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[21072] (習作)メタルマックス3 練習短編
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:67fcfa04
Date: 2010/08/12 12:41


 格別の臭いがした。その時、ヌッカの酒場に居た全ての者はそれに気付いた

 酒場の主の、ヌッカだって例に漏れない。オネェ言葉で愛想を振りまきながら怪しく微笑む巨漢は、その時目をギョロつかせて酒場の入り口を注視した


――


 賞金稼ぎは寄合所帯も珍しくない。一つの目的の為に集まってはバラける。当然同じ面子で組むこともあれば二度と会わない事もある。荒廃したこの世界、死人は珍しくない

 だが矢張り、危険な商売だ。組むなら頼れる奴が良い。強くて、頭が回って、裏切りの心配が無ければ最高だ。そう言う相手となら何度だって組みたい

 唇をゆっくりと舐めながら、サラは一人の男の背中を見ていた

 焦げたコートに焦げたブーツ。逆立った、燃え盛る炎のような赤い髪
 さっき、横を通り過ぎる時に見えた、顔面を横断する紅いフェイスラインは、なんだありゃ。ファッションか? まぁ、趣味の悪さには目を瞑ろう

 あの赤い髪の男からは、価値ある戦士の臭いがする。人を見る眼が無ければ、この世界やっていけねーんだ。サラは古びた木製の円卓にどっかりと脚を乗せて、じっと見定めていた


 カウンターに陣取っているメカニックのあてなが、聞き耳を立てている。あの抜け目ないお嬢ちゃんは手が早い。サラは意地悪そうに笑った


 「あらん、初めて見る顔ね。ようこそ、ヌッかの酒場へ。相棒とか仲間とかをさがしてるのなら、このヌッカにおまかせあれ!」


 ヌッカは機嫌良さそうに破顔する。一目で気に入ったのだろう
 赤い髪の男は僅かに仰け反った。仕方ない。サラだって最初は面食らった


 赤い髪の男はヌッカと話し込んでいる。背の勃りにサラは注視した

 分厚いコートや妙ちきりんなグローブでは、サラの目は誤魔化せない。幼く、細身に見えるが、相当良い体をしている。ソルジャーか、ともすればレスラーにだって負けてはいない

 その癖、時折店内を見渡す視線は、鋭い猛禽のようだった。ハンターの目だ

 クリントと言うハンターが居る。サラは余り好かない相手だが、クリントの判断力と観察眼、如何なる時も冷静さを失わない精神的なタフネスは認めていた
 それと同類の目付きである。サラは、喉を鳴らす


 二人の話は終わり間近となったのか、ヌッカがしきりに首を傾げて悩み始めた

 その時、直ぐ傍に座っていたあてなが立ち上がる。動きやがった、跳ねっ返りのお嬢ちゃん。サラは円卓上に半ば放置されていたグラスを引っ掴んで、思い切り呷った。空にしたら、割り込む


 「話しは聞いてたよ、新米ハンターさん。そういう事なら、役に立つよ」
 「アンタは?」
 「あてなだよ。見ての通りのメカニックさ。あたしに掛かれば、そこいらのチンケなポンコツどもなんて、五秒も掛からずバラバラだよ」
 「自信満々だな。ふらっと現れた新顔に、そんな簡単に付いてきて良いのかい」
 「新米ハンターさん、見所あるよ。アンタと一緒ならがっぽり儲かりそうな気がするよ」


 ハンター、ハンターか! 矢張りあの目付きに相応しい肩書きだったか

 ヌッカと目が合う。ヌッカはきょとんとして、直ぐにシナを作った。珍しい物を見た、とでも言いたげな顔をしていた

 サラは結構人の好き嫌いが激しい。新顔には一瞥すらくれない事が殆どだ。だからだろう

 タン、と円卓にグラスを叩きつける。音が妙に大きく響いた。あてなが気配を察したのか、うへ、と嫌そうな顔をする


 「ルーキー、ハンターなら解るだろ? ビッグマウスが得意なお嬢ちゃんじゃ、頼りにならねぇってよ」
 「サラさん、まだ根に持ってんの? 勘弁してよ、悪気は無かったんだよ。まさか、殺人タクシーをちょこっと弄っただけであんな大爆発が起きるなんて、誰も思わないよ」
 「黙ってな、お嬢ちゃん。叱ってほしけりゃまた今度たっぷり拳骨をくれてやるから」


 赤い髪の男が振り向く。無感動な目がサラを射抜いた

 この冷徹な目


 「アンタはソルジャーか」
 「そうさ、ルーキー。その通りだぜ。ソルジャーがどういうもんか、解るだろ?」
 「あぁ、凄まじくタフな連中って事は良く知ってる」
 「複雑で糞重てぇ重火器を使いこなし、多種多様な装備を効率的に運用する、俺達こそ戦闘のプロフェッショナルだぜ。ルーキー、それを理解してるなら、どうだ? そこのお嬢ちゃんとこの俺、どちらを連れてく?」
 「…………良いだろう、アンタに頼もう」
 「よしっ、良い判断だぜ」


 あてなが駄々を捏ねる子供のように声を上げた


 「えぇ~~! そりゃないよー! あたしも連れてってよ! パーティは三人ぐらいが丁度いいってヌッカさんも言ってたよ!」
 「分け前が減るだろ。……ルーキー、クルマは持ってんのかい?」


 サラの質問に、赤い髪の男は苦笑しながら答える


 「俺の愛車は、生意気な子猫に貸しっぱなしさ。何時返して貰えるのやらな」
 「ほら、持ってねーんだってよ。じゃぁ、解るな、あてな、お前が居ても仕方ねーのさ」


 ぶーぶー文句を言うあてなを背後に押しやりながら、サラは赤い髪の男に向き直る

 真正面から相対すると、また違う。何とも言えないこの空気


 「自己紹介と行くか。俺はサラ。さっきも言ったが、ソルジャーだ。俺がルーキーに望むのは、そうだな……。取り敢えず、いざって時にブルっちまって動けねぇ、なんて事がなきゃ、それで良い」


 不敵に笑って、男は返す


 「俺も同じ事考えてたよ、ソルジャー。俺がアンタに望むのは、アンタが仕事の途中でビビらず、最後までケツ捲らずに働いてくれる事だけださ」
 「ははははッ! 言うじゃねぇか! 中々良い物件を見つけたかも知れねぇな! で、ルーキー、名前は?」
 「E・B。イービーだ」
 「変わった名前だな。で、獲物は? 何が狙いだ?」


 この後、イービーが平然と言い放った言葉に、サラは少しだけ後悔する


 「聞いた事あるんじゃないか? イカレタンクを取っ捕まえる」


――


 「生身で戦車相手にしようってのか?」
 「怖いのか?」
 「良いかルーキー、相手は戦車だ。ハンターならそれがどういう事か解って当然だろうが。俺にだって解るんだぜ」
 「イカレタンクは、噂によれば大破壊以前から動きっぱなしだ。碌な整備も受けられないままな。……隙だらけって事だ」
 「……あー、糞、適当な事抜かしやがって。七面倒臭ぇ仕事になりそうだ」
 「それに、ソルジャーなら解るだろ。要は戦い方だ。イカレタンクは確かに強いが、本当に強いってのとは違う。本当に強いのは、肉体と装備と作戦を完璧に使いこなす俺達人間だ。…………チ、喋り過ぎだな」

 「……お前、本当にルーキーか?」


 荒野を二人で突き進む。かなりの規模の街であるビーカップを南下し、トレーダーキャンプを中継してから、イカレタンクの縄張りへ

 サラの掌に、嫌な汗が浮いていた。そっとイービーの顔を見遣る。表面上は、平然としている。何も恐れては居ない

 道中の手際も大した物だった。時には慎重に、時には強引に、突然変異種や狂ったマシーンどもを排除していく。正に臨機応変と言う奴だった
 それに加えて、まるで空から俯瞰するかのように目端が効く。正に戦いの運びは、このイービーの掌の上なのだ

 コイツは強い、べらぼうに強い。肉体の強さもそうだが、それ以上に様々な強みを持っている

 サラは、ぷくっと頬を膨らませた後、空気を吐き出して頬を張った
 面白い奴が居たもんだ。優良物件も良い所である。だが、ソルジャーとしての意地もある。ここから先は、このサラおねーさまの凄い所を魅せつけてやる

 イカレタンクが何だっつーんだ。俺が今までどれだけぶっ殺して、どれだけぶっ壊してきたと思ってやがる


 地面からぽっこり突き出た、サラの腰くらいまである岩の陰に隠れて、二人は呼吸を整えた


 「来た」


 そうか、来たのか。あー楽しいね、ショウタイムだクソッタレ


 「行くか?」
 「もう少し。奴は気付いていない。岩を遮蔽物として使えるこちら側に引き込む」
 「妥当だな」


 そこいら中に岩があった。確かに、これらを利用しないてはない

 砂を巻き上げる風が音を立てる。そんな音の膜の向こう側から、キュラキュラと言うキャタピラの駆動音が聞こえてきた

 近い、近い、敵が近い。サラは興奮した


 「行くぞ、アレを確保して、乗り回してやる」
 「へ、勝ってから言いな!」


 サラは手榴弾のピンを噛み締めて、思い切り引き抜いた。がば、と起き上がって、投擲。やけにゆっくりと、イカレタンクの黒いボディに向かって飛んでいく

 激突と同時に手榴弾は爆発した。イービーがショットガンと電撃銃を手に飛び出す

 サラも、後に続いた。既に、発煙筒の準備は済んでいた


 「よーし、行くぜ行くぜ行くぜぇぇーーッ!!」


――


 発煙筒を投げる前から首筋がチリチリしていた。嫌な予感だ

 投擲と同時に、イカレタンクの機銃がこちらを向いているのに気付く。歯噛みした。言い訳させて貰うなら、砂塵で見え難かったのである


 「ルーキー、頭を下げろ!」


 サラは前に飛ぶ。イービーは電撃銃を景気よくぶっぱなした後、ヘッドスライディングで適当な岩陰に滑り込んだ

 一拍遅れてサラが追いつく。岩の横の地面が急に爆ぜた。イカレタンクの砲撃
 砲撃で砕かれた石がサラのアーマーに激突した。口に入り込んだ砂をべ、と吐き出すと同時に、サラは岩陰から身を乗り出してショットガンを乱射した


 「効くのかコレ?! 畜生、テメエが泣き入れるまで豆鉄砲ぶち込んでやらぁ!」


 マシーンをすら打ち倒す為に苦慮して人類が創り上げた弾丸は、イカレタンクの装甲に弾き返される事無く、装甲タイルにめり込み、少しずつ引き剥がしていく

 砲塔が回転した。狙いを定めているのか。しかし、そこで白い煙が辺りを包み始める

 発煙筒配備完了。予定通り、予定通りだ


 「成程、流石ソルジャーだ。頼りになるぜ」


 イービーが軽口を叩きながら、二個目の手榴弾を投擲する。イカレタンクは気づかない。激突、爆発。鉄が焼ける

 イービーが、更に接近しようと飛び出した


 「煙幕を絶やすなよ!」
 「あ、バカ! 俺も行くっつーの!」


 ドゥン、と腹の底まで響く音がした。砲撃だ。イービーとサラの横を通り抜けて、遥か遠くの地面に着弾する
 激しい耳鳴を無視して、サラは走り続ける。取り付いてやる。戦車と言うのは、密着してしまえばまるで怖くない

 とん、とん、とイービーがリズムを踏む。跳躍の準備だ。それを見ていたサラは、大声を上げるとイービーのコートを引っ掴み、無理矢理左に転がる

 イカレタンクが煙の向こう側から突っ込んできた。轢き殺される所だった


 「よく見ろルーキー!」
 「助かったぜ」
 「あの糞タンク、調子に乗りやがって、目にもの見せて……」


 そこで、白い煙が晴れた。正確には、発煙筒の範囲外に出たのだ

 イカレタンクの車体後部にある、鋼鉄のアタッシュケースのような代物が持ち上がった。サラは引き攣った笑みを浮かべる

 ミサイルだ


 「だわあぁぁー!!」


――


 着弾点は思ったよりも近かった。吹っ飛ばされて起き上がった時、サラの額はパックリ割れていた。矢張り、バンダナで防ぎきれる衝撃ではない

 というか、よく生きていた物だ。垂れてきた血が目に入って視界が赤くなる。頬に滴るそれをベロ、と舐めたとき、サラは完全に切れた


 「ソルジャー、こっちだ! ……何?!」


 イービーが岩陰で大声を上げるのを無視し、サラは身体に取り付けた弾帯からSMGウージーのマガジンを引き抜いていく。多めに持ってきた。七本はある

 一つを口に加えて、三つを左手に握り締める。一本はウージーに刺さっていたそれと交換し、持ち切れない二本は捨てた

 ふざけやがって


 「うばあぁぁぁーーッ!!」


 サラは雄叫び上げて、SMGウージーの引き金を引きながら突撃する。イカレタンクがミサイルを発射するのが見えた

 構う物か。あてられるモンなら、あててみやがれ。唸りを上げるウージー。弾丸の雨は止まない

 サラが走り抜けた後の地面にミサイルは着弾する。小石と砂と爆風がサラの背中に叩きつけられる。マガジンが空になった。トリガー左上部にあるスイッチを押し込み、ウージーを振ると、空になったマガジンは素直に落下する

 新しいマガジンを装着すると同時に、サラは跳躍した。イカレタンクの発射した主砲の弾丸が一拍遅れて着弾する

 矢張りあたらない。あたるものか。このサラ様を殺せるモンスターが、この世界の何処に居るっつーんだ

 懐に入り込んだ。砲塔を左脇でがっしり挟みこんで、ゴツゴツした車体の上に右足を叩きつけた。この距離だ。主砲も機銃も、当然S-Eも、有効ではない超密着距離

 イカレタンクの主砲、その砲身は、数回の射撃で熱を持っていた。肌の焼ける音がした

 死ぬよりは痛くねぇ。サラは張り付いたままウージーの引き金を引く


 「もががががーーッ!」


 幾ら戦車の装甲及びタイルとは言え、こうも至近距離から雨の如く対装甲弾を浴びせられては無事では済まない
 イカレタンクの装甲はどんどん削られていく。鉄片がはじけ飛び、サラの頬を割いた。ウージーの銃身はとうの昔に赤熱化しかけていて、異臭を放っている。だが、ソルジャーの蛮用に耐えられないようでは、この世界では銃を名乗れない。まだ保つ、まだまだ保つ

 イカレタンクがその名の通り狂ったように車体を振り回し始めた。砲塔を激しく左右、時には一回転させ、独特の異音を上げながら高速で荒野を走り始める

 落ちる物か、絶対に落ちないぞ。サラは再びマガジンを付けかえる。激しく首を振って、口に加えていた物をウージーに突き込んだ


 「あータンクなんて怖くねぇ、どってことありゃしねぇ、俺はソルジャー無敵の戦士―、泣く子も黙るスゲェ奴ー!」


 意味不明な歌を歌いながら、まだ撃つ。まだまだマガジンは余ってんぜこの糞タンク

 そこで、イカレタンクは急制動を掛けた。サラとしても、体力の限界だった

 熱を持った砲身を挟み込んでいたサラの肉は、酷い火傷を追って鉄に張り付いていた。ベリ、と嫌な音と共に皮膚が剥がれ、痛いとか、痒いとかそう思うまもなく、サラは放り出され、地面に叩きつけられていた


