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[27644] 【ネタ・オリジナル】Mystic Lady
Name: ダイバー・リュウ◆97526bd0 ID:a5f77071
Date: 2011/05/09 12:06
※「小説家になろう」にも投稿している作品です。元々はニコゲーの日記に投稿していたモノです。


第一章『遺跡の中で見つけたモノ』

「…ここは…何処?」

 気が付くと彼女は、見慣れぬ風景の中にいた。

「驚いた…。まさか、生きてるなんて思わなかったぜ。しかも言葉が通じると来たか」

 不意に横から声がした。見るとそこには一人の男が彼女を見ている。その青い目は驚きと好奇心と多少の安堵に満ち溢れていた。

「ねぇ、ここは何処なの? どうしてわたしはここにいるの!?」

「…質問は一つずつにしてくれ。あと、あまり見つめないでくれるかな? …照れるから」

 そう言われ、女は視線を逸らした。

「君の名前は確か…おっと、こういう時は自分から名乗るのが礼儀だよな。えっと…お初にお目にかかります、私は彩田琉之助(さいだ りゅうのすけ)、この船『カレッタ号』の船長をやってる者でございます……っと、こんな感じで良いかな?」

「船? カレッタ号…?」

「…そう、船。ここは、海の上。理解、出来る?」

 彼女は首を傾げた。

「どうして、わたしはここにいるの?」

「ふむ、良いだろう。それを説明するには、ざっと数時間前まで遡らないとならないな」


~青年回想中~

「エリアβ、座標確認!」

 操舵室の中で一人、青年が声を上げる。この船に、彼以外は誰も乗っていない。

「ダイバースイッチ・オン!」

 彼がスイッチを入れると、たちまち船の形が変わり、水中に潜っていく。水深150m付近で、船のサーチライトが周囲には決まった形の岩を照らし出す。ここが今回の目的地の海底遺跡、通称“エリアβ”である。

「ふむ…、先客が多いな」

 遺跡には、他にも多数の船が止まっていた。この遺跡の古代文字はつい最近になって解読に成功した。つくづく考古学者達には感謝せねばならない。…お陰で遺跡が同業者でごった返しているが。しかしこの遺跡は結構広く、まだ調査されてない所も多い。つまり、宝の山である。

「あの辺が空いているな」

 彼は大きな他の船の隙間を通って遺跡の奥に辿り着いた。

「そんなデカい船じゃあ、こんな所までこれまい。じっくり漁らせて貰うぜ。アンカー・シュート!」

 そう言って錨を射った。

「クラストアーム!」

 船から二つ、蟹のハサミを思わせる腕が出てくる。これでガレキの山を取り除き、有用なモノならダイレクトに収納する。ガレキを取り除くと、徐々に建物の入口が明らかになってきた。しかし問題が一つ。

「こんな狭い入口じゃあ、アームが入らないな。仕方ない、アレを使うか」

 そういうなりあるスイッチを押す。すると操舵席の背後にある重くて大きな扉が開く。彼は傍らに置いてあった棒状の道具を持って中に入った。その中でウェットスーツに着替えると、そこにある人の形を描いた壁に背中を合わせた。

「ラングアーマー・セットアップ!」

 掛け声とともにスイッチを押すと、たちまち彼の体は次世代スキューバ装置<ラングアーマー>に覆われる。この装置を着けることにより、人は最深500mまで活動が出来、水中でなら非常に強い力を発揮したり素早く動く事が可能となる。大きく盛り上がった背中にはスクリューとタンクを二つ背負っており、中には深海作業用の特殊混合ガスが入っている。更に言えば、水中で会話することも可能である。

「アードラー!」

 琉は手に持った棒状の道具のスイッチを押すことで、琉は天井に張り付いたエイを思わせる機械を起動した。たちまちアードラーは下に開かれた潜水用の出口に降り立つ。琉はアードラーに乗ると棒状の道具を腰のウェイトベルトに差し、そのまま海に潜っていった。
 船でも侵入できない箇所には、自分で行くしかない。この時に活躍するのがこの二つなのだ。

「制限時間は2時間。早めに終わらせるぞ。パルトネール・フラッシュ」

 琉は遺跡の入口に入って行った。遺跡の中には、船のライトは届かない。そこで彼は先程の棒状の道具、“パルトネール”を取り出して先端の明かりを点けた。遺跡の中には蛇を象ったレリーフが多く見受けられる。一体何の施設だったのだろうか。一本道の廊下を過ぎると、ちょっとした部屋に出た。他に入口は見つからずどうやらここで行き止まりらしい。

(ちょうど良いや。じっくり漁ってやろうじゃないか)

 崩れたガレキを取り除き、モノを漁る。漁り始めて30分後。

(外れか? ここまで何もないっていうのは中々ないぞ。もうそろそろ引き返そうかな)

 そう思っている時だった。ガレキの下から形の整った“何か”が、出てきたのである。彼は夢中になって周りのガレキをどけ、素早く砂を払った。そこには何とくっきりと古代文字が描かれていたのである!

「よし、こいつ取りだしたら今日は帰るぞ!」

 邪魔なガレキを全て取り除くと、彼はその何かを取り出した。見たところは巨大な四角い物体である。しかしよく見ると上の方がぐらぐらしてる。どうやらこれは巨大な箱で、上の物体はその蓋らしい。琉は頭の装置を起動し、調べ始めた。

(ふむ……、タテ190cmでヨコ80cmか。それで古代文字がびっしりと……。何を入れるんだ? まさか棺桶か?)

 棺桶を開けるのは少々気が引ける。しかし中には大体において副葬品が入ってる上に、中の死体が残っていれば生物学者が高値を出して買ってくれる。テクノロジーに直接応用は出来ないものの、当時の文化を知るヒントとなる貴重品でもあるのだ。

(ここまで丁寧に埋葬してあるなら王族か何かだろう。こいつは大当たりだ! ……へへっ、がっぽりがっぽり)

 取らぬ狸の皮算用ならぬ、開けぬ棺の副葬品算用。琉は棺桶を抱えると、そのままスタコラサッサと遺跡を出た。目的物を手に入れたならサッサと引き返す。この業界の常識である。何故かというと、琉の持つパルトネールから音が鳴り始めたのである。

「何、ハルム!? もう嗅ぎつけてきやがったのか?」

 ハルム。それはこの世界の生態系を大半を支配する異形の怪物である。その中には人を襲って食らうものも複数存在するのだ。

「しかも数が異様に多いときたな。……やってやるか!」

 実際に遺跡の外には、人と魚を足したような姿をした異形の存在が何十匹も待ち構えており、あからさまに獲物を見る目で琉を見ていた。今にも飛び掛からんばかりの形相である。この琉の目の前にいるハルム“デボノイド”は海底のちょっと複雑な地形になら群れをなして潜んでおり、獲物の匂いを嗅ぎつけるといつの間にか現れるのだ。そしてパルトネールには、そのハルムを探知する能力がある。

「アードラー!」

 このまま出たら餌になる。琉は遺跡から出ず、パルトネールを取り出すと外に止めてあったイーグルレイを起動した。

「アードラー・フィンスラッシュ!」

 アードラーのひれから刃が出る。こちらに飛び掛かって来るデボノイド。しかしアードラーのひれにあたった瞬間、デボノイドは真っ二つになり、大量の血を残して消滅した。琉はアードラーを遠隔操作し、入口付近の群れを片っぱしから切り裂いた。たちまち辺りが血に染まってゆく。

(よし、今だ!)

