私たちは未来部員とともに、徹底して対話について学び、対話の達人に成長していかなければならない
座談会と同等に、対話もしくは座談を必ず取り入れていかなければならないのは、未来部であろう。
未来部に対話は必要であることはこれまでも繰り返し語ってきた。
このことはいくら強調してもし過ぎることはないので、改めて考えてみたい。
現在の未来部には対話が絶対的に不足している。
御書の講義をしても、担当者が話をしても、子どもたちはただうつむくばかり……。
そして、会合が終了するや否や、元気を取り戻す……。
私はかつて担当者をしている時、子どもたちが楽しいと思えない会合に意味はないし、そんな会合に子どもたちを集めるなんて拷問に等しいと思ったものだ。
これは担当者になってからというより、自身がかつて未来部員として、痛切に感じていたことだった。
自分が子どものころは、会合が終わってしまえば、「ああ、つまらなかった」で終わりだったが、青年部になり、担当者になってしまえば、「ああ、つまらない思いをさせてしまったな」で終わるわけにはいかない。
子どもたちがつまらないと感じるということは、その運営に何か欠陥や問題があると思うべきだろう。
ではどうすれば、子どもたちが「楽しかった」と思える、「来てよかった」と感じられる集いにできるのか。
手間をかけた企画もいいが、継続が大変だ。
やはり対話なのだ。
対話には凝った企画は一切必要がない。
ただ、子どもたちと真剣に向き合おう、子どもたちの最高の言葉を引き出していこうとする誠実さと熱意さえあればよい。
大勢集まるから対話は無理だとだれもが思うだろう。
対話が可能な人数規模に分かれれば、対話はいくらでも可能だ。
また何日かに分けて開催すれば、人数規模も対話に適切なものとなるだろう。
未来部のために何日も時間を割くわけにはいかないと思うようなことがあれば、それは誤りだ。
広宣流布を進めていくうえで、何より大切なことは後継を立派に育てること。
優先順位を誤ってはならない。
師が示す思想の一つに、「教育のための社会の構築」がある。
この考え方を学会の組織に敷衍するなら、「後継育成のための組織の構築」となるのだ。
例えば選挙など大人の都合によって、仮にも未来部の行事を中止したりしてはならない。
もしそのようなことが日常茶飯に行われている組織があれば、大いに反省し、運営の考えを根本的に改めるべきであろう。
時間を惜しまず、未来部との対話を続けていくこと。
私たちも大いに学ぶこと、得ることがあるはずだ。
広宣流布の唯一の方途は対話だ。
ならば、私たちは未来部員とともに、徹底して対話について学び、対話の技術を学び、対話の達人に成長していかなければならない。