ある山の頂上付近にて。
二人の男性が焚き火に薪をくべ、夕食の用意に取りかかっていた。
名は、高町士郎、高町恭也。
この二人は親子で、休日を利用して修行のために山篭りをしていた。
永全不動八問一派・御神真刀流。
その流派を継承する、二人の剣士。
もっとも、山篭りで修行など二人には別段に珍しくもない。
月に一度は週末などを利用して、親子の親睦を深めるための意味もあった。
ただ、この日は“いつも”とは違っていた。
「父さん、アレは!?」
「……うむ、行ってみよう」
山頂付近にて、眩い白銀の光柱が起った。
神々しいまでの光を放ち、天へと届く一陣の閃光。
只事ではない超常現象の発覚に、危険を感知した二人は迅速に行動へと移る。
それぞれの愛用する武器を佩用し、火を消してその場へと駆けた。
向かう先に待つものはなにか?
普通ではない。あの光景は明らかに異常だ。
腰に担う小太刀二刀に、いつでも抜刀できるように片手を添えて、山頂へと駆け進む。
向かう先に待つ未知へと。待ち受ける、異世界からの来訪者へと。
そう、一人の少女の下へと――
魔法と魔術の禁断書
第三話 新たな世界で
海鳴市山頂、上空。
闇を切り裂く光と共に、中から現れたのは一人の少女。
【――さん! ―志保―さん!】
「……んぅ?」
切羽詰まった呼びかけに、切れ切れながら意識が覚醒する。
ゴスロリチックな黒を基調とし、髪を二つに結った黒髪蒼目の少女、衛宮・志保が目を開ける。
始めに見えたものは白。それも真っ白い粉雪のような白色。視界一面を覆うそれは広大な雲だ。
次いで、景色が晴れたと共に視界に映ったものは――幾重の星が輝く、夜天の空だった。
「――え?」
ここで一つ説明をしよう。
ルビーの強制転送魔術と『宝石剣』の暴走によって誤差発動した超長距離転送は、座標を標準するこができない。
急いでいたということもあるが、この転送魔術は知らない地へと無差別だった。
よって、このように“空”へと到着位置を設定されていても……なんら不思議ではなかった。
「う、嘘でしょぉおおおおおお――!?」
平行世界への転移は成功し、ルビーの目論みは成功したが、それ以後のことについては予測不能。
もしかしてあの二人になにか恨みでもかっていたのか、と考えれば該当することなど、ルビーには無数にあった。
だが残念なことにそのトバッチリを全身で受けたのは二人の娘である志保だ。なんとも悲運で不幸か。きっとパラメーターがあれば彼女の幸運はEであろう。
『宝石剣』の解析の過程で落ちそうになった意識を転送中に無理やりルビーに覚醒させられ、そして、現状に至る。
重力(ニュートン)の法則に則って落ちていく体――。
全身に浴びる風圧。下へと引っ張られる引力。
小柄な身体が相対風により煽られ、EXITなど設置していない軌道は無差別に流される。
ザッと目算しても、距離は地上まで凡そ3000フィード上空。
雲に届く位置からの自由落下に対し、パラシュートも身体コントロール技能も持ち合わせていない絶望的な我が身。
飛行魔術を使えるほどのスキルも持ち合わせていなく、傍らで一緒に墜落するルビーも期待できそうにない。
俯せの状態のまま、降下速度に相まって空気抵抗と重力加速度が釣り合い、毎度800kmの早さで地面へと急接近する。
つまり、このままでは確実に間違いなく、死ぬ。
「落ちる! 落ちる!! 落ち、つーかもう落ちてるううぅぅぅ――!!」
ジタバタと暴れるものの、空気抵抗によってそれも虚しいだけ。
グングン迫る地上の光景に、潰れたトマトのような悲惨な想像が脳裏に膨らんだ。
「クッ! ――“Anfang(セット)」
心臓を杭で打たれるような嫌な感触と共に、不出来な魔術回路(ライン)が繋がる。
指先に溶かした宝石(桜作)でネイルした呪詛が、蛍のように淡く輝く。
「――Es ist gros, Es ist klein(軽量、重圧)……!」
紡ぐは浮上魔術。飛翔や飛行といった高度な魔術を扱えない以上、一瞬のタイミングに命をかける。
高鳴る心拍数に胸が痛い。死が迫る。加速度的に。無慈悲なほどに。誰の助けもなく。
だがギリギリまで粘る。肌で感じるほど神経を集中されて。
高すぎても、低すぎてもいけない。
射程範囲まで、引き寄せる。
……きた!