 琉は棺を外に出すと、そのままアードラーに飛び乗った。残ったハルムがまだ襲いかかってくる。

「パルトネール・サーベル!」

 琉はパルトネールを取り出すと、そのままサーベル状の刃を展開させた。

「邪魔だ、どけッ、ぶるぁああああああァッ!!」

 そう叫びつつ、琉は襲い来るデボノイドを次から次へと斬り捨てる。まっすぐにカレッタ号に向かってゆく。ある程度近付いた所で琉は扉に飛びつき、周りをアードラーで守りつつこじ開ける。ハルムの入らぬうちに入り込むと、すぐさまアードラーも撤収させた。ラングアーマーを解除すると、彼は再び操舵室に走る。

「クラストアーム!」

 クラストアームを起動した琉は入口に置いた棺をつまみ上げ、そのままお持ち帰りした。周囲のデボノイドにげんこつを食らわせながら。

「よっしゃ、回収成功!」

 こうしてまんまとお宝を手に入れた琉は海面に浮上した。そして、早速蓋を開けようとしたのだが……。

「ぐっ! ……何だこれは、ぐらついているにも関わらず蓋が開かないぞ?」

 棺には不可解な力が備わっており、少しだけ蓋を浮かす事は出来るものの開ける事がままならないのだ。しかもこの棺、さっきまで普通の石の箱だったのに、回収してみたら掘られた字が赤く染まっている。匂いからしてもさっき斬り倒したハルムの血だ。それが掘られた字に入り込んで結晶と化しているのだ。

「こんなところに技術を使うとはな。思いもよらぬ宝を見つけたもんだぜ。しかし蓋の血は一体どういうことなんだ? おかげで読みやすくなったのだが」

 琉は解読ソフトを入れたPCを開き、棺とにらめっこを始めた。専用の機械で蓋に書かれた文字をスキャンすると、PCの画面にその文字と訳文が映しだされる。

「何々、中の人は……ロッサ・ヴァリアブールっていうのか」

『私の愛すべき存在、ここに眠る』

「おお! やっぱり棺桶だったか!! これならしばらく食っていくのに困らないな」

 琉は一人ガッツポーズをとった。なにせこの棺桶なら、蓋の技術と副葬品と中の人で荒稼ぎ出来るからである。しかしこの次に書いてあった内容はとても琉自身の、いやこれを読む我々の常識でもとても不可解なものであった。

『力ある者がこの棺に挑み、彼女を解き放つその時まで』

「……あん? 何これ、荒らされることが前提か? いくら生前が女性で、仮に超が付くほどの美人だったとしても、死んじまったんじゃ意味ないだろ常識的に考えて。何処かの童話の変態王子でもない限り誰も喜ばないぜ。最も、俺みたいに金目当てで漁る奴は別だがな。……おっと、まだ続きがあるな。どれどれ……」

『この棺を外まで運び出せ。運び出したら外で棺を狙うハルムを殺し、その血で棺の字を満たせ』

「アキサミヨー(なんてこったい)!? 今日のハルム大発生の理由はこいつか! 全く、あぶねぇ宝を掘り当てたモンだな……。字の内容と言い、恐ろしいってレベルじゃねーぞ!! パルトネールやラングアーマーのない時代だったらどうなってたことか」

 危険な宝を掘り当てた事に今さら気が付いた琉。しかし、お持ち帰りしたからにはちゃんと面倒を見なければならない。そもそもここまでのリスクがあるならそれ相応のメリットがあるに違いない。そう勝手に解釈して、金に目のくらんだ琉はさらに解読を進めた。

『血を捧げし後は一杯の清水を与えよ』

 琉は奥から水を持ってきた。この水、彼の故郷に沸く水である。普段は海水を真水に変えて使うのだが、たまに故郷に帰るとこの水を瓶に汲んでくるのだ。しかしどうにも使うのがもったいないので、結局清水の瓶がたまる一方なのだが。

「どうだ、うちの水は。他の船じゃ飲めないぜ~!」

 なんだかんだで情が湧いてしまったらしい。ほぼ確実に金が入ると分かった今、琉は棺の解明を半ば楽しんでやっていた。……ついさっきまでは。
 清水をかけると棺からギシっと音がした。。

『蓋を開け、そこに一輪の薔薇を与えよ』

 さぁ、遂に対面である。琉は蓋を持つとそのままこじ開けた!

「!? な、何じゃこりゃぁーーーーー!!」

 そこに入っていたのは大量の、ドロッとした謎の赤い液体であった。見ようによっては血だまりにも見える。琉は薔薇(何故か所持していた)を片手に絶叫した。副葬品なんぞ入っておらず、そこに人の面影などほとんど見えない。一体ここに入っていた女性……ロッサという人の身に何が起きたのだろうか?

「これ以上、ビビらせないでくれよ……」

 琉はそう言うと、液体の中に薔薇を沈めた。液体の中で薔薇の花弁はほぐれるかのように散っていき、液体の中に消えていった。

「薔薇を……食った!?」

 その直後の事である。ゲルが突如沸騰したかのように動き出した。まるで眠りを妨げられた大型ハルムが怒り狂うかのように。いよいよ恐ろしくなった琉は近くにあった柱の陰に隠れ、わなわなと震えながらその様子を見ていた。

「こ、こんなハルムなんざ聞いたも見たこともことねぇよ……。罠か? 罠なのか!? お願いだ、寝るのを邪魔したことは謝るから、大人しくなってくれ……ヒィッ!?」

 そんな琉の必死の叫びも届かず、液体の動きはますます活発になっていく。ゲルは体を持ち上げ、徐々に人の形を成してゆく。
 やがて動かなくなると、今度は徐々に色が付いていく。琉はパルトネールを後ろに隠し、スイッチに指を当てて様子を見ていた。液体は真っ赤で半透明な人の形から、白い肌で長いブルネットの髪を持つ非常に端正な顔をした女性へと姿を変えた。どこから湧いたのか、体には真っ赤なドレスのようなモノを羽織っている。

「ほえー!? これが本来の姿か? ……ふつくしい……」

 琉はため息をつきながらそう呟き、恐る恐る近付いた。近付いて見てみると、むっちりとした非常に官能的な体つきなのが伺える。彼女は目を閉じたままだった。こちらにまだ気づいていないらしい。

