魔法少女リリカルなのは × スーパーロボット大戦
『魔法冥王リリカルナノシオン』
第二話 お話するためには時にぶつかりあう事も必要なの
海鳴市月村邸上空。差し込む陽光の豊かさに木々や草花が大きくを葉を広げて風に緑の匂いを流す世界で、自然とはかけ離れた異物とでも言うべき物体が二つ対峙していた。
一つはその手に漆黒の戦斧を携えた金髪の魔法少女フェイト・テスタロッサ。手で触れようとしても霧霞のように消えてしまうような、十歳に届くかどうかという幼い外見に相応しくない儚い雰囲気を纏っている。
人間にはあり得ない赤い色に染まっている瞳は、自分の目の前に立つ存在を認識した瞬間から続く困惑に、いまだ囚われたままで不理解と困惑を混合した感情の一滴に、瞳は揺れているまま。
一方でフェイトから困惑の眼差しを向けられている側も、フェイトとそう大差のない混乱した精神状態に陥っていた。
おそよ二十メートルの距離を置いてフェイトと対峙しているのは、白いロングスカートと胸元を飾る赤いリボンが印象的なジャケット姿の、フェイトと同年代の栗色の髪をした少女であった。
ほんの、数瞬前までは。
フェイトの視線の先に居るのがその少女のままであったなら、フェイトはこのような隙だらけの反応はせずに、無言のまま――確かな罪悪感を伴って――少女との戦闘を再開し、自身の求める古代遺失物ジュエル・シードの奪取に邁進していただろう。
だが、いま、フェイトの目の前に浮かぶ存在はなんだ?
フェイトが少なからず混乱している自分自身を自覚しながら、反射的に知識の棚を引っかき回して答えを探すと、完璧な答えとはいかないまでも類似した存在がある事を突き止める事に成功する。
「たしか、アーマードデバイス?」
時空管理局の認定する多次元世界の内、第一管理世界ミッドチルダで活躍する時空管理局地上本部の、一部の陸士部隊が使用する不完全ではあるが非魔力依存型の特殊デバイスの事である。
コストパフォーマンスや時空管理局の提唱する質量兵器禁止の理念に抵触する恐れがあるなどとして、本格的な配備は見送られた社会事情に封殺された異端のデバイスと同種のそれではないだろうかと、フェイトは推察したようだった。
フェイト自身はアーマードデバイス(フェイトが知っているのはゲシュペンストだけだ)と杖を交えた事がなかったので、一体どれだけの戦闘能力を持っているかは想像することも難しかったが、着用前よりも弱くなるなどという事はないだろう。
白い魔導師の女の子は、セットアップした直後になにかデバイスとやり取りをしていたようだが、ひょっとしたら彼女も使用するのは初めてなのかもしれない。
だったら、まだその機能を十全に発揮させることはできないだろう。相手の少女はどうも戦闘慣れしていない様子だったし、感知できる魔力量は自分と比較しても遜色のない素晴らしいものを持っていたが、まがりなりにも戦闘訓練を受けた自分の方が魔法の扱いには長けているはずだ。それならばこちらにも勝利の目は十分にある。
フェイトはそう自分に言い聞かせて、愛機であるインテリジェントデバイス“バルディッシュ”を構えなおし、いつでもミドルレンジでの魔法発動およびクロスレンジでの格闘戦に移行できるよう神経に緊張の針金を巡らす。
完全に落ち着きを取り戻し、にわかに戦意を高めて魔力の胎動を強めるフェイトに対し、、白いバリアジャケット姿だった魔法少女高町なのはは、というといまだに自分が手に入れた新たなデバイスのデザインに対し、不服があるというか納得がいっていないらしかった。
機械仕掛けの魔王とでも評すべき禍々しい鮮血色の、実に全高が5.7メートルにも達するロボット。それが、いま高町なのはが纏うURデバイス“ヴァルシオン”である。
超抗力チタニウム製の頭部の左右から、なのはの短く細いツインテールがぴょこんと伸びて揺れているのは、はたから見るとシュールの一言に尽きる。
見る者に心理的圧力をかけ、恐怖心を植え付けるデザインのヴァルシオンに、幼女といってもいい年齢の女の子の髪の毛が生えているのだ。かような異常物体を初めて目撃したというのにフェイトは、よく思考の混乱から短時間で立ち直ったというべきだろう。
紅色の鋼鉄の仮面に覆われてなのはの表情を窺う事はできないが、右手に携えた愛杖レイジングハートと、全身を覆う巨大な機動装甲と化したヴァルシオンには、主たるなのはの不機嫌具合がよくわかっているらしかった。
