兄ちゃんが昔燃やしたところだな‥‥すげぇ自然の力、元通りとは言わないけど、少しずつ戻ってるじゃん」

 横に見える小山は黒々とした土のみで形成されている、昔‥‥若布お兄ちゃんの能力が格好良かったので褒め称えたときに調子に乗りすぎて燃やしすぎた山だ。

 すまない山、責任の半分は多分俺にある‥そういやぁ、昨日お兄ちゃんからメール着てたな、眠いから見てないけど。

 受信っと、『嫌なことをされたら、そいつの事言え、兄ちゃんは何もしない、マジで何もしないからメールしろ』

「お姉ちゃん、お兄ちゃん‥‥仕事中にメール送ってきたっぽいけど、いいの?」

「‥‥まあ、今度会ったら厳しく、蹴るのだよ、ほら、来夏って腕に自信があるから‥あえて蹴りでしてあげる優しさなのだ」

 青い髪を揺らしながら、笑う、括った長い髪が‥‥目の前でゆらゆらと、掴んで遊ぶ、携帯を弄ってとりあえず返信。

『言わない、お兄ちゃんに言うと厄介ごとが増える、芳史ちゃんに相談するから』‥‥よしっと。

 お姉ちゃん髪のびたなぁ‥サラサラと手のひらで転がす、枝毛なんてものはなくて、真っ直ぐに伸びきってる‥窓から外を見る。

 寒い季節特有のまだらで薄い雲の群れの間に、青い空が見える‥‥見比べてみて、まったく同じ色だ‥青色じゃないのかもな。

 お姉ちゃんは空の色を持っている、車がキキーッと曲がる、うわっ、髪を引っ張ってしまう。

「のあ!?‥‥痛ッーー、髪を弄るのは勝手なのだが、引っ張るのは止めて欲しいのだぞ?‥‥‥ん、携帯震えているのだよ」

「お兄ちゃんか‥‥早いな返信、お姉ちゃんの髪は空色だな、今そう思ったよ‥‥サラサラ」

「‥‥恭輔は変な子なのだな」

 それはお姉ちゃんのほうだよと思いながらも2度目の受信‥‥うわ、なげぇ‥‥なげぇよお兄ちゃん、俺が震えた衝撃で子虎が”ん”と顔をうずめる。

 それよりも、見たくないような、さっき送ったメールが‥気に障ったらしいのは、何となく理解。

『オレよりも、あんなオカマのほうが頼りになると、恭輔は、あー、そう言ってるのか?兄ちゃんは悲しい、悲しすぎて、新しく出来た部下を
燃やしたり溺れさせたりしちゃいそうだ、マジで、つーかもうしてる、恭輔ぇ‥‥兄ちゃんほどお前を心配してる奴もそういねぇぞ、オカマよりは心配してる、マジだっつーの、やべ、出力、間違えちまった、あははははははははは、ぜってぇに兄ちゃんにメールしろよ』

 普段長い文章を読まない俺にはキツイ、読み終えて疲れる‥‥癒し系ペットの一部である子虎の頬っぺたを連打しながら、プニプ二プニ、どうしよう。

 また新たな受信音に体が震え、お姉ちゃんは”恭輔に来るメールは多いのだな”と苦笑、俺はさらに苦笑‥‥メールの送り主は鬼島に出来た友達の大元永久って子だな。

 うん、どんな経緯で友達なったんだろう?思い出せないけど今度一緒にピクニックに行く約束を”強制”でさせられた。

 ピクニックははじめてだけど、ちょい楽しみで、あれっと、女の子と二人っきりってどうなのよ‥大丈夫、”友達だから”

 棟弥以外に出来た初めての友達、ちょい嬉しい‥‥やばい、頬が緩んだら、お姉ちゃんに気づかれる‥‥冷静に冷静に‥‥。

 受信って、スカイか‥‥えっと『新しい上司に殺されそうです‥‥ピクニック、行けたら良いですねぇ』‥‥永久のメール、微妙にお兄ちゃんとリンクしてないか?

「‥‥偶然って怖いな‥‥‥‥つうか殺されそうって‥‥怖ぇぇ‥鬼島って怖い‥マジ怖い」

「鬼島?‥‥だからだよ恭輔、いつD級で実験用に捕獲されるかわからないのだよ?それは鬼島のSS級の来夏達にも‥‥どうしようもないのだ、そうしないと今の世界のルールが崩壊してしまうから、誤魔化すことは出来てもだな、だから、一緒に暮らさないのだ?そうしたらずっと鬼島から”鬼島の来夏”が護ってあげられるのだ‥‥‥心配してるのだぞ?お兄ちゃんたちも来夏も、だから仕事が忙しくても会うようにしてるのだし」

 俺の人生に永遠に、死ぬまで鬼島はついて来る‥‥登録データは誰でも閲覧できるし、就職とか、そんな狭い空間じゃなくて。

 生きるに当たって”人間社会”で生きていく上にはこの、D級とは‥重すぎる。

「いいよいいよ、そんなに、日本全体ですら1200人ぐらいいて、捕獲対象なんて一年に一人だろう?‥大丈夫、じゃねぇかな」

「だよ‥‥‥‥すぐに、すぐに来夏やお兄ちゃんたちがもっと偉くなって、そんな下らない制度を消してやるから、ごめんなのだ」

「‥‥いや、お姉ちゃん達が三人ともSS級の時点で俺は嬉しいよ、皆に自慢できるし‥‥でも、お兄ちゃん‥今年は会えるのかな?」

 そろそろ完全に見知った景色が眼に広がる、紅葉した木々が風に身を震わせる独特の空間、少し開けたドアからは冷たい風が頬を。

 そういえば、里帰りも本当に久しぶりだと実感する、いつから行かなくなった?いつから怖くなった?

 でも、色褪や頬笑にはたまに旅行やら遊びに付き合わされるし、アルなんか夏の初めに泊まりに来るのが日課だし。

 ”好きな”人間に会える俺の状況は、本来は幸せなことなんだろうと思う、姉弟に会えないのがマジ寂しいけど‥傷がうずく。

 考えない、考えない、考えない、あの二人が出て行ったことは考えない、俺に呆れて出て行ったんじゃないかと、怖い発想。

 考えない。

「さあ?ああ見えてもお偉いさんなのだし‥‥‥芳史ちゃんは絶対に来るのだ、恭輔にまた大量に洋服でも買って来ると思うのだ、確か、仕事でニューヨークやらに飛んでるらしいのだし、半端ない程に‥‥お土産は持ってくるのだろうと来夏は思うのだ」

「‥‥‥芳史ちゃんの服のセンスだけは‥‥信用ならねぇ‥‥‥あっ、あそこの家、建て直したんだ」

 左右に雑草の広がる田舎道に己を主張するように綺麗なレンガで出来た2階建ての家、昔は虫除け用に煤けさせた木で建てていたが。

 今は立派になってしまって、この家は確か‥‥思い出せない、うるさい奴が住んでいたような‥‥年下の、あの子は誰かな?

「さて、里が見えてきたのだよ、そこの偽りの景色と、歪んだ結界、全力でぶっ壊して入るから、体を動かさないように」

 ピキピキッと車の真横に巨大な氷が集結してゆく、肌寒い季節の光景にしても激しく違和感のあるそれは、浮遊しながら車の横を。

 形にはしないまま、ただ、それを巨大にしてゆく、横に回転しつつ、木々も挟んでしまい、捻りとる、ベキベキベキっと木々やら岩を吸収。

 ああ、右側の木々やらが倒れていたのはこれが理由ね‥‥‥つうか、でけぇなぁ、太陽の光を受けて白く光るそいつは、車の横にあるだけで冷気を感じてしまう。

「何も考えずに氷を錬成するのは楽で良いのだな‥‥前にこれをした時に、小鳥を組み込んでしまったのだ‥凍死?むちゃ悲しかったのだよ、うぅ」

「‥いいから、早く投げようよ、思いっきり、前面にさ」

 横回転を高速でしながら、木々や地面との摩擦に耐えられずに、幾らか氷が横とびに、田んぼやらにベキッと落ちて、怖いぞ。

 そのまま先にある、空間に‥‥ただ道が続いているだけの空間に飛ばす、ある一定以上の能力の具現で入り込める江島の里。

 それはSS級でも上位にいるお姉ちゃんの凶悪なまでに念力の溜め込んだ、氷の爆弾にすぐさま反応して身を揺るがす。

 田園風景は歪み、それを僅かに遮っていた木々も歪み、お姉ちゃんと同じ色だった空も歪む、冷気が無くなった室内で嘆息。

 あの田んぼ、大丈夫か?

「着いたのだよ」

 キキーーーッ、それは久しぶりに見る懐かしい光景‥‥そういえば朝から頬笑を頭に載せっぱなしだった。

 誰か言ってくれよ。



「‥‥‥はぁ?‥‥‥色褪の奴が‥‥我輩の愛しの恭輔を、お見合いさせると?‥‥??‥‥‥見合いとは何だ真冬」

 爪の手入れをさせている真冬の言葉に首を傾げる、見合い、見合い、はて、何だったか?人間の文化の一つだった気がする。

 髪にブラシをかけさせていた幼体の同属の白い首元に、つい手が伸びてしまう、無抵抗のままに噛み付かれるそいつを無視して。

 真冬の言葉を待つ。

「見合いとは、結婚を前提とした男女が向かい合い、己の伴侶になるか否かを確かめるような、そんなものだと真冬は理解してますが?」

 ピシッ、身が固まる、血を飲む事への配慮も忘れて、我輩は‥‥噛みすぎて肉がちぎれ”あぐぅ”とする声も無視して、何だと?

 ガラスで出来た城の中で呆然と身を固まらせる我輩、わかる、自分でわかるほどに、こみ上げてくるものがある。

「ティプロ様?‥‥‥その者、灰になっておりますけど?」

「そ、そんな事はどうでも良い!ええい!何故それを我輩に早く言わんのだ真冬!‥‥こ、これは我輩に対する侮辱でもある、くっ、あの阿呆めっ!阿呆めっ!阿呆めっ!これ程までの無礼な行いを平然とやりおるとは!‥っ~~~、日本に飛ぶ!」

「それは無理ですよティプロ様」

 サラサラと灰になったメイドをさっさと塵取りで片付けながら真冬はジト眼で睨みつけてくる、はて、我輩には愛するべき恭輔より優先するものなど。

 一切無いのは確かなのだが。

「‥‥今日は三十二系の11系にあるデフィランの家の者とのお食事会でしょうに、かの者達は上位10系には入っておりませんが‥‥それは力ではなく、その思想ゆえに、彼らは恭輔さまを抹殺対象として認識しているかと、吸血鬼が最高の”異端”だと考えておりますし、デフィランの純身当主のロイヤード卿は異端排除の庁面万と繋がってるとの風の噂‥ここは恭輔さまの身の安全のために多忙なその身を使われたほうがよろしいかと‥‥それが真冬の考えですが?」

「ッ~~~~~、だから早々にデフィラン家を我輩が滅ぼせばよいのだろう!ソレをお前達が!城の者達がやめろと言うからだな!」

「‥‥その際に40人の親衛隊の者が灰になり、転生の儀を行ったのですよね?‥‥ティプロ様、ロイヤード卿を敵にまわせば彼についている
他の家の者も敵に、それを全てお殺しになりますか?‥未来にて恭輔さまを後継者になさったとしても、配下のものがいなければ意味がないかと?今回ばかりはご辛抱を‥‥ね?」

 頭を撫でられる、下唇を噛み締めながら紅い絨毯を睨みつけて、くそっ、まんまと色褪に時期が読まれた‥新しき一部も一度は眼にしときたいのに。

 あの化け物女め‥‥‥くそっ、夜だったならば負ける気はないが、力が均等なのが腹が立つ、我輩は血の大系なるぞ?‥あの者が恭輔と血が繋がってなければ全面戦争ものだぞ。

 どうしてくれよう、どうして‥‥‥‥自分と同じく色褪を嫌うべき人物で、かつ、あの阿呆の暴走を止める事が出来るもの。

 それさえいればよいのだ、せめて”育ての親”のメンバーではないと相手にもならないのは我輩も重々承知している。

 このような事態は恭輔に早々に我輩が名を与えたときに”育ての親”の半数と三十二系の上位3系を引き連れて戦闘をしたとき以来やも知れぬ。

 パタパタパタ、風を叩く音と同時に蝙蝠が一匹、ガラスの外を浮遊。

「あらら、蝙蝠のミー君‥‥‥ああ、ラインフル・中条様からのお手紙です、えっと‥」

 ガラスの壁をすり抜けて入ってくる蝙蝠、各地の状況を垣間見る黒の紙と”契って”生成した束異魔(つかいま)、手に取る、ピピーと煩わしい声。

 我輩の場合だとくびり殺して数がいくつあっても足りん、癖とはさもおもそろしき‥‥読めと眼で合図する。

「えっと‥‥”我、日本二帰郷スル”です‥‥どうやら、イギリスでの空の魔女退治は‥‥多分成功と、空の属性を使えぬようにして地面に結界を24層にして否定概念詰め込んで‥う、埋めたらしいです‥‥うわー、相変わらず勇者なのか何なのか‥‥ティプロ様?」

「そうだっ!あやつがおったわ!ふははははは、ならば、これを使わぬ道理はあるまい、お見合いやらのことをラインフルに伝えよ!我輩は運が良いのか悪いのか、そのお見合いとやらを根底からぶち壊してもらおうではないか、人類の勇者さまにな!」

「‥‥恭輔さま、可哀相‥‥ろくなお母さん連中ではありませんね」

 遠き地にて恭輔を思うは、血の大系なり、お話をかき回すは勇者。



[1513] Re[39]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/09 18:11
 五常宗麟学園(ごじょうそうりんがくえん)

 この学園には常人はいない、あるのは『能力者』のカテゴリーに入らない”島”にすら分類されない存在。

 黒を貴重とした制服には必ずマントを着用‥‥‥理解はしがたい、しかしながら決まりごと、もしくは学園長の趣味。

 学園は無駄に広く、異能の家系‥‥異能が目覚めてしまった哀れな子供、皆が収容され、教育され、この学園の発展に死ぬまで命を尽くす。

 しかしながら校風は至って自由、仲が悪いのは鬼島の人間、仕事で落ち合えば即戦闘、壊れた精神構造の生徒多し。

 その中を、皆が黒いマントを着用して行きかう中で、一人だけ紅いマントをなびかせて歩く少女。

「‥‥あっ、中条先輩、おはようございますっ!見てください、炎の名を持つフィリィと契約できたんですよ~~!」

「ん、‥‥その精霊は良い子だね‥‥ああっ、オレさ、ごめんね、急いでるんだ」

 後輩の言葉に笑顔で返答しつつ、呼び出し場所の学園長室に‥‥仕事終わったばかりなのに、参った。

 コンクリート特有の冷え切った空気を持つこの学園、人間が‥ではなくて純粋に建物が古い、外が寒ければ中も寒い。

 まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた、迷路のような印象を受ける廊下には数々の生徒が笑いあいながら行きかっている、横を通り過ぎると頭を下げられる。

 それに笑顔で手を振ってやりながら歩く、”現状維持”の呪いで成長もしなくなってしまったこの体、9歳の容姿の勇者なんて笑える。

 笑えるのはそれに救ってもらう世界だろう、オレなんかに救ってもらえるレベルの世界、頭を下げられても困るだけなんだ。

 カチャカチャと腰に付けた『世界』が鳴く、あーもーう、わかってるよ、早く行けばいいんでしょ!

 くそう、あの空の魔女のせいでかなりの時間が取られちゃったじゃないか!‥‥こんなに手こずったのは”彼方”以降覚えが無いぞ?

