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[26133] 【習作】魔法と魔術の禁断書(Fate→リリカルなのは)
Name: 月咲シン◆e7d9dec4 ID:090b6a36
Date: 2011/05/03 09:07
 
 おはようございますこんにちはこんばんは、月咲シンです。
 
 Fate→リリカルなのは、稚拙ながらテストさせていただきます。
 
 続けるかどうかは自信があやふやなので、とりあえず公表次第やっていけるか決めたいと思います。
 
 それでは、よろしくお願いします。



[26133] 序章 受け継がれる意志
Name: 月咲シン◆e7d9dec4 ID:918867ef
Date: 2011/05/04 02:25
 
 Fate/staynight

 Unlimited Blade Works

 Next if story 
 




 魔法と魔術の禁断書
 序章 受け継がれる意志 

 



 昔のことだ。
 私には一人の、“正義の味方”がいた。
 “その人”は強く、優しく、困っている人がいれば無償で助けると言った、現代には珍しい誠実な人だった。
 その癖、掃除、洗濯、料理などの家事一般を主婦以上に――いや、あれは一重の執事並みに――完璧にこなしていた。
 おかしな人だろう。完璧超人に見えて、そのクセへんに鈍感でヌけているところがあるのだから、どうも放っておけない。
 だからだろう。余りに真っ直ぐに向こう見ずな危なかしい処に、私の母が傍にいると決めたのは。

『なあ、志保(シホ)?』
『ん? なーに、お父さん?』
 
 あの時交わした会話は、今でも清明に覚えている。
 “その人”の和式住宅の一角、月を見ながら縁側で話した、あの時の言葉を。

『志保は何のために、剣を振るうと決めているか?』
『なんのために?』
『そう、なんのために、さ』

 その言葉は何でもないようでいて、どこか深みの篭った意味を示しているのだろうと幼いながらにも私には分かった。
 だが、質問の意図が上手く理解できない。剣を振るうために、意味などあるのだろうか?
 理由など単純に、“その人”に倣って稽古を始め、母の教えと、姉の剣技に見惚れたぐらいだ。
 故に、上手く――否、“強く”なりたいと願うことに、剣に意味を込めて振るなどといったものはこの時の私には持ち得ていなかった。
 必死に答えを模索し、小首を傾げて唸る私の様子に……“その人”はクスリ、と仄かに笑い、微笑んだ。

『ごめん。まだ、志保には早かったようだな? でもまあ、家が家だし。習って損することはないから、がんばろうな?』
『……うん』

 いつもの気さくな、優しい声。
 しかし、その表情の陰に宿る愁傷な寂しさに、答えられなかった不甲斐なさが込みあがる。

――ごめんなさい。

 罪悪感というものか、自分の無知さ加減が恨めしい。
 だから私は強がった振りをして、“その人”を励ますために精一杯の虚勢を張った。

『うん、がんばるっ。わたしだって、お父さんの娘だから。それに、お母さんやセイバーお姉ちゃんみたいな立派な“れでぃー”になりたいもの!』
『そ、そっか。……でも、受け継がなくてもいい“うっかり属性”や、はたや“おお食らい”も遺伝していることが、お父さんちょっぴり……いや凄く、心配だぞ?』
『むぅぅ、だいじょーぶだよ。だってわたしはまだまだ、成長期だから』

 そう言って、えっへんと凹凸のない胸に“その人”は苦笑。その胸も遺伝しないことを祈るよと、口には出さないもののそう顔に表れていた。
 まったく、失礼なものだ。……標準サイズぐらいは、望んでもいいだろうに。
 あとで二人にこっそりと教えてあげようかな? 止めてほしくば、口止め料にデザートを要求しろーって、タイガーお姉ちゃんを見習って。

『あ、でも――』
『ん? でも?』

 次に紡ぐ言葉は、私の人生を左右することとなる。
 なにげなく気になった先ほどの言葉の意味を、参考として“その人”の剣を振るう理由を尋ねて。

 ……ああ、そうだ。

 この時に――いや、この時が、“その人”を引き止める最後の選択肢だったというのに。

『お父さんは、どうして剣を振るうの?』
『お父さんか? そうだな……それは――』

 人を救うため。困っている人を助ける、正義の味方になるため。
 そう、“その人”は言った。“約束”らしい。“その人”の父親から受け継いだ、意志だと。
 当時、私は素直にその答えが“凄い”だの“立派”だのと敬称して賞賛したはずだ。
 大人として、人は通常年少の頃の想いは薄れ、現実の辛い荒波に埋もれ荒んでゆくものだから。
 まあ、その時の私はそこまで考慮した訳ではなかったが、“その人”の話す理由がとても真摯的で、輝いて見えていたからだろう。

 だけど同時に、浮かんだ小さな疑心感に愁眉を僅かに潜めずにいた。

 なぜなら、“その人”が持つ答えに――まるで“自分”が、含まれていないからだ。
 困っている人、不幸な人、傷ついた人……そのどれもが“彼であり”、言っては何だが一方的な行為にも感じられた。
 理想――とでも、そう言えばいいのだろうか? 歪んだ信念の果ての境地。生と死を司る天秤。究極の自傷心。
 無論、私や母や姉のような由縁ある者達ならば何の疑心も湧かないだろうが、そうでない人はただ……戸惑うだけではないか。
 それに、私が一番引っ掛かった。まるで自分を犠牲にしてでも“他人”を助けたいと思う心は、一種の自己満足にも似た欺瞞だと。

 なぜならそれはまるで、救いを求めているのは――“その人”自身ではないか、と。

 それが酷く悲しくて、彼の面影が霞み、儚い。
 幼い私には漠然としかそう感じられなかったが……今の私は、そう断言できる。
 次に私が発言した言葉に、“その人”がひどく驚いたことにも。

『ならわたしは、困っている人を助けるお父さんを、助けたいな』
『……え?』

 母がそうしたように。私は傷つく“その人”を助けたい。

 ――そうだ。その時に、私は私の“剣を振るう”理由を見出したのかもしれない。

 私が“剣を振るう”理由。それは、大好きな家族を、大切な友人を、身を呈して護る剣と成りたいと。
 そう、なんの疑問も自己の呵責なく、はっきりと“その人”に告げた。

『……志、保?』
『だから、お父さんとはちょっと違う、かな? だってわたしは知らない人よりも、知っている人を助けたいから』
『―――』
『わがままかな……? でも、わたしは弱いから……きっとみんなのように、強く振舞えないもの』

 私は視線を夜空の月へと向け、そう静粛に告げる。
 円い、まるで穿ったかのような真円の月。私自身の心を映す、空虚な有り方のような穴。

――私は、弱い。

 小さく、愚かで、弱者として地を這う羽虫のような存在だ。
 それは、今まで私の周囲の人たちを見て、ずっとそう胸に秘めていたことだった。
 自分の矮小さにどこか隅に逃れ、才能のない私はいつしか自身は凡人だと……早々に思い知ってしまったのだ。

 魔力は母親譲りだが、魔術の構成などの細かい処理作業が苦手。
 剣術は騎士王と言える師がついているものの、剣筋に才がないのはまる分かり。
 そして、“その人”譲りの特異の魔術を受け継いでいても、使いこなせないこの不甲斐なさ。

 こんな私に、彼のような大層なことができるわけがない。精々、自分の目に届く範囲内しか護れない。
 なら、それでいい。この小さな手で足掻くしかできない自分は、自分に護れるもの、護りたいもののために剣を振るおう。
 十を救うために一を切り捨てる彼がいるならば、私はその切り捨てられた一を救いたい。
 喩えそのために他者が不幸になろうとも、この傲慢(わがまま)を貫き通して。
 救える限りの、命のために。

『……志保、お前は――』 
『あ……ご、ごめんなさい。わたし……いやな子、だね』

 顔を俯け、視線を落とす私に、“その人”は深みのある眼差しで私を見詰める。
 怒らせてしまったか? 嫌われてしまったか? つい口からでた秘めた想いに、後悔が湧き上がる。
 偉大な父と母を持ち、嘗てブリテンを治めた王が傍にいて、こんな弱音を吐く娘がいては呆れられるのではないだろうか?
 きっとそうに違いないと、言葉を発せず、ただ煩悶するしかない私に……やがて彼はゆっくりと縁側から立ち上がり、私の前に立った。
 そして、両肩を掴まれた私はビクリと肩を震わせ、泣きそうなる。
 叱られる。ただそう思い――

『なら、その道を歩むといい』
『え……?』

 予想とは裏腹に、“その人”の表情に宿るものは、笑みだった。
 優しい、諭すように言い表す意思の用途に、今ここで己の生き方と、私の生き方の相異を悟ったのだ。
 私は、彼とは違うと。それが“その人”にとっては、寧ろ喜びとさえ感じていた。
 それでいいと。彼は、私は私だけの己の道を歩めと、自分と同じ道を歩むなと、深々と説得する。
 その様子がどこか晴れやかだったあの時……彼は己の呪縛が解放されたかのような、そんな気持ちを抱いていたことか。

 数年前――運命を分けるあの戦いで、ある神父に言われた言葉を吹っ切って。

『……志保、立ち上がって。お父さんから志保に、プレゼントだ』
『プレゼント?』

 ああ、と彼は神妙に頷くと、表情を真剣な顔つきへと変える。
 その様子に、私は幾分か気圧されながらも、彼の真摯な瞳と向き合った。
 なぜなら、それはとても重大なことだと、肌で察したからだ。
 きしくもその優れた敏感さは、容姿と共に母親譲りの毅然とした感覚であった。
 そして、彼は意識を集中するように――または覚悟を据えるかのように――一度目を閉じ、再びゆっくりと、瞼を開いて……

『お父さんの持っている武装、全て志保にあげよう』
『え?』

 その言葉に、呆然となる。
 彼の言っている言葉の意味を反芻し、次に瞠目して。
 なにを、言っているのだろうか? これは何の、冗談だろうか? 
 なぜなら“それ”は、彼の生きてきた証とも言える掛替えのない宝物のはずで――。

『だ、ダメだよそんな!? お父さんの武装を貰ったら、お父さんこれからどうするの!? それに、わたしには無理だよそんなの!』

 慌てて首をブンブンと横に振り、そのつどツインテールにした黒髪が靡く。
 これは、何の運命か? 母が祖父から委託された意思を、同じ年端にまた父と同様に交わすとは。
 必死に彼のいう言葉を否定して、拒絶を示す私に、“その人”は苦笑して私に答えた。

『いや、なにもそっくりそのまま全部あげるわけじゃない。いわば概念となるソース(源泉)を志保に“送る”だけさ。
 形として“領域”には含まれるだろうけど、なに、そこから先は志保の意思と腕前次第で扱えばいい』
『で、でも――』

 それでも、受け入れられない。彼の与えられるものを、自分が扱っていいとは思えない。
 いかに魔術師の家系である私とはいえ、彼の人生の中で得た数々の魔術(宝具)は伝承すべきではないはずだ。

 赤い剣の丘。どこまでも続く無窮の大地に、夕焼けに染まった黄昏の風景が脳裏に蘇る。

 担ぎ手のいない寂れた大地の上で、無数に突き刺さる多種多彩な“剣”。その多くが、宝具に当たる具現化された神秘の結晶体。
 今得ている黒白の夫婦剣と幾重の投擲武器(弓)もその一品。それで、十分だった。それだけで、十分すぎるほどだった。
 それを、いきなり更に彼の分まで私の“領域”に武装が含まれても、たんに宝の持ち腐れというもの。
 強大な力は、所持しているだけで自身の力の均衡を崩すとされる。それにその行為は、“その人”の意思を尊重したい私の気持ちに反していた。
 だけど、なぜか彼は変わらず笑って――私の頭をそっと、撫でた。

『いいんだ、いずれ託そうと思ってた。それに、志保ならきっと大丈夫。力の使い方を悪いようには使わないと、信じてるからさ』
『……うー』

 その宥める声と、信頼の言葉(証)に……私はもう呻ることしかできなかった。
 卑怯だと思う。期待され、そう思われることは素直に嬉しい。
 それに何より、私自身無闇に力を振舞うことは厳しく注意されているので、管理には問題なかった。
 強大な力は破滅を呼ぶ。そうして死に瀕する者を、他国では大勢見てきた。世界は残酷だと知るために連れ出され、臆病になるほど理解した。
 私と彼が使う力がこの世界において異端に当たることは、時折派遣されてくる教会の異端狩りによって身に染みて体験している。
 まあもっとも、生半端な使者では返り討ちに会うのが関の山だが。実際に傷を負ったのは、カレー好きの黒鍵使いぐらいなものか。
 第二魔法の実現に到達した母に、使徒二十七祖・第四位のゼルレッチ卿を師とする末裔には、その恩恵と加護が備わっていた。

『――守りたい者を護れる、強くて優しい人になるんだぞ、志保?』
『うん!』

 笑顔で、彼の意思を受け継いだ私。
 そして、その時の出来事が……後に、私と彼――父・士郎との最後の会合となった。



[26133] 第一話 決別と決意
Name: 月咲シン◆d9c36d1e ID:090b6a36
Date: 2011/05/07 22:12
 
   体は剣でできている
――I am the bone of my sword.

   血潮は鉄で、心は硝子
――Steel is my body, and fire is my blood」

   幾たびの戦場を越えて不敗
――I have created over a thousand blades.

   ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし
――Unaware of loss. Nor aware of gain

   担い手はここに独り          剣の丘で鉄を鍛つ
――With stood pain to create weapons.waiting for one's arrival

   ならば、我が生涯に 意味は不要ず
――I have no regrets.This is the only path


   この体は、     無限の剣で出来ていた
――My whole life was “unlimited blade works”





 魔法と魔術の禁断書
 第一話 決別と決意
 




 泣いていた。
 哀しみ嘆き、あの気丈な母が膝をついて涙を流していた。
 背後に付き添うは、私とセイバーお姉ちゃん。
 そして、いつも毅然とした態度と取っている二人が……今は共に、目に見える形で哀しみに暮れていた。
 私はただその様子を、セイバーお姉ちゃんに背後から抱かれるままに、呆然と傍観する。

 こうなった理由は簡単――。

 母の抱く宝具にして、本来の使い手となるセイバーお姉ちゃんの聖剣の鞘だ。
 それが今ここに、ある一つの伝令と共に我が家に“届いて”いた。
 言付は、届け人によって母が聞き、使者が去った後に後々理解した。
 そして、現状今に至る。泣き崩れる母に、セイバーお姉ちゃんは唇を噛み、深く黙想する。
 それはまるで、嘗ての戦友が……散ったかのように

『…………』

 だけど、私には分からない。いや、分かりたくない。
 持ち主へと戻ってきた金色の鞘に。神々しくとも刻まれたその不吉な陰に。
 認めたくない現実に。二度と会えないその人に。その声に。
 なぜなら、これが意味することは――

『士郎……!』

 所有していた持ち主が、亡くなったということだからだ。
 ああ、だから私は認めない。正義の味方だなんて認めない。
 そして、それ以上に……約束を果たせなかった人を、私は、私の“父親”などとは認めない――!
 私は、私の信じぬいた信念を、家族を、絶対に護ると決めたのだから。
 だから私は、守りたい人を護れる魔術師となる。大切な人を泣かせない、立派な騎士となる。
 貴方(父親)とは違う、真逆の道を歩んでみせると、そう決めた。



[26133] 第二話 紡がれる家族
Name: 月咲シン◆d9c36d1e ID:090b6a36
Date: 2011/05/07 22:36
 月日は、流れる。
 刻々と、粛々に……彼の周忌を、繰り返して。
 “あの人”が亡くなってから、実に三年が過ぎた。
 だけれども最愛の人を喪った母やセイバー“姉さん”達は、その悲しみを完全には拭うことはできなかった。
 表面上は元の三人での生活スタイルに戻っている。元々、彼は外国に滞在することが多かったので長年の形式と言えるだろう。
 時折顔を見せる桜“さん”や大河“さん”、母の知人なども家にやってきては宴会染みたこと(励まし)をやっていた。
 おかげで、胸に穴の開いた傷は消えぬども、哀しみは薄れ――いつしか彼の死を、受け入れていた。
 元より、嘗ての赤い弓兵と、彼の理想を耳にしたときから、私の母はこうなることを覚悟していたようだが。
 しかし、深夜となると月に一度は、母の寝室から嗚咽の声が漏れている。
 きっと、一人憂いているのだ。その時ばかりは気丈な母親ではなく、一人の女として彼の事を想い。
 本当に、好きだったら。心の底から、愛していたから……。
 だから、私は――





 魔法と魔術の禁断書
 第二話 紡がれる家族





 ――AM.05:22

 衛宮家の一角、四方半面ほどの道場にて。
 澄んだ朝の空間、静謐な空気が場を支配する。
 木造式の古風な室内には、壁に掛けられた掛け軸と、木刀と竹刀のみ。
 道場内に設備されているものなので当然といえば当然だが、この本来の宿主がいない屋敷には、寂しさも微かに覗かせる。
 だが、そこに――手を伸ばして二振りの竹刀を掴む、少女がいた。

「セイバー姉さん、どうぞ」
「ええ、感謝します」

 扉を潜り、室内に二人の人影が入室する。
 手渡されたトラのストラップのついた竹刀を握り、金髪碧眼の少女――セイバーが開始線に立つ。
 そしてもう一人、竹刀を手渡した黒髪蒼眼の少女――志保が、対峙するように開始線へと立った。
 これは一日を始める、早朝稽古。
 新たな宿主として、前宿主の後釜としてのこの場所で。

「ではいつも通りまずは素振りを千。いきますよ、シホ」
「はい」

 風切り音が交差し、日課となる剣の鍛錬が始まった。



―→ Side Rin



 衛宮・凛の朝は、早い。
 三人分の朝食を作り、娘を学校に送り出さなければならないからだ。
 昔は朝が弱く、朝食など食しはしなかったが、今はそうは言ってはいられない状況。
 なにせ大食らいが二人、稽古でお腹を空かせて、兵糧責めを忌避としているのだから。
 もっとも、すでに志保の方は一通り家事がこなせるようになっているので、私が寝坊した時には代わりに朝食を作ってくれるが、それはそれ。
 その場合私の分はなく、材料は二人のお腹の中へと消えてしまう。自業自得といえばそうだが、是が非でもそれは遠慮したい。
 それに母親として、遠坂家の家訓として、自身は常に優雅であらねばならないのだ。
 ……肝心な所でうっかりを起こすことは、未だに治らないが。

「うん、これで完了ね」

 エプロンを外し、食器をテーブルへと並べる。
 ご飯に味噌汁、焼き魚に卵焼きといった純和風の朝食。すでに慣れたものだった。
 私が得意とするのは中華だが、朝からそんな胃にくるようなものは避け、こうして消化にいいものを拵える。
 この屋敷の雰囲気とも、合うように。

「さて、呼びに行きましょうか?」

 茶碗を逆にし、味噌汁を鍋に、焼き魚を保温の効いたオーブンへと入れたまま、温かみを残しておく。
 最近、圧力鍋というものを買ったが、使い慣れれば勝手に火を使わずとも煮込むので、こうして少し目を離す私にとっては便利なものだった。
 ガス代も浮き、二人を呼びに戻ってくる頃合に出来上がるといった大層主婦を喜ばせる優れものである。
 ……使い方にさえ、気をつければ。

――最初は分からず途中で蓋を開けたり、つい材料を足したりで失敗続きだったけど、ようは慣れよね、慣れ。

 それも電子器具に至っては絶望的な所存だが、実のところこの圧力鍋も最初に使い方をマスターしたのは志保だった。
 まったく父に良く似たものだ。魔術や剣術よりも、まず家事を完璧にこなせられるようになろうとは。

――剣よりも料理の腕が伸びることに喜びを表すセイバー。意気揚々と魔道書ではなく料理本(レシピ)を眺める娘。

 思い返して苦笑、縁側を歩きながら道場へと続く通路の中で、ふと空を仰いだ。
 雲一つない快晴。天気予報でも本日の降水確率はゼロと発表していた。今日はいい天気に恵まれそうだ。
 だが、そんな天気でありながらも私が最初に思い浮かべたことは、洗濯物の乾き具合や買い物などといった私用ではなかった。
 それは――

――月日が立つのは早いわね、士郎。

 今日は娘が9歳になる、誕生日なのだ。









 剣戟音。
 絶え間なく続く乾いた反響音が、凛を迎えるように場に木霊する。
 道場の扉を開き、目に入る二人の少女。俊敏な動作で互いに剣を鬩ぎあっていた。
 小柄な体躯でありながら常人では到底繰り広げられない技の応酬に、紡がれるは金と黒の剣の演武(ソード・ダンス)。
 その様子に、凛は小さく感嘆の息を吐く。ずいぶんと上達したものだと、娘の成長を喜んで。

「――フッ」
「ハッ!!」

 セイバーの逆袈裟からの一刀を流れに逆らわず受け流し、志保はセイバーの懐へと踏み込んだ。
 そして、カウンターの要領で薙ぎ払う疾風の一陣。鋭い音が響き、柄で受け止めたセイバーが更に上段から返す。
 風切りの一閃。志保は身を半転して回避を試みる最中、後退の際に竹刀を回転の勢いに載せたまま更なる横薙ぎの反撃に転ずる。
 激音。竹刀と竹刀がぶつかり合い――弾けるようにして、両者の間に距離が開いた。
 息を飲むような、目まぐるしい攻防だ。

「はぁ、はぁ、はぁ――…」
「シホ、踏み込みはいいのですが、その分相手と密着することを忘れてはいけません。剣の腕をいくら上げようとも、シホはまだ武術の心得が浅い。近距離ではなく、中距離や遠距離戦での戦闘法をまず頭に入れておくように」
「は、い……」
「ですが、小柄な体躯を考慮して身を低く戦することは悪くありません。その戦い方がクセになってはゆくゆく修正が大変ですが、“実用的な戦術を練る”と言った昨夜の課題を見事考えてきたようですね。これからも技に慢心することなく、日々の精進を忘れないように」
「はい…」
「では、今日はこれまで。リンの朝食ができたようなので、汗を拭いて掃除に掛かりましょう」
「はい」

 一礼をして、二人は扱った竹刀を壁に掛ける。
 そして道場の脇に置いてあったタオルと飲料水を飲み、志保はクールダウンに入った。
 扉の前で傍観する凛に一度目を向け、お疲れ様、といった労わりの視線に小さく微笑んで返す。
 志保の息切れはもう、セイバーとの会話中に整っていた。

「どう、セイバー?」
「はい、もう基礎的な面での心配はないかと。基盤が固まって、本来の二刀は元より一刀であそこまで上達できれば上出来ですね」
「そう。ふふ、セイバーがそこまで言うんなら、安心ね」

 凛の元へとセイバーが近づき、経過報告を伝える。
 クールダウンが終わり、後片付けとして軽い清掃に入る志保を傍目に、二人は微笑んだ。

「……当初は不安だったけど、さすがはセイバーね。あの子があそこまで強くなれるなんて、ホントいい指導者に恵まれたわ」

 その言葉に、僅かに陰が指す。
 四年前、当時志保が五歳の頃より始まった剣や魔術での鍛錬。
 その時は今の面影もなく、お世辞にも才能があるとはいえない状況だった。
 持って生まれた先天的で希少な要素は幾つか持ち得ていたものの、扱う術が志保にはなかったのだ。
 両親に倣った特質な能力を半端なまま才芸し、遺伝した恩恵を思うように昇華できない。
 だからこそ、最近の娘の成長は喜ばしいこと他ならなかった。
 しかし――

「リン、それは違います。私が教えたことなど極僅かなもの。あの成長の成果は、あくまでシホ自身の努力の賜物によるものです」

 小さく頭を振って否定を示すセイバーに、凛は陰りのある表情で、そうね…、と短く頷いた。
 衛宮・志保に、剣の才能はない。同時に魔術の才能も、“ない”のだ。
 それは変わらずそのままで、能力が開花したわけではなく、あくまで努力による賜物だった。

――幾千、幾万の剣を振り、汗を、血を流し修練の果てに得た凡骨故に磨かれた強硬な剣。
――睡眠を削り、気が狂うほどに机で古典書と聖典に向かい合い、何度も読破した数々の魔道書の山。

 そのどれもが一筋縄にはいかない努力の賜物で、人知れず貫き通した己の強靭な意志である。
 無論、志保自身は凛やセイバーに心配はさせたくないので、影でこっそりと行っていた“つもり”だったが。
 放っておけば無茶を仕出かさない所も、言っても聞かない向こう見ずな所も、あの人(父親)譲りの頑固さである。

「……そろそろちゃんとしたご褒美をあげようかしらね、誕生日だし」
「そうですね……。私からも一つ、考えておきます」

 二人は同時にクスリと笑い、掃除を終えた志保を優しく迎えた。



 ×     ×     ×



 ――PM.18:52

 夕食にバースデーケーキが加わる形で、テーブルにはいつもより多くの人数が居間に集まっていた。
 数は私を含み全員で五人。私と母とセイバー姉さん、そして、桜さんと大河さんである。
 わざわざ忙しい中に時間を作り、私のためにこの誕生日を祝いに訪れて来てくれていたのだ。
 嬉しいものである。

「はーい、それじゃあ食事を始める前にプレゼント・ターイム!」

 そう言って身を乗り出してハイテンションな大河さん(酒はまだ入っていない)に、今しがた私が吹き消した9本の蝋燭を片付ける桜さん。
 対極の二人だなぁ、と心中で失笑し、ケーキを切り分けながら四人が差し出す贈り物に頬を綻ばせる。
 皆が皆様々な人となり中で、私は一人一人順番に礼を告げて受け取ることにした。
 では、まずはお客様から――



―→ Part.1 藤村・大河



「……ええーと、大河さんコレハ?」
「家(極道)の人達の気持ちも篭った、志保ちゃんに似合うかわいいお洋服ー!」

 なんて無駄なプレゼント!? と両手を突き出して意気揚々と告げる大河さんに、内心で冷や汗。
 心中で複雑な評価を述べ、コレヲキロト? と発狂しそうな衝動に駆り出される。
 リボンで包まれて梱包された衣服は、童話のお姫様が着るような上下に繋がる華やか(メルヘンチック)なドレス。
 ただし、それに付随してヒラヒラ模様のついたフレンチな……所謂、ゴスロリちっくなものだった。
 思わずプレゼントでありながら突き返したくなる。なんだ、その妙に楽しげな悪意が感じられる愉快なプレゼントは?

「志保ちゃんせっかく可愛いいのに、服装に関してまったくと言っていいほど無頓着なんだもの。家に来る時の半分以上が上着にジーンズでしょ? ダメだぞ、女の子☆」
「は、はあ……」

 だって動きにくいから、という言い訳は通じないだろう。
 元より、私は周囲と同じ年齢の者達とは趣味(感性)があわない傾向にあった。
 まず服装(ファッション)に関してそうだ。興味がないというか趣味にお金をつぎ込む気持ちが一ミクロンもないのだ。
 最低限の衣服があって動きやすければそれでいい。というか服はスポーツウェアなんてものが一番いいと思う。
 着飾って自分の姿を鏡で見て楽しむナルシストみたいな感性は、あいにく私には持ち合わせていない。

――母さんのように美人なら、分かるんだけどな……私じゃ、ちょっと早いよ。

 次に時間の掛け方だ。勉強と修行に明け暮れる私に、最近の流行やタレントの名前など欠伸が出るくらいにどうでもいいこと。
 そんな暇があれば剣を振り、魔道書を読み、料理をしているほうが――しいて云えばこれが唯一の趣味――マシだった。
 それに、無駄遣いは厳禁だ。お金は幾らあっても困らないと言う。魔術には金銭が絡むし、極力お小遣いは貯金に回して将来の資金に備えたい。
 過去にその旨を話したところ、母からもその事はいたく賛同され、強くお金の有難さを得々と言われ続けている。曰く、無駄使いは心の贅肉だと。そこ守銭奴とか言うな。
 とにかく、

「あ、ありがとうございます。いつになるかは分かりませんが、機会があればその折りに――」
「いーまー着ーてー見ーせーてー♪」

 は? この虎はなにをおっしゃておられるのでしょうか?
 硬直する私に、更に追い討ちを掛けるかのように母や桜さんが賛同する。
 時折、メンタルトレーニングという肩書で私にこのような服を無理やり着せる母に対して、もうほんとこりごりなので止めていただきたいところである。
 もう一度述べるが、私にはそのように可愛く着飾って楽しむ趣味はない。女性としてなにか大切なものが欠けているとは自覚しているが、恥ずかしくて人前には出られないのだ。男性が女装するかのように。
 故に、セイバー姉さんに最後の救世主を見るような眼差しを送る。助けてくださいと。貴女が最後の砦(希望)なのだと、王に懇願する臣下のように。
 だが、姉さんは苦笑し、諦めろ、とそう告げた。王は降伏。砦は崩壊。城は落ちた。ああ、四面楚歌である。
 心中で溜息。とりあえずお腹も減っていることなので無駄な抵抗は諦めて渋々立ち上がり、黒と赤の悪魔――もとい仲つつましい姉妹の生贄となる。着せ替え人形として。リカちゃんか私は。
 ああ、本当に私はこういった服がますます嫌いになった。トラウマものだ。もう絶っっっ対に、二度と、着るものかっ!