『Master?』
『どうしたね、マスター? 既に私の機能は君とレイジングハートにダウンロードしているだろう? なにか疑問点でもあったかな』
「疑問も何も、こんなす、すごい格好になるなんてビアン博士からは聞いてないよぅ」
『だがアーマードデバイスだとは聞かされていただろう。一般的なデバイスと違って着用者が任意にデザインを変えることはできんのだよ、それに私の外見は対峙者に対する心理的な効果を期待したものでもある。
それよりも今は現状の打破に気を割くべきだ。幸い、彼女はこちらの様子を窺う腹づもりのようだが、こちらからアクションを起こしてはどうだね? 話をしたいのだろう。繰り返し言うが、話を聞かざるを得ない状況に追い込むのがマスターの望みをかなえるのにはもっとも手っ取り早いぞ』
「う~、後でビアン博士にはお話聞かせて貰うんだから!」
なのはが子供が癇癪を起したように右手のレイジングハートを振るうと、ぶお、という音と共にレイジングハートの先に人間がいたら、その頬を打つほどの強風が巻き起こる。
魔法によって強化されたなのはの身体能力に加えて、ヴァルシオン自身の膂力の相乗効果だ。
全霊を込めたとはいえない何気ない一振りであったが、これだけで下手な魔導師は防御シールドごと粉砕され、中途半端な機械兵器なら容易く鉄屑に変わる。
なのはにはいろいろと思う所はあるが、とにかく今は目の前の黒衣の魔導師をどうにかする事が先決だ、と決めてまっすぐにフェイトを見つめる。
ビアンはヴァルシオンの着用者がアーマードデバイスの使用経験がなくても、使用に問題がないよう配慮していたようで、ヴァルシオンのセットアップと同時になのはの脳にはヴァルシオンのスペックと効果的な使用方法が反映されていた。
“念話”と呼ばれる魔力保有者間で行われる思考を伝達しあう通信手段を応用したもので、これによってなのはは既に何年もヴァルシオンを使いこなしてきたかのように、どう扱えよいかを理解している。
「行っくよー!」
『DivineShooter(ディバイン・シューター)』
フェイトに向けたレイジングハートの先端に在る赤い宝玉を過去生むようにして、なのはの桜色の魔力光が四つの弾丸となり、目にも止まらぬ速さで空を走り、フェイトへと襲いかかる。
目にも鮮やかな桜色の軌跡を幾重にも絡ませながら迫りくるディバイン・シューターを、フェイトは自分の大きな武器の一つであると理解している“速さ”で回避に移る。
生まれたときから空を飛ぶための翼を持った生き物でさえ不可能では、と思われる自由自在の三次元機動は、慣性の法則をも制御する魔法あればこその賜物だ。
なのはないしはレイジングハートによる制御でディバイン・シューターが残像を残すフェイトを追いかけるも、戦闘慣れしていないなのはの目では到底追い切れず、遂にはディバイン・シューター自身を構成する魔力が尽きて、儚い桜色の光の霧となって自壊してしまう。
「フォトンランサーっ!」
『Fire』
自分を追い回すディバイン・シューターの消失を確認するのと同時に、フェイトは反撃の一手を打つ。
選んだ反撃の手段は、なのはがヴァルシオンを着装するまで放っていた雷光の槍フォトン・ランサー。
フォトン・ランサーは直線機動のみを描くために回避されやすい傾向があるものの、速射性、連射性、魔力消費、威力、速度共に及第点を十分に満たす魔法で、バルディッシュの判断でも使用できる使い勝手の良い魔法だ。
戦斧形態のバルディッシュの先端の周囲に、金色の球体が瞬く間に生じ、数を増やした雷珠はすぐさま槍というよりは、矢に近い大きさと形状に変わってなのはへとほとんど視認できない速度で降り注ぐ。
網膜を切り裂くような雷の軌跡は、とうていなのはには見切れぬものでこれまで回避ないしは防御できていたのは、事前にレイジングハートがフェイトの魔力の変動を感知して対処していたおかげだ。
ヴァルシオンの巨躯から受ける印象では運動性や機動性に富んだ機体とは思えない。巨大すぎる機体には力強さや重厚さが嫌というほど溢れているが、その巨躯ゆえに小回りはきっと利かないだろうし、関節部分の稼働領域も少なそうだ。
フェイトの推測を肯定するように、ヴァルシオン形態のなのはに、フォトン・ランサーはフェイトの狙い通りに着弾コースをとり、回避不可能な距離まで迫る。
『ぬるいな』