 パタパタパタ、目の前を蒼い”空気”を纏ったエアが、空の名を持つ精霊のモス、今回は同属退治ゆえに連れて行かなかった‥契約してる友達。

 仕事で連れて行かないオレの精霊はこの学園で教師をしているのだけど、モスは甘えたがりでお喋りな空の精霊。

 よく喋るし、大好きなドングリの生気を吸うためにいつもこの時期はドングリ探しを手伝わされる、今は駄目だ。

 急ぎなんだよオレ。

「あーーーっ、ラインフルッぅうううう!学園に帰ってきてたならモスに言ってくれてもいいのにぃいいい!」

「ああ、モス、ごめん、オレ急いでる‥‥ほら、チャイムなるぞ」

 はぁ、見つかった‥‥この学園に”住んでいる”オレの精霊は11種もいるから、そう考えたら見つかるのも当然かな?

 モスはオレの言葉に頬を膨らませる、精霊に決定的な性別はなく、どちらとも言えないが美しい種族が多い。

 そしてモスも例にもれずとても美しい容姿をしている、空の精霊でも夕焼けの種族のモスは茜色の髪をしていて時折光るソレは星が現れる刹那の時間のお陰らしい。

 瞳も同じく茜色、肌は僅かに薄い赤色で人間にはない神秘的な美しさをしている、階位は教えてくれないがかなり高いらしい‥勇者の特権の一つ。

 精霊との多重契約兼多重行使能力、これが力の名前なのだが、長くてしょうがないとオレは思うわけで、そんな事よりも、足を速める。

「ねえねえー、ラインフル、次はモスを連れてってくれるんだよね?夜の名を持つフィフリ何かよりモスのほうが役に立つって!本当なんだからぁぁああああ!ねえねえねえーーーー」

「あーもう、うっさいわ!‥‥オレは急いでるの!」

 耳元で五月蝿く騒ぐモスを掴む、ジーッと睨みつけてやる‥‥ポッと赤くなるモス‥‥精霊全霊に対しての魅了能力自動発動。

 これが勇者の力、もう、皆の願いが体現しまくりのオレは何なんだ‥ああ、腹の立つ、腹の立つ。

 短く切り揃えた金髪をワシワシと掻きながらため息、こんな体で、こんな能力で、世界に望まれても全然嬉しくないオレ。

 とりあえずは成長概念の問題を治すために‥‥世界の災厄を狩りまくって、成長する肉体に戻る方法を調べないと。

「ラインフル、いらいらは良くないよぉ?‥‥”いらいら”は精霊の言葉で”ライラライ”って言うんだけど、生命を楽しんでない者に対しての悪口で使われる一種なんだからね」

「ああっ、もう、空属性はうっさいのしかいないのかっ!‥‥‥おおっと、ここだ、ここ」

 トントン、黒塗りの頑丈そうな木で出来たドア、本当なら蹴って入っても良いけど、勇者たるもの‥そんな説教は正直聞きたくない。

 学園長のジジィはオレがここの”生徒”だった時からの恩師であり腐れ縁、たまには礼儀に従ってやるのも良いだろう。

「入るぞ、クソジジィ」

「素かい‥‥まあ、ええわ、生徒ナンバー13、『世界調停任意者』通称勇者のラインフル・中条‥‥入れ」

 ッガン、錠の外れる音がして黒塗りのドアが誘うように自動的に左右へと開いてゆく、マントを踏まないようにと間抜けな意識をしながら足を踏み入れる。

 太陽の光を背に大きな机に佇む老人、辺りにはキャキャッと楽しそうに精霊やらその他諸々の良くわからないものが浮遊している。

 寄ってくるそいつらを手で煩わしそうにどけながら、五常宗麟学園学園長、”アイバース”はにやりと笑う、髭を剃れ。

 たっぷりと肥えた体にミシミシと悲鳴をあげるスーツ、汗は絶え間なく零れ、それを忙しそうにハンカチで拭いている。

 顔は今にも厳つくて、”そっち”関係の人間だと言われたら、納得しない人間は恐らくいないだろうとさえ‥‥額の黒子が印象的だったりする。

「久しぶりクソジジィ、恭輔くんを理由にオレを呼び戻すとは‥‥ってめぇ、そこまで腐ったなら”世界”で真っ二つにしてやる」

「だったらモスがその死体を空から地面に落とすよぉお!!!ぶちゃぁって、うわうわ、地の名を持つ精霊に怒られるかな?」

「相変わらず忙しい奴らやのぉ、まあ、座れ、あのガキに関するときだけ素直に言葉を聞きやがって」

 プハーッとタバコを吸いながら、ジジィの卑しい笑み、恭輔くんを口実にオレを学園に呼んだのなら、とっちめないと。

 とりあえず冷静にそんな事を思いつつも、不機嫌を装い椅子にドカッと座る、座ったつもりだけど幼い少女のオレの身では。

 ポスッ。

「別にわしゃの、嘘は言っておらん、ほら‥‥血の大系からの束異魔じゃ、こんな危険なもん、わしらが勝手に見たら大問題やろうに」

 ピーッと喉を震わせてこちらに寄ってくる蝙蝠のミー、肩に乗せて頭を撫でてやると嬉しそうに鳴く、隣で嫉妬して頬を膨らませるモスは無視しよう。

 意識を集中してミーの意識から言葉を読み取る、えっと‥‥‥‥‥。

「ど、どうしたのラインフル?‥え、えっと、何て書かれてたんだよぉーーー、モスも見る見るぅうぅううううう!」

「‥‥‥‥ジジィ、オレの仕事、暫く全部キャンセルな、軽いのは3年生辺りにやらせても良いだろう‥‥卒業生の奴らにも」

 読み終えて、冷めてゆく思考に身がしまる、声も平坦になって、おもしろ味のない自分が出来上がる。

 あの子に関してだけは、オレは勇者を止めることが出来る、色褪‥‥くそババァめ、何を企んでやがる。

 ただ一人、”育ての親”の中で一部に選ばれた、妬むべき女‥‥‥やはり早めに殺すほうが良いだろうか?なあ、”世界”。

 キィイィィンと相棒の同意も得られ、自然と残酷な笑みが浮かぶ‥‥11精霊全部持って、勇者の特性全利用。

 それでも殺せるかどうかわからない色褪と名を持つ最強の能力者。

「おいおい、お前の立場をわかっていってるのか?‥‥‥いつの間にわしの首元に剣突きつけるような恩知らずになったのかのぉ」

「‥‥急用が出来た、オレは今から江島に行く‥‥‥行くぞモス、お前が”必要”だ、じゃあな、クソジジィ」

「じゃぁの、クソガキ‥頼みごとを言うのはその無い胸を成長させてから色仕掛けでしてもらいたいもんじゃのう、9歳児」

 去ろうとするオレに嫌みったらしい声が‥‥少しだけの心配を含んでいなければぶん殴ってるかもしれない。

 しかしながら、恭輔くん、騙されてる、激しく騙されてるぞ‥‥くそっ‥‥オレが日本にいれば事前に防げたかもしれないこの事態。

 ああ、そういえば最後に会ったのはいつだろうか?確かイギリスに飛ぶ前にご飯を一緒に食べて‥えっと、ああ、半年も会っていないじゃないかオレ?

「ねえねえ、キョーのとこに行くの?‥じゃあモスはまた姿を消しとかないだめだめぇ?」

「‥‥驚いて恭輔くんが倒れたら困るだろう、それに彼がお前との境界を崩したらどうするんだよ、お前、そう見えても階位高いだろうに‥‥困る、あの子に一部なんて必要ない‥‥オレがいれば事足りる問題なだけだ」

「‥‥ふーん、ふーん、別にいいもーーん!」

 それから先にすれ違った生徒は皆、廊下の横で縮こまるように‥オレを避けて通っていた、それはそう、何せ。

 勇者が本気で怒ると、魔王ですら倒せるのが世界のルール。



 恭輔が屋敷の”いつも”の部屋に着いたと聞いたので、とりあえずはこの季節にわざわざ買わせてしまった、たかい‥スイカを食べ終えて思考。

 暫くして、その部屋に”飛んで”、10秒、部屋の中にいるみんなは誰一人うろたえませんよ?

 ゆかい。

「‥‥‥‥‥差異は思うのだが、何せ、外見は普通の田舎の村ではないか‥‥これでは面白みはないな、そうは思わないか沙希」

「いんや、僕は別にそこまで悪くは言わないけど、暮らしにくそうだよね、このご時世にここまで閉鎖した村ってどうかな?」

「‥‥まあ、野生動物の汪去からしたら、耐えられるレベルッスね、それよりこのお茶渋いッス‥‥あっ、注ぎなおして欲しいだけッス」

 とりあえずは畳みの上で礼儀もなく自由自由でゴロゴロしてる三人にジト眼をしつつ、リュックを部屋の隅に置いている恭輔を見る。

 はぁ、今回のめんばーも、お口が悪いったらありゃしないです。

「‥‥‥これはまた、恭輔‥‥‥愉快な一部の方々ですね‥‥いらっしゃい、背、どこまで伸びました?」

 わたしが急に部屋に出現してもうろたえない人たちは、おひさしぶりですね‥‥‥さてさて、そこの金の髪の少女が、素晴らしくにらんでますね。

 はて、被る部分ですか‥わたしは、怒らないですよ?‥‥だって恭輔はわたしのほうを必要としているのは当然、”わたしたちの”強みはそこにありますから。

 破壊衝動をおさえてほほえみますよ?

「いや、色褪‥‥背伸びないじゃん‥‥‥ほら、ぽふぽふ、俺の方が頭を撫でれる、勝ち」

「くっ~~~~~、く、屈辱‥です‥‥‥そこのきみたち、驚かないのは何故でしょう?‥‥突然出現しましたよね、わたし」

 般若の面に手を添えて、首を傾げる‥‥あれ?‥来夏は自宅に向かったみたいですね‥‥いない、話をするのに厄介なのはこの初対面で動じない三人。

 恋世界、きみのところの三人は‥‥とてもつよいですね、わたしの力を見抜いても、動じないフリをできるのは、立派です。

 人工ではなくて、天然でここまでの逸材を得るとは‥‥あーう、うらやましいかもですよ、江島も中々さいきんは‥いないですから。

 この”レベル”の子供達。

「‥‥部屋に案内される前に来ると踏んでたのに、案外来るの遅いんだね‥‥イメージ的にすぐに恭輔サンの所に飛んでくるかと思ってたよ」

「ええっと、あなたが、たしか‥‥‥沙希?‥っで睨みつけてるのが‥差異、そちらの猫さんは汪去‥‥うん、報告通り」

 ある程度の情報は手に入れていたし、恭輔は忘れているけどわたしも一部、自分以外の部分もちゃんとわかるですよ、偉いですわたし。

 とりあえずはふよふよと恭輔を抱きしめて浮く‥‥おもくなりましたね、さっきの仕返しです、おひめさまだっこ、んーーー。

 おもひ。

「‥恥ずッ!?‥‥何がしたいのかわからないけど、このまま何処かに連れて行かれるっぽいな俺‥‥」

「きみたちきみたち、んーーーー、この江島で、知りたいことがあるのでしょうに、屋敷にある文献でもなんでも漁ってくれてけっこうです‥はふー、里の者に聞く場合は‥外のものには厳しいですが、ムカついたら恭輔の意識は無視してさくさく殺してあげてくださいな‥んーーー、脅してもいいですよ、それでもわからないことがあれば、”わたし”を頼ればいいですよ、差異?」

 恭輔を抱きかかえたままに、その言葉を口にすると差異と呼ばれる少女の幼いながらも美しい顔がどんどん不機嫌になるのが分かる。

 残滓ほどはわたしとあなた、相性はわるくないみたいですよ‥あなたは殺したいだろうですけど、はふー。

 やっぱおもひ。

「ん、了解した江島の当主‥‥恭輔がこの里に戻ったと知っているものは?」

「皆しってますよ‥‥だから、いまはわたしが一緒ですからよいですけど、あなたたちも恭輔を一人にせぬように‥はぁはぁ、じゃあ‥‥孫は
連れて行きます‥よ?」

「‥‥いや、殺すなよ三人とも‥‥はぁ、あんま見ないでくれ、恥ずかしい‥‥」

 ふよふよと、久しぶりの恭輔の体温に満足なわたし、さあ、一部のひとたちはほっといて。

 おばあちゃんとゆっくりしましょうね。



「‥‥‥色褪、恥ずかしい‥‥今日は何で迎えこなかったんだ?いつもなら車まで文字通りに飛んでくるのに」

「‥‥あれは、恭輔?‥あなたを心配してしてたのに、気づかないなんて‥‥わたし、悲しいですよ?‥‥こんかいは、差異たちがいたからです」

 恭輔を抱きしめたままに、ふたりのゆっくりしたテンポの会話、むかしより感じているきみが‥恭輔が重くなったことが嬉しい。

 むかしは小食で、みんな困ったりしたものです‥‥‥懐かしさに、少しだけ、なんとなくですが切ないきぶんです。

「そうなのか?‥‥般若の面、外してよ、顔見たい」

「はいはい」

 縁側に腰をおろして、恭輔の言葉に従い般若の面を外してやる、赤い眼をした”あくま”がそこにいるでしょう、少女の姿をしてますが。

 貴方のためならなんでもする”あくま”ですから‥‥ねえ、そうですよね、あいする恭輔‥いつでもきみを思う。

「俺って、思うけど‥‥本当に江島の人間かなぁ、遮光たちも無茶苦茶顔いいし‥色褪もそうだし‥‥むぅ、不公平すぎる」

「そう‥‥ですか?‥‥恭輔のほうが可愛いとはおもうのですけど‥‥ああっ、そのことですけど」

 袖の中を漁る、たしか、えっとです‥‥ここに、ああ、これです。

「この子‥‥‥‥かわいいとは思いませんか?‥‥ん、恭輔の意見を、おしえてください」

「‥‥いや、普通に可愛いとは思うけど‥なに?‥‥今回里に呼び戻した理由‥そう言えば聞いてない、しかもこのタイミングで女の子の写真って‥どうよ、何となく理解したぞ俺」

 ピピッ、スズメが不思議そうに、愛らしい仕草で庭に生えている松の枝に置いた餌をパクパクと、こちらを見る。

「恭輔‥‥‥お見合い、今日ですからにげられない‥‥ですよ?残念です」

「‥‥‥やっぱり」

 ピピッ‥‥スズメが空に飛び立つと共に‥‥恭輔の頭もガクンッと落ちた‥‥わたしの、勝ちです、今日の”せーか”は一勝一敗‥です。



[1513] Re[40]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 14:10
 にーにーにーにー、猫の声で鳴く、土の中は寒い‥にー、この封印概念は勇者じゃないと解除は出来ない。

 あれは化け物のような力ではない、正当な才が拡大したかのような、この世界に認められた至上の才能。

 剣を抜くと空の属性の精霊は皆、彼女の味方になり‥‥親友だった空の名を持つ風琉(ふうる)も悲しい瞳をして。

 去っていった、精霊は勇者の側に必ず従者のように、そういう風に世界の仕組みが出来ている。

「にーにーにーにーにーにーにーにーに」

 鳴く、喉が痛い‥‥実際に土の中にそのまま埋まっているわけではなく、四角い方陣の中に幽閉される形、広さは有限ではなく無限。

 爪を立てても、何もない感覚が怖い‥‥何でこんな事になったんだろう?‥ただ、子猫を馬車で轢き殺した悪い人間と。

 その”巣”を壊しただけなのに、何で勇者に、こんなことをされる道理があるのだろうか?チリンっと尻尾に付けた大きな鈴が震える。

 怖い、怖い、怖い、にー、子猫の自分は魔法使いだけど、絵本に出るような悪い魔法使いではないはずだったのに‥‥なんで?