―→ Part.2 間桐・桜



「はい、私からは今月発売されたばかりの調理機材。なんでもパテシエが思わず床に転がり回って裸で絶叫するほどの一品だそうだよ?」
「――! ありがとうございますっ!」

 やはりこの人、間桐・桜。彼女は分かっていた。
 いただいた調理機材一式を思わず抱きしめ、知らず頬が綻ぶ。これで今まで届かなかった料理の領域にも手が届くというもの。
 唯一の趣味を理解してくれる叔母に感謝の礼を告げ、目一杯の笑顔で返す。傍らで「あれー、私の時とリアクションが余りにも違うんだけどー?」と剥れる虎を眼中から消去して。
 ただ、今のお人形さんみたいに着飾られたままの愛らしい姿にお玉や鍋といった様子は何かシュールな光景だった。そして、そんな格好を写メで連射する母と桜さんは人としてどうなのだろうと真に思った。
 桜さんに対して 感謝の気持ちが 90下がった(100%中)。 



―→ Part.3 セイバー&凛



 いよいよ本命が、回ってきた。
 ジッと、愛娘の期待の眼差しを受け、セイバー姉さんと母が小さく苦笑を洩らす。
 子供ね、と。でも、期待を裏切るようで悪いがと。困ったように、そして悪戯気味に、片目を閉じて茶目っ気に返す。

「ごめんね、志保たちのプレゼントは“ここ”ではちょっと渡せないの」
「?」

 小首を傾げる。プレゼントがない、というわけではないようだが、ここでは渡せないもの?
 形状? 重量? 時間? ――その関係を巡らせ、そして不意に答えに辿り着いた。
 二人から送られるモノは、もう一つの顔を持つ魔術関係のモノだと。
 おそらくは毎年行われる、“あの時”に渡されるものなのだろう。だから今ここで(大河さんがいる前で)は、渡せないのだ。
 気持ちが氷のように冷えてゆく。もう一つの顔が、静かに蘇る。
 意味を理解し、こくりと首肯した。

「……ごめんね」

 それは一人の母親としてか。それとも魔術師としての定めにか。
 微かに陰る母の表情に、私は微笑んで気持ちで返す。

「ありがとう、母さん」

 切り分けたケーキを小皿に乗せ、セイバー姉さんと母さんに差し出す。
 大丈夫。貴女に育てられ、騎士王に鍛え上げられたこの娘は、そんなちっぽけな定めなどには負けはしない。
 私は父とは違うから。生きて、守りたい者を護れる騎士となる。決して、貴方達を置いて先に死んだりはしない。
 例え血に濡れた茨の人生を歩むことになろうとも、私は全て受け止めてでも前へと進んでみせるから。
 だから――この差し出した手を、掴むその力を緩めないで。

「ええ……ありがとう、志保」

 小皿を受け取る手は震えず、その気持を汲み取る。
 甘い香りとその雰囲気に、次第に家族の温かみが広がってゆく。
 この幸せを護れる小さな騎士になる。それが、私の剣を振るう理由であった――。



 ×     ×     ×



 母の声が、静かに場に響く。

「――刻印、転出完了」

 儀式が終わり、自身の右腕に刻まれた翡翠の紋様に、暗闇の部屋が淡く照らされる。
 魔術刻印。これは家系を通して先祖代々に伝わる魔術の結晶。一代では辿りつけぬ「 」へと到達するための先祖の知恵と、怨念だ。
 増えた刻印を軽くなぞり、また一歩近づいた魔術師としての在り方に感慨と耽る。
 痛みはもう、引いていた。

「……大丈夫?」
「はい」

 此方の顔を覗き込んで様子を確認する母に、心配ないと小さく微笑む。
 これで母から受け継いだ魔術刻印は四割となった。毎年、一年に一度私の誕生日の日に一割ずつ受け継ぐ魔術師の証。
 まだ私は身体が出来ていないので少しずつの転換になるが、血統としての相性はいいのだろう。一月もすれば馴染めてくるのだから。
 もっとも、「 」になど何の執着も関心ない小娘が相性が良いことなど、ただの皮肉でしかなかったが。

「また、増えたね刻印……」
「はい、嬉しく思います」

 その返答に、母は誇らしげになるのではなく……憂いを帯び、表情に陰が指した。
 師としては、代々受け継いだ意思を次世代が継いでくれることに感謝の意を示し、嬉しさが込み上げてくるものだろう。
 だが母は、師である前に私の母親であり、一人の男を愛した妻でしかなかった。
 弱く、なってしまったのだ。技量も知識も魔力要素も一流でありながら、すでに心は“人”でしかなった。
 失格だ。魔術師は、冷酷でなければならない。他者を切り捨ててでも前へと進む、残酷な鉄の意志が必要となる。
 だから私は大丈夫。家族や友人などといった親しい者以外は――ただのモノでしかないのだから。
 いくらでも切り捨てられるモノは、周りにいくらでも生息シテイル。

「シホ、敢えて述べますが――貴女がその道を辿る必要は、ないのですよ?」

 捲れた袖を戻し、一息吐いた所で傍観していたセイバー姉さんから神妙に声が掛る。
 無理に辛い道を歩む必要はないと。貴女には普通の女性として社会(日の下)で生きていてもいいと。
 その言葉に母は否定こそしないものの、肯定する声もなかった。

「いまならまだ、間に合います。これは四年前から述べていることですが、シホ――貴女の意志は、変わりませんか?」

 一歩、歩み寄る。危ない道を歩もうとする少女に、救いの手を伸べて。
 愛しているからこそ、私を憂う気持ちが拭えないから――。



―→ Side Saber



 ――嘗て、一人の少女がいた。

 戦とは無縁の、ごく有り触れた一人の美しい娘だ。
 その娘は国を愛していた。家族を、民を、土地を、心から愛していた。
 だからこそ、護るために剣を執った。ただの剣ではない、自分の運命さえも変える、王への選定の剣を――。

 そして少女は、王となった。

 騎士を編成し、政治を取り纏め、数連なる戦場を駆け抜け――多くの者を殺めた。
 まさに、血に濡れた茨の道。しかし、後悔はない。自分で選んだ道に、悔いなど残そうものならば今まで殺め、犠牲にしてきた人々に何と言えようか。

 そう、剣を執ったことに悔いはない。

 悔いはない、が――決して満たされた人生だとは、思えなかった。

 もし、一人の女性として生きていれば……私は、きっと――

「――変わりませんよ、姉さん」

 その声に、セイバーは嘗ての自身の面影を、志保に観た。
 強く、決意ある瞳。曲がらぬ信念を抱いた、不屈の心。
 そう、彼女は私とは違う。彼女は決して多くを守りたいとは思わない。父親と同じ思想は抱かない。
 あくまで現実主義者(リアリスト)。彼女はあくまで自分の目に届く範囲の親しい人間しか、護らないと決めているのだから。
 だから、自滅はしない。だがその非情な思想は……はたして人として許されることなのだろうか。

「――っ」

 しかし、兼ねてからの問いかけに、今、初めて返答が返ってきた。
 今までのように、ただ黙って俯くわけではなく。意思を固め、想いを募らせた少女は、今まさに真の魔術師となったのだ。
 月日が彼女を大人へと変える。身も、心も。非情で、冷徹で、残酷なほどに己の利益(我儘)のみを追いかける真理の探究者に。
 シホの右腕、その刻まれた魔術刻印が主の意志の強さに反映されるかのように淡く輝いた。
 これは彼女の覚悟の印。立ち止まらずに振り返らない、決意の表れだ。
 なら――

「……そうですか、では――」

 差し出した手とは逆に、もう片方の手を差し出す。
 今度は救いの手ではなく、戦いへと導く騎士としての彼女に自分からの餞別として。
 そして誓う。我が剣と戦士の魂に掛けて、彼女を一人前の騎士へと育てると。魔術師の闇に、負けないように。
 だからこれは私だけの、私からの誕生日プレゼント。彼(士郎)から、貴女(志保)へと。剣の執行者への癒しと守護の鞘を、贈ろう。
 Happy birthday シホ。



―→ Side Rin 



 金色へと輝く不浄なき光の鞘に、娘は圧倒されたように眼を瞬かせた。
 超一級品の宝具にして、神々しいまでの聖剣の鞘。泉の妖精より授かりし加護、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。
 魔術師と言わず唯の人であろうとも、その輝きに目を奪われた者ならば喉から手が出るほどの一品である。
 それを、使い手としてセイバーは志保へと差し出す。一人前へしての証か、もしものお守りとしてか。
 父親から娘へと受け継ぐ運命は、不思議な形でこうして実現となった。
 しかし……

「……っ」

 差し出された鞘を、受け取ることに躊躇する志保に私は眉を顰める。
 あの様子は、たんに遠慮や戸惑いからくるものではなく……一種の“恐れ”に似た感情。
 分からない。あの子があのように怯えるような様子を、私は初めて見――

「あ」

 と、つい声に出てしまうほど明瞭に、確固たる一つの答えに辿り着いた。
 そうだ。あの子が『アヴァロン』の輝きを、あの忘れられない存在(光)を知ったのは今が初めてではない。

 初めてこの鞘を見た時、それは――士郎の死を宣告された時。云わばその印だ。

 ならば志保にとっては、この神々しいまでの金色の鞘も、ただの忌々しい不吉の象徴でしかないのではないだろうか?
 だから、あの子は……

「セイ――」

 止めようとしたセイバーの行為を、しかし彼女の眼を見て思い留まる。
 澄んだ翡翠の眼光が、見定めるように静流へと向けられていた。

――止めないでください、リン。これが私からの、本当の問いかけです。

 伝わってくる。分かっているのだ。セイバーが己の行為が志保にどのような影響を与えているのかを。
 そして試しているのだ。最後の試練として。過去の呪縛から解き放たれることを。父の死を乗り越えられることを信じて。
 目を背けるのではなく、拒絶するのではなく、己の父親を受け入れてもらうために。
 剣を鞘へと納め、時には休息が必要だということを知らしめるために。

「――志保、魔術師はどんな定めであろうとも、決して屈してはいけない」
「っ!」

 ならば、自分の従者が、我が相棒がここまで娘に呈してくれているのに対して、師として何もしないわけにはいかないだろう。
 今この時は母としてではなく、一人の魔術師の師として非情に徹しよう。
 それが娘のためになると信じて。厳しさの陰に隠れる優しさを、私は唱える。

「私は……」

 志保の揺れる瞳が、やがての一つの焦点を定める。
 セイバーとは違い、選定されたものは鞘。掴めば後戻りのできない運命へと誘われる、闇の世界。
 だけど、決めたはず。あの日、あの場所で。月夜の晩に交わしていたあの言葉を切欠に。
 この子は――

「――護りたい者を護れる、負けない騎士になるっ!」

 ――本当はただあの人(父)も、救いたかっただけだから……。

「……そう、なら」

 掴んだ鞘が志保の中に溶けてゆくように、すう、と姿を消した。
 だが確かな鞘の加護を受け、我が娘は人の域を超えた魔術師となった。

 しかし、今の答えは悪くない。

 そう、悪くない……。最後の最後に、人としての言葉を聞けたのだから。

 だから、この餞別(プレゼント)はきっと頃合いの物。空っぽの器だからこそ、いくらでも詰め込めるはずだから。
 Happy birthday,r 志保。



―→ Side Siho



 体の中に溶けいった聖剣の鞘に、不思議な感覚で身を眺める。
 特別なんの変化もない。痛みも感覚もなく、本当に内蔵されたものか疑わしいものだが、きっと投影魔術と資質は似たようなものなのだろう。
 試しに回路を開いて鞘に魔力を通してみると、そこから身体を癒す暖かな抱擁感を感じられた。
 なるほど、治癒魔術か。どうやら鞘自体は正常に活動しているらしい。

「それじゃあ、最後に私からのプレゼントの番ね」

 魔力供給を止めて母さんに目を向けると、そこには一振りの小型の剣。
 無色で透明な結晶体。宝石で出来た、どこか無骨な短剣が――

「なっ!? り、リン! なにを――っ!」
「ふぇ?」

 形を視認しただけで内部の解析に掛ろうとした矢先、背後からセイバー姉さんに目隠しされ、解析は中断に。
 珍しく慌てふためく姉さんの様子に、只事ではない予感がビンビンと奔りますが?
 対して母は子供っぽい口調と態度で、膨れるように姉さんに告げる。

「だって~、セイバーのプレゼントが聖剣の鞘(アヴァロン)でしょ? だったら私もこれぐらいの物じゃないと釣り合わないじゃない?」
「そういう問題ではありません! 正気ですか貴方は!? これがどれほど危険なものかは貴方も承知のはず! だいたい――!」

 ムガーと、王様獅子モード発現。自身の主(マスター)をガミガミト叱り、場のトーンを盛り下げる。
 いったい、今までの真摯な雰囲気はなんだったのだろうかと思いたくなるような、そんなテンションの低下。

 ……あの、私、部屋に戻ってお風呂に入って歯磨きして寝てもいいでしょうか?

 その言葉をあと数秒、説教が続くようなら本当に唱えようとした矢先――いつもは項垂れてしゅんとなる母が、めげずに今日は立ち向かった!

「いいぃぃ――のっ! だって今日は、志保の誕生日なんだから! 魔術師としても、おめでたい日なんだからっ!!」
「う」

 娘の成人式はまだまだ先だが――魔術師としての幕開けは、もう始まっている。
 そう、認めてくれたのだ。セイバー姉さんも母も、今日この時この場所で、私を魔術師としての存在に。
 ならば、師として己に出来ることはなにか? 魔術を伝授するだけではなく、モノとして伝えられることはなにか。
 簡単だ。更なる力と成長に繋なるモノを、与えればいいのだから。

「アゾットの剣は四年前にもう渡しちゃったしね。だからもう、宝石以外に志保の成長に繋がるような物は、これぐらいしか思い浮かばなかったってわけよ」
「で、ですが――」

 なおも言い留まるセイバー姉さんに、母は困ったように嘆息すると。

「大丈夫よ。なにも本当に本物(オリジナル)を視(み)せるわけじゃないんだから」
「え?」

 と、一転してあっけらかんと。

「これはあくまで贋作(フェイク)。ソースだけを模写して形とした、云わば空っぽの剣よ」

 一瞬、ポカンとした表情を見せ……次に、怒りを通り越して呆れの溜息を吐くセイバー姉さん。
 そういうことは最初に言ってくださいと、力なく項垂れる騎士王が何だか酷く哀れに見えた。
 えっと、話の展開がよく読めないんだけど……とりあえず姉さん、そろそろ手を放してください。私、夜行性になっちゃいます。

「んっと……それで、これは?」
「宝石剣・ゼルレッチ。云わば第二魔法の実現の証かな。まあ、形だけだけどね~」
「第二…魔法…」

 目隠しから解放され、目前へと差し出された剣を受け取り、実用性を模索する。
 少なくとも重力的に問題はない。しかし、本来の剣という概念からは離れ、斬る突く殴るなどといった実用性は難しいかと思われる。
 あくまで魔術用の儀礼媒体として扱うのか、これのどこが第二魔法の実現を可能にした品物かは想像できなかった。
 空っぽといわれているが、一応多少はソースが残っているみたいなので解析を試みるが――

「そういえばリン、常々思っていたのですが…あのような品物をどのようにして管理しているのですか?」
「んー? そんな大層なことはしていないわよ? ここ(衛宮家)のセキュリティーは中々いいし、内側の守り手にはセイバーもいるしね。外敵からの心配もそんなにすることないもの」
「では?」
「あそこの“宝箱”に、まとめてどーんと全部管理してるわよ?」

 全部? とセイバー姉さんが目を向けると、そこには確かに宝箱と称せる形をした大箱が一つ。
 内部は魔術要素が含まれた、一種の異次元空間よろしくドラ○もんのポケット状態。際限なく詰め込むことが可能な、収納上手なビックリ箱。
 外部から南京錠といった古風な鍵は施されているが、魔術的な処置はなく、魔術師の機器が眠っているには何とも不用心なものだった。
 だからだろう。そんなものを眺めている内にふと、セイバー姉さんは一つの痛い過去の失態を思い出した。

「リン……一つ尋ねたいのですが、前に暴走したあのはた迷惑な某魔法ステッキもあの中へ?」
「そうよ?」

 セイバー姉さんの額に、冷汗が一滴。

「……まさか本物(オリジナル)と贋作(フェイク)の宝石剣も、あの中で?」
「そうだけど?」

 気のせいか、冷汗が次第に増えてゆくセイバー姉さん。
 桃色の美しい顔色が、見る見る内に彼女のイメージカラーである青へと変わっていくのが分かる。
 因みに私は解析に夢中で、二人の会話は耳に届いておりません。
 解析、解析、解析――ん? あれ……? 

