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[21899] 魔法少女リリカルスペランカー【逆行 なのは魔改造 ギャグ&ホラー クトゥルフ】
Name: 槍◆bb75c6ca ID:2ebf79bd
Date: 2011/05/07 00:50
「〝パラドックス〟?」

「うん、それがそのロストロギアの名前」

 時空管理局ミッドチルダ地上本部のとある通路にて、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンは次の任務について話を広げているところだった。
 高町なのはの次の任務。それはパラドックスという名のロストロギアを現地から回収し、本部へ輸送すること。

「最近遺跡から発見されてたんだけど、一緒に発掘された文献を解析してみたらなんでも〝因果律〟を操るとか〝時空〟に影響を与えるとか、物騒なことが書かれていたらしいの。
 だから私が出張ることになったんだ。未知の危険物だし、いつまた誰かに強奪されでもしたらJS事件の再来になるかもしれないしね」

「……気をつけてね、なのは。本当なら一緒に行きたいんだけど私も任務があるし……」

「にゃはは、大丈夫だよフェイトちゃん。慎重に運べば危険なんてきっと無いよ。
 それに見た目もそんなに物騒に見えないし。なんというか……銀色の鍵みたいな形をしてるんだ。
 結構アンティークみたいでお洒落だったよ?」

「……無事に帰ってきてね」

「うん、この任務が終わったらヴィヴィオを実家に連れていく約束をしてるし、ちゃんと無事に帰ってこないとね」

 そんな何かのフラグ立ちそうなことを言いながら、あはははと笑いなのはとフェイトは別れた。
 ――あの様子なら、きっと大丈夫。最近は休養だって取ってるし、前みたいなことにはならない。きっと、きっとそうなんだ。
 フェイトは自分の心にそう言い聞かせて、次の任務の準備を始めるために自室に向かった。

「――あれ?」
 
 ふと足に違和感を感じてうつむくと……靴紐が、切れていた。何故か、全て。

「……大丈夫、だよね」



「カァ! カァ!」

 たとえ窓の外にこちらを睨みつけるようにカラスが鳴いていたって。

「ニャー」

 どこから紛れ込んだのか、怪しく光る瞳を持った黒猫が前を横切ったかって。
 なのはなら、きっと大丈夫。

「……大丈夫、かなぁ……なのはぁ……」

 一抹の不安を感じずにはいられないフェイトであった。



 二日後の正午。高町なのはがロストロギア『パラドックス』の輸送中、異常な魔力反応を発生させ〝消滅〟したという連絡を受け、不安の的中したフェイトはショックの余り意識を失うことになるのだが、それはまた別のお話である。



 魔法少女リリカルスペランカー プロローグ『二度目の人生はスペランカー』



 『不覚』。ロストロギアを内包していたアタッシュケースから溢れる光に飲み込まれる直前、なのはが思えたことはそれだけだった。
 さすがのエースオブエースも、なんの予兆もなく一瞬にして発生した巨大な魔力の前にはなんの抵抗もすることが出来なかったようだ。
 
 仮に抵抗出来たとしても、結果は変わらなかっただろうが。
 燦々と輝く光が収まり、暗んだ目が視力を取り戻していくと――なぜかなのはの目線の先には見知った天井。

「――――あれ? なんか、知ってる天井……って、ロストロギア!」

 ガバっとかけ布団を取っ払いながら起き上がる。いつのまにベッドに運ばれていたのだろうと疑問を頭に残しながら周りを見渡すと、いやに懐かしい風景がそこにはあった。

「……ここ、私の、実家の部屋!?」

 思わず声を上げる。それは仕方のないことだろう。先ほどまでこの世界とは別のずっと離れた別の世界にいたのだ。
 それが、なぜかいまは懐かしさも感じるこの場所にいる。

(というか……お母さんいつのまに私の部屋の模様替えしたんだろう……昔みたいになってる……)

 可愛らしいヌイグルミなどが飾られた、小学生だった当時のような部屋の内装。中学校、高校と歳を重ねるごとにそういったものは押入れにしまったはずだったのに。

(……駄目だ、わけがわからない。とにかく誰かに話を聞かなくちゃ……)

 混乱が渦を巻く頭を無理やり落ち着かせながら、ベッドから飛び出そうとする彼女。
 だが、何故か思い通りに体が動かず、バランスを崩しベッドから転げ落ちそうになってしまう。

「うわっと――――」

 地面に身体を打ち付ける前に、片足を床に突きつけてバランスを取ったその瞬間。

「っ!?」

 『ゴキッ』っと骨が不気味な音を鳴り響かせ――。

「い、痛ったああああああああああああああぁ!?」

 足、折れた。



 ■■■



「なのはちゃんまたベッドから降りようとして骨折ったん? 先月も同じことして骨折ったんやで。学習せなあかんて何度もいうてるやんー」

「うん、そうだねはやてちゃん。というか〝先月〟もベッドから降りようとして骨折したんだ……」

 死んだ魚のような目をしながら、ブツブツと廃人のように棒読みで生返事を返すなのは。
 そのなのはに話をかけていたのは、同じ病室、真横のベッドで寝そべっている〝小学生時代の八神はやて〟その人であった。
 あの後、足が折れたなのはの悲鳴を聞きつけ現れたのは、まったく歳を取っていない家族達。親友の月村すずかの姉と結婚しお婿にいったはずの恭也もいた。

 突然折れた足。歳を取っていない家族。迅速に病院へまるで日常茶飯事のように慣れた手つきで運ばれたこと。
 そして何よりも、与えられたベッドの横で、親友の八神はやてが小学生時代の容姿でそこにいたこと、病室の鏡に写った自分の姿が、同じく小学生時代の容姿だったことで――なのはの頭は完全にショートしていた。

(わからないわからない意味がわからない……これは、あれなの? タイムスリップって奴? ロストロギアが発動したせいで精神を過去に飛ばされた?)

 何とか現状に起こったことを論理的に説明付けようとするが、如何せんまったくなんの情報もないので確証がもてない。
 そもそも例え本当に過去に飛ばされたとしても――。

(私、ベッドから降りるだけで骨折るような貧弱じゃなかったよね!? たしかにあの頃は運動神経悪かったし体もそこまで強い方じゃなかったけど……)

 ということである。本当に過去に飛ばされたのなら、小学生時代の高町なのははここまで貧弱ではなかったはずなのだ。そして現在は小学2年生らしいのだが、この時点では八神はやてと知り合っているはずがない。
 だが、この世界では高町なのはは実際に病弱で、八神はやてとは知り合いどころか遥か昔に病院で知り合い、今では親友であるという。

 なのはの担当医という人からさりげなく聞いたがこの高町なのは、驚くほどに貧弱で病弱だった。筆頭するのはポッキーもびっくり、マッチ棒の方がまだ硬いとさえいわれる骨の脆さ。
 激しい運動をしようものなら全身骨折を覚悟しなければならないらしい。過去には指パッチンを練習していて指の骨を折ったり、柔軟体操で骨が折れたり、酷い時には何をしていなくても骨を折ったことがあるという。
 脆い、あまりにも脆すぎる。日常生活が困難どころではない。

(……SFはあまりよく知らないけど、〝別の世界〟の過去の私に意識がトリップしたってこと? ロストロギアパラドックスは〝因果律〟を操り〝時空〟に影響を与える〟って話だったけど……それならありえない話じゃない、のかな)

 ロストロギアは、はっきりいってしまえば〝なんでもあり〟という現象を起こしてしまえるものが多い。
 それは過去に封印したジュエルシードしかり。ミッドチルダでも時間移動や森羅万象の魔法は研究されているらしいが、いまだに一歩すら進んでいないのが現状だというのに、ロストロギアはそれをいとも簡単に実現させてしまう。無論、それ相応の危険はあるが。
 ならば、違う世界のありえたかも知れない高町なのはに、別の高町なのはが乗り移ってしまってもありえない話ではない。彼女はとりあえず現状をそう理論付けることにした。

「なのはちゃん、どうしたん? そんなに考えこんで……」

「……あ、ごめんね。ちょっと色々思うことがあって」

「……元気だそう、なのはちゃん! 骨が弱いのがなんなん! 病弱なのがなんなん! 他の人にはない自分だけの個性だって考えれば不思議と愛着わくで?」

「嫌だよ骨がポッキーみたいに折れるアイデンティティーなんて!? ――痛っ!?」

「ああ、大声だしたら怪我に響くで」

「うううぅ、なんか昔の事故を思いだすよ……」

「事故? どの? なのはちゃんの足の骨が折れるなんて日常茶飯事やったからぱっと思いだせんなぁ……」

「……なんでもない、ぐすっ、なんでもないよ……」

 折れた足をさすりながら涙目になるなのは。そしてはぁーと深い溜息をつく。

(これからどうしよう……もしかしてこのままこの世界で病弱なまま暮らしていかなきゃ駄目なのかな……元の世界はどうなってるんだろう。ヴィヴィオやフェイトちゃん、皆に心配かけちゃってるのかなぁ……ん? あっ!?)

 ここで、大切な人達の名前を思い出して――初めて重要なことに気がついた。

(もしこの世界も元の世界と同じようにPT事件や闇の書事件が起きちゃったら、私どうしよう!?)

 もちろん、過去のようにまた同じ事件が起こったとしても、同じようにユーノを助け、フェイト達と出来れば関わり合いそして分かり合いたい。
 例え違う世界の別人だとしても、それでもなのはにとっては同じ親友そのもの。元の世界と同じような人生を歩んでいるのなら――是が非でも助けたい。

 そして、できることならば助けることの出来なかったプレシアを助けたい、リインフォースだって助けたい。
 元の世界で助けれなかった人たちを救いたい。それは高慢な考えかもしれない。それは間違った考えなのかもしれない。
 それでも――きっとどんな困難が立ちはだかろうと、彼女は身を挺してそれに立ち向かうだろう。
 誰よりも優しい、不屈の心を持った魔法使い。それが高町なのはという存在なのだから。

 しかし……。

(こんな走るのものままならない状況じゃ、何も出来ないよー!)

 走ったら、折れる。脅威の軟弱さを持ったこの高町なのはでは、フェイトと互角の勝負どころか同じ土俵に立つ前に負ける。
 過去に何度も行った――レイジングハートとバルディッシュをぶつけ合う戦闘を行いでもしたら、両腕の骨が確実に砕けるだろう。確信できる。

(……いや、待ってよ? そういえばこの〝私〟は魔法を使えるのかな)

 深呼吸をして、前の体と同じ要領で自分の中の魔力の素であるリンカーコアを探しだす。

(……あった! 魔力は全然変わってない……というか寧ろ多い!? 凄い、ユニゾンしたはやてちゃんより多いかも)

 意外な嬉しい誤算。前の体よりも魔力だけは圧倒的に多かった。これほどの魔力があるのならば前よりも遠くから砲撃が出来る、前よりも強い砲撃が出来る。

(今の私がフェイトちゃんやヴィータちゃん達に勝ってるのは〝魔力量〟と〝情報量〟そして〝経験〟。この3つを駆使すれば、なんとかなるかもしれない!)

