政治【土・日曜日に書く】シンガポール支局長・宮野弘之 ウィキリークスの教訓2011.1.9 02:57

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【土・日曜日に書く】
シンガポール支局長・宮野弘之 ウィキリークスの教訓

2011.1.9 02:57

 ◆抗議で既成事実化

 民間の内部告発サイト「ウィキリークス」による米外交公電の流出では、東南アジアにも大きな波紋が広がった。とくにシンガポール首脳の「発言」をめぐっては、マレーシア政府が公式に抗議する事態になった。地元メディアが「発言」を派手に取り上げた結果、シンガポールに対する反感が高まるのを抑えるためにマレーシア政府がとった措置だが、公式に抗議したことで、発言はその真偽と関係なく「既成事実」となってしまった。今回のウィキリークスによる米公電流出では、情報というものを扱い、それを伝える難しさを改めて考えさせられた。

 マレーシアに関する発言は、オーストラリア紙がウィキリークスからの独占として報じた。シンガポールのビラハリ・カウシカン、ピーター・ホー両元外務次官らがマレーシアのナジブ首相について、「指導力の欠如が問題」「日和見主義者だ」などと語ったというもの。さらに、イスラム社会で禁じる同性愛行為を行ったとして有罪となったアンワル元副首相について、「シンガポールのリー・クアンユー顧問相と同国の情報機関は、アンワル氏が(政敵による)策略と疑いながらそうした行為を行ったとみている」などと報じた。マレーシア政府はシンガポール大使を呼び、「ウィキリークスとメディアによって明らかにされた発言に対する深い懸念と不快感を伝える」との抗議文を手渡し、また、アンワル氏は、リー・クアンユー氏の証言を求める考えを表明した。さらにアンワル氏を解任したマハティール元首相も「策略などありえない」と、不快感を隠さない。

 ◆「日本は太った負け犬」

 流出文書によると、リー・クアンユー氏はほかにも、日本が核保有国になる可能性を指摘したり、中国や北朝鮮の指導者の人物評価を行ったりしている。

 金正日総書記については、名指しを避けながらも「お追従を聞きたくて、スタジアムの回りをうろうろする腹のたるんだ奴」とばっさり。また、中国の江沢民前国家主席に対しては「台湾問題を解決して、自分を偉大な人間に見せようとした」と批判する。そのうえ、東南アジア諸国連合(ASEAN)域内で中国が影響力を増していることに関連し、「ASEANでの討議内容は数時間のうちに中国政府が知っている。中国と親しいラオスやカンボジア、ミャンマーが知らせているのだ」と述べたという。顧問相は記事について一切、釈明も反論もしていないが、いずれも正鵠(せいこく)を射たものばかりと言いたくなる。

 同じ様に残念ながらその通りと思わせたのが、トミー・コー外務省無任所大使の日本に関する発言だ。同大使は日本のASEAN域内での地位の低下は「愚かさと低い指導力、ビジョンの欠如が原因」で、日本は「ずうたいのでかい太った負け犬」と語ったという。発言は一昨年9月とされ、同年12月には同大使に旭日重光章が授与されている。さすがに日本政府も驚いたようで、早速シンガポールだけでなく、米政府にも協力を求めて事実関係を調べたところ、実際には「負け犬…」という表現は使っていなかったという。

 ◆事実を伝える難しさ

 ウィキリークスによって流れた米外交公電を読んだ日本の外務省関係者は、「日本の公電と違い、いかに上司に読んでもらうかという工夫がみられ、ある意味で勉強になった」と話す。日本では、なるべく正確に記そうとするばかり回りくどくなるが、米国の場合は、わかりやすい短い表現を使うのだとか。ロシア発の公電でプーチン首相とメドベージェフ大統領をバットマンとロビンに見立てたように、すぐわかる表現だ。

 ある外交官によると、食事をしながらの面談の多くは、メモも録音もせず、あとから記憶を呼び起こして報告書を作ることが多いという。メモを出せば、相手は緊張して、しゃべらなくなるからだ。

 われわれ記者も同様にメモも録音もなしに話を聞くことは多い。ただし、あとから「そんなことは言っていない」と抗議されても反論できるよう、より多くの人から証言を取り、事実関係を補強する。同時に相手の本音は何かを把握する必要がある。

 記事にする際に回りくどい表現を直すようなこともあるが、本音をおさえておけば、あとから「これが言いたかったんだ。ありがとう」と感謝されることが多い。

 日本についても「ずうたいのでかい太った負け犬」という言い方は確かにしなかったのだろう。しかし、少なくとも報告書を書いた米外交官は、その表現が最もふさわしいと感じたのだ。トミー・コー氏が、「これが言いたかったんだ」と言ったかは定かではないが。(みやの ひろゆき)

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