「何はともあれ戻ったようだ。しかし、生きてるんだろうか? あの文によれば“目覚める”とか書いてあったよな。…それにしても凄い体つきだ。あれだけの年月でよくやせ細らなかったよな。…まだ目を覚ましてはいないのか。……そうだ、生きてるかどうかを確認するんだ。心臓が動いているかを確認するんだ。何も嫌らしい事なんかないぞ、俺は…」

 琉は自分で自分に何かを言い聞かせながらそっと彼女の胸に手を伸ばした。脈を見るなら他にも方法はあるというのに、男と言うのは全くもって悲しい生き物である。だが琉の手が触る寸前、彼女は突然にその真っ赤な目を開いたのであった。

~回想終了~

彼はそれまでロッサに何があったのか話し終えた。もちろん、ごく一部を除いて。

「それで、君の名前は……」

「ロッサ。ロッサ・ヴァリアブール」

 そうだ、わたしはロッサだ。彼女は確信した。だが、

「わたしはこの中で……? ……!?」

 彼女は頭を抱えた。何かが、何かがない。頭の中に、何か大切なモノがない。

「どうかしたのかい? ……んな!?」

 ロッサは琉の両腕を掴んで詰め寄った。

「教えて、わたしはどうしてこの中で眠っていたの? わたしに一体何が起きたの? わたしは一体これからどうすれば良いの!?」

「そう聞かれましても、当方は一切感知しておりません、すみません、ごめんなさい、許して下さい、おねがいですからゆさぶらないで下さい、その手を離して下さい、痛いです痛いです、腕が痛いです……」

 こんなことを聞かれても、琉には答えようがない。しかしロッサにはこれ以外の方法は思い浮かばなかった。

「ご、ごめんなさい……。うぅ、どうしよう。本当に、本当に何も思い出せないよぉ……」

 これからどうすればいいのか分からず、自分の事が名前以外全く分からないという不安。彼女の頬をふと涙が流れた。するとそれを見た彼が言いだした。

「あのぅ……。さっきの話聞いてたら分かると思うんだけど、俺って遺跡の探検が仕事なんだよね。多分君が暮らしていた時のモノは皆海の底だと思うんだよね。つまり何が言いたいかっていうと……」

 彼は一端間を置いた。そして、

「一緒に、来ないか?」

「え、良いの……?」

「ああ。それに何より、他に行く場所はないんだろう?」

 こうして、ロッサと琉の海底遺跡を巡る旅が始まったのである。



[27644] 【ネタ・オリジナル】Mystic Lady
Name: ダイバー・リュウ◆97526bd0 ID:a5f77071
Date: 2011/05/09 12:08
第二章『キャプテン琉のカレッタ号案内』

 何も覚えていない上に“今”という時代を知らないロッサにとって、この日は驚きと発見の連続だった。

「ここを君の部屋にしよう。まぁ、中に入ってくれ」

 琉に案内され、ロッサは一つの部屋に入ってゆく。そこには様々なモノが置かれていた。

「これは押し入れ。ちょっと開けるぞ」

 彼は部屋の中にある大きな戸を開けた。中にはふかふかした布が入っている。

「こいつは“ふとん”だ。俺個人の考えでは、人類の生み出した至高の宝……と言ったところか。寝る時はこいつを敷いて寝ると良い。棺桶よりずっと寝心地が良いはずだぜ」

 琉が一つずつ名前を言っては手本を見せる。彼がいうには、この部屋はずいぶんと長い間使っていなかったらしい。

「この奥が洗面所。顔を洗ったり歯ぁ磨くのに使ってくれ。……って、鏡がそんなに珍しいのか?」

 ロッサはしきりに鏡を覗きこんでいる。

「すごーい! 琉とわたしのそっくりな人がこっちみてるー!」

「ははは……。ロッサ、この部屋には俺と君しかいないぜ。そこに映ってるのは俺と君自身だ。こうして、だな」

 琉は、鏡の前で自分の髪を触って見せた。すると、鏡に入っている琉も自分の髪を触った。

「要するに自分で自分を見るためのモノさ。……そうか、君の時代には鏡ってモノがなかったのか」

 琉の案内は続く。

「更に奥にあるのはシャワー室だ。こっちは水浴びしたい時に使ってくれよ……って、こらこら! そこひねっちゃダメ……」

 じゃーっ!! 勢い良く飛び出てきた水がロッサと琉に降りかかった。琉はすぐさま蛇口をひねり、水を止めるとこう言った。

「…ロッサ、水浴びは服を脱いでから、それも男の見てない時にやるモノだぜ。ちょっと待ってろ、バスタオルと着替えを持って来る」

 琉は部屋から出ると、大きな布を何枚かと何か服を持ってきた。ロッサは彼から一枚もらうと、それで髪と顔を拭いた。そして、彼の持ってきた上着を羽織った。

「使ったタオルはここに掛けといてくれ。あと、こいつはタンスだ。とりあえず乾いたバスタオルはここに入れてくれ。ついでだしこの使ってない奴を入れておくぞ。……あとまぁ、新しく服を買った時もここに入れてくれ」

 これで一通り、琉によるロッサの部屋の説明が終わった。

「何かあったら、すぐ隣のこっちの部屋に来てくれ。ただし、入る前にはこれを押すように、な」

 琉はドアに付いたスイッチを押して見せた。

 ピンポーン

 スイッチを押すと音が鳴った。琉は更に続けた。

「これでこの四角いのに顔が映って、開けて良いと言ったら入ってくるんだ。逆に部屋の中でこれが鳴ったらちゃんと返事してくれよ。そうだ、ちょっと待ってなさい」

 そう言うと琉は自分の部屋に入って行った。

「このスイッチを、押すと……」

 ロッサは扉のスイッチに指を伸ばした。さっき琉がやったのと、同じように。

 ピンポーン

 すると扉にある画面に琉の顔が映り、こう言った。

「一つ言い忘れた。用事のない時には押さないでくれよな」

 直後、琉が扉を開けて出てきた。

「とりあえず、これを羽織っておきなさい。あとこいつを腰に巻いとくと良い。他に女性でも使えそうなモノがないんだよな……」

 琉は手に持ってきた白いケープをロッサの肩にかけ、更にこれまた白いサッシュを手渡した。

「こんな風に、な」

 琉は自分の腰に巻いたサッシュを見せた。ロッサは見よう見まねでサッシュを自分の腰に巻き、結んだ。

「こう?」

「そう。そんな感じ。…意外と出来るモンだねぇ……」

 琉は感心した。恐らく彼女はサッシュなんぞ見たことないか、見たことがあるにしても久しぶりだろう。

「おっと、こんな時間か。飯にしよう、こっちだ」

「え? お腹いっぱいだけど……」

「? いつの間に、つか何を食べたんだ?」

 次の瞬間、彼女の口から衝撃的な一言が飛び出てきた。

「デボノイド。20匹くらい。あと薔薇も」

「デボノイド!? するとさっきの文の内容は……。まぁ、良い。少なくとも俺は腹が減ったし、案内もしないといけないしな。こっちだ」

 琉は彼女を食堂まで案内した。

「基本的にここで飯を食べるんだ。まぁ、とりあえず座ってなさい」

 琉は奥の厨房に入ると冷蔵庫から野菜をいくつか取り出し、まな板に置くと切り始めた。切り終わると自前の中華鍋を熱し、油を敷いたらそこに今朝のご飯と卵を入れて炒め始めた。ご飯を炒めるとさっき切った野菜と缶詰の肉、塩コショウを入れ、仕上げに醤油を垂らす。たちまち辺りに香ばしい匂いが立ちこめた。

