地震:屋上避難1万人 各地で火災 仙台

2011年3月11日 21時49分 更新:3月12日 1時16分

大勢の人が取り残されている仙台市立中野小学校方向を見つめる人たち。多くの住民が家族の安否を確認するため、津波警報が出ている中、海岸から約2キロの地点まで入っている。辺りは油のにおいが充満している。住民は「地獄だ」と話した=仙台市宮城野区で2011年3月11日午後9時56分、丸山博撮影
大勢の人が取り残されている仙台市立中野小学校方向を見つめる人たち。多くの住民が家族の安否を確認するため、津波警報が出ている中、海岸から約2キロの地点まで入っている。辺りは油のにおいが充満している。住民は「地獄だ」と話した=仙台市宮城野区で2011年3月11日午後9時56分、丸山博撮影

 宮城県によると、同県気仙沼合同庁舎に約200人、公立志津川病院に約300人、県庁に約100人が避難し、県内で100万戸が停電している。仙台市内では火災が各所で発生し、同市内の学校5校の屋上に避難した児童や住民らが取り残されている。市立中野小学校では約600人が屋上で救助を待っていたが、自衛隊や消防のヘリによって12日未明までに約150人が救出された模様だ。

 仙台市宮城野区では男子中学生1人が波に流され行方不明になった。太白区向山の旅館が倒壊し、3人が閉じこめられた。

 石巻市北上町白浜で住宅10棟が津波で流された。同市では落下物により1人が死亡し、内海橋で多数の行方不明者が出ている模様だ。名取市の仙台空港の滑走路は浸水している。南三陸町、女川町では津波により住宅などが水没。東松島市内では裏山が崩れ70人が取り残された。

 通信会社社員の関敏ひこさん(61)は仙台市中心部にある35階建てビルの21階で仕事中に最初の揺れに遭遇した。「まるで荒海の船内のようにオフィスが上下に揺れた」。周囲の書類やパソコンなどが飛び散る。女性社員ら同僚を気にかけながらも、とっさに机の下に潜り込むのが精いっぱいだった。窓の外を見ると、向かいの高層ビルが振り子のように揺れ、10メートルはあるアンテナが折れ、垂れ下がっていた。仙台駅の方からは黒煙が上がっているのが見えた。「仙台に一体、何が起きたんだ」。自宅には83歳の母を残しているが、共働きの妻ともども、連絡が取れていない。

 5強を記録した柴田町の職員は「緊急地震速報が地震がくる15秒くらい前に出たので警戒はできた。しかし、長い揺れが2~3分続き、立っていられない状態だった。多くの人が机の下に入っていた」と話す。役場ではロッカーなどから書類がたくさん落ち、ロッカーも倒れた。庁舎周辺の住宅の屋根瓦が落ちた。職員は「内陸なので海岸沿いの地帯はない。けが人などは現在防災担当などが会議中でよく分からない」と戸惑った様子だった。

 涌谷町では、地震発生当時は議会開会中だった。横揺れがひどく、職員は何とか立っていられるほどの揺れを感じた。03、05年にも大きな地震があったが、今回はそれ以上で、揺れはなかなか収まらなかった。午後5時半現在、町内で道路の陥没が10カ所以上起き、5、6カ所は道路の通行が困難だという。

 仙台市消防局によると、同局が把握しているだけで、火災21件▽救助43件▽救急搬送46件▽ガス漏れ7件--の出動事案があった。宮城大学は12日に予定していた入試後期日程の延期を決めた。

 仙台市によると、同市沿岸部では津波を避けて建物屋上などに計約1万人が避難している。

 ◇避難所は灰皿にろうそく

 避難所になっている仙台市若林区の文化センターでは、約400人が灰皿にろうそくを立てて、身を寄せ合っていた。80歳の母親と避難した会社員、小林茂雄さん(53)は「母の体調が心配だ。いつまでここにいるのか分からない」と不安そうに話した。母親は肺の病気を患っており、酸素ボンベが必要だが、あと1晩しかもたないという。また同区の主婦、成田妙子さん(69)は「避難所にはラジオもなく情報が何も入ってこないので不安だ」。

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