 ”わるいにんげんをとっちめただけのこねこ”‥‥そもそもの原因はなんだろう‥‥有名になりすぎたことかな?

 メスな子猫は空の魔女、名づけられた名前は大層なもので、毎日を雲の上で寝て過ごす子猫には不必要なもの‥それよりも黒い毛並みを褒めて。

「にーにーにーにーにーにーにーにーににーにーにーにーにーにーにーにーに」

 カタカタ、震える、寒い‥‥‥こんな所に後何年も幽閉されると思うと‥‥生まれて間もない頃に枯れた井戸の中に捨てられた思い出が浮かぶ。

 あの時に、初めて空の精霊と仲良くなれた、丸い丸い空を、井戸の底から眺めていると話しかけられたのだ”どうしたの?”優しい言葉。

 ずっと一緒にいた風琉、今はもう、違う空へと渡っていったのだろうか?‥‥子猫の自分ひとりを置いて、でも、鳴けば。

「にーにーにーにーにーにーにーにーににーにーにーにーにーにーにーにーに」

 井戸とは違って、ここからでは空すら見えない、空が遠いのではなくて‥‥空が”ない”悲しさで尻尾がパタッと、闇に落ちる。

 ”ここから出る物語はまだ先のお話、空の魔女は、飼い主に、まだ出会えず”



「‥‥‥アル、認めない認めない認めない認めない、認めなーーーーーい!」

 ジタバタと転げまわる、辺りのものはガラガラガラと、物凄い勢いで倒れたり、壊れたり、コホッ、埃も無論飛び散る。

 ああ、その資料は‥‥グチャグチャになってしまったザマス‥‥このガキ、暴れるなら外でやれザマス。

 腰を叩きながら椅子から立ち上がる、無駄に幼い‥若い自分の体、しかしながらやはり疲れが溜まるわけで。

 僅かながらの光を放つオレンジ色の豆電球、それの出力を、よいしょザマス、手を伸ばして‥んー、カチャ。

 部屋が明るくなると、決して狭くはない空間で、暴れている存在を発見するザマス‥‥‥そっちに行こうとするが、白衣が椅子に絡まっている。

 あー、いつも椅子の上で大半を過ごしながら、研究に行き詰ったらクルクル回ったりガキの真似事をするわけで‥そのせいザマス。

 倒れそうになるのを踏みとどまって、白衣をその勢いのままに引っ張る‥‥大失敗ザマス。

「うわわわ、ん、んっしょ、って、わぁー!?」

 ゴロゴロゴロゴロゴロ、ガシャァン‥‥‥ガツン、転がり、積み上げた資料やら機材にぶつかって、最後に頭の上に一つの本が。

 頭がフラフラする‥‥くそぅザマス‥‥”魔法使い”の決定概念である、幼体から成長できない体が憎い。

「‥‥‥博士何してんのよ、ほら」

「ああ、すまないザマス‥‥うぁ、頭フラフラする~~~、ってアルビッシュ=ディスビレーダ、お前こそ何してたザマスか?」

 自分と外見年齢は変わらぬ少女の手を掴んで立ち上がる、こうやってみると、とても親子には見えないザマスかねぇ。

 創造主と製作品、おもしろいザマスね‥‥そんな二人。

「そうそう、あれだよあれだ!マスターお見合いって如何いう事!?うがーーーー!アルは認めてなーーい!」

 地面に転がり落ちた本やら資料やらをかき集めて、ヨタヨタしながらそれを机の上にドサッと、コホッ、今度まとめて掃除しようザマス。

 白衣に付いた埃もパタパタと叩き落として、アルビッシュ=ディスビレーダを見る、顔が赤い‥‥生意気にも嫉妬してるザマスねぇ。

 おもしろいザマス、喉が渇いたのでビールを冷蔵庫から取り出しながら苦笑、んー、昼から飲むとだらけるザマス‥や、やっぱりお茶を。

 やっぱビールザマス、自分に負けた瞬間。

「‥‥そんな事言われてもザマス‥‥当主の決定は絶対ザマスし‥‥‥そんなに嫌だったら直接当主に言えば良いザマスよ」

「‥‥嫌、あの人はアルよりマスターに詳しいし、何より‥‥勝てる気がしないもん‥‥ニヤニヤして‥‥何よ」

「‥さあて、おもしろい事ザマスねぇと、そんだけザマス‥‥恭輔さまには会いに行かないザマスか?」

 昔なら、真っ直ぐに恭輔さまの胸に飛び込んで、甘えて、連れ回し、日焼けして帰ってきていたのを思い出す‥‥思い出ザマスねぇ。

 創られたこの子にも、そんな暖かい夏の思い出が、優しくもあると、母親ながらちょっと嬉しいザマス。

「行かない!‥‥アルに何も言わないでお見合いしてるマスターって嫌いっ!でも本当は嫌いじゃないもん!うがー!お見合い許せないぃ!」

 ジタバタジタバタ‥まあ、落ち着け‥‥‥ほら、ビールでも飲むザマス‥‥ペシッと叩かれて‥反抗期ザマス?

 赤い瞳でキッと睨みつけられて、何となく居心地悪く、5冊ぐらい、いつの間にか積みあがっていた本で出来た臨時の椅子に座る。

 自分のホッペをプニプ二と触りながら、じゃあ、どうするザマスかと半眼で問いかけてやる。

「ど、どうするって言われても‥‥‥‥博士なんとかしてよ!」

「当主至上主義ザマスよ?あの人が望めば何でもしてあげるザマス‥‥そんな博士ザマスだけど、どうにかすると思うザマスか?」

 喉を震わせてビールを飲みながら、冷蔵庫のドアをもう一度開ける、何か口に入れるもの‥‥イカの塩辛のビンが、買った覚えはないザマスが。

 手に取るとひんやりした感触、少しだけ量の減っていることがわかる重み‥えっと、ビンに黒いマジックで乱雑に書かれた文字、規格じゃなくて。

『とーしゅ、専用‥‥‥‥‥でも、勝手に食べても、いいです』‥どういうことだろう、温かみのある文章ザマスね‥むしろ書く必要性が?

 ああ‥‥‥つい先日、新しいマジックを買いましたーって、子供のように喜んで‥‥まあ外見は子供ザマスけど、それで使ってみたくなったと。

 わかりにくいけどわかりやすいお方ザマスね、ありがたく頂こう。

「‥‥‥くぅ、可愛い娘よりあんな般若の人のほうが良いの!?」

「肯定‥‥‥それと暴れない、埃が飛び散るザマス‥‥イカの塩辛、美味しいザマスよ、これでも食べて」

 ハシで少しばかり、ギャギャーと騒いでる口元に‥‥ひょいと放り込む、自分もその後に口に幾らか入れて、ビールを一口。

 そして騒いでいるアルビッシュ=ディスビレーダのデータ収集‥‥ふんむ、怒ってる怒ってる、見ればわかるザマス。

「こ、こうなったら‥‥こうなったらお見合いの途中に強襲して、そんな、そんな下らないこと、ぶっ壊してやる!もぐもぐ‥生臭いぃ!?」

 口にティッシュを当ててやる‥‥‥まったく、予想を裏切らない子ザマス‥‥トントンと背中を叩いてやる、女の子が口から物を出さないように。

 横顔を見ると、自分とはやはり、全然似ていないのだが、もしかしたら根本的には、やっぱり似ているのかもザマス。

 淡い‥‥鋼の色を磨いたような、光沢を有する長い髪に、手に触るとサラサラと流れる、無機質なものと違う生命の証‥”創って”しまったザマスね。

 幼い頬は怒りに紅潮していて真っ赤、額には彼のためのシリーズである烙印である『B』‥‥B”シリーズ”‥‥少しだけ、皮肉な笑みが浮かんで。

「好きにするザマスよ」

 当主と同じような色彩の瞳に調整した‥赤い瞳を覗き込んで、微笑んだ。


 ジャリ、車から地面に足を、こんなにお洒落したのは‥小学校の時に好きだった子のお別れ会以降だよ‥‥。

 着物なんか着るの初めてだし‥‥‥スーツのほうが良いって言ったのに‥‥ガキが生意気だって‥‥着物はじゃあ良いの?

 しかもお父さんもお母さんもいない、きんちょーする‥‥思った以上に穏やかな風景、お迎えの江島の能力者さんは‥いないのは当然なの?

 空を眺めて、形式ばってないって言っても、ここまで放置的なお見合いって‥‥どうなの?‥と、とりあえずは当主様のお屋敷に。

 ”能力者の江島”より”死期神の浅滝”の方が立場的に下なのは確かだけど‥‥ここまでの扱いだとは‥思わなかった。

 む、迎えの一人ぐらいが常識だよね?‥え、えっと、わ、わたしだって死期神の浅滝の次期当主なんだから、怒るときは怒るんだよ!

「ま、まずは‥‥えっと、ここが大通り?‥って程じゃない‥って失礼だなわたし、だめだめ、ここに暮らしてる人を馬鹿にしているみたいな
言い方だ‥‥そーいうのは良くないし‥‥こ、こっちかな?」

 歩き出そうとしたら、物置小屋のような所の影から”何か”が出てくるのがわかる、一応は気を張ってたのに‥‥何も感じなかったのが怖いぃ。

 お化けは駄目駄目駄目。

「‥‥‥‥実は迎え‥‥いるんだけど、あれだよな、存在感ないってやつ‥‥俺?」

「ひぁあ!?‥だ、誰ですかーー、お、お化け?」

「おもろい子だなぁ‥‥‥‥‥‥とりあえずは、こんにちわ」

 目の前の、男の人は少しだけ微笑む、ほっ、悪い人じゃないみたい‥普通の冬物のお洋服に、普通の顔、普通に整えた髪に。

 少しだけ普通の人と違う、優しい感じの微笑をしてる人だなぁ、間抜けな思考がクルクルと回る、少しだけ年上かな?

「こ、こんにちわ‥‥です、ああっと、お迎えの人ですよね?‥こ、今回お見合いしたくないけどお見合いすることになった浅滝愛空です、高校1年で、好きな歌手は‥‥‥」

「‥‥おもしれぇ‥‥あはは、まあ、今日は色褪の遊びに付き合うしかないかぁ‥凹む、じゃあ、屋敷まで案内する‥‥女の子が着物着てるの
色褪以外で初めて見た」

 わたしが、着物で”歩く”事に戸惑っていると、ゆっくりとテンポを揃えてくれる、視線は横に広がる田んぼ、眼が何故かキラキラしてる。

 どういうことだろう、この季節の田んぼの物悲しい光景は‥見てて楽しくはないけど、変わった人だなぁ‥江島の人はもっと高圧的かと。

 勝手に考えているわたしがいた。

「いや‥ちょっと改めて凄いと、人間が耕すんだから‥あっ、そこ、段差」

「うわっと、ありがとうです」

「‥‥色々、この後に君はショックを受けるはず、だったらと思う、敬語やめてくんないかな?」

 携帯を弄りながら、立ち止まって、眼を合わせてくれる‥‥誰も歩いていない田舎道、左右には田んぼ、煤けたような、独特の土のにおい。

 風が吹いて、髪を気にしながら微笑む目の前の人は、何を言いたいのだろうかわからないけど、敬語をやめろと言ったんだよね。

 どうしてだろう、見知らぬ男の、わたしより大人の男の人の言葉に理解が出来ないで、首を傾げる‥そういえば、わたしのお見合いの相手知ってるかも。

「ええっと、それは後々に‥‥でも、本当にそれで良いんでしたら‥‥よ、よろしく!」

「はいはい、よろしくな‥‥聞きたいことあるんだろう?‥‥君のお見合いの相手は知らねぇよ俺‥‥だから後で怒らないでな」

 何だか急に暗くなった迎えの人‥‥何だか掴みどころのないような人だなぁ、むしろ‥‥この”江島”って土地で普通すぎて怪しい。

 あやすぃ‥‥‥でも、ゆっぱり‥‥‥悪い人じゃなさそうなんだよなぁ、次期当主のわたしの人を見る眼は確かな‥はず。

 所々に離れてある横に長い家々、何かの田舎番組でしか見たことのないような‥一階建てのお家‥‥‥平屋‥‥ってのだ、うん、そうだそうだ。

 目の前の人も同じようにポケーッとそれを見ている、えっとー、もしかして都会の人ですか?仲間意識全開で‥い、行ってみよう。

「あの、もしかして、この里の人じゃないんですか‥‥‥‥じゃなくてー、この里の人じゃないの?」

「そういえば、何も今、一部もいないし、誰もいない‥‥色褪は危ないから俺一人で外でるなって‥ああっ‥‥‥もしかして見張られてるのか俺!?」

 こちらの話は一切無視で辺りをきょろきょろと見回し始める‥‥独特のリズムをお持ち‥‥そしてすぐに納得して、”死四”いるじゃんと。

 死四‥さん、ここにいるのはわたしと、貴方だけのはずなのに‥‥‥ムッ‥‥”ムッ?”‥よくわからない思考は無視だよ。

「あっ、ごめんごめん、みんな外出てないのは色褪のお陰かな?‥いきなり殴り殺されたらたまんないし‥それと、俺はこの里の人間じゃないけど‥江島の人間だったり」

「‥‥んん?良くわからないけど‥‥こ、こんな歳が離れた人と”平等に話す”って初めてだから、き、緊張するよ‥やっぱ敬語で」

「駄目ー、後で色々嫌だから、二人っきりになって敬語の関係から会話するのが面倒だし俺も緊張するし‥‥」

 ポリポリと頬を掻きながら、恥ずかしそうに視線をずらす、横にトテトテと近寄って、ジーーーーッ。

 この人、やっぱ、あやすぃ‥‥何か隠してる、隠してるよ、お母さんの用意してくれた着物を汚れないように、軽く走って前に回りこむ。

 ジーーーーッ。

「‥‥な、何ですか‥‥俺はただの迎えの人です‥‥よ、あんまり見られると無駄に緊張するんだけど‥ほ、本当だよ?」

 カァーとカラスが田んぼの上空を旋回しながら鳴いた、それと緊張からか汗が出ている迎えの男の人‥‥それが合わさってひじょーに何もかもが。

格好悪い。

「もしかして、もしかしてだけど‥‥‥正直に、お願いだよ‥‥‥貴方がわたしのお見合い相手?」

「は、はい」

‥‥‥少しホッとした自分がいた、何だか‥‥‥肩の力が急に抜けた感じがした。



 真っ白い泉に、何本もの柱が刺さっている、折れ重なる柱もあり、長い間に人間の文明との触れ合いを断絶した印。

 白い泉は、泡を吐き出し、その小さな泡、大きな泡、どの中にも赤子がスヤスヤと眠っているのがわかる。

 皆、髪の色は泉と同じ白色、その中には眼を開けて泡を壊そうとする赤子も、そのような暴力衝動を、泡は否定して。

 ただ、赤子たちを優しく抱擁するのみ‥‥見たらわかる、女性体しかいないのが印象的、さらには翼を持っている。

 空想ではありがちながら‥‥この世界でもやはりそれは異端な証であり、様々な枚数の翼‥固体で違う色と枚数。

「テケリテケリ♪‥‥‥勇者が島国へ飛んだテケリ♪‥‥これはどのような事テケリ♪」

「‥‥‥‥わからんらん、それは、理解できないない」

 黒い翼を纏った少女と、緑の翼を纏った少女‥‥纏うとは、たたみ、翼で身を隠す。

 片方は意地の悪そうな笑みで端正な顔を歪ましてクスクスと笑っている、子供の着るパジャマのような、愛らしい服とスリッパで。

 片方は優しそうな笑みで端正な顔を染めてニコニコと笑っている、何も着ておらず、手にはトランペットのような、しかし刺々しい物を。

 遠離近人とも違う、世界概念の捻じ曲がった場所で二人は笑う、何があってもおもしろいのが二人の掟。

 バサバサっと、他の柱にいる同属が‥‥白けた瞳でこちらを見ているが、気にしないのはもう一つの二人の掟。

 さあ、そろそろ飛び出そうか、世界に眠りが訪れたなら、悪い子の”魂”を食べちゃわないと、それだけじゃなくてお肉も食べちゃうぞ。

 『壊れた絵本の中の主役』そんな一族、また、これもまた絵本の中に存在する確かな異端なり、今日はどの絵本から出ようかな?

