2011年04月27日 (水)時論公論 「セシウムを取り除け・チェルノブイリの経験から」
チェルノブイリ原発の事故から25年、そこから東京電力福島第一原発の事故による被害を救済するため何を学ぶべきか、きょうは農地、土壌の放射性物質、とりわけ放射性セシウムによる汚染をどのように除去すべきか考えてみます。
政府は東京電力福島第一原子力発電所から20キロ圏外にある飯舘村や川俣町など5つの市町村にまたがる地域を、そこに住み続けると年間20ミリシーベルト以上の被ばくをする恐れがあるとして、今後概ね一カ月の間に避難するよう求める「計画的避難の区域」に指定しました。
またこの地域の水田に対して、今年は稲の作付けを事実上禁じる作付け制限を発動しました。まさに放射性物質が人々の生活を破壊する原子力災害となっています。チェルノブイリ原発事故で起きたことが日本でも繰り返されています。
村全体が計画的避難とされた飯舘村では困惑と怒り、諦めが渦巻き、何とか将来への希望が見いだせないか苦しんでいます。
飯舘村はその暮らしと生き方を書いた本を最近出版しました。「までいの力」「お互いさま」の助け合いの精神で、環境に優しく、高齢化社会を逆手に取った成長一辺倒ではない暮らしを掲げ、都会の住民の支持も集めていました。
その飯舘村が原発の事故で汚染されてしまいました。
飯舘村では多くの農家が飯舘牛のブランドで知られる肉牛の繁殖を中心に水田、葉タバコ、野菜などの複合経営を続けています。
農業、特に肉牛を中心に自然と共存する生活を掲げ、将来へのしっかりとした見通しも築いていました。
避難と言いましても土地と結びついた農業が中心の村だけに、単に人を避難させただけでは、住民の生活と将来への見通しを破壊してしまうことになります。
飯舘村の菅野村長は、国に対して汚された土壌の汚染除染を国家プロジェクトとして取り組むように求めています。
菅野村長「戻るためには汚染を取り除かなければならない。しかし村だけでは無理だから国として国家プロジェクトとして取り組んでもらえば一日でも早く戻れることになる」
農業の村を元通りにするためには、土壌の放射能汚染を取り除くことに国が全面的に取り組まなければなりません。
土壌改良の試みはチェルノブイリ事故の後も行われました。その経験と教訓を学ぶことも重要です。
25年前のチェルノブイリ事故では今回を上回る大量の放射性物質がまき散らされ、さらに深刻な土壌汚染が広範に広がりました。まず行ったのは汚染地域の特定です。
放射性セシウムが一平方メートルあたり3万7千ベクレル以上を汚染地帯と特定しました。汚染地帯は全体でおよそ14万6千平方キロメートル、本州のおよそ半分の面積に及び、そこには500万人以上が住んでいました。
・3万7千ベクレル以上18万5千ベクレルまでは軽度の汚染地帯とされ、住民に注意を喚起しましたが、汚染を取り除く特別の対策は取りませんでした。
・18万5千ベクレルから55万5千ベクレルまでの土地は中度の汚染地帯とされ、管理区域となされました。
・55万5千ベクレルから148万ベクレルまでは重度の汚染地帯とされ、国が常に管理する厳重管理区域とされました。
そして148万ベクレル以上は居住禁止区域となりました。
旧ソビエトは面積当たり、日本は重量当たりと計測方法が異なりますが、日本で水田の作付け制限の目安とされた1キログラム5千ベクレルはこの厳重管理区域にあたります。計画的避難とされた地域はチェルノブイリでいえば管理区域と厳重管理区域にあたります。ソビエトは管理区域と厳重管理区域では国の管理の下で住民の居住や農作を許し、土壌改良など汚染除去の対策を取りました。
チェルノブイリ後の土壌改良では幾つかの教訓があります。
・第一に試験場の土地ではなく、実際に人々が生活する場での農地改良となりますので、農家や村の生活が成り立つような方法で無いと実際的な意味は無いと言うことです。