 「……う、……ひっ」


 機銃がサラを狙う。こうなってしまうと、もうどうしようもない
 流石に死んだ。これは死んだ。サラが最後の意地を見せようと、背中からショットガンを引きぬいた時

 イービーがイカレタンクの上に立っていた。何故だかコートを脱いでいて、至極落ち着いた動作でそれをイカレタンクの砲塔の根元に被せた

 サラには見えた。コートの内側に、びっしりと手榴弾がくくりつけられているのを。あんな物を着込んで戦闘していたのか? 正気の沙汰じゃない


 「おやすみシニョリーナ」


 右手に持っていた手榴弾。ピンを軽い調子で引き抜いて、そっと転がす

 直ぐさま、イービーは身を投げた。サラも慌てて這いずって逃げる

 轟音が響いた


――


 「くっそー、あんなん有りかよ。俺まで吹っ飛ばされる所だったじゃねーか。って言うか遅いんだよ」
 「何処かのソルジャーが、勇ましく突撃してくれたモンでね。お陰で酷く走り回されたぜ」
 「ちぇ」


 イービーは、イカレタンク……MBT77の中で、がさごそとなにやら漁っている

 完全に停止した車体に背中を預けて、サラはぶつくさ言っていた。そうしていると、本当に倒したのだと言う実感が湧いてくるのであった


 「下手な賞金首相手にするよりもキツかったな……」


 問題は、分け前の事だとサラは思った。まさか戦車をまっぷたつにして半分こ、とは行かない

 欠伸が漏れた。一戦終えて酷く疲労していたし、回復カプセルを呑んで暫くすると、どうしても眠たくなる

 駄目だ、寝るな。まずは分け前の話を……


 もういいや、なんでも。期間自体は短かったし、戦闘回数も然程ではなかった。命の危険は、よくよく考えればいつものことだ


 「……おいルーキー、俺の分け前は、どうなるんだ……? 戦車を割って半分こ、って、訳にゃ、いかねぇ、だろ」
 「あぁ、あぁ、ソルジャー、アンタの言い値をやるよ。五千Gまでならな。今回、アンタは大活躍だった。予定とは少し違ったが」
 「五千G……? るせーバカ、ナメんなよ。ルーキーがでけぇ事、言いやがって……」
 「どうした? 眠いのか?」


 あー、もう寝る。そう喚いて、サラは脚を投げ出した。モンスターが出たらお前掃除しとけよ、と、凄い言い草である

 イービーは苦笑していた。MBT77から上半身を出して、肩を竦めていた。妙に様になる仕草だ


 「サラ、だ、イービー。次からも、儲け話があれば、必ず俺を、呼ぶんだぜ……。くぁぁ……」


 意識が闇に落ちる前、サラは何か思い出した気がする

 そう言えばここよりも東部で、ユムボマとベヒムース、二体の賞金首を立て続けに始末したぽっと出のハンターが
 イービーとか何とか言う、けったいな名前だったような……


――

 後書

 メタルマックス独特の鉄臭さとか泥臭さとか火薬臭さを出すのは異常に難しいと実感した。要練習って感じ。

 しかしそれよりも、自分で書いたサラを見直すと……、自分はこう言うのが癖になってしまっているのかと不安になるのであった……。



[21072] ドミンゲスちょっと前
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:c8339d93
Date: 2010/09/04 13:37

 恐怖、超流動汚染物質怪獣デカプリン!

 「ダァホ! あんなもん俺に掛かればゴミだ! ビーカップで組んだ糞野郎が口だけの腰抜けじゃなかったら、今頃ここの全員相手に御大尽してるぜ!」
 「あぁそうかい。そりゃ大層な事だ。だが現にお前は今、どたまかち割られ掛けて、大枚はたいた武装も失くして、全員に御大尽どころかアーマーの新調も出来ねぇ状態だ」
 「ケッ!」
 「結果が全てだ。その間なんてどーでも良いんだよ。俺の言ってること、わかるな? “ゴミ相手に尻尾捲った“自称命知らず”の勇猛果敢な女ソルジャーさんよ」
 「喧嘩売ってんのか? 自慢の鼻を潰されてぇのかよ」

 サラは極めて忌々しそうに顔を歪めたが、流石に目の前の相手に掴み掛る事はしなかった

 円卓を挟んだ向こう側には、ブーツの踵で床をトントンと鳴らすハンターが居る

 油断なくサラを伺う鋭い視線。猛禽の目付き。荒野の強い日差しと砂埃、乾いた風に晒されて荒れた肌には、擦り傷が増えている。マントのように肩に羽織ったジャンパーにも、汚れが増えていた

 ハンタークリント。ヌッカの酒場に集まる賞金稼ぎ達の中でも、一目置かれる存在だ

 「だから素直に俺と組めば良かったんだ」

 クリントはにやりと笑いながら、ハンターゴーグルを取り去った。矢張り傷が増えている
 サラは目を細めた。この男に傷を付けるのは、ちょっと難しい。どんな相手だ?

 「そういうお前は何してたんだよ」
 「……海沿いのトレーダーキャンプの近くで、テロ貝がやたらと増えててな。そいつらの掃除をしてた」
 「テロ貝ぃ? ご自慢のクルマにゃ、大した傷は無かったじゃねーか。何でお前怪我してんだ」
 「冷血党だ」

 クリントの口から出てきた名前に、サラは口をへの字に曲げた

 冷血党が好きな奴なんて、何処にも居ない。屑揃いで目が合っただけで殺し合いになるし、馬鹿揃いで取引も遣り難い。人目がない、例えば荒野なんかで出会えばもう最悪だ。尽くを略奪することしか考えていないのだから

 「タイルを張り直してる所に遭遇してな。糞どもが。ぞろぞろ居やがって、十人ぐらいは挽肉にしてやったが、流石に連中相手にマジになるのは不味い。……締まらねぇが、暫くは大人しくするさ」
 「詰まらねぇ野郎だぜ」
 「言ってろ。俺はもう行く。サラ、お前も少しは冷静に事を運ぶように意識してみりゃどうだ?」
 「お前こそ言ってろよ。冷血党の屑どもに怯えて、クルマの中でウサギの縫い包み抱きしめながらガタガタ震えてやがれ」

 俯いて、サラは精一杯の憎まれ口を叩いた
 クリントは何時も冷静で、飄々としている。サラはクリントの事は好きではないが、実力は認めていた

 そのクリントが、いくらクラン・コールドブラッドが相手とは言え、こうもあからさまに泣き言を言うとは
 何故か、もの悲しい気分になる

 「(……気に入らねぇ。……けど、仕方ねぇのか。冷血党は、確かにでかい)」

 クリントと言えば、サラの悪口も何処吹く風で、さっさと酒場から出て行こうとする
 サラはその背中を見つめていた。ふと、クリントの向かう酒場の出入り口に、燃えるような赤が現れたのに気づく

 逆立った髪と、趣味の悪い深紅のフェイスライン
 クリントのそれによく似た、鋭くて、冷徹な、猛禽の目付き。サラは思わず立ち上がった

 イービーだ。クリントはイービーと擦れ違うその瞬間、弾かれたように顔を上げてイービーを見た

 ハンターの視線が交差する。僅かの間に相手の様々な情報を呑み込んで数多を推測する。特に、実力。ハンターと言うのは全く因果な商売であった

 「お前、他の連中とは違うな」

 クリントが首だけイービーに向けて言う。イービーは油断なくクリントを窺う

 嫌な予感がしたサラは声を上げた

 「イービー、そんな根暗野郎放っといて一杯やろうぜ!」

 クリントの、肩を竦める仕草が、サラを苛立たせる

 「サラのお手付きか。どうだ? アイツ、じゃじゃ馬過ぎて乗りこなすのは一苦労だろう」
 「……誰だか知らないが」

 イービーがクリントに顔を寄せた。鼻先が触れ合う距離で目を睨む
 獣のような荒々しい気配。強烈な存在感、威圧感

 「あんまり、知ったような事言うな。特に俺とアンタは初対面だからな。そうだろ?」

 クリントは面白そうに笑った。イービーから視線を外して、何の気負いもなく歩き始める

 「あーぁ、ついてねぇぜ。サラに先を越されたか」

 歩き去っていく背中に、熱い風が吹いた


――


 極楽谷の入口で、サラは獰猛な笑みを浮かべていた。早くも雪辱の機会が巡ってきたのだ。これで喜ばない奴はソルジャーではない

 デカプリン。ふざけた名前とは裏腹に中々手強いらしく、幾人ものハンターが敗北し、殆どが逃げることも出来ずに殺されている
 サラはその実力の程は知らない。相対はしたものの、実際に戦うことが出来なかったのだ

 サラが戦わずして敗北した理由は、ビーカップで組んだ相方のハンターにあった。ヌッカの酒場でなく、その辺の適当な奴を人数合わせに選んだのが痛恨事であったと、サラは未だに後悔している

 デカプリンを前に恐慌を来した若いハンターは、デカプリンをサラごと手榴弾で薙ぎ払おうとしたのだ。さぁやるぞという時に、背後から爆風と金属片に打ちのめされて額を地面へと叩きつける羽目になったサラは、更にデカプリンの痛烈な一撃を食らい、失神寸前、前後不覚になりながらも命からがら逃げだした

 サラは自分がどうやって逃げ出したのか覚えていない。気づけばヌッカの酒場で介抱されていた
 死なずに済んだのは、ひとえにサラ自身の生命力と本能の力だろう

 「くっくっくっく……、はっはっはっはぁ! 最初からこうすりゃ良かったんだ。そこいらの盆暗どもなんぞを頼みにしなくとも、お前と組めば」

 黒塗りの戦車の外部スピーカーから呆れた様子の声が聞こえる

 『おい、戦う前から勝った気でいるのか?』
 「死なねぇから負けねぇんだよ!」
 『……時々哲学的だな、サラは』
 「それよりもイービー、お前きっちりこのイカレタンクを動かせるんだろうな?」
 『もうイカレタンクじゃない。“アイリーン”だ』
 「そりゃ随分と可愛らしいことで。だが、名前なんぞどうでも良い」

 サラが不敵に言うと、“アイリーン”が急加速した。砲塔の根本を股に挟んで座り、からから笑っていたサラは危うく振り落とされそうになる

 極楽谷に充満する瘴気とでも言うべきか、桃色の毒々しい霧のせいで視界が悪い。その中を疾走しながら、アイリーンの主砲が90度左を向く

 そして一発。上に乗っていたサラにもとんでもない衝撃が来た。アイリーンの自慢の持物からぶっ放された鋼の塊は、何時作られて何時ぶっ壊れたのか解らないような廃車に潜り込んだ巨大なヤドカリ、クルマカリを貫いてバラバラにする

 「おいおい! 目敏い野郎だな! どうやって気付いたんだ?!」

 アイリーンは止まらなかった。急激に速度を落としたかと思うと右に旋回し、それとは反対側に機銃が向く

 「主砲は遠慮しろよ。股座をローストされたら流石に凹む」

 今、サラの気のせいでなければ、キャタピラが滑った。戦車でドリフトターンをかましたのだ、イービーは
 マジかよ、とサラが呻く間に機銃の斉射が始まる。殺人アメーバの群れに過剰な程叩き込まれる弾丸の雨は、周囲の地面を黄色いアメーバのペーストで塗りたくり、気色の悪い光景に変えてしまった

 サラは笑いながら歌った。趣味の悪いカーペットもあったもんだ

 『納得したか?』
 「パーフェクトだイービー! そいじゃ、もうひと頑張りして貰おうか。本命が出やがったぜぇぇー!!」

 首だけで振り返ったサラの視線の先、桃色の瘴気の向こう側で、ぶるん、と何かが揺れる


――


 「…………」
 『…………』
 「あぁ?! なんだこりゃ! 舐めてんのか?!」

 デカプリン、だった物の前で、サラは絶叫した。ぷるぷる震える気色の悪い残骸を踏み躙って、念入りにウージーを撃ち込む

 「会敵四十秒でハント終了って何だよ……」
 『……俺とサラの攻撃は的確で、且つ念入りな物だった。大抵の奴なら、沈む』
 「ならそこいらに転がってる死体は? こんなのに何人もやられたってのか?」
 『そいつら、玩具みたいな銃に、ピクニックにでも行くような服だ。クルマは言わずもがな。生半な連中がハンターごっこしにきて返り討ち食らったんだろう』

 ふん、とサラは鼻を鳴らす。転がっている死体を検分すれば、確かにイービーの言った通りだ
 それに、死体となったハンター達は皆若年のようだった。極楽谷はビーカップから極めて近い。防備も施設もしっかりした街の中で、ぬくぬく育った駆け出しのひよっこハンターが、名声を求めて満足な装備も準備もなく戦ったのだろうか

 「……アメーバ辺りの餌になってねぇのは何でかね。極楽谷のモンスターどもは生態が違うのか? ……そういや、俺を吹っ飛ばしたあの糞野郎はどうなったのか」
 『…………普通に考えれば、死体の仲間入りしてるってのが妥当な所だろう』
 「…………あーぁ、詰まんねぇ。帰る!」
 『オフィスに報告するまでがピクニックだぜソルジャー。分け前はどうする?』
 「……お前の好きにしろよ。今回俺は、何もしてないようなモンだからな」

 言い捨てて、アイリーンの側面装甲に設置された取手に捕まるサラ。イービーが面白そうに笑う

 『ソルジャーの矜持か? 変な事言ってないで、装備を整えろ。次の大物も、俺はお前と狙う心算で居るんだ』
 「へぇ、儲け話は好きだぜ。で、俺達にぶっ殺される可愛そうな獲物はどいつだ?」

 次にイービーが発した言葉に、サラはちょっとだけ後悔する
 というか、イービーがとんでもない事を言い出すのはこれで二度目だ。あぁクソ、楽しくなってきやがった、とサラは武者震いして口端を釣り上げた

 『クラン・コールドブラッドのドミンゲス。遊撃隊長とかフいてる恥ずかしい奴だ。奴を叩く。心臓が止まるのを確認するまでな』


――


 「あたしの出番だね、解る、解るよ!」

 シュ、シュ、と直ぐ傍でシャドーボクシングを始めたあてなに、サラは鬱陶しそうな目を向けた
 このメカニックは、サラですら及びもつかないほど無鉄砲になる事がある。基本的に賢い娘であるから、何も考えていない訳ではないだろう。もしそうなら今生きている筈もない

 冷血党と一戦構えると言うことを、どう考えているのだろうか

 ヌッカが何時もの怪しい笑みも控えめに、バリバリソーダを差し出してくる。サラはそれを一気に飲み干した
 実は、まだ少し下らない考えが頭をちらついていた

 「(冷血党)」

 クラン・コールドブラッドが好きな奴なんて何処にも居ない。正真正銘の屑どもの集まりだ
 だが、その組織力は強大で、抗い難い。もし、イービーと組んで冷血党遊撃隊長ドミンゲスを倒したら、どうなるか