 そんな思考は文字で書くと鈍る、もっと狂気な内面が、この二人の少女にはある。

「狩るテケリ、テケリ、この鉄のスリッパで、頭を叩くテケリ」

「うんうんうん、だったらたら、このトランペットで、男の子の、叩く叩く、血のトランペットペット」

 さあ、次に行くべき地は、いつも邪魔をする勇者の飛んだ、あの地とか良いんじゃないかな、『壊れた絵本の中の主役』のお二人さん。

「テケリ、テケリ、飛ぶテケリ♪」

 さあ、次の媒体になるべき絵本は‥‥ ”妖精の手招き”テケリ。



[1513] Re[41]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/11 21:14
 埃の被った、そんな書物が大量に転がっている‥コホッ、ん‥‥誰も掃除していないのか‥ウズウズする‥‥本当に。

 汚いものを我慢できないのは、仕方がないのだか、ここまで汚いと流石のその信念も、抑えることが出来る。

 これはまた‥‥新しい本やら古い本やらが混雑していて、わけが分からないな‥うん、この中でとりあえずは。

 ”江島”の過去を洗うとしようか、差異はそう思いながらも‥どれから手をつけられば良いやら。

「差異ッ、コホッ‥こりゃ酷いね‥‥‥僕もこれだけ酷いと‥‥何とも言えないけどさ、あらら、倒れちゃった」

「‥しかし‥‥まさか屋敷の半分が書物を置くだけのスペースとは、贅沢な事だと差異は思うぞ、うん、しかし何の本なのか」

 一つだけ手に持ってみて、部屋に僅かにある窓から差し込む光に本をかざして見る、埃が濃く見え、気分が悪い。

 乱雑に置かれた本で出来た塔に背を預けて、見てみる『欄10001-231』‥‥はっ?‥嫌な予感がして、沙希を見る。

 沙希も同じような顔をして、コートから珍しく手を出して、マジマジと、うん、こいつは‥‥だるい予感が。

「こっちは、欄3001-231‥‥‥それだけしか書いてないっぽいよね、うわー、僕こういうの駄目‥‥‥‥凄くだるい、プライド捨てて
”当主サマ”に聞いてみる‥‥そんな怖い眼で睨まないでよ、冗談冗談♪」

「‥‥‥‥しかし、中を見てみてもさっぱりだぞ、どうやら術術術の事や‥‥能力概念‥‥だるいな、頭が痛い、とりあえずは、異端の事柄だとは理解できる‥っが、差異たちの幼い頭で理解できるのかが、唯一の問題だと思うぞ、うん」

 少しだけ、やる気が失せたわけではないが、長旅の疲れと資料の多さに唖然となる、しかも何の情報なのかが良くわからない。

 手書きの文体から想像するに江島の古い資料の一つだと言うのは理解できる。

 我ら鬼島の”恋世界”の出生の場所として‥上位能力者には知られている江島、噂かどうなのかは、当時の差異にはどうでも良かったが。

 鬼島との密接さは異常とも言えるのも確か、うん、決めた。

「やるぞ、沙希、これも恭輔に至るまでの有象無象などうでも良い奴らを調べるものと思えば、耐えられる」

「‥‥は、はは、マジ?‥‥家系図‥‥この中にあるの?‥それ、予想でしょう絶対‥‥差異は昔から勘が良いけど‥さて、それに振り回されるのは」

「いつも沙希だったと記憶しているが、差異は姉、沙希は妹、さあ、何か差異に言うべき言葉は?」

 いつも言い聞かせていた言葉を、眼を細めて、息がわかる程に近寄って言ってやる、”差異”とは違う銀の髪をさらりと撫でる。

 薄緑色の瞳を覗き込んでやりながら、頬を舐めてやると、はあーと大きくため息が聞こえる、甘い匂い、沙希の匂い。

 ん、折れた。

「わかったよ、”お姉ちゃん”‥‥本当、恭輔サンの一部の中で、一番独占欲強くて、我侭で、恭輔サンのためなら、僕でも殺すでしょう‥差異」

「うん、言ったほうが良いのか沙希?」

 とりあえずは、必要な資料だけ見極めて‥‥それを後で調べるとしよう‥‥ん、後でお風呂を貸してもらおう‥流石に埃だらけの差異を恭輔は嫌がるだろう。

 いつでも恭輔の前でだけは、綺麗な部分でいたい差異‥‥むぅ、何だか‥‥残滓に会ってから、差異の感情がどんどんおかしくなっているような。

 気のせいなのかそうではないのか‥‥差異にも恭輔にも判断は出来ない‥でも、一番愛してると言ってくれた事を、差異は忘れない。

 差異も、自分である恭輔を綺麗だと感じてるぞ?恭輔‥‥ん、今日は久しぶりに一緒に寝ようと、本に眼を通しながら、思う。

 沙希も同じようにしながら、やれやれと、良く考えたら、沙希の瞳を改めてみたら‥‥ん、差異の紫色とは違う独特の色彩なのだが、綺麗では?

 うん、たまには、差異も素直に言おう。

「沙希、差異は思う‥‥差異には及ばないが‥沙希も可愛いぞ、うん」

「‥‥喧嘩売ってんの差異‥‥僕も怒るよ」



「‥‥‥‥え、えっと‥‥‥嘘だよね?」

「いや、この見た目10歳にもみたないガキが俺のお婆ちゃん‥‥嘘なら、笑えるよなぁ」

 色褪は俺の首に両手を絡めてブラブラとぶら下がっている、重くなくて軽い‥子供の高い体温に‥子供の甘い匂い。

 これで俺のばーちゃんって‥良く考えなくてもおかしい事実、さて、どうやって納得してもらおう。

 しかも、自分からお見合いの席を設けたくせに俺が”この子”名前まだ聞いてないや‥‥と話しながら屋敷に戻ったら。

 玄関で足をプラプラさせてた色褪‥‥何だか無駄に猫に餌をやりながら‥‥こちらを確認した瞬間に硬直、猫も恐れを抱いて逃走。

 妙に太った猫が逃走した後に、見せ付けるように抱きついてきて『恭輔は、あれですね‥最初からそこまで親密は、どうでしょう』‥嫉妬かよ。

 なんて無責任で理不尽なババァだ、しかもこの今の状況は‥高校生の女の子に見られるには、かなり、かなり恥ずかしい。

 そんな状況で、何とか”ババァ”だと言う事実を教えながらも‥中々認めてもらえずに、既に15分‥‥これが最近のお見合いの方法か?

 いい加減に玄関は寒いんですけど、そんな思考をすると表情を読み取るのかギューってさらに強く抱きしめられる‥‥可愛いけど、どうしよう。

「これが江島の当主‥‥‥っで、今の状況は自分でお見合いの席を設けたのは良いけど愛しすぎる孫があまりにも相手の女の子と仲が良さそうで‥‥これは”わたしのですちくしょう”と抱きしめながら、くすんと鼻を啜っている状況、ちなみに本当に当主だから」

「わ、わたしの江島のイメージが‥‥それとさりげなく自分は関係ない位置に立ってますが、貴方も十分変ッ!そこの小さな女の子の孫だとゆうのを除いても、江島の直系なのに普通すぎるよっ!」

「‥‥結構、ズバズバ言うのな、ってコラ、寝るなー、色褪、駄目だって!風邪ひくって!むしろ、はなせーーーー!」

「‥‥‥‥‥恭輔‥‥やっぱり、このお見合いは無かったことにです」

「‥‥へっ?」

 暫くの無言、何て我侭さ、この人は‥‥孫離れを永遠にしないつもりなのか?‥自分で勝手に楽しそうだからやってみたら。

 思った以上に俺がこの娘と仲良くなったのが‥‥ショックだったらしい、般若の面を少しずらして、半分だけ見える顔が‥涙で。

 弱い、この色褪には弱いけど‥‥はい、そうですか、こちらが間違ってました、帰ってくれてよいですよ、ばいばい‥では駄目だろう。

 まだあったんだ黒塗りの電話‥‥それに感心しつつ、頭をポリポリ、困ったなぁ‥‥とりあえずはハンカチを取り出して、色褪の小さなお鼻に。

 ヒクヒクと泣いている様子は、昔から変わらない‥‥‥俺の事になると、急に弱くなったり、怖くなったり、我侭だな。

「はい、ちーん」

 ちーーーん、まるで俺‥‥子持ちの父親の気分だな、赤い瞳から涙が流れると、兎のような印象を受けて、さらに心が痛む。

「‥‥‥ずび‥‥恭輔が悪いです‥‥仲良くなるなら、ちゃんとわたしを、通さないと‥だ、め‥です、すん」

「‥‥俺は悪くない、悪いのは我侭な色褪だろう‥‥‥‥ほら、”浅滝さん”も唖然としてる、色褪はおばーちゃんなんだから、俺にこんなに
甘えてたら変に見えるんだぞ、普通は‥‥‥ほら、また泣くなよ‥ご、ごめんな、俺は悪くないけど謝る‥くそぅ」

 抱きしめて背中を叩いてやる、昔は俺が良くしてもらったり‥今でも悲しいことがあれば色褪は普通にしてくれる、でも、たまには俺が。

 孫離れ出来てない色褪だけど、俺も仕方のない奴、ばーかと自分に心で言ってみて、凹むなら言うなよ自分、混乱中。

 ”浅滝さん”なんか、もう、どうしようと言った感じの顔で、キョロキョロと屋敷の中を、とりあえず中に入ろう。

「まあ、ちょっと変な状況だけど入ってくれ‥‥”これ”はなれないから‥‥三人になっちゃうけど、ちゃんとしたお見合いなんて今更、馬鹿らしいから、いいでしょう?ご両親に何か言われたら全部こっちのせいにしてくれていいよ、俺から色褪に言っとくから‥あぁ、怒ってないから睨むなよ」

「恭輔‥‥わたしは悪くないです、気をきかせたら‥‥すごく仲良くなってて、とられるのがヤなだけです‥だって、わたしのほうがすきですよね?それを試す意味でも‥お見合い‥価値、あるですよ‥すん、こっち”だけ”見てください」

 着物が皺にならないように意識しながら、瞳を覗き込んでやる、ようはただ”浅滝さん”を連れてきて、自分を通して仲良くなるのなら良かったと。

 それを俺が迎えにいった僅かな間で仲良くなったから、怖くなって抱きしめて涙、そして今度は自分だけを見てくんないとヤ、本音。

 再度言おう、なんつー我侭。

「あっ、そこの横にスリッパあるから‥‥どれでもいいから勝手に履いて‥普通は揃えて置いておくのが礼儀だっつーの‥‥力抜いちゃっていいよ、どう見ても失敗だからさ、このお見合い」

「へっ?‥‥ええっと、何だか入りにくい感じだったんだけど‥‥仲良いって言うか‥不思議な感じです、じゃなくてだね」

 その言葉を聞くと、そういえば、こんな関係の祖母と孫って聞いたことがないような、何せ若いし色褪‥むしろ幼いし。

 異端だからで片付けられないけど、別に疑問は”無かった”な‥昔から‥‥可愛いし、綺麗だし、文句なんてない。

「まあ、結構‥‥我侭なんだけどな‥‥‥今だって、君と話したら、どうしようもなくなって、見ないように顔を埋めてるし」

 モゴモゴと胸に感じる色褪の動き、髪を安心させるように撫でると静かになる‥まるで動物だな、大体、本当に何でお見合いさせたのやら。

 会いたい口実を最初は作るためで、その後に‥‥本当におもしろそうだからしてみたら、駄目だった、さっきと同じ考えに至る。

 ギシッ、木が軋むと”浅滝さん”は、ひゃあと驚く、怖がりというかリアクションが素晴らしい子だ‥‥見てて飽きないタイプ。

 とりあえずは大広間にでも行くか、何かそれっぽい感じに用意されているはずだろう‥あっ、あの松の木‥‥鳥に餌をやる小皿が括られている。

 昔とそこも同じ‥‥確か色褪に鳥が見たいと強請った記憶がある‥その後に‥あの人に知れて、家に帰ったときに怒られた、吐き気。

 急に気分が悪くなる、茜色に染まりつつある空を見て、気を落ち着かせろ‥‥‥横を見て歩くと、当然前は見えないわけで。

 柱に頭をぶつけそうになり、焦る俺がいたり‥‥‥刹那の危険だったので、”浅滝さん”は気づいてない、よーし、恥をかかずに‥ゴンッ。

「‥‥‥‥痛い、これもこれも!こら、色褪っ、とりあえずは俺からはなれて一人で歩け、むしろ浮け!」

「ヤです‥‥‥‥わたしをみてないです、恭輔‥やっぱ、このお見合いはだめでした‥だめだめ‥ヤです‥むねが痛い‥‥いっしょに寝ましょう‥ね?」

「‥‥‥恥ずかしい、他の人の前で言うな、しかももう一緒には寝てやらん!悪い子だしっ!って君も何で笑ってるの?」

「あっ、うん、ご、ごめんなさい‥‥でも、二人とも、見てておもしろくて‥‥」

「‥‥‥そ、そうか?‥‥‥色褪っ、さらに絞めるな、く、クビ痛いって!?」

 何だかそんな感じで歩きながら‥‥‥意味のわからぬ空間、誰のせいかって、言ってみよう‥色褪のせい。



 屋敷に案内されて、紹介された江島の”ご当主さま”はわたしの腰までの身長しかないような‥お子様。

 流石に異端だとは、素直に納得できないわたし‥‥あ、当たり前だよね?‥‥だって、あ、あれで。

 あれでお婆ちゃんって、どう考えてもおかしいもんっ、はい、そうですか‥そうやって認めるわけにはいかないんだよ。

「‥‥‥‥え、えっと‥‥‥嘘だよね?」

「いや、この見た目10歳にもみたないガキが俺のお婆ちゃん‥‥嘘なら、笑えるよなぁ」

 もう何度目かになるかわからない、迎えの人改め、お見合いの相手の人‥困ったような顔の中に、もう納得してくれと無言の圧力。

 昔ながらの広い玄関‥‥‥一瞬だけ、その広大さに身をひく‥‥さりげにわたしの家より大きい‥‥驚くって言うよりも。

 ちょっとの敗北感‥これはだめだ、我が家のお屋敷も自分で稼いで建てたわけでもないのに、さらには人様のお家と比べるなんて。

‥‥‥これは駄目な感覚だ、自分で自分がとても許せない、こういうのは、人としてさいてーなんだから、反省。

「これが江島の当主‥‥‥っで、今の状況は自分でお見合いの席を設けたのは良いけど愛しすぎる孫があまりにも相手の女の子と仲が良さそうで‥‥これは”わたしのですよ、ちくしょう”と抱きしめながら、くすんと鼻を啜っている状況、ちなみに本当に当主だから」

‥‥理解できない、えっと、何だろう‥‥この疎外感は、二人はお互いしか意識してない感じ、馬鹿にされてる感じではなくて‥本当にふたりは。

 それでも、何だか二人がそうしていることに、何も言い出せず、少女を抱いて困ったように笑う目の前の人に言うべき言葉が中々みつからない。

 赤い着物をした、今まで見たこともないような綺麗な少女を抱いて、微笑む普通の空気を持った何処か普通とは違う矛盾の人。

 少女は時折、恨めしそうにこちらを睨みつけてくる‥‥あまりにも綺麗な赤い瞳の日本人形を髣髴とさせる浮世離れをした姿、容姿。

 肌は透き通るように白く、正直健康的ではないが美しい、それ以外は赤が目に入る‥赤‥白と赤を他人に想像させるような姿。

 ポーッと見とれながらも、ええっと、何してんだろうわたし。

「わ、わたしの江島のイメージが‥‥‥それとさりげなく自分は関係ない位置に立ってますが、貴方も十分変ッ!そこの小さな女の子の孫だと
ゆうのを除いても、江島の直系なのに普通すぎるよっ!」

「‥‥結構、ズバズバ言うのな、ってコラ、寝るなー、色褪、駄目だって!風邪ひくって!むしろ、はなせーーーー!」

 正直に口から出てしまった言葉、しまったと思った瞬間に‥‥少女の目から、眼‥‥少しだけ違うように見えたのは気のせい?

