チラシの裏SS投稿掲示板




感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[24222] 【チラ裏より】 Muv-Luv×VF-X2 SHOOT&SHOUT 
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/28 21:33
はじめまして。type.wと申します

まずはじめに、この作品はPCゲームmuv-luvと初代プレステのマクロスゲームVF-X2のクロス作品となります。

これを書くに至ったきっかけは、muv-luvとマクロスをクロスさせた作品が見当たらなかった事でしょう。

まあ、マクロスと言えば歌ですし、最終的に歌でBETAをどうにかされたらmuvluv世界の住人はたまったもんじゃないでしょう。

実際どうにかできちゃいそうな人も存在しますし。
特に、バサラとかバサラとか、あとバサラとか。

そこでVF-Xレイヴンズですよ。
なにぶん古いゲームですので知らない方も居られると思いますが、この作品、マクロスには珍しく歌の要素が殆んどありません。(考えようによっては、音楽という意味ではあるといえばあるのですが)

とにかくこのゲーム、私的にはマクロスの中では一番好きな作品です。
劇中の台詞回しとかメチャクチャカッコいいですしね。

まあ、あの雰囲気を何処まで再現できるか、不安といえば不安ですが……。

さておき気になった方は、拙作ではありますが、読んでやって下さい。



PS
この拙作はmuv-luvはオルタ後、VFX-2はビンディランスルートの作中ではあり得なかった、ギリアム生存バージョンとなっております。
批判の声もあるかとは思いますが、ご容赦ねがいます。




PS2
作者は踏めば潰れちまう卵野郎です。
お読みになる際は、足元に充分ご注意ください。







[24222] プロローグ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/25 16:47
プロローグ


意識が覚醒した時に白銀武には一つの確信があった。

――ここは違うと。
この世界は鑑純夏が白銀武の幸せだけを願い、創りあげたはずの……『あの世界』からはじき出された白銀武が還るべき筈だった……自分にとって都合の良い世界とは違う世界なのだと。

確認の為、薄目を開き左右を確認してみるが、居るべき筈の冥夜が居ない。

「……ほらな」

わざと声に出して自嘲気味に嗤う。

「夕呼先生、貴女の仮説は外れたみたいです」

そもそも、本当にここが鑑純夏の望んだ世界なら、武が『あの世界』の記憶を持ち込める筈が無い。あの平和な『元の世界』で武が幸せに過ごす為にはそんなものは邪魔なだけだ。

そう、武は全て憶えている。

BETAや戦術機。恩師や仲間たちの死。00unitとなった幼馴染。トライアルから始まり、熾烈を極めた桜花作戦までの激戦の数々。
そして、悔いを残したまま去らなければならなかった、『あの世界』での別れ。

つぶさに思い返し、こぼれそうになった涙を堪えて、ふと気付く。

「じゃあ、この世界は何なんだ?」

桜花作戦の後、シャトルの中で社霞は言った。因果導体ではなくなったシロガネタケルの、『あの世界』での戦いは終わった、と。
ならばこの世界は、武の死によって閉ざされた、あの世界ではないはずだ。

「まずは確認だな」

言わなくてもいいようなことをいちいち口にするのは、心が不安を訴えているからだと自覚する。
半身を起こし、不安を振り払うように頭を振ると、まずは周囲を見わたしてみる。

「オレの部屋……だよな」

ずいぶんと久しい気もするが、長年過ごした自宅の自室である。見間違えようはずもない。

あとはこの世界が、『元の世界』に近い並行世界であるのか、それとも『あの世界』即ちBETAの存在する世界か――或いは全く未知の世界であるのかを確認しなければならない。
尤も、最後の可能性については確認のしようもないのだが。

「ええい、ままよっ」

武は覚悟を決めて立ち上がると、最も簡単で、かつ確実な方法を選んだ。窓を開け放ったのである。
そこに武が見たものは、大破した撃震の残骸に押し潰される様にして倒壊した幼馴染の生家だった。

「……はは」

武は乾いた笑みを浮かべると、脱力してその場に座り込んでしまった。ある程度覚悟していたとはいえ、これはさすがに堪えた。
確かに武は『あの世界』での最後の時に、ここに残りたいと……残って戦い続けて散っていったみんなの事を誇らしく語り継ぎたいと願った。だが、これは違う。武が願ったのは『あの世界で』戦い続けることであって、似た様な世界で最初からやり直すことを望んだわけではないのだ。

確かに思うことはある。自分がもう少し強ければ皆の死は覆せたのではないか、と。しかし、それを願ってしまえば未来を信じて、その瞬間に命を燃やし尽くした仲間たちに対する最大の侮辱に他ならない。自分はもう、あの青臭くて独りよがりのガキではないのだ。

「まてよ……最初から? 最初っていつになるんだ?」

既に因果導体ではなくなった武は、『あの世界』でのループの縛りは無い筈だ。

「……だとすれば今日が2001年の10月22日ってのも怪しいもんだ」

どうせ誰も聞いていないと開き直って、独り言を続ける武。

「……駄目だな、判断材料が少なすぎる」

しばらく考え込んでいた武だったが、直に匙を投げた。
もともと考えるのは得意ではない上に、現時点では判断材料など皆無に等しい。
それでも自分なりの答えを導き出そうとしたのは、武の成長の顕れである。

「さて、どうするか……っつっても会いにいくしかないよなあ」

自身の身に起こった奇怪な現象を、まがりなりにも解析してくれる人物など武の知り得る限り、後にも先にも一人しか居ない。

香月夕呼、その人である。

彼女に会う以上は武も覚悟を決めねばならない。この世界で戦うにしろ、どうするにしろ、ただで何かをしてくれるような人ではないのだから。幸い手持ちのカードは少なくない。必ずや彼女の興味を引く事だろう。
尤も、信用されるまではそれなりに大変ではあるのだが……。

「よしっ」

自身の頬を両手で挟みこむ様に叩くと、パシンと小気味のいい音がした。
それで武の覚悟は決まった。

懐かしい白陵柊の制服に袖を通すと、ゲームガイをポケットにしまいこむ。

「ま、念の為な」

これを使って遊ぶことはもう無いだろうが、自分の存在の証明には使えるだろう。

その後、武はおそらく二度と帰らないであろう自宅を見て廻った。純夏と競い合った柱の傷も、今はただ懐かしい。
そして玄関で靴を履くと、目を閉じてもう会うことも出来なくなった両親を思い浮かべ、

「白銀武、行って参ります」

そう言って敬礼をしてみせた。
これより赴くのはおそらく死地である。例えこの言葉が届かなくても、せめて想いだけはこの場所に残しておきたかった。

最後にもう一度だけ「行ってきます」といつものように呟くと、ドアノブに手をかけ、振り返らずにドアを開け放ち、この世界での最初の一歩を踏み出した。



――さて。

どれだけ覚悟を決めようが、どれだけ格好をつけようが儘ならないのが人生である。道端の石に躓いて転んでしまい気合を削がれることも珍しくない。

今、この瞬間の武が正にソレである。

武にとってソレは空からやって来た。



戦術機のものではない甲高い給気音とも排気音とも判らない音を耳にした武は、思わず身構えて辺りを見回すが、それらしい物は見当たらない。

「なんだ?」

ふと影が射したかと思うと、それは轟音と突風を引き連れて上空から地上に――武の目の前に舞い降りた。

突風に曝されながらも武は確かに見た。戦闘機のフォルムをしたそれが地上すれすれでエンジンブロックであろう足のような――今はもう完全に鳥のような逆足の形をしている――部位を前方に振り出し急制動をかけ、想像よりも静かに舞い降りたのを。

「な、なんだ! 戦闘機が空からってありえねえだろっ。しかも変形って!」

アメリカや南半球ならいざ知らず、この日本でBETAにレーザー属種がいる限り制空権は完全に奴らのもののはずである。それともこの世界にはBETAは居らず、自分にとって、完全に未知の世界なのかもしれない。

そんな事を武が考えていると、キャノピーと思われる部位が開き、中から黒尽くめの男がヘルメットを脱ぎながらその姿を現した。

若い……二十代半ばぐらいだろう、短く刈り揃えられた金髪の、男の武から見ても精悍な顔立ちの色男の姿がそこにあった。

「あなたは何者ですか? どうしてこんな処に……あ、日本語わかりますか?」

武は内心の動揺を悟られないように、努めて冷静に、かつ事務的な質問を投げかけた。

男は武に視線を向けると、ほんの少しだけ驚いた様な顔を見せると質問には流暢な日本語でこう答えた。

「それは俺も同じ事を訊きたいな、少年。……OK、まずは自己紹介からはじめようか? オレの名はエイジス・フォッカー。新統合軍のバルキリー乗りだ」




これがこの世界の行く末を握る、キーパーソン同士のファーストコンタクトである事を、今はその当人達でさえも知る術はなかった。








はじめてのあとがき

短いながらもプロローグを投稿します。
基本的にはmuv-luv世界の物語になるので、まずは主人公である武を出さなきゃ話にならんだろうと思い、こういう形になりました。

レイヴンズサイドのお話も、武を絡めつつ追々作中で語っていきたいと思います。













[24222] 第一話 Fly Away?
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/25 16:47
 第一話 Fly Away?



エイジス・フォッカーと名乗る男の言葉に、武の疑問は加速した。

「――え? 新統合軍……って何ですか?」

「ふむ、やはり知らない……か。正確には、新地球統合軍と言って、俺はそこで特務部隊の隊長を務めている。階級は大尉だ。それよりも少年、俺は名乗ったぜ。次は君の番じゃないか?」

武としては、自己紹介自体、同意した憶えもないが、名乗られた以上応えない訳にもいかない。ましてや相手は未知の軍とは言え、大尉階級の人間である。

「は、自分は国連太平洋方面第十一軍A-01部隊所属、白銀武少尉……いえ、元少尉であります」

何もそこまで馬鹿正直に答える必要も無かったのだが、反射的に敬礼をもって応じてしまったのは、長年軍に所属していた人間の性であると言える。

「国連軍? 君は軍属なのか?」

エイジスは武の言葉に何処か戸惑った様ではあったが、一応答礼で応えた。

「……元、であります。今はただの民間人です。それに――」

武は続く言葉を飲み込んだ。
自分がここに居るということは、この世界の白銀武は既に死んでしまっているか、或いは元から存在していない可能性が高い。ならば武の身元を証明出来るもの等何も無い。ましてや異世界から来た、などという荒唐無稽な話を、香月夕呼以外の誰が信じるというのか? 頭がおかしいと思われるのがオチだ。

そう思うからこそ、武は言葉を飲み込み、それ故に、武の言葉を紡ぐように発されたエイジスの言葉に声を無くす。

「それに――自分は異世界の人間なので、戸籍もありません――か?」
「――なっ!?」

今まで感情を押し殺し、なるべく冷静に接してきた武だったが、その一言で全てが無に帰した。
ただ、意外な事に言ったエイジス本人さえも目を丸くしているのはどういう事なのだろうか?

「マジかよ、ったく映画じゃあるまいし」

そう毒づくエイジスに、武は恐る恐る声をかける。

「あの……フォッカー大尉?」

「エイジスで構わない。俺も武と呼ばせてもらうが、いいか?」

武のエイジスに対する第一印象は、軍人然とした人間、だったのだが思ったよりも気さくな人物なのかもしれない。そんなことを提案してきた。

「え? あ、はい」

「なんだ。随分気の抜けた返事だな……まあ、いい。それより武はどこにいくつもりだったんだ? 当てがあるのか?」

武は少し迷ったが正直に話すことにした。お互いの事などまだ何も知らないに等しいが、このエイジス・フォッカーという男は信用出来る気がしたのだ。何の根拠も無いが、自分が信じ続ける限りは、この男は決して自分を裏切らない。
そう思わせる何かが、彼にはあった。

「国連横浜基地の、香月副指令を訪ねるつもりでした。察しがついている様なので正直に言いますが、自分は世界間の移動をしています。一応以前の世界で、その現象については解決したはずなのですが、自分が元居た世界には還れずにこの世界に来てしまいました。そこで以前の世界でも世話になった香月夕呼博士を頼ろうと考えました。博士は多世界解釈の第一人者ですから」

「博士? その人は学者なのか?」

「ええ。一応大佐相当の権限も持ちますが、基本的には学者肌の人間で、多方面の分野において天才的な手腕を発揮する横浜の魔女。もしくは女狐とも呼ばれる油断のならない人ですが」

「成る程ねぇ」

武の説明を聞き終えたエイジスは、腕を組みしばらく何やら考えていたが、なにかを決意したようで武に語りかけてきた。

「武、その予定順延出来ないか?」

「どういうことでしょうか?」

「お前が嘘を吐いていないようだからこちらもぶっちゃけるが、どうやら俺達も世界間を移動しちまった――らしい」

「やっぱり、そうなんですか?」

確信こそ持てなかったが、薄々勘付いていたことだ。

「やっぱりっていうのはどういう事だ」

「大尉は先程、空を飛んで来られましたよね? オレの知るこの世界、正確にはこの世界によく似た世界ですが、そこでは空は人類にとって既に禁忌でした」

「……何故?」

「その世界は、BETAと呼ばれる地球外起源生命による侵略を受けていました。そのBETAが持つ高出力、超精密のレーザーによって人類が有する航空兵力は、尽く無力化されてしまいました。その世界では子供でも知っている様な常識です。
まだ確証こそありませんが、この世界にBETAが存在すると仮定した場合、空を飛ぼうとする人間は余程の命知らずか――」

「――事情を知らない人間のみ、か」

そう呟くエイジスの声には、先程までは感じられなかった怒気が滲みでていた。

後々の話になるが、武はこの時のエイジスの怒りの意味を、嫌と言うほど知る事となる。

「それはともかくとして、どうだろう武、とりあえず俺と一緒に来てもらえないか?」

「何処へでしょうか?」

先程の怒気を隠すように、笑顔で話しかけるエイジスに、武も気付かないふりをして訊きかえす。

「俺たちの艦。マザーレイヴンに、だ」

エイジスの話によると、彼、いや、彼らは母艦もろとも部隊ごと、この世界に転移してしまったらしい。
フォールド航行中の事故だろうとの事だが、武にはフォールド航行というのが何なのか分からない為、とりあえず訊いてみた。

「超空間航法。つまり早い話がワープだな」

武は一瞬我が耳を疑った。

「つまり、その母艦というのは?」

「宇宙船だな」

何でもない事のように反された。

その辺りの世界観の差異についての情報交換を行いつつ、この世界について詳しい話が訊きたい、というのがエイジスの提案である。その上で一緒に横浜に行くという線で、話しは一先ず落ち着いた。

「オレが何のお役に立てるか分かりませんけど」

「情報だけでも助かるさ。何しろ俺たちはこの世界じゃ右も左も分からないからな。――と、ちょっと待ってくれ。通信が入った」

『こちらキャットコー。フォッカー大尉、なにか見つかりましたか?』

「ああ、エイミ。民間人の少年を一人確保した。ギリアムはそこに居るかい?」

通信の音声は武の耳にも届いた。恐らくエイジスが意図的に、武にも聞こえるようにしているのだろう。

『おう、エイジス。そのポイントに民間人だって? どういうことなんだ?」

「ただの民間人じゃないぜ。情報通の民間人さ。詳しくは帰ってから話すが、それよりどうやら悪い予感が当っちまったみたいだぜ」

『……全くSFじゃあるまいし』

「同感だ」

(宇宙船とかワープとかを当たり前みたいに言ってる人達に言われたくねぇなぁ)

と、武は思ったが、ツッコミを入れる勇気は流石になかった。

「とにかく今から連れて帰る。歓迎の準備でもして待っててくれ」

『ああ、盛大に迎えるとしよう。気をつけて帰れよ』

「アイ・サー司令官殿」

そこで通信は途切れ、エイジスが武に向き直る。

「それじゃあ、行きますか。武、乗ってくれ」

「いいですけど、それ二人乗れるんですか」

パッと見た感じ、手狭なコックピットに二人乗れるようには見えなかった。

「基本一人乗りだが、緊急用の補助シートがある。ちょっと狭いがしばらく我慢してくれ。ったく、この俺がこいつに野郎を乗せる日が来ようとはねぇ」

「何か言いました? 大尉」

「いや、別に」

エイジスのぼやきはエンジン音に掻き消され、武の耳には届かなかった。

武がエイジスの手を借りて、補助シートにその身を納めたとき、ふと気付く。

(まさか飛んだりしないよな。さっきあれだけ危険だって言っておいたし)

それでも一抹の不安を拭い去れず、恐る恐る訊いてみた。

「あの、エイジス大尉。……飛びませんよね。この形態でもホバーリングで移動出来るみたいだし」

だが、返ってきた答えは武の期待を大きく裏切るものだった。

「ん? 飛ぶぞ」

言ったそばからキャノピーが閉じて、独特の浮遊感が武を襲う。

「ちょっとおおぉぉぉぉっっ!」

「大丈夫だろ。来る時も撃たれなかったし」

言いながら右手の操縦桿を縦に起こすと、脚部をかたどっていたエンジンブロックが定位置に戻りファイター形態に変形した。

「さあ、行くぜ」

その宣言と共に、今度は左手のスロットルレバーを奥に押し込む。
武は戦闘機の操縦などした事は無いが、その動作の意味は分かる。素人目に見ても、スロットル全開である。

武の身体をかつて経験したことのない加速Gが襲う。


「いいいぃぃぃやああぁあぁぁーっ!!」

思わず嬌声をあげてしまった武を誰が責められようか?



その日、レーザーに撃たれるかもしれない恐怖の中で……。




白銀武は、生まれて初めて音速の壁を突破した。





 あとがき

マザーレイヴンのコールってキャットコーであってるのかなあ?

どなたか、正確な情報を知ってる方がいたら教えて下さい。

あと、武が音速の壁を突破した件についてですが、桜花作戦の軌道降下で体験してね? と、つっこまれる方も居るとは思いますが、スルーの方向でお願いします。
VFに比べれば、凄乃皇四型はロイヤルサルーンの様な安心感もありますしね。












[24222] 第二話 追憶の欠片 
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/29 07:29
 

「武は以外とタフなんだな」

「……そりゃどーも、です」

武は今、マザーレイヴンの格納庫で四つん這いで力尽き、無様を曝していた。

ならば何故、この状況を見て尚も、エイジスが武をタフだと評したのかといえば、絶対に吐くか、気を失うかをすると思っていたらしい。ご丁寧にも、事前にエチケット袋まで渡されていたのだから、間違いなく確信犯だろう。

戯れにと、かなりのアクロバティック飛行を披露してみせてくれたのだが、武が消耗している理由はそれだけが原因ではない。と言うか主に、いつレーザー属種に撃たれていつ蒸発してしまうか分からない状況による、心身失調による消耗の方が激しかった。

実際、飛行時間は三十分にも満たなかったのだが、武にしてみれば、まるで数万光年の旅をさせられたに等しい。

「あー、すまん。はしゃぎ過ぎた。……立てるか?」

「ええ……なんとか……」

(畜生! やっぱりワザとかっ!!)

言ってやりたかったが、それをするには、今しばらくの時間が必要だった。

「でも、スリリングだったろ?」

「……うっせー」

この時ばかりは階級も歳の差も関係なかったらしい。



 第二話 追憶の欠片 



エイジスに連れられて武が辿り着いたのは、この艦のブリッジと思しき場所だった。

「ようこそ、マザーレイヴンへ。俺がこの艦と部隊を預かる責任者のギリアム・アングレート中佐だ。我々は君を歓迎する」

まず、武を迎えたのは顔に傷を持つ、一目で軍人であると知れる大柄な男が、右手を差し出しながら歩み寄った。
反射的に敬礼するところだったが、差し出された手をを無視するのは礼に失すると思い止まり、その手を握り返した。

「白銀武です。よろしくお願いします」

うむ、と頷くとエイジスに視線を送る。

「ちょっと遅かったんじゃないか。どこで道草食ってたんだ?」

「なあに、武の奴がどうしても俺の格好いいところを見てみたいって言うんでね。ちょっとサービスしてきたのさ」

「そうか」

「嘘吐けぇっ!」

しゃあしゃあとそんなことをのたまうエイジスと、その言葉をうっかり信じそうになるギリアムに、とうとう武のツッコミが炸裂した。
先程のやりとりで、二人の心の距離は、随分と縮まったのかもしれない。

「大丈夫よ、白銀武君。武君、でいいかしら? 誰も隊長の言うことなんて信じちゃいないから。どうせエイジスが調子に乗って馬鹿やったんでしょ。私はスージー・ニュートレット、ヨロシクね、武君」

声のかけられた方に目を向けると、エイジスとお揃いのパイロットスーツに身を包んだ、くせのある赤毛をショートに纏めた、モデルでも通用するかと思われる綺麗なお姉さんがそこにいた。
武としては、「こちらこそ」と返すのが精一杯で目も合わせられそうにない。

「そんなにカワイイ反応すると噛まれるわよ。なにせ彼女じゃじゃ馬だから。ブリジット・スパークよ。よろしく」

「アンタね……」

挨拶もそこそこに、スージーとじゃれ合いはじめたのは、黒髪ショートのこれまた綺麗なお姉さん風の女性だった。
しかし彼女、誰かに似ている気がする。容姿ではなく、なんというか雰囲気が、人をからかうのを至上とする、武のよく知る”あの”中尉殿にそっくりなのだ。
彼女は要注意、と心のメモにそっと書き綴った。

「災難でしたね、白銀君。私はエイミ・クロックスです。宜しくお願いしますね」

申し訳なさ気に声をかけてきたのは、薄緑の髪を背中まで伸ばした、これまた綺麗な女性である。ただあの二人よりは若干幼く見えるが、どこか大人びた印象を受ける。

「よろしくお願いします、えーと、ク、クロックスさん?」

「はい」

一瞬、名前で呼んで良いものかと迷ったが、それを許さないオーラが彼女から滲み出ていた。人当たりはよさそうなのに、ガードは固いのかもしれない。
その「はい」の裏で「良く出来ました」と言われた気がした。

「あまり気にしないでくださいね。いつものことですから」

今度は武と同年代の、茶色の髪を肩の辺りで切り揃えた、可愛らしい少女がニコニコと話しかけてきた。

「いつもの事と言うのは? えーと……」

「クララ・キャレットです。クララって呼んで下さい。その質問のこたえはですね……全部です!」

そう言って笑う彼女のノリは学生に近く、とても軍人には見えなかった。

(つーか、ギリアム中佐以外、軍人に見えねえ……)

正直、ルックスで面子を揃えました、と言われたら信じてしまいそうだ。
ヴァルキリーズで、美人には慣れたつもりの武だったが、外国人だと一味違うのかもしれない。

「自己紹介はその辺でいいだろう」

ギリアムが声をかけると、その場の雰囲気が明らかに変わった。
直前まで軍人には見えなかった皆の顔が、今はもう軍人にしか見えない。

(……凄ぇ)

武とて、軍人の端くれである。これがどういうことか、直に理解した。
つまり、この部隊はギリアム・アングレートという一人の男によって、完全に統率された、一つの生き物だということを。
そればかりか、部外者であるはずの武でさえ、その中に組み込まれてしまった。
あの、ヴァルキリーズでさえこうはいくまい。

(ん? 全員? いくらなんでも、少なすぎじゃないのか?)

発言しづらい空気ではあったが、武は気になった事を訊ねることにした。

「あの、これで全員なんですか?」

「そんな訳あるか。乗組員合わせればかなりの数になるが、いちいち紹介してたら日が暮れちまう。エイミ、ブリジット、クララが戦域管制、パイロットに俺とスージーと、あともう一人居るんだが……おい、ギリアム。そういえばあの野郎、姿が見えないがどうしたんだ?」

「お前が出た後、直に偵察だと飛び出して行ったよ。大方、初めての地球にはしゃいでいるんじゃないか?」

「!? エイジス大尉」

「チッ、拙いな。ここは想像以上にやばいかも知れないってのに。ブリジット、直にあんにゃろうを呼び戻してくれ」

はしやいで飛び回っていた男の台詞とは思えない。――が、今は言っている場合ではない。

『こちらキャットコー。椎野中尉――」

すぐさま応じたブリジットを横目にギリアムが武に問いかける。

「どういうことだ?」

「はい、実は――」

エイジスに聞かせた、この世界の現状を簡単にではあるが、皆にも聞こえるように話す。
説明の最中、どうやら無事だった様子の椎野と呼ばれた男が、モニターに姿を現した。

「どうしたのさ、ブリジット先輩。そんなに慌てて」

「先輩っていうなっ! じゃなく、中尉、この空域は危険です。BETAと呼ばれる地球外起源種が――」

「もしかしてこれのことっスか?」

モニターが切り替わり武にとっては馴染み深い、それ以外の人間にとっては完全に未知の異形の姿がそこにあった。

「BE――TAっ!」

「こいつが? 間違いないのか?」

エイジスの問いかけに、首を縦に振る事で肯定する。

「恭平、今すぐ還ってこい」

「言われなくてもその最中ですよ。十分程度でそちらに戻れるかと」

「キャットコー了解。中尉、気をつけて」

「? ラジャー」

ふう、と息を吐いてから、エイジスが武に語りかけた。

「どうやら、お前に頼らなきゃならなくなったみたいだな。あの野郎が帰ってからでいい、お前の事情を聞かせてくれ」

「はい」

と、力なく答える武だったが、別にそれ程落ち込んでいたわけではない。覚悟は既に決まっていたし、ここにいる面々に比べればショックは少なかったと言える。

――迷っていたのだ

一度は語り継ぐことをあきらめた、仲間たちの生き様を。

――不安なのだ。

何の関係もない、この人達に受け入れてもらえる話なのか、と。

だが、本当は誰かに聞いて欲しかった。
自分の仲間たちは、こんなにもその命を輝かせて散って逝ったのだと。

衛士の流儀に則って、誇らしく胸を張って。

だから――

その顔をあげたとき、迷いや不安の色は消えていた。




「皆さん聞いてください。オレの『あの世界』での戦いの、その全てを」








 あとがき

トーマの奴は死に申した。

トーマのファンの方(いるのか?)まことに申し訳ありません。
トーマをなんとか出そうと思い、彼のいい所を捜してみたのですが、死に様くらいしか思いつかず、彼には退場願いました。

代わりにオリキャラを入れることにしましたが、これは作者が小隊編成を組ませたかったが為の我が儘にすぎません。

吉と出るか凶と出るかは未知数です。

それでも、お付き合い下さる方は、今後ともよろしくお願いします。






































[24222] 第三話 時の川の中で
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2010/12/29 07:28

白銀武が語る体験談。それは正に、御伽噺である。

そう、それは――

――とてもちいさな

――とてもおおきな

あいとゆうきのおとぎばなし。



第三話 時の川の中で


語るべきことを、全て語り終えた時、武は漸く、自身の顔が涙に濡れていることに気がついた。

「……あれ?」

話している最中は笑顔を保てていたのだが、語り終えたことで、気が緩んでしまったのだ。

「……なんだよ、くそ、止まらねえ」

袖口で涙を拭い続けていると「どうぞ」と、エイミからハンカチが差し出された。
武が礼を言い、それを受け取ろうとした時、何か硬くて大きな物が背中に叩きつけられた。

「馬鹿野郎! そんな顔をする奴があるか。貴様は衛士なのだろうが! だったら笑え。胸を張れ」

振り返るとギリアムの姿がそこにあった。どうやら背中を叩いたのは、彼の大きな掌らしい。

「それが衛士の流儀なのだろう?」

そう言って笑うギリアムの男臭い笑みに、武もつられる様に笑った。

「そうでした。やっぱりオレはまだまだみたいです」

「そうだな、だが今はそれでいい。自分の弱さを認めるのも強さの一つだ。そうやって少しずつ強くなっていけ。それに、戦友の事を語っている時の貴様は、なかなかいい顔をしていたぞ」

武が落ち着いたのを見て、エイジスから声がかかる。

「さて、次は俺達の番だな」

しかし、その言葉に武が待ったをかけた。

「あの……皆さん信じてくれるんですか? 自分で言うのも何ですが、かなり荒唐無稽な話ですよね?」

「信じるも何もねえ……」

「不思議な体験しちゃってるのはお互い様だし」

「がんばりましたね、武くん」

スージー、ブリジット、クララが口々にそう言い、エイミは優しく微笑み、その隣にいる椎野恭平も武と目が合うとただ黙って頷いた。

「ありがとうございます。あの、もう一つ気になっている事があるんですが……どうしてあの時、エイジス大尉はオレの前にいきなり現れたんですか? いくらなんでもタイミングが良過ぎます。まるであそこにオレ……て言うか何かあるのが分かっている様な口ぶりでしたし」

「分かってたんだよ。あれ? 言わなかったか?」

「聞いてません」

それは武と出会った時に最初に問われた事であり、エイジスとしてもはぐらかすつもりはなかった。ただ単に忘れていたのだ。

「私達がフォールド航行のトラブルでここに来てしまったことは聞きましたか?」

「はい」

説明を始めたのはエイミだった。他の面子も、ここは彼女に任せた方が良いと判断したのか、誰も口をはさまない。

「フォールド航行を行うと、その場所には痕跡が残ります。『波』の様なものだと考えて下さい。私達がこの場所にフォールドアウトした時も、当然その痕跡が現れたのですが、ほぼ同時刻に、微弱ではありましたが同様の反応を時空変動レーダーが捉えました。それがあのポイントだったと言う訳です。そこで急遽、エイジス大尉が調査に向かわれたのですが、その場所には貴方がいた、というのが事の顛末です。まさか、人がいるとは考えが及びませんでしたが」

彼女の説明は淀みが無く、非常に分かり易かった。

「え? じゃあ、オレもそのフォールドで、この世界に来たってことですか?」

「ごめんなさい。それは分かりません。生身で人間が単体でフォールドした、なんて話は聞いたことがありませんし」

説明のつかない現象に、どこか申し訳無さそうにそんなことを言う彼女は、恐らく責任感が強いのだろう。

「気にしないでください」

結局、この手の訳の分からない現象に説明をつけられる人間など、武の知り得る限り、香月夕呼をおいて他にないのだ。

「しかし、地球のよりにもよってこの場所とは、なんの因縁なのかねぇ」

「そう言えば、ここって何処なんです? 海の上ってのは分かるんですが」

誰に向けたわけでもなかろうエイジスの呟きに、武が反応する。

「ここは、小笠原諸島沖、南アタリア島近海になる。よし、この場所の因縁も含めて俺達の世界のことを教えてやるよ」

そう言って息巻いたのはエイジスだったが、結局説明を始めたのはエイミ・クロックスだった。

武の中で、彼女の存在が『説明お姉さん』になった瞬間である。



  ◇ ◇ ◇



まず、武が驚かされたのが、彼等はAD2051年の世界から五十年も時を遡ってこの世界へ来たということだ。武自身、時間逆行の経験があるが、精々二~三年で五十年ともなると、流石に未知である。
そして、歴史的差異では、1999年に巨大な宇宙戦艦が地球――今、武の目にしている南アタリア島へ墜落。島の半分を吹き飛ばしたそうだ。
この艦が、文明の進んだ異性人の艦であることが知れると、それを奪い合い、戦乱の時代へ突入した。

人類を二分しての『統合戦争』

そしてその傷痕も癒えぬ間にに始まった、巨大異星人『ゼントラーディー』との間で巻き起こった『第一次星間戦争』
尚、この戦争で、地球上の生命体の99%が死滅。地球も壊滅的被害を負ったという。
しかし、何よりも武を驚かせたのが、戦争を終結に導いた理由である。

「……歌、ですか?」

「はい、歌です」

『文化』を知らないゼントラーディーの一部が、一人の少女の歌に感化され地球側と同盟を結び、共闘することで、敵、基艦艦隊を撃退したのだという。

「まだあるぞ」

「……」

その数十年後の2045年。人類は銀河に広く移民を始めていた。そして人類は再び、宇宙的脅威と遭遇する。
人類を壊滅の危機に追いやった、戦闘種族ゼントラーディーでさえも恐れた『プロトデビルン』と呼ばれる、謎の宇宙生命体である。
この戦争でも、両種族を和平に導いたのは、一介のロックバンドの――

「……また、歌ですか?」

「はい」

武はもう、何と言っていいのかわからず、崩れ落ちそうになる自分の膝を奮い立たせるのが精一杯だった。
そんな武の肩を優しく叩く者がいた。クララ・キャレットである。

「武くん。こんな時は、デカルチャーって言のが良いと思うよ」

「……そうか。ありがとう、クララ」

武は大きく息を吸い込むと、声の限りに叫ぶ。

「デカルチャァァーーーー!!」

「言わせてどうする」

と、恭平がつっこむ。

「ホントに言うとは思わなかったんですよう」


 ◇ ◇ ◇



「落ち着いたか?」

「ええ、なんとか。ねえ、大尉。あれも歌で何とかなりませんかねえ」

武は何処か虚ろな目で、いまもスクリーンの片隅に映り続けるBETAの静止画像を指差した。

「どうかしら? 君の話だと生命体と言うより土木機械みたいなものなんでしょ?……なんなら、歌ってみれば?」

「……遠慮しときます」

応えたスージーの言葉に、武は力無く項垂れた。

「それよりもこれからのことだ。武、お前は横浜に行くんだったよな?」

「え? あ、はい」

先程からギリアムと何やらこそこそと話していたエイジスが、武に向き直り声をかけてきた。

「まあ、俺達もついていくつもりだが、それよりも武、メシは食ったか?」

突然の話題の転換について行けず、間抜けな声をあげてしまう。

「はあ? いえ、朝から何も食べてませんが」

「それはいけない。軍人は身体が資本だ。まずはメシにしよう。食堂へ行くぞ。そこで、まだ話してない、俺達の部隊のこととか、俺達の活躍をたっぷり聞かせてやろう」

わざとらしいくらいの棒読み台詞での提案であったが、言われてみれば腹が減っているのも事実ではあったし、むしろありがたくのることにした。

「はあ、ではご馳走になります」

瞬間、武の右腕が何者かにガッチリとロックされた。

「そうか、ここは一応軍艦だからな。たいしたもてなしは出来んが、たっぷりと食っていってくれ」

ギリアム・アングレート司令官、その人だった。
武がギリアムを確認して「え?」と声を上げる間に、左腕も同様にロック。

「では行こうか。ここのメシはまあ、たいして美味くはないが、今日は特別だ。天然物でも出してもらうとしよう」

台詞は棒読みのままの、エイジス・フォッカー部隊長である。

レイヴンズの元エースと現エースにロックされては、流石のイスミ・ヴァルキリーズの天才衛士にして、突撃前衛長を努めた白銀武をもってしても為す術はなく。

「なっ、ちょっ……なんなんですか、アンタら!」

「「いいから、いいから」」


引き摺られる様に、連れ去られるのみであった。



 ◇ ◇ ◇



さて、残された面々はというと――

「なんなの、アレ?」

「さあ?」

「なんなんでしょう?」

ブリジット、スージー、クララは、訳が分からず、疑問を素直に言葉にした。

「随分とアイツのこと、気に入ったみたいだね、隊長と指令は」

それは、三人の問いかけの答えではなく、独り言のような恭平の呟きだった。

椎野恭平は戦死した冬麻瞬と、一線を退いたギリアム・アングレートの補充要員として、バンローズ機関から送られてきたレイヴンズの新人パイロットで、名前から分かるように、日本人の血が流れる男である。

見た目も日本人そのもので、黒目の黒髪。身長や体格も成人男性としては平均的で、顔立ちも整ってはいるが、見る人が見ればまあ二枚目? 程度であり、唯一、特徴が在るとすれば、その無造作に伸ばされた前髪で、エイミ・クロックスあたりからは、常々切れ、と催促されている。

一言で言えば”普通に見える男”だった。

因みに初対面時に白銀武は「良かった、普通だ」と、かなり失礼な事を考えていたのは、ここだけの話である。

それはさておき――

「クロックスはどう思う?」

「在り得ると思います」

主文のない問いかけにも、如才なく答える彼女は、本当に優秀である。
だが、訳が分からずに、話にとり残された三人が、当然の様に牙をむく。

「ちょっと、二人だけで分かり合ってんじゃないわよ」

「そうよ、答えないなら統合軍の掲示板に二人はデキてるって書き込むわよ」

「それだけじゃ甘いです。二人の間には既に子供が出来ていて、結婚は秒読み段階だ、と追記すべきです」

スージー、ブリジット、クララの順に詰め寄るが、エイミの対応も手馴れたものである。

「それは困ります」

「クロックス!?」

仮に、気があろうが無かろうが、男にとってはこの手の即答は、地味に傷つくものなのだ。

「まあ、冗談はさておき、指令とフォッカー大尉が、白銀君をレイヴンズに入れようとする可能性について話していました」

「そーゆーことですよー」

態度に微塵の揺らぎも無いエイミに対し、恭平は少しやさぐれていた。

「あー、そゆこと? まあ、ありっちゃありかもね」

「ですねぇ。あの二人が好みそうなかんじです。叩けば伸びる、みたいな?」

「それ以前に彼、周りが放っておかないでしょうね、あの子。モテそうだもの。男にも、女にも」

スージー、クララ、ブリジットの順で口々に感想を洩らすが問題はそこではない。

「問題はさ、指令と隊長が既にこの世界で戦う気満々てことなんだけど」

「「「あ」」」

つまりは、そういうことだ。

白銀武は自分たちが何を言ったところで、この世界に於いて自分の戦いを始めるだろう。それは先程聞いた武の話から、容易に想像する事が出来た。

その武に付き合うと言うことは、否応なしにこの世界の戦いに巻き込まれるということだ。

「ま、俺は構わないんだけどね。皆その辺どう思うのかなって」

本来であれば、ギリアムかエイジス、一歩譲ってスージーが問いかけねばならないような事を、恭平が皆に問いかける。それ自体に大した意味は無い。まだ、そうと決まった訳でもないのだから。

それでも恭平が問わずにはいられなかったのは、皆の覚悟の程を、知りたかったが為に過ぎない。だが、返って来た答えは、自分が所詮新参者だと思わせるだけであった。

「私も構わないわよ。エイジスがそう決めたのなら、私はそれに従うだけね」

スージーが澄ました顔でそう言えば、

「大尉、自分だけ格好つけないでくださいます? 私だってそれでいいわ」

ブリジットが、対抗するように、その言葉に続く。

「私も構いません。今まであの二人に従って、間違ったことなんて一度もありませんから」

クララの心底あの二人を信じている瞳の輝きが、妙に眩しく見えた。

(ちぇっ)

聞くんじゃなかったという思いが、恭平の胸中ををよぎる。
それは、嫉妬にも似た感情だった。
それが果たして信じる者に向けられたものなのか、信じられる者に向けられた者に向けらたものなのかは、自分でも判断がつかなかった。

ただ、もっと早くこの部隊にきていれば、という思いが心に渦巻いていた。

「私もそれで良いと思います。帰還の為の道標も恐らく白銀君が握っていることでしょう。しかし――」

「しかし?」

言いよどむエイミを、同じ言葉を口にすることで先を促す。

「何故お二人は白銀君をVFのパイロットにしようとするのでしょう? 聞けば自分では謙遜していましたが、戦術機の衛士として彼は恐らく一流でしょう? ならば何故ゼロからやり直させる必要があるのか? と、思いまして……」

「ああ、なんだ、そんなことか。あの二人はね、白銀に死んで欲しくないだけなんだと思う。なんだかんだ言っても優しいからね、あの人達は。聞けば戦術機と言う兵器は俺たちの基準からみれば、恐ろしく脆弱だ。『死の八分』なんて言葉があるくらいにね。だからこれは賭けの類になると思うけど、白銀のセンスを信じて、バルキリー乗りの伊呂波をゼロからだろうが叩き込んで救って欲しいんだと思う。信じる戦友と、そして自分自身を」

恭平の言葉に一同が、一様に言葉を失くす――が。

「はあ。椎野中尉は時々妙に鋭いこと言いますよね。……普段はアレですけど」

「アレってなんだ? クララ」

「ま、アレとソレは紙一重って昔から言うし、アンタらしくて良いかもね?」

「それ、褒めてんスか? スージー大尉。つか、絶対馬鹿にしてますよね?」

「あなたも普段からそんな感じなら、さぞかしモテるでしょうに。残念よね……」

「ブリジット先輩まで! なんで残念な子扱いされなきゃならないんスか?」

「……ハァ……」

「クロォーーックスッ!」

そんな感じで恭平がちょっと良いこと言ったくらいでは、この女性陣を黙らせることなど、到底出来はしないのだった。



 ◇ ◇ ◇



しばらくじゃれ合っていると、ギリアムとエイジスが武を伴って帰ってきた。

「なんだ? 随分と賑やかだな……ってなんで恭平は半泣きなんだ?」

「ああ、隊長。なんか俺、謂れのない言葉の暴力に曝されてんスけど、あの女共になんかガツンと言ってやって貰えませんかね?」

「程々にな」

「畜生、アンタに言ったのが間違いだったよ」

エイジス・フォッカー。彼は基本的に女性の味方だった。

ところで武の様子が行く前と、現在とでは随分と変わっていた。主に服装が。
白陵柊の白い学生服を脱ぎ捨て、統合軍の制服。しかも、黒を基調としたレイヴンズ仕様の物に変わっていたのだ。

つまり、そういう事である。

「本日、1300を以って第727独立戦隊VF-Xレイヴンズに配属されました、白銀武少尉であります。以後、宜しくお願いします?」

「なんで、疑問系なの? お前」

「いや、もう、オレにも何がなんだか……」



こうして白銀武はこの世界に於いての、新たな戦いの為の一歩を踏み出した。







 あとがき

今更何を、と、思われるかもしれませんが、私は三人称の文章を書くのがとても苦手です。ちゃんと書けているのかとても不安になります。
なので、後書きや感想の返信等は、のびのび書けてとても安心するtype.wです。

さて、武もレイヴンズ入りして、ようやく物語を動かす事が出来そうです。

武の階級についてですが、私は武に少尉以上の能力があるとは思っていません。
戦闘能力だけが、階級の全てではありませんし、軍という組織において、階級はそれ程軽いものとは思えませんでしたので、このSSでは少尉でいかせてもらいます。

あと、今回の話でエイミがやたら前へでるな、と感じたあなたは実にするどい。
この作品の裏テーマの一つにエイミにもっとスッポトライトを、というのがあります。
これは単に私の「なんでエイミだけデートイベントねえんだよ?」という感情からくるもので、他意はありません。
因みに私はレイヴンズではスージー、muv-luvでは月詠中尉が断然好きです。
あれ? 俺って凛々しいお姉さんが好きなのか?

