日が沈み、もう夜中だ。こんな日はさっさと帰って、お風呂に入って暖まり、布団に入って幸せになりたい。
そうだというのに、俺は夜中に町中を歩いていた。俺に課せられた仕事の一つ、町の見回りというやつだ。正直面倒だからやりたくはないが、やらないと上から怒られてしまう。何もない。そう思っていたのに始めて間もないのに、とんでもないものと遭遇した
日々穏やかな生活を過ごしていきたい。
そんな夢を見ていた日が確かにありましたとさ・・・。
「グルォォォォォオオ!!」
現在、目の前で怪物が甲高い叫びを上げている。相手の言葉がわからずとも、何を言っているのかわかる。
「喰ったろかーー! だな。食欲が旺盛なのはいいことなのか?」
できることならペットフードで我慢してもらいたいものだ。人を食べておなかを満たすのは賛同できない。しかも、自分がエサならなおさらだ。
「何落ち着いているんですか!」
側にいる相棒が、冷静に現実逃避している俺に大声で言う。威嚇している怪物よりも俺の体からにじみ出るやる気のないオーラが気になったようだ。
いや、だってさ。まさか初日からこんな大物にであうとはおもっていなかったんだもの。さすが俺の悪運といったところか。
「とりあえず、退治をしましょう。あなたはこういうのが得意なんですよね?」
「一応やるけどさ。自信はない! ……帰る?」
「帰りませんよ!」
「だってさ。師匠たちも付き添っていない、初めての全てを任された仕事だぞ。自信なくして良いじゃん」
「・・・・・・普通は張り切りません?」
「そんな心がけ、どこかに忘れてきたよ」
だってさ、みんな強いんだよ。師匠とかそのお仲間さんとか、絶対人間超えているよ。それに比べてみれば俺は弱者だ、雑魚だ。と言うわけで帰りたい。けど、帰ったら殺されそうだ。なぜなら俺は弱者だからだ。・・・・・・なんていう説得力だ。涙が出てくる。
「確かに、私も腕試しで戦ってみましたけど……」
軽くあしらわれていたよね~。異世界の魔法とか、いろいろみれて俺はおもしろかったけど。
「私、一応そこそこ強いと思っていました……」
地球に来たのが運の尽きだ。一般人はそうでもないけど、ちょっと裏を見てみると恐ろしく強いのがわんさかいるからな。その存在を隠さなきゃいけないほどのが。
「と、ともかく、がんばりましょう!」
まあ、半人前の俺と異世界の使い魔という心配のつきないパーティーだけどやるしかないか。
「がんばるしかないのか・・・このまま逃げ帰ったら、師匠たちに殺されるしな」
「何ですか、その逃げ場のなさは?」
「気にしたら負けだよ。この世界に入って学んだ大きなことは、諦めることだ」
「退廃的過ぎじゃありませんか!?」
「とりあえず、あの怪物の中にある魔石を確保しますか」
目の前の怪物もそろそろ空腹が限界らしい。牙をむきだして、よだれを垂らしている。
「いくぞ、リニス。突っ込めーー!」
「打ち合わせでは、私はサポート役で俊也さんがメインですよね!?」
「ゴー、ゴー!」
そのまま、俺は怪物へと向かう。刀を抜き、いつでも振るえる構えを取りながら相手との距離を縮める。
「結局あなたが突っ込むんじゃないですか!」
後ろで猫の使い魔が大声で何かを言っているが放っておく。まじめな子はからかうのが楽しいな~。最近の俺のささやかなオアシスです。
早く終わらせて、家で夜食でも食おう。そして、さっさと寝よう。
この俺、梅竹 俊也(うめたけ しゅんや)がこの事件に巻き込まれた経緯を説明するには一日ほど時をさかのぼる必要がある。
授業終了のチャイムが鳴り響く。これで、今日の授業も終わりだ。
……平穏な時間が終わり、俺の悪夢が始まろうとしているのだ。ああ、帰りたくないな。
「よっ、俊也、これから公園に遊びにいかねえ?」
俺がこれからの苦難を想像して絶望してると、何とも脳天気な友人が声をかけてきた。
「何だ、神代 健太(かじろ けんた)、性格 バカ、職業 変人」
あだ名は健(けん)で、奇怪な行動が得意。
「何、そのプロフィール!? そして誰に紹介しているの!?」
「これがこの学校からおまえに対する評価だが、何か問題でも?」
「問題あり過ぎだ!」
「何をそんなに騒ぐ必要があるのか。ほら、みんなが俺の言葉に頷いているだろ」
バカという辺りで、クラスメイトたちがゆっくりとうなずき始め、変人のところでは大きくうなずいていた。