「――vox Gott Es Atlas(戒律引用、重葬は地に還る)”……!!」
放った。
同時、一瞬の停空感。
距離と威力の誤差範囲を極限まで絞り込んだ決死の一撃。
地上までの距離は、残り凡そ数十メートル。
放たれた魔力の衝撃波が、地面に衝突し乱気流を生み出す。
その影響で、志保は落ちてゆく体が落下から少し浮き上がり、何とか身体のバランスを整えて地面へと無事に――
「はぐぅ!?」
いや、無事にとは言えなかった。
咄嗟に両足に魔力を込めたものの、付加の掛った重圧に耐え切れず膝が落ち、後身を強く打ちつけた。
ゴロゴロと悶絶しながら左右に転げまわる姿に、静観するルビーがケラケラと嘲笑う。
この杖はどういう訳か無事に着地を果したようだ。
【まるで芋虫のようですね、志保ちゃん♪】
「うっさい!」
いったぁ、とやや涙目で呟きながらも腰を浮かし、お尻をさすりながら立ち上がる。
緊迫と疲労とした体を奮わせ、志保は闇色の周囲を見回した。
少なくとも見知った場所ではない。
「……ここ、どこ?」
【さあ?】
クレーターのように円形に凹んだ場の中央で、ポツンと志保は呟く。
さきほどの真空破で周囲何十メートルと木々が吹き飛び、大地はひび割れ隆起していた。
その様子を見て「領土荒らしとかで問題にならないだろうなぁ」と一人想念する。
「……もうちょっとマシな場所に送れなかったわけ?」
【とっさでしたからね~。まあ、水の中や土の中、はたまたしず○ちゃんのお風呂の中とかじゃないだけマシなんじゃないですか】
「まあ、一理あるけど……って、そもそもの原因は貴方でしょ駄杖!!」
【聞こえなーい聞こえなーい★】
羽根の部分で耳?を隠しながら知らない知らないと頭部を振るルビーに、志保の拳が知らず強まる。
ブチ壊してやろうかと、繋がった回路から拳に魔力が凝縮されていくのを見て、ルビーは僅かに冷や汗をかいた。
魔力を扱う術に長けているわけではない志保だが、決して魔力が少ないわけではない。
むしろ、魔力容量(タンク)だけを見ればすでに超一流の領域なのだ。あくまで、技術(やり方)がないだけのこと。
爆発寸前で遠坂の家訓である“優雅であれ”という言葉を思い出し、溜息一つ。やり場のない怒りを空へと向け、星を眺める。
その際に星の座標で位置を特定しようにも、天文学でも専門家でもない志保には無理だが、心を静ませる役割は果たしていた。月が雲に隠れているのは残念だが。
……OK、落ち着いた。とりあえず、
「ねえ、ルビー? 一応聞くけど、家に帰して」
【わお、いきなりホームシックですか? ダメですよー、泣き言は。よぉ~しよし、それではなんとかしてあげますのでちゃちゃとわたしと契約してください♪】
「話の噛み合わない駄杖ね。でもご愁傷さま、貴方の変態的な悪評は母さんとセイバー姉さんから耳にタコが出来るほど聞いているわ。だから契約はしない、できない、やりたくない」
【ん~、それは困りましたねー。ちなみになんて伺ってます?】
「契約すれば人生が終わる、だって」
【あははは、大げさな☆】
大げさなものか、と志保は心中でツッコム。
その意気揚々とした楽観的な態度に、メインヒロイン?を降格しそうになったという母の憂いを裏付けていた。
悪魔に魂を売っても、この杖にだけは売ってはいけないと本能が訴える。
【じゃあ、無理やり血を――】
「ちなみに契約されたら、正気に戻った瞬間に『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を使って二度と契約出来なくしてあげるから覚悟してね。その後にブチ壊すけど」
【……なら、元の世界に帰るためにも契約を――】
「今頃母さんと姉さんが奔走して此方に繋がる“穴”を虱潰しに探してくれているはずだから、気長に待つわ。よってお金を得る以上に貴方に身体を売るつもりはないの。アンダスタン? ブチ壊すわよ?」
【…………これから先の相棒として――】
「ハッ、貴方を相棒とするぐらいなら、そこらの枯れ木とでもしたほうが百万倍マシよ。ブチ壊されたいの?」
【ひどっ!? ってかなんで全部ブチ壊されること前提なんですかぁ!? 初対面でここまでボロクソに罵られたのは数ある世界の中でもルビーちゃん初めてですよ!?】
「黙れ駄杖。リサイクルに出してペットボトルにしてあげましょうか?」
取り憑く暇もないとはこのことか。完全に警戒されている。凛や士郎でさえ、もう少し話を聞いてくれたというのに。