 見えた一筋の光明。助けることが出来るかもしれない大切な人達を思い浮かべる。

(……やろう。皆を、助けたい! 元の世界に返る方法は後から探せばいい。この世界の大切な人達を助けてみせるんだ!
 ごめんね、ヴィヴィオ、フェイトちゃん……ちょっと寄り道していくよ……)

 はやてに気がつかれないようにこっそりと手のひらを重ね、つぼみ状態にして。その中に小さな一個の魔力弾を形成する。
 過去の自分ではデバイス無しでは出来なかった芸当。しかし未来の“なのは”ならばこのくらいは軽いもの。

(……出来る! 身体もなんともない! よーし、いまは小学二年生だっていってたから、猶予はあと一年くらいだ。それまで魔法の練習をして戦いにそな)

「ごぼはっ!?」

 大量の血がなのは口から噴出した。それはさながら噴水のようで。

「うわあああああああぁ!? なのはちゃんが血吐いたー!? 先生ー! 石田先生ー! 誰か! 誰か先生呼んできてえええええぇ!?」

 はやての悲鳴を聞きながら、ごぼごぼ血を流しぴくぴくと痙攣するなのは。どうやら魔法もアウトらしい。
 血を垂れ流しながら、心の中で涙の滝を流しながら、なのはは心の底から思った。
『詰んだ』、と。



[21899] 残機×1個目『豆腐の角に頭ぶつけたら冗談じゃなく死ねる』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2011/03/27 19:49

 なのはが盛大に病院で血を吐いてから数週間後、そこには元気に走り回るなのはの姿が!
 ――あったらよかったのだが無論そんなわけはなかった。

 持ち前の不屈の精神で血を吹きだしながら回復魔法を無理やり使用して骨折の治りを早め、晴れて退院できることになり二度目の小学校へ通えるまでにはなったのだが……。

「ねぇ……本当に大丈夫? もう2、3日様子を見て学校を休んだほうがいいんじゃない? お医者さんも驚くくらい早く骨折は確かに治ったけど……」

「大丈夫だよお母さん。骨折くらい慣れたものでしょ?」

「それはそうだけど……でもなのは、病院で吐血したなんて久しぶりじゃない。お母さん心配だわ……」

「……過去にしたことあるんだ……本当にどれだけ病弱なのこの体……」

「え?」

「あっ!? な、なんでもないよ? 大丈夫、大丈夫! 具合が悪くなったらすぐに早退するから!」



 魔法少女リリカルスペランカー 残機×一個目『豆腐の角に頭ぶつけたら冗談じゃなく死ねる』



「あ! なのは!? もう平気なの!?」

「大丈夫なのはちゃん? 今回は血も吐いたって聞いたけど……」

「うん、もう大丈夫だよアリサちゃん、すずかちゃん。それに吐血したっていってもほんのちょっとだよ!」

 最終的にペットボトル一本分が駄々漏れたのを〝ちょっと〟というには余りにも控えめだったが、それは友人に心配をかけたくないなのはの思いやり。
 しかし、と――前の世界と全然変わらない友人2人を見てなのはは安堵する。どうやらこの世界、自分の体が弱いこと、八神はやてと友達になっていること意外余り変わっていないようだ。

「今回は何が原因で骨折したのよ? また転んだの? また躓いたの? それともまたタンスの角に足をぶつけた?」

「……もしかしてそれ、全部骨折したの? 私……」

「なに言ってるのよ? 過去になのはが実現させたことじゃない」

「……よ、弱ぁ……」

「あはは……元気出してなのはちゃん。でも今回は早く治ってよかったね」

「で! な・ん・で骨折したの!?」

「えっと、ベッドから降りようとして、ゴキっと……」

 それを聞いて、アリサは目を点にしてぷるぷると振るえだす。なのはは思った。『あ、キレてる』。

「……またぁ!? もう! 私何回も言ってるわよね!? あんた低血圧なんだから朝は特に気をつけなさいって!」

「ご、ごめんね……」

「私に謝ってどうするの! もう!」

「うう、すずかちゃーん……」

「まあまあアリサちゃん。なのはちゃんもワザと骨折したくて骨折してるわけじゃないんだから」

「本っ当に! なのはは初めて出会ったときから怪我ばっかりして! 心配するこっちの身にもなってよね!」

「だからごめ……え? 初めて出会ったときから?」

 思わず聞き返す。以前のなのはとアリサ、すずかの出会いは確かに喧嘩にはなったが怪我はしなかったはずだが、この世界のなのはの出会いはどうやら違うらしい。

「そうよ! 一年生くらいだったわよね。私がまだ我ままなガキで、すずかを虐めちゃってたとき」

「あー、あれは衝撃的だったよ。私がヘアバンドを取られて泣いてる所に割って入って、アリサちゃんにビンタして骨折したんだよね」

「今でもあのときのなのはのセリフを一字一句間違わず言えるわ。
 『痛い? でも、大切なものっ……をとられちゃった人の心はっ……! もっともっ……とっ……痛い、んだよ! ……ごめん、腕折た……救急車呼んで……痛くて泣きそう……』。
 もう教室中大パニックよ。なのははありえない方向に腕が曲がってるし、すずかはそれを見て気を失うし、私も私で人を骨折させたのなんて初めてで泣きそうになったし!」

(ええええええええええ!? 弱すぎるよこの世界の私っ!? ビンタで腕が折れるって!?)

 良くそれで前の世界みたいに仲良くなれたね!? と心の中で盛大に突っ込みをいれながら、なのはは土下座したくなりそうな気持ちで、心の底から、

「……何かもう、本当にごめんね……」

 と謝ることしか出来なかった。それを聞いて、『だから私たちに謝ってもしょうがないでしょ!』とまたアリサに怒られた。



 ■■■



 その後はつつがなく授業を終え、迎えに来た父親である士郎と一緒に帰宅する。
 この世界のなのははバス通学ではなく、車で実家から送り迎えして貰っているようだ。塾にも通っていない。
 車に揺られながら、なのははこれからのことを考えていた。

(とにかく、この体じゃいくら魔力が多くても戦うのは無理。多分最初のジュエルシードの暴走体に勝つのも難しいよね……。となれば、やっぱり誰かに頼るしかないんだけど……)

 だが、現時点でこの地球に魔導士の味方はいない。なのはの父である高町士郎と兄である高町恭也、姉の高町美由希は御神真刀流という剣術を鍛錬しており、未来の成長したなのはから見ても一般人とは次元が違う強さを持っているのはわかっているが、それでもジュエルシードやヴォルケンリッター達と戦えるかは怪しいところだ。
 魔法を抜かせば互角以上だろうが、やはり空を飛んだり砲撃してくる魔導士には分が悪い。
 そもそもジュエルシードの暴走体は封印しなければ無限に再生する能力を有している。
 どちらにせよ最終的には魔法の力がいるのだ。

(うーん……あ、ロッテさんやアリアさんに話せば手伝ってくれないかなぁ)

 遠くない未来に出会うことになる人達。闇の書に復讐を誓う、本当は心優しき御仁。ギル・グレアムとその使い魔であるリーゼ・ロッテとリーゼ・アリア。
 ほぼ前回の世界と変わらないのならば、今も闇の書の主に選ばれた八神はやてを監視しているはずである。

(……でも、それだったら前の世界で、この街の異変に気づかなかったわけがないんだから、手伝う気があったら手伝ってくれたはずだよね……これは望み薄かなぁ。それになんていえばいいのかわからないよー)

 別の似たような世界から意識を飛ばされて来ました。もうすぐロストロギアがこの街に落ちてくるので探すのを手伝ってください。ついでにはやてちゃんを氷付けにする計画も止めてください。
 なんていってしまったら黄色い救急車を呼ばれてしまう。否、下手をすれば不穏分子として消される可能性もぜロではないのかもしれない。

(……こうなったら、ヴィータちゃん達を無理やり起こすしかない、かな。プレシアさんの計画が成功しちゃったら次元振でこの世界が吹き飛んじゃうし……未来が変わるなんて四の五のいってられないよ)

 どうにかしてヴォルケンリッター達を起こして一緒に戦ってもらう。それがなのはのだした結論だった。
 色々危うくはあるし、本当に他人頼みだが、現状なのはにはそうするほかないのである。それにこの時点でヴォルケンリッター達と面識を持っておけば、闇の書事件では前の世界よりなにかと優位な状況で事件解決にあたれるかもしれないメリットもあるのだ。

(よし、これでいこう。明日は土曜日だからはやてちゃんの家にいってそれから……)

「なのはー。着いたぞー」

 運転席から士郎がそう言った。考え事をしている間に時間は過ぎ去っていたようだ。

「はーい! ありがとうお父さん」

 ドアを開ける。そしてぴょんと車から飛び出したとき、『はっ!?』と自分の行ったミスに気づいた。

「あー、なのは段差に気をつけ――」

(――言うのが、遅いよお父さああああああああああん!?)

 およそ膝の高さくらいだろうか。しかしこのなのは――たったそれだけで、致命傷。
 『ゴキッ!』っと再び、嫌な音が鳴り響く。

「――っ!? ふっ、ぐぐぐっ……!」

 唇をかみ締めながら痛みを必死に我慢する。ここで叫んではいけない。骨折したとバレたらまた皆に迷惑をかけてしまう。その思いだけで、なのはは耐えた。

(痛い痛い痛い痛いっ――! だ、大丈夫! このくらいなら回復魔法でどうとでも……あ)

 前の世界の癖で、なんの躊躇いもなく思わず使ってしまった魔法。
 なのはの連続した致命的なミスの原因はただ1つ。〝この体に慣れていない〟ただそれだけで……。

「うわらばっ!?」

 ぶしゃーとどこぞの暗殺拳を受けたような叫び声と吐血を振りまいて、再びなのはは気を失った。
 健康って、本当に奇跡的な宝物なんだな、となのはは気絶する寸前で、そう思ったのだとか。



[21899] 残機×2個目『血も滴るいい女』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2011/03/28 18:25
「どうしたん? 急に私の家に遊びに来たいなんて。いや、私は大歓迎なんやけど、身体大丈夫なん? 二連続で吐血するなんてここ最近なかったのに……」

「ああ、ほら……最近入院しっぱなしで気分が憂鬱だから、大好きなはやてちゃんに慰めてもらおうと思って! その方が身体にもきっといいよ!」

 ヴォルケンリッター達を起動させたいので家に上げてください、ともいえないなのはの言い訳はそんな感じだった。しかし九割以上は本心である。

「い、いややわぁ、なのはちゃん! あんましからかわんといてやぁ!」

 と言葉とは裏腹に頬を染め嬉しそうにはにかむはやて。自分以上に病弱なのに、自分以上に〝強い心〟を持つ大好きな親友――そんな親友以上の感情を寄せる彼女に頼られるのは、はやてにとってこの上ない喜ばしいことなのだった。
 はやての花のような笑みに少しの罪悪感を胸に秘めつつ、成功か失敗か、いづれにしてもこれから先の運命が大きくゆり動くことになるであろう高町なのはの守護騎士起動大作戦が、今始まる。



 魔法少女リリカルスペランカー 残機×2個目『血も滴るいい女』



「13」

「ダウト」

「……1」

「2」

「ダウト」

「……なのはちゃん、やっぱり2人でダウトは無理あらへん?」

「……ちょっと思った。別のことしよっか」

 いそいそとなのははトランプを片付けはやての机の中にしまう。そしてさり気なく「何か面白いものないかなー」と呟き本棚に向かった。

(……あった! 闇の書! この鎖が巻きついた本は間違いない)

 本を手に取る。封じられたように鎖に巻かれたその本は、過去、そして未来へと悲しき悲劇を繰り返す運命を背負ったロストロギア・闇の書。
 そしてこの中には、強敵であり、後に頼もしき友となる者たちが眠っている。

「うん? なのはちゃん、その本がどうかしたん? えらい真剣に見てるけど」

「え? いや、あの……この本鎖に巻かれてて、珍しいなと思って。鍵付きの本なんてはやてちゃん持ってたっけ?」

「あー、その本なぁ。なんか知らんうちに部屋にあったんよ。多分どこかの中古本まとめ買いしたときに買ったの忘れたんかな?
 鍵が無いから開けれへんし読めへんしで困ってたんや。欲しいならあげるで? アンティークなインテリアとしてしか使い道ないやろうけど」

「いやいやいや駄目だよはやてちゃん!? この本絶対誰かにあげちゃ駄目だからね!? 捨てるのも駄目だからね!?」

「え? な、なんで?」

「にゃ!? え、えっと……あれ! この本きっと凄い価値があるの! 私の観察眼にビビっと来た! なんでも鑑定団とかに持ってたら『私が買い取りたいくらいです』とか言われちゃうくらいの価値があるの!」

「なのはちゃんいつのまに鑑定士に!? ……まあなのはちゃんがそういうなら大事にする」

「うん! うん! それがいいよ! きっと将来凄く役に立つから!」

 はやてのこの本に対する関心が全く無いことにビビリつつ、どうやら大事にしてくれるようなので心の中で安堵をつく。

(あー、ビックリした。この時点じゃこの本の重要性なんて知るわけないもんねはやてちゃん……なら、それに気づかせてあげちゃうよ)

 なのはが考えた守護騎士システムの起動条件。それはやはり〝魔力量〟に関係してると睨んだ。
 本来なら守護騎士達は八神はやてが9歳の誕生日である6月4日の午前0時に起動する。ではなぜその時期に起動するのか?

(魔力量を起点に考えれば可能性はいくつかある。1つは、はやてちゃんから吸っていた魔力がはやてちゃんの誕生日に起動条件分溜まったから。
 つまり守護騎士システムを速めに起動させるには闇の書に魔力を注ぎ込むことだと思うんだよね)

 しかしこれ実行するには数々の問題があった。1つはどうやって闇の書に魔力を注ぐかということである。

(うーん……私の魔力をどうにか分けてあげられればいいんだけど……どうやるんだろう? とりあえず前にフェイトちゃんにしてあげた魔力をわけてあげる感じでやればいいのかな?
 あ、でも闇の書って主以外がアクセスしたら即暴走して転生するんだっけ……だ、大丈夫だよね? 魔力を注ぎ込むだけでアクセスするわけじゃないし……)

 不安はある。だが、このまま何もせずに〝この〟なのはがフェイト達と戦うことと、守護騎士達がフェイト達と戦うこと、どちらが希望を見出せるだろうか?
 フェイトがクロノ達が来る前にジュエルシードを全て集めてしまったら、この世界や近接した世界も全て次元振によって崩壊するのである。100%負ける戦いか、1%の確率で心強い味方を得るか、だ。

「はやてちゃん、ちょっとトイレ借りるね」

「うん。あ、なのはちゃんくれぐれも段差に気をつけてや?」

「わかってるよー」

 部屋から出て行くなのは。その手には闇の書。本当に大丈夫かなーとなのはを心配するあまり、そのことにはやてが気づかなかったのはきっと運がよかったに違いない。



 ■■■



「さてと……はやてちゃんの家を血で汚しちゃ不味いからね……」

 というわけでトイレである。ここならいくら吐こうが汚そうがボタン1つで綺麗さっぱり。もしも起動に成功したら守護騎士達が最初に目覚めたのはトイレというシュールなことになるだろうが、そこは我慢してもらいたいなのはであった。

「よし、それじゃ!」

 手のひらに魔力を集める。それはグルグルと螺旋を渦巻き、まるで小さな台風のようだった。
 そして同時に胃から登って来る嘔吐感に耐え切れず。

「まヴらぶっ!?」

 とあいとゆうきのおとぎばなしのタイトルのような奇声を上げつつばしゃーとお決まりの吐血。
 ビリビリと身体が痙攣する。魔力を多少放出しただけでこの満身創痍状態。真っ赤にそまったトイレってなんかだ物凄い不気味なんて場違いな感想を思い浮かべつつ、なのはは魔力の渦を闇の書に注入する。

(お願い……! 起きてヴィータちゃん!)