「もしかして、俺って取り返しのつかないところまで来ている?」
まさか今更気がつくとは遅すぎる反応だな。そんなことは一年の頃から誰もが気がついているというのに。
「いやいやいや、俺は大丈夫だ。なぜなら俺はオリ主。女性から嫌われることなんて無いはずだ」
何かぶつぶつ言っている。言葉の端々は聞こえるが相変わらず言っていることがわからない。たまに聞いたこともない単語を言うので、誰も知らない異国の言葉に聞こえる。
「相変わらずの電波だね」
後ろから声をかけられたので振り向く。
「つばさか。どうした、おまえから声をかけるなんて珍しいな」
もう一人の友人が近づいてきたのだ。その友人の名前は八神つばさ。つばさは一人を好んでおり、俺や健が声をかけない限り誰かと話をしようとはしない。しかも、こっちから声をかけない限り、口も開かないという筋金入りだった。
それだというのに、今日は珍しくつばさから声をかけてきた。
「なに、今日はスーパーで卵が安いんだよ」
「……それがなにか?」
いきなりこいつは何を言い出すんだろう。話題を振るのが苦手だからって、突然卵の話をするのは無いと思う。
「わからないの?」
「はっきり言って、説明不足だ」
たいていのクラスメイトは、意味不明なことを言われて逃げてしまうらしい。言葉数が少なすぎるのがやつの難点だな。それでも、根気よく話を聞こうとする俺や健にしか、つばさが話をしようとしない。そんなことを他人から聞かされると、もしかして俺とこのバカがおかしいのかと思ってしまう。まあ、深くは考えないことだな。
それから、つばさは大きなため息をついた。やれやれといった感じで説明をすることにしたようだ。このような態度も、つばさが他人から敬遠される理由の一つらしい。
「卵が一パック10円だ。これは破格だよ。とんでもなく安い!」
何とも熱の入った主張だろう。何もこのようなときに発揮しなくても良いと思う。普段とのギャップに、周りで様子を見ていたクラスメイトが引いている。
「そしてお一人様一パック限り! これが何を意味しているのか君たちにわかるのか?!」
「……スーパーの客引きか?」
とりあえず答えを言っておく。卵が一パックは安すぎる。それでは利益をとれない。それなのにその価格で売り出すと言うことは、客を呼び寄せたいのだろう。一人一パックがその証拠だ。
「バカだおまえは! 健以上のバカだ!」
「なぜ俺に振る!?」
さっきまでぶつぶつ言っていた健がつばさに言う。しかし、今はそれどころじゃない。
「ちょっと待て、俺が健以上のバカとはどういうことだ? この上ない侮辱だ!」
「おまえも待て!」
健がうるさい。今は人としての尊厳を獲得するための戦いをつばさとしているんだ。おまえは黙っていろ。
「確かに、健以上は言い過ぎたよ。謝る」
「おまえら、俺に恨みでもあるのか!?」
相変わらず健はうるさいな。ともかく、謝ってもらったからにはこれ以上言うのも野暮だろう。つばさは卵をどうしたいのか聞くこととする。
「俺放置!?」
うるさい第三者は放っておこう。
「一人一パックということは、僕一人では一パックしか買えない。もっと欲しいから手伝って」
なんて言う傲慢な頼みだ。それに従う義理はない。
「残念だが、卵一パックは俺も欲しい。故に断る!」
俺は家の家事を任されている。もちろん食事もだ。だから、卵が安いと言うことは俺にとっても有益な情報だ。得することを他人に渡すことはない。
「僕の家は二人家族だ」
「だからなんだ?」
俺の家も大人が一人と猫が一匹の大所帯だ。おまえのところよりも一匹多いぞ。
「それは多いのか?」
ギャラリーが何か言っているが気にしないでおこう。
「だが、妹はいないだろう」
でた。こいつの病気が始まった。
実は、健もつばさも顔は良いし、頭も良い。それなのに、健は変人という理由で、つばさはこの病気が理由で周りからだめな人扱いされている。
「病の妹のために、ささやかだが卵を届けてやりたいという気持ちはないのか!」
教室中に響き渡る大声で、つばさが叫んだ。それに対して周りは慣れたもので、また始まったという顔でつばさの方を見ている。
「うるせえ! だったら、妹を連れて、買いに行けばいいだろう。それで二パックだ」
「正気か!? 車椅子に座った妹を、激安の戦いの渦に放り込めと? 貴様は鬼か? 悪魔か? 人でなしか?」