 目をつけられるのは間違いない。相当な苦労を背負い込む事になるのは、明らかだった

 「サラさん、あたしも付いてって良いよね。イービーはクルマ手に入れたんでしょ?」
 「俺が決めることじゃない。イービーに聞けよ。まぁ、確かにクルマは手に入れたみたいだけどな」

 バリバリソーダのグラスを返すと、ヌッカはすかさず次を作り始める。イービーとサラがデカプリンを仕留めたのは既に周知の事実だ。ガンガン呑ませる心算なのだ、この色々な意味で危ない男は

 「(クリントですらビビる奴らが相手か)」

 サラは目を閉じた。胸の奥がざわざわしている

 クリントの事や、冷血党の事を考えると苛々した。イービーに同行すると決まった後なのに、煮え切らない自分にもだ

 「あー、やっぱりサラさんは危ないなー。組むのは久しぶりだけど、全然変わってないよ」
 「なんだって? なんで組むのが当然みたいな事言ってんだお嬢ちゃん。ってぇか、誰が危ないんだって? ソルジャーは危ないんだよ。解ってた事だろ。目の前で得物ちらつかせられたら思わず頸動脈にナイフ差し込んじまう程度には危ないんだ。ソルジャーを舐めたら死ぬってのと同じぐらい当たり前の事だろ」
 「サラさん凄い楽しそうだよ。よっぽど冷血党とドンパチしたくてしょうがないんだね。あたしも燃えてきちゃったよ」

 あてなに凄んで見せても、無駄だった。それなりに付き合いは長い。サラが本気でない事ぐらいあてなには解ってしまうのだ

 「(楽しそう、ね)」

 自覚は無かった。サラは、気取らなくてもソルジャーなのだ

 冷血党と事を構えるリスクについて頭を悩ましていても、肉体は戦いを望んでいた。遊撃隊長なんて戯けた事のたまっている、のぼせ上った馬鹿に思い知らせてやりたくて、堪らないのだ

 冷血党怖い、なんて知恵のまわる臆病者を演じて見せようとしても、ソルジャー以外にはなれないと言う訳だ

 「……そうだ、クラン・コールドブラッドが何だってんだ。俺は前からあの勘違いした恥ずかしい奴らがウザったくて仕方なかったんだ!」

 唐突に大声を上げたサラに、ヌッカの酒場で思い思いに呑んでいたハンター達が視線を向ける

 「泣く子も黙る冷血党だぁ? 便所虫の方がよっぽど怖いね! “便所虫より臭くて汚い”ってんなら同意するしかねぇけどな!」

あちらこちらから声が上がる。その通り! とか、酒場で便器にひり出すクソの話すんなよ! とか

 そろそろ、ヌッカの酒場に集うハンター達も、我慢がならなくなってきていた。冷血党なんて糞食らえと心の底から思っていた

 「いい加減思い知らせてやる! そうだろ、イービー!」

 図ったように酒場に入ってくる者が居た。乱れた赤い髪をくしゃりと撫でつけ、小さくにやり笑いするイービーだ

 「あぁ、来たぁ!」

 シュシュ、とあてなが更に素早くシャドウボクシングを再開する
 やる気満々ですのアピールをするあてなをするっと無視して、イービーはサラの背後に立つ

 「待ったか?」
 「待たせすぎだぜ! 俺はドミンゲスのにやけ面をメタクソにしてやりたくてたまらねぇんだ!」
 「土産の準備に時間が掛かった。が、もう万全だ。そんなにうずうずしてるなら、今からでも行くぜ」

 バリバリソーダのグラスをテーブルに叩きつけて、サラは立ち上がる。ヌッカに向かって、代金を多めに弾いた

 「手前ら、ドミンゲスの賞金なんて汚くて娑婆じゃ使えねぇ! 全部ここで酒に変えてやるから、サラおねーさまのお帰りを楽しみにしとけ!」

 指笛が聞こえる。酒場のハンター達は皆不敵に笑いながらサラに声援を送った

 ヌッカは額に小さく青筋を浮かべていた。善良な店を経営している心算らしい。荒事と荒くれ者の仲介をしている癖に

 あてなは、イービーの腰にしがみついていた

 「ねー! あたしにもがっぽり儲けさせてよ! 役に立つよー!」
 「…………どうせ抱き着くなら、もっと色っぽい展開で頼むぜ、シニョリーナ」



[21072] 俺に命令するんじゃねェ
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:43ba7207
Date: 2010/10/04 02:14

 「ドミンゲスを殺す算段はあるのか? 冷血党なんぞ、所詮は群れなきゃ何も出来ねぇ玉無しの集まりだが、ドミンゲスは結構やるらしいぜ。この前も、ギンスキーの娘を護送してたハンターと衛兵達が……」
 「よーく知ってる。俺はドミンゲスと一度戦った」

 荒野で小休止。なんだかんだで付いてきたあてなと、キャタピラの不具合を取り除きながら、イービーは言った

 あてながピクリと不自然に身じろぎする。サラはほぉ、と溜息を洩らした

 この冷静なハンターはドミンゲスと一度戦ったと言った。なら、二度目でケリを着けるだろう。実力はよく知っている。その切れ者具合もだ。三度目はない
もとから勝つ気で居たが、勝率は俄然高い、とサラは拳を握りしめた

 「真正面から行く。ドミンゲスには、それで勝つ」

 汗を拭い、立ち上がって、何でもないようにイービーは言った。あてながぼぅ、とその横顔を見詰める
 大口を叩くだけの奴なら幾らでも居るが、ここまで“何か”を感じさせる奴は、そうは居ない

 サラは、あてなの高等部をこつんと打った。我に返ったあてなはぶんぶんと頭を振り、アイリーンの整備を再開する

 「……しかしメカニックか、悪くないな」
 「奇特な奴だぜ。こんなすっとぼけたのを連れて行こうってんだからな」
 「『クルマを任せるならコイツで間違いない』って、誰が言ったんだっけか?」
 「あ、馬鹿!」

 サラは大慌てでイービーを黙らせに掛かる。当然ながら遅過ぎたが

 忌々しげにあてなの方を見れば、あてなは耳まで真っ赤にしてキャタピラに齧り付いていた。サラを相手にしても気後れしない根性の入ったメカニックの癖に、煽てられると弱いのだった

 「ぱ、パーフェクト! 一発屋に五十発ぶち込まれたってビクともしないよ!」
 「そりゃ剛毅な事だな。期待させてもらう」

 イービーは、労うようにあてなの肩を叩く
 あてなは飛び上がった

 「やれやれ、ピクニックに行くんじゃねーんだぜ」


――


 荒野、砂漠、乾いた風と激しく変動する気温、汚染された雨、高い攻撃性を向けてくる数多の突然変異体達、言葉に表せない過酷な環境

 世界の全てはそれだ。そういう所では、様々な物が満たされない。満たされないまま人が育つと、どうなるのか

 或いはサラのようになる
 また或いは、冷血党のようになるのだ。道徳や倫理なぞ学ぶ前に、糧を得る為に何でもしなければならなかった者たち。そのなれの果て。奪う快楽に染まりきって、戻れなくなった正真正銘の屑ども


 サラは、同情してやっても良いと思った
 冷血党の兵隊どもの、品性も知性も感じられない不細工面を見ていると、思うのだ
 この人間離れした悪相じゃ、そりゃ人生放り出したくもなるよ

 「その面じゃ苦労が多いだろうな」

 実際に言い放ったサラを前に、冷血党の兵隊達は顔を見合わせる
 サラが心底、本当に同情の心を載せて言い放ったため、逆に意図を掴めなかったようだ

 「伝わらなかったか? その面じゃ、苦労が、多いだろうな。鏡見るだけで便所に駆け込んで胃の中身を吐き出さなきゃならねぇ。そりゃストレスも溜まって、暴れたくなるよ」

 サラの瞳は潤んでいた。ここにきて漸く、冷血党員達の顔が朱に染まる

 アイリーンから顔を出したイービーが腕組みしながら一つ頷く。あてなは流石に緊張しているのか、サラの背後に隠れてスパナを握りしめている

 「何言ってんだテメェ、頭可笑しいのか? ここはミュータントもビビって近寄らねぇ冷血砦で、クラン・コールドブラッドは今忙しいんだ。たかがハンターと、そのお供の気違いソルジャーだか小娘メカニックだかを相手にしてる暇はねぇんだよ!」
 「おいおい、じゃぁなんだ? お前は俺達に帰れっていうのか? 態々ここまで出向いてきてやったのによぅ」
 「うるせぇ奴だな! 折角生かして帰してやろうっつーのに、そんなに死にてぇのか! 素直に俺の言う事に、ハイハイ馬鹿みてぇに頷いて、帰りゃ良いんだよテメェらは!」

 サラは歯を剥き出して威嚇する冷血党員をうざったそうに押し遣って、中指をおったてた

 「言ってやれよイービー!」

 ぱぁん、と銃声が一つして、顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていた冷血党員が倒れた。彼の背後に飛び散った血と肉、そして骨片
 眉間への点射。正面から頭蓋を割りつつ侵入した弾丸は、脳漿を巻き込んで後頭部から吹き出したのだ

 「な、て、テメェ、あ、あぁぁ?! 頭可笑しいんじゃねぇのか?! ここは冷血砦なんだぞォォォー!!」

 そんな事は関係ないのだ。問答無用で冷血党員を射殺したイービーは獣のように唸った
 ここがどこだろうと、良い。冷血砦だろうがビーカップだろうが、砂漠だろうが荒野だろうが天国だろうが地獄だろうが

 イービーは構わない。だが、許せない事もある


 「俺に命令するんじゃねェ」


 サラはすかさずショットガンを引き抜く。ド派手なパーティーは望むところだ

 「オラァ冷血党! テメェら纏めてミンチだコラァァ!」
 「わぁぁんサラさん待ってェェェ!」

 雄叫び上げて突っ込めば、散弾で血達磨になった冷血党員が吹っ飛んでゆく

 こいつらには教えてやらなければならないのだ。ソルジャーが殺意と共に銃を解き放ったら、どうなるのか


――


 徒歩のクランメンバーが7。ドリルやらがごてごて付いたクランバリケードが2

 イービーの乗りこなしは全く一流である。つい最近手に入れたばかりの、それも狂ったCユニットを載せて暴れまわっていた鹵獲戦車を、驚くほど巧みに操って見せる

 アイリーンは、初心な処女か熟練の魔女か。サラには判断付かないが、どのような女でもイービーなら乗りこなすであろうという確信はあった

 主砲一発。クランバリケードが一台、何も出来ずに沈黙する。サラが手榴弾を投げつける前にもう一発。クランバリケードの片割れは、走破装置に大穴をあけられた上で執拗に機銃を撃ち掛けられ、爆散した

 あっという間の出来事だ。爆発する車両の火勢に怯んだクランメンバーの只中に、サラはあてなを放り込んだ

 「え、ちょ、サラさん」
 「ほうら、お得意のスパナ捌きで頑張ってきな」
 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 放り投げる際に勢いをつけすぎたか、あてなの白い髪がぐるぐると回ってカーテンのように見えた
 爆発したクランバリケードから這いずって離れようとするクランメンバーと抱き合う形になり、あてなは二重に悲鳴を上げる。恐慌を来して頭突きをかましたのは、まぁ仕方ない

そこにサラは乗り込んだ。ショットガンではあてなを巻き込みかねないため、電撃銃を両手に携えて口笛を吹く

 「ケツに火が付いたぐらいでビビってんじゃねぇよド素人がァー!」

 大砲が顔の横を掠めても、太腿をウージーで滅茶苦茶にされても、後ろから味方に手榴弾で吹っ飛ばされても
 絶対に恐慌に陥らない。まずは目の前の敵をどうにかする。それが出来るのがソルジャー、プロフェッショナルで、出来ないこいつらは粋がってるだけの素人

 侮蔑の言葉を口の中で繰り返しながら、サラはあっという間に四人射殺した。電撃銃で撃ち抜かれたクランメンバーは身体が痙攣して死んでいるのか居ないのか解り難かったので、念を入れて首にストンプしておく

 そうする内に、なんだかんだであてなの方は三人殴り倒していた。血塗れのスパナを握りしめてふーふー荒い息を吐くあてなは、こう見えて鈍器と関節技の名手である。実践の機会は少なくとも日々の鍛練を欠かしていないのを、サラは知っていた

 「イービー!」
 『オーダーはレア? ミディアム? ウェルダン? おっと、悪い。この様子じゃ、レアは無理だな』

 サラとあてなが暴れまわっている間に、イービーはもっと広い視野で戦っていた

 冷血砦の奥部、坂の上側から異常を察して増援に駆け付けようとしていたクランバリケードに、砲弾をぶち込んでいたのだ

 炎上する車両を見てサラは電撃銃をホルスターに仕舞う。次いで取り出したのは、手榴弾である

 「ハンバーグにしてやろうぜ!」

 安全ピンを口に加えて手榴弾をぶらぶらさせるサラは、嬉しそうにショットガンを構えた。イービーの駆るアイリーンがスクラップになったクランバリケードを押しのけて疾走する


――


 「吹っ飛ばせ! 全部全部吹っ飛ばしちまえ! オラァ、次はどいつだ?! 死神が背中ぁ突っついてるぜ! イービー! 撃て! ひゃっほォー!!」
 『サラぁ! はしゃぐな!』

 血塗れ、煤塗れ、泥塗れのサラは、ぜーぜー息を吐きながら後ろを振り返る

 周囲は酷い有様だ。クランバリケードとバイクのスクラップ。死体。いや、死体はまだ良い。戦車砲に吹っ飛ばされて肉片と化した物は、元の成りどころか何人分の物なのかすら解らない

 ごぅん、と火を噴いていた一台のクランバリケードが、今度こそ完全に爆散した。衝撃と爆音。耳鳴りを堪えて、サラは怒鳴り返す

 「あぁ?! 聞こえねーぞ! どうしたイービー! あてなは何処行った!」
 「此処に居るよー……。サラさん燥ぎ過ぎだよ、見てみなよ、もう全員吹っ飛ばしちゃってるよ」

 あてなに背中から組み付かれて漸くサラは動きを止めた
 あてなに止められた、と言う訳ではなかった。敵がいない事を確認したからに過ぎない。サラはあてなを振り払う

 馬鹿にしやがって、と吐き出し、ショットガン掌の上で一回転させて、曲芸のように弄んでから後背腰部のホルスターに戻す

 「冷血党ってのはこんなモンか? 期待外れなだイービー!」

 イービーが戦車から顔を出した。フェイスラインが鮮烈に輝いているように、サラには見えた

 「(なんだありゃ、光るのか? なんか流れてんのか?)」
 「おいサラ、動くなよ」

 イービーが言うのと、サラが電撃銃を持ち上げて振り返るのはほぼ同時であった

 一人のソルジャーが居た。敵意が無い事を示しているのか、両手を持ち上げてひらひらさせている
 まだまだ若い男だ。取り敢えず、と言った風情で、イービーは拳銃弾を撃ち込む

