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秘伝のたれ、守り抜いた 社員、教え通り持ち出す 気仙沼
 | 流された保冷車と梶原さん。「密閉性が高く、海水が入った形跡はなく、ホッとした」と振り返る=気仙沼市幸町1丁目 |
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 | 見つかった秘伝のたれと専務の和枝さん。「このたれがあると100点。ないと10点の味しか出せない」という |
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津波で自宅兼本社や食品工場、冷蔵倉庫、店舗など全てを失った気仙沼市の水産加工会社「斉吉商店」が、流された自社の保冷車を見つけ、秘伝のたれを回収した。たれは看板商品のつくだ煮「金のさんま」作りに欠かせない。「命の次に大事」という社是を守り、持ち出した社員は車ごと津波に流されたが、奇跡的に一命を取り留めた。
<誕生日に“贈り物”> 3月14日、49回目の誕生日を迎えた斉藤純夫社長にサプライズが待っていた。「社長、これ誕生日プレゼント」。幹部宅で打ち合わせをしていた社長に、梶原幸紀さん(40)ら社員3人がリュックサックを手渡した。 入っていたのは、非常時に持ち出す冷凍のたれ。20年来、つぎ足しを繰り返し、頃合いをみてパックに冷凍保存、いつでも持ち出せるようリュックに入れたまま冷凍庫に保管していた。 専務で妻の和枝さん(49)は「社長の誕生日? すっかり忘れていた」。後は涙で言葉にならなかった。 11日午後2時46分、経験したことのない大きな揺れだった。気仙沼湾に近い潮見町の食品工場の及川純一マネジャー(39)と、梶原さんは停電した真っ暗な工場に戻り、がれきをかき分け一番奥の冷凍庫からリュックを持ち出した。梶原さんは保冷車の荷台に積み、気仙沼大橋を目指した。「海からできるだけ離れようと思った」。及川さんも自家用車で保冷車を追い掛けた。 大橋の手前で目を疑った。家が、車が、巨大な船が大川を流れていた。「津波は海から来る」という先入観は吹っ飛んだ。梶原さんと及川さんは大橋手前の空き地に車を止めていたが、川から一気にあふれ出した水に車ごと流された。 保冷車は密閉された荷台が浮袋の役目を果たし、乗用車に比べ浮力があった。梶原さんは「浮かんで流されている最中、乗用車の中にいた大勢の人たちと目が合ったが、次々に消えていった」と表情を曇らせる。及川さんは、近くの電柱に3時間ほどしがみついて助かった。 200メートル近く流された梶原さんは「このままでは沈む」と危険を感じ、助手席から車の屋根によじ登った。さらに民家の屋根に飛び移り、難を逃れた。屋根の上では、保冷車の行方をずっと追い続けた。 保冷車は約50メートル離れた民家にぶつかり、転がった。一帯はがれきに埋め尽くされ、梶原さんが保冷車にたどり着いたのは2日後の13日になってから。荷台の扉を開けると、たれは厳重にパックされていたこともあって無事だった。
<「再起へ弾みつく」> たれは看板商品「金のさんま」はもちろん、サンマのかば焼きにも使われる。しょうゆ、日本酒、砂糖、ショウガなどを20年来、つぎ足してきた。「角が立たないまろやかさが自慢」と和枝さんは力を込める。 本社や工場などがあった場所は土台だけが残っている。秘伝のたれを取り戻した斉藤社長が言う。「仕事をやめようという気持ちはなかったが、再び立ち上がるとっかかりができた」(山崎敦)
[「金のさんま」] 気仙沼市で水揚げされた新鮮なサンマを、秘伝のたれで骨が軟らかくなるまで煮る。2004年の第15回全国水産加工品総合品質審査会で「大日本水産会会長賞」を受賞した看板商品。
2011年05月09日月曜日
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