「よし、出来た出来た」

 琉は出来たモノを皿に盛るとテーブルに運び、席に着くと食べ始めた。

「いただきます」

「……何、これ?」

 ロッサに聞かれ、琉は答える。

「……これ? チャーハンだ」

 チャーハンは彼の得意料理である。船の上では水が手に入りにくいので、こういう炒め物が重宝するのだ。シチューのような煮込み料理は上陸した時の御馳走である。琉が食べ始めると、ロッサはその様子をじっと見始めた。目の前で、見たことのない料理を食べる様子はよっぽど珍しく感じるのだろう。しかし、琉はその視線を感じてすぐに食べるのを中断し、言った。

「やっぱ、食ってない人の目の前で自分だけ食うってのは気が引けるな。君も食べるかい?」

「食べるー!」

 琉はもう一枚皿を取り出すと鍋に残った残り(いつも二人前は食う)を盛りつけて彼女に出した。

「いただきまーす! ……おいしー!!」

「美味いか? それは良かった。人に飯を振舞うのは久しぶりだからね」

 琉は一時期コックとして他の船に乗っていたことがある。その経験を生かし、基本的に彼は自炊をしているのだ。そのため、料理には少々こだわりを持っている。
 琉の作ったチャーハンを美味しそうにほおばるロッサ。その様子を見ながら、琉はあることを考えていた。

(見た目や声とのギャップが大きいな。彼女の言動はまるで子供だ。まぁ、記憶がないせいなんだろうな……)

 食べ終わると、琉は使った皿を洗い機に入れて鍋を洗い始めた。洗い終わるとまた案内をし始めた。

「さて、今度は操舵室に案内しようか」

 琉はロッサを連れて操舵室まで行った。

「基本はここで作業だね。今は自動操縦だからやることないけどさ。…こら、勝手にスイッチをいじるんじゃない。まぁ、反応しないけど」

 ロッサはキョトンとしていた。さっきの扉のスイッチは反応したのにこっちは何も反応しないからだ。

「この船は俺の“声”がなければ動かない。他人には無理だってことだ。……そうだな、ちょっと待っててくれないかい?」

 琉は少し前に出た。そして、

「チャートマップ・ディスプレイ!」

 そういうなりスイッチを押した。すると画面に海図が映しだされた。

「この赤い点が今乗っているカレッタ号。この白く光っている点が港だ。一つの島に一つはあるぜ。今はこの一番近い奴、ハイドロ島に向かっている」

「ハイドロ……?」

「あぁ、そういう名前の島だ。俺の生まれ故郷でね、君にあげた水はここで沸いたモノだぜ。……そうそう、さっき一番近いって言ったけど、着くのは多分明日の昼ごろになりそうだ」

 説明しておかねばなるまい。この物語が繰り広げられる世界はその約9割が海に覆われており、人の住める場所はごく一部である。かつて高度な文明が栄えていたことは判明いているのだが、その証となる遺跡は皆海の底に沈んでいる。また、遺跡の大半は島から離れており、探索してる間は陸に上がることすら出来ない。
 そのため、遺跡探索船はいくら小型でもその中で十分暮らしていけるだけの設備が不可欠である。実際琉も、上陸するのは実に1週間ぶりのことであった。

「今日はもう寝た方が良い。久々に歩き回って疲れただろう? 明日は俺の故郷を案内するからね、楽しみにしててくれ」

 琉はそういうと、ロッサを再び部屋まで連れていった。

「そうだな、ふとんの敷き方だけ教えておくか。ちょっと見ててくれ」

 琉はロッサの部屋で、押し入れからふとんを取り出すと広げ始めた。

「さっきも言ったけど、この中で寝ると良い。石の中よりはずっと良いはずだ。……って、気が早いだろいきなり入るとか……」

「ふかふか~。気持ち良い~。ねぇ、琉も入る?」

 思わぬことを言われ、琉は狼狽した。

「えぇっ!? あの、その、それは」

「どうしたの?」

「ふぇ? いや、その……おやすみ」

「おやすみ~」

 琉はそそくさと部屋を出た。

(お、落ち着け俺……。しかし無邪気さ故とはいえ、あの体つきと声でふとんの中に誘うとか破壊力ありすぎだろ常識的に考えて……。って、何考えてんだ俺!?)

 しかしそれより彼には気になっていることがあった。ブリッジに戻った琉は一人考え事を始めた。

「ハルムを食らう存在……。彼女は本当に人なのか? ハイドロに戻ったらアイツに聞かないとな……」

 翌朝。琉は操舵室にて舵を切っていた。

「この調子だと思ってたより早く着きそうだぜ。港に着いたら飯にするかな。……そうだ、彼女を起こさないといけないな」

 琉は目の前の画面に部屋の一覧を出し、ロッサの部屋を選んだ。

「ロッサ、生きてるか? もう朝だぜ」

 部屋の中に琉の低めの声が響き渡り、ロッサは目を覚ました。

「……んー。ここは……って、船の中か……」

 ロッサはふとんから出るとケープとサッシュを着け、琉の声のする装置の前まで行った。

「起きたか。操舵室に来てくれ。もうすぐ島が見えてくるはずだ」

 ロッサは部屋を出るとそのまま操舵室に向かった。操舵室では琉がおにぎりを片手に舵を切る姿があった。

「来たか。島はもうすぐだ。とりあえず、おにぎり作っといたから食べときなさい。君の分はこれだ」

 琉は自分のとは別の皿を指さして言った。大きめの皿に、これまた大きめの海苔を巻いたおにぎりが三つほど並んでいる。

「おにぎり……これ?」

「そうそれ。こうやって食べるんだ」

 琉は手元のおにぎりを手に取り、かぶりついた。

「はむっ。……」

 よほど腹が減っていたのだろう。ロッサは夢中になっておにぎりを食べていた。

「食べ終わった皿は食堂まで持ってってね。後で洗っとくから。場所が分からなくなったら言ってくれ。ついでに俺のも頼む」

 ロッサはおにぎりを食べ終わると自分のと琉の皿を持って食堂に向かった。食堂に入ると、そのまま洗い機に向かった。

「確か、ここに入れてたはず……」

 琉がやったのと同じように、洗い機の中に皿を入れた。入れたらそのまま食堂を出て操舵室に向かった。

「ありがとう、助かるぜ。……数人で船に乗るのも悪くないな」

 ロッサは操舵室に戻った後、興味深そうに外を見ていた。青い空、白い雲、眩しい太陽。何もかもが今の彼女にとっては新鮮なものである。心なしか、彼女の赤い目はルビーのように輝いていた。その体つきや声こそ大人のロッサだが、中身は純粋な少女そのものであった。

