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徒然なる本の話

本当は怖いアマゾンの話—Amazon Tales of Horror

あらかじめ断っておくと、ここで私が指しているのはアマゾン本社のアメリカでの行状だが、それに準じてアマゾン・ジャパンも同じ事をしている、あるいは同じ事をする力&下地があるという前提で読んでもらってかまわないだろう。

本に関わる全ての人たちにとって今やアマゾンはなくてはならない、あるいはとうてい無視することのかなわない大きな存在であることに間違いない。2006~07年の時点でとうとうアマゾンはバーンズ&ノーブルやボーダーズといった大型書籍チェーン店を抜いて、全米で書籍の売上げ1位のシェアを誇るまでとなった。(ただし、アマゾンは書籍だけの売上げを発表せず、DVDなどの“メディア”も含めた数字しか公表していないので、正確な数字はわからないが)

アマゾンが恐ろしいと聞いても本を買う側の消費者にはピンと来ないかもしれない。なにせ、欲しい本があれば、検索で一発でめぼしいタイトルが出てきて、他で買うよりも安いことがほとんどで、クリックひとつで買え、紙の本なら数日で手元に届き、Eブックなら数秒で読み始めることができるのだから。こんなに便利なものはない。しかも本だけに留まらず、日用品も同じように買えてしまうのだから。

そして本を売る側にとっても、アマゾンがすべて悪だというつもりも毛頭ない。全国の書店に自社のタイトルを並べるだけの販売網や営業力がない小さな出版社、マーケティング費用を出せない低予算のタイトルを抱えるところによって、大手版元と同じ条件でオンライン書店で本を売ってもらえるのだから、こんなにありがたいことはない。

実際、アマゾンはアメリカでどのぐらいの力を持っているのだろうか? 今や、アメリカの市場においてオンラインで取引される本全体(紙の本、古本、Eブックを含む)の実に70〜80%がアマゾンを通じて行われているという数字がある。中小出版社の中には売上げの半分以上をアマゾンに頼っているところも少なくない。

そのアマゾンに過大な影響力を持たせてしまったもののひとつに、アメリカ独自の「コアップ」という宣伝システムがある。元々は、90年代に急成長したバーンズ&ノーブルやボーダーズの大型チェーンが始めたことなのだが、広い店内のいちばん目立つところに本を置くマーケティング費用を出版社と折半する、という意味からco-op advertising「相互協力広告」という名前がついている。

これを言うと日本の出版関係者の人はたいてい驚くのだが、バーンズ&ノーブルやボーダーズの店内で、棚差し以外の場所に置いてある本には全て、版元からのお金が動いている。唯一、店の判断でやっているのは、例えばニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーチャート通りにタイトルが並んでいる場所か、あるいはstaff’s pickという書店員お薦めのコーナーだけである。他はどんな平積みの棚でも、本棚の横のスペースに着いている面陳列のケースでも、レジ横の場所でもコアップ次第で何が置かれるか決まっているのだ。

そしてこのコアップの上限額は、その版元の本の前年の総売上額で決まる。その3〜5%ぐらい。だから必然的に大手出版社だとコアップ予算が多く、小さい出版社は少なくなる。どういう平積みの台を作るか(母の日フェスタとか、全米図書賞特集とか)は、書店の方からアイディアが出され、版元がそれに応じる形をとっている。

だから、新しい出版社が急にお金に明かせて平積みで宣伝できないということもあって、既得権を守るようにもなっている。業界の悪しき習慣だが、誰もがおおっぴらにすることなしに続いている。

例えば、全国に700店近いバーンズ&ノーブル全店に1週間、入り口にいちばん近くて客が見る確率が高い場所に1つのタイトルを平積みにしておくのには1万ドルぐらいかかる。そしてこのミニマムが3週間ぐらい。300万円ぐらいの出費ということになる。

コアップはぶっちゃけ言ってリベートにあたる。キックバックみたいなものといえば、違法かどうか、かなりグレーなのではないか。日本の出版社でも、文庫などは売上げに応じて書店にお金が渡っている。その辺のことは誰かがバラせばいいだろう。

で、アマゾンは、平積みの棚を持つ書店ではないが、このコアップの制度を取り入れてオンライン書店のトップページを配置しているというわけだ。これはアマゾン・ジャパンも同じ。売れ筋、今話題の本、注目の新刊、そんな言葉の裏で取引が行われている。