「……以前に失敗して、暴走を起こしたあのステッキを魔力供給を切らずに無理やりあの中に押し込めましたが……まさか、まだ処置をすませていないなどといったことは……」
「…ぁ」
「リィィイ――イイン!? 今の、あ、って何ですか!? あ、って! ま、まさかっ!?」

 セイバーの杞憂の元が断たれていないことを知り、マズ、と声を上げるうっかり属性持ちのお母様。
 あの悪戯好き暴走愉快な悪魔ステッキがこの状況を内部から観ているとすれば、もしや――



【呼ばれて飛び出てババババーン☆ ご期待に備え、リリカル某魔法ステッキ、カレイドルビーちゃんただいま登場――★】



 DE☆TA☆

「「――ッ!?!?」」

 マズイマズイマズイマズイ。
 思考が焼き切れるほど最悪の事態へと急スピードで進行してゆく。
 くねくねとステッキとしての造りに正面から喧嘩売るような不気味な動作で、嘗ての悪夢(トラウマ)が蘇る。
 この杖と悪魔の契約を交わした暁に起きたあの忌々しい惨事(痴態)は、記憶を消したはずでも深く魂(トラウマ)に刻み込まれていた。
 これは、一種の呪いのアイテムなのだ。

「! 待って、まさか!?」

 待て、そうだ。こいつがまだ内部で活動が可能だったということは、まさか――

【ピンポンポーン☆ 凛さん大正解! 
 そう、志保ちゃんにはこんな夢も理想もない寂れたつまらない世界ではなく、本物の魔法少女へと旅立つことのできる幻想世界(メルヘン・ワールド)へと全力で支援します! 
 いやホント、本気と書いてマジで! ルビーちゃんの名に懸けてっ!!】
「「やめなさいっ!!」」

 二人が急いで取り押さえようとするが――時、すでに遅し。
 ルビーの放つ魔法と、志保の持つ“本物の”宝石剣から眩い閃光が迸り、部屋を白一色へと染め上げる。
 巨大な六芒星(ヘキサグラム)の魔法陣が展開され、空間歪曲して穿たれたような黒い穴(ゲート)が開かれる。
 解析の途中で分かったことだが、この剣の構築データは膨大すぎて脳の容量にはとても収まりきれないほどだった。
 だから、飲まれる。強大な力とその知識に。ちっぽけな存在である私の自我が、吸い込ま、れ――

「「し ほ ――  … ! ! 」   」

 最愛の二人の声が遠く彼方に木霊し、そして――消えた。



[26133] 第三話 新たな世界で
Name: 月咲シン◆d9c36d1e ID:090b6a36
Date: 2011/05/05 00:55
 ある山の頂上付近にて。
 二人の男性が焚き火に薪をくべ、夕食の用意に取りかかっていた。
 名は、高町士郎、高町恭也。
 この二人は親子で、休日を利用して修行のために山篭りをしていた。

 永全不動八問一派・御神真刀流。

 その流派を継承する、二人の剣士。
 もっとも、山篭りで修行など二人には別段に珍しくもない。
 月に一度は週末などを利用して、親子の親睦を深めるための意味もあった。
 ただ、この日は“いつも”とは違っていた。

「父さん、アレは!?」
「……うむ、行ってみよう」

 山頂付近にて、眩い白銀の光柱が起った。
 神々しいまでの光を放ち、天へと届く一陣の閃光。
 只事ではない超常現象の発覚に、危険を感知した二人は迅速に行動へと移る。
 それぞれの愛用する武器を佩用し、火を消してその場へと駆けた。

 向かう先に待つものはなにか? 

 普通ではない。あの光景は明らかに異常だ。
 腰に担う小太刀二刀に、いつでも抜刀できるように片手を添えて、山頂へと駆け進む。
 向かう先に待つ未知へと。待ち受ける、異世界からの来訪者へと。
 そう、一人の少女の下へと――





 魔法と魔術の禁断書
 第三話 新たな世界で





 海鳴市山頂、上空。
 闇を切り裂く光と共に、中から現れたのは一人の少女。

【――さん! ―志保―さん!】
「……んぅ?」

 切羽詰まった呼びかけに、切れ切れながら意識が覚醒する。
 ゴスロリチックな黒を基調とし、髪を二つに結った黒髪蒼目の少女、衛宮・志保が目を開ける。
 始めに見えたものは白。それも真っ白い粉雪のような白色。視界一面を覆うそれは広大な雲だ。
 次いで、景色が晴れたと共に視界に映ったものは――幾重の星が輝く、夜天の空だった。

「――え?」

 ここで一つ説明をしよう。
 ルビーの強制転送魔術と『宝石剣』の暴走によって誤差発動した超長距離転送は、座標を標準するこができない。
 急いでいたということもあるが、この転送魔術は知らない地へと無差別だった。
 よって、このように“空”へと到着位置を設定されていても……なんら不思議ではなかった。

「う、嘘でしょぉおおおおおお――!?」

 平行世界への転移は成功し、ルビーの目論みは成功したが、それ以後のことについては予測不能。
 もしかしてあの二人になにか恨みでもかっていたのか、と考えれば該当することなど、ルビーには無数にあった。
 だが残念なことにそのトバッチリを全身で受けたのは二人の娘である志保だ。なんとも悲運で不幸か。きっとパラメーターがあれば彼女の幸運はEであろう。
 『宝石剣』の解析の過程で落ちそうになった意識を転送中に無理やりルビーに覚醒させられ、そして、現状に至る。

 重力(ニュートン)の法則に則って落ちていく体――。

 全身に浴びる風圧。下へと引っ張られる引力。
 小柄な身体が相対風により煽られ、EXITなど設置していない軌道は無差別に流される。
 ザッと目算しても、距離は地上まで凡そ3000フィード上空。
 雲に届く位置からの自由落下に対し、パラシュートも身体コントロール技能も持ち合わせていない絶望的な我が身。
 飛行魔術を使えるほどのスキルも持ち合わせていなく、傍らで一緒に墜落するルビーも期待できそうにない。
 俯せの状態のまま、降下速度に相まって空気抵抗と重力加速度が釣り合い、毎度800kmの早さで地面へと急接近する。
 つまり、このままでは確実に間違いなく、死ぬ。

「落ちる! 落ちる!! 落ち、つーかもう落ちてるううぅぅぅ――!!」

 ジタバタと暴れるものの、空気抵抗によってそれも虚しいだけ。
 グングン迫る地上の光景に、潰れたトマトのような悲惨な想像が脳裏に膨らんだ。

「クッ! ――“Anfang(セット)」

 心臓を杭で打たれるような嫌な感触と共に、不出来な魔術回路(ライン)が繋がる。
 指先に溶かした宝石(桜作)でネイルした呪詛が、蛍のように淡く輝く。

「――Es ist gros, Es ist klein(軽量、重圧)……!」

 紡ぐは浮上魔術。飛翔や飛行といった高度な魔術を扱えない以上、一瞬のタイミングに命をかける。
 高鳴る心拍数に胸が痛い。死が迫る。加速度的に。無慈悲なほどに。誰の助けもなく。
 だがギリギリまで粘る。肌で感じるほど神経を集中されて。
 高すぎても、低すぎてもいけない。
 射程範囲まで、引き寄せる。
 ……きた!
 
 「――vox Gott Es Atlas(戒律引用、重葬は地に還る)”……!!」

 放った。
 同時、一瞬の停空感。
 距離と威力の誤差範囲を極限まで絞り込んだ決死の一撃。
 地上までの距離は、残り凡そ数十メートル。
 放たれた魔力の衝撃波が、地面に衝突し乱気流を生み出す。
 その影響で、志保は落ちてゆく体が落下から少し浮き上がり、何とか身体のバランスを整えて地面へと無事に――

「はぐぅ!?」

 いや、無事にとは言えなかった。
 咄嗟に両足に魔力を込めたものの、付加の掛った重圧に耐え切れず膝が落ち、後身を強く打ちつけた。
 ゴロゴロと悶絶しながら左右に転げまわる姿に、静観するルビーがケラケラと嘲笑う。
 この杖はどういう訳か無事に着地を果したようだ。

【まるで芋虫のようですね、志保ちゃん♪】
「うっさい!」

 いったぁ、とやや涙目で呟きながらも腰を浮かし、お尻をさすりながら立ち上がる。
 緊迫と疲労とした体を奮わせ、志保は闇色の周囲を見回した。
 少なくとも見知った場所ではない。

「……ここ、どこ?」
【さあ?】

 クレーターのように円形に凹んだ場の中央で、ポツンと志保は呟く。
 さきほどの真空破で周囲何十メートルと木々が吹き飛び、大地はひび割れ隆起していた。
 その様子を見て「領土荒らしとかで問題にならないだろうなぁ」と一人想念する。

「……もうちょっとマシな場所に送れなかったわけ?」
【とっさでしたからね~。まあ、水の中や土の中、はたまたしず○ちゃんのお風呂の中とかじゃないだけマシなんじゃないですか】
「まあ、一理あるけど……って、そもそもの原因は貴方でしょ駄杖!!」
【聞こえなーい聞こえなーい★】

 羽根の部分で耳?を隠しながら知らない知らないと頭部を振るルビーに、志保の拳が知らず強まる。
 ブチ壊してやろうかと、繋がった回路から拳に魔力が凝縮されていくのを見て、ルビーは僅かに冷や汗をかいた。
 魔力を扱う術に長けているわけではない志保だが、決して魔力が少ないわけではない。
 むしろ、魔力容量(タンク)だけを見ればすでに超一流の領域なのだ。あくまで、技術(やり方)がないだけのこと。
 爆発寸前で遠坂の家訓である“優雅であれ”という言葉を思い出し、溜息一つ。やり場のない怒りを空へと向け、星を眺める。
 その際に星の座標で位置を特定しようにも、天文学でも専門家でもない志保には無理だが、心を静ませる役割は果たしていた。月が雲に隠れているのは残念だが。
 ……OK、落ち着いた。とりあえず、

「ねえ、ルビー? 一応聞くけど、家に帰して」
【わお、いきなりホームシックですか? ダメですよー、泣き言は。よぉ~しよし、それではなんとかしてあげますのでちゃちゃとわたしと契約してください♪】
「話の噛み合わない駄杖ね。でもご愁傷さま、貴方の変態的な悪評は母さんとセイバー姉さんから耳にタコが出来るほど聞いているわ。だから契約はしない、できない、やりたくない」
【ん~、それは困りましたねー。ちなみになんて伺ってます?】
「契約すれば人生が終わる、だって」
【あははは、大げさな☆】

 大げさなものか、と志保は心中でツッコム。
 その意気揚々とした楽観的な態度に、メインヒロイン?を降格しそうになったという母の憂いを裏付けていた。
 悪魔に魂を売っても、この杖にだけは売ってはいけないと本能が訴える。

【じゃあ、無理やり血を――】
「ちなみに契約されたら、正気に戻った瞬間に『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』を使って二度と契約出来なくしてあげるから覚悟してね。その後にブチ壊すけど」
【……なら、元の世界に帰るためにも契約を――】
「今頃母さんと姉さんが奔走して此方に繋がる“穴”を虱潰しに探してくれているはずだから、気長に待つわ。よってお金を得る以上に貴方に身体を売るつもりはないの。アンダスタン? ブチ壊すわよ?」
【…………これから先の相棒として――】
「ハッ、貴方を相棒とするぐらいなら、そこらの枯れ木とでもしたほうが百万倍マシよ。ブチ壊されたいの?」
【ひどっ!? ってかなんで全部ブチ壊されること前提なんですかぁ!? 初対面でここまでボロクソに罵られたのは数ある世界の中でもルビーちゃん初めてですよ!?】
「黙れ駄杖。リサイクルに出してペットボトルにしてあげましょうか?」

 取り憑く暇もないとはこのことか。完全に警戒されている。凛や士郎でさえ、もう少し話を聞いてくれたというのに。
 しかし、以前に呼ばれた時の摩耗した魔力で大規模な転送魔術を行った反動により、いくらルビーといえど疲弊している現状迂闊に手を出せない。
 長期戦は不利。だが、相手はあの衛宮・士郎と遠坂・凛の娘。きっと抗魔力も高く、一筋縄ではいかないことにルビーは感づいていた。
 よって、今しばらく契約云々の話は棚上げし、一先ず優先すべき現存できる方向へと話を進める。

【……分かりました。ルビーちゃんとて人工精霊としてのプライドと誇りがあります。引き際ぐらいは弁えます!】
「あらそう? 殊勝ね。駄杖のわりに」
【むむむぅ…! でもでも! このままじゃあ貯蔵する魔力が切れてルビーちゃんただの素敵ステッキになちゃいます! だからせめて、動けるぐらいの魔力供給を要求します!】
「要求?」
【ごめんなさい。間違えました。お願いします】

 ふよふよと宙に浮きながら頭?を下げるルビーの必死な懇願に、志保は顎に手を当てて考える。
 正直、ルビーの必要性はかなり高い。口ではああ言ったが、腐っても第二魔法、キシュア・ゼルレッチ。
 メリットとデメリットが天秤で計られ、左右に揺れてシーソーを演じる。
 ただその裏でルビーは、殊勝な振りをして志保に対し巧妙な画策を組んでいた。

――ほほほ、こういったツンツンのおこちゃまはこうして弱さを見せて下手に出ればイチコロなはず♪

 知らない土地にただ一人。誰も頼れる人もなく、精神的に幼い志保にはなにか縋る物が欲しいはず、と裏でほくそ笑む。
 そうなれば凛のツンデレ属性も受け継いでいるであろう遺伝子を頼りに、デレた所を容赦なく突き、流れた主導権を握るつもりだった。
 下げた頭?の影で邪悪な笑みを浮かべるルビーを傍目に、逡巡する志保がやがてボソリと呟いた。

「……訪ね人ステッキ? ……いや、それよりもカカシ程度の役割は果たすんじゃ……いざとなれば盾ぐらいには……(ボソッ)」

 ……。
 …………。
 ………………マズイ。なにかがマズイ。どこで計画が狂った、とルビーは滝のような冷や汗を流す。
 馬鹿な、この巧妙且つ卓絶した心理戦が、逆砕どころが手玉に取られているとは。まさかの孔明も吃驚である。
 ルビーの目論みは間違ってはいない。常識的かつ心理的に考えれば、9歳の少女を懐柔する上では当然の帰路だ。

 ただ、衛宮・志保という少女はどこまでも現実主義(リアリスト)だった。

 衣食住がない。ああ結構、ならば作ればいい。稼げばいい。奪えばいい。
 それができるだけの技量と胆力が備わる志保に、他者の手など不要の産物。
 いざとなれば第二魔法の結晶体であろうが、使い捨てのカイロよりも簡単に切り捨てるだろう。
 つねにハイテンションのルビーが、魔力というより電池切れのように萎れてゆく。
 そして志保の視線がルビーをどう“視て”いるかに気付き、僅かにひきつった。

【あのあの~、志保ちゃん?】
「なぁに?」
【まさかと思いますが……ルビーちゃんを今、“解析”してないですか?】
「ふふふ……まさか」
【こわッ! さては必要な所だけ分解して後はポイですか!? ちょっ――基本格子読み取るのストップストップ!!】