「あっ! ねぇ琉、あの海の上にあるのは何?」
 
「お、見えるか? あれが“島”だ。俺の故郷のハイドロ島だ!」

 琉は島を確認すると港に直行した。カレッタ号が港に入ると、そのまま船を岸壁に近付けた。

「アンカー・シュート!」

 琉は錨を下ろし、停泊した。

「島に行くの?」

「いや、それは明日だ。今日は船の整備と、あと案内だな。ついてらっしゃい」

 琉はロッサを連れ、後部甲板へと案内した。

「今から船のメンテナンスをして来る。その間、ちょっと魚釣りをしててもらえないかな?」

「魚釣り?」

「あぁ、魚を捕って昼飯のおかずにするのさ。まぁ、見てなさい」

 琉は立てかけてあった釣り竿を取り出した。そして近くにいたフナムシを捕まえると、針に付けて海に投げる。

「今日は海の透明度が良いな。魚が寄って来るのが分かるだろ?」

 ロッサは身を乗り出し、魚を指差して見ていた。

「やはり興味が尽きないみたいだな。まぁ、待つことだ。そのうち餌に食いついて……ってロッサ!?」

 琉の見たモノ。それは、近付いてきた魚のうち一番大きな個体の頭に、ロッサの指が伸びて突き刺さっていたのだ。彼女は魚を刺した指を縮めて魚を引き上げた。

「この方が、早い」

 彼女の腕は二の腕からまるで手袋のように赤黒く変色しており、その長い指は鉤爪のように鋭く尖っている。魚は急所を突かれており、ほぼ即死していた。

「あ……。と、とりあえず鰓を切って血抜きしといてもらえるかな? そうそうそう、その爪を鰓の中に入れて……うん、切ったらそこのバケツに頭を下にして突っ込んでおくんだ。…じゃあ、この調子であと3匹くらい、大きいのをお願いできるかな? 俺は船の整備して来るから。じゃあ、よろしく!」

 それだけ言うと、琉は足早にエンジンルームに向かった。

「はぁ、はぁ、はぁ……。な、何なんだあれはーーーーッ!?」

 琉は自分の二の腕に手を置くと指先までなぞり、そのまま自分の指先を見ながら言った。

「あ、あの手は人の手じゃない……。一体何が起こっているんだ、俺は一体何を発掘したんだ? 大体彼女は何者なんだ!?」

 琉は自分の胸に手を当てた。これほどまでにないほど脈が速くなっている。

「落ち着け、落ち着くんだ俺……。そうだ、俺は何をしに来たんだ? 船の整備だ、エンジンの点検だ。とりあえず、様子を見ないとな……」

 一方、後部甲板では。

「やった、二匹目!」

 ロッサは嬉々として魚を仕留めていた。二匹目の魚もやはり頭に突き刺さり、二、三度痙攣すると動かなくなった。彼女は魚の鰓に指先を入れて切り裂くと、バケツに頭を下にして入れた。そして再び海の中に狙いを定める。そんな彼女を、物影から見つめる者がいた。

「あ、あれは……! いかん、すぐに知らせないと!!」

 その者はそれだけ早口に言うと、すぐさま何処かへ走って行った。

「ふぅ、整備終わりだ。まぁ、帰還が予想外に早くなったせいかな。異常はなしか。そうだ、魚は釣れたかな?」 

 琉は船の整備を終えると後部甲板に様子を見に行った。

「まぁ、あんなのは何かの見間違いだろうな」

 そう言いつつ、琉は後部甲板に向かった。だが、その時だった。

「きゃあっ、何!? 誰!? 痛い、痛い! 放してよぉ!!」

「む、ロッサ!? 何があった!!」

 琉は後部甲板に向かって走った。

 バタン!!

「ロッサ! 何があった!?」

 甲板には、フードを深く被った男が二人でロッサを押さえつけていた。

「来い! 抵抗したら命はないぞ!」

「人の姿をした悪魔め、大人しく裁きを受けよ!」

 琉は予想外の事態に驚いた。しかし驚いてばかりもいられない。

「何なんだ、あいつらは? とにかく助けないとな……。パルトネール・シューター!」

 琉は腰に差したパルトネールを出し、更に懐から引き金の付いたモノを取り出すとパルトネールに取り付けた。するとパルトネールはロングバレルのマグナムを思わせる形の光線銃へと姿を変えた。

「パルトパラライザー!」

 先端からオレンジ色の閃光が走る。

「うっ!?」

 男が一人倒れこんだ。

「何だお前は!? 我々の邪魔をするというのか!!」

「琉! 助けて!!」

 不意討ちに合い、相手の男は驚いている。

「……お前さん、他人《ひと》の船に勝手に上がりこんじゃいけませんって、昔母さんか父さんに言われなかったのか?」

 琉は、ロッサを押さえつけている男に言い放った。

「これは重大なことだ! お前は悪魔を匿うというのか? 神に逆らい、悪魔に魂を売り渡そうっていうのか!?」

「神? 何だお前さん宗教関係の人ですか、だったらお断りだ。見逃してやるからロッサを置いてさっさと行け」

 琉の一言に、相手は逆上した。

「貴様! 神に代わって天罰を下してくれる!!」

 相手はロッサを突き離した。そして懐からナイフを取り出し、琉目掛けて斬りかかる。琉はそれをかわすと、銃口を首筋に突き付けて言い放った。

「悪いことはいわん。そこの仲間を連れてさっさと船から降りろ。さもなくば頭ごと消し飛ばすぞ!」

「おお、神よ。私は貴方のもとへと参ります。どうかこの者に天罰を……」

 ビシューン!

