「また誤発注なのか…」。3月下旬、東京都在住のあるベテラン個人投資家(60)は株価を映すモニターを見ながら苦々しげにつぶやいた。
注目したのは保有している電通株の値動き。前場の寄り付きに前日比9%安と急落、その数分後、今度は大量の買い戻しが入り、株価は前日終値近辺まで一気に戻した。
■“犯人”はアルゴリズム取引
「この1年ほど、市場ではこうしたわけの分からない値動きがしょっちゅう起きる。振り回される我々には迷惑千万だ」。その個人投資家はうんざりした表情で語る。
わずか数分のうちに株価が急騰・急落する現象を「スパイク」という。そのスパイクが東京市場で頻繁に見られるようになったのは、東京証券取引所が高速・大量処理の株式売買システム「arrowhead(アローヘッド)」を稼働させた2010年1月以降のこと。そして、スパイクを引き起こしている“犯人”は、コンピューターのプログラムが自動的に売買する「アルゴリズム取引」というのが市場の定説だ。
アローヘッドは注文の処理速度を従来の1000倍に縮めるとともに、株数の処理能力も大幅に高めたシステム。2004年ごろから世界の市場ではやり始めたアルゴリズム取引に対応し、海外マネーを東証に呼び込むのが大きな狙いだった。もくろみ通りにアローヘッドの稼働後、海外ヘッジファンドなどアルゴリズム取引を駆使するマネーは大量に東証に流れ込んだ。
なぜアルゴリズム取引が株価の急騰・急落をもたらすのか。野村総合研究所の加藤大輝・投資情報サービス事業部主任コンサルタントは「コンピューター取引といってもプログラムを作るのは人間。プログラムのバグ(不具合)が誤発注につながっている」と話す。
「わけが分からない値動き」は誤発注ばかりが原因とはいえない。多くのヘッジファンドなどが採用するアルゴリズム取引は、短時間に大量の売り買いを繰り返し、小さな利ざやを積み重ねていくスプレッド取引が主流という。東証のアローヘッドのような高速・大量処理の売買システムが可能にする手法で、プログラムは過去の株価の動きやリアルタイムの板情報(売買の注文状況)などのデータを判断材料に注文を出す。企業業績などのファンダメンタルズは無視されることが多く、だから、なぜある銘柄が買われるのか、売られているのか、一見すると「理由のつかない売買」と受け止められる。ある証券会社のベテランディーラーは「まるでレーダーで捕捉できないステルス機と戦っているようだ」と嘆く。