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プールの横を歩く。フェンスの向こう側の景色の写真を撮る。2匹の犬を連れた年配の男性に声をかけられる。世間話をする。犬の写真を撮ってもいいですか、と訊ねる。ええけんが、犬なんか撮ってもどうしようもねえだろ、あっちの松の写真を撮ってくれよ、と言われる。犬を撮る。伐採された松林の話、原発の話、犬の話、血統の話、道路拡張の話。公共工事の話。あいつらどうしようもねえ、結局利権とカネだ。松の写真を撮ってくれよ、と言われる。残しておいてほしいんだ。自然の話、山の話、犬の話。ありがとうございました、と言う。松を撮ってくれよ、じゃあな。2匹の犬と男性が遠ざかる。歩く。歩く。血統のことを考える。血統書付きのある2匹の犬たちを思い出す。彼らはどうしているだろう。歩く。歩く。やがて来るであろう震災を思う。逃れられないだろう、と思う。そうなったら、そうなったら。たぶん死んでしまう。テレビで何度も見た、津波に飲まれた町の風景を思い出す。間に合わないだろうと思う。そうなったら、そうなったら。誰があのひとにわたしが波に飲まれたことを伝えるだろう。歩く。歩く。わたしがいたことなんて、と思う。わたしがいたことなんて多くの人々にはどうでもいいことだ。歩く。歩く。松を撮らなかったことを思い出す。歩く。
猫をみつける。何年か前によく撮っていた猫に似た猫だ。子どもかもしれないと思う。少し離れたところで年配の女性と男性が話をしている。彼らのそばに、ヘンリー5世とわたしが勝手に名付けた、鼻先に皮膚病を患っている猫をみつける。何年か前によく撮っていた猫に似た猫の写真を撮る。別の方向から若い女性が茶色の猫と一緒に歩いてくる。何年か前によく撮っていた猫に似た猫の写真を撮る。若い女性と年配の男女が挨拶、世間話。茶色い猫がわたしの近くに来る。撮る。ふと見ると、ヘンリー5世がどこかへ行ってしまう。ああ、と思う。2匹の猫を撮る。若い女性がどこかへ行く。年配の男性と女性が世間話をするのが聞こえる。猫を撮る。「写真家にでもなるんかい?」男性がわたしに声をかける。いえ、写真撮るのが好きなんで、と答える。わたしは口のききかたを知らないな、と思う。女性が、茶色の猫に「クロ」と声をかける。以前は黒かったのにいつの間にか茶色になっていたそうだ。クロは臆病だから知らない人をひっかくかもしれない、気をつけな、と言われる。猫だったらあっちのほうがいっぱいいるよ、と教えてもらう。どうせなら連れてってくれよ、本当にそう思うんだ、と二人が口を揃えて言う。ありがとうございましたと言って、彼らが指した方向へ歩く。いつか友人が言っていたことを思い出す。猫に餌をやる身勝手、撮る身勝手、などについて。猫を見つける。撮らないで歩く。歩く。歩く。 住宅が並ぶ細い道を抜け、海岸沿いの自転車道に出る。海を見る。歩く。自転車の子どもが通りすぎる。次に父親らしき人がやはり自転車で通り過ぎる。ある親子のことを考える。元夫と息子たちのことを考える。父親、母親。立場。事情。別のある親子のことを考える。事情。立場。感情。関係。ああ、と思う。ああ。 中途半端は嫌いだ、と思う。しょっちゅうこみ上げてくる怒りがまたやってくる。怒りは無効なのだ、どうせどこにも行き場がないのだ、と何度目かで思う。悲しくなる。少し泣く。歩く。歩く。どうせ、どうせ。声は届かない。 浜を見る。歩く。歩く。さっき通った道の横に出る。さっきの年配の男女を自転車道の上から見かける(彼らはさっきと同じところにいた)。猫たちがかたまって丸くなっているのが見える。ああ、と思う。歩く。歩く。プールサイドの監視台に鴉。飛び立つところが見たいと思う。しばらく眺めているけれど動かない。あきらめて歩きだした途端、鴉が飛ぶ。ああ、と思う。自転車道を歩く。自転車道の下に浜昼顔(たぶん)と紫色の花(名前は知らない)が咲いているのが見える。階段を降りる。砂浜に咲く花を見る。「はまひるがおのちいさなうみ」の話を思い出す。撮る。撮る。写真を撮る人間と踏みつけられる花のことを考える。気をつけても花を踏みつけてしまう。わたしは花を踏みつける身勝手な人間です、猫を撮る身勝手な人間です。撮る。やめる。歩く。砂の上に出る。ざく、ざく。 長い手紙を書こうか、と思う。何のために?どうせ、と思う。どうせ。どうせ。砂の上を歩く。ざく、ざく。ざく、ざく。どうせ、どうせ。 波打ち際へ行く。新しい携帯電話で動画が撮れることを思い出して、カメラをバッグにしまい、携帯電話のカメラを起動する。波を撮る。撮ったものを見る。波を撮る。波が浜を洗っていく。猫は波打ち際には来ない、波打ち際に足跡を残すことはないのだ、と思う。撮ったものを見る。波を撮る。撮る。足元に波。あわててバックして逃げるが間に合わない。地面に少しだけ顔を出しているテトラポットにつまづきそうになる。足が濡れる。波が足を洗う。ああ、と声が出る。馬鹿だなあと思う。少し笑う。反射的に、帰らなきゃ、と思う。波に背を向けて砂浜を歩く。階段をのぼり自転車道を横切る。車に戻る。エンジンをかける。走り出す。波打ち際は楽しかった、と思う。戻ろうか。どうせ濡れたのだから、もっと足を浸していればよかったのだと思う。でも戻らない。車は走る。走る。冬の海に足を浸したことを思い出す。何も変わらない。変わっていない。悲しくなる。波の感触を思い出す。戻ろうか、と思う。戻りたいと思う。でも戻らない。どうせ、と思う。一体お前はどうしたら満足するのだと考える。車は走る。願い事は何?どうなってほしい?どうなりたい?車は走る。どうせかなわない。どうせ。どうせ。 家に着く。足と靴を洗う。靴を干す。パソコンをひらく。携帯電話から動画をうつそうとして、なぜか消去してしまう。馬鹿だなあ、と思う。知ってるよ。馬鹿だ。 |
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