長々と失礼しました。

さて、次回はいよいよ横浜です。

ps

第二話の前編表記はとり除くことにします。
せっかく副題つけてんだから、それを変えればいいだけじゃね? という事に、遅まきながら気がつきました。
ホント、なにやってんだ? 俺……。











[24222] 第四話 シンセカイ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/28 16:50

その日、香月夕呼の執務室の端末に、一通のメールが届いた。
その内容はこうである。

『本日、貴女の知らない隣の世界の遠い未来より、ワタリガラスが、福音を告げる貴女の守護天使を連れて、そちらに伺います。歓待の準備をしてお待ち下さい。

―新地球統合軍第727独立戦隊VF-Xレイヴンズ一同より―』

実にふざけた内容である。と、言うよりまず意味が分からない。
本来であれば一笑に付す所だが、自分のこの端末のアドレスを知っている者など限られている。セキュリティーも完璧で、まず悪戯ではありえない。
ならば、某かの妨害工作に対する警告ととるべきだろうか? その線が一番現実的であったが、冒頭の一節に興味を惹かれた。

―隣の世界の遠い未来―それこそ他の者が見れば笑い飛ばす所だが、香月夕呼は違った。

(ありえない話じゃない……か)

とにかく、歓待せよとの事だ。それなりの準備をしなければなるまい。おもむろに受話器を取り上げると内線を繋ぐ。

「ああ、ピアティフ? 悪いんだけど、伊隅達を実弾装備で滑走路付近に待機させて頂戴。え? 違う違う。一応念の為に……ね。……そう、よろしく」

何故自分の事を知り、此処に来るのかは分からないが、とにかく準備は整えた。

あとは何が来るのかを、ただ期待して待てば良いだけである。



第四話 シンセカイ


呆れた事にそれは空からやって来た。

前進翼を持つ戦闘機に手足を生やした同型の機体が二機と、見たことも無い戦術機の様な人型の機体が一機。

その周りをA-01の不知火が銃口を向けたまま、ぐるりと包囲していた。いずれも非武装の様だが油断は出来ない。
するとその内の人型をした一機が、実に人間臭い動作で両手を挙げた。
思わず身構える伊隅達だったが、その後の展開は予想外のものだった。

『おいおい、随分手厚い歓迎だな』

『だから言ったんです。あんな怪しい文章を送り付けて、こんな物を乗り付けられればこうなるに決まってるって』

『ハァ……。隊長と司令は映画の見すぎ。どんな対応を期待してたんだか……』

『クロックス。なんで止めなかったんだ』

『私のせいですか? あなただってノリノリで文面を考えていたじゃないですか。それにそもそも本当にメールが送れるとは思っていませんでした』

外部スピーカーを通して聞こえるその声は、いずれも若い男女のもので、まるで、伊隅達のこと等見えていないかのように、口論を始めたのだ。

余裕があるのか、肝が据わっているのか、それともただの馬鹿なのか。
いずれにせよ、伊隅はすっかり毒気が抜かれてしまった。

『伊隅、もういいわ』

一部始終を司令室で見ているであろう、香月夕呼から通信が入った。

「は、本当によろしいので?」

『ええ。彼ら、あたしの大事なお客様よ。丁重にご案内してさしあげて。来賓室でで待つわ』

「了解しました」

いまだに口論を続けている彼等に対し、銃口を下ろしつつ恐る恐るといったようすで話しかける。

「あの。そろそろよろしいですか?」

『お、もういいのかい?』

「は、副司令がお会いになるそうです。ご案内しますので、私について来てください」

『了解した。皆、聞いていたな? 予定通り、俺と武とエイミが行く。スージーと恭平はここで待機だ。機体を無防備にする訳にはいかないからな』

どうやら、人型に乗っているのが部隊長らしいと伊隅があたりをつけた時、それは起こった。目の前の人型が一瞬にしてその姿を変え、残る二機と同様の形に変形したのだ。

「なっ――!!」

伊隅が言葉を失くし呆然としていると、すでに大地に降り立った男女三名がこちらを見上げていた。

「すまないがそろそろ降りてきてくれ。案内役も無しに、勝手に動くわけにもいかないからな」

「……え? あ、はい。速瀬、聞いていたな? 私はこれから彼らを連れて副司令の元へ向かう。彼らも二名ほどここに残るらしい。貴様等も残り、話し相手になって差し上げろ」

『り、了解……』

勿論、言葉通りの意味ではなく、体のいい見張りである。
部下に指示を終え、ハッチを開き管制ユニットを出て、地上へと降り立つと、金髪の優男が伊隅と向かい合った。

「エイジス・フォッカー大尉だ。よろしく頼む」

「伊隅みちる大尉です。こちらこそ、よろしく」

敬礼に答礼を返し、自己紹介を済ますと、同階級と知り伊隅はほんの少しだけ肩の力を抜いた。

「では着いて来て下さい。副司令がお待ちです」


 ◇ ◇ ◇


軽いボディーチェックの後、武達は伊隅に連れられて来賓室に辿り着いた。武自身、横浜基地はそれなりに長いがここに来るのは初めてだった。

「香月副司令、お客様をお連れしました」

インターフォン越しに香月夕呼に語りかける彼女の姿を眺めながら武は考える。
もしも再び彼女に会うことがあれば、自分は泣いてしまうかもしれないと思っていたのだ。そうならなかったのは、ひとえにレイヴンズの皆に話し、受け入れて貰えたからだろう。人に話すと言うのは案外馬鹿に出来ないもので、あれがなかったら、きっと自分は目の前の彼女と、自身の知る佐渡島と共に消えた”伊隅みちる”を混同し泣き崩れていただろう。

「どうした武。入らないのか?」

「あ、はい」

どうやら、物思いに耽りすぎたらしい。慌ててエイジスの後を追う。

そこには武の知る者と寸分違わぬ、国連軍の制服の上に白衣を纏った香月夕呼の姿があった。

自動扉が閉まるのを待って、まずはエイジスが切り出した。

「まずは初めまして香月夕呼博士。自分は新地球統合軍所属第727独立戦隊VF-Xレイヴンズの部隊長を務めています、エイジス・フォッカー大尉であります。艦を離れられずこの場に来れないギリアム・アングレート司令に代わり、ご挨拶申し上げます」

「エイミ・クロックス中尉です。宜しくお願いします」

「白銀武少尉であります」

武は香月夕呼が堅苦しいのを好まないのを知りつつも、取りあえず流れに乗る。

「皆さん、国連軍横浜基地へようこそ。私が当基地の副司令を努める香月夕呼です。以後お見知りおきを。それと、そう堅くならなくて結構ですわ、フォッカー大尉。私は正式な軍人ではありませんし、何より堅苦しいのは苦手ですので」

「そうですか。ではここからはお互い肩の力を抜いて喋る、といのはどうです?」

「そうね、そうしましょ」

エイジスと夕呼はお互い顔を見合わせると、ニヤリと笑い会う。

「先ずは話をする前に二~三、訊きたい事があるのだけれどいいかしら」

「なんなりと」

まず、口火を切ったのは夕呼である。

「これを送りつけてきたのは、あなたたちで間違いないわね」

夕呼が差し出したプリントアウトされた用紙を覗き込むと、成る程、自分たちが送りつけた文面と一字一句違わぬものがそこにあった。

「ええ、間違いなく」

「じゃあ次に、あなた達が乗ってきたあの機体、ステルス機ね?」

「分かりますか?」

「それは、分かるわよ。何しろ帝国のレーダー網を掻い潜って、ウチの基地のレーダーも目視で確認するまで影さえ捉えることが出来なかったんだから」

それは武も初耳である。あの形状でステルスが装備されているなど思いもよらなかった。

「我が軍のあのタイプの可変戦闘機には常備されているもので、とりわけあの機体、VF-19Aエクスカリバーに装備されているものは群を抜いて優秀です」

「……そう。じゃあ最後に……」

夕呼はそう言って一拍間を置くと、武に視線を向けた。

「……あなた、シロガネタケル?……」

来るべき質問が来た、と思った。恐らく夕呼は隣室に社霞を待機させこちらを伺っていることだろう。だとすれば、嘘や下手な誤魔化しは無意味である。

尤も、武にはそんなことをするつもりは、更々ないのだが。

「その質問に答える前に、こちらからも質問、いいでしょうか?」

「なにかしら?」

「今日は何年の何月何日ですか?」

質問の意図は夕呼には分からなかったが、その程度の質問なら答えることなどお安い御用である。

「今日は2001年の7月7日よ」

瞬間、武の頭を鈍器で殴られた様な衝撃が襲った。

自分はどうやら本当にあの因果の螺旋から抜け出せたらしい。

それは良い。しかし、7月7日が彼にとって因縁浅からぬ数字であることも、また確かだった。

その数字に意味など無いのかもしれない。しかし――

7月7日それは……

彼の半身とも言える、幼馴染の誕生日だった。


 ◇ ◇ ◇


退室を命じられた伊隅みちるは、若干拍子抜けした。
てっきりそのまま夕呼の護衛を命じられると思っていたからである。
とは言え命令は命令である。みちるは後ろ髪引かれる思いで、来賓室をあとにした。

あの三人はそんなに信用出来る人物なのだろうか? などと考えながら、通路を重い足取りで歩く。
無理もあるまい。仮にあの三人がどこぞの刺客で、香月夕呼が暗殺でもされれば今、自分たちが関わっている、人類の存亡をかけたオルタネイティヴ第四計画は、たちまち頓挫を余儀なくされるのだ。

痛む頭を押さえながら、原隊と合流すべくみちるが足を向けた先に待っていたものは想像を絶する光景だった。


「だーかーらーあんたたちが何者で、その機体は何なのか教えなさいっていってんのよ」

「機密につき答えられません」

「水月~、もうやめなよ。椎野中尉も困ってるよ」

「ん? 涼宮、別に困ってないぞ。こんなのウチの女共の口撃に比べたら可愛いもんだ」

「ゴメンね、水月。ウチの恭平はちょっとアレなのよね。その内ちゃんと教えるから勘弁してね」

「あ、いえ、ニュートレット大尉。私はその……」

「だから、スージーでいいってば。それよりあんまりアレの相手をしてると……感染るわよ」

「……ホラな」

「お前なんか相手にしていられるか。文句があるならかかってきな」

「む~な~か~た~」

「と、椎野中尉が言っておられました」

「え、俺?」

「潰す」

「美冴さん……」

なんか想像以上に馴染んでいた。

確かに話し相手になれと言い残したのは自分である。その言葉を額面通りに受け取ったのは、果たして彼らか? それとも自分の部下か?
せめて前者であって欲しいと、みちるは願う。

その光景を見ながら、ああ。きっと、香月夕呼はほっといても問題ないな、と漠然と感じた。



それよりもこれ、どう収集つけようか?






 あとがき

今回の話は難産でした。更に短いです。どうも、type.wです。

それというのも、プロット(まあ、そんなに大層な物じゃありませんが)に問題がありました。そこには一言こう書かれていました。

女狐と交渉。

……

ば、馬っ鹿じゃねぇの? そんなん今更確認せんでもわかっとるわい。

ということで、一から話を練らねばならず、書いては消し、書いては消しを繰り返し、こういう形になりました。

なんとか今年中に横浜まで辿り着きましたがいかがだったでしょうか。
次回もまた、

女狐との交渉。

です。





[24222] 第五話 炎に身を焦がして
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/02 13:24

「確かにオレはシロガネタケルで間違いありません。しかし、この世界の白銀武でもありません。ここまで言えば、勘の良いあなたのことです。オレが何者なのか察しがつくんじゃないですか? 香月夕呼……先生」

「そう……つまりあなたは――」

「ええ、鑑純夏によって導かれた因果導体……だった男の成れの果てです」



第五話 炎に身を焦がして


「成れの果て? どういうことかしら?」

白銀武が死したこの世界において、目の前の男が本物のシロガネタケルだというのなら、それは多重世界の集合体である因果導体以外にありえないはずである。

「まあ、それは追々話します。オレの話はちょっと長くなりそうなので、まずは彼等の話を聞いてあげてください。ただ、オレはあなたのことをよく知っています。だから先生と呼ぶことを許してください」

「先生? あたしは生徒なんて持った覚えはないけど。まあ、いいわ」

気になることは多々あったが、目の前の新地球統合軍という、在り得ない肩書きを持つ男達の存在を、夕呼としても無視するわけにもいかないのも確かである。
話さないと言っている訳ではない。後々、たっぷり話を聞かせて貰えばいいだけだ。

「では、フォッカー大尉。まずはあなた達の話から聞かせて貰えるかしら?」

夕呼は改めてエイジスに向き直ると、話を促した。

「エイジスで結構ですよ、香月博士。先程の武の言葉ではありませんが、察しの良いあなたのことです、手紙の文面、我々の乗ってきた機体から博士が推測されたように、我々はこの世界、この時代の人間ではありません」

「と、言うと?」

「ここからは、私がご説明します」

武曰く『説明お姉さん』こと、エイミ・クロックスが一歩前に進み出た。

そして淀みなく語られる彼女の説明は、一度聞いた武からしてみても、まるで音声録音を再生しているかのようであり、一言一句違わないのでは? と、思わせるほど正確無比であった。

唯一違ったのは、武の様に途中で余計な茶々を入れなかったことだが、夕呼の瞳から徐々にその光が失われていくのを、武は見逃さなかった。

これはあの魔法の言葉を、今度は自分が教えるべきか? と考えたところで、夕呼が大きく息を吐き、虚空を見上げた。そして、こめかみを揉み解し、再びエイミと向き合った時にはその瞳にいつもの光が戻っていた。

「大変興味深いお話でしたわ。クロックス中尉」

(凄え! 持ち直した! 凄えよ夕呼先生……アンタやっぱり凄えよ!)

武が脆弱過ぎるのか、夕呼が強靭過ぎるのかは分からないが、ともかく夕呼は自分で自身を取り戻した。

「その上でお聞きします。まず、あたしのことを知ったのはそこの白銀からで、あなた方が私に求めるものは、元の世界に還るための方策と、この世界に於いての身の安全の保証、という認識でいいかしら?」

一を聞いて十を知る、と言うほど大げさでは無いが、香月夕呼の頭の回転と柔軟さはどこの世界でも同じらしい。

「概ね間違ってはおりませんが、安全を保障していただく必要はありません。我々に必要なのは身柄の拠り所です」

「どういう事?」

「俺達はここに闘いにきた、と言うことさ。香月副司令殿」

エイミの言葉を引き継ぎ、エイジス・フォッカーが不敵に笑った。


 ◇ ◇ ◇


「あなた達が闘う理由が分からないのだけれど?」

まさか戦闘狂ということはあるまい。目の前の男の瞳にはしっかりと、理性の光が伺えた。

「では伺いますが、我々の帰還の方策を明日までに見つけてくれ、と言われてそれができますか?」

「成る程、無理ね。だからここで戦力になると? あなたはさっき、艦と言っていたけど乗組員の数は?」

「空母ですので、どう少なく見積もっても千名はくだらないかと」

「それこそ無理な話ね。大きな作戦やBETAの侵攻だってそれ程あるわけではないし、いつ見つかるかも分からない方策を探る間、戦力になる”かも”しれない連中をただ遊ばせておく余裕は現在の人類にはない、ってそこの白銀から聞かなかった?」

始まった、と武は思った。
この交渉能力こそが、香月夕呼をして横浜の女狐と言わしめる所以である。
だが、今回ばかりは恐らく空振りに終わるだろう。

「もちろん聞いていますよ。あなたがなんのメリットも無しには動いてくれないであろうこともね。つまり、あなたのメリットになるようなものをこちらが差し出せばいいのでしょう?」

「あら、いったい何を見せてくれるのかしら?」

何故ならば――。

「我々の持つ先進技術。そのほぼ全てをあなたに提供する用意がある……と言ったらどうします?」

こちらには出し惜しみをするつもりがないのだから。

「……例えば?」

夕呼は顔色こそ変えなかったものの、雰囲気が変わった。今まで完全に上から見ていたのに対し、エイジスの言葉以降、同等の立ち位地で聞く姿勢をとったのだ。

「無論、今は渡せない技術というのもありますが、代表的な所でまず、重力制御、熱核エンジン、フォールド技術なんていかがです?」

まさに大盤振る舞いといっていいだろう。

「随分気前がいいのね。それで、もしあたしが断ったらどうするのかしら?」

「そんときゃ、尻尾巻いて地球から逃げ出すだけです。もとの世界には還れなくなりますが、地球よりマシでしょう。幸い二十光年もフォールドすれば、移民可能な惑星もあることですし、そこに新しい楽園でも造るとしますよ」

「あたしが技術だけ受け取って、還る方策を探さない可能性もない、とは考えない?」

「それはないでしょう。あなたは研究者だ。異世界間の移動なんて面白いテーマがあって、相応の技術を手に入れれば、挑んでみたくなって当然ではないですか? 研究だけして技術を渡さない、というのもありえない。俺達はこの世界から見ればただの異物だ。あなたにしてみれば、とっとと出てけってのが本音でしょう?」

夕呼は一度忌々しげに武に視線を向けると、大きく息を吐いた。

「まったく、やりにくいったらないわね。欲のない人間相手に交渉なんてやってられないわよ。いいでしょう、あなた方は、あたしの責任に於いて部隊ごと当横浜基地で預からせてもらうわ」

ついに夕呼が折れた。
それはそうだろう。彼等を受け入れたほうが、夕呼にとってはメリットが大きい。逆に突っ撥ねた場合なにも得られる物が無いのだ。
ただ、少しでも優位な位置に立ちたかったに過ぎない。

「さすが香月博士。聞いてた通りいい女だ」

「アラ、ありがと。で、戦力と言っても実際どのくらいのものなの。それが分からないといまいち使いづらいんだけど」

「実働部隊で可変戦闘機のパイロットが三名、見習いが一名といったところですね」

「ハア? そんなんで一体何が出来るわけ?」

どうやら武もしっかりカウントされているようだ。
まあ、武としても別に納得していないわけではないので、それはいいのだが、香月夕呼はお気に召さなかったようである。

「母艦を含め全戦力をもってすれば、アメリカ程度なら焦土に変えてみせますが? まあ、やりませんがね」

「……」

(笑えねー。全然笑えねー)

何故なら、エイジスが本気で言ってることを武は知っているからだ。
そして、それがまんざら不可能でないことも。

「そんなわけで先程、技術を提供すると言いましたが、それを使うのはオルタネイティヴ第四計画内だけに留めて貰いたい。我々が有する技術は危険な物も多い。これは機密の管理を徹底できるあなたにだからお渡しするのだ、という事をお忘れなく」

エイジスが念を押すが、夕呼にしてみれば言われるまでもないことである。
そんな面白い技術を世界中にばらまけば、BETAなどそっちのけで研究、開発競争が始まってしまうだろう。

「分かってるわよ。それより、オルタネイティヴ計画のことまで知ってるなんてね。それも白銀?」

「ええ、今の我々は或いは現在の香月博士よりその計画について詳しいかもしれませんよ?」

その言葉は流石に聞き捨てならなかった。
すぐさま武に詰め寄ると、その首元を締め上げた。

「ちょっと、どういうことよ! アンタさっき成れの果てがどうとか言ってたわね。言いなさい! 今すぐ言いなさい」

「ちょっ……くるしっ……先生、ギブギブ。言います、言いますから」

慌てて何度も夕呼の腕をタップする武が開放されたのは、今まさに落ちる寸前だった。

「し、死ぬかとおもった……」

「せめて喋ってから死になさい」

「無茶苦茶だよこの人! まあいいです、その前に霞も呼んで下さい。どうせその辺に潜ませてるんでしょ。あいつも無関係じゃありませんから」




さあ、ここからだ。

どうせ一度は地獄に堕ちても、と覚悟したこの身だ。

もう一度その業火に焼かれようとも、恐いものなどなにもない。






 あとがき

明けましておめでとうございます。type.wです。

今回は前回に比べても、更に短いです。こんなに短いのプロローグ以来じゃなかろうか?
そのせいか、、つめこみすぎて逆に薄っぺらくなってしまった感じは否めません。
どうも政戦略が絡むと、己の未熟さを露呈してしまい恥じ入るばかりです。

ところで話は変りますが、元日に実家に顔を覘かせると妹夫婦も遊びにきており、
早速甥っ子にお年玉を催促されました。慌てて手持ちの紙幣をお年玉袋に入れ渡してやると、甥っ子は露骨に舌打ちをして「ありがとう、おじさん」と言ってくれました。
彼はしがない会社員でしかない俺に、一体何を期待したのでしょう? 全くカワイイ奴です。

椎野恭平、満五歳。どうか健やかに育って欲しいものです。
もうお分かりの様に、オリキャラの名前は彼から頂きました。


色々と考えた結果、この話からmuv-luv板へ移ることを決意しました。
今までチラ裏でお付き合いして下さった皆様に心よりの感謝を。
また、板が変わっても変らずにお付き合いくださる方は、これからもよろしくお願いします。
いきなり移るのもどうかと思いましたので、今日の昼過ぎぐらいまではそのままチラ裏に残します。

冬休みも残すところあと三日。このような更新スピードを保てるのもそれまでです。あと、一話ぐらいはいけるでしょうか?

それでは、また次回にお会いしましょう。









[24222] 第六話 幾億分の一の幸せ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/07 01:04

社霞の到着を待って、白銀武は漸く語り出した。

「どこから話したものか悩みますが、結論から言ってしまいましょう。オレはオルタネイティヴ4がオリジナルハイヴのコア“あ号標的”を撃破した世界から転移してきました」

まるで軽いジャブのように放たれた武の言葉はしかし、香月夕呼の急所を的確に捉えた。
再び詰め寄ろうとする夕呼を、武は手を挙げてそれを制した。

「先生の言いたいことは分かります。その辺もちゃんとお話しますので、どうか落ち着いて下さい」

夕呼からすれば、落ち着けなど無理な話である。
本来であれば、銃を突きつけてでも喋らせるところだが、生憎銃など持っていないし、仮に持っていたところでエイジス・フォッカーがそれを許さないだろう。

甚だ不本意ではあるが、話の主導権は完全に白銀武に握られていた。



第六話 幾億分の一の幸せ


「先生が聞きたいのは00unitは完成していたかってことでしょう?」

こちらのことなどお見通しだと言わんばかりの武の言葉に、夕呼の苛立ちは加速する。
夕呼は黙って頷くと、視線だけで先を促した。

「これも結論から言いましょう。確かに00unitは完成しました。そこで質問なのですが、先生は今半導体150億個分の並列処理装置を掌サイズにする段階で躓いている……合ってますか?」

00unit完成の言葉に心が浮き足立ちかける。
しかし自分しか知らない筈の現在オルタネイティヴ4が抱える問題点を指摘され、恐らく隠しても無意味だと悟り、正直に話すことにした。

「! ……そうね、その通りだわ。でもそれが何? その世界で完成したというのなら、あたしにとっても時間の問題のはずよ」

「無理ですね。このまま事態が進めば、あと半年を待たずしてオルタネイティブ4は失敗とみなされ、すぐさまオルタネイティヴ5へ移行して地球は終るでしょう。何故オレがこんなことを知ってるか? と言えば“前の世界”で何度もループして同じ結末を経験したからです。先生が00unitの完成に漕ぎ着けたのはオレの協力を得た最後のループただ一度きりです」

夕呼は激昂しかける心をどうにか落ち着けて、横目で社霞に視線を送る。
霞は目を伏せ、ただ黙って首を小さく左右に振った。
つまり嘘は言っていない。少なくとも本人に、嘘を吐いているつもりは無いということだ。
その結果に夕呼は大きく息を吐いた。

「そう悲観することもありませんよ。結局理論と数式を完成させたのも、夕呼先生自身なんですから。これ、どういうことか解ります?」

その言葉を香月夕呼は挑戦と受け取った。
いつまでもこんなガキに、舐められたままではいられないのだ。

「フン、そういうこと。つまり多重世界の集合体であるあなたの中に、理論と数式の完成に辿り着いたあたしも居たわけね。そこでその世界に於いて、存在が希薄なあなたを“確立の霧”の状態に戻すことで理論と数式の回収を行わせたのね」

「さすがです先生。まったくもってその通りですよ。でもそうなるとこの世界では問題がありまして……オレは“あの世界”ですでに因果導体ではなくなった筈なんですが、理論の回収って出来るもんなんでしょうか」

夕呼の答えに武が素直に賞賛の言葉を送る。
しかし、夕呼にしてみれば武の話から情報が揃い過ぎていて、答えを導き出すのはそう難しいことではなかった。
ただ彼の言葉の中に、聞き捨てならないものがあった。

「白銀、あなた自分が因果導体ではなくなったことを証明できる?」

「確たる証拠はありませんが一応は。“あの世界”でオレを因果導体としていた“原因”である“鑑純夏”の消失によって“結果”であったオレは“あの世界”から弾き出されましたから。これは“あの世界”の夕呼先生の話を踏まえた上でのことなので間違いないと思います」

「成る程ね」

そういうことなら確かに白銀武はもう、因果導体ではないのだろう。
では、現在の彼は一体何なのだろうか?

「あの、先生。結局今のオレってどういう状態なんでしょう?」

今まさに考えていることを尋ねてくる白銀を視線で制し、顎に手を添えて目を瞑ると思考の海に埋没した。
しばらくして目を開けた時には、某かの答えを得たのか、フッと息を吐き武に問いかけた。

「白銀、あなた自分が“元居た世界”の記憶はどれくらい残ってる?」

「……え?……あれ? なんだコレ? 思い出せないんですけど、これってどういうことなんですか?」

“あの世界”でも関わりのあった人物の記憶は残っているのだが、それ以外……例えばクラスメイトやご近所さんは、顔や名前も思い出せなかった。

「仮説でよければ話すけど、聞く?」

「お願いします」

「あなたの言う“あの世界”から“シロガネタケル”が弾き出された時、その何割か、おそらく半分程度は、本来還るべき世界に還ったはずよ。その時に不要だと取りこぼされたのが今のあなただとあたしは考えるわ。恐らくあなたに“元居た世界”の記憶が無いように、還ったシロガネタケルには“あの世界”の記憶は殆ど残っていないはずよ。まったく、成れの果てとは言いえて妙だったわね。そして、ここから先は仮説ですらなく只の推論になるのだけれど……」

「聞かせてください」

残酷とも言える現実を淡々と告げる夕呼だが、武にとっては今更である。
今にして思えば、こういう時こそ夕呼は今のような態度をとっていた気がする。
まるで自分を恨めとばかりに。

優しい人なのだ、本当は。
だからこそ、全ての業罪を独りで背負い込もうとする。
損な性格だと、武は思う。

「好きじゃないのよねえ、憶測で物を言うの。まあ聞きたいって言うなら話すけど。白銀、“あの世界”のあたしに人の意志の力の話はきいたことない?」

「はい、世界の在り方は人の意志が大きく影響する、という話を聞いたことがあります」

武にしてみれば、つい先程の話だ。忘れよう筈が無い。

「そう、そして世界に意志を投影する力は誰もが持つものではない。あなたを因果導体にすることで“鑑純夏”の資質の高さは証明されたけど、仮にもし、あなた自身の資質が“鑑純夏”に比するか、或いは凌駕するとしたら? あなたが無意識の内にでも戦いを求めていたのだとしたら、似たようなこの世界にあなたが現れてもそれ程不思議じゃないと思うけど? 尤も、それには某かの外的要因が必要になってくるのだけれど」

「その外的要因と言うのは、我々のフォールド事故のことでしょうか?」

それまで聞き役に徹していたエイミ・クロックスである。

「それは、判らないわ。言ったでしょ、ただの推論だって。まあ、これを幸せととるか、不幸ととるかは白銀次第だけど」

「オレは……」

武は考える。

確かに取りこぼされたという意味では、今の自分は不幸なのだろう。
だが、果たして本当にそうか? 武自身やり直しなど望んでいなかったが、また、あの戦友達と肩を並べて戦えるのであれば、それは願っても無いことである。

「オレは幸せですよ。こうして別人とは言え、先生や霞とも会えましたし。なによりこんなオレを仲間だと言って受け入れてくれる人達もいます」

そこにいる面々を一人一人見渡し陰りのない笑顔で告げた。

「だからオレは幸せです」


例えそこに、戦いの記憶しか残らなかったとしても。


 ◇ ◇ ◇


結局、理論の回収については、世界間の移動がエイジス達の要求と一致する為に、また後日改めて話しあう運びとなった。

すると、それまで会話の輪から離れていた社霞が武に歩み寄り、その袖口をグイグイと引っ張り始めた。

「どうした、霞」

「……行きます」

「何処に?」

武がそう問うと、霞は目に見えてその表情を曇らせ、相変わらずいかなる理屈をもって動いているのか分からないが、その兎の耳を模した髪飾りが力無く垂れ下がった。

「……約束、しました。真っ先に会いに行くって」

「――あ!」

そこで思い出した。
確かに武はあの“あ号標的”のまえに危機に陥った時、もう一度やり直しがあるなら、真っ先に純夏に会いに行くことを約束したのだ。
霞は恐らく、リーディングでその事を読み取ったのだろう。

武がそう思い至ると、それを肯定するかの様に霞の髪飾りが大きく跳ね、袖口を引っ張るその手に力が漲った。

「まいったな、まだ話は終ってないし……先生?」

まさか霞を振り払う訳にもいかず、夕呼に丸投げした。

「まあいいわ。訊きたいことはまだあるけど、今日はもう遅いし続きはまた今度にしましょ」

「それで、いつ我々は横浜に入れますか?」

「そうですね、明日の昼過ぎには横浜に入れるように、関係各所に根回しをしておきましょう」

「そのときは香月博士も是非一度、我々の艦にいらしてください。歓迎しますよ」

「考えておくわ」

意外にも夕呼はあっさりと切り上げた。
武としても、まだ話しておかなければならないことは、山ほど在ったのだが、すでにエイジスと夕呼は話を締めにかかっていた。

「それで、白銀。あんたこれからどうするの?」

「え? あ、はい。これから一度、純夏に顔を見せに行きたいんですけど……もしかして駄目ですか?」

「馬っ鹿ねえ、まあ鑑の方は好きになさい。これからあなたはレイヴンズに残るのか、それとも横浜に来るのかってことよ。こっちに来るなら大尉待遇でA-01に迎えてもいいけど?」

この言葉には武もさすがに驚いた。
なにしろ“あの世界”では初対面時に信用を勝ち取ることが出来ず、必ず訓練兵からのスタートだったのだから。

まあ、あの時と比べれば、武の持つ情報の量も質も桁違いではあるのだが。

「身に余る光栄ですが、遠慮しておきます。オレはレイヴンズと行きます。オレはまだそんな器じゃありませんし、彼等と行くことでしか学べない事を学びたいと思っていますので。でも、オレの力が必要な時はいつでも言って下さい。これはエイジス大尉や、ギリアム司令とも話し合って、既に許可は頂いています」

「……そ、エイジス大尉もそれでいいかしら?」

「構いませんよ。まあ、こちらもアイツを鍛え上げねばなりませんので、こちらの時間の許す限りであれば、精々扱き使ってやって下さい」

何か聞き捨てならない事を聞いた気がするが、恐らく考えたら負けであろう。

ふと気がつくと、袖口に感じていた抵抗がおさまっていた。
気になって横に顔を向けると、霞が肩で息を吐きながら蹲っていた。

「わ、悪い霞。大丈夫かー?」

「……ハア、ハア……つ、疲れました……」


相変わらずの体力の無さだった。


 ◇ ◇ ◇


エレベーター前でエイジス達と別れた武は、シリンダールームで“鑑純夏”と向き合っていた。
本当はエイジス達も同行を許可されたのだが、恐らく気を使って遠慮したのだろう。

(来るのが遅れちまってゴメンな、純夏)

シリンダーに額を押し付けるようにして、胸の中で語りかける。

(オレはお前の望んだ“白銀武”じゃないし、お前もオレの愛した“鑑純夏”じゃあない。でも、オレはお前にもう一度会えて嬉しいよ。……オレはまた、お前を殺す片棒を担いじまうかもしれない。その時は許してくれとは言わないけどさ、嘘でも良いから一度だけでもオレに微笑みかけて欲しい……駄目か?)

そこまで思うと、武はシリンダーから身を離した。

「じゃあな、純夏。また来るよ」

そう締めくくると、扉付近で待機していた霞の元へ歩み寄る。

「霞も来りゃ良かったのに。ああ、もう霞って呼んじまってるけどいいかな?」

「……構いません。あなたは私を知っていますから」

「そうだけどさ、こういうのは最初が肝心なんだよ。もう自己紹介はさっき済ませちまったけど、オレは白銀武だ。改めて宜しくな」

そう言って霞の手を取ると、強引に握手を交わした。

「思い出、一杯作ろうな」

霞の望みを知る武は、笑顔でそう言った。

「……思い出、知りません。……私にも出来ますか?」

「ああ、出来るさ。そうだ、海にも一緒に行こう。純夏と三人でな」

「……海、見たこと無いです。見てみたいです」

武は「ああ」と言いながら霞の頭を優しく撫でた。

「おっ、そうだ。ニンジンも食べられる様になろうな?」

「……」

そう提案すると霞の表情は、見る間に悲しみの様なものを浮かべ、当然のようにそのウサ耳もシオシオと力を無くしていった。

そこまで嫌か? と思わなくも無いが、とりあえずエールを送る。

「まあ、追々頑張ろう」

「……はい」

とりあえず、言質はとった。

武は満足気に頷くと、「またな」と告げて扉を開いた。

「白銀さん……またね」

扉をくぐりかけた武の足が止まる。
まさかこの時点で、その言葉が霞の口から聞けるとは思わなかったのだ。
恐らくは武の記憶から読み取ったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。

武は嬉しくなって、笑顔で霞に向き直り、

「ああ、またな」

と言ってシリンダールームを後にした。


 ◇ ◇ ◇


エイジス達と合流した武は、滑走路に向かう途中、遠目に見える居並ぶA-01の不知火を眺め、小さな違和感を感じた。
数が合わないのだ。だが、すぐにその理由を察した。

この時期ヴァルキリーズは、207Bはおろか207Aも任官していないのだ。

不知火の数は全部で七機。残る三機に武の知らない先任の衛士が乗っているのだろう。

そんなことを考えながら武達が滑走路に辿り着くと、そこにはなんとも感慨深い顔ぶれが揃っていた。


何かを悔いるように虚空を見上げる伊隅みちる。

まるで何かをやり遂げたような得意げな顔の宗像美冴。

それを嗜めるように詰め寄っている風間祷子。

何故かその周りで妙にオタオタしている涼宮遙。

そして、椎野恭平をネック・ハンギング・ツリーで締め上げている我等が突撃前衛長、速瀬水月の姿がそこにはあった。

「――って! うおぉぉぉーーい! なにコレ? なにこの状況! 一体なにがあったんですか? 伊隅大尉!」

「し、白銀少尉か? い、いや、私は止めたんだぞ、本当だぞ。だが、ニュートレット大尉が、もうおさまらないから放っておけと……」

慌ててみちるに詰め寄る武に、いまだに武をどう扱えばいいのか分からないみちるは、どもりながらも答えてくれた。

「スージー大尉?」

「始めは一方的に水月が突っかかって、それを恭平がのらりくらりとかわしてたのよ。そこに美冴が水月を煽りだしてね、そんな遣り取りを何回か繰り返してたら水月が完全にキレちゃったの。激昂した水月を止めるのはもう不可能だと判断した私は言ってあげたのよ。やっちまいな……てね。面白いでしょ?」

面白いかと問われれば、確かに面白いのだが、ちょっと面白いではすまない状況になりつつあるのもまた確かである。

(だって、椎野中尉の顔、土気色になっているしね)

「いるしね、じゃねえよ!」

丁度その時、完全におちた恭平がポイっと棄てられ、水月の「よっしゃ」という勝鬨がこだました。

「相変わらず弱っちいな、アイツ」

「椎野中尉、何故か喧嘩はからっきしですからね」

「え? 見るべきところはそこですか?」

微妙にポイントのずれたエイジスとエイミの感想に、武の突込みが重ねられた。


その状況を眺めつつ武は、ああ、これがこれからの自分の日常になるのだな、と、絶対に当るであろう予感を胸に感じていた。


 ◇ ◇ ◇


そのころ、香月夕呼は今日の出来事を思い返していた。

まずはレイヴンズ。

彼等から得た物は、まずは上々と言えるだろう。
彼らの持つ先進技術がどれ程の物かは未知数ではあるが、額面通りの物なら必ず役に立つだろう。

しかし彼等、情報に対する認識、と言うかガードが甘いような気がする。
統一政権下による一局主導体制の弊害なのか、とにかく政敵が少ないのだろう。

未来の技術を盛込んだ空母などでこの横浜に乗り込めば、まず帝国が黙ってはいない。その情報が世界中に散らばるのも時間の問題だろう。

確かに香月夕呼は、約束は守る。彼等から得た物は決して外部に洩らさない。
しかし、彼等自身がそれを守りきれるかどうかまでは、夕呼の知ったことではないのだ。

むしろ夕呼としては、世界各国が彼らと接触を取ろうとしたときに、そのパイプ役となって、より多くの利益をえることも不可能ではない。

つまり下手さえ打たなければ、夕呼にとってはどう転んでも損は無いのである。


次に、白銀武。

彼は危険である。
正確には彼の持つ情報が、である。

恐らく今日話さなかったことの中にも、夕呼も知り得ない、或いは世界中を震撼させ得る情報も、彼の手には握られているかもしれないのだ。

知らなかった事とは言え、レイヴンズに彼を取られたのは夕呼にとっては痛恨の一事と言えた。
出来れば手元に置いておきたかった。
レイヴンズの何が、白銀の琴線に触れたのかは知らないが、彼はレイヴンズを随分信頼しているようだ。
大尉待遇という餌をぶら下げたが、見向きもしなかった。

とは言え、彼はこちらに協力的である。
上手く使えば、必ずや自分の追い風となってくれるだろう。


「どうやら忙しくなりそうね」


香月夕呼は独り極東の片隅で、世界が動き出す音を聞いた。






 あとがき

一話あたりの文章量が一定しません。どうもtype.wです。

何だか今回はいっぱい文字を打ち込んだような気がします。気のせいでしょうか?

しかしまさか、前置きとも言えるこの段階で、プロローグ含めて七話もかかるとは思ってもみませんでした。
あえて章分けはしていませんが、ここまでが第一章と考えて貰えばよろしいかと。


「俺達の戦いはこれからだ!」


って感じです。


PS

ここから更新速度がガクッと落ちると思いますが、別に打ち切りではありません。








[24222] 第七話 賽は投げられた
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/11 16:23

――空を飛んでみたくはないか?

そう武に尋ねたのは、エイジスとギリアム果たしてどちらだったのか?
残念ながら武は、目の前の“合成”の二文字がつかない鯖味噌定食に夢中になりすぎて、思い至ることが出来なかった。

「……空、ですか?」

考えてもみたことも無い、と言えば嘘になる。

男だったら誰でも一度は夢に見るのではないだろうか?