「安心しろ、パラライザーだ。俺に“前科”は不要だぜ」


 琉は二人を近くの建物に放り込み、船に戻るとバケツを見た。

「3匹捕れたか。あと一匹は欲しいかな……っておおっと!」

 丁度良いタイミングでロッサが獲物を引き上げた。

「わあ、何これ、すごーい! っていうか、何かこれぐにゃぐにゃしてて柔らかーい!!」

「すごいすごい、これタコじゃないか! しかも結構デカいぞこれ!!」

 ロッサは、今までにない形の生き物を捕って困惑していた。

「うわわ! 何か巻きついてきた!?」

「ロッサ、眉間だ。目と目の間を直角に刺せ!」

 琉の言う通りにすると、タコは大人しくなった。

「さぁ、今日はごちそうだ、腕が鳴るぜーッ!」




[27644] 【ネタ・オリジナル】Mystic Lady
Name: ダイバー・リュウ◆97526bd0 ID:a5f77071
Date: 2011/05/09 12:08
第三章『琉の故郷と旅の支度と謎の宗教』

 朝。カレッタ号のキッチンには一人の影。

「昨日は御馳走だったな~。あの子意外とポテンシャル高いよな~!」

 琉は昨日の御馳走の余りを朝飯のおかずとして作り直していた。コック時代に身に付けた賄い料理である。と、そこにもう一人の影が姿を現した。

「ふわ~あ……」

「おはよう、今朝は早いな」

 二人は食事の席に着いた。

「今日は約束通り、島に上がるぞ」

 琉はこの日のスケジュールを話した。

「ねぇ琉、島には何があるの?」

「そうだな……。なんて説明すればいいのやら。とりあえず“町”があってね、そこにはたくさんの人が住んでいて、“店”を開いていて……」

 ロッサにとっては経験のしたことのない環境である。否、経験したことを忘れていると言った方が正解かもしれない。

「人? 住んで?」

「……まぁ、実際に自分の目で見ないことには分からないだろうな」

 琉は先に食事を終えると、皿を洗い機に入れて鍋などを洗い始めた。

「そうだロッサ。次から魚を捕る時は、なるべく人に見られないように頼む」 

「どうして?」

 琉の警告に、ロッサは聞き返した。

「昨日怖い目に合っただろ? また来るかもしれん。……第一、発言からして新興宗教臭いな、アイツに聞いてみる必要がありそうだ」

「アイツ?」

 彼女が琉の知り合いなど知っているはずがない。琉は補足した。

「ん? あぁ、要するに友達に会う予定があるってことさ」

「友達?」

「んー、会ってみれば分かるさ。楽しみにしといてくれ」

 琉はロッサの出した皿も片づけると、操舵室に向かった。

「シャットダウン!」

 琉がそういうと、船の装置が全て止まった。明かりもエンジン音も画面に映った海図も消え、船の中は静まり返った。

「よし、降りようか。着いてきて」

 琉はロッサを連れて表の甲板に出た。甲板に出るとパルトネールを取り出し、

「ステア・オープン!」

 そう言うなりスイッチを押した。すると甲板から手すりの付いたはしご状の階段が伸びて陸に降りた。

「落ちないようにな。気をつけろよ」

 琉はロッサの前に立ち、そっと手をとると階段を下りた。すると、ある男がこちらに近付いて来た。頭にバンダナを巻き、細い眼鏡をかけている。

「よう琉! 約束通り来たぜ!!」

「カズか。久しぶりだな。相変わらずじゃねぇか」

「この人は……?」

 ロッサがそう言って琉に聞く。それを見たこのカズと呼ばれた男は言った。

「ぬ、ぬな!? な、謎の美女キター!? っておいおい、何で琉が女なんか連れてんだよ! エリアβに行くんじゃなかったのか?」

「カズ、彼女はロッサ。ワケなら後で話す。ロッサ、この人は桜咲和雅《さくらざきかずまさ》、通称“情報屋のカズ”だ。俺の古くからの知り合いでね」

 琉はロッサにそう紹介した。

「そう、オレはカズ! この島一番の情報通にして人読んでハイドロ一の色男さ!!」

「色男?」

 ロッサにそんなんが分かるはずもなく、琉は和雅に突っ込みを入れた。

「……それは“自称”な。ロッサ、今のは無視して構わないぜ。まぁ、ノリは軽いが良い奴さ。いつも海に出てて情報が中々得られない俺にとってはありがたい存在だ。とりあえず、“例の店”に行くか?」

「“例の店”?」

「行けば分かる」

 三人は町に出た。ロッサは初めての環境に、目を輝かせて周りをきょろきょろと見た。

「そんなに珍しいモノでもあるのか?」

「カズ、彼女にとってこの島は初めてだ。……いや、町に入ること自体が初めてだな」

「そーなのかー……。いや~素性不明の美女か、たまらんねぇ~。ってか、何気ににオレより身長高くないか?」

 和雅は、ロッサの背が以外と高いことに気が付いた。

「そういやカズの身長は165cmだったな。ついでに俺は180cmか。そうやって考えると……大体170cm位かな?」

 実はロッサ、女性としては結構背が高い。そのために余計言動の子供っぽさが気になるのだが。

「しっかしこんなゴージャスボディのお姉様をゲットするとか……オレも探検家をやれば良かったぜ……」

「早いところワケを話さないとダメだな、こりゃ。……お、あったあった。ロッサ、ここだ」

 琉たち一行が着いたのは喫茶店だった。

「ここは喫茶店だ。まぁ、相談事をするにはうってつけの場所だな。何よりここのコーヒーとケーキは美味いんだぜ」

 琉はロッサに説明すると中に入った。

「いらっしゃい。お、琉ちゃんとカズちゃんじゃないか」

 中に入ると声の低い初老の男性が声を掛けた。この店のマスターである。

「マスター、場所を借りるぜ。あとコーヒー三つ」

「かしこまりました。……ん? そこの女性は一体?」

 マスターはロッサに気付くと琉に聞いた。

「この島に初めて来た人だ。……そうだな、せっかくだし何かお勧めのケーキは頼めるかい? 三つお願い」

「よし、まかせた」

 マスターにコーヒーとケーキを注文すると、琉達は席に着いた。席に着いた琉は和雅にワケを話した。

「ふむ……。ヴァリアブール、腕が変形、フード被った男か……。ってフードを被った男だって?」

「そうだ。奴ら、俺のカレッタ号に勝手に上がりこんできた上にロッサをとっ捕まえようとしたんだぜ。……触ってみたいのは分からんでもないが、レディはもう少し優しく扱うモンだろ常識的に考えて……」

「相変わらず紳士だな、色んな意味で。」

 途中で少々ふざけているが、琉の顔付きは真面目だった。

「本当はパルトパラライザーじゃなくてパルトブラスターをぶっ放してやりたっかたんだけどね……」

「それはやめとけ、いくらなんでも威力がシャレにならないから。そうそう、“ヴァリアブール”という言葉で思い出したのだが……」

 そう言って、彼はある小さな本を出した。

「何々……メンシェ聖典?」

「“メンシェ教”……最近出てきた宗教だ。こんなのを街中で配ってんだが、ちょっと見てみろ」

 琉は本を開いた。この宗教の特徴は『人類至上主義』である。人類こそが神と近いなのだと説いているのだが、実際はそれを説く教祖こそを崇拝しろという内容であった。そして人類以外の存在は格下だと説いているのである。

