2011年3月17日 20時55分 更新:3月18日 0時47分
東京電力福島第1原発の冷却機能回復を目指し、沸騰がやまない使用済み核燃料プールへの官民を挙げた注水作戦が17日、展開された。周囲の放射線量が依然高い数値を示す中、午前には陸上自衛隊がヘリで上空から3号機に海水を投下し、夜は警視庁や自衛隊が地上から放水車で水を注いだ。しかし、警視庁の試みは奏功せず、放射線量の許容基準を緩めてまで実施した自衛隊のオペレーションも効果は限られる。東電による外部電源回復作業も本格化したが、未知の冷却作業はノウハウも乏しく、綱渡りの作戦が続く。【犬飼直幸、坂口裕彦、念佛明奈、八田浩輔】
17日夕。首相官邸であった緊急災害対策本部の席上、菅直人首相は午前に決行された自衛隊ヘリによる注水を踏まえ「危険な中での作戦遂行で、隊員はじめ自衛隊の皆さんには心から感謝申し上げます」と、自衛隊の最高指揮官らしからぬ低姿勢で謝辞を述べた。
一方、北沢俊美防衛相は同日午後の省内の災害対策本部で、午後は地上から放水する方針を示したうえで、「何とか危険な状態を緩和していきたい。昼に官邸に行き、首相との緊密な連携について話をした」と、被ばくの危険を伴う「命がけの放水作戦」は首相の指示を直接受けて進めていることを強調した。
東日本大震災の発生後、東電が同原発の情報を十分伝えてこないなかで、自衛隊内には危険な作業を強いられることへの不信感が募っていた。14日に3号機で起きた爆発で給水作業中の隊員4人が負傷した後、いったんは同原発から退避した。
しかし、15日未明、政府と東電の統合連絡本部が東電本店に設置され、政府主導の形に仕切り直されたことで、「有事」対応で自衛隊が前面に出るようになった。首相は北沢氏に「自衛隊が最後のとりでだ」と覚悟を迫り、北沢氏は16日の記者会見で「最後に国民の命を守らなければならないのは自衛隊の任務。ぎりぎりのところで任務を遂行する決意は固めている」と応じてみせた。
上空からの海水投下は16日、任務にあたる自衛隊員個人の累積被ばく総量限度(50ミリシーベルト)を大幅に上回る放射線が観測されたため、ヘリを飛ばした後に見送られた。それが17日は限度値を一気に100ミリシーベルトまで緩め、投下に踏み切った。
防衛省は国家公務員を対象に100ミリシーベルトと定めた人事院規則を準用したと説明した。その規則も17日付で、同原発に原子力緊急事態宣言が発令されている期間に限り、250ミリシーベルトへと緩和された。
駆け込みで引き上げられた限度値に、自衛隊内からは「周知されたことがない数値だ」と戸惑う声も漏れ、陸上自衛隊の火箱芳文幕僚長は「明確に方針として示されたわけでもない」と語るなど、混乱ぶりも露呈した。北沢氏は会見で「(17日も)状況が変わっていないのにどうして投下したかと言えば、首相と私の重い決断を統幕長が判断していただいた」と述べ、「作戦実施ありき」の政治決断だったことを認めた。
自衛隊は隊員の被ばくリスクを軽減するため、3号機に海水を投下する大型輸送ヘリCH47Jの床には放射線をさえぎるタングステンを敷き詰め、乗員は防護服とガスマスクに身を包んだ。17日午前の3号機を狙った4回の海水投下では結果的に周辺にも水が散り、警視庁の放水車や自衛隊の高圧消防車が現場に近づくための「除染」の役割も果たした。
地上からの放水には、航空自衛隊百里基地(茨城県小美玉市)に配備され、航空機火災を泡で包み込んで消火する機能を持つA-MB-3などの高圧消防車5台を投入、隊員約30人は防護服を着て車内で作業した。
これだけ危険を冒しても、冷却効果が見通せないことへのいら立ちも募る。自衛隊幹部は17日夜、「きちんと任務を終えて無事に戻ってきて本当に良かった。効果のほどは分からないが……」とつぶやいた。東電への不信感もなお強く、17日午後の省内の会議では「放射線の情報が東電から十分提供されていない」として、統合連絡本部に改善を求めることになった。
一方、2号機の電源復旧作業は17日午前から、東電職員ら30人の手で始まった。被ばく人数を抑えるため、平時より少ない態勢だ。
非常用電源が失われた1~4号機のうち、唯一配電盤が水没しなかった2号機の電気系統回復が頼みの綱。作業では放射線量の比較的低い海側に変電盤を仮設し、建屋の各機器などと接続していった。担当者は「少ない工事量で復帰するよう計画している。(電源復旧の)実現性はかなり高い」と強調する。
ただし、電源復旧は原子炉冷却のための入り口に過ぎない。まずは海水を送り込むポンプの作動試験をする必要があるが、16日夕には東京・内幸町の本店との連絡回線を切断するミスも起きた。7時間後の復旧までの間、水位計などのデータのやり取りは衛星携帯での通話でしのいだ。
東電は2号機との間の回線が生きている1号機も、近く電源復旧が可能とみる。しかし、3、4号機は新たな外部電源をひく必要があり、復旧には時間がかかる見通し。また、使用済み核燃料プールの水温が上昇している5、6号機では、5号機の非常用電源が機能していない。6号機の電源を5号機につないでいるものの、東電は「この状態が長く続けば1~4号機のように温度が上昇する」と焦燥感を募らせる。
東京電力福島第1原発3号機への放水は、低下しているとみられる使用済み核燃料プールの水位の回復は期待できず、むしろ外部電源復旧後の本格的な注水をにらんだ「つなぎ」の要素が濃い。
この日、陸上自衛隊のヘリから投下された海水は最大で約30トン。地上からは、警視庁の高圧放水車と陸海空自衛隊の高圧消防車から計70トンが放水され、最大で約100トンになる。どの程度がプールに入ったかは不明だが、仮に全部入れば、1200立方メートル(1200トン)のプールの水位が1メートル高くなる計算だ。
3号機では16日以降、プールの水位が下がって燃料棒の一部が露出しているとみられる。この状態が続くと、燃料棒の被覆管が劣化し、放射性物質が出やすくなる。空と陸からの放水は、政府と東電のひねり出した「窮余の策」だ。
放水でプールの水位が回復できなくても、水滴が燃料棒にかかるだけで熱を奪って蒸発するため、燃料棒を冷やす効果が期待できる。この仕組みは、真夏に水をまいて涼を取る「打ち水」と基本的に同じだ。プールから立ち上った水蒸気に含まれた水滴も、同様に燃料棒を冷やしていく。
効果について、経済産業省原子力安全・保安院は「今後の結果を見て判断したい」とし、東電はヘリによる水の投下後、水蒸気が上がり「冷却効果があった」としている。奈良林直(ただし)・北海道大教授(原子炉工学)は「ヘリを使って消防車のホースの先端をプール内に落とすなど、より効率的な方法を検討してほしい」と話した。【須田桃子】