例えば武も幼い頃ヒーローに憧れた。
大空を自由に飛びまわり、弱い物を助ける正義のヒーローだ。

しばらく時間が経つと、それがフィクションの世界の作り物だと気付き、もう少しだけ現実的な夢を見る様になる。大金持ちだの、総理大臣だのが現実的な夢かどうかはともかく、その夢の中に飛行機のパイロットというのも確かにあった。

更に時間が過ぎ、夢見る子供の時間が終ると、そんな思いも徐々に薄れていった。
否、薄れたわけではない。諦めたのだ。それを為すためには、並々ならぬ努力が必要だと知り、容易にその夢を手放したのだ。

思い返せば、武は夢の為への努力というものをしたことが無い。
惰性で生きていた“元の世界”に居た頃はおろか、“あの世界”において戦術機の衛士になったのも、必要に迫られたところが大きい。

そんな武にこの男達は問うのだ。夢を叶えてみないか?……と。

「お前が望むなら、俺達が貴様に翼を与えてやろう」

そう言われた時、武の心臓が大きく跳ねた。
諦めていた夢が首を擡げ、胸の奥に小さな火が灯るのを否定出来ない自分がいる。

確かに戦術機でも跳ぶことはできる。しかし、エイジスの操るVFの機動をその身で体感した今となっては、比較するのも馬鹿らしいほどに別物だ。

しかも彼らの機体はただの戦闘機というだけではなく、高機動戦闘に優れたガウォーク形態や、近接戦闘に特化したバトロイド形態への三段変形も可能だと言う。
決して戦術機に見劣りしないどころか、今しがた聞かされた彼らの持つオーバーテクノロジーを考えれば、遙に凌駕するだろう。戦う力としても申し分ない。

更に彼らは、武の戦いが終るまで……つまり、地球上から全てのハイヴを駆逐するまで武に付き合うつもりがあるらしい。

「オレに出来るでしょうか?」

気が付けば、武はそんな言葉を口にしていた。
そこに否定的な意味合いはなく、むしろ願望のような物が織り交ざり、声の震えを抑えることが出来なかった。

「心配はいらん。幸い貴様は戦術機という機動兵器の扱いに長けている。あとは俺達が基礎からみっちりバルキリー乗りの真髄を貴様に叩き込んでやる。……どうだ、やってみるか?」

ギリアムの言葉に武は反射的に「はい」と答えていた。
正直、ヴァルキリーズの仲間達に未練が無い訳ではない。
だがこの時ばかりは、己の欲求が勝った。
なにも考えていなかったと言ってもいい。いや、考えられなかったのだ。

我に返った時には、武はレイヴンズの一員となっていた。

後悔はしていない。武は病を患ってしまっただけなのだ。エイジス曰く『空を飛びたい病』である。

とにかくこの瞬間から、武は空ばかりを見上げるようになる。

蒼く果てない大空に、その想いを馳せて。



第七話 賽は投げられた


明けて翌日。

今まさに横浜に入ろうかというマザーレイヴンを出迎えたのは、黒山の人だかり……らしい。
らしいというのは、それを確認したのが椎野恭平ただ一人だからである。
武などから見ればまだ陸地は遠く、漸く横浜港が形として見えてきた程度である。

「あの、バルキリー乗りって皆そんなに目が良いんですか?」

「ンな訳ないでしょ、恭平は特別よ。なにしろ恭平の静止視力は軽く7.0とか超えるらしいからね。パイロットに必要なのは動体視力よ。尤も恭平はそっちもハンパじゃないけどね」

武の疑問を否定してくれたのはスージーである。肯定されていたら、早速夢潰えるところだった。

「さすがに顔までは確認出来ないけどね。でも軍事関係者が多いみたいだ。お揃いの制服を着てるのが二種類……国連軍と帝国軍ってやつかな? それと白銀、あの黒白赤青黄とカラフルなのは、なにレンジャーの方々だ?」

「……いや、なにレンジャーて。気持ちは分からなくもないですけど……って斯衛軍?! しかも蒼までいるのかよ!」

事情の分からないレイヴンズの面々に、武が軽くではあるが斯衛について説明する。とはいえ武にしたところで面識のある人間が斯衛にいたというだけで、その実情までを詳細に語れるほど詳しいわけではない。あくまで一般常識の範囲でしか語れないが、それでも蒼というのは、将軍家に連なる五摂家の人間にしかその身に纏う事を許されない、特別な色だということは知っていた。

「そりゃまた、えらく注目されてるみたいだねえ」

「注目というより警戒といった感じだな。香月博士が俺達のことをどう説明したのかは分からんが、あえてそのまま言ったのだとしたら、余程の能天気でもなけりゃ警戒ぐらいはするだろうさ」

「映像、出ます」

呑気ともとれるエイジスの呟きに、ギリアムが応じる。そして武に確認させるためだろう、クララが望遠で捉えた映像をモニターに映し出す。

「うあ。ホントに蒼までいるし。それにあの赤を着た妙にガタイのいいオッサンは、もしかして紅蓮大将じゃないのか?」

武も会ったことはおろか見たことすらないが、音に聞こえた極東最強と謳われる衛士の噂は耳にしたことがある。もし自分の予想が当っているとしたら、成る程、随分警戒されているのだろう。その後ろに見える各色取り揃えた武御雷や、帝国本土防衛軍のものであろう漆黒の不知火がその事実を雄弁に物語っていた。

(てことは、沙霧大尉もいるかもしれないな。下手すりゃ榊首相……委員長の親父さんまでいるんじゃないか? ったく、どれだけオールスターで出迎えりゃ気が済むんだよ?)

無論ではあるが、香月夕呼や、蒼穹の不知火こそ見えないが彼女の護衛の為か、伊隅みちるや速瀬水月の姿も確認できた。

「ある程度は覚悟していたが、まさかこれ程とはね」

「ああ、こんな時、バンローズの奴が居れば、と思わずにはいられんな」

エイジスとギリアムのぼやきに、聞き慣れない名前が出て来たが、恐らくその手の交渉事に強い人物なのだろう。武としても、そんなに頼もしい人物が居るのなら、是非今すぐ目の前に現れて欲しい……。

これからのことを考えると、そう思わずにはいられなかった。


 ◇ ◇ ◇


一方、レイヴンズを出迎えた香月夕呼も困惑していた。

一応、話には聞いていたが、兎に角大きい。五百メートルは優に超えるだろう。
夕呼自身、彼等の言う事を話半分に聞いていた感は否めない。何しろあれで中型クラスであり、大型の物となると千メートルを超えると言うのだから無理もない。

あの規模の空母を造れ、と言われれば現在人類の持つ技術でも不可能ではないだろう。

しかし、彼等の話を信じるのならば、あれは浮くのだ。そして飛ぶのだ。
あまつさえ、大気圏すら自力で突破して、数千光年と旅をするのだ。

ふざけるなと……ふざけるなと言ってやりたかった。

流石に居並ぶ帝国の高官達に自分が仲介した手前、顔色こそ変える訳にはいかなかったが、その言葉を呑み込むのに並々ならぬ努力を要した。

彼等が手にしたと言う異星人の先進技術とやらを、BETAの持つG元素程度にしか考えなかった昨日の自分を張り倒してやりたい。

彼等の持つ先進技術は、それを手にしたからといって人類が五十年やそこらで辿り着ける領域ではない。
それ自体が数百、或いは数千年先のオーバーテクノロジーでなければ、ここまでの急速な進歩はありえない。

夕呼は、彼等の価値を上方修正するとともに、改めて自分が手に入れた物の値打ちに戦慄し、そして歓喜した。


 ◇ ◇ ◇


さて、いよいよ合流を果たしたレイヴンズと夕呼ではあったが、余計なおまけというのは言い過ぎだが、兎に角予想外の人々もマザーレイヴンに招待する運びとなった。

先ずは当然、香月夕呼本人と伊隅みちる、速瀬水月の横浜組の三名。
尚、基地司令と副指令が同時に基地を空けることが出来なかったのだろう。ラダビノット司令は、夕呼に全権を託し基地でお留守番らしい。

そして帝国からは、内閣総理大臣である榊是親。斯衛から斑鳩を名乗る蒼を纏った大佐階級の男と、赤の紅蓮大将が出向くこととなった。紅蓮は恐らく斑鳩と榊の護衛も兼ねての随伴だろう。

やや大事になりすぎた感は否めないが、帝国からしてみれば国土の半分をBETAに荒らされた現状で、これ以上余計な揉め事をその身に抱え込みたくはなかろうが、夕呼の説明をどう受け取ったのか、一応話を聞く姿勢をみせた。

立ち話もどうか? ということで、小規模ながらもこの人数であれば充分と言える会議室に皆を通すことになった。

因みにレイヴンズからは司令であるギリアムは勿論として、部隊長のエイジス、双方の関係者とも言える武、恐らくは説明役としてであろうエイミの計四名の参加となる。

全員が各々の席に落ち着いたところで、まず口火を切ったのはギリアムである。

「さて、まずは皆様初めまして。私が当艦並びに部隊の責任者を務めるギリアム・アングレート中佐であります。何分戦場しか知らない粗忽物ではありますが、以後お見知りおきを」

ギリアムは、自分でも似合わないことをしていると自覚しつつも、なるべく丁寧な口上で挨拶を述べた。――これだから一線を退くのは嫌だったのだ――と、胸中でぼやきつつではあったが……。

「帝国の方々におかれましては、香月博士からどのような話がなされたかは存じませんが、まず我々には侵略等の帝国を脅かす意思は無いと、ここに宣言いたしましょう。これにつきましては、後々正式な条約を交わしても構いません。無論、帝国側が我々を独立した一つの集団であると認めて頂けるのでしたら、の話になりますが?」

「我々が香月博士から聞いたのは、あなた方が異世界のしかも未来からの異邦人であることと、独自に香月博士と接触をとり交渉の末に、その身柄を横浜基地が引き受けたことくらいで詳細は聞き及んではおりません。俄かには信じられない話でもありますし、それ故、我らはあなた方を警戒している。出来れば我々にも詳しい事情をお聞かせ願いたいものです。条約云々についてはそれからの話でしょう」

ギリアムの意見に真っ向対峙したのは、総理大臣の榊是親だった。
それを受けて三度エイミ・クロックスが口を開く。

しかし彼女、こんなことがある度に駆り出されるのだろうか?
それを思うと少し気の毒に感じてしまう武ではあったが、当の本人に微塵も気にした様子がないのだから、それはそれで良いのかもしれない。

相も変らずのエイミの流れるような状況説明に、静寂がその場を支配しかけたその時、言葉を発したのは摂家の代表としてこの会合に参加した斑鳩だった。

「其の方らの言葉を仮に信じたとして、まず分からぬのは何故そなた達は戦いたがる? そして何故、この極東を戦場に選んだのか? 聞かせてもらうまで納得は出来かねる」

斑鳩の一つ目の質問は武も薄々感じていたことだった。恐らくは香月夕呼も同様であろう。いくらなんでも無償にも等しい状況で、命を賭けるなど馬鹿馬鹿しいとは思わないのだろうか?

その問いに応じたのはエイジスだった。

「まずは一つ目の質問。戦士であるならば戦うのが本懐である。まして異世界とは言え地球の危機に、同じ故郷を祖とする同胞の為に武器を取る、というのでは納得出来ませんか?」

「それだけでは解せぬな。そなた達が命を賭けるには少々説得力に欠けまいか?」

「ならば本音を言いましょう。人類から空を奪ったBETAという存在が少々腹に据えかねましてね、是非ともその報いを受けてもらおうと思ったまでです。まあ、これは衛士であるあなた方には分かり辛いでしょうが、俺達飛行機乗りにとって、その罪は万死に値する。そういうことです」

エイジスの痛快とも取れるその答えに、腕を組み、瞑目したまま話を聞いていた紅蓮醍三郎が、ガハハと爆笑で応じた。他の面々は、一様に目を丸くしていた。

「……くっくっ、まさかその様な理由が本音とはな。いや、気に入ったぞ。誰にでも譲れない物はあろう。ワシはそなた等の言い分を信じよう。して、二つ目の答えがまだであったな。聞かせてはくれまいか?」

どうやら紅蓮は聞きしに勝る豪放磊落な人らしい。ひとしきり笑い飛ばした紅蓮がエイジスに向ける眼差しは、まるで古い戦友でも見つめるようであった。対してどこか拗ねたような口調で応じるエイジスは、いつもより子供っぽく見え、武には二人がまるで歳の離れた親子のようにも見えた。

「ったく、これだから言いたくなかったんだ。まあ、二つ目の答えはそれほど笑えませんよ。……オルタネイティブ計画」

その一言でその場の空気が一変した。

「ここではその第四計画が香月博士主導の下、進められているそうですがそれはいいでしょう。諜報による情報収集は戦争に於いて最も大切な物の一つでしょう。しかし、第五計画……あれはいただけない。なにも移民についていちゃもんをつける訳ではありません。俺達の世界では当たり前に行われていることでもありますし。だが、一部の人間が地球を棄て、残された人間だけで後先を考えない汚染兵器による勝ち目のない最終決戦など、同じ地球人類として認める訳にはいきません」

「……君達はどこでその情報を得たのかね? まさか香月博士が自ら話したわけでもあるまい」

榊首相の疑問は当然である。
エイジスは知りすぎていた。極秘計画であるはずのオルタネイティヴ計画の詳細をここまで知っているとなると、異世界人ということも怪しんでいるのかもしれない。
問われたエイジスも、疑念を抱かれた夕呼も、申し合わせたように軽く肩をすくめて、武に視線を送るだけである。

当然、その場の視線が武一人に集中することになる。

(ハア……やっぱりそういう流れになるよなあ)

いっそのことエイミにお任せしたいところだが、こればっかりは武しか詳細を知るものがおらず、自分で話すしかなかった。

「その件に関しては自分が話します。自分の名は白銀武。今でこそ統合軍所属のレイヴンズの仕官ですが、かつては国連軍所属の衛士でした。まだ明かせない情報もありますが、まずは聞いて下さい」

そして武は語る。

オルタネイティブ5が辿る経緯とその結末。
オルタネイティヴ4が辿る経緯とその結末。
自身がループの中で経験した、悲劇と希望。

00unit関連、特に情報漏洩に関してはぼかさねばならなかったが、それは後ほど夕呼と相談しなければなるまい。

「まったく、次から次へと驚くべきことよ」

「今の話が真実であるならば……ですがな」

「ですが真実であれば無視するわけにもまいりますまい。しかし、まさかBETAが戦術とは……」

斑鳩、紅蓮、榊の三人は特に武の提示した、BETAの行動規範の真実に衝撃を受けたようであった。

「あなた、そんな大事なこと今まで黙っていたわけ?」

「昨日は夕呼先生が、さっさときりあげたんでしょうが。オレに言われても困ります」


 ◇ ◇ ◇


結局、この日はこれでお開きとなった。

帝国側がレイヴンズのことや、武の情報を早急に一度議会にかけてみるらしい。
レイヴンズの処遇に関しては、暫定的にではあるが帝国の監視下の元、横浜への駐留が許可された。

「今日のこの出会いに感謝を」

そう言って去っていく斑鳩の姿が、その容姿や立ち居振る舞いが、冥夜を連想させ武の脳裏にこびりついた。

「さて、あなたまだ何か隠していることがあるでしょう?」

帝国の人間が去り、邪魔者は消えたとばかりに夕呼が武に問いただす。

「ありますよ。今ここで言うわけにはいきませんけどね」

みちると水月に視線を送りながら答えると、夕呼はそれだけで00unit関連だと察したようだ。

「成る程ね」

「ところでその情報を代価に、先生に是非造って貰いたい物があるんですけど。まあ、今日の情報だけでも充分だとは思うんですが、もしお釣りが来るならその時は貸しってことで」

「大きく出たわね。一応聞いてあげるわ」

ギブ&テイクは夕呼の好むやり方である。
結果を残している以上、聞く価値はあるだろう。

「戦術機のOSで、名をXM-3と言います。衛士の死傷率を半分以下にするだろうと言われた代物で、オルタネイティブ4の副産物なので夕呼先生の手札としても使えるはずですし、“前の世界”でコンバットプルーフも証明済みです。決して損はさせませんよ」

「ふーん、それ程の物なら造ってみる価値はありそうね。いいわ、やってあげる」

以前聞いた通り、夕呼はあまり戦術機には興味がないのだろう。この話に食いついたのは、むしろ随伴したまま今まで黙って聞いていた、現役衛士の二人だった。

「ほ、本当なのか、前線での死傷率が半分以下というのは?」

「それってどういう物なの? 教えなさい! いえ、教えてください?」

みちるは冷静に事の真偽を問いかけてきたが、水月の方は余程興奮しているのか、武に対して敬語な上に疑問系だった。

因みに武は“あの世界”での二人の散り際について語っていない。
そもそも、この二人には関係のない話であるし、それをこの世界で再現させるつもりもない。
つくづくレイヴンズの皆に話しておいて良かったと思う。
でなければ、こんなに落ち着いた気持ちで、彼女達と向き合えなかった筈だ。

「それは出来上がってのお楽しみってことで。どうせA-01には、いの一番でまわってきますよ。ですよね、先生」

「そうなるでしょうね。ああ、丁度良いから207Aにも与えてみようかしら? サンプルは多い方が良いものね」


この時はそれなりにやる気を見せていた夕呼だったが、直後にレイヴンズにAVFのスペックデータを提示され、声にならない悲鳴をあげた。


その為、夕呼のやる気が30%程ダウンして、武が夕呼のやる気呼び起こす為に並々ならぬ労力を要したのは、また別の話である。







 あとがき

つくづく政略の話は自分には向きません。どうも、type.wです。

所詮、県内の三流高校を、ごく普通の成績で卒業した私程度の知識では、この辺が限界のようです。その母校も今では廃校となり、私には還る場所すらありません。

もっとスカッとする話が書きたいです。……模擬戦でもやらせようかなあ。

ところで皆さんはアラスカ組についてどうお考えでしょうか?
突然何を? と思われるかもしれませんが、マクロス世界のアラスカと言えば、確かマクロスシティのある場所です。
……まあ、私の記憶違いの可能性も否めませんが、もし、真実であるのならレイヴンズの誰かを派遣させるのも吝かではありません。

尤も私は、TEの知識に関しては、この掲示板のSSで描かれている程度の物しかないので、改めて市販の小説でも読んで勉強しなおさねばなりませんが……。

まあ、まだ先の話です。

でも、不知火弐型が欲しいんだよなあ。












 



[24222] 第八話 無知の涙
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/23 09:37


二00一年七月十一日。

レイヴンズが横浜入りして既に三日。帝国側からなんらかの正式な回答が送られてきてもおかしくない頃合いではあったが、依然何の音沙汰も無いままであった。
余程議会が紛糾しているのか、或いは現状維持をきめこむつもりなのかの判断は出来なかったが、レイヴンズ側としては既に出来ることは無く、ただ待つのみであった。

とは言え、レイヴンズの面々もただ暇を持て余していた訳ではない。
武は夕呼と共にXM3を形にせねばならず、ギリアムは武の教導の準備に余念がなかった。エイジス達も武の可変戦闘機に纏わる座学や耐G訓練の傍ら、戦術機の習熟に励んだ。

エイジスに「戦術機に触れてみたい」と言われた時、夕呼は面食らったものである。何しろ可変戦闘機などと言うオーバーテクノロジーの塊である兵器を運用する彼等が、技術レベルで数段劣るであろう戦術機に興味を示すとは思ってもみなかったのだ。

しかし理由を聞いて納得した。
何も彼らは興味本位で言い出した訳ではなく、一言で言ってしまえば白銀武の為である。

何しろXM3というOSは、その手に触れて慣れればいいだけの代物ではない。30%増しの即応性はともかくキャンセルやコンボ、先行入力といった新機軸が盛込まれているため、武による直接の教導が必要不可欠なのである。

“前の世界”で武の機動に直接触れた207Bと、物だけ与えられたヴァルキリーズとでは挙動制御にかなりの格差があり、武の動きについて来れない事もしばしばあった。

この先武は、一日も早く可変戦闘機の習熟に励まねばならず、いちいち教導へ赴く時間は無いのである。その為エイジス達がその教導役を買って出たのだ。

「それは構わないけど、そんなに早く戦術機の操作をマスター出来るものなの?」

「なあに、操縦桿が二つにフットペダルも二つならどんな機体も操ってみせますよ」

そう言われた時夕呼は「舐めるな」と思ったものだが、彼らは言葉通りたった一日で戦術機の特性を掴み、動作応用課程の全てを終らせてしまった。
これは夕呼自身あとで知った話だが、彼らは普段の言動からは想像もつかないが厳選されたエリートパイロットであり、彼等の中で一度でも天才と呼ばれなかったパイロットはいないのである。

それ故、彼らは教導のみならず、XM3の開発にも参加し、又プログラミングに於いてはエイミを始めとするマザーレイヴンのオペレーター陣も参加することとなり、XM3は予定を大幅にに繰り上げて完成することになった。その速度たるや、今日中にもA-01並びに207Aの機体にXM3を搭載出来る程で、レイヴンズがパイロットだけではなく、それぞれの分野で一流であることを窺わせた。


……尤もその代償として、高価な戦術機シミュレーターが二台ほどスクラップと化してしまったことは、夕呼にとっても手痛い誤算ではあったが……。



第八話 無知の涙


二00一年七月十二日。

いよいよ今日からギリアムによる武の教導と、エイジス達によるA-01並びに207A分隊のXM3の教導が開始される運びとなった。

今はその前に挨拶をと、夕呼の執務室に向かう途中である。
横浜基地の廊下を闊歩するのは武にエイジス、恭平の男性陣三人であり、女性陣はといえば化粧直し――早い話がトイレである。

「しかし、横浜基地は美人が多いな。香月博士を始めヴァルキリーズも美人揃いだったし、今日から始まる教導も実に楽しみだな」

「隊長はそればっかりっスね」

「あー、でも皆一癖ある人たちですから気をつけた方がいいですよ」

エイジスの言葉に恭平と武がそれぞれの反応を示す。

「フッ武よ、ご忠告は痛み入るが、そういう女性を乗りこなすことこそ男の本懐だとは思わないか? おっと、その前にイリーナとランチの約束をしていたっけな」

「イリーナってピアティフ中尉のことですか? そんな、いつの間に! しかも既にファーストネームで呼んでるし!」

「……まあ、隊長だしな」

エイジスの驚きの手の早さに驚嘆の声をあげる武だったが、恭平は慣れているのか、呟きと溜息を同時に吐き出した。

「まあ、しばらくご無沙汰だったが、俺の“エンジェルエース”も、そろそろ飛び立ちたがっている頃合いだしな」

「なんで下半身自慢の男は愚息に名前をつけたがるのか理解出来ませんが、“エンジェルエース”の噂は俺も聞いたことぐらいありますよ。なんでも敵より先に女を墜とすとか。つか、あんたホントにデネブベースでなにやってたんスか?」

「恭平よ、モテないからって僻みはみっともないぞ。なあ、武」

「ノーコメントで」

「喧嘩売ってんスか? と、言いたいところですが“エンジェルエース”も地に墜ちましたね」

「なんだと?」

いつの間にか議論が白熱し、足を止めて話し込んでしまった武達だったが、恭平の言葉はエイジスにとって聞き捨てならないものだった。どういうことかと問い詰めようとしたエイジスだったが、恭平はエイジスと向き合う形で右手を掲げることでそれを制し、そのまま親指と人差し指でL字を模りそれを向けながらこう言った。

「隊長、チェック6」

「何っ!」

エイジスが振り返るとそこには、スージー、ブリジット、クララが笑顔で佇んでいた。

「クッ、不覚」

「相変わらずで嬉しいわ、エイジス」

「その辺の話、是非私達にも聞かせて欲しいわね……そう、“ランチ”でもとりながら……ね」

「もちろんイリーナ中尉も交えて、ですね。さあ、そうと決まれば挨拶なんてちゃっちゃと終らせてしまいましょう」

言いながら三人は笑顔のままでエイジスの身体をがっちりホールドすると、廊下の奥へと姿を消した。何事かを喚きながら引き摺られて行くエイジスを見送りながら武は思う。

(あれ、なにこのデジャヴ?)

武がエイジスの姿と過去の自分を重ねていると、同様に取り残された恭平から声がかかる。

「怖っ、白銀も気をつけろよー」

「ハ……ハハ」

「しっかしなんで女ってのはあんな時に笑えるのかな? 怖いっつーの」

「知りたいですか?」

武の乾いた笑みと、恭平の独り言のような呟きに第三の声が加わった。
無論、あの騒ぎに参加していなかったエイミ・クロックスその人のものである。
しかも先のエイジスと同様に背後をとられていた。バルキリー乗りにあるまじき失態といえる。

「……居たんスか? クロックスさん」

「どうやらあなたのその良く見える目は節穴のようですね。最初から居ましたよ。それよりも私は、知りたいですかと訊きました」

「いえ、俺には必要ないかと……なあ、白銀?」

「オレに振らないで下さい」

武がここ何日かレイヴンズの人間関係を把握しようと観察を続けた結果、分かったことが幾つかある。その内の一つにこの二人の関係は微妙である、というのが挙げられる。
普段は人当たりの良いエイミだが、別に嫌っているという訳でもなさそうなのに、恭平に接する時だけは途端に風当たりが強くなる様に感じるのだ。

兎に角、こういう時の二人には関わらない方が良いと、武の本能が告げていた。なにしろ迂闊に触れると誤爆の危険もあり得るのだ。

「じ、じゃあオレはお先に失礼します。あとはお二人でごゆっくり」

「なっ! 白銀、俺を見捨てるつもりか?」

「いいえ、白銀少尉も聞いておいた方が良いと思いますよ。今後の為にもじっくりと。そうですね、ランチでもとりながらなんていかがですか?」

どうやら今回は誤爆を免れなかったようである。

武はそれこそ今後の為にも、他のレイヴンズの面々からこの二人への関わり方を学んでおこうと心に決めた。


 ◇ ◇ ◇


夕呼の執務室に着くと、挨拶もそこそこに今後の割り振りが決められた。

エイジスとスージーがヴァルキリーズ。CP将校である涼宮遙のサポートにブリジットとクララが付くこととなった。
この人員の割り振りにはエイジスの意志は反映されず、つまり“エンジェルエース”は羽ばたく機会を失ったのだ。

残る207A分隊には当然、恭平とエイミにその任が与えられることとなった。

「ところで先生、00UNITの情報漏洩問題、解決策は見つかりましたか?」

「あんたねえ、そんなに簡単にどうにかなる訳ないでしょう。それより先ずは理論の回収の方が先決でしょ。それも済んでないのにあれこれ考えるなんて時間の無駄遣いよ」

それは数日前に武から齎された情報で、00UNITの欠点と言うべきものだった。
00UNITはBETAの情報を得ると同時に、反応炉を介して敵に情報を与えてしまう諸刃の剣でもあるのだ。とは言え00UNITの完成の目処すら立たない現在の状況で、それを論ずるのは早計というものだろう。

「あー、そっちもどうしましょう?」

「あなたが数式の一部でも覚えていれば、それを足掛かりになんとかなったかもしれないけどね。現状ではあなたの言う発想の転換はあたしには難しいわね。やっぱりあなたを“元の世界”に送り込む方針で進めるしかないわね」

それについては仕方のないことだと思う。武は結局、数式を目にする機会に恵まれなかった。
クーデターやトライアル等の波乱のあと、“元の世界”に逃げ帰り、そこで己が因果導体であるという真実を知り、いざ覚悟を決めて戻ってみれば、いつの間にか00UNITは完成していたのだ。

「その件についてですが、先ずはこれを調べてみては貰えませんか?」

そう言いながら、エイジスが夕呼に差し出したものは青紫色の水晶の様な物だった。

「これは?」

「超空間共振結晶体――我々はこれをフォールドクォーツと名付けました。武の世界間の移動や、我々の帰還の為の道標になればと思い持参しました」

「……いいのかしら、貴重なものではなくて?」

「無論、我々の世界でも稀にしか見つからず、ごく一部を除いてその存在すら知られることもない希少な鉱石ですが、それを惜しんで前へ進めないようでは本末転倒と言えるでしょう」

いささか眉唾物ではあるが、彼の言葉を信じるならば、この結晶は多次元に干渉する力を秘めているらしい。現状なんの方針もなしに手探りで物事を進めるよりは、先ずはこれを調べるのも良いかもしれないと、夕呼は判断した。

「わかったわ。これはあたしが預からせて貰います。もし何らかの方策が見つかった時は――」

「ええ、俺達も出来得る限りの協力は惜しみません」

話が一先ず落ち着いたところで、夕呼が武に向き直る。

「ところで白銀、あなた207Bの娘達はどうするつもり? 干渉するの? それとも放っておくの?」

これは武の話から、彼があの娘達に特別の感傷を抱いていると感じたからこその質問だった。

「それ、ギリアム司令からも言われました。後々後悔するぐらいなら会っておいたほうが良いと。ただ、半端に関わるくらいならやめておけとも言われましたけどね」

どうやらあの御仁は顔に似合わず、細やかな心配りが出来る男らしい。それについては夕呼も同感である。あとになってうじうじされるよりは、サッパリとけじめをつけておいた方が武の為でもある。

「で、どうするの? もしも関わるのなら彼女達の教官にしてあげてもいいけど」

「あれ? 随分と気前がいいですね。とりあえず会ってみようとは思います。顔を合わせ辛いのは確かですけど、後悔だけはしたくありませんから。それと、教官職については考えさせて下さい。オレ自身、時間がつくれるかわかりませんし、なにより神宮司軍曹の邪魔はしたくありませんので」

「気にすることないと思うけどね。まりもも207Aとの掛け持ちだから忙しいみたいだし」

「そういうことならこちらの手隙の時間にお邪魔しますよ。まずは今日、椎野中尉達が207Aの教導を神宮司軍曹とやってる間に挨拶ぐらいは済ませておきます」

「そう、ならまりもの方にはあたしから伝えておくわ」


その後、エイジスにとっては針の筵のような、そして武と恭平にとっては苦行のような昼食の時間を終え、それぞれの持ち場へと散って行った。


尚、余談ではあるがレイヴンズの面々が、横浜基地の合成食の味にケチをつけたことは一度も無く、むしろ合成食をよくぞここまでと京塚曹長の腕前に関心しきりだったという。


この件も含めて、徐々に横浜基地の雰囲気に馴染みつつあるレイヴンズであった。


 ◇ ◇ ◇


スージー・ニュートレットには独自に己が定めた法とも言うべき論理が存在する。

その内の一つに“宇宙で一番重い物は命である”というのがある。

スージー達は数日ぶりにヴァルキリーズの面々と再会していた。

武の話によれば、彼女たちは未来を紡ぐ為に戦場に於いてその若い命を散らせていったと言う。
戦場で命が軽んじられるのが戦の常とはいえ、自分が関わる以上、彼女達を同じ目には合わせたくないと思うのは、傲慢以外の何者でもないとスージー自身気付いてはいたが、心に秘める分には誰からも咎められる謂れは無い。後は自分の信条を貫くのみである。

「久しぶり……って言う程でもないけど元気そうでなによりだわ」

「は、フォッカー大尉もニュートレット大尉もご壮健そうで嬉しく思います」

フランクに話しかけたスージーに対し、みちるは以前に会った時よりも堅苦しい言動でそれに応じた。

「相変わらずみたいね、みちるは。お堅いってよく言われない?」

「性分ですので。それにお二人はこれから新OSの教導をして下さるのですから同階級とはいえ、上官のつもりで接したく思います」

「それでも君の美しさは少しも変らない。どう? この後暇なら一緒におちゃっ……!?」

会話に割り込んだエイジスではあったが、その言葉を最後まで言い終えることは出来なかった。
何故ならば、ブリジットの膝蹴りが尻に炸裂し、両足の甲をスージーとクララに踏み抜かれたからだ。

「気にしないでいいわよ、みちる。いつものレクリエーションだから」

「は、はあ。私には一応心に決めた人が居ますので、お誘いは嬉しくはありますが、そういうのはちょっと……」

「あら、それはお安くないわね。聞いた? エイジス。振られちゃったみたいだけど、どうする?」

その言葉には「すこしは懲りろ」という意味合いが含まれているのは言うまでもない。

「……グ……ぬう……と、兎に角、お互い初顔もいることだし改めて自己紹介といこうか。俺はエイジス・フォッカー大尉だ。右手に居るのはスージー・ニュートレット大尉、左手に居るのがクララ・キャレット少尉。そして後ろに控えているのがブリジット・スパーク中尉だ。今後とも宜しく頼む」

なんとか悶絶状態から回復したエイジスが取り繕う様に自己紹介を進めるが、女性陣の配置を見れば一目瞭然、完全に包囲されていた。もう、馬鹿な真似は出来ないようだ。

「では、こちらも――」

そう前置き、涼宮遙、速瀬水月、宗像美冴、風間祷子の順に紹介していく。
初顔合わせとなる三人を後回しにしたのは、みちるなりの演出だろう。

「そしてこちらが初顔合わせとなる、鳴海孝之中尉、平慎二中尉、逢坂桜子少尉の三名です。鳴海と平は涼宮と速瀬の同期、逢坂は風間の同期となります」

「鳴海孝之中尉であります。宜しくお願いします」

「平慎二中尉であります。宜しくお願いします」

「あ、逢坂桜子少尉です。宜しくお願いします」

「……ほう」

彼等の敬礼に答礼を返しながら、エイジスの瞳が怪しく光るのをスージーは見逃さなかった。

その目が言っている。

――男が居るのならば容赦はしない――と。


結局その日のエイジスの教導は苛烈を極めることとなる。
まるで今日この日のそれまでの鬱憤を晴らすかの様な、ギリアムもかくやと言うほどの鬼教官ぶりだった。

それを見てスージーも、レイヴンズに入隊して以来なりを潜めていた、自分の中の“じゃじゃ馬”を引っ張り出すことにした。

みちる達にとってはとんだとばっちりだろうが、厳しく技術を叩き込んでおいても、お互い損なこと等なにもないのだから。


 ◇ ◇ ◇


その頃、207A訓練分隊の教導に訪れていた恭平達はといえば、なぜかこっそりと物陰から神宮司まりもと共に207Aの少女達の様子を伺っていた。

「ねえねえ、今日から来る新しい教官てどんな人かな?」

「んー、なんか最近見慣れない制服を着た人たちが居たじゃない? あの人たちの誰かって聞いたけど。私は出来ればあのかっこいい金髪のお兄さんがいいな~」

「わ、私はあの綺麗なお姉さんがいいかな。あっ、でもホントは茜ちゃんが教えてくれるのが一番なんだけんど……」

「アハハ、まあ黒髪の人もそう顔は悪くなかったよ。……イマイチぱっとしないけどね」

「ちょっと皆、失礼なこと言わないの。せっかく教えに来てくれるんだから誰だって良いじゃない、顔は関係ないんだし。それと多恵っ、私は教官じゃないんだからね」


少女達の忌憚のない意見を聞きながら、恭平は涙を堪えるので精一杯だった。

「……みんなごめんなあ、俺で。神宮司軍曹、俺はこの教導はパッと終らせてとっとと自分の居場所へ帰ろうと思います。その時は後のこと、よろしくお願いします」

「ま、まあそう仰らずに。あの子達には私の方から厳しく言って聞かせますので、中尉もそう気を落とされず頑張って下さい」

「ありがとう、軍曹は優しいなあ……」

恭平自身ですら失敗に終るだろうと思っていたこの教導はしかし、意外な事に好評のまま進むこととなる。
この日より207A分隊と、ついでにと同じ教導を受けた神宮司まりもの伸び代は凄まじく、後にまで語り草となったほどで世の中何が起こるか分からないものである。

しかし、この結果を最初から最後まで信じて疑わない者が居た。

それがあのエイミ・クロックスだというのだから、本当に世の中なにが起きるかわからないものだ。


 ◇ ◇ ◇


同時刻、武はグラウンドに足を運んでいた。

今の時間であれば、207B分隊はここで汗を流しているはずだと夕呼から聞かされたのだ。

この狂った世界では、彼女達との出会いはいつもここだった。だから丁度いいと武は思う。

さて彼女達を探そうかと武が一歩足を踏み出したとき、真後ろから声が掛けられた。

「もし、そこのお方」

その凛として透き通るような声を聞いたとき、武は思った。

(ああ、やっぱりお前か冥夜。いつだってお前はこっちの都合なんてお構いなしなんだな)

今武が207Bのメンバーで一番顔を合わせ辛いのが、御剣冥夜だった。何しろ愛の告白を受けた直後に、武がその手で彼女の命を奪ったのだ。荷電粒子砲の引き金を引いた感触は、今尚、武の指に生々しく残っていた。

そもそも、一番顔を合わせたくない時に顔を見せるのが御剣冥夜であり、一番助けが欲しい時に助けてくれるのもまた御剣冥夜だった。

その昔“元の世界”で冥夜が言っていた絶対運命というのも、あながち間違ってないのかもしれない。

「ん、オレの事か?」

武は努めて冷静に振り返った。

「ここは危険……で……す……」

武の顔を見た瞬間、冥夜の表情が驚愕に彩られた。

「そなた、もしかしてタケル……か? タケルであろう?」

「――え? 冥夜……お前どうして……」

言ってから武は自分の迂闊さを呪った。
この世界で、武と冥夜は初対面のはずだ。武が冥夜の名を知っているはずがないのだ。

しかし、だとすると冥夜の反応も相当におかしい。
冥夜は何故、武の顔と名前を知っているのか?

「また私の名を呼んでくれるのだな。もう、会えぬのかと……死んでしまったのかと思っていたぞ。会いたかった……タケル……タケル……タケルーー」

その瞳に涙を湛えながら飛び込んでくる冥夜を、武はその胸で受け止めた。

今はただこの特異な現状に思考が追いつかず、自分の胸で泣きじゃくる冥夜のことを抱きしめてやることさえ出来ずにいた。


 ◇ ◇ ◇


一方、夕呼の執務室では事態は急変を告げていた。

先ずは帝国からレイヴンズに対して回答が送られてきた。

曰く、――彼等の力が見てみたい、と。

これは帝国にしてみれば当然と言えば当然の反応で、国連軍基地とはいえ自国の領土に戦力として置く以上、彼等の力の底は知っておきたいだろう。
手始めにと、可変戦闘機と戦術機による模擬戦を提案してきた。

勝負は三日後、舞台はここ横浜基地、相手は帝国本土防衛軍第1戦術機機甲連隊である。
いきなり、随分高いハードルを用意したものだと夕呼は思う。

尤も、以前に見たAVFとやらの性能が額面通りならば、帝国軍の挑戦は自傷行為に他ならず、斯衛軍が誇る武御雷を出してこなかっただけ、賢明な判断と言えた。

精々帝国は恥をかけばいい。そして自分の受けた驚きを、その身で味わい尽くせばいいのだ。


そして然程間を置かずして入った連絡は、風雲急を告げると言っても差し障りが無かった。

ここが自分の支配する巣であるとはいえ、国連直轄の基地である以上いつかはあることだとは覚悟していたが、これ程素早いリアクションが来るとは思わなかった。


国連事務次官、珠瀬玄丞斎。突然の来訪である。







 あとがき

二週間と間を置いていないはずですが、随分と久しぶりな気がします。

どうも、type.wです。

今回のあとがきはちょっと長くなるかもしれません。

あ、戯言に興味の無い方は遠慮なくスルーして下さい。

先ずはTEの小説購入しました。理由は察して下さい。

と、言うかですね、感想板の白熱ぶりを見ると、とてもじゃありませんが今更後には引けない感じです。
以前のあとがきでも書いたことがありますが、私の書くプロットは非常にザックリとした物なので、幸い話を差し込むスペースには事欠きません。

ざっとではありますが読みました。うん、普通に面白い。これならいけると思いました。
因みに私はラトロワ中佐がお気に入りです……ってこの人死んじゃうのかよ!?
まるでVF-X2統合軍ルートのスージー並の突然死だよ。

くそっ、させるかよ。

次にトライアングラー要員、ヘタレ王こと鳴海孝之推参です。
私は男女の多角関係が大好物なので、武を筆頭にこれからも増えると思います。
え、慎二? 彼に関しては正直口調も覚えていないので、たまに突っ込みを入れる程度のモブキャラだと思って下さい。
口調と言えば築地多恵のデタラメな方言は、私にとって鬼門です。
彼女には極力喋らせたくありませんが、残念ながら彼女に無口キャラという設定は、何処を探してもみつかりませんでした。畜生。

次にヴァルキリーズ最後の一人は色々と考えた結果、結局オリキャラでいくことにしました。
ホント色々考えたんですよ? 七瀬凛とかね。
しかし残念なことに、私はサプリメントをプレイしたことが無いので、七瀬凛なるキャラクターは先述の慎二以上に分かりません。分からない以上は書けません。
私の書くオリキャラは、アレな性格になりがちなので極力控えたかったのですが、この際そうも言っていられません。
彼女には精々画面の隅っこで馬鹿をやってもらいましょう。

長々と失礼しました。


最後に、今後も更新ペースはこの程度で落ち着くと思います。長い目で見守ってくだされば幸いです。


PS

小隊長専用装備でアーマード不知火弐型とか……どうよ?