なのはと同じかわずかに上回る魔力量と経験からくる制御能力を有するフェイトのフォトン・ランサーとはいえ、レイジングハートとなのはの二人ならば十分にプロテクション一枚で防げる。
フォトン・ランサーの威力が低いというよりもなのはの防御が相当に堅いためだが、ヴァルシオンを纏ったなのはの防御能力は、纏う以前をはるかに超えたものとなった。
ヴァルシオンの胸部に在る黄金の球形状のパーツ付近に直撃するはずだったフォトン・ランサーは、ヴァルシオンの前面に展開された半球状の力場に触れた瞬間、その表面をなぞるように軌道を歪められて無効化されてしまう。
「プロテクションでもラウンドシールドでもない? バルディッシュ、わかる?」
主人に問われるよりも早く鮮血色の鉄巨人が展開したシールドの分析を行っていたバルディッシュは、迅速に主人の望む答えを伝えた。
『The misinterpretation of the space is confirmed to the surrounding.The analysis is continued.(周辺に空間の歪曲を確認。分析を続行します)』
「歪曲フィールド……空間操作技術による防御力場、あのデバイスのサイズで展開できるほど小型のものが実現されていたなんて……。無詠唱魔法で打ち抜くのは難しそうだね」
『However, when moving to the attack, it is released. It is not because there is no scheme. (ですが攻撃に移る際は解除されます。打つ手がないわけではありません)』
「うん。私とバルディッシュなら大丈夫」
フォトン・ランサーの無効化にもまるで戦意を萎えさせることはなく、なのはの右側に大きく弧を描きながら、フェイトは新たな攻撃の隙を見つけるべく、大粒の瞳を肉食獣が獲物を狙うように細め、視線を鋭くとがらせる。
フェイト達主従が強敵の出現に新たな緊張にかすかに神経をとがらせる中、なのははなのはでヴァルシオンの外見とはともかくとして、その性能の高さを窺わせる一端を目の当たりにして感嘆していた。
なのはの貼るプロテクションを上回る防御性能を誇る歪曲フィールドは、なのはの魔力をほんの僅かに消費するだけで、発動も自動で行われて不意の一撃にも対処してくれる。
『返礼だ受け取りたまえ』
「え、え、わわ、勝手に体が動いている!?」
『クロスマッシャー!!』
どうやらなのはの意思を無視してヴァルシオンが勝手に自分で自分を動かした上に、攻撃まで行っていたようだ。ある程度の自己判断と裁量をインテリジェントデバイスに与える魔導師は少なからずいるが、主人の意思を無視して行動する人工知能というのは問題があるだろう。
機械ゆえの精密さでフェイトを追い、ヴァルシオン=なのはの左手が突き出されて左腕の外側の装甲の一部が左右に展開されて、収納されていた砲身が露わとなり、ヴァルシオンの巨躯さえも飲み込む巨大な光が放たれる。
白い破壊光の周囲を赤と青の螺旋が取り囲む膨大な魔力エネルギーの砲撃だ。自分の視界そのものを埋め尽くし、まるで壁の様に迫りくるクロスマッシャーに、フェイトは一瞬魂を吸いこまれるように見入られたが、バルディッシュの鋭い一声に気を取りなおして即座に回避行動に移る。
「っ、ブリッツアクション!」
短距離での高速魔法によってさらに加速したフェイトのすぐそばを、クロスマッシャーの光が過ぎ去り、その余波だけでもフェイトの薄いバリアジャケットの装甲を恐ろしい勢いで削っている。
フェイトの白皙の幼い美貌を、漆黒のバリアジャケットを、美しい金色の髪を、青と赤、そして白の三原色が、人など簡単に消滅させるほどのエネルギーを孕みながら煌々と照らす。
「くっ、なんて威力!」
『Sir!』
バルディッシュの警告に意識を振り向ければ、そこにはクロスマッシャーの発射を終えて、レイジングハートを振り上げて襲いかかるヴァルシオンの巨体が目の前に迫っていた。
天空に王のごとく座する太陽の光をさえぎり、逆光の中に禍々しい影を描いて、なのははレイジングハートを振り下ろす。
びょう、と鳴ったのはレイジングハートに抉り裂かれた風の悲鳴に違いない。
何時の間にその姿を変えたのか、黄金の三日月を先端に象ったような魔法の杖であったはずのレイジングハートは、長巻に近い形状の長大な刃物と変わっていた。優に三メートルを超す分厚く長い刀身は、薄紙を切り裂くようにフェイトの体を真っ二つにするだろう。