しかし、以前に呼ばれた時の摩耗した魔力で大規模な転送魔術を行った反動により、いくらルビーといえど疲弊している現状迂闊に手を出せない。
長期戦は不利。だが、相手はあの衛宮・士郎と遠坂・凛の娘。きっと抗魔力も高く、一筋縄ではいかないことにルビーは感づいていた。
よって、今しばらく契約云々の話は棚上げし、一先ず優先すべき現存できる方向へと話を進める。
【……分かりました。ルビーちゃんとて人工精霊としてのプライドと誇りがあります。引き際ぐらいは弁えます!】
「あらそう? 殊勝ね。駄杖のわりに」
【むむむぅ…! でもでも! このままじゃあ貯蔵する魔力が切れてルビーちゃんただの素敵ステッキになちゃいます! だからせめて、動けるぐらいの魔力供給を要求します!】
「要求?」
【ごめんなさい。間違えました。お願いします】
ふよふよと宙に浮きながら頭?を下げるルビーの必死な懇願に、志保は顎に手を当てて考える。
正直、ルビーの必要性はかなり高い。口ではああ言ったが、腐っても第二魔法、キシュア・ゼルレッチ。
メリットとデメリットが天秤で計られ、左右に揺れてシーソーを演じる。
ただその裏でルビーは、殊勝な振りをして志保に対し巧妙な画策を組んでいた。
――ほほほ、こういったツンツンのおこちゃまはこうして弱さを見せて下手に出ればイチコロなはず♪
知らない土地にただ一人。誰も頼れる人もなく、精神的に幼い志保にはなにか縋る物が欲しいはず、と裏でほくそ笑む。
そうなれば凛のツンデレ属性も受け継いでいるであろう遺伝子を頼りに、デレた所を容赦なく突き、流れた主導権を握るつもりだった。
下げた頭?の影で邪悪な笑みを浮かべるルビーを傍目に、逡巡する志保がやがてボソリと呟いた。
「……訪ね人ステッキ? ……いや、それよりもカカシ程度の役割は果たすんじゃ……いざとなれば盾ぐらいには……(ボソッ)」
……。
…………。
………………マズイ。なにかがマズイ。どこで計画が狂った、とルビーは滝のような冷や汗を流す。
馬鹿な、この巧妙且つ卓絶した心理戦が、逆砕どころが手玉に取られているとは。まさかの孔明も吃驚である。
ルビーの目論みは間違ってはいない。常識的かつ心理的に考えれば、9歳の少女を懐柔する上では当然の帰路だ。
ただ、衛宮・志保という少女はどこまでも現実主義(リアリスト)だった。
衣食住がない。ああ結構、ならば作ればいい。稼げばいい。奪えばいい。
それができるだけの技量と胆力が備わる志保に、他者の手など不要の産物。
いざとなれば第二魔法の結晶体であろうが、使い捨てのカイロよりも簡単に切り捨てるだろう。
つねにハイテンションのルビーが、魔力というより電池切れのように萎れてゆく。
そして志保の視線がルビーをどう“視て”いるかに気付き、僅かにひきつった。
【あのあの~、志保ちゃん?】
「なぁに?」
【まさかと思いますが……ルビーちゃんを今、“解析”してないですか?】
「ふふふ……まさか」
【こわッ! さては必要な所だけ分解して後はポイですか!? ちょっ――基本格子読み取るのストップストップ!!】
いやいやと身体を動かして羽根で身を隠すルビーに、志保は小さく舌打ちをうつ。
その目はまさに無機物を見る目。物を物として扱う、嘗ての祖父である衛宮・切継の目だ。
マズイと思う。時間が経てば経つほど、志保は己を取り戻し冷静で冷酷で冷徹な判断を下す。
もはや形振り適わぬ様子で、少ないプライドを捨ててスリスリと子犬のようにルビーは志保の足元に擦り寄った。
これだけの魔力を持った逸材以外に他者と契約できる可能性は、タイムリミットを考えても天文学的に少ない。
【せ、せめて仮契約でもいいからこの際やっちゃいましょう!】
「なにその通販のお試し期間みたいなノリ。却下」
【ノゥ! な、なら小指サイズのパスでもいいからせめて省エネモード維持の供給を!!】
「そっからノミのように吸い取るくせになに言ってんの? この寄生虫」
【とうとう虫扱い!?】
ガーンと無駄に衝撃を受けているルビーに対し、どうしたものかと志保が考える。
が、その時、
《――? 志保ちゃん大変です、敵襲です》
「え?」
突如ルビーからさらりと警告が掛かり、つい間の抜けた声が零れた。
目が点になる志保を余所に、ルビーは思念でツラツラ現状を報告する。
《んー? 数は二つですね。気配を隠して上手く傍観しているようですけど、残念。ルビーちゃんの知覚範囲に入っちゃたのが運のツキですよ》