既に4〜5年も前からアマゾンは各出版社にコアップ料金の引き上げを要求していて、応じなければアマゾンは、全くディスカウントしないとか、キャンペーンに含めないとか、最悪の場合、検索エンジンを操作して、著者名やタイトル名をきっちり正確に入力しないと検索に引っかからない、などの小細工もやっていたことがわかっている。

他にもアマゾンは、その膨大な仕入れによる影響力にあかせて、出版社がどういう本を作るべきか、ということまで指図できるようになっている。アメリカの大手出版社では「プレ・セールス」と呼ばれる会議がある。これは編集者だけでなく、販売やマーケティングの人も含めて、これから半年以上も先に出る予定の本のデザインや、キャンペーンの中身、初版部数などを絞り込んでいく打ち合わせなのだが、ここに大手アカウント、つまりバーンズ&ノーブルやターゲット、そしてアマゾンと言った大量仕入れをする担当者が招待されて、どのぐらい仕入れてもらえそうか、お伺いを立てるのだ。その時に「この表紙じゃ、ダメね」とか、「こういうのはちょっと」なんて言われると、デザイナー即クビとか、初版部数半減、なんてことになったりするのだ。これは既に検閲行為にも準じるではないか。

検閲行為と言えば、アマゾンで本が売れるためには色々なカテゴリーで売上げ上位にランキングすることで、かなりの宣伝になるのだが、一昨年のある時期、全く何の予告もなしにランキングから「ゲイ・レズビアン」のカテゴリーに入っていた本が消えたことがあった。版元からの問い合わせがあって初めてわかったのだが、アマゾンはこれを誤って「成人向け」のタグが付いてしまったからだという言い訳をしたが、それでもつじつまが合わない部分が多く、この件に関して業界の信用はゼロ。保守派の客に阿ってこういうことを平気でする部分はアップルも変わらない。

仕入れ値に関してもアマゾンはすごいプレッシャーをかけてくる。それまではどんなにたくさん仕入れても、返品可能で定価の50%までだったものが、アマゾンは何冊までは返品しない条件でこれをさらに数%ディスカウントさせている。版元も返本がないのはありがたいことなので、この条件をのんでしまう。最近は60%なんてひどいタイトルも聞かれるようになった。

そして、言うことを聞かない版元に対してアマゾンがとる措置が「ボタン外し」。本のデータはそのまま残して、「買う」のポチっとボタンだけをひっこめるのだ。例えば、昨年初頭にキンドル版の値段を巡って中堅出版社のマクミランがアマゾンとバトルしたときの話。詳しいことはこちらでどーぞ。

マクミランぐらいの規模のあるところだと、互角の勝負と言うことで解決は最初から見えていたが、小さいところだとこういうわけにはいかない。ブックフェアでうろうろしていたらアマゾンから来たという人に詰め寄られて「新しい宣伝キャンペーンに参加しろ」と脅され「うちにはムリ。お金がかかりすぎてつぶれちゃう」と拒否したらポチボタンどころか、ISBN番号を入れて検索しても何も出てこないぐらい全社のタイトルを消されたと証言したメルヴィル・ハウスという小出版社がある。(後で述べるが、ここは小さいながらもその後もアマゾンに堂々とケンカをふっかけている頼もしいところだw)

西海岸にある小出版社テン・スピードも卸値のことでアマゾンと揉めてタイトル全部をひっこめられ、著者や読者が慌てて問い合わせてきたことがあったという。当時編集長だったフィル・ウッドはアマゾンのCEO、ジェフ・ベゾスに直訴する手紙を書き、次の手紙ではニューヨーク・タイムズにタレ込むぞ、と書いてようやく解決を見た(さらなるディスカウントには応じなかった)そうだ。

弱い者いじめ限定かと思えば、そうでもなく、その前にもイギリスの大手、ブルームズベリーとアシェットとも揉めてボタン外しはあったし。(すみません、ことの詳細は忘れました。確か何で揉めてたかについてはどっちも口外してなかったはず。)

とまぁ、度重なる西城秀樹的ギャランドゥーな行為(じゃないや、古くてゴメン)に全米著者協会はベストセラー『チーズはどこへ消えた?』をもじった「買うボタンはどこへ消えた?」というサイトを作って、著者が自分の本をモニターできるようにしているぐらいだ。