 瞬間、眩く光始める闇の書。強大な魔力が動き始めたのを肌で感じる。

(……やった! 成功した!?)

 ドクン、ドクンと闇の書の脈動が聞こえる。血を吐いた代償は安くなかった。いまここに最強の守護者達が現れ――。

「……? あれ……光が消えちゃっヴォハッ!?」

 なかった。光が消え脈動も聞こえなくなってしまった瞬間、叩き付けたなのはの魔力がダムの崩壊した土石流のように〝逆流〟した。
 それは〝異物〟を排する為のプロテクト。現代でいうのならファイアーウォールが働いたのだ。魔力を蒐集する為のロストロギアといえども、守護騎士やその主を経由しないどこの毒ともしれぬ魔力はお断りらしい。

(ひっぎいいいいいいいいいいいいいいいぃ!? 痛い! 超痛い! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬこれは死ねる!?)

 トイレで血を吐きながら痛みにのたうち回る美少女。下手なホラーよりよほど怖かった。
 しかも、骨がマッチ棒よりも弱いという事実がここに来てさらになのはを襲う。のたうち回っているうちにゴツ! っとそれなりの強さで右腕強打。
 常人ならば「痛たたた……」と擦る程度で済むダメージは、この貧弱少女にとっては致命的。『ボキッ』と聞きなれた音がトイレという小さな個室に響きわたる。

「ぎにゃあああああああああああああああああああぁ!?」



 数十秒後、なのはの悲鳴を聞いて駆けつけたはやてに一生物のトラウマを植え付けつつ、なのはは無事に、とは言いがたいが最悪の結果を迎えることなく、再び病院送りになったのであった。
 これこそまさに、踏んだり蹴ったり。この少女完全に呪われている。



 ■■■



 入院って慣れれば別荘に泊まるような感じで案外楽しいかも。
 既に指定席と成りつつある血まみれだったシーツが新品に張りなおされた病室のベッドの上で、そう思い始めたなのははもう末期なのかも知れない。
 今回ははやては入院していないので話し相手もおらず、1人優雅に差し入れとして持ってきて貰った本を読むその瞳は、死んだ魚の目をしていた。

 いや、まだ死んだ魚の目のほうが輝きがあるだろう。
 今回の闇の書の起動に失敗し、得たものは重傷のみという結果に終わったことで、少女の心は深く深く傷ついていた。
 そんな少女の目は、死んだ魚どころかむしろ腐った魚である。

(はぁー。もう本当に踏んだり蹴ったりだよ……闇の書は起動出来なかったし、はやてちゃんを怖がらせちゃうし、また私は入院だし……えへへ……もう止めよっかな魔法少女……)

 本を読みながら涙ぐむ少女。不憫というほかない。

(……それはそうと、私の部屋から持ってきて貰ったはずなんだけど、この本読んだことない……この世界の私ははやてちゃんみたいに読書好きだったのかな?)

 一冊を読み終え、次の本に手を伸ばす。どうやらこの世界のなのはは読本家らしい。過去に読んだことの無い本ばかりだった。そういえばこの世界の自室は過去の自分の部屋より本棚が多かったな、と思い返す。

(ん、この本……表紙、というより全体がなんかもの凄く禍々しいんだけど……うわ! これ外国の本だ! 中身全部英語――じゃないな、なんだろうこの文字。
 うーん、ドイツ語でもないし、フランス語でもないし、アラビア語でもないし……アルファベット表記でも漢文でも無い……何これ?)

 謎の言葉が詰まった本を思わず見回す。表紙もページも真っ黒。そしてそのページに書かれた文字の色はまるで血のように赤かった。
 綺麗、というよりおぞましいという言葉がよく当てはまるだろう。この世界の自分は一体何を読んでたんだと少し不気味になるなのはであった。

(あ、背表紙に英語っぽいのが書いてある。んん? これ、ひょっとしてラクガキ? 字が妙に子供っぽいし……この世界の私が書いたのかな。
 Celaeno Fragments……セ、セラエノフラグメンツ? 訳すとセラエノ断片ってことだよね。この本の名前? どういう意味だろう……)

 禍々しく、何か不思議な引力を感じるその本。後に〝この世界の〟高町なのはの運命を大きく狂わせる、否、すでに狂わせている〝原因〟であることと知るのは、まだすこし先の未来。

 その本の真の名は『セラエノ断章』。本来は存在しない、存在してはいけない“クトゥルフにより生まれし架空の魔導書〟である。



[21899] 『■ァ■イЯб■』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:b0987ab9
Date: 2011/03/28 07:08
 ――はやてに植え付けられた『はやて家スプラッタ事件』。その事件において骨とともに折れかけたなのはの心だったが、不屈の闘志は完全に砕けることはなかった。
 諦めず、考えうる限りの闇の書の起動方法を試した。でもその全てが失敗。
 失敗、入院、失敗、入院、失敗、入院を繰り返し早数ヶ月――。すでに年が変わり、それから三ヶ月余りの時が過ぎていた。

(まずいまずいまずい――ユーノくんが来るまで一ヶ月切っちゃったよー! 結局ヴィータちゃんたちを起こせなかったし……これはもう終わったかも……うううう……)

 自分の身体である。いくら魔力が多かろうがこの軟弱な身体では戦うなど到底無理な話だということは嫌でも理解していた。
 清潔なシーツの敷かれた病室のベッドの上で、もはや何千回繰り返した自問自答を続ける。

 得たものといえばはやてのトラウマがここ数ヶ月で異常に増えたことと、身体の負担。いつのまにか個室になった病室。
 それに加えさらに最悪なことに――。

「はーい、なのはちゃん健診の時間ですよー。お熱を計りましょうねー。痛いところはない? 眩暈とかしない? 具合は大丈夫?」

 そういってなのはの元に現れたのは、白衣に身を包んだ、何故か『猫耳』の生えているお姉さん。

「あ……は、はい。大丈夫で、す……『アリア』先生……」

 なのはの親友、八神はやてを闇の書ごと封印するという計画を企む、ギル・グレアムの使い魔であるリーゼ・アリアが、そこにいた。



  魔法少女リリカルスペランカー 『■ァ■イЯб■』



(ま、まさかこんな方法で監視されるとは思わなかったの……)

 八神家で何度も魔力を放出すれば、当然そうなる可能性も考慮に入れていたが、まさかここまで露骨に、看護士として潜入し、実家よりも滞在期間が長い病院で『監視』されるとは思いもよらなかった。

(というか……アリアさんどうやって医師免許とかクリアしたの!? しかも猫耳だしっぱなしっておかしいよね!? なんで皆疑問に思わないの!?
 アリサちゃんですら「可愛いアクセサリーよねあれ」って言っちゃう始末だし! そんな部分的な認識阻害の魔法なんてあったかなぁ……)

 窓の外に浮かぶ綺麗な青空を見る。それはとても遠い目だった。まだ死んだ魚の方が綺麗な目をしているだろう。
 腋に入れた体温計のアラームがぴぴぴと鳴った。36度、平熱である。

「ん~。熱はないみたいだけど……やっぱり顔色が優れないわねぇ。何か思いつめてたりする?
 悩み事があるならお姉さんになんでも相談してね! 実は魔法使いだったんですーとか言われてもちゃんと信じてあげるから」

(サラッとカマをかけてくる貴女が原因の1つですなんて言えないよね……ああ、もう全部暴露しちゃおうかな……頭のおかしい子だと思われるだろうけどそうすれば楽になれ……)

 「はっ!?」っと一瞬、諦めかけたがすぐに思い返し、なのはは「にゃはは、なんでもないです先生」と乾いた笑いで返した。

 アリアは「そう、じゃあ今日の健診はこれで終わり、またねなのはちゃん」とカルテをまとめ、部屋から出て行く。ドアを閉める瞬間、「ちっ」と舌打ちが聞こえた気がしたが、なのはは幻聴だと気にしないことにした。

(……最近、すぐに心が折れそうになっちゃったなぁ……ふふ、身体は精神に影響を与えるっていうけど本当かもね……はぁ)

 部屋にはアリアの仕掛けた「サーチャー」が置いてあるので下手な独り言もいえず、心の中で溜息をつく少女。
 身も心もボロボロ、見てるほうが痛々しい気持ちになりそうなほどこの少女は焦燥していた。
 誰にも助けを求められず、自分でどうにかすることも出来ない。度重なる失敗により肉体的にも精神的にも限界だった。

 枕の横に置いてある本に手を伸ばす。それは初めて闇の書に魔力を込め、失敗し血まみれになって入院したときに家から持ってきてもらった数々の本の中にあった一冊。
 〝Celaeno Fragments〟とラクガキされた、どの言語にも通じない文が記された謎の本。

(……なんか、これを見てると落ち着くの。なんでかなぁ……全然読めないのに)

 一枚ずつ、ゆっくりとページを捲っていく。血のように赤い文。深淵のように黒い紙。
 不気味なはずなのに、何故かなのははこの本を捲る度になんとも言えない『安らぎ』に似た気持ちが溢れてくる。

「…………あれ?」

 ぴたり、とページを捲り続けていたなのはの手が止まる。なのはの目に映っているはやはり理解できない文字の羅列。
 しかし、ただ一箇所だけ、どことなく、なんとなく――。

(……読める? えっと……そ、そとな――外なる、か……かみ? あざ……とお、す……ああ! わかった、外なる神アザト)



 バ ン



「っ!?」

 音がした。それは何かが叩かれたような音。発信源を探る、方向はおそらく窓の方からだったような。
 なのはは窓を凝視する。だがそこには何もない。あるのはガラス越しに映る透き通るような青空。

(……気のせい、だよね。続き続きっと……)

 再び本に集中する。何故だが分からないが、一文だけ読めたのだ。頑張ればもう少し読めるかもしれない。
 そう思い、なのはは再び先ほどの場所を探す。

(外なる神、アザトース……? 神様の、名前? この本、聖書とかそんな感じの本なの? 神様の名前が出てくるくらいだし……)

 そのページで読めたのはその場所だけだった。次のページを捲る。そこにも、再び『読める文字』があった。

(これは……ローマ字? 英語かな。c・r・a・w・l・i・n・g・c・h・a・o・s……crawling chaos? うん? 横に訳っぽいのが書いてある……のかな? は、はいよる――こ、こんと、ん。這い寄る、混沌。――這い寄る混沌? にゃ、ないあるら、と……ほてっ)



 バ ン バ ン



 今度は、すかさず窓を見た。一瞬、それこそ刹那のような時間だったが、なのはは確かにみた。ひゅん、消えてしまったが、そこには〝黒い影〟があったことを。

(――鳥、鳥! 鳥だよね! ここ病院の五階だよ? 鳥以外の影が映るなんて、ありえないよね! ベランダもないし!)

 自分にそう言い聞かせ、背筋に冷たいものを感じながら、再び本に目をやった瞬間――。



 バ ン バ ン 、 バ ン バ ン



 カタカタと小刻みになのはの身体が震える。今度は本から視線を外さない。気のせいだ、気のせいだ、気のせいだと心の中で呟き続ける。




 バ ン バ ン 、 バ ン バ ン 、 バ ン バ ン 、 バ ン バ ン――――



 音が消えた。もうあの音は聞こえない。息をするのを忘れていたことにも気づかず、盛大に息を吐き、大きく吸った。

(……あ、あはは……と、鳥さんも驚かすのが上手いよね。巣でも作ってるのかな?)

 高鳴った心臓が徐々に落ち着いていくのを胸に手を当てて確認し、気が滅入ったので今日はもう本を読むのを止めようと、パタンと閉



 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
  バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン
 バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン バン――――

 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンッ!