「おい、こんなモノ信じる奴なんかいるのか? 島によっては亜人種達もいるんだぞ!」

「恐ろしいことに結構いる。それも、ヒトしかいない島では特にだ。まぁ、この団体はハルムを徹底的に攻撃するからなぁ……。そうそう、見てほしいのはその次のページからなんだが」

 琉はページを開いた。そこにはある物語が書かれている。その物語はこうだ。

「何々……。昔、ある王がいた。その王は英雄であった。たくさんのハルムや他種族と戦い、民衆からの支持も厚かった。しかしある時悪魔が現れた。その悪魔は様々な形に姿を変えて人類に近付いた。その王の前には美女の姿で現れた。王は悪魔を愛してしまった。そしてある時言った。『これからは他の種族を無闇に殺すのはやめにする』と。民衆からの支持はそれでも厚かった。何故ならその国全体が悪魔の毒に冒されていたからだ……」

「はいお待たせ、コーヒー三つとケーキ三つだ。……喫茶店で読むような本じゃないぞ、そんなモン。まぁ、彼女の為なら仕方ないかな……」

 マスターの口調は明らかにこの本、及び宗教を嫌っていた。

「マスター、話聞いてたんですか!?」

 驚く和雅に、マスターは言った。

「今来てるのはあんた達しかいないからな、嫌でも聞こえてくるモノさ。まぁでも言える事は……」

 マスターは一旦区切った後、

「彼女と旅するなら周りの奴らに気を付けな」

 意味深な事を琉に言った。三人は注文したモノに手を付け始めた。

「熱っ、熱っ」

「ははは……。ロッサ、いきなりたくさん飲むと熱いぞ」

 琉はロッサの様子を笑って見ていた。するとマスターがこう言った。

「彼女、コーヒーは初めてかい? だったら、ミルクと角砂糖を入れた方が良いかもな」

「それ、お願い」

「はいよ、お嬢さん」

 その様子を見ていた和雅が言った。

「うむ、外はセクシーお姉様で中身はロリ。これぞまさしく……」

「おっと、そこまでだ」

 琉が止めないと、この作品は変な方向に行ってしまうだろう。

「ふっ、あんたたちは相変わらずだな……」

 いくつになっても本質的な所は変わらない二人に、マスターは笑いかけた。

「ケーキおいしー!」

「そうか、それは良かった」

 ロッサはケーキを気に入ったらしい。琉はケーキを食べ終わると、コーヒー片手に再び本を開いた。

琉(……悪魔の所業で腐敗した世界に腹を立てた神は、その世界の大半を海の底に沈めた。悪魔の名はヴァリアブールといい、あらゆるモノに姿を変えて人の世界に紛れこむ。汝油断するなかれ、悪魔の目に瞳なし……!?)

 琉はコーヒーを吹き出しそうになり、とっさに口を押さえた。そして何とか飲み込むと、和雅に言った。

琉「カズ、例の連中は確か、“神”だの“悪魔”だの言っていたぜ」

和雅「本当か!? …間違いなくメンシェ教の人間だ。気を付けな、そういうことしてくるのは特に熱心な信者達だ。奴らは死ぬことを恐れていないと聞くからな」

 和雅の警告に琉は更に話しだす。

琉「そうなんだよ、パルトネールを突き付けても堂々としていたぜ」

雅和「マジか。結構そこらへんにいるモノだぜ、あいつらは」

 するとマスターがマガジンラックから女性向けのファッション誌を一冊取り出すと、琉達のテーブルに置いてこう言った。

「琉ちゃん、こいつを持って行きな。ロッサさんのその服じゃ目立つからな、何か別なモノを着た方が良い」

「マスター、ありがとう! ……って、何で俺は“ちゃん”でロッサは“さん”なんだ?」

「決まってるだろ! どう見てもお前は高校生くらいにしか見えないからだ。むしろロッサ“様”の方が年上に見えるぜ!!」

 和雅がトドメを刺した。実は琉、目が比較的大きい上に顔が少々丸いため歳より幼く見られやすいのである。

「あのなぁ、俺はこれでも25だぞ!」

 そう言いながらも、彼の顔は笑っていた。

「まぁ確かに、ロッサの方が25に見えるがな」

「高校生? 中学生?」

 ロッサには、分からない話である。

「ところで琉ちゃん、これからどうするんだ?」

 喫茶店を出る際、マスターは琉に聞いた。

「これから両親の墓参りに行く。その後で買い出しだ。仕事だからっていうのもあるけど、しばらくは彼女の為にあちこちの遺跡を回ろうと考えている」

「墓…参り?」

 ロッサは琉に聞いたが、琉は珍しく答えなかった。

「そうか。まぁ、この島に来る機会があったら、また寄ってくれよ」

「そうするぜ。それじゃ!」

「買い出しか。オレも今晩のカップラーメンを買わないとな……」

 3人は喫茶店を出ると、そのまま町を抜けて山に向かった。少し山道を行くと清水が沸いており、更に行くと墓地が広がっている。

「この石、何?」

「これは“墓”だ。この下に、“死”を迎えた人が埋められている。そしてこの墓が……」

 琉はある墓に近付いた。

 彩田家之墓

 墓にはそう記されている。

「親父、御袋……。しばらく会えなくなるから来たぜ……」

 彩田家の長男として生を受けた琉。しかし流の母は彼を産んだ後すぐに死に、以来ずっと父と二人で暮らしていた。だがその父は、琉が20歳の時に肺ガンで病死した。奇しくもそれは、琉がラングアーマーの訓練を終えたまさにその日だったのである。

「ガンが見つかったって聞いて病院に走った時、親父は言ってたな。『訓練放ったらかして俺に会いに来たのか? 馬鹿野郎、俺がいつもいってるだろう! お前は常にお前の夢を追えってな! ……訓練が終わったら、また顔を見せてくれないか?』ってな。あれが今生の別れになるとは……。“親孝行 したい時には 親はなし”とはよく言ったモノだぜ……」

