菅直人首相が6日、耐震性や津波への不安が指摘される浜岡原発の全基停止措置に踏み切った背景には、東京電力福島第1原発事故を受け、国が原発の安全体制を強化したことをアピールする狙いがある。経済産業省が「他の原発には波及しない」(幹部)と語るように、浜岡と他の原発を区別することで、電力供給の3割を原発が担うエネルギー政策の根幹自体は温存したい思惑がうかがえる。しかし、福島第1原発事故は今も収束せず、多数の住民が避難を余儀なくされる中、国民の原発不信は過去に例がないほど高まっている。浜岡停止をきっかけに他の地域でも原発稼働停止を求める声がドミノ的に広がる可能性がある。
菅首相は6日の会見で「(大地震の発生確率が突出する)浜岡原発の特別な状況を考慮した」と、稼働中の4、5号機の停止という異例の要請をした理由を説明。東海地震の想定震源域に立地する特殊性を強調した。
政府は従来、2030年までに原発を14基以上増設し、電源全体に占める比率を現行の3割から4割程度に高めるエネルギー基本計画を掲げてきた。発電効率が高く、二酸化炭素(CO2)排出量も少ない利点を強調。「温室効果ガスの排出量を1990年比25%削減する目標達成にも不可欠」(経産省幹部)としてきた。
しかし、福島原発事故で一変。菅首相は原発依存を改めて太陽光や風力など自然エネルギー利用の促進を図る方針を示したが「原発が供給する電力を代替するには数十年単位の時間が必要」(アナリスト)。経済活動や国民生活に打撃を与える電力不足を避けつつ、脱原発を図るには石油火力発電に先祖返りするしかないが、それではCO2排出量が増える。
妙案のない中、菅首相は最近「自然エネルギー促進と、原発の安全性向上の両方が必要」と、引き続き原発を基幹エネルギーに位置付ける姿勢を示した。経産省幹部は6日夜「エネルギー政策を維持するには、原発の安全対策を徹底する姿勢を見せることが不可欠だった」と解説した。
しかし、浜岡原発4、5号機は国の原子力安全委員会などの安全審査で耐震性に「お墨付き」を得て運転されており、突然の停止要請はこれまでの原子力行政の妥当性を疑わせるものだ。また、浜岡以外でも、中国電力島根原発の周辺で活断層が見つかるなど、他の原発でも地震への不安がくすぶる。政府は浜岡停止をテコに原発への不安に歯止めをかけたいが、思惑通りにはいきそうにない。【山本明彦、野原大輔】
福島事故が深刻化するなか、民主党は浜岡原発の停止要請という菅首相の決定をおおむね歓迎している。ただ党内には参院比例代表で原発推進の電力総連の組織内候補もいれば、原発に慎重な議員もいて反応は複雑だ。
首相に近い政務三役の一人は「財界は猛反発するが、国民は支持する。やっと市民運動出身政治家の本領を発揮した」と評価。静岡県選出の渡辺周国民運動委員長(静岡6区)も「県民の関心は、津波と浜岡原発への懸念と恐怖だ。いったん停止して安全確認をするのが地元のコンセンサスだ」と評価したが、「地元自治体は補助金に財源を頼っており、財政的な配慮が必要だ」とも指摘した。
野党の反応も一様ではない。自民党の石破茂政調会長は毎日新聞の取材に「政府の判断は重く受け止める必要があるが、どういう理由で判断に至ったのかを説明する責任がある」と指摘。公明党の山口那津男代表も「将来のエネルギー政策の展望を示さず、国民の協力で乗り越えられるというのでは不安だけが残る」と批判した。
一方、共産党の市田忠義書記局長は「世論に押され停止したのは一歩前進だ。全国的な原発の廃炉を目指したい」、社民党の福島瑞穂党首も「『脱原発』の未来を切り開く大きな一歩となる」と評価した。
与党時代から政府の原子力政策を批判してきた自民党の河野太郎衆院議員はブログで「自民党としても、今回の政府の要請を評価し、後押しをしなければならない」と述べた。
毎日新聞 2011年5月7日 東京朝刊