 今度こそ、息が止まった。汗が止まらない。身体の震えが止まらない。窓の方を向いてはいけない。見るな見るな見るな見るな見るな見るな。
 それでも、まるで、身体が操り人形になったように、鉄が軋みをあげるように、ギギギと首が窓の方向に動いていく。

(駄目だ……よ。見ちゃ、駄目。お願い、止まって、誰か、私を、止め)

 いまだに叩きつける音は続いている。まず角の窓枠だけが目に入った。揺れている。今度は逃げる気はないらしい。
 そして、ついに、なのはの目に、映ったものは――。

「ごめーん! ペンを忘れちゃった!」

 病室のドアが開いて、そんな大声を上げながら入って来たのはアリアだった。操り糸が切れたように、なのはの身体は自由になる。
 なのはは窓を見た。そこには先ほどと何もかわらない綺麗な青空。


(――今ノハ、一体、何ダッタンダロウ――)


 ひゅー、ひゅーと過呼吸に似た呼吸音、異常なまでの汗、青ざめた虚ろの表情をしたなのはを見て、アリアはその異常に気がつく。

「……なのはちゃん……? なのはちゃん! なのはちゃん、しっかりして! っ! ナースコール!」

 ベッドに備え付けられているナースコールを押す。そしてなのはの頬を叩き意識を確かめた。

「なのはちゃん! 大丈夫!? 聞こえる!?」

「っ! はっ! ごほっ……――せっ、先っ、生――」

「落ち着いて、呼吸を整えて! 喋らなくていいから!」

 目の焦点が合っていない。ペンを忘れてから取りに戻ってから数分と立っていないのに、一体なにがあったのだとアリアは現状を理解しかねていた。本物の医者ではないので、医学的なことは判断できないが、ただ事ではないなにかが起きたのだとそれだけはわかっている。



「せん、せい――」

「なに? なのはちゃん……」

 少しだけまともな呼吸を始め、目の焦点も戻ってきたなのはを見て安堵するアリア。そんなアリアに、なのはは必死に声を出して聞いた。

「お、音……何かを叩くような、音、聞こえ……ません、でした……か……?」

「――音? 別に、聞こえなかったわよ。普段通り静かで、寝ちゃったのかと思ったくらいだし」

「…………そう、ですか……」

 それを聞いたなのはは、崩れるように、気を失った。






 ジュエルシードが落ちてくるまで、あと少し。だがその前に――もう1つの運命が、周り始めた。



[21899] 残機×4個目『お願い神様』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/03/31 04:06
 あれから数日後。あの不可解な現象は二度と起きる事はなかった。
 本当はあの出来事はなのはの妄想だったと思えるほど、何も無い。
 しかしあれ以来、あまりの恐怖になのはは母親の桃子やアリアに付き添って貰わなければ1人で寝つくことが出来なくなっていたが。

 だがそれと同時に、もう1つ不可解な出来事がなのはの体に起きていた。
 それは――。

(……体が、軽い)

 なぜか、病弱を超えた弱さを誇るなのはの体が、少しだけ丈夫になっていたということだ。



   魔法少女リリカルスペランカー 残機×4個目『お願い神様』



 八神はやては不安だった。それはもう趣味の読書がまったく頭に入ってこないほどに。
 その不安の原因は、ここ数ヶ月に続くなのはの異変。

 親友である高町なのはのギャグのような弱小さは今に始まったことではない。
 骨を折ることなど日常茶飯事。吐血することだって何度も目にした。
 高町なのはの最弱伝説を友達となったその日から経験していれば、自然と大抵のことでは驚かなくなるほどに。
 当然、怪我をすればとてもいまでも心配するし可哀想にも思うけれど。

(――でも、最近のなのはちゃんは……)

 最近の高町なのはは、あまりにも“病弱”すぎた。
 いままで見たことも無いほどのペースで吐血と骨折の繰り返し。それ以上吐ける血と折れる骨があるん? と思わずにはいられない量だ。

 医者に何度も念入りに検査して貰った。はやても立ち会ってその診断を見守っていた。
 しかし、その結果は常に“原因不明”だ。前からもそうであったが、高町なのはが病弱な理由は現在の医学では説明出来ないらしい。
 それは、自分の動かない“足”と同じで――。

 治す術がない病気。治る見込みのない病気。
 考えたくなかった、最悪の事態をはやては思ってしまう。
 それは、なのはの病気が悪化しているのではないかということ。

(なのは、ちゃん……っ……な、の……は……ちゃ…………)

 ぽた、っとはやての瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
 はやては信じていた。きっと近い将来に医学が進歩して、私の足もなのはちゃんの病弱もきっと治るのだと。
 そして、治った暁には2人で元気いっぱいに普通の子のように外を走り回れるのだと。

 でも――現実は医学が進歩する前に、なのはが先に死んでしまうかもしれない。
 私だけを残して、なのはちゃんが消えてしまうかもしれない。

 そう考えただけで、はやては涙が止まらなかった。
 そう考えただけで、心が見えない刃で切り裂かれるようだった。

 ふとはやては思いだす。高町なのはと最初に出会ったときのこと。
 それは足が動かなくなり、1人寂しく車椅子に乗って病院の窓の外を見つめていた。
 親もいず、仲良しの友達もいなかった孤独の中――そんなときに同じ病院に通院していたなのはが、話しかけてくれたことを。



『――あなた、足が動かないの?』

『……そうなんよ。“げんいんふめい”なんやって……あはは……ほんまに困ってまうわ……』

『そっか……私と同じだね』

『……?』

『私ね、凄く怪我をしやすいの。骨とかがね、よく折れちゃうの。でも、その理由は“げんいんふめい”なんだって』

『……そうなんや……なんや、私だけやなかったんやな……えへへ……あっ!?』

『うん? どうしたの?』

『ごめん、ごめんな……いま……喜んでしもた……私だけやなかったって、辛いのは私1人やなかったんや、一緒な子もいるんやって……!
 辛い、やろうに……ごめん……ごめん、なさい……ごっ、う、うっ……ごめんなさい……!』

『――泣かないで、大丈夫、大丈夫だよ。私は気にしてないから…………ねえ、私は高町なのは』
 
『――え?』

『私は高町なのはっていうんだ。あなたの名前を教えて欲しいな。』

『八神、はやて……』

『そっか! はやてちゃんか! ……ねえはやてちゃん、友達になろうよ! そして“約束”しよう!』

『友達になるのはええけど……約束?』

『そう、約束! いつか、私たちの病気が治って、元気よく遊べるようになったら……一番最初に、一緒に遊ぼう!』

『一緒に……?』

『うん! そうだ、約束するときは指切りしなきゃ! さ、指を出して!』

『うわ、ちょ……』

『指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます! 指きった!』

『……ご、強引やよなのはちゃん……』

『強引でもいいの! 約束したよ! 体が治ったら一番最初に一緒に遊ぶって! 嘘ついたら針千本なの!』

『でもなのはちゃん、1人だけ先に治ったらどうするん? もう1人が治るまで誰とも遊べんくなるで?』

『あ……え、えっと……治る! 2人同時にきっと治るもん!』

『……あはは、あはははは! おもろい、なのはちゃんおもろいわ!』

『そ、そっかな……にゃははは……』



 それは遠い日の記憶。いまでも幼い2人がさらに幼かったときのこと。
 強引だったけれど、その約束が八神はやてにとってどれほど嬉しいものだったか。
 どれほど頼もしいもので、どれほど希望を与えられたのか。

 その高町なのはという存在が、どれほど温かかったか。

「……嘘、ついたら……針千本飲むって……いうたやん……!」

 神様――どうかなのはちゃんを、私の友達を助けてください。
 私に出来ることがあったらなんでもします、どうか、どうか……。

 そう、信じてもいない神様に八神はやては願った。
 なのはが治りますように。なのはがはやての傍から消えてしまいませんように。
 助けて、助けて、助けて、助けて、私の友達を、助けて――。

 それはただの祈りに過ぎなかった。祈ることしか出来ない少女のもつただ1つの方法だった。
 けれど――八神はやては“単なる”少女ではない。圧倒的な“魔力”を持つ、“闇の書”に選ばれるほどの少女。

 そんな少女が、祈ってしまった。



 “神様”に、そう願ってしまった。



 “闇”さえ及ばぬ深淵が――覗いていることも知らずに。




 ■■■



 一方その頃高町なのはは。

「ぜぇ、ぜぇ……見て! 見てアリサちゃんにすずかちゃん! こほっ、ふぅー、ふぅー! 私走れてる! 走れてるよ!」

「なのはあああああぁ!? わかった、走れるのはわかったからそれ以上走るのは止めてええええぇ!」

「なのはちゃん止まって! 止まってええええええぇ!」

 何故か少しだけ丈夫になった体に感激し、外を元気に走り回っていた。
 その後ろを必死の形相で追いかけるのはアリサとすずか。
 確かに愛すべき友人が走り回れるようになったのはとても喜ばしいことだ。
 しかし、目に余るほどなのはは調子に乗っていた。これはまずい。走れるようになったとはいえ、なのはの紙のような丈夫さでは絶対に走ってはいけないことを、2人はいやというほど知っているのだから。

「はぁー、はぁー! あはははは! ランナーズハイってこんなに気持ちよかったっけ!? 地面を走れるのって、素晴らしい!」

「調子に乗るなああああああぁ!」

「折れる、絶対に折れるからなのはちゃあああああああん!?」

「いやっほー!」



 運命の輪が絡み合うまで――あと少し。



[21899] 残機×5個目『君を、助けに来た』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/03/31 03:15
 暗い森の中、1人の少年と黒い靄の様な何かが対峙する。
 少年が手を翳し、浮かび上がったのは魔法陣。それを黒い霧にぶつけようとするが、黒い霧は咄嗟に身を引きそのまま姿を消した。
 黒い霧を取り逃がしてしまった少年は力尽き、その場に崩れ落ちると最後の力を振り絞り念話を飛ばす。

 『誰か……僕の声を聞いて……力を貸して……魔法の、力を――』



 ――そんな、懐かしい夢を見た。
 高町なのはにとってそれは運命の出会いでもあり、新たなる自分を見つけることの出来た掛け替えのない彼の夢を。
 ユーノ・スクライアという少年。初めて魔法を教えてくれた、レイジングハートを預けてくれた、何度も守ってくれた、大切な友達。

 けれど、きっと彼は高町なのはのことを知るはずが無い。
 高町なのはが彼のことをどれほど知っていようとどれほど信頼していようとどれほど好いていようとも――。
 この世界で、この『高町なのは』を知る存在など居ないのだから。



 時が来た、っと――彼女は目をゆっくりと開く。見慣れた天井を見つめ、深く心に刻むように、高町なのはは呟いた。

「――それでも、守りたいんだ。大切な、友達を。大好きな、友達を……そして、助けられなかったたくさんの人たごぼふぇっ!?」

 華麗にキメ台詞を決める前に、バシャーと滝のように血が口内から逆流する。開幕ホームランならぬ開幕吐血。
 この世界に来てからは初めての経験である。

「ええ、なんで!? ごほっ! まほらばっ!?」

 ふとベッドを見れば今血を吐いたはずなのにどう見てもそれ以外の血で枕やシーツが染まっていた。
 どうやら寝てる間にも吐血していたらしい。寝違えや根ゲロという言葉は聞いたことはあっても寝吐血というのは初めてだ。

(ごふっ……ま、まさか……ね、念話もアウト、なの……?)

 他に原因は見当たらない。吐血は主に魔法を使ったときが一番多かったのだから。

(ちょ、ちょっと待って!? 今日はユーノくんを探しに行かなきゃ駄目なのに、血を吐いてる場合じゃ……。
 というか見つけた後だって念話を何回も使うんだよ!? ど、どうしよう! 最近よくわからないけど体が丈夫になったからなんとかなるって希望が見えてたのに……!?)

 一応、なのはの1つのプランを用意していた。
 ユーノを保護したあとははやての家に退避してジュエルシードの暴走体を待ち構える→襲って来たら吐血を覚悟で結界を展開して八神家を守る→ジュエルシードの魔力や結界に気づいたリーゼ姉妹が助けに来てくれる→あとは野となれ山となれ、口先三寸で誤魔化しリーゼ姉妹にジュエルシード集めを託す。
 といった全力で人任せな計画。無論、リーゼ姉妹が助けに来てくれない可能性もあるが、そうなれば骨が折れようと血を出し尽くそうと2人を守りながら暴走体を撃退し封印するつもりだ。
 未来のエースオブエースだった知識と力を持つこの高町なのはならばデバイスを解さなくとも暴走体の撃退は可能だ。
 封印はさすがにレイジングハートの力を借りなければならないが、一度くらいならなんとか出来る。

 ただ1つの難関であった体の脆弱さだって、何故かほんの少しだけ体が丈夫になったので問題ないはずだった。
 いや、出血多量と大量骨折で確実に長期入院することを“問題ない”というなればの話だが。

「くっ……それでもやるんだ……! 私は絶対に諦めなぶっふぇ!?」



 その後、起きてこないなのはを心配した家族が様子を見に来て、絹を裂くような悲鳴が近所に響き渡ったのは当然の結果である。



   魔法少女リリカルスペランカー 残機×5個目『君を、助けに来た』



 あれから、何時間の時が過ぎたのだろうか。
 ユーノ・スクライアが目を覚まして、最初に思ったことはそれだった。
 疲労と怪我でぼやける眼を空を向ければ、すでに日は沈み、オレンジ色の夕暮れが闇に染まりかけている。

(……あの暴走体を逃してしまったのは真夜中……ということはすでに半日以上過ぎてる……っ!)