思い通りにならないと、とりあえず脅してみる、というのは何も版元だけを相手に行われるものではなく、アマゾンの方針がそうなのか、と思わせる事もあった。日本でも、アマゾンは単に倉庫が日本にある外資の会社、ということで税金逃れをしているわけだが、アメリカ国内でも同じようなことが起こっている。

アメリカでは州ごとに消費税が全然ちがい、客が州外から通販でモノを買うと消費税がつかないところが多い。アマゾンはこれを拡大解釈して、州内に倉庫があってそこから州内に発送されていても、取引は本社を置くワシントン州で行われたものとして、テキサス州内で売れた本については消費税を払っていなかった。テキサス州政府が今年初め、これを不服として追徴金2億7000万ドルを支払えと訴えを起こしたところ、アマゾンは、だったらテキサスの倉庫を閉鎖して今後もテキサス州には倉庫を作らないと脅しをかけた。

他にも全部で6州、アマゾンの倉庫がありながら消費税を支払っていない州があるのだが、テキサス州と同じ措置をとろうとしたサウスキャロライナやテネシー州からも撤退すると言っている。各州の州政府はアマゾン以外のオンライン店にも対応できるように法改正をしようとしているところが多い。

そしてさらなる新しいバトルのひとつとしてアマゾンが取り組みつつあるのが「出版社になること」。既に自費出版の電子書籍用のプラットフォームを作り、作品を募集しているだけではない。昨年アマゾンは「アマゾン・クロッシング」というインプリントを作り、アメリカの市場ではまだまだ機会が少ない海外の翻訳ものを出すことに取り組む、という発表をした。

そこで、自分たちが儲けるだけじゃなくて、外国文学の推進に尽力してるんですよというポーズのためにオープン・レターという翻訳もの専門の出版社が選んでいる優秀作品に出す賞金をどーんと負担しましょう、というプロジェクトを発表した。著者と翻訳者に5000ドルずつ出すと。そこで出てくるのが、前述のメルヴィル・ハウス。ここもアメリカの出版社ではなかなか取り組めない海外作品の翻訳を出している零細出版社なのだが「アマゾンに金出してもらうくらいなら、そんな賞いらねーぜ」とばかりに作品ノミネートされることを拒否。

まぁ、アリがゾウに噛みつくような話だが、普段からメルヴィル・ハウスは、業界のネタを扱っているホームページのニュースコーナーも面白いので、いつもチェックしている。アマゾンに限らず、あっちこっちにケンカ売ってて楽しいよ。

ちなみにメルヴィル・ハウスは単にケンカ好きのヤクザな版元ではなく、ちょうど吉本ばななの『みずうみ』を出したこともあって、東日本大震災の後、すぐにこの本の売上げの一部を義捐金に回すと発表した。

そして一方のアマゾンは、海外の翻訳作品だけでなく、他にも絶版になっているけどアマゾンが宣伝すれば売れそうな本を出す「アマゾン・アンコール」、セス・ゴーディンと組んで出版社を中抜きする「ドミノ・プロジェクト」、そして今月になってロマンスを出す「モントレーク」などのインプリント(つまりは出版ブランド)を作り、独自に本を出していこうとしているのだ。

こんな風に業界のあちこちに風穴を開けている、というより手榴弾を投げているアマゾンだが、なら消費者にとっては本が安く、便利に手に入るから良し、とするのはまだ早い。

微妙なところであなたのストライクゾーンに投げてくる「推薦書」、あれって、ユーザーの過去の買い物パターンだけをアルゴリズムにして類書を割り出しているわけではないって知ってた? もちろん、版元からお金を取って操作している。

他にもregional pricingとか、price variableとか言って、その人の過去の買い物パターンや住んでいる場所によって、同じ本に違う値段が付いていることも? そうやってどの本がいくらなら利益が最大限になるのか、あなたを使って実験しているのだよ。言い換えればあなただったら、いくらなら買いそうだとか、値踏みをしているわけ。

どうです? 怖い?

とはいえ、アマゾンなしの出版業界なんて既に考えられなくなっている。その規模に関わりなく「ブリック&モルタル」と呼ばれるリアル書店がどんどんなくなりつつある状況下で、ネットで本が安く便利に買えるのは福音であることも間違いない。だから、これだけアマゾンの怖い話をしてさえ、私はこれからもアマゾンを利用するだろうし、ちゃんと日本でキンドル版に取り組んでいって欲しいとも思っている。

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