もし九話で杏子が死ななかったら、そんなお話です。
「心配すんなよさやか。一人ぼっちはさびしいもんな」
そう言った杏子の脳裏に、これまでのことが走馬灯のように駆け抜ける。
この町に来てからのこと、それまで一人で戦っていたときのこと、家族との思い出。
家族が死んでから楽しいことなんて一つもなかった。孤独に戦って誰にも見取られずに死んでいく、自分の最後なんてそんなものだと思っていた。
……ならここで死ぬのも悪くない。
そんな風に思っていた杏子に、家族達が心中した最後の顔が思い浮かぶ。その顔は皆絶望の表情で……。
心中なんて碌な物じゃない、その表情を見たときそう思ったものだった。
そこでふと思う、今自分がやろうとしていることはそれと何が違うのか。なにも変わらないんじゃないのか。それに自分にはまだやらなければならないことがあるんじゃないか。
「……そうだ、ここで私が死んじまったらワルプルギスの夜はどうする」
あれに対抗するのは、ほむら一人じゃ不可能だ。そうなると、まどかが魔法少女になる必要が出てくるかもしれない。
偉そうに魔法少女になるなとか言っておきながら、自分の尻拭いを任せるのか? そんなことで誰が喜ぶ、納得する?
あの世でさやかにあったとして顔向け出来るか? 私が死んだせいでワルプルギスに負けたり、代わりにまどかが魔法少女になるかもしれないっていうのにか? そんなことでさやかが喜ぶか、私は満足なのか?
……違う、そんなんじゃ誰も幸せになんてならない!!
「悪いねさやか、私はやっぱり死ねない。少し待たせることになるけど勘弁してくれよ!」
そういってジェムの起爆をやめ胸元に戻し、巨大槍を操作する。
せめて苦しまないように一発で倒す。そんな意志を乗せた槍はまっすぐさやかに伸びていく。
それを阻止するように剣で対抗してくるが、その抵抗も一瞬。杏子の全力の前に枯れ枝のごとくあっさり折れ、その勢いのまま槍はさやかの胴体を貫く。
その槍は放った意志の通り、さやかに苦悶の声一つ上げさせずに倒す。
そしてさやかを倒した証のグリーフシードがその場に落ち、魔女の空間からただの工事現場に戻っていた。
「……帰るか」
そう言った杏子の表情は優れなかった。それこそ泣く一歩手前のように。
魔女になったとはいえ、さやかを手にかけてしまったこと。魔女を倒した中からさやかが出てくるかもしれないと期待していたこと。さらにはさやかを独りで死なせてしまったこと。
そのようなものが積み重なって、今のような表情になっているのだった。
「今回、彼女の脱落には大きな意味があったからね。これでワルプルギスの夜に立ち向かえる魔法少女は君だけしかいなくなった。もちろん一人では勝ち目なんてない。この町を守るためには、まどかが魔法少女になるしかないわけだ」
そうキュゥべえが話すのは、杏子の行為が無意味だったということ。
最初からさやかが戻る可能性はゼロに等しかった。まどかを魔法少女にするために死んでもらう、そのつもりで杏子を送り出したのだ。
「やらせないわ」
そう言うほむらの瞳には強い意志が現れていた。何があろうとまどかを魔法少女にさせはしない、それこそ何を犠牲にしてでも……。
そして、意外なことにそれに答える声もあった。
「そうだな、そんなことやらせねぇ」
その声に驚き振り向くほむら。めったに感情が現れることのない顔には、しかし驚きの感情がこれでもかと現れていた。
「杏子、どうして……」
「そんな死人にあったような顔するなよ。まぁゾンビみたいなものではあるんだけどさ」
そういって笑う杏子だが、冗談が気に入らなかったのかほむらは杏子を睨む。そんなほむらの態度に今度は苦笑で答える。
「そう怖い顔するなって。私もあのまま死ぬつもりだったんだけど、土壇場で気が変わってな。ま、それも正解だったようだが……」
そういってキュゥべえを睨みつける杏子。それには魔女との戦いでさえ、滅多に見せることのない本気の殺気が乗っていた。
「私を騙すとはいい度胸じゃねぇか……」
「騙すなんてひどい言い方だね。億分の一ほどの確率だけど、元に戻る可能性があったのは事実だっていうのに」
その答えを聞いた瞬間一閃が走る。次の瞬間には槍を振りぬいた杏子と、頭と胴体が分かれたキュゥべえの体が残っていた。
さらに追撃をかけようとする杏子だが、ほむらがそれを阻止する。槍の柄の部分を持って、槍がそれ以上進むのを止めていた。
「……どういうつもりだ」
「無駄な魔力を使うことはないわ。すぐに次が来る」
そう言ったほむらの台詞にあわせたのか、タイミングよく現れるキュゥべえ。その姿は目の前の死体の先ほどまでの姿と瓜二つだ。
「ひどいな、いきなり切りかかってくるなんて」
「な、おい、どういうことだ!」
そういって混乱する杏子だが無理もない。先ほどまで話していた者と、姿形が同じものが現れたのだ。
これで戸惑わない人間はまずいないだろう。
「詳しい原理はわからないけど、彼らの個体は無限にいるらしいの。だから倒すだけ魔力の無駄ということ」
そう説明するほむらの傍ら、先ほどまでキュゥべえだったものを食らう現キュゥべえ。そんな光景を見て、杏子はほむらの説明が聞こえているのかどうなのか顔全体がひきつっていた。
「それにしても、君が生きてるとは意外だったよ杏子」
そういってやれやれという感じで溜息を吐くキュゥべえ。その姿からはどうしても拭い切れない無機物のようなものが溢れていた。
「僕としてはここでまどかと契約をしたかったんだけど、仕方ないか」
そう言って闇にまぎれると、次の瞬間にその姿はなくなっていた。
「……なあ、あいつら、それにあんたもだ。一体何者なんだ?」
そんな杏子のつぶやきは、キュゥべえと同じように闇に溶けていった。
(あとがき)
短いですけど、杏子生存ifでした。
あそこで死んだのがどうしても納得いかなかったもので。
杏子には本当に幸せになってほしかった、せめて生き残って欲しかったんです。
続くかどうかは十話以降の内容次第。
……最終回でアバン先生のように復活しないかなぁ。
また、小説家になろうにも投稿させてもらっています。