風を切り裂く速さで振り下ろされた白銀の刀身に対するフェイトの反応は、素晴らしいという一言に尽きた。高速魔法の使用による加速が終わらぬ段階で急制動をかけて、小さな体の挙げる軋むような悲鳴に耐えながら、フェイトは進行方向を真逆のものにかえて無理矢理レイジングハートをかわし、白銀の死から遠ざかって距離をとる。
少しでも危険から遠ざかりたいという本能的な恐怖が、フェイトになのはから距離を取らせるという選択肢を取らせていた。
『ほう、よい動きをするな。目も反応も魔法の扱いも申し分ない。これはマスターだけでは危うい相手だ』
『I quite agree with you(同意します)』
「うう、それは分かるけど、ヴァルシオンは何で私の事を無視して勝手に動いちゃうの! それにレイジングハートは私の知らない形になっているし、もう分けわからないよ! ていうかいまのってあの子が真っ二つになっちゃったらどうするつもりだったの!!」
『This is Divine Arm mode.Master(ディバイン・アームモードです。マスター)』
『本来は私の手持ち武装の一つだ。レイジングハートにデータをインストールしておいたからこれで接近戦にも対応できるぞ。安心したまえ、非殺傷設定にしてあるから精々骨の五、六本が折れる程度で済む』
なのはの抗議にまるで堪えた様子もなく、ヴァルシオンは淡々と説明に興じるきりだ。良くも悪くもマスターに対して自分のペースを維持しているのだが、デバイスというにはいささか問題があるように感じられる人格設定だ。
『扱い方もマスターにダウンロードしておいたから、使い方は把握しているだろう? 私の装甲と歪曲フィールド、マスター自身のバリアジャケットにプロテクションがあれば、SSランクの砲撃にも余裕で耐えうるだろう。防御に専念すればあの黒衣の少女の魔法はおおむね通じるまいよ』
「それは頼もしいけど……、うう、なんだかなあ」
ヴァルシオンを起動させてから納得のゆく展開になっていない現状に、なのははあからさまな不満を見せている。ヴァルシオンは、マスターから買われている不興の理由の一つを推察し、あえて述べてみる事にした。
『まあ、いまのマスターを見て誰も魔法少女だとは思うまいな。諦めたまえ』
「ひ、人が気にしている事をそんなにはっきり言うのはよくないとなのはは思います!」
図星だったらしい。ふっくらほっぺに朱の色を浮かべて可愛らしく怒って見せるなのはをからかうように、ヴァルシオンは答えた。
『ははは、六メートル近いロボットに変身しておいていまさら何を言うのかね? どこの世界に人型機動兵器に変身する魔法少女がいるものか。いやいや、ここに居たな。これは失礼』
「う~う~う~、ヴァルシオンは意地悪だよう」
『マスターへの愛ゆえと思ってくれたまえ。さて、このまま攻勢に転じるべきだな。後はマスターの指示に従うので、好きなようにして構わんよ』
「本当に私ってヴァルシオンのマスターなのかな、レイジングハート?」
『Cheer Up, Master(元気を出してください、マスター)』
「うう、私の味方はレイジングハートとユーノ君だけだよ」
よよよ、となのはは涙を流す真似をするものの、頭頂高5.7メートルの巨大ロボットと化したなのはがそのような真似をした所で、可愛らしさなど欠片ほどもなく、むしろその異様な外見とのギャップの激しさに、気色悪さを覚えるだけだろう。
とにかく、気を取り直すことには成功したなのはは、本当にヴァルシオンのコントロールが自分に戻ったのを確認し、改めて自分の意思でフェイトと対峙する。
ヴァルシオンの中身の少女が本人としてはいろいろと複雑な思いを抱えつつも、こうして対峙しているとは知らぬフェイトは、悪寒と共に背筋を流れる冷や汗を拭いたい衝動をこらえて、気負されぬよう力を込めて見つめ返した。
「なんだかいろいろとあったけど、今度こそちゃんと私の意思で戦うから!」
いろいろとあったのはなのはとヴァルシオンの間だけである。
『Divine Shooter』
ディバイン・アーム形態を維持しているレイジングハートの刀身を囲むように、再びディバイン・シューターが四つ形成され、螺旋の軌道を描きながらフェイトへと餓えた狼のごとく襲いかかる。
抜きつ抜かれつ、速度を変え、曲線の軌道を幾重にも描いて予測を困難なものに変えて迫るディバイン・シューターは、ヴァルシオンの演算能力がレイジングハートに加味されたことでその誘導性の高さをはるかに向上させていた。
