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[26597] 弟子と転生と双子の兄
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/05/05 19:14

 メインはリリカルなのはでとらハの要素を混ぜながら、オリジナル主人公とオリジナルキャラが関わっていく話です。
 よろしくお願いします。






[26597] 第1話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:52


 日が沈み、もう夜中だ。こんな日はさっさと帰って、お風呂に入って暖まり、布団に入って幸せになりたい。
 そうだというのに、俺は夜中に町中を歩いていた。俺に課せられた仕事の一つ、町の見回りというやつだ。正直面倒だからやりたくはないが、やらないと上から怒られてしまう。何もない。そう思っていたのに始めて間もないのに、とんでもないものと遭遇した

 日々穏やかな生活を過ごしていきたい。

 そんな夢を見ていた日が確かにありましたとさ・・・。

 「グルォォォォォオオ!!」

 現在、目の前で怪物が甲高い叫びを上げている。相手の言葉がわからずとも、何を言っているのかわかる。

 「喰ったろかーー! だな。食欲が旺盛なのはいいことなのか?」

 できることならペットフードで我慢してもらいたいものだ。人を食べておなかを満たすのは賛同できない。しかも、自分がエサならなおさらだ。

 「何落ち着いているんですか!」

 側にいる相棒が、冷静に現実逃避している俺に大声で言う。威嚇している怪物よりも俺の体からにじみ出るやる気のないオーラが気になったようだ。
 いや、だってさ。まさか初日からこんな大物にであうとはおもっていなかったんだもの。さすが俺の悪運といったところか。

 「とりあえず、退治をしましょう。あなたはこういうのが得意なんですよね?」

 「一応やるけどさ。自信はない! ……帰る?」

 「帰りませんよ!」

 「だってさ。師匠たちも付き添っていない、初めての全てを任された仕事だぞ。自信なくして良いじゃん」

 「・・・・・・普通は張り切りません?」

 「そんな心がけ、どこかに忘れてきたよ」

 だってさ、みんな強いんだよ。師匠とかそのお仲間さんとか、絶対人間超えているよ。それに比べてみれば俺は弱者だ、雑魚だ。と言うわけで帰りたい。けど、帰ったら殺されそうだ。なぜなら俺は弱者だからだ。・・・・・・なんていう説得力だ。涙が出てくる。

 「確かに、私も腕試しで戦ってみましたけど……」

 軽くあしらわれていたよね~。異世界の魔法とか、いろいろみれて俺はおもしろかったけど。

 「私、一応そこそこ強いと思っていました……」

 地球に来たのが運の尽きだ。一般人はそうでもないけど、ちょっと裏を見てみると恐ろしく強いのがわんさかいるからな。その存在を隠さなきゃいけないほどのが。

 「と、ともかく、がんばりましょう!」

 まあ、半人前の俺と異世界の使い魔という心配のつきないパーティーだけどやるしかないか。

 「がんばるしかないのか・・・このまま逃げ帰ったら、師匠たちに殺されるしな」

 「何ですか、その逃げ場のなさは?」

 「気にしたら負けだよ。この世界に入って学んだ大きなことは、諦めることだ」

 「退廃的過ぎじゃありませんか!?」

 「とりあえず、あの怪物の中にある魔石を確保しますか」

 目の前の怪物もそろそろ空腹が限界らしい。牙をむきだして、よだれを垂らしている。

 「いくぞ、リニス。突っ込めーー!」

 「打ち合わせでは、私はサポート役で俊也さんがメインですよね!?」

 「ゴー、ゴー!」

 そのまま、俺は怪物へと向かう。刀を抜き、いつでも振るえる構えを取りながら相手との距離を縮める。

 「結局あなたが突っ込むんじゃないですか!」

 後ろで猫の使い魔が大声で何かを言っているが放っておく。まじめな子はからかうのが楽しいな~。最近の俺のささやかなオアシスです。

 早く終わらせて、家で夜食でも食おう。そして、さっさと寝よう。


 この俺、梅竹 俊也(うめたけ しゅんや)がこの事件に巻き込まれた経緯を説明するには一日ほど時をさかのぼる必要がある。







 授業終了のチャイムが鳴り響く。これで、今日の授業も終わりだ。

 ……平穏な時間が終わり、俺の悪夢が始まろうとしているのだ。ああ、帰りたくないな。

 「よっ、俊也、これから公園に遊びにいかねえ?」

 俺がこれからの苦難を想像して絶望してると、何とも脳天気な友人が声をかけてきた。

 「何だ、神代 健太(かじろ けんた)、性格 バカ、職業 変人」

 あだ名は健(けん)で、奇怪な行動が得意。

 「何、そのプロフィール!? そして誰に紹介しているの!?」

 「これがこの学校からおまえに対する評価だが、何か問題でも?」

 「問題あり過ぎだ!」

 「何をそんなに騒ぐ必要があるのか。ほら、みんなが俺の言葉に頷いているだろ」

 バカという辺りで、クラスメイトたちがゆっくりとうなずき始め、変人のところでは大きくうなずいていた。

 「もしかして、俺って取り返しのつかないところまで来ている?」

 まさか今更気がつくとは遅すぎる反応だな。そんなことは一年の頃から誰もが気がついているというのに。

 「いやいやいや、俺は大丈夫だ。なぜなら俺はオリ主。女性から嫌われることなんて無いはずだ」

 何かぶつぶつ言っている。言葉の端々は聞こえるが相変わらず言っていることがわからない。たまに聞いたこともない単語を言うので、誰も知らない異国の言葉に聞こえる。

 「相変わらずの電波だね」

 後ろから声をかけられたので振り向く。

 「つばさか。どうした、おまえから声をかけるなんて珍しいな」

 もう一人の友人が近づいてきたのだ。その友人の名前は八神つばさ。つばさは一人を好んでおり、俺や健が声をかけない限り誰かと話をしようとはしない。しかも、こっちから声をかけない限り、口も開かないという筋金入りだった。
 それだというのに、今日は珍しくつばさから声をかけてきた。

 「なに、今日はスーパーで卵が安いんだよ」

 「……それがなにか?」

 いきなりこいつは何を言い出すんだろう。話題を振るのが苦手だからって、突然卵の話をするのは無いと思う。

 「わからないの?」

 「はっきり言って、説明不足だ」

 たいていのクラスメイトは、意味不明なことを言われて逃げてしまうらしい。言葉数が少なすぎるのがやつの難点だな。それでも、根気よく話を聞こうとする俺や健にしか、つばさが話をしようとしない。そんなことを他人から聞かされると、もしかして俺とこのバカがおかしいのかと思ってしまう。まあ、深くは考えないことだな。
 それから、つばさは大きなため息をついた。やれやれといった感じで説明をすることにしたようだ。このような態度も、つばさが他人から敬遠される理由の一つらしい。

 「卵が一パック10円だ。これは破格だよ。とんでもなく安い!」

 何とも熱の入った主張だろう。何もこのようなときに発揮しなくても良いと思う。普段とのギャップに、周りで様子を見ていたクラスメイトが引いている。

 「そしてお一人様一パック限り! これが何を意味しているのか君たちにわかるのか?!」

 「……スーパーの客引きか?」

 とりあえず答えを言っておく。卵が一パックは安すぎる。それでは利益をとれない。それなのにその価格で売り出すと言うことは、客を呼び寄せたいのだろう。一人一パックがその証拠だ。

 「バカだおまえは! 健以上のバカだ!」

 「なぜ俺に振る!?」

 さっきまでぶつぶつ言っていた健がつばさに言う。しかし、今はそれどころじゃない。

 「ちょっと待て、俺が健以上のバカとはどういうことだ? この上ない侮辱だ!」

 「おまえも待て!」

 健がうるさい。今は人としての尊厳を獲得するための戦いをつばさとしているんだ。おまえは黙っていろ。

 「確かに、健以上は言い過ぎたよ。謝る」

 「おまえら、俺に恨みでもあるのか!?」

 相変わらず健はうるさいな。ともかく、謝ってもらったからにはこれ以上言うのも野暮だろう。つばさは卵をどうしたいのか聞くこととする。

 「俺放置!?」

 うるさい第三者は放っておこう。

 「一人一パックということは、僕一人では一パックしか買えない。もっと欲しいから手伝って」

 なんて言う傲慢な頼みだ。それに従う義理はない。

 「残念だが、卵一パックは俺も欲しい。故に断る!」

 俺は家の家事を任されている。もちろん食事もだ。だから、卵が安いと言うことは俺にとっても有益な情報だ。得することを他人に渡すことはない。

 「僕の家は二人家族だ」

 「だからなんだ?」

 俺の家も大人が一人と猫が一匹の大所帯だ。おまえのところよりも一匹多いぞ。

 「それは多いのか?」

 ギャラリーが何か言っているが気にしないでおこう。

 「だが、妹はいないだろう」

 でた。こいつの病気が始まった。
 実は、健もつばさも顔は良いし、頭も良い。それなのに、健は変人という理由で、つばさはこの病気が理由で周りからだめな人扱いされている。

 「病の妹のために、ささやかだが卵を届けてやりたいという気持ちはないのか!」

 教室中に響き渡る大声で、つばさが叫んだ。それに対して周りは慣れたもので、また始まったという顔でつばさの方を見ている。

 「うるせえ! だったら、妹を連れて、買いに行けばいいだろう。それで二パックだ」

 「正気か!? 車椅子に座った妹を、激安の戦いの渦に放り込めと? 貴様は鬼か? 悪魔か? 人でなしか?」

 やばい、この人怖いよ。自分の欲しいモノは自分で狩ったらどうだと、提案しただけでなぜここまで言われなければならないのだろうか? 目が血走っていてすごい迫力だ。だが、それくらいでへこたれる俺ではない。とは言っても、病気の家族を持ち出されたら、これ以上言うのも気が引ける。

 「だったら、俺がつきそうよ。ついでに荷物も運んでやる」

 ギャラリーこと健がつばさにこんな提案をしてきた。だが、つばさはそれを拒否する。

 「黙れ! 貴様はどうせ、妹が目的だろう! そのまま家に上がり込んで、不届きなことをするつもりだろう!」

 つばさの言葉に健が焦って応える。

 「ち、違う。ただ単に楽しく会話してフラグを立てようと」

 そこまで言って、口を押さえる。健はしょっちゅう考えていることを、思わず言ってしまうことがある。それで、自爆ばかりしているのだから懲りないやつだ。

 「そんなフラグとか意味不明なことを言っているやつが信用できるか! 例えだ、例えとして、一億七千五百三十七万八千九百七十五歩譲ったとして、俊也は許そう。だが、おまえはだめだ。八百億歩譲ったところまでシミュレーションしてみたが、やっぱりだめだ」

 「それだけ譲歩しても、俺はだめなの!?」

 「いやいやいや、俺だとしても一億歩も譲る状況なんて、きっとこないだろう」

 俺は果たして一億歩も譲ってもらおうためにはどんなことをすればいいのか。想像もできない。

 「そんなことを無いよ。俊也だったら、手足を自らの手で切り落とし人生を妹に捧げると誓うなら、窓の外から一目見ることは許してあげる」

 「グロイしハードル高すぎるだろ! そこまでしても、一目っていったい!?」

 「そこまでしても、俺は一目見ることも許されないのか……」

 つばさの妹への溺愛ぶりは、病気を取り越してやばい呪いにでもかかっているかと考えてしまうほどだ。

 「あの~~」

 そんなとき、一人の少女がこちらに声をかけてきた。

 「高町か、どうしたんだ?」

 俺たちが三人で話しているときに声をかけてくる人がいるなんて珍しい。たいてい、一メートルは誰も近づかないというのに。
 高町なのは、周りからは運動が苦手でちょっととろい子というイメージがあるが、俺はそうは思ってはいない。この輪に入ってくるところ辺り、勇気がある人だ。以前も初対面の女の子のために相手に向かっていったこともある。

 「八神君は、商店街にあるスーパーに行こうとしているんだよね?」

 どうやらつばさに話があったようだ。

 「ああ、そうだ。今朝のチラシに卵の安売りが書いてあった」

 こいつは毎日朝のチラシをチェックしているらしい。妹のことと言い、何ともまめなやつだ。俺は朝刊を読むだけで精一杯だというのに。

 「確か、そのスーパーって、午前中に安売りが終わっちゃわなかったっけ?」

 そのとき、俺を含めた三人の動きが止まった。考えてみればそうだった。卵の激安売りが小学校が終わる時刻。つまり、午後以降に残っているはずがない。
 時計を見ると、もう三時過ぎだ。残っていたら奇跡だ。

 「あ、あれ? わたし何かひどいこと言っちゃったかな?」

 「そんなこと無いわよ。なのはは真実を言ったまで」

 「けど、梅竹くんたちにはそれは残酷だっただけだよ」

 側にいた高町の親友たちがそっと、高町の肩に手を置く。

 「なのははこの争いを止めたのよ。それは立派なことなの」

 「そうだよ。なのはちゃんは、勇気のある行動をしただけ。もっと胸を張って良いんだよ」

 その後、クラスに残って今までのやりとりを見ていた人たちが、ぞろぞろ帰って行った。そして、誰もいなくなって初めて、俺たちの体の硬直が溶けた。

 「きみの所為だ!」

 つばさの拳が健にぶつかる。

 「理不尽?!」

 そのまま健は吹き飛び、大きな音を立てながら机とともに倒れ込んだ。

 「僕に謝れ! むしろ、妹に謝れ!」

 「今までのやりとりで、俺は妹に何したよ!?」

 なんか乱闘が始まった。いつものようにくだらない争い事だ。明日には二人とも忘れて元通りでいるだろう。だからみんな止めないし、放って帰ることにしたようだ。これがうちのクラスの日常と言っても良いだろう。

 「何ともおかしなクラスだ」

 「「「おまえが言うな」」」

 残っていたクラスメイトが俺に一斉に言った。はて? 俺におかしなところはあっただろうか? わけがわからない。

 「・・・・・・ああ、疲れた」

 これから、修行だというのに、もう精も根も尽き果てたかのような感覚だった。
 気晴らしに窓から外を見る。
 空はどこまでも青かった。





[26597] 第2話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/01 09:26

 あれから帰路についた。これから、修行が待っている。正直、苦しいのはつらいが、必要なことはわかっているし、日々強くなっていることは実感しているので、受けるしかない。
 修行開始まではまだ時間はある。今日は師匠の仕事が忙しいので、その相棒が見てくれることになっている。その人は時間に厳しく、早く来すぎると怒る。寝っ転がりながらのんびりしているところを邪魔されるのが嫌いなのだ。
 そんなわけで、気晴らしに町内を散歩しながら帰ることにした。

 曲がり角を曲がったそのとき、足に何かがぶつかった。正面に人はいないので、誰かを蹴ったわけでもなさそうだ。何を蹴ったのだろうと、下を見てみると、そこにはきらきらと輝く石があった。
 何なのかと、気になって拾ってみる。表面はすべすべで、青く透明なきれいな石だ。ガラス玉かとも思ったが、よく見てみるとそれとは決定的に違う点を発見した。

 「……魔力がある」

 その中心から魔力がわき出していたのだ。魔力とは魔法を使う際の源となる力のことだ。普通、魔力は万物に宿るという。物質であったり、生き物であったり、大気であったりだ。それらに含まれる魔力の量というのはだいたい決まっている。ものであるなら特にだ。稀に生き物で肉体に宿る魔力が通常より高かったりするものは、魔法使いの才能があるという。目の前にあるのは物質で、宿っている魔力の量が、普通の鉱物とは桁違いだ。

 「魔石かなんかか?」

 師匠に見せられて、今までにいくつか魔石を見たことがある。それでもここまで大きな魔力は初めてだ。そんなものがこんなところに転がっているはずがない。師匠だって見逃さないはずだ。それがここにあると言うことは、最近ここに落ちたのだ。
 人為的なのか、自然なのかわからない。

 「これは面倒なことになったかな」

 魔力の扱いを知らないものが持てば、暴走するかもしれない。持ち主の石にかかわらずにだ。それほど、この石に眠っている魔力は膨大で強力だ。何かの意志に触れ、吹き出すかしれない。魔力の扱い方を知っている人間が持てばまだましかもしれない。少なくても周りを巻き込んで大惨事が起こる心配はない。悪用するにしても、この辺りでバカをするほど命知らずはいないだろう。何たって、この町には師匠がいる。
 ともかく、このことを報告した方が良いだろう。
 そう考えて、家に帰ろうとした。けど、

 「……もしかして、俺に回ってこないよな?」

 師匠は何かと忙しい。世界中を飛び回って、悪霊、悪人や怪物退治など危険な仕事をやっているし、俺の通っている学校の理事もやっている。それで、俺に家事を押しつけるほどだ。
 ちなみに、俺の修行はその仕事の合間に見て、それ以外は師匠の相棒が見る。
 と言うことはだ。もしかしたら、この石以外の魔力を持ったアイテム探しに、俺がやらされるのかもしれない。
 師匠は仕事ができて、修行をゆるめるような優しさは持ち合わせていない。つまりだ。俺の負担が増えると言うことだ。

 「……見なかったことにしよう」

 そこまで考えて、俺は今まで何もなかったことにした。
 石なんて拾わなかったし、魔力を持ったアイテムなんてわからなかった。
 石をポケットに放り込んで、俺はそのまま山へと逃げていった。






 山まで来て、木陰で休むことにした。この山は猫が仕切っているらしい。詳しいことはわからないが、そのようだ。だから、この山ではよく猫を見かける。
 のんびりしていると、猫が姿を見せた。

 『おっ、あんたか』

 「お久しぶり」

 俺は猫の言葉がわかる。これは師匠の相棒にたたき込まれた。何年も前から学んだかいがあって、今では動物の言葉はたいていわかる。

 『ちょうど良かった、来てくれ』

 猫が近寄ってきて、俺の手をかみながらそういう。
 さっきから、俺に頼み事をする猫は、ここら一帯の野良猫たちのボスである大虎だ。何でも、父親の代から野良猫たちの頭役をやっているらしい。

 「いてえよ。いったい何だよ」

 良い感じで、まどろんでいたというのに、痛みで眠気も吹き飛んだ。そのことに腹を立てて言うが、相手は対して気にもしないで、俺の手を咥えて引っ張る。

 『あっちで新入りの猫が死にかけているんだ。助けろよ。あんた姐さんのところに住んでるんだろ?』

 「しらねえよ。おまえこそ、ここら辺のボスなんだろ? おまえが助けろよ」

 猫なんだかトラなんだかわからない名前のくせに、なんと情けないことを言っているのか。人に頼らず、猫でどうにかするべきだと思う。

 『できたら、こんなこと頼まないよ』

 「う~~~」

 面倒くさくて渋っている俺に、大虎という猫が言う。

 『姐さんに言いつけるよ』

 「わかったよ。畜生!」

 決して逆らえない上下関係がある。このことを師匠の相棒にちくられたら後が怖いので手伝わないわけにはいかない。
 気が乗らないが、今日は面倒事が多い日らしい。そろそろ、いろいろあきらめなければならないようだ。





 大虎につれられてきてみると、大勢の猫がいた。円陣を組んでいるように座っていて、その中心に猫が一匹倒れている。
 どうやら、倒れている仲間の猫が気になって集まっているのだろう。この山の猫は仲間意識が強い。

 『俺らじゃなかなかうまくいかなくてな。できることなら病院まで連れて行って欲しいんだが』

 病院とはこの山の猫たちがお世話になっているところだ。たいてい獣は人間や病院を嫌うものだが、そこは別らしい。院長の人柄や野生動物を無料で治療するところに多くの猫たちが感謝しているようだ。
 仕方なく、その猫を抱えて病院まで運ぼうとした。だが、その猫を見て気づいた。

 「これ、もう手遅れだな」

 すでに治療が間に合わない段階まで来ていた。傷が見あたらないところから、おそらく衰弱だ。後まもなくで息を引き取る。相手の生命エネルギーを感知する修行もしている。緩やかだがゆっくりと命の灯火が消えようとしていた。
 病院まで運んでいる時間もないし、間に合ったとしても手の施しようがないだろう。

 『やっぱりか……』

 大虎もうすうす感づいていたらしい。傷が無く、息があることからかけてみようと言ったところだろう。だが、遅かった。
 せめて墓でも作ってやろうと、辺りを見渡す。日当たりの良さそうな場所と、何かきれいな花でもないかと探してみる。
 何か掘るものでもないかと、荷物入れの中を思い出す。そうしている内にあることを思い出した。
 ポケットに入れていたあの石だ。

 「助かるかもしれないな」

 『本当か!? さすが姐さんのとこの舎弟だな。頼りになる』

 舎弟か。確かに弟子だけど。まあ、今は良いか。

 「今日はおまえは運が良い。本当に運が良いな」

 ここまで見てしまったら、何もしないというのも目覚めが悪い。命が失われるときまで面倒くさがっている場合ではない。このために日頃からつらい修行を受けている。
 俺はポケットから石を取り出し、精神を集中させた。
 辺りが膨大な光に包まれ、奇跡が起きた。







 「ただいま~」

 俺はいつも通りの様子で家の戸を開ける。この家は古風な家だ。木製で、入り口も引き戸ではなく、横にスライドするタイプだ。畳の部屋が多く、台所がフローリングではなく地面という古き良き日本住宅と言ったところだ。

 「おや、お帰り」

 声とともに一匹の猫が出てくる。

 「タマさん、迎えを言いに来るなんてめずらしいじゃないか」

 「今日はちょっとね」

 今の言葉も間違いなく目の前の黒猫から発せられた言葉だ。その猫はタマという名前で、この家に住んでいる師匠の相棒だ。さすが師匠の相棒と言うべきか、タマさんは普通の猫じゃない。猫又だ。つまり、猫の妖怪で、百年以上生きた猫が人の言葉を話せるようになったもの。時々二足歩行で徘徊するからびびる。その強さは師匠並みで、俺の逆らえない人の一人、いや、一匹だ。

 「ところで、その鞄の中に隠している猫はなんだい?」

 げっ、ばれた。
 実は、さっき助けた猫が鞄の中に入っている。特殊な方法で助けた猫なので、病院にそのまま渡すのもどうかと思い、とりあえず家まで持ってきたのだ。

 「早く出しておやり、かわいそうじゃないか。そんな息苦しいところで」

 「さすが猫には優しい」

 自分も元猫なだけあって、猫だけに優しい。その優しさを少しだけ、自分にも分けてくれないかと思う。

 「早くおし!」

 しっぽをぴしゃんと床にむち打ちながらタマさんが叱ってくる。これ以上機嫌を悪くさせられると、今夜の修行が怖い。さっさと出すことにしよう。
 俺は鞄から猫を出して、そっと床に置く。床に置かれた猫をタマさんはじっと見つめる。

 「ふむ、ちゃんと息はしているようだ」

 とりあえず怒られることはないらしい。それはそうだ。猫を救ったのだ。猫好きのタマさんに怒られる道理はないはずだ。

 「だめだね。治療の仕方が雑で、所々でまだ完治していない部分がある」

 そういって、タマさんがぎろりとこっちを睨んだ。相変わらず採点が厳しい。これでも、かなりがんばったんだけど。

 「まあ、今回はこれ以上言うのは止めておくよ」

 助かった。どうやら、今日のタマさんは機嫌が良いようだ。いつもなら、復習もかねて、何時間も講義を聞かされるというのに。
 タマさんはしっぽの先を、未だに眠り続けている猫に当てる。そうして、タマさんは生命力をしっぽに通して送った。

 「これで、もうじき目が覚めるよ」

 どうやら、あの一瞬の間に完全に猫を治したようだ。その手並みは鮮やかと言っていいだろう。

 「さすがっすね」

 「あんたもこれくらいできてもらわなくちゃ困るよ。わたしたちが教えているんだから」

 「えーーっ」

 どっちかって言うと戦う方を集中的に鍛えられている。確かに治癒も少しは習ったけど、おまけみたいなものだと思っていた。

 「全部できなくてどうするんだい」

 と言うことは、師匠は全部できるのだろう。戦っていることしか見ていないが、あれは師匠の実力の一端のようだ。全くもって恐ろしい。
 すると、今まで眠っていた猫が目を開けた。本当に完治したのだろう。さらには体力も回復させるとはさすがと言っていい。何百年と生きている猫または俺とは格が違う。

 「それじゃあ、その子はあんたが面倒見るんだよ」

 そういって帰ろうとするタマさんに、俺は待ったをかけた。

 「ちょっと、完治したならのに返してやった方が良いんじゃない!?」

 元々そのつもりだった。わざわざ、これ以上負担を増やすつもりはなかった。ただでさえ気むずかしいタマさんがこの家にはいるんだ。

 「じゃあ、その子を放り出すって言うのかい?」

 「別にそうは言ってないよ。この町には猫御殿や猫山があるしさ。どうとでも生きていけるだろ?」

 この町は本当に動物に優しい。新入りのために集まってくれる大虎たちが住む山や猫好きの子供がいる大きな屋敷がある。さらには犬好きの子供が住む大きな屋敷とそろっていた。ネズミの救済地は知らないが。

 「猫の一匹や二匹、養う甲斐性が無くてどうするんだい」

 「俺の負担が増えるって」

 学校だけじゃなくて、家事もやっているし、修行もこなしているんだ。毎日大変だって言うのに、これ以上やることが増えるのは勘弁してもらいたい。

 「何を言っているんだい。あんたが助けた命だろ? あんた以外の誰が面倒を見るって言うんだい」

 「なぜそれを……」

 驚いた。なぜそこまで詳しく知っているのかわからない。けがを治したところまでは予想できても、命まで救ったことはわからないはずだ。蘇生などまだ習っていないから、使えないことはわかっているはずだ。あれからまっすぐ帰ってきたから、大虎が言いに来たと言うことはないはずだ。ここらへんじゃ誰も知らないはずだ。猫の情報網が優秀だとしても、もう少し時間がかかるはずだ。

 「私が気づかないとでも思ったのかい? あれだけの魔力を使ったというのに」

 「うっ……」

 さすがタマさんだ。いろいろ鋭い。長年生きているだけのことはある。

 「それに、その子はそんなに手間がかからないよ。ねえ、いい加減喋ったらどうだい」

 タマさんに声をかけられて、今までおとなしく俺たちを見ていた猫が、口を開いた。

 「どうしてわかったんですか?」

 猫が喋った!? いや、タマさんと話している時点で驚くことは間違っているんだけど、この猫しっぽは一つだよ。猫またじゃないのにどうして喋れるの!?

 「私の目は節穴じゃないよ」

 「キャッツアイとか?」

 「ふざけたこと言うんじゃないよ」

 猫の爪が一閃する。遠く離れているというのに、爪によってできた真空刃が、俺の顔を襲った。

 「目が! 目がーーーー!!」

 顔にダイレクトヒットした。顔が痛くてたまらない。
 冗談の通じない人だ。

 「だ、大丈夫ですか?」

 「やべえ、久々に優しい言葉をもらった!」

 師匠やタマさんは俺が苦しんでいても表情一つ使えないって言うのに、この猫は心配してくれた。ちょっとうれしい。

 「この子はね。使い魔だよ」

 使い魔? 確か、西洋方面の?

 「そうだね。動物に魔力を与えて、知恵をつけるんだよ。この子が普通の猫以上の魔力を持って、私たちの会話を理解している風だったからピンと来たよ」

 「さすが猫。そういった機微がわかるのね」

 「猫だけじゃないよ。私はいったい何年生きていると思っているんだい」

 「年齢のことに触れられると激怒するくせに、どうしてそういうこと言うのかな?」

 「ああん、何だって?」

 「何でもないです。はい」

 聞いただけで猛獣が逃げ出しそうな声色で言う。そういえば、年齢がいくつか気になって、しつこく聞いて半殺しにされたこともあったな。
 猫またの年齢って気になるんだよね。最低でも百年は生きないと、なれないって言うし。百年ごとにしっぽが一つずつ増えるからしっぽを見れば良いんだけど、タマさんはそれが嫌で妖術でしっぽ隠してるから。一本にしか見えない。

 「そうです。私は使い魔です」

 どうやら助けた猫は西方からやってきたらしい。なかなか珍しいな。会話もできる高等な生物が生き倒れていたなんて。

 「それはその……」

 その辺の事情は言いにくいらしい。口を開こうとしない。

 「およし。その子にはその子の事情があるんだよ。あんたも男なら深く詮索するのは止めて、そっと側に置いてやり」

 さすが年の功。言うことが違う。
 けど、それを九才の少年に求めるのは酷じゃない?

 「例え未熟でも、戦場に出るからには一人前だよ。相手はそんなこと待っちゃくれないし、理解もしてくれないんだから」

 別に好きで戦場に出る訳じゃないんだけど。て言うか、強制的だよね?

 「口答えするのかい?」

 「ほら」

 本日二度目のタマさんの爪が俺を襲った。

 「それで、あんたの名前はなんて言うんだい?」

 ちょっ、もがき苦しんでいる俺は無視ですか?

 「はいっ、リニスです」

 この子頭がいいや。逆らっちゃいけない相手と理解して、即答した。
 見つけた魔力の固まりと言い、新しい家族と言い、これからいったいどうなっていくんだろ?
 とりあえず、目が! 目がーーーーーーーーーー!!

 「うるさいよ!」

 ちょっ!! おいうち!!?






[26597] 第3話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 03:05



 新入りも増えたことだし、今日の晩飯は豪勢にいくとしよう。
 そう考えながら、俺は晩飯の食卓の準備をする。
 タマさんの好きな鮭を使った炊き込みご飯、味噌田楽、大根の味噌汁、サワラの西京漬けを用意していく。
 タマさんは魚が好きで、何かと食事は魚中心になってしまう。師匠がいると肉料理が多くなるのだが、今日は仕事らしく帰ってはこないので、タマさんの希望が尊重される。

 「やれやれどっこいしょ」

 タマさんが、席に着く。それにしても、若く見られたいのなら、そういった発言は控えればいいと思うのは俺だけだろうか?
 口に出すと顔をひっかかれるので黙っておく。今は、味噌汁を運んでいる途中だ。残念、汁物を持っていなければ言えたのに。

 タマさんは正座で座り、箸を持っていただきますを言う。そして、箸を上手に使いながら、食事を口に運んでいった。
 それにしても、猫が箸を使うところはシュールだ。あの肉球でどうして箸が持てるのだろうか?

 作法がわからないリニスは、なるべく失礼の無いようにと、タマさんをまねしながらそれにならっている。だが、どうしても箸がつかめない。
 なぜ? と首をかしげて何度も挑戦している。だが、どうやってもつかめない。
 そりゃそうだ。
 あんなのタマさんにしか無理だ。

 「無理しなくて良いぞ」

 「い、いえ。大丈夫です」

 タマさんができるのだから、自分もがんばればできると思っているようだ。そのがんばる姿はどこか哀愁が漂う。それはそうだ。猫の手で箸を使おうとする行動はどこか悲しみを感じさせるからだ。

 「あきらめるんだ! タマさんは別格なんだ、あれは猫の形をした別のの何かだから! そんな無理をしないで!」

 「おかしなことを言うんじゃないよ!」

 タマさんの爪が俺の顔面を襲う。

 「うぎゃああああっ!」

 タマさんいたいよ。そのうち、顔に消えない傷の跡ができるよ。

 よし、今は何も持っていない。引っかかれても大丈夫。

 「これなら」

 リニスの姿が変わる。猫の姿から人の姿に形を変えた。

 「これでこれが使えます」

 得意げな顔をして箸をつかむ。人の形になったため、ちゃんと箸をつかむことができた。
 まあ、手がでかくなったしそりゃあできるよね。
 箸をつかんがことを確認して、リニスがやったと言った、顔をしている。
 何だろう? ここはほめてあげた方が良いのだろうか?

 「凄いじゃないか」

 ちょっと棒読みだったけど、俺の言葉にリニスは満足したようだ。

 「私だってやればできるんです」

 何だろう。この猫、なでくり回したい。さすが猫、小動物を見ているような感じにさせられる。
 けど、元は猫だけど、今は人間の女性の姿。しかも年上っぽい。帽子もしてるし、なでるのは遠慮しておいた方が良さそうだな。
 ちなみに、リニスが猫の姿から人の姿に変身したことには、これっぽっちも驚かない。だってタマさんもできるし。人に変身できる悪魔や妖怪とかを見てきて、俺もその辺の感覚は麻痺しているらしい。無理にでも驚いた方が良かったかな? けど、今更遅い気もするし。
 リアクションに悩んでいると、リニスは持つことができた箸を使って、ご飯をつかもうとする。けど、なかなかうまくいかない。力加減を誤って取りこぼしてしまう。まあ、初めての猫に箸を上手く使えったってむりだよな。

 「スプーンかフォークでも使うか? それとも、猫の姿に戻って口をつけても良いぞ」

 「いえ、大丈夫です!」

 なにやらプライドというものがあるらしい。俺の意見を拒否する。
 食事で苦労したって、おいしく食べられる訳じゃないんだから、楽な方を選べばいいのにと思う。
 リニスはがんばるが何度もご飯をつかめないでいるので、ちょっと無理矢理にスプーンとフォークを渡した。最初は渋っていたが、どうやっても扱いこなせない箸にあきらめて、最終的には使うことにしたようだ。スプーンとフォークはちゃんと扱いこなせるようで、その二つをうまく使って、幸せそうにご飯を食べ始めた。

 「これおいしいですね」

 「喜んでもらえて何よりだ」

 タマさんはあまり表情を変えないで食事を取るので、こういった反応は素直にうれしい。まあ、ちゃんとタマさんも最後まで残さずに食べてくれるので、喜んでいることはわかっているが、もっと師匠みたいに顔で表現して欲しいものだ。

 「和食は初めてかい?」

 「はい」

 なるほど、普段は洋食、もしくはキャットフードか。この家は和食ばっかだからいやというほど食えるぞ。……たまには洋食も食べたいな。

 「西洋かぶれは嫌いだよ」

 「このグローバルの時代に何いってんの?」

 師匠なんて、一年の半分も日本にいないのに。そういえば、師匠の料理は動物を豪快に丸焼きにして、塩振って豪快にかぶりつくものだったな。あの料理法は正直どうかと思う。そういえば、あれは和食なのか? 洋食なのか?

 「うるさいよ!」

 目が! 目がーーーー!!!






 食事も終わり、修行の時間。これから、修行場まで行って、基礎訓練と実戦訓練。師匠とタマさんは実戦訓練に重点を置いている。理由は、見ているのは暇だからそうだ。……基礎訓練に重点を置いて欲しい。普通、基礎から固めるものではないだろうか? 100%の悪意がそこにはある。

 「良い機会だね。リニスも見にきな」

 「はい。わかりました」

 何だろう。そこにはっきりとした主従関係がある。さすが動物の本能と言ったところか、ありゃあ絶対逆らったりしないな。リニスもさっきの条件反射に自分で驚いているようだ。

 「そうだ。言い忘れていたけど、拾ったやつ以外の魔石をちゃんと回収しておくんだよ」

 ……もう一度お願いします。

 「聞こえなかったのかい? そのポケットに入っているやつ以外のものもちゃんと回収しろってことさ」

 「何で知ってんの!?」

 まだ、あの石はタマさんに見せていないはずだ。よくわかるな、それが石だと言うことを。見た目すら当てるとはさすがタマさんと言ったところか。

 「別に石だって限ったことじゃないよ。魔力のあるものを魔石っていっただけさ」

 「なるほど。けれど俺がそれを持っているってよくわかったね」

 「今のあんたに蘇生なんてできるわけがないからね。それくらいのものを使わなくちゃできないだろ」

 うわ~、ほめられているかけなされているのかわからない。

 「自分で考えな」

 「は~い」

 とりあえず、気のない返事を返す。タマさんの目は何か言いたげであったが、気をそがれたのかため息をついた後、そっぽを向いた。

 「やっぱりこの石、他のも集めなくちゃいけないの?」

 「当たり前だよ」

 今度は俺が盛大なため息をはく。うすうす考えてはいたが、やはり避けられない道らしい。やることが増えて嫌になる。これが楽な仕事なら別にこれほど嫌ではないが、重労働であると予想できる。魔法関連なんて、たいていそうだ。疲れるばかりで、利益がない。

 「それで、幾つくらいあんのかな?」

 「二十ってとこらじゃないかい?」

 「そんなに?」

 「飛来した魔石はそれくらいだったと思うよ。今はなりを潜めて詳しくはわからないけど、落ちてくるときに一瞬感知できたから、たぶんそれくらいさ」

 先はかなり長いってことか。
 この石、使ったからわかるけどかなりの魔力をもっている。こんなたいそうなものを半人前の俺が一人でできるとは思えない。タマさんに手伝って欲しいけど、さっきの口ぶりから俺一人でやれと言っている。

 「タマさんは手伝ってくれないんですか?」

 「あんたが死んだら、手伝ってあげるよ」

 うわ~、きびしい。本気で助けてくれない顔だよ。師匠もそうだけど、タマさんもたまに出す課題は容赦ないしな。

 「そんなにやな顔をするんじゃないよ。今回は私以外が助けてやるからさ」

 「えっ? やったあ!」

 タマさん以外ってことは、中部の忍者かな? それとも東北のイタコ? 関西の陰陽師? それとも、北海道や中国の方? タマさんよりは弱いけど、みんな俺よりは強いんだよな。頼りになる。

 「リニス、手伝っておやり」

 「私ですか?」

 「ちょっと待った!」

 「いちいち、うるさいね」

 リニスがどれだけ強いのか知らないけど、京を守っている陰陽師や忍法を使う忍より強いと言うことはないと思う。とりあえず反対してみる。できることなら、プロに頼みたい。なぜなら、俺が楽だからだ。

 「わかりました。お世話になっている身ですから、私にできることは何でもします」

 張り切らなくて良いんだよ。人生は適度に怠けて、適度に遊ぼうよ。自分から苦労を背負い込む必要はない。

 「私は実戦も得意なんです」

 止めようぜ。そういうことを言うのは。リニスは戦闘に不向きってことにしておけば、もっと楽な人が来てくれるかもしれないんだから。

 「そのときは、あんた一人だよ」

 「よし、リニス。二人で一緒にがんばろう」

 「あの、その性格、疲れません?」

 「いいや、こんな自分がちょっと好きだけど」

 「そうですか……」

 なんか、俺の行動にリニスがあきれ始めたけど、そんなことは関係ない。俺は俺の道を突っ走るのみだ。

 「じゃあ、あんたの実力を見るのもかねて、あんたもこれからの修行に参加しな」

 「わかりました」

 あ~あ、し~らね。リニスはとんでもないことを言い出した。タマさんの修行に参加することがどういう意味なのかまるでわかっていない。今更止めても手遅れだから、やる気満々なリニスに何も言わないでおこう。せめて、少しでもその気持ちが続きますように祈ってあげる。

 そして、修行場に移って五分後。リニスは涙目になって俺に助けを求めに来ましたとさ。
 めでたしめでたし。

 「にゃにゃにゃーーーーーーーーーー!!」

 おおっ、必死で逃げている。昔の俺を思い出す。

 「次、俊也がきな」

 選手交代、早くないっすか? まだがんばれるでしょ。

 「無理です~~~~~~!!」

 涙目で見ないでください。こっちが悪いことをしている気になるから。自分から言い出したことですよ。





 それから、リニスにとっても、俺にとっても悪夢のような時間は過ぎ、本日の修行は終わった。

 「にゃ、にゃ、……よく続けていられますね」

 「まあ、毎日のことだしね」

 つらくはあるけど、少しは慣れた。慣れたくはなかったが、人間の適応能力とは恐ろしい。

 「ま、毎日にゃんですか?」

 「毎日さ。それにしてもリニス、疲労の所為か言葉が猫に戻っているよ」

 「にゃっ!」

 ははははっ、かわいいかわいい。それにしても、後輩ができるだけで、こんなにも違うものか。苦労をともにしている友人がいると思うと、あんなにつらかった修行が少し楽しかった。
 ふむ、これってもしかしたらタマさんの思惑にはまっているのか? 嫌だ! 俺はぐうたらに生きるんだ! 修行なんて楽しくない!

 「とりあえず、今日はここまでだよ」

 「は~い、今日もありがとうございます」

 「あ、ありがとう、ございます……」

 う~む。修行をつけてくれた礼もなかなか言い出せないところも、昔の俺を見ているようだ。本当に和む。

 「それでリニス。あんた、見たこともない術を使っていたけど、あれはなんだい?」

 あっ、それは俺も気になった。空中飛んだり、魔法陣を描き出しての魔法はきれいだった。日本にも陰陽術とかあるけどそれより幻想的だった。

 「あれが西洋魔法ってやつじゃないの?」

 「違うよ。私も何百という魔法を見てきたけどね」

 何百か。さすが何百年も生きる猫又。桁が違う。もしかしたら何千年かも。まさかね。

 「あれは初めてだよ。それに、魔法の系統ともどこか違うようだ」

 どうやら、タマさんの知らない技術があったらしい。タマさんはとても長生きに加え、道楽で諸外国を旅したりもするらしい。そのときに、いろんな国の裏も見学するらしい。それにより、タマさんの知識は膨大だ。地球で知らないことは、ないと言っていいほどにだ。タマさんが知らないと言うことは、それほど異端なものらしい。俺は気にならなかったけど、さすがタマさんだ。抜け目がない。

 「あ~、はい。それはその~」

 リニスがなかなか話そうとしない。どうやら、言って良いものかだめなものか決めあぐねているようだ。そんな煮え切らない態度に、タマさんがいらつき始めてきた。

 「まどろっこしいね。さっさと言いな」

 「あれ? 無理矢理聞き出すのはいけないんじゃなかった?」

 食事前に確か俺にそんなようなことを言っていたはずだけど。

 「それはそれ、これはこれだよ」

 なるほど、自分には適応されないってことだな。さすが師匠の飼い猫。言うことが違う。そんな自分主義なところがすてきだ。
 ちなみに、決してほめてはいない。

 「あう~~~、俊也さ~~~ん」

 「やめて! そんな捨てられたような猫のようなまなざしをこっちに向けないで!」

 そんなことされても、俺にできることなんて何一つ無いから!

 結局は、タマさん相手に俺たちがかなうはずもなく、リニスの身の上について聞くことになった。
 とは言っても、リニスがミッドチルダという異世界の出身で、落ちていた石がロストロギアと言う広大な宇宙の古代遺産と言うやつらしいとのことだけだ。どうして、異世界の使い魔がこの地球に来たのかは、タマさんは聞かないことにしたらしい。
 ちなみに俺は話半分に聞いていた。訳の分からない言葉が出たら眠くなりませんか? そして、難しい話になったら頭が理解することをやめませんか?

 「ミッドチルダか、聞いたこと無いね」

 「右に同じく」

 「数々の次元世界の中で、最先端の魔法技術を持つ世界ですね」

 どうやら、とんでもなく大きなところらしい。行くつもりは全くないからどうでも良い情報だが。きっと明日には忘れているだろう。

 「地球に害のある存在なら、いずれ戦うことになるかもしれないね」

 「あの~、怖いことは言わないでください。かなりの戦力を持っているところですよ」

 しかし、タマさんが負けるとは思えない。そして、何かの拍子で戦争になってしまいそうだ。SFでよく見る宇宙戦艦に、師匠やその仲間たちが立ち向かう。
 ……沈む沈む、船が沈むよ。はっ! 多くの命が星になるシーンが見えた。

 「ともかく、そのエネルギー結晶体はクリスタルって言うんだな」

 「ロストロギアですよ! 私の話を聞いていました!?」

 「およし!」

 「はい?」

 いきなりどうしたのだろう。タマさんが大声を出した。

 「別に異世界に私たちが合わせる道理はないよ。ここは、地球。魔石、もしくはエネルギー結晶体と呼び」

 さすがこだわりのある猫。他に譲ると言うことはしない。

 そんなこんなで、俺とリニスの魔石集めが始まった。
 面倒くさいな~~~。








[26597] 第4話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 03:11





 世界の終わり。今日はそんな日に最適だ。
 校舎の校門前で、俺は絶望をかみしめていた。

 「盛大に晴れているが」

 ああ、登校してきたつばさに冷静につっこまれた。今日はなんて日だ。

 「失礼だね。人の顔を見て苦虫を噛み潰したような表情をするとは」

 いろいろあるんだよ。いろいろさ。
 こう気分が落ち込んでいるときは、あの騒がしいやつに元気を分けてもらおう。つばさに健の居場所を聞く。

 「そういえば、年中幸せそうなやつはどうした?」

 「うん、先に教室に入っているはずだけど」

 途中、雑談しながら。とは言っても、愛する妹についてつばさが話すだけだが、俺たちは校舎に入る。そして、自分たちの教室のドアを開けた。

 「キタ―――(゜∀゜)―――!!!」

 そこにバカはいた。なんだか、言葉にすら表情が浮かび上がっている。どういったテクニックで発声しているのだろうか? あいつは結構多芸だ。

 「さすが春だ。バカに拍車がかかっているね」

 「ああ。だが、今日はいつも以上に絶好調だな」

 テンションがいつもより高い。ここまで高いのも珍しい。

 「今日がその日だ。淫獣降臨! 超常現象発生! 俺は夢を見た!」

 夢一つでここまで幸せになれるあいつは、世界一だと思う。口に出す言葉から、ろくでもない夢のはずなのに、どうしてここまで幸せになれるのかわからない。

 「夢を見たと言うことは、俺にも魔法使いとしての才能がある! 今日から始まる魔法少年リリカルたけし!」

 あれは末期だ。手の施しようがない。

 「だめだあいつ。もう手遅れだ」

 「元々手の施しようなんてあったっけ?」

 確かにそうかもしれないが、できることなら助けたいじゃん。友達として。
 まあ、魔法少年と言っている限り、そこら辺は絶望的な気がしてきた。

 「あいつは、今日何か大切なものを失った気がするな」

 「ちょくちょく落としてはいるが、今日はひときわ大きいね」

 まあ、犯罪には走らないように願うことくらいはしてやろうと思う。

 俺は今日から、師匠たちの課題で鬱だというのに。少しでいいから、元気を分けて欲しい。

 「同時に何か良からぬものに感染しそうだ?」

 「……確かに」

 あいつを遠目で見て、楽しむことで元気に換えようと思う。つばさも健のテンションの高さはたまに役に立つとのこと。クラスメイトも同様で、このクラスの名物となっている。
 変態とはさみは使いようというやつだ。



 机にすっぷしながら、授業が始まるのを待っていると、クラスメイトが次々と登校してくる。扉を開けた瞬間、健の姿を見てびびってしまうが、慣れたものですぐに冷静を取り戻し、苦笑しながら席に着く。
 その様子をぼけーっと見ていたら、一部の生徒が俺に近づいてきた。

 「ちょっと、あれはいったい何があったの?」

 バニングスだ。月村と高町も側にいる。どうやら健のテンションが高い理由について知りたいらしい。
 本人に聞けばいいじゃないかと思うが、話しかけづらいらしい。確かに、あのノリに入り込むには勇気がいる。周りの生徒も気にはなっているようで、健や俺の様子をちらちら見ている。
 最近気がついたことだが、健とつばさに関しては俺を通して、話をするようなシステムができているようだ。健の意味不明の言葉と、つばさの妹への強すぎる愛に、一般人はついて行けないようだ。そこで、二人と会話のできる俺が選ばれたらしい。先生も俺を通して二人に伝えようとするから困ったものだ。理事長のところの子供というのが効いているらしい。何かと頼りにされる。

 「ねえ、聞いてるの?」

 違うことを考えていた。目の前の人を放り出して、関係のないことを考える辺り、昨日言われたことがズシンと来ているな。ああ、いろんなことから逃げ出した。

 「鬱だ。死のう」

 力を抜いてうなだれる。

 「ちょっと! 人の顔を見て死のうなんて良い度胸じゃない!」

 「ちょっ! いたたたた!」

 頭をつかんでアイアンクローを決めてきた。マジでいたい! 師匠たちとの修行で、痛いことに離れているはずの俺が叫んでしまうほどの力だ。
 バニングスは本当に一般人だろうか? そもそも人であるのか?

 「なんか失礼なこと考えているでしょう!」

 「なっ!? なぜわかる!?」

 心が読めるなんて師匠じゃないか。あれほど怖い女性は一人で十分だというのに。

 「あんたは顔に出るのよ」

 なんてこった。これからはポーカーフェイスの訓練をしよう。

 「そろそろギブ! 頭痛い! 中身が出ちゃう!」

 なんだか頭がぼやけてくる。頭の痛みが鈍くなってきた。
 これはかなりやばいんじゃないだろうか?

 そういえば、似たようなことが一年の頃にあった。






 時はさかのぼって、俺が一年生のとある日それは起きた。そのとき俺は、昼休みに何をすることもなくただぼーっとベンチで座っていた。
 日に照らされて、何も考えずに気を楽にしているのはとても気持ちが良く、時間のあるときはよくしていたものだった。

 「貸しなさいよ!」

 「いや!」

 突然、二人の大きな声が聞こえた。なんだと思って、声がした方向を見てみると、二人の少女が言い争いをしていた。俺と一緒のクラスにいる月村とバニングスである。
 それを見つけて、俺はどうしようかと困った。相手は女性。男の俺が出て行ったら、話がこじれそうで怖い。理由もわからない第三者が出ていって、二人の神経を逆なでするかもしれない。それに、女性の争いは巻き込まれるととんでもない目に遭うことを知っていた。子供らしくないが当初七歳でも、すでに師匠の影響で大人の世界に足をつっこんでいる。今でもそうだが、思考がやけにドライだ。
 ともかく、女性の言い争いに参加することは気が引けた。後に子供の内では、そんな心配は全くの杞憂だと言うことを知るが、当初はそう信じていた。

 とりあえず、原因を探ろうと二人の様子を見続けていると、どうやらヘアバンドが原因だと言うことに気がつく。月村のしていたヘアバンドを、バニングスが奪い取ろうとしていた。けんかの理由を理解して、次に二人の関係について考えてみた。
 友人同士の些細なけんかかとも思ったが違った。当時の月村は、内気で他人の顔色ばかりを見ていた。他人と関わろうとはせずに、誰かが話しかけようと近づくとその場から逃げ出すようにどこかに行った。対して、バニングスは、わがままなお嬢様と言ったところだ。何でも実家が有名な会社で周りからは希有な存在としてみられて、距離を置かれていた。入学式のリムジン横付けが効いたらしい。本人も気が強く、気に入らないことは許さない性格で、人との輪になじめずにいた。つまるところ、二人とも友人らしい友人がいないところが、俺から見た当初の二人だった。
 現状をくみ取り、俺はベンチからたった。ふざけあっているわけでもなく、本気のけんかだと言うことを知り、どうにかしなくてはと思ったのだ。それに、今にも二人は手が出そうになっている。現に、ヘアバンドをお互いの手が引っ張り合っていた。
 俺が二人に近づこうとしたそのとき、二人の間に少女が割っては言った。高町だ。月村をかばおうと月村を背にして、バニングスとにらみ合っている。これは良い事態だと俺は考えた。女性の説得は女性に限る。俺は正直ヘアバンドにあまり価値を見いだして無く、どうして喧嘩のかわからなくていたほどだ。良い解決がなされるかもしれない。
 俺は安心したが、その安心は一瞬で壊れた。
 一言二言言葉を交わした後、バニングスと高町がとっくみあいの喧嘩をしたのだ。
 何でそうなると、心の中で絶叫したが、苦悩している暇はない。より状況が悪化したと、二人をあわてて止めに入った。
 それが最悪の結果を生んだ。三人にとってはそうでもなかったらしいが、俺にとっては最悪だった。
 俺は高町のバニングスの間に入った。そこに、今まさに相手を殴ろうとしていたグーが俺に直撃したのだ。
 あごと、あばらに。
 当時から師匠に鍛えられてはいたが、それを避けることはできなかった。相手が女の子と侮っていたこともあるが、直前で急に拳が伸びてきたからだ。
 彼女たちは俺に何か恨みでもあったのだろうか? 入学時の自己紹介から一週間、俺は何もしていないはずだった。
 二人の拳はかなりと言っていいほど強力だった。高町の拳はあごに入り、俺の脳を揺さぶった。バニングスの拳は俺のみぞおちに入り、肺の空気が一気に抜けた。
 その衝撃に俺は耐えられずに意識を手放した。

 次に目が覚めた場所は保健室のベッドだった。ずいぶん長く気絶していたらしい、目が覚めたときに高町とバニングス、月村が側に来て、後ろにはその保護者もいた。
 口々に謝られた。本人からも、保護者からもだ。
 俺はとりあえず言った。

 「おまえら、格闘技とかって習っている?」

 「なっ、習ってないよ!」

 「か、軽くパンチしただけなんだからね!」

 二人は否定したが、未だに俺は信じていない。五年もたてば、高町の拳は鉄をも貫けるだろうし、バニングスの拳は岩をも砕けると思う。
 そういえばそのとき、後ろで高町の兄が引きつった笑みで目線をそらしていたけど、何だったのだろうか?
 俺の気絶した後、高町とバニングス、月村は仲直りをしたようだった。男の子を自分らの手で気絶させてしまったこともあって、良い感じで頭は冷えたらしい。喧嘩は止まった。協力して先生たちに助けを求めたりしたおかげで、いつの間にか嫌な気持ちはなくなり、俺が目をさめるのをまつ間に話をしたりすることで、相手のことが理解できたらしい。
 三人はすっかり仲良しさんだった。
 微妙に疎外感を受けたり、ちょっと悲しい気持ちになったが、変なことを言ってまたトラブルが起きてあれなので、ぐっとこらえることにした。
 その後、しばらくして理事長がやってきた。俺の師匠であり保護者だ。三人の保護者がこれでもかというくらい頭を下げている。

 「お気になさらずに。その程度で気を失っているあの子が悪いんですから」

 そのとき、師匠と目があった。瞬間、俺の最期が見えた。言葉にできないほど大きい殺気が俺にたたき込まれた。ピンポイントでたたき込んできたのだろう。誰もその殺気に反応していない。
 俺は、震えが止まらなかった。今日はなんて厄日だろう。

 「梅竹君、大丈夫? 震えているよ」

 様子が変わった俺を心配して、月村が声をかけてきた。

 「ああ、うん。これから地獄を見るんだ。俺」

 「何言っているの?」

 俺の言葉にバニングスも不思議がっている。今、一瞬で身内にしかわからないやりとりがされた。周りがわからなくて当然だった。

 「心配してくれてありがとう。もう大丈夫。私が見ておくからあなたたちはもう帰って良いわよ」

 師匠に見てもらう方が危険です。むしろあなたが帰ってくださいとは、言葉にすることができなかった。

 「でも……」

 それでも心配そうな周りに、俺はこういわざるを得なかった。

 「だ、だ、だ、大丈夫。理事長と帰るから心配しなくて良いよ」

 多少声が震えたが、みんなわかってくれたようだ。俺のことは師匠に任せ、みんな家に帰ることにしたようだ。
 全員が部屋を出て、扉が閉まる。それを見届けてから、師匠がこういった。

 「わかっているわよね」

 「わかっています……」

 その後、師匠に……






 「はっ!」

 「きゃあっ!」

 なんてことだ。恐怖に回想が打ち切られた。

 「いきなり声を上げないでよ。び、びっくりするでしょ!」

 「いや、夢見が悪くてな」

 て言うより、俺は何でこんな夢を見たのだろうか?