[24222] 第九話 追憶をこえるスピードで
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/01/29 14:20


一体どれ程の時間、そうしていただろうか?

胸元ですすり泣く冥夜にどう声をかけていいかも分からずに、武はただ、冥夜が落ち着くのを待った。

しかしやはりと言おうか、状況がそれを許さなかった。

「御剣、訓練中よ。一体なに……を……?」

「はわわっ! み、御剣さんが、お、お、男の人とっ!?」

「抱き合っちゃってるねえ。あ、もしかして恋人かな? 冥夜さんも意外と隅に置けないよね」

「御剣、やるね」

横合いから複数の声がかかるが、顔を見なくても誰が何を言っているのか理解できる。顔を向けるとそこに居たのは当然、残りの207Bのメンバー、榊千鶴、珠瀬壬姫、鎧衣美琴、彩峰慧の四名だった。

もとより彼女達に会いに来たのだからそれ自体は問題無い。
しかし、冥夜を胸に張り付かせたままの現在の状況は、あまり体裁のいいものではない。

冥夜もそれに気が付いたのか、慌てて身を翻す。

「そ、そなた達いつの間に?」

取り繕うように声を荒げる冥夜だが、いっそ叫びだしたいのは武も同様だった。ただ、先程聞いた冥夜が言った言葉の衝撃からいまだに回復しておらず、単にその余裕すら無かっただけなのだ。

「いつの間にって、あなたがなかなか戻らないから様子を見に来たんじゃない」

「そーですよー。いくら神宮司軍曹が居ないからって、一応訓練中ですよー」

「む、すまぬ。迷惑をかけた」

「もしかして……御剣、泣いてた?」

「ええっ! 意外だよ、冥夜さんが泣くなんて。ところでその人だれ?」

「なっ泣いてなど……おらん。この者はだな――」

しばらく彼女達の遣り取りを懐かしむ様に見守り続けた武だったが、いよいよ冥夜が自分を皆に紹介しようとしたところで、彼女の肩に手を置きそれを制した。

「オレはしばらく神宮司軍曹と共に皆の教導をすることとなった元国連軍衛士、白銀武少尉だ。今後とも宜しく頼む」



第九話 追憶をこえるスピードで



姿勢を正し簡潔に自己紹介を済ますと、207Bの訓練兵たちは皆一様に劇的な反応を見せた。

ただ一人、御剣冥夜という例外を除いて……。

「し、失礼しました。少尉殿!」

申し合わせたように、どもるところまで声を合わせ敬礼をもって応える千鶴、慧、壬姫、美琴の四人に対し、冥夜のみせた反応は、また違った意味で劇的だった。

「ほ、本当か? 本当なのだな、タケル」

喜色を浮かべ詰め寄る冥夜に対し、武はあえて厳しい言葉をかけた。

「そこは“本当でありますか、白銀少尉殿?”と言うべきだ、御剣訓練兵」

「……あ」

「なんてな」

武の言葉に目に見えて落ち込む冥夜に対し、片目を瞑っておどけてみせた。

「プライベートの時間ならそれでもいいんだけどな。ただ、いまは訓練中だ。けじめだけはキッチリつけてくれるんなら、オレのことはどう呼んでくれてもかまわないよ。因みにオレはお前らのことを好きなように呼ばせてもらうぞ。上官に対する態度も、訓練中以外は必要ない。他の皆もわかったか? 同い年だし遠慮はいらないぞ」

武の軍人らしからぬ発言にどこか戸惑った様子の訓練兵たちだったが、いち早く混乱から回復したのは臨機応変を信条とする彩峰慧だった。

「今は訓練中でありますか? 少尉殿?」

「んー、せっかくの自己紹介の時間だし、特別にプライベートとする」

「了解、私は彩峰慧。よろしく、白銀」

「ちょっと、彩峰!」

あっさりと武の方針に従った彩峰に対し、榊千鶴が食って掛かろうとするが、今、空気を読めてないのが自分だけだと気付くのにそれほど時間はかからなかった。

「じゃあボクはタケルの事はタケルって呼ぶことにするね。ボクは鎧衣美琴だよ。タケルもボクのことは美琴って呼んでね」

「わ、私は珠瀬壬姫です。よろしくお願いします、白銀さん」

「おう、よろしくな、彩峰、美琴。珠瀬はより親しみやすく、たまと呼ばせてもらおう」

「たまですか? なんかネコみたいですねえ」

「可愛いと思うけどな。たまもオレのことは美琴みたいに名前で呼んでもいいんだぞ」

「じ、じゃあ、た、たけるさんで」

「鎧衣! 珠瀬まで!」

顔を真っ赤に染めて照れる壬姫に、うんうんと頷きながら彼女の頭を撫でる武を見ながら千鶴は思う。

(い、いくらなんでも馴染むの早すぎない?)

しかし状況は千鶴を更に置いてきぼりにする。

「フフ、全くそなたは相変わらず意地が悪い。私は今更自己紹介の必要はあるまい。そなたと共に過ごせること、嬉しく思う。これから宜しく頼むぞ、タケル」

「おう。こちらこそ宜しくな、冥夜」

とうとう最後の望みの綱であった冥夜までもが陥落した。
否、そもそも彼女が一番始めに武を名前で呼んだがために、こういう流れになったのだ。数に入れるほうが間違っている。

「さて、残るは委員長だけなわけだが……」

「委員長!? 委員長ってなんですか!?」

あまりにも呼ばれ慣れない呼び方に、千鶴が驚愕の声をあげる。

「榊はオレの学生時代の委員長にソックリなんだ。だから委員長。駄目か? まあ、駄目って言われてもそう呼ぶんだけどな」

わざわざ以前の呼び方に拘る自分を甘いと思わなくも無い武だったが、結局顔を合わせてみれば、この面子との付き合い方を変えること等出来はしないことに気が付いたのだ。

「ハア……分かりました。好きに呼んで下さって結構です。ですが、こちらからの呼び方はしばらく考えさせて下さい。宜しくお願いします、白銀“少尉殿”」

殊更少尉殿を強調する千鶴に、相変わらずの堅物ぶりを見た。
しかし千鶴は堅くはあってもそれ程物分りの悪い人間ではない。追々染まるだろう。

「ああ、こちらこそよろしく、委員長。それじゃあ訓練を再開する前に就任の挨拶も兼ねて一言。……みんな、守りたい物ちゃんとあるか? もしあるのなら考えてみて欲しい。それは自分一人で守れる物なのか、それを守る為にはどうすればいいのか。もし自分一人で答えが出ないなら誰かに頼ったていいさ。オレや神宮司軍曹も、いつだって相談に乗ってやる。けど、その前に周りを一度見直して欲しい。お前達には頼りになる仲間がいるはずだ。仲間を信頼できない奴は結局何も守れはしない。これは昔衛士だったオレが戦場で得た、生きた教訓だ。覚えておいて損は無いぜ。――ちょっと偉そうな言い方になっちまったな。今はまだ分からないかもしれない。けど、お前達ならいつか必ず分かる日が来るとオレは信じている。以上だ
それじゃあ訓練を再開してくれ」

武の言葉にそれぞれ思うところがあるのか、何事か考えるそぶりを見せたが武が締めくくると敬礼をしてから冥夜を除き、各々散っていった。

「どうした、冥夜? 皆、行っちまったぞ」

「私もすぐに訓練に戻る故、今しばらくは許すが良い。しかし、まさかそなたが国連軍で衛士になっていたとは思いもしなかったぞ」

「――え?」

武は心のどこかで、今の冥夜は“あの世界”の冥夜がなんらかの理由で自分と同じ様に、この世界へと飛ばされてきたものだと思い始めていたのだ。しかし、その言葉でその予想は覆された。

いっそ冥夜自身に問い詰めたくはあったが、この世界の白銀武との関係がはっきりしない以上、迂闊な言動は避けるべきだと判断した。

「もう行け、冥夜。皆待ってるぞ。今度ゆっくり時間をとるから……」

とにかく今は考える時間が欲しい。

「む、つれないな。しかし、最後に一つだけ聞かせて欲しい」

「なんだ?」

「純夏は元気か?」


 ◇ ◇ ◇


結局、冥夜の問いかけには言葉を曖昧にお茶を濁すしかなかった。

現在、ただの訓練兵でしかない彼女に、オルタネイティヴ第4計画の中核と言える鑑純夏の情報など、伝えられるものなどなにもなかった。

(オレのことだけじゃなく、純夏のことまで知っている、か……)

恐らくこの世界の白銀武と御剣冥夜は顔見知りである。それはいい。いや、よくはないがとりあえず置いておく。

だが、一般家庭の小市民である白銀武と、五摂家の一角たる煌武院家の双子の片割れであり、煌武院悠陽の影武者として御剣家で育てられたであろう冥夜との間に、なんの接点も見出せなかった。

(ああ、この世界は本当にオレの知っているどの世界とも違うんだな)

違いなど探せばもっと見つかるかもしれない。

武が最も恐れるのが、自分の持つ未来情報が何の役にも立たなくなることだ。
それに頼り切るつもりは更々ないが、なんらかの指針にはなるはずだった。
そしてそれは、早くも崩れ去ろうとしていた。

しばらく助言などを適度に与えつつ、冥夜たちの訓練風景を眺めていた武の前に、珍しくも社霞が現れたのだ。

「珍しいな、霞が外に出てくるなんて。どうした?」

「……香月博士に白銀さんを連れてくるよう言われました」

「先生が?」

現状に不安を感じていた武は、その言葉に嫌な予感を覚えた。

「先生、一体なんだって?」

「国連事務次官が来ているそうです」

「国連事務次官? ああ、なんだたまパパか……ってたまパパ! しかも来るじゃなくて来てる? それやべえよ」

彼の来訪は、ある凶悪なイベントの引き金になり兼ねないのだ。

つまりHSSTの落下。

しかし遡れば彼の来訪は壬姫の手紙が鍵となっていたはずだが今回は何故――そこまで考えてその理由に思い当たった。

レイヴンズである。

場合によっては、BETA、G弾に次ぐ脅威となりかねない彼等の動向を伺うために、事務次官自らがこの横浜に足を運んだのだろう。

「……はい。ですので白銀さんはレイヴンズの皆さんと合流して、至急、博士の執務室に来るようにとのことです」

霞の話では既に彼等の訓練も終っているらしい。夏の日の長さの為に失念していたが、時刻は十六時を回っていた。

「わかった。すぐに行くから霞は先に戻ってくれ」



 ◇ ◇ ◇



その頃、レイヴンズの面々はといえば、教導を終えPXで寛いでいた。

エイジス達がA-01に行った教導は、短い時間ながらも集中力を要するもので、シミュレーターとはいえ訓練が終る頃には全員足腰も立たない状況だった。

実際人間が最大限集中出来る時間は、三十分程度だと言われている。それを休憩もとらずに三時間ぶっ通しで行ったのだ。

これには流石のヴァルキリーズも口にこそ出さなかったが根を上げた。むしろケロッとしているエイジス達の方がどうかしている。

これ以上はかえって効率が悪くなると判断したエイジスは、早々に切り上げることにした。今はヴァルキリーズのみで、デブリーフィングを行っている最中であろう。

一方恭平が207Aに行った教導は、非常にまったりとしたものだった。

ただしこちらは実機を使って行われたのだが、恭平自身は衛士強化装備に着替えてすらいない。何故ならば整備主任である中島雷蔵に「おめえらに使わせる戦術機はねえ」と、釘を刺されていたからである。やはり習熟段階で、シミュレーターを二台もスクラップにしたのが響いたようである。

しかも恭平は新OSのことなどなにも伝えずに、彼女達を吹雪に搭乗させたのだ。

当然、ほぼ全員が初動で転けた。30%の即応性増しは伊達ではないのだ。
唯一、築地多恵だけが「はわわ~」等と奇声を発しながら持ちこたえた。意外な才能の発露であった。

その後、一度全員吹雪から降ろし、新OSの特性を解説した上で、指揮車両にてエイジス達の機動制御映像や操作ログを見せてやった。勿論これには彼女達から非難の声もあがったが、対した恭平の反論は暴言とも言えるものだった。

曰く「自転車だって一度転んだ方が早く乗れるようになるだろ? 誰だって痛いのは嫌だからな」だそうだ。

兎に角後は推進剤が切れるまで、飛んだり跳ねたりを繰り返させただけである。

207Aの少女達はAー01と違い、今すぐ即戦力として期待されていない分のんびりいくことにしたのだ。

このやり方は、エイジスも特に異存はなく、そのままやらせることにした。


「ときに隊長はパンチラとパンモロならどちらがより好みですか?」

「いきなり何を言い出すんだ、この馬鹿は?」

唐突に恭平が行った話題の転換に、どこか呆れたように言葉を投げ返す。

「因みに俺はパンチラ派です。あの見えそうで見えないところから不意に訪れる楽園のエロチシズムに、より魅力を感じます」

「つまり、ムッツリスケベってことですね?」

「まあね」

「……認めちゃうんだ」

「だから一体何の話なんだ?」

恭平とクララの埒も明きそうにない遣り取りに、エイジスの声もついつい荒くなる。

「いえね、隊長はご存知ないかもしれませんが、訓練兵の衛士強化装備ってなんかもう透け透けなんスよ」

「なん……だと……本当なのか、エイミ?」

話を振られたエイミは気乗りしないながらも、真実を語る。

「事実です。なんでも神宮司軍曹の話によれば、前線ではシャワーやトイレなど男女の区別が無い為、今のうちに羞恥心を麻痺させておく為だとか」

「嘘臭え! それ絶対開発者の趣味入ってるだろ?」

「ですよねー」

「正規兵の強化装備も相当アレなのに、彼女達は訓練中ずっと恭平に視姦されるのね。可愛そうに……」

「ブリジット先輩、それは断固としてNOです。もうなんか見てるこっちが気恥ずかしくなっちゃって俺、直視出来ないんスよ。……チラリ派ですし」

そんな割とどうでもいい話をしていると、白銀武が息せき切らせて飛び込んできた。

「ああ白銀、お前は訓練兵の衛士強化装備についてどう思う?」

「へ? ああ、あれですか。オレも始めは面食らいましたけど、そのうち慣れますよ」

「何? お前さてはモロ見え派だな? 俺はちょっと慣れそうにないぞ」

「――って、そうじゃなくて、大変なんですよ!」

武が掻い摘んで事情を説明すると、どこか弛緩していた彼等の表情が一変した。

「たく、何処の馬鹿がそんな物騒なものを?」

エイジスが吐き棄てるように呟く。

「オレが体験した世界では、オルタネイティヴ5派の妨害工作って話でしたけど、詳しくは分かりません。とにかく急ぎましょう」


事態は一刻の猶予も無いのかもしれないのだから。


 ◇ ◇ ◇


執務室に到着するなり開口一番夕呼は言った。

「遅い!」

「す、すいません」

反射的に謝ってしまったのは武だけだったが、夕呼の様子から察するに、既に相当切羽詰っているのかもしれない。

「で、どうなんです? 来ますかね?」

「確実に来るわね。既にエドワーズをHSSTが飛び立ったそうよ」

「1200mmOTHキャノンは?」

「あなたの話を聞いていたから一応用意はさせたけど、狙撃手がいないわ」

「あ!」

あの時は壬姫が奇跡的に打ち落とすことに成功したが、今回は頼みの壬姫も戦術機に触れた事すらなく、あがり症も克服しておらず、そんな彼女に頼るのはリスクが高いどころの騒ぎではなかった。

「俺がやりましょうか?」

「あなたが……?」

唐突に立候補した恭平に夕呼は訝しげな視線を送ると、

「オッズの高そうな賭けになりそうね」

と斬って棄てた。

「畜生、もう頼まれたってやってやらねー」

「香月博士の印象はともかく、恭平の狙撃の腕は俺が保障しますよ。しかし、外れたらそれで終わりなんてリスクは始めから背負うべきではないでしょう」

夕呼のあんまりな台詞に捨て鉢になる恭平を、エイジスがフォローする。

「ではどうすると? そりゃあ、あなた達がアレで迎撃してくれるのなら話は早いけど、ここ最近は乗ってきてないわよね? あなた達が戻るにしても時間が無いないわ」

夕呼の言うアレとはVF-19Aのことだろう。何故か未だにレーザー属種の標的になったことは一度も無い。しかし、確かに最近は乗ってきていないのも事実だ。足代わりに使うには大仰すぎるし大人数を運べないからだ。なにより、帝国をあまり刺激したくないというのが一番の理由だが。

「俺たちが戻る必要はありません。居るでしょう、もう一人あれを飛ばせる人間が。ところで、事務次官殿は?」

「さっきまではピアティフに基地内を案内させてたけど、今は恐らく指令室ね」

「それは丁度いい。俺たちも行きましょうか、指令室に。マザーレイヴンに連絡をとりに」


 ◇ ◇ ◇


指令室のドアを潜ると、皺一つ無い紺色のスーツを完璧に着こなした初老の男性が、右手を差し出しながらエイジスに語りかけてきた。

「ほう、君達がレイヴンズの諸君かね? 噂はかねがね聞いているよ。なんでも異世界からの来訪者とか」

「国連事務次官殿ですね。その噂がどのようなものかは存じ上げませんが、正式な挨拶はまた後ほど。今は一刻を争いますので」

エイジスはその手を握り返すと、挨拶もそこそこに通信を開いた。

因みに横浜基地の指令室には、最近フォールド通信システムなるものが増設された。
これは空間を入れ替えての通信システムの為、地球上であるならば距離に関係なくタイムラグ無しで連絡を取り合えるという優れもので、傍受の心配も必要ないという。
尤もフォールド断層なるものを超えてしまうと、数日から数十日というタイムラグが発生するらしいが、マザーレイヴンとしか連絡が取れない現状では、何の意味も無いリスクだった。

「よう、退屈そうだなギリアム」

『ああ、退屈すぎて死にそうだ。武の奴はどうしてる? こっちは訓練の準備を万事整えて、手ぐすね引いて待ってるってのに』

「そいつは武にとってはご愁傷様だな。こっちもいろいろトラブっててね。ところで一つ頼まれちゃくれないか? 何、簡単な七面鳥撃ちさ」

『ほう、俺を顎で使うとは随分と偉くなったもんだな、え? チェリーのエース』

「チェリーはもうよしてくれ。目標は追って指示を出す。今すぐ飛んで欲しい」

『フン、いいだろう。俺も地球に来てからこっち、飛びたくて飛びたくてウズウズしてたんだ。夕焼けの中の七面鳥撃ちってのも乙なもんだ』

「よろしく頼む」

そこで通信を切ると、エイジスが夕呼達に向き直った。

「もう安心ですよ。万が一にもギリアムが仕損じることはありえません」

「本当かね? あの方は司令官なのだろう?」

「何を言ってるんです? あの人は俺が去年入隊するまで現役バリバリでレイヴンズのエースだった男ですよ。ご心配には及びません」

どこか訝しむような事務次官の言葉に、エイジスが確信をもって断言した。

暫らく待つとモニターが、マザーレイヴンを監視する為に横浜港に設置された、定点カメラの映像に切り替わる。すると一機の国連ブルーにも似た、蒼穹色のVF-19Aがいままさに飛び立たんとしていた。

「ギリアム、目標はこの横浜基地をめがけて突っ込んで来る、HSSTと呼ばれる不届きな再突入型駆逐艦だ。地上の被害を最小限に留める為にも、電離層を突破する前に木っ端微塵にして欲しい。目標の衛星からのデータをそちらへ転送する」

『了解だ。しかしそうなると、土産にローストターキーは持ってかえれんぞ?』

「なに、遠慮は要らない。容赦なくやってくれ」

『ラジャー』

そう言い残し、ギリアムの操るVFー19Aはマザーレイヴンを飛び立つと、あっという間に大空の彼方へと消えていった。

『目標を捕捉した。これより迎撃に移る』

「速っ!」

「まあ、空力限界まで一分とかからないし、高度30,000Mを超えればマッハ20とかでるからな、アレ」

『ターゲットロック、あばよ』


 ◇ ◇ ◇


こうしてドタバタした割には、思いのほかあっさりとHSST落下事件は方がついた。

横浜基地に降り立ったギリアムは、行きがけの駄賃とばかりに武を拘束してマザーレイヴンへと帰って行った。

それを見送ったエイジスは武の今後を思い、胸元で十字を切った。

その後夕呼の執務室に顔を出すと、国連事務次官珠瀬玄丞斎も同席しており、ついでとばかりに、三日後の帝国軍との模擬戦の話を持ちかけられた。

「しかしVFと戦術機では、あまりにも戦場が違いすぎると思うのですが……?」

「だけどあの機体はそれ以上に戦場を選ばないでしょ。今回は向こうから言い出した話でもあるし、遠慮しないでやっちゃったら? ああ、ついでにXM3のお披露目もその日にやることにしたから、あの子たちのこともヨロシクね」

夕呼としてはXM3は手札としてもう少し後で切りたかったが、帝国に対しては、この機を逃すと商品価値が激減してしまう恐れがあるのだ。

VFとXM3を比べられたら、誰だってVFの方を選ぶだろう。
故に模擬戦はXM3搭載機を先に戦わせ、少しでもインパクトを与えておきたかった。

尤もコスト面で考えれば、現行の戦術機に搭載コンピューターを載せ換え、OSを書き換えればいいだけのXM3の方が、断然お得ではあるのだ。

あのVF-19A一機のコストで、一体何機の戦術機が作れることか?
夕呼は、軽く試算しただけでも眩暈がした。

それを聞いた玄丞斎はどうしてもそれを見届けたいらしく、その日までの逗留をきめた。

国連事務次官ともなれば、暇な身ではなかろうに。酔狂な事だとエイジスは思う。


結局この日は、その後のタイムスケジュールを確認するに止まりお開きとなった。

エイジスは今後の我が身の多忙さを思いつつ、一つ大きな溜息を吐いた。


 ◇ ◇ ◇


その夜、御剣冥夜の自室にて、月詠真那は己の敬愛する主と向き合っていた。

主に対し気がかりなことを進言する為である。

「何度申せばお分かり下さるのですか、冥夜様? 今日冥夜様の前に現れた白銀武は真っ赤な偽物でございます。残念ながら冥夜様が想いを寄せた武様は、BETA横浜侵攻の折に既に亡くなられているのです」

「そなたこそくどいぞ、月詠。それとも何か? 私が武と他の何者かを見間違えるとでも思っているのか。そのようなこと断じて在り得ぬ」

「しかし――!」

「もう良い、これ以上は聞きたくない。下がるが良いぞ」

「冥夜様っ!」

「下がれと申した」

「……は、では今日のところはこれにて。おやすみなさいませ、冥夜様」

主にここまで頑なに拒まれては、いかに真那が忠臣であろうとも大人しく引き下がるよりほかなかった。否、忠臣であるが故にだろうか?

部屋の外へ出ると、神代、巴、戎の三名が首を揃えて真那を迎えた。

「真那様……冥夜さまは?」

代表して問いかける神代に対し、真那は首を横に振った。

「駄目だ、何度申し上げても頑として聞き入れては下さらなかった」

「そうですか……」

「分かっているな? 我々は何があろうと冥夜様をお守りするだけだ。あの偽者が何が目的で冥夜様に近づいたか分からぬ以上、少しでもおかしな素振りを見せたらその時は……」

「は、心得ております」

真那が言いよどんだ言葉の先は、皆まで言わずとも三人には伝わった。

一体その名を騙る事がどれほど罪深いことか? いずれあの偽者には思い知らせてやらねば真那の気はすみそうも無かった。


――その命を代価として。






 あとがき

何をそんなに生き急いでるのさ、俺?

今回は速めの更新となりました。どうも、type.wです。

次回はいよいよ模擬戦を書こうと思ってるのですが、気持ちが逸ったのかもしれません。かと言って戦闘シーンが得意という訳ではありませんので、悪しからず。

今回は次回帝国軍が相手をするチートマシン、VF-19のことを少し語ろうと思います。とはいえ、機体性能などは今更なので、武装のほうに注目して見ましょう。

ミサイル類も今更なのでカット。問題はあのガンポッドですよ。

色々な処で言われているのですが、VF-1の時代で初速が5980m/secで、単位面積の破壊力が核爆発以上とか。

流石に製作者側もやりすぎたと思ったのか、プラスの時代で4000m/sec。更にクロニクルによれば2000m/secまで落ちています(但し弾頭に自己推進装置付)。

ですがここはあえてこのSSでは初期の設定でいこうと思います。
何故ならよりチートの方が楽しそうだからですが、どうでしょう?
ただ、そんな物から放たれるのが例えペイント弾だとしても、戦術機は無事で居られるのでしょうか? そこが問題です。

因みにすっかりサブウェポン扱いの頭部レーザー砲、及び両腰の半固定レーザーですが、1.5MWだかGWだか(詳しくは忘れました)の出力で、大気圏内での射程は50km程だそうです。

ホントかよ、これ?


P.S

今回は眠い目を擦りながら書いたので、誤字、脱字等が目立つかもしれません。
もし見つかりましたら感想板にてご一報お願いします。









[24222] 第十話 サーカス
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/04 16:38



「0714、0720。ブリーフィングを始めます」

マザーレイヴンのブリーフィングルーム内に於いて、エイミがその始まりを宣言した。

「さて、既に聞いているとは思うが、本日は帝国軍との合同演習を行う。相手は帝都第1防衛師団・第1戦術機甲連隊から一個中隊が横浜に送られてくるらしい。乗機はType94不知火だ」

「中隊? まさか師団ごと来るとは思っちゃいなかったが、もしかして俺たち侮られているのか?」

「まさかな。あちらさんにしてみればそれこそ“舐めるな”と言ったところだろう。なにしろこちらは、たった三機で相手をしようと言うのだからな」

ギリアムとエイジスの遣り取りを、どこか疲れた面持ちで武は聞いていた。
連日のギリアムによる教導が、確実に武の身体を疲労で蝕んでいるのだ。

武とて衛士の端くれである。並の鍛え方などしていないつもりだった。ただ、ギリアムの錬成がそれを上回っただけなのだ。

神宮司まりもや伊隅みちる等、厳しさには定評のある彼女達の訓練も、ギリアムのそれには遠く及ばない。エイジスに「覚悟だけはしておけ」と言われてはいたのだが、その言葉の意味を、武は漸く思い知った。

「おい、聞いているのか? 卵野郎」

そしてこれである。

あの日以来、ギリアムは武を名前で呼ばなくなった。
ギリアムが武を呼ぶときは主に「貴様」、「チェリー」、「卵野郎」のいずれかで、一人前には程遠いということへの暗喩であった。

シミュレータとはいえ、初めてVFのコクピットに触れたときの感動などは、武にとっては既に忘却の彼方である。

「は、聞いております」

「だったら疲れた顔なんぞ見せるな。……ふん、まあいい。とにかくこの結果如何によって、今後の帝国の我々に対する態度も大きく変ってくるだろう。演習とはいえ気を抜くなよ?」

「つまり思いっきりたたんじまえってことですか?」

「そうだ、任務のつもりで事に当たれ。作戦名は『Peter Pan』だ」

恭平の質問に、ギリアムが念を押すように応じる。たかが模擬戦に作戦とは少し大仰に感じなくもないが、恐らくそれがここの流儀なのだろう。

「差し詰め私達はネバーランドに迷い込んだウェンディってところかしら?」

「そんなところだ。部隊コードもそれでいくから覚えておけ」

ギリアムとスージーの遣り取りに、武はどこか違和感を覚え、そして直にそれに思い当たる。上官同士の会話に口を挿んでいいものか迷ったものの、武は思い切って訊いてみることにした。

「あの……部隊コード変るんですか? レイヴンズ、ですよね?」

「ああ、武にはまだ言ってなかったか。俺たちに特定の部隊コードは存在しない。作戦名に応じた部隊コードをその都度設ける」

武の質問にはエイジスが応じてくれた。しかし、理由がわからない。

「なんでそんな回りくどいことを?」

「それはな……」

「それは?」

エイジスはもったいぶるように、一拍間を置いてからこう告げた。


「趣味だ」


この時は自分をからかうための冗談だと思っていた武ではあったが、まさか本当にギリアムとエイジスの趣味による物だと、後日改めて知ることとなる。



第十話 サーカス



午前中に前哨戦として行われたA-01と帝国軍の一戦は、白熱したものではあったが、結果だけみればA-01の圧勝と言えるだろう。

中隊同士の対決とはいえ、現在A-01は七機しか存在せず、事実上二個小隊にも満たないのだ。帝国側は数を合わせることを提案してきたのだが、香月夕呼はそれを一蹴した。

これに対し帝国軍衛士がどのように感じたか、武は想像することしか出来なかったが、まず間違いなく心中穏やかではいられなかったことだろう。

兎に角そんな険悪なムードの中行われた一戦は、先ず口火を切ったのはお互いの突撃前衛であり、その時点で勝負は決したと言ってもよかった。

A-01の突撃前衛三機に対し、帝国軍は四機。
数の上では勝っていた帝国軍ではあったが、三次元機動を巧みに操るA-01の突撃前衛の前にはなす術も無く、たった一機を中破にもちこむのが精一杯で、後衛陣に援護をさせる暇も与えなかった。

これには武も驚かされたが、もちろん理由がある。

レイヴンズによる教導である。

彼らは先ず、自分達の機動を散々と体験させてから、武による挙動制御映像と操作ログを公開した。結果、A-01の面々は「あ、これならできるかも?」と、思い込み、事実、武の動きをほぼマスターしてしまったらしい。

これは先んじて椎野恭平が207Aに行ったやりかたで、しきりに感心したエイジスがA-01にも試したところ、その効果は劇的だったと言う。

“前の世界”で、誰にも真似出来ない変態機動と言われ続けた武の挙動制御技術を、たった三日でここまで再現出来るようにさせるとは、武としても思いもよらなかった。

それはともかく、この時点で7対8。数の上でのハンデは、ほぼ無くなったといえる。あとは乱戦である。しかし、劣化コピーであるとはいえ帝国軍が相手をしたのは七人の武ともいうべき存在で、最終的に時間切れ一杯まで生き残れたのはたったの二機。対してA-01の方は、さすがに無傷とはいかなかったものの、二機を失ったに過ぎず、どちらが勝ったのかは明白だった。

これを観戦していた帝国首脳陣も、XM3の性能とA-01の技量に感嘆の声をあげた。これは香月夕呼としても、取りあえずは大成功といえるだろう。

因みに武は横浜基地に特別に設営された会議室において、夕呼やブリジットと肩を並べて帝国首脳陣の接待を命じられた。また特別に『ティンク』なる部隊コードが与えられたが、これは流石に洒落が過ぎるだろう。

この結果を受けて最初に発言したのは、帝国首脳陣の中でも一際異彩放つ風貌を持つ男だった。

「正直驚きました、香月博士。A-01部隊の腕前もさることながら、あの機体に搭載されたOS……XM3と言いましたかな? かなり即応性が上がっている様に見受けますがいかがですかな?」

「これは巌谷中佐。流石に伝説のテストパイロットの目は誤魔化せませんわね。即応性だけでも30%は増している計算です」

帝国技術廠・第一開発局副部長、巌谷榮二中佐。
かつて帝国斯衛軍に正式採用された、撃震の強化改修型である瑞鶴のテストパイロットであり、それをもって米国自慢のF15-Cを打ち破ったという伝説は武も一度ならず耳にしたことがあり、帝国に住まう衛士ならば知らぬ者は居ない程、有名な男である。

彼の発言を受けて夕呼が先行入力やキャンセル、コンボといったXM3の新機軸を説明していく。

「ほう、それは彼等からの技術提供で?」

「いいえ。これは私が独自に開発したもので、研究中の並列コンピューターを戦術機に応用した物です。時期が時期だけに中佐がそう思われるのも仕方がありませんが、私にとっては研究の合間の暇つぶしのような物ですわ」

これは夕呼得意のハッタリではあったが、それ自体は武の提案である。
武がレイヴンズに所属している今、自分が発案したとなればややこしい話になるからである。

「私の言葉を嘘と取るか真実と取るかは皆さんにお任せしますが、それは彼等の持つ力を見届けてからにしてもらいたいものですわ」

因みに夕呼の言う皆さんとは、斯衛軍から斑鳩、紅蓮の両名。国連からは珠瀬事務次官。帝国サイドから榊首相、巌谷中佐の両名である。
斑鳩、紅蓮、榊の三名は、以前の武の話を聞いていたので真実を知っていたが、この場に於いては何も言わなかった。

「わかりました。まずは彼等の力を見ることにしましょう。しかし、彼等は何故三本勝負をもちかけたのですか?」

そう、レイヴンズは帝国の挑戦を受ける条件として、何故か三本勝負を持ちかけたのだ。

「さあ? 私には分かりかねますが……スパーク中尉?」

夕呼自身聞いていないことだったので、身内であるブリジットに話を振る。

「私も詳しくは聞いていませんが、恐らく三段変形を一つずつみせるつもりではないかと? ただ、予想の斜め上を行く人達ですので、明言は避けたいと思います」

次いで夕呼は武に視線を送ってくるが、武は肩をすくめて首を横に振ることで応えた。武とて聞かされていないし、むしろこっちのほうが知りたいぐらいなのた。



 ◇ ◇ ◇



帝国軍衛士がしばしの休息を終え、いよいよレイヴンズとの一戦が始まろうとしていた。

『キャトコー、コマンドコードチェック。VF-Xウェンディ、OK?』

通信機越しに聞こえてきたのは、エイミ・クロックスの声だった。
どうやら彼女、今日は本来の職務に戻っているらしい。たまにはこんな日があってもいいと武は思う。

『OK。VF-Xウェンディ1、レディ』
『2、レディ』
『3、レディ』

『OK。VF-Xウェンディ、ミッション【Peter Pan】スタートです』

どうやら彼等は、戦闘機形態で演習場に突入するらしい。
既に帝国軍の配置は整っている。あとはレイヴンズが戦域に突入するだけなのだが……。

『いいか? 一本目は予定通り速攻で片付ける。ぶちかませ』

『ラジャー』

エイジスの言葉を受け、三機のVF-19Aが三方向へ散り、それぞれ別の角度から低空飛行で戦域へ突入。ほぼ同時にマイクロミサイルを全弾発射。一機あたり二十四発、都合七十二発ものミサイル群が極超音速で帝国軍の不知火に迫る。

出鱈目な誘導性を持ったそれは、廃ビル等の障害物を掻い潜りながら、単純計算で不知火一機につき六発ものミサイルが狙い違わず命中した。

勿論直撃させてしまうと模擬弾とはいえ危険なので、直前で炸裂する仕様になってはいるが、結果、漆黒のはずの烈士の不知火を真っ赤に染め上げた。

『なぁにぃぃぃーーー!』

訳も分からないまま大破判定を受けた帝国軍衛士から悲鳴が上がる。

「ちょっと待てぇぇい!」

ほぼ同時に武と一緒に観戦していた、誰かが非難めいた声を上げる。

(大人気ねえ……あそこまでやるか?)

武自身そう思わなくもないオーバーキルっぷりだったが、まあ航空兵器と地上兵器との戦いなんてこんな物である。

事実BETA大戦初期の人類も、航空兵力を用いて戦局を優位に進めていた時期があったのだから。


兎に角一本目はレイヴンズによる瞬殺劇によって幕を閉じた。


 ◇ ◇ ◇


AVF――Adovanced Variable Fighterと銘打たれたそれは、単機もしくは少数による編成で反応弾を用いずに敵中枢を制圧、もしくは破壊出来る機体を作れ、という非常識とも言える軍の要求仕様に新星インダストリーとゼネラルギャラクシーの両社がそれぞれ出した答えがVFー19とVF-22の二機種である。

マシンマキシマム構想で開発が進められた両機は、人間の限界能力をはるかに凌駕する機体となった。進化したアビオニクスによって制御するには至ったが、結果として乗り手を選ぶ“じゃじゃ馬”となってしまった。
特にVF-19はそれがより顕著に現れていて、最後の有人可変戦闘機とまで呼ばれるまでになり、現在に至ることとなる。


模擬戦の合間にブリジットによって彼等の乗機、VF-19の説明が行われた。
エイミ同様、説明上手ではあったが与える印象はまるで違い、エイミが講壇で教鞭を執る講師に例えるならば、ブリジットはまるで観光地のガイドの様であった。

「――また若干性能を落とし一般兵向けにリファインされたたC型、F型、S型も存在しますが我々レイヴンズでは運用していません。A型は先行量産機ではありますが、試作機であるYF-19の正当な血統であり、その能力は勝るとも劣らないものとなっております」

「つまり、それを手足のように操る彼等は……?」

「はい、何れも劣らぬ化け物揃いです」

身内にしてはあんまりなブリジットの言い草ではあったが、帝国の面々は事此処に至り、自分達の見積もりが甘かった事を痛感した。


 ◇ ◇ ◇


今度はバトロイド形態で、帝国軍の不知火と向き合う形で開始された二本目は、ある意味一本目より滅茶苦茶と言えた。

『VF-Xウェンディ各機、オールウェポンズフリー』

『ラジャー』

全武器使用自由――かつて聞き慣れた言葉ではあったが、巌谷榮二の耳にはこの上なく不吉な物に聞こえた。

そして、その予感が外れることは無かった。

まず、帝国軍の放つ弾丸が当たらない。
レイヴンズの操るVF-19Aは、先のA-01を上回る三次元機動――元々宇宙や大空を主戦場とする彼らに上も下も無いのだろう――によってまるで曲芸のように次々とかわしている。

制圧支援の放つ多目的自律誘導弾などは、レーザー機銃とガンポッドを巧みに使い分け、一つ残らず迎撃された。また稀に直撃弾があっても、左腕に装備されたシールドに展開されたピンポイントバリアによって、中空に波紋の様な物を残し掻き消された。

ならばと近接戦闘を挑んだ機体は、振り下ろした模擬刀をピンポイントバリアパンチでへし折られ、その勢いのまま機体を掠めて背後の廃ビルに突き刺さったその拳が巻き起こした倒壊に巻き込まれ、無力化の憂き目を辿った。

こうして一機、また一機と撃破されていく帝国の烈士達を見ながら榮二は思う。

(せめて大隊……いや連隊で対応させるべきだったか?)

それで結果がどう変るかは未知数だったが、ここまでの無様を晒すことは無かった筈と信じたい。

『う、うわあぁぁぁーーーっ!』

とうとう最後の一機となった不知火が、エイジスの駆るVF-19Aに我武者羅に突貫して行く。恐らく恐慌状態に陥っているのだろうが無理も無い。

エイジスは慌てず、無慈悲とも言える冷静さで迎撃。その時点で全てが終った。

『状況終了です。お疲れ様でした』

『さて、いよいよ三戦目な訳だが――』

「……もういい。香月副司令、やめさせてやって下さい」

これ以上は、帝国軍衛士の心に深いトラウマを残すことになりかねない。既に手遅れかもしれないが……。

エイジスにその旨を通達すると、特に異存は無い様だ。

『しかし三戦目は三段変形を活用した鬼ごっこを考えていたのですが、残念です』

まさか最後に用意されていたのがそのような遊戯であったとは……成る程、予想の斜め上を行く。

どうやら彼等は任務であっても、遊び心を忘れないらしい。


彼らと会い、直接話をするのがますます楽しみになる榮二であった。


 ◇ ◇ ◇


「まずは、彼等が戻る前に香月博士にお聞きしたいのは、あのXM3と呼ばれるOS、帝国軍並びに斯衛軍に提供する準備がある……と考えてよろしいのですかな?」

「勿論ですわ。帝国には今後の為にも戦力を増強して頂かねばなりませんので」

代表して発言した榊首相の言葉に応じた夕呼の台詞は、暗に裏がありますと言っているようなものだったが、この場に集った面子にとっては今更だろう。

逆に何の裏もありません等と言われた日には、その時こそ夕呼の正気を疑うだろう。

「では次は私から。彼等レイヴンズは我々にその技術を一部でも提供して下さるとお考えでしょうか?」

「さあ? 私の方からは技術の漏洩を彼等に禁じられていますので、何も洩らすことは出来ません。ただ今回の様に窓口になって差し上げることぐらいしか出来ませんので悪しからず」

レイヴンズに興味津々といった様子の榮二の質問に応える夕呼を横目に、武は「成る程、そう来たか」と感心した。

これを期に夕呼は、レイヴンズと帝国の両者を相手取り、双方に恩を売りつけるつもりなのだろう。自分には何の実害も無く利益を得ようとするそのやり方は、実に夕呼らしいと武は思う。

「我々も彼等に対し誠意を見せろ、という事であろうか?」

「やり方はお任せしますが、いかに我々に好意的とは言っても彼等とて聖人君子ではないでしょう。より誠意を見せられた方が話は上手く運ぶと考えますが?」

今度は斑鳩の質疑に対応する夕呼であったがしかし、彼女、よくもまあ自分やブリジットが居る前で、この様なことが言える物だと感心する。
まあ、聞かれて困ることを洩らさないあたり、それも彼女らしいと言えば彼女らしいが。

「あい分かった」


そこまで話したところでインターフォンのブザーが鳴った。

一度マザーレイヴンに帰還したエイジス達が、ギリアム、エイミ、クララを伴って馳せ参じたらしい。


さあ、帝国との交渉第二ラウンドの始まりである。







 あとがき

さて皆さん、週刊SHOOT&SHOUTですがいかがでしたか? どうも、type.wです。
因みに週刊は嘘です。type.wは意味の無い嘘をよく吐くので気をつけて下さい。

今回はいよいよ模擬戦となりましたが、ちょっと淡白になり過ぎた感は否めません。完全にサブタイトルに対し名前負けしています。板野サーカスを期待された方には、この場を借りて謝罪します。申し訳ありませんでした。


――って言うか、あんなもん文章で表現できるかっ!