「っ」
探査魔術を広げ、脳裏に浮かぶルビーから思念の映像が送られる。
指摘を受けて志保もすぐに神経を研ぎ澄ます。表面上はなにもないように振舞いながらも、心中は穏やかではなかった。
そして自分の背後から感じ取れた二つの気配に小さく息を呑み、思わずルビーに目を向ける。
まるで野生の獣のように緻密に気配を遮断している二人は、おそらく相当な手誰。
だが、志保が受けた衝撃は二人に対するものではなく、眼前のルビーに対するものだった。
まさに物の見方が変わるとはこのことか。確かにこのまま失うには惜しい存在だと、志保は我が身で痛感する。
生じた動揺を無理やり内に押し込め、気持ち(スイッチ)を切り替えて、対応に移す。
「――“Anfang(セット)」
ボソリと呟く。大気にマナを送り、神秘を模るために。
繋がったラインにパスを送り、拳を握って淡く輝くネイルを隠す。
消耗品だがこの特注の宝石ネイルは、己と血と混ぜて溶かした呪字のためそうそう消えない。油性マジック並に。
現状、背後の二人は静観しているようだが、この気配の断ちようがただの一般人を否定していた。
身のこなし、潜伏方法に気配遮断など、常人では群を抜いて飛び抜けていた。
教会の代行者に等しい圧力。それも二人。思考が氷のように冷めてゆく。
知らない土地での逃亡は不利。土地勘がない上に夜目も利かない。よって、打ち破るしか方法はなく。
なれば、こちらから先手を得る。
「――Das Schliesen.Vogelkafig,Echo(準備、防音、終了)……」
一拍。詠唱の際の溜めに入る。
始める戦闘の合図はこの胸に。照準を演算し、流れをシュミレーションする。
ただ……背中から感じる気配に魔力と殺意が一切感じられないことに僅かに眉を潜めた。
――関係ない。邪な気持ちがなければ、隠れず姿を表すのが道理。情報を聞き出すためにも、殺しはしないのだから。
心を鉄にする。躊躇や戸惑い、迷いや怖といった逡巡は命を縮める死の敗因となるから。
だから、行った。
「――Fixierung,EileSalve(狙え、一斉射撃)”――!!」
気配を捉える方角へと、振り向き様に照準する。
呪いを含んだガンド。掠り傷でも致命傷を負わせる魔術。
コンマ数秒の間際、二つの気配が動揺するのが分かった。
だが遅い。すでに標的は範囲内に捉えている。
「風邪でもひいてろ――!!」
四の黒い流星が、飢えた獣の如く解き放たれた。
―→ side kyouya&shirou
「「!?」」
驚きの声を上げる暇も、なかった。
突然の光と共に現れた不審者は、自分達の存在に気付いたようで自然に身構える。その何気ない動作で手練と察した。
そして、殺気に伴い起した行動は――振り向き際に四の黒球を放ち、自分達に牙を剥いたのだ。
投擲された不可視な脅威に、二人の背中がゾクリと悪寒した。
「「く――!」」
迫り来る小流星。
同時、御神流に伝わる奥義・“神速”を発動させる。
景色が白黒(モノクロ)になる世界の狭間では、時間の感覚が酷く遅延する。
まさに神速の速さでその場を離脱し、一瞬後の爆発音を後方で聞いて、相手の左右(士郎/恭也)へと移動した。
次いで、自身の流派の戦術として士郎が『鋼糸』で相手の身を拘束する。
「――っ!?」
なにが起こったのかわからずに、身を縛られる人影。
続いて、恭也が相手の動きを無効化にしようと『飛針』を二つ、膝元へと投げつけた。
だがそれを、
【ていっ☆】
なぜか動くステッキが素早く間に挟まり、『飛針』を羽根で叩き落とした。
目を疑う。お茶目っ気のある女性の言語を発し、えっへんと胸?を張る不思議ステッキに言葉を失う。
理解できない。まるで宇宙人と戦っているような気分だ。
一瞬の気が人影からステッキに移った刹那、その隙に相手は地面へと思いっきり“何か”をぶつけ、粉塵を巻き起した。
煙幕が立ち上がり、相手の姿が視角から消える。
だが逃がすまいと、追撃を仕掛けようと恭也が小太刀『八影』に手を添え気配を探り、
「――“投影・開始(トレース・オン)”」
紡がれる声と同時、煌めく銀閃が奔った。
「む!?」
『鋼糸』で拘束していた士郎から、手元の感覚が消えたことに疑念の声が上がる。
下段から切り裂いた『鋼糸』の軌跡をそのままに、返し刃を天へと掲げる。
その空気の振動を読み取った恭也が強く一歩を踏み込み、眼前の煙幕へと一撃を放った。
キギィイイン!!