 よろよろと彼は力の入らない足と手に鞭を打って立ち上がった。“人間体”でいるときよりも圧倒的に動きやすいこの“フェレット形態”ですらこのざまだ。
 暴走体を取り逃がしたとき、最後の最後で行ったスクライアの一族に伝わる変身魔法を使用したことにより、ほんの気休め程度だが体力と魔力は回復しているようだが。
 そう、ほんの気休め。わずかに歩けるようになって、わずかに念話くらいならば使えるといった程度の回復。

 これでは戦うことはおろか逃げることすら難しい。
 再びあの暴走体と相対したならば、待っているのは確実なる“死”だろう。

(念話を受け取ってくれた人は、いなかったのか……この近くに、魔導士やその資質を持った存在は……)

 救援を求める念話は確かに放った。しかし、誰も駆けつけてくれはしていない。
 しかし、この“管理外世界”ではそんなことをしても近くに魔導士や資質を持った人間がいる可能性が皆無であることはわかっていた。
 それに念話を受け取って貰えても、そんな怪しげな言葉だけで助けに来てくれるようなお人良しなどそういないだろう。

(……何を考えているんだ僕は。そもそも僕が“あれ”を発掘したせいでこんなことになったんだ……。
 それで誰かに助けてもらおうなんて……甘ったれるな! ユーノ・スクライア!)

 自身にそう激を飛ばし、弱い自分を拭い去ろうとする。弱った自分を振るい立たせようとする。
 だが、そうわかっていても、誰も助けてくれないことは辛いものだ。
 知り合いもいない遠い遠い別の世界で1人きり――どれだけ大人びていようとも、ユーノ・スクライアはまだ“九歳”の少年である。
 そんな少年が誰かに助けを求めたところで、果たして誰が責められるというのだ。

 そもそも、この世界に“ジュエルシード”という“願いを叶える宝石”がやってきてしまったのは誰の責任でもない“事故”。
 例え、それを発掘したのがこのユーノ・スクライアだとしても、彼に責任は全く無い。
 それでも傷ついた身を叩き起こして、危険性の高いジュエルシードを回収しようとしているのはほかでもなく――。

 正義感が強く、そして人一倍責任感があり――優しい心を持っているから。

(速く……あれを封印しないと……この世界の人達に被害が及ぶ……前に!)



 彼を、助けてくれる人は本当にいないのだろうか……。
 ――まあ実際には全力全開で助けようとした少女が1人いたのだが、その少女を病院送りにしたのはほかでもなく彼の助けを求める声だというのは、なんとも皮肉な話である。



 ■■■



 “暗闇”が大地を爆ぜさせながら疾走する。眼前にちょこまかと逃げ惑うのは小さな小さな獣。
 誰がどう見ようとも――勝敗は、始まる前から決している。

「くっ――そぉ!」

 小さき獣の呟きは歯の立たぬ相手への憎しみか、それとも力鳴き己への悔しさか。

 ユーノが目を覚まし、ジュエルシードの暴走体を探し回ってから数刻。
 辺りは完全に闇に沈み、それを照らすのは街灯と儚い月光のみとなった街中で彼らは出会った。出会ってしまった。
 “暗闇”は狩り損ねた獲物を再び狩り初めるように、小さき獣は強大な壁に立ち向かうように、激闘に身を委ねる。

「ガアアアアアアアァ!」

 “暗闇”の咆哮。それは大気を振動させながらユーノの体と心を恐怖に振るわせる。
 刹那、容赦のない暗闇の“爪”が襲い掛かった。空気切り裂き振り下ろされるそれは、大地を簡単に砕けるほどの威力を持っている。

(プロ――テクッ……ション!)

 それを防いだのは2人の間に現れた、光り輝く一枚の防御壁。
 ユーノ・スクライアの得意魔法である“プロテクション”だ。
 彼は攻撃魔法の適正を持たない。しかし、だからこそ彼の魔法は防御・補助に特化している。
 その防御魔法は一級品。一度発動すればそれを破壊するのは困難。

 だが。

(――!? プロテクションを構成する魔力が、足りない……っ!)

 それは、彼が“万全”だったならばの話。
 魔力の足りない防御壁はガラスのように砕け散る。

 プロテクションを破壊した爪の追撃はユーノの小さい体を宙へと掬い上げた。
 いや、掬い上げたなどと生易しいものではない。“吹き飛ばした”といった方が適正だろう。

「がっ……!」

 体が砕けるような衝撃。数メートルほど吹き飛ばされた彼の体は数回に渡り地面を跳ね飛んだ。
 薄れゆく意識。朦朧とする視界のなかで、痛みよりもどうすることも出来ない悔しさが心に溢れる。

(くそっ、くそ、くそくそくそくそっ……! 僕は、僕は……なんでこんなにも……弱いんだっ!)

 その円らな両目から溢れる雫。思考を埋め尽くす膨大な恐怖。
 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
 死ぬのが怖い。痛みが怖い。何も出来きないのが怖い。1人が怖い。孤独が怖い。

 そしてなによりも、このままではなんの罪もない人々があれに襲われてしまうことが……怖かった。

 ――そんな彼にトドメを差すように、暗闇が疾走する。
 もはや魔力もあれから逃げ切る体力もない。万策尽きた。いや、もとより勝算も希望もなかったのだ。
 こんなはずじゃなかったのに。あれを発掘したのは、誰かの為になると思ったからなのに。

 目の前に迫る“死”に、ユーノは思わず目を瞑る――。



「そこまでなの!」



 その空間に響き渡ったのは、幼く甲高い声。
 しかしその声は勇気に満ち溢れ、そして確かな“強さ”があった。

(――まさか、来てくれた……? 僕の声を、聞いてくれた――魔法の力を持つ、人が!)

 来てくれるとは思わなかった。誰かが助けてくれるなんて思わなかった。
 でも、それでも――来てくれた。

 さきほどまで絶望と恐怖、そして悔しさしかなかったユーノの心に“希望”という名の温かな気持ちが泉のように湧いてくる。
 その声の持ち主を、ユーノは見た。
 ボロボロの体で、ボロボロの心で、彼女を見た――。

「…………え?」

 その声の持ち主は、少女だった。顔にあどけなさの残る、少女。
 しかし、ただの少女ではない。なぜならば彼女は……。

「君を、助けに来だぼっふっ!? ごっほっ、助けに、ごほっ!」

 ついさきほどまで病院で危篤状態でしたと言わんばかりに、おそらく元は純白だったであろう入院服を真っ赤に己の吐血で染め上げていたのだから。



 ユーノは思った。再び絶望に彩られる心の底から思った。
 助けがいるのは君のほうじゃ!? と。



[21899] 残機×6個目『レイジングハートが使えない』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/03/31 04:04
 成人女性の平均血液量は1kg当たり約75mといわれている。
 対して子供の血液量はその半分。体重が30kgならばおよそ2000mだ。
 血液は人間の身体にとって重要な機能と役割を担っている。ともすればそれが“無くなる”ということが如何に危険であるか理解できるだろう。

 血液の15%を損失すればのどが渇き、いくら水分を補給したところでそれは収まらない。
 30%がなくなれば得体の知れない不安感が襲い、それによるいらつきや恐怖によって凶暴性が引き出される。
 40%ともくれば、単純に“眠く”なる。脳に血液から運ばれる酸素や重要や物質が回らなくなるのだ。
 そしてそれさえも超えた40%以上になれば――、一秒前の記憶すら曖昧になり、自分のことすらわからなくなるほどの混乱が襲う。
 それがしばらく続けばやがて意識さえもなくなり、身体は衰弱し――やがては“死”ぬ。

(――あ、あれ? 私、何しに来たんだっけ……なんで、こんなに……眠……)

 ユーノ・スクライアを助けにやって来たこの時点で――高町なのはは“3分の1”以上の血を流していた。
 高町なのはの体に現れている異常は、子供の体では決して耐えれるものではない。
 すでに死んでいたとしてもおかしくない。否、むしろ死んでいるほうが自然だろう。
 そんな体で病院を抜け出したというのは自殺行為に等しく、そんな体でこの場所にたどり着けたというのは奇跡に等しい。


 まどろむ瞳でなのはは目の前の光景を見つめる。荒れ果てた道路。自分を見定めるかのように“暗闇”がこちらを向いて蹲っている。
 そのすぐ後ろには小さな動物。傷つき、血にまみれ、小さく震えていて。

(…………ユーノ、くん)

 フラッシュバックする光景。多少は違えど、高町なのはにとってそれこそ己の全ての始まり。
 愛すべき友人、ユーノ・スクライアと初めて出会ったその記憶。

(ユーノくん、ユーノくん、ユーノくんユーノくんユーノくんユーノくんユーノくん――)

 病弱の体を酷使してまで行った魔力反応の探索と感知。血を吐き続けて、死ぬ思いでやってきた。
 それは全てこの為に。未来の友達を救うため。たとえここが違う世界でたとえ違う人達だとしてもたとえ誰もが“高町なのは”を知らなくとも。
 得られなかった誰かの幸せを得る為に、彼女はここにやって来た。

 誰かを救うために、誰かが幸せになれるように。
 そしてその誰かが幸せになれた分だけ――高町なのはは幸せになれる。
 誰かの為に己の為に。その2つがあるのならば、彼女はきっと全ての血を失おうとも――。

(――いま、助けるから!)

 ――戦うことが、出来るのだ。

 そして、いまもまた“誰かを守りたいから戦う為に”彼女は大地を踏みしめ、駆けだした。



 そんな駆け出した一歩先にあったもの。それは“ヒビ”だった。おそらくはあの暗闇が暴れた際に作られたのだろう。
 そのヒビの丁度間に華麗ともいえるタイミングで足を突きいれ――。

「あ」

 彼女は転んだ。結構な勢いで転んだ。
 『ゴキッ』と――なにかの壊れる音が、静寂に包まれる夜の街に、少女の悲鳴と共に木霊する。



   魔法少女リリカルスペランカー 残機×6個目『レイジングハートが使えない』



「にぎゃああああああああああああぁ!?」

(うわあああああああぁ!? 右足が向いてはいけない方向にー!?)

 少女の悲鳴と少動物の心の悲鳴はまるで夜空に響くハーモニー。
 別名阿鼻叫喚ともいうだろう。

(痛い、痛いよぉ……う、うぐっ! い、痛いけど、こんな痛み“あの事故”に比べれば……!)

 ありえない方向に曲がっている右足を尋常ではない痛みが突き刺す。しかし彼女は耐えた。
 蓄積した疲労が任務中に爆発し、二度と空を飛べなくなるかもしれないといわれたほどの事故の記憶。
 それを思い出すことによって、“不屈の闘志”を燃え上がらせる。

 そう、あの悲惨な事故に比べれば、右足が骨折したくらいなんだというのだ。
 たかが骨の1つや2つ、どうってことない。私はまだまだ戦える。
 そうだよね、ユーノくん! っとなのはは瞳に炎を宿らせて前を向く、前に突き進もうとする。

『き、君! 大丈夫!?』

「ごぶふぇぁ!?」

『血を吐いたー!?』

 そこに止めを刺すように、ユーノの念話がなのはに伝わる。
 たとえそれがほとんど魔力を消費しないものであっても、魔法に関与するならばなのはにとっては急所も同じ。
 現在の高町なのはをろうそくに例えるならば、燃え尽きようとしている最後の輝きに水をぶっかけられたようなものだろう。

 しかし、彼女はろうそくではない。
 何度でも言おう。彼女の不屈の意思はそれでも消えないと。

「ごっほっ! かはっ! ユ”、ユ”ー……きみ! 念話を使うのは止めぶべらっ!」

 この世界のユーノ・スクライアはまだ高町なのはを知らない。
 ゆえに現在の高町なのはがユーノ・スクライアを知っているのはおかしいのだ。
 そう考えて、あくまでなのははユーノと初対面の振りをする。

 それはある意味辛いものであったが、怪しまれでもしてレイジングハートを借りれないなどのことになれば2人とも死ぬのだから。
 もっとも、血まみれの少女を怪しまないものがいないことを彼女は考え付いていなかったが。

『え!? ど、どうして、というか君は一体――』

「まそっぶ!? お”ぇっ! ……い、いいから使わないでー! ぞばっ!?」

 さながらナイアガラの滝のように血を吐き続ける彼女の幽鬼にも似た迫力に、ユーノは気おされてそれ以上何もいえなかった。
 いえなかったが、ユーノはここであることに気づく。

(彼女が何者かはわからないけど……信じられない魔力を感じる! 魔法を発動すらしていないのに肌身だけでわかるほどの……!
 で、でもなんで彼女はあんなにボロボロなんだ!? と、というかあれは死んじゃうんじゃ!?
 いますぐに回復魔法をかけてあげないと……で、でも今の僕には魔力も彼女を連れて逃げる力もない!
 どうすれば、どうすればいい――)

 彼は必死で悩んだ。自分の為に駆けつけてくれた少女が、たとえそれが何故か最初から死に掛けていたとしても、絶対に死なせたくなかった。

「ガルルルルゥ――」

(暴走体が、動く!?)