高速移動魔法であるソニックムーブも織り交ぜながら、フェイトは全方位から絶えず襲い来るディバイン・シューターの迎撃と回避に、尖らせた神経があっという間に削られてゆくのを自覚した。
フェイトは、明らかに戦い慣れておらずまた他の魔導師との遭遇と戦闘に大きな動揺に襲われていた少女と同一人物とは思えない誘導性魔力弾の精密さに、舌を巻く思いをしながら、正面と左手上方から流星のように降り注いできたディバイン・シューターに、右手のバルディッシュと左手に発生させたラウンドシールドを叩きつけて相殺する。
両腕から伝わる魔力弾崩壊の衝撃に、整った造作の目元を顰めながら、残る二発のディバイン・シューターと鮮血色の巨体を探す。
「ディバイーーン……」
『Buster』
聞こえてきた可憐な声と収束する巨大な魔力に気付いて背後を振り返れば、ディバイン・アームの刀身を消し、デバイスコアである赤い宝玉状のパーツを、両端の長さが異なる音叉で囲んだシューリングモードに戻ったレイジングハートの先端に、何重にも環状の魔法陣が展開されて勢い激しく回転を始めていた。
ヴァルシオンに搭載された擬似リンカーコアが周囲の魔力素を吸収・変換して、主であるなのはとレイジングハートに供給し、なのは単独でのディバインバスターの倍近い莫大な魔力がレイジングハートの先端に球形の魔力塊となる。
なのは単独での砲撃がAAAランク相当の砲撃だが、なのはとヴァルシオン共同でのディバインバスターは、Sランクを容易に超える威力を持っているのは間違いない。
フェイトが捜していた残る二発のディバイン・シューターは、既に自壊させて魔力に還元し、それをヴァルシオンの擬似リンカーコアでもって吸収し、ディバインバスターの威力向上に回していた。
金属の弦を鋸で引くかのような異様な高音と共に練りに練り上げられた莫大ななのはの魔力が、ついに桜色の奔流となってフェイトへと解き放たれる。その瞬間、間違いなくフェイトの表情は恐怖と驚愕の二つに支配されていた。
「っ!!!!」
太陽の光を押しのけ、眼下に広がる森の木々をすべて桜色に染め上げるディバインバスターは、もはや砲撃と呼べるレベルを超えた砲撃であった。
美しい輝きを放ちながらなのはからフェイトへと一直線に伸びるディバインバスターは、フェイトの目には死という結末が、破壊という現象が、絶望という感情が、美しい光となって自分に襲いかかってきたのかと錯覚に陥る。
それほどまでになのはとヴァルシオンの産出する圧倒的な魔力が込められたディバインバスターに『死』を意識させられ、『破壊』させられると思い知らされ、『絶望』に打ちのめされた。
それでもなおフェイトの肉体は生存への欲求に突き動かされて、ディバインバスターの射線軸から逃れる事に成功する。回避した後の事などまるで考える余裕のない、とっさの回避行動であったことを、蝋人形の様に顔色を蒼白に変えたフェイトの顔が物語っている。
戦闘中であるにもかかわらず、つい、安堵の吐息を零してしまいそうになったフェイトの心臓を、聞こえてきた恐怖の言葉が握りしめ、震えあがらせた。
『Divine……』
「バスター!!」
「う、そ」
『チャージなどさせるか、と言われるかといささか期待したのだがね』
既にチャージを終え、先ほどと同じ、いやさらに輝きを増したディバインバスターの引き金に指を添えたなのはの姿と、もはや災害というほかないレベルの桜色の砲撃が、フェイトの脳裏に恐怖の二文字を無理矢理に刻み込む。
もはや言葉もなく必死の思いで――真実、フェイトはあの桜色の砲撃飲まれたら最後、自分には灰も残さず消滅させられると恐怖していた――回避行動に全霊を注ぐ。
桜色の砲撃はフェイトのバリアジャケットの一部であるマントの端を飲み込むも、はるか地平線の彼方へとその矛先を伸ばし、フェイトの幼い肢体に触れる事はなかった。
生物的本能に突き動かされ、フェイトの持てる全スキルを動員した回避の選択肢は、見事その正しさを証明するように、ディバインバスターの回避に成功する。
しかし、ああ、しかし、フェイトの絶望は終わらない。恐怖は終わる事を許さなかった。
「ディバイーーン……」
フェイトの赤の瞳が映し出すは、三度、レイジングハートの先端に生まれ、瞬く間に巨大化してゆく桜色の破壊の化身。