 いやいやと身体を動かして羽根で身を隠すルビーに、志保は小さく舌打ちをうつ。
 その目はまさに無機物を見る目。物を物として扱う、嘗ての祖父である衛宮・切継の目だ。
 マズイと思う。時間が経てば経つほど、志保は己を取り戻し冷静で冷酷で冷徹な判断を下す。
 もはや形振り適わぬ様子で、少ないプライドを捨ててスリスリと子犬のようにルビーは志保の足元に擦り寄った。
 これだけの魔力を持った逸材以外に他者と契約できる可能性は、タイムリミットを考えても天文学的に少ない。

【せ、せめて仮契約でもいいからこの際やっちゃいましょう!】
「なにその通販のお試し期間みたいなノリ。却下」
【ノゥ! な、なら小指サイズのパスでもいいからせめて省エネモード維持の供給を!!】
「そっからノミのように吸い取るくせになに言ってんの? この寄生虫」
【とうとう虫扱い!?】

 ガーンと無駄に衝撃を受けているルビーに対し、どうしたものかと志保が考える。
 が、その時、

《――? 志保ちゃん大変です、敵襲です》
「え?」

 突如ルビーからさらりと警告が掛かり、つい間の抜けた声が零れた。
 目が点になる志保を余所に、ルビーは思念でツラツラ現状を報告する。

《んー? 数は二つですね。気配を隠して上手く傍観しているようですけど、残念。ルビーちゃんの知覚範囲に入っちゃたのが運のツキですよ》
「っ」

 探査魔術を広げ、脳裏に浮かぶルビーから思念の映像が送られる。
 指摘を受けて志保もすぐに神経を研ぎ澄ます。表面上はなにもないように振舞いながらも、心中は穏やかではなかった。
 そして自分の背後から感じ取れた二つの気配に小さく息を呑み、思わずルビーに目を向ける。
 まるで野生の獣のように緻密に気配を遮断している二人は、おそらく相当な手誰。
 だが、志保が受けた衝撃は二人に対するものではなく、眼前のルビーに対するものだった。
 まさに物の見方が変わるとはこのことか。確かにこのまま失うには惜しい存在だと、志保は我が身で痛感する。
 生じた動揺を無理やり内に押し込め、気持ち(スイッチ)を切り替えて、対応に移す。

「――“Anfang(セット)」

 ボソリと呟く。大気にマナを送り、神秘を模るために。
 繋がったラインにパスを送り、拳を握って淡く輝くネイルを隠す。
 消耗品だがこの特注の宝石ネイルは、己と血と混ぜて溶かした呪字のためそうそう消えない。油性マジック並に。
 現状、背後の二人は静観しているようだが、この気配の断ちようがただの一般人を否定していた。
 身のこなし、潜伏方法に気配遮断など、常人では群を抜いて飛び抜けていた。
 教会の代行者に等しい圧力。それも二人。思考が氷のように冷めてゆく。
 知らない土地での逃亡は不利。土地勘がない上に夜目も利かない。よって、打ち破るしか方法はなく。
 なれば、こちらから先手を得る。

「――Das Schliesen.Vogelkafig,Echo(準備、防音、終了)……」

 一拍。詠唱の際の溜めに入る。
 始める戦闘の合図はこの胸に。照準を演算し、流れをシュミレーションする。
 ただ……背中から感じる気配に魔力と殺意が一切感じられないことに僅かに眉を潜めた。
 ――関係ない。邪な気持ちがなければ、隠れず姿を表すのが道理。情報を聞き出すためにも、殺しはしないのだから。
 心を鉄にする。躊躇や戸惑い、迷いや怖といった逡巡は命を縮める死の敗因となるから。
 だから、行った。

「――Fixierung,EileSalve(狙え、一斉射撃)”――!!」

 気配を捉える方角へと、振り向き様に照準する。
 呪いを含んだガンド。掠り傷でも致命傷を負わせる魔術。
 コンマ数秒の間際、二つの気配が動揺するのが分かった。
 だが遅い。すでに標的は範囲内に捉えている。

「風邪でもひいてろ――!!」

 四の黒い流星が、飢えた獣の如く解き放たれた。



―→ side kyouya&shirou



「「!?」」

 驚きの声を上げる暇も、なかった。
 突然の光と共に現れた不審者は、自分達の存在に気付いたようで自然に身構える。その何気ない動作で手練と察した。
 そして、殺気に伴い起した行動は――振り向き際に四の黒球を放ち、自分達に牙を剥いたのだ。
 投擲された不可視な脅威に、二人の背中がゾクリと悪寒した。

「「く――!」」

 迫り来る小流星。
 同時、御神流に伝わる奥義・“神速”を発動させる。
 景色が白黒(モノクロ)になる世界の狭間では、時間の感覚が酷く遅延する。
 まさに神速の速さでその場を離脱し、一瞬後の爆発音を後方で聞いて、相手の左右(士郎/恭也)へと移動した。
 次いで、自身の流派の戦術として士郎が『鋼糸』で相手の身を拘束する。

「――っ!?」

 なにが起こったのかわからずに、身を縛られる人影。
 続いて、恭也が相手の動きを無効化にしようと『飛針』を二つ、膝元へと投げつけた。
 だがそれを、

【ていっ☆】

 なぜか動くステッキが素早く間に挟まり、『飛針』を羽根で叩き落とした。
 目を疑う。お茶目っ気のある女性の言語を発し、えっへんと胸?を張る不思議ステッキに言葉を失う。
 
 理解できない。まるで宇宙人と戦っているような気分だ。

 一瞬の気が人影からステッキに移った刹那、その隙に相手は地面へと思いっきり“何か”をぶつけ、粉塵を巻き起した。
 煙幕が立ち上がり、相手の姿が視角から消える。
 だが逃がすまいと、追撃を仕掛けようと恭也が小太刀『八影』に手を添え気配を探り、

「――“投影・開始(トレース・オン)”」

 紡がれる声と同時、煌めく銀閃が奔った。

「む!?」

 『鋼糸』で拘束していた士郎から、手元の感覚が消えたことに疑念の声が上がる。
 下段から切り裂いた『鋼糸』の軌跡をそのままに、返し刃を天へと掲げる。
 その空気の振動を読み取った恭也が強く一歩を踏み込み、眼前の煙幕へと一撃を放った。

 キギィイイン!!

 その奥、切り裂く煙幕の向こうから金属音と共に、交わる刃を恭也は見た。
 同時、雲の晴れた隙間から月の女神が顔を出し、戦場を優しく照らす。
 そして二人は驚愕した。戦う相手を。強靭な敵を。予測の範疇から懸け離れた容姿に息を呑んで。
 鋭い眼光を放つ、黒髪蒼目の少女を視野にして――。



―→ Side Siho



――この人達、強ぃ……!

 薄れる煙幕の向こう、投影した『干将莫耶』の刃で交す相手へと目を向ける。
 咄嗟に魔力を地面に叩きつけ粉塵を巻き起したものの、なんの動揺も示さず相手は懐へと踏み込んできた。
 相性は最悪。相手も二刀使いな上、技量も経験も全てが自分よりも上だ。

 戦って分かる強さ。

 下手をすれば、この二人は師となるセイバー姉さんと並ぶかもしれない。
 本物の剣士。目くらましの煙幕は消え、月の光が場を照らし、対峙する相手の視線が交わる。
 戸惑いながらも厳かな声で、刃に込める力を緩めることなく相手が問う。

「――君は、何者だ?」
「はあ? 聞きたければ、そっちから名乗るのが礼儀ってもんで・しょ!」

 唾競り合いの状態から私が青年を一気に弾き返す。
 互いに大きく一歩後退し、二人の姿を左右に視野して、肩で息をしながら双剣を八双へと構える。
 思えば、青年が向けた刃は逆刃で、峰打ちを狙っていたようだ。
 殺す気は――ない、のか?

「……いいだろう。俺の名は高町恭也。御神の剣士にして、しがない学生さ」
「その父親。高町士郎だ。数分前に光と共に爆発音が聞こえてね。赴いてみたら――キミがいたのさ」

 名と共に簡単な経緯を話し、律儀にも戦意がないことも告げてくる。
 その態度に、その“名前”に、私は若干戸惑ったものの思考を広げ……偽りではないことを信用し、殺意を解いた。
 以前、刃は構えて警戒したままだが。

「私は――志保。少々複雑な事情があって詳しく身元は言えないけど……危害を加えてくるつもりはないの?」
「ああ、其方が刃を向けない限りはな」

 恭也が冷淡に言葉を告げ、構える『八影』をゆっくりと解く。
 士郎も以前警戒はしているものの、敵意はないようだ。
 二人を観察し、自分の身分や出身を明かさず簡潔に自己紹介を終える。
 異世界とはいえ、まだ完全に信じていない私は敵国の兵士である可能性に警戒を抱いている。
 少しの沈黙が続き……

 ぐぅ~~

 情けない音が、腹部から響いた。

「……お腹減いた」

 つい口に出る。だが運動すれば消費したエネルギー(食事)を求めるのは至極当然のこと。
 ルビーからからかいの声があがるが無視する。誕生日会でケーキとチキンしか食べていない私のお腹は欲求不満なのです。日本人はお米を食べないと。
 その私の様子を見て士…父親の方が僅かに目を丸めた後、途端にクスクスと笑みを浮かべ始めた。
 ……なにか恥ずかしい。なんだ、その娘でも見るような温かな視線は?

「どうだろう、一緒に来るかい? サバイバル様の冷食だが、お腹は満たされると思うよ?」
「父さん?」

 訝しみながらも恭也は父に目を向け、「まあまあ」と彼は息子を諭す。
 一度目配りをされ、その視線に込められた意図を瞬時に理解した。

 自分では、この二人には勝てない。

 一対一でも勝ち目は薄いのに、二体一など絶望的だ。
 勝率など一桁以下。この二人を相手にするぐらいならば、蛮国の凡兵を百人相手にしているほうがマシだろう。
 力や魔力はともかく、圧倒的に戦闘に対する経験と技術が雲泥の差なのだ。
 それを承知し、見定めた上で、この提案を持ちかけたようだ。

――どうする、ルビー?
《おおー! 相談役に買ってくれるということは、契約に応じてくれるということですね!? さすが志保ちゃん心が広い! よっ、お姫様!》
――うんちくはいいからさっさと結論。で、どう思う?
《ルビーちゃんの命運をさらっとうんちくですまされると悲しいですが、うーん? ここがどこなのか分からない以上は情報を集めるためにも乗ってみてはどうですかー? いい男みたいですし♪》 
――いい男はさておき。いざという時は終わりよ? 彼ら私よりもずっと上だもの。
《でしょうねー。驚いたことに魔力を一切使っていませんし? 単純な体術のみで戦闘を行っているようですから? どこかの寺のお侍さんのように》
――は? 侍…? 
《いえいえこっちの話ですー。昔そんな忠犬コジローがいたってことです。で、志保ちゃんどうするんですかー? ルビーちゃん的には次の契約者が見つかるまでは死なない選択をとって欲しいんですが~?》
――だからまだ契約すると決めたわけじゃ……ハァ、もういいわ。でもあくまで“仮”よ? 
《!? ひゃっほー! やっとデレたぜコンプリ――――トォ!!》
――主導権、あくまで私のままだからね。魔力の供給は…蛇口の水滴からこぼれた水程度にはしてあげるから、ありがたく思いなさいよ?
《はいな! てええええええええええええええ!? 蛇口の水滴から零れた水程度!? ほぼ絶食じゃないですかそれえ!?》
――精霊様が贅沢いわない。見返りが欲しければ成果を見せなさい。成果を。
《むむむむむ~! 志保ちゃんのケチ! アンポンタン! 人でなし! 守銭奴!!》
――………#(ピキ)

 念話中断。下らない問答を打ち切る。
 だが繰り広げた相談の結果は、やはり様子見が妥当との結論。
 一つ吐息を吐き、双剣を木々の中へと放り投げ、認識をズラすと現実との祖語が生じて幻想が霧散した。
 二人は驚いた表情を――武器を“消した”のではなく“捨てた”ことに――していたが、適当に誤魔化して話を切りった。
 こうして戦闘は終了し、一時的な和解が成立した。

「テントはここを真っ直ぐ下った所にある。食事もそこだな。歩いて十分ほどの位置だが、道中でマキを集めるから君も協力してくれ」
「はいはい」
「はは、恭也は無愛想だが仲良くしてやってくれ。きっと君と同じぐらいの妹がいるから、照れくさいのだろう」
「と、父さん!」
「そうなの? お・に・い・ちゃん?」
「こ、コラ! 大人をからかうんじゃない!」
「ははは、さて行くが、忘れ物とかないかい?」
「忘れ物って、そんなのあるわけ――」

 そこではたと気づく。なにか重大なものを忘れていないかと。
 この上なく大事な物で。決して失くしてはいけない物が。
 失念してはいけない“何か”。それが喉元まで浮上し、やがて疑問が脳裏に駆け巡る。
 欠如した空白の記憶を埋めるのは、こうなったもう一つの原因――

「あ」

 そして唐突に思い出した。忘れてはいけなかった“何か”を。
 それは母からのプレゼント。魔法の域に届いた、代替品の利かない神秘の結晶。
 発覚した瞬間に探知魔術を駆使し、着地した付近を血眼になって念入りに捜索するが、それらしい物はなく。それらしい魔力反応もなく。
 見る見る内に顔を蒼白にし、頼みの綱とルビーを見るが……彼女は肩?を竦めて「さあ?」と本気で知らない顔をした。
 それは、つまり、完璧に、なくしたということ。

「な、ななな、んなぁ――」


――『宝石剣』ゼルレッチを、この世界のどこかに“落っことした”。


「な…なんでよぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!?!?」

 ……母親から受け継いだ“うっかり”属性は、本当にココ一番の所で呪い的に本領を発揮していた。



[26133] 第四話 運命との邂逅
Name: 月咲シン◆d9c36d1e ID:918867ef
Date: 2011/05/03 21:14
 夜風吹く、満月の月夜。
 光柱と共に現れた少女を追うようにして、無数の光があった。
 流星の如く降り注ぐ光は、精巧に模られる蒼の宝石群。
 その中の一つ、人知れず山奥へと忍び込み、意思を持つかのように浮遊する。
 それはまるで導かれるようにして、一つの場所へと向かっていた。

――魔力値、感知。

 蒼の宝石が、煌々と光を増す。
 光芒と淡く輝き、目指す先は森の中。
 木々を避け、空を裂き、闇色の障害物を察知し、気配の漂う場所へと直線に進む。
 込められた魔力には膨大な量が凝縮され、その奥には深いシリアルナンバーが刻まれていた。

 A級・古代遺失物(ロストロギア)―――『ジュエルシード』。

 ここ海鳴市で起こる、始まりの事件。
 その開幕が、一陣の光と共に先行して行われようとしていた。
 主役となる二人の少女の前に、免れざる来訪者の物語が――幕を開ける。





 魔法と魔術の禁断書
 第四話 運命との邂逅





 虫が涼やかな音を奏でる、翌朝。
 朝食の準備と共に、三人の人影が焚き火を囲んでいた。
 串に刺さった川魚と共に、飯盒で蒸した白米がコンガリと焦げ目を除かせる。
 冷食を温めてオカズにし、登山用の鞄から野菜を取り出して刻み、朝食の準備が完了する。
 三者共に手を合わせ、「いただきます」と一礼。
 食事中の会話の花は、新たに加わった一人の少女について。