 「梅竹君。大丈夫?」

 俺のことを心配そうに月村が声をかける。うん、師匠と違って、クラスの女子は良い子だ。その親切さが俺の心を潤す。

 「なんか夢を見ていたんだけど、どうしてだろ?」

 首をひねっていると、月村と高町がバニングスの方を見ていることに気がつく。
 もしや、と思って、あることに行き当たる。

 「もしかして、さっきのアイアンクローが原因!? あれって走馬燈だったの!?」

 まさか、俺を生死の境に送るほどの威力がバニングスの右手に宿っているとは思わなかった。

 「ち、違うわよ! あんたが急に寝ちゃっただけでしょ!」

 「いんや、完全に落ちていましたね。はい」

 師匠とタマさんの一撃にも気を失わずにいられるのに、どうして少女の一撃にはあっさり負けるのか。

 「もしかして、リンゴを手で握りつぶせる?」

 バニングスなら鉄をも圧縮できそうだ。

 「私みたいなか弱い女の子にそんなことできるわけ無いでしょ!」

 「か弱い!?」

 「そこに驚くなーーー!!」

 予想外すぎることだったんで、思わず声が出てもしょうがないじゃん。
 ちょっと、高町と月村。あわてて顔をそらしても、バニングスのか弱い発言で驚愕の表情になっていたことは見逃さなかったぞ。

 「こんなことになったのも、元はと言えばあんたの所為でしょ」

 はて? 俺の所為だったのか?
 なんだか、ずいぶん昔のような感じがして思い出すことができない。もしも、俺に原因があったら、謝らなくちゃいけないな。

 「すまなかった」

 「えっ?」

 「えっ、て言われても。おまえがおれの所為だったって言ったんだから、こうして謝ったんだけど」

 「うっ、けど、あなたを気絶させちゃったのは私だし。こっちこそ………ごめん」

 おおっ、バニングスが謝るとは珍しい。しかも、顔を赤らめてだから少しかわいいと思ってしまった。

 「そ、そんなことより! あいつは何でうかれてんの?」

 そういって、バニングスが健の方を指さす。
 あいつ、まだやっていたのか。
 俺が生死の境をさまよっていても、浮かれ続けられるなんて素晴らしい。あいつの妄想はとどまるところを知らないな。

 「何でも、今日のあいつの脳内お花畑は満開らしい」

 「い……いつものことなのね」

 多少引きつった表情で、バニングスが言う。

 「ああ、いつも以上のことだ」

 いつものこと、で通じるほど、あいつの行動はワンパターンだ。例え、より奇怪な行動を取ろうとも、いつものことであるのだ。つまり、根っからの変態なのである。

 「そう」

 バニングスはこれ以上言わない。どうやら、聞きたいことはそれだけだったらしい。
 たったこれだけのやりとりをするために、ずいぶん長い遠回りだった。どうやら、俺が原因だから反省はしておこう。でも、後悔はしない。たぶん、またやるから。

 「それにしても、あいつは本当に幸せそうだな。一度、頭の中を見てみたいよ」

 くよくよしたりしないところは健の良いところだ。見習いたいものだ。そうすれば、師匠たちの修行が楽になるかもしれない。
 ……何も解決していない気もするが。

 「なんか、見たら感染しそうで怖いわ」

 「けど、興味はある」

 さぞかし、きれいな花が咲いていることだろう。嗅いだら幻覚が見え、食べたら間違いなく死にそうだが。

 「あんたも物好きね」

 「そうか? 友人のことをもっと知りたいと思うのは当然だろ? おまえはそうじゃないのか? 高町や月村のことはもっと知りたいだろ?」

 もしかしたら、俺は人よりずれているのか? こういった感覚だけは普通の人と同じだと思っていたが。ずれていたら、ちょっとショックだ。
 俺の質問を聞いて、バニングスの顔が真っ赤になった。

 「なななっ、何言ってんのよ!」

 「あれ? 違うのか?」

 「そ、そんな訳じゃないけど……確かに、なのはたちとは仲良く……」

 だんだんと湯気がたち始めた。どんどん顔の赤みが増していく。
 大丈夫か? そのうち何かがはじけそうで、心配になってくる。

 「はいはい。梅竹君もそれくらいして」

 そういいながら、月村がバニングスを落ち着かせ始めた。さすが親友と言ったところだろう。バニングスは落ち着きを取り戻しつつある。

 「梅竹君、あまりアリサちゃんをからかっちゃいけないよ」

 なのはに注意された。別にからかっているつもりはないが、気分を害してしまったのかもしれない。とりあえず、善処しよう。







[26597] 第5話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 03:17



 アリサたちとの話も終わって、いつも通りの日常が始まる。俺はいつも通り普通に授業を聞いていた。昨日から家族が増えたって、学校でやることは変わらない。学んで、遊んでだ。
 それにしても、授業が始まっても健のやつは終始そわそわしている。まるで、もうすぐおもちゃが手に入るので、楽しみで待てない子供みたいだ。
 確かに、自分たちは子供だが、健のあの調子はいつもとは印象が違う。健は授業中は静かで、たまに居眠りをするほどおとなしい。まれに先生に見つかって怒られたりもする。それでも、テストでは全科目百点なのだからすごいものだ。
 ともかく、朝から健の様子はおかしかった。

 「あいつ、何かあったの?」

 つばさもそう思ったらしい。休み時間、俺に何かあったのか聞いてくる。

 「俺は心当たりがないけど」

 朝来たらすでにあんな様子だった。昨日のうちではそんなことなかったはずだ。

 「僕もだ。ついに精神に異常をきたしたか?」

 「奇行は目立つこともあるが、ある一定の線内で収まっているかと思ったが。・・・・・・かわいそうに」

 「そうだね。だけど、心の病とはいえ病だ。いつか治ることを信じて待ってあげよう」

 「おまえ、医者志望だろ。どうにかしてやれよ」

 つばさは病弱の妹のこともあってか、小難しい医学の本を読んだりもしている。知識はそれなりにある。

 「えっ、移ったら怖いじゃん」

 「確かに、それは怖いな」

 「だろ?」

 自分があんな状態になったらと思うと恐ろしい。つばさの言うとおり、このまま見守っていた方がいいのかもしれない。

 「あんたたち、言いたい放題ね」

 後ろから声がかけられた。振り返るとバニングスたちがいた。どうやら俺たちの会話を聞いていたらしい。

 「まあ、健だしな」

 「この扱いは当然といえよう」

 俺たちの意見は決まっている。健だし、放っておいても大丈夫だというわけだ。

 「あんたたちね……。言いたいことはわかるけど」

 「「わかるんだ」」

 どうやら、健はクラス内でも同じ評価らしい。やたらと頑丈なイメージがあるようだ。まあ、馬鹿は風邪を引かないという言葉もあるしな。

 「うるさい! それでも、話くらいは聞いてあげようって気にはならないの? あんたたち、友達でしょ」

 何という優しい言葉だ。あの健にそんな優しいことを言うなんて、聖女様かと勘違いしてしまう。いや、ないか。聖女に失礼かもしれない。

 「いま、ものすごく失礼なことを考えなかった?」

 「いやいや、そんなことないよーーーー」

 「その棒読みは何?!」

 危ない危ない。なかなかこのお嬢様は勘がいいぞ。まあ、バニングスの言いたいこともわかるので、ここはとりあえず健から事情を聞くとするかな。

 「わかった。ツンデレ様の言うとおりにしておくかな」

 「ツンデレって何よ!」

 ツンデレに反応した。侮蔑の言葉かと思ったようだ。俺にくってかかる。

 「健から教えてもらった言葉だ。普段攻撃的なのに、さりげなく優しい、そんな少女に向けて言う言葉らしい」

 健が言うにはこういうのをツンデレと言うらしい。何かが間違っているような気もするが、辞典を調べてみても出てこないからおそらくこうなのだろう。辞典に出てこないから間違いなのかとも聞いてみたが、正式な言葉と言っていた。とりあえず、理由はわからないが何かと使いやすそうなのでこの言葉を使うことにした。
 改めて考えてみると、なぜかバニングスにしっくりとくる言葉だ。ツンデレとは。

 「誰がツンデレよ!」

 「ぴったりなような気がするが」

 「「うんうん」」

 「すずか! なのは!」

 バニングスの後ろで二人が声に出してうなずいていた。隣をみてみると、つばさも黙ってうなずいていた。どうやら、彼女はツンデレで確定のようだ。

 「ごめん、アリサちゃん。なんだか納得できて……」

 「まあまあ、アリサちゃん。そこまでひどい言葉じゃないようだし」

 「納得するな! それにすずか。さもツンデレが当然なようなことを言うな!」

 後ろで新たな争いが勃発したようだ。今度は俺は蚊帳の外らしいので、放っておいて健の方に向かう。

 「ちょっと待ちなさい! あなたが発端でしょ!」

 俺は一直線に健の方へ歩いて行く。

 「無視すんなーーー!」

 後ろから叫び声がするが気にはしないで置く。
 俺は健のそばに来て、声をかける。

 「健、挙動不審もいいが訳を話せ」

 「挙動不審はいいの!?」

 なんだか、後ろのギャラリーがうるさい。バニングスよ。ツンデレを否定しなくていいのか? ここできちんと拒否しないと、今後言われ続けることになるぞ。
 けど、注意はしない。ツンデレと言われるようになる方がおもしろそうな気がするからだ。俺が発端なのはもうどうでもいいことだ。
 俺はバニングスを無視して話を進める。

 「訳がわからないと、おまえはただでさえ変な子供が、ただの変態になってしまうぞ」

 「何、そのランクアップ!?」

 「どちらかと言えば、ランクダウンな気もするな」

 それにしても、さすが健だ。変な子供というところは否定する気がないようだ。人としていろいろ間違っているかもしれないが、それでこそ健であるべきだと俺は思う。

 「さあ、これから何があるのわからないが、訳も知らなければおまえが変態か変態じゃないかで評価がつけにくい。早く訳を話しておまえが変態であることの確信をくれ」

 「おまえはどうしても俺を変態にしたいらしいな」

 「そうだ。もう少しで、おまえを変から変態にできるんだ。そうすれば、おまえはクラスが認める変態になれるんだ」

 俺は自信満々に言う。

 「おまえなあ」

 俺の堂々とした態度に、健はあきれた表情だ。

 「俺は変じゃねえよ」

 『えっ! 嘘!?』

 健の反論にクラス中が驚愕に包まれた。

 「全員から否定の叫びだと!?」

 「……危ない危ない。もうすぐで意識を手放すところだった」

 「おまえは驚きすぎだ!!」

 だって、おまえがあまりにもおかしなことを言うからだ。おまえが変じゃないなんて、世界を根本から覆すことだぞ。

 「ともかく、何があったか話せ。俺はもう疲れた。早く決着をつけたい」

 「疲れすぎだろ」

 もうすぐで気絶するところだったんだ。それくらい甘く見ろ。おまえの言葉は肉体にも精神にも多大は負荷を与えたんだ。
 健も疲れたように、訳を話そうとする。だが、なかなか説明がされない。
 それというのも。

 「あのな、なんて言ったらいいのか。けど、言うと大変なことになりそうだしな。条約とかにも違反しそうだし」

 にやにやしながら訳のわからないことを言ってくる。

 「ロス……この単語言ってもわからないか。時空……、これもわからないよな。説明しにくいな」

 何か想像してうきうきしているのがわかる。それがわかるだけに、今の健の行動は腹が立つものだった。
 とりあえず、今やるべきことは一つだ。

 「はっ!」

 「ぐふぁっ!?」

 俺の渾身の一撃をやつにたたき込んでやった。きれいに決まり、健はそのまま気絶をした。健は自分の席に座っていたため、事情を知らない人が見れば、気絶ではなく居眠りをしているように見える。

 「容赦ないな。気持ちはわかるが」

 つばさもやりとりを見ていたようで、俺の行動をとがめることはしなかった。
 そしてチャイムは鳴り、俺たちは自分の席に戻っていった。

 そして、日常が始まる。

 「放置でいいわけ?」

 バニングスが気絶している健を見て、こう聞いた。
 その問いに対する答えは一つだ。

 「良い」

 何も問題はない。
 少ししたらすぐに復活する。

 「それもそうね」

 健の生命力にはクラス中が知っている。すぐにそれを思い出して、自分の席に着いた。

 そして、先生が教室に入ってきて次の授業が始まる。
 先生は気絶している健を一目見た後、ふざけすぎないことを俺とつばさに注意して、授業を始めた。
 教師もこのような出来事になれている。なんていいクラスだろうか。
 その後、数分して、健の方を見たら。何事もなかったかのように授業を受けていた。その顔は引き続きにやけていたが、どこも痛そうにしていなかった。
 自分でやっておきながら、一般人のくせに丈夫だなあと感心した。






 そうして、本日の授業がすべて終わる。

 「もう少しだ」

 授業が終わり、帰りのHRが始まる。健はそれが終わるのを今か今かと待ち望んでいる。
 どうやら、健にとってのお楽しみは放課後にあるらしい。
 だが、このままかえってもらっては困る。あいつにはまだやるべきことがある。
 俺は机に手をかけ、いつでも飛び出せるように準備する。

 「よし、待っていろ。俺が今助けてやるかなら」

 帰りのHRが終わったと同時に健は帰ろうと鞄を持って、全速力で教室から出ようとする。
 そこで俺は急いで、出口に回り込んだ。全身をバネに、一気に踏み込む。事前に体を少し浮かせていたから、行動への入りが早く決まった。瞬時に健の前に回り込む。

 「うおっ、縮地!?」

 いきなり目の前に現れた俺をみて、健は驚いたようだ。同時になんか、たいそうなことを言う。ただ、一気に踏み込んだけだ。そんな瞬間移動、俺にはまだできない。
 驚愕している健に俺は言う。

 「待て。まだ帰るな」

 「なんだ? 今の俺は忙しい。話なら後で聞いてやるから、また明日にしろ」

 「そういうわけにもいかない。今しかできな話だからだ」

 どうやら何か別のことを考えていて、重要なことを忘れているようだ。それを今思い出さしてやる。

 「今日はおまえ。掃除当番だろう」

 そう言われて、健はピクッと反応する。
 本当に忘れていたらしい。自分がこのまますぐに帰ってはいけないことを。今すぐにでもちゃんとやらなきゃいけない仕事があるのだ。

 「……明日じゃだめか?」

 「だめだ。今週はずっとだ」

 このクラスでは週ごとに当番が変わる方式をとっている。そのため、今週は俺と健の班は教室の掃除当番だ。

 俺はロッカーからほうきを取り出し、それを突き出す。健は口を開いて、説得しようとするがすぐにやめたようだ。俺が何を言われても引かないとわかったからだろう。つきあいは長い。言葉を多く交わさなくても、答えがわかるのだ。そうして、健は少し考えた後反転して走り出した。

 掃除から逃げた。

 そんなことは俺が許すはずがない。俺の負担が増えるからだ。
 今、俺たちは教室内にいる。教室の入り口のそばに俺がいるから、俺をどかさない限り外に出ることができない。だが、教室には前後で入り口がある。もう一方の入り口にいくのかと思った。だが、健は教室の奥へといく。
 健の行動はより逃げられなくなるはずだった。だが、あの表情はあきらめた時の表情ではない。何か決心した男の目だ。
 まさか!?
 俺の考えは合っていた。健は、教書鬱の窓に手をかけて、そのままジャンプして窓の外へと飛び出した。

 「ちょっ! ここ二階!」

 クラスメイトの叫び声が聞こえる。

 「やりやがったな」

 正直、ここまでやるとは思わなかった。そこまで、掃除をしたくないのだろうか。ちゃっちゃとやれば数十分ですむ話なのに。

 「俺は誰にも止められない!」

 落ちる途中で健が叫んだ。そのまま、きれいな受け身をとって二階からの着地に成功していた。ちょうど、窓の下は平地だったためきれいに受け身がとれたようだ。見たところどこか痛めた様子もない。
 健はクラスでも身体能力がトップクラスだ。だが俺ほどではない。俺は師匠たちの修行で鍛えられているから当然と言えば当然だ。俺の方が自分よりも上だと知っている健は、力ずくで通ることをあきらめ、離れた位置にある窓から外に出ることを選んだ。
 いざというときの判断力も早い。飛び降りるまでの迷いがなかった。自分の身体能力なら二階から飛び降りても大丈夫だと判断したのだろう。実際に成功したし、どこで覚えたのかきれいな受け身も成功していた。
 本当にその才能を、違うところに生かせないのかと思ってしまう。

 「だが、甘い!」

 おまえにできて、俺にできないことはないんだ。
 すでに俺は窓の近くにきていたので、そのまま健の後に続く。

 「おいっ、無茶なことすんなよ!」

 窓から飛び降りた俺をみて、クラスメイトが叫ぶが。すでに、俺は地上に落ちていく途中だった。
 落下の衝撃で体を痛めないように、衝撃を逃がすように着地する。
 修行柄、高いからの落下は慣れている。受け身をとった健よりスマートに着地した。
 すでに、校門へと走っていた

 二階から飛び降りるまでに差が生まれていたため、すでに健との間に二十メートルほど差ができてしまっていた。
 普通なら追いつく距離ではない。健は体力もクラスでも上部に食い込んでいる。普通のやつならあきらめているだろう。
 しかし、俺は普通ではない。
 日頃から修行を続けている俺はクラスで一番だ。たとえ健があいてといえども、この距離の差なら追いつく自信がある。
 足運び、フォーム。師匠たちから習ったとおり、全身に力を込めて一気にかけ出した。
 まだ子供でパワーがない俺は素早さを武器にしようと動きには必要以上に鍛えている。
 そんな俺はすぐに健に追いついた。
 健も全速力で走っていたのに、すぐに後ろから追い越され、回り込まれる。

 「速すぎるだろ。チートか?」

 「相変わらずおまえの言葉は日本語かわからなくなるな」

 「だが、今日の俺は誰もとめられない!」

 「おまえ、さっき俺に気絶させられていただろ」

 「そんな昔のことは忘れた!」

 「昔じゃねえ! さっきのことだ!」

 都合のいい頭だ。たまにうらやましくなる。
 どうやら健はやる気のようだ。俺相手によくやるものだ。

 「うなれ! 俺のゴッドハンド!」

 健が強硬手段に出るが、俺は軽くあしらう。

 なんて素晴らしい神の一撃だろうか。

 健の攻撃など、タマさんに比べれば止まっているようだ。
 拳を払い、重心を崩して、地面にたたきつける。
 こうなった時点で、すでに俺の勝利だ。身体能力は俺の方が上だ。それに、戦闘訓練も受けている。俺にかなうはずがない。

 「さあ、掃除しようね。良い子だから」

 健の襟首をつかんで、引きずっていく。否応なく俺は健を引きずっていく。日頃修行でなれている。子供の体重、それくらいなら走っても楽々と引きずっていける。まあ、それをやると地面との摩擦で健が悲しいことになるけどな。

 「ま、待て! そこに輝かしい、うふふであふふな青春があるというのに見逃せと言うのか!?」

 「おまえまだ九才だろ? 青春に執着するな」

 青春が灰色過ぎて、あの日を取り戻したい中年でもあるまいし、そんな見苦しいのを見せるな。
 いや、こいつの場合はかなり特殊か。そんな中年でもここまで見苦しい状態にはならないはずだ。

 「俺は! 俺は淫獣を助けてフラグを立てなきゃいけないんだ!!」

 はいはい。電波はいいから手を動かそうね。じゃなきゃ、帰るのがより遅くなる。

 「放せ! 俺は、ジュエルシードを集めなきゃいけないんだーーーーー!!」

 「宝石の種って、おまえ、金のなる木も信じるタイプか?」

 そんな楽してお金が手にはいるわけがない。富を築きたかったら地道にこつこつ働くしかないのに、そんなずるをしようとするな。

 「ちげーーーーー!!」

 絶叫がこだまする。だが、どんなに泣き叫ぼうが、俺のやることは変わらない。同じ掃除当番として、健に掃除をさせるだけだ。

 「あんたたちはいつも元気ね」

 「おっ、バニングスたちは帰りか?」

 「ええ、私たちは塾があるから」

 放課後、校庭で遊ぶため、すぐに帰らない生徒もいるが、そうはせずにかえって遊んだり、塾に通ったりする生徒もいる。やることをやったら、後は好き好きというわけだ。俺たちはまだやることがあるので、帰ることはできない。

 「じゃあな」

 「うん、ばいばい」

 「またあしたね」

 月村と高町とも別れの挨拶をする。

 「ちょっと待て! 俺も!」

 「だから、おまえは掃除だって」

 「それじゃあ遅いんだーーー!!」

 それから、暴れ回る健を教室まで連行するのに、時間がかかってしまった。

 その後、あきらめずにどんな手を使ってでも逃げ出そうとする健を止めるのに時間がかかって、帰るのがとても遅くなった。
 今日から帰ってから仕事だというのに、やっかいなことをしてくれたものだ。放課後の休憩時間が無くなった。今度健になにかおごらせようと心に誓う。







[26597] 第6話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:54


 学校での掃除も終わって、俺は帰宅した。魔石探索の仕事ができたから急いで家事を済ませて、時間を割かないといけない。
 玄関から自宅へ入って、そのまま台所に行く。夕ご飯の用意をしてから、魔石を探しに行こう。仕事だからって家のことをちゃんとしないと、後でタマさんに怒られてしまう。
 いつも通りちゃちゃっと食事の準備をして、居間に向かう。
 一緒に仕事をする、昨日から増えた同居人を呼びに行く。

 「リニス~、魔石探しに行くぞ~」

 あれ? そういえば、リニスって年上か? それとも年下か? リニスは敬語で話しかけていたけど、いくつなんだろ?

 そういえば、なんかいろいろあったみたいで、深く過去について聞いていなかったけど、こういったことも知らないな。普段困らない程度に知っておいた方がいいな。
 けど、どの程度までなら聞いたらいいのだろうか?

 「リニス~、どこだ~」

 これからどんな付き合いしていけばいいのかと考えながら、リニスを探し続ける。

 (……まあ、どうでもいいか)

 いろいろ考えるのが面倒になって、気を遣うことをやめにする。
 リニスがいないから、どうでもいいことを考えてしまった。
 いったいどこに行ってしまったのだろう? 散歩かな?

 俺が家中を探していると、そこにいた。

 「zzzz……」

 こたつの中で、とっても気持ちよさそうに寝ている。その表情は極楽の世界にいるようだった。

 「やっぱりおまえも猫なんだな……」

 使い魔とか言ってはいても、結局は猫なんだ。こたつの魔力には逆らえないらしい。

 もう春なのだが、うちはこたつをまだ出している。というより、一年中出してある。
 なぜかと言えば、タマさんが好きだからだ。これ以上のわかりやすい説明はない。

 「お~~い、起きろ~~」

 起こそうと、ほおを突っつきながら声をかける。

 「ふにゃ~~」

 そしたら、邪魔しないでと言わんばかりに手で止められる。
 なんだろう、この愛玩動物は。いざというとき大丈夫だろうか? これから仕事なのに。
 このまま眠り続けられても困るから、早く起こすとしよう。そっと声をかける。

 「あっ、タマさんが怒っているぞ」

 「ねねねねね、寝ていませんよ!」

 タマさんと聞いて、リニスは飛び起きた。昨日のことがトラウマになったのだろうか、声が震えている。その気持ちはよくわかる。

 「冗談だ。タマさんは縁側でひなたぼっこ中だ」

 うちの猫は幸せな生活を送っているなと感じさせられる。

 「だますなんてひどいですよ!」

 「こたつで寝ていたやつに言われたくない」

 どうせ、俺が帰ってくるまでずっと寝ていたのだろう。
 うらやましい。三食昼寝付きなんて。俺も猫に生まれれば良かった。

 「このこたつというのがずるいんですよ……」

 「そうだな。こたつは誰も抗うことができない魔力を持っているな」

 皮肉を込めて、ものすごくいい笑顔を作ってそう言ってみる。

 「何ですか、その顔はー!」

 俺のからかいに向きになって応える。
 うん、まじめなやつをからかうのはおもしろいな。

 「何にやにやしているんですか!」

 タマさんや師匠は逆に手玉にとられるから、こういった反応はとっても楽しい。

 「よし、じゃあ魔石探しに行くか」

 「話は終わっていませんよ~」

 「あはははは……」

 聞こえない聞こえない。ともかく出発しよう。

 「待ってください~」

 こうして俺たちは、魔石探しに行く。





 二人で町中を歩いて魔石を探索する。

 「どこにあるんでしょうね」

 「やっぱり道ばたに落ちているんじゃない」

 そこら辺にきらきらしたモノは落ちていないかな~。

 「……探しているものは大変なものなのに、ずいぶんとレベルの低い話になりましたね」

 「結局は危険物とはいえ落とし物だし」

 「まあ、銀河からの落とし物ですね」

 「そこら辺に落ちているから危ないんだろうけどな」

 「そうですね~」

 とっても優雅な探索が始まった。
 自分が言うのも何だけど、もっと緊迫しなくちゃいけないのではないだろうか?
 リニスものんびりしているのは、まだこたつの魔力が抜けていないせいだろうか?
 おこた、恐るべし。



 あれから、二時間も探した。

 「全然見つからないな」

 「そう簡単には見つかりませんよ」

 「誰か拾ってくれないかな」

 そして、交番に届けてくれないだろうか? そうしたら、交番に通うだけですむのに。
 無理だろうな。魔石って、見た目ただのきれいな石だし。

 「拾われたら困るんじゃないですか?」

 「暴走する可能性があるが、見つけやすくていいじゃないか」

 「良くないですよ!」

 「死者が出なければいい」

 「……被害をなくすようにがんばりましょうよ」

 もう暗くなってきたから、帰ろうか。
 なんか、子供の探検の域を出ていないような気がする。
 けど、夕飯作らないとタマさん怒るからさっさと帰ろう。
 と言うわけで今日は不発に終わった。
 こんな探索なら毎日続けても良い。




 夕食かねてタマさんに今日のことを報告する。

 「大丈夫だよ。あんたの悪運ならすぐに見つかるよ」

 なんか呪いの言葉で返された。反論できないのが何とも悲しい。

 「俊也さんは運が悪いんですか?」

 「そうだな。魔石を拾うところとかな。……あと使い魔拾ったり」

 「ああーー……」

 こいつは、自分がトラブルという自覚はないのだろうか? 最後は小声で言ったが、ここえなかったのか? それともいやなことは聞かなかったとか。その耳是非とも欲しいな。
 使い魔を拾うって、結構まれだと思うのだけど。

 「あんたの悪運は才能だよ。自信を持ちな」

 「不運を誇りたくないな」

 どちらかと言えば、平穏に生きたいです。

 「あんたもいずれ通る道だから、今のうちに自力での事件解決には慣れておきな」

 超常現象に巻き込まれない道でお願いしたいです。

 「そういえば、お師匠さんとはまだあっていませんね」

 「ああー、国際組織の偉い人で、忙しい人だからね」

 日々、魑魅魍魎から世界を守っている。さらに、学校の理事長までしているんだからなかなかあえない。

 「それは大変そうですね」

 まあ、いなければいないで静かなんだけどね。
 タマさん同様に家事ができない人だから、家が汚れて家事に手間取ってしまう。
 うちの人たちは意外にだめ人間です。

 「今夜も見回りしなよ」

 「マジで!? しばらく修行は抜き?」

 タマさんの言葉に俺は心躍る。

 「まあ、喜んでいられのも今のうちさ」

 「何その呪いの言葉!? すっごく怖いんですけど」

 「あんたが大きなトラブルの前に平穏に生きられるはずがない」

 「なんて説得力のある言葉! 思わず涙が出てきそうになる」

 「大変なんですね~」

 ・・・・・・幸せそうに焼き魚をほおばっているところ悪いけど。あんたも手伝うんだぞ。
 何自分は関係ない香って顔をしているんだ? その幸せそうな顔がむかつく。

 「ふふふ、その顔が苦痛にゆがむときはもうすぐだぞ」

 「・・・・・・あんたは言葉の意味がわかって言っているのかい? その前にあんたがひどい目に遭うのに」

 タマさんが呆れたように何かつぶやいているけど、とりあえず放っておこう。
 トラブル早く来いと重いながら味噌汁をすするのだった。

 ・・・・・・あれ、何かおかしい?

 その疑問は、深夜に怪物に襲われるまで気がつかなかった。







 あれから食事も終えて、俺達は夜の見回りに行くことにした。

 「今度は見つかると良いですね」

 「見つかるなーーーーー!!!!!!」

 「そんな熱心に祈らないでください!」

 俺は心の底から願った。何事もなく、平穏に終わることを。
 俺は未だ魔石を持ち続けている。いざというときに治療に使えそうだと言うことで、非常手段として使えそうだからだ。だから、分かる。この魔石は大きな魔力を保有している。これが暴走したとしたら、とんでもない大きなトラブルとなるだろう。それに対して俺は無事でいられるかというと否だ。ひどい目に遭うのは目に見えていた。

 「何事も決して楽にとはいかないんですから、ある程度はあきらめましょうよ」

 「あきらめてたまるか! 俺は人生を楽に生きられるなら一切の妥協はしないぞ!」

 「あなたって、心底だめ人間ですね」

 今頃気がついたのか。遅いな。

 「ともかく、行きますよ」

 「イヤ~~、助けて~~、襲われる~~」

 「私は襲いませんよ!」

 俺はリニスに引きずられるように連れて行かれる。どうやら腕力はリニスに分があるようだ。魔力で強化でもしているのだろう。
 それにしてもリニス、俺が誰かに襲われるのは確定なのか?
 その相手とは話し合いで解決できればと思う。だめだと何となく分かりつつも、そう願ってしまう。

 「それで、どこを探しましょうか?」

 「そうだな。町中歩き回って補導されても仕方ないから、山の方でも探してみるか」

 いろいろ社会を飛び級しているとは言え、自分は小学生だ。警察に見つかったら補導されるのは確実。トラブルはなるべく避けなくてはいけない。

 「そうなんですか。それじゃあ、山の方に行きましょう」

 よしっ、やった! 何とかだますことが出来た。

 俺は心の中でガッツポーズを取る。なぜなら、山の方がジュエルシードがある可能性は低いからだ。
 高純度な魔力を持ったモノは自然と人などの生き物を引きつける。魔石が落下してきて一日とは言え、もう誰かが拾っている可能性は高い。だから、本気で魔石を捜すとなると人が帰宅している夜に、一軒一軒魔力の反応があるのか確認するのが一番の近道だ。そのため、人気のない山に行くのは効率的ではない。

 みすみす修行をサボれる理由をつぶしてなるものか。

 早く手を打たないと大変なことになるのではないかとリニスは言っているが、自分の知ったことではない。何より俺が一番だ。腐っていると言うなら言うがいい。

 「あると良いですね~」

 見事にリニスをだますことに成功した俺は、一緒に人気のない山へと入っていくのだった。






 山へは行ってわずか五分。悲しいことに目的のものが見つかった。

 「運が良いですね。すぐにみつかりましたよ」

 「運が悪いですね。見つけちゃいましたよ」

 「えっ!? 探してたんですよね?」

 「探してはいたけど、見つけたくなかったよ畜生!」

 目の前には三メートル以上の体躯の獣がいる。こんな大きな獣が平和な日本に野生として生息しているはずがない。牙をむきだして、俺達に威嚇している。今にも飛びかかってきそうだ。

 「なんでいるんだろうね~?」

 「じゃあ、何で探そうと思ったんですか?」

 「愚問だな。静かなところでサボろうとして板に決まっているだろう」

 「そ、そうですか・・・・・・」

 山中なら大丈夫だと思っていたのに、大きな誤算だ。
 俺は今まで、魔石は全部町中に落ちて誰かが拾っているものだと思っていた。だけど、町だけに限らず、山の方まで広い範囲で落ちていたんだ。それを山に生息する動物が拾って、見事に暴走状態になったというわけか。そこにちょうど良いところに俺達がきたって状態だな。なんていうタイミングだ。

 「さあ、見つけたことだし帰ろうか」

 「帰りませんよ。見つけたならちゃんと持って帰りましょう」

 「だが、もう拾われてあの獣?さんが持ち主になったようだ。盗みは良くないよ」

 「安全のために回収すべきです! なんか、放っておくと町に出てきて人を襲いそうな雰囲気ですよ」

 「そうだな。今まさに俺達が食われようとしているし」

 「そういうこと、怖くなるからいわないでください!」

 よだれを垂らして、ずいぶんおなかがすいているようだ。大きくなった分、大きなご飯が必要そうだ。それに、いきり立っているせいかずいぶん燃費が悪そうだ。これは、栄養価が高いものが必要だな。是非とも、こんな子供じゃなくて別の誰かを獲物に定めて欲しいものだ。

 「良いですから、ロストロギアを回収しますよ」

 なんか、リニスが息巻いている。意外にも好戦的な正確なようだ。さすが山猫と言えよう。俺とは違うようだから、全面的に任せたいが、そうもいかないのだろう。後でタマさんにばれたら面倒だ。
 あと、一つ気になることがあった。

 「なあ、リニス」

 「何ですか?」

 「ロストなんとかってなんだ?」

 「あなた、今まで私の話って聞いてましたーーーー!!!」

 「すまん、自分に関係のない話は興味ないんだ」

 「関係ありますし、興味が薄くても人の話はちゃんと聞いてください!」

 どうやら、ロ・・・・・・なんとかは魔石のことらしい。なるほど、覚えておこう。リニスのいた・・・・・・国?では、魔石のことを・・・・・・・・・エナジーボールというんだな。

 「ちゃんと覚えていてくださいよ」

 「すまん、俺達は何の話を話をしていたんだ?」

 「グーで殴りますよ!!」

 だって、自分の人生で役に立つとは思えない。こんなのより、新しいレシピの一つでも覚えていた方が生産的だというものだ。

 そのとき、月夜に照らされた陰が俺達に迫る。
 それに反応して、俺とリニスは瞬時にその場から飛び退く。目の前の怪物が我慢しきれなくて飛びかかってきたんだ。今まで待っていたのは、リニスの怒声と迫力に警戒していたものだが、それを含めても自分が勝てると思ったらしい。動きに容赦がない。

 「こえーこえー」

 若干棒読みで、怪物の牙と爪から逃げる。動きは驚くほど早いが、単調でどうしてもよけられないことはわけではない。
 俺は敵の攻撃を

 避ける

 避ける

 避ける

 避ける

 避ける

 「ちょっとは反撃してください!」

 「無理無理、よけるので精一杯」

 攻撃しようとしたら、隙が出来てやられてしまう。避けて攻撃するなんて、そんな器用なことは自分が絶対的優位に立ったときにしかできない。

 「フォトンランサー」

 声とともに、俺に襲いかかっていた怪物が吹き飛ばされる。振り返ってみると、リニスの側にはヒカルたまのようなものが浮かんでいる。自分は今まで見てきた経験から、それが魔力を圧縮した玉だと分かる。さっき怪物に襲いかかった光の槍は、あのたまから発射された、魔力のレーザーだったのだろう。

 「おまえ・・・・・・ただの愛玩動物じゃなかったのか!?」

 「誰が愛玩動物ですか!?」

 いやだって、こたつでまどろんでいるおまえの顔はそうとしか思えないぞ。

 「ていうか、私の魔法は昨日見せたでしょう!」

 そういえばそうだったな。タマさんに泣かされている様子しか、印象に残っていなかった。まさか、おまえが戦えるとは。昨日の様子はまさに猫に追われるネズミだったぞ。

 「よし、おまえに全部任せた」

 ここはお強いリニスさんに全部任せてしまおう。

 「あなたも戦ってください。私だけじゃきついです。忘れているかもしれませんが、これでも機能は生死の境をさまよっていたんですよ」

 「そうだったな。しかし、それは完治したはずだ。俺のこの手によって」

 「だからそれだけの腕があるんだから、戦ってくださいということです。ロストロギアの力を受けた相手は強いんですからね」

 「また新出単語か。もっと順を追って説明して欲しい」

 「人の話を聞いてーーーー!!!」

 なんか、リニスが騒がしいが、ロストほにゃららと言う新しい言葉を突然使ったリニスが今は悪いと思う。俺は悪くない。
 そんなこんなしているうちに、吹き飛ばされた獣が起き上がり、こちらをにらんでいる。
 見た感じ、どこにも傷はついていない。さっき光が当たった場所も何事もなかったかのようにきれいだ。ダメージは受けてないようだな。相手もさっきの出来事を気にしていない。闘志はそがれていなかった。

 「ア~~、これは一筋縄には行かないな」

 「さすが、古代の秘宝ですね。まさかここまで強くなるとは」

 仕方がない。俺は護身用に持ってきた小太刀を抜いて、身構える。やらなきゃやられそうだし、ここは気合いを入れて相手に挑むしかなさそうだな。

 「やっとやる気になってくれたんですね。長かったです」

 「お疲れ様。なんか疲れた顔をしているよ」

 「・・・・・・誰のせいだと思っているんですか?」

 「不条理な世の中だと思います」

 「あなたが一番不条理です」

 こうして、俺の仕事が始まったとさ。

 「昨日から始まっていたんじゃないですか?」

 「気にしない気にしない」

 とりあえず、死なないようにがんばりたい。






[26597] 第7話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:54

 やっとこさ魔石を1つ回収して、帰宅する。体力的にもう一戦は無理だからタマさんのも許してくれるだろう。

 その帰り道にあいつに出会った。

 「・・・・・・何であいつが?」

 家に帰る途中で、健を見かけた。つまり、小学生。小学生をこの時間に外で見かけるのは珍しい。と言うより、外にいる理由が思い浮かばない。
 俺なんかは特殊だけど、健は一般人だ。夜中に外に出る用事はないだろう。

 「なにやってんだ、あいつ?」

 それにしても行動が妙だ。曲がり角で身を隠しながらちらちらと向こう側を見ている。変質者の見本のような行動をしている。他人だったら、即通報ものだな。
 友人をが警官のお世話になるのもイヤだから、仕方が無く声をかけることにした。
 リニスには猫に戻って、家の屋根にもでも控えてもらう。側にいる女性は誰かと聞かれたら、説明するのも面倒しな。

 「健、何やっているんだ?」

 「うおおっ!?」

 後ろから声を変えたら、健がこちらがびっくりするほど驚いた。
 まさかこれほど驚くとは思わなかった。それほどやましいことがあるんだな。こういった状況では、俺はいったいどういった対応を取ればいいのか?

 「おまえ、何でこんな所にいるんだよ」

 「それはこっちの台詞だ。俺は味噌を切らしたから買いに行くだけだ。おまえがここにいる方がおかしいだろう。なんかこそこそしているし」

 とりあえず、自分に関しては適当なことをいっておく。俺が家の家事をやっているって健は知っているから何とか押し通せるだろう。

 「そっか、おまえって家事やっているんだよな」

 どうやら納得してくれたようだ。理解が良くて助かる。

 「それで、おまえは何があったんだ?」

 「俺はだな、・・・その・・・・・・」

 なんか急にどもり始めた。俺が警官だったら、すぐに保護者を呼び出して交番で三者面談だな。

 「いったい何を見ていたんだ?」

 答えない健を置いておいて、覗いていた方を見てみる。

 「ちょ、まって!」

 そこには医院があった。あれは見たことがある。たまに大虎にぱしられた時に、怪我した猫を運びに行く場所だ。

 「確か、榊原動物医院だったな」

 何かと猫と、そして動物と縁がある俺はあそこにはちょくちょく行く。野生動物の怪我を無料で治すということで有名な場所だ。院長さんとも面識がある。

 「おまえ、まさかストーカーとか・・・・・・」

 確か、院長さんは若くてきれいだったな。他の人も女性が多かったような・・・・・・。

 「ちょっ! 何を誤解しているんだ!」

 俺らまだ小学生だぞ。そんな偏愛に目覚めるには早すぎるだろう。しかも、夜遅くまで行動を観察ほどの徹底ぶり。

 「・・・・・・ボスと呼んで良いか?」

 「何のボス?! どういった意味で?!」

 「もちろん倒すべき変態の頂点として」

 「ちげえから! それに医院の人はみんな帰っているから」

 「行動まで把握しているのか。おまえのその徹底ぶり、逆に感服するわ~」

 「おまえはなぜそういった方向に持って行く?! 明かりが全部消えていれば分かるだろ!」

 健に指摘されて改めて医院の方を見てみると、確かに明かりは全部消えているようだ。だが、それだけじゃ安心できないな。

 「いやいや、安心できないぞ。すでに侵入を終えて、中にいた人を縛り上げているかもしれないな」

 「俺ってスネー●? 段ボールは常備していないぞ」

 「ああ、蛇のようにこうかつなのかもな」

 「まんまの意味じゃないし。それに、だったら俺は何で医院の前で見張っていたの?」

 「いろんな性癖の人が世の中にいるものだ」

 「そんな性癖無いよ! ていうか、さっきからなんで犯罪よりの思考」

 それは職業病だな。
 ともかく口からは何とも言えるものだ。すでにおまえは医院の前で不審な行動をしていたんだ。疑うところはたくさんある。

 「確認する意味も含めて、中に入ってみるか」

 ちゃんと目で見て確認しなくてはな。それが一番早いし、いつまでも憶測でいっても仕方がない。

 「なら、俺もつきあうよ」

 ・・・・・・自白したな。

 「さあ、警察に行こうか。おまえは進入する機会をうかがっていたのか。よく分かった」

 「はめたなおまえ!」

 「今なら俺も警察の前、10メートルくらいまで付き添ってやるから」

 「それ、付き添ってるっていわないよ」

 「だって、俺が警官の側に行ったら補導されるじゃん」

 「おまえだって、悪いことしてるだろうが。違うよ。俺はただ、フェレットの監視をしたかっただけだ」

 「フェレット?」

 そういえば、何度かフェレット探しに付き合わされたな。

 「おう、これからリリカルな戦いが始まるんだぞ。魔法少女合戦だ」

 だめだこいつ。末期になっていやがる。ここまで手遅れだとは思わなかった。
 力説するところに手の施しようがないと感じる。

 「おまえな、魔法少女なんているわけ無いだろ。そんなものは幻想だ」

 未だ魔法少女なんて可愛い存在は見たことがない。高笑いしながら魔法をぶっ飛ばす、おばさんなら何度か見たことはあるが。

 「そんなこと無いって。ジュエルシードの暴走とか町で起こるんだよ」

 まだそんなことをいっているのか。妄想するのは勝手だが、それを行動に移すのはどうかと思う。

 「はいはい。窓のない病室まで案内してあげるから。それとも黄色い救急車が良かったかな」

 「おまえ、ひどいな」

 「ひどいのはおまえの頭だ」

 「分かった。ともかく、もう少しだけ待ってくれ。そしたら全部分かるから。こうなったらおまえも巻き込んでやる。別段、人が多くても問題はないだろう。おまえ、達観しているところがあるし、そこまで動じないはずだ」

 何ともしつこい。今日の健の様子はひどいから、さっさと家に帰らせようと思ったのに抵抗が強いな。
 仕方がない。こうなったら、少しだけ付き合ってやるか。

 「仕方がないな。そこまで言うなら、一緒にいてやるよ」

 「ありがとう恩に着る!」

 なんか感謝された。そこまで医院に執着するのはいったい何なのだろうか、逆に気になった。何が起こるのかも気になるし、あそこに何があるのかも気になる。

 「あれ?」

 「どうした?」

 なんかお目当てのものでも見つけたのだろうか?
 けど、健の視線はこっちを向いている。

 「今まで、暗くて気がつかなかったけどさ」

 「・・・・・・・」

 「おまえって、何でそんなに血まみれなの?」

 「そおい!」

 「ブファッ!!?」

 まずい。とっさに気絶させてしまった。そういえば、俺は今血まみれだった。傷は治したとはいえ、血痕はまだ残っている。そうだ俺は今、健以上に危ない人だったんだ。

 「何やっているんですか?」

 今まで屋根で待機していたリニスが降りてきた。

 「何、気にするな。証拠隠滅だ!」

 「その言葉を聞いて、気にしないというのが無理です!」

 確かに、俺も気が動転しているようだ。まさか、健に俺の変なところを指摘されるのがこれほどショックとは思わなかった。

 「ともかく、こいつも調子が悪かったようだし、家で安らかに眠らせよう」

 「なんか、息の根を止める感じになっているんですけど、大丈夫ですよね?」

 「大丈夫だ。きっとたぶん」

 「ああっ、不安です」

 その後、リニスの不安に反して、何事もなく健を家まで送り届けた。もちろん、家の人に事情を説明するのは面倒だから、窓から侵入して部屋のベッドに寝かせておいた。
 これくらいなら、魔法が使えるリニスと協力すれば簡単にできる。

 「・・・・・・今までで始めて、チームワークを発揮した作業をした気がします」

 「気のせい気のせい」

 「・・・・・・気のせいにしておきます」





[26597] 第8話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:55



 「つ~か~れ~た~~~」

 あれから、健を部屋まで送り届けた後、家まで帰ってきた。
 戦いと変人の相手で大いに疲れた。さっさと風呂に入って寝よう。

 「成果はどうだったんだい?」

 「タマさんの言うとおり、一個見つけてきましたよ~」

 「そのようだね。ずいぶん苦戦したみたいだね」

 俺の血みどろな服を見てそういう。まあ、出血は止まっているけど、見た目重傷だしね。まだ腕全体がちょっと痛い。

 「腕をみしてみな。ちゃんと直してあげるよ」

 おっ、タマさんさすが。素人の治療じゃちょっと完全じゃないんだよな。

 「あれ? 私の時はちゃんと治しましたよね?」

 「他人のは遠慮無く体をいじれるんだよ」

 「性根が腐っています!」

 リニスは体がきれいな状態で衰弱していたから、体力を戻すだけで簡単だった。それに対して、俺のは腕全体の裂傷だから、治すのが難しいんだよ。もっと上手い人にやってもらわないと、傷跡が残ってしまう。
 けど、理由はきちんといわない。なぜならその方がおもしろそうだから。
 講義しているリニスを放っておいて、タマさんに腕を治してもらう。
 その腕は見事なもので、一瞬で腕全体をすっきりした。やっぱり、年の功というべきか。見事な手並みだ。
 後は、風呂に入ってきれいにしよう。服はもうだめだな。捨てよう。






 風呂から出てくつろいでいる。体も温まったし、もう寝ようと思う。疲れたから本当に眠い。

 「それでは、お休みなさいです」

 そう言ってリニスが寝に行く。
 ・・・・・・はて、リニスに部屋とか渡したっけ? 昨日は気がつかなかったけど、寝床とかって必要だよな。タマさんが自分でやる人だから気が回らなかった。

 「そういえばリニスって、どこで寝ているの?」

 毛布も貸した覚えがないな。タマさんがやってくれたのだろうか。本人も気にしていないし。

 「私はあそこで寝ていますよ」

 そう言ってリニスはあれを指さした。そう、こたつである。

 「おまえだめ人間の典型じゃん! なに、こたつで生活しているの!」

 こたつで食っちゃ寝している。そんな生活を送っていて良いのか。正しくは否だ。

 「いいんです。こたつは暖かいですし、ちょっと暑くなったら体を涼める魔法もありますし」

 「そんな魔法の使い方をするな!」

 「あなたに言われたくないですよ!」

 なんてうらやましい。じゃなくて、けしからん魔法だ。こんな魔法の使い方をするやつをこのままにしておいて良いはずがないな。

 「仕方あるまい。こうなったら、俺の部屋に来い。予備の布団と毛布とか出してやるから、それで寝ろ」

 「いいんです。おこたがあればそれで十分です。私は猫なんですから、これが普通なんです」

 「おまえは人に化けられるものとしての誇りとかないんか?」

 「おこたの前には誇りなんて、ぽいっと投げ捨てちゃいます」

 なんて猫だ。欲望に忠実だ。
 それにしてもおこたとはすごいな。ここまで猫を狂わすとは。

 「おまえだけがいい生活って悔しいじゃん! 俺より幸せなやつは許せない!」

 「本音が出ましたね。そんな人には負けませんよ!」

 「ふっ、先輩と新入りの格差を見せてやる」

 「おこたの前には上下関係なんてありません」

 一度決着をつけなくてはならないようだ。この新入りは生意気にも先輩である自分よりもいい生活を送ろうとしている。冷暖房完備の机付きベットなんて、他と手お天道様が許しても俺が許さない。
 ああ、これは嫉妬だ。たとえ醜くても、理不尽であっても俺はそれに立ち向かおうと思う。それが俺の信じる道だから。
 これから戦いが繰り広げられる。梅竹家の家庭内戦争だ。俺は命をとして、挑もうと思う。

 「・・・・・・勘違いしているようだからいっておくよ」

 2つがぶつかり合おうとしたとき、今まで傍観していたタマさんが声に出していった。

 「あれは私のものだよ」

 「「いろいろとすみませんでした!!」」

 二人でタマさんに向かって土下座をした。
 俺達は勘違いしていた。こたつは、家は、全てはタマさんのものであるのだ。師匠がいない今は、この家のピラミッドの頂点に立つのはタマさんであるのだ。タマさんが白を黒というのであれば、俺達は疑問を持たずにうなずくしかないのだ。

 「・・・・・・それじゃあ、寝に行きましょうか」

 「・・・・・・そうだな。今日は無理だけど、明日は干した手の布団を味合わせてやるよ。あれもこたつとは違った良さがあるからな」

 「それは楽しみですね」

 歯医者はすごすごと部屋にこもるしかない。梅竹家の家庭内戦争は始まる前に第三者によって終結へと導かれるのであった。

 そういえば、タマさんは自分の部屋で布団しいて寝ているよな。もしかして、タマさんもちょっと悔しかったとか?
 やっぱりみんな、他人の幸福は悔しいんだな~。

 ちなみにタマさんは人間の姿になれますよ。なんていったって、猫又ですから。人間の娯楽は人間の姿でするのが一番楽しいってことで、ちょくちょく人間の姿になっていることがある。まあ、たいていはひなたぼっことかこたつで丸くなってばかりだから、猫でいる時間の方が多いけどね。






 翌日になって、いつものように学校に行く。
 教室に入ると健が机に突っ伏していた。

 「今日はずいぶん静かだな」

 先に来ていたつばさに何かあったのか聞いてみる。昨日まで、あんなにもはしゃいでいたのに今日は火が消えたかのように静かだった。

 「さあ、僕も来た時にはこうだった」

 つばさも何があったのか知らないようだ。と言うことは、朝か昨日の夜辺りに何かあったのだろうか? 気になるから聞いておこう。

 「どうした、何かあったのか?」

 うなだれている健に問いかけてみる。そしたら、ゆっくりと顔を上げて、生気のない表情で答えた。

 「昨日、俺は、フラグを立て忘れたんだ・・・・・・」

 「あれ? 昨日はおまえ、部屋で寝ていたはずだし、何もなかったよな-」

 「なぜ棒読みなんだ? そして、なぜ寝ていたことを知っているんだ?」

 どうやら昨日の行動は忘れているらしい。俺の一撃が良い感じで記憶を奪ったようだ。俺、ぐっじょぶといわざるを得ない。

 「そうなんだよ。昨日、俺はいろいろやろうとしていたのに、気がついたら朝、ベットで眠っていたんだ。俺は何であそこで眠ってしまったんだーー!」

 俺が止めに入らなかったら、動物医院で何をするつもりだったのか、とても気にはなったが、もう未然に防がれたことだ。もう問い詰めるのはよそう。

 「そうか、とてもつらいことがあったんだな。仕方ない、今日は帰りにでも何かおごってやろう、何がいい?」

 「・・・・・・なんか、今日はやたらと優しいな」

 良いことをしたとは言え、多少は悪い気持ちはある。もっとスマートな方法があったのかもしれない。お詫びもかねて、何かおごるくらいいいさ。

 「気にするな。つらいことがあったときは甘えろ。俺で良ければ付き合うさ」

 「おまえ~~~」

 なんか、涙目で抱きつかれた。鼻水がつきそうだが、今回は抵抗しないでおこう。
 これくらいやっても良いだろう。

 「おい、あれ何やっているの・・・・・・」

 「あいつらの行動はいつも分からないな」

 「どういった関係なんだろ?」

 「・・・・・・・なるほど、あれがバラというものですね」

 「腐女子歓喜!」

 ・・・・・・なんかクラスでおかしな噂が立とうとしている。これは無理矢理でも引きはがした方が良さそうだな。

 「うおぉぉぉ、ぐすっ、ひぐっ・・・・・・!」

 号泣!? さすがに俺でも引くわ。
 昨日、あいつの中でいったい何が起こる予定だったのか。
 きっとろくでもないことが起こるのだったのだろう。
 お願いだから、犯罪には走らないで欲しい。






 学校も終わって放課後だ。これから健と鯛焼きでも食べに行こうと思う。健がトイレから戻ってくるのを待つ間、せっかくだからつばさも誘おう。

 「つばさも鯛焼きを食いにいかね?」

 つばさの方をぽんと叩いて聞いてみる。つばさはゆっくりと振り向き、いつも通り淡々とした表情で答えた。

 「おごりなら」

 小学生にたかるとは・・・・・・まあ、たまには良いけどさ。

 「ついでに妹の分も」

 「小学生の財力にどれだけ期待しているんだ!」

 俺の財布は寂しいぞ。態度はともかく働いているからある程度はお金を持っているけど、しょっちゅう複数人におごるほどのお金はない。

 「冗談だ。妹の分は僕が出すよ」

 無表情で冗談を言わないで欲しい。本気に聞こえるから。

 「いつも仲良いね」

 そんな俺達に珍しく月村が話しかけてきた。側に高町もいる。

 「あれ、バニングスは?」

 一人足りなかったから、聞いてみた。三人でいないときは珍しい。

 「今、もどってくるの待っているの」

 そうか、それでちょっと時間つぶしに俺達に声をかけたというわけだな。月村とはバニングスたちほどではないが、俺は三人と少し仲が良い。あの事件で知り合いはしたが、お互いやはり男同士、女同士がいいようでそこまでは仲良くはならなかった。まあ、まれに話をする程度の仲だ。友人ではあるが、親友ではないといった形かな。

 「そうだ、二人ともこれから俊がおごってくれるのだけど、一緒にどう?」

 「ちょっ! 一気に三人プラスはきついぞ!」

 月村と高町におごるのなら、必然的にバニングスもついてくるだろう。となると、俺がおごる人数が合計六人になる。

 「決して安くはないんだぞ。三人も増えるくらいなら、おまえの妹分を買った方がましだ」

 せめて一人分ならまだましだ。一気に二倍の量になると損失感が半端無い。

 「分かった、妹の分も頼むよ」

 「更に増えた!?」

 なんてやつだ。このために月村たちを誘ったんだな。そのしてやったりといった表情がとてもむかつく。

 「それで、何おごってくれるのかな?」

 「乗り気なの?!」

 まだ良いともいってもいないのに、おごってくれてありがとうといった笑顔を向けてくる。なんだろう、みんなが俺の財布を狙っている。

 「鯛焼きだそうだ」

 「臨海公園のかな? あそこの鯛焼きっておいしいよね」

 高町も乗り気だ。その屈託のない瞳は、俺がおごってくれると信じて疑わないものだった。みんな小学生だ。あまりお金は持っていないから、こういうときは素直に甘えてくる。

 「ぐぬぬぬ・・・・・・」

 「あきらめろ。今更だめですと言えないだろう。男の甲斐性を見せるんだ」

 元凶がいうな。

 その後、バニングスが戻ってきて月村から話を聞くと、やったあ、と弾んだ声を出した後、こっちを向いて笑顔でありがとうと礼を言ってきた。
 その周りの棚からぼた餅が降ってきたかのような笑顔を見て、なんだか腹が立ったからつばさにデコピンで仕返しをしてやった。

 「行為を素直に受け止められないとは君は偏屈だね」

 「うるさい」





[26597] 第9話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:56




 六人で臨海公園まで行くことになった。六人なのに、七人分の鯛焼きを買わなくてはないとはこれいかに。
 六人並んで俺達は歩いている。六人も並ぶと、通行人の邪魔だな。まあ、今は学校の帰宅時間で反対方向に行く人がほとんどいないから良いけど。

 あのあと、トイレから帰ってきた健が月村たちがいるのを見て、また挙動不審が始まった。手を使って変な動きをした後、今は隅っこでひっそりとしている。相変わらずこいつの思考が分からない。
 一瞬イヤかと思って、今回のメインは健だから女子がいても良いのかと聞いたみた。そしたらうわずった声を上げて、喜んでと答えた。と言うことは月村たちがいても問題はないのだろう。

 「良かった。日直日誌を持って行って帰ってきたら、ご褒美が待っていたなんて。日頃の行いが良いおかげね」

 「えっ?」

 全面的におごる俺のおかげだというものそうだが、バニングスの日頃の行いが良いという場所に疑問を覚えた。まずいとは思っても、こらえきれずについ声を出してしまった。

 「その言葉は何~~!!」

 「ちょっ! バニングス様、その右手を下ろしてください。ものすごく怖いです!」

 バニングスの右腕にあるアイアンクラッシャーが、今まさに俺に襲いかかろうとしている。ワキワキと動いている指も怖いが、目が笑っていない笑顔がもっと怖い。

 「まあ、今回はおごってもらう立場だし、許してあげるわよ」

 ふう、おごらなかった場合は俺はやられていたんだな。たった百円程度で命が買えたと考えたら得したのかな? 得したんだよね?
 バニングスが腕を下ろしてくれたのだから、怒りは収まったのだろう。それを見てほっとする。まったく、いやな汗をかいた。

 「ああ、品行方正な俺がこんな目に遭うとは、日頃の行いは当てにならないな」

 「「「「「ええっ!!?」」」」」

 俺の言葉にみんなが本当に驚いた表情で声を上げた。

 「おまえの口からそんな言葉が出るなんて・・・・・・世も末だな」

 「自分の言動を見つめ直して、そういうことを言えよ」

 「あんた大丈夫? 熱でもあるんじゃないの? いつもとおかしいと思ったのよね」

 「寒気とかある? 頭がぼーっとしない? ちゃんと頭働いている?」

 「あまり心と体に悪いことばかりしちゃいけないよ」

 みんなひどい。まさか、ここまで滅多打ちにされるとは思わなかった。似合わないとは感じてはいたけど。
 俺ってそこまで、ひどいことを今までしてきたっけ・・・・・・記憶にないなぁ。

 「自覚無いのかよ!」

 「失礼な。自分に都合の悪いことは忘れているだけだ」

 「なお悪いわ!」

 健、メインの座から引きずり下ろすぞ。まあ、今更誰がメインか分からない状況だがな。






 そうこうしているうちに公園についた。ついて早速、鯛焼きショップを見つけて注文することにした。

 「チーズカレー、お願いします」

 「また色物かよ」

 「お兄ちゃんと同じ趣味の人がいたなんて・・・・・・」

 うるさいな。俺はこれが好きなんだよ。この味が分からないとはかわいそうなやつだ。これを食べるために、わざわざこの店に行ったりするほどなのに。

 「僕も興味があって食べてみたけど、あまり合わなかったな。あっ、お姉さん、梅クリームお願いします」

 「つばさ、おまえも相当だぞ。俺はもんじゃ味でお願い」

 「「「三人ともおかしい」」」

 俺達の注文に女性陣が揃って突っ込みをした。
 この店はいろいろとおもしろい味を作るからおもしろい。まあ、チーズカレーにかなうものはまだ見たことがないけどな。

 「ありがとうね。この味を分かってくれるのはうれしいよ」

 いえいえ、お姉さんの素晴らしい創作するものにはいつも感心させられる。もっと評価されるべきなのに、なかなか評価されていない。是非、この味で全国チェーンで展開してもらいたいものなのに。

 「新しい味を試してくれる人が少なくてね。こっちも困っているんだよ」

 ちょっと困った風にお姉さんが言う。残念なことにこの味は一般受けしていないらしい。不思議だ。

 「僕らくらいしか買わないんですか?」

 つばさが気になったようで聞いている。

 「そうなの。君たち三人とあと、・・・・・・お兄さんくらいかな」

 なんか、最後の方は顔を赤らめて小さな声で言っていた。いったいどうしたんだろう? 変なことを利いた風でもなかったとおもうけど。
 なんか、健が小声で、「こんな所にもフラグを立ててやがる」と言っていたが何か知っているのか?