なのは自身が保有するフェイトと遜色のない莫大な魔力に、ヴァルシオン自身が産出する魔力に加味されたことでディバインバスターの発射に必要なチャージタイムと、砲撃それ自体の出力が凄まじく向上しているゆえに可能な、ほとんど間を置かぬ連続射撃だ。
威力もまた連射速度に比例するように強化されており、なのは単独でもAAAランクに相当する威力を誇るが、ヴァルシオンから供給される魔力によって強化されたディバインバスターは、いまや完全にSランクを超す破壊の域に達している。
フェイトが全力で防御に徹したとしてもおそらくは完全に防ぎきることはできないだろう。ゆえにフェイトに許された選択肢は、あるいは取らざるを得ない選択肢は回避以外にありえなかった。
「バスターーー!!!」
「くっううう……!」
『Buster』
「あ、く、ま、まだまだぁ!」
『バスター!!』
「私、私……はぁ!」
なのは、レイジングハート、ヴァルシオンによる三連の砲撃に、バリアジャケットの一部であるマントの端を消し飛ばされつつも、フェイトは恐怖に青白く染められた顔を桜色に照らされながらも、かろうじて回避に成功し続ける。
瞬時に無数の選択肢の中から正解を掴み取らねば絶望と恐怖と苦痛が蠢く奈落の底へと叩き落とされる砲撃の雨を前に、フェイトはいまにも波を被った砂の城の様に崩れ落ちようとする精神をなんとか支え、バルディッシュと共に飛翔し続ける。
しかし、なおもフェイトに迫るは無情なる桜色の砲撃。
「ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバインバスター! ディバイーーーーンン…………バスタァアアーーーーーーーー!!!!」
「い、いやぁああああ!?」
フェイトにとっての不幸は次元世界を見渡しても屈指の天才であるビアン・ゾルダークが、趣味と技術と資金を費やして作り上げた最高傑作であるヴァルシオンの内蔵する魔力コンデンサーの容量が、実になのはのディバインバスター二十二発分に相当したことと、ヴァルシオンに搭載された画期的な機能に依る。
ヴァルシオンには一分ごとに着用者の最大魔力量の三割を回復させるという驚異的な機能が内蔵されているのだ。戦闘の幕が切って落とされたら、後は魔力を消費する一方であるはずの魔導師の戦闘において、これほど画期的かつ反則的な機能も珍しい。
このヴァルシオンの回復機能によって、なのははヴァルシオンセットアップ後の戦闘で消費した魔力を、ディバインバスター連射前に回復しきった状態にあったのだ。
なのは自身の魔力保有量とヴァルシオンがあらかじめ内蔵していたコンデンサー内の魔力、さらには着用者の魔力を自動で回復させる機能によって、暴風雨の如きディバインバスターが、フェイトの全身を飲み込み、戦闘能力を奪うべく襲いかかることとなったのである。
世界のすべてを消滅させんとする魔王の暴虐のごとく放たれた桜色の砲撃は、フェイトにとって生肌にがりがりと深く爪を立てられるかの如く精神的苦痛を強いる恐るべき恐怖そのものであった。
しかし、いかになのはとヴァルシオンの魔力量が呆れるほど膨大なものであったとしても、決して無限ではありえない以上、いつかはこの砲撃の雨も止むことは必定であった。
砲撃と共に世界に響き渡る魔獣の方向の如き砲撃音が絶え、静寂の帳が世界に降りた事を、フェイトは張り裂けんばかりに鳴り響く心臓の音と、荒々しく狂った呼吸の音で気づいた。
「終わった……の……?」
ディバインバスターを放つ魔力が遂に尽きたのか、ヴァルシオンを纏うなのはは、シーリングモードのレイジングハートを構えた姿のまま、動く様子を見せず、フェイトの動向を注視するように動きを止めている。
自身の持てる技術のすべてと機転を用いて回避に専念したフェイトの疲労は決して小さいものではなく、陽光がそのまま神の手で紡がれたように美しい金の髪には大粒の汗の球が滴って、フェイトの小さな額や荒い吐息によって朱が昇った頬に数本張り付いている。
なだらかなラインを描く胸やお腹、背中からブーツに包まれた爪先に至るまで恐怖によって全身から生じた汗がぐっしょりと濡らしていて、それを拭いたい衝動をフェイトは必死に抑えていた。
目を離したその瞬間に、ディバインバスターかクロスマッシャーを放たれて、回避し損ねようものならば、フェイトの意識は瞬く間に暗黒の底へと叩きこまれることは間違いない。
(いける? それともフェイク?)