 琉は感傷に耽っていた。

「琉……一体どうしたの?」

「大事な人を亡くした人は、誰もがああなるものさ。特にアイツは……」

「カズ、説明御苦労。でも、いつまでも耽っている訳にはいかないよな」

 琉がそういうと、三人は墓地を後にした。ついでに、近くに沸いている清水を汲み取りながら。

「これからどうするの?」

「うむ、まずはエリアαに向かう。あそこに近いのはカルボ島だ。だから……明日の朝に出れば明後日の夕方には着くはずだな」

「エリアαにカルボ島か……気を付けろよ、最近妙な噂を聞くからな」

「噂?」

「あぁ、それも二つある。一つは、どうもあの島はメンシェ教徒が急に多くなったらしいということだ」

 今の琉達には重大な問題である。

「二つ目は、最近エリアαに行った船が帰ってこないらしいということだ」

「何!? 一体どういうことだ?」

 こちらは今も昔も重大な問題である。一体何があるというのか。

「エリアαの近くで、妙な声を聞いたという話がある。恐らく、オドべルスが住み着いた可能性が……」

 オドべルス。探検家に限らず、船乗り全般に恐れられるハルムである。ヒトの女性に似た怪音波を発し、船乗りの精神を操って食らうと言われている。

「そこにメンシェ教が入り込んだなら……一発だな」

「そういうことだろうな。対策はしていけよ」

 琉は買い出し用のメモを出し、書き始めた。

「まずは服だな。ロッサ、さっきの本見て好みの服だけ決めといてくれ。そんでもって食材だ。魚なら彼女が捕ってきてくれるから良しとして、問題は野菜と肉の缶詰、あと米だ。念のため一週間分は買っておくか。…カズ、悪いけど手伝ってくれない?」

「良いぜ! こっちも買い物があるしな」

 琉はメモに買うモノを一通り書くと、ロッサに話しかけた。

「ロッサ、着たいモノは決まったか……ってロッサ!?」

 この場にいた人のうち誰がこんなことを予想できただろうか。ロッサの服はさっきまでの赤いドレス状のモノから一変して琉と似たようなコートのようなモノとなっていたのである。色は琉のそれとは異なり赤を基調としたモノであったが。何故かケープはそのままだった。

「ロッサ、いつもの服はどうした?」

 琉が聞くと、彼女の服はみるみるうちに液化し始めた。

「ぬな!?」

「ワ~オ!?」

 やがてロッサの服は再び形を成し始め、さっきまでの服に戻っていった。

「とりあえず、もう1回……」

「おっと、それ以上はいうな。……ロッサ、今のは人前でやるなよ? 着替えは誰も見てない所でやるものだ。幸い誰も見てなかったようだが」

 とりあえず近くの公園のトイレにロッサを連れて行き、着替えを済ませると琉は再び街に出た。

「服の金が浮いた分米に回せるな。しかしどういう力なんだよ全く……」

 琉達は市場のあちこちで食べモノを買いあさり、次々に船に運び込んだ。

「これはにんじん。これはキャベツ。これは缶詰だ」

 琉はロッサに聞かれるたびに答えた。

「こっちも買ったぞ~!」

 野菜と缶詰を一通り買うと、和雅が米をかついで持ってきた。

「ありがとう。後はこっちに渡してもらえば……」

「こっちで待ってた甲斐があったな!」

 最後の米袋を船に運び込んだ時、船の物陰から何者かが飛び出て来た。そして、手に持ったナイフで斬りつけてきたのである。琉は身をかわしたが、ナイフは米袋を切り裂いた。

「誰だ!? 折角の米がパーになったじゃねぇか!!」

「昨日の借りを返しに来たぞ! 神の前で恥をかかせるとはな!!」

 相手は昨日のフードを被った男だった。

「チッ、厄介な野郎だぜ。和雅、ロッサを連れて何処か行け! ついでに警察呼んで来い!!」

「馬鹿め。彩田琉之助、お前は“異端者”として登録された! まさか、自分から一人になるとはな!!」

「何!? しかもお前に名前を教えた覚えはないぞ!」

「とぼける気か? ラングアーマー装備を使える者はこの島には一人しかいない。そんなものを搭載した船を持つのも一人しかいない。それくらい調べればすぐに分かることだ! いでよ!!」

 フードの男が合図をすると、周りからぞろぞろと同じようなフードを被った男が現れた。しかも、

「くっ、すまない……」

「琉、逃げて!」

 何と和雅とロッサが捕まっている。

「警察は呼べんぞ? さぁ、大人しく武器を捨てろ!」

「くっ……!」

 琉はパルトネールをその場に置いた。

「琉、琉ッ!!」

ロッサの悲痛の叫びが響く。

「斬りたきゃ斬れ。ただし、斬れたらの話だがな……」

 琉は男に言い放った。

「負け惜しみか? 良いだろう、ひと思いに逝かせてやる!」

 男はナイフを持って詰め寄った。が、その時だった。

「ロッサ! “指”を使えッ!」

「何? うわッ!」

 男の持っていたナイフを、鞭のようなモノが叩き落とした。その隙に琉は男
に突進し、海に叩きこんだ。

「カズ、今のうちに警察呼んで来い! ロッサ、早くこっちへ!!」

 船の階段を走るロッサ。それを追うフードの男達。一人の男が彼女の肩を掴みかけた、その時だった。

「ロッサ、“液化”するんだッ!」

「な、何だこれは!?」

 ロッサの体が突如赤く染まる。たちまち彼女の体は赤いゲル状に変化し、男の手をすり抜けた。

「パルトパラライザー!」

 琉はパルトネールをシューターに変え、掴もうとした男を撃った。ロッサはゲル状のまま飛び回り、階段を伝って船に乗った。

「ステア・クローズ!」

 ロッサが乗るのを確認すると、琉は階段を片づけた。すると丁度良いタイミングで警察が到着し、哀れフードの男達は全員お縄となった。


 ~翌日~

「新しい情報だ。例のフードの連中、全員から薬物が検出されたらしいぜ」

「薬物だと? 全く、なんつう宗教だ……」

 琉がそう言うと、ロッサは琉に聞いた。

「薬物?」

「それなしでは生きられなくする、恐ろしいモノさ」

 和雅の説明は続く。

「聞いた話では、その薬を飲むと常人よりも強い力を発揮できるようになるらしいが、同時に強い依存性を持っているという。幸い命にかかわることはないらしいけど……。あいつらはそれを“神恵水《しんけいすい》”と呼んでるらしいな」

「つまり薬と思想両方に縛られるって訳か。厄介な奴が敵になったモンだぜ」

 琉はコーヒー片手にそう言った。

「さて、と……。そろそろ出航だ。昨日はありがとうな!」

「あぁ、また何かあったら連絡してくれよ!」

 琉は和雅を船から降ろすと、そのままハイドロ島を出航した。

「元気でな~!」


「さて、目指すはカルボ島! 気合い入れて行くぜ!」

「ねぇねぇ、琉」

 ロッサは琉に聞いた。

「“悪魔”って何? “神”って何なの?」

「悪魔、及び神っていうのは……」

 琉は言った。

「昔の人の勝手な都合で作られたモノだ。それで崇められるのが“神”で、いじめられるのが“悪魔”さ……」

「わたし、いじめられるの?」

「話、聞いていたのか……」

 ロッサの顔には不安な表情が浮かんでいる。

「この本に、わたしは“悪魔”だって書いてあるから……」

「その本、読んだのか……。って、ちょっと待て!?」

 琉はある事に気が付いた。

「ロッサ。君、ひょっとして今の文字が分かるのか!?」


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