 「そういえば、妹の分はどうする?」

 「冷めるから帰りに買っていく」

 人の金だと思って好き勝手いっている。淡々と説明するつばさが少し憎らしい。
 その後、女子3人はチョコとクリームとあんこという、どこにでもありそうなものを選んだ。

 「がっかりだ」

 「何でがっかりされなきゃいけないのよ」

 「わざわざここまで来て、そんなどこでも食べられる味を選ぶなんて」

 「前に挑戦して、失敗をしたんだけど・・・・・・」

 「何であれがおいしいのか未だ分からないんだよね。どうしてお兄ちゃんはあれがおいしいっていうんだろう?」

 ふむ、そのお兄さんとは是非話がしてみたいな。趣味が合いそうだ。






 ベンチに座ってみんなと話でもすることになった。なんか、健が真っ先にベンチの端へと座る。前から思っていたけど、あいつは女子が苦手なようだ。理由は何でだろうと思うが、聞くのもはばかるので聞かないでおこう。
 そういえば、最近奇妙なことがあったらしい。そのことについてでも話してみるか。

 「そういえば、昨日の夜に道路が破壊されていたらしいな」

 「ひゃ!」

 昨日の珍現象について話すと、高町が鯛焼きを吹き出した。

 「ちょっと、どうしたのよ!」

 「大丈夫、なのはちゃん」

 「・・・・・・だ、大丈夫」

 突然吹き出した高町に、バニングスと月村が心配して声をかける。高町はむせながらも、大丈夫だと答える。

 「おまえ・・・・・・今この状況でその話題か?」

 なんか、健が怪訝な顔をして言う。何か、おかしな話だったか? クラスでも有名な話だったけどな。

 「そんなおかしなこと言ったか? 何でも、コンクリートが砕かれていて、すごい様子だって聞いたけどな」

 「僕が登校するときに見たな」

 「えっ、そうなの?」

 「うん、どうやったらあんなことができるのか不思議だったな」

 「いったいどういった感じだったの?」

 つばさが現場を見たらしい。それに月村とバニングスが興味あるっていった感じで聞いている。俺も興味がある。誰がやったのか分からないが、俺もそのうち調べることになるかもしれないからだ。

 「道路や塀が粉々で、なにか粉砕機で破壊されたって感じだったな」

 「そ、そんなになの?」

 「かなりひどかった。けど、不思議なことにそれだけのことがあったって言うのに、周りは気がつかなかったんだよ」

 「犯人を誰も見てないってこと?」

 「そうらしい」

 不思議なものだ。俺達みたいに山谷かで騒いだって訳じゃないのに、町中でそんなことが出来るとは。

 「何も見ていないってことはどうやってやったんだろうな。もしかして魔法とか」

 「もう、そんなわけ無いじゃ」

 「あはは、非現実的だぞ」

 俺が冗談交じりでそう答えたら、ちょっと笑われて返ってきた。最近、魔法を見たばかりだから、そうかなと思ったんだけど、たぶん違うよな。

 「・・・・・・」

 「なのはちゃん? さっきから元気ないね」

 「気分でも悪いの?」

 言われてみれば、さっきから高町が静かだった。そんな高町を心配して、2人が声をかける。何かあったのだろうか?

 「だ、大丈夫大丈夫! そ、それよりも早くうちに行こう!」

 なんか焦ったように元気に振る舞っているな。なんか、目が泳いでいるし。
 まあ、深くは詮索しないでおこう。何か面倒事が出てきても困るし。

 「なんか用事でもあるのか?」

 「なのはちゃんちでフェレットを飼うことになったから、それを見に行くんだ」

 「昨日森で見つけたのよ」

 そういえば、一昨日森でリニスを見つけたんだよな。何という偶然。
 どうやら、今日はそれを見に行くつもりだったらしい。その予定をねじ曲げてでも俺におごらせようとした三人に感服してしまう。まあ、公園に行った後、翠屋にいっても十分時間はあるけどね。
 どうでも良いが、フェレットの言葉に健が反応していた。そういえば、健はなぜかフェレットを探していたな。興味でもあるのか?

 「梅竹君たちも来る?」

 高町から誘いがあった。その誘いはありがたいが、一緒に行くことができない。

 「ごめん、もうそろそろ帰らなくちゃいけないんだ」

 「そっちも何か用事があるの?」

 「帰って、家事しなくちゃいけない」

 鯛焼きを食べに来て結構時間をつぶしてしまったし、早く帰らないといけない。布団を取り込まないといけないし、料理もしなくちゃいけない。

 「あんたもたいへんね」

 「まあ慣れたし、趣味みたいなものだし、結構楽しいぞ」

 料理とか最近こり始めた。自分一人で楽しむものじゃなくて、タマさんや最近ではリニスがいるから、作った反応を見るのが楽しいんだよな。

 「家に一人増えたし、やることが増えたな」

 「一人増えたって?」

 「ああ、うちにもう一匹猫が増えたんだよ」

 しまった。人に変化できるから一人と言ってしまった。どうにも、うちの動物たちは人間味があるから猫扱いしにくい。流ちょうにしゃべるし、人になるし。

 「新しく猫飼い始めたんだ」

 猫という単語に月村が興味を持ったようだ。そういえば、月村は町でも有名な猫好きだったな。一度行ったことがあるが、すごい数の猫がいた。

 「そうなんだ。梅竹君の家にはタマさんがいたよね?」

 「ああ、相変わらず悠々自適に暮らしているよ」

 「ふふっ、猫はそんなものだよ。そういう所が良いんだよね」

 さすが猫御殿に住む人だ。猫が好きで好きでたまらないといった感じだ。

 「ちょっと待ちなさい。犬も良いわよ」

 ペットトークにバニングスも参戦してきた。自分もペットを自慢したいという意気込みが見て取れる。
 俺は別にそこまで猫とかに執着がある訳じゃないだけどな。愛玩用と言うより、戦闘用っていった感じだ。まあ、リニスは愛玩って感じがあるかもしれないが。
 ともかく、俺は早く家に帰らなくちゃいけないから話を止めてもらって、家路につくことにした。二人はもっと話したいといった顔をしていたが勘弁してもらった。
 いつか月村に飼っている猫を見せてと頼まれた。まあ、リニスも猫としてあそこに顔を出すのは良いことだろう。今度連れて行ってあげよう。
 俺は参加できないが、二人は行ったらどうだと提案してみた。
 つばさは家で待っている妹に早く会いたいと拒否。つばさは相変わらずのようだ。
 健はとても行きたそうにしていたが、俺とつばさが行かないならと渋々ながらやめたようだ。何に恐れているか知らないが、もっと度胸を持てと言いたい。
 俺達は女性陣と別れて、それぞれの家まで帰ることになった。





[26597] 第10話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:56



 あれからみんなと別れた後、買い物をして、家事をして、食事を終える。
 そして、お茶をずずっと飲んで、ほっと一息。
 ああ、この時間が一番安らぐ。

 「サボってないで、早く行っておいで」

 そんな心地良い時間も、易々と踏みにじられる底辺の存在です。わずかばかりの幸せな時間をありがとうございました。

 俺は一気にお茶を飲んで立ち上がる。うだうだしていても怒られるだけだ。準備をして早く家を出よう。
 武器も持って行きたいが、小太刀は昨日折れてしまった。けれど、また魔力で刃を作れるだろうと思って一応持って行く。
 俺の武器は今のところ小太刀だけです。本当に心細いです。
 昨日タマさんに、小太刀がだめになったことを言ったら、新しいのができるまで待っているように言われた。

 準備ができたところで、相方を見つけに行く。食後、姿を見ていないがどこにいるのか分かる。まだ三日目だというのに、あいつの行動が読めるようになった。
 リニスの所まで迎えに行く。

 「ふみゃ~~ん」

 あいつはこたつに入って幸せそうにまどろんでいた。
 駄目猫の道を順調に歩んでいる。こいつが異世界の使い魔だと言っても、十人中十人は絶対に違うと答えるだろう。
 それほどまでに、今のあいつの顔は緩んでいる。こっちが呆れてしまうほどだ。

 「おい、外に行くぞ」

 俺はリニスの耳元で言った。すると、リニスはこたつの布団に顔をうずめて答える。

 「外は寒いですよ~」

 こいつ・・・・・・。

 こいつにこそ、サボるなと声を大にして言いたい。
 食後でおなかがふくれたせいだろう、すごく眠たそうにしている。さっきの言葉は寝ぼけているせいだと信じたい。
 戦闘力は俺より若干高いが、こんなのと命を共有しないといけないと考えると頭が痛くなる。

 「起きないか~」

 いらだってきた俺は、人差し指で顔をぐりぐりしながら起こそうとする。
 すると、眠りにつこうとしたことを妨害されて、リニスは迷惑そうな顔をする。なんか不思議な気分になってくる。いらだちとも言えるような、安らぎとも言えるような、何とも言葉にしにくい感情だ。

 「こんな時、俺はどんな顔をいいのか分からない」

 俺が困っていると、やっと俺の行動に対して体で反応した。

 カプッ

 リニスに指をかじられた。
 ちなみに痛くはない。甘噛みというやつだ。
 邪魔した相手に威嚇の意味でやったのだろうけど、眠気が強いようで力が出なかったようだ。

 「・・・・・・ハムハム」

 俺の指をかみ続ける。痛くはない。むしろくすぐったい。
 いい加減、ふりほどくなり、怒るなりした方が良いのだろう。けれど、どうも最適な第一声が思い浮かばない。

 「ハムハムハム・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・」

 しばらくかんでいたら、目が覚めてきたのだろう。はっきりとした目で、目と目があった。

 「・・・・・・・」

 俺が何を言おうか思案していると、リニスがぱっとこたつから出て、人の姿になり、キビッとした姿勢で立ち上がった。その間は一秒にも満たなかっただろう。素早い行動だ。

 「さあ、行きましょうか」

 「・・・・・・・なあ」

 俺が今までの行動について、問いかけようとすると、

 「さあ、行きましょう。早く行きましょう。すぐに行きましょう」

 俺の後ろの周り、背中をぐいぐいと押してくる。

 「さっきなんだけどさ」

 「気のせいです。何も見ていなかったんです。ただの夢です」

 「いや、夢を見ていたのはおまえだろう」

 「あー-あー-あー-、聞こえませ~~~ん!」

 とりあえずからかった方が、おもしろい気はしたが、なんか手痛い反撃(暴力)が寄贈だからやめておいた。
 さすがに、出発する前に重傷を負うのは勘弁してもらいたい。

 まあ、別に今からかう必要もないんだしね。
 これは良いネタをつかんだ。

 「な、何か寒気がします」

 「大丈夫か? さっきから引きつった表情しているし、言葉も変だぞ」

 「そんなことは分かりませんよ!」

 「だるかったら、またこたつで休んできて良いぞ」

 「放っておいてください!」

 今のところはこれくらいで良いだろう。
 俺達は、また夜の見回りに行った。






 昨日は山に入ったら、すぐに魔石を見つけてしまった。だから、今度は町を歩いてみようと思う。

 「そうして町で遭遇するパターンですね。分かります」

 「リニスさん、不吉なことを言わないでください。嘘から出た誠って言葉を知っていますか?」

 「冗談を言ったつもりはありません。そっちこそ、私たちの目的って覚えていますか?」

 「そんなものは忘れました。・・・忘れたいです。・・・・・・お願いです、忘れさせてください」

 言っているうちに、だんだんと鬱になってくる。だって、戦闘ってかなり痛いんだよ。昨日だって、拳で殴りつけるとき腕が砕けるんじゃないかと思うくらい痛かった。治療しても、次の日まで痛かった。
 逃げられるものなら逃げたい。それが俺の前提だ。けれど周りが許してくれない。
 まあ、無料で衣食住、それに学校にまで行かせてもらえるんだから、家の仕事もしなくちゃいけないよな。ちなみにあの家には法律というものは存在しない。そんなものは超越した存在があそこには住んでいるからだ。
 あぁ、俺の人生は波瀾万丈だな。

 「こんな俺の心をいやしてくれるのは、この澄み切った暗い空だけだ」

 天を仰ぐように両手を挙げ、伸びをし、空を見上げる。ああ、今日も闇は深くてすがすがしいな。

 「もうちょっとポジティブな対象物を選びませんか?」

 「夜にどんなポジティブなものが存在すると?」

 夜はネガティブなものが多いと思う。けれど、深夜になるとテンションが上がったりするのはなぜだろう? 眠気を超えたときに何かに目覚めるよね? 自分は小学生だけど、付き合いや仕事でたまに徹夜することがある。そのときの経験からいろいろ考えてみる。

 そんな風に、ボケーッとしながら夜空に癒されていると、視界に大きな影が過ぎった。

 「・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 俺が見たものはどうやらリニスも見たようだ。二人で、顔を上げながら固まっている。
 二人の間に沈黙が広がる。今が夜だからだろうか。その沈黙がより深く感じる。

 「・・・・・・帰ろうか。何も変なところはなかった」

 「いえいえいえ、今何か私たちの頭上を通り過ぎましたよね?」

 「何だ、まだ寝ぼけているのか? 夜も遅いし眠くなるのは仕方がない。早く家に帰って休もうな」

 どうやらリニスも調子が悪いらしい。二人とも昨日の戦いの疲れがとれていないようだ。これは、早く休息を取らなきゃいけないな。

 「どうやら、鳥にロストロギ・・・・・・じゃなくて魔石が宿ったようですね。追いましょう」

 「見てないぞ。俺は鳥なんて一切見てないぞ」

 「現実逃避してないでください」

 「なんかカラス辺りが拾って、巨大な鳥に変化したやつが、この町の夜空を旋回して、獲物を探している所なんて見ていないぞ!」

 「状況分析もできているじゃないですか!」

 状況が理解できているからこその現実逃避だろう。

 「見つけてしまった以上、回収しないとタマさんに怒られますよ」

 確かにその通りだ。この状況で帰ったりなんかしたら、タマさんに殺されてしまう。実際、巨大な怪鳥が町の上空にいる。いつ人が襲われるか分からない状況だ。すぐに対処した方が良いことが分かる。
 だが、どんな状況があろうとしても、この敵は駄目だ。それには理由があるんだ。

 「・・・・・・言っておくが、俺は空が飛べないぞ」

 「えっ・・・・・・・・」

 二人の間に静寂が走る。俺の答えをリニスはまったくだに予想をしていなかったようだ。目が点になっている。

 「本当ですか・・・・・・?」

 空を飛ぶなんて、魔法使いが使う上級の魔法だぞ。普通なら、せいぜい脚力を強化して大きな跳躍ができる程度だ。俺がその方法を使っても、十メートル超えれば良いところだ。これでもこの年にしてはそこそこの成績だ。とは言っても、鳥の飛ぶ高さに届くわけがない。

 「本当だ。ていうか、おまえは空飛べるのか?」

 「できますよ。空を飛ぶ程度なら」

 「何だと・・・・・・。よし、わかった、おまえが俺の本当の敵だ!」

 「なんて言いぐさですか!」

 こいつずるい! 空を飛べる使い魔なんて、鳥の使い魔を除けば世界でも稀だ。こいつがそんな希少な存在だったなんて驚きだ。

 「おまえは駄目な子だと信じていたのに・・・・・・・」

 「私、一応優秀の部類ですよ。弟子も取ったことがありますし」

 こたつでまどろんでいるおまえを見た俺は、その言葉を信じることができない。きっと世迷い事だろう。

 「魔石で身体能力を強化して、跳躍することかはできないんですか?」

 「ジャンプって・・・・・・、空中で軌道修正もできないのに、避けられた終わりだろう。着地前の落ちている時なんて格好の的だし」

 空を飛べるのに、おかしなことを聞いてくる。そんな隙だらけの行動をしたら、一気に食われるだろう。

 「そうですよね。う~~ん・・・・・・何か攻撃手段とか無いんですか?」

 「自慢じゃないが、俺が使える特技なんて2つくらいだ。身体強化と治癒だけ!」

 「誇って言わないでくださいよ・・・・・・」

 新米ができることなんて数が少ないよ。修行もだいたいは基礎訓練と実戦訓練だけ。術議の習得はずっと後らしい。
 今覚えても、扱いこなせないからだとタマさんたちは言うけど、まったく手段もないのはどうかと思う。俺の攻撃方法なんて、近づいて殴るか斬りつけるかの二択だ。

 「使えませんね~」

 こいつ、昨日の仕返しに声を大にして言いやがったな。よし、そのケンカを買った。明日の食事にわさびを練り込んでやろう。日本の食文化の衝撃を思い知らせてやる。

 「じゃあ、私が突っ込むので、援護射撃とかお願いしても良いですか?」

 「だから、おまえは俺に願望持ちすぎだ。遠距離攻撃なんて一切持っていないと言っているだろう」

 射撃魔法、なにそれ、どうやって使うの?
 何度か見たことはあるが、使い方なんて分からない。
 以前、あこがれて、こっそり手のひらを前に突き出して、えいって叫んでみたことがある。
 むなしさと悲しさが出てきたのには驚いた。俺はその瞬間を一生忘れないだろう。

 「・・・・・・はぁ、分かりました。使い方を教えます」

 やれやれといった表情で、ため息じりに言っている。
 なんか、屈辱だ。俺が駄目なことに対して、まさか、リニスにため息をつかれるとは。

 それから、簡単に使い方の説明がされた。
 その話を聞いて、俺はぽかんとした表情で聞いている。理解できたのは、センスが問われる作業らしい。俺の苦手な項目だ。

 「少ない魔力は魔石で代用しましょう。では、魔石を使って試しに撃ってみてください」

 なんか困った子を面倒見るような態度で接しられた。ふむふむ勉強になる。
 教育好きなリニスの明日のご飯は、カラシのはさみ揚げだ。楽しみにしよう。

 「魔力弾の射出と同時に私が飛び出します。良いですね」

 「分かりました。目標をセンターに入れて、だな」

 「手をこっちに向けないでください!」

 ごめんごめん。何となくやってみたくなっちゃってね。悪気はあったんだ。

 「ともかく、早く済ませましょう」

 その意見には賛同だ。今回は俺が遠くで魔法弾を撃っていればいいんだ。意外と楽そうだぞ。

 「それじゃあ行くぞ」

 「分かりました」

 俺は魔石から魔力を引き出して体に巡らせていく。それから、腕を砲身に見立てるかのようにして、手のひらに魔力をためていく。
 手のひらに魔力のたまが形成されていっているのが分かる。
 後は、これを敵に狙いを定めて撃ち出す。これで、俺にも魔法が撃てるはずだ。

 「・・・・・・」

 手のひらを、空で旋回している怪鳥に向けた。敵の動きから、一秒後の位置を、軌道を予測する。最初の一発は敵の体勢を崩すためのおとりだ。後に続くリニスが本命なのだ。俺はできるだけ怪鳥あてようとするだけでいいんだ。初めての射撃魔法で、正確に当てようとは思っていない。今できる限りのことをすればいいのだ。
 これはリニスも分かっていることだ。表情を見るとそういった決意のようなものが感じ取れる。あれは、自分で仕留めようとする目だ。
 俺は思いっきり、魔力を撃ち出す。リニスを信じて。

 「発射!」

 俺の言葉とともに魔法が発動した。

 「!!!**!##*###??%%&&%%%」

 同時に、光の奔流に襲われて、俺は盛大に吹き飛んだ。

 「なに自爆しているんですかーーーーー!!!!」

 ・・・・・・魔法制御って、難しいね。ぐふっ・・・・・・





[26597] 第11話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:57


 体中が痺れるように痛い。
 俺は失敗してしまった。勝手に魔法ができるような気になって、調子に乗って自分ができる以上のことをやった。その結果がこれだ。

 「大丈夫ですか?!」

 吹き飛んで、倒れ伏している俺の側に来て声をかけてくる。

 「何で、あんな盛大に自爆ができるんですか?」

 俺はさっき射撃魔法を使おうとした。だが、大きな魔力は俺の手のひらに収まらなかった。時間をかけてじっくり魔力を練ったのが原因のようだ。魔力の制御が甘かったせいで、すぐに暴発してもおかしくない状況まで来ていた。更には魔力をためすぎて、魔力弾は大きくなりすぎていた。その結果、撃ち出されたときに、圧縮された魔力は炸裂して、発射と同時に爆発した。

 「・・・・・・リニス」

 「なんですか?」

 顔をリニスに向けて俺はゆっくりという。

 「俺が死んだら、明日からの家事を頼んだよ」

 俺は遺言を言った。師匠にタマさん。何の恩も返せなくてごめんよ。俺はもうここまでだ。

 「なに最後みたいな言い方をしているんですか! 大きな傷は見当たりませんし、あのとき防御の姿勢を取っていたことを見ているんですからね」

 なんだ、見ていたのか。確かに俺はそこまでひどいダメージを負ってはいない。もう普通にたてる。
 所詮は俺のちんけな魔力で作った魔法弾だ。命を落とすことはないとしても、大怪我をしていたかもしれなかった。あの瞬間、とっさに防御していなかったら、腕が吹き飛んでいたかもしれない。
 危機が迫ると身を引いて、防御を取りながら回避行動を行うようにと、師匠たちから仕込まれていたのが幸いした。思えば、師匠たちは魔法とかは教えなかったが、回避行動と身に危険が起きた時の判断を集中的に教えてもらっていた。ちゃんと修行は役に立っていたんだ。ちょっと感動した。

 「え~、一人でやり遂げてくれないの~」

 むくりと起き上がって不満を言う。

 「平気そうですね」

 「まあ、危なかった。治癒が使えなかったら動けなくなっていたかもしれない」

 かなりの痛手は受けたけど、魔石の力を借りた回復で何とか持ち直すことができた。さすが、師匠たちが最初の方から丁寧に教えてくれた術なだけある。いろいろなところで役に立つ。
 「まだ戦い始めてもいないんですけどね」とリニスが言っているが無視しておこう。

 「とりあえず、射撃魔法はもうやめておこう。また自爆はしたくない」

 「あきらめるのが早いですね」

 「自慢じゃないが、今日中に習得できる自信がない」

 「本当に自慢にもなりませんね!」

 慎重にやってもあの結果だ。もう一度やっても、成功する気がしない。

 「となると・・・・・・他に手はあるんですか?」

 「思いつかないな」

 「すがすがしい顔して言わないでください」

 なにもなくなると逆に晴れやかになるんだよ。何にしても俺は全く戦力にならない。そして、リニス一人じゃ無理そうだから、もう帰るしかないんだよね。
 ああ、残念だ。残念だ。・・・・・・いやっほーー!!
 いけない、いけない。思わず心の中でガッツポーズを取ってしまった。

 「あれを放っておくのですか?」

 「だって、手は無いじゃないか。おまえ一人じゃできないんだろ?」

 「・・・・・・うう、昔なら一人でも何とかいけるんですが」

 「知識はあっても、技術はあっても、魔力が足りないんじゃたいしたことないな」

 「あなたの魔力が少ないのがいけないんです! 私たち使い魔は、主の魔力によって、強さが左右されるんですからね」

 なんか、俺にだめ出しに来た。まあ、俺は弱いから仕方ない。おそらく以前の主は魔法使いとして優秀だったんだろうな。俺は師匠たちが言うには、一般人と大して魔力の保有量が変わらないらしいし。今だって、魔石の力で何とか魔法を使っている位だ。と言っても本当にたいしたことのない魔法だが。
 なんか、俺ってかなり駄目だな。ちょっと考えてへこんだ。
 ともかく、今の俺達二人では空を飛ぶあいつには敵わないことが分かった。なら、さっさと帰って駄目だったことをタマさんに報告しよう。手がないんじゃタマさんも納得してくれると思う。・・・・・・納得してくれると信じよう。
 きっと俺達の代わりにタマさんが対処してくれる。大丈夫だ。俺達とは違ってタマさんならあれくらい何とかなる。すぐに片付けてくれるだろう。
 俺は家に帰ろうと後ろを向くと

 『まだ、諦めるんじゃないよ』

 「うおっ! タマさん?!」

 いきなりタマさんの声が頭の中から響いた。これは確か念話だったな。魔力とかで心の声を発信して、伝えたい相手に言葉を贈る術だ。

 『タマさん、何か手があるのですか?』

 普通にリニスも使ってきた。ちなみ、俺は使えない。相手の居場所を遠くから把握して、正確な場所に魔力で信号を発信するなんて、俺には難しすぎる。何とか受信はできても、送信はできない。平然と使っている二人を目の当たりにすると、仲間はずれな気分になってくる。これは、少しまじめに魔法の勉強をした方が良いかな。けど、あまり魔法と相性良くないんだよな。

 『今回は仕方ないから私も助言してあげるよ』

 『ありがとうございます』

 俺は静かに二人の会話を黙って聞いている。この場に俺に発言権はない。しゃべれないというのがこんなにむなしいとは思わなかった。まあ、声に出して言えば側にいるリニスには普通に聞こえるし、タマさんも遠かろうと聞くことはできるだろう。だから、しゃべっても良いのだけど、何となくそんな雰囲気はじゃない。リニスは言葉にして相手に意志を伝えていないから、俺だけ独り言のようにしゃべるという何とも悲しい光景になるからだ。

 『魔力を使った飛び方を教えるよ』

 おおっ、これは良い魔法だ。空さえ飛べれば、空を飛ぶ怪鳥と渡り合うことができる。初めてだからそんなすいすい飛べないだろうけど、何とか同じ土俵にはたてる。
 本来ならリニスから教えてもらう手もあったんだろうけど、リニスは感覚で空を飛んでいるから言葉に説明しづらいらしい。だから、俺に引こう魔法を教えることができなかった。何という才能、何という憎らしさ。やっぱり、今度のご飯は食べてびっくりの、檄辛料理だな。

 『まずは、体全体に魔力をまとわせな。そのときに体全体の魔力が均等になるようにするんだよ。じゃないとね・・・・・・』

 ちゃんとした言葉にして分かりやすい説明がされる。一つ一つの行程に理屈があるようで、タマさんはそれを丁寧に説明してくれる。長生きしているタマさんは知識が豊富で、物わかりが悪い俺にも詳しく説明してくれる。

 『その後は、重力など無いような感覚で、魔力を使って体全体を押し上げな。魔石の魔力もあるんだ。魔力が少ないあんたでも、力不足はないはずだよ』

 「よし、何となく分かった。じゃあ、試しにやってみよう」

 とりあえずやってみよう。がんばれば何とかなる。それにしても、みんな俺の魔力は少ないって言ってくるな。もしかして、いじめ? 確かに少ないけどさ。

 「不安なことを口走らないでください。もっと真剣にやりましょうね」

 「なんと失礼な。俺はいつでも真剣だ。ただ、思いに能力がついてこないだけだ」

 「がんばって、訓練しましょうね。才能は努力で塗り替えられるんですから!」

 ともかく、今は実際に空を飛んでみよう。これにはちょっとうれしくなる。魔法を間近で見てきたものとしては、空を飛べるのは夢のようなことだからな。生身で風を感じることができるようになる。これは今まであこがれ続けていたものだ。俺も師匠たちと同じように空を飛べるんだ。
 気が走りそうになりつつも落ち着いて丁寧にやろうと心がけながら、飛行魔法を使い始まる。
 魔力を身にまとい、全体を浮かせていく。タマさんから習ったことを思い返しながら、慎重に作業を進めていく。

 フワッ

 体が浮き始めた。

 やった。

 体に感じた浮遊感に感動しながら、今度はもっと高く飛ぼうと操作する。目指すは敵がいるあの高度まで。

 「行くぞ」

 「はい」

 二人は地上から足を離れる。そうして、敵に向かおうとした。
 だが、

 「あぎゅら、ごぎゅら、ぶけら!!!!」

 「きゃーーーーー!! 俊也さんの手足が変な方向に!?」

 均等に宙に浮かすことなんてできやしませんでした。
 手の先が早ければ、腕は遅く。足が遅ければ体早く。といった感じで、体の部分事の移動速度は点でばらばらだった。それがもたらす結果が、体の部分部分が、外れると言うことだった。

 「ぜ、・・・全身が脱臼した・・・・・・」

 「大丈夫ですか?!」

 「体を・・・・・・くっつけてくれ・・・・・・」

 「待っていてくださいね」

 危なかった。もう少しで骨が折れているかもしれないところだった。体の関節のありがたみを今知った。体の関節が外れるだけですんだ。それにしても、折れなくて本当に良かった。折れたら明日から家事ができなくなるしな。
 その後、リニスに脱臼を治してもらった。どうやら応急処置の知識があるようだ。間接をはめていってくれる。これで何とか助かった。これは感謝して、明日は激辛料理はやめにしておくかな。俺は自分の利益になる行動をしてくれたら優しくなる。そんな人として駄目な自分が結構好きだ。

 『やっぱりそんな結果になったね』

 「予感がしていたの?!」

 タマさんはこの結果を予測していたらしい。それなのにそんなことをさせていたなんてひどい。

 『魔法を上手く使えなかったようだからそんな予感はしていたよ。けど、絶対失敗すると思っていたらといったら嘘になるね。基礎は鍛えているんだ。できる可能性はゼロじゃないはずさ』

 射撃魔法は使えなかったけど、治癒の魔法は使える。確かに、基礎は練習しているからな。タマさんも賭けをしてみたらしい。

 『説明だけでも、できる人はできるからね。実際空を飛べたら有利に運ぶし、使えたら使えたらでもうけものだと思ったんだけど・・・・・・』

 「ふむ、なるほど。俺はそんなタマさんの期待を見事に裏切ったと」

 『口の減らない子だね』

 けれどやっぱり俺には難しすぎたらしい。簡単な魔法なら使えるかもしれないが、それが決め手になるとは思えないんだよな。肉弾戦でも昨日は大して効かなかったほどだし。

 『じゃあ、今度はもう少し簡単なものにするよ』

 「おっ、さっすがタマさん」

 『今度はしっかりとやるんだよ』

 心外だ。俺はちゃんとまじめにやっているというのに。ただ、俺の技量では足りなかっただけだ。

 『次は魔力で足場を作ってそれを踏み台にする方法さ。わずかな時間、魔力を固体化するだけだからそこまで難しくないはずだよ』

 おっ、それなら俺も使えそう。魔力の制御は難しいけど、常に形を維持する必要はない。どうやら固形化するタイミングは自分で決められそうだし、短時間で良いと来た。起爆性を持たせる必要もない。一瞬だったら何とかなりそうだな。踏み込みで間合いを詰める練習は気が遠くなるほどやったし、自由にできるようになるまで修得している。さっきより可能性は格段に高いはずだ。
 タマさんからやり方の説明がされる。
 空中に足が乗るほどのブロックを生成して、それで踏む込めばいいとのことだ。その足場は体を支えるほどの強度を持たなければならないけど、それさえやり遂げれば時間はほんの一瞬で良いらしい。それに、そこまで大きくなくても足さえ乗れば良くて、力を込めることができればそれで十分なようだ。他にも慣れてくれば、体をバネにして持ち上げることで足場の負担を無くし、強度も少なくて良いなど、いろいろテクニックはあるらしいが、それはまた今度のようだ。今はとにかく、ちゃんとたてるものを作ること。それが肝心のようだ。

 「よし、今度こそ行くぞ」

 「今度こそやってくださいね」

 『いい加減成功させな』

 なんか、周りを敵で囲まれた気分だ。たった、空を飛べることができないだけでこの状況は悲しくなってくる。他にも空を飛べない人はたくさんいるというのに、仲間が全員空を飛べるだけでこの立場なのは泣けてくる。

 これは失敗できないな。

 俺は魔力で足場を作り、それを踏み台にして空へと飛び立とうとした。

 その瞬間、激痛が走った。

 「うぎゃーーーーーぁっ!! 小指を角にぶつけた!!」

 「なにしているんですかーーーー!!」

 空中に作った魔力の足場を踏もうとした瞬間、誤って足をぶつけてしまった。思い描いた位置に作ることができず、位置がちょっとずれてしまったのだ。その結果、足を思い切りぶつけてしまい、最悪なことに小指にぶつけてしまった。これはかなり痛い。
 俺は苦しみにもだえながら、地面をごろごろと転がる。はっきり言って今までの中で一番痛いかもしれない。なぜ小指をぶつけてしまったのか、親指だったらいいのにと、訳の分からない考えが頭を過ぎる。

 『はぁーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・・・・』

 頭の中から、タマさんが今までで聞いた中で一番大きなため息が響いた。『何でこんなのを弟子に取ったんだか』とか、後悔の言葉まで聞こえた。俺も何でこんなにもできないのか知りたい。別にふざけてはいない。重要なことだから何度でも言う。
 俺はふざけてなんかいないんだ!

 「ふざけているようにしか見えません!!」

 さすがにここまで体を張ったギャグはしないぞ。小指をぶつけるなんていう、過酷な拷問まで受けるほど、俺は笑いに体を売ったわけではない。
 ともかく、これも駄目なら他の方法をとるしかない。なにも邪魔をするものがいない状況でこうなんだ。戦闘中なら、体の至る所をぶつける自身はある。さすがにそれに挑む度胸はない。どんな拷問より苦痛だと思う。
 俺がタマさんのありがたい助言を聞こうとしていると、無慈悲な言葉が告げられた。

 『いくつか手は教えたから、後は任せるよ』

 「そんな、まだ1ミリたりとも有利になっていない!」

 『死ぬ気でがんばりな』

 「励ましの言葉よりも、逆転の策をくださーーい!!」

 俺が止めようとしても、それを無視してタマさんは念話を閉じた。むなしくも、俺がどれだけ叫ぼうともタマさんに届くことはない。

 「逆転の手を二回も無駄にしておいてそれはないんじゃないですか?」

 「だが、全然役に立っていないぞ」

 「・・・・・・もう少し、魔法を使う練習をしましょうね」

 なんか、困ったものを見るような目で見られた。だって仕方ないじゃないか。どうにもうまくいかないんだから。俺もここまで来てふざけているわけではない。まじめにやった結果がこれなんだ。誰も好きで痛い目にあったりなんかしない。

 「それで、どうするんですか? 本当に手がありませんよ」

 手詰まりと言ってもいい。俺が空を飛べない限り、攻撃が届くことはないのだ。攻撃があたら無ければ俺は戦力にならない。たとえ空を飛べるリニスが向かっても、前回と同じように決め手に欠けていずれ負けてしまうだろう。
 リニスは空が飛べる。だが、俺は空が飛べない。ここが一番の問題点だ。片方が空を飛べる状況で、敵をやっつけるほどの一撃をたたき込まなくてはいけないんだ。

 ・・・・・・あっ。

 「? どうかしたんですか?」

 閃いた。確かにこれなら、片方は空を飛ぶ必要はない。更には、敵を倒すほどの一撃をたたき込めるかもしれない。少なくても相手に大きなダメージを与えるはずだ。

 「何か、思いついたんですか?」

 「いやいやいや、だがしかしリスクもでかい」

 「思いついたのならやりましょう」

 「ちょっと待って、考えさせて」

 「だけど、それしかないんですよね」

 なんか、リニスが俺の考えを聞いてもいないのに推してくる。俺が戸惑っているところを見て、自分にはあまり害はないことに気がついたのか? さすが獣。第六感が優れている。まさにその通りだった。

 「分かった。これしかないよな。タマさんからあれだけ助言をもらったのに、駄目だったと帰ったらなにされるか分かったものじゃない」

 タマさんは若干怒っているようだった。呆れの方が大きくてあのような態度だったが、このまますごすごと帰ったら絶対お仕置きをされる。
 こうなったら、どうあっても魔石を獲得して帰るしかない。
 俺は覚悟を決めて、リニスに作戦を指示する。

 「俺をあの怪鳥まで浮かせることはできるか?」

 「できますけど、魔法を使い続けると私が動けなくなってしまいます。一対一では勝てませんよ」

 今のリニスでは魔法を使いながらの戦闘は無理なようだ。子供とは言えど、決して軽い訳じゃない。人を浮かせるのは慎重にやらなくてはならなく、以外と操作が難しい。俺がさっき操作を誤ったから、どれだけ難しいのかは分かる。

 「それで十分だ。俺をあいつの元まで送り届けてくれ」

 「・・・・・・何か考えがあるようですね。分かりました」

 リニスはそれだけで納得してくれた。俺を信じてくれたようだ。
 俺の体が浮き、そのまま速度を上げて空を行く。
 未だ空を飛び続ける怪鳥に向かっていく。
 このまま距離を詰めていこうとした。しかし、途中で予想もつかないことが起きた。

 「キシャアアアアアア!!」

 怪鳥が襲いかかってきた。

 「ちょっ、何で!!?」

 怪鳥は一直線に向かってくる。口を大きく開けて。
 その様子を見て思い至った。怪鳥は俺をえさだと思っているんだ。今まで怪鳥は獲物を探していた。だけど、夜で人は外にあまり出かけていない。それに、鳥目であることが夜で目が見えなくなっていた。怪鳥は獲物が見つからなかったのだ。
 そんな状況に俺が向かってきた。わざわざ目が見える範囲内にと。しかも、それほどスピードはなく、格好の獲物だったに違いない。さながら俺のことを羽虫のように思えただろう。

 な~るほど。俺が狙われるのは必然だった訳ね。
 こんな状況なのに、やけに冷静になる。なぜなら俺にはどうしようもない出来事だからだ。俺の体の主導権はリニスにゆだねられている。俺自身が回避行動を取ることができない。リニスが怪鳥の動きに気づいて逃がそうとするが、相手の方がスピードは上だ。逃げられない。
 もう、結果は決まっていた。

 パクッ

 「えええええっっっっっっっ!!??」

 怪鳥に丸呑みされた。一瞬で口は込んだ動きは、さすが野鳥と言うべきだろうか。俺はのどごしで味わわれ、食道を通り、胃の中へと運ばれた。
 食べられる経験は初めてだ。できることなら一生体験したくなかった。

 食べられてしまったが、とかされて糞になるのは困るので勘弁してもらいたい。俺は消化液を魔力の鎧で防ぐ。体を浮かすことはできないけど、身にまとわせることくらいならできる。これで防御すればしばらくは消化されない。けれど、長くは持たないから、今すぐにでも脱出しなければならない。

 体にとりつくだけで良かったんだけど・・・・・・
 まあ、こうなったら仕方ないか。体内でも何とかなるか。いつまでもここにいたら消化されてしまう。
 すぐにでも決着をつかせてもらおう。
 俺はこいつに勝てる方法をリニスから教えてもらった。そう、素晴らしい射撃魔法魔法を。
 今度は全身から魔法を打ち出すように、体の周りで魔力を圧縮。ぎりぎりまでため込んだところで、

 俺は一気に

 撃ち出した!

 ・・・・・・爆音が身を包み、体が衝撃に包まれる。最初とは比べものにならないほどの激痛が体に走る。予めこうなることは分かっていたから、防御の姿勢を取っていた。だけど、それを上回る痛みだった。
 衝撃で口から体が放り出される。体内で、後ろではなく前に投げ出されたのは不幸中の幸いだろうと。口の逆だったら、俺は人として終わっていたかもしれない。と、自分を慰めてみる。

 「自爆を得意技にしないでくださーーーーーーーい!!」

 リニスがなにやら下で叫んでいるが知らない。さすがに全身爆発は堪えた。
 俺は煙を上げながら地上へと落下するのであった。

 側では怪鳥も口から煙を上げながら落ちている。体はぴくりとも動かなく、どうやら気絶しているようだ。

 本来なら、爆発前に小太刀で傷をつけて衝撃を直に与えるつもりだったが、内部から攻撃に移っただけに思った以上のダメージを与えることができたようだ。ああならなければ、羽毛で衝撃を防がれていたかもしれない。
 果たして、あの出来事は良かったことなのだろうか悪かったことなのだろうか? 少なくてもまた腹の中に突撃する気はなかった。

 地上への落下前に飛んできたリニスに受け止められる。対して、怪鳥はそのまま地面にたたきつけられて力尽きたようだ。落下地点には気絶したカラスと魔石が転がっていた。
 これで、俺達の勝ちだ。魔石も回収したことだし、ちゃんとうちに帰れる。

 「うわっ、くさい・・・・・・」

 失礼なやつだ。確かに胃の中に入ってくさくなっているのは分かるけど、そんなにいやな顔をするとは。
 まあ、家に帰ったら真っ先に風呂に入ろうと思う。今日も疲れた。早く風呂に入って寝たい。

 「なんか、毎日が綱渡りですね」

 「そうだな。いつか落ちそうだ」

 「笑えないですよ」

 転んでも良いが、落ちないようにしたい。俺に幸せが訪れますように。
 たまには、怪我をしなくてすむ戦いをしたいものだ。






[26597] 第12話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:57



 あの戦いはかなりのダメージを負ってしまった。自分の治療もままならなく、リニスにいくらか助けてもらいながら回復をした。今回は何とか倒すことができたけど、いい加減自分の力不足を痛感してくる。まだ始めて二匹だけだが、出会う敵が全員自分たちよりも上だからだ。

 「基礎も大事だけど、幾つか技を覚えてないとやっていけないね」

 タマさんから自分の修行を次の段階に進めることを言われた。魔石を回収して帰宅後、風呂で汚れを落として、タオルで髪を拭いているところに声をかけられた。
 ・・・・・・脱衣室で気配を消して現れないで欲しい。こういう場所では俺も無防備になるから、いきなり気配がするとかなりびびる。

 「リニスはまだ入っているのかい?」

 「もう少し温まってきたいとか言っていたけど・・・・・・」

 俺が風呂から出るときにそう言っていた。俺を受け止めたときに臭いが移ったようで、リニスも少しくさくなっていた。それで、帰ったらすぐに二人で風呂に入った。
 俺は出てくるのが遅いなと、耳を澄ませた。そうすると、中から物音が聞こえる。

 水のチャプチャプしている音が聞こえた。

 あいつ、泳いでいやがるな。師匠の趣味で風呂が結構広い。そのことにリニスは少し感動していたな。
 俺は怪鳥の胃液のにおいを取ろうと長風呂だった。そんな俺が出て、体を拭き終わって着替えても、まだ風呂の中で遊んでいる。
 少し呆れて、もう放っておこうかと思ったが、なにやらタマさんから話があるだから、リニスも引っ張ってこよう。
 扉をがらっと開けて、中に入る。

 「にゃ! にゃんですか!?」

 いきなり戻ってきた俺を見てびっくりしている。顔を上げて泳いでいたのを止めて、すぐに立ち上がってその場を取り繕うとする。こいつは泳いでいたことがばれていないと思っているのだろうか?
 すでにとろけきった表情で湯船につかっているのを見ているんだ。今更何に驚けと言うのだろう?

 「さっさと出ろ。もう臭いも取れたし、いいだろ」

 「ああっ、つかんで持ち上げないでください!」

 ぬれた猫を両手でつかんで持ち上げる。今は猫の姿だから、楽に持ち上げることができた。
 あいつは自分の世界に浸ると猫の姿になることを知った。こたつに入っているときの他に、ひなたぼっこ、入浴時と布団に入っているときは猫の姿になる。そのときは決まってだらける。そんな姿を見ると、使い魔だ何だと言いながら、所詮は猫なんだなと実感する。
 俺はリニスをつかんだまま浴室を出る。脱衣所に置いておいたタオルを持って、リニスの体を拭いていく。

 「ちょっ、自分で拭けますよ!」

 「気にするな。ついでだ」

 「気にしますよ!」

 自分でやった方が早いような気がしたから、自分でやることにした。タオルでごしごしと体を拭いてやる。

 「あっ、ちょっと気持ちいい。慣れていますね!?」

 「たまに動物の面倒を見てやっているからな」

 タマさんや大虎に言いつけられて、怪我した野生動物の面倒を見たことも何度かある。人間慣れしていない動物の体を洗ってやるとき、下手だと暴れ出すから、上手になるしかなかった。少しでも気に入らなかったら、ひっかいたり、かみついてきたりするからだ。

 「けど、私の体を蹂躙されている気がするんですけど」

 「なんかものすごくひどいことを言われている気がする!」

 わざわざ吹いてあげているのに。俺の苦労をねぎらって欲しいくらいだ。

 「やっぱり、自分で体を拭きまーーす!」

 「もう少しで終わるから、静かにしていろ」

 最後までタオルでしっかりと拭いてやった。その後、俺はそのままふてくされていたリニスを引っ張って、いつの間にかいなくなっていたタマさんを追って、居間まで移動した。

 「遅かったね」

 「リニスが暴れるから時間が掛かった」

 「ううっ、けがされてしまいました・・・・・・」

 何を言う。ちゃんときれいにしてやっただろうが。それなのに、何をいつまでもぐずぐず言っているんだ。
 まだ何か言いたそうなリニスを、タマさんは無視して話を再開する。

 「さっきの話の続きだけど、あんたにもそろそろ技を覚えてもらおうとしようか」

 「流されちゃいました!?」

 何だ、リニスは突っ込み待ちだったのか。それは悪いことをした。今度は気づいたらちゃんと突っ込んでやろう。ボケに突っ込まないのは世の中の礼儀に反すると、健も言っていたしな。
 今はリニスのことはそっとしておいて、タマさんの話を聞こうとしよう。技の鍛錬に入るという話だ。

 「私は猫だから、人に技を教えるのは向かないね。もうすぐで松が帰ってくると言う連絡が入ったから、帰ってきたら教えるように言っておくよ」

 「えっ!? 師匠が帰ってくるの?」

 思わず複雑な表情してしまう。いろいろ教えてもらえるのはうれしいが、なるべくなら教わりたくないような、どっちともは言えない気持ちになる。

 「俊也さんのお師匠さんは、松さんと言うんですか?」

 リニスは新しく聞いた名前について興味があるようだ。師匠はこの家の家主。居候のみとしては挨拶をしておきたい人物だろう。

 「リニス、一言言っておく。本人の前で松と名前で言うんじゃないぞ」

 「えっ? 何でですか?」

 「フルネームだと、松竹梅の逆なのが気に入らないらしい。松と何度も言うと、遠慮無しにぶん殴られるぞ」

 俺はそれを何度も経験している。そのたびに吹っ飛ばされるのは、痛い思い出だ。師匠はあまり面識のない人でも、名前のことを深く追求されると怒るからな。あと、名前が古くさいのも気に入らないらしい。

 「言っておくが、実力はタマさん以上だぞ」

 「絶対、良いにゃせん!」

 体をぴしりとさせて、大声で答えた。声もうわずっている。リニスはタマさんに修行でぎったんぎたんにされていたから、師匠の力も想像がつくのだろう。自分じゃ到底敵わない相手だと言うことが。

 それにしても師匠が帰ってくるのか、これはいろいろと覚悟を決めないといけないな。








 翌日、俺は家の和室に正座して時が来るのを待っていた。

 「あの、タマさん。俊也さんは何をやっているのですか?」

 「あの子は命を迫り来る脅威を立ち向かおうとしているんだよ」

 「えっ、お師匠さんが帰ってくるんですよね? 脅威って・・・・・・」

 「命が掛かっているのさ。それは真剣になるよ」

 「い、命!?」

 なにやらリニスが騒いでいるが、俺はこれから来る相手に備えなければならない。やり方を間違えれば、どうなるか分からない。こっちだって命がけだ。

 「ただいま~~!」

 来た!

 玄関の方から、戸が開く音と声が聞こえた。タマさんたちがいる状況で,そんなことを言うのは一人しかいない。快活な声が家中を響き渡る。それと同時に、俺の額を汗が伝うのが分かる。

 「みんなどこ~~」

 一拍おいて、また声が響き渡る。靴を脱いで、玄関に上がったのだろう。そしたら、一直線までこっちまで来る。師匠は気配を読める。自分たちがどこにいるのかすぐに分かってしまう。どこにいても同じだ。迷わずに、自分たちの所まで来るだろう。

 たたたたっ、

 廊下を歩く音が聞こえて、自分たちがいる部屋まで来た。いつの間にか、タマさんはリニスをつれて部屋の角にいる。あれは避難だな。つまり助け船はない。
 側でリニスがなにやら困った顔をしていた。状況が見えていない。それはそうだ。師匠とはまだあったことがないからだ。まあ、すぐに驚くことになる。

 「俊ちゃ~~~ん! ただいま~~~!」

 幸せそうな顔をした師匠が、勢いよく戸を開けて部屋に入ってきた。
 だが、それに付き合っている余裕はない。

 「はっ!」

 俺は両手を畳にたたきつける。

 バンッ!

 その衝撃で、畳がはじけ飛ぶ。箸が宙に上がり、俺の前で壁の様な姿勢へとなった。

 「にゃっ!? あれは?」

 「へえ、畳返しだね」

 俺の突然の荒技にリニスが驚きの声を上げて、タマさんが感心の声を上げた。
 これはテレビなどの資料を見て、自分で編み出した技の1つ。たたきつけた衝撃で畳をわずかに浮かした後で、箸に指を引っかけて一気に起き上がらせる。それを一瞬で行えば、独りでに畳が起き上がったように見えるだろう。自分なりに畳返しをやっみた。どうやらうまくいったようだ。
 畳を立てたことにより、師匠と俺の間に障害物ができた。これで、師匠の動きを少しでも阻害できれば儲けものだ。
 やったと思ったが、実行してみてそれは失敗だと気づいてしまった。
 目の前に畳があることで、視界が妨げられてしまった。こうなったら、次に何が起こるのか分からなくなってしまう。視界が極端に狭まると恐怖が襲ってくる。畳越しに死に神以上の存在がいると思うとその恐怖は格別だ。
 些細な同様をしている暇もなかった。
 なんと、畳から手が飛び出してきたんだ。

 「うげっ!?」

 後ろに飛ぼうとしたが間に合わなかった。見えない場所からの出現に、動揺してしまったのが敗因だ。ただでさえ避けられないものなに、防御を取ることもできなかった。

 無防備な体に腕が巻き付かれた。そのまま締め付けられるように締まり、同時に畳が力によってばりばりと砕かれていく。

 「俊ちゃん! 寂しかったよ!」

 畳の後は俺の番だった。

 「うぎゃーーーーーーー!!!」

 全身の芯から砕ける音がする。体中の力が抜けて、感覚がゆっくりと消えていく。

 「ちょっ!? 俊さーーーーーーーん!!」

 「南無」

 リニスの悲鳴が聞こえて、タマさんの念仏が聞こえた。

 それから、師匠が俺にほおずりをしながら、なにやら仕事の愚痴を延々と言っていた。詳しい内容は覚えていない。それどころじゃなかった。
 しばらくして、俺は解放される。だが、師匠の縛りが解けても、俺は自分の足で立つことができずに、床にドサリと倒れ伏した。

 「だ、大丈夫ですか!?」

 「だ、大丈夫じゃないが・・・・・・耐えきってやったぜ」

 「何ですか、そのやり遂げたぜって顔は?」

 だって最後まで気を失わなかったのは初めてなんだぜ。ここで笑わないでどこで笑うって言うんだ。

 「そうだね。いつもなら、数秒と持たずに気を失っているから。あんたも成長しているんだね。よくやったよ」

 珍しくほめられた。達成感と感動で涙が出てきそうになる。
 おれ、今までがんばったよ。

 「ここで、今までのがんばりが評価されるんですか!?」

 「もう、ゴールしても良いよね?」

 俺はやるだけのことはやった。ゆっくり休んでもいいんじゃないだろうか?

 「ゴールしちゃ駄目です! 命を諦めないでください!」

 「後は私に任せてゆっくり休みな」

 「休んじゃ駄目ですってば!」

 けれど、体の自由は戻らない。むしろ大切なものが離れていくような気がしてくる。

 そこで、師匠は俺達に突っ込みをしている猫を目にとめた。今まで、俺のことばかり気にしていて、いることは知っていたが気にしなかったのだろう。俺を優先してくれてちょっとうれしくは思いつつも、それ以上の痛みを受けているから感謝はしない。
 師匠はリニスを見て目の色を変えた。師匠は重度の猫好きだ。稀に猫を拾ってくることもある。だけど、その愛され方に耐えられたのは今まではタマさんだけで、他の猫たちは一日と経たずに逃げている。
 つまり何が言いたいかというと、師匠は可愛い猫を見つけると凶器と化すのだ。その威力は俺がこうして立てなくなるほど。

 「いつこの子来たの? 可愛いじゃない!」

 「にゃにゃ!??」

 矛先が変わったことに、リニスは動揺を隠せないでいた。おろおろと周りを見渡すが、いるのは倒れ伏している俺と、距離を取り始めたタマさんだけだ。俺は役に立たないし、タマさんも今の師匠に何を言っても駄目だと言うことは分かっている。こうなったら、被害を受けないように、離れるしかないと言うことも知っていた。
 リニスを助けられるのは誰もいなかった。

 「一緒に行こうぜ・・・・・・」

 ・・・・・・・あの世へな。

 俺とおまえは相棒同士、運命共同体だ。おまえもついてきてくれ。
 青ざめたリニスが後ずさりしながら何とか逃げようとするが、興奮した師匠はそれを逃がそうとしない。リニスと師匠では実力が違いすぎる。

 一瞬で師匠がリニスに抱きついた。そのまま、言葉で形容しがたい抱擁に包まれる。

 「みにゃーーーーーーーーー!!!!」

 リニスの叫び声を聞いて、俺は満足して目を閉じた。






[26597] 幕間 その1
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/03/20 22:58



 俺は今河原を歩いている。
 右手には川が流れており、左手には小さな草原があって奧には暗い森がある。床一面にある砂利道の感覚を楽しみながら、ゆっくりと歩いていた。
 この河原には何度か来ている。なじみの場所とも言える。ここは何回来ても変わらない景色をしている。空は淡い黄色をしていてきれいで、川は水が少し赤みがかかっているが透き通った透明で空が映り込んでいてよく映える。ちょっと気に入っている景色だ。

 後ろから子供の泣き声と,たくさんの石が転がる音、それに鬼の喧噪が聞こえるのはここではありふれた音だ。
 そして、川の向こうではたくさんの人たちがこっちを見ているのもありふれた光景だ。
 おっ、川の向こうで父さんと母さんが笑顔で手を振っている。また会ったな。こっちも手を振って答える。

 「あの~~」

 そんな出来事を楽しんでいたら、後ろから声をかけられた。

 「何ですか~?」

 振り返ると、そこには誰もが顔を合わせたら、思わず悲鳴を上げてしまいそうな顔をした鬼が立っていた。

 「何かありましたか?」

 最初はこの顔を見て驚いたが、今となっては慣れたもので驚きはしない。俺は冷静に受け答えをする。

 「子供はここで石を積んでから川を渡るしきたりなんです。ですので、ボクもみんなと一緒に石を積んでくれませんか?」

 やんわりと丁寧な口調でお願いされた。そう言われてちょっと困ってしまう。

 「あ~,すみません。もうすぐで、帰るのでそれはまた今度にしてください」

 「えっ、だけど、ここは・・・・・・」

 俺の言葉を聞いて、鬼も困った表情をする。周りの人たちはこの顔を怒っているように受けとるのだけど、俺は彼が思わぬ答えを聞いて困惑していることが分かった。これも来るたびに、似たような顔の人たちと何度か世間話をしたりして、笑い合ったり、悲しみ合ったりしているたまものだろう。

 「もしかして新人さんですか?」

 「あっ、はい。昨日から新しくこの賽の河原に入ってきました」

 やはり新人さんか。それなら、俺のことを知らないわけだな。他の人たちなら顔見知りだから、こんなことはもう無いはずなんだけど、やっぱりだ。

 「あれ? ここはどこですか?」

 いきなり気配を感じた。

 「おおっ、おまえも来たのか」

 気がついたらリニスが側に立っていた。予想外というか、予想通りというか、リニスもここに来たようだ。リニスは状況がつかめていないようで、おろおろしている。室内にいたはずなのに、いつの間にか見慣れない河原にいたらそれは驚くか。俺も最初はかなり驚いたしな。少し呆けていたが、俺の声を聞いて正気を取り戻したリニスがこっちに気がつく。

 「俊也さん、ここはいったい・・・・・・」

 「ああ、三途の川だ」

 「三途の川?」

 「死後の世界だよ」

 「死後!?」

 ここがどんな場所なのか分かったようだ。
 そう、俺達二人は師匠の手によってこの死後の世界である三途の川に来ることになったんだ。

 「わ、私たち・・・・・・死んじゃったんですか?」

 俺の言葉を受けて、リニスは俺達が死んでしまったと思ったらしい。あの師匠の抱擁を実際に受けたから、ここが死後の世界だと言うことは信じられたようだ。普通に人生の終わりを感じるしね。
 リニスが見るからに動揺していく。それを落ち着かせるように俺は声をかける。

 「大丈夫だ。たぶん仮死状態で収まっていると思う。俺も何度か来たことがあるし、時間が経ったらタマさん辺りが戻してくれる」

 「前半のたぶんや思うで部分で不安は増しましたけど、後半は説得力がありましたね。更に怖くはなりましたけど」

 俺はここにいるから今俺達がどうなっているのか分からないんだよね。症状についてはタマさんに聞いてみたときに言われたことだ。そのときに目をそらされながら答えていたけど、とりあえず信じてみようと思っている。俺の精神衛生上。
 なんにしても、しばらくしたら帰ることができる。タマさんと師匠が現場にいるんだ。みすみす死ぬようなことはしてこないだろう。ここに来ている時点でその勧化絵は不適切かと思ってしまうが、それは考えないでおく。これも精神衛生上大切なことだ。

 「おい、新人! なにやっているんだ?」

 おっ、どうやら仕事場から離れた新人を、別の鬼が探しに来たようだぞ。

 「すみません。この子が見えたもので」

 「その子は梅竹さんのとこの弟子だ。俺達が世話しなくても大丈夫さ」

 「えっ!? 梅竹さんの!?」

 ふむ、梅竹なんて探せば見つかりそうな名前なのに、師匠の名前だと特定できることにあの人のすごさが垣間見られる。地獄までその名が届いているところに、ちょっと尊敬してしまう。
 さすが師匠!

 「どういうネットワークなんですか!?」

 「さあ? 猫又と妖怪の専門家だし、知っていてもおかしくないんじゃないのか?」

 「いや、おかしいですから!」

 はて? あまり疑問には思わなかったな。俺が戻ったり、また会ったりと繰り返していたら、こんな風に普通にしているのが自然と思っていた。もしかして、俺の常識崩壊していた?

