Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
東京電力福島第一原発事故の賠償策をめぐり、政府内での検討が大詰めを迎えている。だが、伝えられる中身は腑(ふ)に落ちないことばかりだ。被害の全容がつかめないなかで、東電の[記事全文]
国際結婚が破綻(はたん)した時の子の扱いを定めたハーグ条約加盟への検討が政府内で進んでいる。一方の親が16歳未満の子を無断で国外に連れ去った場合、元の居住国にいったん戻[記事全文]
東京電力福島第一原発事故の賠償策をめぐり、政府内での検討が大詰めを迎えている。だが、伝えられる中身は腑(ふ)に落ちないことばかりだ。
被害の全容がつかめないなかで、東電の負担に上限を設けるかどうかといった関係者の利害調整ばかりに焦点があたった。
政府は東電に対して厳しいリストラ策を求めてはいるが、上場企業としてこれまでどおりの経営を続けることが大前提になっているかのようだ。
繰り返すが、賠償策を考えるにあたり、政府が急ぐべきは、被害者に対する支払いが迅速かつ十分に行われるようにすることと、管内への電力供給が滞らないようにすることに尽きる。
決して東電を「守る」ことではないし、今の事業形態が維持できなければ、賠償や電力供給が実現できないわけでもない。「東電にしっかり支払いを履行させる」という国の関与さえ明確にしておけば、工夫の余地はいくらでもある。
そもそも東電問題は、わが国の電力・エネルギー政策と不可分な関係にある。もっと大きな構図の中に位置づけて論じられるべきだろう。
地域独占に守られながら政治や行政と強く結びついてきた電力産業をこのままにしていいのか。今後も原子力発電を続けるのか。その場合、今までどおり各電力会社に運用を委ねるのか。それとも切り離すか。使用済み核燃料を再利用する核燃サイクル事業に投じてきた資金は使えないのか――。
こうした論点を整理し、方向性を打ち出すことで、東電の具体的な負担能力が見えてくるはずだ。事業収益や資産売却で、どの程度の支払い余力が見込めるのか。具体的な根拠に基づいた判断が求められる。
その過程では、当然ながら株主の責任も問われるだろう。金融機関についても、震災後の緊急対応融資を除く一般債権について、何らかの負担を求めていくことになる。
それでも最終的に賄い切れなければ、電力料金の値上げなどを通じて国民負担となる場合もある。そのためにも、丁寧な手順が必要だ。
菅直人首相は10日の記者会見で、エネルギー基本計画を白紙に戻し、自然エネルギーの開発に力を入れていく考えを表明した。今の10電力体制のあり方も議論の対象にすべきだ。
電力改革は過去、何度か試みられては挫折してきた。今回のような未曽有の危機は、大胆な改革のメスを入れるチャンスでもある。
国際結婚が破綻(はたん)した時の子の扱いを定めたハーグ条約加盟への検討が政府内で進んでいる。
一方の親が16歳未満の子を無断で国外に連れ去った場合、元の居住国にいったん戻し、その地の手続きに従って子の面倒を見る者を決めようというのが条約の骨子だ。欧米を中心に締結を迫る声は強く、結論を出す時期は近いとされる。
加盟国は80を超え、「日本人に子を奪われた」と問題になっている事例は約200件にのぼるという。国際社会における日本の地位や他国との協調を考えれば、いつまでも決断を先延ばしするわけにはいくまい。
歴代政府が慎重だったのは、夫の暴力を耐えかねて子と一緒に帰国したという日本人妻が少なくないからだ。異国に戻り、不慣れな言葉や法慣習の下で主張を貫くのは容易でない。
だが、子を連れ去られた側に視点を移せば事情は一変する。日本人がその立場に置かれている例もある。それまで暮らしていた国で関係を清算し、子の処遇を決めるという考え自体には一定の合理性がある。
もどかしいのは、この問題が政治日程にのぼって相当の時間が経つのに、「加盟後」の姿が一向に見えないことだ。
引き渡し要請がきた場合、どの機関が責任をもち、どうやってその子を捜し出すのか。条約は、子に「重大な危険」が及ぶ場合は返還を拒めるとするが、国内でどんな法律を制定して保障するのか。抵抗された場合、いかなる手段をとるのか。加盟諸国は実際どのように対応し、問題は起きていないのか。
細部までの設計は無理としても、不明な点があまりに多い。海外に住む日本人の保護と支援は政府の重要な仕事だが、加盟後の取り組みも判然としない。弁護士らから「外交とりわけ対米関係を気づかうばかりで国民の方を見ていない」と批判の声が上がるのも理解できよう。
この条約は一見、国境を越えた結婚をした人だけに関係するもののように映る。だが考えを進めていくと、離婚後の親子関係をどう築くか、子の意向をどうくむか、子の利益を最優先で考えるとはどういうことか――といった普遍的な問題が浮かび上がってくる。親権のあり方や養育費の支払い確保策など、国内の制度に将来影響が及ぶ可能性も否定できない。
政策決定の過程で情報が適切に開示されない傾向が、民主党政権には往々にして見られる。親子や家族の間に深刻な混乱を招きかねないテーマだけに、十分な説明と手当てを求めたい。