・二つ目に放射性セシウムも化学物質であり、それぞれの土壌の性質によって動き方が異なります。その土地にあった除去方法を選ばなければなりません。その意味で農芸化学・土木など農業の専門家の参加が必要で、さらにその土地のことを最もよく知っている人、つまり町や村の営農指導員や農家の参加が不可欠です。
技術的には放射性物質に汚染された土地の改良には三つの方法があります。
一つは汚染された土地を除去する方法です。セシウムはチェルノブイリでの調査からあまり土の中に深く潜り込まず、表層に留まることが知られています。セシウムの多い表土を取り除き、別の土を入れる客土の方法です。
しかし費用がかかることと、汚染された土をどこに捨てるのか、また客土する土をどこから持ってくるのか、課題が多く実際にはほとんど使われませんでした。
ただ簡易な方法もあります。「天地返し」と言われる手法です。つまり土地を深く耕し、表層と深層を入れ替えることで、既に技術的には確立しています。ただ原発からの放射性物質の拡散が完全に収束し、二度と放射性物質が降下しないことが条件です。なぜなら天地返しは放射性物質を土の深層に封じ込めると言う手法で、一度しか使えないからです。
次に化学的な手法、つまり化学肥料のやり方を変えて、放射性のセシウムを作物が取り込みにくくすると言う手法です。セシウムはカリウムと性質が似ており、カリウム関係の肥料を多めに与える手法が一般的です。
稲については作付け制限地域でもこうした方法を適応すれば、放射性セシウムの値が暫定基準以下のコメが取れる可能性もあり、今後実証的な研究が必要でしょう。
三つ目に今注目されているのはファイト・レメディエーション・つまり植物を使って汚染物質を取り除くと言う手法です。ウクライナでは汚染地帯で菜種を使っています。菜種からバイオ燃料・エタノールを生産して、残った残滓はガス発電に利用しています。バイオ燃料、エタノールには放射性セシウムが移行しないことはチェルノブイリでの実践で分かっています。セシウムを含んだ残滓をどのように処理してセシウムを濃縮し、廃棄するかと言うことが課題となるでしょう。
またどの作物を選択するかも重要です。土地に合わない作物を植えても無駄になります。今生産している米やあるいはセシウムをもっとも吸収すると言われる根菜類も有力な選択肢となるでしょう。
また畜産については汚染されていない飼料に切り替えるとともに飼料に紺青・プルシャンブルーを吸着材として混ぜて、セシウムを取り組みにくくする手法の有効性も証明され広く適用されています。
ここで紹介したのはほんの一部で、さまざまな方法を土壌に合わせて複合的に組み合わせることで作物や家畜に含まれる放射性セシウムは大きく減少することが分かっています。汚染除去は長期的、継続的に行う必要がありますが、その効果はすでに実証されています。
日本でもそれぞれの土壌でどのような手法が有効か、農水省傘下の研究所の現地出張所を例えば飯舘村に作り、地元の自治体、農民が参加し、全国の大学にも呼びかけて総合的な汚染除去の方法を現地で研究し、実践する国家プロジェクトを立ち上げることが急務でしょう。そうすれば計画的避難区域でもそれぞれの土壌にあった方法が見つかるはずです。
現地からはすでにそのような強い要望が国に対して出されています。
こうした地元の気持ちに応え、地元とともに汚染除去に取り組む前向きな姿勢を政府も示すべきでしょう。
東京電力は工程表を発表し、半年から9カ月で事態を収束させるとしています。しかしその時点で住民が果たして戻れるのか、政府は明確にしていません。
住民は村への帰還を強く望んでいます。そのためには汚染除去は不可欠です。
政府としても現地の要望を十分聞いて、真剣に対処することこそ、事故の重大さを認識した前向きな姿勢と言えるでしょう。
(石川一洋 解説委員)
投稿者:石川 一洋 | 投稿時間:23:56