焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の集団食中毒事件で、死者が出た県以外の各府県でも焼き肉店などへの立ち入り調査を始めたり、安全の確保に向けた対応に追われた。一方、和牛の産地では、えびすの衛生管理や肉の鮮度を疑問視する声が上がった。
96年に学校給食による病原性大腸菌O157集団食中毒で女児3人が死亡した大阪府では、「国の対応を待ってはいられない」と、厚生労働省が5日に立ち入り検査を指示する前から、大阪市や堺市などと協議を開始。食中毒の予防対策徹底を求める文書を食品関係計38団体に送った。府によると、堺市では96年の集団食中毒発生後、ユッケやレバ刺しなどの販売を自粛する焼き肉店が多かったが、徐々に少なくなってきたという。
兵庫県は6日、食肉業者や飲食店などの関係団体に生食用以外の食肉を生食用として提供しないよう文書で通知した。神戸市も来週から、飲食店に生肉の提供をやめるよう強く求める。市保健所によると、昨年9月現在で生肉のメニューがあった飲食店は423店で、うち215店は牛肉を提供していた。毎年6~8月に指導してきたが、「強制力がないため、メニューから外す店はほとんどなかった」という。
広島県は2日、7保健所・支所と、食肉卸業者などの3業界団体に安全確保の徹底を文書で通知。一部の保健所では6日から調査を始めた。愛媛県もホームページなどで消費者に注意を呼びかける。松山市は市内で生肉を扱う約560業者に電話で指導した。県薬務衛生課は「連休中だが、100%の安全を確保しなければ」。
一方、兵庫県三田市で三田牛の生産、直売を手掛ける会社「勢戸」の常務、勢戸章示(しょうじ)さん(36)は「枝肉をカットする際は刃物を念入りに消毒し、肉は80度の湯で熱処理してから真空パックしている。消費者に偽りのない商品を提供できるよう、一層気をつけたい」と語った。また、同市で肉牛を飼育する畜産農家の女性(68)は「私たちが出荷する流通ルートはしっかりしている。食中毒を出した業者と同じように見られるのは心外」と憤った。
滋賀県内で近江牛の小売り・卸売りをする精肉店の社長(49)は「問題の起きた焼き肉店では、ユッケが驚くほど安い値段で売られていた。値段を抑えるには限界があり、鮮度の悪い肉を使ったのでは。卸売業者と焼き肉店のモラルの問題だと思う」と指摘した。
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Q 生の牛肉食べても大丈夫?
A 「レア」危険箸の使い回しダメ
「牛肉は生でも大丈夫」と言われがちだが、食中毒問題に詳しい東京顕微鏡院の伊藤武理事(細菌学)は「『大丈夫』というのは80年代に米国で病原性大腸菌が出現し、世界にまん延する前の話だ」と指摘する。伊藤理事によると、魚の刺し身の食中毒原因となる腸炎ビブリオは菌数が多くないと発症しない。病原性大腸菌は少ない菌数でも発症する恐れがあるという。
ステーキや焼き肉のレアも危険だ。伊藤理事は「肉の中心を75度、中まで褐色に変わるよう焼く必要がある。生肉をつかんだ箸を使い回すのもだめ」と説明。さらに「少なくとも15歳以下、60歳以上の子供と高齢者は生肉を控えるべきだ。早く厳格な安全基準をつくる必要がある」と語った。
今回の食中毒に対し、大阪府内の23団体でつくる「全大阪消費者団体連絡会」(本部・大阪市中央区)の飯田秀男事務局長は「多くの消費者は今回初めて生肉の危険性を認識した。国は生肉のリスクをもっと踏み込んで注意喚起すべきだった。消費者は出された物をリスクがあると思って食べはしないので、まずは提供する事業者側の危機管理が問われるべきだ」と語った。【最上聡、細川貴代】
毎日新聞 2011年5月7日 大阪夕刊