 「どひゃぁ!」

 頬を掠めさせただけだ。イービー戦車の上から冷たく見下ろして、鼻を鳴らした

 「お前は誰だ。動くなよ。手を下げたら殺す。逃げようとしても殺す。おっと、肩の筋肉が痙攣したように見えたら、それでも殺す。俺は銃を袖口に仕込む奴は嫌いだ」
 「ま、まぁ待ってくれよ、俺は冷血党じゃない。馬鹿みたいに何でもかんでもぶっ殺して回るより、話を聞いた方がお互い幸せになれる筈だ」
 「今のは脅しだぜ。イービーに話を聞く気が無けりゃ今頃お前は首なしソルジャーさ」

 イービーの銃口は揺れない。加えて、サラの首を描き切るジェスチャー
 男は慌てて事情を説明し始めた


――


 冷血砦から極めて近い位置にそこはあった。入り組んだ岩場である上、冷血党の人間もまさか自分の根城のすぐ近くにこんな物があるとは思わなかったのだろう。危険ながらも、そこは秘密基地として機能していた

 灯台下暗しを地で行っていた。この正義の味方集団、煮え案山子のアジトは

 「凄く嬉しいの。本当よ。こんな世の中に、まだ貴方達のような人が居たなんて」
 「君に喜んで貰えて俺も嬉しいぜ、シニョリーナ」
 「砲弾と爆弾の海の中みたいになってたのに、誰も傷らしい傷を負ってないなんて。やるわね、ハンターさん」

 イヴリンと名乗ったブロンド美女、の値踏みするような視線に、イービーは肩を竦めた

 先程サラ達を案内した男、中ジョッキを含めた煮え案山子のメンバーが、爛々と目を輝かせながらイービーを見ている。或いは席に着き、或いは土壁に背を預けて気のない風を装っているが、イービーに興味津々であるらしい

 「でも」

 イヴリンが笑みを収め、真剣な顔になった

 「ドミンゲスは強いわ。悔しいけど、今の煮え案山子じゃ太刀打ちできないくらいに」
 「へぇ、そうかい」

 ショットガンの整備を行っていたサラが、気だるげに相槌をうった。イヴリンの言い出しそうな事ぐらい、予想が着いていた

 「なぁイービー。お前、ドミンゲスに勝てるんだよな?」
 「チェスをやりながら片手間でも」
 「俺も居れば?」
 「服が汚れないかどうかが唯一の心配事だな」

 平然と言うイービー。サラはイヴリンに向かって首を竦めて見せた
 イヴリンは破顔する。心底面白そうに笑った

 あてなは飛び跳ねた

 「ねーねー、あたしは?」
 「……あぁ、そうだな、あてな。そのスパナ捌きでドミンゲスの阿呆面を張り倒してやれ。期待してる」
 「え?」
 「ん?」
 「本当に面白い人達だわ。それに、本当に心の底から冷血党の事が嫌いなのね」

 サラは立ち上がる。適当な岩を椅子にして、大股開いてどっかりと座りこんだ

 面白い事を聞く奴だ、と思った。冷血党が好きな奴なんて、居るもんか
 僅かに湿った地面を蹴り払い、サラはショットガンを天井に向けて構える

 「冷血党が好きな奴なんて居ねぇ。居るのはビビってる奴か、今直ぐにでも奴らのケツに鉛玉をフルコースでぶち込みたくてうずうずしてる、俺のような奴。その二種類の人種だけさ」
 「……頼もしいわ、勇猛果敢なソルジャーさん。一つ提案があるの。そちらにとってもきっと悪くない話よ」
 「ドミンゲスを倒すのを手伝ってくれるって事か? 奴のごてごてした重装バイクに、ケツ掘られる覚悟があるって事か?」

 サラは詰まらなそうにショットガンの銃口を下した。その先にはイヴリンが居る
 冷たい視線と銃口にイヴリンは怯んだ。煮え案山子のメンバーが俄かに殺気立つ

 「おいサラ、何を苛立ってる。ぶっ放す気じゃないよな?」

 イービーが片目を閉じながら鋭く言った。煮え案山子のメンバーが全身に力を籠め、各々の獲物に手を這わせている。この状況で撃ちあうのは、少し不味い
 特に幹部級である緑髪のアーティストとハンターが危険だ。一番最初に殺るとしたら、イヴリンではなくこの二人だ

 「こいつらの目付き気に入らねーんだよ。おいイヴリンちゃん、一昔前の煮え案山子ってのは相当にタフな連中だったらしいが、今の手前らは何だ? 如何にも……」
 「サラさん止めようよ!」

 あてなが溜らずしがみ付く。イービーも大股でサラに近付いて、宥めるように肩を叩いた

 「解るぜ、ドミンゲスを殺しに来たんだ、身体がうずうずして堪らないんだろ。お前はソルジャーだからな。あてなと一緒にアイリーンで待ってろ、直ぐに行く」
 「お、おいイービー」
 「ほらほら行こうよサラさん」

 舌打ちしてサラは歩き出す。その背中を押しながら、あてなが続いた

 その時、目を瞑りながら話を聞いていた緑髪のアーティストが笑みを含んだ怒声を上げる。霧散しかけていた重い空気が、再び舞い戻った

 「なんだい、遠慮するこたぁ無いんだよ。言ってみなよ、ソルジャー。面白く話せたら御捻りを上げるからねぇ」

 ハンターが呼応するように立ち上がる。中ジョッキを視線で下がらせて、腰元のウージーに手を添えた

 「飴玉か鉛玉かは、お前さんの態度次第だがな」
 「止めなさい!」
 「イヴリン、お前が一番危なかったんだぞ!」

 イヴリンの制止を一言で撥ね退けるハンターに、イヴリンはそれでもゆっくりと歩み寄る

 「止めなさいと言ったのよ! 煮え案山子が撃つのは人の道から外れた屑とミュータントだけ。そうでしょう?」
 「…………」

 ハンターは、渋々と手をウージーから離す。アーティストも不服そうではあったが隠していた得物を机の上に放り出した。火炎銃だった

 サラは少し感心した。このイヴリンとやら、ただの小娘じゃない。中々手下どもの抑えが効いる

 ふん、と鼻を鳴らして、サラはあてなと再び歩き出す。その背を見送って、イービーは肩を竦めた


――


 「奴は生粋のソルジャーで、戦いを前にして昂ってるのさ。こんな心算じゃなかった。謝罪する。この通りだ」
 「…………『如何にも』。この次に、あのソルジャーさんが言おうとしてた事、解ってしまったの。『負け犬みたいだ』。目がそう言ってたわ」
 「戦士には……そうでない者の気持ちは解らないんだろう。大目に見てやってくれると嬉しいね」

 イヴリンは顔を伏せた

 「私達が戦えない人間だと言いたいの? 戦士ではないと?」
 「……君達は疲れ果てている」

 イービーは煮え案山子団と言うものがどういうものか知らなかった。或いは、以前の彼ならば知っていたのかも知れない

 イービーには、記憶がない。以前の彼と、今の彼は違う

 それは置くとして、今此処に居る者達が煮え案山子団の全てであるならば、組織として非常に貧弱と言うほかなかった。クラン・コールドブラッドに立ち向かえる程の戦力も、物資もあるようには見えない

 イービーは、曖昧な言い方をした。サラは真直ぐな女だ。サラのようにイヴリンと対話しては、イービーはイヴリンと言う女を打ち砕いてしまうだろう

 「気遣いが上手いのね、ハンターさん」
 「イービーと呼んでくれ、シニョリーナ。君達は冷血党と戦っているんだよな? 俺は訳合って世情に疎い。君たちの事を知らなくてね。ま、見ての通り、俺も冷血党が大嫌いだ。んん、ん? そうだ、何で“案山子が煮えて”るんだ?」

 イヴリンはくすくすと笑った。イービーはハッとする。美しい女だ。どんな形であれ、戦いながら生きる道にあったのは良かったかも知れない。この世界では、美しい女は大抵悲劇に見舞われる

 イヴリンはくるりと振り向いて、煮え案山子のメンバーに解散を促す

 「皆、持ち場に戻って。少し彼と二人で話したいの」

 多少、警戒する心はあったのだろうが、メンバー達は散って行った。先程のサラと違い、無体な事はしないだろうという多少の信頼もあった
 イービーの物腰は、柔らかだったから

 「案山子は様々な害獣から畑を守るわ。でもね、今その案山子の腸は煮えくりかえっているの。罪もない人々を苦しめる冷血党の獣たちにね」
 「だから煮え案山子か」
 「……さっきのサラ……さんだったかしら。あの人に言われても仕方ないのかも知れない。煮え案山子なんて偉そうに言ったって、確かに今の私達に力はないもの」

 イービーは何も言わない。イヴリンは唇を噛み締めた

 「裏切り者が出たのよ、アルメイダと言う男。奴のせいで、大勢死んだわ。リーダーも……ゼインも行方不明になってしまった。アルメイダの奴は、今では冷血党の一員として色んな所を荒らし回ってるらしいわ」
 「それは……、何と言うべきか」
 「負け犬に、見えたでしょうね。納得してしまったの。仕方がないって」

 イヴリンは顔を真っ赤にしていた。堪えきれない涙がはらはらと毀れる

 イービーは後ろを向く。イービーは甘い男で、イービー自身それを気に入っている

 「でも……、でも、私達だって……!! 私にもっと力があれば……!」

 イヴリンはイービーの背に向かって唸った。激しい感情の渦を、イービーは感じた

 「君は勇敢で、仲間思いだ。煮え案山子の宝だと、皆言う筈だ。行方不明のゼインとやらも、君のような女性がメンバーである事を、きっと誇らしく思っている。……涙を拭け。初対面の、俺みたいな流れ者に弱みを見せるな。顔を上げて前を見るんだ」
 「……御免なさい、冗談よ、冗談。銃を向けられてちょっと調子が狂っちゃったの。もう大丈夫」

 大きく息を吸い込む音が聞こえる。次の瞬間には、イヴリンは泣き止んでいた。少なくとも声からは何も感じられない

 「イービー、貴方は卑怯だわ。ついさっき出会ったばかりなのに、私、ぽろぽろ何でも話してしまうんだもの」
 「俺のせいか?」
 「えぇ。そして…………私も卑怯者だわ」

 イービーはイヴリンに向き直ることをせず、頭を掻いて歩き出した

 「俺は、美人の涙を優先する主義でね。嘘泣きでも辛い。本気で泣かれるともっと辛い。ドミンゲスを仕留めて、今度は一人で此処に来るさ。その時は、もっと友好的に話をしよう。何か力になれるかもしれん」
 「…………ありがとう」


――

 後書

 レスラーが好きです。でも、ソルジャーの方が、もーっと好きです。



[21072] VSドミンゲス1
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:ce30744b
Date: 2010/11/13 09:13
 崩れかけた教会の石壁に、イービーは左手をついている
 一見しただけではそれと解らないその建築物には、酒や火薬の言いようもない臭いが染みついていた。嫌な臭いだ。ここを根城にする冷血党どもの生活臭だろう。どんな生活だ

 突如、イービーは石壁に張り付けた五指を絞る。驚異的な握力は、石壁が決して“握る”と言うことが不可能である筈の平面であるという事実や、その硬度を無視して、イービーに砂礫を掴ませた

 壁を千切り取って、しかも粉々に握りつぶしたのである。流石のサラもゾッとした

 次の瞬間、イービーは右の拳を石壁に叩きつけた。轟音と共に石壁が砕けて貫通する。陥没ではなく、貫通。外の風が入ってくる

 ノックだ。イービー式のノックはどうやら随分と荒っぽいようだった

 「邪魔するぜ、カウボーイ! 大事な話があるんだ、ダージリンティーの準備をしな!」

 教会の奥、壇上の上で、何者かが寝そべっている。イービーの突然の怒声にも動じる事無く、煙草を咥えてニヤニヤと笑っていた

 コイツが、ドミンゲス。サラは無感動にその姿を見詰めた。特徴的な逆立った長髪に眼が行く。壁にはハンター、一般人を問わず数多を引き裂いてきたチェーンソーが立てかけてあった

 外見的特徴と武装。相違ない。コイツがドミンゲス

 「…………来ると思ってたぜぇ、絶対によぉ。随分と待たせやがって」
 「済まんな。やっぱり、余所様の所に御邪魔するんだ。おめかししなきゃ駄目だろう?」

 ドミンゲスが大きく目を開いて立ち上がった。チェーンソーを引っ手繰るように手に取り、一度、ギャウンと鳴らす。独特の音がする

 「コレがなんだか解るかぁ~?」

 教会据え付けの椅子、イービー達から死角になるそれの一つに、ドミンゲスは手を這わせる

 ドミンゲスが手を持ち上げた時、そこには少女が一人ぶら下がっていた
 衣服は擦り切れ、汚れているが、目立って怪我をしている様子はない。手足を縛られた上、古びれた細いベルトのような物で猿轡を噛まされ、はらはらと泣いている

 どる、どる、と鼓動のようなエンジン音を響かせるチェーンソーを、少女の頬へと近づけたドミンゲスは低い声を発した

 「俺はしくじっちゃいけねぇ所でしくじっちまった。御蔭であの人はカンカンさ。テメェが生きてた事は報告したが、どうせ疑われたままだ。このドミンゲス様が、勢い余ってギンスキーの娘を殺しちまったってな」
 「事実だろ?」
 「くっくっく、その方が都合がいいんだろうなぁ、テメェらは」

 サラは苛々しはじめた。腰元のウージーの直ぐ傍で、右手を握ったり開いたり

 「イービー、何だよ、随分親しそうじゃねぇか。ん? それに、今の口ぶりじゃ、ギンスキーの娘が生きてるって……」
 「さてね」
 「……解ってんだろうな。お喋りしに来た訳じゃねーんだぜ」

 イービーは肩を竦めるだけだ

 「もう俺にゃ目はねぇ。くくく、ぐははは、この俺が、この期に及んで」
 「その子を……どうするんだ? オイ、ドミンゲス」
 「スカしてんじゃねぇ、テメェのせいだ、ブレドトゥースぅぅ!!」

 サラとあてなが、同時にびく、と身動ぎした
 顔は動かさず、視線だけイービーに向ける。ブレードトゥース。その名だけが何度も頭の中を行ったり来たりする

 ブレードトゥース。クラン・コールドブラッドのナンバー3。ライオンのミュータントで、幾人も、幾人も、ハンターだろうがソルジャーだろうが、戦えるものだろうがそうでないものだろうが関係なく、散々殺しまくった化物だ

 冷血党序列第三位でありながら、二位、一位よりも高額の賞金を掛けられていた所からもその強さと危険性が窺える。本当に洒落にならない賞金首なのである

 「何言ってんだコラ。手前目玉イカレてんのか? イービーの何処がライオンに見えるんだ?」
 「さっきからよぅ、誰が喋って良いっつったんだ……? 俺が話してんのはテメェみてぇなゴミじゃねぇ! ブレードトゥースだ! あんまりキャインキャイン五月蝿ぇとずたずたに引き裂いて荒野に埋めるぞ!!」
 「何ィ!」