……すみません、取り乱してしまいました。


さて皆さん。三角関係はお好きですか? 私は大好きです。

では、ハーレム展開は? 私も読む分には大好きです。

ああ、また長くなりそうな前振りだよ……と感じたあなた。



正解です。



よって、今回もスルー推奨でお願いします。

何故今回、突然こんな事を言い出したのかと申せば、このSSではハーレム展開は無いと断言する為です。

もし、それを期待されている方が居たならば、申し訳ありません。

と言いますのも、私はハーレム展開の着地地点が分かりません。つまり、ゴール、もしくはエンディングが書けないということです。

私はこの手の物語は恋愛模様に決着を付けてこそ、初めてエンディングが迎えられると考えております。むしろ、そこに至るまでのすったもんだが書きたかったりします。

遡ってみればこのmuv-luv板限定ではありますが、一体何人の作家様がこの展開に挑戦して筆を折られたことか……。勿論、私生活の方が忙しくなり、止む無く筆を置かれた作家様も居られるとは思いますが、それほどまでにハーレム展開の決着は難しいと言わざるを得ません。

勿論、今尚この展開に挑戦している作家様には大いに期待します。私も嫌いではありませんので、むしろもっとやれといった心境です。きっと私などには及びも着かない華麗な着地を決めて下さると信じています。

長くなりましたが、このSSに於いては、武、エイジス、恭平、ギリアム(ギリアム?)の恋愛模様には必ず何らかの決着がつくとお考え頂ければ、と思います。


え? 孝之はどうするかって?


無理じゃないかなあ……だって、孝之ですよ?


それでも尚、お付き合い下さる方は今後とも宜しくお願いします。


それでは今回はこれにて。また次回お会いしましょう。 















[24222] 第十一話 心に棘を、心に花を
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/11 02:20



第十一話 心に棘を、心に花を



無人の廊下を恭平とエイミが行く。


一度、横浜基地の特設会議室に集った筈の彼等が何故こんな所にいるかと言えば、早い話が追い出されたからである。

「流石にちょっと冗談が過ぎたか?」

「当たり前です。冗談を言うにしてもTPOという物を少しは弁えて下さい」

恭平の言った冗談というのは、帝国首脳陣に模擬戦の感想を求められた時のもので、その折に交わされたやり取りは以下のような物である。



「このような結果に終わりましたが此度の模擬戦、貴官らがどの様に感じたか率直な意見が聞きたい」

「フフ、まさか奥の手である三位一体究極合体を披露する前に終ってしまうとは思いもよりませんでした」

「な、なんと!」

「この上合体だとっ!」

「いけね。信じちまった」

「嘘かっ! この野郎」

「いやいや、いくらなんでも流石に合体は無いでしょう。ねえ、先生?」

「……当たり前でしょ」

「何ですか、今の間は? まさか先生……?」

「うっさいわね」

「恭平」

「は? なんスか? 隊長」

「出てけ」



どの発言が誰の物であったかは割愛するが、恭平に退室を言い渡した際のエイジスはとてもいい笑顔だった。それはもう震えが来るほどに。

こうして接見からわずか五分足らずで、椎野恭平は席を追われることとなった。

「概ね狙い通りだけどね」

「やっぱりわざとでしたか」

いかに恭平と言えど、発言があまりにも突飛すぎた。あれでは追い出してくれと言っている様なものである。

「顔、覚えられたくなかったんだよ。それにしても流石は隊長。部下の心を汲んでくれるいい上官だね」

「単に邪魔だっただけでは? まあ、私はとんだとばっちりですが……」

「まあいいじゃないか」

勿論、エイミは特に何かをした訳ではなく、恭平のお目付け役を命じられたのだ。何しろこの男の手綱を御することの出来る人間は限られている。まさかギリアムやエイジスがついて行く訳にもいかず、かと言って他の者には荷が重く、下手をすれば助長させる結果にもなりかねない。

しかしこの男、反省の色がまるで見えない。

「自重しろと言っているんです」

「いや、俺がいいって言ったのはさクロックス、お前地球に来てから働きすぎだ。いい機会だからゆっくりすればってことだよ」

「それは他の皆も同じですし、あなたも同様でしょう?」

「皆は適当に息を抜いてるよ。俺にしたところで教官って言っても殆どただ見てるだけだし。休める時にも休んでないのはお前だけだ。まあ、いい機会だしせっかくだからPXにでも寄ってのんびりお茶でも飲んでいこう」

原因はともかく結果として時間が空いてしまったのも確かではあったし、その気遣い自体は心地よいものだったので、エイミはその言葉を快く受け入れることにした。

「それはお誘いですか? いいでしょう、受けて立ちます」

「なんか違う……まあいいけど。ん?」

そこまで話した時、二人の歩く先に何者かが佇んでいることに気が付いた。

それは斯衛の赤い軍服を纏った綺麗な女性だった。その容姿と凛々しい立ち姿は同姓であるエイミの目から見ても惚れ惚れする程である。ただし敵意、或いは殺意と言い換えてもいいそれをその身に纏っていなければの話である。

「椎野中尉?」

「何故俺に聞く?」

「少しはご自分の言動を省みてはいかがですか?」

「いや、多分これは――」

エイミ自身、見知らぬ女性に敵意を向けられる覚えは無かったので、恭平に尋ねてみる。何しろこの男、本人も無自覚の内に敵を作っている可能性があるのだ。

「地球統合軍の士官の方とお見受けする。貴官らに少々尋ねたいことがあるのだが、時間、宜しいか?」

半ば放置する形で会話を進めていた二人に、女性の方から声がかけられた。

「突然そのようなことを言われましても対応に困るのですが。先ずは名乗られてみては如何でしょうか?」

「これは申し遅れました。私は帝国斯衛軍第19独立警護小隊所属、月詠真那中尉と申します。以後、お見知りおきを」

対応自体は丁寧なものだったが、真那の発する敵意は少しも衰えることはなかった。

「もしかして白銀関連か?」

恭平がそう問いかけた瞬間、今まで鉄面皮を装っていた真那の片眉が跳ね上がり、その身を覆う怒気が膨れ上がった。

「やっぱりね。それで訊きたい事ってのはアイツのこと? だとしたら機密に抵触しない範囲でしか話せないけど、それでも良いのであればお付き合いしましょう」

恭平は真那の怒気を柳に風とばかりにサラリと受け流す。まさか、生粋のバルキリー乗りであり戦士である彼が、エイミでも気付くような相手の敵意に気付かないはずも無かろうに、この図太さは一体何なのだろう? 更に言うのなら、彼が時折見せる勘の良さ――ある種の鋭さは一体何なのだろうかとエイミは思う。

何故ならば、以前白銀武に聞いた回想に、月詠真那の名など一切出てこなかったのだから……。

「それで構いません」

「うん、じゃあ行こうか」

「は? あの、どちらへ?」

「PX。ちょうど俺たちもお茶でも飲もうかって話をしていたところだったし、立ち話もなんだから一緒にどうですか?」

そして空気を読まず、自分のペースに持ち込むその手管には、ある種の頼もしさすら感じるのだが……。

「ナンパですか? 椎野中尉」

「ちょっ、何言ってんのクロックス? 話聞いてたか? 隊長じゃあるまいし」

「それもそうですね。あなたにそんな度胸は無いでしょうしね」

「無いけどっ! 無いけどお前ね、後で覚えとけよ」

「おやまあ、何を見せてくれるのか実に楽しみです」

「ぐ……クッ、畜生」

二人の漫才じみた遣り取りに、痺れを切らした真那が口を挿む。

「……そろそろ宜しいか? PXと言わず何処へなりとも付き合おう。故にそのようなことで言い争わなくても良いのでは……?」

「そのような……」

「……こと、ですか?」

「むっ、す、すまない 出すぎた事を申しました……ではなくっ、時間も勿体無いのでそろそろ移動しようか、と言っているのです!」

一瞬とはいえ、あの月詠真那をたじろがせたと白銀武あたりが聞けば、一体どのような感想を洩らすだろうか? 

「それもそうですね」

「だな」

意外とあっさりとした二人の応対に、真那は完全に毒気を抜かれた。

白銀憎しの一心で、関係者であろうこの二人に相対してきたが、よくよく考えてみれば、白銀武と地球統合軍を名乗る輩の関係も未だ不透明なままである。

あの偽者を許すつもりは更々無いが、この二人にまで同様の態度で接する必要は無かったと、真那は心中で自省した。

「では、行きましょうか」


 ◇ ◇ ◇


20時を過ぎた頃、漸くエイジス達がPXに姿を現した。

「お、隊長お疲れ様です。会談の方はいかがでしたか?」

エイジスは声をかけてきた恭平を横目で見ると、どうやら既に食事まで済ませて待っていたようである。実にいいご身分だと思わざるを得ない。

「ああ。とりあえずお前に切腹の沙汰が言い渡されたよ」

「嘘だろっ!」

「嘘だよ馬鹿野郎。多少拗れたが概ね順調に纏まった。お前の笑えないジョークが無ければもう少し早く終ったかもな」

恭平に対し軽く意趣返しを済ますと、エイジス達は各々に食事を持って席に着いた。

「いや、あれはですねえ……」

「わかってるよ、だから望み通り退席させてやっただろうが。ったく、お前のお偉いさんアレルギーも、ここまでくると本物の病気だぜ。だったら始めから来なけりゃ良かったんだ」

「成る程、その発想は無かったです」

「それはともかく、どの様に話が纏まったかお聞かせ下さい」

「ああ、さっきは順調と言ったが少々厄介事を抱え込んじまったかもしれない」

エイミの質問にエイジスはそう前置きしてから話し始めた。

先ず第一に、マザーレイヴンの帝国領海内の渡航の自由が認められた。
条件としては、帝国の有事の際にその戦力となることだが、これは強制ではなく、レイヴンズは独立戦隊として、その裁量を如何なく発揮することを期待されている。

「随分甘いですね」

「まあな、だがここからが本題とも言える」

第二に帝国からの武器、弾薬の提供である。これもまた随分甘い話の様に聞こえるが、実はそうではない。

「それってこちらから武器、弾薬をサンプルとして提出しろってことっスよね。受け取った後はじっくり研究ってわけですか。セコイ真似しますね、帝国も。それで、受けたんですか?」

「いや、これは珠瀬事務次官が待ったをかけた。現在帝国は技術はともかく資源の多くを輸入に頼っているのが現状だ。世界に先んじてそんな真似をしたら、各国が帝国に対して輸出に制限を掛けかねんらしい。これは国連の決議待ちだな」

「まあ、弾薬程度ならマザーレイヴンでも造れますが、資源が無いと流石に無理ですね。いっそ、一度宇宙に出て資源の回収も視野にいれるべきかもしれませんね。他には?」

「ああ」

第三に戦術機関連の技術の提供である。
熱核エンジンにエネルギー変換装甲。数え上げればきりが無いほど転用できる技術は多岐に渡る。帝国としてはどうしても押さえておきたいところだろう。

「でもそれって、さっきの弾薬の話と何処が違うんですか?」

「先ず前程が違う。俺たちは香月博士に技術の提供を約束したが、横浜基地にはそれを形にする施設が無い。それを成す為には、どうしても帝国の協力が必要だとおしきられたよ」

「なんだか詭弁っぽいっスね」

「全くな。誰が言い始めたのかは知らんが、女狐とは良く言ったもんだと思うよ」

ここまで黙って話を聞いていた白銀武が大きく項垂れた。何も彼が気に病むことは
無いのだが、紹介した手前、肩身が狭いのかもしれない。

「こちらは巌谷中佐が国防省で議題にかけてみるらしい。これもその結果待ちだな。そこで合意が得られれば、ウチからも技術陣を派遣しなけりゃならん」

「うわ、お役所仕事ばっかりだ」

「まあな、しかし大変なのは巌谷中佐だろう。彼は最近も国産戦術機関連で一度揉めたらしいからな。帝国には横浜にアレルギー反応を示す人間も多いらしい。おしきるには相当苦労するだろうよ」

エイジスはこの先の榮二の気苦労を思い、大きな溜息をついた。

「でもまあ、いきなりバルキリーを造ろうって訳でもないでしょうし、上手くいくんじゃないですか。仮に造ったところで、パイロットが居ませんが」

「それだ」

「はあ? なにがです?」

「だから厄介ごとってやつだよ」

最後に帝国がレイヴンズに提示してきたのが、人材の交流である。
交流と言っても一方的なもので、パイロット候補として五人の訓練兵を差し出してきたのである。

「訓練兵って誰のことです?」

「惚けるな。もう大体察しがついているだろう。207Bの少女達だ」

元々帝国が国連に人質も同然に預けていたのが彼女達である。このまま任官もさせられず燻らせておくよりは、将来を見据えてレイヴンズに預ける方に、より多くのメリットを感じたのかもしれない。

「そこまでして私達になんのメリットがあるんですか?」

「無い……とも言い切れない。何しろ俺達は、武を含めてもまだパイロットが四人しか居ない。機体は余ってるってのにな。恐らく対BETA戦は手数の勝負になる。パイロットは一人でも多いに越した事はないさ」

「しかし、香月博士がよく許可したもんですね。彼女にとっても有用な人材でしょう、207Bは?」

「だから女狐なんだよ。あの人は」

夕呼は国連横浜からの出向という形でならという条件で、許可を出したのである。
これには一見何の意味もないように思えるが、あの香月夕呼が意味の無い真似などするはずもない。

彼女は白銀武の未練を利用した。

つまり彼女は白銀武に対して枷を嵌めたのである。武に枷を嵌めることは、現状レイヴンズに枷を嵌めることと同義である。

突っ撥ねても良かったのだが、ギリアムはこれを受け入れた。
元より裏切るつもりも無かったし、戦う相手に変わりはないからだ。

「まあそれも彼女達が総戦技演習に受かればの話さ。無能な人材なら俺達も必要ないからな」

「でもその演習って確か十一月でしたよね? それじゃ遅すぎやしませんか?」

「当然早まったさ。来月には行われるらしい」

「受かるんですか?」

「武に訊け」

その場に居る全員が、視線だけで武に問いかける。

「び、微力を尽くします」

武の力の無い返事でお開きとなりかけたのだが、エイミが待ったをかけた。

「白銀少尉、あなたに伝言を承っています。『今夜二十一時に横浜基地の屋上で待つ』だそうです」

「誰からですか?」

エイミの言葉に武が首をかしげる。

「帝国斯衛軍の月詠真那中尉です。あなたのことを色々訊かれたのですが、のらりくらりとかわしておきました。……椎野中尉が、ですが」

「んげっ」

今回は国連のデータベースの改ざんを行っていないので、月詠関連のイベントは発生しないと高を括っていたのだが、冥夜の言動を鑑みるに真那の目からみれば、自分は今まで以上に不審人物に映っていることだろう。

(まあいい)

いずれは通らなければならない道ではあるし、彼女には訊いて置かなければならないこともある。場合によっては全てを打ち明けねばならなくなるが、その時彼女がどの様な行為に訴えるかは、真那自身に任せるしかない。

そこまで考えて武は覚悟を決めた。しかし――。

「――って、二十一時!? あと五分くらいしかないじゃないですか!」

「ごめんなさい。話は覚えていたのですが、時間のことを失念していました」

「ああっ、もうっ」

「待て、白銀」

慌てて駆け出そうとした武を、今度は恭平が呼び止めた。

「なんですか、手短にお願いします」

「なんだか彼女、ただ事じゃ済まない雰囲気だったぞ。だから……死ぬなよ」

「それはあなたのせいでもあるのでは?」

エイミの言葉に聞き捨てならないものが含まれていたが、気にしている場合でもない。

何しろ遅れてしまえばその可能性は飛躍的に高まるのだから。

「善処しますよ」

そう言い残し、武は真那の待つであろう屋上へと駆け出した。


 ◇ ◇ ◇


同時刻、帝国軍朝霧駐屯地にて、ペイント弾で真っ赤に染め上げられた不知火を、沙霧尚哉は忸怩たる思いで見上げていた。

そこには烈士の象徴たる面影は、どこにも残っていなかった。

「なんと無様な。三戦も行って一勝もあげられないとは……。それでも貴官らは誇り高き帝国の烈士であるつもりか? やはり、私が赴くべきだったか……」

「あなたの実力は誰もが認めるところですがね……沙霧大尉、あなたでもアレに勝つのは無理ですよ」

尚哉の呟きに応えたのは中尉階級の男で、今日横浜に赴いた中隊の突撃前衛長を務める男だと記憶していた。

「なんだと、貴様! 同じ人間が操れるものならば、一矢も報いれんなどあるはずもなかろう」

尚哉は勢いに任せてその中尉の胸倉を掴む。

「あんたはアレを見てないからそんなことが言えるんです。アレは……化け物だ」

「クッ……」

自分の身体を抱え込むようにその身を震わせる中尉を情けないと思わなくも無かったが、確かに見てもいない自分が彼に当たるのは筋違いだと気付き、その手を離す。

「そもそも一戦目の新OSを積んだ不知火もどうかしていたんだ。榊首相や巌谷中佐も同行していたし、もしかしたら横浜産の技術を帝国に導入するための、交渉を行ったのかもしれませんがね」

「なんとっ、それは殿下の御意志にあらせられるか?」

「さあ。小官ごときには判りかねる事です」

「むう」

もしもこのまま現政権が、政威大将軍たる煌武院悠陽殿下をないがしろにし続けるつもりなら、自分が立つことも仕方なしと考えていた尚哉ではあったが、時期を誤る訳にはいかない。

現政権が、殿下に権限を返上するならそれで良し。

しかしこのまま傀儡政権を続けるつもりであるならば、いかなる艱難辛苦の道であろうとも、その時こそ自分が――。


沙霧尚哉は決意も新たに独り、見上げた夜空に誓いを立てた。








 あとがき

微妙にTEフラグが立ったかもしれません。どうも、type.wです。
クーデターフラグは更に微妙ですけどね。

さて、毎回長々と書くのもどうかと思うので、今回は手短にいきます。

前回交渉第二ラウンドとか書きましたが、書いているうちにこりゃアカンと思い全削除。エイジスによるプレイバック方式に急遽差し替えましたがいかがなもんでしょう。

え? 今回はこれだけかって?

これだけです。私もそう毎回言いたい事があるわけじゃありませんって。

それではまた次回、お会いしましょう。今日はこれにて。











[24222] 第十二話 うつろいゆく季節に触れる
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/17 19:01


屋上への扉を前に、白銀武は躊躇いを隠せなかった。


肌に感じる空気はまるでそのものが刃物と化した様に武の全身に突き刺さり、痛みすら感じる程である。先程から耳鳴りが酷く、鼻の奥が熱い。口の中は錆びた鉄の味で一杯である。

扉の隙間から見え隠れしている青白い炎の様なものは、流石に幻覚だと信じたかった。

ここまで五感に訴える殺気を感じるのは武も初めての経験であり、それだけに真那の怒りの程がよく知れた。

成る程、恭平の言うようにどうやらただ事では済みそうにない。

いっそこのまま踵を返し、尻尾を巻いて逃げ出してしまいたくはあったが、今後も冥夜と関わらなくてはならなくなった以上、避けては通れない道でもある。

更に言うならば、武は真那に告げておかなければならないこともある。例えそれが現在の彼女になんら関係の無い話であったとしてもだ。

自分自身の罪と向き合うために――結果が断罪の刃であったとしても……。

武が覚悟を決め扉を開け放った瞬間――

――時計の針が丁度二十一時を指した。



第十二話 うつろいゆく季節に触れる



真那は武の顔をその目で確認した瞬間ハッと息を呑んだ。

この男は自身も知る白銀武にあまりにも似すぎていた。最後に会ったのは、もう随分昔の話になるが、あの白銀武が成長すればこのようになるのでは? と錯覚させるほどに、目の前の男は白銀武に似すぎていた。

これでは己の主君が白銀武の幻影を、この男に重ねてしまうのも無理は無いと真那は思う。

だがそれだけに、今この場でこの者の正体暴いておかねばならないと再認識する。

「先ずは逃げずに来たことだけは褒めておこう。ところで貴様、一人だけか?」

「は、自分一人であります、斯衛中尉殿。それがなにか?」

「いやなに。あのふざけた道化がのこのこ付いて来たなら引導を渡してやるつもりだっただけだ。気にするな」

そう言うと、真那から発されていた殺気が大分緩み、呼吸が楽になった。

そういえば真那が怒っている理由が恭平にもあると、エイミが言っていた様な気がする。

(って言うかあの人は一体なにをしたんだっ!? 人の一大事の前に!)

これはギリアムから聞いた話なのだが、恭平はその異名を“魔法使いの弟子”と言うらしく、その由来は“皆殺しの魔法使い”と呼ばれるゼントラーディー人を師と仰いだことから付いた二つ名らしいのだが、その性質は全く異なり、恭平はどちらかと言うとVFの操縦も私生活もトリックスターに近いらしい。しかし何もこのタイミングで真那相手にその本領を発揮しなくてもよさそうなものだ。おかげで武は寿命の縮まる思いをさせられたのだから、生きて帰れたら文句の一つも言ってやろうと心に誓う。

「では本題に移ろうか。馴れ合うつもりはないので自己紹介の必要はあるまい。単刀直入に訊こう。貴様は何者だ?」

真那は言葉通り要点だけを武に投げかけた。

「その前にお願いが一つと質問が一つあるのですが、聞いていただけますか」

武の言葉に真那の目が細められるが、

「許可しよう。ただ、つまらぬ命乞いの類なら聞くつもりは無い」

その言葉を条件付で受け入れた。

「それで構いません。先ずは斯衛中尉殿のことは、月詠中尉と呼ばせて貰えませんか? “以前”からそう呼ばせて貰っていたもので斯衛中尉殿では違和感があるんですよ」

その言葉で真那はこの男が偽者であるという確信を強めた。何故ならば、真那の知る白銀武は自分に対し、その様な呼び方をしたことがないからだ。しかし今は、この偽者の正体と目的を暴くことが先決である。

「貴様に名を呼ばれるなど考えるだけで不愉快ではあるが、まあいい。それで貴様の口が滑らかになるのであれば、今だけは許そう。で、質問とは何だ?」

「ありがとうございます。それで質問なんですけど、月詠中尉はオルタネイティヴ第4計画のことを何処までご存知ですか?」

「日本が招致した、香月博士主導の下行われている人類存続をかけた一大プロジェクトであるということぐらいしか聞かされてはいないがそれがどうした?」

「いえ、それを知っておかないと、オレ自身どこまで話していいのか分からなかったもので。何分機密に深く関わる話になりますので」

しかし、まいった。真那の持つ情報ではなにも知らないに等しく、武自身が充分に注意して喋る必要がでてきた。

「ではまず月詠中尉が一番知りたがっているオレの正体から明かしましょう。恐らく月詠中尉はオレを白銀武ではない、と疑っておいででしょうがそれは半分正解です」

「半分……とはどういうことだ?」

武の言葉に真那が訝しげな表情を見せるが構わずに続ける。

「ここから先の話は信じられないことの連続になると思うのですが、嘘だけは言いませんし、なにもいきなり信じろとも言いません。ただ、口を挿まずに最後まで黙ってきいていただけますか?」

「しかし貴様が嘘を吐かないという保証がどこにある?」

「正直その判断は月詠中尉自身にしていただくしかありません。なにかに誓ってもいいのですが、今の中尉ではそれすらも疑われることでしょう」

「確かにな……いいだろう、話せ」

いまだ武の何かを信じたわけでもあるまいが、一応聞く姿勢をみせてくれた真那に武は心の中で感謝した。

「先程言った半分と言うのはオレが“この世界”の白銀武では無いという意味です。つまりオレは別世界の白銀武というわけなのですが、その辺の事情を香月博士の多世界理論――因果律量子論を交えながらお話します」

そう前置いてから武は己の身に起こった転移現象の全てを語り始める。

勿論、機密――特に00unit関連に関しては最大限気をつける必要があったのだが……。



 ◇ ◇ ◇



何も知らない貧弱な坊やだった自分が何度も辿った最初の転移とループ。

救世主気取りだった“あの世界”での最後のループ。

そして武の話はいよいよ佳境を迎えようとしていた。所々で真那は疑念の眼差しを武に向けてきたが、最初の約束通り口を挿むことは一切なかった。

ここから先の話は武がいくら覚悟を決めてきたとは言え、真那に伝えるのははつらいものがあった。何しろ武にしてみれば、ほんの一週間前の出来事であり、武があの世界に残した鑑純夏の最期と並ぶ最大の後悔と未練だった。

「――そしてオレは……この手で冥夜ごと、あ号標的を撃ちました……」

そしてこれこそが、今回真那に最も聞いて欲しい自身の罪でもあった。何故なら“あの世界”において、真那に冥夜の最期を伝えることが出来なかったからである。

この世界の真那には関係の無い話ではあったが、冥夜を想い自分に殺意すら向けるこの真那ならば今の話になにかしら思うところはあるだろう。

その結果、やはり危険だと判断し、冥夜を自分から遠ざけようとするかもしれない。或いは最悪亡き者にされる可能性も考えたが、それが真那の出した決断であるならば、武は甘んじて受け入れようと思う。

それは真那から冥夜を託されたと言ってもいい、武の出した結論であった。

「一つ確認するが、貴様の言う“あの世界”とやらの冥夜様は満足して逝かれたのだな?」

「――え? いえ、オレには……分かりません」

「いや、きっと満足されていたに違いない。何しろ望み通り愛する者の手で逝けたのだからな。しかしどの様な世界でどの様な出会いをしても、冥夜様が想いを寄せる相手は変わらんのだな……」

そう言って微笑む真那の態度に武は違和感を覚える。これではまるで、武の言葉を疑ってすらいない様に思えたからだ。

「あの、月詠中尉はオレの話を信じてくれるんですか?」

「なんだ、思い詰めた顔をして。大方、今の話を聞いた私が貴様に刃を向けるとでも考えていたのだろう?」

「うっ……」

図星を指され一歩引いた武を見て、真那はこれみよがしに大きな溜息を吐いた。

「貴様はもう一度自分の周りをよく見てみることだ。今の貴様の告白など及びもつかんほど信じられない話を持ち込んだ連中がいるだろうに。あれに比べたら、まだ自分のよく知る人間が隣の世界からやってきました、と言われた方が得心がいく」

無論、真那の言うあれとはレイヴンズのことであろう。

「た、確かに……って、そうだ! やっぱり月詠中尉もオレ……ていうかこの世界の白銀武のことを知ってるんですね?」

あまりにもあっさりしすぎて聞き逃すところだったが、真那の言葉に武が反応を示す。

「無論だ。何しろ武様は冥夜様の幼馴染であり想い人だからな」

「お、幼馴染!? 想い人!? つーか武様ぁ!?」

衝撃の真実であり、またどこかで聞いたような話でもあった。

「まあ、幼馴染と言ってもそうそう頻繁に会えたわけではないのだが、最初に出会ったのは確か……」

「十三、四年前、オレ達が四、五歳くらいの時じゃないですか?」

「よくわかったな。いや、流石にわかるか。確か先程聞いた貴様の話でも――」

「ええ。オレが元居た世界でも似たような出来事がありました。ただ、オレの場合は一度会ったきり、この年になるまで再会は叶いませんでしたけどね。けどこの世界と元の世界じゃ、お互いを取り巻く環境が全く違う筈です。冥夜もオレだけじゃなく純夏のことまで知っていたし、その辺の詳しい事情を出来れば詳しく聞かせて貰えませんか?」

今日、真那の呼び出しに応じたのは、この話を問い質す為でもあったのだ。

「ふむ、今度はこちらの番というわけか? まあいい。貴様に冥夜様を害する意志は無いようであるし聞かせてやろう」

「お願いします」



 ◇ ◇ ◇



真那の話によると、やはりというかこの世界でも元の世界と似たようなことがあったらしい。ただ、幼すぎて当時の記憶が曖昧な武と違い、真那の記憶はより鮮明だった。

武と出逢ったのは、御剣家当主が仕事の都合上横浜を訪れた時の事であり、冥夜と真那もそれに随伴していたらしい。

いかに冥夜が聡明であるとはいえ、子供にとって大人の仕事など退屈以外の何者でもない。それでなくても冥夜は、常日頃から半ば幽閉に近い形で監視されていたのだ。相当に鬱憤も溜まっていたのだろう。冥夜は隙を見計らって抜け出したらしい。

どうやって大人達の監視の目を逃れたのかは分からないが、冥夜の聡明さが大人達の意図とは別の形で発揮されたともいえる。

とは言え所詮は子供である。当然迷った。

途方に暮れ、今にも泣き出しそうな時に出逢ったのが――

「オレ――って言うか、この世界の白銀武……ですか?」

「武様だけではない。純夏様も一緒に居られたそうだ」

純夏に様付けは流石に違和感を拭えなかったが、武は黙って先を促した。

落ち込む冥夜を二人は自宅へと誘ったらしい。冥夜の帰るべき場所も大人達に頼ればなんとかなると考えたのかもしれない。事実なんとかなったのだが、迎えが来る間、三人は親睦を深めた。

折りしもその日は純夏の誕生日であり、両家総出に冥夜を加えて誕生日を祝ったらしい。

(ああ、それでか……)

武は何故自分が七月七日にこの世界に来てしまったのかを理解した。

どうやらこの世界の純夏にとって、運命の分岐点はこの日に集約されるらしい。だとしたら、この後の展開も凡そではあるが想像がつく。

「迎えに着いた時私は驚いた。普段、感情を押し殺しておられた冥夜様が年相応の子供の様に笑っておられたのだから。無理も無い。冥夜様には同年代の友人など居られなかったし、ましてその友人の誕生日を祝うなど初めてであったのだからな。その後、帰りたくないと駄々を捏ねる冥夜様を見かねた影行殿の取り計らいで一泊だけ許可された」

「親父の? どういうことですか?」

武の父親にそれ程の発言力があるとは思えない。

「なんだ、知らんのか? 白銀家と言えば紅蓮、御剣、月詠家と並ぶ赤の名家だぞ」

「嘘ぉっ!」

「嘘とはなんだ、嘘とは。貴様は自分の姓の希少さに違和感を感じたことは無いか? それにはそれなりの理由があるものだ。尤も、影行殿は跡取りでなかったこともあり斯衛にはならなかったようだがな。市井として生きる道を選ばれたのも好んだ相手と結婚する為だと言うから、変わり者ではあったらしいが……」

ああ、その理由はあの父親らしいと、なんとなく理解出来た。あの父親は奔放過ぎる。少なくとも一人息子をほったらかして世界旅行に出掛ける程度には。

もう一つ納得出来たことがある。前の因果世界に於いて、何故自分の名前が城内省のデータベースに登録されていたかである。城内省は市役所ではない。一市井の名前などが登録されているはずもないのだ。だがもしこの世界と同様であるのならば、その理由も頷けようというものだ。

「兎に角その日から両家の交流が始まった。だが冥夜様はその立場が微妙であることに変りは無い。白銀家へ赴くことが出来たのは年に一度きりだ。それが七月七日と定められた。その度に私もお供をさせて貰ったものだ」

「あの~、その時もしかして結婚の約束とかしちゃったんでしょうか?」

「ん? ああ、そちらの世界ではそういう約束を交わしたのだったな。だが、こちらの世界では少々違う。いや、違うと言うかあれは宣戦布告だな。純夏様に対しててだがな」

ここまで言われればいかに武が鈍かろうと、その答えに辿り着く。

「それってもしかして……」

「そうだ。お二人はどちらが武様のお嫁さんになるかで競い合われていた」

「ああっ、やっぱり! しかしまいったな。そこまでこの世界の白銀武と冥夜が親しいとなると今後の距離のとり方が分からなくなってきた。かといって訓練兵に機密の一端を洩らすわけにはいかないし……」

武が一人髪を掻き毟りながら頭を悩ませていると、意外な形で真那から声がかけられた。

「武様、そのことにつきまして、この私に一つ提案がございます。恥知らずなことと思われるでしょうが今までの数々の無礼な態度、どうかその寛大な心にて水に流していただき、私の言葉に耳をお傾け下さるようお願い申し上げます」

「へ? え? 武様って? いきなりどうしちゃったんですか、月詠中尉?」

何を思ったか真那は片膝を地に着き、深々と頭を下げ臣下の礼をとったのだ。
この態度の急変には、武もただただ戸惑うばかりである。

「どうか何卒……」

「ちょっ、やめてください月詠中尉! 聞きます、聞きますから頭を上げてください」

武の言葉にようやく顔を上げた真那の瞳にいつもの覇気は無く、その奥に宿った物が深い悲哀の色であることが見て取れた。

「それでは申し上げます。どうか武様には、このままこの世界の“白銀武”ご演じ下さるようお願い申し上げます」

「え? でもそれって……」

そこには武を偽者呼ばわりして、蛇蝎のごとく嫌っていた真那の姿はどこにも見当たらなかった。

「今、冥夜様は武様に再会出来た事で大変喜ばれておいでです。この世界の武様がもう還らぬと知った時の冥夜様の哀しみ様……あのように塞ぎ込む冥夜様の姿は私はもう見たくありません」

「でもまずくないですか? ばれますって、絶対。オレこの世界の白銀武の知識、なにも無いんですよ?」

「私がフォローして差し上げます。そしてそれまでに冥夜様の心を武様が奪ってしまえば問題ありません」

なんか凄い事を言われた気がした。

「う~ん。でもなあ、冥夜の奴、勘も鋭いし……」

「流石は武様。冥夜様のことを良く分かっておいでです」

「いやいや、やっぱり拙いですって。ばれた時の反動とか多分その時の比じゃありませんよ」

「ここまで申し上げても駄目でございますか?」

「え? 何がですか? そこまで説得力のある理由は聞いた覚えがないんですけど?」

「どうやら私も最期の手段に訴えるしかないようですね?」

「早っ、もうですか?」

その言葉と同時に真那の目がスッと細められ、その懐に手が差し入れられた。

武は思わず身構えるが、取り出されたものは想像していたような物騒な物ではなく、年季の入ったパスケースだった。

「これをご覧下さい」

そして真那の手から数枚の写真が武に手渡される。果たしてそこに写っていたものは、武の想像を遙に絶していた。

「げえっ!」

まず一枚目。幼い武が子犬に追い回されて泣いていた。
こんな情けない姿を晒した覚えは無いが、物的証拠が残っている以上、この世界では起こったことなのだろう。だが、これはまだいい。

問題は次の写真。これは色々まずかった。
幾何学的な世界地図の描かれている干された布団をバックに、幼い武が号泣していた。ここまでなら幼い頃のことだ、寝小便くらい垂れるだろ? で済むのだが、この幼い武の後ろ姿のパジャマの染みからから察するに、なんだか人には言えないような物まで洩らしてしまっているっぽい。これは流石に人には見せたくない。

最期の一枚に至っては、真那の意図すら掴めない。
幼い頃の武が風呂場で小学校の高学年の年頃の真那だと思われる少女に、頭を洗ってもらいながら泣いていた。恐らくシャンプーでも目に入ったのだろうが、問題はそこではない。問題は二人とも全裸であるということだ。確実に児童ポルノ法に抵触するであろう発禁物の一枚であった。

しかしなんだろうか? この親戚が一堂に会した時に良く体験する「武ちゃんにもこんな時があったねえ」的な、本人にとっては忘れたい恥部でしかない思い出話を、延々暴かれ続けられるような感覚は?

「て言うかなんでこんなもの後生大事に肌身離さず持ってるんですかっ?」

「この頃の武様は大変可愛らしゅうございました」

「答えになってねえ!? 言いたいことはそれだけですか? そ、それでこれをどうすると?」

少し強気に出てみるが、動揺の色は隠せない。

「これをレイヴンズの皆さんにお配りする、と言ったら?」

武はその光景を想像してみる。

遠慮の無いあの人達のことである。これは武本人じゃないと主張したところで、いっそ清々しいほど笑ってくれることだろう。
唯一エイミだけは同情してくれるかもしれないが、そんな時の憐憫ならいっそ笑ってくれたほうがマシと言うものだ。

「グッ……くっ! し、しかしいいんですか? この写真、月詠中尉も全裸で写っちゃてますけど。つーかこれ撮ったのどこのどいつだよ。犯罪の臭いがプンプンするんですけど?」

「影行殿でございます」

「だと思ったよっ! 畜生っ!」

「あと武様。この月詠真那、冥夜様の為なら肉を切らせて骨を断つ所存にございます」

やっていることは脅迫以外の何物でもなかったが、言っていることはやたらと格好良かった。

その真那の心意気? についに武が折れた。屈したとも言う。

「では武様。先ずは私のことはプライベートでは『真那さん』とお呼び下さい。こちらの武様はそう呼んで下さっていましたので」

「はあ、分かりましたよ真那さん」

「ああっ、あの頃の感覚が呼び起こされるようです」

なんだか真那が相当おかしかった。「可愛らしゅうございました」の辺りから声色まで違う。と言うかもうキャラが全然違う。芸達者な人だと感心するほどだ。

あの厳格な月詠中尉はどこへ行ってしまったのだろうか?