 先ほどまで傍観を決めていたジュエルシードの暴走体である“暗闇”が痺れをきらせたのか蠢き始めた。
 当然だ。というよりはなぜ止まっていたのかと疑問を持つくらいなのだから。

(けほっ……! お、思った以上に厳しすぎるの……でも、あと3回の魔法――命を燃やしてでも、使ってみせる!)

 一度目はレイジングハートの起動。二度目はプロテクションよりも魔力使用の少ない一発の魔法弾の射出。三度目は封印。
 結局前回同様リーゼ姉妹は助けに来てくれない。ならば自分がやるしかない。
 命をかけてでも友達を守ってみせると、彼女は限界をとっくの昔に通り越してる身体に激を飛ばす。

「君! デバイスを持ってない!? 私は持ってないの! 持ってたら貸して!」

 枯れた声で、口の中に溜まった血液を飛ばしながらなのはそう叫んだ。これから先、幾度の激戦を共に戦い抜いてきたパートナーをこの手に掴むため。

(デバイスのことを知っている!? 彼女は魔導士なのか!? でもなぜ彼女ほどの魔力を持った魔導士がこの世界に?
 それにデバイスを持っていないなんて……くそ、このまま考えても拉致があかない! 彼女は戦ってくれる気だ、他の誰でもない僕の為に!
 僕より怪我が酷そうなのに、戦おうとしてくれているんだ! 僕が、弱いばっかりに……!)

 自分が強ければどれほどよかったか。自分だけであの暴走体を封印出来ればどれほど良かったか。
 あの血まみれの少女に今は頼るほかない自分が死ぬほど嫌になって、死にたくなるほど情けなかった。

 彼女が望むように、ユーノはデバイスを持っている。それはユーノにすら、いや、一族の誰もが使えない極めて扱いの難しい特別品。
 太古の遺跡より発掘されたインテリジェントデバイス。その名も『レイジングハート』。

(ごめん、ごめん、ごめんなさい……でも……今だけは、力を貸して!)

 心の中で悔しさに涙しながら、ユーノもまた限界のはずの魔力を燃焼させ、己の胸にかけてある待機状態のレイジングハートをその少女に向けて弾き飛ばした。

 自分に向けて飛んでくる赤き宝石。それに向けてなのはは手を伸ばす。

(レイジングハート……もう一度私に力を!)

 それは運命の再開。ここに、エースオブエースと未来に呼ばれることとなる魔法少女が再び誕生する。



 ――はずだった。



「ガアアアアアアァ!」



 “ぱくん”と空中を飛んでいたレイジングハートは、“暗闇”のその大きく開かれた口の中に吸い込まれる。



「え?」

「は?」

 その光景に、おもわず呆けた声を上げる一人と一匹。
 その光景が信じられないように、信じたくないように。

 ボリボリと音を上げて租借するそれをみて――。
 高町なのははことの全貌をようやく理解した。



 すべての希望が、いま闇に飲まれたのだと。



[21899] 『ビ■■キп』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/04/01 21:49

 高町なのはにはいつも傍に居てくれるものがいた。
 それは家族でもない。それはユーノ・スクライアでもない。それはフェイト・テスタロッサでもない。それは八神はやてでもない。

 それはレイジングハートという名のデバイス。
 魔法の存在を知って、魔法を使い始めてから――レイジングハートはずっとなのはの傍に居た。
 片時も離れず、なのはを守っていたのだ。

 でもなのはを守りきれない時もあった。
 その度にレイジングハートはインテリジェントデバイスには不向きのカートリッジシステムを自らに組み込んだこともあった。
 彼女が強くなれば、レイジングハートもそれにあわせるように強くなっていく。
 2人は一緒に強くなったのだ。なのははそんなレイジングハートを信頼して、レイジングハートはそんな主を愛した。

 しかしそれは違う世界の高町なのはの物語。この世界ではたとえ彼女がレイジングハートをどれほど知っていようと、レイジングハートは彼女を知らない。
 それでもなのははこの世界でも、彼女と共に歩むことを望んでいた。

 最高のパートナー。最高の相棒であるレイジングハートを。



「――嘘、だ……」

 破滅の音がしていた。鉱石が砕き潰されるような音が響いている。

「ガウウウウゥ……ガッ!」

 “暗闇”が何かを吐いた。無数の欠片に散らばったそれは月光を反射しながら空を舞う。
 とても幻想的な光景だった。それが光景があまりにも綺麗で、それがあまりにも儚くて。

 だからそれが――とても現実だと思えなかった。



  魔法少女リリカルスペランカー 『ビ■■キп』



 最初に動いたのは“暗闇”。それは獰猛な野獣を思わせる動きでなのはに向かう。
 一方、彼女は完全な放心状態だ。自分のデバイスはレイジングハート、それは世界が何度変わろうとも変貌しないものだと思っていた。

 そう思っていたのに――レイジングハートは、もういない。
 あれだけ砕かれてしまったらもう修理も再生も不可能だろう。

 なのはにとってレイジングハートは“物”ではなく“人”だった。
 真面目で、少しだけ寡黙で、自分のことをなによりも思ってくれる“彼女”。
 そんな彼女が、“死んだ”。迫りくるあの“暗闇”に殺された。

 守ろうとしていた、大切な人を守れなかった。

「――ああ、ああああああああああああああああああああぁ!」

 その悲痛な叫びは悲鳴のようで、悲しみを帯びた泣き声のようで。
 雄たけびを上げながら彼女は、溢だした涙を拭うこともせずその手に魔法弾を構成した。

 この世界では未来のこととなる知識と経験を彼女を持っている。
 デバイスを介さずに放つ魔法など彼女にとっては簡単なことだ。

 その体が、普通の状態であったなら。

 体内で爆弾が爆発したかのような衝撃が彼女を襲う。口から吹き出るのはどす黒い色をした血。
 思考が定まらない、視界もだ。それでも彼女は構成した魔法弾を“暗闇”に向かって射出する。
 過去の戦闘では初めて使った、しかも防御魔法にもかかわらずあの“暗闇”はそれだけで爆惨したのだ。

 当たれば間違いなく勝てる。レイジングハートの仇が討てる。

 けれど――無情にもその魔法弾は“暗闇”の一部を弾き飛ばしただけだった。
 悲鳴を上げる“暗闇”。瞬間、その吹き飛ばした部分に“闇”が集結し再生を始める

(そん、な……)

 “暗闇”の動きが俊敏なこともあった。放った魔法弾の咆哮がずれたこともあった。
 しかし最大の原因は、高町なのはの体はもはや限界の限界を超えていたということ。

 不屈の心は折れずとも――その器が先に折れていた。
 彼女はもう立つこともままならない。糸の切れたマリオネットのように地面に倒れこむ。

『君っ!? そこから逃げるんだ! 早く!』

 使うなといわれたはずの念話を使用してまでユーノはなのはにそう伝えた、伝えずにはいれなかった。
 だが、ユーノと同じくなのはにもはや自分の体を動かす力は残っていない。
 それどころか、念話を受信したというのに血を吐かないし痛みさえ感じない。
 吐けるだけの血も残っていないのだろうか。痛みを感じるだけの神経も動いていないのだろうか。

(…………)

 なのはは、考えることが出来なかった。意識は途切れる寸前であり視界には何も映らない。
 あのジュエルシードの怪物のように真っ暗だ。

「ガァ、ガアアァ――ガアアアアアアアアアアァ!」

 再生の終わった“暗闇”が咆哮を上げてなのはの元へ疾走する。
 ユーノが何かを必死に叫んでいた。しかしなのはは動かない。動けもしないし、“暗闇”が迫っていることにも気づいていない。

“暗闇”が闇の広がる大きな口を空け、“よくもやってくれたな”とでも言うようにその牙を――。






 彼女の頭に突き立てた。



 最後に聞こえた悲鳴は誰のものだったのだろうか。



 なんの偽りもなく、なんの嘘もなく、それが当然であるかのように。



 高町なのはは殺されたのだ。






















 『 』が聞こえる。

 化物が去り、2つの肉塊だけが残されたその場所で、何かが『 』を唱えている。

 召来の『 』。名を口ずさむことさえ禁忌とされるそれを讃える『 』が。

 暗闇などよりもずっと深い、深淵を覗く禁断の『 』。



 ――『 』が、聞こえる。









 ■■ ■■ ■■■■ ■■■■ ■■■■■ ■■■■■ ■■■■■■■ ■■■■■ ■■ ■■ ■■■■



 ■あ ■■ ■す■■ ■■た■ ■■あ■■ ■る■■■ ■ぐ■■■■■ ■■■と■ あ■ ■■ は■■■



 ■あ い■ ■す■あ ■■た■ く■あ■■ ■る■と■ ■ぐ■■■る■ ■る■と■ あ■ あ■ は■■あ



 いあ い■ ■す■あ ■■た■ く■あ■■ ■る■と■ ■ぐ■■■る■ ■る■と■ あ■ あ■ は■■あ



 いあ い■ ■すたあ は■た■ く■あ■く ぶる■とむ ■ぐと■■る■ ■るぐと■ あい あ■ は■たあ



 いあ い■ はすたあ は■たあ くふあ■く ぶる■とむ ■ぐとらぐる■ ■るぐとむ あい あ■ は■たあ



 いあ い■ はすたあ はすたあ くふあ■く ぶるぐとむ ■ぐとらぐるん ■るぐとむ あい あい は■たあ



 いあ いあ はすたあ はすたあ くふあ■く ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ■るぐとむ あい あい はすたあ



 いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ■るぐとむ あい あい はすたあ



 いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい あい はすたあ






 いあ! いあ! はすたあ! はすたあ! くふあやく! ぶるぐとむ! ぶぐとらぐるん! ぶるぐとむ! あい! あい! はすたあ!









 ■■■






「――あれ?」

 なのはが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。
 当然だろう、そこは自分の家の部屋なのだから。

「……私、たしかユーノくんを助けに行こうとして、それから……なんでだろう、思い出せない……」

 おかしなことにこの部屋で眠った記憶がない。
 体はかなりきつかったが、ユーノを助ける為に病院を抜け出そうとして――というところまでは覚えていたが、そこで記憶が無くなっている。

「――っ! ユーノくんは!?」

 部屋を見渡す。何の変化もない、いつも通りやけに本が沢山ある“この世界”の高町なのはの部屋。

(ひょっとしてユーノくんを助けに行こうとして倒れちゃったの私!?
 た、大変だ……ユーノくん、無事だよねユーノくん……! そうだ、私何時間眠ってたの!?)

