2011年5月6日5時53分
東日本大震災の大津波に流されなかった木造の建物があった。建築会社「シェルター」(山形市、資本金5千万円)を営む木村一義さん(61)が、「100年たっても大丈夫な木の建築を」と手がけた工法でつくった施設だった。
津波に耐えたのは、宮城県南三陸町の歌津公民館と同県石巻市の北上総合支所。公民館は、周辺の建物のほとんどが流されたなかに、ぽつんと残る。支所はコンクリート部分と比べて、木村さんの工法をつかった木の部分は傷みが小さかったという。
木村さんは大工の4代目として建築を学び、米国留学もした。木材と木材をつなぐ金具の工夫で、木の強さを引き出す「KES構法」と名付けた工法を編み出し、1974年に会社を起こした。
柱の部分、つまり構造体だけの価格は、ふつうの木造より5〜10%高くなる。リフォームの際に導入できる場合もある。
建てた家が100年もてば、子ども、孫は住宅ローンから解放される。そんな発想で、81人の社員とともに木造の住まいを全国でつくり、中規模以上の建物には技術を提供してきた。年商は36億円だ。
95年の阪神大震災では、神戸市のある地域は壊滅的な被害を受けたが、KES構法でつくった3階建ての木造家屋は残った。震度7クラスまでの地震には自信があった。大津波には不安がよぎったものの流されなかった。「うれしかった。でも、多くの建物ががれきになり、たくさんの命が奪われた。複雑です」
木村さんは、避難所になった山形市の市総合スポーツセンターに80世帯分の間仕切りを提供した。プライバシー確保のためだ。「これからも、できる支援をしていきます」(中島隆)