その奥、切り裂く煙幕の向こうから金属音と共に、交わる刃を恭也は見た。
同時、雲の晴れた隙間から月の女神が顔を出し、戦場を優しく照らす。
そして二人は驚愕した。戦う相手を。強靭な敵を。予測の範疇から懸け離れた容姿に息を呑んで。
鋭い眼光を放つ、黒髪蒼目の少女を視野にして――。
―→ Side Siho
――この人達、強ぃ……!
薄れる煙幕の向こう、投影した『干将莫耶』の刃で交す相手へと目を向ける。
咄嗟に魔力を地面に叩きつけ粉塵を巻き起したものの、なんの動揺も示さず相手は懐へと踏み込んできた。
相性は最悪。相手も二刀使いな上、技量も経験も全てが自分よりも上だ。
戦って分かる強さ。
下手をすれば、この二人は師となるセイバー姉さんと並ぶかもしれない。
本物の剣士。目くらましの煙幕は消え、月の光が場を照らし、対峙する相手の視線が交わる。
戸惑いながらも厳かな声で、刃に込める力を緩めることなく相手が問う。
「――君は、何者だ?」
「はあ? 聞きたければ、そっちから名乗るのが礼儀ってもんで・しょ!」
唾競り合いの状態から私が青年を一気に弾き返す。
互いに大きく一歩後退し、二人の姿を左右に視野して、肩で息をしながら双剣を八双へと構える。
思えば、青年が向けた刃は逆刃で、峰打ちを狙っていたようだ。
殺す気は――ない、のか?
「……いいだろう。俺の名は高町恭也。御神の剣士にして、しがない学生さ」
「その父親。高町士郎だ。数分前に光と共に爆発音が聞こえてね。赴いてみたら――キミがいたのさ」
名と共に簡単な経緯を話し、律儀にも戦意がないことも告げてくる。
その態度に、その“名前”に、私は若干戸惑ったものの思考を広げ……偽りではないことを信用し、殺意を解いた。
以前、刃は構えて警戒したままだが。
「私は――志保。少々複雑な事情があって詳しく身元は言えないけど……危害を加えてくるつもりはないの?」
「ああ、其方が刃を向けない限りはな」
恭也が冷淡に言葉を告げ、構える『八影』をゆっくりと解く。
士郎も以前警戒はしているものの、敵意はないようだ。
二人を観察し、自分の身分や出身を明かさず簡潔に自己紹介を終える。
異世界とはいえ、まだ完全に信じていない私は敵国の兵士である可能性に警戒を抱いている。
少しの沈黙が続き……
ぐぅ~~
情けない音が、腹部から響いた。
「……お腹減いた」
つい口に出る。だが運動すれば消費したエネルギー(食事)を求めるのは至極当然のこと。
ルビーからからかいの声があがるが無視する。誕生日会でケーキとチキンしか食べていない私のお腹は欲求不満なのです。日本人はお米を食べないと。
その私の様子を見て士…父親の方が僅かに目を丸めた後、途端にクスクスと笑みを浮かべ始めた。
……なにか恥ずかしい。なんだ、その娘でも見るような温かな視線は?
