2011年5月9日0時59分
扉の開放に先立ち、東電は5日から、放射性物質を取り除く装置を設置して原子炉建屋内の空気の浄化を続けた。その結果、放射性物質の濃度は7日午後3時過ぎには1立方センチあたり0.0197ベクレルに下がった。目標の0.01ベクレルには届かなかったが、東電は十分に減らせた、とした。
開放した後、東電は9日早朝、1号機の原子炉復旧に向けた準備作業に入る。原子炉建屋内で放射線量を測定し、中で作業できるかどうか確認したうえ、原子炉を冷やすための水を循環させる配管の点検作業に入る。
一方、原子炉圧力容器の温度が上昇している3号機では、冷却のための水を確実に原子炉内に入れるため、注水する配管を変更する。7日は、枝分かれした配管に水が流れないように弁を閉める作業をした。
また、一部の配管は冠水したタービン建屋地下に弁があって閉めることができないため、配管を切断して閉止板を入れる作業をする。その際、配管とつながっている復水器の水があふれ出る可能性があるため、8日午後、復水器にたまった水を一部タービン建屋地下に放出を始めた。(坪谷英紀)
30分間。地震が起きてからの行動が、人々の命運を分けた。小学校で、避難所で、役場で――。生き延びた人たちの証言を、記録として残したい。