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農and森:今年は国際森林年 未来担う森の守り人

 国土の約7割を緑の木々が覆う日本。国土に対する森林の面積を表す森林率は、フィンランドに続いて世界2位と森林大国としての側面を持つ。だが、森の守り人である林業は長期間低迷し、豊富な資源を活用し切れていないのが現状だ。一方で、防災効果や新たな資源としての木材にも注目が集まりつつある。2011年は国連が定める「国際森林年」でもある。今年度第1回の農業特集は、林業の現場から報告したい。【小野博宣】

 ◇山の良さ伝えたい

 北海道紋別市郊外の山中。3月初旬だが、気温は氷点下10度近く。腰まで埋まる雪の中に、スキーを履いた住友林業フォレストサービス紋別山林事業所の木浦裕明さん(26)がいた。天然の広葉樹を丹念に見ては、時折赤いスプレーを吹きかける。「『選木』という冬場の作業です。スプレーの印は『この木を切ってください』という指示です」

 樹木の生育を促すために、生育の悪い樹木などを伐採する間伐。木浦さんは間伐の対象となる木に、印をつけていたのだ。「枝が暴れたり、幹が曲がったりしている木を選びます」。職場は1万5606ヘクタール(2010年4月1日現在)。広大な地域を歩き回り、一つ一つの木を真剣に見つめてきた。その横顔に、「森の守り人」としての強い自負がうかがえる。

 入社は08年。子どものころから木とのかかわりは深かった。出身は鹿児島県鹿屋市、父の仕事は大工だった。「小さい時から木にかかわる現場を見てきました。実家が山の近くにあり、山に入るのも好きでした」。新築住宅の木の香りが木浦少年を包み、山の自然がおおらかな人柄を育てたのかもしれない。

 大学では本格的に森林・林業を学んだ。高知大農学部森林科学科に進み、林業専用道などについて研究を重ねた。

 入社後、温暖な地から紋別へ。「こんなにたくさんの雪は見たことはなかったが、もう慣れました」と笑う。

 現場にいるのは、祖父や父のような年齢の大先輩ばかり。「後継者不足は深刻です」と実感している。だが「若い人が林業に興味を持ってくれるように、山の良さをみんなに伝えたい」と語る。

 では、その魅力とは。「再生可能な資源ということです。荒廃した山でも木を切って、搬出して使う。またそこに木を植えられます。そこをアピールしていければ」と意気込む。「それと、山にいると癒やされるんですよね」。そっと木をなでた。白い歯がのぞいた。青年の心に、プロとしての年輪が刻まれてゆく。

 ◇経営理念は「保続」--住友林業

 住友林業の創業は1691(元禄4)年。現在国内に約4万2600ヘクタールの社有林を保有し、国土の約900分の1に当たる。

 ハウスメーカーの印象が強いが、川上から川下まで一貫した事業展開に強みを持つ。また、国内有数の森林所有者であり環境問題に与える同社の影響は大きい。

 その森林経営の理念は、木を植え、森を育み、活用する「保続林業」という。会社案内には「持続可能な森づくりを推進することで、地球環境に貢献することをめざしています」と紹介されている。

 ◇林業は変化の時

 三重県大紀町の山林。うっそうとした森の中で、「吉田本家山林部」社長の吉田正木さん(32)は「日本には森林をうまく使う技術があります。林業経営の果たす役割は大きい」と熱っぽく語る。創業は1702(元禄15)年、1256ヘクタールの山林を所有する。

 国内の林業経営が破綻状態にあることは、自覚している。かつて杉1立方メートルの材木で11人を雇用できたが、現在は0・3人にしかならないという。「他の産業は技術の高度化などを図ってきたのに、林業にはできなかった」

 だが、吉田さんは、再生可能な資源としての木材の良さを強調する。「木材という資源は植えてから収穫までたったの50年です。石油、石炭は何千、何万年もかかります。また、使えばなくなるが、木材は再生可能です。長く使える資源です」

 政権交代や環境意識の高まりの中、風向きは変わりつつある。就業フェアに参加すると、意欲の高い人が訪れることもあるという。「一昔前の、『林業には行きたくない』という雰囲気はない」

 吉田さんに、「追い風を感じますか」と聞いてみた。「感じます」という答えが返ってきた。だが「風を受ける帆を買う金がない。追い風を受ける前に沈んでしまう」。そう付け加えた。危機感は深い。

 「日本の林業は公的助成なしには成り立たなくなっている」と話す。「(補助金は)国民の税金です。森林のために使う意義を説明しなくてはいけません。ですが、十分伝えられていませんでした。『日本のために山を守っているんだ』ともらって当然という人もいました。補助金が林業をゆがめたという側面はあるにせよ、大きな変化の時を迎えています」。そう静かに語る。

 税金が投入された森林は、二酸化炭素(CO2)を吸収し、木材として役立ち、防災林、またレジャーや教育の場として、生活と密接にかかわっている。森林は必要不可欠ということに異論はない。それをどう支え、守るのか。「変化の時」を迎えねばならないのは、我々も同じだろう。

 ◇国家戦略プロジェクトも後押し 林業再生へ前進

 日本の国土面積3779万ヘクタールに対して、森林面積は2512万ヘクタールで、森林率は66%となる。

 さらに、毎年森林は増え続けている。日本の木の蓄積量は、95年の約35億立方メートルから07年には約44億立方メートルと増加。平均すると毎年約7900万立方メートル増え続けている。国内の木材需要は約6480万立方メートルなので、理論上は自給率100%でも成長できる計算だ。

 敗戦後や高度経済成長時代の木材不足に対応するために植林したスギ、ヒノキといった人工林が成長し、「刈り入れ」時に入った。だが、この木を切ることができないことが、林業の課題となっている。

 木材価格の低迷、林業従事者の減少や高齢化、経営と作業の集約化・大規模化の遅れなど原因は広範囲で複雑化している。政府や自治体が有効な成長戦略を示さないままでいたことも大きい。

 だが、林業振興に熱心な菅直人首相が昨年6月の所信表明演説で、「林業再生を期待できる好機」と述べた。「首相が所信表明で林業に触れるのは戦後初めてでは」と驚かれた。

 さらに同月に閣議決定された「新成長戦略」では、森林・林業の再生は「21世紀日本の復活に向けた21の国家戦略プロジェクト」のひとつに位置づけられた。林野庁はプランを具体化した「森林・林業の再生に向けた改革の姿」をまとめ、国内自給率50%に向けた取り組みが始まっている。日本の林業は再生への入り口に立ったと言えるだろう。

毎日新聞 2011年4月23日 東京朝刊

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