「ほう、つまり……君は違う世界から来た、と?」
「ええ、まあね」

 自身が調理した焼き魚を口にし、志保は士郎の言葉に首肯で返す。
 平行世界ということもあり、同じ土地の同じ言語。文化も共通で、一日三食の生活習慣に変わりもなく、あくまで“if”というだけの違う世界。
 もしこれが外国ならば、衣食住の他に言語や金銭面でも問題となっていただろう。
 どうしたものか、とこれからことを憂いながら志保が白米を粗食する中、高町親子からの事情聴衆は続く。
 面倒だが、経緯を考えれば当然のこと。こうして食事を賄って貰っている身では、拒否権もない。

「正直、信じられんが……嘘をついているようには見えないな」
「当たり前でしょ。嘘を吐くにしても、こんな頭のおかしい妄想染みた言い訳する必要がある? 私自身も認めたくないのに」

 確かにな、と恭也が苦笑する。
 一晩経って分かったことだが、この二人は敵ではない。
 話す内容と先入観からして、この世界にはまず『魔術師』が存在していないようだ。
 魔術は秘匿するものにせよ、彼らのような裏世界にも精通した実力者が存在を知らないとなれば、まず世間一般的に皆無に等しい。
 正体不明の自分に対して、戦闘を行う際に一切“魔力”を使ってこなかったのが何よりの証拠か。

――まあ、単純にこの人達が知らないだけかもしれないけどね。

 カマかけのつもりで嘘の中に少しの真実を交えた説明は、士郎にあっさりと嘘の部分を看破され、お手上げとなった。
 なんという洞察力か、持つべき地盤が違う。
 どういう経験を積めばこのような能力を得るのか疑問であるが、下手に繕うよりこれは真実を素直に話したほうがいいな、と思った切欠は……その真摯な瞳にもういない、“誰か”が重なったのがもう一つの理由かもしれない。
 仮面を被って表情に出ないように努めたつもりが、まだまだ鍛錬が足りないようだ。日々精進である。

「……どうしようかな」

 そんなことを考え、ポツリと呟く。
 『宝石剣』がない以上、元いた世界から母や姉が“穴”を通じて魔力(パス)を送信してきたとしても、受信機である『宝石剣』がなければ帰ることができない。
 一方通行で向こうから此方に来る術はあれども、此方から元の世界に帰れる術を志保は知らない。あるかもしれないが、知らないのだ。
 だから、引き寄せてもらうしかない。迎えに来てもらうしかない。
 広大な海の中に漂う一匹の魚に等しい自分に、『宝石剣』という目印(灯り)を着けて。

――ハァ、不甲斐ないなぁ……今頃母さんやセイバー姉さん、心配してるだろうなぁ……。

 気持ちが沈むと、自然と瞳にも精気がなくなる。
 俯き気味に視線を地面へと寝かせ、両肩を落として心中で溜息を吐いた。
 頼れるものが自分一人な現状――トラブルメーカーのルビーは対象外として――趨勢を巡らせるほど、状況は拙いものであると気が滅入る。
 ひとまずは衣食住。それから『宝石剣』の捜索と、途方もない順路。せめて居場所が解ればと、嘆きの念に囚われる。

「帰る方法や、手段はあるのかい?」
「いえ……」

 士郎の言葉に、志保が静かに首を横に振る。
 平行世界の鏡写しの土地とはいえ、見知らぬ場所、見知らぬ人では、途方もない困難な道程になるだろうことは予測できる。
 だが、探すしかなかった。他に術がない以上、例え、何年かかろうとも。

「とりあえず、元の世界に戻れる方法を探します」
「ふむ……」

 そう息を吐き、一拍。
 戸籍もなく幼い自分に働き手などなく、現金もない流浪の身で起こせる行動といえば身を売るか、強奪行為しかない。
 前者はないとして後者を選ぶにしても、それはそれで色々と問題が山積みだった。
 ……そんな志保の心境を読み取った士郎が次に起こす行動は、きっと衛宮士郎と同じ行為であっただろうか。

「なら、志保くん。どうだろうか、ウチに来ては」
「は?」

 突然の士郎の申し出に、志保はついマヌケな声が零れる。
 その様子に、人の善意に慣れていない志保に微かな悲しみと微笑みを浮かべながら、士郎は続けた。

「ウチは喫茶店をやっていてね。ああ、喫茶店と言ってもデザート系が主な店だが。
 そこで手伝いをしながら元の世界に帰る方法を探してみてはどうだろうか? 三食住居付き、少ないけどお給料も払ってもいい。どうかな?」
「いえ、どうかなって……コッチとしては破格の条件で嬉しい限りですが、いいんですか?  自分で言うのもなんですが、素性も知れない怪しい子ですよ私は?」

 志保の忠告の言葉に、笑みを浮かべながら答えたのは恭也だ。

「そうだな。話を聞いていた限りじゃ確かにそうだ。だが、本当にそういう奴は自分で言わないものさ」
「む……けど、家族の人達もいるんでしょう? 魔術の事については話してほしくないけど、そうなると説明がつかないんじゃないの?」
「大丈夫。それでも、分かってくれるさ」

 どうやって、と聞きたいが、その微笑みに嘘はない。
 二人して向けられる真摯な眼差しに戸惑うも、偽りや邪心は感じられなかった。
 温かく迎えてくれようとする二人を見て、この人達の家族もこうなのだろうかと想像する。

――甘々ね。まったく、いろんな意味で危ない親子……。

 でも、と。
 前に進まなければ、道は開けない。
 師であり姉でもある尊敬する人に言われた、自分が信条とする言葉。
 後の事を考え、思索した上で……志保はその申し出を、受けることにした。
 特に画策や思惑があったわけではない。無用心かもしれないが、それも今さらだ。渡りに船。このまま野宿よりかはマシだろうと結論つける。
 同時に――ここでの新たな家族が、出来た瞬間だった。





 ×     ×     ×





「とりあえず、当面の間はこれで一安心ね」
【そうですねー。信用に足りる方々だとは思いますよー(棒読み)】

 朝食後、軽く鍛錬で汗を流した後に昼食の用意に取り掛かる志保は、雑木林の中、薪拾いをしながらルビーと会話を繰り広げていた。
 現在のルビーは柄を短くして羽も畳んだコンパクトな省エネ待機モード。志保の腰元に隠されて佩帯していた。
 口頭での仮契約を行った際に、宣言通りの蛇口から零れる水滴程度の魔力(パス)では少量すぎてステッキ状態すら維持することが難しいらしい。
 元々魔力容量は厖大な志保だが、回路(ライン)が狭く未熟な供給では事足りない。
 幸い、マナが豊富なこの世界でも自然回復はできるようなので、後の蓄積も可能となるよう現状維持。まさに寄生虫状態で人の体に住み着いていた。
 よって現状、面倒な話し手と頼りない助言者程度の役割しか果たせていないのだが……

「……なにふて腐れてるのよ、アンタ?」
【失礼な。ふて腐れてなんかいません。ただルビーちゃんをのけ者にして楽しくおいしくみなさんで朝食を食べてキャッキャウフフしていた志保ちゃんが恨めしいだけです】
「なにがキャッキャウフフよ。それをふて腐れるっていうんでしょうが……」
【つーんだ。ぷい】
「はぁ……」

 ……どうやらそれすらも面倒な立場になりつつあるようだと、嘆息する。
 抱えた問題は山積みなのに、つまらない悩みだけが増え続けてゆくものだ。

――はあ、一難去ってまた一難、か。

 悩みの種を自ら撒いてどうするものか。
 とりあえず、機嫌を直させるためにフォーローをすることに。

「仕方ないでしょ。ただでさえ性格がアレなのに、そのうえ喋り出したら暴走するのは目に見えて解ってるんだから。檻から出た猛獣並みにタチが悪いくせに。話がややこしくなるだけでしょ」
【むきーー! 差別反対! 人権侵害! ルビーちゃんにも愛ある権利を!】
「アンタにある権利なんて、黙秘だけよ」

 あーだこーだと痴話喧嘩をし、フォローのフの字もなく志保が一蹴する。
 ルビーの抗議を右から左に聞き流し、最終的に黙らせるために魔力の供給を切ると脅すと、一転して大人しくなった。分かりやすいやつめ。

「さて、こんなものかしら。枯れ木じゃなければ燃えにくいから、その辺の枝を折るわけにもいかないしね」
【ですねー。でも火のルーンを遣えば一発じゃないですか。こんな面倒なことしなくてもあの二人にはもう魔術を隠す必要性なんてないんですし、燃料調達などチマチマしなくてもいいんじゃないですかー?】
「便利は人をダメにするものよ。効率と怠惰は別物。――もし、魔術が使えなくなったらどうするの? そんな最悪の事態を想定した上で、色々と経験しておいたほうがいいのよ」
【……はぁ~、なにか志保ちゃんは魔術師としての固定概念がひどくズレているような気がしますねー】
「悪い?」
【いえいえ。ルビーちゃん的にはそちらのほうが好ましい(面白い)ですよ♪】

 そう、と微かに照れたように頷く志保に、ルビーの陽気な感情が流れてくる。
 破天荒な性格のルビーだが、魔力不足のせいもあってか力に元気がなく、声音も一転してどこか穏やかなもの。
 現状、『宝石剣』の捜索と元の世界に帰る方法が第一の上で、生活環境の変化と悩みが多い分、これ以上のトラブルを引き起こすようなら容赦なく仮契約すら破棄して見捨てるつもりなので、一応その辺りの部を弁えているのかもしれない。
 もっとも、虎視眈々と本契約の隙を伺い、息を潜めているだけかもしれないが、少なくとも確固した知性がある以上、バカではなかった。
 色々と順応するためにも大変だと、志保は苦笑を浮かべる。
 違う世界と言うよりも、見知らぬ土地にいるような気分だった。
 ――と、視野を広げていると……

【? 志保ちゃん志保ちゃん。魔力探知です】
「むぅ?」

 予期せぬ事態が、発生した。
 またしても出し抜かれた気分になり内心で悔しさを滲ませるものも、瞬時に気持ちを切り替える。
 一時、薪を固めて平らな場所に置き、ルビーの探査区域に掛かった場所へと赴く。
 あの二人もそうだが、寝静まる前に周囲に結界の糸を張っておいたのだ。
 でも、妙だ。
 昨夜はこの辺りに、魔力反応なんてなかったはずだが。

「……ん? あれは?」

 少し歩いた先、小川を挟んだ大樹の根元に光る何かを発見した。
 蒼い精巧な作りで四方形に模られた宝石。それが一つ、淡く輝いている。

「なに、あれ?」
【さあ? ルビーちゃんの数ある鏡世界の中でも記憶にありませんねー。魔力を内密しているところを見ると、なにかの魔術媒体や儀礼用の装具なんじゃないですかぁ?】

 靴を脱いで小川を渡り、根に絡まった宝石を掴み取る。
 手に取りって目元まで持ち上げて、宝石を裏表へと引っくり返してしげしげと眺めていると、

≪――汝、求めし者との再会を願うか――≫

「え? なに?」
【コレは……もしかして】

 突如頭の中に発せられる念話の声に、志保は周囲を見渡し、次いで手元の宝石を凝視する。
 淡く魔力光が輝き、宝石から色に伴う蒼の光芒が浮かび上がってきた。
 未熟な志保でも分かる。これはなにか意思を持つ総体物だと。間違いなく。この声の発信源は――コレだ。
 反射的に宝石を解析(トレース)し、中枢へと意識を向ける。

≪――願えよ汝。大切な者の元へと帰ることを求め、大切な者の元へと戻れる力を求め――≫

「できる……の? 貴方には――」
【ダメです志保ちゃん! 捕らわれてはダメ! それは遺失物、すなわち危険物手配の掛かった『古代の英知(ロストロギア)』ですっ!】

 ルビーの珍しい狼狽の声が、鼓膜から遠ざかる。
 響くのは誘いの声。求めし願いを叶えよと魅惑者の囁き。
 抵抗の余地などなく、朧な夢は、しかし求める願いだった。
 解析で飛ばした意識ごと、次第にまどろみへと沈み――

「――そこまでです」

 その大樹の上空。
 枝に立つ金髪漆黒の少女の言葉が――耳に入った。





―→ side kyouya





 なにやら嫌な胸騒ぎがした。
 不穏な予感を過ぎらせる、黒い影。
 気がつけば二刀を腰に佩用し、雑木林の奥へと駆けていた。
 向かう先は、昨夜知り合った少女の下。

「どうか、杞憂であってくれ」

 だがその願いとは裏腹に、浮かぶ想念は収まらない。
 知り合いの巫女の下で教えを受けたことがあってか、恭也は予知めいたものが開花されていた。
 僅かにだが、身近な存在で邪悪なものに対して、敏感に感じ取れるようになっている。
 危機察知能力。無自覚の内に、戦士としての才能が研ぎ澄まされていく。

「――これは」

 駆け抜けた先、一つに固められた枯れ木の塊を発見する。
 間違いない。先ほどまで志保が拾い集めていた焚き火用の薪である。
 草が生茂っているので足跡は確認できないが、それでも彼女がここにいた証拠だった。
 しかしそれを、戻らずここに置いているということは――

 ドォオオオオ―――ンッ!!