 「ほら、ゆうき、早く持ち場に戻るぞ。あっちで子供が助けを求めている」

 「すみません、のぞみ先輩。けど、ボクが近づくと子供たちが泣いちゃうんですよね」

 「おまえは顔が怖いんだ。表情も硬いから、どこか不自然なんだ。こう、心から笑ってみろ。子供たちと本当に仲良くなりたいと思ってな」

 「アドバイス、ありがとうございます。けど、顔が怖いのはお互い様だと思うんですけど」

 「名前と言動から、とても人が良さそうですよ!」

 「実際優しいしね。じゃないとこの職に就けないらしいよ」

 「どんな制度の下に就職するのかとても気になるんですが」

 「普通に入社試験を受けてはいるそうだ。以前、聞いたことがある」

 「世間話をするほどの仲なんですか?!」

 いや~、鬼の人たちは鬼の人たちでいろいろ苦労があるらしいよ。また機会があったらお茶したいな。地獄まんじゅうと天国ようかんをつまみながら、三途のお茶を飲むと心が落ち着くんだよな。

 「そうだ。せっかくだから、あの世でも見学しに行く?」

 「その、ちょっと暇つぶしに行きましょう的な感覚で人を殺さないでください」

 「川を渡りきらなければ大丈夫だよ。前の主人の名前とか呼ぶと川の向こうで顔を出して答えてくれるかもよ」

 「それは、いろいろと失礼ですよ!?」

 鬼たちが言うには、川を渡りきることで完全に現世と肉体の繋がりを断つことができるらしい。対岸に渡ることで、治療などを受けても生き返ることがないようだ。つまり、渡りきらなければ大丈夫と言うことだ。
 早く渡りたければ、泳いでも橋渡しに送ってもらうのでも良いし、ここで死んだことの現実を受け止めたりするなど、いろいろ選択肢はあるようだ。
 こういった死後の案内をするのも鬼たちの役目な用で、いろいろ話は聞いている。今は子供たちに石を積む作業を教えているようだけど、顔が怖いせいかあまりはかどっていないようだ。

 「じゃあ、ここで待っているか? 俺はもうやることはないけど」

 両親にはリニスが来る前に挨拶したし、鬼たちは今日は忙しいようだ。だから、ここでのんびりするか、鬼たちに頼んでお菓子をもらってつまむしかない。もう時間も経ったからすぐに戻ることになるだろう。これは静かに待っていた方が良さそうな気がする。

 「じゃあ、試してみたいことがあるんですけど」

 ちょっと真剣な表情で聞かれた。なにやら、集中することのようだ。

 「好きにすればいいよ」

 俺からは言うことはあまりないから好きなようにさせてみた。

 「わかりました」

 リニスは対岸に顔を向ける。そして、三回ほど深呼吸をした後、真剣な面持ちで大きな声で叫んだ。

 「プレシアーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 河原に声が響き渡る。まっすぐとした声だ。これは向こう側にも届いたことだろう。誰の名前かは分からないが、知り合いか誰かだろう。聞いてみても良かったけど、いつも以上に真剣だったから、聞くのをためらった。言いたくなったら、自分から言うだろうともってその時にすることにした。
 リニスの叫び声を聞いて、鬼が何かあったのかとこっちを見た。俺は手を振って問題ないことを合図する。すると、納得をしてくれたようで、またすぐに仕事に戻る。おそらく、困ったことが起きたのではないかと善意で気にかけてくれたのだろう。それが俺の顔を見て杞憂だと分かって、安心したんだ。うん、いい人たちだ。・・・・・・あれ、鬼だったっけ?

 リニスが名前を呼んでから、対岸には新たに姿が現れない。
 死んでいなかったのか、それとも会いたくはなったのか分からないが、リニスは前者だと思ったらしく、ほっと一息をついていた。
 そして、また、しばらく深呼吸をした後、もう一叫びする。

 「アリシアーーーーーーーーーーーー!!」

 また人の名前だ。前の主人に関係があるのかな? それとも、主人の名前かな?
 リニスの方をちらっと見る。さっきよりも顔がこわばっていた。その表情は、不安や恐怖が混じっているが、どちらかというと懐かしさや優しさといった感情が大きい気がする。
 リニスの叫びの後、しばらく経ったがまたもや人の姿は現れなかった。時間が経つにつれて、リニスは目を見開いていく。

 「あれ・・・・・・。何で・・・・・・・?」

 向こう岸には誰も現れなかった。声はちゃんと届いたはずだ。それでも現れないのは、会いたくない以外だったら、おそらくあっちにいないのだろう。
 俺はそこまで気にはしなかったのだけど、リニスはあからさまに驚いた表情をしている。

 ・・・・・・なんか信じられないものを見たような顔をしているな。

 そのアリシアというのがいなかったのが、そんなに意外だったのか?

 「・・・・・・俊也さん。名前を呼んでも出てこない時ってどういう場合なんでしょうか・・・・・・?」

 「う~~ん、実は死んでいないとかかな。遺体が発見されていないときとか、多いらしいぞ」

 「・・・・・・それはないと思います」

 「じゃあ、会いたくない場合だな。顔を合わせたくないほど憎かったり、申し訳なかったりとか」

 「・・・・・・・」

 あまりぴんと来ていないようだな。まだ表情が晴れない。ちょっと怖い顔をしている。それほど、追い詰められるものだったのか?

 「あとは、なぜ呼ばれたのか分からないときだな。声を聞いても、自分の名前じゃなくて他の誰かだと思ったときとか」

 「っ!? 確かに、そうかもしれませんね・・・・・・」


 ちぇっ、リニスの治療が先立ったか。
 リニスの姿がだんだんぼやけていく。これは現世に帰って行く様子だな。俺もそうなった経験があるからよく分かる。

 「それじゃあ、後でまた会おうな」

 「慣れているあなたがちょっと怖いです!」

 おまえもそのうち慣れるよ。なんて言ったって、あの家に住んでいるんだから。
 リニスが消えた後、すぐに俺の番になった。手を見てみると、だんだんと透け始めている。体中を見ると、足もそうだし、体もそうだ。見えないが頭も消え始めているだろう。
 最初は体の異変に気持ち悪くもなったが、今は平然としていられる。生と死の境界も慣れると違和感が起きなくなっている。今までは疑問に持たなかったが、リニスの反応を見ていて、俺は果たしてこれで良いのかと思ってしまった。

 だけど、考えてもどうにもならないしな。

 怒りがわき出るまもなく俺は諦めた。自分はまだ弱いから、自体を変える力がない。今はなすがままだ。
 とは言っても、これで諦めるわけではない。今回は畳を壁にしてもあまり効果がなかったから、今度は別の手を考えてみよう。まあ、これも挑戦だと思ってがんばってみるさ。

 いろいろ考えていたら、消える直前になって、鬼たちが俺の周りに集まり始めた。
 そして、背筋を伸ばした後、一斉に顔を下げる。

 「「「「「「「梅竹さんによろしくお願いします」」」」」」

 鬼が一斉にお辞儀をした。それも軽いお辞儀じゃなくて、45度以上傾けた最敬礼というやつだ。

 師匠、いつもながら思うがあんたはあの世でなにやったんだ?

 いつもながら、この瞬間だけはこの考えを捨て去ることができなかった。とりあえず、本当になくなったときに閻魔大王にこのことを聞いてみようかと思っている。





[26597] 第13話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/05/05 19:07

 「あっ、起きた」

 ふと目を覚ますと、そこには師匠たちがいた。何度か見たことのある天井だ。
 そうか、ここは俺の家か。
 さっきまで開けたところにいたから、突然の景色の変化に違和感を感じてしまった。
 臨死体験。俺はさっきまで三途の川にいたようだ。
 さすが師匠の抱擁だ。見事に俺を一撃であっち側に逝かせた。その力は本物。

 「ねえ、俊也さん。私とさっき川で会いました?」

 「会ったぞ。ちゃんと現実だから諦めろ」

 リニスも師匠から抱きしめられたから、ちゃんと臨死体験をしていた。河原でリニスにもあった。あっちで生きた知り合いに会うのは稀だ。これは良い思い出になるだろう。リニスにとってはトラウマだろうけど。
 俺の言葉を聞いて、リニスがうなだれている。それほどショックだったのだろう。俺も最初の頃はこうだった。今は温かく見守ってやろう。
 そんな先輩から、リニスにありがたい言葉を授けてあげる。

 「俺は師匠が出張から帰ってくるたびにあれを受けている」

 リニスの体がびくっと反応する。何とか抵抗したいのだけれど、師匠のパワーには今のところ効果的な対策は出ていない。
 リニスの肩に手を置いて、最後にこう言う。

 「そして、師匠はな。猫好きなんだ」

 「にゃーーーーーー!!」

 感情が爆発した。とりあえず、遠回しにこれからも多々あることを告げたのだけれど、刺激が強すぎたようだ。これからの生活を心しておくように言ったつもりだけれど、それほどメンタルは弱くなかったようだ。まあ、臨死体験をするほどだ。仕方ないか。
 それにしても、良い反応をしてくれる。ちょっと涙目で叫んでいるところが俺の心を心地よく揺さぶってくる。
 けれど、いつまでも放っておく訳にもいかないから、反応を楽しんだからなだめておくか。

 「落ち着けって。出張が多いからよくあることだけど、代わりにちゃんと治療をしてくれるから、死にかけても生き返れるぞ」

 「それは安心のできる言葉じゃありません!」

 師匠たちは日本でもトップクラスの実力だ。だから、ちゃんと蘇生されるのは安心できることだと思うぞ。

 「・・・・・・野生に戻った方が良いのでしょうか」

 うん、悩むよね。
 俺もここで暮らすか、ホームレスになるか悩んだ覚えがある。そんなときは、自分なりに納得できる理由を見つけて、折り合いつけた方が良いよ。

 「う~~~~ん、ここも居心地が良いのは確かなんです。ご飯はおいしいし、布団は暖かいし・・・・・・」

 衣食住は大切だ。それがないと生きていけない。俺がここにとどまっている最大の理由だ。生活に必要なものをくれる師匠たちには感謝だ。けれど、リニスは猫だから何とかなるか。ここの猫コミュニティは優秀だしな。いざとなったら、さざなみ寮や月村の家に行けば何とかしてくれる。実は猫に優しい人が多い町だ。

 「・・・・・・おこたのためです。がんばって慣れます!」

 ひとしきり悩んだ後、納得ができる理由を見つけたようだ。さすがこたつ。何物にも勝るらしい。欲に忠実なのは嫌いじゃない。俺はリニスの決断を賞賛しよう。

 「それじゃあ師匠。おなかすいてる? 良ければ何か作るよ」

 せっかくだから何か好きなものでも食べさせてあげるかな。仕事でろくなものを食べていないと思うし。

 「本当!? じゃあ、お茶漬けと漬け物。久しぶりにおいしい日本食が食べたい!」

 「じゃあ、ちょっと待っていて」

 漬け物は冷蔵庫に浅漬けがあるし、茶漬けはご飯をタイマーで炊いてあるから、すぐにできるだろう。けど、それだけだと作るのに張り合いがないから味噌汁でもつけておくか。

 「ついでにあたしにも頼むよ」

 俺が台所に向かおうとするとタマさんから声をかけられた。

 「タマさん、さっき朝ご飯食べたよね?」

 「目の前で食べられると私までおなかがすくんだよ」

 確かに気持ちは分かるけど、だからといってその分食べられるかと言われたら無理な気もするが。けど、ちゃんと

 「・・・・・・じゃあ、私もお願いします」

 更におずおずと声をかける猫がいた。
 リニス、おまえも食べるのかよ。なにげにこの家の人たちはよく食べるな。猫だと思って小食だと思ったら間違いだった。本当の体は俺よりも小さいはずなのに、タマさんもリニスも俺より食べる。人間の時は俺より大きいとは言え、本来の姿にあの量は毒なのではないかと思うが、本人たちは平然としているから大丈夫なのだろう。

 気になるところはあったが、食べてくれるというならちゃんと作ろう。俺は台所に行って、冷蔵庫から必要なものを取り出し、調理を始めた。






 料理を作り終わって、俺が作った料理を並べ始めると、すぐさま師匠たちがいただきますと言って食べ始めた。
 せめて、全部並べてから食べ始めようよ。

 「あ~~、おいしい。やっぱり日本のご飯が一番よね~」

 味噌汁を飲んだ師匠が感慨深くそうつぶやいた。
 喜んでもらえて何よりだ。

 「そうですね~」

 おい、異世界の使い魔。おまえは違うだろう。なに日本の猫を装っているんだ。
 俺はリニスにそう突っ込むと、「気にしないでください~」とにこやかに返された。
 こいつ・・・・・・なにも考えていないな。適当に返しただろう。
 まだ数日って言うのに、この家に本当になじんでいるな。

 「そういえば、俊ちゃんは魔石を集め低るんだっけ?」

 「うん、もう知っていたの?」

 「タマちゃんから連絡が来たのよ。魔石は使いようによっては危険物だから、私に連絡してきてくれたの」

 連絡方法は念話を使ったのか電話を使ったのか少し気になった。長距離の念話が使えるって良いな。道具とかいらないのがうらやましい。
 それにしても、危険物を半人前以下の俺に探させようとするタマさんの考えはすごい。まあ、良いけど。今更突っ込む気にもなれない。
 ともかく、その話を聞いて、師匠は今やっている仕事のことで話があるようだ。

 「組織の方で正式に仕事として採用されたわよ」

 「そうなの?」

 「ええ、魔石が保有している魔力がなかなか多くてね。一個や二個ならともかく、多数の魔石の魔力を暴走させれば地球を破壊できるほどの力があるからね」

 何という危険物。タマさんの予想では二十個ほどあるらしいから、半分くらいでも集めればとんでもないことになるらしい。

 「だったら、俺に任せるのも大変になるんじゃないの? 誰が他の人が来るとかした方が良いんじゃない?」

 組織の正式な人間でもない。ただの弟子である俺が任されるような仕事じゃない。失敗して何かあったら遅いんだ。もっと信頼の足りる人物がやるべきだと思う。
 まあ、ここにはタマさんか師匠がいるからどちらかがやるんじゃないかな。それとも、師匠も学園での仕事があるから別な人が来るとか。少なくても俺よりかは遙かに頼りになるだろう。

 「大丈夫よ。あなたがやることに決めたから」

 「ええっ!?」

 師匠の発言に俺は驚愕した。まさか、組織の中でも底辺に近い存在である俺が、地球の存続に関わるような仕事を任されるとは思いもしなかった。

 「何で? 俺、弱くて経験も無いよ」

 「分かっているわよ。確かにあなたは弱小と言ってもいい存在だわ」

 「確かにその通りだけど、その言われ方は傷つく!」

 もっとオブラートに包んでもらいたい。

 「だけどね。あなたは実力以上のものを持っているわ」

 「えっ、なにそれ?!」

 そんなものがあるなら俺が知りたい。もしかして、俺の中に眠る隠された力があるとか?
 それだったら、とても喜ばしい。ここに来てまさかの逆転劇が・・・・・・

 「運命にもてあそばれているかのような、その悪運があるじゃない」

 「能力に関係のない才能ーーーー!!」

 「実力は問題じゃないわ。ただ悪運があれば何とかなるのよ」

 何ともひどい回答だった。俺には実力がない。そう断言された気がした。

 「懐かしいわよね。初めて会ったときからそうだった。その気は無いのに、どんどんと事件の深みにはまっていって抜け出せなくなる。何とか逃げようとあれこれしているうちに、どんどんと事件が進行していく」

 「確かに、やっかい事にことごとく出くわす手腕はたいしたものだね。しかも偶然になんて」

 タマさん。狙ってやっていないよ。俺はむしろ逃げているよ。なぜか事件が俺を追っかけてくるだけなんだ。

 「そんなところがあなたの魅力よ」

 「そんな魅力は持ちたくない!」

 できれば捨てたい才能だ。これがなければ俺の人生はもっと静かだったに違いない。

 「どう、自信はついた?」

 「むしろ生きる自信をなくしました」

 なに、良いこといったでしょ、みたいな顔をしているの? 師匠の言葉で俺は絶望に突き落とされたよ。

 「あなたは遅かれ早かれ、そういった事件をくぐり抜けていく人生が待っているんだし、今から解決への能力を養うのが必要だと思うのよ」

 「そんな人生願い下げです」

 「だから、今回のことは良い経験だと思って最後までやらせてみようと思うの」

 「最後までは勘弁して! ちょっとは助けて!」

 だから、俺の能力でそんな地球を救うようなことはできないって。失敗したらどうするんだ。

 「さすがに死んだら私たちも放っておく訳にはいかないから手を貸すわ」

 「それ貸しているって言わない。て言うか、死ぬまで手伝ってくれないの?!」

 放任主義もこれはひどい。俺の命をなんだと思っているんだ。たとえちんけな命だって、生きているんだぞ。

 「その代わり、仕事をやりきれば報酬はあるわ。ちゃんと仕事として組織で認可してきたから、成功報酬だけど相応のお金は払うわよ」

 「さあ、お仕事がんばるかな」

 「変わり身早くないですか?!」

 何を言っているんだ。お金に勝るものがこの世にあるとでも? 俺はただで命をかけた仕事を一人でやるのがいやなだけであって、それなりに評価を受けるんだったらやるだけやってみても良いぞ。

 「任務内容を言うわよ。魔石を全て確認して、暴走の危険がないようにすること。これができれば、報酬として二億払うわ」

 「高っ!」

 思ったよりも報酬が高いぞ。石ころ集めるだけで二億とか、かなり気前が良いな。
 けれど、地球を破壊できるほど危険なものなんだから、二億ですむと考えてみたら安いのかもな。

 「あと、追加として魔石を持ち帰るたびに一つにつき三千万払うわよ」

 「よっしゃーーー!!」

 なんて良い仕事だ。成功報酬はかなり高額。しかも報酬増額のチャンスまであるなんて。すでに三つも集めているから、現時点で事件が終われば二億九千万持てに入る。一気に大金持ちだ。

 「やる気が不純な気がします」

 「お金が入った方がやる気が出るんだ」

 「元々あなたのやる気はありませんでしたよ!」

 「それが俺の生きる道!」

 「少しは更生してください!」

 「えっ、俺って昔から打算的なんだけど」

 「やっぱり、性根からねじ曲がっているんですね」

 俺の性格を理解してもらえたようだな。

 「まあ、社会貢献できて、俺も幸せ。良いことじゃないか」

 「そういえば、師匠さんや俊也さんは何のお仕事をしているんですか?」

 そういえば、リニスには師匠がどんなことをしているのか詳しく説明していなかったな。いつも家にいるからタマさん辺りに聞いていると思っていた。
 師匠はいつもいないから、それほど忙しいことであるのは知っているようだが、厳密にどんなことをしているのかはまだ知らないようだ。

 「私は世界を守るお仕事をしているのよ」

 かなりざっくばらんな説明だ。確かに、仕事内容はその通りだ。それに、師匠の場合はそれに学園の理事長としての仕事がプラスされる。改めて考えると、師匠ってすごいよな。戦闘能力もそうだが、仕事を処理する能力もずば抜けている。

 「俺はまだ正式に入っていないよ。師匠のところで見習い中」

 ちなみに、師匠のいる組織は入るには一定値以上の戦闘力が必要だ。かなり特殊な力仕事だし、当たり前と言ったら当たり前だな。その実力を身につけるまでは、権限とかはかなり狭いらしい。一応命がかかったりする仕事だから、お給料はある。ほんの少しだけど。

 「時空管理局みたいなものですかね?」

 「なあに、それ?」

 新出単語か。覚える必要はあるのかな? あまり関係の無いことには突っ込みたくないんだけどな。自分の世界だけでもいっぱいいっぱいなのに、他人の世界まで考えている余裕はないんだが。

 「あ~、かなり大きな組織なので、詳しく説明すると長くなります。おおざっぱな説明ですと、次元世界における司法機関です。各世界の文化を管理したり、災害などの救助をしています。今で言えば、ジュエルシー・・・・・・魔石が暴走して事故にならないようにする組織です」

 へー、魔石とかを安全に回収してくれるらしいけど、この世界にいなくちゃ意味が無いな。きっとどこか遠いところでは鱈泣いているのだろう。やっぱり、重要な話じゃなかったな。

 「私たちの機関と似たようなものね。国際連合っていう、世界でおっきな組織の専門機関なの。そこで、世界中の魑魅魍魎と戦っているって訳」

 「気や魔力みたいな特殊な力が作用している現象や、魔法や気術を悪用する犯罪者を捕まえたりとかね」

 この機関は世界的に見れば重要な役割を果たしている。

 自然発生した化け物や開発とかで怪物の住処や封印を荒らすなどして、驚異的な災害が発生することがある。それが原因で町や国家、更には大陸が存続の危機に見舞われる場合が多い。それを防いでくれる師匠たちのいる機関は地球にとって貴重な存在でもある。昔は、力を持っている個人個人がそういった事態を察知して、独自の判断で対処していたのだが、それでは間に合わなくなってしまっている。
 例えば、自然的に発生する特異な災害とかは、数百年とかの周期で起きたりするから、以前はどうにかする能力を持っている人がいたとしても、その後継者が途絶えたりしている場合もある。今の世界、悪魔だの怪物だのと自分の身を掛けて戦おうとするやつなんて、世間から信じられていないし利益も少ないから、いつの間にかそういった知識が消えてしまっている場合もある。いざ、災害が起きたときにどうにかできる人物が居ないというのが、現在まで各国で問題になっていることなのだ。
 警察や軍隊でも対処できないようなことになって、そのまま国家が滅んでしまう可能性がある。そこで各国が連携して、事態に対処する意味で作られたのがその組織だ。

 未知の脅威から世界中の人々を守る仕事。

 「立派なんですね」

 俺の素行から仕事についてあまり良い印象を持っていなかったためだろう。師匠から、世界中の人々を助けていると聞いて、リニスは素直に感激しているようだった。

 「そうでもないわよ~。今すぐにでもやめら得るものならやめたいわよ」

 「えっ!?」

 リニスが師匠の言葉を聞いて、きょとんとした。尊敬される良い仕事を、嫌なものだと言って、理解ができないのだろう。けれど、俺は師匠のそう言いたくなる気持ちはよく分かるんだよな。この待遇で、よく暴れ出さないか感心してしまうほどだ。
 理解不能な顔をしている

 「かなりブラックな企業だ。軍隊じゃ敵わないような敵と戦わされるんだぞ」

 「しかも、人数が少ないからほぼ休みなし」

 「まあ、師匠の場合は学園を運営の仕事で休みをつぶしている感じだけどな。それを加味しても、忙しすぎるのは認めるけど」

 「みんな弱すぎて、私以外対処できない仕事も多いの。もっと楽させて欲しいわ」

 師匠ほどの能力を要求するのも無茶ってものだ。俺も一生のうちに師匠に届くか分からない。がんばりはするけど、保証はできないぞ。

 「魔法とかを使える人の数が少ないんですか?」

 「むしろ逆だ。魔法とかが使える人が多すぎて、事件の数が年々増えてきている」

 交通手段や通信技術が発達して、世界の至る所に魔術や霊術などの技術が蔓延している。その所為で、どこに技術を悪用する犯罪者がいるか分からない。更に、手に入りやすくなったために魔術師などの伊能の力を持つ人間が増加の傾向だ。そういった人が犯罪行為に走ると警察、ひどいときでは軍隊すら凌駕するから師匠ぐらいの術者が必要となってくる。

 「けど、そこまで悪い人がたくさんいるとは限らないとは思うのですが」

 「まあ、魔術とかを平和利用したり、悪い人を対処しようとする人たちもいるにはいるのよ。けれど、それは各国が独自に持つ機関に入るから国際的な機関に入る人は稀なの」

 各国の魔術機関とかは、なかなかの戦力を持っているんだけど、たいていは自分の国を優先させるから戦力に組み込みににくいらしい。プライドも高くて、別国の戦力と連携を取ろうとしたがらないようだ。ひどいときでは自分たちの力を見せつけて、政府を脅すところもあるらしい。何かされたくなかったら、自分たちの言うことを聞け~、てね。
 人種や宗教の区別無く、他人と言ってもいい大勢を守るために、強大な敵と戦ってくれる戦力は数が少ない。国連の組織だから連盟国に対して平等に力を貸してくれる。更には相当な報酬以外の見返りを求めない。これは、国にとっては本当にありがたい存在なのだ。
 そういった人たちに、情報を提供したり、支援・保護したりするのが師匠が属している組織のあり方のようだ。

 「そう言ったわけで俊ちゃんには期待しているわよ」

 「俊也さんも将来的にはそこに入るんですか?」

 「・・・・・・選択肢の一つとして入れてある」

 正直、あまり気は進まないのだけれども、仕事がなくなることはないからある意味安定している。仕事がなくなるときが、世界がなくなるときだしな。命を伴う危険はあるけど、俺が普通に生活していてもそんな感じだから、悲しいことではあるけどあまり変わらない気もする。それにいざとなったら国が守ってくれる、助けてくれるのも魅力的なんだよな。バックに国連がつくって、どんな強大な基盤だよって話だ。
 他に欠点と言えば、気や魔力みたいな世界に認知されていない事象を扱う所為で、自分たちの組織が公表されていないことだ。そのため、各国家の一部しか知らなくて、一般人や普通の警官とかに自分たちのことを言ってもぽかんとされる。一部の人にしか理解されない悲しい仕事だとも聞く。それとさっきからも出ている話だけど、人が少ないから回ってくる仕事が多いことだな。これが一番の悩みどころだけど。

 「もっと人があれば私も学園の仕事を増やせるんだけどね」

 「学園の仕事もしているんですよね?」

 「そうなのよ。まあ、その代わり結構おもしろいことになっているんだけどね」

 「おもしろいことってなんですか?」

 「他の学校に比べて、訳ありの子が多いのよ」

 「そうなの、例えば狼人間やヴァンパイヤとかの子供がうちの学校に入れてくるの」

 「そう言うのって、本当にいるんですか?」

 何を言うのか、この猫娘が。一度鏡を見てからその言葉を返せ。いや、こいつなら鏡を見ても素で首をかしげそうだ。意外と抜けているところがあるしな。

 「ええ、そういった何か事情がある家庭は、ある程度国も把握しているからうちの学校に誘導するパターンが多いわね」

 「大多数が普通だ。あまりそこら辺は考えなくて良いと願う」

 なんかクラスに令嬢が数人いたような気がするけど、それは学校が良いからだ。決して他意は無いんだ。

 「俊也さんが言いますか?」

 「リニス、今日の晩飯は覚えていろよ」

 「ごめんなさいでした!」

 食に弱いなこいつ。まあ、それはリニスに限ったことはないけど。

 「訳ありの子って、稀におもしろいトラブルを持ってくるから見ていて楽しいの。あと、トラブル遭遇率がずば抜けて高いあなたも興味の対象よ」

 願わくばそこに入れないで欲しい。見ているだけじゃなくて助けもして欲しい。

 「お金とかじゃないんですね」

 「もうお金は一生困らないほどあるから、無理して働く必要ないのよ」

 「あれ? あと、数千年生きるんだから、お金はもっとあっても大丈夫なんじゃないの? それとも、何百年と働いていたら、数千年は遊んで生きていけるようになったとか?
 うわ、どれだけの高給なんだよ」

 俺の発言に師匠の眉がぴくりと動いた。同時に、リニスの全身が震え、タマさんが嫌そうな顔をした。
 師匠は名前のセンスやタマさんと仲が良いことで、絶対師匠は三桁に入っていると思うんだよね。そんな師匠の財産はきっと莫大なものなのだろう。実際の収入は知らないけど、とりあえず0が数え切れないほどたくさんついていることは必ずだな。

 「それって、どういう意味かしら?」

 「そこに感じることがあるなら、財産と年収か、実年齢を教えてよ」

 「あら、女性の年齢と収入を聞くのはマナー違反よ」

 「大丈夫。師匠は対象外だから」

 ニコニコと笑っているが、そこに優しさは一片もない。怒気と殺気などの相手を殺せるような感情がおり交じっている。

 「ど、度胸ありますね・・・・・・」

 リニスが細々とした声でつぶやいた。師匠から感情を向けられては居ないが、側に居るだけでびびってしまっているのだろう。聞こえるか聞こえないかのとても小さな声だった。

 「口だけは達者だよ・・・・・・・」

 タマさんはため息混じりで言っていた。

 今更、師匠の威圧にびびらない。伊達に何年間も一緒に居るわけじゃない。実力はなくても度胸はある。

 「どうしてそんなケンカを売るようなことをするんですか?」

 愚問だな。そんなたいそうな理由はない。いわゆる、趣味だ。

 「俺は人をからかうのが好きで好きでたまらない。そのためなら命をはれる」

 「その道を行くのはやめましょうよ」

 「確かに、師匠やタマさんの場合、からかっても暴力が飛んでくるからおもしろくないんだよな。けどな、いつか師匠が慌てふためく様子を見られると信じている」

 一種の目標だな。師匠を超えるという。

 「そんなことができる想像ができません」

 「長い付き合いの中、一度もそんなところを見たことがないよ」

 「ちょっとタマちゃん。タマちゃんが長いというと私が相当老けているようじゃない」

 「ちゃんとか言う歳じゃないだろ?」

 確かにそれは遅くても十代前半で卒業しても良い仕草だな。

 「いいえ、私はまだ若いのよ」

 「わよ」、じゃなくて「のよ」な所にごまかしを感じる。見た目は二十代前半だけど、やっぱり実は高齢者だな。姿なんて変化の術でどうとでもなる。

 「俊ちゃんも私のことは師匠じゃなくてお姉ちゃんと呼んで良いのよ」

 「少なくてもお母さんでお願いします。保護者だから良いでしょ?」

 「やめて! 私はまだ子持ちじゃないの!」

 結婚できるのかよ?! と言いそうになったが、さすがにそこまでは言わないでおく。いつか奇特な人が出てきてもらってくれる可能性はゼロじゃないのだから。むしろマイナスかもしれないが。

 「じゃあ、やっぱり師匠で」

 「お姉ちゃん」

 「良いじゃないですか師匠で」

 「お姉ちゃん!」

 「・・・・・・・・・」

 「お姉ちゃん!!」

 師匠は引かない気だ。どうしても自分のことをお姉ちゃんと言って欲しいらしい。

 「・・・・・・お姉ちゃんと言ってあげましょうよ」

 膠着状態の中、リニスからそんな声が投げかけられる。確かにその方が賢明なのだろう。たった一言言うだけで、師匠の機嫌はぐっと良くなる。対して、言わなければいずれ殴られるだろう。割と本気で。そうなったら、また臨死体験をする羽目になる。

 ここで言えば楽になる。

 だが、断る!

 「おばちゃん」

 世界は回り出す。

 一瞬で目の前が真っ白になり、遅れて浮遊感と全身が回転している間隔。

 ああ、俺は師匠に殴られて、宙を舞っているんだな。

 上方に飛ばされた俺は、そのまま天井にぶち当たり、ミキサーのように回転している俺は天井の板をベリベリと砕きながら、時間事に失速して床に落下した。

 ぐう、先ほどの抱擁に匹敵するほどの威力だ。体が動かない。
 俺は床に伏しながら何とか顔を上げようとするが、ままならなかった。

 「そこまで言いたくないことなんですか?」

 一気に瀕死の状態になった俺にリニスが声を掛けてきた。

 だからリニス。その質問は野暮ってものだ。

 例え、強大な力を目の前にしても譲れないものがある。

 俺は、高齢の大統領に頭を下げさせる年齢不詳の女を、俺は「お姉さん」と呼べない!
 いや、呼びたくはない!!

 「あなたの信念は間違っていると思います」

 「男がこれと決めたことを簡単にねじ曲げちゃいけないと思う」

 「かっこいいことを言っているつもりでしょうが、果てしなく不毛ですよ。・・・・・・ですが、そこまで来ると賞賛に値しますね」

 「・・・・・・おまえだって同じだと思うぞ。師匠を「松お姉ちゃん」と呼べるか?」

 「そ、そんなことありませんよ・・・・・・」

 目が泳いでいるぞ。やっぱり抵抗があるらしいな。俺と同じように、師匠の仕事ぶりを見ると、それはもっと大きくなる。いずれおまえも、若々しくかわいらしい呼称は決して呼べなくなるんだ。

 俺はにこりと笑って、そのまま目を閉じた。

 本日二回目の三途の川見学ツアーに行ってきます。





[26597] 第14話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/05/05 19:03



 二度目の旅行から帰ってきた俺は、師匠と修行について話す。

 「決定的に力不足で、相手に有効打を与えられないんだよ」

 さすがに人間爆弾としてこれから戦い続けるのはつらい。そのうち自爆すら効かなそうになりそうな展開が目に見えてくるほどだ。
 やる気も出たことで、どうにかして相手と渡り合えるほどの実力が欲しくなる。

 「そうね。今までは最低限必要なことをし続けたけど、それだけじゃ足らないわよね」

 「回避と危機察知は徹底的に鍛えたし、治癒も教えたから生存能力は高いね」

 師匠とタマさんが俺の教育方針で相談している。ありがたいことだ。
 一つで良いから何か汎用性のある術がくれたらうれしい。いくつも一片に覚えられそうだから一つで良いな。けど、二人はスパルタだから何か無茶ぶりが来そうでちょっと怖い。ちなみに気や魔力の操作を二年掛けて覚えて、治癒は一年掛けている。だから、来週までに五つ覚えろ~みたいな課題は来ないと思うが・・・・・・

 「身体能力は高校レベルで、気とかで肉体を強化すれば軍人くらいにはなるわよね。魔力と霊力の容量が人並み未満なのが悩みどころだけど」

 人並みですらない俺の限界。言葉に出されるときついな。まあ、分かっていたことなんだけど。

 「たびたび死にかけているせいか、内部の力の操作は得意のようだよ。けど、外部操作が苦手だね。放出系は才能がないよ。すぐには無理だね」

 「じゃあ、古武流術でも習わせてみようか。対人用に一つと、対魔用に一つ」

 「そうだね。私たちのはだいたい気や霊力を使うから、まだあの子には早いね」

 どうやら話がまとまったらしい。二人が俺の方に向き直る。

 「対人用に御神真刀流、対魔用に神咲一灯流を教えるわ」

 「二種類って多くない?」

 「一気に全部覚えろって言うんじゃないわよ。それぞれ、汎用的なのを幾つか選ぶわ。まあ、いずれは奥義まで全部覚えてもらうけど」

 聞いた感じじゃ、梅竹と言う名字にはあまり関係のなさそうな流派だな。神咲と言う名字なら確かさざなみ寮に一人いたな。けど、あのドジッ娘が実戦派の剣術なんて使えるとは思えないな。だから関係ないだろう。
 どうせ、師匠が趣味で覚えた武術の一つだろう。この人は一度でも見た武術は完全に習得できる人だからそれで覚えたんだろう。技術もそうだけど知識の点でも師匠としては優れているんだよな。

 「私はあなたの頃は、五十くらいの流派を覚えていたわ」

 「だから、師匠と比べないでください」

 「神咲一灯流は霊力を使うけど、多量に使うわけじゃないからあんたでもどうにかなるよ」

 人間には御神を使って、妖怪には神咲を使うことで場合分けをしろって事か。

 「それにしても、御神に神咲なんておもしろいものを選ぶね」

 「そうでしょ。上手に使えるようになったらおもしろいことになりそうね」

 なんか不穏な会話が聞こえたが気にしないでおこう。どうやら二つの武術はタマさんも知っていたらしい。まあ、タマさんも分かるような武術を選んだろうけど。

 「日本中を回って、いろんな武術を学んでおいて良かったわ」

 なんだか、これから強くなることで自分の首が絞まりそうな気がする。






 武術については話がついて、今度は武器について話されることになった。

 「武術の方は何とかなるけど、装備の方はどうするんだい? やっぱり、刀にするのかい? 二つとも基本は刀を使うし」

 「刀も良いけど、もうちょっとリーチの長いものと飛び道具も教えたいわね。相手が人だけだったら良いけど、形が一定じゃ無いものも多いから」

 なんか武器談義も始まった。できれば、あまり重くないものが良いな。素早さが死んだら、俺は相手に勝てそうになくなる。

 「重いものはまだ早いんじゃないのかい? まだ一桁なんだ」

 おおっ、タマさんその通りだ。俺が九歳児と言うことを考慮してもらいたい。

 「そこら辺は科学の力を使いましょう。今って結構軽くて丈夫なものが開発されていっているのよ」

 なるほど、師匠の機関は世界中の最先端技術を好きに使えるから、それを使おうというわけだな。

 「けど、それって高いんじゃないの?」

 俺ってそんなに貯金はない。やっと仕事を始めると言うときだ。今までもらったお金はほんの小遣い程度で、高価な武器を買うほどの金額ではない。

 「ツケは大丈夫だから、そこら辺は考えてみなさい」

 「・・・・・・ちなみに、いくらくらい?」

 「とりあえず使いそうなものを選んできたわ。名称を書いても分からないから、名前も分かりやすくしてあるわよ」

 俺は師匠に手渡された紙束を受け取って、書かれてあることを読んでみる。


 切れ味は普通だが丈夫な刀   三千万円
 切れ味は鋭いがもろい刀    五千万円
 切れ味も鋭く丈夫な刀 八千万円

 ・・・・・・・
 他にもいろいろ書いているが二枚目も見てみる。

 刃物に強い防護タイツ 六千万円
 魔法を反射できる盾 一億円
 姿を消せる服 三千万円

 「逆にわかりにくい」

 「ええっ!?」

 「抽象的じゃない?」

 「だって、どれも仕様書だけで電話帳の厚みになるのよ」

 「それはそれで困るな」

 一つ調べるだけで一日が終わりそうだ。

 ・・・・・・せめて攻撃力や防御力を数値化してくれると助かったな。
 まあ、それはそれでゲームっぽくてやだけど。現実でがんばっているから。

 「あと、高いな」

 「そうね。けどその分、質は高いから仕方ないわよ。あと、まだ正式に入ってもいないのに構成員価格で提供してくれるって言うんだから感謝しなくちゃ」

 他の方法で手に入れようとしたら、もっと高いらしい。それ以前に売ってもらえないと思うけどな。
 俺は資料を見ながら悩んだ後、師匠に現時点で欲しいものを言う。

 「とりあえず丈夫な武器を三つほど欲しい。後、刃物に強くて丈夫で服の下に着られるようなものが欲しいな」

 半人前の俺が武器のことを気遣って戦えるとは思えないから、換えの武器は幾つか必要だ。あと、刃物対策は用意しておきたいな。
 これでもう一億を軽く超えているな。高い分品質はすごく高いんだろうけど。なんて言ったって、世界でも公表されていない技術が使われていたりするほどだ。期待はできる。

 「それで良いわね。じゃあ、頼んでおくわ」

 「よろしくお願いします」

 どんなものが来るのか、ちょっと楽しみだ。

 「これもあんたの大切な一歩だし、何か記念に贈っておくかね」

 おっ、これはうれしい。ベテランからの贈り物なんて、なかなか貴重な体験だぞ。決して無駄なものはくれないはずだ。

 「じゃあ、私から初任務記念に手袋と手甲を贈るわ。手を守るのも重要なのよ」

 ありがとう師匠。けど、贅沢言わせてもらえば、武器を含めて全部プレゼントならなおうれしいんだけど。

 「駄目。やりくりするのも勉強よ」

 「小学生に家計をやりくりさせている人が何を言いますか」

 目をそらさないでください師匠。
 そんな師匠をフォローするかのようにタマさんが言葉を掛ける。

 「私からは槍をあげるよ。大きい相手と戦うときに使いな」

 タマさんからも何かもらえるとは思わなかった。そういえば、それがタマさんが以前言っていた新しい武器か。
 けどね、本当にありがたいんだけど、槍なんてどうやって持ち運べなんて言うんだろうか。今の世の中じゃ携帯性の良い武器が好まれるんだけど。

 「あっ・・・・・・」

 「タマさーーーん!!」

 どうしたの? タマさんがそんな凡ミスなんて。

 「大丈夫だよ。気や魔力で伸縮する柄がついているから」

 「俺、魔力とかごく少量しか持っていないけど、大丈夫?」

 「大丈夫さ! あまり複雑な操作はいらないはずだよ」

 何か不安にさせるな。

 「ともかく、二人ともありがとうございました」

 好意を受け取ったから感謝はしないといけない。
 ちゃんとお礼を言う。






 「それと、せっかくだからいろいろな方面でも経験積んでみる?」

 「えっ?」

 なになにどういうこと? 嫌な予感がびんびんするんだけど。

 「私が抱えている仕事の幾つかを紹介してあげるから」

 「俺ってもう一つの仕事を抱えているんだけど」

 「正規に入るといくつもの仕事を抱えることがあるのよ。私なんて今も14件抱えているのよ」

 それは大変だ。学園の仕事をするためにここに帰ってきてその状態だから、普段はもっと抱え込んでいるのだろう。さすが、機関のトップクラスは大変なようだ。

 「Eクラス以下のが幾つかあるからあなたもやってみなさい」

 「九歳児には荷が重すぎるんじゃないの?」

 「あの子があんたくらいの時には普通に五つくらい並行してやっていたものさ。忙しいときには二桁になったときもあったね」

 なるほど。けれど、師匠は規格外だと思う。武術の才能に恵まれているなら良いけど、俺って周りから才能無いと言われているんだよ。そんな俺が師匠のような芸当をできるとは思えない。

 「師匠」

 「なあに?」

 「自分の仕事が楽になるからという理由で押しつけようとしていないよね?」

 「あら、そのための弟子でしょ。少しは師匠に楽をさせなさい」

 「うえ~~」

 隠そうともしないよ。この人は。
 まあ、師匠が学園の仕事をやってもらうのはこっちとしても助かるな。校長とかから電話が来たりとかしなくなるから。
 それに、師匠が本当に仕事を大変そうにしているのは分かるから、少しでも助けになるのは良いことだとも思う。

 「わかった。どんな仕事なの?」

 「次の選択肢からえらでね」

 師匠はこういう風に、ちょっと遠回しというか、芸のかかった言い方が好きだな。

 師匠の挙げた選択肢がこれだ。

 1.会場警備
 2.妖狐討伐
 3.令嬢護衛

 「・・・・・・もっと詳しい説明はないの?」

 なんて言うか。簡潔すぎて困る。もっと詳しい話を聞きたいものだ。

 「上から、一千万、三千万、五百万になるわよ」

 「微妙に高いのが怖いな」

 師匠に回ってくるほどの話だ。一筋縄でいく話じゃないだろう。少なくても、警官隊が対処できる問題ではないはずだ。そして、一般人には不可解な要素が絡んでいる。
 ともかく、安い方を選んだ方が良いな。

 「じゃあ、」

 「選択肢の中から三つ選んで答えてね」

 「それって全部じゃん!!」

 ひどい。思わせぶりなことを言っておいて、選ばせる気が無かったなんて。

 「なんか、お茶目な人ですね」

 「そうなのよ。私は若いのよ」

 「リニス。だまされるんじゃない。これでも九歳の保護者だぞ。それに、機関の最古参と言う話だし、タマさんの古い知り合いとのこと。終いには、若いという言葉にこだわる人だ。俺は会ってから何度も聞いているが、年齢を言おうとしない」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 長い沈黙だ。リニスも思うところがあるのだろう。いろいろな情報が師匠をすごい年齢だと示している。

 「俊ちゃ~~~ん!」

 「あだだだだだっ!!」

 その後は師匠にアイアンクローを決められた。頭がはじけるかと思った。








[26597] 第15話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/01 09:49


 「じゃあ、説明していくわよ」

 「お願いします」

 任されたからにはやるしかないか。諦めて仕事の内容を聞く。

 「令嬢護衛については、簡単よ。あなたのクラスメイトの月村ちゃんとこの家族を守ってあげて欲しいの」

 「月村って、月村すずか?」

 「そう。そのお姉ちゃんも含めて家にいる人たち全員ね」

 思いがけない名前が出てきた。まさか、クラスメイトの名前が俺たちの仕事に出てくるとは思わなかったからだ。
 確かにあの家は大きくて、お金持ちっぽいけど超常現象専門の俺達の所に来るほどではないと思うけど。

 「なんかあの家にあるの?」

 隠された秘宝とか、秘められた血統とか。

 「それは、秘密よ」

 「秘密って・・・・・・」

 何事も知っている限りの説明は必要だと思う。守る対象について知っていれば、どんな敵が来るのかも予想できる。実際に敵と戦う場合は、俺らの世界じゃ見た目は信用にならなく、不可視の力が使われる場合が多いため、武器や攻撃手段が何かというのはぶっつけ本番が多いが、それ以外の情報は役に立ったりする。人数は個人なのか団体なのか、場所は固定なのか移動なのかだ。個人なら最初から全力で戦える。団体なら余力を残しながら戦うことが要求される。固定場所で戦うなら、罠を張ったりもできたりする。こういったことは、戦いに重要な要素となってくる。だから、分かる範囲で良いから情報はできる限り得たい。

 「言ったらおもしろくないじゃない」

 「おもしろいかおもしろくないかの問題!?」

 命のかかる仕事に説明不足はひどいと思う。誰が体を張ると思っているのだろうか。師匠はその辺は厳しいと思ったんだけど。

 「確かに、言わなくても問題ない話だね」

 俺が師匠に文句を言おうとしているとき、タマさんが師匠の考えに賛同した。

 「タマさん知っているの?」

 「まあね、月村の嬢ちゃんのことは少し知っているよ」

 そういえば、月村の家は猫御殿だったな。だったら、タマさんが気に掛けてもおかしくはないか。

 「命に関わるようなことなら、ちゃんとこの子も説明するよ。だから、これは言わなくても良いものさ」

 「そう言われても気にはなるよ」

 「女性の秘密を暴こうとするなんて失礼に当たるよ」

 「むう・・・・・・」

 二人してここまで言うのだから、本当に知らなくても問題の無いことなんだろう。ここまで言われて俺が聞きたいと思うのはただの興味本位なのだろう。ならここは好奇心をこらえておくか。
 友達の秘密を知ったとしても良いことはないな。むしろ気まずくなったら困る。

 「月村ちゃんの事は起きるかどうかも分からない話だしね。ただ何かあったら、やっかいそうだから私たちに回ってきただけ。あの家は見知らぬ人が入ってくるのはいやがるしね」

 「やっかいそうって・・・・・・」

 「一人でもそれなりに戦えて、移動力もあるからこそのあんたたちだ。ぐだぐだ言ってんじゃないよ」

 どっちかって言うと、やっかいそうな部分が気になる。どんな敵が予想されるのだろうか? う~ん、ともかく相手は少人数だな。来るか来ないか分からない敵のようだし、言わないって事はそこまでやっかいな相手でもないだろう。警官が対処するにはやっかいで、俺らが対処する場合はそんなにやっかいじゃないだけなんだ。そう信じておこう。

 「とりあえず気に掛けておいてね。もし何か起こりそうだったら、こっちからも連絡するわ」

 「へいへい」

 長くはなりそうだけど、申告ではないと言うことか。






 「次に妖狐討伐については、そのまんまで狐の妖怪の討伐よ。なんか近々暴れ出す懸念があるの」

 「そんなの、この辺りにいたっけ?」

 狐の妖怪が封印されている伝承でもこの辺りに伝わっているのかな?

 「その狐はあなたも知っているわよ」

 えっ、知っているの? 俺の知っている狐って、さざなみ寮の子狐だけだけど。

 「さざなみ寮にいる久遠っていう狐ね」

 「マジで? 確かに動物にしてはちょっと賢かったけど、性格脳天気だぞ」

 どっちかって言うと、大虎の方が妖怪だと言われる方が信憑性がある。あいつは、猫とは思えないほど世渡りも上手いし、人間社会の常識も持っているからな。

 「とある一族が力を封印しているのよ。それで、今までおとなしかったんだけど封印が解けかけているの」

 「そうなんだ。タマさんは知っていたの?」

 さざなみ寮はタマさんが気に掛けている場所だったと思うけど。

 「狐って、犬科だしね」

 「さすがタマさん。猫以外には厳しい」

 とは言っても、久遠に何かあったら大虎が悲しむだろうな。どうにか、殺す以外の選択肢を見つけたい。

 「あんたなら、面識もあるし、実力差も私やタマちゃんほど無いからどうにかなるかもしれないわよ」

 「師匠の力じゃどうにかならないの?」

 その圧倒的の力があれば、どんな好きな結末も思いのままかもしれないのに。

 「私じゃ、殺す以外には体を壊して戦えなくするか、恐怖で縛るかのどちらかよ。そうなったらまた何百年と掛けて体を治すなり、力を蓄えるなりして同じ事の繰り返しよ」

 「堂々巡りってやつか」

 根本的に解決できないのか。

 「感情的な力が暴走の原因らしいから、生きている限りなくなることはないわよ」

 「感情的な力って?」

 「さあ? 恨みとか憎しみとかの力の事よ。昔のことはそこまで分からないわよ」

 そうだよな。猫又もそうだけど、妖狐もかなり長い時を生きているって話だ。そんな何百年前の情報を国が蓄えているとは限らないか。こう言うのって知っているとしても、ほんの一部の家に昔話のように語られるくらいと言われているし。
 それにしても、久遠は子狐かと思ったらかなりの歳を召していたらしい。やっぱり妖怪は見た目じゃ分からないものだ。

 「その辺も含めてあなたに判断を任せてみるわ。これはさすがに妖狐はきついと思うから、無理だと判断したら私が代わりにやってあげる。そのときは始末することになると思うけど」

 「へいへい。できる限りがんばってみるよ」

 上では危険因子は消すように言われているんだろうけど、師匠も可愛いものには優しいらしいな。
 少しは期待されているようだから、その期待に応えられるようにできる限りのことはやってみるか。

 「仲が良ければ何とかなりそうだから、試しに相談にでも乗ってあげなさい」

 「仲が良くても実力が埋められるとは限らないんだけど」

 何度か会話したことあるけど、言動がまさに子供のそれだったんだけど。何の悩み事がないように思えたな。

 「俺より強いんだろうな」

 狐の妖怪って、強い部類に入るって聞いたことがある。

 「修行中の身で格下と戦えるなんてことは思わない方が良いわよ」

 そうですか。ともかく、生き残れるようにがんばります。ちゃんと報酬が出るなら、俺はそこまで文句は言わないよ。こういう世界だって言うことは分かっているし。ベテランでも気を抜いたら死ぬという厳しい世界だ。泣き言なんて言ってられない。できなければ、他の誰かが犠牲になってしまう。

 「本格的に暴れ出すまで時間はあるからいろいろやってみなさい」

 「は~い」

 まあ、俺ができることをやれば良いかな。






 「最後に、会場警備ね。これは正直面倒よ」

 「うわっ、なんか大変そう」

 なんか大切な会でも始まるのかな?

 「今度開催されるクリステラコンサートの警備」

 「ちょっと待って!」

 それはまずい。まずいぞ。俺にとってはまずすぎる。

 「どうしたの?」

 「俺、そのコンサートのチケットを持っている」

 「えっ、そういえば俊ちゃんってクリステラ・ソングスクールの歌が好きだったわよね」

 クリステラ・ソングスクールとは、イギリスのソプラノ歌手、ティオレ・クリステラが開いている学校。校長はティオレその人。
 ティオレ本人を始め、一流の現役歌手による個別レッスンを受けられ、卒業生は皆大した歌手になっている。
 その学業の一環として、稀にコンサートを開いたりしている。今回、この海鳴市でコンサートが開かれる。

 「そうだ。それで、コンサートの情報をイギリスにいる知人から手に入れて、金に糸目をつけずに手に入れていた」

 「あなたの行動力にはたまに感服するわ」

 「イギリスの知人って、私らの仕事仲間のことだろうしね」

 イギリスに仕事の手伝いに行ったときに、機関の関係者がちょくちょく護衛をしている言う話を聞いて、なんとかしてその人と仲良くなった。

 「俺の小遣い全額払ったんだ!」

 チケットを手に入れるためにこつこつ貯めたお金を全部使った。それほどの気合いの入れようだったのに、その日に仕事が入るなんてあんまりだ。

 「あ~、ご愁傷様とか言いようがないわね」

 「辞退することは?」

 「無理ね。どこか組織が狙っているらしいの。警備も一応しっかりしているんだけど、私たちの方でも人が欲しいって。わたし、その日は別の仕事が入っているの」

 ぐぬぬぬ、師匠の仕事は高難易度の任務だろう。誰か代わりにやってくれる人はいないだろうな。

 「何かあったら中止だし、コンサートを守ると思ってがんばんなさい」

 そこにやりがいを見いだすしかないのか。けど、せっかく手に入れたチケットは惜しいな。

 「代わりに、話を通して握手くらいできるようにしてあげるわよ」

 俺が落ち込んでいるところを見て師匠なりに気遣いをしてくれているようだ。歌が聴けなくなるのは本当に残念だが、握手できるのはめったにできない良い経験になると思って、そこに喜ぶしかないかな。

 「この仕事はちゃんと期日があるからすぐ終わるわよ」

 「開催日がもうすぐだったな」

 「機会を見て責任者に顔を見せておいて、それで前日の夜から外で警備をしてもらうわ。これが終わったら先に行った二つの方をやってちょうだい」

 コンサートだしそこまで変なところから団体さんが来ることはないだろう。来ても一つか二つかな。まあ、こういうのがどれだけの人数来るか分からないのが怖いところだけど。
 たいていは警備の人がやってくれるだろう。俺は変な能力持った人を対処するだけで良い。
 この仕事はどうせ、イギリスからわざわざ日本へ来てくれた人たちに、何かあったらあったら困るって事だろう。念のためにと言うことでこの仕事ができたのだろう。これも最初の話と同じで必要になるのか分からないってやつだ。

 「もし変なのが来たら、そいつに恨みをぶつけちゃいなさい」

 確かにその通りだ。邪魔しに来るやつが来たら、生きてきたことを後悔するまでやってやろうと思う。

 「それじゃあ、がんばってね」

 「分かった。俺の持てる力を全て使うよ」

 幾つかやることはできたけど、これも良い機会だと思ってやるしかないな。重複はしていないようだし、一つ一つやっていけば良いか。幾つかは無駄に終わりそうなものもあるし。

 「あんたが関わって、何事もなく終わるとは思えないけどね」

 「タマさん、不吉なことを言わないでください」

 本当にそうなりそうで怖い。なんか思わぬ敵がやってきた、みたいな展開が起きそうで。
 久遠の件だけで終わりますように。月村の所に普通じゃない敵が来たり、会場に物騒な組織が乗り込むとかありませんように。







 師匠との話も終わって、俺は学校にいる。話が長くはなってしまったが、師匠が結構朝早くに帰ってきたため、遅刻することはなかった。
 今日から技の修行と言うこともあって、ちょっとわくわくはしつつも、二人ともスパルタだからおっかなくもある。まあ、学校にいる間は友達と楽しくすごそうと思う。俺の癒やしスポットだな。

 「おはよう」

 「あ~、おはよう」

 健は最近ちょっと元気がない。詳しくは知らないけど、何かやりたいことがあったんだけどそれが失敗したようだ。いずれ時間が解決してやる気を取り戻すだろうと放置していたが、いつまでもこうしていたら張り合いがないな。
 元気のない健に今日はありがたいものをやろう。

 「健。これをおまえにやるよ」

 「何・・・・・・だと・・・・・・・。これはクリステラコンサートのチケットじゃないか!?」

 俺が差し出したチケットを見て健が驚きのあまり席を立ち上がる。

 「開催日に予定が入ってな。」

 「それを俺にくれると?」

 「ああ、心の底から残念だがチケットを無駄にするわけにはいかない」

 せっかく誰かに譲るのであれば、喜ぶやつにあげたかった。健も俺と同じようにクリステラ・ソングスクールのファンだ。どの曲が一番良いかで討論したこともある。
 以前チケットを取れたことを自慢したことがあるし、健はチケットを取れなかったために恨みの念をぶつけられたこともあった。そのため、健がチケットを持っていないことを以前から知っていた。こいつに渡せば、楽しんできてもらえるだろう。

 「おまえにフォーリンラブ!!」

 「きゃーーーー、放してーーー!!」

 俺の行動に感激した健に抱きしめられた。潤んだ瞳と愛の告白を受けて背筋がぞっとしてしまい、つい女のような悲鳴を発してしまった。
 教室中の視線が俺達に向けられて、ちょっと泣きながら逃げ出したくなった。

 「良かったな。健」

 「おう、つばさも祝福してくれるのか?」

 たかがチケットをもらった程度でそこまでの大きな事にはならないと思うぞ。
 それと、その言い方だと愛の告白に対する祝福なように聞こえるからやめてもらいたい。なんか、ものすごく変な視線を向けてくるクラスメイトがいるんだけど。

 「どっちが受けで、どっちが攻めか」

 なんか怖い言葉を発しているんだけど。意味は分からないが、意地でも否定しなくちゃいけないものの気がする。カケルって何ーーー? どうして算数が出てくるの!?

 「もし、チケットが二枚だったら俺が奪っているんだけどな」

 「微妙に狙われていた?!」

 「ああ、そのときはつばさに譲っていた」

 「ひ、ひどい!」

 そこは車いす生活の親友の妹に譲ってやれよ。まあ、こいつのことだから口ではこう言っていても譲ってやるんだろうけど。

 「代わりと言っちゃ何だけど、土産を買ってくるから。つばさにも」

 「是非そうしてくれ。会場でCDでも売っていたら欲しい」

 「おっ、僕もか。ありがとう」

 さあ、俺は任務に向けて気構えておくかな。なんだかんだで、たくさんの仕事を受けることになってしまった。
 まあ、これも将来の予行練習だと思ってできる限りのことをするしかないか。





[26597] 第16話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 22:58



 俺は今、クリステラ・ソングスクールのチャリティコンサートの会場に来ている。開催が間近に迫ったこともあって、警備関係者として顔を見せに来たのだ。
 子供と言うこともあって、一度顔を責任者に教えておいた方が良いとのこと。いざというときに変なところで足止めを受けても仕方ないしな。


 今まで、修行をしながら魔石を集めてきた。魔石は連日というわけじゃないがちょくちょく手に入れていた。二つ手に入れてもう五個になる。
 その過程は苦難の連続だった。まさか、ナメクジ、ましてやゴキブリが魔石で怪物になっているとは思わない。あの戦いは俺とリニスにいくつものトラウマを植え付けた。
 大変だったのは修行もだ。とりあえずと言わんばかりに、御剣流と神咲流の剣術を基礎から奥義まで一通りその身で受けるとは思わなかった。何度も自身で受けた方が覚えが早いと言われたこうなった。確かに恐怖と、死の間際に感じる走馬燈的なやつでスローモーションのように見て取れはした。覚えも早い気はするが何となく納得はできない。

 俺は今までのことを思い返しながら、会場地であるホテルの門をくぐる。
 ちなみに、今は俺は一人だ。師匠は昨日から仕事に出かけている。相変わらず忙しい人だ。
 一応紹介状もあるし、国から発行された書類もあるけど、子供が一人で来てクリステラさんに会わせてくれと言っても門前払いを受けそうで怖いな。連絡は行っているって話だけど。

 「すみません。クリステラさんにお取り次ぎをお願いしたいんですけど」

 「どちら様でしょうか?」

 「梅竹松からの紹介で来ました、梅竹俊也です」

 「少々お待ちください」

 おっ、電話で連絡してくれている。もっといろいろ聞かれると思ったけど、何とかなった。
 まあ、変な目で見られたのは仕方の無いことだろう。梅竹松と聞いてちょっと笑っていたことは忘れてあげよう。

 連絡も終わって、俺は部屋まで案内される。
 やっぱり一人と言うこともあって緊張するな。

 ドアの横にあるベルを鳴らすと、わざわざドアを開けて出迎えてくれた。
 おそらくこの女性がティオレ・クリステラだろう。何度か写真で見たことがある。老いてはいても凛とした表情で、60過ぎているとは思えないほどの若々しい雰囲気を持っている。

 「どうぞ」

 「ありがとうございます」

 やっぱり、俺が思った以上に幼くてびっくりはしていた。当然と言えば当然だな。わざわざお堅い人たちから回された、軍隊より強いという人物という話を聞いていたのに、子供が来るとは思わない。本来なら師匠が来るんだから、誤情報と言えば誤情報だな。俺じゃ軍隊には負ける。とは言っても、うぬぼれるわけじゃないが配置される警備の誰よりも強い自信はある。

 「今娘が来ているから、ちょっと中で待っていてもらえるかしら?」

 「分かりました」

 クリステラさんに案内されて中に入ると、そこには見知った顔がいた。

 「君は・・・・・・」

 翠屋の従業員がいた。
 何度かケーキを買いに行ったりしたから、顔は何度も合わせている。何でこんな所に?