 潤みも何も無くなって、鋭くなった‥‥‥この人の事を言うたびに、何か、辺りの空気がほんの少し歪むような錯覚に陥る。

 車で酔ったかな?

「‥‥‥ずび‥‥恭輔が悪いです‥‥仲良くなるなら、ちゃんとわたしを、通さないと‥だ、め‥です、すん」

「‥‥俺は悪くない、悪いのは我侭な色褪だろう‥‥‥‥ほら、”浅滝さん”も唖然としてる、色褪はおばーちゃんなんだから、俺にこんなに
甘えてたら変に見えるんだぞ、普通は‥‥‥ほら、また泣くなよ‥ご、ごめんな、俺は悪くないけど謝る‥くそぅ」

‥‥似てる、この二人似ていると初めて思った‥‥‥なんていうか、泣くときの感じがそっくり、”お見合いの人”も少し泣きそう。

「まあ、ちょっと変な状況だけど入ってくれ‥‥”これ”はなれないから‥‥三人になっちゃうけど、ちゃんとしたお見合いなんて今更、馬鹿らしいから、いいでしょう?ご両親に何か言われたら全部こっちのせいにしてくれていいよ、俺から色褪に言っとくから‥あぁ、怒ってないから睨むなよ」

 少女に睨まれて、焦っている‥‥状況によってはあまりの親密さに嫌悪感すら感じてしまいそうなこの二人、恐らく普通の人が見たら。

 とてもまともな状況には見れない、愛してるとか、そんなレベルの親密さに思う‥けど、わたしのような小娘にはそんな深いことはわからないかも。

 お母さん、お父さん‥‥やっぱり江島はおかしいよ‥‥‥”力”の怖さじゃなくて、なんていうか、この人たち変。

 世界に二人しかいないような感覚をしているようにしか思えない、錯覚‥‥失礼だぞ‥わたし、は、はんせいだよ。

「恭輔‥‥わたしは悪くないです、気をきかせたら‥‥すごく仲良くなってて、とられるのがヤなだけです‥だって、わたしのほうがすきですよね?それを試す意味でも‥お見合い‥価値、あるですよ‥すん、こっち”だけ”見てください」

 熱い視線、言葉は少女の可愛らしい嫉妬に見えるけど、毒々しい独占欲が僅かに感じれる‥でも、女の子だし、普通かな?

 多分‥‥あんまり詮索するのはもっと失礼かも。

「あっ、そこの横にスリッパあるから‥‥どれでもいいから勝手に履いて‥普通は揃えて置いておくのが礼儀だっつーの‥‥力抜いちゃっていいよ、どう見ても失敗だからさ、このお見合い」

「へっ?‥‥ええっと、何だか入りにくい感じだったんだけど‥‥仲良いって言うか‥不思議な感じです、じゃなくてだね」

 失敗‥‥うーん、安心のような、安心じゃないような言葉‥この人自体は今は嫌いでも好き?でもなくて‥‥少しだけおかしい歪んだ感じが怖い。

 この人が歪んでるんじゃなくて、この人の腕の中にいる少女が怖いのかな?‥当主って言ってたし、ものすごく、強いんだろうなぁ、強いって初めて言った。

 そうゆう乱暴な”強い”とかの基準の言葉は男の子だけの言葉なんだと思ってた、スリッパを履きながら思う。

「まあ、結構‥‥我侭なんだけどな‥‥‥今だって、君と話したら、どうしようもなくなって、見ないように顔を埋めてるし」

 抱きしめられて抱きしめるのが、僅かに服の皺が増えるのでわかってしまう、前を歩くその人は、なんでもないといった感じで。

 住んでいる世界が違う普通の人?‥‥‥‥‥変な人、印象は変わらない‥‥ギシッと床が軋み、間抜けな声が出てしまう、”彼”は笑う。

 真っ赤になりながら頭をポコポコ‥‥こんなに深く物事を考えるなんて、わたしらしくない。

 ゴーン、そんな思考を遮るように、頭をぶつけて蹲る”お見合いのお相手の人”お見合い前に名前も教えてもらえなかった謎の人。

 プルプルと震えている。

「‥‥‥‥痛い、これもこれも!こら、色褪っ、とりあえずは俺からはなれて一人で歩け、むしろ浮け!」

「ヤです‥‥‥‥わたしをみてないです、恭輔‥やっぱ、このお見合いはだめでした‥だめだめ‥ヤです‥むねが痛い‥‥いっしょに寝ましょう‥ね?」

「‥‥‥恥ずかしい、他の人の前で言うな、しかももう一緒には寝てやらん!悪い子だしっ!って君も何で笑ってるの?」

 急に騒ぎ出した二人の会話‥‥‥唖然としつつも、不気味と思いつつも、少しだけおかしくて‥‥笑ってしまうのは何で?

「‥‥‥そ、そうか?‥‥‥色褪っ、さらに絞めるな、く、クビ痛いって!?」

 わたしと話したばかりにさらに嫉妬に染められて、強く抱きしめられて苦しんでいるその人を見て。

 少しだけ微笑ましい気持ちと同時に‥‥そういえば、送ってくれた車が去ったけど、迎えはいつ来るのだろうかと。

 えっと、もしかして泊まりじゃないよね?



[1513] Re[42]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/12 13:44
 家を今日一日は出ることを禁じられた‥‥ソレは命令であり絶対である。

 あのような『恥』のためにそこまでする当主を不思議と思いつつも、特に怒りは湧かない。

 尊きあの方は至上であり絶対、生きている神と、そんな認識である‥人間が神に従うのは当たり前である。

 パチッ、鍋の下で弾ける火花、焚き火を囲みつつ、はて、何か知らぬ気配が一瞬したような‥‥気のせいだろうと思い、意識を再度、鍋に向けた瞬間に‥‥‥。

「は~~い、動いたら首が飛ぶッスよ、鍋の具になる気が無かったら従うのが吉ッスよ、むしろこの時点では大凶ッスね」

 首に、冷たい感覚‥‥‥いや、熱い、ジジッと肌が焼ける気配を感じて‥‥能力者か?‥‥違う、もっと単純な力の差を感じる。

 恐る恐る下のほうへと眼を向ける、蒼い光が首元に、微かに皮膚が裂けた‥血が蒸発して、何ともいえない臭い。

 こ、声が出ない‥‥‥緊張から、自分の能力の発現にまで意識が行かない‥‥それでも、生きるために口を開く。

 パチッ

「‥‥な、何者だ‥‥この江島に置いて、このような事をして生きて帰れると思っているのか?」

「うわ、そんな台詞‥‥本当に言う人いるもんッスね、でもソレは無理な相談ッス‥‥さて、質問にだけ答えるッスよ」

 視線を横にゆっくりと向ける‥‥‥息を呑む、美しい少女だ‥‥しかし、純粋に美しいのではなく‥危険な感じのする少女。

 その人外の容姿にすぐに人間でも能力者でもない事実に気づく、遠離近人‥‥種族まではわからないが確実にそうだ。

 しかし井出島との協定では鬼島に属する江島への攻撃は認められていないはず、さらに混乱する思考‥‥そもそも命を狙われる覚えがない。

「江島恭輔について、知ってることを全部話すッスよ、おお、表情が強張りまくりッス‥‥おもしろい程に、わかりやすいッス」

「”アレ”‥‥‥を?‥‥別に、知っていることなどはない‥‥当主のお孫であると同時に‥‥D級の烙印を持った、失敗作だろうに」

 聞かれた質問に、正直に答えてやる、常に自分が思っていることを口にしただけ、あれは高貴な血と同時に忌むべき対象でもあり。

 その言葉に、蒼い光は、肌にさらに強く食い込む‥‥何を間違ったのか‥彼女の望む答えではないのかと、少しばかり寒気が走る。

 この里ではまだ若い自分に分かることと言ったらそれぐらいなんだ‥
弾ける火花を見ながら、それだけを伝えたい。

 電気は点けておらず、親の代から使っているもので生活している自分だけの安らぎの空間が、いつの間にか悪夢の空間に。

 今だけは電気を点けて、人工の光でこの部屋を明るくしたいと思うほどに、この頼りない炎の光では、さらに不安を煽るだけ。

 動けないままに、炎の調整すら出来ずに鍋は煮立ってしまい、零れるそれは味噌の焦げ臭い匂いと一緒に炎を消してしまおうと、やめろやめろ。

 やめてくれ、これで、その最後の願いも空しく、ジュァァ、火は消えてしまい‥‥明かりを失う空間、僅かに差し込む夕日の光などは無いようなもの。

「そう‥‥ッスか、ふむふむ‥‥‥次に行くとするッスか、おやすみッス」

 トンッ。

 頭に何かが突き抜けるような感触、とても軽い感じのそれは‥‥‥はて、何だったのだろう‥‥考えはそこで停滞。

 永遠に。



「ん‥‥色褪‥‥‥いい加減に、マジで‥‥おーい、あっ電話」

 とりあえず、三人で微妙な感じで大広間に行き‥‥微妙な感じで話が弾み、そんな些細な事で色褪が無言で怒る。

 それを繰り返しながら、お茶を啜る、何だか空気からして食事が出来る感じではなくて、目の前に置かれたソレを半眼で見て。

 マナーモードにしといた携帯が僅かに震えると同時に、取り出して見る‥‥『ラインフル姉さん』‥‥‥何用だろう。

 むしろ色褪関係でこのラインフル姉さんの電話が来るといった最悪なまでなタイミング‥畳、張りなおしたんだと手でサワサワしながら。

 足を崩して正座をやめて、思考‥‥‥さっき、名前を聞いた愛空ちゃんはスースースと般若の面をずらして寝ている色褪にご満悦。

 まあ、寝ているというよりは眼を閉じて俺の体温を感じてる‥‥どうしようもない子だ‥ったく‥‥誰も電話出ても怒らないだろう‥‥そんな不純な考えでポチッ。

「‥‥‥姉さん、イギリスに仕事って聞いてたけど‥‥‥」

『‥‥‥恭輔くんッ、久しぶりだなぁ、元気にしてたかい?あー、そんな事よりも用事があるのは、そこにいるだろうバカ』

 バカ‥‥はて、バカ‥‥誰のことだろう、確かに俺は学校の成績は良くないけど姉さんががそんな事を俺に言うのは有り得ないような‥‥姉さんが容姿はガキでも、とても理知的な人だ、他人を指名してバカなどそれこそ数が限られるような気がする。

 とりあえずは思い浮かべてみる‥‥‥バカ‥‥‥‥俺?‥‥やばい、自覚症状があるバカですか俺‥それではなくて‥んー。

 温い緑茶をズズッと飲んで、舌を転がして苦味を感じて、もう一度思考‥‥‥姉さんと仲が悪い人たちを思い浮かべる事にする。

 色褪は‥‥比較的仲悪い、屈折は‥‥確か喧嘩して山が消えた‥‥この二人のどっちかだろう、確実に。

 屈折は今は俺の近くにいないわけで‥‥‥色褪はバリバリ俺の膝枕でスピーって寝てる‥‥おお、謎が解けた。

「いるいる、何か拗ねちゃってるけど‥‥‥どうしたの?」

『いやぁ、いるならいいんだ、”逃がさない”ように、お願いするよ‥はははは、オレ怒ってないよな?』

「‥‥どうだろう、あからさまにテンションがおかしいのは俺にもわかるよ‥‥‥」

 ふむぅ‥‥何だかさらに厄介な感じがする、厄介とは‥つまりは物理的に物凄く嫌な予感だということで‥‥新しい畳の感触では消えないもの。

 色褪‥何か姉さんにしたな、何をしたかはわからないけど、来る‥‥この感じだと災厄兼勇者さまがこの里にやって来る。

 姉さんには久しぶりに会いたいけど、このお見合いの事がバレれば‥さらに厄介な事に‥‥あれ?‥‥もしかして。

「姉さん、もしかして、お見合いの事‥知ってるでしょ?」

『じゃあね、恭輔くん、後2時間ぐらいで、そっちに着くから‥‥バカに、オレからの一言伝えてくれる?‥‥‥喧嘩をしよう」

 ツーツーツーツーツー‥‥幼い声とは合うわけがない殺気っぽいのが耳にまだ残ってるようで、やばい、お見合いのことがばれてる。

 沈み行く夕日に眼を向けて‥何もかもわすれて家に帰りたいと真剣に思ったり、あぁ結界があるんだ‥‥無理じゃん。

「色褪‥‥ヤバイ、寝ているのも良いけど‥‥ラインフル姉さんに、この遊びがばれた見たいだぞ‥‥真面目なあの人が‥いや、真面目かどうかは果たして謎だけど‥‥今回のコレに怒ってる‥‥この里に来るって言ってるよ‥こぇぇ‥ど、どうしよう?」

 勇者なあの人、無茶な剣術と良くわからん聖剣っぽい”世界ちゃん”を振り回して、色んなものをドカーーーン、そんな印象、詳しく知らないけど。

 とりあえずは勇者、本人が名乗ってるし‥‥‥皆が知ってるほどに有名、現代勇者、でも小さい‥‥そして俺の姉さん‥怖い。

「‥‥そうですか‥‥‥‥下手をすれば殺られますね‥‥はふ、気が重いです」

「ご、互角で!互角で行こう!ほら、お互い全力でやり合って‥‥何か気を失って終わりみたいな?」

「‥‥殺り合ってですか?」

「‥‥‥字が違うだろう‥‥‥後2時間で来るって言ってたし‥‥‥今日はトラブル続きだな」

 思い浮かべる、白い肌に褪せた金髪‥‥‥いつも笑顔で快活なあの少女‥‥真っ赤なマントを靡かせて、何故か‥‥何処かの学生服を着込んでいて。

 切れ長の瞳は綺麗な茶色をしている、安心する色‥‥俺が泣いたときにはマントで包んでくれたあの人‥‥そして怒ると怖い。

 俺には怒らないけど、色褪や屈折とかに怒ったのを何度か目撃した覚えがある‥幼いながらも、この人を怒らすのはやめようと。

 でも俺には絶対に怒らない、全肯定してくれる人だけど、教育的にそれはどうだろう?