「でもほんとにばれたらどうするんです?」

武の質問に真那は満面の笑みでこう答えた。

「その時は二人で腹を切って詫びましょう」

「嫌ですよっ! それっ!?」

去り際に武はふと思いついた疑問を真那にぶつけてみた。

「あっ、神代少尉たちの呼び方に指定はありますか?」

「三バカで充分です」

「さいですか……」



 ◇ ◇ ◇



武がPXに戻ってみると『遅い! 帰る!』と、殴り書きされた置手紙が残されていて、レイヴンズの面々の姿はどこにもみつからなかった。

薄情だと思わなくも無かったが、時計を見ると時刻はすでに0時を回っていた。これでは置き去りにされるのも止むを得ない。

真那との邂逅で性も根も使い果たした武は、もうこのまま部屋に帰って寝てしまおうと思い立った時、ふと気付いた。

「寝る部屋がねえ……」

以前と違いレイヴンズに所属している武は、横浜基地に特定の部屋を持たなかった。

XM3の開発中は泊り込みになることもあったので、空き部屋を使わせてもらうこともあったのだが、それを使うには夕呼の許可が必要だった。

この時間にのこのこ夕呼の元へ赴き、もし眠っていようものなら勢いだけで解剖されかねない。真那との遣り取りで気力の全てを使い果たしていた武は、この上もう一戦夕呼と繰り広げる勇気は残されていなかった。

もういい。幸い今は夏である。ここで寝たところで風邪は引くまい。

そう結論づけテーブルに突っ伏すと、あっと言う間に深い眠りへと誘われた。



 ◇ ◇ ◇



時計を少し戻して二十三時。

実は武のことは一時間と待たずにマザーレイヴンに帰還していたエイジス達は今、ブリーフィングルームでとある記録映像をギリアムに見せられていた。

「ギリアム、これ何日目の映像だって?」

「昨日の物だから二日目だな」

「信じられない。もう結構様になってるじゃない」

「化け物っスか? アイツは」

パイロット達が口々に感想を洩らしている映像は、武のシミュレーターの映像である。乗機はVF-11Bサンダーボルトである。いかに旧式とはいえ可変戦闘機に触れたことも無い新人に扱わせるには破格と言える機体である。

「隊長はこのことに気付いて白銀をレイヴンズに引っ張り込んだんですか?」

「まさかな。ただ初めて会ったときに俺の機体に乗っけて、少し遊んだときに耐G能力の高い奴だな、とは思っちゃいたがね」

「あー、あんた遊びでも手を抜かないからね」

「まあな」

「褒めてないわよ」

「まあともかく、教え子の能力が高いのは喜ばしいことだ。見ろ、もう三段変形を使いこなし始めている」

ギリアムの言葉でモニターに目を戻すと、ガウォーク形態を上手く利用して武がまた仮想敵機のリガードを撃破したところだった。

「何機目?」

「三機目ですね。だから天才かっての、アイツは」

「ファイターの使い方がまだぎこちないのはしょうがないのかもな。あいつの経歴を踏まえると。鬼教官殿も教え甲斐があるんじゃないの? それとも怒鳴り甲斐か?」

「ふん。お前のときと違ってあいつは上官に従順だからな。それにどうも俺が厳しく当たる理由に薄々感付いてる節がある。よっぽど良い教官に恵まれたと見える。怒鳴りがいは無いさ」

そう言いつつもギリアムは、武の才能と成長を誰よりも喜ばしく思う。

モニターを見ると武が四機目の目標を捕らえたところで、後ろから狙い撃たれて大破判定を受けていた。


「まだまだ卵野郎さ」


鍛え甲斐のあるルーキーの登場に、ギリアムは憎まれ口を叩きつつもこぼれる笑みを抑える事が出来なかった。








 あとがき

やってしまいました、すみません。どうも、type.wです。

なんか色々弄ってたら、未完成の文章をあげてしまい慌てて削除。
しかし、あげてしまった事実は覆せず、更新を期待して覗かれてしまった方々にはお詫びのしようもありませんが、そういう訳にもいきません。

この場を借りて、五体投地でお詫びします。

真に申し訳ありませんでした。

今回は色々書こうと思っていたのですが、それではあまりにも反省の色が見えません。

今回書く予定だったネタは、次回更新時に持越しです。

尤も駄文には違いないので、期待されている方は居ないとは思うのですが、一応こう記しておきます。

本当にご迷惑をお掛けしました。それでは今日はこれにて。









[24222] 第十三話 情熱のプライド
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/02/28 21:32



翌朝、月詠真那は主君である御剣冥夜の部屋を訪れていた。

時刻は午前五時。起床ラッパにはまだ早い時間ではあったが、この時間に主の下に朝一番に顔を見せ、目覚めの挨拶を交わすことはお互いの暗黙の了解となっていた。

本来であれば起こして差し上げたいところではあったが、そこは規則正しい生活を旨とする冥夜のこと、一度たりとも真那に起こされる様な不覚をとったことは一度もないのだが……。

「おはようございます、冥夜様」

「うん、おはよう月詠。今日も良い朝だな」

いつも通りの朝の挨拶を交わしたところで、冥夜が昨日までとは異なる真那の変化を感じ取った。

先日の白銀武との再会以来、顔を合わせる度に武に注意するよう促していた真那の姿はそこにはなく、冥夜が横浜に送られて以来見せることの無くなった優しい微笑みすら湛えている。

「む、どうしたのだ月詠? 今朝は随分機嫌が良い様だが……」

「流石は冥夜様、お分かりになりますか?」

「そなたとの付き合いも長い、それくらいは分かる。して、なにがあったのだ?」

「は、実は――」

冥夜の質問に真那は嬉々として語りだした。

昨夜武と“二人きり”で会い、これまでの経緯を聞き、全てが自分の誤解であったことを理解したのだと言う。

「――あの武様が生きていたと分かれば、さすがにこの私も喜びを隠しきれません」

「そ、そうか……それは何よりだが……しかし……」

自分が態度を軟化させたことを素直に喜ぶと思われた冥夜だがしかし、真那の予想に反してその表情を曇らせた。

「……ズルい」

「は?」

「ズルいではないか月詠。私ですら再会してからゆっくりと話をしたことなど無いと言うのに、ま、ましてや二人きりなどと……」

(ああ……)

そう捲し立て、幼子のように唇を尖らせて拗ねる冥夜を見て真那は拳をグッと握り締めた。

(いける……いけますよ武様)

敬愛する主君を騙すことは真那とて心が痛む。しかし、それ以上に冥夜の喜ぶ顔は真那にとっての宝であった。

「そういうことでしたら冥夜様、ここに来る途中PXにて武様をお見かけしました。よく眠っておられたので声はかけずに参りましたが、点呼まではまだ時間もあります故、今から行けば短いながらも二人きりの逢瀬も叶うのではないでしょうか」

「ま、まことか? しかし何故そのような所で……?」

「理由は存じ上げませんが冥夜様が起こして差し上げるのも一興かと」

「そ、それもそうだな。そうと決まればこうしてはおれん」

言うや否や手早く身支度を整えると、ドアを開け放ち冥夜は駆け出して行った。

「冥夜様、ご武運を……」

そう呟き真那は主君の必勝を願う。
何に勝てばいいのかは些か不明ではあったが、この時の真那の言葉はあながち的外れな物ではなかったのだ。

だがしかし、月詠真那はまだ知らない。


この横浜基地には武を起こすことに使命感を燃やし、この機会を虎視眈々と窺っていた存在が居ることに。



第十三話 情熱のプライド



「だからそう拗ねるなって冥夜。霞も悪気があってやったわけじゃないんだしさ」

「す、拗ねてなどおらん」

結局冥夜は、一足違いで武を起こすことは叶わなかった。
意図せずに勝利をもぎ取った社霞は、己の仕事は終ったとばかりに「またね」の一言を残し去って行った。

今は点呼を終え207Bの面々と朝食を取っている最中である。

「御剣、あなた子供みたいよ」

「なっ!」

千鶴の言葉に心外だとばかりの表情を見せる冥夜ではあったが、傍から見れば今の冥夜の態度は拗ねた子供以外の何者でもなかった。

「でも意外ですねー、御剣さんにこんな一面があったなんて」

「タケルが絡むと冥夜さん別人みたいになるよね」

「でもそろそろ慣れた。問題ない」

「そなた達まで……」

当初は冥夜の態度の変化に面食らった千鶴達ではあったが、ここまで露骨だと最早呆れを通り越して微笑ましくすらある。

「でさ、結局タケルと冥夜さんてどういう関係なの? いい加減教えてよ~」

「ん? そうだな、一言で言えば幼馴染だな」

ことあるごとに訊かれていた美琴の質問に武は簡潔に答える。

「なーんだ。もったいぶった割には意外に在り来りだね」

「まあ私にとってはそれだけではないのだがな。今は良しとしよう。して、タケル。先程言っていた重要な話とはなんだ?」

「ああ、みんな箸を休めて聞いてくれ」

武は表情を真剣なものに改めると、厳かに語りだす。

「実は皆の総戦技演習が来月に早められた。まだ正式な日取りは決まってないが追って神宮司軍曹から通達があると思う」

「――! そんなっ、急過ぎます少尉!」

皆の気持ちを考えれば気の毒には思うし、千鶴の言葉も尤もだとも思う。武とて聞かされる立場であったなら、文句の一つも言いたくなることだろう。しかし、一度決定されたことを覆すのは容易なことではない。軍とはそういう所なのだ。

「なんだ、委員長は自信が無いのか? オレはお前達は既に合格出来るだけの能力があると思ってるんだけどな。これをチャンスだと思えないようなら軍人なんてやめちまえ」

「なっ――!」

今までどこか軍人としては甘い態度で接してきた武の突然の厳しい言葉に、皆が一様に言葉を失くす。

「……まあ、いきなりこんなことを言われれば戸惑うのもわかる。何故、と思う気持ちも理解できる。けどな、ここは軍隊なんだ。命令が下った以上はやるしかないんだよ。それがどんな不条理な命令であったとしてもな」

武の言葉に慧が露骨に顔をしかめた。

「不服か、彩峰? だったらやっぱりお前は甘いんだよ。命令に対して思考を停止してただ従うことが最良だとはオレも思わないよ。ただ承服出来ないからと言って闇雲に逆らうだけってのは能無しのすることだ」

「……っ!」

言いたいことは山ほど在るのだろうが、慧は言葉を呑み込んだ。武が今、軍人として接していることに気付いているのだろう。

「お前らがなんで前回の総戦技演習に落ちたのかは知ってる。そしてそれが改善されていないこともな。そんなことはお前たちの方が一番分かってることだろう。お前達に一番足りない物はお互いに対する理解だ。もう一度よく話し合って欲しい。人間はその気になれば異星人とだって分かり合えるんだから……それに比べれば簡単だろ?」

「それはBETAのこと……じゃありませんよね?」

「違う。違うけど今は言えない。お前達が総戦技演習に受かったら教えてやるよ」

壬姫の質問には言葉を濁すしかなかったが、もし総戦技演習に受かったら、配属先も含めて改めて教えてやればいい。

尤もその役目は武ではなく、エイミになる可能性が高いのだが……。

「まあそんな訳だから今日からは厳しくいかせて貰うぞ。オレもお前達と肩を並べて戦いたいからな」

未だに承服出来ない部分もあるだろうが、武の言葉で訓練兵達の顔色が変った。

「そうか、では期待には応えねばなるまい。確かに我々の問題点は明らかだ。今一度皆と話し合ってみよう。榊もそれで良いな?」

「ええ、いい加減白銀少尉と呼ぶ自分に違和感を感じてきたところだったし、任官すれば思う存分好きなように呼ぶことが出来るわ。不本意だけど彩峰もいいわね」

「もち。これ以上白銀に大きな顔をされるのは堪らない。ホントは嫌だけど榊の言う事も聞いてあげる」

「んがっ、お前らね……」

口々に好き勝手なことを言うが、やる気は充分伝わってきた。

「よし、じゃあ早速――」

改めて気合を入れ直そうとしたところで、意外な人物から水を差された。


「そんな武くんに残念なお知らせです」


レイヴンズの最年少戦域管制官、クララ・キャレットその人である。



 ◇ ◇ ◇



「ほう、卵野郎が随分と一丁前の口を叩くじゃないか」

クララと共に顔を現したのはレイヴンズの司令官ギリアム・アングレート中佐であり、ここ横浜基地においてはまずお目にかかったことの無い人物である。

「し、司令! おはようございます。しかしギリアム司令が何故ここに?」

慌てて姿勢を正し敬礼する武を見て、訓練兵達もそれに倣う。

「ふん、エイジスの野郎いつの間にか俺より偉くなったとみえる。ただの雑用……使いっ走りさ。まあ、一度横浜基地をじっくり見てみたかったこともあるが、香月博士への挨拶に、A-01部隊と207Aと貴様への伝言とやることは山ほどあるがな」

一応、武には答礼で応えるギリアムだったが、訓練兵達には目もくれていない様子だった。

「オレに……何でしょうか?」

「白銀少尉は本日0900にマザーレイヴンのブリーフィングルームに出頭して下さい。これは部隊長であるエイジス・フォッカー大尉の正式な要請でありギリアム司令も既に受諾しておりますのでお忘れ無きようお願いします」

似合わないほど堅苦しい態度でクララが応じる。

「随分いきなりだな。クララは何か聞いてる?」

いきなり司令官であるギリアムに尋ねるのは憚られたので取り合えずクララに訊いてみる。

「武くんが悪いと思うよ」

「はあ? 何で?」

クララの言葉は正しく武にとっては責任転嫁であり、謂れの無い言いがかりでもあった。

「貴様が火を点けちまったのさ……奴らのバルキリー乗りのプライドにな。まあこれ以上は言わぬが花だろう。ちょっとしたサプライズもある。あとは行ってのお楽しみだ」

ギリアムの言葉は意味深ではあったが、今しがた冥夜達に命令の意味を諭したばかりである。ここで自分がごねる訳にはいかなかった。

「は、白銀少尉は本日0900までにマザーレイヴンのブリーフィングルームに出頭します――と、いうわけで悪いなお前達。あとは神宮司軍曹とギリアム司令にお任せするんで頑張ってくれ」

武の言葉はギリアムの失笑を買った。

「ハンッ、何故俺が卵以下の連中の面倒を見なければならんのだ。まあ神宮司軍曹には一度会っておきたかったので顔ぐらいは見せるかも知れんがそれだけだ。今のこいつ等には顔を覚える価値も無い。精々励めよとしか言い様が無いな」

ギリアムの高級士官の言葉とは言え、あんまりな言い草に207Bの訓練兵達の顔色が変った。
元々負けん気の強い彼女達のことである。「今に意地でも顔と名前を覚えさせてやる」という気概に満ち溢れていた。

これを狙って言ったのだとすれば流石である。鬼教官の面目躍如といったところか?

「じゃあな、チェリー。確かに伝えたぞ。遅れるなよ?」

言いながらギリアムは車のキーであろう物を放ってよこす。

「は」

立ち去るギリアムとクララの背に武が再び敬礼をもって見送るが、ギリアムは振り返らずに片手を挙げるのみである。

それを見た武が思うことはただ一つ……

(し、渋い……)

武は改めて自分の上官兼教官に憧憬の念を禁じえなかった。



 ◇ ◇ ◇



ギリアムが先ず訪れたのは当然夕呼の執務室である。

礼儀的には基地司令であるラダビノットを優先させるべきではあったが、この基地の事実上の支配者である夕呼に重きを置いたギリアムの判断は決して間違いではない。

「ギ、ギリアム司令?」

「お早うございます、香月博士」

ドアを潜り姿を見せたギリアムに夕呼は目を丸くした。

無理も無い。何しろ今まで一度として夕呼の執務室を訪れたことなど無い御仁である。更に本人には自覚が無いようだが、今や彼は何所へ行ってもVIP待遇されてもおかしくない人物である。こんな所に護衛も連れずホイホイ出歩いていいような身分ではない。一応クララを伴っているが明らかに力不足である。

「今日は突然如何されたのですか? 言っておきますが先日お預かりした水晶体の解析は済んでおりませんが?」

「なに、今日はそのような些事のことを伺いにきたのではありません。ほんのご挨拶ですよ。尤も部下共に雑用を言い渡されましてね、この後の予定はそれなりに多忙ではあるのですが……」

自分達の命運がかかる研究を些事と言い放ち、部下の言葉を重要視する。

豪胆にして繊細。それが始めて会った当初からギリアムに対し夕呼が抱いていた感想だった。

そして幾多もの戦場を渡り歩いたのであろうその風貌と立ち居振る舞い。それはまさしく夕呼の理想とする大人の男の佇まいであった。

こればかりはいかに有能であろうとも白銀武はおろか、あのエイジス・フォッカーですら及ぶところではない。

この男になら……夕呼は常日頃から感じていた懸念を打ち明けてみることにした。

「突然ですがギリアム司令はこの横浜の空気をどうお感じになりましたか? 率直な意見をお聞かせ下さい」

「まだその全てを見たわけではないのですが……言っても宜しいので?」

「お願いします」

ギリアムは腕を組み瞑目する。それは求められた感想に迷っているのではなく、それを言い表す言葉を探しているのだと感じられた。

「温いですな」

結局ギリアムの口から出た言葉は簡潔なものだった。
そしてそれこそが夕呼の求めていた答えでもあった。

「やはり?」

「ええ、とても最前線とは思えません」

夕呼はギリアムの満足のいく答えに口の端を笑みの形に歪める。

「いずれこの件についてはギリアム司令にご相談することがあるかもしれませんが宜しいですか?」

「フフ、いいでしょう。その時は緩みきったこの基地の兵士達に、精々冷や水を浴びせてやりましょう」

そう快諾し笑うギリアムの男臭い笑みに、夕呼の思うところは只一つであり、奇しくもそれは先程武が抱いた物と同様であった。

(渋い……)

不覚にも夕呼は自分の顔が熱くなるのを御することが出来ず、それをただ黙って見守っていたクララ・キャレットの苦笑いが印象的だった。



 ◇ ◇ ◇



マザーレイヴンのブリーフィングルームに赴いた武を待ち受けていたのは、予想に違わずレイヴンズのパイロット勢であった。

「今日のお前の訓練は俺達が相手をすることになった訳だが、何か言いたいことはあるか?」

「じゃあ遠慮なく。いきなりどうしたんですか? まさかギリアム司令の訓練でもまだ物足りないとか?」

エイジスの言葉に自分の率直な感想をぶつけてみるが、その在り得ない想像にその身を震わせた。

「そんなんじゃないってば。ただねえ、あの程度で調子に乗られても困るんで、今の内に釘を刺しとこうって訳」

「……はあ……?」

スージーの回答はますます武を困惑させた。何しろ武にはギリアムに怒鳴られた記憶しかなく、調子に乗るも何もないのだ。

「スージー大尉はね、お前のことを誉めてるんだよ。とてもそうは聞こえないだろうけどね。ただ、調子に乗られても困るってのは俺も同感。ここらで一つ壁にぶつかってもらおうと思う」

恭平の言葉には相変わらず不穏なものが含まれていた。どうしてこの人は人を不安にさせることしか出来ないのだろう?

「まあこれ以上あれこれ言うのも武を不安がらせるだけだろう。とりあえず武には今日からもうワンステップ上に登ってもらおうってわけさ。とりあえずやる気を出してもらうとしますか。武、パイロットスーツに着替えてついて来い

相変わらずエイジス達の意図するところは掴めない武ではあったが、その言葉に従いブリーフィングルームを後にした。



 ◇ ◇ ◇



エイジス達に従い向かった先はマザーレイヴンの格納庫だった。

その巨大な扉には翼を大きく広げ、炎を纏ったワタリガラス――つまりレイヴンズの部隊章が扉のサイズに見合う大きさで描かれていた。

武が圧倒されていると、エイジスが扉脇のスイッチを操作している。すると轟音を響かせながら、ゆっくりと扉が左右に開いていった。

「これは……」

武は思わず言葉を失う。

そこに居並ぶのは武が教本や映像でしか見たことのないような、名だたる可変戦闘機の名機が揃い踏みしていたのだ。

第一次星間戦争で活躍したというVF-1バルキリーを始め、武が今訓練で使用しているVF-11サンダーボルトは勿論、水中での活動も視野に入れたVA-3インベイダー、特殊作戦機のステルス機VF-17ナイトメア、そしてもう一つのAVF、VF-22シュトゥルムフォーゲルⅡまでもがそこには存在した。

「す、凄え。あ、あの奥に見えるでかい機体ってまさか……」

「ほう、目聡いな。そうだVB-6、通称ケーニッヒモンスターだ」

この巨体ですら音速を超えて飛ぶというのだから驚きである。ましてその攻撃力たるや武の常識をはるかに超え、最早筆舌に尽くし難いものだった。

「さて、俺達との訓練を終えた後にではあるが、後日武には正式な入隊試験も兼ねた実戦シミュレーションを受けてもらう訳だが、それに晴れて合格することが出来れば当然実機が与えられる」

「――え?」

武の心臓が大きく跳ねる。これ程緊張したのはいつ以来だろうか? 吹雪の搬入を前にしてさえこれほど体が強張った覚えは無い。

「色々考えた結果、お前に与える機体はこれに決まった」

歩きながらもエイジスの解説は続き、武の鼓動は早まるばかりである。

「何しろ俺達ですら乗ったことの無い最新鋭機だ。……尤もAVFと比べると性能は落ちるが武装は豊富だ」

そしてついにエイジスがその機体の前で立ち止まる。

「これがお前の当面の愛機になるであろう、VF-171ナイトメアプラスだ。――どうだ? やる気になっただろう?」


武はその純白に染め上げられた機体を前に、エイジスの言葉が自分の耳に届いているのか自覚も無いまま、ただ黙って頷くよりほか無かった。








 あとがき

お久しぶりです。どうも、type.wです。
なるべく週刊ペースを保ちたかったのですが、夜勤の週に休日出勤が重なると、こういうことになります。

さて、いよいよ武の乗機も決定しました。異論はあるかもしれませんが変更はいたしません。

さてさて、前回書きそびれたネタと言うのは他でもありません。恐らく皆さんも疑問に感じていると思われる戦術機の重量についてです。
それが知りたくてメカ本を買ったものの、明記されておりませんでした。

畜生、金返せ。まあ充分に楽しめたので元は取りましたけどね。

因みに戦闘機に準拠するならば重いといわれるF-14の空虚重量でおよそ18t。人型兵器なら、かのガンダムで43t。可変戦闘機に至ってはその殆どが軒並み10tを下回るので参考にすらなりません。

皆さんはどう思われますか?


それはさておき、次回も“ギリアム司令男一匹横浜ぶらり旅(一人じゃないけどな)編と、エイジス達による武へのしごき……もとい、訓練編となります。


それではまた次回お会いしましょう。それでは今日はこれにて。





[24222] 第十四話 ROM TECH SPEEDER
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/03/14 14:33



横浜基地の地下19階。香月夕呼の執務室に於いて、ギリアム・アングレートとクララ・キャレットは、夕呼が手ずから淹れたコーヒーを啜りながら談笑を交わしていた。

本来であれば、挨拶だけ交わしてお暇するつもりだったのだが、夕呼が何故かこれを引き止めたのだ。せめてコーヒーぐらいは自分が……とクララが申し出たのだが、やんわりと、しかし頑なに固辞された。

「それではギリアム司令は本来であれば大佐階級にあるということですか?」

「はい。マザーレイヴンは空母ですので大佐階級が適切なのです。しかし先の動乱において前任のウィルバー・ガーランド大佐が戦死した折、私は一介の少佐に過ぎませんでした。
適当な後任人事が決まらずに、なし崩し的に私を昇進させてその後任に当てたのでしょうが、まさか戦死でもないのに二階級特進させるわけにはいかなかったのでしょう。内々的には決定されていたことではありますが、その辞令と補充人員を受け取りに行く途上で今回のフォールド事故に巻き込まれた、というのが事の顛末です」

成る程、と頷きながら夕呼はコーヒーを一口啜り言葉を続けた。

「ならば大佐を名乗ってもよろしいのでは?」

「ハッハッ、軍服も階級章も中佐のまま大佐を名乗ったところで滑稽なだけでしょう。第一、先の動乱の功労者であるエイジスの奴が勲章一つ貰っていないのに、私だけ昇進したというのも気が引けるというものです」

そう言って笑うギリアムだが、それは紛れも無い本心である。

そもそも、彼等レイヴンズは統合軍から見れば立派な反逆者である。
特にその切っ掛けとなったギリアムとエイジスは軍法会議にかけられ、なんらかの処罰が与えられてもおかしくなかったのだ。
ラクテンス(地球主導中央集権派)の所業が明るみとなり処罰自体は免れたが、本来であれば勲章の授与はもとより昇進など持っての他だろう。

「しかし何故そのような危険を冒してまでビンディランス(独立自治派)……でしたか? に加担されたのですか?」

夕呼の質問は尤もである。
現場に固執し、出世の道を踏み外した様に思えるギリアムだが、その経歴だけを見れば、まだまだ充分エリートで通用する。それはエイジス・フォッカーにしたところでそれは同様であろう。

対するギリアムの答えは単純明快だった。

「フフッ、決まっています。自由なる翼を得る為……ですよ」

本来であれば夕呼のような現実主義者にとって、その様なロマンチシズムは敬遠し唾棄されて然るべきものであったが、妙に説得力のある発言だった。と言うより、彼がそれ以外の道を選ぶ姿が想像出来なかったのだ。

「では、私がその翼をもぎ取るような事があれば、反抗も辞さない……ということでしょうか?」

夕呼の発言は、言わば自身を踏み絵にした様なものである。
その回答如何によっては、彼等の離反も視野に入れなければならなくなる。

「我々は白銀武という人間を信じました。それは白銀武が信じる香月夕呼を信じることと同義です。例え貴女が一時的に我々の意に反する行動を取ったとしても、白銀武が貴女を信じ続ける限り、我々……いや、少なくとも私は貴女を信じ続けるでしょうな」

「ギリアム司令が信じたら皆信じちゃいますよ?」

「ククッ、だといいがな」

ギリアムとクララの遣り取りを見ては、流石の夕呼も諸手を挙げるしかなかった。
ここまで部下の信頼を、恐らくは自然体で勝ち取っている男を見るのは初めてのことだった。

軍という組織の構造上、階級が上がるに従い自分を偽り、或いは騙してでも部下に命令を下さなければならない時がある。それは夕呼にしても同様である。

しかしこの男は自分を偽る事無く信頼を勝ち取る、言わばカリスマと言うべき物があった。

自分にそれが無いとは思わないが、彼の持つそれとは別種、別次元の物だろう。

「フゥ……分かりました。私も女狐、魔女等と蔑まれる身ではありますが、あなた方……いえ、貴方に関しては常に真摯に事に当たると約束しましょう。尤も貴方が私の言葉を信じて戴けるかは、また別の話になりますが……」

そこまで言って夕呼は、ハッと息を呑む。

「か、勘違いしないで戴きたいのですが、その方が私にとっても利になると判断したからです」

頬を染め躍起になる夕呼を見てギリアムは首を傾げる。

「? 先程貴女を信じると申し上げたばかりですが?」

「そ、そうでしたわね……」

「あはは……」

状況をまるで分かっていないギリアムの代わりに、クララはただ笑うしかなかったという。




第十四話 ROM TECH SPEEDER




VF-171ナイトメアプラス――最新鋭機でありながら今現在レイヴンズが最も持て余している機体でもあった。
その数、実に36機。一個飛行大隊が組める数が配備されていた。

AVFを主戦力とするレイヴンズにこれだけの数のVF-171が配備されたのには、勿論それなりの理由があった。

先ず第一に、AVFを扱える人員の不足である。
現在レイヴンズの主力はVF-19Aエクスカリバーであるが、C型、F型、S型ならばいざ知らず、A型を扱える人員となると、各部隊のエースパイロットクラスを引き抜かねばならず、それでは統合軍全体としては戦力の低下を招きかねないのだ。

第二に、偏にレイヴンズの力を新統合政府が恐れたことに由来する。
もとよりAVFの性能を恐れた統合政府は、移民政府に対しその配備を遅らせるという本末転倒な政策を打ち出したのだが、それを集中運用するレイヴンズの戦力低下を狙っての事である。

現に先の動乱においてギリアムとエイジスが、たったの二機のVF-19Aでマクロスシティの制空権を確保するという離れ業をやってのけたばかりであるから、それも仕方ないことと言えよう。

とは言え、補充人員の前に機体を先に送ってよこす等、笑い話にもならないのだが……。

それは兎も角、可変戦闘機のど素人である白銀武にいきなりAVFを扱わせる訳にはいかなかったレイヴンズの先任達にとっては、VF-171はありがたかった。
VF-17を一般兵向けにデチューンした機体ではあるが、整備性、操縦性は向上しているし、大気圏内の運動性も名機VF-11に劣る物ではない。

何より火力と言う一点に関しては、スーパーパックの装備を加味せずとも、AVFを上回ると言うのも魅力的である。寧ろハイヴ内戦闘を除けば、対BETA戦に関してはこちらの方が良いのでは? と思わせる程の高性能機であるし、AVFの練習機としても申し分ない機体だった。

「もう面倒臭いから機種転換訓練も一緒にやっちまおう」

「うえぇーー!」

ポイッとVF-171のマニュアルを、エイジスから投げ渡された武は思わず悲鳴を上げた。それもそのはずで、VFも戦術機と同様に操縦系はHOTASを採用しているのだが、使用火気が増えるということは当然使用ボタンも増え、操縦系も複雑化するということである。戦術機からVFに乗り換えた時に一番戸惑ったのがこれで、武は未だにVF-11の操縦系統も把握してはいないのだ。

「泣き言を抜かすな。俺達もお前に付き合って今回はVF-171を使うんだから条件は同じだろ?」

「いやいや、そもそも下地が違うでしょうにっ!」

「今回は二人一組の模擬戦で先ずは俺がお前と組む訳だが、しっかりついて来いよ」

「うわあ、微塵も聞いてねえ!」

かくして始まったシミュレーション訓練ではあるが、武の一戦目が散々であったことは、最早語るまでもないことである。



 ◇ ◇ ◇



夕呼の執務室を後にしたギリアム達が次に向かったのは、当然正規兵の部隊であるA-01の下である。専用のブリーフィングルームに既に集合していると夕呼から聞かされたのでクララに案内される形で足を向けることとなった。

ギリアムの姿を確認したみちるの対応は迅速なもので、ギリアムを満足させるには充分だった。

「敬礼!」

みちるの号令の下、ギリアムの姿を初見の者の方が多い中にあってすかさず号令に応じる様は、流石に訓練兵とは一味違う。気持ちよく答礼で応じることが出来た。

「お早うございます、伊隅大尉。今日はギリアム司令を連れてきちゃいました」

「お早う、クララ少尉。しかし今日は突然何故?」

「フッ、そう堅くなるな。まずは先日の合同演習はご苦労だったな。この結果にはエイジスもご満悦の様子だったぞ」

「は、ありがとうございます」

既に夕呼から労いの言葉を賜っていたが、やはり直接教導を受けた人間の感想は感動も一入だった。ただ惜しむらくは、やはり本人から直接言葉を貰いたかったと思うのは贅沢が過ぎるだろうか?

「気持ちは分かるがそんな顔をするな。今日は先日の結果も踏まえてエイジス達から伝言を預かってきている」

ギリアムの言葉にみちるのみならず、A-01の面々が居住まいを正し聞く姿勢を見せる。

ギリアムはもったいぶった訳でもなかろうが、一拍置いてから厳かに告げた。

「おめでとう。諸君らは晴れてこの度の教導の全てを終了する運びとなった。正式な挨拶は改めて本人達に直接させるが、まずは俺から労いの言葉を伝えたいと思う」

「――え? いや、しかし……」

ギリアムの言葉にその場が一様に困惑の様相を呈した。

「不満か? しかしな、戦術機という兵器に関して言えば、我々は門外漢も同然だ。今回はたまたまXM3という特殊なOSがあったからこそ、その教官役を買って出たがそれも突き詰めればこちらの都合によるものだ。後は各々で腕を磨け。それでももし我々に感謝する気持ちがあるというのなら――」

そこで一呼吸置いて一同を見渡す。

「――生き延びろ。これは我々の総意だと思え。俺からは以上だ。言いたいことがあるのならば、後日改めてエイジス達に伝えるといい」

ギリアムの言葉にみちるは一瞬その身を震わせた。
初めて会ったその時から、彼は軍人として尊敬できる人物だと直感していた。これは速瀬水月とも見解が一致したことでもある。その男からここまで言われたのだ。期待に応えないわけにはいくまい。

「は、フォッカー大尉達には改めて御礼を申し上げますが、ありがとうございました」

みちるが最敬礼をもって感謝の言葉を伝えると、部下達もそれに応じる形でみちるに続く。

「よせよせ、何もしていないのに礼など言われてはムズ痒くて仕方がないわ」

手をふりつつそっぽを向きながらギリアムが応じる。余程照れくさかったのか、彼は突然話題を転じた。

「そういえば風間というのは誰だ?」

「は、私であります」

唐突に名を呼ばれ、若干緊張した面持ちで風間祷子が一歩前へ進み出た。

「ふむ、貴様か? スージーから話は聞いている。なんでも貴様の目標は音楽という文化を後世に残すことだとか?」

「は、その通りであります」

いきなり個人を名指しで指名して、一体何を言出だすのかと祷子本人のみならず、周りの隊員も身構えて言葉を待つ。

「安心しろ、その手の文化は人類が滅亡の危機に瀕しても無くならないものだ。人の心に輝きがある限りはな。どうだ? 貴様の心に輝きはあるか?」

ギリアムの問いかけは軍人としてのものではなく、祷子個人に問いかけているものだと感じられた。だから祷子も個人としての回答を述べた。

「はい、そうありたいと願っています」

「そうか……貴様はヴァイオリンを弾くのだったな? 今度ゆっくり聞かせてくれ」

そう言い残し、立ち去ろうとする背中に満面の笑顔で祷子は応えた。

「はい、喜んで」

ギリアム達が去ったブリーフィングルームで緊張が解かれる中、祷子が小声でポツリと呟いた。

「……素敵な方……」

それを聞き逃さなかったのは、一番近くに居た宗像美冴である。

「ちょっ……祷子? お前……ええっ!?」

今まで浮いた話一つ洩らさなかった相棒の突然の爆弾発言に、美冴は目を丸くした。

「美冴さん、何か?」

「えっ? いや……何でもない……何でもないぞ」



後に宗像美冴は語る――

「あの時の祷子に迂闊な事を口走れば、己の身が危うかった」

――と。



 ◇ ◇ ◇



ほぼ同時刻、武の特訓の名を借りたイジメは二戦目を迎えていた。

今度の相方はスージー・ニュートレット大尉であるが、彼女は早々に不満を洩らした。

「よく考えたらさあ、これ、私が一番損な役回りじゃない?」

「言っている意味がよく分かりませんが?」

先程自分を瞬殺した人間の言葉とは思えなかった。

「だってねえ、レイヴンズのエースと、元ビンディランスのエースを同時に相手取るわけでしょ。とてもじゃないけどアンタを守りきる自信が無いわね」

ビンディランスの名前自体は武も聞いたことはあったが、エイジスが語る自身の武勇伝には、組織の構成や規模は明かされず、自身が加担したことで勝利に導いたことのみを強調されたものだったので、そんなことを言われても今一ピンとこなかった。

「あの……エイジス大尉が凄腕ってことはなんとなく分かるんですが、あの椎野中尉もですか?」

「普段の言動に騙されてんじゃないわよ。アレはね、立派な化け物よ。何しろマリアフォキナ・バンローズに見出されて磨かれ、ティモシー・ダルダントンに更に研ぎ澄まされたんだから……っと、お喋りはここまでね、来るわよ!」

固有名詞など出されても、それを知らない武には伝わり辛かったが、とにかく余裕の無いことだけは窺えた。

「私はエイジスの足止めをするからアンタは恭平を相手に一秒でも粘りなさい」

「もっとマシなアドバイスは無いんですか?」

「悪いけどこれが精一杯よ!」

レーダーを見れば恭平の機体が武機の真正面から猛スピードで肉迫しているようだ。

「馬鹿にしてっ!」

武はすかさずマルチロックをかけるとミサイルの発射ボタンを押し込んだ。

「馬鹿っ! まだ早い!」

「え?」

恭平の駆るVF-171は尋常ならざる機動でミサイルの嵐を掻い潜ると、突撃のスピードそのままに武の機体と交錯。すれ違い様にレーザーガンポッドの雨を降らせて行った。

その正確無比な射撃は一発違わず武のVF-171に吸い込まれた。

結局二戦目も落とされた相手が変っただけで、武は殆ど何も出来ずに秒殺された。

――エース。

その言葉の重みが徐々に分かり始めた武ではあったが、同時に疑問に思う。

果たして自分はあの高みまで登ることができるのか? ――と。

(成る程、確かに壁だな)

前の世界での宗像美冴の言葉を思い出す。

壁とは自身の眼前に聳え、越えさすまいとする物。
同時に外敵から自身を守ってくれる物だ。

しかし武はその位置に甘んじる訳にはいかなかった。
何故なら武にも守りたい物、守るべき物があるからだ。

恐らくエイジス達は、今武が目指すべき道を示してくれている。
例えそれが一朝一夕には敵わないとしても、示された道があるなら登るだけだ。

(やってやるよ)

武は決意も新たに、改めてエース達に挑むのだった。



 ◇ ◇ ◇



最期にギリアムが訪れたのは207A訓練分隊の待つ第一演習場だった。
どうやら恭平は実機訓練をメインに据えているようである。なんとも整備兵泣かせな男だった。

「小隊整列! ギリアム・アングレート中佐に対し、敬礼!」

初対面ではあったが、神宮司まりも軍曹にはギリアムが来ることは伝えられていたようである。姿を確認すると同時にまりもの号令に訓練兵達が応じる。

「楽にしていいぞ。今日はこちらの都合で恭平の奴は来れないので、奴の伝言を伝えに来ただけだ。それでは本日の貴様らの訓練内容を伝える。クララ、頼む」

「ええ~私が言うんですか~」

いかにも馬鹿馬鹿しいと言った面持ちでクララが不満を洩らす。

「ううっ、じゃあ発表します。本日皆さんの訓練は――自習です!」

半ばヤケクソで叫ぶようなクララの訓練内容に対し、207Aの少女達の反応は意外なものだった。

「了解!」

「ええっ! 納得するの!?」

混乱を予想していたクララにとって、即座に声を揃えて了解した彼女達の反応は、予想外にも程があった。しかし、それを見ただけで日頃の恭平のスタンスが窺えるというものだ。

「神宮司軍曹……彼女達、大丈夫なんですか?」

クララが言い辛そうにまりもに問いかける。

「はあ……これをご覧下さい」

そう言いながら、まりもが一冊のバインダーを差し出した。

「? これは?」

「あの子達の訓練状況を数値化し、更にグラフにしたものです」

クララがバインダーを開くと、ギリアムも興味深げに覗いてきた。

「ほう」

確認すると恭平が教導を行い始めた日からの伸び代が異常なほど際立っていた。

「はあ……椎野中尉は一体どんな魔法を使ったんですかねえ?」

「彼……椎野中尉は基本的に見ているだけなんです。勿論間違ったことをすればすかさず修正させますが、訓練後に一人一人に今後の課題をアドバイスをするだけで、次の日からあの子達の動きが見違えたようになるんです。なんだか私、本職の教官としての自信が無くなりそうで……」

クララの素朴な疑問に応じるまりもであったが、言葉を重ねる度に目に見えて萎れていった。

「そんなことでは困るな、軍曹。恭平の奴はただ上っ面だけの数字を伸ばしているにすぎん。そんなことはアイツもとっくに自覚しているだろうよ。自分では彼女達を本当の意味での衛士に育て上げることは出来ない、とな」

「うーん、本人が自覚してるかは微妙ですけど、じゃあなんで椎野中尉は彼女達をほったらかしにするんですか?」

クララの言葉はまりもの疑問そのものだった。いや、本当は気付いている。自惚れることが許されるなら、それは――

「神宮司軍曹、貴様が居るからだ。貴様がいるからこそ恭平は彼女達の良い所を伸ばす事に専念している。奴らヒヨッコ以下の卵共の心を磨き鍛え上げるのが貴様の仕事だろう」

自分を否定しないギリアムの言葉に、まりもはその身を震わせた。気を抜けば涙が零れそうだった。

「は、あ、ありがとうございます。ご期待に応えるべく精進いたします」

ギリアムはまりもから目を逸らし、彼女の目尻に浮かぶものは気付かないないフリをしておどけて見せた。

「まあ、自分で言っておいてなんだが、恭平に自覚があるというのは言い過ぎたか?」

「ですよねー」

声を上げて笑う二人の気遣いに、まりもは心の中で感謝した。

「軍曹、同じ教官職にあるもの同士、いずれゆっくり話がしたいものだな。どうだ、今度一杯付き合わんか?」

白銀武を見ればわかる。彼女は本当に良い教官なのだろう。勿論、この世界の彼女に武のことなど聞けようはずも無いが、それを抜きにしても彼女の教え子に対する思い等には大いに興味があった。探さずとも共感出来る部分はたくさんあるはずだ。

「ふふ、喜んで」

その遣り取りを横目に見ながら、クララは頭を抱えたくなった。

(ちょっと、これどうしよう。下心が無い分、ある意味エイジスより性質が悪いよ……)

マザーレイヴンに帰ったら女性陣を集めて、今回ギリアムの立てたフラグの数々について、徹底的に討論せねばなるまいと、心に誓うクララであった。



 ◇ ◇ ◇



「ふえっくしっ!」

「エイジス大尉風邪ですか?」

「野暮なこと訊くなよ武。良い男には噂が絶えないものさ」

「馬鹿なこと言ってないで、準備はいい?」

エイジスの戯言をスージーが軽くいなす。これもそろそろ見慣れた光景である。

続け様に行われる三戦目。今度は恭平とのペアである。

「こっちはいつでもいいぜ。そっちはどうだ、恭平?」

「準備って言われましてもねえ……レイヴンズきっての名コンビに、お荷物抱えてどう立ち向かえばいいものやら……?」

恭平の物言いにカチンとこないわけではなかったが、反論の材料が見つからず、結局武は口を紡ぐしかなかった。

「なんだ、始める前から泣き言か? ビンディランスの元エースってのはそんなもんか? バンローズが泣くぞ」

武は通信機越しに何かが切れる音を聞いたような気がした。

「……上等だよ、エイジス・フォッカー。今までの借り、ビンディランス時代の分も含めて今この場でまとめて返してやらあっ!」

「え? 誰これ?」

武が始めて目にする恭平の一面の発現であった。

「あちゃぁ、恭平の奴変なスイッチ入っちゃたみたい。悪いけど武は私とサシで勝負ね」

「ちょっとぉ! これ、オレの為の訓練ですよね? さっきからオレ殆ど何もしてないんですけど?」

「文句があるならアレ、止めて御覧なさい」

言われて見てみれば、エイジスと恭平の戦いは既に始まっていた。

激しくお互いの位置を変えながら交錯する二機のVF-171。とても自分と同じ機体を扱っているとは思えないほど苛烈なドッグファイトである。

アレに割って入る? 不可能である。迂闊に近寄れば、また瞬殺されるのがオチであろう。

「うへえ」

「分かった? 分かったならこっちもそろそろ始めるわよ」

まあ、こっちはこっちで瞬殺されそうではあるのだが……。

「とほほ……よろしくおねがいします」

「そう悲観することもないわよ。どうせこのあと何戦もするんだから」

「嘘ぉっ! これで終わりじゃないんですか?」

「あのねえ、まだ始まって一時間も経ってないでしょうが。そんな温い訓練エイジスが発案するわけないでしょ。アイツはギリアム司令の直系なんだから」

「さ、参考までにあと何戦ぐらいなんでしょうか……?」

武の質問にスージーは、モニター越しににっこり笑ってこう答えた。

「アンタがぶっ倒れるまでよ。じゃあ、いくわよ!」

「ギャーース!」


――結局この日の訓練は総計で二十七戦行われた。

最初の内は即撃墜されてばかりの武ではあったが、徐々にVF-171の機体特性を掴んでくると、なんとか数分間は持ちこたえることが出来るようになった。

更に終盤の数戦は肉迫とは行かないまでも、なんとか追随出来るようにはなっていたのである。

しかし各ペアが丁度九周したところで武がついにダウンした。
武はシミュレーションルームの床に横たわったまま、しばらく身動き一つ出来そうに無かった。

「お疲れさん武。ああ、敬礼はいらないぞ。しばらくそのまま休んでろ」

「お、お疲れ様でした~」

エイジスの言葉は今の武には実にありがたかった。何しろ手を挙げることすら億劫なのだ。

同じ数の模擬戦を繰り返したにも関わらず、平然と立ち去るエイジス達の背中を見送りながら武は思う。

(目指す背中はまだこんなにも遠い……でもきっと……)

武が力の無い手で拳を握り締めていると、不意にエイジスが振り返った。

「ああ、言い忘れてたがしばらくこの訓練続けるからな。しっかり身体は休めておけよ」

「げえっ!」

エイジスの置き土産のような一言に、先程までの決意も失われそうな気がした武であった。



 ◇ ◇ ◇



シミュレーションルームのドアが閉まった瞬間、スージーの身体がグラリとよろけた。

「おっと」

咄嗟にエイジスが抱きかかえる。

「堪えたか?」

「流石にちょっとね」

「最後の三戦は結構追い縋ってきましたからね、アイツ」

エイジスと恭平に両肩を貸してもらう形で、廊下を引き摺られるように歩きながら、スージーは言葉を続ける。

「もう、情け無いったら……ところでアンタ達は何でそんなにピンピンしてるワケ?」

平然と歩く男二人を見て、スージーがぼやく。

「勿論疲れているさ。だが女性の前で格好悪い姿を曝す訳にはいかないだろ?」

「今回は隊長に同意です。意地ってもんがあるんですよ、男の子にはね」

「へえ、アンタがそんなこと言うなんて意外ね」

「まあ今回は白銀に先に男の子の意地を見せられちゃいましたからね。特別です」

「そういうことにしといてあげるわ」

スージーはさも可笑しそうにクスクスと笑う。

恭平はどうにも居心地が悪くなり、話題の転換を試みた。

「でも今回のことでハッキリしました。白銀の才能は天からの贈り物(ギフト)系の物じゃありませんね。アイツ間違いなく遣り込み派だ」

「なにそれ、つまり積み重ねの天才ってこと?」

「努力の天才とも言いますね。ああいうタイプは怖いですよ。何しろ自分で定めない限り成長に限界が無い」

「結構なことじゃないか。ならば俺達のすることはただ一つ。越えられない壁であり続けることだ。アイツが目標を失わないようにな」

エイジスの言葉にスージーは肩を竦めたい衝動に駆られたが、両肩を抱えられた状態では、それも儘ならなかった。

「で? 武がお望み通りの成長をみせたら“アレ”本当にやるつもり?」

「俺とギリアムはそのつもりだ。反対か?」

「いいえ。いいんじゃない。“アレ”ぐらいこなしてもらわないとこの先厳しいしね」

「まあな」


過去の自分と現在の白銀武を重ね合わせ、エイジス・フォッカーは不敵に微笑んだ。








 あとがき

皆さんご無事ですか? どうも、type.wは元気です。

今回の投稿までに時間がかかったのにはワケがあります。

実は先週丸々一話書き上げましたが、あまりのやり過ぎっぷりに泣く泣くボツにしました。

今回ギリアムが横浜である意味大暴れしたのですが、ボツにした話はこんなもんじゃありません。あと二つ三つフラグを立て、最終的には霞にお父さん等と呼ばれ、慕われる始末。

このままじゃこの先立ち行かなくなる自分の未来像が容易に想像でき、お蔵入りとあいなりました。

え? そっちも読んでみたいですって? 