 「あら、知り合い?」

 「友達の家の人です。それに、翠屋はお気に入りの店ですので何度も通っています」

 「あら、そうなの」

 まずいな。俺の家庭のことがばれると、今後体育で無双しにくくなるな。気とか魔力を使っているんだろうと因縁をつけられたらやりにくくなる。まあ、そんなことをするとは思えないけど、高町からバニングス辺りに話が流れ込むと面倒そうだ。

 「じゃあ、席を外してもらう?」

 「う~ん、別に良いですよ。娘さんなら事情を聞く権利がありますし、自分がどれほど力になれるか分かりませんが、安心できると思ったらそれが良いですね」

 むしろ逆にこんな子供が警備をするって行ったら不安になるかな?
 とは言っても俺の実力を見せる方法も思いつかないしな。武器は携帯しているけど、ぶつける対象は持っていない。何かいらないものでももらうかな? そいつをスパンと斬るのも良いかもしれない。

 「けど、できれば高町には言わないでもらいたいですね」

 「そうね」

 物騒なことに周りを巻き込むのは良くないという意味で言ったのだろうけど、俺の心境は違うんだけどな。

 「俺が強いって知ったら、今後体育でハンデとか受けそうで嫌です」

 「あら、おもしろいことを言うのね」

 クリステラさんがクスリと笑う。

 「俺にとっては切実な問題なんです。俺みたいな特殊なことをされているわけでもないのに、ものすごい強い人がいますから負けないために必死なんですよ」

 「あらあら」

 ティオレさんも娘さん、確かフィアッセと言ったな。二人は俺が冗談を言っていると思って笑っている。
 だが、俺は別に冗談を言っているわけじゃない。月村も健も「え~~」、と言ってしまうほど強い。技術や経験とかがあって強いんじゃなくて、普通に身体能力があるし天性の才能と言うものも持っている。ドッチボールとかでも剛速球やカーブのボールを受け止めるし、投げる球も鋭くて速い。二人以外にもつばさもなかなかの腕前なんだよな。クラスメイトもそれに触発されて他のクラスよりも強くなってきている。
 そんな中で俺の誇りを保つために結構必死だ。学業では負けても体育では負けたくないと思っている。

 「ならせっかくだし、いてもらおうかしら」

 「まあ、話すと言っても顔見せだけでやることは終わったようなものですけどね」

 とりあえず預かっている書類を渡す。あとできれば、警備責任者に紹介をしてもらいたいかな。いちいち連絡するのも面倒だ。

 こんこん

 そのとき、扉をノックする音が聞こえた。
 あれ、ベルは?
 なんか俺の作法が間違っていたかと思った。とりあえずできる限りの敬語しか知っていることしかない。そこら辺はまだ練習とかしていないしな。

 「・・・・・・あっ、来てくれたかな」

 今度はフィアッセが出迎えに出る。

 「誰だろう?」

 「娘の家族の恭也くんと美由希ちゃんよ」

 「なっ、何だってーーー!?」

 やばい、ばれる。フィアッセさんなら何とかなりそうだったけど、兄弟の方は何とかならない気がする。ていうか、恭也さんとか目が稀に怖いんだよ。

 「窓をぶち破って、逃げて良いですか?」

 「ここ、かなり高いわよ」

 「大丈夫です。死にはしません」

 「そういう問題?」

 「そういう問題です」

 死ななければ、治癒で何とかなる。タマさんから呆れられるかもしれないけど、治してもくれるだろう。飛び降りるという選択肢はありだと思う。

 「クリステラさんのお部屋でよろしいでしょうか・・・・・・」

 「あ、はい・・・・・・」

 おや、他人行儀なしゃべり方。フィアッセさんと恭也さんたちは仲が良かったはず。と言うことは、別の誰かだったのか。
 セーフ。

 「こんな時間に誰かしら?」

 「うし、逃げる時間ができた。それじゃあ、今のうちに帰りますね」

 「ちょっとは話したかったんだけど」

 少し残念そうな表情をしている。おおっ、優しいな。こんな子供にかまってくれるなんて。やっぱり老いるならどんどん優しくならなくちゃね。師匠やタマさんも見習って欲しいよ。

 「ありがとうございます。コンサートが終わったらまた来ますし、警備関連でまた連絡があるかもしれません」

 「じゃあ、気軽に連絡ちょうだい」

 「分かりました」

 「あっ・・・・・・・」

 なんか、客人が中に入ってきた。これは邪魔にならないように早く出て行った方が良いかな。

 「うげっ」

 その人を見た瞬間、一気に体がこわばった。相手は女性だがすぐに分かった。この人はかなり強い。しかも、戦いの世界に浸っている。
 この手の顔は何度か見ている。

 「おう、やっかいな人がやってきたぞ」

 何でこうなるかな。
 こういった人が来る可能性ってかなり低かったはずなのに。
 やっぱり俺の所為なのか? 俺の所為じゃないよね? 偶然だよね?

 「・・・・・・」

 俺の方をちらりと見たけど、すぐにクリステラさんの方に向き直った。
 子供と言うことであまり障害のように感じなかったようだ。九歳児だしな。それに、俺のただずまいは戦士としていろんなところが抜けていると師匠たちから言われたりもするほどだし。
 ビバ、やる気のない俺。

 「お願いがあってきました」

 どうやら自分から目的を話してくれるらしい。
 何も言わずに襲いかかってくる敵はやっかいだけど、こういう敵は楽だよな。
 俺は敵の言葉に耳を傾ける。






 どうやら目的はコンサートの中止らしい。

 「・・・・・・ずいぶん物騒なお客ね」

 そうだな。今回のコンサートでは新曲が発表されるんだ。どうしても開催してもらわないと困る。
 俺が困るんだ。その要求は却下だ。仕事としても私的にもそれは許されない。

 「コンサートの開催、考え直してもらいます」

 なんか脅迫っぽいことが出た。だが残念。俺がいる限り、それは通らないのさ。

 クリステラさんが俺の方をちらりと見る。

 (良いですよ。自分の思ったとおりのことを言っても。俺が守りますから)

 と、アイコンタクトで伝えてみる。
 俺の焦っていない表情を見て安心したようだ。クリステラさんがコンサートは何があっても開催することを伝える。

 クリステラさんには大丈夫だと伝えたけど、決して勝てるとは限らないんだよな。
 見たところなかなか強そうだ。俺は一目見ただけで相手の詳しい力量までは分からない。何か隠し手とかがあったら厄介だな。俺らの世界にはそういうのは多い。
 まあ、俺にできることは決して油断をしないで、何があっても良いように気構えるくらいか。生存能力だけは一流だと言われているし、技の修行もやっている。ぼろ負けすることはないだろうし、女性二人の盾になって逃がすくらいのことはできるだろう。
 二人の安全。これ大事。

 キン

 何か、金切り音がした。
 と同時に二つの人影が中に入ってきた。

 やべえ、人が増えた。
 守る対象が増えると一気に不利になる。敵だとしたら、二人を守りきれるか分からなくなる。

 「・・・・・っ」

 (なんてこった、高町兄妹が来た。逃げ遅れた!)

 なんか、雰囲気がいつもと違ってすぐには気がつかなったけど、高町の兄と姉じゃん。
 なんか二人がいつもより怖い。
 俺の方を見て驚いてはいたけど、すぐに敵の方をむき直す。
 分かってはいたけど、なんかはぶられているようで悲しい。いや、不審者と間違えられるのも嫌だけどさ。
 刀でも抜いたらそれらしさが出るかな?

 敵と美由希さんと恭也さんの三人の間に嫌な沈黙が流れる。

 何だろうこの一触即発な状態は。
 できれば、敵には帰ってもらいたいな。なんか今日は警告だけみたいな感じだったし。

 そうすれば後をつけて、夜闇に紛れてリニスと二人で襲うんだけどな。
 俺もリニスも夜目には強い。リニスは遠距離攻撃もあるし、かなり有利なはずだ。

 (よし、帰れ!)

 俺は願いとともにそう心の中で叫んだ。

 「邪魔が入りました・・・・・・・今日はここで・・・・・・」

 (俺の祈りが通じた!)

 なんてラッキーな。これで、俺に有利な展開になったぞ。
 俺の日頃の行いを神様はちゃんと見ていてくれたんだ!

 「・・・・・・・・」

 敵が帰ろうとして振り返ったそのとき、敵の女性の指から光が走った。光は花瓶まで伸びていった。
 そのまま彼女が指をクンと引くと、花瓶は切断された。

 「・・・・・・・!!」

 場に緊張が走る。恭也さんと美由希さんの顔がこわばる。

 (きゃっほーー!! 相手が手の内の一つをさらしてくれた!!)

 俺は心の中で歓喜した。後々使うかどうかは分からないけど、攻撃系統が分かったような気がした。暗器を使うと言うことを念頭に置いても大丈夫なようだ。
 これで少し気が楽になった。油断はしちゃいけないけど、切り込みやすくなった。

 「・・・・・・・鋼糸」

 (えっ、あれ見えたの!?)

 美由希さんがぽつりと今の攻撃方法を言った。

 (すげえな。普通ならあれは見えないはずだけど)

 手並みも鮮やかで、俺ですら気を抜いていたら見えなかっただろう。それを見抜いた美由希さんは意外にも結構な手練れかもしれない。まあ、雰囲気からして普通ではないか。

 「娘さんが大切なら・・・・・・どうかコンサートの開催を考え直していただければと思います」

 なんか捨て台詞を吐いて、この場から出て行こうとする。
 それを俺は見送ろうとしていた。

 (どこら辺で仕掛けようかな。ホテルを出た後、人混みに紛れられたら困るけど、なんか大勢の人は苦手って言う顔しているし、森の中に入ってもらえると助かるな)

 俺がこれからについてあれこれ考えていると、いきなり恭也さんが敵の前に立ちふさがった。

 (ちょっ、おま、何を!)

 なんか神様が「このままじゃ終わらせねえよ」と言っているような気がした。幻聴なのだが、俺の悪運がそう言っているように聞こえる。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 恭也さんの手が小刻みに揺れた。

 (ちょっと、なに無言で戦闘態勢に移行しているの?! なんか、敵の人もやはり来たかという顔しているし)

 よくみれ見れば恭也さんが小太刀を握りしめている。
 あれ、何この人? 古武流術でもやっているの? ていうか、銃刀法違反。なんていうものをホテルに持ち込んでいるんだか。
 俺は良いんだよ。国から許可受けているし、そういう仕事に就いているんだから。
 恭也さんたちは一般人のはずだ。
 そうだよね? もしかして、野生の達人?

 キン キン

 (何か斬り合っているんですけどーー!!)

 がちの斬り合いが始まった。

 (なんかその人と因縁でもあるの!?)

 恭也さんは何か焦っているような顔をしている。あまり状況が見えていないな。ここにはか弱い女性がいるんですよ。
 まさか、ここでなんかクリステラさんの方でも何か出しそうで怖い。
 いきなり斬り合いを始めたことには驚いてはいても、どこか冷静さを保っている女性三人が恐ろしい。
 クリステラさんはなんか夫関連でこういうことには慣れていそうだけど、他の二人は違うはずなんだけど。
 美由希さんは鋼糸を見抜いた時点で、普通じゃない気がする。
 なら、せめてフィアッセさんは普通であって欲しい。なんか、目覚めるパワーとか持っていないよね? 驚きつつもどこか冷静なところを見ると不安になる。もう少し混乱してくれると安心できる。

 ともかく、戦いが始まってしまったことはどうしようもない。
 俺も、やるべき事をやるしかない。
 それは、敵を捕まえることだ。

 まず携帯を取りだして、電話を掛ける。

 「はい、何かトラブルですか?」

 電話を掛けるとすぐにリニスが出た。念のため、携帯を持たせての門の前で待機させておいたのがよかった。すぐに対処できたな。
 ちなみに中に入れなかったのは、猫を持ち歩くのはまずいだろうとのことでだ。初対面の相手に動物もって会いに行くのは失礼だと思った。
 人間に変身すれば良かったんじゃんという考えに至ったのは受付でのことだ。
 あいつのイメージが猫と言うことしかないのは誰の所為だろうか?

 「トラブル、すぐに来て」

 「分かりました」

 これで、リニスも応援に来てくれるだろう。門の前からなら数十秒で来るはずだ。
 俺の居場所はリニスはすぐ分かるようだし、迷ったりはしないだろう。

 俺の電話に二人は反応したようだ。だけど、そのまま戦いは続いている。あの余裕は敵はあまり時間がかからないという余裕か、それとも応援が来ても蹴散らせるというものか。
 残念だが警備の電話番号を俺はまだ知らない。まさか、知る前に襲撃されるとは思わなかったからだ。

 どうしてこうなった!

 警察に連絡しても遅いな。それをする暇があったら、俺が出れば良い。
 電話を終えて、すぐさま俺はベランダの鍵を開ける。後でリニスが入りやすいようにするためだ。
 これで応援が確保できたから、敵を止めに行く。
 手持ちは刀一本と伸縮性の槍、手甲と手袋。アンダースーツはちゃんと着てある。見たところ、メインは刃物だから、この装備で大丈夫だ。
 槍術はまだ慣れていないから、柄を短くして剣として扱った方が良いな。

 何にしても、早々に終わらせてもらおう。

 相手は人。
 なら、対人用に習っている御神真刀流を使わせてもらおう。

 俺が今できる最速の突き!

 刀を抜き、突きの構えを取る。

 食らえ、



 射抜!!



 御神流奥義の中でも最長の射程距離を誇る剣技だ。本来なら突きの後にも様々な状態に変化できるらしいが、俺はそこまではできない。ただ突くことしかできないが、その分速い。

 突きの鋭い剣撃を放って、相手を撃つ。

 これを初見では見切れないはず。
 俺の勝ちだ。



 ・・・・・・のはずなのに。なぜ?

 敵さんは俺の刺突を剣でそらして、そのまま避けた。

 あっさり避けられた俺は一瞬からだがこわばる。

 「おまえ・・・なぜそれを知っている!!」

 あれーー? 反撃が来るかと思ったら、なんか冷静そうな敵さんが怒っているぞ。
 更になぜか恭也さんも俺の方をじっと見ているぞ。あなたは敵さんと戦うんじゃなかったんですか?

 「君が・・・・・・何で?」

 終いには美由希さんからもなんか聞かれたぞ。
 三方向から鋭い視線が浴びせられているんだけど、なんでだろう?

 なんだこの状況? 俺、ただ単に突きを放っただけだよね?
 それが何でここまで注目されるの?

 あっ、分かったぞ。子供がすごい技を使ってみんな驚いたんだな。
 なら、それなりにかっこいい言葉でも並べておくか。

 「ふはははっ、ただの子供と甘く見てもらっては困るな。何を隠そう俺は」

 「何でその技を知っている!!」

 そ、そんな。せめて最後まで言わせてくれよ。
 なんかすごく俺が恥ずかしいじゃん。

 ていうか、敵さん。ひどくキャラ崩壊していませんか?
 今までのあなたはクールでミステリアスな女性って感じでしたよね?
 いつの間にかキレキャラになったんですか?

 「言え!」

 「あ、うん。ごめんなさい・・・・・・」

 怒鳴られたから思わず謝ってしまった。
 何で俺が怒られなくちゃいけないんだろ? 俺って何も悪いことしていないよね?

 「俊也さん、大丈夫ですか?」

 最悪のタイミングで、リニスがベランダから空を飛んで来た。
 この状況で俺の名前を呼ばないでください。お願いだから。

 「空を飛んで来ただと・・・・・・」

 空を飛ぶ人が出てきたことに、俺以外の全員が驚いた表情をする。
 リニスの救援はさらなる混乱をもたらした。
 助けに来てもらったはずなのに、なんだか助けられた気分がしなかった。

 「あれ?」

 全員の注目を浴びて、リニスが困ったように首をかしげる。
 とりあえず、俺は手近にあったクッションを頭に投げつけてやった。






[26597] 第17話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:28



 俺が投げつけたクッションを片手にリニスが怒り出した。

 「何をするんですか!? せっかく助けに来たのに!」

 「なんだか、いろいろと投げ出したくなったんだ」

 だからクッションを投げ出したんだ。て言うか、もう帰りたいんだけど。
 敵さんが俺をにらみつけている。
 いつの間にか敵の標的が俺になっている気がした。俺が逃げ出せば敵もついてきて、万事解決するんじゃないかと思ってしまう。

 「いったいなんなんだ、おまえたちは?」

 恭也さん、あなたが聞かないでください。いつの間に俺の敵側に回っているんですか。
 クリステラさんの友人なら俺を助けてください。

 「リニス説明頼む」

 「私だって訳が分かりませんよ!」

 「奇遇だな。俺も訳が分からない」

 「どこに答えはあるんですか?!」

 落ち着け、物事を整理しないと前には進めないぞ。
 まず考えなければならないのは、相手が何者なのかについてだ。

 「まず俺が質問をさせてくれ」

 「・・・・・・・」

 そうにらまないでよ。
 すでに泣きたい気持ちでいっぱいなんだけど、精一杯がんばって状況を良くしようと動いているんだよ。
 よくやっていると自分をほめてあげたいんだよ。

 「いったいあなたは何者なんですか?」

 「・・・・・・」

 はい。答えてくれませんでした。歩み寄ったら突っ返されました。
 相手の事情も分からないのに、求める答えが出るわけ無い。
 何を話せって言うのだろう?

 「おまえは何で御神流の剣技を使えるんだ?」

 「なぜ、恭也さんが代わりに聞くの?」

 敵の代わりに恭也さんが聞いてきたぞ。なんか敵をかばったかのような行動。おまえら実は仲が良いのか?
 正直、誰が味方で誰が敵かも分からない状態なんだけど。

 「御神流? 何のことでしょう?」

 とりあえず、とぼけてみた。

 「嘘を言うな。おまえが今はなった技は御神流裏の奥義その3 射抜(いぬき)だ」

 「むしろこっちが聞きたい。何で分かるの?」

 何でがんばって覚えた剣技が、一週間も経たないうちに看破されなきゃいけないのか。
 しかも、相手は奥義その3とか詳しい情報まで持っているほどだ。

 「ちょっと待って、何であなたが御神流を知っているの?」

 今度は美由希さんが剣技談義に入ってきた。今度は俺じゃなく、敵さんに対する質問だ。
 何だろう、このカオスな展開は。

 「・・・・・・・・」

 「答えてよ!」

 美由希さんの問いに敵は沈黙する。
 なんか、あれよあれよという間にどんどん話が進んで言っているんだけど。
 本当にこれって、一体全体どういうことなの?
 俺の理解を遙かに超えていて、もう何も考えられないんだけど。

 なんだか美由希さんが話しに加わってきて、恭也さんが更に動揺をし始めた。敵さんも平静を装っているけど、わずかに動揺していることが見て取れた。
 隠していたことが裏目に出た。会いたくない人に会っちゃった。思い思い行動していたら、変なところでぶつかり合っちゃった。とか、いろいろ感情が渦巻いている様な気がする。
 なんか、身内同士のような争いに見えたんだけど、俺って関係ないよね?
 このまま直帰しても良いかな?

 そうだ。帰れば良いんだよ。

 「リニス、困ったときは家に引きこもろう。逃げるぞ!」

 俺はベランダにめがけて駆け出した。

 「ええっ!?」

 「おい、待て!」

 待てと言われて待てるか。こっちは訳の分からないことだらけなんだ。

 「俺を捕まえたら、聞きたいことを全部答えてやろう」

 こんな捨て台詞を残しておけば、敵の目標もクリステラさんから俺に移るだろう。それに、元々敵さんはまだクリステラさんに手を出すつもりもなかったようだしな。

 部屋で風船のようにふよふよと浮かんでいたリニスを抱きかかえて、ベランダに飛び出す。

 「えっ、ちょっと待ってください。もしかして・・・・・・」

 「レッツダイビング!」

 そのままベランダの手すりに足を掛けて、大空へと飛び出した。

 「いやーーーーーーー!! 放してーーーーーーー!!」

 「誰が放すものか!」

 空中に飛び出した状態で誰が俺を助けるんだ。
 飛べるのはおまえだけなんだぞ。

 「きゃーーーーー!!」

 「いーーーーーやっほーーーーー!!」

 空中へと飛び出した俺らは、重力の法則に従って落下していく。
 全身を駆け抜ける空気にテンションが上がり。それと同じくして落下スピードもどんどんと勢いがついていく。

 「無理無理無理ですーーー!!」

 「おまえは何錯乱してるんだーーー!!」

 猫が高いところの落下を怖がるなよ。おまえはいつも空飛んだりしているんだから、別段怖くないだろ。いつもと何が違うのか知りたい。

 「おまえ飛べるんだろう。さっさと飛んで落下の速度を消さないか」

 「あっ!!」

 「・・・・・・おまえ、もしかして、今まで思いつかなかったのか?」

 あのよく分からない場にいた所為で多少混乱していたとは言え、それはひどいんじゃないだろうか?
 おまえって、使い魔だったよな? 自称優秀だよな?

 「わ、忘れていただけです。ただの冗談です!」

 こいつはいつになったらダメ猫の称号を返上できるのだろうか?

 「がんばれ、俺の命綱!」

 「私ってそんな名前じゃなありません!」

 「気分はバンジー!」

 その後、やっと空を飛び出したリニスの手を借りて、無事に地上に降り立った。
 やっぱり空を飛べると便利だな。リニスがいてくれて良かったよ。俺だったら、ぐちゃ、な展開になっていた。

 それから、クリステラさんたちがちゃんと無事か気になって、またホテルに戻った。
 受付で電話による連絡を頼んだ。

 「クリステラさんと繋がりましたよ」

 「そうですか。ありがとうございます」

 どうやら、あのまま帰ったようだな。良かった良かった。

 「先方が是非話したいとのことです」

 「お願いします」

 俺は受付の人から、受話器を受け取る。

 『俊也君なのか?』

 「チェンジでお願いします」

 女性の声かと思ったら男性の声だったぞ。
 ついさっき聞いたクリステラさんの声じゃなかった。

 『ちょっと待て! 切るなよ!』

 「すみませんが、掛け間違いだと思います」

 『そんなはずはないだろうが。俊也君から連絡があったって聞いたぞ』

 「あ~~、クリステラさんとフィアッセさんは無事でした?」

 とりあえず、聞きたいことを聞いておこうか。今を逃すともう聞けない気がする。

 『ああ、二人とも無事だ。怪我もないよ』

 「ありがとうございました。では」

 『だから、切ろうとするな!』

 「受付さん、ありがとうございました」

 『おい、待てこら!』

 俺はかまわず受話器を受付に返そうとする。すると、受付の人がちょっと困ったような顔をしながら言う。

 「あの、話を聞いてあげた方が良いんじゃありませんか?」

 あれれ? なんか受付のお姉さんがかばい始めたぞ。なぜだ?

 「・・・・・・・分かりました」

 なんか、このままじゃ受け取ってもらえなさそうだから、仕方なしに電話に出ることにした。

 「それで、恭也さん。何か用ですか?」

 何となくやる気なしに答える。

 『俺が誰か分かっているんだな』

 「声で何となく分かりますよ」

 クリステラさんと一緒にいたし、知り合いだって言っていた。どうせ、クリステラさんに俺と話したいって頼んだんだろう。

 『率直に聞かせてもらうよ。君は何で御神流の技を使えたんだい?』

 「練習して覚えたから」

 『おまえな・・・・・・』

 これ以上簡単な答えはないと思う。練習して使えるようになった。この一文で説明できると思うぞ。

 『そうじゃなくて、どうやってできるようになったのかを聞きたいんだ』

 「基礎から奥義まで一通り食らって覚えました」

 『だから・・・・・・』

 ふむ、ちょっとじらしすぎたかな。最初は分からなかったけど、冷静になって聞いてみれば、何となく言いたいことは分かる。
 つまり、恭也さん並びに敵さんは俺が覚えた流派の関係者で自分たちしか知らない剣技を使った俺を見て驚いたんだな。

 師匠。謀ったな!

 敵さんは偶然だろうけど、恭也さんたちが御神流の関係者だと言うことは知っていたに違いない。だから俺に御神流を教えたんだな。こういったハプニングを期待していたという訳か。
 だが、それにしてもさすがだ、笑いを理解している。

 『今、基礎から奥義までと言ったな。と言うことはそのおまえに御神流を教えた人は御神家の生き残りなんじゃないか?」

 いやいや、今も昔も梅竹だと思うよ。師匠がこの剣術を知っていたのも、どうせ昔に戦ったことがあると言うだけだと思う。
 師匠は以前に、「今まで戦ったことのある流派は全て使えるわ」と自慢していたことがある。御神流もそれだろう。

 う~~ん、状況を把握して理解した。
 これは黙っていた方がおもしろいな。

 「と言うわけで黙秘します」

 『おいっ!』

 「なら、実は俺は御神流の伝承していて、この剣技を使って夜な夜な人々の生活を守るために戦っているんですよ」

 『嘘をつけ!』

 信憑性を持たせるために真実を混ぜたんだが、信じてもらえなかった。

 とは言っても、どうしようかな。一般人に俺らのことを話したらまずいだろうか? 俺だけじゃなくて、師匠のことを言うのは気が引ける。
 俺らのことはたいていは言っても信じてもらえないから絶対に言うなと厳しく言われていない。さすがに、公衆に妖怪を見せたり、武器を持って振り回したりするのは問題だが。
 何にしても、俺の判断だけで言うわけにも行かないな。俺は何にしても新米で、まだ機関には仮で入っているに過ぎない。クリステラさんに関しては師匠から了承を得ていた。
 やっぱり黙っている方がいいや。

 「何か問題があったら。松さん、学園長にお願いしま・・・・・・」

 次の言葉は紡げなかった。
 思いがけない状況に陥ったからだ。
 なんと、俺の目の前にさっき会ったばかりの敵さんが現れたからだ。

 (Why?)

 混乱のあまり、つい英語になってしまった。

 待て待て状況を分析してみよう。冷静に考えを巡らす。それが重要だとさっき学習したばかりじゃないか。

 ついさっきまで敵さんは俺達と一緒に上階にいた。それを俺は飛び降りる形で一気に一階まで行った。数秒ともかからなかっただろう。
 それに対して、敵さんは階段とかを使って降りてきたんだろう。俺と違って足を使って移動したから、そこそこ時間がかかったと思う。
 なるほど、俺が降りてきて今まで電話していた時間と、敵さんが上階から降りてくるまでの時間が一緒だったんだな。
 それで、一階で鉢合わせしたということか。

 なるほどなるほど。納得だ。

 あはははははっ、

 「なんてこったーーーー!!」

 俺は受話器を放り出して全速力で外へと逃げた。側にいたリニスの手をつかんで駆け出す。
 なんか、受話器の向こうでなんか言っていたようだが今はどうでも良い。

 そのまま敵さんと引き離そうと、遠くへ逃げていく。

 門まで出たところで後ろを振り返ってみる。

 「・・・・・・」

 「いたーーーー!!」

 敵さんが追いかけてきている。華麗な走行フォームで追いかけてきている。

 「まずいよ。あの人も話聞かせてもらうつもりだ。もちろん強制的に!」

 「言っちゃえばいいじゃないですかーー!!」

 リニス、すぐさま逃げようとするな。一応相手は敵なんだぞ。確かに、美人が緊迫した表情でものすごい速さで追いかけてくるのはちびりそうになるけど怖いけどさ。

 「考えても見ろ。敵に師匠の事をしゃべって無事で済むと思うのか?」

 そうなったら、師匠とタマさんがどう出るのか考えたくもない。
 更に言えば、俺の説明で相手が納得するとも限らない。

 「いろいろと逃げ場がないですね!」

 「て言うか、俺らなんで追われているの? 立場的に俺らの方が追いかける側だよね? 何で立場が逆転しているの?」

 「分かりませんよ!」

 俺らが正義で、あっちが悪のはずなのに。なぜか強弱が反転している。

 本来なら敵さんを向かい撃たなきゃいけない。いけないんだけど・・・・・・

 けど、今更足を止められねーーーー!







 あれから命からがら何とか逃げ出してきた。
 森に紛れ込んだり屋根伝いに逃げたりと、いろいろしたがなかなか振り切れずに町内を三周くらいしてしまった気がする。

 「はぁっ、はぁっ・・・・・・」

 さすがに長距離を全力疾走は疲れた。息が整わない。緊張と恐怖で一気に体力が減っていた。

 「あわわわわっ」

 終始、俺に手を引っ張られていて楽をしていたリニスは、相当怖かったのか今は猫の状態でふるふる震えている。
 せめて、逃げているときは人の状態じゃなくて猫の状態だったら軽くて楽だったんだが・・・・・・。なんて使えない猫だ。

 「みっともないね。仕返しくらいしておやりよ」

 状況が分からないって、かなり怖いな。反撃する余裕が持てなかった。
 これが精神的圧迫ってやつだな。恐怖に縛られたら正常な判断ができなくなってしまう。

 「そういえば、敵さんのことって分かる? 御神流に執着があるみたいだけど?」

 タマさんも御神流について知っているようだから念ために聞いてみる。

 「私が知っていることは、御神流は本家が滅んだ。分家の生き残りがこの町にいるって程度だよ」

 その生き残りが恭也さんと美由希さんか。士郎さんもそうなのかな? 高町は・・・・・・違うな。あいつは運動音痴だ。だけど、稀に鋭い攻撃してくるんだよな。ちょっと怖いな。

 「あそこの住民は普通じゃない感じだったからそうなのかもね。あまり気にしたくこと無いよ」

 結構情報が適当だな。やっぱりタマさんの方はあまり詳しくないんだな。
 こういうことに詳しいのはこういった情報をとりまとめている師匠の方だな。

 電話で聞こうかな?

 早速俺は師匠に電話を掛けてみた。

 『今、仕事中で手が離せないの。用がある人は終わるまでちょっと待っていてね! 私からのお・ね・が・い!』

 なんてやる気のなくさせる留守番メッセージだろう。なんだかどっと疲れた。
 電話を切って元の場所に戻す。もう帰ってくるまで放っておくことにした。

 「ともかく、敵が御神流を知っているって言うのは厄介だ。俺がせっかく覚えた武術なのに、通用しないとは」

 まだ神咲流があるけど、あれは妖怪用だから人間にはあまり効果が薄いんだよな。基本的に霊力込めて武器で魔を祓うって感じのものだし。

 「リニスと組んでやれば良いじゃないのさ。あんたも剣技は知っているんだから簡単にはやられないだろ。なら、足止めはできるはずだよ」

 なるほど。それで動きを止めて、魔法で倒せというわけだな。
 俺の方は魔力や気の身体強化で、相手とスピードとパワーを同じくらいまで持って行けている。だけど、技術と経験では相手が上のようで、剣技も同じなら負けてしまう。
 なら一人よりも二人。二人でかかれば逆転できる。

 「半人前どうし、協力してやりな」

 まあ、これで敵さんは何とかなるな。不意打ちさえされなければ何とかなる。
 相手はなんか律儀そうだし、俺と話をしたいだろうから、正面から来るはずだ。
 さすが師匠。偶然とは言え、御神流を教えてくれて変なところで助かっているぞ。それと同時に余計なものまでついては来たが。
 そこはこれからの恭也さん美由希さんの反応がおもしろそうという理由で帳消しだな。

 「それで、これから外にはでるのかい?」

 「当然、学校には行くよ。学校楽しいし。もちろん修行もちゃんとやる」

 「話を聞こうと待っているかもしれないよ」

 そうだろうね。恭也さんは俺がいる学校もどこに住んでいるかも知っているから会おうと思えば簡単に会えるだろう。

 「さあ、どんな風に来るかな~」

 「あれ? 教えてあげないんですか?」

 「こんな機会めったにないだろう」

 「ええ~~~っ」

 せっかくなんだから楽しまなくちゃ。

 「私もその話に乗らせてもらうよ」

 「ちょ、タマさん?!」

 タマさんも俺の考えに乗ってきた。タマさんにかかれば相手が相当な腕とは言え、簡単に撒けるだろう。修行時の心配は無いな。
 となると、接触できるのは俺が買い物したり、学校に行ったり、家にいるときか。
 どんな風に尋ねてくるのか見物だな。
 当然俺は全力でとぼけるなり、逃げさせてもらうなりするけどね。






[26597] 第18話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:06



 「ああっ,最近楽しいな~」

 「最近機嫌良いよね」

 「ちょっとおもしろいことを見つけたんだよ」

 「それは良かったな」

 あれから四日後。開催日の前日だ。今日の夜から会場の警備をすることになる。とは言っても、大勢の人が入ってくるのは明日の夜だ。犯罪者に対する警戒は他の警備の人たちがしてくれるから、俺がやるのは呪術や魔方陣、爆弾が仕掛けられていないかを調べたりするくらいなんだけどな。
 ちなみに、恭也さんたちからは俺は今日まで逃げ切っている。何度かあちら側から会おうとしてきているのだけれど、俺はそれらを華麗にスルーしてきている。電話には出ずに、訪問は居留守を使い、学校の門にいた場合は裏門を使い、裏門にもいたら塀を越えていく。町中でも狭い道を通ったり、裏口を通してもらったりとしている。恭也さんたちの追跡能力は相当なものだが、俺の逃げ足の方が上のようだ。
 いろんな手で俺を捕まえようとするから、それから逃げるためにあれこれやってみるのがおもしろくてたまらないのだ。捕まっても、俺は悪いことをしているわけじゃないから罪に問われることはないしな。
 ああ、悔しがる恭也さんたちを想像すると笑いがこぼれてしまう。

 「邪悪な笑顔だね」

 「そうだな。これはドSの顔だ。相手の人はかわいそうに」

 俺の顔を見て、つばさと健が引いているが今はどうでも良いことだ。

 今日はどんなことしてくるんだろうな~、と思いを巡らせていると高町(9歳もしくは幼女の方)が俺の所にやってきた。

 「ねえ、お兄ちゃんが梅竹くんと話がしたいって言うんだけれども」

 妹を使って来やがったな。まあ、最終的にはこうなるな。もう明日になるから、今日中に決着をつけておきたい所なんだろう。

 「分かった。放課後に一緒に行こう」

 とりあえず、最後までごまかすためにと高町を巻き込んでおいてやろう。俺の予想では高町は今どんなことになっているのか分かっていない。おそらく、御神流とは関係が無いのだろう。
 恭也さんたちに俺のことがばれても高町に変化はなかった。きっと以前のことは高町には内緒にしているはず。なら、高町が側にいるときは俺に対して強く言えないはずだ。

 「おまえら、裏でいったい何が進んでいるの?」

 「ふえ?」

 残念だな健。その読みは間違いだ。高町は無関係だよ。

 「おまえは俺の知らないところで何をしているの?」

 「言うわけ無いだろう」

 「ああ~~、なんか俺よりオリ主しているな?! 今すぐ仲間に入れろ!」

 「”おりしゅ”とか言われても分からないっての・・・・・・」

 相変わらず訳が分からない。もっとわかりやすい言葉で言って欲しい。
 仲間にって、危険なことに巻き込めるわけ無いだろう。才能があっても訓練していないやつを連れて行けるわけがない。生存能力を上げてから来いってものだ。
 それに新米がそんな判断をして良いはずもない。人員に関しては師匠、もしくはタマさんに任せている。

 「はいはい。俺はこれからも放課後は忙しいから」

 なんか健が俺達の方をものすごくうらやましそうに見ている。
 そんな顔をしているとちょっと気が引けてくるな。
 ふむ、そうだな。壁は多い方が良いか。

 「健も来るか?」

 「えっ、良いの?」

 そういえば、こいつは翠屋に行くのが好きだったな。だったら巻き込んでやろう。恭也さんたちも無関係の子供がいたらやりにくいだろうし。

 「つばさも来いよ。ケーキおごってやるよ。もちろん土産付きで」

 「おっ、それはうれしい。けど良いの?」

 良いの良いの。この仕事が終わったら何千万と入るんだ。それに、仕事前に報酬の一部を渡されている。今は結構お金持ちなんだよね。

 「バニングスと月村も来てよ。みんなまとめておごるからさ」

 「あっ、ありがとう・・・・・・」

 「・・・・・・なんか裏がありそうで怖いわね」

 少しは翠屋に還元してやらないとな。ずいぶん楽しませてもらっている。
 売り上げに貢献してやろうじゃないか。
 俺って、超優しい!

 「まあ、誘われたからには私も行くわよ」

 「じゃんじゃん注文してくれ」

 「「「「「・・・・・・なんか怖い」」」」」

 あははははっ、ぞろぞろと子供を連れた状態で恭也さんたちに会いに行ったとき、どんな顔をするのかと考えると笑いが止まらないなぁ。

 それにしても、大勢で恭也さんたちに会いに行くって言うのに、高町は困った顔をしていないな。やっぱり、高町は無関係のようだ。ちょっと安心した。
 体育はダメダメなのに、実は戦うとすごいんですよ、って感じだったらどうしようかと思った。戦闘中にギャップを見せつけられるとかなりびびるんだよな。何もないところで転ぶやつが刃物得意げに振り回していたら、怖いってもんじゃない。

 まあ何にしても、放課後が楽しみかな。
 念のため財布の中身を確認しておかなきゃ。いざとなると、こいつらは容赦ねえからな。









 「恭也さん、こんにちは~~~」

 「「「「こんにちは」」」」「ただいま」

 「・・・・・・・いらっしゃい」

 俺達の元気の良い挨拶に恭也さんは苦虫をかみつぶしたような表情で出迎えてくれた。 美由希さんは唖然とした表情をしている。

 きゃっほう! そういう表情が見たかったんだよ。

 大いに喜ばせてもらった。これは、たくさん翠屋の売り上げに貢献しないとな。
 奧を見て、高町の両親も確認する。
 桃子さんは俺達を歓迎してくれている良い笑顔。どうやら、桃子さんは関係ないようだ。
 おっ、士郎さんはちょっと怖い顔をしていているぞ。関係者・・・・・・と。

 従業員は高町さん一家とフィアッセさんだけか。フィアッセさんも困った表情をしている。どうやら、まだ俺のいる機関については言っていないようだな。
 俺達の機関は基本秘匿されている。こなしている任務は常識では理解不可能なことばかりで国民に混乱を与えるし、構成員も核兵器より恐ろしい能力を持った人ばかりだ。黙っていた方が安全だと言われている。
 そんな機関のことを、フィアッセさんは恭也さんたち話せなかったんだろう。フィアッセさんは今回の関係者と言うことで知ることになったが、恭也さんたちは今回のことでは部外者だ。言ってはダメだと判断されたのだろう。バックには国があるからおかしなことを言って、逮捕されたら目も当てられないといった形か。まあ、事情を知らなかったらそう判断するよな。
 だけど、そこまで厳しくないんだよな。だって、師匠があんな感じだし。一部うるさい人もいるがここの責任者は師匠だ。師匠は笑って許してくれる人だ。そもそも、こんな話、裏に通じている人じゃなきゃ信じない。一般人に言っても信じてもらえない話だ。
 まあ、むやみに言いふらすと罪に問われるだろうけど、納得しておとなしくしてくれる分には黙認してくれる。恭也さんたちはたぶん後者だ。
 だから、言っても良いんだよね。まあ、これも少なくてもあと一日は我慢してもらうけど。
 ちなみに、師匠からも連絡は取って、必要ならば言っても良いことになった。それと、できるだけ正体を明かすのは引き延ばすようにとも。
 師匠はよく分かってくれる。どうなったのか報告するようにも言われたしな。

 「誘ってくれてありがとうございます。じゃあ、みんなと一緒に話しましょうか」

 「・・・・・・」

 ふむ、不機嫌そうな顔だ。ちょっと悪ふざけが過ぎたかな?
 まあ、俺が御神流を使える理由を言ってもたいした情報じゃないし良いか。少なくても、今後の戦闘が有利になるというものじゃない。師匠が昔に御神流の使い手と戦ったことがあるだけ、の一言だしな。どっちかって言うと、説明することよりも納得させる方が難しいだろう。

 「じゃあ、この席を使ってくれる?」

 「分かりました」

 何も知らない桃子さんが、席まで案内してくれる。
 ともかく、今はたくさんケーキを食べて売り上げに貢献してあげるかな。お土産も全員分買っていこう。

 「ほら、お客さんになんて顔しているの」

 きつい表情をしている恭也さんが桃子さんに怒られている。
 ・・・・・・これは悪いことしたかな。身内に怒られるのはちょっとかわいそうな気がする。
 だけど、日々高町家からストーキング行為を受けてきたんだから少しくらい良いよな。

 「それじゃあ、みんなでおやつでも食べようか」

 ちょっと空気が重いことを察してか、健がケーキを食べようと提案する。
 健、ナイスフォローだ。そういった心遣いを女性に対してでも見せれば、女性から好感を得ることができると思うぞ。こいつは、女性を前にすると動かなくなるからな。

 俺達は大きなテーブル前の席に着いていく。
 恭也さんは後で来ると、ちょっと中の方に行ってしまった。それに美由希さん、士郎さんが続いた。きっとこれからどうするのかと、相談をしているのだろう。
 三人が中に入ったのを見て、フィアッセさんが注文を取りに来る。
 俺達が一通り注文した後、オーダーを桃子さんに渡した後、俺の所に戻ってそっと耳打ちしてきた。

 「ねえ、いったいどうするつもり?」

 「終わったらいずれ話しますよ。たいした情報でもありませんし」

 「だったら早く言ってもらいたいんだけど。私もいろいろ聞かれているんだけど、答えられなくてさ」

 結構律儀な人だ。あの三人に詰め寄られたら、極悪人でも何でも吐いてしまいそうな気もするっていうのに。おそらく恭也さんたちは身内に優しいのだろう。

 「明日までの辛抱です。終わったら言っても良いですよ」

 「やっぱり言っちゃいけない理由でもあるの?」

 「いいえ、趣味です」

 「・・・・・・趣味?」

 「ええ、趣味です。恭也さんたちの反応がおもしろくておもしろくて。最近、これが楽しみで生活しています」

 「・・・・・・サドだね」

 「ええ、サドです」

 気持ちを正直に言ってみた。それに対する反応は意外にも怒らず、困ったものを見る表情だった。
 ふむ、恭也さんたちにばれたら一発は無理だろうから、二・三発殴られる気でいた。だから、お仕置きは覚悟していたんだけど、こういった表情をされると急に良心がいたくなる。

 どうしようかな。
 確かに今まで言わなかったのは、俺が恭也さんたちの反応を見たいという悪趣味によるところが大部分だ。だけど、他にも一応まっとうな理由はある。
 それは、敵さんの興味を引きつけることだ。今の敵さんがフィアッセさんだけでなく俺の方にも興味を向けているのはとても良い傾向と言えた。護る対象だけでなく、護衛する対象にも敵の注意が引きつけられる。これは護衛する身としては喜ばしい状態だった。
 恭也さんと同様に敵さんも俺が御神流を使えることを知りたがっている。おそらく、恭也さんたちが俺を張っていなければ敵さんが俺の周りをまとわりついていただろう。もし、本当のことを恭也さんたちに言うと、恭也さんたちが俺の周りにいることをやめてしまい、次は敵さんがまとわりつく。そうなってくると、俺は周りの人たちに危害が及ばないかと警戒しながら生活しなくてはならなくなる。これはかなり難しい。
 それに、もし敵さんが強硬手段に出たとき、俺と恭也さんたちがすぐに対処できる状態でもあった。あの状況は意外に良い状態だったと言える。
 あと、恭也さんたちに事情を説明した後に、敵さんが恭也さんたちに聞いてくる可能性がある。そうなってくると、敵さんが事情を言って興味が失せてしまう危険性もあった。なんだか知り合いみたいだし、可能性はないとも言えない。
 こういった諸々の理由から、できることなら敵さんの興味を開催日まで保ってもらいたかった。

 でもまあ、一番は趣味なんだよな。

 なんだかんだ理由を並べても、やっぱり感情による趣味という部分が大きい。

 なら、四日も遊んだし、もう良いか。

 これだけ時間をつぶせれば何とかなりそうな気もする。
 フィアッセさんはコンサートに参加するとかで今日の夕方から会場に向かうという。
 他のメンバーも遅くても今夜の夜には会場に入ると聞いていた。その時刻には俺も会場にいる。となってくると、人質の心配も無い。
 まあ、ばれても言い時間帯になってきている。

 「・・・・・・俺達が帰ったら言っても良いですよ」

 「大丈夫なの?」

 「ええ、黙っていたのは本当にただの趣味ですし、上からも確認は取ってあります」

 ここは優しいお姉さんに免じて許してあげよう。
 なかなか楽しかった。
 少し惜しかったが、まあまあ満足していた。

 そこまで追い詰めることもなかったかな?

 開催日前日で焦っていたし、恭也さんたちにしてみればこれでも遅すぎたんだろう。

 「ありがとう」

 「いえいえ、こちらこそすみませんでした」

 俺が帰ったとにでも言ってもらおうかな。あ~、けど御神流が使えるのかについては俺が言うしかないんだよな。フィアッセさんは知らなかったはずだ。知っているのは俺の身分について。

 「ねえ、いったいいつからあんたはフィアッセさんと仲良くなったの?」

 俺がどうやって言うのか考えていると、バニングスがフィアッセさんとのことで聞いていた。
 どうやら、ひそひそと話している様子が仲が良いように見えたらしい。

 「いやいや、秘密を共有する仲なだけだよ」

 「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 俺の言葉に、バニングスだけじゃなく、フィアッセさんを含めた全員が驚きの声を上げた。

 「ちょっと、何言っているの!」

 「あれ? 違いましたっけ?」

 「確かにそうだけど、その言い方は・・・・・・」

 ふむ、おもしろいと思って言ったけど、考えてみればバニングスたちに俺のことがばれるのはまずかったな。さて、どうしようかな。

 フィアッセさんの方を見てみると、ちらりと恭也さんたちが入っていった方を見ていた。
 あっちに何かあるのかな? そういえば、まだ戻ってきていないみたいだけど。
 確かに突然あんなこと言って驚いただろうけど、フィアッセさんがそこまで顔を赤らめる要素があったかな?

 「無駄だ。おまえがどんなにフラグを立てようとしても、それ以上のフラグメーカーがいる限り、おまえのフラグは折られ続ける」

 なんか健が恨みがましい声でつぶやいている。よく分からないことを言い出した。
 相変わらず頭は大丈夫だろうか? 早く糖分を取って正常に戻ってもらいたいものだ。

 「何でも無いよ。ただ単にフィアッセさんのお母さんと理事長が知り合いだっただけだ」

 「そ、そうなの! たいしたことじゃないし、変な言い方されて驚いただけ」

 俺の言い訳にフィアッセさんが乗ってきた。表情は少し硬かったけど、この様子だとごまかしきれそうだな。

 「へ~、そうなの」

 どうやらごまかせたようだ。

 「あんたもコンサートに行くの?」

 「いや、その日は用事があるから行かない。もって事はバニングスは行くのか?」

 「当然でしょ。すずかもなのはも行くわよ」

 ちっ、ブルジョワめ。金持ちは良いよな。俺なんて、苦労して手に入れたって言うのに。
 師匠の権力関連で頼めば簡単なんだろうけど、俺自身はそれほど権力を行使できるほど偉くはない。

 「行けなくなって、健がもらうことになったね」

 「その件は本当に感謝しております」

 律儀にも頭を下げて礼を言ってきた。まあ、せっかくのチケットなんだから、楽しんでくれば良いけどね。

 「二枚だったら、俺が是が非でも奪っていたんだけどね」

 「あんたね・・・・・・」

 「妹のためを思えばこれくらい当然だよ」

 「あはは・・・・・・」

 月村の乾いた笑い声がむなしいな。また、妹病が発症したか。俺の親友は相も変わらずおかしな病気を持っている。まあ、人をからかうのが好きな俺が言えたことじゃないんだけどね。

 「もう、チケットを二枚手に入れるのは難しいかもね」

 「そうね。大人気だし」

 「みんなに興味を持ってもらって私もうれしいよ」

 あっ、チケットと言えば、

 「そうだ。忘れていた」

 「どうしたの?」

 「まだチケットがあったんだ」

 失念していた。あれからまたチケットが手に入ったんだ。
 俺は鞄を取って、その中からチケットを二枚取り出す。

 「つばさ、明日暇か?」

 「何も予定はないけど、もしかして僕にくれるの?」

 「ああ、おまえだけだろ。持っていないのは?」

 「て言うか、今時二枚手に入れるなんて難しかったでしょ?」

 「ただのもらい物だ。ちょっと前にもらったんだが今の今まで忘れていた」

 普段お世話になっているお礼にと師匠の知り合いが、俺と師匠の二名分贈って来た。もしかしたら俺じゃなくてタマさん用かもしれないけど。
 だけど、当日に仕事をする俺と師匠にとっては意味が無いものだ。師匠もいらないと言っていたし、それでつばさにあげようと持っていた。
 なんだか苦労して手に入れたものが、意味が無くなったり、簡単に手に入ったりするな。人生とはむなしいものだ。

 「もう前日だって言うのに忘れていたの?」

 「危なかったなぁ、今別の事に興味がいっていたから渡し忘れるところだった」

 横でフィアッセさんが苦笑いしている。

 「本当に危なかったんだね」

 危機一髪だった。入手困難なチケットがもったいないことになるところだった。

 「ありがとうね。妹と行かせてもらうよ」

 「ちなみに、健との席はかなり離れているから案内とか手伝いは不要だぞ」

 「うすうす分かっていたけど、改めて口にしなくて良いよ!」

 とりあえず健の出鼻をくじいてやった。

 その後は、ケーキを食べながら談笑していた。
 良い感じで時間も経ってくると、そこに恭也さんがやってきた。

 「ちょっと二人で話したいんだけど」

 ついに来たか。周りを気にしないで直接俺に聞くつもりだ。
 あまり面識のない俺と二人で話したいと言うのは周りから変に思われる。だけど、この場で俺が断ったら更に変に思われる。恭也さんも捨て身だな。

 「お兄ちゃん。どうしたの?」

 「何だ。なのはが学校でどんな感じか聞くだけだ」

 「ええっ、何で?!」

 そういうしかないよな。俺と恭也さんの繋がりなんて、高町ぐらいしかないんだし。
 高町もいきなり兄にそんなことを言われて恥ずかしがっている。家族が学校での評価を聞くのって恥ずかしいよな。俺も言いたくない。
 せっかくだから、切り返してあげよう。

 「俺より、バニングスや月村の方が良いんじゃないんですか?」

 こういうのは俺より親友の二人が良いだろう。
 こっちの方が詳しく聞けると、いらない助けをしてみる。

 「ぐっ・・・・・・」

 この切り返しは恭也さんも予想はしていたらしい。だけど、いざ言われると言葉に詰まってしまったようだ。
 対処しづらい状況に、恭也さんの頭が真っ白になっていくのが見て取れた。全員の視線が一気に集まっているのも拍車を掛けている。

 今の状態もおもしろいんだけど、パニックになられたらおもしろくないか。
 フィアッセさんもおろおろしているし、そろそろ助けを出してあげよう。

 「遠回しに言わなくても良いですよ。恭也さんは俺の剣技が聞きたいんでしょう」

 「なっ・・・・・・!」

 「どういうことなの?」

 俺が剣技のことを言って、恭也さんが驚いている。まさかみんなの前で言うとは思わなかったんだろう。
 残念だったね。別にばれてもさほど俺にはダメージにならないんだ。なんか、勝手に恭也さんは俺を悪の方だと解釈しているけど、どっちかって言うと善の方なんだよね。そこまでやましいことをしているわけじゃない。

 「以前、俺の剣技が恭也さんの目に触れる機会があってね。それに興味を持ったらしいんだ」

 状況については詳しいことは言わないで、それ以外については本当のことを言った。

 「何だ、そんなことだったの」

 「別に隠そうとしなくて良いのにね」

 高町の兄弟が剣道をやっていることを以前聞いたことがあった。当然、親友の二人も知っていただろう。
 そんな恭也さんたちが俺の剣を見て、それに興味を持ったとしても何ら不思議ではない。
 恭也さんは、真剣を使って人を斬る剣術である御神流を隠そうとして、剣道全体も隠そうとしちゃったのが間違いだったな。
 まあ、そんなことが思いつかないほど追い詰めてしまった俺が悪いんだけどね。

 「と言うより、私はあんたが剣道をやっていたことに驚きよ」

 「おっ、そんなこと言うか? 理事長に習っていて、結構得意だぞ」

 「そういえば、以前から修行がきついってぼやいていたね」

 「確か、古武流術だったよな」

 つばさと健には何度か話した覚えがある。さすがにがちで殺り合うつもりで習っていることは言っていないけど。

 「おまえ、いつの間にそんな深いところまでやっていたんだよ?」

 「まあ、三年以上もやり続けているからな」

 そういえば、健は剣術に興味を持っていたな。習おうとしていたけど、なんかためらってもいた。

 「そうだ。それについて聞きたいんだ」

 若干固まっていた恭也さんが戻ってきた。
 なんかもう、師匠から習ったと、聞きたいであろうことを全部話したように思える。だけど、ちゃんと丁寧に説明しなくちゃいけないかな?

 せっかくだからからかってやろう。

 「残念ですけど、もう夕ご飯を作らなきゃ行けないので帰らせてもらいます」

 「まだ早いじゃないか!」

 「明日は気合いの入った用事があるので栄養を取りたく、体を休めたいんですよ」

 「明日ってまさか?!」

 「明後日には時間ができるのでそのときにお願いします」

 「それじゃあ、遅いんだよ!」

 おおっ、良い感じで動揺している。これはおもしろい。

 「サドだ。これはもうドがついちゃうよ・・・・・・」

 フィアッセさんが恐れおののいている。
 おやおや、俺の今の顔はそんなに怖いかな?

 「じゃあ、うちでご飯を食べていけば良い。ごちそうするぞ」

 おっ、恭也さんの反撃だ。
 だが甘い! そんなことで俺が撒けると思ったら大間違いだぜ!