「あ、あの‥‥このお見合いが何だかんだで”失敗”とはわかったんだけど‥‥わたしって、どうやって帰れば」

「‥‥結界はこの時間帯、夜に近づけば近づくほどに強固になるから‥む、無理だから、泊まりじゃないの?」

 俺の、もう忘れてしまったような誰かから教えてもらった知識、それを聞いてガクッと首を落とす愛空ちゃん。

 そこら辺の打ち合わせもなしに、これはまったく‥子供の遊びそのままだな‥‥‥お茶をさらに一口、苦い。

「‥‥‥なぁ色褪‥‥姉さんにお婆ちゃん殺されるって‥どんなに孫が辛いかわかってる?」

「‥‥‥ねむです、ふぁ‥‥もしくはおばーちゃんに、おねーさんを殺される‥‥ヤですね」

 全然どうでもよさそうに顔を埋める色褪にため息、はぁ、最初から無理があったんだな‥このお見合い‥一番の被害者は愛空ちゃん。

 あまりにも暇そうなので俺と”しりとり”までしてしまった愛空ちゃん‥‥あの死期神の浅滝の次期当主と名乗った少女が。

 笑える。

「はぅ~、お腹が‥むっ、江島さん‥‥‥わたしの顔を見て今笑ったよね?‥‥‥も、もしかして”こんな”お見合いで本気になったとか?」

「違う違う‥‥いや、君は俺が江島の直系っで驚いてたけど‥‥君のほうが変だよ、死期神の浅滝の次期当主なんだろう?君こそ普通の女子高生って感じで‥‥‥普通すぎて、何か新鮮だよ‥‥リアクションも良い感じ‥‥あははっ」

 見つめている視線の先を理解、この羊羹‥‥用意されてたものではなく、俺が勝手に色褪の『お菓子箱』から取って来たのだけど。

 どうやら愛空ちゃんはこれが食べたいらしい、わかりやすいなぁ、ふむ、いいお兄さんを気取るのが夢だったり‥‥‥みんな俺を子供扱いだし。

 羊羹を、ススッと彼女の目の前に差し出して、お茶をコポコポ‥‥はい、完璧、コレを添えれば。

「食べて良いよ、俺‥‥お茶だけで十分だし、羊羹、好きなんだな」

「‥うぅ、何だか敵に情けを貰っているような意味のわからぬ感覚‥‥くっ、い、いただきます!」

「はい、どーぞ」

 既にお見合いではないけれど、こんな空間も好きかも俺‥‥成功?失敗?どうでもいいじゃん‥‥そんな気分だな。

「そういえば、しりとり、愛空ちゃん‥‥‥”し”で止まってたけど、思いついた?」

「もぐもぐ、んーーーー!?」

「はい、お茶‥‥‥羊羹で喉詰まらせるなんて‥器用な子だなぁ‥‥‥それで、”し”は?」

「し、死ぬかと思ったよ‥‥‥」



「‥‥‥お帰り、って埃だらけじゃん‥‥どうしたよ二人とも」

 恭輔サンが目を見開いて、埃を落としてくれる‥‥‥お気に入りのコートだったのに‥うぅ、差異に付き合うといつもこうだよ。

 差異は恭輔サンに何か呟いて、さっさとお風呂場のほうへ‥‥当主サン曰く”温泉完備です、えっへんですね”‥‥そこまでする?

 用意された部屋に恭輔サンの背中を追いながら戻りつつ‥‥この里では他の人間に会ってない事に今更気づく。

 人払い?やるねぇ‥‥江島の当主サン‥トン、額が何かに当たる‥‥恭輔サンがこっちを見下ろしてる、どうしたのさ?

「そういえば、沙希たち、何処で何してたんだ?正直に言って」

 恭輔サンの腰がゆっくりと折れ、こちらを夕焼けの光の中で真剣に見つめる‥今は言うべきことではないのだけれど。

 顎を掴まれて、捉え所のない感覚、疼くような、狂おしいようなどうしようもない感覚‥‥自分が好き、その感覚をさらに超える。

 好きだよ恭輔サン、だから秘密。

「さあ?‥‥僕たち、悪いことはしてないよ?‥‥一番恭輔サンが、良い状態にしたいだけだよ、嘘付いている僕?」

「‥‥‥‥‥‥‥沙希、こっちみて」

 もっと瞳を交わせと言われる、黒い”自分”の瞳に緑色の”自分”の瞳が溶け込むような一体感、体が熱い、微かに震える。

 息が荒くなるのを抑えるように体を抱きしめる‥‥‥最近、そういえば‥‥僕をあまり感じてなかったのが恭輔サンは不服、わかるよ。

 僕の頬を撫でる、差異ばかり最近は優遇されてるけど、僕も本当は同じように優遇されたい‥‥姉に嫉妬なんて、全てが完璧に出来た僕には相応しくない。

 秘めてる感情を理解された瞬間に、顔がカーッと紅潮してゆく、”僕自身”の恭輔サンにはキスをされても、何をされても恥ずかしくないけど。

 こういったのは‥‥駄目だよ、恥ずかしいし、怖い‥‥‥僕を差異より必要にしてなんて、死んでも言えない‥自分自身にすら恥ずかしい感情。

「沙希‥‥可愛いな‥‥今日、色々あったけど、構ってやれなかったのが、こっち見ろよ」

 最近自覚してしまった、微かな嫉妬の感情に‥‥僕は自由な心で生きている、矛盾‥もう捕らわれてるのはわかってるけど。

「恭輔サン‥‥‥どうしたのさ?‥‥‥やめて、おかしくなる‥‥恭輔サンが欲しくなるじゃないか‥」

「いや、ちょっとスキンシップ足りてないかなぁって‥‥さっき、自分じゃない女の子と話して、楽しくて、でも”一部”はどうでもいいなんて、そんなわけないじゃん‥‥って、ふっと思うときもあるわけだな」

 頬を舐められる、一部同士で嫉妬なんておかしいじゃないか‥‥もしかして、それも僕の役割なんだろうか?ずっと少しだけ思っていたものが浮き彫りになる。

『「わかったよ、”お姉ちゃん”‥‥本当、恭輔サンの一部の中で、一番独占欲強くて、我侭で、恭輔サンのためなら、僕でも殺すでしょう‥差異」』

 それは僕も同じだよ差異、恭輔サンのためなら、僕は差異を殺してみせる事も‥可能じゃないのかな?

「舌、出して‥‥‥差異にだけキスしてたの、嫌だったりするんなら、思って、思考して、言えば良いのに‥‥」

ピチャ。



[1513] Re[43]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/13 15:39
 そこは、最果ての地だとしても、何かがあると思ったんだ。

 産まれた、それを聞いて、飛んで、走って、精霊を引き連れて、ドアを開けた。

「うるさいね、騒がしいったらありゃしない‥‥勇者」

 彼方が皮肉な笑みを浮かべて、空中に浮遊している‥‥現界してたんだ‥無視しよう。

 オレは救いの子を求めて奥に進もうとして、肩を掴まれる‥‥ガラスの檻の城ではオレと魔王の戦いには耐えられるはずがない。

 睨みあい、ふっと思う、こいつはもう見てきたのか?火の名を持つ宴炎(えんえん)が威嚇するのを宥めて、問いかける。

「ああ、見てきたよ‥‥救いとはこの事だね、あの子により我々は救われる‥愛しい気持ちが芽生えたよ‥一目見て」

「‥‥お前にそんな感情があったほうがオレは驚きだけどな、今は誰かいるのか?」

「色褪と屈折が‥‥面倒を見ているよ、母親のほうは‥‥彼を否定したみたいだね‥直感的に感じ取ったみたいだ」

 その言葉に納得、常人から見れば‥‥いや、精神面で母子は繋がっているが故に、感じ取ったのだろう。

 その子の本質的に持っている力が常識などは欠片も無く、異端から見ても”異端”まさに救い手。

「‥‥‥オレが護ってやる、世界からその子が全てを否定されても、オレだけが護ってやる‥‥母親にでも何でもなってやるさ」

 カチャ、いつの間にか無意識に掴んでいた『世界』から手をはなす、それをおもしろそうに笑いながら、彼方はステッキをクルクルと回す。

 道化のような姿と、溢れ出る瘴気に精霊たちは怯え、オレに力を強制的に流し込んでくる、肉体の活性化と、実装精霊を。

 いつでも殺せる。

「‥‥貴様等、我輩の城で喧嘩はやめてくれ‥‥外でやれ外で」

 真冬を引きつれながらティプロが面倒はごめんだと、そのような表情でガラスの床からズズッと出現する。

 長い付き合いでわかるが、頬が少し紅潮している‥‥珍しい、怠惰に染まったこいつが何かに興奮するとは‥‥”あの子”が腹に宿ったとき以来。

 今夜は産まれたのだ、無理もない‥‥ふん。

「やあ、ティプロ、ボクは何もしてはいないよ?勇者と魔王の戦いに血の大系もなんて、笑えやしないだろう?」

「ふんっ、今は屈折がいるからな‥‥全員沈められて終わりだと我輩は思うのだがな、ラインフル、お前も柄から手をはなせ‥めでたい晩に、
血は無粋だと吸血鬼ですら理解しているのだからな」

「チッ、オレも‥‥早く会いたい、ドキドキしている‥‥‥彼方、その笑いをやめろ」

「‥‥‥‥じゃあ、ボクは名もない赤子へのプレゼントとして、同属から”一部”になる候補を選出するとしようかなぁ‥‥かわいいなぁ、本当に」

 瘴気がブァっと奴を包む、否定概念を何層にもしたガラスがそれに耐えられずにピシッと己に亀裂を入れる‥‥細かく飛んだ破片は蒸発するのが見える。

 消え行く奴の姿を睨みつつ、ティプロはコホッと咳をしながら”常識が無い奴だ”っと、真冬がすぐに乱れた髪を直している。

「はぁ、ろくな連中しか集まらんな‥‥‥ラインフル、お前‥‥珍しいな、顔が赤いぞ‥‥ふっ、”嬉しいのか?”‥‥我輩もお前も久しく忘れていた感情だな」

「‥‥‥‥わからないさ、実際に‥‥見てみないと」

 お前こそ顔が赤いじゃないかと思いながら、足を速める‥‥‥足を速める?‥‥そういえば、こんなに何かに期待して足を進めるなんて。

 忘れていたな‥‥精霊たちが嬉しそうに、踊る、みんなも、オレが喜んでいることをわかっているのかい?

「‥‥‥わからないさ」



「‥‥‥‥‥‥姉さん?」

 キスをした後に、気配を感じれば‥‥そこに姉さんが唖然と立っていた‥‥庭から進入って‥ああ、空から落ちてきたわけね。

 地面が凹んでるし、何より、姉さんがいると気づいた瞬間に遅れたように風が頬を撫でる、庭に積もった枯葉が舞う。

 舌を沙希の口から、”抜く”‥‥唾液の糸を右手で拭いながら‥‥何か怒ってるよ姉さん。

 枯葉舞う、オレンジ色に染まった世界で、眼がかなーり細くなるのが分かる‥‥えっと。

「姉さん‥‥久しぶり‥‥何かイギリスであったの?‥‥機嫌悪そうだけど」

 最近少し伸びてきたかな?‥と愚痴を言っていた銀の髪をすくい上げて、甘い匂いを嗅ぎながら、それだけを口にする。

 沙希の方は何処か、何かを思考しているかのように、虚空の瞳、可愛い奴だなぁ、今までより、”使おう”

「恭輔くん‥‥‥やっぱり、改めてみると‥‥オレを求めてくれないと悲しいな」

 とりあえずはサンダルっぽいのを履いて、庭に出る‥‥まだ高く舞い散った枯葉が空からパラパラと舞い落ちてくる。

 少しだけ幻想的な、ドラマ見たいな演出の中で、俺は久しぶりに”姉さん”と再会する‥‥ふむ。

 機嫌が悪く見えたのは気のせい?

「沙希、これ、姉さん‥‥‥っで勇者、もう一度、舌絡めないと起きない?」

「えっ、あ‥‥‥うん‥‥”勇者”って‥‥『世界調停任意者』の‥‥ラインフル」

 ”異端”の存在に有名人な姉さん‥‥笑い事のように、色んな”敵”と戦う人、敵とは魔女であり、魔王であり、怪獣であり、”悪い”異端である。

 それを狩る事を宿命とは言わないけれど、何故かは知らないけど、狩り続ける9歳の姉さん‥‥‥‥‥容姿が。

「ああ、君、一部なのはわかっているから‥‥‥でもあまり良くないだろう?恭輔くんからはなれて、ああ、お邪魔するよ」

「あっ、いらっしゃい‥‥‥もう一度、久しぶり」

 黒いブーツを脱いで‥‥手を差し出して引き上げる‥のではない、流石にそこまで‥‥手伝う程度で。

 マントに足を絡ませて転ばないように‥そんな心配をする俺‥‥‥あっ、『世界』の柄に携帯のストラップぶら下がってる‥不謹慎‥俺がプレゼントしたのじゃん‥‥サンダルを外しながら‥‥思う。

「うんっ!大きくなったねー、ってオレが会ったのも少し前だよね、でもやっぱ、この年頃は暫く会わないだけで‥‥いい男になった」

「‥‥‥抱きしめないで‥‥‥顔の位置がヤバイよ‥‥はぁ、もう子供じゃないから、姉さんのマントには‥‥おさまらないよ?」

「‥‥入れてみせる」

 何の意地だよ‥‥‥とりあえずお帰りと、腰を掴んでさらに持ち上げる‥‥姉さんは、怒らないで、嬉しそうに笑う‥‥さて、とりあえずは色褪に挨拶に行かないとな、俺の前では喧嘩もしないだろう‥‥‥それと、不安を抱える姉に良い情報。

「姉さん、お見合い‥‥失敗だから、怒んなくて良いよ」

「‥‥‥‥恭輔くん、姉さんは怒ってないぞ?‥‥‥いや、怒っているか‥‥自覚が足りないな、ごめん」

 首に絡められる小さな腕、色褪とは違って少し引き締まったソレを感じて、こんな少女に頼る”普通の人”ってどうなんだろう。

 少しだけ自分がD級でも、能力者は多く認知されてるけど‥‥それでも‥‥常人とは違う自分に喜びを‥姉さんと同じ世界にいるから?