嫌ですよ。だって恥ずかしいじゃありませんか。

まあ削除はしていませんので、いつの日かNG集のような形でお届けすることがあるかもしれません。……完結後にね。

さて次回はたけるちゃんがあのミッションに挑みます。

ヒントは「無人機に後れを取るようなら即刻除隊だ」とか「クソッタレ、横浜はエースじゃなくチェリーをよこしやがった」とかギリアムが言うかもしれません。

ゲームをやったことがある人は、これだけでピンとくるのでしょうが、やったこと無い人は、なんのこっちゃ分かりませんね。

次回ギガント・ララバイみたいな感じで。

……答え言っちゃったよ。

それでは次回更新時にまたお会いしましょう。では、今日はこれにて。







[24222] 第十五話 GIGANT LULLABY ~once again to try~
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/03/25 07:55


――死力を尽くして任務にあたれ。

――生ある限り最善を尽くせ。

――決して犬死するな。


それはかつて武が所属していたヴァルキリーズの隊則であり、今尚、武の心に刻み込まれている、魂の誓いでもあった。



第十五話 GIGANT LULLABY ~once again to try~



「0720、1025ブリーフィングを始めます」

例によってエイミ・クロックスが淡々とした口調でブリーフィングの始まりを告げた。

「今回の訓練……いや、任務の説明を行う。今回の任務はVFを使用した敵の中枢都市に対する奇襲攻撃だ。攻撃目標の都市は、マクロスシティ」

ギリアムの口から任務内容が説明される中、武が驚きの声を上げる。

「マクロスって、あのマクロスですか?」

「そうだ」

話には聞いてたことはあるものの、シミュレーターとはいえ初めて目の当たりにするかもしれないマクロスの姿を想像して武の心は高揚した。

「訓練ついでにマクロスシティを守る無人防衛システムのパターン学習につきあう……というのが本来の目的だが今回は関係ない。我々の任務は都市への奇襲攻撃。そして貴様の腕前がどれ程の物になったかを試させてもらう」

「入隊試験も兼ねるって……そう言う事ですか?」

「そうだ。シミュレーター相手に後れを取るようなら即刻除隊にして横浜に送り返してやる。覚悟しておけ」

今までの言動から鑑みるに、ギリアムの言葉に嘘や冗談はあるまい。
ここでミスをすれば自分は大きな戦う力を失うのだ。

「まあそう堅くなるなよ武。この試験は俺も受けたことがあるが、無人機なんざ楽勝だろ? ガツンとぶちかましてやりゃあいいんだよ」

「……は、はあ」

浮かない顔をみせる武にエイジスがすかさず声を掛けるが、今一フォローにはならなかった。
何故ならエイジスはレイヴンズに配属された時には、既にエースの名を恣にしていたのだ。現在の武とは地力が違う。

とは言え肩を落してばかりもいられない。ここまで来たらやるしかないのだ。

「シミュレーター準備完了しました。参加するパイロットはシミュレーションルームに移動して下さい」

武が覚悟を決めるのを待っていたかの様なタイミングで、エイミから声がかかる。

「行くぞ、チェリー」

「了解――ってあれ? ギリアム司令も参加されるんですか?」

既にパイロットスーツを身に纏ったギリアムの姿を目の当たりにしていたので、今更ではあったが訊いてみた。

「当然だ。今回は貴様の訓練の総仕上げだろうが。俺がやらんでどうする?」

鬼教官としては譲れない所なのだろう。当然の様に言い切った。

「そうですか……ところで椎野中尉の姿が見えませんが、どうしたんですか?」

彼とて今日まで武の特訓につきあったのだ。この場に居て然るべきだろう。
武の当然とも言える疑問に答えたのはスージーだった。

「恭平? ああ、あいつなら――」



 ◇ ◇ ◇



「別に仲間外れってワケじゃないんだ」

顔を見せるなりそんなことをのたまう椎野恭平の姿に、神宮司まりもと207A訓練分隊の少女達は呆気にとられた。

それを一歩退いた位置で見ていたブリジット・スパークは、大きな溜息を漏らしながら口を開いた。

「はいはい、いきなりそんなこと言われても皆を戸惑わせるだけでしょうに。そういえば初めましてになるかしら? 私はブリジット・スパーク中尉よ。よろしくね」

そう挨拶するも、彼女達の困惑が収まる様子は無い。何事かと注意して窺ってみると、彼女達の視線は自分達を通り越し、その背後に集中しているようだ。

「これが気になるかしら?」

振り返りながらソレを見上げながらブリジットが言う。
そこにはガウォーク形態で佇む一機の可変戦闘機の姿があった。

「そう言えば皆は見るのは初めてか? こいつはVF-19Aエクスカリバー。俺の愛機だ。今までは見てるだけで悪かったね。今日は司令から許可が下りたんで、こいつで皆の相手をしようと思う」

207Aの少女達がキョトンとする中、まりもが「ひっ」と息を飲んだ。
成る程、どうやら訓練兵にはあの帝国軍との一戦は伝わってないようだが、まりもは直接見たか、或いは記録映像で確認済みらしい。

「ち、中尉! この娘達にまだそれは早過ぎると愚考します!」

上官の決定に異を唱える等、生粋の軍人であるまりもらしからぬ行為であったが、それだけに自分の教え子を大事にしていることが窺えた。確かにあの模擬戦後の帝国軍の衛士達の様子……あれは見られたものではなかった。後日行われたデブリーフィングで、レイヴンズのパイロット一同も流石にやりすぎたと反省したものである。

「大丈夫ですよ、軍曹。今日はあれほど無茶はしません。それにこいつらはそれほど柔ではありませんって。なあ?」

そう言われ視線を向けられた訓練兵達は、二人の遣り取りから何かとんでもない事が起きるのだろうな、と予想しつつも強気な態度で頷いてみせた。

「それはそれとして、質問よろしいでしょうか?」

「いいよ」

挙手をしながら一歩前に進み出た柏木晴子に、恭平が軽い調子で応える。

「仲間外れって何のことですか?」

「ウグッ……」

恭平は言葉を詰まらせる。自分が言い出した事ではあったが、まさか突っ込まれるとは思いもよらなかったのだ。

「ああそれはね、今日うちのルーキーが卒業検定みたいなことをするんだけど、ギリアム司令が張り切っちゃってね、恭平があぶれちゃったのよ。何しろ小隊単位の訓練だからね」

あっさりと暴露したのは勿論ブリジットである。

「え? それってつまり……」

「ミソッカスってことよ」

「ち、違うって言ってるのに何で肯定するんスか?」

ブリジットの台詞に恭平が慌てて抗議の声を上げる。

「あら、何処が?」

「……いや、それは……はっ!?」

何やら視線を感じ取り、恐る恐る振り返った恭平が見たものは、深い憐憫に満ちた訓練兵達の眼差しだった。

「変なこと聞いてしまってすみませんでした……」

「ちょっ……!?」

言いながら晴子が目を伏せる。しかし、その目が笑っている事に恭平は気付かない。

「き、気を落とさないで下さい。その分私達相手に頑張ればいいじゃないですか?」

「椎野中尉可愛そう……」

「ちがっ……」

茜がなんとか励まそうとするが、続く多恵の一言で台無しであった。

「ちょっと、多恵っ!」

「はう! ンだども……」

朝倉と高原に視線を向けると、二人とも慌てて目を逸らした。

そしてトドメである。

「椎野中尉、その内きっと良いことありますよ。だってこんなに頑張っているんですから……」

優しくその手を恭平の肩に乗せ、聖母のような慈愛に満ちた眼差しを向ける、神宮司まりもその人だった。

「――違わいっ!!」

その手を振り払うように恭平が突然駆け出した。

「あ~らら。行っちゃった」

「だ、大丈夫なんですか?」

「平気平気、あいつこんなの慣れっこだから」

本気で心配するまりもをよそに、ブリジットが軽い調子で応える。

「それにしても今日も暑くなりそうね……」

恨めしそうに大空を見上げながら呟くブリジットの声は、誰にも聞き留められることはなかった。



 ◇ ◇ ◇



「フォールドアウト、αチェックイン」

『2レディ、いやあ懐かしいねぇ』

『3レディ、あら、私は初めてだけど』

どこか厳めしいギリアムの言葉とは違い、エイジスとスージーの台詞はどこか軽い。対して武はやはり緊張しているのか、肩に力が入りすぎていた。

『ふ、4スタンバイ』

武の言葉を聞いてギリアムは噴き出すのを堪えるのに労力を割かねばならなくなった。何故ならその台詞は、かつてエイジスが吐いた台詞と一言一句違わなかったからだ。ならば自分も調子を合わせるだけである。

「スタンバイだと? 何を寝惚けていやがる、急げ新入り!」

『おいおい、ギリアム……勘弁してくれ』

かつての自分と重ね合わせたのか、エイジスが非難じみた声を上げるが、ギリアムはそれを聞いてついに堪えきれず笑みを漏らした。

「クックッ、懐かしいじゃないか、え? エイジスよ」

『……いや、マジで勘弁してくれ。赤面しちまう……』

『あら、何の話?』

「これが終ったらたっぷり聞かせてやるさ。おいチェリー野郎、いつまでもたもたしてやがる。急げ!」

『4レディ』

ここでかつてのエイジスならば二言三言、自信過剰とも取れる反論があったものだが、流石はあの神宮司軍曹に鍛えられただけのことはある。素直なものである。

それを残念に思わなくもなかったが、悪いことではない。

「ようし、ついて来い新入り」

『ラジャー』



 ◇ ◇ ◇



(軌道降下作戦なんて桜花作戦以来だな……)

それほど昔の事ではないが、どこか懐かしむ様に武は胸中で独りごちた。

(やっぱり綺麗だよな……地球は……)

シミュレーターの映像とはいえ、地球はやはり美しかった。そして改めて思う。これが自分が……いや、自分達が守るべきものだ、と。

そして大気圏を抜けるといよいよマクロスの全容が見えてきた。

『α2、エネミータリホー』

『3、エネミータリホー』

「あれが……マクロス?」

初めて目にするマクロスは、まさに圧巻の一言だった。
その巨躯は当然として、第一次星間戦争を最後まで戦い抜いたという、いわゆるオーラの様な物がシミュレーター越しにも伝わってきた。

「α4、エネミータリホー」

『ファーストセキュリティーエリア、チャージ。ミッションスタートカウントダウン。10、9、8――』

エイミがカウントを取る間、武は目を閉じ、気持ちを落ち着かせ、更に高める。

ギリアムが何かを言っていた様だが、この時ばかりは耳から排除した。

『――2,1,0。ミッションスタートです』

『来たぞ、無人機だと思って油断するな!』

「了解」

再び目を開いた時には、武の精神は正に研ぎ澄まされた一振りの刀の様であった。



 ◇ ◇ ◇



涼宮茜の気概は今や最高潮と言っていい。

ここまで到達するために、朝倉、築地の二機を失ったが、とうとう追い詰めることに成功した。

やはり、この演習場では自分達に分があると確信する。

何故なら自分と高原が追う椎野恭平の駆るVFー19Aの向かう先は、行き止まりだからである。

『02より01、気をつけなよ茜。あの人ぜえったいとんでもないことするはずだから』

晴子から警戒を促すよう通信が入るがもう遅い。後はもうトリガーを引くだけなのだ。

「01、フォックス3」

『03、フォックス3』

茜と高原がほぼ同時に引き金を引く。

するとどうだろう? 追い詰めたはずの恭平の機体が一瞬にしてガウォークと呼ばれるまるで鳥の様な形態に変形すると、ビルの壁面を垂直に上って行くではないか。

『嘘っ!?』

目標を一瞬見失った高原が、短い悲鳴を上げる。

「くうっ! 02バックアップ!」

言いながら恭平の機体を追い、引き金を絞る。しかし恭平の駆るVF-19Aは、ビルの壁面をまるでフィギュアスケーターの様にクルクルと回転しながら一発の被弾も許さない。

『ゴメン、無理』

「ちょっ……!」

『キャアァァーー!』

『03、致命的損傷、大破』

そして、いつ撃たれたのかも分からないまま、03高原の機体が赤く染まる。

「高原っ!」

一瞬とは言え目を逸らしたのが運の尽きである。恭平はその隙を見逃さない。

再びバトロイド形態に戻ると、ビルの壁面を蹴って茜の吹雪に迫る。

「くっ――!」

――長刀? 短刀? 駄目だ。とても間に合いそうに無い。
その迷いですら命取りであった。VF-19Aの拳がコツンと茜の駆る吹雪の官制ユニットのある胸部に触れた。

『01、致命的損傷、大破』

「なっ! 神宮司軍曹、私はまだやられていません!」

茜の抗議も当然で、01の吹雪のコンディションは依然オールグリーンのままである。しかし――

『馬鹿者! 椎野中尉がもしもその気で拳を叩きつけていたら貴様はミンチより酷い状況になっていたのがわからんのか?』

「うっ……」

茜は悔しさで唇を噛み締める。結局自分達はいいようにあしらわれ、挙句の果てに手加減までされたのだ。

『そう気を落とすな、涼宮。彼には帝国の猛者達も手も足も出なかったのだからな。これもいい機会だ、精々揉んで貰え」

「は、はい。椎野中尉、もう一回……もう一回お願いします!」

『ああ、いいよ』

網膜投影に映し出された恭平の顔は、どことなく嬉しそうであった。



『あのー、まだ私が残ってるんですが……?』


そして晴子の呟きは、誰の耳にも届かなかったという……。



 ◇ ◇ ◇



ドローンを数機落したところで武が呟いた。

「んー、イマイチ張り合いがないな」

それもそのはずで、武の腕前はこの数日間の特訓で格段に上がっていた。最早ドローンごときでどうこうなる物ではない。
これも偏に付き合ってくれたエイジス達のおかげなのだが、その軽口を聞き逃さなかった者がいた。

「この程度で喜ぶな!」

当然といえば当然の、鬼教官ギリアム・アングレートその人である。

「なっ――!」

「このノロマのチェリー野郎が! 何モタモタやってやがる。お遊戯じゃねえんだ、喋ってる暇があったらもっと敵を減らせ!」

「ラ、ラジャー」

「どうも素直過ぎて張り合いがないな……」

ギリアムの呟きを武は聞き逃したが、エイジスは聞き逃さなかった。

「いやもうホント勘弁してくれギリアム。俺が悪かった、この通り……」

エイジスは器用にも操縦しながら頭を下げた。それはそれで一級品のアクロバットと言える。何しろ今は戦闘中なのだ。

「フン、嫌だね」

「おいおい……」

『敵主力部隊接近。VF-11、VF-171を含む部隊です』

エイミの通信にレーダーを見ればいつの間にかドローンの部隊は一掃されていた。

「ヒュウ、武もやるもんだ」

「私も居る事をお忘れなく」

スージーが茶々を入れるがどうやらお喋りが過ぎたらしい。ギリアムとエイジスはすっかり敵に囲まれていた。

「司令、隊長、援護します」

ギリアムの背後に迫っていたVF-171を、直上からレーザーガンポッドの掃射で打ち落とす。そのままのスピードで通り過ぎるとスロットルを絞り急減速。ガウォーク形態に変形すると、くるりと反転。今度はエイジスに迫りつつあったVF-11を、その火線の餌食にした。

「フン、感謝して貰おうなんて思うなよ。援護する余裕があるなら自分の心配をしろ」

悪態をつくギリアムではあったが、武のここまでの働きはまずまずと言えた。
実を言えば今回ギリアム、エイジス、スージーの三名はVF-19Aを駆っての参加である。囲まれたところでいつでも振り切れたのだ。それをしなかったのは、武の動きを見るためである。

ここでギリアムは一つの決断を下す。

「エイジス、スージー、卵野郎にばかりデカイ顔されるのも癪に障る。俺達もいくぞ」

「OK」

「3、ラジャー」

エイジス、スージー両名は、ギリアムの言葉の裏にある真意を正しく読み取った。
これはなにも武の負担を減らそうと言うものではなく、一刻も早くラスボスとご対面させようという魂胆だ。そしてその後のフォローは一切しないつもりである。

それぞれに散った三機のVF-19Aが敵機を瞬く間に蹂躙する様を見て武が「あいかわらず凄えなあ」等と呑気な感想を抱けたのもここまでである。



 ◇ ◇ ◇



数分の後には味方の機影以外は確認できなかった。

「え? これで終わりですか?」

「……」

武の質問には誰も答えない。

「え? ……え?」

戸惑う武をよそに、突然マクロスが鎮座する湖面から水飛沫と共に一機の射出ポッドの様な物が飛び出す。そして更にそのポッドをパージすると、中から一機の赤い戦闘機が飛び出した。

『ゴーストが射出されました。各機、迎撃体制』

「出たぞ、あれが大ボス様だ。いままでの様にはいかんぞ!」

「ゴースト? あの赤い機体ってまさか――!?」

武の脳裏を最悪の可能性がよぎる。

X9ゴースト――以前ギリアムの座学で聞いた、完全自律自己進化型のAIを搭載した、闇に葬り去られた最凶最悪のゴースト……正にそれに瓜二つであった。

「心配しなさんなって。あれはAIF-9Bゴースト。外見はまんまX9だけどな」

「とは言え従来のQシリーズゴーストとは一線を画す。精々気を付ける事だ」

「ま、それでも頑張れば何とかなるから、気張りなさい」

エイジス、ギリアム、スージーの順に激励と受け取れなくも無い言葉を掛けてくるが、武は首を傾げる。

「あの……皆さんは手伝ってくれないん……ですか?」

何となく聞かなくとも、どんな答えが返ってくるか想像できたが聞かずにはいられなかった。

「何を言っていやがる。それでは貴様の訓練にならんだろうが」

ギリアムの答えは想像の範疇だったが、武はあえて毒づいた。

「やっぱりか、畜生!」

「子守がして欲しいならいつでも言ってくれ。俺達が落してさしあげましょう」

「その時は不合格だけどね」

エイジスとスージーの物言いに、さすがの武もカチンときた。

「ああっもう、やればいいんでしょう、やれば!」

「そゆこと。じゃあ頑張ってね~」

スージーの言葉を最後に、遠ざかって行く三機のVF-19Aを眺めながら武は操縦桿を握り直す。

そして吼えた。

「やってやらあっ!!」

ゴーストの赤い機影を視界に納め、咆哮に呼応せよとばかりにスロットルを最大に開き、エンジンに火を入れた。







 あとがき

まさかの前後編。勿論想定外です。どうも、type.wです。

今回の更新も遅れてしまいましたが、これは停電を必要以上に恐れた為です。

だって怖いじゃないですか? 停電。実際一回書いてる最中にきましたからね。

ええ、心が折れましたとも。

とは言えこの度の震災の被災者の皆様の心の痛みに比べれば、どれ程の物でもありません。むしろ比べる方がおこがましいという物でしょう。

そして前回はあえて書きませんでしたが、今回の震災の被害に遭われた皆様に心よりのお悔やみを申しあげます。

なんだかしんみりしちゃいましたね。しかしこんなご時勢だからこそ、明るい話が書きたいと思います。

それではまた、次回更新時にお会いしましょう。今日はこれにて。



[24222] 第十六話 GIGANT LULLABY~Art of sky~
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/04/18 02:00


訓練の合間の小休止。

椎野恭平は、ガウォーク形態で愛機VF-19のキャノピーを開け放ちヘルメットを脱ぎ捨て、素顔を外気に晒す。するとこの季節特有のジメッとした纏わり着く様な熱気に不快指数が一気に跳ね上がり、思わず顔を顰めて舌を打つ。

常に空調の整えられている移民船育ちの恭平にとって、惑星上の季節の変化――とりわけ日本の高温多湿な夏の空気は、未だに慣れないものの一つである。

「暑ぃ……」

こちらの都合などお構い無しに熱波を垂れ流し続ける太陽の輝く大空を理由もなく眺めていると、ブリジット・スパークから通信が入る。

『心配?』

「は? なんのことっスか」

『武少尉のことよ』

「ああ……」

物思いに耽っていた自分を見ての質問なのだろうが的外れである。この時恭平は白銀武のことなど微塵も考えておらず、思うことといえば休憩を利用して作戦会議を開いている207Aの少女達が、次はどのように自分を楽しませてくれるかの一点につきた。

「気にはなりますけどね、それほど心配はしていませんよ」

『あら、どうして?』

恭平の答えが余程意外だったのか、ブリジットは虚を衝かれたような面持ちで尋ねてきた。

「だってあいつ……」

もったいぶるように一拍置いてから恭平はこう答えた。

「ファンタジーですから」

ファンタジスタやファンタスティックではなく、ファンタジーという言葉は白銀武を一言で言い表すに相応しいと言えた。

『……ナルホドね』

普段なら微妙と言わざるを得ない恭平の受け答えに妙に納得してしまい、ブリジットは虚空を見上げて溜息を吐いた。




第十六話 GIGANT lULLABY~Art of sky~



「やってやらあ!」

そう意気込んではみたものの、武は戸惑いを隠しきれなかった。

(くっそ、追いつけねえ)

武がいかにスロットルを開こうが、旋回の度に目の前からフッと消え去るようなゴーストの軌道に追従することもままならない。機体性能云々の問題ではなく、耐Gに限界のある人間という足枷から解き放たれたゴーストの動きに、武は悪い夢でも見ているような思いに駆られた。

『馬鹿が、速力で勝る相手に速力だけで対抗してどうする?』

「そんなっ……ことっ……言われてもっ」

旋回を行うたびに身体を襲うGに耐えつつ、何とかギリアムの罵倒に言葉を返す。

『読むんだよ、相手の動きを』

『さもなきゃ誘導するんだな。俺なんかこの訓練やったときはVF-1だったぜ。それに比べりゃ楽なもんだろ?』

(バケモノめ……)

ギリアムとエイジスの言いたいことは頭では理解出来た武ではあったが、それを行うには圧倒的にVFでの経験値が足りなかった。

『考えるな。感じろってやつね』

「……」

スージーの言葉はそれこそ雲を掴むような話である。

そうこうしているうちに、今まで逃げに徹していたゴーストが突然攻勢に転じた。

「――!」

急降下から鋭い切り返しでループを描くと武の駆るVF-171の真上からレーザー機銃の雨を降らす。

「クッ……」

操縦桿を忙しなく動かし機体をロールさせ何とかかわし切るが、続けてコックピットに警報音が鳴り響く。

(ロックされた!?)

考える間も無く無数のマイクロミサイルが迫る。反射的にチャフフレアを撒きミサイル自体はやり過ごすも、気付いた時には完全に背後を取られていた。

『お前が誘導されてどうする?』

「くっそ――」

レーザー機銃で応戦しながら激しく加減速を繰り返し、VF-171とゴーストが仮想現実の大空に幾重もの螺旋を描き続ける。一見すると一進一退の攻防に見えるが、武の背後を取られる時間が徐々に増えてきた。無機質な殺意に晒される内に、苛立ちが武の集中力を奪っていく。

そしてその心の隙を衝くかのようにゴーストから放たれたミサイルに、武の反応が一瞬遅れた。

「! しまっ――」

何とかチャフフレアが間に合い直撃は避けたものの、至近距離の爆発の衝撃で、武の身体はコックピット内で激しく揺さぶられ、一瞬意識が飛びかける。結果として本来失速速度域など存在しないはずのVF-171はコントロールを失い、重力に従い墜ちていく。

(駄目……か……?)

刹那の瞬間武が見たものは、まるでスローモーションの様にこちらに迫り来るゴーストの姿だった。

意識を手放しかけたその時、誰かの声が聞こえた気がした。

――死力を尽くして任務にあたれ!

自分は死力を尽くしただろうか?

(ふざけるな! オレはまだ一発だってアイツに食らわせちゃあいない!)

別の誰かが言う。

――生ある限り最善を尽くせ!

自分は最善を尽くしただろうか?

(ふざけるな! オレはまだ生きてるだろうが!)

また別の誰かが言う。

――決して犬死するな!

これはシミュレーションだ。命を奪われることは無い。しかし、ここで諦めて墜とされてしまえば、バルキリーパイロットとしての自分は死んだも同然である。それは犬死ではないのか?

(ふざけるな! オレはコイツで皆を守るんだよ!)

――ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。何度も頭の中で繰り返す内に、武の中で何かが弾けた。

「……ざけんじゃ……ねえーーー!」



 ◇ ◇ ◇



「おいおい、アイツはどこのヒーローだよ……?」

どこか呆れた様なエイジスの呟きは尤もであろう。
何しろ直前まで迫った死神の魔の手から、咆哮一閃に逃れたかと思えば今は攻勢に転じている。防戦一方に追い詰められていた先程までとは、明らかに別人のようであった。

この数日間に行ってきた訓練中も、時折武はこのように自身の限界を超える挙動を見せることがあった。しかしそれは一瞬のことで、つまりこの訓練は武のその力を恒常的に引き出すことが目的だったのだが、こうもハマるとは思いもよらなかった。

武の中でどのような葛藤があったのかはエイジスには窺い知ることは出来ないが、感情の昂りで限界能力を引き上げるとは、それこそどこの主人公様かと愚痴りたくもなると言うものだ。

とは言えここまで来れば、エイジスに出来ることは何も無い。後は結果を見届けるだけである。



 ◇ ◇ ◇



武の精神は嘗て無い程研ぎ澄まされていた。
エンジンブロックの脚部を振り出し制御を取り戻す。すかさずスロットルを開き、操縦桿を激しく動かし続けると、武の駆るVF-171はまるで風に舞う木の葉の様にゴーストの攻撃をかわしきる。

そして改めてみるゴーストの姿が武の癇に障った。
そうプログラムされていると言うだけで、人間を容易く殺そうとするその在り方を認めるわけにはいかない。何故ならそれは武が最も忌むべきBETAそのものなのだから。

「やってみろ、オレを殺せるものなら殺してみやがれ!」

再び吼えると素早く視線を動かし、ロックオンすると同時にミサイルを斉射。身を捩るようにループでかわそうとするゴーストの動きも、今の武には織り込み済みである。

「そいつは囮なんだよ!」

ゴーストが回避行動に入るよりも早くガウォークを駆使して射線を確保すると、容赦なくレーザーガンポッドの引き金を弾く。狙い通りにゴーストにソレが吸い込まれるように直撃した。どうやら致命弾は避けられたようだが、しかしこれを機にゴーストの動きは精彩を欠いた。

「人間を――」

すかさず機首を翻しフルスロットル。最高速の出なくなったゴースト等、追いつくのは容易い。下方から回り込むように追い縋りマルチロックをかけるとVF-171に搭載されたミサイルを全弾発射。

「――舐めるな!」

ゴーストはそれをかわすことは叶わず、武の眼前で木っ端微塵に吹き飛んだ。

「ハア……ハア……っ、ざまあ見ろ……」

無茶な挙動を繰り返した為、息も絶え絶えではあったが悪くない気分に浸っていると、エイジス達から通信が入る。

『ヒュウ。やるじゃないか、武』

『オメデト。これで正式にレイヴンズの仲間入りってわけね』

「はは、ありがとうございます」

『だが調子に乗るなよチェリー。貴様などはまだまだ卵野郎なのだからな。……だが、よくやった。αコンプリートミッション、ファイナルワンナイン』

『ステア、ワンフォーゼロ』

全てが終った事を確認すると、武は深く息を吐きシートにその身を沈みこませた。



 ◇ ◇ ◇



「早速乗ってみるか?」

そうギリアムに訊ねられた武は一も二も無く快諾し、転がり込むように格納庫に駆け込んだ武を待ち受けていたものは、またしても想像を絶する光景だった。

「ゆ、夕呼先生? どうしてここに?」

そこには恭平を伴い仁王立ちで佇む香月夕呼の姿があった。

「白銀、あんたの機体新品なんでしょう? シートのビニールあたしに破かせなさい」

「まさかとは思いますけど、それだけの為にここに来たんですか?」

「悪い?」

「え? いやまあ別にいいですけど」

一体どこからそのことを聞きつけたのか? いや、考えるまでもない。恭平に口を割らせたのだろう。

その遣り取りを黙って聞いていた恭平が、珍しくも溜息を吐きつつこんな事を言い出した。

「なんなら三十六機全部のビニールを破きますか?」

「いいのっ!?」

恭平の言葉に夕呼は、未だ嘗て無い程にその目を輝かせる。

「構いませんよ。ウチの人間にはそんなことに情熱を捧げる者は居ませんし」

今にも「イヤッホゥ」と叫び出さんばかりの様子で夕呼は機体に縋り付き、嬉々としてシートのビニールを破き始めた。

「それより白銀。これから飛ぶんだろう? 付き合うよ」

夕呼の姿を横目で眺めつつ、そんなことを言い出す恭平の顔色はどことなく青ざめていた。

「はあ、実機は初めてですし一人では心細いのでそれは願っても無いのですが……どうしたんです? 顔色悪いですよ」

武の質問に恭平は視線を逸らしつつ、こう呟いた

「いや……だってブリジット先輩、置いてきちゃったし……」

「うわあ……それは……」

武にはあまり関係無いこととはいえ、考えるだけでも後が恐い。

「そ、それではお願いします」

いざ行こうとしたところで、別の声が待ったをかける。

「ちょっと待て。俺達を置いて行く気か?」

「せっかくあれほど訓練に付き合った私達を置いて行くなんて、ちょーっと薄情じゃない?」

名乗りをあげたのは無論エイジスとスージーの両大尉に他ならない。

「そんなことはありませんよ。お付き合い頂けるのなら是非お願いします」

これからはこの面子でやっていくのだ。少しでも多くの時間を共有したいと思うのは当然のことだろう。

「ところで香月博士は一体何故ここにいてあんなことをしているんだ?」

エイジスの質問に武は気勢を削がれ、深い溜息を吐いた。

「……趣味です。深くは突っ込まないで下さい」



 ◇ ◇ ◇



初めて自分の力で飛び出した大空に武は言葉を失った。
空を飛ぶこと自体は初めてではない。総戦技演習のときのヘリコプターや、桜花作戦時の凄乃皇四型、更にはエイジスの機体に便乗しての経験はあったが、やはり自分の力で大空を自由に舞うと言うのは感動も一入だった。

「綺麗だ……」

澄み渡った青空も、その空の色を映し出した大海原も、何もかもが新鮮で美しく見えた。

「ねえ、エイジス大尉……」

「あん、なんだ?」

「どうして人は空を飛ぼうとするんですかね?」

「あら、随分とおセンチな質問ね」

茶化す様なスージーの言葉も今の武には気にならなかった。

「まあいいじゃないですか。ここは隊長がどう答えるかに期待しましょう。そこに空があるからだ、なんてのはやめて下さいよ」

「馬鹿野郎。武、そんなに深く考えることはないんだ。飛びたいから飛ぶ。それでいいじゃないか」

「ははっ、成る程」

単純明快ではあったが、真理とも言えた。しかし、だからこそこの大空を再び人類の手に取り戻したいと願う。少しでも多くの人が、今自分の味わっている感動を共有出来るようにする為に。

「さて、真っ直ぐ飛ぶだけでは芸が無いな。武よ、好きに飛んでみろよ」

「いいんですか?」

エイジスの言葉に武は目を輝かせる。武自身は気付いていないが、その瞳の輝きは先程の夕呼を彷彿とさせ、恭平の苦笑を誘った。


それからしばらく、武は思う様、気の済むまで大空に雄大なアートを描き続けた。






 あとがき

皆さん待ちましたか? 私は超待ちました。どうも、type.wです。

「今回は短ぇなあ」とお思いでしょうが、どうかご容赦を。そもそも一話に纏める予定でしたからね。

風邪と虫歯と骨折、おまけに十二指腸潰瘍。
何の事かとお思いでしょうが、これらはこの二週間の間に私に襲い掛かった疾患の全てです。

始まりは仕事の都合上、体内時計が狂ったことがケチのつき始めでした。
なんだか胃が重いなあ、等と思いついたのも束の間、ハンバーガー等を齧っていると奥歯に妙な違和感。放置していた虫歯が欠けたっつーか、割れた? みたいな。

ウソだろ? なんて思っている内に喉に痛みが……ええ、風邪ですとも。
さ、流石に洒落にならんと思うも、ゲホゲホと咳き込んでいるとビシッと左脇腹に痛みが走りました。不審に思い病院でレントゲンを撮ってもらうと、なんと肋骨に皹がはいっていると言うじゃありませんか。

咳の拍子に骨折とは、キャシャリンか俺は? 皆さん笑って下さっていいですよ。

さて、もう一つ残っていますね? そう、十二指腸潰瘍です。
同日、せっかく有給を使ってまで病院に来たのだからと、風邪を診てもらうために内科へ赴くと、アラ不思議。諸症状を聞いたお医者様の眉間に皺が寄り始め「念のため精密検査を受けましょう」等と言い出す始末。冷たい汗が背中を濡らしましたとも。

後日改めて精密検査を受けると十二指腸潰瘍であることが判明しました。
成る程、胃が重い原因はこれかー。あっはっは……。

やってらんねえ。

以上が更新が遅れに遅れた言い訳です。許してくださいますか?

さて、今回で武を含むレイヴンズの戦いの準備が整ったといっていいでしょう。
ここまでを第二章として、閑話を二、三話挿んで新章突入です。

TE編か理論回収編のどちらから進めるかは、決めかねています。
どちらも同じ時間軸の物語なので、どっちからでも良いと言えば、どっちからでもいいのですが、皆さんはどちらを先に見たいですか?