 「いえいえ、同居人が冷食や外食が嫌いな人なのでつくってあげないと機嫌が悪くなるんですよ」

 ちなみに本当だ。インスタントなんて出したものなら、またもや三途の川を旅することになる。

 「じゃあ、その同居人も!」

 「そこまでご迷惑を掛けるわけには」

 「ぐぬぬぬぬっ!」

 おっ、怒りのボルテージが臨界点を突破しようとしている。
 これはそろそろまずいかな。
 俺は逃げられるから大丈夫だけど、周りも巻き添えを食ったらかわいそうだ。

 「ぷあははははっ、ごめんなさい。からかいすぎました」

 「えっ?」

 もうばらして良いだろう。十分楽しんだ。

 「話しますよ。聞きたいことは。剣技だけですけど」

 さすがに身分までばらすわけには行かない。二人だけの時なら良いけど、バニングスたちもいるんだ。なんか後々までネタにされそうで怖い。
 武術の方はまあ良いだろう。体育でハンデをもらったらそれはそれで楽しめば良い。逆に健辺りが対抗して武術を学んで、今以上の強敵になるのもおもしろいものだ。

 「Sを超えたS。SuperSをみた」

 「そうだね。今日はまさに俊也の絶好調だった」

 健とつばさが俺の方をそんな風につぶやいた。
 バニングスたちが今までの舌戦をみて、まだ固まっているのに回復が早いな。

 「そういえば、ここに道場があるんでしょう? みんなに見てもらいましょうよ」

 「いや、それは・・・・・・」

 「それみたいみたい!」

 「土産までおごってもらうんだから、もう少し付き合うか」

 抵抗のある恭也さんを押さえて、健とつばさが俺の意見に賛同する。
 道場も以前高町から聞いたからあるのは知っている。

 「ずっとお兄ちゃんとお姉ちゃん、それにお父さんの試合しか見たことがないから、私くらいの子と戦っているのは見てみたいかも」

 「そうね。あんたがどれだけできるのか見てやろうじゃないの」

 「楽しみだね。梅竹くんもがんばってね」

 さあ、拒否できない空気になってきたぞ。もう、このまま道場に行く流れだ。

 「・・・・・・・分かった。みんなついてくると良い」

 諦めて、みんなの同行を許可してくれた。
 案内される道中、美由希さんと士郎さんの同情の視線が恭也さんに向けられていた。
 おかわいそうに・・・・・・

 「「おまえが言うな」」

 心に思っただけなのに、親友二人に突っ込まれた。

 「顔に出てたよ」

 「その邪悪そうな笑みがはっきりとね」

 失敬な。品行方正な俺がそんなことを。

 「「いい加減にしろ」」「いい加減にしなさい」

 今度はバニングスも一緒に突っ込んできた。
 月村と高町、フィアッセさんがそれを見て苦笑していた。






[26597] 第19話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:08



 俺達はみんな揃って道場に来た。
 メンバーは健、つばさ、高町(幼女)、バニングス、月村、恭也さん、美由希さん、士郎さん、フィアッセさんだ。
 桃子さんは店があるので来られなかった。フィアッセさんは興味があってきた感じだな。特別に警備をする人がどれだけ強いのか見ておきたかったのだろう。あの後すぐに来た城島さんと鳳さんに接客を変わってもらっていた。

 「一応言っておきたいです。一番弱い人と戦いたい!」

 「そこは強い人と戦っておけよ」

 「あんたには向上心ってものはないの?」

 周りからブーイングが掛けられる。
 せっかく人間相手に勝てそうなチャンスなんだから、楽に勝っておきたかった。
 以前見た感じでは、敵さんも恭也さんも気を使っていない感じだった。と言うことは、気とかが使える俺にも有利な点はある。

 「すまない。美由希の場合は手加減とかが上手くなくて怪我をする恐れがある。俺は、普段美由希に剣術を教えているからその辺は大丈夫なんだ」

 やっぱりダメだったか。まあ、予想していたことだからあきらめもつく。

 「じゃあ、さっさと始めましょうか」

 俺と恭也さんは道場の中心で、お互いが向かい合うように立つ。
 試合の審判をするのは士郎さんだ。

 「お互い降参を唱えるか、俺が危険だと判断したときに試合を止める。そこからどっちが有効打を与えたか総合的に判断して勝敗をつける。良いか?」

 「ああ」

 「わっかりました~」

 ふむ、木刀程度で俺が戦闘不能状態になるとは思えないけど、あまり連続して攻撃を食らうと試合を止められてしまう可能性があるな。士郎さんたちは俺の頑丈さは知らないからだ。あまり遊んでいると負けてしまう。

 「では、始め!」

 「くたばれゴラァーーーーーー!!」

 「「「「ええーーーーーー?!」」」」

 いきなりの俺の汚い言葉と、開始と同時に繰り出した射抜に周りが驚きの声を上げる。

 不意を突いたはずの、俺の突然の突きがぎりぎりでかわされた。

 「ちょっと待て!! おまえはいきなりなんていうものを出すんだ!」

 「ちっ、打ち損じたか」

 「おい!」

 さすが御神流を知っているだけあるな。突然の奥義にも対処してきた。以前の敵さんと同じように、武器で軌道をずらして回避した。

 「往生しろ!!」

 「誰がするか!」

 「ちょっと、俊也くん! お兄ちゃんに何するつもりなの?!」

 続いて繰り出す花菱も防がれた。
 なかなか決まらないな。ちなみに花菱も射抜と同じで奥義だ。この人相手には、基本で立ち向かうよりは意外性で攻撃した方が有効だと思うんだよな。

 「なんていうものを連続で繰り出すんだ?!」

 「何、挨拶代わりですよ」

 「物騒すぎる! 奥義で挨拶するな!」

 見たがっていたから見せてあげたのになんて言いぐさだ。
 誠に遺憾である。
 それにしても、やっぱり完成度が半分もいっていない攻撃じゃあまり意味は無いか。
 だが、連続でやればいずれ隙はできるかも。

 「これはあんたのストーキングでスーパーのバーゲンに間に合わなかった分!」

 虎切を繰り出す。

 「これは美由希さんの張り込みの所為で学校の塀を越えて帰ることになったために服が汚れてしまった分!」

 薙旋が続く。

 「そしてこれは、士郎さんの監視で夕飯の飯がまずくなった分だ!!」

 花菱を振るった。

 「ものすごく私怨の混じった攻撃だな!!」

 なんてこった。御神流の奥義の連携が防がれてしまっている。

 「と言うより、お兄ちゃんたちは何しているんだろう・・・・・・?」

 いろいろ恨みはあった。反応は楽しかったけど、無害ではなかった。
 なんか横目で士郎さん美由希さんが目を背けていた。フィアッセさんも気まずそうにしていた。美由希さんたちもいわれて自分たちが今まで何をしていたか分かったんだろう。幼い子供にそんな風にしていたら、いとも簡単に社会的に抹消されると思うね。

 それにしても、俺の連続攻撃も恭也さんは防いで見せた。
 まあ、言葉の攻撃の方は効いたようでひるんでいる。
 一気に攻めるか・・・・・・

 「こっちも負けてばかりではいられない!」

 奥義之陸・薙旋

 急に腕を引いたと思ったら、抜刀からの高速の4連撃を繰り出してきた。

 (まずい、ぎりぎりだった)

 事前に技を知らなければ防ぎきれなかったかもしれない。
 それが使うなんかよりも、遙かに速く鋭かった。
 俺の放った薙旋と恭也さんが放った薙旋を見比べるとその差に大きさを感じた。

 やっぱり一貫性のある学び方をしている人は動きがすごいな。これも、長年御神流だけを学び続けてきた強みってやつだろう。俺のように、その場しのぎで学んだだけじゃここまではなできないな。
 だが、俺も最強のクラスを目指すものだ。ただで終わるわけにはいかない。

 「調子に乗るなよ!!」

 恭也さんの左腕に足を乗っけて、そのまま宙に飛ぶ。
 これも、パワーの割に体重が小さい俺だからできることだ。
 大人以上の力があれば、子供の退場を持ち上げることはたやすい。これで、相手の上を取った。
 しかも、飛び上がるときの力で左腕をあげることを防いだ。
 こうなってくると、右腕で対処するしかなくなる。

 「くっ・・・・・・」

 すぐさま木刀でたたき落とそうとするが、それを俺は手に持った木刀で防いで、今度はその衝突を利用して、空中で前転をする。

 「なっ!?」

 これで頭上をすり抜け、後方を取ることに成功した。

 恭也さんが驚いて、前に飛んで逃げようとする。俺は無茶な動きをして、次の攻撃まで時間がかかるだろうと踏んでいたのだろう。恭也さんは着地をした後に攻撃が来ると思った。
 甘い!
 着地する間もなく次の手だ。
 毎日のように圧倒的なパワーで投げ飛ばされ続けているわけじゃない。空中で体勢を変える事なんて、体に染みついて覚えている。

 俺は回転の力を使って、後頭部に足をたたき込む。

 「がっ!!」

 頭の一撃は効いただろう。空中で踏ん張れなかったから、威力は低いが頭への衝撃と言うことからダメージは大きいはずだ。

 俺の戦い方は恭也さんとは違う。
 一つの武術を学び、鍛え、極めることで最強の一撃を生みだす。その一撃で敵を倒すんじゃない。
 俺は様々な戦い方を身につけることで、敵の攻撃を躱しながら初手で敵の弱点を探り、次の手で敵の弱点を突いた攻撃を繰り出す。
 このように、柔軟性・多様性で戦うんだ。恭也さんみたいに強固でかっこよさはないけど、地味でいやらしい。だけど、この戦い方が自分には合っている気がする。

 俺は俺らしく、意地悪な戦い方をするだけだ。

 恭也さんがめまいをこらえながら俺に反撃する。
 このまま守りに入ったら負けると思ったんだろう。どうやら俺の性格をつかんできたらしい。俺は弱ったところを狙うと分かったようだ。

 「!!」

 俺はその攻撃を避けない。
 腰の入っていない攻撃じゃ、気で強化して更には強化繊維で身を包んだ体に響かないとふんだ。
 その攻撃を体で受け止める。

 「ぷげら?!」

 実際はかなり痛かった。

 思った以上に体に響いた。

 相手の弱さを過信しました。相手の力量をまだ正確に測れない未熟者でした。

 速度の割に威力があったし、的確にみぞおちをついてきた。
 俺は苦しさのあまり、体が硬直してしまう。

 これなら、ダメージ覚悟で攻撃後の隙を狙わなきゃ良かった。

 本来なら、攻撃時の防御が解ける瞬間を狙って攻撃をたたき込もうとしたけど、完全に裏目に出た。
 相手に俺を攻撃するチャンスを与えてしまった。好きの逃さず、恭也さんが攻撃してくる。

 虎切

 一刀での、高速・長射程の抜刀術。体をねじって、ぎりぎりで直撃を回避することに成功したが同時に生じた衝撃波で体が吹き飛ばされる。

 まずい、もう一撃、頭か急所に当たったらやられる。

 この連続攻撃でかなりのダメージを負ってしまった。俺は一気にぎりぎりに追い詰められてしまう。

 こうなったら・・・・・・

 俺は左手に持った木刀を投げた。
 さっきの攻撃で距離が離れてしまった。無理に近づくよりも投げた方が安全だ。

 俺がいきなり武器を手放したことに驚きつつも、恭也さんは木刀を振るって、それをたたき落とそうとする。

 「まだまだ!」

 俺は次に右手に持っていた木刀を続いて投げた。

 「なっ!?」

 持っている武器を全部投げて、投擲に使った。
 これには恭也さんも驚いたに違いない。剣士に取ってみれば全部の武器を放り出すのは自殺行為だと感じるだろう。恭也さんだったら間違いなくそんなことはしないと思う。片方だけでも投げることもしないはずだ。
 だが、その常識は俺が剣士だった場合にしか当てはまらない。
 俺は礼儀正しい剣士なんかではなく、勝つことだけを目指している性悪なガキだ。

 今度は上着を引っ剥がして投げつけた。
 これを日本の木刀をたたき落とすために両手を使ってしまった恭也さんに防ぐ手立てはない。

 「おまっ・・・・・・!?」

 俺が服を武器にして驚いたのだろう。
 拡げられた服が視界を遮って、死角を生む。
 恭也さんの動きが完全に止まった。

 俺は死角を上手く使って、一気に距離を詰める。
 そして、懐まで入った。

 「これで最後だ!」

 俺はその拳に全ての力を込めて、恭也さんの腹を殴りつけた。

 「がはっ!!」

 徹

 御神流の打・斬撃の打ち方。衝撃をダイレクトに与える技だ。
 これを食らって立てるとは思えない。

 恭也さんが俺の一撃を食らって倒れ伏した。

 俺の勝利だ。

 「「おまえはそんな勝ち方をして良いのか!?」」

 「健、つばさ。勝ったものが正義なんだよ。つまり、正しいのは俺だ!」

 「「おまえはやっぱり最低だ!!」」

 親友二人からの賛辞の言葉を浴びて、俺は勝利の喜びに打ち震えた。

 「うわっ、そのうれしそうな顔がむかつくわ」

 「すごかったにはすごかったけど、別の意味ですごかったから素直にほめられないね」

 バニングスと月村もそれなりの評価をくれた。なかなかだ。

 「お兄ちゃん!!?」

 「恭ちゃん、大丈夫?! 目、覚まして!」

 「・・・・・・相手が悪かったな。まさかあんな手を使うとは。子供だと思ったら、本当にいろいろとすごかった」

 家族がのびている恭也さんに駆け寄っていく。
 全身を駆け巡った衝撃で気絶しているだけだから、そのうち目を覚ますと思うけどね。

 「そうだ。何でおまえがそんな剣術を覚えているの?」

 俺の戦いざまを見て、健がそんな質問をしてきた。
 う~ん、恭也さんが気絶しているけどもういっちゃって良いよな。後で誰かから聞くだろう。

 「理事長から教えてもらった」

 「えっ、理事長って女の人だったよね?」

 月村の驚きも分かるが、この世の中は信じられないほど強い女性もいるんだよ。

 「何でも理事長は若い頃に世界中を渡って、強い人と戦いまくっていたらしいよ」

 「どこの武者修行よ」

 まあ、名前が松だし古風なんだろう。

 「それで、戦ってきた人の中に御神流の使い手がいて、その人と戦っているうちに相手の剣術を覚えたんだって」

 「見て覚えたのかよ?」

 「へえ~、すごいな」

 健は話に食いついてくるけど、つばさはそうでもないな。軽い話程度に聞いている。

 「信じられないな。君が見せた奥義は本物そっくりだったよ」

 「まあ、いろんな流派を見て覚えられる人が教えてくれましたから、再現度は高いと思いますよ」

 「御神という姓の人に心当たりは?」

 「ありませんね」

 俺の脳内知り合いリストにはそんな名前は載っていない。

 「是非理事長と会いたいのだけど」

 「多忙な人ですからなかなか会えるとは限りません。この一週間、自分も電話でしか話していませんから」

 士郎さんはどうやら会って確認しておきたいらしい。俺の話も信じ切れていないのだろう。結構警戒心は高いようだ。
 とはいっても、嘘はついていないからこっちとしてはどうしようもないんだけどね。

 「俺も理事長にいろいろ武術を学べないかな?」

 健が師匠から武術を学びたいと言い始めた。

 「難しいと思うな。本当にあまり家にいない人だから」

 最近は忙しいし、素人を鍛えている余裕はなさそうだな。タマさんなら大丈夫かもしれないけど俺と師匠は忙しい。もう少し余裕ができたら面倒を見ても良いけど、今は勘弁してもらいたい。
 と言うわけで俺は拒否しておく。けれど、せっかく強くなりたいっているんだし、後で師匠に聞いてみよう。才能はあるようだから、聞くくらいならしても良いだろう。

 俺の言葉を聞いて健が残念そうにしている。
 こいつは、強くなりたい願望でもあるのかな? 悪いことじゃないし、少しは応援してやるか。健が更に強くなったら強くなったらで体育がおもしろそうだ。

 そうだ。せっかくだから、おもしろそうなことをしてみよう。

 「だったら、士郎さんたちから教えてもらったらどうだ?」

 「えっ?!」

 とりあえず手近なところを使って武術を学んでいる仲間を増やしておこう。こうすれば、俺が武術を学んでいることが目立ちにくくもなるだろう。あと、体育で何かとやかく言われる可能性が減る。

 「士郎さんは大丈夫ですか?」

 聞くだけ聞いてみる。士郎さんたちなら誰かしら家にいるし、師匠みたいに突然いなくなったりしない。その方が教わりやすいことは確実だ。

 「俺達がやっているのは荒っぽいから、あまり護身用には向かないと思うぞ」

 まあ、実戦派だしね。一般人が覚えるのにはそぐわないか。確かに近くにある明心館の空手でも学んでおいた方が一般的かもな。

 「いえ。今の剣技かっこよかったです。是非、学ばせてください!」

 なんか熱心に頼み込んでいる。ちょっとからかってやろうかとも思ったが、表情がやけに真剣だからやめておいた。
 俺は空気が読める子。だけど、読もうとしない場合が多いだけ。今は読んでおく。

 「また今度来てくれ。そのとき話そう」

 「ありがとうございます!」

 とりあえず士郎さんはこの話を保留にしたようだ。今はコンサート直前でそっちの方に集中しておきたいのだろう。
 また今度しっかり話すらしい。そこら辺は健自身に任せておく。俺が全部関わる必要も無い。

 「俊也、ありがとうな」

 なんかすごい感謝された。まだ決まったわけでもないんだけど。
 別に言ってみただけなのにここまで感謝されるとは思わなかった。そんなに強くなりたかったのかな?

 「つばさはそういったことには興味ある?」

 「介護のためにも体を鍛えることには賛成だけど。今は妹を見ておいてあげたいな」

 つばさはやっぱり妹が優先されるらしい。だが、武術自体にも少しは興味はあるようだ。そういえば、学校でも運動をそこそこがんばっていたな。

 「まっ、必要になったら、そのときは俊也たちに聞いてみるよ」

 なんだかんだでいろいろあったがやっとこの話が終わった。
 そう人心地をついていたとき、恭也さんが目を覚ました。

 「ここは・・・・・・」

 「恭ちゃん、良かった!」

 「恭也、苦しいところはない? 大丈夫?」

 美由希さんとフィアッセさんが看病していたようだ。
 何だろう。あそこだけ、周りと空気の色が若干違うぞ。

 「そうだ。俺は徹を受けて、俊也はどこに・・・・・・」

 「お兄ちゃん?」

 「もう一度戦ってくれ!」

 俺の方を見て、再戦を要求してきた。あの終わり方は納得ができなかったのだろう。まあ、剣士同士の戦いでもなかったからな。ただの常識ある大人と悪ガキの戦いだった。
 油断して負けたのが相当悔しかったのだろう。

 「またまた~、見苦しいですよ」

 「ひでえ、的確に傷口をついてきた」

 「容赦ないね」

 「ぐっ・・・・・・だが、あのままじゃ・・・・・・」

 俺がこれからあれこれ言おうとしたことを遮って、士郎さんが間に入ってきた。

 「そうだぞ。過程はどうあれ負けたんだ。男らしくないぞ」

 美由希さんたちが同情の視線を向けている。それが更に追い打ちになったんだろう。より悔しそうにしていた。

 「ちなみに、」

 「えっ?」

 「今度は俺がやろうか?」

 「あっ、遠慮しておきます」

 息子の敵討ちをしようとした士郎さんをさらっとあしらう。今日はもう誰とも戦う気は無かった。無理矢理やらされそうだったら、俺は全力で逃げさせてもらう。

 「うわっ、ひでえ」

 「勝ち逃げする気満々だね」

 「だな。ああいう態度を取るって事はもう一度やったら勝てる気がしないんだろう。なんて言うか、不意打ちの連続みたいな感じだったし」

 こら、そこの親友二人。俺の精神を分析するな。
 確かに、今回勝てたのは俺が小学生だと油断していた事によるものが多いだろう。次にやったら、負ける自信がある。
 だからこその勝ち逃げだ。

 恭也さんが心底悔しそうな表情をしていた。
 眼福眼福。

 「そういえば他にはどんな剣術を習っているんだい?」

 「その辺を教えるのは勘弁してもらえませんか」

 「言っちゃいけないのかな?」

 別にいうことを禁止されてもなければ、隠しているわけでもない。
 ただ、俺の都合による。

 「今度バトルしたときに、それを使って沈めてやりたいだけ。今言ったらチャンスがなくなるじゃないですか」

 今後戦わない保証はないのに、今から手の内をさらしたくはない。
 もっと強くなったら、あっさりと倒してやろう。

 「おまえな・・・・・・」

 「あんたって本当に根性腐っているわよね」

 「さすがSだ」

 恭也さんを含め、周りから白い目を向けられた。

 今日のことで高町一家にも俺の気性は伝わったようだ。これから、機会があったらまた遊びに来ようと思う。
 俺達は店に戻った後、ちゃんと土産を買った。それからそれぞれの都合に合わせて解散となった。男三人は家に帰ることになった。バニングスたちはもう少し話して帰るらしい。

 俺は夜から仕事だから、準備をしなくちゃな。






[26597] 第20話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:07



 家に帰って夕ご飯を食べた後、装備を整えて会場に向かった。
 会場に着くと、もう警備の方が徐々に始まっていた。
 会場に入る際、武器を持った子供と言うことでちょっとごたごたがあったが、警備主任と連絡して今はこうして会場内に入っている。

 会場をくまなく回って、何も仕掛けられていないか調べておいた。結果としては問題は無し。
 前日にやることが意外に早く終わってしまってやることがなくなった。
 後は、侵入者が来ないように見張っているだけだ。

 「あ~~。これから暇だな」

 「そうですね」

 次の日になるのをただじっと待つのは暇すぎた。あと24時間近く何をしていよう。
 中で出演者全員でリハーサルをしているから、会場を離れるわけにもいかない。コンサートが終わるまで出演者を護る。敵が現れてしまったために、最初の予定より警戒する必要があった。

 「敵さん、後でいろいろと後悔させる」

 「物騒ですね。ですけど、敵なんで手加減はしなくても大丈夫ですね」

 いつも以上にはりきって、敵を倒そうと思う。この世界は男女平等だ。例え女だとしても手加減をする必要は無い。師匠たちのおかげで、女は弱いという考えは俺の中にはない。
 恭也さんたちの知り合いかもしれないが今は敵だ。別に命を奪うつもりはないから大丈夫だろう。

 それにしてもやはり暇だ。
 携帯で誰かに電話して暇つぶしをしようにも夜遅いし、電源が切れても困るしな。俺は念話をできないから携帯が通信手段だ。大切にしなければいけない。

 「おや、君は・・・・・・」

 なんか大人に声を掛けられた。最近このつぶやき多いな。
 子供と言うことで俺のことを警備の人が見つけると、いろいろと聞かれて面倒だから、物陰に隠れていたんだけど見つかってしまった。

 「全く。なんて所に隠れているんだい?」

 見つからないと思ったんだけどな。車のトランクの中は。
 ちなみにこのためだけに車を買った。中古車で一番安いやつだったけど決して安くはなかった。けど、車体にいろいろ道具を入れておくのに便利だったから必要経費だろう。係の人に車の乗り入れを伝えておけば、この車は警戒されないはずだった。運転は師匠の知り合いで暇そうな人に頼んでいた。

 「おや、大虎の家主の槇原さんの娘さんの穀潰しさんじゃありませんか」

 「のをいっぱいつなげてきたね。あと、ちゃんと働いているからね」

 「未だにお年玉をもらっている人が説得力ありませんよ。穀潰しさん」

 「リスティだ」

 この人はさざなみ寮の槇原リスティさんだ。すみれ色の瞳とシルバーブロンドの髪の女性。警察関連の仕事をしていて、今回のコンサートの警備主任でもある。だが、浪費癖があって姉妹友人家族にまでたかるというダメな人。

 「今、失礼なことを考えなかったかい?」

 「いや、真実を思い浮かべていました」

 「詳しく言うと」

 「穀潰しに違いない人、イタッ!」

 割と本気で叩かれた。頭がぐわんぐわんする。

 「もっとまともに警備したらどうだい」

 「正面はリスティさんがやってくれていたようでしたから、俺は駐車場を張っていたんですよ」

 リスティさんには俺のこと話してある。話した後、驚かれはしたが、案外すんなり受け入れてくれた。さすがこの若さで警備主任を任されるだけのことはある。柔軟な考えをしてくれる。
 けど、能力より性格によるところが大きいとは思う。やっぱり適当?

 「それで、何か異常はあったのかい?」

 「ありませんでした」

 「だったら、報告してよ」

 「それより、敵が来たときトランクから飛び出すのをやりたかった」

 きっと敵さんは驚いてくれるだろう。トランクから飛び出すのは奇抜だと思った。敵がどんな反応をするのだろうとわくわくした。

 「無茶なこと考えるね」

 「意外にトランクのキーが堅くてびっくりはした。もしかしたら、失敗して頭を思い切りぶつけるんじゃないかと怖かった」

 「君は馬鹿だ」

 さすが安物と言ったところか。ロックが硬くて、鍵も回しづらい。更にはシートも座りにくくて、トランクも居心地が悪かった。

 「トランクでの過ごしやすさは考えられていないと思うよ」

 「ですよね~。それにしても、よく自分がいることが分かりましたね」

 「まあ、ちょっとね・・・・・・」

 見つからない自信はあったのにな。しばらくして、深夜になって人が少なくなったら外に出ようと思ったんだけど、もうばれてしまった。
 さすが警備主任。その腕は確かの様だ。

 「隠れてないで上で休んでいたら良いじゃないかい?」

 「え~、武器持った子供がいたら何かと聞かれて面倒くさいじゃないですか」

 ここにいる人全員が俺のことを知っているわけじゃないから、何かと言われることは必然だ。いちいち説明させて理解させることは果てしなく面倒だ。

 「なら、コンサートのリハーサルでも見て暇をつぶせば良かったじゃないか。クリステラさんとは友達なんだろ?」

 「ああぁあっーーーーー!!」

 「けど、もう終わっちゃったけどね。ちなみにボクは見てきたよ。当日は忙しくて見に行けそうにもないからね」

 一生の不覚を負った。もう生きていけない。
 まさかリスティさんが見られて、俺が見られないとは。

 「人生に絶望するには早すぎませんか?」

 「なぜ思いつかなかったんだろう・・・・・・」

 絶望に打ちひしがれていたらあっという間に時間は過ぎていった。
 なんて嫌な怪我の功名だろう。







 もうすぐ開場前、そろそろ敵も動き出すはずだ。正門の方は警備の人たちに任せて、俺は裏口と駐車場に注意しておこう。

 ちなみに、トランクで待つことはやめた。十時間を超えたところで飽きた。
 いざトランクから出ようとしたときに、内側から開けられなくなって、焦ってリスティさんに携帯電話で助けを求めたのは秘密だ。そのとき、リスティさんから爆笑されたのは消し去りたい過去だ。日本車の頑丈さに泣いた。

 しばらくして、もうすぐで開場時間というところで士郎さんたちがやってきた。

 「なにか用ですか?」

 「フィアッセから事情は来たよ。まだ幼いのに、すごいな」

 俺の身の上を聞いたらしい。まあ、こんな子供が国連の機関に属しているって言われたら驚くよな。

 「とは言っても俺はまだ見習いです。機関では一番の下っ端ですよ」

 他の人とは比べられないほど力不足ではある。今回のことだって、意外な大物が来たって所だ。
 そういった理由で、念のために追加でタマさんが会場にいることになった。ぶつくさ文句を言ってはいたが、月村やさざなみ寮の人たちが会場にいると言うことで重い腰を上げてくれた。
 だから、会場の方は万一の事態があっても大丈夫だろう。俺は侵入者を捕まえれば良い。

 「一つ頼みがあるんだ。俺達に美沙斗さんを任せてくれないか」

 「美沙斗さんって誰ですか?」

 まあ、予想はつくけど聞いて確認しておく。

 「あのとき、クリステラさんの所にやってきた女の人だよ」

 「やっぱり知り合いでしたか」

 「ああ」

 そんな気はしていたんだよな。なんか、目だけで意思の疎通をしていたし、美由希さんがあの人と面立ちが似ていたしな。

 「う~~ん」

 「君の役回りを考えれば無茶なことを言っているってのはわかっている。だけど、あの人だけは俺達の手で決着をつけたいんだ」

 確かに俺はこのコンサートが終わるまでクリステラさんたちを護る義務がある。だから、危険な人物を放っておくことはできない。
 それにしても、士郎さんと恭也さんの目が真剣だ。もしかしたら、”俺達”じゃなくて”俺だけ”でけりをつけるつもりか? 任せるにしても、一人でやるんじゃ負ける可能性が大きいからそうしてもらいたくはないんだけどな。

 「頼む」

 年下の俺に頭まで下げてきた。なんか、ここまでの態度を取られると俺もうなずくしかなくなるな。手伝ってくれる分には助かるわけだし。

 「リスティさんには許可をもらいましたか?」

 「ああ、言ってある。フィアッセにも話した」

 警備主任が許可したなら俺が言うことはないな。ここで一番偉いのはリスティさんだ。

 「分かりました。その人はみなさんに任せます。良いですか。二人以上で対処してくださいよ」

 念のため釘を刺しておく。なんか士郎さんも恭也さんも一人で背負い込もうとする感じがあるからな。俺みたいに周りを巻き込むぐらいの考えを持ったら良いのにな。そんな「全てのけりは俺がつける!」みたいな表情を見せつけられるとこっちが疲れてしまう。

 「・・・・・・ありがとう」

 俺の言葉に一度驚いた後、礼の言葉を述べた。やっぱり一人でやるつもりだったな。
 ともかく、これで美沙斗さんとか言う大物は恭也さんたちに任せて良いのだろう。俺は他の侵入者を対処すれば良い。

 「あ~あ、せっかく敵さん対策にいろいろ準備してきたのに無駄になっちゃったな。余計な仕事を増やした分、地獄を見せてやろうとしたのに」

 「・・・・・・いったい何をしようとしたんだ?」

 「俺のいる組織はいろんな所に繋がりがありますからね。いろいろと人のいやがるものが手に入るんですよ」

 値段も手頃な効果的な罠をたくさん買ったのに無駄になった。俺の計画では、これを使って足止めをして、一気にリニスの砲撃魔法とゴム弾の銃器で吹っ飛ばしてやろうと思っていた。剣士のいやがる事って、接近もさせてもらえず遠くからふるぼっこにさせるのが一番の屈辱なんだよな。

 「・・・・・・美沙斗さん。ある意味助かったな」

 士郎さんたちが引きつった表情をする。

 「でしたら、会場内は俺の上司がいるのでそこは大丈夫です。皆さんは他のところで美沙斗さんとやら来るのを待っていてください。来たら三人で囲むなりしてもらいたいですが、あまりそう言うのは好きそうではないので、順番に戦うなりして確実に勝ってくださいね。皆さん強そうですから、さすがに相手も三連戦する力はないでしょう」

 「嫌らしい戦いばかり考えるな。君は」

 「俺にとっては目標を遂げることしかあまり頭にないですから」

 「そうか・・・・・・」

 なんか恭也さんや美由希さんは俺の言葉があまり気に入らないようだな。
 まあ、子供がこんなドライなことを言ったら引くか。
 だけど、本当に正々堂々とか熱血は見ている分にはたまらなくおもしろいけど、自分がやるとなったら迷っちゃうんだよな。命がかかっているとなるとなおさらだ。刃物勝負は結構怖いからな。

 「分かった。じゃあ、戻るよ」

 「よろしくお願いします」

 そう言って、士郎さんたちは会場の方に向かっていった。

 「なんだかいろいろ事情はありそうですね」

 三人が見えなくなるのを確認してからリニスが声を掛けてきた。

 「家庭の事情はその家庭に任せるさ。そこまで突っ込むと大変めんどくさいことになる」

 「・・・・・・そうですね」

 なんかリニスまで落ち込み始めたぞ。
 そういえば、リニスもなんか訳ありっぽい感じだったな。

 「ともかく、一番の問題も無くなったから後はゆっくりやろう」

 「分かりました」

 美沙斗さんが抜けるまで身を隠さなくちゃ行けない。
 またトランクの中に隠れるかと思ったが、出られなくなったら間抜けだからやめておく。
 仕方ないから後部座席で体を小さくしていよう。これなら覗かれでもしない限り、見つかることはなさそうだ。
 それにしても、ちゃんと気配を消していて、体も見えないようにしていたのに、リスティさんはどうして俺の居場所が分かったのだろう?
 やっぱりすごい人なのだろうか?
 けど、認めたくはない。

 俺達はいそいそと車の中に入る。窓から覗けばある程度は外が見えるし、気配も探れば誰かが通ったかどうかくらい分かるだろう。
 以前あったことがあるから何となく分かる。それ以外のやつが来たら応戦だ。

 案の定、開催時間前に美沙斗さんがこそこそしながら中に入っていった。
 それを確認して、士郎さんにでも連絡を入れようかと思った。だけど、携帯の電話番号を聞くのを忘れていた。高町に電話しようにも、コンサート会場内は電話禁止だから電源を切ってあるだろうし無理だな。失敗した。
 ともかく、トランクから出て他の侵入者に備えた。何かあってもタマさんが何とかしてくれるだろうと信じて。

 俺は美沙斗さん以外の相手が来るかどうかだけ気を配っていれば良いな。

 「誰も来ませんように」

 これ以上の厄介事はごめんだ。暇な仕事になると思ったのに、すでにいろいろとトラブルが起きている。

 「そう言うと誰か来ますよ」

 「まさか~」

 確かに、俺がこういうときに限って良くないことが起こるな。
 だけど、さすがにコンサートを襲撃しようとするやつがこうぽんぽん出てこないだろう。

 そしたら、ぞろぞろと強面の人が入ってきた。 

 「って本当に来たよ」

 「ほら!」

 「ほらとか言わないで! ちょっとここまで来ると悲しくなってくるんだから」

 俺の悪運が恨めしい。
 どうして、上手い具合に追加が出てくるのか。

 相手の人たちは銃器を持っている。どこのマフィアだろうか。黒いスーツにサングラスとかつけていて、一般人に溶け込む気が無いことがわかる。おそらく、車か何かで身を隠して来たのだろう。

 「行きますよ」

 「待って、装備の確認させて」

 魔法が上手く使えるやつは、簡単に銃弾とかの防御を整えられて良いな。こっちはちゃんと準備をしておく。銃弾に強い特殊繊維のアンダースーツは着てあるし、手袋もしてある。後は、頭全体を覆う帽子をかぶれば良いだけだ。目を防護するゴーグルも忘れないでつける。

 「怪しさ爆発ですね」

 「このまま外に出たら、後ろから発砲される自信がある」

 防護のためとはいえ、全身を隠すとこっちが犯罪者な気分になってくる。
 俺には多人数からの銃弾を見切れる自信は無いから、必要なんだけどちょっと屈辱だ。

 武器を手にとって、俺達は外に飛び出した。
 敵さんの団体が俺達の気配に気がつく。

 「なんだあいつは?」

 「見るからに怪しいぞ」

 「俺達と同業者か?」

 「いや、それにしてもあそこまであからさまじゃないだろう」

 「うるさい! サングラスの黒スーツに言われたくない!」

 おまえらも鏡を見てからものを言え。おまえらも町中を歩いていたら絶対通報される出で立ちだぞ。

 俺は怒りとともに、ポケットから道具を取り出し、スイッチを入れて投げつける。

 「何だ?」

 「ちょっと待て、爆弾か?!」

 俺は物陰にリニスをつれてすぐさま隠れる。
 直後に、光があふれる。閃光を発する道具だ。
 目くらましで敵の動きが止まった。追加でとりもちが散乱する爆弾を敵の方に幾つか投げておくか。
 衝撃を生む爆弾は何か壊すと弁償しなくちゃ行けなくなるし、大きな音が出ると騒ぎが起きてコンサートが中止になるとまずい。道具のチョイスが難しい。

 「後は、打ち合わせ通りで」

 「はい。わかりました」

 リリスは遠くから魔法を撃って、俺はゴム弾を撃つ。これで、敵を減らしていく。敵が反撃してきたら、俺が突っ込んで接近して斬りかかる。リリスはその援護。

 俺達は物陰から攻撃をしていく。打ち合わせ通り、リニスは魔法弾を、俺はゴム弾を撃っていく。

 「あいつら、撃ってきたぞ」

 「おい、応戦しろ」

 「俺の銃、床に張り付いているんだけど」

 「助けてくれ、起き上がれない」

 数がある分、お間抜けな奴らも混じっているようだ。早速足並みが乱れているやつがいる。とりもちが結構効いたらしい。

 「さすが変態だ。嫌らしいことをしやがる」

 「ああ、メイド姿の女を連れているからどんなやつかと思ったら」

 「・・・・・・なんか、こっちが落ち込んでくるんだけど」

 「敵の言葉ですから聞き流しましょうよ」

 なんて言うか、言葉のナイフがぐさぐさと刺さってくる。ちょっと逃げ出したくなってきた。

 「くだらないことを言っていないで撃て!」

 「はい!」

 「うおっ、撃ってきた!」

 「反撃遅かったですね」

 確かにプロのはずなのに、全体的に対応が遅かったな。

 「おまえらが珍妙な姿で出てくる所為だろうが!」

 敵の怒声とともに、銃弾の嵐が襲ってきた。銃声が響き渡って、所々に弾痕が刻まれていく。

 「ああっ、修理費が大きくなっていく」

 弁償代がかさんでいくのはかなり痛い。車と武器代で結構お金は出している。今回の乱入者で報酬は増えるだろうけど、高級車に当たって弁償になったら泣ける。

 「報酬のために、俺の懐のために、これ以上被害を増やさない」

 「人のために、みんなのためにとか言いましょうよ」

 「自分が誰より一番!」

 「・・・・・・何となく分かっていましたが、期待しちゃいけませんか?」

 そのたびに脱力してもいいのならいくらでも期待しても良いぞ。
 力なく笑っているリニスを尻目に、俺は槍を持って敵に突っ込む。

 向かってくる俺に銃弾を浴びせようとするが、懐から閃光弾を取りだして敵に投げつけた。
 投げられた物体を見て、目をふさぐもの逃げ出そうとするものがいるなか、俺は槍に魔力を込めて柄を伸ばす。そのまま振り抜いて、敵を吹き飛ばしていく。
 タマさんからもらったこの槍は結構役に立つ。こうして離れていても、敵を攻撃することができる。魔力で柄が伸縮自在なのは、戦闘の幅が広がった。

 閃光弾が爆発する。敵が目をくらませる中、俺は攻撃を続けた。
 用意したゴーグルは強い光を和らげる特注品だ。銃弾もはじくし、高かっただけのことはある。リニスにも渡してあるから、援護の方も大丈夫だ。

 「きゃあっ! 目が!?」

 「おい、おまえ! 渡したゴーグルはどうした?!」

 あのダメ猫はゴーグルをするのは忘れたらしい。
 閃光のダメージを負ったようだ。後ろで悶えているのが予想される。

 「一発だけだと思っていました!」

 「俺が道具を並べていたところ見ていただろうが!」

 そのときにどの道具がいくつあるのか知っていたはずなのに、勘違いするとは驚きだ。

 「てめえっ!!」

 逆にこっちがひるんでしまった。敵の攻撃はすぐに再開された。
 さすがに二度目はあまり効果が無かったようだ。サングラスをしていた分、ダメージも少なかったようだ。

 「イタッ! 二発当たった」

 腹と足にそれぞれ一発当たった。防護服のおかげで貫通はしなかったが、弾の衝撃はかなり痛い。
 足に当たったのがまずく、体勢を崩してしまった。動きが止まると集中的にやられるから、とっさに転んで物陰に隠れる。

 「周りを囲め。一気に行くぞ」

 ううっ、装備を万全にしていたから弾が当たっても深手を負っていない。敵たちは見た目からそのことを知って、一気に囲んで攻撃するつもりだな。一発や二発を受けるのは何とかなるが、連続で大量に受けると非常にまずい状態になる。

 まあ、それでも魔法使いと俺がいれば何とかなるだろうけど、大怪我はしたくないな。これからも仕事はあるんだし。
 やっぱり、爆弾で一気に決めるかな。けど、駐車場を吹き飛ばしたら修理費は痛いだろうし、最悪の場合コンサートが中止になる危険性がある。銃声くらいならごまかせるんだろうけど、爆音は何ともな。

 「な、何だ。おまえはグワッ!」

 どうしようか悩んでいると、突然場に光が発せられた。
 淡い光が広がったと思うと、同時に敵の悲鳴が聞こえる。

 何事かと思って、覗いてみるとそこにはリスティさんがいた。
 しかし、いつもの彼女の雰囲気とは少し違って、背中には三対のつばさがある。しかも宙に浮いている。

 「リスティさん、助けに来てくれぶげらっ!」

 俺の言葉で、こっちを振り返ったリスティさんに吹き飛ばされた。
 なんか、光の弾みたいなのを放ってきたぞ。まさか、リスティさんも魔法使いとかか。

 「いきなり何するんですか!?」

 かなり痛かった。
 防具と防御で何とか意識が落ちずにすんだ。

 「さすが一番格好が変なだけのことはあるね。しぶとい」

 「なんかボスみたい認識されている?!」

 やっぱりこの格好はかなりまずいらしい。安全よりも、見た目をどうにかしないとこの世界では生きていけないことを知った。

 「俺ですよ。梅竹俊也です」

 このまま味方に倒されるは困る。だから、帽子とゴーグルを取って顔を見せる。

 「何だ、俊也か。そんな格好をしていたら誰か分からないだろ」

 「命を大切にしてすみませんでした!」

 どうやら俺が悪かったようだ。これからは顔を出して戦おうと思う。

 「ともかく、敵を倒しましょう」

 「そうだね。君は戦闘が得意らしいけど」

 そう言って、周りを見る。すでに俺らが倒した三分の一ほどの敵を見て、戦えることを確信したのだろう。
 俺もリスティさんを見て、物騒な連中を相手に戦えることが分かった。いったいどういう能力なんだろう?

 「見た目的に魔術師なんですけど・・・・・・いや、天使か?」

 それにしても、リスティさんの背中の羽はきれいだ。光なんて発しているところは神々しさもある。これで羽毛っぽかったら、もっとそれらしいな。

 「うれしいことを言ってくれるね」

 俺の言葉を聞いて、ちょっと喜んでいた。あまりこういうことは言い慣れていないのかな?

 「天使でしたら、いつ堕天したんですか?」

 「なっ、堕ちたことは確定なのかい?!」

 器用にも空中でずっこけた。
 あなたが天使のように高潔に生きているとでも? 何度かたばこを吸っていたり、酔っ払った姿を見ているというのに。
 あなたはそんな上等なものじゃないと思います。見た目は天使に近いけど、中身はどっちかって言うと小悪魔だ。

 「そうだ。今はそんなことを話している余裕はありませんでした」

 考えてみれば戦闘中だったな。銃器相手にこの余裕は命取りだ。これ以上からかうのはやめておこう。

 「おい!」

 「じゃあ、リニスと一緒に遠距離から援護をお願いします。それとも、接近戦型ですか?」

 「どちらかと言えば中距離くらいだね。いや、そんなことよりもさっきの」

 「俺が近づいて殴りかかるので、あとはよろしくおねがいします」

 問答しているのも手間だから、さっさと敵を全滅されることにした。
 俺は一気に敵に近づいて武器を振るう。

 「ちょっと! ったく・・・・・・」

 いろいろ言いたいことはあるらしいが、今は戦うことにしてくれたようだ。

 「あっ、なんか分からない状況に・・・・・・」

 リニス・・・・・・今更目が回復したのか・・・・・・・
 説明するのもだるいから、聞いていたことで勝手に判断しろ。



 それから、俺達は敵を倒していった。俺が接近で攪乱しながら、リニスとリスティさんが一人ずつ確実に仕留めていく。
 リスティさんはなかなか強く、俺達と急ごしらえながらも上手く連携してくれた。
 三人の力を合わせて、着実と敵の数は減らしていった。

 「くっ・・・・・・:」

 俺らに勝てないと踏んだのであろう。敵の一人が手に持っていた荷物を置いて逃げ出した。
 逃がさないように追いかけようとしたが、まだ残っている敵に阻まれて捕まえることはできなかった。

 そしてしばらく経つと、逃がしたやつ以外の敵は倒しきることができた。

 「これで終わりだね」

 「逃がしたのが気になりますけどね」

 「なんか置いていきましたよ」

 「とりあえず中を見ておくか」

 みんな気になっていたようだ。置いて逃げるほどだし、たいしたものじゃないだろうけど、一応確認だ。
 大きめのバックだ。ちょっと持ち上げようとするとずしりと重い。
 チャックを開いて、何か見てみた。
 側でリニスとリスティさんが一緒にのぞき込む。

 「・・・・・・これは」

 「・・・・・・最悪だね」

 「・・・・・・運が悪いですね」

 そうだな。まさか、時限爆弾が入っているとは思わなかったよ。
 なんか、容器の周りに幾重もの配線が見えていて、数値を示す画面もついている。
 更に悪いことに、残り時間を示すタイマーが一分ときている。

 「どうします!?」

 「この大きさからすると、とんでもない威力だよ」

 リスティさんの言うとおり、これほど大きな爆弾だと変なところにおいて逃げるわけにはいかない。
 とは言っても、解体する技術を俺は持っていない。地球の知識に疎いリニスも当然持っていない。リスティさんもどうやら持っていないようだ。

 「仕方ない。ボクが持って逃げるよ」

 バックを持ってどこかに飛び立とうとするのを見て、驚いてそれを止める。

 「いやいや、そんな自己犠牲いらないですから。ここは俺に任せてください」

 「子供にそんなこと頼めるはず無いだろ」

 「俺は死ぬつもり全くありませんからね。て言うか、そういうこと不吉だから言わないでください」

 流れ的に俺が死にそうになってくるじゃん。俺の場合はそういう冗談はしゃれにならないんだよ。
 それに、大人の責任とかで死なれても困る。子供の俺を心配してのことだろうけど、とりあえず意見を聞いてもらいたい。

 「そうですね。俊也さんは丈夫でしぶといですから、何とかなる気がします」

 「なんか納得されるのも嫌だ」

 こっちの方が話が早くて助かるんだけど、なんか不快だった。
 先に説明していたら時間が無くなる恐れがあるから、作業をしながら説明しよう。
 俺は服を脱ぎだした。

 「何脱ぎだしているんですか?!」

 「錯乱したのかい?!」

 なんか変質者として認識されそうになった。
 俺は慌てて説明する。

 「俺の着ているアンダースーツは丈夫だから、それで包んで少しでも破片や衝撃波を防ぐ。後はそれを抱えて二人で飛んで遠く逃げよう」

 世界でも一二を争うほど頑丈な布だ。少しは破壊力を防げるだろう。

 「なんか、半裸の男の子を抱えて空を飛ぶのは・・・・・・」

 「逆に捕まりそうだね」

 「そんなこと言っている場合?!」

 けど改まって考えてみると、人気が無いところが見つからなくて、時間が切れてそのまま上空で爆発する光景が思い浮かばれるな。
 さすがに一分で人気の無いところまで移動するのは難しい気がする。

 「じゃあ、車の中に放り込もう。それで、俺が魔石の力を使って車体を強化する」

 爆発の衝撃を全て消しきるか分からないけど、何とかやってみよう。
 魔石が五つもあれば何とか行けるかもしれない。

 「五つ同時には難しいんじゃありません? ただでさえ、俊也さんは魔力の扱い方が下手なんですよ」

 「下手とか言わないで! リスティさんが心配な顔しているじゃん。それに、俺が得意のは放出系で、強化だけや他人に力を注ぎ込むのはそれなりに使えるんだよ」

 一応、魔力で身体強化もしている。他人に回復力を与える治癒も触れた相手に魔力を流し込む作業だ。触れている物体を堅くすることはできる。事実、武器に力を注ぎ込んで威力を増しているのはいつもやっていることだ。
 それに、激しい動きをしていなければ魔力の操作も少しは上手くなるはずだ。それでも、放出系の魔法は失敗するけど、強化系の魔法は大丈夫なはず。

 残りわずかな時間を使って、俺は脱いだ服を爆弾に巻き付けて、急いで車の中に置く。
 扉を閉めた後、持っていた五つの魔石を側に置いて、体に魔力を取り込んでいく。

 「うわっ、量が半端無い」

 俺の体に似合わない量の魔力が体を巡っているのが分かる。これは少し酔いそうだ。体もずきずき痛い。

 「大丈夫ですか?」

 「短時間で動かなくて良いなら何とかいけそう」

 ある程度限定すれば何とかなりそうだ。
 こういうときはやっぱり俺は魔法使いに向いてないんだなと思う。

 「ボクも手伝おうか?」

 「いや、力の種類が増えると制御できない気がする」

 力を混じり合わせるのは難しいんだよな。今は一種類の方が制御できる。

 そうして、俺は魔力を車に流し込んでいく。見た目は変わっていないけど、車というものが変質して言っているのが分かる。
 これで、爆発に耐えられるものができてくれるとありがたい。
 少なくても、会場に影響の出ないことになって欲しい。

 そうして、ついに爆弾が爆発した。

 大きな衝撃とともに、爆弾が爆発した。
 車が揺さぶられ、中からの圧力にはじけようとしている。
 それを俺は必死で押さえ込んだ。

 全身に衝撃が伝わり、不快な浮遊感に襲われる。
 最初は刺すような痛みが走ったが、全身をこわばらせ力を込めると、だんだんとそれも鈍くなってくる。
 車体がめきめきと形を変えていく。凹凸がひどくなり、ひび割れる。
 もうダメかと思ったそのとき、次第に衝撃が弱くなる。
 そして、全身に走っていた衝撃が止んだ。

 「・・・・・・終わったか?」

 見れば、車の窓はひび割れボロボロとこぼれるように崩れ落ちていっている。
 車体は所々ひび割れて、ちょっと力を込めて推せばばらばらになってしまいそうだった。
 中身はすすこけていて、爆弾の破片が散乱していた。俺の来ていた服に阻まれて、大きく飛び広がらなかったらしい。さすが最先端技術だ。

 「やったね。子供なのにたいしたものだ」

 「やりましたよ。すごいじゃないですか」

 やり遂げたことに感動していると、二人からも賛辞が寄せられる。
 何とかこれで終わった。
 まだ逃げた敵がいるけど、武器も仲間も失ったんだ。それにもうすぐでコンサートも終わる。もう、仕掛けては来ないだろう。

 あとは、倒れている黒服の人たちを警察に突き出すだけだ。

 「これは何の騒ぎですか?」

 警備の制服を着た男の人が出てきた。騒ぎを聞きつけて他の警備の人が来たのだろう。

 「大丈夫だ。すぐに警察を呼んでくれ」

 リスティさんが警備の人に指示を出す。

 「これは・・・・・・・」

 倒れている黒い服の人たちと、焼け焦げた車を見て何かを察したのでだろう。警備の人が険しい顔になる。
 後はリスティさんに任せれば良い。
 俺はさっさとこの焦げ臭い車から離れようと、少し遠ざかった。

 「なっ?!」

 そんな俺をみて、警備の人が驚きの表情に変わった。

 「槇原さんが少年を襲っている?! なんか変な友人までいるようだし?!」

 裸の俺と、メイド服を着たリニスの姿を見て、警備の人が勘違いしたようだ。
 ちなみに、パンツははいている。
 確かに、今パンツ一丁の俺の側には警備主任のリスティさんとメイド服のリニスがいる。
 この状況を見て、二人が俺を襲っていると判断してもおかしくはないか。

 「ちょっと待ってくれ。こ、これは誤解なんだ!!」

 状況を理解したリスティさんが焦って誤解を解こうとする。

 これは、なんていうおもしろハプニング。
 俺まで被害は来そうだが、これにのらない手はない。玉砕覚悟でいってやるぜ。

 「助けてーーーー!! お姉ちゃんが無理矢理!」

 「君は何を言っているんだーーーー!!」

 その後、涙目で逃げ回る俺と、オニのような形相のリスティさんの鬼ごっこが繰り広げられた。ちなみに涙は演技だ。
 それは、急いで家まで帰って、代わりの服を取りに行ったリニスが、戻ってくるまで続けられていた。







[26597] 第21話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:09



 あの後、最終的には捕まり、リスティさんからお仕置きを食らった。
 なんか見えない力に吹き飛ばされて、壁にたたきつけられた。
 瞬間移動ができるってひどいと思う。

 何でも、リスティさんは“HGS”と言う名前の超能力者と言うことだ。特殊な遺伝子病を患っていると、その副作用で超能力が使えるようになるってどこかで聞いたことがある。リスティさんがそれなのか。
 それだと、背中に生えていた羽のようなのはリア-フィンとか言うやつかな。そういったたぐいの超能力者が能力を使うときに展開するつばさで、所有者の能力をイメージ化した形状をとるらしい。強力な能力者だと、そのつばさもすごい形と枚数になるとか。

 「ロストロギアは覚えていないのに、そういうことは覚えているんですね」

 「ははははっ、そんなのとは違ってこっちは必要な知識だしね」

 「異世界のことには興味ありませんか・・・・・・」

 俺の持っている知識は聞いた程度の知識だけで、実物を見たりとかはしていないけど、こういうことを覚えていると役に立ったりするんだよ。
 異世界の事なんてめったに関わらないんだから覚えていてもあまり役には立たない。
 優先順位ってのがある。

 コンサートが終わって、しばらく時間が経った。もう敵はなさそうだから、後はリスティさんに任せた。
 タマさんも帰ったようだし、俺達も帰ろう。









 「ただいま~」

 「ただいまです」

 家について、戸を開ける。後は風呂に入ってゆっくりしよう。

 「お帰り」

 「・・・・・・」

 出迎えに来たタマさんともう一人を見て、俺はゆっくりと戸を閉じた。

 「さあ、夜の散歩に出かけるか」

 「そうですね」

 俺達二人はくるっと後ろを向いて、歩き出した。
 もう十二時だけど、疲れて眠いけど、現実から逃げられるならつらくはない。

 「ちょっとお待ち」

 「待ってもらいたいのはこっちだよ」

 逃げ出そうとする俺達をタマさんが呼び止める。

 「何で、今まで敵だった美沙斗さんがここにいるの?」

 そう。タマさんの側に美沙斗さんがいた。なんだか困惑した表情でタマさんの横に立っている。今まで敵だったはずの美沙斗さんがなぜここにいるんだ?

 「私が拾ってきた」

 「猫が?!」

 「人って拾ってくるものなんですか?!」

 気楽に言うタマさんに驚いてしまう。ちゃんとした大人をそんな捨て猫みたいに拾ってくるのか分からない。住むところに困っている様子ではないけど。と言うより、むしろどんなところでも生きて行けそうな感じがする。

 「あんた、敵を一人逃しただろ?」

 「うっ・・・・・・それは敵の数が多かっただからで」

 もしかして、そのことでお仕置きが来るとか? 仕方が無いじゃないか。あの数の敵を気絶させていくのは手間がかかるんだよ。一人くらい逃がしても罰は当たらないと思う。

 「その辺は、爆弾を処理したところで許してあげるよ」

 「えっ? やった!」

 確かにがんばるにはがんばった。爆弾の処理なんて俺にとっては初めての経験だ。それにしては、よくやった方だと思う。壊れたのは車一台だけという小さいものだし。

 「まあ、もう討ち漏らさないように修行はしっかりとやらせることにはしたけどね」

 「ひどい!」

 けれどちゃんとやらせることはやらせるのね。確かに、敵を一人でも逃がすのはまずいし、今後はこんなことが無いようにしたいけど、少しくらい不満は言っても良いと思う。

 「それは置いておいて、その逃げ出したやつを私が捕まえたんだよ」

 おおっ、遠くから人数と人の動きを把握するとは相変わらずすごいな。できれば、最後の爆弾は助けて欲しかった。

 「そのときに側にいたのがこの子さ。なんか事情があるから拾ってあげただけのことさ」

 そうか、だいたい事情が分かった。なんて言うか気まぐれだったんだな。

 ・・・・・・ん、子とか言われて美沙斗さんが不思議そうな顔をしているな。ああっ、そうか。まだタマさんの年齢を知らないのか。

 「タマさんの年齢は何百歳ですよ。人間よりも長生きです。なんて言ったって、猫又ですから」

 「・・・・・・確かに、最初に出会ったときは驚いたな」

 それは驚くでしょうね。黒猫が暗い闇から、二足歩行で近づいてきて更にはしゃべったら怖い。俺も慣れるまで苦労した。

 「そうだったね。最初会ったときは生娘のような悲鳴を上げていたかね」

 「何それ!? それはボイスレコーダーで録音したかった!」

 そういうことは是非とも居合わせたかった。恭也さんたちにこのこと言ったらおもしろそうだな。
 美沙斗さんのほおがひくついている。おっ、やっぱり怒り顔よりもこういった顔の方が見ていて良いな。

 「そういう発想はやめましょうよ」

 「いや~、記念になりそうじゃないか」

 「何の記念だ」

 おっ、美沙斗さんも言い返してきた。やっぱり、仏頂面で黙られるよりも反応してくれた方がおもしろい。

 「とりあえず、拾ってきたからには自分で面倒を見てよ」

 俺はリニスで忙しいです。元々タマさんと師匠の世話もしているのに、これ以上は手が回らなくなる恐れがある。

 「あんたが見るんだよ」

 「え~~、予想はしていたけど、こんな大きいのは大変だよ。リニスみたいに小さくできないの?」

 「なんていうか私の立場、だんだんと悪くなって言ってません?」

 おまえは猫だろう。しかも、間抜けの部類の。これが相応の対応だと思うぞ。

 「自分の面倒くらい自分で見られる」

 なんか、動物のように扱われていることに不満を持ったのか、美沙斗さんが扱いに抗議してきた。

 「そうでしたね。そういえば人間の大人でした」

 「おいっ!」

 なんて言うか拾われてきた発言で、大人のカテゴリーから外していた。これはこれは失礼を。

 「私はこの家に世話になるために来たんじゃない」

 「「「えっ?」」」

 俺達が思わず驚きの声を上げてしまう。その息ぴったりの行動に、美沙斗さんが頭を痛くしているように言ってくる。

 「私は龍(ろん)の情報を得るために来たんだ」

 「ろん?」

 聞き慣れない単語を聞いて、リニスが不思議そうな顔をする。
 俺も、まず始めに麻雀を思い出した。すぐに違うと思ったけど。

 「あ~、確かテロ組織にそんなのがいたな」

 そういえば、あの襲撃はその組織関連だったのか? 武器も爆弾も結構質が良かったし、ちゃんとした組織が関わっていることは分かったけど、そんな大物が関わっているとは。

 「知っているのか?!」

 なんか、美沙斗さんが怖い表情で詰め寄ってきた。
 近い近い近い。
 美人の必死の形相は、なんか反抗しにくい雰囲気を感じる。

 「逃げたやつが龍の構成員でね。そいつらについてどうしても聞きたいって言うんだよ」

 「タマさんは知らないの?」

 「基本海外で活動している奴らだろ。そういうのは松に任せているよ」

 確かに、ここら辺りじゃ有名じゃないな。

 「俺は香港で活動的なことくらいしかな~」

 やっぱりこういうことは師匠の方が詳しいよな。俺はまだまだだ。一応、情報には目を通すようにしているけど、今は修行が忙しくて詳しく調べたりはしていない。

 「相変わらず詳しいですよね。とても九歳とは思えません」

 まあ失礼な。さすがに命が関わる情報は真剣に覚えようとするぞ。いつ関わることになるのか分からない。知っておいて損はないし、知らないと損になる。何でも目を通すくらいのことはしたい。それで、師匠の持っている資料を時折見させてもらっている。

 「まあ、龍については特別かもな」

 それに、龍とはちょっと因縁を持っている。

 「何でですか?」

 「俺の家族の仇でもあるからね」

 「えっ?!」

 訳を聞いてきたリニスに、別に隠しているわけでもないので理由を言った。
 俺は昔、爆破テロで家族を亡くしている。その事件が海外で起きたこともあって、俺は知らない土地でひとりぼっちになったんだよな。
 その後、師匠たちに拾われなかったら俺は見知らぬところで冷たくなっていたかもしれない。

 「そんな過去があったんですか・・・・・・」

 そういえば、俺の過去については言ってなかったな。師匠との関係性を聞いてきても不思議じゃなかったんだけど、遠慮したのかな?

 「まあ、そんなことがあって、こんな世界に入って、普通に生活していたら見られないいろんなものを見聞きできているんだから、人生って不思議だよね~」

 妖怪とか気とか魔力とか。そんな常識外のものをたくさん見てこれた。
 あれが俺の人生の分岐路だったんだよな。
 感謝こそしていないが、感慨深いものはある。

 「気楽に言いますね?」

 「俺も最初の頃は荒れていたよ。けどね、師匠たちからの説得という名の暴力を受けていく内に、復讐よりも生きている方が大切になってきて」

 「それは結果的に良かったんですか? 悪かったんですか?」

 なんて言うか、意識が薄れていく中で自分の悩みがちっぽけに感じてきた。
 見た目二十代の女性と猫になすすべもない自分ががんばっても、殺しのプロに敵うはずがないじゃないかと、だんだんと諦めてきたんだ。
 まあ、衣食住を世話してもらったり、いろいろ面倒を見てもらう内に、喜びや楽しさが大きくなって、憎しみや悲しみが慰められたのも要因の内だけどね。
 今の生活は結構充実している。そういった意味でも師匠たちはいろいろ恩人だな。

 「経緯はともかく、子供がこんなこと言っているのを目の当たりにすると、自分がこれまでしてきた事を考えると情けなくなってくるな」

 おっ、美沙斗さんも似たような境遇だったのかな? あの組織って、結構いろんなところで活動しているらしいとの話だし、美沙斗さんも被害を受けたとかか?