やばい、この人怖いよ。自分の欲しいモノは自分で狩ったらどうだと、提案しただけでなぜここまで言われなければならないのだろうか? 目が血走っていてすごい迫力だ。だが、それくらいでへこたれる俺ではない。とは言っても、病気の家族を持ち出されたら、これ以上言うのも気が引ける。
「だったら、俺がつきそうよ。ついでに荷物も運んでやる」
ギャラリーこと健がつばさにこんな提案をしてきた。だが、つばさはそれを拒否する。
「黙れ! 貴様はどうせ、妹が目的だろう! そのまま家に上がり込んで、不届きなことをするつもりだろう!」
つばさの言葉に健が焦って応える。
「ち、違う。ただ単に楽しく会話してフラグを立てようと」
そこまで言って、口を押さえる。健はしょっちゅう考えていることを、思わず言ってしまうことがある。それで、自爆ばかりしているのだから懲りないやつだ。
「そんなフラグとか意味不明なことを言っているやつが信用できるか! 例えだ、例えとして、一億七千五百三十七万八千九百七十五歩譲ったとして、俊也は許そう。だが、おまえはだめだ。八百億歩譲ったところまでシミュレーションしてみたが、やっぱりだめだ」
「それだけ譲歩しても、俺はだめなの!?」
「いやいやいや、俺だとしても一億歩も譲る状況なんて、きっとこないだろう」
俺は果たして一億歩も譲ってもらおうためにはどんなことをすればいいのか。想像もできない。
「そんなことを無いよ。俊也だったら、手足を自らの手で切り落とし人生を妹に捧げると誓うなら、窓の外から一目見ることは許してあげる」
「グロイしハードル高すぎるだろ! そこまでしても、一目っていったい!?」
「そこまでしても、俺は一目見ることも許されないのか……」
つばさの妹への溺愛ぶりは、病気を取り越してやばい呪いにでもかかっているかと考えてしまうほどだ。
「あの~~」
そんなとき、一人の少女がこちらに声をかけてきた。
「高町か、どうしたんだ?」
俺たちが三人で話しているときに声をかけてくる人がいるなんて珍しい。たいてい、一メートルは誰も近づかないというのに。
高町なのは、周りからは運動が苦手でちょっととろい子というイメージがあるが、俺はそうは思ってはいない。この輪に入ってくるところ辺り、勇気がある人だ。以前も初対面の女の子のために相手に向かっていったこともある。
「八神君は、商店街にあるスーパーに行こうとしているんだよね?」
どうやらつばさに話があったようだ。
「ああ、そうだ。今朝のチラシに卵の安売りが書いてあった」
こいつは毎日朝のチラシをチェックしているらしい。妹のことと言い、何ともまめなやつだ。俺は朝刊を読むだけで精一杯だというのに。
「確か、そのスーパーって、午前中に安売りが終わっちゃわなかったっけ?」
そのとき、俺を含めた三人の動きが止まった。考えてみればそうだった。卵の激安売りが小学校が終わる時刻。つまり、午後以降に残っているはずがない。
時計を見ると、もう三時過ぎだ。残っていたら奇跡だ。
「あ、あれ? わたし何かひどいこと言っちゃったかな?」
「そんなこと無いわよ。なのはは真実を言ったまで」
「けど、梅竹くんたちにはそれは残酷だっただけだよ」
側にいた高町の親友たちがそっと、高町の肩に手を置く。
「なのははこの争いを止めたのよ。それは立派なことなの」
「そうだよ。なのはちゃんは、勇気のある行動をしただけ。もっと胸を張って良いんだよ」
その後、クラスに残って今までのやりとりを見ていた人たちが、ぞろぞろ帰って行った。そして、誰もいなくなって初めて、俺たちの体の硬直が溶けた。
「きみの所為だ!」
つばさの拳が健にぶつかる。
「理不尽?!」
そのまま健は吹き飛び、大きな音を立てながら机とともに倒れ込んだ。
「僕に謝れ! むしろ、妹に謝れ!」
「今までのやりとりで、俺は妹に何したよ!?」
なんか乱闘が始まった。いつものようにくだらない争い事だ。明日には二人とも忘れて元通りでいるだろう。だからみんな止めないし、放って帰ることにしたようだ。これがうちのクラスの日常と言っても良いだろう。
「何ともおかしなクラスだ」
「「「おまえが言うな」」」
残っていたクラスメイトが俺に一斉に言った。はて? 俺におかしなところはあっただろうか? わけがわからない。
「・・・・・・ああ、疲れた」
これから、修行だというのに、もう精も根も尽き果てたかのような感覚だった。
気晴らしに窓から外を見る。
空はどこまでも青かった。