 サラは怒髪天を衝く勢いで激昂した。予想通りの展開にあてなは思わず天を仰ぐ
 ドミンゲスが少女を人質にとっていなければ、サラは既に飛び掛かっていただろう

 イービーがサラを手で制し、一歩前に出る。もう一度、同じ言葉を口にする

 「その子を、どうするんだ、ドミンゲス」

 ドミンゲスは目に次いで口も大きく開き、声を出さずに呼気だけで笑った

 カハ、と笑ったのだ。そしてチェーンソーを回転させ、少女に振り下ろした

 「俺ぁドミンゲスだ!」

 サラは歯を食いしばった。あてなは固く目を瞑った。イービーだけが、決して動揺せず全てを受け入れている

 少女に傷は、無い。腕を縛っていた縄が切り裂かれ、床に落ちる

 「ドミンゲスだぞ! クラン・コールドブラッド遊撃隊長、ドミンゲスだ!」

 もう一振り。矢張り少女に傷は無かった。足を縛っていた縄が床に落ち、少女は自由になる

 余りの恐怖に、少女は失禁した。ドミンゲスは目もくれずに少女を放り出す

 解放したのだ。サラは瞠目した。冷血党が、態々とった人質を解放したのだ

 「俺は俺の力でのし上がってきた。この荒野を! 誰の力も借りねぇで! クランでだってそうだ!」
 「……ブレードトゥースじゃねぇ。俺はイービーだ。ドミンゲス、お前を殺す」
 「カカカ、掛かってこいやイービーとゴミども! 殺してやる! 俺は負けねぇ!!」


――


 「洒落臭いんだよ冷血党がァー!!」

 サラとドミンゲスが銃口を向けあったのはほぼ同時であった。互いに弾丸をばら撒きながら、身を低くして一直線に走る

 前に、だ。ドミンゲスはショルーダーアーマーで致命打を防ぎ、サラは持ち前の勘の良さで弾丸の雨を潜り抜けていく
 そもそも互いに走りながら、しかも精度の甘いマシンガンでの射撃だ。命中弾などそうは出ない。ドミンゲスに防がせている分だけ、矢張りサラ、と言うべきだろう

 「あてなァー! そのガキをどっかへやれ! 死なせるなよ!」
 「任しといてよ!」

 言う間に、サラとドミンゲスは一足飛びで肉薄できる距離まで近づいている
 ドミンゲスがチェーンソーを振り上げる。サラは雄叫びを上げながら、右足を振り上げた

 危険を感じていた。白兵戦を挑み、拳の間合いに踏み込んだ時点で、嫌な予感がしていたのだ

 ドミンゲスがチェーンソーを振り下ろす前に肘を打ち据える筈であったハイキックは、器用に身を捩ったドミンゲスの持つマシンガンによって受け止められていた

 チェーンソーを振り上げたのは囮だったのである。サラの右ハイキックを余裕で振り払ったドミンゲスは、体制が崩れたサラに向かって今度こそチェーンソーを振り下ろす

 しかし、当然イービーがこれを傍観している筈がなかった。今にもチェーンソーに解体されそうなサラの背後から、にょき、とショットガンが突き出される

 「シャァール、ウィイ、ダンス?」

 サラが銃口より内側に居るのだから、誤射の恐れなどない
 ぼ、とショットガンは火を噴く。ドミンゲスは雄叫びを上げながら首を捻る
 射撃音と同時に、ドミンゲスのヘッドギアが空を舞った。拡散した散弾に僅かに肉を抉られたか、額と肩から出血が始まる

 致命傷ではない。ドミンゲスは銃口をよく見ていて、直撃を回避したのだ。目を見張る糞度胸と勝負強さだ

 イービーはサラを引きずり倒す。身体が泳いで、ドミンゲスに背を向ける格好になったが、ショットガンを握りしめる左手だけは執拗にドミンゲスを追い続ける

 「テメェだけで踊ってな!」

 ドミンゲスは吠えながら一歩踏み込んだ。イービーが突き出したショットガンを右脇に抱え込む

 ショットガンが再び火を噴く。散弾はドミンゲスの背後の椅子や床を抉った。今ではドミンゲスも銃口の内側だ。中りたくても中るものではない

 「あの世でなァ!」

 ドミンゲスガンが突き出される。その糞度胸を褒めてやりたい気持ちだったイービーは、ドミンゲスの前例にならった。つまり、踏み込んだ

 真直ぐにイービーの頭部を狙うマシンガンを、手の甲でちょっとだけ押し退け、その内側にするりと滑り込んだ。イービーの顔の直ぐ横で、ドミンゲスガンはその齎す凶悪な効果とは裏腹に、軽快な音を立てる

 中りようのない射撃を続けながら、ドミンゲスは力任せにイービーを振り回した。起き上がろうとしていたサラは直感的に危険を察知したのか、慌てて椅子の陰に滑り込む。流れ弾が無秩序に床と壁、朽ちた椅子を穿つ

 イービーの背が椅子の背凭れに叩きつけられる。怪力でもってかなり重量のある男一人を叩きつけられた背凭れが、亀裂を生じさせ、直後に割れて崩れた。イービーは支えを失って体制を崩した。だがイービーに焦りはない。紅い瞳は、ドミンゲスの二手先までを見通している

 ドミンゲスは、ヘッドバッドを敢行しようとした。ドミンゲスガンを握る左手はイービーがしっかり握って離さないし、チェーンソーを握る右手を振り上げればその瞬間自由になったショットガンで頭をぐちゃぐちゃにされるだろう事は、ドミンゲスとて承知していた

 しかし、イービーは己の獲物に執着するタイプのハンターではなかった。ドミンゲスに拘束されたショットガンを放棄すると、コートの内側に手を差し込む

 抜き出した時には、ウージーが握られていた。発射は直後であった

 「ぬおぉぉぉ!!」

 巨体を縮め、左腕で頭部を庇い、ドミンゲスは悲鳴を上げた。屈強な体と頑丈なアーマーが、至近距離での銃撃を受け止めている
 何て野郎だ。イービーは笑いながらごろごろ転がって距離を取る。激情からか顔を真っ赤にしたサラが、ショットガンを構えて立ち上がっていた

 「サラおねーさまのお料理教室だ! “犬のエサ”の作り方!」

 ドミンゲスは椅子の陰に身を投げた。無様に這いつくばりながら、それでも目をぎらぎらさせている
 散弾が床を抉る。椅子を木端微塵にし、ドミンゲスを追い詰める

 「まず適当な冷血党員をミンチにします!」

 ショットガンを三射。イービーのマシンガンもそれに加わる。ドミンゲスは乱雑に置かれた教会の重厚な椅子を、巧みにカバーポジションとして使いながら蛇のように滑らかに逃げた

 「逃げられたら頑張って追いかけてミンチにしましょう!」

 サラは獰猛で容赦が無かった。手榴弾を二つ、口で器用にピンを引き抜いて、二方向に転がした
 ドミンゲスの進路と退路であった。サラは獰猛で容赦が無く、しかも勘がよかった

 手榴弾が同時に爆発する。木片と砂、埃が巻き上げられ、煙幕のようになった。耳鳴りがする。イービーが片目を閉じながら耳を抑える

 「ミンチにしたら調理完了です! 愛犬に食べさせてあげましょう! どうだ冷血党、ソルジャー伝統のサバイバルクッキングは!」
 「酷い料理もあったもんだ。キドニーパイですらない」

 軽口を叩くのもそこまでだった
 砂と埃の煙幕を引き裂いて、ドミンゲスが飛び出してくる

 「ば……」

 早い。獣のような敏捷性だ。冷血党と言うのは血も涙も、ついでに脳味噌もない野獣のような連中だが、こんな所まで獣並みとは恐れ入る。サラは既に目の前に居るドミンゲスを睨みつけながら、無意味な事を考えた

 恐ろしく早いのだ。不意を突かれた。情けない、このサラが。未熟。ではない、コイツが早すぎるだけだ。ショットガン、持ち上げて。いや取り敢えず伏せるか。ナイフ。手榴弾転がしながら後ろに。無理か。無理か、無理だな、どうも無理っぽい

 サラの脳内を言葉の波が流れていく。目の前には振り上げられたチェーンソーがある
 イービーが視界の端に映っていた。ウージーを向けている。舌打ちでもしそうな、苦み走った表情だった

 「邪魔だァ、ゴミがァー!!」

 無意識の内にショットガンを横向きに持ち、頭上に突き出していた

 チェーンソーが振り下ろされる。ショットガンの銃身がそれを受け止めた
 拮抗出来た時間は一秒の半分も無かった。瞬く間にショットガンは輪切りにされる

 サラの米神をチェーンソーがなぞる。ぱちぱちと奇妙な音がした。米神から頬を伝い、肩口に落ちてゆく

 世界が遅く感じた。チェーンソーの回転すら緩やかに見えた

 鎖骨辺りの肉が弾ける。そこから更に下、アーマーを引き裂きながらチェーンソーは振り下ろされ、豪快に床に突き立った

 ショットガンの稼いだ瞬きほどの間がサラを救った。米神及び頬からは激しい出血が始まり、鎖骨辺りの肉はずたずたにされていたが、奇跡的に重症は無かった

 腰元のウージーに手が伸びていた。これも矢張り、無意識の行動である

 イービーの横合いからの銃撃がドミンゲスを襲う。サラもそれに続くように、ウージーの銃口を持ち上げた。ドミンゲスはショルダーアーマーを突き出す格好で防御態勢に入っている

 「ドミンゲスゥゥ!」

 クロスファイア。イービーの射線とサラの射線がドミンゲスで重なった
 アーマーを抉られ、その下の肉体を抉られ、ドミンゲスは唸り声を上げながら後退りする

 イービーはウージーを放り出した。弾切れだ。足音荒く五歩ほど進み、その間に先程放棄したショットガンを拾い上げる

 「ナイスダンスだったぜ、カウボーイ」

 腕を交差させて銃弾を防ぐドミンゲスに、イービーはショットガンを向けた
 銃声と同時にドミンゲスが吹き飛んだのは、当然であった


――

 後書

 調子出んなぁ……。
 本当は、賞金首との戦いだけを抽出した、練習短編連作にしようと思っていたのに、3が結構ドラマティックだったからどうにも我慢が効かなかったという情けない事に。


 因みに私は、敵役は格好よくないと駄目派でござる。
 ついでに、追っかけてこいと言われたら上等だコラァ! となるタイプだが……。
 さてどうしようかのぅ……。



[21072] VSドミンゲス2
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:ce30744b
Date: 2010/12/12 12:38
 「しぶとい」

 そう、イービーが洩らした言葉の意味を、サラは正確に読み取る
 吹き飛び方が派手だ。ドミンゲスは自ら後ろに跳んだのである。あれだけ撃ち掛けられていながら、タフな奴だ

 一つの椅子の背凭れに激突して、ドミンゲスは悶絶しながら転がった。のた打ち回るのとは違う。またもや椅子の陰に隠れたのである
 筒状の物が転がり出てきて、煙を噴き上げる。煙幕手榴弾だ。サラは舌打ちした

 「サラ、無事か」

 ドミンゲスの真似をする訳ではないが、サラも椅子の一つをカバーポジションにし、ウージーを放り出してずたずたにされた右の鎖骨部を抑えた

 身を低くして駆け寄ってきたイービーが、サラの横に滑り込み、椅子に背中を張り付ける
 ドミンゲスに対して警戒は怠れない。しかも決して広いわけではない室内で煙幕を焚かれては、場合によっては味方誤射もありえる

 「嫌いなんだよな、コレ」
 「ふ、オレンジジュースが欲しいってか?」
 「言ってろ馬鹿」

 サラが虚ろな目をしながら、赤と白の大振りなカプセルを口に含んだ
 ガリゴリと性急に噛み砕いて、息を止める。胃の後ろ側から熱が上ってきて、引き裂かれた鎖骨周辺の肉がざわざわと蠢いた

 ずるずると肉が盛り上がる。血が止まり、熱が引き、あっという間に傷がふさがっていく。三秒数えるうちに、傷は傷痕になってしまった

 体によさそうとは、とてもではないが思えない。こういった治療薬を摂取するたびに、寿命が縮んでるんだろうな、とサラは眉を顰めるのだった

 「イービー……! やるじゃねぇか! だがまだ足らねぇな、足らねぇな! 爪を見せろ! 牙も! ハンターどもを恐怖のどん底に叩き込んだ、誰も逆らえねぇパワーをよぅ!」
 「ドミンゲス、お前の羽虫ぐらいしかない勇気を振り絞って煙幕から出てきたら、それが見れるかも知れないぜ!」
 「駄目だ、お前は他のゴミどもとは違って、手強いからなァ!」

 白煙の向こう側から苦しげな、しかし楽しそうなドミンゲスの怒声が聞こえる
 教会内部のほぼ半分を埋める煙幕は晴れる気配が無い。通気性が極めて悪いため、煙が流れてゆかない

 椅子の陰で何か動いたような気がする。壇上で大きな物が蹲っているような気がする

 サラはウージーの銃口を椅子の背凭れから突き出すと、勘だけで撃ち掛けた

 「がぁぁ! こなクソぉ! やりやがったな!」
 「ケ! 精々煙に隠れてろ臆病者! じっくり待っててやる!」

 適当に撃った弾丸が、どういう訳やら命中したようであった。これだからサラの勘は恐ろしい、とイービーは苦笑いする
 サラには、理屈で言い表せない物が多くある。そういった物の数々が、イービーを期待させる

 「まだまだ、もうちょっと続くぜ。鉛玉撒き散らしながらパーティってのが、俺達は好みだろ?」

 イービーが装備とボディの簡易チェックを終了させる。戦闘能力は、まだまだこれっぽっちも失われていない

 教会のドアが蹴り開かれた。あてなだ。威勢よく飛び込んで来てスパナを振り回すあてなは、煙幕の向こう側に向かって珍妙な構えを取る

 「ちょいなァ! あてなが戻ったからにはこの勝負、決まったよ! ハイヤァー!」

 スパナを突き付けて、片足をくい、と持ち上げるあてな
 弾丸が撃ち掛けられた。声を頼りにドミンゲスが弾をばら撒いたのである。あてなは悲鳴を上げて逃げ惑い、サラの隣に滑り込む

 「三対一だぜ、どうするカウボーイ」
 「け、ケッケッケ、笑わせるぜイービー! 蠅が一匹増えた所で、何が変わるっつーんだ?!」

 俄かに煙幕が薄くなった。壇上で仁王立ちするドミンゲスが確認出来るほどに
 サラがウージーの銃口だけを背凭れから覗かせ、適当に撃ち掛ける。ドミンゲスは走って、叫んだ

 「仕切り直しだ、イービーとゴミども! 追ってこい、俺を殺したきゃぁなァ! ヒヒヒ、ヒャァァーッハァ!」
 「何だ、穴?」
 「待てコラドミンゲス!」

 壇上向かって左手、ドミンゲスが目指す隅の方に、ぽっかりと穴が開いていた
 サラが飛び出すのを皮切りに三人はドミンゲスを追うが、当然追いつける訳もなくドミンゲスは穴に飛び込む

 ドミンゲスの高笑いが響く。サラは怒鳴った

 「ファックユー!!!」

 このソルジャーが目の前で賞金首に逃げられて激昂しない訳がない
 イービーはサラの肩を掴んで制止しようとしたが、サラはそれからするりと逃げて穴に身を投げる

 イービーは眉を顰める。不味い。罠が無いわけがない
 このまま追うのは危険だ。悩みどころである。極めて愚かではあるが、一分もの多大な時間を、イービーは黙考に費やした