 「俺の場合は異例だと思いますよ。まあ、美沙斗さんも生活が楽しくなってくると復讐心が薄れてくると思いますけどね。家族とかいないんですか?」

 まあ、俺がこんなこと言うよりも、すでに吹っ切っている感じがするけどね。やっぱり、恭也さんたちとなんかあったのだろうか?

 「ともかく、師匠に聞いてみるのが一番ですね。なんて言っても、世界事情に詳しい。特に物騒事には」

 そういう情報を扱うのが仕事だし、何らかのことは知っているだろう。

 「そうか。いつ頃帰ってくるんだ?」

 俺の意見には納得したようで、美沙斗さんがいつ帰ってくるのか聞いてきた。

 「さあ-? 数日中に帰ってくるとは思うけどね」

 とりあえず、今日中には無理だと思う。仕事がどれだけ長引くかは分からないけど、山のように仕事がある人だし、すぐとも言い切れない。

 「その人はそんなに詳しいのか?」

 「あの人より詳しい人がいたら逆に驚きます」

 年齢不詳で、世界でも指折りの権力を持っている。仕事もそういうことを集めるのに適している。龍もいろいろな人材を集めているらしいし、非常識な力を持っているだろうから、機関の方も注目しているだろう。情報が入ってこないはずがない。

 「それなら、待たせてもらっても良いか?」

 「妖怪屋敷でよければ」

 自称使い魔の変身猫と、人知を超えた猫の猫又がいても良かったらいつまでもどうぞ。

 「家事担当が人をいじめて楽しむ性癖を持つので良ければだけどね」

 「タマさん、そんなこと言っちゃうの?」

 「事実だろ」

 「お仲間ですね。これで、俊也さんの興味が少しでも少なくなればうれしいです」

 リニス、何をうれしがっている。家庭内のコミュニケーションに何か不満でも?

 「・・・・・・・・なんだか不安になってきた」

 それから、師匠が帰ってくるまで美沙斗さんが家に泊まることになった。
 しゃべる猫や変身する猫の行動に美沙斗さんがいちいち驚いていたのは新鮮な反応だった。
 これから、またちょっと楽しくなりそうだ。








 「うんうん、師匠は明日帰ってくるの?」

 あれから翌日、師匠から電話がかかってきた。それによると、明日の夜までには帰ってくるとのこと。

 「じゃあ、美沙斗さんには待っててもらって良いね」

 一応龍について聞いてみたところ、ある程度知っているらしい。何でも、何度が戦ったことのあるとのこと。師匠と戦ってまだ生き残っている龍ってすごいな。さすが、美沙斗さんが長年追いかけているだけのことはある。

 「仕事お疲れ様。帰ってくるのを待っているよ~」

 受話器を置いて、電話を切る。
 そのまま美沙斗さんがいる居間へと向かった。

 これは良い知らせだな。少なくても、徒労になることはなさそうだ。美沙斗さんも喜ぶだろう。

 俺は居間に通じる、戸を開けて中をのぞき込んだ。
 そこに広がる光景が素晴らしくて、思わず口に出てしまう。

 「良い光景だな~」

 「「「おい」」」

 居間にいる三人に突っ込まれた。
 ここにいる御剣関係者で、俺にきつい表情を向けないでいてくれるのは美由希さんだけだよ。彼女は優しいな。

 「何で、みんなここにいるんだ?」

 「何言っているんですか、美沙斗さん。そんなの俺が知らせたに決まっているじゃないですか」

 「おまえ・・・・・・」

 今この場には、美沙斗さん、士郎さん、恭也さん、美由希さんの四人がこたつに向かい合うように座っている。それに、タマさんがこたつからどいて面倒くさそうな顔をしていた。
 なぜ、高町さん親子がここにいるかというと、俺が今朝、ジョギングがてらポストに手紙を入れておいたからだ。中には、美沙斗さんが俺の家に滞在していることを書いておいた。
 それを見て、士郎さんたちが俺の家までやってきていたという経緯だ。
 三人が家に入ってくるのを見て、美沙斗さんが何とも言えない表情で固まっているのは眼福だった。

 「ああっ、忘れていた。お茶を出すのを忘れていた。これは失礼しました」

 「失礼なのはそんなことじゃない」

 「何を。人がせっかく親切でやったのに失礼ですよ」

 「おまえは絶対分かってやっただろう」

 いやいや、ほんのちょっとは親切心はあったよ。三人とも美沙斗さんのことで心配しているかな~と言った考えは少々だけどありましたよ。
 俺は昨晩何があったのか知らないから、決着がついたのか分からなかっただけ。と、言い訳を考えてみる。

 「・・・・・・えっと、母さん。その・・・・・・」

 「なっ・・・・・・何だ・・・・・・?」

 二人の会話がぎこちない。なんかひどく緊張している。

 「あ~~~、二人ともそんなに緊張しなくても良いんだぞ」

 「たしかに、今までいろいろあったんだけど、昨日理解し合えただろう?」

 良い光景だな。写真で記録したいほどだ。
 二人の固い様子と、周りが何とかフォローしようとするのがたまらない。

 それにしても、まさか美沙斗さんが美由希さんのお母さんだったとは驚きだ。美沙斗さんの見た目、二十代くらいだぞ。俺の周りは年齢ごまかしている人が多いな。

 なんかまた会話がとまって、美沙斗さんが困った表情をしてこっちを見てきた。
 家の人なんだから何とかしろって顔だ。

 「苦しむが良い、悩むが良い。その感情こそ、俺にとって極上の美酒となる」

 「言っていることが悪人だぞ。それと、年齢一桁の子供が美酒とか言うな」

 ちょっとふざけただけです。今のジョークはおもしろくなかったようだ。
 それにしても、見ているととても楽しいんだよな。
 美由希さんが、側にいたいんだけどどんな風に話しかければ分からなそうにしている様子をしている。美沙斗さんも、どんな風に接して良いのか分からない感じとか、居心地の悪そうな感じとか癒されるな~。

 『今、とても恍惚とした最低の表情していますよ』

 リニスが念話で語りかけてくる。今は、美由希さんがいるからリニスは猫になって黙っている。

 まあ、そろそろどうにかするか。悪のりが過ぎると背後から斬られちゃうな。

 「じゃあ、買い出しがてら外に行ってきますね」

 三十六計逃げるにしかずってね。

 「待て、逃げるな!」

 「何を言っているんですか、みんなで食べるご飯とか用意しないと」

 「長期戦を覚悟しているのか?」

 このまま終わるはずないじゃないか。
 それに、タマさんたちもおなかが減ってくるだろう。どっちにしても行かなくちゃいけない。

 「あっ、布団を干してからいくんですけど、二つ追加は当然として、恭也さんと士郎さんはどうします?」

 「どこまでいさせる気だ!?」

 夜は夜で楽しそうだ。見逃したくはない。

 「俺達は家に帰るから良いよ」

 「兄さんも乗らないでくれ」

 「分かりました。じゃあ、美由希さんと美沙斗さんの分を追加で」

 「おい!」

 士郎さんは奥さんが家にいるし、恭也さんは家では同居人たちに人気者だったな。帰らないと寂しがるだろう。
 じゃあ、二人だけがお泊まりだな。

 「夕ご飯はどうします?」

 「そこまでお世話になるわけには・・・・・・」

 「別に良いですよ。やけに人間くさい猫と一緒にご飯を食べるのが嫌じゃなければ」

 「それはちょっと見てみたいな」

 タマさんは表の人間にはしゃべりはしないけど、二足歩行や箸を使うところは見せる。本人が言うには、犬食いは顔が汚れるから嫌ならしい。あまり、普通じゃないことを隠そうとしない家だ。

 「じゃあ、いってきま~~す」

 そのまま、俺はリニスを置いて商店街まで買い出しに出かけた。
 後ろで美沙斗さんがなにやら言っていた気がするが気にしない。
 老いてきたリニスには、「場の様子を念話で実況してくれ」と頼んできたが、「いやです」と笑顔で返された。
 なんて恩知らずなやつだ。いつもご飯を用意してやっているというのに。

 俺は家でどんなことになっているのか思いを巡らしながら、買い物を楽しんだ。






 帰ってきたら、まだぎこちなさはありながらも会話している四人がいた。
 どうやら、家でのことや学校のことを話している内に、緊張がほぐれてきたらしい。

 そのことにちょっとがっかりしながらも、昼ご飯の用意をする。

 あまり手間を掛けないで、さっと用意して机の上に並べていった。

 「たいしたものだな」

 「毎日やっていますから慣れですよ」

 慣れると短時間でできるし、料理もうまいものが食べられると思えば苦しくない。料理をつくって喜んでくれる人もいるしな。逆に楽しいくらいだ。

 「タマさん、リニス、ご飯できたよ」

 二人を呼ぶと猫がそれぞれやってきた。タマさんは机に座り、リニスは床に置かれた皿の前に座る。
 そうして二人は黙々と食事を取り始めた。

 「・・・・・・すごいな」

 「噂通り、箸を使って食べるんだね」

 「なのはから話は聞いていたけど、実際に見ると違うな」

 三人とも、前足で器用に箸を使って食事を取るタマさんに驚かされている。リニスは猫状態で箸を使えないから、今日は普通の猫のように皿で食べている。その二匹の猫を見比べると、よりタマさんの食事の取り方が際立っている。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 二人のことを知っている俺らはただ黙っている。
 美沙斗さんはリニスが変身しているところを見ているし、タマさんが二足歩行で言葉をしゃべっているのを見ているので妖怪であることを知っている。どうすれば良い? みたいな視線を送っているが、俺らが黙っているから黙っているしかないようだ。
 基本、俺もタマさんも正体を言っても良いのだが、説明するのが面倒だから黙っている感じだ。まじめなことでは面倒くさがり屋な俺らだ。

 「そういえば、以前はなのはがこの家で世話になったんだっけな」

 「あ~、なんか士郎さんが大けがしたときでしたっけ」

 そういえば、そんなこともあったな。懐かしい。

 「そうだったね。私たちが家にいられないとき面倒見てくれたっけ」

 何でも、士郎さんが事故で入院して、桃子さんは喫茶店で忙しく、恭也さんたちは看病と家業の手伝いで誰も構ってくれなかったとか。
 それで、ひとりぼっちで外でぶらぶらしていたところを、子供好きな師匠が見つけたんだったな。
 なんかおろおろしている高町を師匠が連れてきたところが印象的だった。

 「あのときは本当に助かった。改めて礼を言わせてくれ」

 「いや~、あれは俺も楽しかったですし、そんな礼を言われることもないですよ」

 あの頃は俺もいろいろあって荒れていた。そんなときに、師匠の「面倒見てあげて」という無茶ぶりを受けた。それで、いろいろやってあげることになったんだよな。
 まあ、「なんで俺がこんなことを」ってこともあったけど、覚え始めた料理で高町にご飯をつくって食べさせてあげると喜んでくれた。それで、「あっ、ご飯作りって楽しいんじゃないか?」という、気持ちができて家事が楽しくなった。そんな感じで趣味ができて、いろいろなことを忘れられたから俺も助けられた。だから、改めて礼を言われると変な気分になってくる。
 それに、タマさんの行動で驚いたりする高町は楽しかったな。いろいろやってからかったりもしたな。やり過ぎて苦手意識を持たれたりもしたが。あの頃は手加減とか知らなかった。若気の至り?

 ふと、リニスを見つめる。

 「あれはあれで楽しかったな~」

 昔のことを思い出して、感慨深げにつぶやいた。

 『・・・・・・その子も苦労したんでしょうね』

 そしたら念話で返された。

 『私は長い間、言葉で話せなくてちょっと息苦しかったね』

 嘘だ~。念話を使って、あれこれ注文していたじゃないか。遠慮なんて無かったぞ。

 「・・・・・・以前は感謝していたが、最近のおまえからは感謝が薄れて言っているような気がする」

 うおっ、恭也さんが俺の性格を理解してきたな。俺が楽しんでいたことを知られつつある。
 まずいな。このまま俺の中身が分析されると、後々からかいにくくなるかもしれない。なんか、美沙斗さんも嫌な視線を送ってくるし。俺のおもちゃ候補の二人が抜けるのは勘弁してもらいたい。

 その後、いろいろ話を交えながらご飯を終える。その後はみんなで学校のことや喫茶店のことを話して時間をつぶした。
 タマさんもリニスも聞き耳を立ててじっとしていた。
 そしたら、すぐに夜になってしまった。楽しい時間は過ぎるのが早いな。

 「じゃあ、夕食の準備をするかな」

 そろそろ準備しないとご飯が遅くなってしまう。準備に取りかかるとしよう。

 「何から何まで世話になって悪いな」

 「気にしないでください。ただ、作る量が増えただけですから」

 ただ材料が二倍程度になっただけだ。そこまで大きな差は無い。別に種類が増えただけでもないし。まあ、「フライパンは重くなったな」程度だ。

 「あっ、今度は私も手伝うよ」

 そしたら、美由希さんが夕食の準備の手伝いを申し出てくれた。
 これは興味あるな。あの翠屋の家の人が食事を作ってくれると言ってくれている。さぞかし、おいしい料理が作られるに違いない。
 あそこのランチは評判良いしな。これは期待できるぞ。

 なんか、とたんに恭也さんと士郎さんの顔がこわばったのはなぜだろう?

 「じゃあ、お願いします」

 どんな料理をするんだろう? 興味ある。使える手法があるかもしれないから、よく見ておこう。

 「私も手伝おう」

 「なっ、おまえまで!」

 「父さん、まさか・・・・・・」

 「・・・・・・そのまさかだ」

 美沙斗さんまで手伝ってくれるようだ。女性二人の腕前が見られる。これは勉強になりそうだぞ。まさか、こんなことになるとは運が良い。
 それにしても、なんかさっきから二人の様子がおかしい。ひどく焦っているような気がする。

 「大丈夫だよ。私だけでも」

 「良い機会だ。少しは母親らしいことをさせてくれ」

 「母さん・・・・・」

 なんだかしんみりしたムードになってしまったぞ。こういう空気は苦手だ。
 もっと明るい感じでいて欲しい。

 「じゃあ、二人に手伝ってもらいましょう。食材はいろいろ揃っています。何ができるのか楽しみですよ」

 嫌な空気を断ち切って、すぐさま夕飯の準備に取りかかるとしよう。
 楽な気分でご飯を食べた方がおいしいからな。









 三人で台所に立つ。
 この家の台所は大きいから、三人いても邪魔になることはない。師匠は無駄に財力があるから、家も相当大きい。掃除が大変なのが難点だ。

 それぞれ食材を取り出して、調理にかかる。始まって間もなく、美由希さんが近づいてきてささやくように声を掛けてきた。

 「ありがとうね。あのままじゃ、母さんと話せる機会があんまり無かったからさ」

 そういえば、美沙斗さんと美由希さんもお互いに些細なことを聞き合えるところまでになったな。あまり気にしなかったけど、あのやりとりは二人にとっても話しやすかったのだろうか。

 「別に気にしなくても良いですよ」

 別に気を遣ってやったわけじゃないから、そう感謝されるとむずがゆくなってしまう。
 逆に悪い気がして困ってしまう。

 「それでも、お礼を言っておきたいの」

 う~ん、なんだかよく分からないな。素直に受け取れない俺はきっとダメな子なんだろう。こういうときに突っ込んでくれるリニスとか欲しい。

 背中がむずがゆくなりながらも、三人は調理を進めていく・・・・・・はずだった。
 違和感を感じたのはすぐだった。

 「俊也君、あれってどこにあるのかな?」

 「えっ? あれですか?」

 ちょっと待ってくれよ。それに、そんなものを入れるなんて・・・・・・

 「なら、これをこうしたら良いんじゃない?」

 「おおっ、それは良いな」

 美沙斗さんまで何言っているんですか?
 良いなんてものじゃないぞ。それは食い合わせとして最悪の選択じゃ・・・・・・

 「うん、良い感じ」

 (なんだか、グロテスクな見た目になっているんだけど!?)

 俺の頭の中でけたたましく警報が鳴っている。だけど、あまりの展開で体が動かないでいた。
 そのうちに、二人の調理は進んでいく。何か手を尽くしたいが、どう言葉を掛ければ良いのか分からない。
 そのまま時間が過ぎていって、ついにはそのときは訪れた。

 「できた!」

 (完成なの?! どっちかって言うと、失敗なんだけど)

 お皿に盛らないで、そのままゴミ箱に捨てて欲しい出来だった。

 「じゃあ、並べていくね」

 「頼む」

 頼まないで、やめさせて。娘さんがとんでもないものを作り上げていますよ。
 うわっ、美沙斗さんの料理もとんでもないできあがりだった。

 「おまちどおさま~」

 軽快な声を上げて、机の上に並べていっている。
 士郎さんがやっぱり、ってつぶやいた。

 (この人たち、昔からこうなの?! 遺伝なの?!)

 リニスとタマさんが全身の毛を逆立てて警戒している。動物の本能から見ても、あれは危険だと判断されたらしい。

 うわっ、ここ俺の家だけど家に帰りたい。

 非常に逃げたい気分だった。

 「じゃあ、どうぞ召し上がれ」

 逃げ出せずにいると、終末の時間が来てしまった。
 美由希さんが笑顔でこっちを見ている。はた迷惑なことに、是非この家の人である俺に食べてもらいたいらしい。美沙斗さんも料理に自信があるようで、反応を期待しているようにこちらを見ている。どこに自信がわく要素があるのか聞きたい。

 (助けて!)

 目でタマさんに訴えかけたら顔をそらされた。
 リニスにも顔を向けたら、すでに体を逆向きにして逃げていた。
 家族は無情だ。

 恭也さんと士郎さんを見ると、すまなそうな顔をされた。
 所詮他人は他人だった。

 俺は覚悟を決めて、箸をつける。

 見た目は悪いが、臭いはそこまで悪くはない。
 さすがに臭いが悪いのを出すわけはないか。
 けれど、いっそ刺激臭をしてくれた方が助かった。それなら、痛んでいると食べるのを避けられたのに。

 すでに何類なのか分からない、肉でも魚でも野菜でもない物体を箸でつかんで、口まで持って行く。

 (ええいっ、どうとでもなれ!)

 いざとなったら水で流し込めば良い。
 味を感じるのは舌だけだ。胃に流し込んでしまえば味はしない。一瞬我慢するだけだ。
 胃の方は治癒魔法で何とかなる。

 俺は決死の覚悟で口の中に入れた。

 同時に俺はすぐさま水の入ったコップに手を伸ばす。

 「うっ!!!!」

 全て間違いだと気づく暇すらなかった。
 舌にすでに食べ物じゃない物体が触れた瞬間、今までの思考が吹き飛んだ。

 舌を通じて感覚がスパークして、味覚が爆発した様な衝撃に包まれる。更には、今までしなかった臭いが吹き出した。鼻で何か魔物が暴れている。
 全身の神経に激しい痛みが駆け巡る。

 「あっ・・・・・・」

 今、脳天を鉄球で殴りつけられた感覚に襲われた。
 何も考えられない・・・・・・。

 ああっ、師匠がいないのに臨死体験するとは思わなかった・・・・・・・









 タマさんがいなかったら、俺はそのまま冷たくなっていたらしい。
 士郎さんが言うには、俺の肌は緑色に変色していたらしい。俺はいったいどんな生物に変質してしまったのか。想像するだけで恐ろしい。
 何でも、美由希さんも美沙斗さんも料理は昔からダメだったらしい。それでも、悶絶はするも死にかけるほどのものではなかったようだ。
 だけど、二人の力を合わせて、その破壊力は二倍ではなく四倍、八倍にもなったらしい。なんだろう、その熱血アニメのシステムは。現実のこんなところで発生しないで欲しい。

 それから、全部俺が作り直した。なんか、二人が不満そうな顔をしていたが、知ったことではない。こっちは死にかけたんだ。

 「ああっ、この味、生き返るな~」

 『本当に生き返ったしね』

 『人間の持つ可能性とやらを見ました』

 そんな可能性は見たくはない。できれば二度と、二人には料理を作ってもらいたくなかった。人を殺せる食は封印されるべきだと思う。

 その夜、士郎さんと恭也さんが帰って、美由希さんが泊まることになった。
 とりあえず、一つの布団に二つの枕を置いてあげた。
 なんか、ものすごく怒られた。仲良く親子で寝れば良いと思って、そうしたんだけど何が気に入らなかったんだろう。
 あっ、布団が小さかったのか。今度は布団を二つくっつけておこう。
 そうしたら、真剣で追いかけられた。女性の気持ちはよく分からない。

 次の日、帰ってきた師匠と美由希さんたちが話すことになった。
 師匠と会った時の士郎さんの驚いた顔が忘れられない。何でも、昔に闘ったことがあるらしい。しかも、美由希さんの旦那さんとも闘ったことがあるようだ。勝敗は昔の悪夢を思い出して震えていた士郎さんを見て、改めて言うまでも無いことだろう。
 何にしても、これで師匠の年齢詐称疑惑が確信へと変わった。
 師匠たちは龍について話した後、美由希さんは香港国際警防部隊に入ることになったようだ。なんでも、師匠が口添えしてくれるとのこと。この部隊は、龍を追っている非合法ギリギリの『法の守護者』と言われる部隊だ。そこに入ることで龍との決着をつけたいと美由希さんは言っていた。
 あまり復讐で人生棒に振ることもないと思うけど、それがけじめというのだから他人の俺がとやかく言うこともないだろう。暇を見つけて家に帰ると、師匠とも約束させられていたし、どうやら精神面では大丈夫そうだ。

 「君の師匠はすごいな」

 「そうですね」

 何にしても、これで会場警備の仕事もおしまいだな。
 いや~、長い事件だった。

 『先が思いやられますね~』

 「言うな」

 まだ二つと魔石回収もあるのに、全部終わりまで長くなりそうだ。






[26597] 幕間 その2
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/07 21:09



 「バンドしようぜ!」

 学校の教室で先生が来るのをぽけ~としながら待っていたら、健がいきなりそんなことを言い始めた。

 「突然どうしたんだ?」

 オコジョ探しが趣味のやつに、いきなりバンドを組もうと誘われたらおかしいと思うのは当然だろう。
 主に頭を。

 「いや、俺もいつまでも人前でしゃべられない性格のまんまじゃダメだと思うんだよね」

 男の前ではえらく饒舌だけどな。しかも、変人的なことを連呼するほどの度胸は相当なものだと思うぞ。なぜか、女性を前にすると人見知りが激しくなって、だまり始めるんだよな。特に高町、バニングス、月村の前ではそれがひどくなる。

 「だから、バンドでもやれば、度胸がつくと思ったんだ」

 そこで、クラスメイトと会話するところから始めないのがおまえらしいな。
 発想が斜め上を言っている。

 「だから、俊也とつばさ、一緒にバンド組もうぜ」

 「なんていう人の都合を無視した発言。俺もつばさも用事があるし、おまえだって、士郎さんのところで御神流を覚えるんじゃなかったのか?」

 そういえば、健が高町の家で御神流を教えてもらうって話はどうなったのだろうか。

 「それがな。何とか教えてもらえることになったんだ」

 「そうか、それは良かったな」

 あまり気乗りはしていなかったようなのに意外だったな。御神流って、暗器とかも使う結構容赦ない武術って聞いている。それを身内ならともかく、外の人に教える人だとは思わなかったけどな。気まぐれかな?

 「ジャンビング土下座と、スライディング土下座のコンボで何とかこじつけた」

 なにそれ、すごく見たかった。そして、写真に撮りたかった。

 「そうなんだ。小学生に土下座されて士郎さんたちも困ったと思うよ」

 どうやら熱意に負けたらしい。まあ、こいつも見た目と違って、賢いし稀に大人びたところがあるから、間違った力の使い方はしないだろう。
 なら、護身用や純粋に強くなる喜びを満たすために、古流武術を学んでも問題は無いかもしれない。

 「だけど、教えてくれる人が美由希さんなんだ」

 「ああ、なるほど。教えてくれる人が女性で、まともに修行にならないと」

 人に教えるのは、自分がより理解するための助けになるから、美由希さんが選ばれたのだろう。士郎さんは恭也さんに教えていたようだし、恭也さんは美由希さんに教えているのだろう。それで、今度は美由希さんが教える立場になったわけだ。
 それで、美由希さんが教えることになったのは良いけど、女性の前でやけに緊張してしまう健の所為であまり身につかないと言う訳か。

 「あの顔で白石ボイスは卑怯だ!」

 「白石って誰だよ」

 美由希さんの名字は高町だぞ。最近、新しく御神が加わったけど、一文字も合っていないぞ。それと、美由希さんの顔が整っているのは分かるけど、そこまで緊張するほどのことか?
 あの家は客商売で、美由希さんはホールにいたりするから、周りも結構見慣れているぞ。

 「それで、早急に女性に耐性をつけなくちゃいけないんだ」

 「じゃあ、女子トイレに突貫してこい」

 「社会的に死ぬわ!」

 「今更感はあるけどね」

 すでにおまえは社会的に瀕死だけどな。さすがの俺でもこれは治せない。

 「発想はともかく目的は分かった。だけどな、俺もつばさも用事あるぞ」

 「どうしてもダメか?」

 「う~ん、少しは時間を作れないこともないけどな」

 別に生活の全てを強くなることに捧げていない。家の方針で若い内に学校を楽しむように言われているから、数時間もは無理だけど放課後に一時間程度ならつきあえる。後、昼休みもあるから、全く時間が無いわけでは無い。

 「おまえなら大丈夫だ。元々ピアノやっているし、そこまで時間がかかることないと思うぞ」

 「そうか?」

 「そうだ」

 「けどな~」

 「忙しいのは俺も同じだって」

 「そういえば、健も俊也も武術の稽古していたね」

 「そうだ。俺は美由希さんが学校から帰ってくるまではやることないし、今は基礎訓練と基本の型の練習だからそこまでつまったことしていないんだ」

 「俺もそんな感じだな。まあ、俺はそこそこ長いことやっているから健よりも先のことやっているけど」

 健も俺と同じ状況かもな。このバンドの話は小一時間程度の趣味をしようって誘いな訳か。

 「なら僕もやろうかな」

 おっ、意外にもつばさが食いついてきた。つばさのことだから、妹のことで時間が無いからやらないって言いそうだと思っていた。

 「音楽療法ってのもあるし、音楽に興味は前々からあったんだ。だから、趣味程度で楽器の一つでもやっておいても損はないかと思って」

 なるほど。妹繋がりの所は気になるけど、つばさも少しは趣味を持った方が良いかもしれないな。

 「それで、どんな曲をやるんだ?」

 よく分からないけど、音楽っていろいろなジャンルがあるじゃん。
 いきなりロックやジャズと言われても、曲なんて知らないんだけどな。
 俺が知っている歌は、クリステラ・ソングスクールの歌と、土日の朝のヒーローものとアニメのオープニングとエンディングくらいしかないぞ。基本夕方からは修行だ。その間はTVも見ないからレパートリーはかなり狭い。

 「アニソンみたいな熱い歌を歌おうかと思っている」

 良いね。俺ってアニメの音楽好きだよ。アニメのような生活を送っている俺にとっては全く関係ないとは思えないんだよな。テンション上がるのも元気づけさせられて良い。洋楽ではクリステラソングスクールの歌が好きだけど、全体的にはアニメソングが好きだ。

 「アニメソングだったら、俺も歌いたいな」

 「「黙れジャイアン!!」」

 「ちょっ、ひど!」

 歌いたいと言っただけなのに、ひどいことを言われた。

 「何がひどいものか。おまえが一年で始めて歌ったときに、保健室がいっぱいになっただろうが。歌で人が倒れるなんて初めて見たぞ」

 「授業中にいつの間にかみんなで河原にいたんだよ。なんか鬼たちが困っていたし、川の向こうになくなったはずの両親がいた」

 「そんなひどかったっけ?」

 自分ではそんなことないと思ったけどな。まあ、確かに歌った後に全員倒れていたのは驚いたけど。あの一件は新聞に載りかけたとか何とか。まあ、原因不明とされて騒ぎにはなったけど、最終的には新聞に載らなかった。

 「見てみろ。周りが涙目で逃げようとしているぞ」

 見てみれば、確かに覚えた様子のクラスメイトが揃ってこっちを見ている。
 あの、いつも強気なバニングスもおびえた表情をしていたほどだ。

 「音楽の授業では、俊也は歌わずにピアノで伴奏担当でしょ。それほど危険視されているんだよ」

 最初の音楽の授業以来、俺は歌を歌わせてもらっていない。合唱とかではいつも伴奏担当だ。

 「リズム感だけは良いんだよな。こいつは」

 「確かに、楽器だけはできるんだよね」

 「何で楽譜は読めるのに音痴なんだ?」

 「決してリズムを取るのを苦手じゃないのが、殺人的な不協和音を作っているのかもね」

 そうかな?
 ピアノは高評価を受けているんだから、歌もそろそろ聴けたものになっていると思うんだけど。

 「おい、間違っても歌おうとするんじゃないぞ」

 「今、試してみようかなって顔をしていたよね」

 「な、何のことかな・・・・・・」

 「「やっぱり」」

 考えが顔に出てしまったようだ。試すくらい良いと思うけど。

 「みんな、俊也が歌うことに反対の人は?」

 「「「「「「「「「はい!!」」」」」」」」」」」

 クラス中が一斉に手を挙げた。
 全員の目が言っていた。
 「お願いだからやめて」と。
 それも責めるような目ではなくて、すがるような目だった。

 「う~~ん」

 ここまで不評だと思わなかった。少しくらい期待してもらっても良いんじゃないかな?
 あれ以来、そこまでひどいことはなかったはずだけど・・・・・・・。
 あっ、

 「そういえば、道路で鼻歌を歌ったら、鳥がたくさん落ちてきたな」

 「「やっぱりか」」

 「あれはたまたまだよ」

 「本当に鳥だけか?」

 「うっ・・・・・・・、あと、マンホールから水があふれ出して、電線がちぎれて電柱が倒れたな」

 「一週間前の停電と断水は俊也の所為か! っていうか、ひどくなっているんじゃない?」

 「おまえの歌に、なんか魔力でも宿っているんじゃないか?」

 「音痴の歌好きって最悪だよね」

 「ううっ、二人がいじめる」

 二人がぼろくそに言ってくる~。

 「いや、こっちも必死だから」

 「生きるか死ぬかの問題だし、遠慮はしないよ」

 命を引き合いに出してきた。二人とも顔が真剣だ。

 「俊也は楽器でリズムを取ってくれよ。楽器は上手いから最適だって」

 「僕と健で歌は担当するから」

 どうやら、二人はどうしても俺に歌わせたくないらしい。
 歌えないのはちょっと寂しいな。

 「おまえの好きなアニソンを入れてやるから。俺は結構知っているぞ。個人的にはティータイムで行きたいけど、JAMも入れてやるよ」

 紅茶にジャムを入れるって? よく分からないけど、健はこういうことに詳しいようだから言うとおりにしておこう。

 こうして、俺達はバンドを組むことになった。
 ちょっとその様子を見て、クラスメイトたちが迷惑そうに見ていたのは放っておこう。そして、それが俺のせいじゃないことを信じておこう。





[26597] 第22話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/20 02:05



 コンサートのいざこざも終わった。だけど、やることはまだいくつも残っている。
 まだ、俺は三つくらいの用事しかないけど、師匠はもっと多い案件を絶え間なくやり続けているんだからすごいよな。

 師匠から頼まれたことについて振り返ってみる。

 魔石のことは現在捜索中。あれから、また一つ見つけた。今度はムカデが持っていた。
 でっかい虫は普通にトラウマになるから勘弁してもらいたい。リニスが叫んでいたのが良い思い出だ。巨大な虫の口は間近で見るとかなり怖い。
 魔石は今のところ毎晩パトロールをするくらいしか対処法がないな。一応交番に行って、青い石が届けられたら連絡してもらえるように頼んである。未だに一つも見つかっていないことから、周りはあれをどうやらただの石としてか見られていないのだろう。確かに見た目はせいぜい色のついたガラス玉だしな。どうやら見つけるのは自分で何とかしなくちゃならないようだ。

 月村の方はなんだか平穏そうだな。なにやら厄介事が起きそうだって話だけど、そんな雰囲気はなさそうだ。やっぱり、上の方の杞憂で終わるのかもな。とりあえず、学校で様子を見つつも、様子が変わったり、学校を休んだりしたら周りを探ってみよう。

 なら、今のうちに山の神社近辺で見かける狐の様子を見ておくか。確か、名前は久遠で神咲那美さんが飼っている狐だ。
 飼い主である神咲さんは風芽丘学園に通うため、さざなみ寮に下宿していて、放課後は近所の神社である八束神社で巫女兼管理代理のバイトをしている人だ。
 何でこんなことを知っているかというと、さざなみ寮のほぼ飼い猫の大虎一族が、神咲さんが学校を行っている間に久遠の面倒を見ている関係で、大虎たちから何度か話を聞いたこともある。それに、ちょくちょく会ったこともある。神社については、巫女服でいるところを何度か見たと言う単純な理由だ。
 ちなみに大虎は一応野良らしいが、親の世代からさざなみ寮の人たちと仲良くしているため人になれている。人間慣れしていることもあって、人間である俺と他の猫を取り持ってくれたりしてくれる。

 今回は、その久遠が強大な危険性を孕んでいるとのことで、どうにかしろと言う命令が出た。極端なことを言うと、人に危害を加える動物は処分しろとのことだ。
 しかし、久遠は神咲さんの飼い狐で、さざなみ寮の住人や山の野良猫たちにも親しまれている。そんな中、久遠を殺してしまったら多くの人が悲しんでしまう。だから、師匠から殺す以外の道を見つけろと言われた。
 まあ、俺も大虎が悲しんでいたら嫌だから、どうにかしてやろうと思う。からかって涙ぐませるのは好きだが、悲しんで泣くのはあまり好きではない。

 何でも原因は恨みや憎しみの感情とのこと。それがなければ、いつもの久遠のままでいられるようだ。
 つまり、久遠の持っている負の感情をどうにかしなくてはいけない。

 ・・・・・・だけど、どうすれば負の感情を排除できるんだ?

 動物の感情を理解するのは難しそうだぞ。
 そもそも、あの狐が悩みなんか持っているのか? いつも、脳天気そうにそこら辺を散歩しているけど。

 じっくり話し合ってみるか?
 それで、説得するとかか?

 いや、こういった感情って行ってどうにかなるものでもないな。しかも、他人に言われても逆に神経を逆なでするようなことになる。
 俺も、過去にいろいろあったから、何となくだが分かる。

 なら、どうすれば良いのか?
 飼い主である神咲さんは久遠の過去について知っているのかな?
 う~~ん、あっちもあっちで結構人生楽しそうに暮らしているぞ。何回か、何もないところで転んだのを見たことがある。どこか抜けてそうだし、あまり妖怪とか関係なさそうだ。
 なんだか悩んでも答えは出なさそうだな。
 とりあえず、事情くらいは聞いてみるか。その後は話を聞いた後で考えよう。

 やることが考えついたから、さっさと行動に移ろう。

 「リニス、仕事行くよ~」

 「は~い」

 護衛として、リニスについてきてもらう。話を聞こうとするだけで、まさか暴れ出したりはしないと思うけど、念のためだ。自衛のための盾は必要だ。あると安心が出来る。

 「仕事も良いですけど、今晩のご飯は何ですか?」

 いきなりその質問か。そこは仕事の内容を聞いておけよ。

 「焼きジャケ!」

 「それは良いね。すぐ帰ってくるんだよ」

 ちなみに、タマさんの好物は鮭だ。鮭が食卓に並ぶと急に機嫌が良くなる。

 「カツオもまた食べましょうね~」

 リニスの好物は鰹のようだ。以前、鰹のたたきを並べたときに、とても感動しながら食べていた覚えがある。
 それにしても、こいつは食い意地が張ってきたな。
 愛玩動物まっしぐらな道をたどっている。

 なんだかだんだんとリニスが頼りにならなくなって行っている気がする。
 まあ、気にするだけで俺のペースにはまらなければ、ちゃんと魔法は使えるし、魔石も集まってきて魔力も増していっている。
 一応、役には立っているんだよな。

 「・・・・・・どうしてそんな性格になっちゃったんだろな」

 「あなたが言いますか!?」

 「俺の所為みたいなことを言いやがって。ただ単に、メッキがはがれてきただけだと思うぞ」

 「い~え、これでも子供を育ててきた経験があるんですよ」

 「その子は大丈夫だったの!?」

 このこたつ命で食べることが生き甲斐みたいな猫が、果たして立派に子供を育て上げられるのか?

 「失礼な。驚かれるようなことじゃありません! ただ、この家に来て、私が一番・・・・・・下だから。気を張る相手がいないだけです!」

 ものすごくためらいがちに下と言ったな。
 そうか、おまえは密かに俺を家庭の順位で最下位にしたいんだな。

 「それならばがんばって俺の上に立てば良い」

 「あれ? 怒らないんですね」

 意外そうな顔をされた。俺はそこまで短気じゃないぞ。それに怒ったら、俺は地味な嫌がらせと言葉で責めるタイプだ。むやみやたらに暴力で表現したりしない。

 「是非、俺の上になって、俺の世話をしてもらいたいね。そしたら家事はおまえに任せられる」

 「あっ、私一生最下位で良いです」

 「プライドを放棄するの早くない?」

 そんなに家事は嫌か? なんかちょっとショックだぞ。俺は毎日やっているのに。

 「私が俊也さんみたいな料理を作れるなんて無理ですよ。あんなにおいしい料理は生まれて初めてです」

 「素直に喜んで良いのか、家事を手伝ったりはしないと宣言されて悲しめば良いのか、分からないところだな。それにしても、おまえはどんな食生活を送っていたんだ?」

 子供を育てておいて、料理が出来なかったなんて珍しい。

 「煮ると焼くくらいですね。味付けは塩です。ナイフを使って、動物の肉をはぐのはできます」

 「なんていうサバイバル料理!?」

 食べては行けるけど、ずいぶんと簡素な料理になりそうだ。確かに、食事の味付けは娯楽に近いから、栄養を取れれば必要最低限のことはしているかもしれない。

 「それに、だいたいボタン一つで料理が作れるところでしたからね。いや~、昔はあれが普通だと思っていたんですが、手作りが一番おいしかったんですね」

 何となく分かるな。俺もこの家に来た当初はレトルトや冷凍食品だったな。
 けれど既製品に飽きて、お母さんがやっていたことを思い出して、料理を作り始めたんだっけ。それを師匠やタマさん、高町に食べさせたら意外に好評で、俺自身もそっちの方が飽きが来ないから手料理にはまったんだよな。

 「あの子たちに食べさせたいですね~。今どこにいるんでしょう。会いに行けないのは少し残念です」

 「はいはい。なんか長くなりそうだから、さっさと行くぞ」

 「ああっ、せっかく昔に思いをはせているって言うのに」

 「ともかく、目先の用事を終わらせてからそういうのは聞こう」

 そんなことしていると時間が無くなる。
 全部終わったら、改めて聞いてやるからさっさと出かけよう。








 とりあえず、久遠をよく見かけると言われている神社に来た。
 それじゃあ、がんばって探そうか。

 「手分けをして探そう。見つけたら、ここで落ち合おう」

 「どうやって連絡を取るんですか?」

 「あれ? 携帯買ってあげなかったっけ?」

 仕事に必要だからと、携帯電話をリニスに持たせてある。それで連絡手段は確保できていると思ったけど。

 「今、この姿に電話を持っているとでも」

 「・・・・・・あ~、そうだったな」

 ふと見てみると、リニスは今猫の形態を取っている。
 ものを持っているようには見えない。

 「じゃあ、私が探してくるので、俊也さんはここで待っていてください」

 「くっ、念話が出来るから自慢をしおって」

 「別に自慢していませんからね」

 俺は念話がまだ出来ない。だから、リニスに遠くから話しかける方法がない。聞くことが出来るから俺はここで待って、リニスが探し回るということになった。

 「おとなくしく待っていてくださいね~」

 いつもの仕返しみたいな感じで、ちょっと憎らしい言葉を残して森の中に入っていった。







 あれからしばらくたった。
 リニスはまだ戻ってこない。

 遅いな。

 こんなに時間がかかるとは思っていなかったんだけどな。

 この山で動物を探すのはそんなに難しいことはない。
 この山には統制の取れた野良猫の集団がいるからだ。
 俺らの家は野良猫たちと繋がりがあるから、困ったときに相談することが出来る。だから、山に入ったら適当に猫に久遠を探していることを言えば、すぐに見つかるはずだった。
 と言うのに、もう日が沈みかけているというのにリニスはまだ戻ってこない。

 「何かあったとかか?」

 いや、あいつも魔法生物だから逃げてくることくらいは出来るはずだ。念話も出来るんだから、何も伝えられないことはない。

 「仕方ない。見に行くか」

 時間がもったいないから、いつまでもここでじっとしているわけにもいかない。
 すれ違うのも怖いけど、待っているだけも進展がなさそうだ。なら、思い立ったら行動した方が良い。
 俺は腰を上げて、森の中に入ることにした。

 「迷子の迷子の子猫ちゃん~。あなたはいったいどこにいる♪」

 思いつきで替え歌を歌いながら、森の中を探索していく。
 この森はちょくちょく人が入っていったりするから、草の根をかき分けないでも歩いて行ける。人が通れる獣道みたいな道が自然と出来ている。だから、そこそこ歩きやすい。

 「ドジばかりしているリニスちゃん~。はんにんまえのおれは~こまってしまって」

 おっ、猫発見。
 あいつに聞いてみるか。

 「もしも~し、ここら辺で見るからに駄目そうな猫を見なかった~?」

 『あっ、姐さんの所の子供じゃないか、どうしたんだ?』

 「忙しそうな所を申し訳ないね。今、最近家で飼われ始めた猫を探しているんだけど、知らない?」

 『もしかしたら、あの娘かな』

 おっ、さすが人に慣れた猫。人間の言葉が分かってくれて助かる。ここの猫は、野良ながら陣内さんとの交流で人語を理解できる能力を持っている。
 俺の言葉を理解してくれて、更には意思の疎通までできた。良い猫たちだ。

 「案内してもらえる?」

 『別に良いよ。ついてきな』

 猫に先導されるまま後をついて行く。
 しばらく歩くと、目的の相手がいた。

 リニスが野良猫に囲まれている。見た感じ変なところはなさそうだ。
 猫たちと普通に話し込んでいる。

 『ねえねえ、君ってどこに住んでいるの?』

 『私ですか? 梅竹さんの家に住んでいますよ』

 『姐さんのところで?! それはすごい』

 『いつもお世話になっています』

 『へえ~、そうなんだ。なんか不自由とはない?』

 『大丈夫ですよ。気にしてくださってありがとうございます』

 『あああっ当たり前じゃないか。なっ何かあったら、いいいつでも相談してくれても良いんだからね』

 『おいっ、何照れまくっているんだよ』

 『そうそう、おまえばっかり話してずるいぞ』

 『ねえねえ、そういえば、あそこには姐さん以外にも人がいたよね。あそこに住んでいる子供はどんな人なの? 大虎さんと仲が良いようだけど』

 『俊也さんはですね~。こまっちゃちゃんですよ。けど、なんだかんだ言って私を頼ってくるから、仕方なく面倒を見てあげているんです』

 『意外に駄目なやつなんだな』

 『そうですね。だから、お姉さんである私が見て無くちゃ行けないんです』

 『優しいね』

 『そうだ。今時間ある? 案内したいところがあるんだけど』

 『え~~っ、少しだけですよ』

 『おっけ~、一緒に夜景を見ようぜ』

 『おまえだけずるいぞ!』

 『俺も入れろよ!』

 『もう、ケンカなんてしちゃ駄目ですよ』

 「おまえはいったい何しているんだ!!!」

 『きゃっ!』

 『うわっ、なんだおまえ!』

 『おまえは、姐さんの所の!』

 「何猫たちに優しくされてはしゃいでいるんだ! そんなことしている場合じゃないだろ!」

 俺の姿を見て、リニスが驚いた表情で言う。

 「見ていたんですか!?」

 「見ていたよ。誰がお姉さんだって? 誰が仕方の無い人だって? 好き勝手言ってんじゃないよ」

 「ちょっとくらい見栄張っても良いじゃないですか! それに私の方が年上ですよ!」

 「年上なの?!」

 それなのに、こんなにも頼り無いのか。まあ、俺のいないところで見栄を張るくらいは良いが、やることはやってくれよ。
 俺は一人寂しくぽつんとしていたんだ。だんだん暗くなってくる中、ただ何もせず座っていると切なくなってくるんだぞ。いろいろ言っても罰は当たらない。

 「良いから、久遠を探すぞ」

 リニスをつかんで、一緒に久遠を探すことにした。
 考えてみれば、最初から二人で一緒に行動して探せば良かったんだよ。何でこのことに気がつかなかったんだろう。

 『リニスちゃん、また会おうね~』

 『俺はたちはいつでもここにいるからね~』

 『またお話しましょうね~』

 「”お話しましょうね”じゃねえだろ!」

 何浮かれているんだろ。そんなにちやほやされたのがうれしかったのか?

 「俊也さん」

 「何だよ?」

 「私ってもてるみたいですよ。今まで猫は私一人しかいませんでしたから知りませんでした」

 「あ~、そうですかい。それは良かったね。もう好きにしてくれ」

 おまえがもてようがもてまいがどうでも良い。猫の美的感覚は俺には分からない。私生活について口を出す気は無いから、俺の関係の無いところでは好きにすれば良いさ。
 はしゃいでいるリニスの自慢話を聞きながら、俺は森の中を歩き回っている。
 そろそろ辺りも暗くなって、今日はこれくらいにして帰ろうかな。
 俺達は家に帰ることにした。
 その帰り道で、目当ての狐を見つけてしまった。

 「くーん?」

 ひょっこりと草むらから久遠が顔を出している。

 「あ~、帰ろうと思った途端に何で出くわすんだろう」

 もう帰って食事の準備がしたかったんだけどな。放っておこうかとも思ったけど、せっかく目当てのものを見つけたのに、帰ったらいろいろ損した気分になってくる。

 「そんなものですよ」

 「遅くなった原因が言うな」

 「痛い痛いです! 謝りますから、頭をぐりぐりしないでください!」

 仕方ない、話をしてみるか。
 猫語も狐語も基本は同じはずだと信じよう。久遠も人に飼われているはずだから、人間の言葉は分かるはずだ。

 「さあ、久遠。じっくり語り合おうじゃないか」

 「くーん?」

 思いっきり首をかしげられた。
 先行きが不安だ。

 とりあえず、久遠の側で腰を下ろす。
 何度か顔を合わせたこともあって、逃げたりしないでこっちを見ている。

 「おまえって、妖怪だったんだってね。タマさんから聞いたよ」

 この町の動物共通の言葉であるタマさんから聞いたことにしておく。梅竹松と言っても誰か分からないだろうけど、タマさんならこの山にいるなら知っているはずだ。
 知っていて欲しいな。

 「それでな。過去にいろいろあったらしいな」

 「くーん・・・・・・」

 「話しにくいのは分かるよ。だから、俺も自分の過去を話そうじゃないか」

 いきなり久遠について教えてくれって言うのも突然だな。だから、俺からまず言おうじゃないか。そうすれば、久遠も話しやすいはずだ。

 「くーん?」

 「俺はな、今いる家に生まれた頃から住んでいるわけじゃないんだ。俺は、今の家の養子なんだ。
 そのわけというのも、話すと長くなるんだけど、家族で海外旅行に行ったときの出来事で人生が一変することになったんだ」

 前の家から今の家に来ることになった経緯について話した。

 「両親をテロ行為でなくしてからも大変だったよ。いきなり海外で一人になったんだからね。頼る人はどこにもいないし、目の前で人が死んだ恐怖もあった」

 いろいろあった中で考えたこと、感じたこと、その思いの内を語っていく。

 改めて思い返してみると、すごい人生を歩んでいるな。

 そういった人生を歩むはめになった原因が俺でないことを祈ろう。犯罪者が悪いんだ。俺の運が悪いわけじゃない。
 まあ、長期間にわたっての話だから、言いたいことはたくさんあった。話している内に、だんだんと熱が入ってきて、次から次へと言葉が出てきた。不幸を自慢するつもりはないけど、自分のことを話すのは気持ちが良いものだ。
 そんな風に、自分の話を聞かせるのに熱中していると、そこへリニスが声を掛けてきた。

 「・・・・・・俊也さん」

 「何だ、今良いところなんだけど」

 これからいいところなんだよ。もう少しで終わるんだ。
 そしたら、久遠からも話を聞こうって思っていたんだ。
 俺が重い過去をしゃべったことで、これで久遠もいろいろ話しやすくなったはずだ。さあ、大いに語ってもらおうじゃないか。

 「久遠さん、もう帰りましたよ」

 「えっ?」

 横を見ると、今まで久遠がいた場所には誰もいなかった。

 「あくびしながら帰って行きました」

 「・・・・・・・」

 やっぱり俺の話は興味ないかい。さっきから、「眠くなってきたな」とか、「そろそろご飯かな」とか、「帰ろうかな」とか、俺の話と全く関係の無い言葉が出てきたから、そうだろうと思ったよ。

 「もうむかついた! こうなったら最後の手段だ!」

 「何する気ですか?」

 「こうなったら、あいつのかんしゃくに付き合う!」

 話が通じないなら、いっそのこと感情を爆発させてとことん付き合うしかない。

 「それって、掛けられているって言う封印を解くってことですか?」

 「それが一番早いような気もするが、俺には解呪なんて分からないから、もっと一般的な手段をとる」

 身体強化と治癒しか出来ない俺が、誰が掛けたのかも分からない術を解けやしない。
 だから、別の方法で相手の感情を引き出す。

 「その方法はいったい?」

 リニスがゴクリとのどを鳴らした。真剣な面持ちで俺の回答を待っている。
 そんなに聞きたいなら、言ってあげよう。自分でもこの答えにはちょっと自信がある。
 良い方法を思いついたと、自分をほめてやりたいほどだ。

 「その方法は、酒だ!」

 「えっ?!」

 俺の答えにリニスはぽかんとした表情をしている。

 「酒を飲まして、べろんべろんに酔わせれば言いたいことは何でも言うに違いない」

 こういう状況をテレビでやっていた気がする。それに、タマさんも師匠もお酒を飲んでいるときが一番気持ちよくて、ストレス解消になるって言っていた。

 「・・・・・・つまり、お酒を飲んで嫌なことを忘れようってことですか?」

 「そうだ。わかりやすくて良いだろう」

 「単純すぎる気がするんですが?!」

 とりあえずやってみよう。都合良くも、さざなみ寮にはリスティさんもいるし、酒盛りをするって言えばのってきてくれるだろう。他にも、大人は何人かいたから人数は十分なはずだ。

 「よし、家に帰って、肴をつくって、酒と一緒に持って行くぞ」

 「それで良いんですかね~?」

 とりあえずやってみよう。
 これで負の感情が消えれば安いものだ。
 リスティさんに事情を話せば協力もしてくれるだろう。
 善は急げだ。
 やるぞ~~。






[26597] 第23話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/04/20 02:07



 あ~~、なんか頭痛いな。

 ちょっと頭痛がする。何だが体が重いし、ものすごくだるい。
 視界もぼやけているし、全体的に暗い。
 て言うか、ここはどこだ? 俺って今まで何していたっけ?

 辺りが暗いし、まぶたが重い。と言うことはもう寝ていたのかもな。
 けれど、その割には背中の感触が固くてでこぼこしているな。布団しないで寝たのかな?
 それにしても、いつの間に寝たんだろう。思い出せない。

 う~~ん。
 いろいろ考えていると、だんだんと目も覚めてきた。
 鼻を動かすと、なんだか周りから草の臭いがする。ここは外なのか?
 俺はいったいどんな状況で寝ているのだろう?

 今まで何をしていたのか、覚えているところから思い出してみる。
 確か俺は、久遠にお酒を飲ましてストレスを解消させようとしたんだよな。

 あっ、思い出してきた!
 俺はあれから、家に戻ってつまみを作った後、師匠たち秘蔵のお酒を数本持って、さざなみ寮に向かったんだった。
 電話でリスティさんに事情を話して、さざなみ寮で宴会をすることになった。
 それで、さざなみ寮でお酒好きなリスティさんと漫画家の仁村真雪さんが、管理人である槇原耕介さんを巻き込んで一緒に騒ぎ始めたんだよな。それに、途中で帰ってきた槇原愛さんが加わって、良い感じでカオスになってきたんだ。
 そうして酔っ払い始めた大人組に、一緒にジュースと料理を楽しんでいた未成年組が、大人たちの騒ぎようにだんだんとおろおろし始めてきた。そんな中、神咲さんの注意がそれた隙を狙って、俺が久遠を捕まえて、一升瓶を無理矢理ラッパ飲みさせた。

 う~~ん、それから思い出せないな。

 それにしても周りがうるさい。気持ちよく眠れないじゃないか。
 なんだか面倒くさそうな状況になりそうだから、このまま寝ちゃえって気持ちになってきた。
 とりあえず、明日また考えようって結論になってきたのに、周りが邪魔してくる。

 するとだんだんと、むかむかしてきた。

 「うるさいな~」

 何かしら文句を言ってやろうと、重い体を起こした。

 「あっ、起きた」

 そこには、森の中で私服姿の神咲さんがいた。
 確か、俺の記憶通り宴会の時の服装だ。と言うことは、あれから日が経っていないと言うことだな。するとまだ俺が寝てからあまり時間が経っていないことがわかる。なら、もう夜だし、あまり寝てもいなかったから寝ても良いんだろう。
 そのことを確認できて満足だ。

 「俺は寝るから、静かにしていてくださいね」

 そのままごろんと寝転がる。
 できたら、朝になったら起こして欲しい。そこは、神咲さんの優しさに賭けてみよう。
 それじゃあ、お休みなさい。

 「って、寝ないでよ!」

 「文句は明日聞きます」

 明日暇になったら、その辺は聞こうかと思います。だから今は寝かせて。

 「いやいや、明日じゃ遅いって。今の状況分かっている?」

 「分かりたくないですね」

 なんか、炸裂音や爆裂音、高らかに笑う声とかしている。けど、全力で関わりたくない。

 「起きて、起きて! そしてこの状況をどうにかして!」

 「あ~、分かりましたから、刃物を持った手で揺すらないでください」

 なんか神咲さんのうっかりで刺さりそうで怖い。
 寝ているところに短刀が刺さるのは勘弁してもらいたいな。
 仕方ない。起きるか。
 刃物が必要になる状況だから、全力で拒否したいがいつまでも逃げ出していける状況でもなさそうだ。

 体を起こして、神咲さんの方をむき直す。

 「俺帰るので後はよろしくお願いします」

 俺はすがすがしい顔でそう言い放った。

 「そこは帰らないでよ」

 「何言っているんですか。夜風が気持ちよくて平和なものでしょう」

 夜の散歩も気持ちよくて良いんだよね。風流を楽しみながら今日は帰ろう。

 「右見て、右。あっちではかなり修羅場だよ」

 「寝違えたので無理です」

 「それ嘘でしょ」

 「なぜばれた?!」

 「やっぱり!」

 さすが鋭い。巫女をやっているだけのことはある。巫女だから鋭い理由にはなっていないけどとりあえずそんなことを考えてみる。

 「出来れば放って置いて帰りません? なんだか楽しそうじゃないですか」

 「どこが?!」

 いつもおっとりした感じの人だと思ったけど、からかうとおもしろいんだな。さっきから表情をころころ変えている。うん、癒される。
 出来ることなら朝までやっていたい。
 最近、からかいがいのありそうな人とたくさん知り合って、なかなか充実している。

 俺は辺りを見回して、現状について話してみた。

 「仁村さんが一升瓶を抱えて寝ている。おっ、側で耕介さんが気絶しているな。木に刺さった刀がなにやら叫んでいるぞ。それに、リスティさんとリニスが笑いながら、辺りに光弾をまき散らしている。更には、見たことのない獣耳の女性が暴れ回っている」

 顔を真っ赤にした仁村さんが気持ちよさそうに寝ているな。大龍神(だいりゅうじん)っていう純米酒を持ってきたらとても喜んでいたっけ。大量に持ってきたから、大量に飲んでいた。それで、かなり酔っ払って暴れたんだな。木刀持って振り回していた記憶がおぼろげながらあるし、側に木刀が転がっている。
 耕介さんは宴会の始まりからリスティさんと仁村さんに振り回されていた。それで、ついには力尽きてあの状態になったという訳か。それにしても、さっきから『耕介様--! 耕介様--! 起きてくださーーい!!』と叫んでいる刀はなんなんだろう?
 リスティさんとリニスは高らかに笑いながら暴れ回っている。酔っ払って顔を赤くしているし、とても楽しそうだ。リニスもいつもしている帽子が取れて、猫の耳を見せている。いつも恥ずかしがって人の状態の時は見せないのに、珍しいな。それほど判断能力がどうにかしているのか。
 新しく見る獣耳の女性は怖い顔をしているな。「弥太のいない世界なんて、全部壊れてしまえーー!!」とか叫んでいる。なんだか顔が赤いし、暴れ回っている割にはふらふら宙を浮いているリスティさんとリニスに当たっていないところを見ると、きっと彼女もだいぶ酔っ払っているのだろう。それにしても、人の姿に獣の耳にいくつものしっぽはなかなか可愛いな。たぶん、モチーフは狐だな。良い仮装だ。写真に撮っておきたい。月村やバニングス辺りにあげたら喜びそうだ。

 「なかなか仲むつまじい光景じゃないですか」

 「どこが?!」

 みんな元気で楽しそうだと言うのが俺の感想だ。

 「そのうち疲れて寝ますよ。酔っ払いなんてそんなものです」

 「確かに酔っ払っているけど、いろいろ大変だよ」

 師匠もタマさんもお酒好きだから、よく酔っ払ったりする。だから酔っ払いの対処法は何となく分かっている。適当に受け流して、眠くなるのを待っていれば良いんだ。無理に相手をすると疲れてしまう。

 「暴れたらすっきりしますよ。そもそもそれが目的だったんだし」

 そういえば久遠はどこに行ったんだろう?
 あいつにも大量にお酒を飲ませたから、あの中にいると思うんだけどな。どこにも動物がいないぞ。

 「やっぱり君の仕業だったの?! 君のせいで久遠の封印が解けて暴れ出しているんだよ!」

 「おっ、封印が解けたの? 何で?」

 「君がお酒を一気に飲ませたからでしょ!」

 「そんな程度で解けるものなの?!」

 解呪って簡単だな。それともお酒が強力だったのか? アルコールって怖い。
 それにしても、神咲さんも封印とかオカルトな話を知っていたんだな。
 あっ、もしかして短刀を持っているのって、それ関係のためか? なら、神咲流は神咲さんの所の流派だろうか? きっとこの人がいるから、師匠は神咲流を俺に学ばせたんだな。

 「那美さん、神咲一灯流の人ですか?」

 「えっ、何で知っているの?」

 「セーーーフ!」

 「何が?」

 よし、やったぜ。これで、以前のような失敗はしないぞ。
 いつまでも師匠の思い通りになってたまるものか。これで、こっちの事情を説明すれば、余計なトラブルは回避できる。

 「あっ、久遠たちが向こうに行ったよ!」

 「ほんとだ」

 乱れた飛び方をしているリスティさんとリニスを久遠が追いかけている。なんだか少し間抜けな光景だな。二人の笑い声と、おかしな方向に怒っている久遠の姿はあまりにもシュールだ。

 「少しは焦ろうね。君も妖怪の対処が出来るんでしょ。この状況をどうにするために来たんだよね?」

 「何で知っているの?」

 まだ話していないはずだぞ。それなのに、何で知っているのだろう。

 「もしかして俺の思考を読んだとかか?!」

 さすが神咲流。俺の知らない何かが潜んでいる。

 「君が酔っ払って、何から何まで話したんじゃん!」

 「何だと?! 俺の飲み物にアルコールを混ぜるなんてどんな策士だ!」

 虫も殺さないような顔をして、そんなあくどい考えを思いつくなんて人は見かけによらないものだ。
 俺から情報を引き出すために、子供に酒を飲ませるなんて普通は考えない。
 いつから俺がタダの子供じゃないと分かったんだ? いろいろ恐ろしい人だ。
 神咲那美。恐るべし。

 「君が間違って、お酒の入ったのを飲んじゃっただけでしょ!」

 「しまったーーーーーーー!!」

 なんていう簡単なミスをしてしまったんだ。
 ただの自爆だったなんて、うっかりしていた。
 ああっ、恥ずかしい。

 「恥ずかしいので帰らせてもらいます」

 「帰らないでね。そんなことより、みんなを追うよ」

 「引っ張らないで~~」

 俺の腕を引っ張って、三人が暴れるところまで連れて行こうとしている。
 意外に力強いな。男女とは言え、やっぱり年齢差は大きい。
 全力で引きはがそうとすれば出来るんだけど、結局は俺もどうにかしなくちゃいけないんだよな。
 仕方ない。俺もやるか。
 引きずられるのをやめて、自分の足でちゃんと走ることにした。

 「それで、久遠はどこですか?」

 「そんなことも分からないでいたの?!」

 「酔っ払っている間の記憶が無くて」

 さっきから見当たらない。俺が酔っ払っている間にどこに行ったのだろう?

