2011年5月7日土曜日

亀田初防衛 ディアスにTKO勝ち

 WBAバンタム級チャンピオン亀田興毅(亀田)が挑戦者に14位ダニエル・ディアス(ニカラグア)を迎えての同級タイトルマッチは5月7日、大阪府立体育会館で行われ、亀田が11回終了TKO勝ち。初防衛を果たした。
 身長とリーチでハンディを背負った亀田だが挑戦者のパンチを交わしつつ、左フック、ボディブローを叩き込んで有利に試合を進めた。7回に相手の右アッパーで一瞬効かされた場面もあったが、8回には左フックで相手のバランスを崩しダウンをマーク。勢いづいた亀田はディアスに攻勢を続け、11回終了後にマーク・ネルソン主審が試合をストップした。東北震災復興支援の一環として行われた興行。「被災地の人が、俺の試合を見て少しでも元気を出してくれたらうれしい」とのコメントだった。
 また前座には亀田家の末弟和毅が出場し、ネイサン・ボルシオに大差の判定勝ちした。

土屋、打馬倒して10連続KO

7日の後楽園ホールに注目のスラッガー土屋修平(角海老)が登場。タフな打馬王那(ワタナベ)に3回47秒TKO勝ちし10連続KO勝利をマークした。
土屋は初回右ショートカウンターを決めて早くもダウンを奪う。しかしタフな打馬は反撃。右ロングなどフックで土屋を追い込み場内をわかせた。迎えた3回土屋が馬力で押し込む打馬にきれいな右アッパーを決めると打馬2度目のダウン。土屋は、立ち上がったが深いダメージを抱える打馬に左右フックを追撃してレフェリーストップを呼び込んだ。
「最初に倒してエンジンが掛かりすぎた。もっとコントロールしたかった。相手はパンチありました」と土屋。田中コーチの採点も45点と辛かったが、ファンを熱狂させるあたりはまさにライジングスターだった。打馬は8勝4KO2敗。
セミのL・フライ級ランカー対決は大内淳雅(角海老)と瀬川正義(横浜光)が拮抗した戦いを演じ、78—75(大内)、77—77が二人と引き分けた。

仲村初回KO陥落 連続KOは12でストップ

7日大阪府立体育会館で行われた東洋太平洋Sフェザー級戦は挑戦者ロナルド・ポンティージャス(フィリピン)が王者仲村正男(仲里)に初回61秒KO勝ち。チャンピオンが交代した。
開始早々ポンティージャスの左ストレートで仲村はダウン。立ち上がり挽回を図ったがまたも左ストレートを直撃されて吹っ飛んだ。二度目のダウンは強烈で、カウント途中にタオルが投入された。仲村のデビュー以来の連続KO記録は12でストップ。

WBC女子世界戦、全員計量パス



7日、後楽園ホールでWBC女子世界トリプル戦の計量が行なわれ、出場6選手全員が一度でパスした。ウェイトは次の通り。
アトム級/小関桃(青木)46.1キロ、クリカノック・アイランドムエタイ(タイ)45.6キロ
M・フライ級/アナベル・オルティス(メキシコ)47.6キロ、藤岡奈穂子(竹原&畑山)47.6キロ
L・フライ級/富樫直美(ワタナベ)
プロモーターの林隆治氏は「やっとここまで戻ってきた。地震でキャンセルとなったときは途方にくれたが、多くの励まし、援助でここまで来れました」とその想いと謝意を表した。選手も健闘を誓い、立会人とともに日の丸に復興へのメッセージを書き込んだ。
試合は午前11時のトライアルマッチからスタート、6回戦1組を経て柴田直子—江畑佳代子のOPBF・S・フライ級王座決定戦。世界タイトルマッチへと進む。
世界戦のオフィシャルは申京下(韓国)グレッグ・メトカルフェ(カナダ)ヘラシオ・ペレス(メキシコ)福地勇治、中村勝彦、安部和夫。立会人はエド・ピアーソン。

横浜光ジム宮川会長急逝

 横浜光ジムの宮川和則会長(62)が急逝した。7日午前3時過ぎ、神奈川県川崎市に経営する自社寮で倒れ、近くの病院に運ばれたが、すでに心肺停止状態だったという。死因は心筋梗塞。
 家業を継いで会社経営のかたわら、ボクシング好きが高じてジム・オーナーとなった。1995年には往年の名選手関光徳氏を会長に迎えて「横浜光ジム」として再スタート。08年に関会長の急逝を受けて、初めて会長に就任していた。この間、同ジムからは畑山隆則、新井田豊、李冽理の3人の世界チャンピオンが輩出していた。
 葬儀は、下記の通り営まれることが決まった。喪主は夫人の宮川美和子さん。
      通夜 5月10日(火)19時より20時まで。
      告別式5月11日(水)11時30分より13時まで
      式場 川崎南部斎苑第一式場A・B
      住所 神奈川県川崎市川崎区夜光3-2-7(☎044-277-8146)

2011年5月6日金曜日

皆そろった。女子トリプル戦検診





本番を2日後に控えたWBC女子トリプル世界戦の出場選手が約2ヵ月ぶりに勢揃い。6日午後後楽園ホールでメディカルチェックと会見がおこなわれた。
L・フライ級王者の富樫直美は「震災であたりまえだと思っていた毎日を見直した。東北のみなさんはまだ日常を取り戻していない。一生懸命戦うことが自分のできること。ボクサーと応援してくれる人の一体感を伝えられたらいい」。対するジュジース・ナガワは「前回は人生初の地震に驚いたが、再来日に心配はなかった。十分準備したので前回よりコンディションはいい」と語った。
またアトム級王者・小関桃は「ボクシングしかできないからやり切ると言い聞かせ集中して練習してきた。相手がどうきても対応できる」と自信を隠さず、昨日来日したクリカノック・アイランドムエタイは「地震には驚いた。試合は相手次第だが絶好調です」。
M・フライ級王者アナベル・オルティスは「被災したみなさんのことを考えて控えめにした」とミニスカートを封印した姿であらわれ、「ここで私のハートを見せたい。藤岡は強い相手、戦うことに誇りを感じます。筋力アップしてきたのでKOします」ときっぱり言い切った。被災地出身の藤岡奈穂子は「ボクシングやっている場合ではないが、地元の人たちは逆に私の心配をしてくれて、楽しみにできるのは藤岡さんの試合しかない、とまで。そう言われたら頑張らないといけない。前より集中して練習できました」。
それぞれの想いは強く、試合はより崇高なものになりそう。6選手ともコンディションに問題はなかった。

2011年5月5日木曜日

訃報・川島五郎前日連会長逝く

 前日本アマチュアボクシング連盟会長の川島五郎氏が5日午前12時35分、肺炎のため静岡県内の病院で亡くなった。75歳だった。
 川島氏は熊本県出身。鎮西高校-日本大学でボクシングを続け、卒業後は同部のコーチ、監督を務めた。日本大学農獣医学部(現生物資源科学部)教授として教鞭をとるかたわら、同大ボクシング部監督として同部の関東大学リーグ、全日本大学王座の11連覇を達成した。育成チャンピオンも多数に上る。3月の年度末まで日連会長を務めたが、数年前から闘病生活を送り実務を離れていた。山根明氏の日連新会長就任後は「名誉会長」となっていた。
 なお川島氏の葬儀は近親者のみで営まれる。日連は後日に連盟葬もしくは偲ぶ会を催す意向という。