 「…………え、え、ど、どーすんの、イービー」
 「サラが危ない。気乗りしないが、このまま追う」

 決断したイービーはあてなの首根っこ引っ掴んで、矢張り穴に身を投げる


――


 身を投じた先には、洞窟があった。小さめの岩が散乱する上を平地の上でそうするかのように走り抜け、サラは洞窟の広間に飛び出す

 特徴的な排気の臭いと、エンジンの唸り声がサラの視線を持ち上げさせた
 鋭角が多数の割合を占める攻撃的フォルム。防弾シールド、小型ミサイル
 黒い鉄の悪魔

 ぎょ、とした。ドミンゲスは、大型の武装バイクに乗りこんで、サラを待ち構えていたのである

 「ひぇっひぇっひぇ……、どうしたゴミソルジャー。手前だけか?」
 「ケ、小賢しいぜ冷血党。こんなチキン野郎が遊撃隊長とは、よっぽど使えねぇ屑しかいねぇんだろうな」
 「コレはアイツ用だ」

 ドミンゲスの駆る武装バイクが雄々しく吠えた。唸りを上げるエンジンは正に、今にも飛び掛からんとする獣の雄叫びだった

 「手前みてぇな雑魚はどうでも良いんだよォォー!」

 ドミンゲスの咆哮と共に、武装バイクが走り出す。車輪は固い地面を抉った末に、漸く摩擦を得て車体を前に進ませた

 しかし、加速は早い。サラはウージーを出鱈目に撃ち掛けながら右に走る
 サラを轢き殺そうというのだ。当然ドミンゲスはハンドルを左に切り、後を追う

 「くそったれェェー!」

 サラは溜らず身を投げた。ギリギリの所を武装バイクは駆け抜けていく。少し遅れていたら、轢死させられていた

 「ドミンゲス号だァ! 手前相手に引っ張り出すにゃ、惜しいバイクだ!」

 ドミンゲスは思い切りブレーキを掛け、身体を倒した
 グリップを失い、車体が180度回転する。スリップターンだ。再びサラを正面に捉えたドミンゲスは、アクセルを全開にしながらドミンゲスガンを持ち上げる

 サラはウージーを腰だめに構える。精度の悪いサブマシンガンで点射は不可能だ
 だが、この上は何とかしてドミンゲスを打ち抜くしかない。サラは大きく息を吸い込む

 「中れぇぇ!
 「洒落臭ぇ!」

 身を低くしたドミンゲスには、矢張り中らない。ウージーの弾丸はドミンゲス号のシールドに防がれて、虚しく弾かれる

 サラの頬を弾丸が掠めた。ぱ、と血が噴き出す。右手、左足、同様に出血が始まる。幸いにも直撃弾は無い。矢張り、ドミンゲスの方も正確に狙いがつけられる訳ではない

 だが圧倒的不利は明らかだった。車両に乗り込んだ敵に対して、徒歩で勝てる道理が無い
 サラは、手榴弾に手を伸ばす。まだ諦めては居ない。ソルジャーは、地上最強なのだ

 「サラ!」

 横合いからイービーが走りこんできた。サラに体当たりして、共々倒れこむ
 サラが立っていた場所を、ドミンゲス号が走り抜けていく。ドミンゲスの大きな悪態が聞こえた

 「イービー!」
 「先走るなよシニョリーナ。お前が仕事熱心な御蔭で、こんな事になっちまった」
 「イービー、クソ……! 解ってるよ! ……いや、済まねぇ、俺のミスだ」

 イービーに遅れて、あてなも飛び込んでくる。スパナを振り回しながらドミンゲスを挑発するが、顔は蒼褪めていた

 「へ、ヘイヘイヘイ! こっちだよこのチン○ス野郎! お前みたいなチキンの相手をしなきゃいけないなんて、バイオドッグのケツの穴にキスするよりもつらい事だけど、まぁ仕方ないね!」

 あてなの背後にミサイルが着弾して、小柄な体を吹き飛ばす
 ドミンゲスは、あてなに関しては一言も感想を漏らさず、イービーの方へと車体を向けた
 ドミンゲスにしてみれば、蚊を一匹追い払ったような物だ

 「これじゃ勝てん。アイリーンを持ってこないとな」
 「……厳しいぜ、あの阿呆、やりやがる。逃げ切れるか?」
 「無理だろうなぁ」

 からからと、イービーは笑った。呑気な笑い方で、サラが思わず毒気を抜かれるほどだった

 ドミンゲスも笑っている。ぶぉ、ぶぉ、と武装バイクを唸らせながら、嬉しそうに笑っている

 「さぁ……、二ラウンドと行こうじゃねぇか、イービー。手前を木端微塵にするまで、俺は止まらねぇからなァ」
 「ダンスの続きがしたいってんだな?」
 「本気を見せろォォォ、イィィィービィィィー!!!」

 武装バイクが走り出す。イービーに向けて、強烈な異音と共にドリルを回転させながら、一直線に向かってくる

 「サラ、避けろ!」
 「あぁ畜生め!」

 イービーとサラは、左右二手に分かれてローリングした
 地べた這いずるのは何度目だろうか。埃だらけになりながら、それでも必死にドミンゲスから逃げる

 「ふ、矢張り、無理なんだろうなぁ」

 ローリングから膝立ちの体制で身を持ち直したイービーは、握りしめた拳を見ながら言った
 がぱ、と手を開く。深紅の瞳を己の手で覆い隠して、虚しく笑った

 「神様にお祈りでもしてんのかァ?! イービー!」

 ドミンゲスが吠える。イービーは立ち上がり、洞窟の天井を見上げた

 「俺に神様は要らない」


――


 力だ

 力とは、全てだ

 腕力のように解りやすい物から、知力のように目に見えない物まで
 人の有する性能の全てには、力と言う一文字を着けて障りない

 腕力、知力、等々。財力、権力、等々

 結局は力が全てだ。力が人を生かして、力が世界を回している。そしてそれを持たない者は、大抵幸の薄い人生を送る

 ドミンゲスは知っていた。無力の意味。その許されない罪深さ
 冷血党の人間は、暴力が生活の中心となる。そしてその終わりも大抵暴力だ。老衰で死ぬ者など、恐らく一人として居ない

 暴力を用いて奪う。そして、奪われる。今の世界はそれだ。そしてその最中にあって力が無いとはどういう事なのか、冷血党に属する者ならず、例えばサラのようなソルジャーだってよく理解している
暴力と共に生きる度合いが深い者ほど

 だから冷血党の者達は皆、憧れるのだ


 鉄すら切り裂く爪と牙。銃弾すら通らない鋼の肉体。屈強なソルジャー達が束になっても及ばない人知を超越した膂力

 小難しい事は一切ない。罠もない。駆け引きもない。真正面から攻め、叩き潰す
 誰も“それ”を縛れない。全てを撥ね退ける圧倒的な暴力

 ブレードトゥース。最強最悪の名。燃え盛る深紅の獅子

 イービーがコートを脱ぎ捨てた時、ドミンゲスの体に恋慕にも似た感情が駆け巡った

 ブレードトゥース

 ブレードトゥース

 そうだ、ブレードトゥース


――


 「イー、ビー……?」

 尻餅をついたサラを庇うように、イービーは仁王立ちする
 馬鹿みたいに重たいコートを脱ぎ、放り捨てる。イービーの目が暗く燃えていた。逆立った赤い頭髪が、ざわざわと揺らめく

 ドミンゲス号が走り始めた。何度目かの突撃だ
 ドミンゲスとその愛車が共に咆哮し、ドリルを回転させながら猛進する。イービーは両腕を広げた。恋人を向けいれるかのような仕草だった

 「イービー、何してんだ!」

 サラは慌てて立ち上がり、イービーを抱えて飛ぼうとした

 しかし、動かない。サラは愕然とする。アーマーに守られていない、衣服の布地を通して伝わってくる感触が、異質過ぎた

 人の形をした鋼が激しく脈打っている。この感触は、人ではない

 人を超えた何かだ

 「ぐ……ごるる」

 低い唸り声が聞こえた。ドミンゲス号は当然勢いを弱める事無く突っ込んでくる
 サラは、もう逃げるに逃げられなかった。ドリルの切先は、既にサラとイービーの目の前だ

 イービーが、広げた両腕を、抱き締める様に閉じた

 「な」

 ドミンゲスの武装バイクフロント部。イービーの両手が掛かる
 吹き飛ばされはしなかった。サラも、漸く脳震盪から復帰したあてなも、当然ドミンゲスも、唖然とした

 イービーは地面を抉って、僅かに後退しただけだ

 武装バイクの突撃を、真正面から受け止めたのである。幾ら馬鹿力と言っても、これはない

 「……それだ、……あぁ、それだぁぁぁ、イィィビィィ! それだぁぁぁぁ!」

 狂ったようにアクセルを入れながらドミンゲスは叫ぶ。待ち望んでいたものを手に入れた子供のように叫ぶ

 イービーの肉体が盛り上がる。筋肉は膨張し、体毛が濃くなり、燃えるような頭髪は無秩序に伸び、鋭い爪と牙が出現した

 突如として増大した質量に、イービーの纏っていた衣服とアーマーは千切れとび、極めて暴力的な、しかし艶やかな物を潜ませた肉体が露わになる

 二足で立つ赤いライオン。クラン・コールドブラッド序列三位、最強最悪の賞金首

 ドミンゲス号を抑え込むその圧倒的な存在は、正にブレードトゥースであった

 「マジかよ、こんな、事が」

 茫然と呟くサラの目の前でブレードトゥースは吠える。低くて太い、腹の底まで痺れるような吠え声

 ブレードトゥースが右の爪を一閃した。ドミンゲス号のフロントシールドを、まるでぼろ布でも裂くかのように破壊する
 ドミンゲス号がその暴力に晒され、右に二回転しながら後退させられた。たったの一撃で、ドミンゲス号はその内部機構を剥き出しにしてしまう程の損傷を追っていた

 「あぁ、あぁぁ~~」

 ドミンゲスは、逃げなかった。再びアクセルを入れる。無事だったドリルを回転させながら、再びブレードトゥースに突撃する

 ブレードトゥースは黙って見ていなかった。身を屈めたかと思うと、目に見えぬ程の、少なくともサラの目では追い切れない程の速度で跳躍していた

 ドミンゲス号に取り付き、ドリルの根本に食らいつく。咆哮と共に、頭を振り回した
 ドリルが根本から削げ落ちる。車体を蹴って離れるブレードトゥース。ドミンゲスは愛車のコントロールを失って、側面を激しく洞窟の壁に擦り付ける

 「それだ、その爪、その牙、そのパワー……」

 熱に浮かされたように叫ぶドミンゲスは、すぐさまコントロールを取り戻し、巧みにブレードトゥースを正面に捉える

 額から流れる血が、右目を潰している。身体に負った大小様々な傷は、しかしまるで気にならないようだ

 ブレードトゥースに魅せられていた。その圧倒的パワー。誰も奴を止められない。誰も奴を縛れない。奴は率いず、治めず、顧みない


 だが、力で持って君臨する。目に見える暴力の頂点に居る


 オルガ・モードのようにこそこそと裏で動き回るのではない。オーロックのように徒党を組んでふんぞり返るのでもない
 確かにそれらは数ある力の一つだ。しかし、もっとも原始的で解りやすい力は暴力だ。それこそが今の世を、地べた這いずりまわって生きる者達が頼む物なのだ。

そしてブレードトゥースはそれのみで上り詰める。ただの一人で

 ドミンゲスの、いや、ドミンゲスだけではない。全ての冷血党員の、憧れだった


 「あぁ……、なんて、なんて……」

 再び、ドミンゲスは突撃する。戦力差ははっきりしている。余りにも無謀な突撃だ

 ブレードトゥースは、矢張り咆哮と共に迎え撃った。爪が閃き、牙が震える。逞しい鋼鉄の筋肉が盛り上がる

 その姿

 「なんて綺麗なんだ、なんて美しいんだ、手前は……。あぁ、あぁぁ」

 振り上げられる爪。見上げるドミンゲス
 吠え猛るブレードトゥース。目に見える死

 振り下ろされる。左の肩口から胸、脇腹までを駆け抜けていく、圧倒的な死

 暴力。死。何時か訪れる物

 「ブレード…………トゥース…………」

 ドミンゲス号のシートから、その主は浮き上がった
 操縦手を失ったドミンゲス号は真直ぐ壁に激突し、動かなくなる
 血を噴きだすドミンゲスは、強く地面に叩きつけられて、ゴロゴロと転がった

 息を吸っても肺に行かない。最早、死ぬ

 好きな様に生きた。好きな様に殺して、奪った。最高の人生だ。ドミンゲスは一人の屑として自分になんら恥入るところが無い
 誰から何を言われたって、鼻で笑ってやる

 「ブレードトゥース。…………手前だって、もう、後戻り、出来ねぇ、んだぜ…………」


――


 「イービー、ざ、ざけんな。違う! ブレードトゥースなんかじゃねぇ!」

 サラは銃口を持ち上げた。挑戦的な言葉だったが、懇願するような悲鳴であった

 あてながミサイルの破片で抉られた腕を抑え、カチカチと歯を鳴らす

 ブレードトゥースが、ゆっくりとサラに歩み寄ってくる
 目がぐるぐると回っていた。平静でない。コイツには、敵も味方もない

 爪がゆらゆら揺れた。サラは銃を投げ捨てて、中指をおったてる

 「上等じゃねぇか、やれよ!」
 「さ、サラさん!」
 「やれよコラァ! やれるもんならやって見ろ! 手前はイービーじゃねぇのか?! ブレードトゥースだってんなら、俺をぶっ殺して見やがれ!!」

 ブレードトゥースが爪を振り上げる。サラは目を閉じない

 「手前は、イービーだろうが、このクソッタレぇぇぇーー!!!」

 ブレードトゥースが吠えた。頭を振り乱し、身体を掻きむしって膝をつく

 びくびくと四肢を痙攣させたかと思うと、倒れこむ。肉体が、急激な収縮を始めた

 性質の悪い手品を見せられているようだった。体毛は消え去り、爪と牙はあっという間に縮んでしまう。後には、一糸まとわぬイービーが倒れているだけだ

 サラは大きく息を吸い込んで、唾を呑み込む。目の前で何が起きているのか、全く把握できない。と言うかしたくない

 「……眠り姫、ってか? お前がプリンス役ってのは、ゾッとしないな、サラ」

 しかし、何とかなったのは解った。サラは背中からばったり倒れこむ

 あてなが涙と鼻水を噴出させながらイービーに走り寄った。恐れ知らずのこの娘は、喉元過ぎれば熱さ忘れるというのを体現している

 「っよ、よがっだよぉぉ~! よがっだよぉぉ、ぶえぇぇぇ!」
 「もう少し、色っぽく泣いてくれよ、シニョリーナ……」


――

 後書

 勢いに任せた方がいい時もあるよね!