 自分が倒れていた時間を確かめる為に携帯電話で時間と日付を確認する。



 そして、なのはは凍りつくように絶句した。



 携帯電話に記された日付が、高町なのはがこの“高町なのは”に逆行して来た――その日だったのだから。






 こうして運命の輪は絡んで動き始め――全てが、ゆっくりと壊れていく。



[21899] 残機×?
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/05/02 18:17

 世界は“可能性”の数だけ無限に存在する。
 それは誰かが生きている世界、それは誰かが死んでいる世界。
 それは誰かが生きようとしている世界、それは誰かが死のうとしている世界。
 それは誰かが殺された世界、それは誰かが殺した世界。

 二択の選択肢の中でその1つを選んだ世界。二択の選択肢の中でもう1つを選んだ世界。二択の選択肢の中でどちらも選ばなかった世界。
 サイコロの1の目が出た世界。サイコロの2の目が出た世界。サイコロの3の目が出た世界。サイコロの4の目が出た世界。サイコロの5の目が出た世界。サイコロの6の目が出た世界。サイコロの目が出なかった世界。

 4面ダイスの世界。6面ダイスの世界。8面ダイスの世界。10面ダイスの世界。12面ダイスの世界。16面ダイスの世界。20面ダイスの世界。24面ダイスの世界。30面ダイスの世界。60面ダイスの世界。120面ダイスの世界。

 立方体の世界。正八面体の世界。正十二面体の世界。正二十面体の世界。菱形十二面体の世界。三方八面体の世界。四方六面体の世界。
凧形二十四面体の世界。菱形三十面体の世界。六方八面体の世界。三方二十面体の世界。五方十二面体の世界。凧形六十面体の世界。六方二十面体の世界。

 “高町なのは”の居る世界。

 たとえば彼女はどこにでもいる普通の少女であり、たとえば彼女はどこにでもいない魔法の力を持つ少女だった。
 たとえば彼女は英雄と呼ばれ、たとえば彼女は反逆者と呼ばれた。
 たとえば最強の魔導士であった彼女。たとえば最弱の魔導士であった彼女。たとえば魔導士ですらない彼女。

 たとえばとある喫茶店を受け継いだ彼女。たとえばとある流派を受け継いだ彼女。
 たとえば所謂普通の人生を歩んだ彼女。たとえば所謂普通じゃない人生を歩んだ彼女。

 たとえば二重人格を持つ彼女。たとえば多重人格を持つ彼女。たとえば人格すら持たない彼女。
 たとえば誰かと恋人になった彼女。たとえば誰とも恋人にすらならなかった彼女。
 たとえば誰かと結婚した彼女。たとえば誰とも結婚しなかった彼女。

 たとえば誰かとの愛の結晶である子供を生んだ彼女。
 たとえば見ず知らずの子供を自分の子として育てた彼女。
 たとえば子供なんて関わることすらなかった彼女。

 たとえばアリサ・バニングスが友達である彼女。たとえば月村すずかが友達である彼女。
 たとえば八神はやてが友達である彼女。たとえば今だ見ぬ誰かが友達の彼女。
 たとえばその全てが友達である彼女。たとえば友達なんていない彼女。

 たとえば関わる全ての人達を守りきった彼女。たとえば関わる全ての人達を守れなかった彼女。

 そして“高町なのは”が居ない世界。

 “八神はやて”の居る世界。

 たとえば彼女はどこにでもいる普通の少女であり、たとえば彼女はどこにでもいない魔法の力を持つ少女だった。
 たとえば彼女はとある魔導書の主に選ばれ、たとえば彼女はとある魔導書の主に選ばれなかった。

 たとえば最初から足の動く彼女。たとえば最初から足の動かない彼女。
 たとえば運動が好きな彼女。たとえば勉強が好きな彼女。たとえば運動が嫌いな彼女。たとえば勉強が嫌いな彼女。

 たとえば血の繋がった家族がいる彼女。たとえば血の繋がらない家族がいる彼女。たとえば家族のいない彼女。
 たとえば4人の守護騎士を従える彼女。たとえばそれ以外の守護騎士を従える彼女。たとえば守護騎士を従えない彼女。

 たとえば1人の名前を送った者と悲しい別れをした彼女。たとえば1人の名前を送った者と別れることはなかった彼女。
 たとえば何かの部署の部隊長になった彼女。たとえば何かの部署すら作らなかった彼女。

 たとえば月村すずかと知り合った彼女。たとえばアリサ・バニングスと知り合った彼女。
 たとえば高町なのはと知り合った彼女。たとえば今だ見ぬ誰かと知り合った彼女。
 たとえばその全てと知り合った彼女。たとえば知り合うことなんてなかった彼女。

 たとえば陰謀に巻き込まれて未来永劫氷の柩の中に閉じ込められた彼女。
 たとえば陰謀に巻き込まれても全ての悪意を断ち切り夜天に輝きを取り戻した彼女。
 たとえば陰謀すら起きなかった彼女。

 そして“八神はやて”が居ない世界。

 “今だ見ぬ誰か”の居る世界。“今だ見ぬ誰か”が居ない世界。

 無限の可能性がある世界。無限の可能性がない世界。出会う世界。出会わない世界。
 幸せに満ち溢れた世界。悪意に染まる世界。正義が真である世界。悪が全てである世界。
 法則のある世界。法則すらない世界。概念のある世界。概念のない世界。
 暗黒物質の宇宙である世界。エーテルの宇宙である世界。海が宇宙である世界。

 永遠、永劫、永久に創られ続ける可能性という世界。
 無限、無量、無尽に広がり続ける可能性という世界。

 神様の居る世界。神様の居ない世界。心優しい神様の居る世界。邪悪な神様の居る世界。

 これはその阿僧祇の、那由他の、不可思議の、無量大数の。
 或いは不可説の、不可説転の、不可説不可説の、不可説不可説転の中に存在する可能性の“ストーリー”。



 それはかみさまとであったなのはというしょうじょのかなしいものがたり。
 それはしずかにたしかにゆっくりとくるっていくなのはというしょうじょのおはなし。



 ■■■



 昔々のお話だ。とある世界の“なのは”は願った。強い自分を。誰にも負けない、そして不屈の心を持った自分を。
 それは己を省みない、“神様”に心を犯された1人の“なのは”が起こした小さな奇跡。






 これは、“なのは”という不屈の心を持った少女の――神様に立ち向かう“勇敢なる御伽噺”。



[21899] 残機×8個目『はやてちゃんがいるから、私は頑張れるんだ』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/05/06 21:54
 極彩色のアラベスク模様が世界を覆っている。万華鏡のように廻る抽象画。歪んだ景色。歪みしかない風景。
 そんな気が狂いそうになる幻想に幾人の住民がいた。いや、それは人と言っていいのかすらわからない。
 手足がある。体がある。顔がある。目がある。髪の毛がある。でも、“鼻”がない。事故や怪我でなくなったのではないだろう。
 だって、元より鼻があった場所ならば、それを失ったのならばあのように“丸く突き出ている”はずがない。
 そして人間にはあってはならないものが1つ。“エラ”だ。それは魚介類独自の器官。遥かなる大海原に適応する為に進化したもの。
 首の喉横に、計6箇所の横に刃物で切り取られたような孔。それが独自の生き物の如く動いている。蠢いている。
 例えるならば“蛙”だろうか。人間と蛙の表情を足して割ったら、ああいう風な“生き物”になるのかもしれない。

 ■■ ■■ ■■■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■■ ■■■■

 彼らは時折その場所の中心に円を作って集まって、何かを唱えている。歌っている。呟いている。
 普段は唸り声にしか聞こえない言葉しか話さない彼らが、何かを呼んでいる。

 ■あ ■■ くと■■■ ■■■■ い■ ■■ ■■るぅ■ ■■だん

 ふと彼らの形作る円の中心を見てみれば、その中にあるのは何かの肉塊だ。
 心臓のように一定のリズムを取りながら脈動を刻むそれ。あれはなんなのだろう。何の“肉”だろう。

 ■あ い■ くと■ぅふ ふく■■ い■ いあ く■るぅ■ ふ■だん

 歌がはっきりと聞こえてくる。それは背徳的な歌だった。それは背徳的な言だった。それは背徳的な句だった。
 決して言ってはいけない言葉。■■を讃える『 』。

 いあ いあ くと■ぅふ ふくだん い■ いあ く■るぅふ ふ■だん

 或いは私は叫んでいた。それを口ずさむのは止めて、それを呼んではいけないいけないと。
 或いは私は歌っていた。彼らと同じくして、その禁句を、その呪文を、その讃歌を。

 いあ いあ くとるぅふ ふくだん いあ いあ くとるぅふ ふくだん

 歌が完成する。瞬間、世界が狂い始めた。極彩色のアラベスク模様が螺旋を描いて混ぜきった絵の具のように黒く黒く深淵に渦巻いて。
 彼らの上に広がる空間が大きな大きな一滴の雫のように、或いは受胎のように落ちてきた。
 その空間が裂けて、その裂け目から何かが私を除いている。瞼のない邪悪な瞳。薄暗く光り輝くそれが私を見つめている。

 いあ! いあ! くとるぅふ! ふくだん! いあ! いあ! くとるぅふ! ふくだん!

 徐々に歪んだ空間に裂け目が広がり、その全貌が明らかになる。鰭がある。鱗がある。鰓がある。
 それは明らかに人ではなかった。それは明らかに彼らとも違う存在だ。あれを“生き物”と呼んでもいいのだろうか。
 冒涜的だ。背徳的だ。破戒的だ。見てはいけない。視てはいけない。
 息が出来ない。体が震えている。恐怖が私の全てを奪う。

【■■■】

 “あれ”が何かを呟いている。それは私には理解できない。したくない。

【■■は】

 それでも、その言葉には聞き覚えがある。とても人類には理解できない発音なのに、人間には聞こえることのない高音で発せられているのに。

【■のは】

 いうな。それいじょういわないで。だめだ。なんで。そのなまえは、わた







「――っ!? ……はっ……はっ…………」

 よく知っている天井。アラベスク模様もなにもない、清潔を思わせる純白の部屋。
 いつもの病室だ。いまでは自分の部屋のような感覚すらある、いつもの病室。

「……また、あの夢……」

 高町なのはが、“2度目”の逆行を繰り返してからというもの――彼女は、そんな夢を見るようになっていた。



   魔法少女リリカルスペランカー 残機×8個目『はやてちゃんがいるから、私は頑張れるんだ』



「なのはちゃん、また怖い夢をみたん?」

「……うん」

 そこは八神はやての個室だ。なのはの個室の一階ほど階段を上がってすぐにある405号室。
 なのははベッドの上のはやてに縋り付くように、手を回してぎゅっと抱きしめていた。
 暖かかった。人の体温とはどうしてこうも安らぎを与えてくれるのだろうか。
 いっそ永遠にこうしていたいとすらなのはは思う。

「――もう、なのはちゃんたらしゃーないなー」

 そういってくすくすとはにかんで、はやては優しくなのはを抱きしめる。
 ちょっとしたことで傷ついてしまうなのはの体を、優しく、愛しく、繊細な芸術品を扱うように。

「ごめんね……」

「ええってええって。こんなんでなのはちゃんが落ち着くならお安い御用や。
 いや、むしろ役得やな。なのはちゃんの体は柔らかくて気持ちいいしなー」

「にゃはは、はやてちゃんくすぐったいよぉ」

 いままさに、なのはは本当の安らぎを得ることが出来ていた。
 怖い夢も、怖いことも。体が弱いことも、魔法のことも、これからのことも、危機も、危険も全てを忘れることが出来たから。

 だがそれと矛盾するように、同時に“だからこそ”となのはの挫けそうな心が輝きを増す。
 自分が頑張らなければ、この優しい友達も、ジュエルシードによって巻き起こる次元振で消えてしまうか、もしくはギル・グレアムの計画によって氷漬けにされてしまうのだ。

 高町なのはに、1人の人間に出来ることなどたかが知れている。しかし、その“たかが”こそが重要なのだ。
 この世界も、八神はやてもフェイト・テスタロッサも、アリサ・バニングスも月村すずかもユーノ・スクライアも。
 なのはが魔法少女としてプレシアテスタロッサを止めなければ、ギル・グレアムを止めなければ、なのはの大好きな人々は消えてしまうかもしれない。

 それは別の世界の出来事だ。それは違う未来の出来事だ。この世界がそうと決まっているわけではない。
 元の世界のなのはが健康優良児であったように、この世界のなのはが健康不良児であるように、全てが前の世界のようになるとは限らない。

 それでも、一%でも前の世界のような事件が起こる可能性があるのならば、なのはは戦う。
 たとえ謎のタイムスリップという逆行を繰り返そうとも、何度骨が折れようとも心が砕けようとも。

「……はやてちゃん」

「うん?」

「はやてちゃんがいるから、私は頑張れるんだ」

 八神はやてがいるから、フェイト・テスタロッサがいるから、アリサ・バニングスがいるから、月村すずかがいるから、ユーノ・スクライアがいるから、父親がいるから、母親がいるから、兄がいるから、姉がいるから、クラスメイトのみんながいるから、病院のみんながいるから、この街のみんながいるから、未来に知り合うことになるであろう沢山の人々がいるから。

 高町なのはは、どんな逆境も越えていける。

「だからはやてちゃん、ずっと私の傍に居て。絶対に、居なくなっちゃ嫌だよ」

「……あ、あははは……な、なんや、なのはちゃんにプロポーズされてもたなー」

 そう茶化すように、顔面を熟した果実のように真っ赤に染めてはやては呟いた。
 心なしか、なのはに伝わる体温もどんどん暖かくなっている。

「……大丈夫やよなのはちゃん。私はどこにもいかへん。ずっとなのはちゃんの傍にいる。
 私はなのはちゃんが大好きやから」

 高鳴る心臓を押さえるように、なのはに聞こえるくらいに高鳴った心臓を落ち着けるようにして、なのはの耳に届いたのはそんな言葉だ。
 それはある意味での愛の告白。生涯共にいることを誓う桃源郷の契り。

 この瞬間、なのはの心に光が“戻った”ような気がした。深淵すら照らしてしまいそうな不屈の心。
 神様だって相手に出来そうな、不滅の闘志。どんな鉄よりも硬く、どんな衝撃だろうと折れない魂。