「っ、なんだ!? ――あれは!?」

 木々が圧し折れ、爆発が起こった方向に目を向けると――一人の少女が、視野に入った。
 見間違いようのない、黒のロリータファッション(ゴスロリ)を着た少女、志保だ。
 その残像が木々を巻き込み粉塵を上げて、後方へと派手に吹き飛ばされていた。
 まるで、巨大なトラックにでも跳ね飛ばされたかのように。

「一体なにが――!」
 
 僅かに逡巡した後、恭也は『八景』を手にして志保の元へと駆けた。





 ×     ×     ×





「い、ったぁい……な、なにが起きたの?」

 突如、強烈な衝撃を受けて、気がつけば吹き飛ばされていた。
 煙幕で視界は奪われ、背に痛感を感じ背後を見てみると、そこには圧し折れた木々が幾本も倒れている。
 霞む視界が明けた時、目の前に広げられる光景は――一直線に突き飛ばされた、雑木林の無残な残骸の痕だった。

「これは、一体……」

 気付けば、傍らでルビーが杖(戦闘)モードに。
 痛む身体を起こすと魔力の残滓が散り、防護の呪が浮かび、消えた。

【目が覚めましたかー?】

 陽気と暢気を足して二で割ったようなルビーの声色の中に、僅かながら非難めいたものを感じた。
 星をクルクルと回し、羽をパタパタと動かして溜息を吐くような表現を取り、次でぺしっと志保の額にチョップ。
 痛くはないが、驚いた。呆然としながら叩かれた額を志保は擦り、疑問符を浮かべる。

【志保ちゃん、対魔力が低すぎ! あと、油断しすぎ! なんですかぁその体のなさは。朴念仁のシローさんがお父さんとはいえ、あの優秀なプリズマ☆リンさんの娘さんでしょう? どういうことですかぁ?】
「う、それは……」

 つい唸る。痛いところを突かれたと、冷や汗が流れる。
 ルビーに弱みは禁物だ。実は日々、聖骸布を巻いて誤魔化しているが、今はゴスロリ。
 志保の対魔力はD。さすがに士郎よりは高いが、二流魔術師並の対魔力である。
 思わず後退り、視線を泳がせてなにか弁解を計ろうとしたその時、

「……目が覚めましたか?」

 開けた木々の向こう、武器を片手に屹立する少女から声が掛かる。
 その無機質な声色に、苛立ちと共に怒気が強まる。
 瞬時に理解した。原因はコイツだと。
 金髪をツインテールに結った十歳前後の少女は、黒く黄金の刃を光らせた戦斧を携えていた。
 身に覚えのない理不尽な暴行に、志保は荒ぶる激情を抑え、ゆっくりと立ち上がる。

「貴女、誰よ?」
「答える意味はありません。私はただ、貴方の持つその蒼い宝石が欲しいだけですから」
「宝石?」

 そう言われて少女の視線の辿る先、左腕に握られた先ほどの宝石を思い出す。
 掌に収まるほどの小さな宝石。
 この、ただの宝石でないことは理解していたが……これ一つ頂くために、自分を吹き飛ばしたと?
 強奪? 略奪? そう思うと、一気に怒りが倍増する。

「ふざけないで! せめてもう少し別のやり方があったでしょう!?」
「時間がありませんでした。もし、あのままもう少し遅れていれば、暴走して今より酷い被害を起していたかもしれません」
「ハァ? 暴走ォ?」

 言葉の意味を理解できず、疑問符を浮かべてオウム返しする志保に、返答したのはルビーだった。

【その子の言う通りですよ~。おマヌケな志保ちゃんはその宝石の魅惑(チャーム)にあっさり捕らわれて、もう少しで石の暴走を起す所でしたから】
――え? 本当に?
【はいな。話し合いなど不能、という雰囲気をぷんぷんと出してましたよ?】

 そうなの? そうだったのか……と一人納得する志保。
 正直、記憶が曖昧でよく分からないのだが、どうやら少女の言葉は嘘ではないようだ。
 
「なら、それに関してはお礼を言いましょうか。朝起きない人を十階建てのマンションからベッドごと窓に投げ捨てるような鬼嫁娘に。
 貴女の家ではずいぶんと寝坊助に厳しいのね。実にスリリングだったわ。壮絶な起床方法をどうもありがとう」
「なっ、そ、そんなこと……」

 志保の皮肉な謝礼に少女が微かに頬を朱に染めて動揺の色を見せるが、すぐにキッと睨むように気を取り直す。
 ゆっくりと少女は歩み寄り、志保は憮然とした態度で宝石を持ち上げ、

「でも……」
【ええ……】

 ぴんとコインのように指で宝石を宙に弾き――

「――“投影・開始(トレース・オン)”」
【Die Spiegelform wird fertig zum Transport (鏡の姿へ運送 準備 完了)
Öffnung des Kaleidoskopsgatter(万華鏡の柵 開けり)
Sesam, Öffnung dich(開け ゴマ)】
「――あ!」

 ハンカチサイズの聖骸布を投影して宝石を包み、ルビーの第二魔法が空間ごと宝石を回収。
 多層空間である鏡面界に幽閉し、暴走も誤爆もないよう封印処理を行った。
 二十断層結界。完全に封鎖された鏡面界の中では、例え核爆弾が爆発しても七層で収まる程度の強度と神秘だ。
 被害があるとすれば鏡面界に籍を置く英霊達だが、まあ、その編はなんとかするだろう。たぶん。英霊だし。

「なにを――!」
「それは、こっちの台詞」

 訝しむ少女に、低く、それでいて強い口調で告げる。
 理由は色々とある。こんな怪しく危なっかしい物を、突然現れた少女に譲渡することへの迷い。
 目的、どのように使用するのかもわからない相手に、そう易々渡すわけにはいかない。
 そして、なにより――

「気にいらない……」
【まったくです。大事なマスターをもう少しでダメにするところでした。先ほどの攻撃、あと少しルビーちゃんが守るの遅れてたら複雑骨折じゃすまされませんでしたよ? ぷんぷん!】

 そう、この少女の態度が気にいらない。
 本人に自覚はないのかもしれないが、彼女は“命”と言うものをどこか軽視している。
 人を“殺す”武器を扱っているという自覚が、低いのだ。
 それが堪らなく、気に食わない。

「そ、それは貴女が魔道師だと分かっていたから――」
「どこをどうして? 喩え魔術師でも、今の攻撃を予測できなかったらどうするの? 私はさっき棒立ちになっていた、ただの一般人同然だったのよ?」

 衝撃緩和と身体強化の魔術を咄嗟にルビーに張って貰ったとはいえ、大怪我ではすまされない一撃だった。
 それも手加減してだ。それだけに少女の実力がそれほどのものか雄弁に語っている。
 しかし、自慢する訳でも説教する訳でもじゃないが、自分に“上”がいるように、当然“下”も存在するのだ。
 確かに、攻撃は手加減され、並みの魔術師でも警戒して受け止めれば死にはしないだろう。
 だが今のは明らかに、行為に対する自意識がなさすぎた。
 それが堪らなく、癪に障る。

「……渡す気は、ないんですね?」
「貴女が私の立場なら、はいどうぞ、と渡すと思う?」

 チリ――とした空気の緊迫感。

「「―――」」

 ピシリと、戦意が渦巻く。
 両者共に睨み合い、少女は黒き戦斧を、志保は双の中華剣を投影し、無言で構える。
 斧と、双剣。一見して威力と刃園(リーチ)は向こうが上、手数と速度(スピード)は此方の上か。
 ただし向こうの刀身が魔力刃のようなので、凝縮された刃渡りは自動で調整できるかもしれない。
 そうなると注意するのが間合いだ。一瞬吹き飛ばされて垣間見た時、魔力刃を切り離して投擲していた。
 チキリ、と鍔鳴りが起こり、どちらともなく駆け――

「っ!?」
【っ!?】

 突如、真横から暴力的な影が殺到した。
 咄嗟に志保より早くルビーが一工程(シングルアクション)で防壁を展開し、撃音。
 防壁する先を見据えると、そこには耳と牙を生やした赤黄髪の女性。
 いつからそこにいたのか、少女の使い魔にして狼の速度と剛力を誇る女傑は、さながら獣の如く息を潜めていた。
 拮抗する壁と拳。杖が地につき、徐々に地面へと食い込んでいく。
 押し負けている。
 それもその筈、ルビーの少ない魔力では本領の三割、いや、二割にか引き出せないでいた。
 支える羽がカタカタと振るえ、脅威が迫り、壁にヒビが入って――

「ルビ――」

 その不利な状況を見て、援護のために志保が自身の心層領域へと回路(パス)を廻し――

「ハァアアーー!!」
「っ、くっ――!!」

 ルビーに意識を向けた途端、一足飛びで懐へと踏み込んできた少女が志保目掛けて金色の刃を振るった。

 ギィィイイン!!

 交差する双剣と金刃。
 ギリギリと鍔迫り合い、視線を交す。
 澄んだ瞳の紅(ルビー)。それは素直に綺麗とさえ思わせる。
 されどどこか共に、物悲しさも秘めていた。

「アンタは、一体……!」
「終わりです」

 力が、増す。
 両腕が、次第に内へと絞られてゆく。
 まともに一撃を受け止めたせいか、まだ精度の低い中華剣に亀裂が奔る。
 魔力の主力を上げているものの、金髪の少女のほうが自分よりも魔力運搬技量は上だ。
 同時にルビーも、女傑の攻撃を支えられるほどの魔力は無くて――

 パキィイイイ―――ン……!!

 澄んだ音を奏でて、双剣と防壁が粉砕された。




[26133] 第五話 魔法と魔術
Name: 月咲シン◆d9c36d1e ID:918867ef
Date: 2011/05/08 11:41
「もらったぁぁぁっ!!」

 敵の勝利を確信する声。
 迫る剛拳に、砕かれた双剣と防壁。
 防御や回避運動は不可。再投影や再防壁も不可能。
 少女の方はなんとか双剣が砕かれたとはいえ、剣線を受け流すことは成功した。
 だが問題は真横の女傑。その貫くほどの一撃。
 手加減、などというものはないだろう。威力は落ちているが、食らえば致命傷だ。
 それを目で追うことしかできなくて、苦し混じれに手を組み衝撃を和らげるしか――

 ――シュル、ガッ!!

 出来ない、と思っていた拳が止まったとき、皆が驚きの表情を浮かべた。
 静止する拳。それは志保とルビーに迫るはずだった暴力的な脅威。
 その二人の眼前、数センチ先に止まった拳に――届いたのは拳風だけだった。
 これは、一体――

「っ、アンタは!?」

 女傑の腕に絡められる厳重な『鋼糸』。その糸の先。
 片手が縛り捕られることによって気づく、もう一つの気配。
 その気配の人物が彼女の拳を止めた要因にして、放ったのは一人の青年だ。
 志保が呼ぶ。その名を――

「恭也!?」
「まったく、厄介ごとばかり起してくれる……!」

 苦笑に不敵な笑みを載せ、御神の剣士が現れる。
 昨夜知り合った友にして、新たな家族の参入だった。





 魔法と魔術の禁断書
 第五話 魔法と魔術 





 恭也が『鋼糸』を引きながら、場を一瞥して志保に問う。

「どうも状況が理解できないのだが……事は穏便に済ませられないのか?」
「無理ね。事情は後で話すけど、向こうに渡っちゃマズイ物を発見しちゃって。奪われたら終わりよ」
「……そうか。なら、彼女達にはご退場願おう」

 眼力に鋭い戦意を載せ、『鋼糸』で拘束する女傑を射抜く恭也。
 志保の言葉を信じ、戦場で背を預けられる頼もしい友が誕生する。
 相手は魔法関係者の用だが、彼なら戦い用によって対等に渡り合うこともできるだろう。
 志保は視線を前へと向けて、対峙する少女へとニヤリと笑みを浮かべ、言葉を告げる。

「これで、二対二。さて、第二ラウンドといきましょうか?」
「………」

 無言で武器を構える少女に、志保は続行と見なし、夫婦剣を投影して八双へと構える。
 一刀受けただけだが、少女がただ者ではないことは理解できていた。
 後の能力面に置いて詳しくは不明だが、近・中・遠の全ての距離を熟せるオールラウンダー型。
 厄介だな、と心中で舌打ちしながらもルビーに念話で補助を頼み、踏み込むために腰を落とす。
 ジリジリと、円の動作で間合いを詰めて牽制し……

「らぁぁ!!」
「ぬ――」

 もう一方の恭也達の戦いが、先に動いた。





―→ Side kyouya & ???





 力と力。
 だが、単純な力比べでは太刀打ちできないと恭也は悟った。
 拮抗する、ように思える『鋼糸』の引っ張り合いだが、此方が徐々に引かれ始めている。
 それも此方は重心を落として踏ん張っているのに対し、女性はあくまで拘束された片手だけで対応しているからだ。
 そして――

「らぁぁ!!」
「む――」

 『鋼糸』を力で捻じ切り――切れた糸を素早く掴み、女傑が一気に引き寄せる。
 それに対し恭也は素早く『鋼糸』を分離させ、よろける女性に瞬時に距離を詰めて腰に帯刀する小太刀に手をかける。
 己の信じ、扱う、最強と云われた御神の剣士が地を駆ける。

「御神流・奥義之一――“虎切”!!」
「っ、この――!」

 戟音!!
 双の刃が敵に牙を剥き、死の斜線が空を裂く。
 抜刀術。鞘走る刀身が銀色に閃き、二つの半円を描いて女傑に迫る。
 目で追えない剣速。それを女傑は回避は不可能だと悟り、咄嗟に防盾を張って受け止めた。
 煌めく火花。余りの剣速に、女傑の足が止まる。
 恭也は勝機と踏み込み、更に前へと畳み掛けるために瞬速の連戟を放つ――!

「御神流・奥義之六――“薙旋”!!」

 四連戟!!
 一撃目、二戟目、三戟目、その全てが寸分変わらず同じ箇所に太刀が加わる。
 なんという技術。なんという速度か。対峙する女性は恭也の太刀筋すら見えていない。
 盾に硝子のような亀裂が奔りヒビが入る。いかに単純な物理攻撃でも、こうも鋭く正確無比では限度が迫る。
 そして、終撃(止め)の四戟目――!

 ――ギィイイイン!!

「ぬっ――!」
「くっ――!」

 撃音を響かせ、刃と拳がぶつかり合い、互いに体を後方へと弾き飛ばす。
 四戟目を女傑は咄嗟にもう片方の拳に“魔力”を込めて振るい、“気”を纏った刃の『八景』が衝突した。
 余波で木々はさざめき、砂埃が舞い、踵を地面に擦りながら蹈鞴を踏み――やがて、動きが停止する。
 一瞬の攻防。訪れる一拍の間。
 顔を見上げ……互い相手を、凝視する。

「……アンタ、何者だい?」
「其方こそ、只者じゃないだろう?」

 息は、切れていない。
 そんな軟弱な鍛え方はしていないし、今は人外の領域だ。
 そもそもこの程度で体力が枯渇するようでは、一瞬にして地面へと熱い接吻(キス)をするはめとなるだろう。
 人ではなく獣と戦っているような錯覚を覚え、この人間凶器に対しさまざまな趨勢を張り巡らせる。
 未知数な相手と膠着状態になるのは避けたい。では、どうするべきか。

――短期決戦に持ち込んだ方が良さそうだな。

 状況の戦略を巡らせ、恭也は早急に決断を下す。
 志保のことも気にかかる以上、どの道長引かせることは下策だ。
 一方で謎の女傑は、

――まだ他に、隠し玉を持っているようだね。

 尋常ではない恭也(人間)の強さに警戒し、怪訝と眉を潜める。
 相手の正体は不明だが、デバイスを持たずに対抗し得る力。それも“魔力”を一切使用せずにだ。
 “気”という原理を理解していない女傑にとって、相手の動きは未知数であり、出鱈目とも言える有様だった。
 頭よりも身体を動かすタイプの女傑は考えることが苦手で、難解な疑問を解消できずにいた。
 そして、出た答えは至ってシンプルなもの。とりあえずぶっ飛ばそう。ただそれだけだった。

――まあなんだい。フェイトの邪魔をするってんなら。容赦しないまでさ。

 迷いない己の心情。それさえ分かっていれば後は無用だ。
 自分は彼女の使い魔なのだから。だから大丈夫。主が戦うというのなら、自分も全力を持って主に応えるまで。
 殺意と戦意を向上し、闘気を込めて対峙する。
 少しして、二人は深く没頭する思考を彼方へと忘却させ、躍動する心を奮い立たせる。

 相手が分からない。
 だがそんなこと、戦場では当たり前のこと。

 眼前の相手は“敵”。ならば、倒すまで。
 無駄に考えを巡らせるのは後。今は戦況だけを見据えるべき場面だ。
 互いの呼吸音しか感じられるほどの静寂。緊迫した空気が場を占める。
 視線の応酬。牽制の仕合。出方を伺い、次に交わす一合を予測し、構える刃と拳に力を篭めて――

「――むっ!?」

 突如現れた金色の輪(バインド)に、恭也は逃れることができなかった。





 ×     ×     ×





 先ず行われる戦闘を傍目に、志保と少女は対峙する。
 志保は夫婦剣にルビー。少女は片手戦斧を相棒に、相手の出方を伺う。
 緻密に、精密に、的確に。かつ迅速に行動を起こせるように。
 この戦いに意味を見出す必要はない。行為は単純に互いの私欲ため。
 目的を違える者同士がぶつかりあうことに、至極当然の争いが生まれただけのこと。

