2011/5/7

岡山大学大学院保健学研究科 助教 北脇知己

放射線量変化モデルによる、積算放射線被曝量と今後の放射線量の推定

要旨:

3/15の各地の放射線量の急上昇から50日が経過した。

これまでの空間放射線線量率の変化を、複数の核種に対応した数理モデルに代入して再解析を行い、

 4/4時点での推定精度を確認するとともに、今後の放射線量変化について推定を行う。

・放射線量は、ほぼ数理モデルどおり減少しており、短半減期、

 中半減期(I131由来と考えられる)の影響はほぼ収束している。

・これは、3/15の大量の放射性物質の放出以降、大きな放射性物質の放出がないことを示している。

一方、現在は長半減期(Cs137由来と考えられる)の放射線量が残っている状況である。

このため、現時点での放射線量が大きな地域では今後の放射線量の減少は期待できず、

 長期的に大きな影響が残ると考えられる。

 

1:数理モデル

 これまでの報告で用いた、半減期の違う複数の放射性物質が複合した放射線量を計算するモデルを用いる。

解析を簡単にするため、短半減期(2.43日)、中半減期(8日)、長半減期(30年)の3つの半減期を仮定した。

想定している核種は    中半減期がI131、長半減期がCs137である。

(短半減期については、複数の短半減期核種の総和と考えている。)

 

2−1:積算放射線被曝量の推定

(1)  福島県での環境放射線量測定値

 http://www.pref.fukushima.jp/j/ から、福島、飯舘の2カ所を対象とする。

・解析モデルの適合度

 福島市のデータを解析すると下図のようになる。

図より、短半減期、中半減期、長半減期の影響がそれぞれ徐々に変化して、短半減期・中半減期の寄与が

相対的に小さくなっており、現在では、ほぼ長半減期の影響のみが残っていると考えられる。

・線形軸で表現した解析モデル

図にこれまでの計測値と、モデルによる予想放射線量の変化を示す。

100日間の総放射線量は、ほぼ前回推定した値となっている

(飯舘で13.17mSv、福島で6.07mSvという値は飯舘でCT検査2回分、福島でCT検査一回分の放射線被曝量程度である。)

現在は、ベースラインの放射線量(Cs137由来)が残っており、この放射線量が長期的に残るため

飯舘では 27.6mSv/年、 福島では、13.0mSv/ の被曝が予想される。

 

(2)  宮城県

http://www.pref.miyagi.jp/gentai/Press/PressH230315.html から、大河原、亘理の2カ所で同様の解析を行う。

図に計測値とモデル予想放射線量の変化を示す。

100日間の総放射線量は、ほぼ前回推定した値となっている

(これら2カ所の積算放射線被曝量は、多くても700μSv以下であり胃の検診一回分の放射線被曝量程度である。)

むしろ、ここでもベースラインの放射線量(Cs137由来と考えられる)が残り、

大河原では 1.17 mSv/年、亘理では0.87 mSv/ 程度の被曝が予想される。

 

(3)  福島県浪江町付近のモニタリングカーによる空間線量率の測定結果

http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1304001.htm

から、浪江町付近で高い空間線量率が計測された3132、の2カ所を対象とする。

 

図に計測値とモデル予想放射線量の変化を示す。

100日間の総放射線量は、ほぼ前回推定した値となっている

3270.2mSv3126.9mSv放射線業務従事者に認められている年間上限放射線

被曝量(50mSv)を越え緊急作業従事の場合に認められている年間上限100mSvに近づいている。

さらに、ここでもベースラインの放射線量(Cs137由来と考えられる)が残り、

32では 170.9mSv/年、31では66.0 mSv/ の大量の被曝が予想される。

(この推定値には、短期的な影響を含んでいないことに注意)

 

2−2:積算放射線線量、ベースライン線量の推定精度評価

これまでの解析・検討による、積算放射線線量とベースライン線量を表に示した。

推定値

100日積算線量(mSv)

ベースライン線量(μSv/h)

当初 (3/30)

モデル修正(4/4)

再計算
(5/7)

モデル修正(4/4)

再計算
(5/7)

計測地点

 32 モニタ地点

34.14

68.80

70.19

18.53

19.51

 31 モニタ地点

13.92

27.20

26.94

7.66

7.54

Iitate

7.47

13.05

13.17

3.07

3.15

Fukushima

3.31

5.80

6.07

1.32

1.49

Ogawara

0.381

0.637

0.631

0.138

0.134

Watari

0.327

0.534

0.516

0.109

0.099

表からわかるように、100日間の総放射線量は、ほぼ前回(4/4)推定した値となっている。

また、グラフからも50日程度の短期的な影響はほぼ収束したと考えられる。

一方で、長期的な被曝量は、年間で短期的な影響のほぼ2倍の被曝量となるため、

現時点での放射線量が大きな地域では、今後の長期的な影響を考慮する必要がある。

 

2−3:放射線源量の推定(参考)

 拡張した解析モデルから、空間放射線を発生する放射線源の量を推定した(単位:μSv/h

 (下記の表は、最初に飛来した放射線源中に、○μSv/hの放射線を発生することのできる放射性物質があったと考えてください。)

半減期

短半減期
2.43日)

中半減期
8日)

長半減期
30年)

短半減期/
中半減期

中半減期/
長半減期

想定核種

---

I131

Cs134,Cs137

計測地点

 32 モニタ地点

123.92

53.69

19.51

2.31

2.75

 31 モニタ地点

26.19

26.48

7.54

0.99

3.51

Iitate

15.06

17.56

3.15

0.86

5.57

Fukushima

15.40

4.01

1.49

3.84

2.69

Ogawara

0.94

0.51

0.13

1.83

3.83

Watari

0.70

0.47

0.10

1.49

4.75

この表から、次のようなことが読み取れる。

 ・短半減期と中半減期の放射線源は、ほぼ同程度かやや短半減期の方が多いと思われる。

 ・長半減期の放射線源は中半減期の1/4程度であり、場所による大きな比率の差はない。

  これは、3/15に一過性に放出された放射性物質がこれらの地域に降り積もった影響だと考えられる。

 

3:考察

3/15の各地の放射線量の急上昇から50日が経過した。

これまでの空間放射線線量率の変化を、複数の核種に対応した数理モデルに代入して再解析を行い、

 4/4時点での推定精度を確認するとともに、今後の放射線量変化について推定を行った。

・放射線量は、ほぼ数理モデルどおり減少しており、短半減期、中半減期(I131由来と考えられる)

 影響はほぼ収束している。

・これは、3/15の大量の放射性物質の放出以降、大きな放出がないことを示している。

・宮城・福島(福島市、飯舘村方面)での、短期的な影響による積算放射線被曝量はそれほど高くない

 しかし浪江町付近のモニタリング箇所のように、場所によってはすでにかなり大きな積算放射線被曝量となっている場所がある

・一方、現在は長半減期(Cs137由来と考えられる)の放射線量が残っている状況である。

・このため、現時点での放射線量が大きな地域では、今後の放射線量の飛来がないとしても、

 これからの放射線量の減少は期待できず、長期的に大きな影響が残ると考えられる。