 リィィィィィィィン、鈴の音よりももっと澄んだ気持ちのいい音が、耳を駆ける‥‥拗ねてる感じがした。

「世界も、久しぶり‥‥怒んないでくれ、忘れてたわけじゃない」

「世界、怒るな‥‥‥そこのお嬢ちゃん、君が恭輔くんの新しい一部だね‥‥そうだな、前の奴らよりは嫌いじゃない、キスは別だがね‥‥‥
色褪に会う前に、久しぶりに君と二人で話したい、このまま‥‥お散歩は?」

「軽い軽い‥‥軽すぎる、もっと飯を食べるんだ姉さん‥‥‥じゃあ、沙希、後頼むわ」

 サンダルを再度履きなおす、トントンと、これで転んだら洒落じゃないからしっかりと履いて、もう一度抱えなおす、軽い。

 空を舞っていた枯葉は、全て落葉に身を落とす‥‥‥‥シャリ、踏むと、砂とは違う独特の感触、子供の遊び、走るに相応しい感覚。

 都会の子供は不憫なのかも、これは、踏むだけでなんか楽しいぞ、子供の思考な俺。

「恭輔サン‥‥その人、なに?」

 こちらを、ゆっくりと睨みつけるように、俺にではなくて胸で抱えられてる勇者さまに、マントを丸めて包んでやりながら。

 体温を分け与えながら、もう一度の説明、一言。

「俺だけの勇者‥になってくれる人」

 シャリ。



 褪せた金髪は、彼女の日頃の苦労を俺に教えてくれるようで少し、息が詰まる。

 白い肌には、浅い傷跡がたまに目に入る‥‥何もして上げられない”弟”で”息子”のような俺。

 息が詰まるんだ本当に。

「どうしたんだい?‥‥オレの顔をジロジロと、久しぶりに会って、改めて綺麗だと思ってくれたとかなら、オレ笑っちゃうなぁ」

「姉さんは綺麗って外見年齢じゃないじゃん‥可愛い?って言ったら、怒るでしょう?」

「君だけは言ってもいいよ、許してあげよう」

 田舎道、田んぼの横を、先ほどは名前すら知らなかったお見合い相手と、今は全てを大体は知っているような姉さんと。

 夕焼けはもう消える、そんな、茜色の空に僅かに輝く星の光は、田舎の風景に溶け込んで、紅葉した木々と一緒に世界を染める。

 温い体温を感じて強く抱きしめる、そして一番の疑問。

「空からさ、いつもどうやって来てるの?‥‥聞くたびに、大きくなってからって、大きいよね俺」

「勇者の力、異論は?」

「ありまくりだけど‥‥‥ないで良いです‥‥吸血鬼は多分空飛べるけど、姉さん、一応は人間だよな、勇者って人間じゃないの?」

「さあ?‥‥オレは年取らないけど、人間だと思うのかい恭輔くん?」

「どうでも良い質問にそうやって貶める‥‥‥‥むーっ」

 完全に子ども扱いされる、気持ちのいい感覚‥‥‥やばい、俺は少しは大人になったんだ、そうだと思う、思いたい。

 意味も無く、少し腰を折り、地面にひっそりと生えてる、名も知らぬ花を千切る‥‥それを不思議そうに姉さんは見て。

 俺の意味のない行動を優しく見守るだけ、会話はしなくても満足らしい‥‥顔を上げる、ほら、狙ってた、俺も姉さんも。

 キスされた。

「‥‥‥‥‥あいつは一部、一部だったのに」

「口直し‥‥勇者の唇って、お姫様に捧げられるものだけど、オレのは昔から君に上げちゃってるし‥怒ってないと思ったかい?」

 少しだけ激情の篭る瞳に、さて‥‥‥どうしよう、軽んじて姉さんとはキスはしないように、そんなわけない。

 いつもされる、されるけど‥‥舌が噛み千切られそうなこの勢いは怖い、呼吸が詰まるのは苦しい‥嫉妬されて嬉しい。

 世界、止めなくて良いの?

 リィイィイィィィイィイィィイィイィィイィィン

「鞘から出ないと何も出来ない‥‥‥恭輔くん?」

 首元に絡む、俺なんかよりももっと強い力で、地面に倒れこむ、散歩って‥‥これが狙い?‥‥普通の恋愛できない俺がいるんだけど。

 姉さんのせいじゃないか?初めて思う‥‥‥こんな、嫌なのか嬉しいのかわからないのは‥ごめんなさい。

 ピチャ、ピチャ、単純な音を聞きながら、隠れるように、木の根に転がり込む‥‥熱い小さな舌を意識しながら、

 怒ってるなぁ‥‥どうしようどうしよう、誰か助けてくれ、やっぱ俺はまだ子供だと、変な自覚をしてしまう。

 強く頭を抱かれて、馬乗りの形、姉さんは何も気にせずに、存分に舌を絡める、勇者の姿にしては卑猥すぎる、唾液は甘く、危険な味。

「っぷはぁ‥‥‥わかった、ごめん‥‥ごめん、お見合いの誘いにも今度からは乗らないし‥後は何で怒ってるの?」

 新しく出来たであろう、薄い傷口を、頬に出来た傷口を舐め上げると姉さんは嬉しそうに微笑む‥‥‥まだ怒ってるのがわかる。

 笑い方が快活ないつもの‥違うんだ、怖いほどに、何か‥‥たまに見せる勇者様の中にいる魔王様‥‥俺には怒っていない。

 俺に関わるものに”怒る”

「君にはわからないはずだなぁ、ほら、舌を出してって、彼女に言ったんだろう?君も舌を出して‥‥もっと、舌を”出しなさい”」

 ベーッと馬鹿のように差し出しながら、このままではいけないと思う思考もあるわけで、寝転びながらキスされて空を眺めるなんて貴重な体験。

 このままでは着ているものまで剥がされそうだ‥‥今の姉さんを見たら、みんな‥‥はぁ、今のはため息ではなく、荒い呼吸音。

 短く切り揃えた、褪せた金を手で、何度も撫でながら、哀願する‥このぐらいにして、そう願う。

「許さない、君はオレのものだ、誰にも渡さないって小さなときに言ったよね‥‥勇者なんて、普通の人間と変わらない、君が誰かとキスをしたら、殺しても良いんだけど?それは、優しい優しい善人でも、オレは殺すよ、殺す、殺す、殺す‥‥勇者だからってしないと思ってるわけではないだろうに」

 赤いマントに顔が覆われて、キスの余韻にも浸れぬままに抱きしめられる、甘い香りと少しだけ荒い‥‥戦いの臭い、そのまま来たんだ。

 手袋に包まれた小さな手が俺の髪を撫でる、母親に抱かれてるような安心感と、口に残る”他人”の唾液の味‥‥‥甘いような独特の姉さんの感覚。

 辺りに、虫でもいたら嫌だなぁと思いつつも、どうでも良いような眠りの気配を、眠らないけど、眠たくはなるよ。

「‥‥‥‥‥恭輔をはなしなさいな‥‥お久しぶり‥‥ですね」

 ふわふわ、浮遊音のような独特の気配を感じる‥‥‥色褪‥‥‥ナイスタイミングのようで‥‥‥今の姉さんの嫉妬は、大半はお前のせいだよ。



[1513] Re[44]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2006/07/20 21:07
 気まずい‥‥気まずさで人は死にそうになる、間違いない、今の俺がそうだ。

 三人で歩く帰り道は重く、冷たい‥‥殺し合いをしないだけ助かるような。

‥‥‥何となく、小石を蹴っ飛ばして、気分を整える‥‥コロコロと転がり、草に絡まれ止まる。

 田舎ゆえに光は無く‥‥遠くはなれた家々からの僅かな頼りないソレで、道を歩く。

「‥‥‥気まずい‥‥色褪、あからさまに態度に出てるぞ」

「‥‥そう、ですか?‥‥だって、この人‥ヤですから」

 基本的に色褪は場の空気などは読まない、むしろ読めない‥‥だからこんな発言も平気でする。

 般若の面を外しているということは、先ほどのような”行為”をすると殺すという意味でよし‥怖い。

 赤い瞳は先ほどの夕焼けの世界などは、相手にならぬほどの威圧を込めているのだから‥‥。

「‥‥色褪、今回は恭輔くんが‥‥謝ってくれたから、殺さないが‥オレに2度は通用はしないぞ」

「‥‥‥‥恭輔、お腹がすきましたね、くーくーです、一緒にたべましょう、貴方は適当‥ですね?」

 何でそんな言い方しか出来ないのだろう‥‥姉さんはプルプル震えてる、微かに空気が歪む‥微かじゃない、確実に歪んでいる。

 俺にはわからないけど、何かが蠢く気配、もっと‥‥もっと集中すれば”掴める様な”気配を持つ”者”が見ている。

 わかるんだ。

「精霊掻き集めるのはどうぞ勝手に‥です、ふぁー、恭輔‥‥おんぶです‥‥よいしょ‥かなり力のある、あなたの11の実装精霊‥恭輔‥にんしき、してますよ?」

「‥‥‥‥くっ、調子に乗るなよ‥見た目が子供なだけで、恭輔くんに甘えるのはどうなんだよ”おばーちゃん”?」

「そっくりそのまま、年齢で言えばあなたもじゅーぶんです‥9歳児」

 何だか程度の低い会話の喧嘩、これならまだいいな‥‥しかし、さっきの気配は何だろう、凄く惹かれた。

 姉さんが何かをしているのは、言葉で理解して‥‥それなら、甘えるのはおかしいけど、聞いてみたら答えてくれるだろうか?

 凄く、凄く惹かれる。

「なあ、姉さん‥さっきの、空気の所、ふわふわしてるっぽいの何?‥見たい、出してみて」

「っあ‥‥‥そ、それは、だ、駄目‥‥‥あぁ、違うんだよ、オレは別に君の言葉を叶えられないわけじゃなくて‥あっ‥と、ごめんなさい」

 焦る、姉さんが焦るのは大変に珍しい‥‥俺が昔、この里に来たときに一緒に”隠れんぼ”をして、迷子になったとき‥‥迷子だったかな?

 とりあえず、俺は迷子とは思ってなかったけど、凄く姉さんが焦ってたのを覚えてる‥何の日だったか、そして赤いものが眼に入った記憶。

 赤いもの‥‥メールが、着信音、赤いものはすぐに消えてしまう‥‥そして、心の靄は晴れずに‥携帯を手に取る‥『屈折』‥‥‥‥‥トラブルはもう、いらないんですけど俺。

「恭輔‥‥どうした、ですか?」

「‥‥屈折、あー、あれだな‥‥何も見なかったことにしようと思う」

「‥‥消してしまっていいと思うけど、恭輔くん‥‥振り回されるの、苦手だろう?‥‥消したほうが、安全」

 二人の同意と、俺自身の意思で消去‥‥‥不確定要素はいらない、もう、沢山あるのだから‥‥‥出てこられても、困るし怖い。

 色褪は、屈折と仲が良いし‥‥でも、俺を困らせるところは嫌いみたいだし‥困らせるというよりは‥‥あの独特な空間が。

 姉さんは嫌っている‥‥昔から色々と助けたり可愛がってくれる他の『母親』とは仲が悪い。

 この二人はまだ、まともな方なのかと‥‥怖い想像をしてしまう‥‥怖い。

「ん?‥‥姉さん、そういえば、仕事は良いの?‥‥‥もしかして、サボっちゃった?」

「あっ、うん‥‥最近はそこそこ使える子もいるしなぁ‥‥‥鬼島みたいに、確実にいつでも派遣できる体制が羨ましい、人材に関しても能力者のほうが力を行使するのに‥マイナス要素が無いから、それに分類されないオレたちみたいな、昔から、過去からの力を行使する血脈は‥わりと面倒なんだよ?」

「つまりは、わたしや、恭輔のほうがゆーのう、有能なんです‥‥‥怖い眼で睨まれても、わたしは怖くないですよ?」

 はぁ、ため息をしながら家路へと‥‥‥さっきの気配が胸を離れないのは何でだろう‥‥鼓動は大きくなるだけ。

 色褪が微笑んだのが、見えた。



 与えられた部屋で、学校の友達にメールを送る‥こんな山中で結界内なのに電波立ってる、どんな理屈なんだろう?

 畳は、ゴロゴロと転がっても、何も服に付かない‥しっかりとしている、我が家のはいつになったら新しいのにするんだろう?

 この香りがあれば、今夜はスヤスヤと眠れそうだ、うん、安心‥‥ブルッ、突然のアレ‥‥暖房なんて無論ないこの部屋、寒いからかな?

 ガラッと障子を開けて、目の前に、”その子”が淡い湯気と一緒にスーッと‥無関心に、あまりの綺麗さに息を呑む。

 むかし、親に強請って買ってもらった西洋人形のような‥‥‥現実で眼にするには遠い容姿、微かに染まった頬が彼女が生きていることを証明していて。

「ん、客人か‥‥‥‥‥何処かであったかな?差異はそこまで、貴方に睨まれる覚えはないのだが?」

「あっ、え、えっと‥‥‥ふぁーーー、肌白い‥髪キラキラ‥‥‥眼なんて、宝石みたい‥‥‥い、生きてる?」

「‥‥失礼だな‥‥‥ああっ、恭輔‥‥お帰り、ん」

 見た目の静謐さとは違って、”彼”の名前を囁いたと同時に‥‥タンッと、駆ける‥向こう側から腰を叩きながら歩いてくる江島さん。

 ポフッと自然のように、それが本当に当たり前のように、彼の懐におさまり、こちらを見た‥冷たい表情とは違う、童女のような笑み。

 あどけない。

「差異、風呂上りか‥‥うぅ、寒かった‥ぎゅーだ、ぎゅー、抱きしめてくれ」

「ん、まったく、甘えたがりだな‥‥そちらは‥‥うん、勇者様まで来るとは、交友関係の幅の広さに差異は驚きだぞ」

「どうも、まさか、選択結果とはね‥‥なんだな、残滓たちのときと同じように‥‥怖いのを一部にしてるみたいで、オレとしてはどう対応してよいやら」

 さらに、彼女とは違う褪せた金髪を持った少女が入ってくる‥こっちもお人形みたいに可愛い人、白い肌が僅かに紅潮していて‥愛らしい。

 何処か真面目さを感じさせる短くサッパリと切り揃えた髪と、赤いマントが‥‥マント?

「‥‥‥ら、ラインフル‥‥本物だ」

 あまりに普通に”いる”ので、彼女が、少女があの『ラインフル』だとは気づかなかった‥‥憧れていた、ラインフル。

 悪を砕き、正義を愛する‥‥そんな売り文句が似合う少女、間抜けなほどに混雑な異端の世界においても完全無敵の正義の人。

 勇者。

「姉さん‥‥いい加減、手をはなして‥‥いや、嫌とかじゃなくて‥‥愛空ちゃんが、見てる‥‥」

 戸惑うわたしに、その視線に恥らうように江島さんが顔を真っ赤にしている‥‥あのラインフルと手を繋いでいる。

 小さな手にひかれながら、江島さんは必死にはなそうとして、ラインフルの眼が細くなる‥‥少し体が震える。

「ああ、この子が‥‥ふーん、オレと手を繋ぐのを嫌がるなんて、初めてだね恭輔くん」

 初めて聞く彼女の声は、何処にでもいる子供のような、しかし舌足らずなどではない‥‥逆に子供らしくないしっかりとした言葉。

 不思議な矛盾。

「‥‥うっ、睨まないでくれよ、お、俺だって高校生なんだから、こうゆうのが年下の女の子に見られるのは、えーっと」

 あたふたと、年下に見える少女に、良いように遊ばれる江島さん、それを優しい瞳で、意地の悪い笑みを微かに見守るラインフル。

 うぅ、実際に話すときは呼び捨ては駄目だよね‥ど、どうしよう、ファンだったりするわけで。

「うんうん、まあ、その可愛さに免じて、仕方なく手をはなしてあげようかな?‥‥やあ、君がお見合い相手の‥‥”息子”がお世話に」

「む、息子じゃねぇって!ちょ、ち、違うから!昔からの知り合いなだけで、あっ、えっと」

「‥恭輔は、わたしの孫であって、あなたの息子さんではないですよ?そこのところ、とても大事‥ですよ?」

 ふよふよと不機嫌そうに、江島さんの周りを浮遊するご当主さま‥‥お人形の国?‥‥凄い思考が、だってみんな。

 お人形さんみたいに綺麗で、うわー、っと、えっと、こ、これはレアだー、そんな事を急に思ってしまい、携帯、携帯。

 カメラモードっで、ぽち、カシャ。

「よしっ!」

「‥‥いや、何がよしっなのかは聞かないけど‥‥‥差異、首、寒いから」

「ん、こうか?」

 見たことも無いような綺麗な少女に抱きしめられて、人類の勇者さまに手を引かれて、フワフワと周囲に江島の当主さまを引き連れて。

 えっと、もしかしたらこの人が一番変なんじゃあ?