『――Sir?』
「大丈夫だよ、バルディッシュ」
無理をする必要はない、と暗に気遣うバルディッシュの心遣いに感謝の念を覚えながら、フェイトは儚い微笑を返す。
フェイトは萎えかけている自分の中の戦う意思を再び立て直すために、自身の戦う理由に思いを馳せた。たとえ魔力が尽きていると分かっても、目の前に立つ巨大な鮮血色の鉄巨人に挑むと考えただけでも足が竦み、腕が震える。
再び勝利を目指して戦いを挑むためには、どうしても自分を叱咤する必要性がある事を、フェイトはよく理解していた。
――私が、ジュエルシードを求める理由。私が戦う理由。私は、あの人に、もう一度!!
なのはへの警戒をバルディッシュに託した一瞬の間目を瞑り、再び開いた時、フェイトの赤の瞳の中には静かに、しかし激しく燃え盛る闘争の炎が灯っていた。
「バルディッシュ!」
『Yes,Sir.Scythform』
戦斧形態であったバルディッシュが、ブレードの位置をずらし幾度かの可変を行う事でその先端の変形を終えるや、フェイトの魔力によって死神の携える鎌の如き黄金の刃がバルディッシュから伸びた。
到底近接戦には向いていない大鎌という形態ではあるが、全身のバネを活かして振るう事が叶えば、まとめて人間の首など何人も刈り飛ばす事の出来る武器だ。
当然というべきか、フェイトはヴァルシオンと化したなのはとのロングレンジでの撃ち合いを、選択肢の中から真っ先に捨てている。
フェイトはクロスレンジでの戦闘も得意とするが、保有する攻撃魔法の大部分は射撃・砲撃魔法だ。火力を優先するならミドルからロングレンジでの撃ち合いとなるが、この分野においては、到底目の前の魔導師には及ばない事を、先ほどまでの一方的な砲撃戦で骨身に思い知らされた。
サイズフォームになったバルディッシュの魔力刃でも、はたしてアーマードデバイスの装甲に通じるかどうかはまるで自信がなかったが、距離を置いて射撃魔法や砲撃魔法を撃ち合うよりも百倍も万倍も勝利の目があるだろうと、フェイトには思えてならなかった。
「ソニックムーブ!」
必死の覚悟が滲むかのようなフェイトの短い呟きに、バルディッシュは忠実に答えた。
『Yes,Sir』
疾風の速度を得て、急速に加速する世界の中で、フェイトは右に左に、上に下に多角的な直線軌道を描き、少しでもなのはの目を誤魔化すべく動きを複雑なものへと変えながらバルディッシュの刃を届かせるべく、なのはとの距離を縮めてゆく。
その懸命な努力さえ、ヴァルシオンにとっては想定の範囲内であった事は、彼女にとって不幸なことであっただろう。ビアン・ゾルダーク本人の音声を使ったヴァルシオンの低く威圧的な声は、こう呟いた。
『プロペラントタンク、ロード』
その響きが虚空に散るのと同時に、ヴァルシオンの巨躯のどこかから筒の様なものが排出されたのを、フェイトの瞳が映すのに前後して、ヴァルシオンから失われたはずの圧倒的な魔力が溢れだす。
(――どう、して!?)