 宝石を奪う――願う者のために。求める優しさのために。
 相手を倒す――怒りと苛立ちの鬱憤を発散させ、“事情を聞くため”に。

 魔力の密度が増す。一触即発の雰囲気。互いの戦気が見えない渦を巻く。
 静かに激しく。それでいて冷静に相手を分析する中で、鼓動は昂揚し、荒い早打ちの鐘となって促進する。
 血が滾り、心が躍動する。実力が拮抗する相手を前に、闘争本能が呼び覚まされる。
 握る拳に汗が篭り、いつも以上に魔力を引き出す。
 そして先に動くは、金髪紅目の少女。

「ランサー・セット」
【Get set】

 浮かび上がる、四の雷球。
 少女の周りに漂い、射撃準備との照準が定められる。
 呪文(キー)もなしに世界に干渉する力。否、大気と同調(シンクロ)する力は魔術とは根本的に相違するもの。
 やはりこの世界では魔術と魔法は違う系統の力に分類されるらしい。
 少女が言っていた魔導師という発音(インスピレーション)が、魔術師との意味合いの別離をも証明していた。

「ルビー、サポートお願い」
【はいな。魔力の五割を魔術障壁保護に。もう五割を魔術迎撃砲弾へと廻します】

 対して志保は、魔術回路をネイルで通してルビーに供給し、攻防一体の戦法を取る。
 一晩経ち継承した魔術刻印も少しは身体に馴染んだとはいえ、本調子とはほど遠い状態。ならば補助回路(ネイル)がまだ活用できる内は負担を極力減らし、潤滑油代わりに廻したいところ。
 毎年の儀式後、刻印が馴染むまではこの特注のネイルで世話(代用)になっているので実用化は確認済み。一週間は持つはず。
 そのためルビーにも多少の無理を通してもらおう。仮契約とはいえ、主がピンチに陥っているのだから。
 そもそも自分が扱える投影魔術は、物理干渉型。それもまだ不完全であり、魔力のぶつかり合いならば不利だ。
 宝石魔術も手持ちが限られているため消耗は控えたい。この先『宝石剣』を探すためには必要不可欠なのだから。

 交わる視線。交錯する心。

 少女の戦斧が激突の合図を告げるため、頭上へと振り上げられる。
 追撃の役目も付加されているだろうと読み、志保は次弾の装填を控えて魔力を練り上げる。
 辺りが雷球で淡く照らされ……次の瞬間、それらは一気に解き放たれた。

「ファイヤ!」
【《Photon Lancer(フォトンランサー)》】
「砲射(ファイヤ)!」
【一斉砲射!】

 爆音!!
 連続して鳴り響く衝突と爆風。同時、展開された障壁に防ぎきれなかった余波の衝撃が伝わる。
 入り混じる、魔力の応酬。金と紅。数ある雷槍と魔弾が着弾し、鬩ぎ合い、交錯する。
 だが、おかしい。
 確かに衝突したはずの、四槍の雷球。
 志保がルビーにフルに魔力を供給して補填し、再射し、応戦しても連射が一向に止まらない。
 これは、まさか――!

「フルオート・ファイヤ」

 そんな絶望的な声が、耳朶に入った。

「なんって、出鱈目な力!」
【志保ちゃん! このままじゃ押し負けちゃいますよぉー!?】

 視界が次第に金色へと染め上げられる空間。
 質より量なのか、迎撃する魔弾が十を超えても連射は止まる気配が絶えない。
 もはやただの的同然となってゆく志保に、少女は一気に畳み掛ける。
 焦燥が滲む。呼吸が乱れ、冷や汗が背を伝う。
 堪えられるか?
 否、堪えねば――そこで、終わりだ。

「ルビー! 魔力全部を障壁に廻して! 私も宝石を一つ使う。ここは耐えどころよ!」
【ブ・ラジャー!】

 貴重な宝石を駆使し、障壁の強化に集中する。マシンガン並みの振動が障壁に伝わる。
 機動力を削いで防御に専念する志保。魔力を削いで弾火力を上げる少女。まさに我慢比べの勝負。
 世界が爆せ、閃光に包まれるも、志保はその先にある相手の姿を見逃すことはなかった。
 怯えず、ひるまず、屈しはせず。堪えに耐えて、ただ勝機を伺う。諦めることを知らずに。
 夫婦剣を握る拳が強まる。血が滲むほどに。歯を食いしばって。
 やがて――連射が終わり、展開する障壁に新たな衝撃が伝わらなくなった。
 薄くヒビが入ったが、補強と修繕を瞬時に済ませ、攻防に備える。
 一秒、二秒……煙幕が徐々に晴れてゆき、止んだか? と志保が少女を見据え――

【志保ちゃん、上!】
「っ!? 隠球(フェイク)っ!」

 魔力を素早く感知し、志保はルビーの言葉に上空より迫る雷槍を紙一重で回避する。
 遊撃として放たれた一筋の雷槍。それは弾幕に込められた一本の本命。
 案の定、雷槍には予測通り追跡の術式が組み込まれていた。
 毒蛇が、喉元に迫る。

「なめるなァっ!!」

 一閃。雷槍(蛇)を叩っ斬る。
 この身は剣だ。易々と喰われはしない。
 だが、両断された雷槍は眩い爆発を巻き起こし、視界が金色へと染め上げた。
 志保は気付く、己の過ちに。
 見えない。
 二も三も読んでいた、少女の策。
 魔力を練って編んだ、雷球型の閃光弾。

――しまったっ! 目くらまし!?

 全方位に障壁を張り、急いで少女の気配を探査する。
 そして魔力を探知し、目を向けた先……霞む視界の中で、少女の踏み込む姿勢が見えた。
 瞬間――

「ハァ――!」

 爆発的に詰まる、彼我の距離。
 踏み込んだ踵が陥没するほどの、年端に合わぬ瞬発力。
 金色の閃光が志保に肉薄し、死神の鎌が振り抜かれる。

――迅……!

 反射的に横に飛んで回避を試みるが、対抗するスピードは皆無。
 一瞬で悟る、相手との速度の差。
 俊敏な動作で懐へと詰められ、稲妻めいた速度で攪乱される。
 先ほどまで応酬していた“線”ではなく、“円”への攻撃の変化。目が慣れていない。
 前後左右に敏捷な動きで翻弄され、“目で追う”志保は体がついていけない。
 そして、知る――

「ぐぅ……!!」

 相手との、力量の差。

「いきます……!」

 ――ギィン! ガガッ!! ガキィ! ガガガガッ!! ガッ! ガキィイイイイ―――ッ!!!

 紡がれるは連戟の応酬。
 縦横無尽の打突を“強化”と“心眼”を駆使して夫婦剣で捌き、いなし、躱し、受け流す。
 十、二十、三十。その攻防を志保はルビーを通して辛うじて後手に回れるのみ。
 まるで烈風。戦略面でも遅れを取ったことにより、心の動揺が隠せない。
 此方から反撃に移るなど不可能。手数は更に増え、応酬は激しくなり――

「バルディッシュ!」
【《Scythe Slash(サイズスラッシュ)》】

 ここにきて、止めのバリア貫通の光刃が放たれた。
 魔道師は常に障壁(バリアジャケットなど)を張っているため、この様な魔法を併用しなければそう有効打にはなりえない。
 そう教育されている少女は隙ができるのを待ち、作り、伺い、この勝機を待っていたのだ。
 裂帛の一撃。咄嗟に志保は『干将莫耶』で受け止めるが、

「ッ、ガッ――!?」

 止めきれず弾かれ、横腹へと殴打する。
 一際強い、薙ぎ払いの一撃。
 刃越しの衝撃とは言え、速度と相まって威力も増していた。
 身体が小枝のように吹き飛び、そのまま真後ろの大樹へと鈍い音をたてて衝突する。咽ながら咳き込み、血を吐き、ズルズルと腰が落ちてゆく。
 顔を苦痛で歪め、ゆっくりと迫る敵に目を向け……

「――《拘束(バインド)》」
【Yes sir】

 今ここに、勝敗が決した。
 志保の身体が三重の金色の輪に束縛され、動きを封鎖される。
 この《バインド》を構成する術式を脊髄反射に近い習性で解析し、解除を試みるが、未知数な術式は複雑怪奇なものであった。
 無理だ。知らない言語を未収得・未教育で辞書もなく読破しろいうようなもの。この世界での知識は志保にはない。ルビーも同様に。
 志保とルビーには知らぬことだが対峙する相手はこの世界、否、この星の人間ではない特殊な人種。扱う魔法はミッドチルッダ式といった古代魔法が現代風に改良・改善されて派生したものだ。
 歴史と時代だけを見れば何千年。積み重ねた年代を辿れば途方もない年月を得て体現した奇跡の神秘。魔法。
 なるほど。魔術の先端を行くがゆえに恐ろしいも美しい領域か。隠匿される魔術とでは、衛宮志保では、モノの桁が違う。
 魔法と魔術ではそもそも持つべき地盤が、違っていた。

――コイツ、かなり修練を積んで……。

 敗北の影がチラつく。先ほどの一撃で肋骨を痛めたのか、鈍痛が熱となって内から広がる。
 打開策を懸命に練るが、負傷した部分も相まって実力の差を明晰なものへと転化していた。
 分が悪い。ルビーに意識を向けるが、彼女もなけなしの魔力酷使で限界のようだ。羽が萎れている。これ以上は壊れてしまう。
 逃走するにしても恭也のことがあって却下。恩人を捨て置くことはできない。こういった冷徹になりきれない自分に嫌気が指す。
 少女には戦闘に対して光る才能があった。それに対し、自分には精々足掻く凡庸な才能しかない。
 才能を努力で補うなどといった夢想は語れない。できるのはせいぜい近づけることだけ。
 理想と現実は違う。蒙昧に見境なしに追いかければ、その先は溺死するのみ。
 そう、嘗て自分の■にして、約束を果たせなかった衛宮■■のように――。

「そこまでです」

 宣言と同時に勝敗が決する。金髪の少女が自身の使い魔と対峙する敵を見定め、捕縛魔法によって恭也を拘束していた。
 詰みだ。志保が外せないものを、魔術師でもない恭也が外せるわけがない。

――くっ……チェックメイト、か。

 勝率を見出す演算(シュミレーション)を組むほど、最早、勝敗の有無ははっきりと体現していた。
 本気では勝てない。ならば全力を出せばどうなるか。投影魔術と宝石魔術を駆使し、併用すればあるいは……。
 ダメだ。その場合は勝ってもデメリットが大きすぎる。未熟な我が身では負担が大きく、後に障害が残るかもしれない。
 厖大な魔力を内密する宝石は惜しい。失うには痛手だが、絶対的な拘りがあるわけではない。最優先すべきは我が身の命。次いで『宝石剣』。
 元々降って湧いた幸運の石。命のやり取りをしている訳ではない以上、引き際も大事か。
 ここでの衣食住の手配に恭也は必要だ。後の面倒を無くすためにも、ここで彼を失うわけにはいかない。
 だが、そう理屈では分かっていても……

「渡して」
「………」

 感情では上手く整理が収まらず、少女の催促に憮然とした沈黙を持って答える。
 拷問と詮議を掛けられる前に譲渡した方がいい。少女も此方の命に興味などないのだから、そう理屈では分かっている。分かっているが……どうも首を縦に振れない。
 信用できないのだ。子供じみた我儘な感情もあるが、彼女がこの宝石をどう使うのかを。
 もし悪用した場合、これだけの魔力量を秘めた宝石だ。並行世界とはいえ、その時の被害は一体どれだけの規模になることか……

「……そう」

 だが此方の思惑を無視して、少女が目を細める。
 冷たい声と冷たい眼差し。志保よりもずっと冷徹で冷静な少女は、酷く簡単で効果的な手段を取った。
 それは――

「っ、ァア……っ」

 恭也の苦悶の声に、志保は思わず目を剥く。
 そして理解する。少女がどのような手段を取って自分を陥落させようとするのか。
 ギリギリと恭也の身を締め付ける拘束具(バインド)が、次第に段々と、強くなってゆく。
 万力のように。絞め潰すために。

「っ、この……!」

 立ち上がろうとして、膝をつく。
 予想以上にダメージは蓄積され、両膝がカクカクと震えていた。
 それでも必死に己を鼓舞し、なんとか立ち上がろうと試みて、

「――っ!」

 敵は待たずして、赤黄髪の女傑が恭也へと殺到した。
 無論、それを避けようとする恭也。
 しかし、次に両足にもそれぞれ小さな円形の捕縛魔法が掛かり、完全に身動きが取れなくなっていた。
 志保の中で膨らむ不吉な想念――

 一突きで、肉を穿つ魔力の篭った拳。

 数秒後、一つの肉塊と共に血飛沫が鮮血を上げて舞い落ちる。

 そして、そこにいるのは、虚ろな瞳で倒れる彼は……

「やめてぇえええっっ!!!」

 その絶叫に伴い……女性の動きが、恭也の一歩手前で止まった。
 此方を見る、三者の瞳。六の双眸。
 俯き表情を隠す志保に、少女が彼女に無言で目を向ける。
 その視線の意図を、志保は察していた。

 そう、これは取引だ。

 即ち、取引を断れば“殺す”と言っている。
 人質。
 その意味を知って、思い知らされて……冷淡に少女が、志保に告げる。

「渡して」
「……分かっ、た」

 状況的に、戦況的に見ても、打開は不可能。
 例え今、この身を縛る《バインド》を破壊しようとも、すでに戦意は消失していた。
 志保が恭也を救うために咄嗟に取った行動は、魔術(戦闘)ではなく、懇願(降伏)なのだから。
 ルビーもなにも言わず。なにもできず。抵抗の色を喪失していた。

 《鏡面界》から空間をくり抜き……先ほどの宝石を、取り出す。

 空へと浮かぶ『ジュエルシード』。その宝石に安堵し、微笑みを見せる少女。
 こんな時だが志保は少女を見て、笑えるんじゃない、と心中で悪態をついた。
 浮遊する『ジュエルシード』に、ゆっくりと少女はデバイスの尖端を近づけ、唱える。

「『ジュエルシード』封印。シルアルナンバー――」

 その光景をただ見ていることしかできない無力感に、志保と恭也は悔しさを胸に秘める。
 敗けたのだと、そう痛感して。
 己の無力を、ただ噛み締めて。
 やがて封印処理を終えた少女の元に女傑が歩み寄り、傍らで膝をつく志保の方を一瞥し、一言。

「もう邪魔しないで」

 それだけ告げて、身を翻した。
 此方(敗者)から言えることは……なにもない。なにも言えない。
 陳腐な癇癪と罵倒以外に何が出る。自分は許容できるほどそこまで大人ではない。ならばそんな無様な姿を晒す位なら、無言を貫こう。
 二人が飛び立ち空へと消えるのを、志保は姿が見えなくなるまでただ眺めることしかできなかった。
 ――心の中で、涙して。

――なんで私は、こんなにも弱いのだろう……。

 応えてくれる母も師も、この世界にはいない。
 この場にいるのはただ、己の無力を噛み締めて佇む、一人の少女と一人の青年だけ。
 将来この二人がどうなるのかは、まだ誰も知る余地もなかった。


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