「どうだろう、一緒に来るかい? サバイバル様の冷食だが、お腹は満たされると思うよ?」
「父さん?」
訝しみながらも恭也は父に目を向け、「まあまあ」と彼は息子を諭す。
一度目配りをされ、その視線に込められた意図を瞬時に理解した。
自分では、この二人には勝てない。
一対一でも勝ち目は薄いのに、二体一など絶望的だ。
勝率など一桁以下。この二人を相手にするぐらいならば、蛮国の凡兵を百人相手にしているほうがマシだろう。
力や魔力はともかく、圧倒的に戦闘に対する経験と技術が雲泥の差なのだ。
それを承知し、見定めた上で、この提案を持ちかけたようだ。
――どうする、ルビー?
《おおー! 相談役に買ってくれるということは、契約に応じてくれるということですね!? さすが志保ちゃん心が広い! よっ、お姫様!》
――うんちくはいいからさっさと結論。で、どう思う?
《ルビーちゃんの命運をさらっとうんちくですまされると悲しいですが、うーん? ここがどこなのか分からない以上は情報を集めるためにも乗ってみてはどうですかー? いい男みたいですし♪》
――いい男はさておき。いざという時は終わりよ? 彼ら私よりもずっと上だもの。
《でしょうねー。驚いたことに魔力を一切使っていませんし? 単純な体術のみで戦闘を行っているようですから? どこかの寺のお侍さんのように》
――は? 侍…?
《いえいえこっちの話ですー。昔そんな忠犬コジローがいたってことです。で、志保ちゃんどうするんですかー? ルビーちゃん的には次の契約者が見つかるまでは死なない選択をとって欲しいんですが~?》
――だからまだ契約すると決めたわけじゃ……ハァ、もういいわ。でもあくまで“仮”よ?
《!? ひゃっほー! やっとデレたぜコンプリ――――トォ!!》
――主導権、あくまで私のままだからね。魔力の供給は…蛇口の水滴からこぼれた水程度にはしてあげるから、ありがたく思いなさいよ?
《はいな! てええええええええええええええ!? 蛇口の水滴から零れた水程度!? ほぼ絶食じゃないですかそれえ!?》
――精霊様が贅沢いわない。見返りが欲しければ成果を見せなさい。成果を。
《むむむむむ~! 志保ちゃんのケチ! アンポンタン! 人でなし! 守銭奴!!》
――………#(ピキ)
念話中断。下らない問答を打ち切る。
だが繰り広げた相談の結果は、やはり様子見が妥当との結論。
一つ吐息を吐き、双剣を木々の中へと放り投げ、認識をズラすと現実との祖語が生じて幻想が霧散した。
二人は驚いた表情を――武器を“消した”のではなく“捨てた”ことに――していたが、適当に誤魔化して話を切りった。
こうして戦闘は終了し、一時的な和解が成立した。
「テントはここを真っ直ぐ下った所にある。食事もそこだな。歩いて十分ほどの位置だが、道中でマキを集めるから君も協力してくれ」
「はいはい」
「はは、恭也は無愛想だが仲良くしてやってくれ。きっと君と同じぐらいの妹がいるから、照れくさいのだろう」
「と、父さん!」
「そうなの? お・に・い・ちゃん?」
「こ、コラ! 大人をからかうんじゃない!」
「ははは、さて行くが、忘れ物とかないかい?」
「忘れ物って、そんなのあるわけ――」
そこではたと気づく。なにか重大なものを忘れていないかと。
この上なく大事な物で。決して失くしてはいけない物が。
失念してはいけない“何か”。それが喉元まで浮上し、やがて疑問が脳裏に駆け巡る。
欠如した空白の記憶を埋めるのは、こうなったもう一つの原因――
「あ」
そして唐突に思い出した。忘れてはいけなかった“何か”を。
それは母からのプレゼント。魔法の域に届いた、代替品の利かない神秘の結晶。
発覚した瞬間に探知魔術を駆使し、着地した付近を血眼になって念入りに捜索するが、それらしい物はなく。それらしい魔力反応もなく。
見る見る内に顔を蒼白にし、頼みの綱とルビーを見るが……彼女は肩?を竦めて「さあ?」と本気で知らない顔をした。
それは、つまり、完璧に、なくしたということ。
「な、ななな、んなぁ――」
――『宝石剣』ゼルレッチを、この世界のどこかに“落っことした”。
「な…なんでよぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!?!?」
……母親から受け継いだ“うっかり”属性は、本当にココ一番の所で呪い的に本領を発揮していた。