[21072] VSサルモネラス
Name: 白色粉末◆f2c1f8ca ID:757fb662
Date: 2011/05/07 08:23
 ヌッカの酒場で、その酒場の名前の由来である店主と、イービーが話し込んでいる間、酒場で呑んでいた全ての賞金稼ぎ達は、何気ない風を装いながらもそれとなく聞き耳を立てていた

 悠然としているのはサラだけである。腕組みして行儀悪くテーブルに足を乗せ、ハンドガンを弄り回しながら酒を呷る

 「あら、そうねぇ……」
 「まぁ、奴は……」

 イービーは、格別の男である。共通の認識だった
 ぽっと出の新人の癖に、べらぼうに強くてしかも頭が回る。その上冷静で、誰が言ったか知らないが運も強いらしい

 ヌッカの酒場は仕事仲間を求めるハンター達の酒場だ。なんのかんので細かい規定等は無いが、それでも序列は生まれる
 ハンターの格の問題だ。より能力のある者が仕事仲間を選り好み出来る

 イービーに呼ばれるのを、みーんな期待しているのだ。ここ暫くのイービーのハント振りで、彼についていけば間違いなく儲かるのが解っていた

 ヌッカがにこにこしながら声を張る

 「サラちゃぁーん! お呼びよぉー!」

 店内のそこかしこから溜息が上がった

 「あぁまたかよ!」
 「ちったぁ俺達にも儲けさせてくれよなぁ」
 「ひょっとしてお前ら出来てんじゃねぇのか?」

 馬鹿こけ、と言う怒声と共にロックアイスが吹っ飛んで、野次を飛ばした男の頬を掠めた

 ロックアイスを放り投げたサラは、ふふん、と鼻で笑ってハンドガンをホルスターに納める
 自慢げな笑みだ。イービーが荒野を騒がせる時、大抵はサラを伴う。サラがイービーのお気に入り……と言う言い方で正しいのかは解らないが、イービーの背を守るのも、アイリーンの随伴歩兵を務めるのも、何時もサラだと言う事は、周知の事実であった

 「やっぱりな、イービー。お前の相方を務められる奴なんて、俺以外に居る訳ねーからな」

 親指と人差し指を立て、拳銃に形に見立てた手をイービーに突き出す
 イービーは苦笑する。イービーがサラを巻き込むのは、大抵酷い場所だ。イカレタンク然り、ドミンゲス然り、他にも海岸部で鉄屑を探索しながらテロ貝を初めとするミュータント達を延々倒し続ける苦行を行ったり、冷血党の籠る拠点に殴り込みを掛けたりもした

 だが、このソルジャーは怯えを見せない。どんな苦境でも、吐き出す言葉は「掛かってこい」だ。だからイービーは、サラの事を信頼している

 「今回の相手も凄いぜ、ソルジャー」
 「そりゃ楽しみだぜ、ハンター。で、俺達にぶっ殺される哀れな獲物はどいつだ?」

 イービーはカウンターに凭れ掛かりながら、ヌッカの差し出したグラスを呷った

 「サラ、バイク乗れるか?」
 「あん? そりゃ乗れるが……」
 「なら問題ない。俺の女を一台貸そう。今度の相手は……サルモネラスだ」

 ヌッカの酒場にざわめきが広がった


――


 サルモネラス。ヌッカの酒場からそう遠くない荒野に出没する超巨大ダンプカーで、多くのトレーダーがその餌食になっている。強力な火器を有していて、戦車を持ったハンターですら相当の数が倒されている

 賞金額は、ここいら一帯では頭一つ抜けている。イービーの次の狙いは、この凶悪な狂った兵器だ

 「だからバイクか。だが、バイクなんぞ何処で手に入れたんだ?」
 「幸運の女神が愛人でね」
 「ケ、言ってろ」

 腕組みしたサラは胡乱気にイービーを見る

 毎度毎度の事ながら、コイツの狙いはデカい
 ドミンゲスなんて正にそうだ。まともに人数を集めて倒そうとしたら、ヌッカの酒場に集うハンターは半分以下になって、ヌッカは経営難に悩んだ事だろう
 普通のハンターが束になっても敵わないような相手に、平然と挑みかかっていく。だが、倒すと言った相手は必ず倒す
 事実、ドミンゲスだって倒した。たったの三人で、しかも誰も死なずに
 これがどれ程世のハンター達を驚かせたか

 「(涼しい面ァしやがって)」

 見詰めるイービーの瞳は、平然としている。何を気負っている訳でもない
 それでこそイービー。サラは、断る事など考えなかった。この男ならば、勝つ

 武者震いをした時だ。酒場のドアが開いて、一人のハンターが頭に絡みついたゴーグルを引きはがしながら現れる
 クリントだ。サラは露骨に顔を顰めた

 ドミンゲスを仕留めて以来、サラはクリントに隔意を抱いていた。以前から仲が良い等とは言えない関係だったが、今のサラはこの名うてのハンターに失望に近い感情すら抱いていた

 「どうやら面白い話をしているようだな」

 耳も良かったっけな、コイツ。鼻を鳴らして背を向けるサラとは対照的に、イービーはクリントに向き直る

 「会うのは二度目だったか。俺の事を覚えているか?」
 「あぁ。……それに、良く名前を聞く」
 「……さてね。ま、他の連中と比べて、多少働き者の心算はある」

 イービーはクリントの事をある程度知っていた。ヌッカの酒場に出入りしていれば、クリントの名は嫌でも耳にする

 伝え聞く戦績や武勇伝は、誇張が無いとすればそれは大層な物だった。曰く、凄腕、神業。クリント以上のドライバーは居ないとまで言われている

 「なぁ、お前、俺を連れて行かないか」

 ヌッカの酒場が、再びざわめく

 クリントは、組まない。複数のハンターが集まる大仕事に顔を出す事もあるが、基本的に一人で活動する

 イービーもその話を聞いていた。当然の疑問をイービーは投げ掛ける

 「……何故ついて来ようと?」
 「サルモネラスは、流石に俺だけじゃ面倒そうだからな。お前となら不安が無い」
 「“クリントは組まない”んじゃ?」
 「別にそういう訳じゃない。組んでも良いと思う奴が居なかっただけだ」
 「光栄だね。取り分の希望はあるのか、ハンタークリント」
 「俺の働きぶりを見てお前が決めれば良い。ドミンゲスを倒した男」

 イービーは面白そうに笑った。この男はサラとは全然似ていない癖に、サラと似たような事を言うのだ
 クリントは鷹揚に語る

 「前にも言ったか。お前、他の奴等とは違う」
 「……」
 「お前、計算したことあるか? ハントの計算さ。例えば一発屋を、どの程度の弾薬を使って、一日にどの程度倒せば、どの程度の利益が出る、とか。修理費を、どの程度までの損害ならば、許容できる、とか」
 「…………いや、無い」

 平然とイービーは応える。クリントはニヤニヤ笑った
 イービーはそんな計算はしなかった。弾薬費に悩む程敵を強いと思わなかったし、修理費に悩む程損害を受ける事も無かった

 採算なんて、考える必要も無かった。現れたモンスターを片端から倒していくと、最後には必ず大きな利益が出ているのが普通だったからだ

 「そうさ、イービー。そんな計算は、俺とお前以外の連中だけでしてれば良い。だから俺はお前と組みたいのさ」


――


 夜の酒場で、ヌッカから話を聞いたあてなは絶叫する
 あてなは仲間外れにされて泣いていた

 「何でさー! 何であたし除け者なのさー! あたしだって役に立つよ! ハンターが何だっての! 今はメカニックの時代だよ!」

 たまたま傍で呑んでいた筋骨隆々のレスラー、ハンセンが、ぼそりと囁く

 「クリントの前で同じ事が言えるか?」
 「ひ、ひ、酷いよー!」

 白い髪を振り乱して、あてなはやっぱり泣いた


――


 「アダリーナだ。気が強くて、素早くて、タフだ。サラ、お前にぴったりの美女だよ」

 塗装も真新しいモトクロスレーシング用バイクの前に立ったサラは、ゴクリと唾を飲む

 黄色いペイントが太陽の光を跳ね返している。乾いた熱い砂の上で、固定機銃であるバルカンとスマートポッドを黒光りさせる「アダリーナ」は、早く乗れとサラに促していた


 ハンターの中で

 戦車を持つ者が、どれだけいる?
 そこから更に、他の車両まで保持出来る剛運の持ち主が、どれだけいる?

 解らん男だぜ。サラは頭を振りつつ、アダリーナに跨る
 既にエンジンは温まっている。太腿の間に感じる、震える美しい車体。アクセルを絞った瞬間、アダリーナは砂を巻き上げ、疾走を始めた

 風とエンジンの音のみが聞こえる。アダリーナの歌声
 良いシャシー。サラの体重移動一つで容易に向きを変える
 しかも、不安が無い。遠慮なく全開に出来るボディ剛性、安定性、グリップ

 サラは急ブレーキをかけて、後輪を滑らせる。百八十度のターン。足を地につけ、髪を掻き揚げた
 遠くに腕組みするイービーと、自慢の、グリーンペイントの軽戦車「モスキート」に背を預けるクリントが見える。僅かな間に、ここまでを駆け抜けたのか

 イービーが手を上げた。サムズアップしている。サラは気分よく笑った


――


 夜の荒野は、昼とは比べ物にならない程冷える

 ホットコーヒーを啜りながら、三人は地図を囲んで額を寄せ合った

 「サルモネラスの移動に規則性は無いが……不思議と奴は、ここいら一帯から離れない。弱点を知る手掛かりになるかと、多くのハンターがそれが何故かを探ったが、結局今まで判明しないままだ」

 クリントは地図を指差しながら言った。イービーが顎に手をやる

 「明日には奴の縄張りに入るな。直ぐに接敵することになるか?」
 「どうかな、イービー。まぁ馬鹿でかいダンプカーだ。見つけるのは簡単だろうし、不意打ちを受ける心配も無いだろうが」
 「荒野か。遮蔽物は無い」
 「引きずり込めるような廃墟もな」

 サラが割り込んだ。平然と、凄まじい事を口にした

 「全部避けりゃ良い」

 サルモネラスを前にして、イービーも、クリントも、その火力を特に危険視していた
 遮蔽物に出来るような物は無い。身を隠せる場所もだ。そうなると、聞き及ぶサルモネラスの火力を全て真正面からどうにかしなければいけなくなる

 サラの言う事は、正しい。イービーは頷いた。機動戦だ。純粋に、車両の性能とそれを操る技量が問われる

 「俺とモスキートは、そういうのが本領だ」

 クリントは小さく笑っている。そっちはどうだ、イービー

 「アイリーンは常に俺を満足させてくれる」

 イービーは自信満々に言って、懐から古びたコインを取り出した

 コイントス。サラが横から手を出して、空中のそれを奪い取る

 「賞金の使い道でも考えようかね」

 コインの表側で、波打つ髪の美女が遠くを見つめている


――


 昼頃、荒野に響いた轟音に、サラは顔を上げた

 青い空を見上げて、音の出所を計る。そう遠くない。黙視できない距離からの音では、決してなかった

 「右前方の丘の向こうだな」

 集音機が拾ったサラの声に、まずイービーが先頭を切る。アイリーンがキャタピラの回転率を上げ、荒野に足跡を刻みながら丘の方向へと走り始める

 無い筈の状況ではあるが、静止状態で鉢合わせするのは御免だった。ミサイルの雨に一瞬で叩き潰されるだろう

 可能性があるなら、出くわす前から戦闘速度だ。アイリーンの黒い車体の右後方に、モスキートが軽快なエンジン音を上げながら追従する

 スピーカーがヴン、と鳴った

 『サラ、言うまでも無い事だろうが、アダリーナが一番小回りが利く。頼んだぜ』
 「サラおねーさまに、任せときな!」

 大声で叫びながら、サラとアダリーナは丘の上から跳んだ

 一瞬、空を感じる。遠くまで荒野が見渡せた

 岩と砂、廃墟の蜃気楼。そして、徹底的に破壊され火を噴く何かの車両と、狙いのウォンテッドモンスター、巨大ダンプカーサルモネラス

 サラに僅かに遅れて宙を舞ったアイリーンの中で、イービーが鼻を鳴らした

 『冷血党か。サルモネラスに出くわすとは、運が無かったな』
 「仕掛けるぜ野郎ども!」
 『おい、このクリントをお前が仕切ろうってのか?』

 サルモネラスは轟音を上げながら向きを変える。巨体の分、動きは早いとはとても言えない物だった

 指示を飛ばすのは、矢張りイービーだった

 『真正面から斉射! 一撃したらバラけるぞ!』

 Cユニットが徹甲弾の装填を行う。如何なタイミングでも、如何な方向にでも車体を制御出来るよう慎重にアイリーンを操りながら、イービーは狙いをつけた

 サルモネラスが向きを変え終える前に、アイリーンとモスキートは火を噴いた。徹甲弾がサルモネラスの横腹に遠慮なく突き刺さる

 サラはアダリーナの速度を上げた。アイリーンの脇をすり抜けて、最高速度でサルモネラスに突っ込んでいく

 スマートポッドが持ち上がって、小型ミサイルを吐き出した

 「ヒィィィィヤッホォォォォォォーーッッ!!」

 雄叫びを上げながらサラはバルカンと、左手のウージーを唸らせる
 スモールポッドの一撃を加えた後、二種類の弾丸を撃ち掛けながらサルモネラスの横を駆け抜ける

 その質量差は、羽虫が象に向かっていくような物だった。クリントが感心したように言う

 『相変わらずの糞度胸だ。戦う為に生まれてきたような女だな』

 サルモネラスの回頭が終わった。荷台部分の赤褐色の物体上に、何かが競り上がる

 イービーは舌打ちしながら、もう一度徹甲弾による砲撃を行った。イービーに続くように、クリント
 鼻面に二発打ち込む形になる。徹甲弾は確かにサルモネラスの装甲を貫き、シャシーに減り込むが、大したダメージになっているようには見えない

 『イービー、来るぞ!』

 イービーとクリントは左右に別れ、サラに習うようにサルモネラスの横を走り抜けていく
 サルモネラスの荷台から、無数のミサイルが発射された。幾つもの煙の軌跡。数えきれない弾頭は一定の高度まで上昇すると、途端に進行方向を変えてイービー達を追い掛けてくる

 幾人ものハンター達が、やられる訳だ。ただの一斉射が、優に三十発はある

 「やられんなよお前らァー!」

 サラの叫び声が聞こえた。イービーとクリントは笑っていた。同じタイミングだった

 モニターを睨みつけながら、ギリギリまでミサイルを引き付ける

 ケツを掘られそうになった瞬間の、ドリフトターン。地面を削るキャタピラ、唸りを上げるエンジン
 持ち上がる砲塔。アイリーンの背で、地面に吸い込まれていったミサイル群が激しい炎を噴き上げる

 何発耐えられる? クソッタレダンプカー。アイリーンの砲塔が三度唸る

 サルモネラスの横腹、初撃と同じ位置に、またもや徹甲弾が突き刺さった
 それに呼応するようにクリントも攻撃する。このハンターは戦車の操縦も抜群に上手いが、敵の隙を突くのも上手い。イービーとは反対側に上手く回り込んで、反撃を受けずに一方的に四発も撃ち掛けていた