 正解。



 部屋に戻り、差異と幾らか選出した書類に眼を通す‥‥事務系っぽい仕事は得意じゃないんだけどなぁ、舌の感触、にやける。

 キャラじゃないって、僕のキャラ、僕のキャラ、ひ、必死に思い出して、深呼吸‥‥‥大丈夫だ、僕は正常、正常に恭輔サンの一部。

 少し汚れてしまったコートを脱いで、いつもの黒いカッターシャツのボタンを幾らか‥‥ふう、疲れたね、まったく。

 『欄9999-111』‥‥単純な理由、まあ、表紙が妙に使い古されていたのと‥‥後は差異の直感‥いいのかな、こんなんでさ。

 眼を通す‥‥ジジッ、小さな蛾がパタパタと‥‥気にせずに本に眼を通す‥全部には眼を通さない、手垢があるソコだけ。

 染みになってる。

『落ちる歪彌(ゆがみ)‥‥江島の初代なりしは不死を体現せし‥‥さらには、血統による力の制御を実現、これにより、栄光たる、直系の流れを汲む。さらには最果(さいはて)、等異音(らいおん)のように、異なる異端も生れ落ちる‥‥これにより、これにより更なる力の具現、能力者とは根本的に異の力そこから恋世界のような理念の歪み落ちた化け物も生誕‥‥恐ろしき思考と、他を渇望する精神は螺旋の如く歪み落ちる‥‥さらには近親による実験台‥何度も血の配合を繰り返し、繰り返し、100回のソレの後、開園(かいえん)と清音(きよね)との”女”の配合により悲恋(ひれん)と『残滓』が産まれ落ちる‥失敗、残滓の制御は不可能、さらには、いつの頃から実現したるは現当主‥‥‥歪彌の名を変えたものとの考えは否、さらに過去より江島に寄生する化け物なりし‥‥‥残滓の失敗を踏まえ、能力者のみの覚醒は不可能と、他なる異端の血統との配合を立案‥‥それにより稀代の能力者『屈折』の製造に成功‥しかし、単純な思考回路と他を認めぬ心の壊れ具合、これもまた失敗、失敗ばかりのコレに付き合わされる‥‥恐ろしき化け物を創るだけの実験には、吐き気と、眩暈が‥これは単純なる私の愚痴なのだろう‥さらに、血を分け与える双子であり、それを比較対照にした事も過去‥ある、残骸、腐乱‥‥二人の姉妹、互いに永遠に憎しみ合う思考に落ち着く‥他を認めえぬ感情にまた失敗‥‥‥肉体強化のみの血液配合‥‥縷々癒(るるいえ)‥失敗、精神の正常化を‥精神の比較的にまともな血の配合の羅列、愚行(ぐあん)‥‥失敗‥皆不老不死ゆえに何処ぞへと消え行く‥‥サンプルの欠如を確認‥‥当主の血液では”具現化”は不可能なのか‥‥女子のみの家系にここで疑問‥‥生れ落ちる確立の低さゆえに‥もしや、そこに封印概念と否定概念を発見‥‥もしや、もしやと‥興奮がやまぬ‥‥これに気づき‥当主に進言‥赤い月のような笑顔に魅入られる‥‥思考が鈍る‥‥当主は最初から気づいてた可能性を配慮、精霊の理念を叩き込み、能力者の新たな可能性を開くために苦皆死(ぐみし)‥このデータは他に活用は不可能‥母の腹を食い破る血の赤子‥‥8歳の時‥当主に右目を抉られ逃走、失敗。失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗‥‥‥当主の血液をさらなる活用、力なしの子供を製造‥‥我等が渇望の理由に気づき、賢い子‥力はないが賢い子‥‥毅然とし、理知的で、行動力のある、生命力溢れる子‥捨て置けとの当主の命令‥‥‥里を去ったみたいだ、サンプルに使えたやもしれぬと思うと心が痛い‥‥破壊と名づけた子、名の通りに破壊を司る神の子‥‥当主の命を護るためにと‥‥しかし、気に食わないと、右手を”消され”川に捨てられる‥自分のお子を‥‥再度、恐ろしいものだと実感。外なる子が‥‥力なしの子が、どうやら子を産んだらしい‥‥‥‥『失意』と名を与えた当主のお子が異常な執着を見せる‥4歳の時に里を脱走‥ん?ん?‥当主は他の異端の王と、どうやら力なしの出産に付き合ったらしい‥‥‥しらない、私は‥‥そのような事実、初めて知った‥‥まさか、まさか‥この長き実験は‥‥騙されている?‥自分‥もまた当主の子‥ゆえに‥』

 パタンッ、眼‥‥いたーっ、頭がグラグラするね‥‥まったく、今ので1ページも読めてないって‥‥どうなんだろう一体さ。

とりあえず読んだ内容を反芻する‥‥‥‥わかんない‥けど、うん、恭輔サンの名前すら出てないし‥‥長いね。

『血の大系が名を授け、名を”恭輔”これが産まれ落ちると同時に、当主の真なる血族が要求‥‥彼を求める事を確認‥私の創りだしたいものではないが、これは?【歪彌】に求められ、当主は反抗、海が”褪せ”山が”歪む”その結末は不明、【最果】の眼が狂ったように霞み、『恭輔』へと‥しかしながらこれも失敗、血族の争いだと、わからぬ、わからぬままに、世界は歪む、【等異音】は狂った哄笑と夜に消える、里のSS級のランクが28人殺害、当主は笑う、笑みが深くなる、里全体を包む死の気配に震える、【恋世界】、鬼島を独自に展開していた少女、何処か虚空の瞳で『恭輔』と名づけられたものを見つめ、無言で、去り行く、涙を流す様子ははじめて見る、当主の笑みはさらに深い、開園と清音、何か独自の企みにより己の子である【残滓】を幽閉、【悲恋】は力量をのばし、鬼島へと、どうか幸せになって欲しい‥里を抜け出せたようで羨ましい、当主の眼はさらに赤くなる、【屈折】はどうやら出産に立ち寄ったらしい、幼児性と計算高い瞳のままで微笑む、里を去るようだ、血が薄くなる、里の全体的な当主の血が薄くなるのに不安を感じる【残骸と腐乱】の双子は、片方を殺すために続けるべき戦闘行為をやめる、どうしたのだと?と問うと「その子が間にいれば、殺しあわなくてすむ」、またも『恭輔』、疑いが強くなる。【縷々癒】壊れた、完全に精神崩壊をした彼女を屋敷の地下から当主が連れ出す、壊れたように笑う彼女に護衛役の能力者6名が発狂、精神を粘土細工のように弄られたらしい、『恭輔』に会う、笑うのをやめ、意識の光が灯ると同時に、その晩に失踪、この際に当主へと、不安を言葉にしたならば、指を千切られる、何かが起こっている、常人の思考を模写した【愚行】は赤子を見ると顔を青ざめさせ、後に精神データを見ると改善されたことが確認され、『恭輔』と名づけられたそれに恐怖、しかし、まさかと疑いは恐怖へと変わる、私は利用されていたのかという恐怖。高位精霊との配合で産まれた【苦皆死】精霊たちに連れられて世界の空へと消えたと思っていたら、神の名を持つ『ヒドゥゥン』を従え里を襲来する、血の契約を交わした事実に驚き、成功例の一つに認定、しかしながら、彼女もまた『恭輔』と名を与えられた赤子の頭を撫でたのみ‥‥それだけのために、里の優良な若者41名との交戦の後に、全員死亡、当主と2度だけ言葉を交わし逃走、僅か、彼が産まれ、1ヶ月で江島の純血統者が何かしらの行動を見せる、データは取れるが、不安は残る、【破壊】も同じデータがとれるのだろうか?異端組織にさらなる追撃を要求しよう【失意】と名を持つ当主のお子は遠くの、遠くの世界にて『恭輔』のためにと、そのような簡素な手紙、当主はその日に老人も含めた21人の人間を気まぐれに殺した、頭が狂いそうになる実験の日々の終わりが来たらしい、彼が、恭輔が、【救いの子】、私の、当主の血によって製造した”者”は、彼のための」

パタンッ。

「‥‥‥ふーん、さて、紙に書いて、後のも読んで、纏めるとしましょうか♪」

頭が痛くなるような、狂った文体‥‥だって、この字さ‥‥血で書いてるもの。



[1513] Re[45]:境界崩し
Name: 眠気
Date: 2005/12/19 12:20
「母さんッ!あたしは”普通”として産まれたのに、何でそうやって生きる道を選ばせてくれないの?」

 鋭い瞳で睨みつけられ、何も言わずに‥‥浮く、賢い子‥力は無いけど、江島の気質を良く受け継いでいる‥‥‥普通に産んだ、普通の子、それだけの子。

 力が無くても愛しい我が半身には違いない、だから微笑んでやる。

「あなたは‥‥江島以外の外の世界をみたことが‥‥ないでしょう?」

 赤い瞳でゆっくりと、宥めるように‥‥‥力が無くて里のものに馬鹿にされていることも、全てわかっている。

 だが、手放すには‥あまりにも手をかけすぎた、それは愛しいという感情‥この身とこの精神で子を愛するとは、笑い話にもならない。

「それでもっ、あたしは嫌なんだッ!みんなおかしい、力ばかりの世界じゃないかここは!母さんが何をしててもあたしには関係ない!」

 鴉の羽のように、美しい黒髪を振りながら、唾が飛ぶのも気にせずに叫ぶ、耳がいたい‥‥です、あー、ガンガンします‥‥さて、どうすれば、そんな馬鹿なことを言わないで、くれますね?

「京歌(きょうか)‥‥‥かーさんは、何もしてませんよ?‥‥沢山の人間が、生まれ、産まれ、死んで、シンで‥‥あなたも、その中のわたしの、つくった‥‥そうですね、玩具ですよ?」

「ッ‥‥だったら、何で力を、力をくれなかったのよ!‥‥この里で、直系で力がないってどうゆう事かわからないわけではないでしょうに!
何で、何で‥‥‥」

 ポロポロ、涙を流す彼女に、愛しさと、壊してみたい‥‥血が見てみたいと屈折した感情が胸に‥‥おもしろい、ですね。

 娘の血が見たいなど。

「‥‥さあ、それは、わたしにもわかりません‥‥あなたが力なしとして生まれたのは、悲しいけど、うんめいですよ?」

「嘘だっ!他の人たちは、みんなッ!みんな凄い力を持っているじゃないか!何であたしだけ!」

 ”力なしの子”‥‥それがプライドの高い彼女の精神を侵食しているのはわかっているのですが‥‥あなたには、その賢い頭と優しい心と、溢れる生命力‥‥そして”常人の思考”があるのに‥‥‥‥せいこうです‥‥つい、笑ってしまう。

「気にしないことですよ、そんなこと‥‥里の者の‥‥”ゴミ”の言うことを気にするなんて、わたしの子らしくないですよ」

「ッ!?」

 近寄って、頬を撫でてやる‥‥白い肌に、肩まで伸ばした真っ直ぐな黒髪……年齢はまだ固定されてない‥‥わたしより見た目は年上になっちゃいましたね。

 黒い瞳を覗き込んでやる、そこには赤が映る、わたしの赤‥‥鮮やかに笑うわたしの姿。

「か、母さん‥‥」

「あなたを、生み出したのは‥‥わたしのコピー品をつくりだすためではないですよ?‥‥愛する対象をつくるためです‥‥あいしてますよ京歌」

「‥‥あたしは‥‥あたしはッ!」

パンッ、手を払われる‥‥ヒリヒリする手の甲を押さえて‥‥‥はじめての反抗ですか、反抗期‥‥むむっ。

「あたしは母さんに愛されるだけの対象じゃない!あたしは江島京歌だッ!誰かに、誰かに愛されるだけの対象でなんかいてやらないんだっ!
あたしは、あたしは自分だけで、自分だけしかいらない!あなたは、母さんは!」

「そーですよ、わたしはあなたの母親です、母親が娘を愛するのはあたりまえ‥‥ですよね?‥‥母親は、娘を愛したいがために、子供を愛したいがために産むのですから」

 言葉の羅列、中々に感情を乗せるのは難しい‥‥‥‥はて、伝わったでしょうか?‥‥‥‥京歌は、疑わしいものを見る瞳。

 本当に賢い子、でも、涙があれば…それはただの弱虫さんですよ‥‥無言で去り行く少女の背は、わたしの娘。

 限界‥‥ですかね?



 チリン、鈴の音が聞こえる‥‥遠くに聞いたあの日の鈴の音‥‥何だったろうか?

 月が見える、眩しいまでの蒼い光を放つ月の洗礼を受けて‥‥ああ、子を‥‥あたしのような人間が子を産む。

 くくくくくっ、笑みがこみ上げてくる‥‥何か利用されているのはわかっている‥あの”人たち”はあたしの子を使って‥何かを企んでる?だから‥‥‥それを知るためにも、やっとわかる、あたしが生まれた理由…意識が朦朧とする。

 首につけた鈴の音‥‥‥‥緑色の鈴、安っぽいメッキの煌き……幼い頃、母さんに駄菓子屋で買ってもらったソレ。

 あたしはやっぱり母さんから‥‥逃れられないのだろうか?‥里を出て、愛する”あの人”と出会い‥‥子を生して。

 そして、捕らえられて、ここにいる‥‥‥‥眼を凝らすとフヨフヨと興味深そうにあたしの周りを浮遊する何か、その存在感の強さ‥‥ラインフルさんの実装精霊かな‥‥先に駆けつけたのだろう、気が早いことで。

 まだ子の顔は見ていない‥‥母さんが‥‥連れて行った、何を思考しているのかまったくわからない‥‥何だかモヤモヤする。

 ただ、そう!子が産まれたときの、あの産声は覚えている!耳元からはなれない!素直に‥‥素直に嬉しかった…仮初の愛しか‥‥与えられなかったあたしが‥あたしがちゃんとした母親になれるだろうか‥‥怖い、少しの恐怖…あたしの中には母親といったら‥‥あの人の思い出しか無論ないわけで。

 わからない、でも、しっかりと愛する覚悟はある‥‥母さんのように仮初のような、チリン‥‥鈴の音‥‥でも、仮初でも‥‥愛してくれていたのかな?

 ガチャ、ドアの開く音‥‥‥‥‥‥誰だろう、この城で誰だろうってあたし‥‥おかしいの、”化け物”しかいないじゃないか‥‥苦笑。

「‥‥がんばりましたね、京歌‥わたしの下を去って、そうですね‥‥みますか?あなたの子供で、わたしの”孫”ですよ」

 あたしが物心をついた時から一つも変わらない‥‥可憐さと、愛らしさを持ちながら微笑む母さん‥‥赤い瞳が優しくあたしを見下ろす。

 チリン、頷くと鈴の音が‥‥母さんは”おやっ”と眼を開けて、それから嬉しそうに微笑む‥‥覚えててくれたのかな?‥どうなんだろう。

 青白い月の光に照らされた母さんは、本当に女神のようで、でも、この人が嫌いになって、愛してくれないから‥だから、里を去ったあの日の記憶。

 頼れるものもなく、何も無かった、がむしゃらにバイトをして、働いて、男の人がするような仕事も沢山経験した‥‥少し自慢だった白くて小さい‥母さんが紅葉のようですねと笑ってくれた手のひらも、すっかり荒れてしまったし‥‥‥‥そう、色々あったんだよ、母さん。

 でも、何で”今更”‥‥‥あたしを必要とするの?‥‥子供が出来たから?‥‥わからない、早く理由を‥理由を、教えてよ。

「これが、救いの子‥‥ご苦労様です、あなたを産んで、本当に”良かった”‥この子を”生む”ために、わたしはあなたを”産み”ました」

 言葉と一緒に、暖かそうな布に包まれた‥‥‥ゆっくりと上半身を