「――ありがとう、はやてちゃん。私も、はやてちゃんが大好きだよ。
 絶対に……守ってみせる。あなたを、みんなを」

 高町なのはの真の強さとは。その膨大な魔力ではなく、その莫大な魔法の才でもなく。
 “不屈の心”という、諦めない意思そのものなのだから。



 ■■■



 なのはがはやての病室から出て、階段を下りたところに丁度歩いて来たのは八神はやての主治医である石田幸恵だった。

「あ、石田先生! こんにちは!」

「え? あ、うん、こんにちは。今日は元気ねなのはちゃん」

 石田は驚いていた。八神はやての友達である高町なのはの変貌に。
 いや、変貌というものではないだろう。彼女は元々これくらいの元気がある少女だと記憶している。
 しかし最近は枯れた花のように憂いた表情しか浮かべていなかったし、元気の“げ”もみないほど何かに疲弊していたのだ。

 それがどうだろう。この日向に咲く活力に溢れた可憐な笑顔は。
 昔の元気な高町なのはに戻ったどころか、さらに元気な高町なのはに変わっている。
 その目にはやる気が満ち溢れ、見るものさえもやる気が出るような、そんな強い眼差し。
 何があったかは知らないが、きっととてもいいことがあったのだろう。

「石田先生! 私頑張るよ! いつだって! どんな時だって!」

「そっか。でもね、なのはちゃん。頑張りすぎは体に毒ですよ? ほどほどにね」

「はい!」

 そう返事をして、なのはは軽やかな足取りで自分の病室へと戻っていった。

(何があったかはわからないけど……頑張ってね、なのはちゃん)

 石田自身が担当している八神はやてと同じく“原因不明”の病気を抱える彼女がこれほどまでに活気に溢れている。
 ならばその親友であるはやてちゃんにもいい影響があるに違いない。石田はそんな嬉しい未来予想を立てて気分が浮き立った。



 ああ、きっとそうだ。



 はやてちゃん、今日は病院にいないけど、次に来たときにきっと喜ぶわ。と小さな呟きを残して。



[21899] 残機×9個目『なのはちゃんの友達だから』
Name: 槍◆bb75c6ca ID:0f320504
Date: 2011/05/07 00:47

 八神はやてに勇気を貰い、その不屈の心を取り戻したなのはは火気厳禁の燃料にガスバーナーでもぶち込んだように燃えていた。
 今度は、確実にユーノを助けてみせると意気込む彼女。

 そのためにはまず、綿密な計画、そして魔法以外の武力が必要なのではと考えた。
 なのはが前回の逆行を繰り返す前に覚えていたことは、ユーノの使った念話によって多大なダメージを受けて行動不能になったということだけ。

 その点についてはすでに対策は出来ていたし、それだけならば大した問題ではない。
 しかしこの体は魔法を使えない。いや、使えることは使えるが使った瞬間に吐血や激痛といった謎の症状が現れるのだ。
 尋常ではない痛み。下手をすればショック死さえしてしまいそうなそれらを我慢しながらスムーズに戦えるだろうか?

 答えは否だろう。無論、なのははユーノやはやてを助けるためならば自身の痛みなど苦にしない覚悟は出来ている。
 しかし、その為に動きや思考がおろそかになって、下手なミスで守りたい人達が傷ついてしまっては本末転倒だ。

 ――魔法は“ここぞ”というところだけで使わなければならない。
 いままでこの体で魔法を使った経験、そして耐久力を計算にいれると、魔法の度合いにもよるが使用できて“3回”ほどだ。
 それは精神力だけではどうしようにも超えられない壁。いかに不屈の心が限界無き力を持とうと、その器には確かな限界がある。

 3回以上の魔法の使用は、おそらく手足が動かせなくなるほどの満身創痍状態になるか、或いは“死”だろう。
 なのはも人間だ。当然死ぬのは怖い、十分すぎるほどに。しかし、それ以上に怖いのは“友達を守れない”ということ。

 だからこそ――“今の”高町なのはには、魔法以外の“力”が必要なのだ。



   魔法少女リリカルスペランカー 残機×9個目『なのはちゃんの友達だから』



 なのはちゃんの様子がおかしい、と月村すずかが気づいたのは、よく利用している図書館で彼女の姿を見かけた時だった。
 図書館で彼女を見かけるのは特に珍しいことではない。高町なのははすずかの友達の中でも一番の読書家だ。
 最近はあまり読書をしている光景を目にしていなかったが、少し前は一週間に14冊程度の本を読みきってしまっていたほどで。

 八神はやてと共に一緒に読書をしているのはよく見かける光景だ。
 すずか自身もなのはと一緒に何回とこの図書館ですごしたこともある。
 そこに然したる問題はない。問題なのは、彼女が机の上に山積みにしている本の“タイトル”だった。

 すずかはこっそりとなのはに見つからないように、慎重に後ろからそれを覗き込む。
 幸いにもなのはは本に集中しているようでまったくすずかに気がついていない。

 『危険な化学シリーズ・爆薬と爆弾』、『清く正しいダイナマイトの作り方』、『法律に触れるから決して作ってはいけない日用品で作れる“兵器”講座』、『効果的な爆弾設置術』、『戦国時代から現代までの火薬製造法』、『武器商人に会おう!』、『密輸』、『男のロマン・手榴弾』、『良い子のパイプ爆弾』。

 そんななんで貸し出し許可が下りているのか不思議でならないほどの危ないタイトルが勢ぞろい。

 すずかは思わず自分の目を疑った。私の友達が、なのはちゃんがこんなものを嬉々して読むはずがない、と。
 しかしいくら目を擦っても、やはりすずかの視界に移るのはそんな有害図書を嬉々として読み漁るなのはの姿だった。

「へー、パイプ爆弾って威力が高い割に結構簡単に作れるんだ……問題は爆薬だよね……どうしよう……」

 すずかは思わず自分の耳を疑った。私の友達が、なのはちゃんがまるでパイプ爆弾を作りたがるように呟くはずがない、と。
 しかしいくら耳を叩いてみても、やはりすずかの聴覚に聞こえてくるのは嬉々として爆弾を作りたいようななのはの呟きだった。

(な、なのはちゃん……? どうしちゃったの……? 爆弾なんて作って何するの……)

 自分の愛する友人の異常な行為。これをどう受け止めていいのかすずかにはわからなかった。
 年頃になれば、“性”に関する知識を欲するというのは聞いたことがあっても、年頃になると“爆弾”に関する知識を欲するというはまるで聞いたことがない。見たこともない。

 それに爆弾なんてものを作って一体何に使うというのだろうか。
 爆弾の使用法など限られている。鉱山で固い岩盤を爆破したりといった比較的平和な使い道から――もしくは、考えてはならない最悪の使い方。
 まさか、なのはちゃんは……と、そこまで考えてすずかは頭を振った。

(いや、待って。なのはちゃんはただ何かが切欠で少しだけ爆弾に興味を持っただけかもしれない。なんというか……興味本位で!
 それに、もしも使うにしたってきっと山の中で岩石とかを破壊するだけだよね! うん! きっとそうだ! あの優しいなのはちゃんが爆弾なんて危ないものを“人”に対して使うわけが……)

「でもあいつに爆弾って通じるのかな……何回か爆散させれば弱りそうではあるけど……」

(使う気だったー!? しかも『通じるのかな』ってなに!? 通じるに決まってるよ! むしろ死んじゃうよ!
 何回か爆散させれば弱りそうって……何回爆殺する気なの!?)

 当然、なのはのいう“あいつ”とは暗闇の如き姿を持つジュエルシードの暴走体である。
 しかしそんなことをすずかは知らない。なのはが爆弾を作りたがっているという衝撃、それに激しく動揺したすずかの頭脳はまともな思考が出来出来ていなかった。

 すずかの脳には“なのはは誰かを爆殺したがっている”という謎の固定概念が出来上がっている。
 想像力の豊かすぎた、思いやる心のあり過ぎた、悲しき少女が産んだ勘違い。
 もはやすずかは止まらない。止めることすら出来ないだろう。

(だ、駄目だよなのはちゃん……! そんなことしちゃ駄目! なんで? あの、優しいなのはちゃんが……なんでそんな恐ろしいことを……)

 すずかの脳にフラッシュバックする光景。それは、約二年前。小学一年生だった彼女達のファースト・コンタクト。
 昔のアリサ・バニングスは、普通の子供らしいわがままな子で、やんちゃの入った少女だった。
 一方月村すずかは、少しだけ影の入った、“暗い”とまで思わせる少女だった。

 アリサはそんなすずかに『気取っている』と感じたようで、ちょっとした意地悪のつもりですずかの大切にしているヘアバンドを取り上げてしまった。
 一方すずかはどうしていいかわからず、ただ静かに泣くだけ。その態度にアリサはまたムカついて、あわや喧嘩になりそうなところに割って入って来たのが――高町なのはだった。

 なのははいきなりアリサにきついビンタをかまし、大声で言ったのだ。『痛い? でも、大切なものをとられちゃった人の心は! もっともっと痛いんだよ! ……ごめん、腕折れた……救急車呼んで……痛くて泣きそう……』と。

 ありえない方向に捻じ曲がったその腕を見て、すずかは衝撃のあまり失神してしまったが、その時のことはよく覚えている。
 あとで聞いた話だが、なのはの体は原因不明の病気により、冗談としか思えないほど体が弱かったらしい。

 それなのに、なのははアリサを叩いたのだ。アリサの行いを悪いことだとわからせる為に、ただ泣くことしか出来なかった自分を助ける為に。
 自分がどれほど弱い体をしているのか、それを一番知っているのはなのは自身であったろうに。
 そんな体で全力ビンタなどすれば、どうなるかわかっていたはずなのに。
 さらには、その後すずかとアリサの仲直りを取り持ってくれて――。

 高町なのはは月村すずかの親友であると同時に、“憧れ”だった。
 優しいなのははとっても格好よくて、とっても凛々しくて、綺麗で。自分にはない物を沢山持っていて。
 そんななのはの親友である自分が嬉しくて、少しでも釣り合おうと勉強も運動も頑張って、いまの月村すずかがある。いまの月村すずかがいる。

 なのに、そんななのはが今、爆弾という危険なものを使って人を殺めようとしている。
 信じられなかった。信じたくなかった。勘違いであって欲しかった(実際は勘違いである)。

(止めないと……なのはちゃんは私とアリサちゃんの間違いを正してくれた……今度は、私がなのはちゃんに恩返しをする番だ!)

 そう、すずかは胸に誓って。目を見開き眼前のなのはに向かい、悲鳴に近い叫び声を上げる。

「なのはちゃん! 駄目ぇ!」

「ひにゃぁ!?」

 後ろから突然大声を上げられたなのはは驚いて思わず席を立つ。
 その声の方向に振り向くと、鬼気迫る親友の顔が1つ。

「す、すずかちゃん!? お、驚かせないでよ……心臓止まるかと思ったの……」

「なのはちゃん……なのはちゃんは一体何をしようとしてたの?」

「な、なにって……あっ!?」

 ぎくっ、となのはは肩を震わして現状を理解する。よくよく考えてみれば図書館でこんな本をかき集めて読み漁っている人物がいればなんと思われるだろうか。
 しかもそれが知り合いなら尚の事。きっとすずかちゃんは私が危ないイタズラでもしようとしているのではないだろうかと勘違いしているに違いない、となのはは思って、必死に言い訳を探した。

「えっ、えっとね、その……」

「言い訳なんて聞きたくない!」

「えっ!?」

「なのはちゃん、なのはちゃんがなんでそんな怖いことを思い立ったのか、それは私にはわからない……。
 優しいなのはちゃんがそこまで追い込まれてる出来事なんて、想像も出来ない……。
 でも、なのはちゃんのやろうとしてることは間違いだってことくらいわかるよ!」

「ええっ!?」

 魔法と相対するような化学兵器を用いてジュエルシードの暴走体に挑もうとしていたのは間違いだったの!? と自身の戦略を全否定されたなのはの思考が混乱の渦に巻き込まれようとしていた。

「戻って! いつもの優しいなのはちゃんに戻って!
 ねえ、お話して? なのはちゃんいつもいってるよね。お話しないと何もわからない、伝わらないって。
 私に話して、なのはちゃんがそこまで追い込まれた理由を!」

(いや話せるわけないよね!?)

 十年後の未来からロストロギアでこの世界に精神だけ吹き飛ばされて、なんかループしてます、などと話せるわけがない。話したとしても信じてもらえるわけもない。
 というかなんですずかちゃんがそんなこと知ってるの!? はっ、まさかこの世界のすずかちゃんは魔導士!? といよいよなのはの理解力も怪しげになってきた。

「私は、私は! なのはちゃんが大好きな、なのはちゃんの友達だから! 辛いことも、悲しいことも! 全部わけあうのが友達だと思うから!
 なのはちゃんを犯罪者なんかに――させないんだああああああぁ!」






 その後、この混沌めいた騒ぎは図書館長に2人が叱られるまで続き、双方がさまざまな勘違いをしているのに気づくのは、それから二日後のことだったそうだ。
 その際に爆弾のことを調べていた言い訳として、なのはが『爆弾フェチ』に目覚めたことになってしまって、アリサやクラスメイトから生暖かい目で見られるようになったが、これもみんなを守る為だとなのはは涙を呑んで耐え忍んだらしい。


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