 サルモネラスはまたもや方向転換を行う。足元を、機銃弾と手榴弾をばら撒きながら駆け抜けていくサラに、完全に翻弄されている

 機動戦は大当たりだ。イービーはアイリーンの操縦席で、計器を優しく撫で摩った

 色男の愛撫に興奮するように、アイリーンは咆哮する

 『嵌ってるな、コイツ。完勝かな、コイツには』

 クリントが、サルモネラスのミサイルの二斉射目をいとも簡単に回避しながら言った時、サルモネラスのエンジン音が変わった

 ぎゅるる、と言う回転音が、酷く重たく、深い音になる。サルモネラスの車体がうねる

 スピードが上がった。目に見えてだ。砂と泥を巻き上げながら、サルモネラスは突進した

 『そうそう上手くは、行かないかッ!』

 モスキートに、サルモネラスの会心の体当たりが決まった。ミサイルの群れを、車体を制御できるギリギリまで振り回して回避した直後だ。予見していないサルモネラスの速度から、逃れ得ない

 激しい衝撃に歯を食い縛りながら、クリントはモスキートのダメージを確認した。強烈な一撃だった
 Cユニットは、シャシーに損傷が発生したことを示している。クリントの目が鋭くなる。モスキートを操縦する手付きが、より早く、無駄の無い物に変わっていく

 「クリント! ……舐めやがって!」

 サラはサルモネラスの前に出た。幾ら早くなったとは言っても、アダリーナの機動力に勝る程ではない。その気になれば容易に背後に回れるが、サラは敢えてサルモネラスの前面で車体を左右に振りながら走行する

 ははは、と笑っていた。酷い顔で笑い声を上げながらサラはアダリーナと踊る。熱砂と熱風をうねらせながら、死線の上で踊るのだ

 サルモネラスはサラの狙いどおりにその尻を追い掛ける。出鱈目にウージーを撃ち掛けながら、サラは囮を続ける

 右への急旋回。追走するサルモネラスの追い足が鈍る。アクセルオフから急ブレーキ。思い切り体を倒して、後輪を滑らせる

 百八十度のターン。持ち上がるモトクロスバルカンとスモールポッド、そしてサラの両手に光るショットガンとウージー

 全て、火を噴く


 食らえ、食らえ、食らえ、サラは呻きながら撃ち続けた
 果たしてサルモネラスは、アダリーナの旋回性能についていけていなかった。サラへ突進する事かなわず、サルモネラスはその横をすり抜け、急停止する

 再び晒される横腹。そしてイービーもクリントも、そういった隙を態々見逃す程優しい人種ではない

 砲弾、機銃弾、ミサイル、手榴弾。全ての火力がサルモネラスに注がれる
 巨体を制動しきれず、満足な旋回も行えないまま、サルモネラスはそれを受けた。火の雨の中で向きを変える姿にサラは嗜虐的な笑みを浮かべた

 荷台部分の物体に、またもやミサイルが競り上がる。しかしあらゆる弾丸が降り注ぐ中だ。ミサイルは顔を出した端から弾丸に貫かれ、誘爆し、サルモネラス自身に大きなダメージを与えていた

 そして、サルモネラスは煙を噴き上げた。サラは雄叫びを上げた

 「ザマァァァ、見ろってんだァ、この鉄屑め!!」

 サラが放り投げた、手持ち最後の手榴弾が、サルモネラスのフロント部にぶつかって爆発する


――


 『おい、変だぞ』
 「変? 変じゃないモンスターが居るか? なぁイービー」
 『変……どころじゃないな。こりゃ大変だ。そんな感じだ。ヤバいぞ、今までに無いぐらい』

 ゆらゆらと白い煙を吹くサルモネラスのフロント部が

 割れた

 ぱっくりと割れたのだ。壊れた訳ではない。規則正しい計算された割れ方だった
 フロント部だけでなく、全身が駆動し、持ち上がり、組み上がり、パーツを入れ替えて、どんどん形状を変えていく

 皆、唖然とした。何かの冗談かと本気で思った

 変形しているのだ、このダンプカーは

 「な」

 角ばった形状ながら、獣の立ち姿を連想させる威容。巨体である事は変わらず、しかしキャタピラを備えた二足で立ち、背か頭部か判別し難い上半身には、こちらの戦車に装備している物とは比べ物にならない口径の砲塔が存在感を放っている

 アナグマのような面構えだった。口と思しき箇所からよだれのようにオイルを撒き散らしながら、サルモネラスは前傾姿勢になる

 ミサイルが吹き上がり、砲塔が火を噴いた。サラはアクセルを全開にしていた

 「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!」

 地面に大穴が穿たれた。巻き上げられた砂をサラは全身に浴びる

 畜生、と吐き出す。想定外の事態にも臆せずウージーを向けるが、弾は出なかった

 ジャムった! 今の砂か! 普段、殆ど起こらないアンラッキーに、サラは歯噛みする

 『変形しようが、合体しようが、今まで打ち込んだ砲弾が消える訳じゃあるまい』

 逸りながらも飽く迄冷静。矛盾しているが、そう表現する他ないクリントの、自信ありげな声が響く

 アイリーンとモスキートが示し合わせたように左右に別れた。ミサイル群がサルモネラスのマルチロックに制御されて、二群に別れてそれを追う
 出鱈目に車体を振り回し、進路を変え、それらを避ける。完全には不可能だった。数発のミサイルがアイリーンとモスキートにそれぞれ着弾し、装甲タイルを引きはがす

 『よくも俺のアイリーンを』

 蛇がのたうつようにみかわし走行するサラを、キャノン砲が追った。次々と穿たれる大穴は、しかしあと少しの所でサラを捉えられない

 サラを狙い撃つのに熱中するサルモネラスの顔面に、少々鶏冠に来たイービーが徹甲弾を直撃させた

 続いてもう一発。しつこくもう一発。三発の直撃弾に、サルモネラスは仰け反る

 変形して攻撃は激しく、狙いはより正確になったが、安定性能は大幅に下がっている
 イービーは砲塔を回転させた。サルモネラスの周囲を円を描くように疾走しながら絶え間なく砲弾を浴びせる

 そしてそれは、モスキートも同じだった。アイリーンより速度があり、小回りも効くモスキートのヒット&アウェイは、正に見事と言う他ない

 変形したから何だ? 攻撃可能面積が増えて、良い的になっただけだ

 イービーは憎まれ口を叩く。激しく降り注ぐ砲弾とミサイルは、決して馬鹿に出来る者ではなかった。イービーとクリント、そしてアダリーナにのったサラでなければ、とっくに死んでいる筈だ

 これがサルモネラス。これが一万五千の賞金首

 イービーは大きく息を吸い込んで、冷たい声音で言う

 『壊してやる』

 周囲を旋回し続ける三人に業を煮やしたか、サルモネラスは右腕を振り上げた

 地面に叩き込まれる鉄腕。寸での所で回避しているサラ

 もう何度目か解らない、サルモネラスから発射されるミサイル。イービーは叫んだ

 『効いてる! 死に掛けだ!』

 ミサイルの爆風の中を強引に抜けて、サルモネラスの正面へ

 またもやミサイルの雨。そして向けられる砲塔
 背筋がゾクゾクする。サラが何か叫んでいる

 やっちまえ、か? サラ、真似させてもらおう

 急激なブレーキと、ターン。この回避の仕方ももう何度目か

 ターゲットの急激な失速に反応出来ず、ミサイルは地面に突き刺さる。至近距離での爆風に焼かれながら、アイリーンは砲塔をサルモネラスに向けた

 狙いは今、イービーとアイリーンにのみ定まっている

 勝負だ、サルモネラス。イービーは主砲、副砲、SE、全ての武装を起動した

 『合わせろ、ハンター、ソルジャー!』

 足を止めての撃ち合い。クリントが、サラが、無防備になったサルモネラスの側面を容赦なく滅多打ちにする

 砲弾がアイリーンの前面装甲に突き刺さった。機銃が吹き飛ぶ。ホーミングミサイルが降り注ぎ、シャシーを歪ませる


 呼吸すら出来ない高密度の極限状態の後
 倒れたのは、サルモネラスだった。右腕部と腰部の関節を、武装を、走破装置を、ありとあらゆる物を破壊され
 サルモネラスは、ばらばらと崩れ落ちた

 『アッディーオ、荒野のシニョーレ』

 さようなら、永遠に。数多のトレーダーとハンターを殺し、近隣を震え上がらせた、荒野の領主よ


――


 サラの髪は焦げていた。いや、髪なんかどうでも良い部類に入る。サラの体は爆風に焼かれ、砲弾で撒き散らされた砂礫に切り裂かれ、ミサイルの金属片はアーマーを食い破って背に突き刺さっており、ズタボロも良い所だった

 だが、ソルジャーだ。こんな物は慣れっこだ。フン、と鼻を鳴らして、サラはキャンティーンに入った酒を口に含む


 荒野の夕暮。イービーとクリントはそれぞれの愛車に応急処置を施していた。サラは眉を顰めながら背の金属片を何とか取り出し、酒の後に回復ドリンクを一気飲みする

 クリントの背が、近い

 「何でだ」
 「何がだ」
 「ケ」

 コイツ本当は、冷血党なんて怖くないに違いない。サラは思う


 こいつ等は、凄い。イービーも、クリントも、他とは比べ物にならないハンターだ

 サルモネラスを倒すのに、本来ならどれだけの人数が要る? どれだけの武装が要る?

 矢張りこいつ等の随伴歩兵を務めるなら、このサラ様くらいのソルジャーでなきゃ無理だな

 誰に言う訳でもないのに、サラは冗談めかして思考を纏めた

 「イービー、大したハンターだぜ、お前は」

 イービーは笑って、クリントに流し目を送る

 サラは照れながら、付け加えた

 「あーそうだな。……ま、クリントも、そこそこにゃ、やるんじゃねぇか。俺達程じゃないけどな」

 クリントは肩を竦めて見せた


――


 おまけ。イービーの女性遍歴 その1 滝つぼの守り人


 湿った洞穴の壁をコンコンと叩く音がする。入口の方に眼をやれば、握りしめたコートを肩に引っかけた男が、壁に背を預けている
 油で汚れた金髪を弄りながら、ベルモンドは上機嫌になった。こういう気障ったらしい挨拶をくれるのは、ベルモンドの知る内では一人しかいない

 「イービー! よく来たな! やられる訳ないと思っちゃいたが、やっぱりしぶとく生きてやがったか!」
 「俺は不死身のスーパーミュータントだからな。俺を殺せるような奴は、まだ見た事がないんだ」

 逆立った赤い頭髪を揺らす、何時もは鋭い視線を優しげに緩めたハンター
 肩を竦め、首を傾げ、重心をずらして斜めに立つその気障な装いに、そこいらの男には出せない色気が漂っている

 イービー。泣く子も黙る冷血党、その遊撃隊長を討ち取り、一躍勇名を馳せた男である

 ブーツの底に纏わりつく土を蹴り払いながら、イービーは無遠慮に歩を進めた。勝手知ったるなんとやらで、気を遣う様子はない
 ベルモンドも全く気にせず腕を広げてイービーを歓迎する。機械油で黒く汚れたタンクトップの胸元に、イービーは親しげに拳を当てた

 「おう、その調子じゃまだ例の跳ねっ返りは見つかってないみたいだな?」
 「あぁそうさ。エリノーラが心配だ。あのじゃじゃ馬娘が俺の女を優しく使ってくれるとは思えない。不安だね」

 大袈裟に溜息を吐いて、とある家出娘に奪われたバイクの心配をするイービー
 ベルモンドは心底面白そうに笑う。この気障な男が女にやり込められていると思うと、ギャップを感じてそれが妙に楽しいのだった

 「シセは?」

 イービーがベルモンドに向き直る
 と、視線が洞穴のさらに奥に向かった

 「探すまでもなかったな」

 洞穴の陰から、少女がこちらを覗き込んでいる。はっと息を吸い込んだ少女、シセは、あっという間に走りこんできて、イービーに抱き着いた

 「ドラムカン!」
 「おーよしよし、良い子にしてたか」
 「何それ! ドラムカンの意地悪!」

 ドラムカン、この呼び名は、この先ずっとこうだな。イービーは苦笑する
 飛び込んで来たシセを抱き上げ、頭上まで持ち上げるとくるり、一回転した

 シセは楽しそうにキャッキャと笑う。おまけに一つ逆回転して、イービーは小さくて柔らかい体をそっと下す
 そして、意地悪そうに笑うのだ

 「さて……ん? おいベルモンド、俺達の可愛い金色の天使は何処に行っちまったんだ? ついさっきまでこの手に抱いていたのに」

 シセはぷくっと頬を膨らませた。イービーと比べて、シセは頭二つ分も背が低い。イービーの顎にすらシセの頭は届いていなかった。イービーが視線を真直ぐにすると、シセは視界に入らないのである

 「見えないの? これでも?」

 下らない意地悪に負けるもんかと、シセは再びイービーに抱き着いた
 イービーの首に手を回し、鎖骨の辺りに噛み付くようにがっしりと組み着く

 ベルモンドは大笑いした。ベルモンドなんて、イービーよりも更に背が高い

 「本当だな、何処行っちまったんだろう。声は聞こえるのに! おーいシセ、出てきてくれぇ。お前が居なきゃ父さんは駄目なんだァー」

 お父さんの馬鹿! イービーに抱き着いたまま、シセはわめいた

――

 貧相な木の机は、しかし手入れと清掃が行き届いていて、小奇麗な印象だった

 イービーは焦げたコートを椅子の背凭れに放り出し、シセと向かい合って座る

 旅先で見た様々な事を話した。様々な人、土地、空の色や、違って見える太陽
 そして、敵。シセは目を輝かせて聞いていた。イービーは話し上手だったが、シセも聞き上手だった

 ふと、一息つく。イービーは肩を鳴らして、洞穴の入口を振り返る

 「ベルモンドは忙しそうだな」
 「お父さん、急ぎの仕事が入ったんだって」
 「腕が良いからなベルモンドは。そりゃ、困った時は皆アイツに頼む」

 おどけて言うと、シセは嬉しそうに目を輝かせる。イービーは、シセのこう言う顔が好きだ

 「ドラムカン、泊まっていくよね?」
 「あぁ。良いかな?」
 「良いよ! 悪いわけないわ。ドラムカンなら、何時だって良い!」

 イービーはにっこり笑う。シセがにっこり笑ったからだ。この娘の笑顔は、他人にうつるのだ

 金色の天使の太陽のような笑みが、僅かに変わった。シセは切なげに目じりを下げ、イービーに手を差し出す

 イービーは誘われるように、こちらも手を差し出した。何時もはグローブに包まれた手が、幾つも刻まれた傷痕を晒しながらシセの良いようにされる

 シセの両手が、イービーの右手を撫で摩った。労わるように、手首から掌、指と指の間、付け根まで、シセの柔らかで、しっとりとした感触の細指が這う

 「ドラムカンなら……」

 シセはイービーの手を引き寄せ、頬擦りする。擽ったそうに目を細めるシセに、イービーは苦笑した

 「甘えん坊だ、俺達の天使は」

 イービーは立ち上がり、シセの額に唇を落とした


――

 後書

 サルモネラとついてる癖に余りに強くてビビったのは俺だけではないはず。

 変形した時、驚きよりも感動を感じたのも、俺だけではないはず。


 読み手に想像させる戦車戦を書きたいな、と思いながら書いたけど、それとは別になんか必要以上にアクロバティックになってしまった気がするぜ。


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