 「たちの悪い酔っ払いだね。君はもうお酒を飲まない方が良いよ」

 「自主的に飲もうとはしませんね。俺も九歳ですからね」

 まさかこの歳でお酒デビューするとは思わなかった。
 人生は本当に何があるか分からないな。

 「久遠はね。今は人間の姿になっているよ。あの、黄色の髪をして耳と尻尾が生えているのが久遠だよ」

 あれが久遠だったのか。どっかの誰かが、宴会の余興で仮装でもしているのかと思った。

 「なるほど、変われば変わるものですね」

 「そうだね。私も最初はびっくりしたよ」

 やっぱり、妖怪ともなると人型になることも出来るんだな。タマさんも人型になれるし、リニスもなれるな。あっ、リニスは使い魔か。
 力を持つと動物も人になったりするんだな。

 「おっ、見つけた」

 俺達は三人に追いついた。三人を見て、神咲さんが乾いた表情をする。

 「うわ~」

 神咲さんの気持ちはよく分かる。リスティさんが木の陰で気持ち悪そうにしていて、リニスが木の枝に突っ込んでそのまま寝ている。
 久遠はまだ酔っ払いながら暴れ回っている。
 出来ることなら関わりたくない状況だった。

 「じゃあ、やりますか」

 「意外に度胸があるね」

 「まじめに相対するより、こっちの方がやりやすいかなって」

 まだ久遠が半泣きで「全部なくなっちゃえ~」とか叫んでいるけど、射殺すような形相で真っ正面から憎しみをぶつけられるよりましだと思う。
 何事も、前向きに考えよう。これから、一応生きるか死ぬかの戦いになるんだから。

 「それで、どうしたら良いと思う?」

 「そっちの意見は?」

 「私は封印するしかないって思っていたんだ。けれど、悲しいことに私一人の力じゃどうしようもない。家の方では始末するしかないという話も出ていたんだけど、私はそんなことしたくないし」

 いろいろ悩みはあったんだな。やっぱり、久遠には情があるから死んで欲しくないのか。なら、殺さない方法でも模索してみますかね。

 「俺の方は酒呑ましてストレス解消させようって感じですね」

 「それがあの宴会?」

 「う~ん、けれどお酒飲んで済む感じにはなりませんでしたね」

 「発想が結構軽いね」

 俺としては、何事もまず軽い方法から試していけば良いと思うけどね。殺すなんて重い方法は最後に回した方が良いと思う。

 「暴れたら暴れたで存分に暴れさせましょう」

 「良いの、それで?!」

 神咲さんが驚いた表情をする。そんなに意外か、俺の答えは?

 「体を動かせばストレス解消にもなると思う」

 「そういう問題!?」

 運動することもストレスを解消する方法だよな。だから存分に暴れさせてあげよう。

 「酔っ払って遠慮が無くなったときだから、思う存分ぶつかり合ってあげようと思う。そのほうが気持ちよくて意外に恨みとか抜けそうですよ」

 「良いのかな~?」

 とりあえず、俺は体力が結構あるから、俺が死なない程度に付き合ってあげよう。
 出来ることなら、すぐに終われば良いな。今まで暴れ回っていたみたいだから、もうすぐ疲れて寝ちゃうよね。

 「それじゃあ行きますか。相手は妖怪だし、神咲一灯流で行くか」

 御神流が人相手の剣術で、神咲流は妖怪相手の剣術だ。なら、妖狐が相手じゃ神咲流でいった方が良いな。妖怪に効く剣術で久遠の体力を消耗させよう。
 神咲一灯流は魔を祓うだけではなく、魔を斬ることに主眼をおいている剣術だ。使い方は、退魔の力を宿して剣を振るえば良いという簡単なもの。自分なりの剣術に霊力を宿す。剣技もあるけど、どれだけ霊力を武器に宿せるかが肝になる。
 当然御神流より疲れる。御神流を神咲流にアレンジできるが、相手も力任せに暴れているから技術的なものは必要じゃないんだよな。だから、隙のある場所に剣をたたき込めば良い。
 俺の霊力持つかな~。魔力と同じくらい量が少ないって話だ。まあ、霊力がつきたら、普通に殴れば良いか。
 とりあえず、相手が疲れるまでじゃれついてやれば良い。

 さあ、景気付けに叫ぶかな。

 「神気発勝」

 なんでも、神咲流のかけ声らしい。武器に念を込めるときに言うそうだ。
 戦いって、テンションが重要になるし、こういうのってそこそこ好きだ。

 「うわ~、話には聞いていたけど見事なものだよね」

 神咲流の構えに似ていたようで、神咲さんが感心した声を上げた。どうやら、俺が神咲流を使えるのは酔っていたときに言ったらしい。説明が省けて助かる。
 俺の構えはそこそこ様になっているらしい。ちょっと誇らしかった。

 「おまえは・・・・・・」

 俺が構えていると、なんか新規参入者が出てきた。
 草むらから人が出てきたと思ったら、俺の方を見て驚いた顔をしている。

 「お姉ちゃん!?」

 「へっ、お姉ちゃん?」

 神咲さんがその人を見て驚きの声を上げた。しかも、不吉な言葉と一緒に。

 見るからにお堅そうな人。
 若干、美沙斗さんの臭いがする人だ。ひねくれなかった場合の美沙斗さんってこんな感じなんだろうなと思う。周りにも自分にも厳しい感じだ。

 「何でうちらしかしらない剣術をおまえが知っているんだ?」

 前回と同じように、俺の剣術について言及してきた。

 「神咲さんから聞きました」

 面倒だから、隣に投げた。

 「ええっ?!」

 いきなり振られた神咲さんが驚きの声を上げる。
 ここでトラブルは面倒だから、人身御供になってください。
 どうやら、神咲さんとお姉さんの関係は、公私共に上の立場な人のようだ。だから、怒られたら怖そうだけど、神咲さんがうっかりしゃべったことにしておいて。大丈夫。神咲さんなら、断り切れなくてつい教えちゃったとか、ありそうな話だから。

 「なるほど。分かった」

 「理解早いな!」

 意外にも、割とすんなり通ったぞ。もっとこじれるかと思ったんだけど。
 もしかして、以前にもこういう経験があったとか? それが、神咲さんがしたのか、お姉さんがしたのかで評価が分かれるところだ。神咲さんなら、この人は相変わらずだなと呆れる。もしお姉さんなら、意外とおもしろいところもあるなと感心する。是非、後者を希望したい。

 「それで、この状況は何だ?」

 「説明するの面倒だから、神咲さんどうぞ」

 ともかく、隣に投げておこうと思う。

 「ええっ!?」

 「神咲さん。さっきから驚いてばっかですよ。もっとしっかりしてください」

 「いやいや、状況に振り回されているのは私だからね」

 「そんなことないですよ。俺も運命に翻弄されている被害者です」

 「今回のことは加害者だと思うんだけど」

 「那美、説明してくれ」

 「お姉ちゃん、この子の方が私より冷静で、場慣れしているよ!」

 確かに、こんなカオスな状況は度々あるから結構冷静だな。これも、経験と言えば経験のたまものなんだよな。悲しむべきか喜ぶべきか、微妙なところだ。

 「そろそろ、久遠もお酒が切れてきそうなので突撃しま~す」

 「あっ、待って!」

 「那美、説明を早くしてくれ」

 「あう~」

 状況が飲めていない二人を尻目に俺は久遠に向かっていった。
 武器は起きたときに持っていたから、準備は揃っている。
 果たして、俺達は武器を持って何をやっていたんだろう?
 そういえば、あの場にいた全員が戦闘できる態勢だったな。耕介さんも神咲さんも刃物を持っていたし、仁村さんも木刀を持っていた。何があったのか記憶にないから分からないけど、後で寮の住人に聞いてみよう。なんだかおもしろそうな話が聞けそうだ。

 俺は、霊気を込めた剣で久遠に斬りかかった。
 この手の妖怪は防御力が半端無いから、刃物で斬っても大して傷は出来ない。見た目は人間だけど、元は毛むくじゃらの狐。毛皮を身にまとっているし、霊力の鎧も身につけている。女性だからと気を緩んでいたら、逆に痛い目を合わされるんだ。
 俺は力を込めて刀を振り下ろした。

 「・・・・・・!」

 「やっぱりね」

 現に、腕で剣を止められた。ダメージは数値で10を与えられたら良いところかな。
 もちろん斬撃じゃなくて、打撃でだ。普通に刃物が腕で止められている。

 いきなりまじめに闘い始めた俺に久遠も驚いていた。あまりやり過ぎると酔いが覚めそうだけど、俺の本気でそこそこ痛い程度なんだよな。俺と久遠の実力に大きな隔たりがあるようだ。分かっていたけど、少し悲しい。
 いや、今は実力差に絶望している場ではなく、一気にたたき込むところだ。

 「追の太刀・疾(はやて)」

 刃を返して、追撃をかける。
 動きに変化を加えた刃が久遠の背中に当たる。
 思ってもないところに衝撃が加わったことで、久遠が体勢を崩して、草むらに突っ込んだ。

 おっ、クリーンヒットかな。

 なかなか良い一撃をたたき込めた。
 これで、久遠にダメージを与えられたら良いんだけど・・・・・・。

 「ううっ」

 草むらから顔を出して、ものすごい形相でにらみつけてきた。

 「やっぱり効いてないよね」

 見た感じ、少し泥に汚れたけど怪我とかはしていないようだ。着ている服も切れていない。やっぱり相手の防御力から、斬撃が打撃になる。火力が足らないな~。
 それにしても、顔立ちが整っている人が顔が赤い状態でにらみつけてくると本当に怖いな。正直、逃げたくなってくる。

 「負けない!」

 なんか俺に吹き飛ばされて対抗心を燃やしたようだぞ。
 犬歯がきらりと光って、なんだか噛み殺されそうな気がしてくる。
 どうやら、標的を俺に見定めたらしい。
 良いぞ、俺を追いかけてこい。必死で逃げてやるから。
 これで、怒りを解消できたら儲けものだ。

 久遠が敵に対する構えを取る。

 バチバチバチッ!!

 同時に辺りにスパークがこだまする。

 あれ~~、なんだかすごい電撃音が聞こえるぞ。
 いつの間にか出てきた光る雷球が、久遠の周りにいくつも浮いている。

 「かみついたり、ひっかいたりするだけじゃないのね」

 原始的な方法で襲ってくるかと思ったら、特殊能力でも襲われそうだ。
 まさか、久遠に電気を操る能力があるとは思わなかった。
 ただ単に、体の動きに注意して、避けてれば良いと思ったんだけどな。周りの電気の動きにも注意しなくちゃ行けないとは、ぐんと難易度が上がった。

 「どぅえぇぇぇぇっ!?」

 しかも高速で雷球が飛んで来た。
 そのまま、側にあった木にぶち当たって、大きな穴が開いた。支えを失った大木が音を立てて倒れた。

 「げっ、酔ってなかったら俺って今頃・・・・・・」

 どうやらよく周りが見えていないようで、運良く攻撃は俺に当たらなかった。

 「これなら何とか・・・・・って、たくさん来たーーー!!」

 当たらなければ何度も撃てば良い。そのうち当たるだろう。
 酔っ払いらしい単純な思考で、俺の息の根を止めようと容赦なく攻撃してくる。
 雷球が俺の横を通って、そこら中の岩や木を破壊していく。

 「こんなのとやってられるかーーー!!」

 少しでもその場にとどまり続けたら、爆発に巻き込まれて死んでしまう。
 俺は必死になって逃げ出した。

 「待て!」

 俺の後を久遠が執拗に追いかけてくる。
 とりあえず、久遠は俺を倒すことに決めたらしい。
 こんなことになるのなら攻撃なんてするんじゃなかったと後悔する。

 「待てと言われて待てるか!!」

 俺は身体を強化して何とか逃げようとするが、俺以上の能力を持っていて、この山を日常的に駆け巡っている久遠からは逃げられるはずもない。
 俺も日頃修行をしている経験から、何とか距離を縮めずにがんばっているが、雷球の早さには追いつかれてしまう。
 俺の側を雷球がいくつも通り過ぎていく。

 目の前で障害物の木や岩が砕けていく様は恐怖感をそそられる。破片がちょくちょく当たるのが地味に痛い。

 「お願いだから早く力を使うのに疲れて!」

 こうなったら根比べしかない。久遠の方が早く力尽きるのを願おう。
 雷を生んでいる分、久遠の方が消耗は激しいはずだ。

 けど、

 「酔いが覚めたら死ぬな」

 久遠が酔っているおかげで、何とか雷球は俺に当たっていない。けど、いつ当たってもおかしくない状況だ。時間が経てば経つほど、酔いが覚めてきて命中率は上がっていくだろう。
 久遠と追いかけっこが始まってしばらく経つと、さっきまで少し遠くで爆発していた雷球が俺の側で爆発するようになる。

 全速力で走っていたら、いつの間にか森を抜けてしまった。

 まずい、遮蔽物がないと当たる!?

 木が盾になってくれたり、避けて走るためにいろいろな方向に曲がるから今まで避けられてこれた。見晴らしの良いところだと、当たる可能性がぐっと上がってしまう。

 これ幸いとばかり、多くの雷球が襲いかかってきた。

 今ひとつ、ほおの側を抜けて、雷球が通り過ぎていった。

 そしてそのまま、大きな湖に雷球が落ちる。
 その後、水面が盛り上がり、たんこぶの様な膨らみが生まれて、水中で大きな爆発が起きた。

 「うあたたたっ!!」

 水のしぶきが俺の体に大雨の様に浴びる。爆発の衝撃はかなりのものだった。
 水滴が石の様な堅さを持ち、全身にそれが当たるのは、魔力と気で肉体を強化しているからと言って、これは地味にいたい。
 水の銃弾に阻まれて、走るのを止めて顔を守って痛みに堪えてしまった。

 その隙を突いて、一気に久遠が距離を詰めてきた。

 「うおっ、やべ~~」

 もうすぐその場に久遠が来ている。
 俺はいつでも攻撃を避けられるように、久遠にむき直して後ずさりしながら逃げる隙をうかがっている。

 久遠はどうやって捕まえようかと、にらみつけながら隙を探している。

 逃げようとしたらやられる・・・・・・。

 「いたっ!」

 後ろを見ないでさがっていったら、足が何か大きなものに当たって、思わずつまずいてしてしまった。

 「何だ?」

 俺は何に当たったのかと、その足下を見てみる。

 「えっ・・・・・・女の人?」

 そこには、若い女性が湖の側で寝転がっていた。
 その女の人は肌が白雪のようにきれいで、明るい紫色の髪をしている。白いベレー帽とスーツが特徴的だ。
 女の人は穏やかな表情ですやすやと眠っていた。
 おまけと言っては何だが、見たことがない白い毛玉の様な生物も、女性の側で同じように寝ていた。

 「しまっ」

 なぜこんな所に女性がいるんだ?
 注意が完全にそっちにいってしまって、久遠を見ていなかった。
 これはつけいる隙だった。

 久遠が襲ってくる。

 そう思った矢先に、何か大きな物陰を見た。

 「また獣ーーーーーー!!」

 そこには、いつの間にやら巨大な狼がいた。
 あり得ない大きさだし、目が相手を射殺さんばかりにぎらぎらしている。あれは人を襲う獣が持つ目だな。むき出しの歯がから、何かに飢えた様によだれが垂れている。長年の封印が解けた化け物とかがあのような目をしているところを、師匠との仕事の付き合いで見たことがある。そいつらと目の前の獣の様子はよく似ていた。
 大きさからして、突然出てきた獣もおそらく妖怪のたぐいなのかもしれない。

 そいつは、久遠を息を切らしてじっと見ている。今にもかみつかんばかりだ。
 なんだか今日は狐や狼やら、動物の妖怪に縁のある一日だ。
 どうやら、この件はまだまだ終わらないらしい。

 帰りて~~~~~。





[26597] 第24話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/05/05 19:11



 目の前で繰り広げられようとしている狐と狼の戦い。
 久遠とその狼はお互いを敵として見定めたらしい。
 どうやら、この中で一番強いやつを本能で感じ取ったようだ。
 つまり、俺はこの三人の中では三番目の実力ということになる。標的にされなかったことを喜ぶべきか、気にもされなかったことに悲しむべきか。

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 双方の間でにらみ合いが続く。すると、久遠に変化が起きた。
 久遠の体が人の姿から変わっていく。体中から毛が生え、四つ足で経つようになった。姿が変わるにつれて、大きさも大きく変わっていく。そして、相手と変わらない大きさになる。
 どうやら、相手に合わせて人型から獣型に姿を変えたようだ。小型の人じゃ大型の獣に勝てないと踏んだのだろう。
 こうして変身する姿を見ると、ちゃんと久遠も妖怪なんだなと思う。

 ガウッ!!

 ガァッ!!

 完全に獣に戻った久遠が相手を威嚇するように吠えた。それに応えるように狼も吠えた。

 そういえば、獣って縄張りというものを持っているんだったな。
 そうか、あの突然出てきた狼は封印される前はここら辺を根城にしていたんだろう。それこの辺りは自分の縄張りだと思っている。そして、久遠も毎日この山で暮らしているから、ここを縄張りだと思っていると思う。
 それで、両者の間で縄張り争いが勃発した訳か。お互い強いから、引くことは考えないだろうな。

 この辺りの主は猫たちだと思うんだけどな~。とは、二匹を敵に回しそうだから言わない。

 「これってどんな状況?」

 鳴き声の元に来たのだろう。神咲さんとそのお姉さんがこの場にやってきた。

 「おっ、神咲さん。なんだか余計ややこしいことになりました。逃げましょう」

 「えっ?」

 俺の実力じゃ、この二匹には敵わない。まだどれほどの実力があるのかわからないけど、神咲さんのお姉さんでも無理だろう。下手に手を出して怒りを買って、双方から八つ裂きにされたらたまらない。
 これは逃げた方が良いだろう。

 「ここら辺で寝ている人たち回収して逃げますよ。二人共もあの二匹に勝てるとは思わないでしょう」

 「それは・・・・・・」

 那美さんたちもあの二匹を見て、ひるんでしまっている。獣の本能を全開にした所を見て、生き物としての本能が警報を鳴らしているのだろう。
 どうやら、那美さんたちでも二匹を相手にするのは難しそうだ。

 俺は寝ている女の人を肩に担ぐように持ち上げる。それから側に転がっていた、なにやら分からない生物をわしづかみにした。なんか、白い毛むくじゃらの塊に耳をはやした生き物も同じ場所に寝転がっていた。よく分からないが、ここにいて二匹につぶされるのもかわいそうだから持って帰ってあげよう。

 「力の限り走ってください」

 俺の声に従って、みんなでこの場から逃げるように駆け抜けた。
 どうやら、俺達は大して敵視されていなかったようで、追いかけるようなことはしてこなかった。それよりも、目の前の強敵を優先したのだろう。
 無事に逃げられて良かったのか、ややこしいことになって悪かったのか。
 俺達はとりあえず、さざなみ寮に避難することになった。






 さざなみ寮で全員が一堂に会する。
 話し合う内容は、この状況をどうすればいいのかだ。
 酔っ払って寝ていた人たちも、もう酔いは覚めたようだ。最初は今までの行動にちょっと恥ずかしそうにしていたが、ちゃんといつもの様子に戻りつつある。

 「それで、あの魔物は何なんだ?」

 「俺が知りたいですよ。なんか、湖にでも封印されていたようですね」

 あのときの出来事を思い出しながら、何が起きたのか考えてみる。なんか湖で爆発が起きた後に出てきたけど、湖の中にでも封印だっただろうか? 妖力がこもった久遠の雷球が当たって、封印が壊れたというのかもしれない。
 それにしても、この辺りであんな強力な魔物が封印されていたのは驚いたな。師匠たちは知っていたのか? いや、たぶん普通の事故だな。あっちの方はまだ封印は長く続くはずだったのだろう。それが、事故で封印が壊れてしまった。

 あれ? もしかしたら、これって俺の責任になるのか?
 ものすごくやばい状況?

 よし、まじめに対処しよう。

 「久遠に加えて、あの魔物か。面倒なことになったね」

 「魔力はあまり感じなかったですから、妖怪のたぐいなのでしょう」

 「とっても強そうでした」

 「ああ、久遠と同等かそれ以上だ」

 幸いなことに、ここには人手がある。HGSに使い魔に退魔師がいる。何とかなりそうかもしれない。

 「それで、この人はいったい・・・・・・」

 耕介さんに声をかけられて振り返ると、そこには封印が解かれた時から寝ている女の人がソファーに寝ていた。

 「怪我はないようだね」

 女の人は愛さんに見てもらっていた。どうやら異常は無いらしい。
 なら、なんであんなところで寝ていたのだろう? 服はきれいだったから、ずっと外で暮らしているような生活はしてなさそうだ。

 「あっ、起きた」

 女の人の目が開く。どうやら起きた様だ。

 「大丈夫? 痛いところはない?」

 ぼんやりとした表情で愛さんのことを見ている。
 まだ意識ははっきりしていない様だ。ぐっすり眠っていたからな。

 「愛さん・・・・・・?」

 つぶやく様にそう言った。あれ、まだ自己紹介していないよな? もしかして知り合いか?

 「あれ? 私の名前、言ったっけ?」

 「あっ・・・・・・!」

 女性が愛さんの名前を言うが、どうやら愛さんにとっては見覚えがない様だ。なぜか名前を知っている不思議現象。
 なんかおろおろし始めた。いつもならその様子を見て楽しむのだけど、今回はあまり時間が無いからさっさと話を進めよう。

 「湖であなたが倒れていたんですけど、どうしてか分かります? 後、名前を聞いても良いですか?」

 「あっ、はい・・・・・・」

 少し思い出そうとする様子を見せた後、ゆっくりと話し始めた。

 「私の名前は雪と言います。それで、その、・・・・・・」

 言おうかどうか迷っている様子だな。何か言いにくいことでもあるのかな?
 いろいろ情報を与えてみるかな。そしたら、言いやすくなるかもしれないし。

 「雪さんを見つけたと同時に、湖から狼の様な姿をした大きな魔物が現れたんですけど、何か知っていますか?」

 「えっ、ざからが!?」

 やっぱり何か知っていたな。あの魔物はざからと言うのか。そして、雪さんと関係があると言うことだな。

 「それについて知っていることを話してくれませんか? そのざからが、今この寮の飼い狐と山でじゃれているんですよ」

 「じゃれていないから。もっと切実だから」

 横から仁村さんに突っ込まれた。確かに、巨大動物の真っ向からの対立だから、そんな生やさしいものじゃないか。ちょくちょく戦闘音が聞こえるしな。
 早くしないと、山が大変なことになっちゃう。大切な猫たちの住処だというのに、ぼろぼろにしてしまったらタマさんからお叱りを受けてしまう。

 「まあ、そんな訳なので何か知っていたら教えてくれると助かります」

 「・・・・・・分かりました」

 それから、雪さんとざからについて知っていることを教えてくれた。

 何でも、雪さんとざからは昔から湖に封印されていたらしい。その経緯は、400年も前にざからが国守山の辺りを荒らし回った魔物で、人も魔物も区別なく、全てのものを破壊することのみを目的に暴れていた。
 それをどうにかしたのが、骸と雪と氷那の三人。湖の底の氷の檻をつくり、そこに封印して、ざからと雪さんはその中で永い眠りについていたらしい。骸というのは人間の祓い師で、ざからとの戦いで亡くなったとのことだ。氷那というのは雪さんの側でのほほんとしているこの珍妙な生物らしい。湖から成り行きで持ってきたけど、意外に重要な生物だったようだ。そして、雪さんはなんと雪女とのことだ。肌が白くてきれいなのはその所為なのかな?

 「それにしても、何で封印が解けたのでしょうか? 人が立ち入れないところにあったはずなんですけど」

 「「だいたいこいつの所為だ」」「この人の所為です」

 仁村さん、リスティさん、更にはリニスから指を指されて言われた。

 「ひどい、俺が何をしたって言うんだ! 主に久遠のせいじゃないの?!」

 封印を解いたのは久遠の雷球だぞ。俺は何もしていないぞ。

 「君が久遠に酒を飲ませて酔わせたのが原因だろう」

 「リスティさんだって事情を知った上で、酒が飲めると喜んでいたじゃないですか」

 酒飲みの宴会をすると言ったら、すぐにやろうと言ったのは誰だったっけ?

 「おまえがそんな場所に逃げるのが悪いんじゃないか」

 「一番酒を飲んでいた仁村さんが言いますか?」

 一番楽しんでいたのはこの人だと思う。

 「あなたは基本的にノープランなんです」

 「リニス、そんなことを言うが手の出しようがないあの状況から一変したぞ」

 今までのれんに腕押し状態だったのに、今は久遠も本音で行動する様になった。これは良い傾向じゃないのか?

 「悪い方向に変わっているよね?」

 「神咲さん、人は何かを犠牲にしなくちゃ前に進めないんですよ」

 「どうやら、かなり厄介な人物の様だな」

 「何を言うんですか、神咲さんのお姉さん。俺ほど円満に解決しようと努力しているのはいませんよ」

 「「「「どこが!?」」」」

 総ツッコミを受けた。周りの評価がすごく低いのを知った。

 「あと、うちの名前は神咲薫(かおる)だ」

 確かに、神咲さんのお姉さんは呼びにくいな。名前を教えてもらって助かった。

 「そうですか。ならこれから、妹さんの方をドジっ娘。お姉さんの方をまじめっ娘と呼びましょう」

 「おい!」「ちょっと!」

 俺のあだ名に二人が止めに来た。那美さんはよく転ぶ人だし、薫さんはなんか融通聞かなそうなんだよな

 「上手い!」

 「仁村さん!」「真雪さん!」

 仁村さんからお褒めの言葉をもらいました。どうやら、二人の人となりを性格に表した言葉だったらしい。

 「みんな、今はそれくらいにして、久遠たちをどうするのか考えようよ」

 「耕介さんの言うとおりですね。もう、みんなすぐに脱線するんだから」

 「「「あなたに言われたくない」」」

 まだ対処法も決まってないし、いい加減決めなくちゃな。
 雪さんからもっと詳しい事情を聞けないかな?

 「くすっ」

 「ん?」

 雪さんが笑った。今まで不安そうな顔をしていたのに、少し緊張が解けたのかもな。

 「ここはいつも賑やかで良いですね」

 「?? 君は以前ここに来たことが?」

 「はい、昔一度ここに来たことを覚えていませんか?」

 「いや、・・・・・・そんな覚えは・・・・・・」

 「私がざからと一緒に再度封印されたとき、私に関する記憶も同時に封印されました。けれど、封印も解かれましたし、そろそろ思い出すと思います」

 なんていう高等な封印だろう。関係者の精神にまで作用するのは珍しいな。意外にすごい人なのかな?
 なぜそこまでしなくちゃいけないのは謎だが。

 「あっ、思い出した!」

 「まだぼんやりしているけど、確かにあったような・・・・・・」

 「確か、雪合戦をやったよね?」

 「はい」

 雪さんの言うとおり、以前にみんなと会ったことがあるらしい。けど、ちょっと昔のことの様で那美さんとか、最近寮に入ってきた人は知らない様だ。

 「なら、事情をもっと早く話してくれれば良かったのに」

 「あまり皆さんに迷惑かけるのも」

 「迷惑だなんて・・・・・・」

 なるほど。それで記憶も封印したんだな。お人好しのこの寮の人たちのためという訳か。

 「まあ、そこは今は置いておいて、今はどうするのか考えましょうよ」

 昔のことを今ぐちぐち言っても仕方ないから、さっさと話を進めよう。

 「よく話を脇道にそらさせるおまえに言われるのもなんか釈然としないな」

 「気にしたら負けですよ」

 「あ、はははは・・・・・・」

 那美さんの苦笑いが何ともむなしいな。

 「それで、ざからってどんなやつなんです? 弱点とかあります?」

 「弱点とかは特に・・・・・・。性格は強いのが好きと言うことくらいしか・・・・・・」

 「あっ、やっぱりバトルマニアなんだ」

 何となく、気がついていた。バトル好きな人って、師匠たちの知り合いにたくさんいるから、あの目を何度か見たことがあるんだよな。

 「ざからがと言うより、骸がそんな感じでしたね」

 ざからを封印するときに骸とざからが死闘を演じたらしい。そのときに、骸がざからの強さを尊敬したようだ。ざからは、誰からも必要とされなかった自分を、初めて必要と認めた骸に対しては、複雑な感情を抱いているとのこと。
 それで、ざからは自分を超える様な相手を待ち続けているらしい。

 「なるほど。けど、ざからより強いやつはいないんだよな」

 現時点でざからより強いやつはいなさそうなんだよな。
 この場ではどうやら薫さん、俺とリニスの順に強い気がする。それでも、久遠に勝てるのかどうかも分からない。力不足というやつだ。

 「私が封印できます。それが一番安全です」

 「マジで? お願いします!」

 「いや、即答するなよ」

 けど、楽な方法があったら、それを選びたくない?

 「そうそう、こう言うのって何かデメリットがあるんだろ?」

 「雪さんが封印が解けたとき、現場にいたことそうなんだろう」

 「・・・・・・はい」

 う~~ん、どうやらざからを封印すると、雪さんも封印されてしまうようだ。
 それで、封印が解かれたときに突然現れたんだな。

 「なら、やめておきましょう」

 犠牲が出るなら仕方が無い。この方法はなしだな。
 なら、前から考えていたとおりの方法で行くか。その方が成功率が高そうだな。

 「そんな気を遣っていただかなくても大丈夫です。今までだったそうでしたし」

 「だからって、おまえが犠牲になることないだろ」

 「他に方法がないか、みんなで考えてみましょうよ」

 ちょっとネガティブな思考になっている雪さんを真雪さんたちが説得している。

 「それで、雪さんが楽しいならそれで良いですよ。けど、そうじゃないでしょう」

 ずっと湖の底で眠っているのもつまんなさそうだ。あまり楽しいとは思えない。
 それに、残されたさざなみ寮のみんなはいやがるだろう。誰かが犠牲になるのをいやがりそうな人たちだからな。
 と言うことで、その方法はやめておいた方が良い。楽しくない方法は却下だ。

 「封印が終われば、その間のことは皆さん忘れますよ」

 「あっ、ならそれにしましょう」

 それは良い解決手段。そんな手があったとは知らなかった。

 「「「おいっ!!」」」

 「俊也さん、だから即答しないでくださいよ」

 「君はいい話に出来ないのかい?」

 「いや、忘れちゃえば別に俺達に影響はないかなって・・・・・・」

 そうなれば、別に誰かが悲しむことはないんだし、これで解決すると思ったんだけどな。正直な話、会って間もない人のために体を張れるかって言われたら唸ってしまう。

 「楽だとは思ったんだけどな~。やっぱり、ある程度苦労しなくちゃいけないのか」

 「楽ばかり求めるなよ」

 「あれ? もしかして、その言い方だと何か良い方法がある?」

 那美さん鋭いな。意外と言えば意外だ。

 「ざからに関してはどうにかなりそう。けど、久遠の方はどうだか分からないな」

 「と言いますと?」

 「ざからは簡単に言えば一人で勝てば良いんですよ」

 「それが難しいんじゃない?」

 「ああいうのは正々堂々と闘って負けたら満足なんですよ。だから、その家庭はある程度どうでも良い。だから、一人ずつ挑戦すれば良い」

 さすがに戦い続けるのもつらいから、ああいった場合は納得のできる負けが欲しいんだ。
 だから、正面から闘えれば、ある程度は過程はどうでも良い。自分に勝ったやつに会いたいというやつだ。

 「とはいえ、あいつに勝てるのか? うちでもどうだかわからない」

 「勝ち抜き戦ですよ。なら、大丈夫です」

 「けれど、魔物に正面から戦えるとしたら、俺と薫とリスティ、あと君らくらいだけど」

 確かに、俺とリニスを入れてもざからを倒しきれるとは言いきれない。けど、まだ他にも戦えるのは残っている。

 「久遠がいるでしょう」

 「えっ?」

 「今ざからと互角に戦っている久遠がいます。どっちが勝つにしても、終わる頃には両方ともかなり疲弊していると思いますよ」

 「せこいな!」

 「有効活用と言って欲しいです」

 これが賢い選択だと思うんだよね。
 たぶん勝つのはざからだ。封印が解かれる前にいろいろやっているし、久遠が勝てる可能性は低い。
 俺らは久遠がやられる前に、間に入ってそれぞれを相手にすれば良い。
 ざからから久遠を引いた力量なら、俺らでも勝てるだろう。

 「久遠が終わったら、俺、薫さん、耕介さんと続きましょう」

 「君が一番最初なのか?」

 「俺が一番慣れていますから」

 日常的にタマさんから修行を付けてもらっているわけじゃない。妖怪や巨大動物の相手は耕介さんたちより慣れている自信がある。
 これが一番怪我がない順番だろう。薫さんも妖怪の相手は慣れていそうだから、二番目に持ってきた。

 「私は闘わないんですか?」

 「リニスは空を飛べるから、負けたときの回収係」

 「それって、一番目は勝つ気がありませんよね!」

 「何を当然のことを言うんだ」

 「当然じゃありませんよ!」

 正直、久遠分を引いてもざからに勝つ自信は無い。だから、負けても怪我が少ないだろう俺が一番目で、次の薫さん、耕介さんにかけている。俺がやることは、次で勝てる様に力をそぎ落とすことだ。強大な敵の相手、怪我になれている自分が少し悲しい。

 「それで、問題は久遠の方だ。ざからと違って、負の感情、精神面でのことだから力業が通用しにくいんですよ」

 「その辺は私に任せてくれませんか?」

 「あ~、確かに勝負がつく頃には久遠もあまり闘う力が残されていないだろうから、那美さんでも何とかなるかもしれない」

 「私でもって・・・・・・」

 そこは当然でしょう。ドジッ娘さん。
 ざからのせいで、違うところに人員が割かれてしまうからどうなるかと思ったけど、どうにかなりそうだ。

 けど、ちょっと心配だから、もっと人数を増やしておくか。

 俺は、持っていた携帯を取りだして、ある人の携帯に電話する。

 プルルルルルッ プルルルルルッ

 「・・・・・・」

 ピッ

 『もしもし、なのはです』

 「あっ、高町。オレオレ、実は交通事故を起こしちゃって、お金が必要になったんだけど」

 「警察関係者の前でオレオレ詐欺をするな」

 イタッ、殴らなくても良いのに。ちょっとしたジョークじゃないか。

 『俊也君。どうしたの?』

 今のやりとりで、俺だと分かる高町もおもしろいな。

 「夜遅くに申し訳ないんだけど。ちょっと、いまいち頼りにならない人と、老人趣味で人相が悪い人、かつて家族に多大な迷惑をかけた人と話したいんだけど」

 『その言い方は良くないと思うの・・・・・・』

 いや~、ちょっとしたジョークだよ。
 あまり気にしないで。

 『お姉ちゃん、お兄ちゃん、お父さん、俊也君から電話だよ-!』

 あっ、やっぱり通じるんだ。それもそれでひどいと思うぞ。

 『梅竹か。どうしたんだ?』

 恭也さんに変わってくれた。なんて言って変わってもらったのかは、言わないでおいてあげよう。

 「妖怪退治に行きましょう!」

 『いや、よく分からないから』

 「ノリ悪いですね」

 そこは、いいともーー! と叫びましょうよ。まあ、叫んでいるところを想像できませんけど。

 『事情を説明してくれ』

 「仕方ないですね」

 『そこは当然だと思うぞ』

 仕方がないから、説明しよう。
 今までの経緯をわかりやすく説明した。

 『分かった。父さんと美由希と一緒にすぐに行く』

 さすが恭也さん。頼りになる。
 前回の任務が役に立ったな。あのとき、恭也さんたちと戦闘関連で知り合って良かったと思う。例え、修理費とかで金銭の利益が少なかったことに対して、目をつぶれるほどに。

 「今、恭也さんたちを呼びましたから、戦力は増員しますよ」

 「恭也さんが?!」

 「あれ、那美さんもお知り合いですか?」

 「えっと、ただの同じ学校の生徒だよ」

 俺に言われて、那美さんがほほを染めながら焦った様な表情で言った。そんな顔を見て、真雪さんがにたりと笑った。

 「愛しの恭也くんが助けに来てくれるってさ」

 「もう、真雪さん!」

 「そうか。那美も、もうそんな歳か」

 「薫ちゃんも!」

 「何、この状況?」

 どうやら、なんか奥深い事情がありそうな、なさそうな気がする。






 「そういえば、ざからも出たので、タマさんにでも助けてもらえば良いんじゃないですかね?」

 意外な要素が出てきたから、タマさんも手伝ってくれるんじゃないかという意見が、リニスから出た。タマさんのことを知らない周りは何だろうって顔をしている。

 「あの縄張りとかで野生の本能が爆発している所に、タマさんを放り込むとどうなると思う?」

 「ごめんなさい」

 予想できた様だな。あんな場所に、猫のタマさんがいたら、たぶん両方とも食い殺していると思うぞ。こたつが好きなタマさんだけど、それなりに動物らしさはあるぞ。おまえほど野生は捨てていない。

 「なら、お師匠さんはどうですか?」

 「真剣勝負の戦いがしたい時に、素手で来る相手へ、光学兵器を武装した巨大ロボットで立ち向かったときに、相手が納得すると思う?」

 「ものすごく悔しいし、やり直しを求めますね」

 そうだろう。実力差がありすぎると負けたことに納得行かなくなるものだ。
 こういうのは、格下が必死で勝利をつかむと、負けても納得できるものなんだよ。

 「だから、俺らがやるしかないんだ」

 意外に、こういった場では使えないからな。
 俺らのような弱い方が、説得とかは向いている。

 「がんばりましょうね」

 「ああっ、がんばろう」

 結局の所、やるしかないんだよ。やるしかね。





[26597] 第25話
Name: 山田◆9425fdd8 ID:d06740f4
Date: 2011/05/05 19:13



 いざ、戦いの場へ。

 恭也さんたちも来たし、後は久遠とざからの戦いが終わるのを待つだけ。

 みんなで戦いの現場に来たとき、ちょっと気軽に挑もうとしたのを後悔した。

 鳴き声が地鳴りの様にとどろいているし、電気が辺りをバチバチと走っている。組み合った巨大な獣が、転がり回りながら木々をなぎ倒していっている。
 踏みつぶされた辺りが、平野の様に平らになっている。まさに、自然の闘技場の様な場所だ。

 「急におなかが痛くなってきた」

 「観念しな」「諦めてください」

 リスティさんとリニスに注意された。ちょっとくらい弱気になっても罰は当たらないと思う。いざ闘うとなると必要にテンションあげるから、今は自由でいってもいいんじゃないか。

 グガアァアァッ!!

 おっ、久遠が倒された。もう起き上がる気力も尽き欠けている様で、立ち上がろうとするが脚が震えていた。かなりダメージが来ている様だ。
 ちょっと見ていて痛々しいな。どっちも譲れないものあるって感じで、尽きるまで闘ってって感じだ。さすがバトルもの。いつの間にか目的がどっか行っている感じだ。久遠って憎しみで闘っているんだよね? バトルマニアじゃないよね?
 早めに止めた方が良い気がしてきた。

 「じゃあ、行きましょうか」

 「ああ」

 俺の言葉に周りがうなずく。担当は俺とリニスと薫さんと耕介さんがざからと戦い、高町親子とリスティさんと那美さんが久遠の説得だ。雪さんと氷那は観戦している。
 久遠の説得には、リスティさんと恭也さんたちが動きを止めて、那美さんが訴えかけるというものだ。久遠の方は那美さんにかかっている。がんばれ~。

 俺はがんばって逝きましょうかね。文字の間違いにあらず。
 だって勝つ気はあまりないから。見た感じ、そこそこざからが余力残していそうでびっくりした。俺の予想では息切れしている感じだったのに、とんだ誤算だよ。

 「梅竹俊也。尋常に勝負されたし!」

 ざからの目の前で大声で勝負を宣言する。やっぱり、こういうのは口上とか必要だと思う。こっちの気持ちもある程度伝えておかなきゃ、こっちが勝ったときに丸く収まる気がする。

 俺の言葉を受けて、ざからは少しにやりと笑った。
 そこそこおもしろうな相手が出てきてくれてうれしいって感じだな。この戦闘狂め。
 雪さんが言うには、骸という人に感化されているらしい。どういう人だったのだろう? なんでも自らが瀕死の重傷を負っているのに、ざからのことを「強いっていいなぁ」とか言ってる人らしい。やっぱり、戦闘狂か?



 俺は小太刀を抜いて、一気に距離を詰める。
 そして、刀を振るう。

 パリンッ!

 小太刀が折れた。それもばらばらに。

 「またですか?!」

 「うっさいリニス。またとかいうな!」

 悲しくなるからいわないで欲しい。
 さすが、久遠の爪や雷球に耐えてきたことだけある。強固な毛皮を持っている。

 「うおっ!」

 ざからの爪が振るわれる。こっちが武器を一つ失ったというのに、容赦がない様だ。
 まあ、もう勝負は始まっているし、待ってくれないよな。

 「うおおおっ!! あふれろ。俺の魔力!」

 「魔力の操作に気お付けてくださいね」

 分かっているよ。放射しなければ、魔力の操作はできるんだよ。そこそこ上手いんだよ。
 折れた刀はもう脆くなっているから使うのはやめておいて、予備で持ってきたもう一本の刀を取り出す。
 二本持ってきて良かった。いきなり、詰むかと思った。
 残りの武器は小太刀一本と槍の一本だけだ。うん、心許ないな。

 「さあ、崖っぷちにたった俺の力を見ろ!」

 「早いですね。追い詰められるのが。まだ一分も経っていないですよ」

 さっきからリニスがうるさい。痛いところを突いてくる。
 すでに、敵より味方からのダメージが大きい気がする。精神的に。

 「・・・・・大丈夫なんですかね?」

 「助けにいった方が良いのか?」

 「そうすると、作戦がめちゃくちゃになりますし」

 ほら、薫さんと耕介さんが困った顔をしているだろう。

 俺の魔力に加えて、魔石の魔力で補強して、武器を強化していく。
 そして、強化した刀でざからを斬りつける。

 「うらっ!」

 今度は毛皮を通して、傷を付けることが出来た。

 「短い様で長い道のりでしたね」

 「こら、俺が負けるまで暇だからって茶々を入れるな」

 ざからの攻撃を避けて、あるときはそらして防いでいく。隙を見つけては斬りつけて着実にダメージを与えていく。

 「それにしても、相手の体力多くない?」

 もう、何十分もこうしているんだけど。いい加減、相手も疲れてくれないかな。
 ざからの目がものすごくぎらぎらしてきているんだけど。なんか、俺の求めていた相手を見つけたって感じが、ものすごく圧迫感を与えてくる。
 ものすごく燃えている魔物がある意味怖いです。

 「こっちは終わったよ~」

 「マジで!? 早くない!?」

 リスティさんからの声が聞こえた。どうやら、久遠の説得には成功した様だ。うれしいんだけど、ちょっとうれしくない。俺はまだ戦い続けているのに!

 「もう、一時間以上経つよ」

 えっ、そんなに!? まだ、数十分しかたっていないと思った。もうそんなになるのか。
 俺も熱中していたんだな。

 「すごい戦いだね・・・・・・」

 「ああ。長時間闘っているのに、双方共に未だ息切れしていない」

 さすが退魔師だ。ちゃんと俺の戦いを評価してくれている。これはうれしい。

 「俺ですら真剣勝負はすぐに息切れするのに、まだ子供なのにすごいな・・・・・・」

 「うちでも無理や・・・・・・」

 それはもう、毎日人外を相手にしているから経験ですよ。文字通り必死でやるのには慣れている。
 決定打を受けるまでは倒れることはないと思う。気や魔力で肉体強化しているし、もう一時間は行けるだろう。

 「無駄に体力はありますから」

 「無駄な行動が出来るほどにね」

 「無駄っていわないで。俺の生き甲斐なんだから!」

 「「ほら」」

 「しまったーーーーーー!!」

 ぼけるのは楽しいです。ちょっと活気づきます。体力が回復した気がする。リニスとリスティさんが俺の回復に付き合ってくれている。
 それで、ちょっとぼけるのに気を取られた隙に、ざからが攻撃を仕掛けてきた。

 「へぶし!」

 ざからの脚で地面にたたきつけられた。全身に衝撃が走り、地面に埋まる。上からざからが力を込めて踏みしめていく。
 息苦しい・・・・・・。

 「いや、そこはあべしだろう」

 リスティさん。その悲鳴にはどんな意味が?
 ていうか、心配してくれよ。
 リスティさんとリニス以外の人は大丈夫? と声をかけてくれているぞ。俺のバトルを以前見たことがあるせいか、二人はあまり心配してくれない。

 それにしてもざからさん。今聞こえたぞ。「戦いのさなかにしゃべっているんじゃねえ!」と。
 完全に戦闘狂のキャラになっているぞ。
 頭がかなりヒートアップしているな。

 何にしても、このままじゃじり貧だな。一気に決めるか。

 武器に力を注ぐのをやめて、全身に力を注ぐことにした。
 がっしりと大地を踏みしめて、ざからの足を持ち上げていく。相手が重かろうと、気と魔力の使い方を知らない獣だ。気と魔力を使える俺にとってはあまり動かなければ力だけに集中できる。これくらいなら持ち上げられる。

 ざからの足を持ち上げて、そのまま投げ飛ばす。体勢を崩すだけじゃ、あまり有効ではなかった様で、すぐに立ち上がった。
 けれど、そのわずかな隙を突いて、ざからにつかみかかる。

 持ち上げるだけじゃ、投げ飛ばすだけじゃ決定打にならない。
 次につなげるためにも、何か大きなダメージを与えなくちゃいけない。

 なら、これしかない。

 「アレー-、このパターンは・・・・・・」

 リニスは気づいた様だな。俺がこれからする行動について。

 魔力を全身で練り上げて、一気に体外に放出する。
 未だに魔力を放出するのは不得意だ。なぜか、魔法弾を放出しようとすると爆発する。
 前回は魔石の数も少なかったが、着実に増えていっている魔石は、前回とは格が違う。
 同時に、俺も防御は上がっていっているから、死なないと信じよう。たぶん気絶する程度だ。気を確かに持とう。

 「これが俺の全力だーーーー!!」

 辺りに光があふれて、巨大な爆発が起きた。

 チュドーーーーーン!!!

 「「「「自爆っ!?」」」

 「それって得意技なんですかーーー!?」

 リニス、したくはないけど、俺の使える技で一番威力があるのが悲しいことにこれなんだ。技でもないけど、一番ダメージを与えられるんだ。俺の未熟さに泣けてくる。

 幸いなことに死ななかった様で、爆発に体を吹き飛ばされた。それを回収係のリニスに華麗にキャッチされた。
 これで、ざからに大きなダメージを与えられたはずだ。
 もしかしたら、倒したかもと思った。けれど、リニスに持ち上げられている状態で見たら、ざからはふらふらになりながらも「まだまだやれるぜ」みたいな表情で立ち上がっていた。

 ざからが立ち上がるのを見て、薫さんが前に立つ。

 それを見て、俺はゆっくりと目を閉じた。

 今日はもう疲れたよ・・・・・・






 その翌日、久遠の件については全部終わって、それぞれ元に戻っていった。
 久遠は今まで通り、那美さんの飼い狐として暮らすことになった。もう、暴走しないだろうと事件が解決することになった。なんでも、久遠が力を使い果たした状態時に、祟りを倒すという「神咲一灯流・真威・桜月刃」を那美さんが使ったことで収まったらしい。
 負の感情が消えた久遠の様子を見て、師匠も納得した様で、何かあったらまた自分が対処するという条件で他にも報告してくれるらしい。

 ざからについては、正々堂々と勝負をして負けたことで、勝者に屈服した。今では薫さんの言うことを聞く、さざなみ寮の良い飼い犬になっている。戦闘時以外はおとなしいもので、小さくなって体力の消費を抑えている。
 ざからは雪さんや氷那と一緒にさざなみ寮で住むことになった。ざからを倒したということで追加報酬が出たから、そのお金は雪さんにあげた。これが当面の雪さんたちの生活費になる。とりあえず恩を売って、困ったことがあったら助けてもらおう。
 雪女ということでこれから政府からもお金が出るらしい。温暖化の昨今。雪女と仲良くしておいた方が良いと考えたのだろう。まあ、国連の取り決めでは害意のない妖怪も保護の対象だし、良いんじゃないだろうか。

 この件の報酬は出たのだが、今はあまり残っていない。

 「山を耕せ、えんやこ~ら~」

 「早くしないと日が暮れますよ」

 「新米の内はあまり儲からないって本当だな」

 ざからと久遠が暴れた所為で荒れた山を整理している。
 今回の報酬は苗や肥料で結構使っている。奴らが暴れた面積はかなり広かった。

 「怪我をしている動物がいないだけ良かったのだ」

 「そうですね。そんなのがいたら、今頃タマさんに殺されていただろうな」

 うれしいことに、陣内さんや雪さんたちが手伝ってくれている。
 まあ、一人でやるにはつらい範囲というわけだ。

 しばらく放課後は山での活動になることだろう。
 みんなと遊ぶ時間が削れそうで、ちょっと涙目だ。









 最近、疲れるな。やっぱり、山での作業は結構体力を使う。
 学校にいるときは、最近グデ~~としている時間が多い気がする。

 「最近、お疲れだね」

 「いろいろあってね」

 つばさが机に突っ伏している俺を見て、声をかけてきた。

 「確かに、意外に訓練って結構疲れるよな」

 「そういえば、俊也と健は剣道をやっているんだっけ?」

 「お~、けど、俺のは今ちょっとちがうけどね」

 山の傾斜がきついです。まっすぐ立ちにくいです。ちょくちょく山での修行はやっていたけど、岩や大木の運搬は結構やりにくい。ついでにもっと動物たちが過ごしやすい様に、山を模様替えしている。ちなみに、作業をしているメンバーで俺が一番働いている。気や魔力も使えない連中に負けてたまるかーー!!

 「そんなことより、早く授業の課題やんなくちゃ」

 「そうだったな。何だっけ?」

 「学校新聞だよ」

 授業の一環で、町のことを記事にして新聞を作るという課題が出た。班をつくって、一班に一枚ずつつくって、後ろの掲示板に貼るというものだ。
 今周りで、それぞれ探してきた記事を持ち寄って、新聞を作る作業をしている。

 「さっさとやって寝れば良いじゃん」

 「いや、寝るほどじゃないな」

 疲れてはいるが、居眠りをするほどじゃないんだよな。

 「良い記事見つかったか?」

 「あまり探してこなかったな。健は?」

 「俺も他のことで忙しかったな」

 「周りは、やっぱりコンサートのことが多いね」

 最近、クリステラ・ソングスクールのチャリティコンサートがあったせいか、そのことを書く班が多い。俺らもそのことをかけるんだけど、周りと似たりよったりなのもつまらないな。美沙斗さんのことでも書くか? いや、それはまずいか。恭也さんにばれたら殴られそうだ。

 「じゃあ、俺は狐と狼の大怪獣頂上決定戦についてとかかな」

 最近の出来事を脚色して書こうか。それとも、正確に書こうか悩みどころだな。

 「怪獣記事? なら、僕は人体解剖の記事でも」

 うおう、本に載っている画像って、結構鮮明なのが多いんだな。なかなかグロイ。

 「二人とも濃いな。なら俺も、露出狂の出現ポイントと出現時間について」

 それは、警察に教えてやれよ。て言うか、よくそういうのを調べられたな。

 「いや、ただ単に小学生、中学生、高校生の通る道と時間帯、そして、俺が会った場所でのデータをまとめただけだけど」

 あっ、創作なのね。いい加減な情報が多いのか。確かに、こうはっきり書くと間違った情報でもそれらしく見えるか。この町に済んでいる人なら、学生が通る時間帯と場所は知っているから、だいたいそれに一致すると意外に信じてしまう。て言うか、露出狂にあったことがあるのか。
 ちなみに師匠も力を持っていないやつは捕まえにくい様で、そういった特殊性癖のやつはどうにも見逃してしまうらしい。だから、殺人とか強盗などの重犯罪は少ないが、そういった軽犯罪はそこそこある様だ。

 とりあえず、今までの内容をまとめて、新聞をつくって提出した。

 先生に説教を受けた。

 「やり過ぎ」

 どうやら、内容が過激だった様だ。もっと、身近なことにするようにといわれた。
 仕方がないので、作り直すことになった。

 「俺は先生の恋物語を書こうかと思う」

 先生が男の人と町中を歩いているのを何度か見たし、師匠から先生の話は聞いたりしている。赤裸々に思うさま書いてみようと思う。

 「それなら、僕も一つ知っているよ。町内サッカー部のキーパーが今度マネージャーにプレゼントを渡すんだって。あの青い石、なんだか不思議な感じだったな」

 小学生から恋愛とは早いな。恋愛には興味ないが、そういったはなしを聞く分にはおもしろい。

 「おまえらひどいな。なら、とらハ1,2,3,の恋愛相関図でも載せようか」

 健も対抗してきた。とらハって何だ? このKって男は誰だろう? Kにはたくさんの女の人の矢印が向いているぞ。

 今度こそはともう一度まとめて、提出した。

 「いい加減にしなさい!」

 今度はげんこつを追加してきた。

 体罰反対!

 俺の時だけ思いっきりしたな。やっぱり、本人の恋愛を文章にしたのは本気で怒らせた様だな。

 「もう、あまり時間がないから無難に仕上げようか」

 二度も却下されて、つばさが弱気になっている。負けるのはまだ早いと思う。

 「いや、ペンは剣よりも強し! まだまだ戦える!」

 「俊也も懲りないな」

 「けど、あまり時間はないよ」

 「大丈夫だ。ここに時間が経ったら消えるインクと、浮かび上がるインクがある」

 特別に取り寄せたものだ。これが必要になる任務がなんなのか分からないが、おもしろそうだからと思って勝っておいたのが良かったな。意外なところで使えた。

 「これで、今度こそ先生に勝つ!」

 「勝ってどうなる分からないけど、やってみる価値はあるね」

 「やってやるぜ!」

 つばさも健も俺の意見に載ってきた。今度こそ勝利を飾るときだ。

 「俺は、額に宝石を付けた凶暴そうな犬が町中をうろうろしていた件について書こう。あれは仕事にならないと思いたい」

 「僕は、コスプレしたクラスメイトが空を飛んでいた件について書くよ。あれは夢だと思いたい」

 「ぐぬぬ、なら俺はマントを羽織った露出気味の女の子が昨日停電を起こしたことを書く。早くフラグを立てたい!」

 それぞれについて書いて、文字が消えたら、上に交通事故の多い場所や老人ホームの記事について書いた。
 それを見せに行ったら、今度はすんなり通った。
 後が楽しみだ。

 それだけじゃつまらないから、夜中に忍び込んで今まで書いた二枚を横に貼り付けておいた。側でリニスが呆れていたが、そんなことは知ったこっちゃない。

 翌日、「にゃーーーー!!」と言う叫びが聞こえて、朝のホームルームで先生に呼び出された。



 あと、サッカー部のキーパーが持っていたという青い石は、高町が無理言って譲ってもらったらしい。魔力がこもっているものだったら俺も欲しかったな。俺は見ていないから分からない。
 青い石なんて、どこにでもあるものだしね。俺が歩いた先にある石の方が信用がある。最近、百円の指輪に魔石そっくりな形の石がくっついていて驚いた。
 俺の不運が一番の探知機だと思う。悲しいことに。







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