大鎌へと姿を変えたバルディッシュを振り上げた姿勢で吶喊した自分を止める事はもはや不可能。そんな距離で、ヴァルシオンは自分自身となのはに消耗した魔力をすべて余すことなく補給し終え、背中に負ったパーツから伸びる細い触角の様なスタビライザーを展開する。
「受けてみて、メガ・グラビトン・ウェエエッッブ!!!」
なのはの小さな女の子らしいソプラノボイスがその武装の名を叫んだ瞬間、ヴァルシオンの周囲に漆黒の風が吹き荒れ始め、それは瞬く間にフェイトの全身にぬるりと絡みついてその自由を奪い去る。
「体が、動か、ない!?」
いまやフェイトの全身を余すことなく束縛する漆黒の重力風は嵐と変わり、周囲の木々や地面を巻き込みながら、ヴァルシオンと化したなのはの周囲を餓えた龍が狂乱するかのごとく破壊し始める。
フェイトは残る魔力をバリアジャケットの強度と純魔力盾であるラウンドシールドの形成に回すも、常時全身に襲い来る偏重重力が負荷を齎し、連続して移動魔法を行使して消費したフェイトの残存魔力を貪欲に貪ってゆく。
「重、い。潰され、ちゃう……」
完全にフェイトが超重力の嵐に飲み込まれて、脱出する事も反撃をする事も出来なくなった頃を見計らって、重力操作の為に機体を固定していたなのはは、メガ・グラビトンウェーブの最後の仕上げとばかりに、ヴァルシオンの全身から重力衝撃波を放ち、重力の嵐の中に飲み込んだ全てを更なる破壊へと追い込んだ。
「!!!」
自分のすべてを飲み込む光の前に、フェイトは今度こそ意識のすべてを奈落の底へと沈めた。地盤がむき出しになり巻き上げられた土砂と木々とともに落ち行くフェイトへと、返り血に染まった魔王のごとき巨影の手がゆっくりと伸ばされていった。
続く
パラメータはSRWOGsを参考にしたものです。おおざっぱな数字なのであまり深くは気になさらず。
ユニットステータスはオリジナルヴァルシオン、武装は隠しユニットのヴァルシオン改を基にしております。HPを45000→10500に変更しました。
ユニット名:ナノシオン
HP10500 EN:450 運動性:95 装甲:2200
移動力:7 強化パーツスロット数:2 プロペラントタンク
リペアキット
特殊能力
歪曲フィールド すべての兵器によるダメージを半分に減少
バリアジャケット(ナノシオン) すべての兵器によるダメージを2000まで軽減
EN回復(大) フェイズ開始時にENを最大値の30%回復
武器名 属性 種別 攻撃力 射程 命中 CT 弾 EN 気力
射 エナジードレイン
S ― 1900 1~6 +70 ±0 2 ― ―
射 アーマーブレイカー
S ― 2200 1~6 +70 ±0 2 ― ―
射 ウェポンブレイカー
S ― 2200 1~6 +70 ±0 2 ― ―
射 ディバイン・シューター
P ― 3000 1~5 +30 +20 ― 10 ―
格 ディバイン・アーム
P 接近 3200 1~2 +35 +30 ― ― ―
射 ディバインバスター
― MAP 3700 2~10 +10 ±0 ― 70 110
射 ディバインバスター
― ― 4000 1~8 +25 +10 ― 20 ―
射 クロスマッシャー
― ― 4300 2~9 +35 ±0 ― 20 ―
射 スターライトブレイカー
― MAP 4600 3~12 ±0 ±0 ― 100 130
射 メガ・グラビトンウェーブ
― ALL 4900 1~10 +40 ±0 ― 30 ―
バリア貫通
射 スターライトブレイカー
― ― 5400 3~10 -10 ±0 ― 80 120
バリア貫通
射 全力全開※
― ― 6300 2~7 +20 +20 ― 120 140
バリア貫通
※メガ・グラビトンウェーブ → バインド → アーマーブレイカー → ディバイン・シューター → エナジードレイン → ディバインバスター → クロスマッシャー → スターライトブレイカー の一連のコンボ。
パイロット名:高町なのは 性格:普通
精神コマンド:不屈、必中、信頼、直撃、熱血、覚醒
特殊技能: ガンファイト、アタッカー、気力限界突破、底力、気力+(命中)、闘争心
なのはは若干サド仕様の精神コマンドと特殊技能持ちです。
ところで皆さんはリリなのキャラとバンプレオリユニットならどう組み合わせますか?
私は中のヒト的にシグナムとアンジュルグ、ヴァイサーガ、グルンガスト零式と参式、ダイゼンガーとか。
スバルあたりはソウルゲイン、雷鳳、アルトアイゼンあたり。
ティアナはアウセンザイターやアシュセイバーとあか射撃メイン。
なのはなヴァルシオンもそうですがラーズアングリフとか砲撃ユニットというイメージです。
はやては、BJ姿を考えるとアストラナガンあたりになるんでしょうかね?
7/22 タイトルを一部変更しました。