両方! というのは却下です。私如きの技量ではそんな小器用なことは、とても出来そうにありません。

まあ二、三話書き上げる内に皆さんの反応を窺いつつ決めたいと思います。

とりあえず今日のところはこれにて。また次回更新時にお会いしましょう。


P.S

咳で骨折は大変珍しいと思われるでしょうが、医者の話では結構よくあることだそうです。皆様もお気をつけ下さい。



[24222] 第十七話 スパイラルエイジ
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/04/26 02:21



明けて七月二十一日。白銀武は横浜基地正門前の桜並木を訪れていた。
今日までの出来事をかつての恩師や戦友達に報告をする為である。

見上げた桜の木には、本来この季節に宿している筈の葉は一枚も無く、真夏だというのにどこか寒々しい。本当に花を咲かせたのか疑問に思える。

歩を進めその内の最も思い入れの深い桜の木の前で歩みを止める。
寄り添うように立つあの墓標代わりの鉄骨は当然見当たらないが、武がこの場所を間違える筈もなかった。

武は目を閉じ、桜花作戦以降の出来事を心の中だけで語る。
そして先日の模擬戦の最中に聞いたあの声……あれは確かに『あの世界』のこの地で眠る戦友達の声だった。つまり武は自分一人であの試練を乗り越えられたとは思えずに、どうしてもお礼を言っておきたかったのだ。

「ありがとうございました」

目を開き敬礼しつつ、その言葉だけはしっかりと声に出した。
勿論返事などは期待していなかったが、その時一片の桜の花びらが武の眼前にゆっくりと舞い降りる。手を伸ばすと、誘い込まれるように武の掌に収まった。

そしてそれを愛しむ様に優しく握り締める。

手を開けば恐らくそこには何も無いだろう。自分は幻想を見ただけなのだから。だが、心に残る物は確かにある。

そして今はそれだけで充分だった。

「また来ます、今度は皆で。本物の桜の舞う季節に」

そう呟き踵を返して歩き出すと、もう振り返ることはなかった。




第十七話 スパイラルエイジ




「もういいのか?」

そう言って武を出迎えたのは椎野恭平である。武としては一緒に来てもらっても一向に構わなかったのだが、恭平の方が野暮は出来ないと言い付き合うことを拒んだのだ。

「はい、お待たせしました」

「そっか」

恭平は多くを訊いて来ない。
性格的に隠し事が苦手で顔に出やすいわりに、胸に秘める物が多い武にとっては普段からお節介なぐらい世話を焼きたがるエイジスよりも、恭平のこういう淡白な所が時折ありがたく、今も正にそのときだった。

「んじゃ行こうか」

「そうですね」

司令官であるギリアム・アングレートから今日この日の突然の休暇を言い渡されたのは、昨日、武が大空をひとしきり楽しんだ直後のことである。

しかし提案自体は香月夕呼からのもので、この世界の通貨を持たないレイヴンズの為に彼女のポケットマネーから幾許かの紙幣が手渡された。給金というにはやや物足りなかったが、今日一日を楽しむには充分過ぎる額が、レイヴンズ各員に行き渡ることとなった。

あの香月夕呼が善意のみでこのようなことを言い出すとは到底思えなかった武は、その日の内に夕呼に問い詰めたところ、彼女は割りとあっさり口を割った。

武自身が巻き込まれるのは想像の範疇だったので特に何も言う事はなかったのだが、どうやら今回はもう一人巻き込まれるようである。

「でも本当に良かったんですか? オレなんかに付き合って」

「別に構わないよ。隊長はスージー大尉とデートだし、クロックス達は女同士でショッピングを楽しむみたいだし、どっちも俺が着いて行っても邪魔なだけだろ。それにどうせ暇だったし、誘ったのお前だろ?」

若干の心苦しさから、一応訊ねてみた武ではあったが、返って来た答えはどこか投げ遣りなものだった。この男、自分が誘わなければマザーレイヴンから一歩も出なかったんじゃなかろうかと思わせるほどだ。

談笑を交わしつつギリアムから借り受けた車の止めてある場所まで戻る途中、遠くから自分達を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい。椎野ー、白銀ー」

(来たか……)

彼女たちこそ、今回のミッションを完遂するために香月夕呼から放たれた刺客である。

「速瀬……と宗像? どうした? そんなカワイイ服を着てるとまるで女の子みたいだぞ」

私服姿で現れた速瀬水月と宗像美冴を見て、出会い頭にそんなことを言う恭平を、武は少しだけ尊敬した。

「あ、あんたね、いきなりそれ? もう少しなにかあってもいいんじゃない?」

「そんなこと言われてもな。俺、隊長じゃないし」

確かにエイジスならば、歯の浮くような台詞の一つでも言ったかもしれない。

「ところで、そう言う椎野中尉こそどうされたのです? イメチェンですか?」

「放っといてくれ」

美冴の言葉も最もだろう。なにしろ恭平のトレードマークとも言えた、あのうざったい程伸ばされた前髪がばっさり切り落とされているのだから。

「これはですね、昨日ブリジット中尉が自分を置いて行った罰と称して切りました。これ以上は勘弁してくれと半泣きで頼む椎野中尉の姿は実に滑稽でしたよ」

「白銀、お前っ……!」

あっさりと暴露した武の言葉はやはり二人の爆笑を誘った。

「で、でもそっちの方がずっといいわよ。正直、見違えたし」

「まだ少し長い気もしますが、椎野中尉は案外ハンサムだったのですね……プッ、クックッ」

ひとしきり笑った後、意外にも素直に称賛する水月と、明らかに心にも無いことを言っている美冴を、恭平は半眼で睨みつける。

「でも何故かクロックス中尉には不評だったんですよね」

「だな。普段からまるでお母さんのように切れ切れと煩かった割には、切った直後から何故か不機嫌だった。なんなんだろうね?」

「……あんた達本気で言ってんの?」

そろって首を傾げる二人を見かねて水月が口を挿む。

「なにが?」

「どういうことです?」

恭平と武のすっとぼけた態度に水月は大きな溜息を吐いた。

「ハア……もういいわ。それよりあんた達、今から帝都に行くんでしょう? 私達も休暇なのよ。一緒に乗せてって」

「別にいいけど、なんで帝都に行く事知ってんの? 決めたの今日だよ」

「香月副司令に伺いました。白銀少尉が早朝挨拶に来たので今から行けば便乗させてもらえる、と」

「ふーん。ま、いいけどね」

美冴の言葉に拭いきれない不信感を覚えつつも、恭平は快諾してみせた。



 ◇ ◇ ◇



帝都に向かう車内に会話が途切れることは無かった。
しかし恭平の疑念はますます膨れ上がっていた。

(おかしい……)

まず乗り込んだ人員の配置がおかしかった。
運転席に恭平、助手席に美冴。後部座席は恭平の真後ろに水月、その隣に武である。恭平はまるで包囲でもされているかの様な錯覚に囚われた。

しかし恭平の疑念などお構い無しに水月は喋り続ける。

「――でね、その時あいつ何て言ったと思う?」

物思いに耽っていたとは言え、水月の話を聞いていなかった訳ではない。
話はどうやら先日の帝国軍との模擬戦にまで遡っているらしく、その時鳴海孝之に水月はこう提案したらしい。

曰く「活躍したらご褒美にキスをしてあげる」――と。
そして今はその時孝之が言った答えを求められているようである。

「さあ? 『罰ゲームだろ、それ?』とかじゃねえの?」

投げ遣りに答えた恭平の答えにすかさず反応したのは美冴である。

「惜しい! ですが、ほぼ正解です。正確には『ハア? それどんな罰ゲームだよ?』です」

「ほ、ほんとですか、それ?」

恐らく自分でもそこまで言わないであろう孝之の朴念仁ぶりに、流石の武も驚きの声を上げる。

「当ててんじゃないわよっ!」

「とんだ言いがかり?! つか首を絞めるなっ! 運転中! 運転中だから!」

「おっと」

逆ギレ気味に恭平の首を絞める水月と、反射的にハンドルから手を放してしまう恭平。そして、その一連の流れを読みきっていたかのように代わりにハンドルを握る美冴の姿がそこにはあった。

「ま、まあまあ速瀬中尉。ところで涼宮中尉たちは今日はどうしてるんです?」

「ああ、遙は今日は休暇じゃないわよ。今日休んでるのは私と宗像、風間と逢坂ね」

ひとしきり暴れて多少溜飲をさげたのか、武の話題の転換に水月はあっさりのってきた。

「へえ、風間と逢坂も来ればよかったのに。誘わなかったのか?」

「多分誘っても来なかったでしょうね。二人とも趣味が忙しいみたいだし」

「趣味?」

「祷子はヴァイオリン、逢坂はチャネリングです。特に祷子はあの日以来、熱心に練習を――」

「ちょっと待ったーーーっ!」

一連の会話の流れにどうしても聞き捨てならないものがあり、武が待ったをかける。

「どうした白銀? 突然大声を上げて」

「どうもこうもないですよ! えーと、チャネリング?」

「ああ、チャネリングだ」

自分の聞き間違いだと信じて美冴に尋ねるも、返って来た答えは無情なものだった。

「おかしくないですか、それ?」

「そうだな。人の趣味にケチをつけたくはないが、真っ昼間からすることじゃないな」

「時間の問題じゃねえ!」

恭平の本気のボケに武の渾身のツッコミが炸裂した。


ヴァルキリーズの未知の隊員逢坂桜子。

どうやら彼女も例外なく、一癖ある様だと武は確信した。



 ◇ ◇ ◇



程なくして帝都に到着した恭平達は、適当な所に車を止めて今は徒歩で散策していた。

帝都に不案内な恭平と武は、水月と美冴に導かれるように歩いているのだが、ここでの配置もやはりおかしかった。

つかず離れずの両隣。右手に水月、左手に美冴、そして一歩離れるように後ろに武である。両手に花と言えば聞こえはいいが、そんな色っぽい空気は微塵も無く、連行される容疑者さながらである。

「おい、お前ら一体何を企んでいる?」

「あらー、なんのことかしらー?」

ついに疑念を抑えきれず誰にとも無く訊ねてみるも、返って来たのは空惚けた水月の答えだった。

「流石と誉めて差し上げたいところですが、気付くのが少し遅かったようですよ。ホラ、目的地はすぐそこです」

美冴の言葉に前方を確認するが、特に変わった様子は無い。強いて言うなら斯衛の赤服が佇んでいるだけである。

「いや待て、斯衛だと?」

早まるな、まだそうと決まった訳ではない。そう自分に言い聞かせようとするが、こちらに気付いた様子の斯衛の赤服が歩み寄ってくるではないか。

恭平はすかさず踵を返そうとするが、それより早く両脇の二人にガッチリとロックされてしまう。

「ちょっ、お前ら……」

「あんた今逃げようとしたでしょ?」

「そんなことないよ。ちょっと急用を思い出しただけだって。決して悪い予感がするとかそんなんじゃないんだ」

そうこうしている内に、斯衛の赤服はもう目前まで迫っていた。

「ご苦労だったな、国連軍。ここからは私が引き受けよう。私は斯衛軍第16大隊所属の月詠真耶大尉だ。貴様が白銀武少尉だな」

そう言って真耶は懐から取り出した写真と武の顔を見比べると大きく頷いた。

「はい、大尉殿。真那さん……いえ、月詠中尉から話は伺っております。今日は宜しくお願いします」

「ちょっと待て白銀。お前まさか……」

恭平が目を向けると、武はバツが悪そうに目を逸らした。

「そして貴様が――」

こちらの話など聞いていないかの様に、写真と恭平の顔を見比べる。しかし、

「誰だ?」

写真と本人のイメージが結びつかなかったようである。

「椎野っス。てかそこまで違わんでしょうに。で、斯衛の大尉殿が一体何の用ですか?」

「用があるのは私ではない」

「じゃあ誰なんスか?」

「煌武院悠陽将軍殿下だ」

恭平は悪い予感が当たったことを知る。何故自分がそんな偉い人に会わなくてはならないのか?

(やってられるか)

瞬間、両脇の二人を振りほどき、弾かれた様に駆け出した恭平に、不覚にも武を始め水月も美冴も反応出来なかった。

この時の恭平の走りは正に世界を狙える逃げ足だった。

もはや誰にも追いつくことは敵わないと皆が諦めかけたその時――

「逃がすかボケッ!」

赤い稲妻が武達の眼前を過る。

この高速の追跡劇を見て武は、昔テレビで見たインパラとチーターの追いかけっこをふと思い出した。

常であればインパラ、いや、恭平にも勝ち目があったのかもしれない。しかしこの時の真耶は飢えたチーターそのものだった。おまけに飢えた子供……もとい敬愛する主君、煌武院悠陽殿下を待たせているのだ。それはその走りも神がかろうというものだ。

ほどなくして恭平を見事に捕らえ、文字通り首根っこひっ捕まえて真耶が戻ってきた。

「なんなんスか? なんなんスかもう……」

「黙れ! いきなり逃げ出すとは何事かっ。全く、話に聞いていた通りの男だな」

「誰から聞いたんスか? そんなこと」

「貴様の上官、ギリアム・アングレート中佐からご報告戴いている」

「みんなグルかっ? グルなのか?」

「さあな、そこまでは知らんよ」

「……ちょっと放してもらえます? もう逃げないんで。ちょっと確認したいことがあるんですよ」

真耶が手を放すと恭平は胸ポケットから携帯端末を取り出すと、慣れた手つきで短縮ダイヤルをプッシュ。

因みにこれは携帯電話ではなく、それを模した小型のフォールド通信機である。マザーレイヴンの技術部会心の一作で、フォールドクォーツを使用している為、無くしたり壊したりすると大変怒られる。不測の事態に陥った時にも連絡がつけられる様にと、レイヴンズ各員に配られている。

「ああクロックス? 俺、椎野だけどいま何してる? ……何? 皆でお茶してるだと? マジかよ? そっちはホントにただの休暇なのか? 隊長達もか? ……わからんだと……そりゃそうか……いやさあなんか俺、斯衛に拉致られそうなんだけど、お前なんか聞いてる? ……ン~そっか、ならいいや。俺はまた皆で俺を嵌めたのかと思っちまったよ。……なんだとクロックス、俺を侮るなよ。それは既に試した。すぐに捕まったけどなっ! ……なに? ケーキが美味しくない? ……知らんよ……ああ、もう覚悟を決めたよ。今回俺は将軍殿下に奢らせてみせる、ポケットマネーでなっ! …………し、失礼なことを言うな! 俺はいつだって正気だ! じゃあそんなわけで土産には期待しててくれ。またな」

会話を終え真耶に向き直りつつ恭平が口を開く。

「じゃあ行きましょうか。もう自棄です。何処へなりとも着いていきますよ」

「……私はたった今、貴様を連れて行きたくなくなったよ。今の内に斬っておいた方が良いのでは? とすら思う」

武も真耶の言葉に全面的に同意する。明らかに人選ミスである。うんうんと頷いていると、恭平の目がいつの間にかこちらに向いていた。

「白銀、お前は後で覚えておけよ」

「……うへえ」

後がそれなりに恐いが目的の第一段階はクリアした。

しかし武は思う。

本当にこの人連れて行って大丈夫なのか? と。







 あとがき

エイジスの皆勤賞が途切れました。どうも、type.wです。

まあその内、武も途切れますけどね。

ところでこのSSには毎回サブタイトルがついていますが、それ自体に大した意味はありません。

皆さんはあのSSのあの話が読みたい。だけど何話だったか思い出せない。そんな経験はありませんか? 私はあります。でもそんな時サブタイトルがあると、割りとすぐに思い出せたりしますよね。

つまりその為です。どうです? この心配り。

どうでもいいですか、そうですか。

さて、前回はあまりにも投げ遣りな二択だった為、もう少しだけ情報を出しましょうか。

回収編は武を中心とした萌えがあり、TE編はエイジスを中心とした燃えがあります。因みにカップルブレイクの予定はありません。

今のところ回収編が3対0でリードです。
成る程、皆さん萌えが見たいのですね。分かりました。

とりあえず今回はこの辺で、また次回お会いしましょう。では今日はこれにて。
 



[24222] 第十八話 せめて未来だけは
Name: type.w◆3a29c9a9 ID:334b92e7
Date: 2011/05/05 19:57


帝都城というのは日本人にとっては特別な場所である。

否、場所が特別なのではない。そこに住まう人間こそが特別なのだ。

本来であれば皇帝陛下が背負うべき神聖不可侵という重責さえもその身に担う日本帝国国事全権代行、現政威大将軍、煌武院悠陽の居城であるからこそ特別なのだ。少なくとも白銀武はそう考えている。

そのような場所に自分が赴くことになろうとは夢にも思わなかった武ではあるが、将軍殿下直々のご指名とあれば、断るなどという選択肢はあろうはずもなかった。

ところでもう一人の指名者、椎野恭平はと言えば、現在は傍から見ても放心状態で、月詠真耶に手を引かれながら幽鬼のような足取りで帝都城の廊下を歩いている。

武は恭平がこの様な状態に陥ってしまった原因となる遣り取りを思い返してみる。


「ところで大尉、何で俺なんスか? 自分で言うのもなんですが、俺こういうの向いてないと思うんですよ。将軍殿下に謁見ともなればギリアム司令が妥当でしょうし、一歩譲ってもエイジス隊長あたりでしょう。なんで俺?」

「聞きたいか?」

「是非」

「それは貴様が日本人だからだ」

「……」

「日本人だからだ」

「………………………………え? それだけ? 嘘だろ!?」


余程大事なことなのか同じ事を二度繰り返した真耶と、必要以上に間を持たせて違う答えを待った恭平。だが幾ら待とうが恭平を満足させるような答えが返ってくる様子はなかった。

武自身「そりゃねえだろ」と思わなくもなかったが、以降、恭平は沈黙したまま現在に至り、それはそれで好都合といえた。何しろこの男、口を開けばロクなことを言わないの実証済みで、真耶もそれを理解しているのか恭平の正気を取り戻させることはなかった。しかし――

「――俺、日本人ってわけじゃねえし!」

「「チッ!」」

不意に意識を取り戻した恭平に、武と真耶の舌打ちが重なる。

「あれ? ここどこ?」

「帝都城だ」

「速瀬と宗像は?」

「とっくに別れましたよ」

「俺も帰りたいんですけど」

「もう遅い」


政威大将軍・煌武院悠陽殿下の待つ部屋はもう目の前である。



第十八話 せめて未来だけは



この帝都城において将軍殿下に謁見するからには斯衛の兵が居並ぶ中、息苦しいまでの緊張感に襲われながらの会合になると考えていた武であっただけに、今自分が置かれている現状には戸惑いを隠せなかった。

「どうしました、白銀。浮かない顔をしていますね」

「いえ、ちょっと驚いていると言いますか……」

何故、自分は殿下と差し向かいでお茶など飲んでいるのだろか。それが武が今抱いている率直な感想である。

無論、差し向かいと言っても二人きりと言う訳ではなく、悠陽の後ろには紅蓮と真耶が控えているし、武の隣には当然恭平が同じソファーに腰を下ろしている。

「そなたの言いたいことも分かります。つまりこう言いたいのでありましょう。私とは余人を交えずに会ってみたかった、と」

「ブッフゥー! ち、違っ……」

「白銀、お前ね」

丁度お茶を口に含んだタイミングで完全に不意を衝かれた武は思わず吹き出してしまったのだが、当然悠陽に向かって粗相をするわけにはいかず、恭平の顔に向かって噴射したのだが、当然吹きかけられた当人からは抗議の声が上がる。

「フフ、冗談です」

「はっはっ、殿下、お戯れが過ぎますぞ」

「お楽しみのところ申し訳無いんですけどね」

笑い合う悠陽と紅蓮に恭平が水を差す。

「俺がここに呼び出されたわけ、俺なりに考えてみたんだけど確認してみていいですか?」

「どうぞ」

恭平の問いかけに悠陽が頷きながら促した。

「まず今日この日まで殿下が我々レイヴンズの士官に会った事が無いと言うのが色々拙かったんでしょう。内閣総理大臣が既に会っている以上、周囲の目もあるでしょうし、殿下にも面子というものがあるでしょうから」

「……続けて下さい」

「そう言った意味では会うだけなら別に誰でも良かったんでしょう。でも殿下自ら軽々しくマザーレイヴンに赴くわけにもいかない。それこそ周囲の目を気にしないわけにはいかないでしょうからね。……雁字搦めっスね」

「……」

最早悠陽は何も言わなかったが、恭平が言葉を重ねる度にその場の空気が重くなる。それこそが恭平の言葉が真実であることを無言のうちにに語っていた。

「そこで急遽俺達を帝都城に呼び出すことにしたのでしょうが、ここで活きてくるのが月詠大尉が言っていた『日本人だから』ってやつで、見るからに外国人のギリアム司令やエイジス大尉を呼び出しては周囲の目……いや、もう取り繕うのはやめましょう。国砕主義者でも居て付け入る隙を与えたくなかったのでしょう。兎に角、彼らの目を気にしないわけにはいかなかった。そこで目を付けられたのが名前も見た目も日本人の俺ってわけですね。まあ、出自が輪を掛けて特別な白銀を呼び出したのには別の理由があるんでしょうが……ま、こんなところでいかがです?」

恭平がそこまで語り終えると沈黙がその場を支配した。武自身恭平がそこまで考えていたとは思い及ばず言葉も無かった。そもそも武は恭平がこれほど思慮深い人間だとは思っていなかったのだから無理も無い話ではある。しかしその沈黙を打破したのは悠陽だった。

「見事ですね、椎野。どうやら私達はそなたのことを侮っていたようです」

「いえいえ、考える時間は山ほどありましたからね。で? 俺もう帰っていいですか?」

「いいえ、私はそなたの話も聞きたいのです。今日一日のご辛抱を」

途中、恭平の言葉に真耶がその形の良い眉を吊り上げたが、悠陽がやんわりと恭平を引き止めることで事無きを得た。武としては生きた心地がしなかったが……。

「も……ねえ。つーか俺今日帰れないんスか?」

「どうかご容赦を」

「じゃあ先ずは白銀の話ですね。俺は黙ってますんで、さあどうぞ。あ、ケーキのおかわり貰えます?」

そう言うと恭平は手ずからティーポットから自らのカップに茶を注ぐ。
その言動に紅蓮と真耶が顔を顰めたが素直にケーキのおかわりを用意する辺り、恭平を一応客人と認めているのかもしれない。

「俺の話……ですか?」

「いいえ白銀。そなたの話は既に紅蓮達から伺っております。その話を踏まえた上でそなたには私の話を聞いて戴きたいのです」

「え? 殿下の話を……ですか? オレなんかでよければいくらでも」

この展開は予想外であったが、自分で話をするよりは気楽であるといえた。

「そなたに感謝を」

馴染み深い言葉を前置きにして悠陽は語り始める。

「夢を見るのです」



 ◇ ◇ ◇



悠陽の語る夢の話に武はその身を凍らせた。
何故ならその夢の内容とは『あの世界』での武の体験そのものだったのだから。

「――そして眩いばかりの閃光に包まれる中、冥夜は何事かを呟くのですが私にはどうしてもそれを聞き取ることが出来ずに、見ていることしか出来ない我が身を呪い、ただ哀しくて目を覚ますのです……。どうでしょう白銀? 私の見る夢はそなたが体験した世界の出来事に相違ありませんか?」

武はどう答えたものかと一瞬頭を悩ませたが、結局正直に答えることにした。多少の食い違いがあれば気のせいで済ますことも出来たのだが、夢という形とは言えここまで完璧に自身の体験を追体験されたのでは、誤魔化しきることは不可能である。

「殿下の仰る通り、オレが見てきた世界の出来事に間違いありません。そこで質問なのですが、殿下はいつ頃からその夢を見るようになったのでしょうか?」

「正確な日付は覚えておりませんが、今月に入ってからだと記憶しています」

「……成る程」

恐らく自分とレイヴンズがこの世界に来た日付けと重なることだろう。
なにが原因かまでは分からないが、00unit候補者達の資質が別の世界の因果を無意識の内に引き寄せるものだとしたら、高い資質を秘めていた冥夜の双子の姉である悠陽にもその資質があると考えるのが妥当だろう。それがなんらかの原因でその才能が極端に開花したのかもしれない。

これは横浜に帰還後に、夕呼に相談してみるべきだろう。尤も彼女のことである。全てを悠陽から打ち明けられた上で、武を派遣した可能性も否定は出来ない。

「ならば白銀。そなたの知る世界とこの世界が別の物であると認識した上で、私には一つ憂うことがあるのです」

「……クーデター……ですね?」

「……はい……」

二人の会話に今まで黙って聞き役に徹していた紅蓮が声を荒げた。

「白銀よ、そのような大事なこと、どうしてあの時語らなかった?」

「……申し訳ありません、紅蓮閣下。正直、あの事件に関してはオレ自身未だに心の整理がついていないのです。当初はその余裕も無く仕方が無かった事だと無理やり自分を納得させたのですが、考えれば考えるほど納得していない自分に気付かされまして……無論このことは夕呼先生……いえ、香月博士にも言っていません。あの人に話せばこれ幸いにと状況を利用することでしょうから……それにあの事件は不確定すぎます。何しろ数あるループの中でもクーデターが起きたのは、最後のループただ一度きりですので」

「フム、しかしな白銀よ、貴様一人で考えあぐねていたところで如何にもなるまい。これは国家の一大事である。出来れば聞いておきたいところであったな」

「それは……いえ、その通りです。申し訳ありませんでした」

自分一人の力ではどうにも出来ないことがあると散々思い知ったはずの武ではあったが、自分が上手く立ち回ればどうにかなるのではないかと希望的観測の元に動こうとしていた感は否めない。それを今再び紅蓮によって諭されたのだ。武に反論の余地はなかった。

「紅蓮、お説教はそのぐらいで良いでしょう。それよりもこれからのことです」

「これは老婆心が過ぎましたかな? どうも歳を取ると説教臭くなっていけませんわい」

そう言って「がはは」と笑い飛ばしてくれた紅蓮に、武は心の中で感謝した。

「その件について、俺からも一ついいですか?」

それは今まで興味が無い風を装っていた恭平の発言だった。

「申してみて下さい。今は藁にも縋る思いですゆえ」

「ちょっ、藁にもって……まあいいや。別に大したことじゃありませんよ。俺達はクーデターの話は白銀から聞いていましたが、結論から言わせてもらえばクーデターを事前に防ぐことは不可能でしょう」

「何故だ? 首謀者がはっきりしているのだから、殿下が彼等の声に耳を傾ければ未然に防げるのではないか?」

食って掛かったのは未だに恭平のことを快く思っていないであろう真耶である。まあ、恭平の出会ってからの言動を鑑みれば無理からぬことではあるのだが。

「これは事件のあらましを白銀から聞いた印象なんですけどね。かの大国の影が見え隠れしているのは皆さんもお気付きでしょうけど事件の首謀者、えーとなんてったっけ?」

「沙霧大尉ですか?」

「そう、その沙霧にしたところで踊らされているだけでしょうし、むしろ全てを承知した上で自ら踊っていた感じがするんですよ。本来のシナリオを自分好みに書き換えつつね。そういった意味では、かの大国は完全に思惑を外されたわけですが、そこに至るまでの道筋もどうもきな臭い」

「どういうことでしょう?」

先を促したのは悠陽であったが、今やこの場にいる全員が恭平の言葉から耳を背けられずにいた。

「つまりですね、この国の未来の為にあえて沙霧大尉を焚きつけた人間がいるのではないか、ということですよ。恐らくその人物、或いは勢力かもしれませんが、最早クーデター自体は未然に防げないことを悟ったのでしょう。ならばそれを最大限に利用してこの国の膿を一掃することを考えたんじゃないでしょうか?」

そこまで聞いて、武の脳裏に一人の人物が浮かび上がった。その人物であれば事件を『戦略研究会』とやらが発足される以前から察知することも容易いであろうし、その言動からそのぐらいの事は涼しい顔でやってのけそうでもあった。

帝国情報省外務二課課長、鎧衣左近その人である。

「いや……そんな……まさかそこまでは……」

「なんだ、白銀には心当たりがあるのか? まあそれは追々問い詰めるとして、兎に角それほどの人物、もしくは勢力でも真相に辿り着くにはさぞかし時間が掛かったことでしょう。元政府認定テロリストの立場から言わせて貰えば、あの規模の動乱を起こすには、準備期間に少なくとも二年から三年はかかったんじゃないですかね? 逆算してみるに沙霧大尉に声がかかったのはこの一年未満の間でしょう。となれば、ここで沙霧大尉を説得して事件を未然に防いだとしても、また別の時期、別の誰かによって事が起こるのは明白です。その時は本当にただの乱痴気騒ぎでしょうね。だからこそ、その誰かさんはコントロールし易い沙霧大尉を選んだんでしょう」

恭平の言葉に、武は最早かける言葉も無かった。自分の予想が正しかったとするならば、恭平の予想は真実味がありすぎた。恐らくあの夕呼ですらも、恭平の言う誰かさんの尻馬に乗ったにすぎないのだろう。

(つーかこの人、よくもオレの話だけでここまで思いつくよな……)

「……フム、では椎野よ、貴様はどうすれば良いのだと考える?」

武が物思いに耽っていると、紅蓮から恭平に質問が投げかけられた。

「ン~、一番手っ取り早いのは売国奴と呼ばれるような勢力と、かの大国の間諜の一掃でしょうが、これは無理でしょう。そもそもこれが出来るのなら、誰かさんもこんな回りくどい事をしないでしょうしね。だからこそ俺は未然に防ぐのは無理だと言ったわけですが」

「他には?」

「第二に、ここはもう思い切って沙霧大尉に事を起こして貰う事ですね。そうすれば一連の流れを知っている以上、白銀の知る世界よりもよっぽど上手く事が運びますよ。でも知ってますか? うちの部隊の発足理由。ハッキリ言ってテロだの暴動だのが起きた日には容赦はしませんよ……多分」

「却下だ。他には無いのか?」

恭平のアイディアを斬って棄てたのは、勿論真耶である。

「もう、そんなに言うなら月詠大尉も少しは考えて下さいよ……。言っておきますけど何の犠牲も払わずに、全てを円満に解決する魔法みたいな方法は思いつきませんからね」

「構いません。何か妙案があるなら言ってみて下さい。もしそなたの案を採用したとして、何らかの犠牲が出るのであればその時はこの煌武院悠陽、政威大将軍の名に掛けて全ての罪業を背負う覚悟はあるつもりです」

なんというかいつの間にか恭平がまるで軍師のような立場になっているが、果たしてこれでいいのだろうかと武は思う。何しろ今日横浜を発つまでは、このような展開は微塵たりとも予想していなかった。彼自身の招聘理由の考察から現在に至るまでに分かったことは、自分は今まで恭平の上っ面しか見ていなかったということだ。つまり分かったような気になっていただけなのだ。

白状するならば、正直、恭平のことを、場を引っかき回すだけの厄介者とすら思っていたかもしれない。二週間程度の付き合いで、彼の全てを知ったつもりになっていた己を恥じた。早い話が見直したのである。

「まあ殿下がそこまで仰るのなら案がないこともないのですが、面倒臭いっスよ?」

そう前置いて語られた恭平のアイディアは面倒臭いどころの話ではない。上手くいけば万事丸く収まるが、一手下手を打てば戦争も起こりかねない。

流石にこの場での即決は出来ずに保留となったが、根回しだけはしておこうということで、この話題は締めくくられた。



 ◇ ◇ ◇



その後、話題は恭平の世界の話へと移っていた。

以前、エイミに聞かされた話は歴史や戦争のことばかりだったのだが、恭平の語る話題は、主に文化の違いについてだった為、武も退屈しないで済んだし、悠陽や真耶も興味を惹かれている様子だった。

「滅びに瀕しても尚その様に明るい未来が待っているのであれば、私達も膝を屈するわけにはいけませんね」

そう言って微笑む悠陽の笑顔が武の脳裏にこびりついた。

楽しい時間が過ぎ去るのは早い物で、気付けば夕飯の時間を迎えようとしていた。

既に一泊することは決定済みだったのだが、まさか帝都城内に宿泊することになろうとは、夢にも思わなかった。てっきり近場のホテルにでも滞在するつもりでいたのだから、この申し出は武にとっても意外と言わざるを得ない。なんでも真耶の話では、

「それでは椎野が逃げるだろう」

とのことで、図星だったのか恭平は渋い顔をしていた。この期に及んで未だに逃げ出そうと考える、恭平の心根に武は心底敬服した。

夕餉の食卓を彩ったのは山海の天然物の食材で、自分達が今、VIP待遇であることを窺わせた。このご時勢にいかに将軍殿下であろうとも、否、悠陽の性格を考慮すれば、日頃からこのような贅沢をしているわけではあるまい。

このことについては、武は勿論、恭平も素直に礼の言葉を口にした。

「良いのです。そなた達は客人であるのですから、招いた私が持て成すのは当然のことなのです」

その言葉で、武は悠陽の気持ちを遠慮無く受け取ることにした。

「ところで明日の予定なのですが――」

用意された食事を片付け、一息ついたところで悠陽が話題を振ってきた。

「明日は市ヶ谷へ赴いてもらいます。無論、私も同行しますが」

「市ヶ谷……ですか?」

武は地名こそ知ってはいたが、そこに何があるのかまでは把握していなかった。

「市ヶ谷……ってことは、技術廠ですね」

「聡いですね、椎野。その通りです」

本当に今日は恭平には驚かされっぱなしである。まさかこの世界に於いて自分の知らないことまで熟知していようとは思わなかった。それを口にすると、

「お前が不勉強なだけだ」

と返され、武はぐうの音も出なかった。

「フフ、兎に角そこで巌谷中佐が待っています。私は詳しくは聞き及んでいないのですが、なんでも戦術機関連の技術のことで相談したいこといがあるとか」

「どうも俺はそっちが本命っぽいな。ところで巌谷中佐って誰だっけ?」

「椎野中尉も顔ぐらいは見たでしょう? あの顔に傷を残したお人です」

伝説のテストパイロット等と言ったところで伝わり辛いと考え、武は容姿を思い出させることにした。

「ああ、あの『嘘かこの野郎!』って俺を怒鳴った人か……。嫌だなあ、俺のこと忘れていてくれてるといいんだけどなあ……」

「それは無理です」

あの後に聞いた恭平の話では、顔を憶えられない内に退席するための嘘だったらしいのだが、逆効果にも程がある。あれでは憶えておけと言っているようなものだ。

「貴様はあっちこっちで何をやっているのだ?」

悠陽の傍らに控えていた真耶のぼやきにも似た一言で、楽しい夕食はお開きとなった。

因みに答えるものは誰も居なかったと言う。



 ◇ ◇ ◇



その夜、自分にあてがわれた寝室で早々に休むようにと真耶から言い渡された武ではあったが、なかなか寝付かれず帝都城内を散策していた。

一歩部屋の外へ踏み出せば、護衛の名を借りた監視の目があると考えていたのだが、そのようなものは一切無く、武を拍子抜けさせた。

考えにくいことではあったが、余程信頼されているのか、或いは元からこういうものなのか、いずれにせよ勝手に出歩いている武のほうが不安になるほどだ。

(まあこんなことしてるオレが言う事じゃないよな)

胸中で呟きつつしばらく気の向くままに歩を進めると、帝都が一望出来るテラスのような場所に辿り着いた。

「へえ、こんな場所があるんだ……」

思わず声に出して呟くと、背後から予想し得ない声がかかった。

「白銀?」

「で、殿下?」

薄手の寝巻きにショールを羽織った煌武院悠陽殿下の登場である。

「眠れないのですか?」

「ええまあ、そうなんですけどね……って、いやいや、殿下の方こそ護衛も連れずにこんなところに来たら拙いでしょう。月詠大尉はどうしたんです?」

武の尤もな質問に悠陽は可愛らしく小首を傾げて見せた。

「はて? そう言えば姿が見当たりませんね。いつもならば私が寝付くまでは室外で控えているのですが……」

豪胆というか、器がでかいというか、呑気というか、兎に角、武は悠陽の余裕の態度に開いた口が塞がらなかった。

「少し話をしませんか……?」

悠陽の言葉で武は開き直ることにした。

「殿下の仰せのままに」

「怒りますよ、白銀。私はそなたや椎野の飾らない態度がとても気に入っているのです」

そう言って頬を膨らませる悠陽の姿は、歳相応の少女に見えた。

「ははっ、冗談ですよ殿下。それにオレは元々礼儀をあまり知らないので、取り繕ったところであまり長続きしません」

「まあ、そなたは意地悪ですね」

「よく言われます」

言いながら二人で顔を見合わせて笑い合う。

不思議な感覚だった。武が悠陽と接触したのは、あのクーデター騒ぎの中での一度きりである。その為かお互い余裕が無く、常に剣呑とした空気に包まれていたと記憶している。いかに今の悠陽が夢で『あの世界』の情報を得ようとも、これは再会ではない。しかし彼女と笑い会える日が来たことを、素直に喜ばしくも思えた。

「『あの世界』でのクーデターの折り……私はそなたが傍にいてくれたことにとても安心感を抱いていた様に感じられました」

言葉が断定的でないのは、やはり自分の実体験ではないからなのだろう。

「まさか。あの時は自分に自信が持てずに一番ぐらついていた時期です。オレは殿下を安心させるような事は何一つ出来ませんでした。むしろ殿下の言葉にこそオレは救われました。お礼を言いたいのはこっちの方です」

当時の自分を思い返しながらの言葉だった為、上手く笑えたか自信がなかった。きっと悠陽の目には自分はさぞ滑稽な姿に映っていることだろう。

「謙遜するでない。それに私がそう感じたのだからそれで良いではありませんか」

「そう……ですね。では、お言葉ありがたく頂戴しておきます」

「よしなに……それに、ほら――」

そこで言葉を区切ると、悠陽は武の肩に自分の頭を預けてきた。

「ちょっ、殿下!?」

「とても安心出来ます」

これは流石に拙いのでは、と思いつつも将軍殿下にそう言われては振りほどくわけにはいかない。否、武には振りほどく度胸など最初から持ち合わせていないのである。

「もしも……もしもですよ? 私が窮地に陥ったら、そなたは私を助けてくれますか?」

そのような問いかけなど意味は無い。何故ならその答えは武にとって考えるまでもないことなのだから。

「勿論ですよ。困ったことがあったらいつでも言って下さい。文字通り飛んで駆けつけますよ」

「そそそれとですね、そなたにお願いがあるのですが、笑わずに聞いていただけますか?」

悠陽の狼狽ぶりを見ると、先程の質問はあくまで前振り。恐らくこちらが本命なのだろう。

「どうぞ。決して笑いませんので仰ってみて下さい」

「……では」

深呼吸で息を整えてから言葉を紡ぐ。

「わ、私とお友達になっては戴けませんか?」

正面から向き直る形でそう言われた武は、悠陽のあまりの必死な様子に思わず吹き出しそうになる。しかし、約束したからには笑うわけにはいかない。

「あれえ、恐れ多いことではありますが、オレとしてはとっくに友達のつもりだったんですが、駄目でしたか?」

武は肩を竦めておどけてみせる。

「い、いいえ。決してそのようなことはありません!」

悠陽は頭が取れるのでは? と心配になるほど首を大きく何度も振って、武の問いかけを否定した。

「殿下、友達というのは作ろうとして作るものではなく……いや、そういうのもありかな? とにかくいつの間にかそうなっているものなんですよ。だからオレと殿下はもう友達です」

そう言って笑う武の微笑みは、本人は意識してさえいないが女性のハートを蕩けさせるには充分で、それは時の政威大将軍、煌武院悠陽とて例外ではなかったという。



この時悠陽は、「そ、そなたに感謝を」と言いながら武の胸に頭を預けるのが精一杯で、後日改めて今夜のことを思い返し「やはり友達は失敗だったのでは?」と、この時今一歩踏み込めなかった自分を大層悔やみ、夜毎枕を涙で濡らすことになるのであるが、それはまた別の話である。



 ◇ ◇ ◇



武と悠陽が束の間の逢瀬? を楽しむ中、それを物陰から見守る一人の男が居る。

言わずと知れた、椎野恭平その人である。彼は今日の出来事をかなり根に持っていた。

「くっくっくっ……ガードが甘いよ白銀。俺を嵌めた報いを受けるがいいさ」

小声で囁きながら、携帯端末のオプション機能の一つであるカメラモードを使い、白銀武のスキャンダラスな絵面を激写しまくっていた。勿論シャッター音などはせず、フラッシュを焚かずとも暗闇でも真昼の様に映し出せる親切設計。一歩使い方を誤れば、犯罪者確定物の一品である。

「ほう、それでその写真を一体誰に見せるつもりだ?」

「知れたことを。無論、横浜在住の斯衛中尉の真那さんよ。これを見せた時、彼女がどういう反応をするか、想像しただけで笑いが止まり、ま……せん……よ?」

その時初めて自分以外の声に気付いた恭平が振り返った先に見たものは、表情をたたえない能面の様な面持ちのまま佇む、月詠真耶の姿だった。

「い、いたんスか? 真耶さん……」

「貴様に名を呼んで良いとは言った覚えがないがそれはまあいい。割と最初からいたぞ。尤も、貴様はパパラッチに夢中で気付かなかったようだがな。全く……少しは見直したと思った途端にこれか? 呆れて物が言えんわ」

恭平は昼間の追いかけっこが既にトラウマで、指先一つ動かすこともままならない。

「で? 今撮ったものは直に見れるのか? 見れるようなら私が検分してやろう」

「はは~」

最早多くを語らず、恭平は携帯端末を真耶に差し出した。

「む、使い方が分からん。教えてくれ」

「えっとですね、画像を見るにはこの辺のパネルをタッチして下さい」

「便利な物だな……ほう、よく撮れているじゃないか」

「あーもう煮るなり焼くなり好きにして下さい」

恭平は早々に白旗を揚げた。正直生殺しが一番辛い。

「一つ確認するが、これを見せるのは真那だけなのだな」

「まあそのつもりですけど? 他の誰かに見せてもあんまり面白くなさそうだし」

ゴシップ誌に売り込もうなどという下衆な考えは恭平には毛頭無く、あるのはただ白銀武への報復行為と、本人が見て面白いか否かだけである。

しばらく睨むように恭平の瞳を見つめていた真耶だったが、不意に口元を笑みの形に歪めた。

「面白そうだ。いいだろう、許す。やれ」

そんなことを言い出す真耶に、恭平は豆鉄砲でも食らったようにただ呆然となる。

「い、いいんですか?」

「それを見せると真那は怒るか困るのだろう。面白いじゃないか? むしろ存分にやれ」

「……月詠大尉。俺はアンタのことを少し誤解していたみたいだ。許して欲しい」

恭平は真耶の物分りの良さに、ただの堅物だと思っていた自分を恥じた。俯いたまま顔も上げられそうにない。

「馬鹿者、泣く奴があるか。それに誤解はお互い様だ。ただし、その画像が外へ流出した場合は分かっているな? 貴様の命、無いものと思えよ」

「イエス・マム!」



神の御業か悪魔の悪戯か?

今夜この場で奇妙な同盟が結ばれた。

これを期に白銀武と月詠真那は、ことあるごとにこの二人にちょっかいを掛けられることになるのだが、それもまた別のお話である。







 あとがき

G.Wが終っちまうよう。どうも、type.wです。

今回は長いかな? そうでもないのかな? 書いてると良く分からなくなります。

とりあえずもう一回だけ(多分)閑話にお付き合い下さい。

それにしても武の恋愛原子核はマジハンパねえっスわ。私みたいなのが書いてもご覧の有様です。

言い訳をさせて貰えばこんなはずじゃありませんでした。なんでこうなっちまったのかなあ? ま、いっか。

例のアンケートもどきは、今のところ回収編が3票、TE編が2票という下手をすると同数で並び、結局自分で決めざるを得なくなるか、同時進行も視野にいれなければならなくなるという、作者にとっては悪夢のような可能性も否定しきれなくなってきました。

まあ、あと一話ありますよ。追々……追々ね。


ではまた次回お会いしましょう。それでは今日はこれにて。 


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.693560123444