社説

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社説:こどもの日 新しい文明を渡したい

 今の大人がこどもの頃に夢中になって読んだ漫画に「サイボーグ009」がある。作者の石ノ森章太郎は大震災の被害に遭った宮城県の出身で、戦後を代表する漫画家の一人として知られている。

 他の石ノ森作品と同様、面白くて深い作品だった。出身国の違う9人のサイボーグ戦士たちが、力を合わせて世界平和のために戦う物語だ。

 9人は別々の超能力を付与されていた。未来の予知、優れた聴力や視力、変身、火炎噴射、水中呼吸など、サイボーグ(人体の機能を機械に代行させた改造人間)ならではの得意技を持っている。彼らが個性を生かしながら力を合わせて、悪と戦うのが魅力だった。

 大人になって読み返しても次々とページをめくってしまう名作だ。ただ、忘れてはいけないこともある。サイボーグたちは小型原子炉を持っており、原子力で動いているのだ。

 この作品に限ったことではない。永遠のヒーローである鉄腕アトムも、銃弾より速く走る8(エイト)マンも、実は原子力で動いている。英雄たちの動力源は、高度経済成長期の日本人が広島、長崎の悲劇を乗りこえて、いかに原子力の平和利用に夢を抱いていたかを示している。

 こどもたちの未来について考える時、文明のあり方に思いを抱かざるをえない。東日本大震災とそれに続く原発事故によって、私たちの文明は根っこから揺さぶられているように思えるからだ。

 戦後、日本人は科学技術の進歩を支えにした工業力で経済成長を実現し、いくつかの課題を抱えているとはいえ、豊かな国をつくりあげた。これらを可能にするために、電気は大きく貢献してきた。今後もその役割が消えることはないだろう。

 しかし、今回の原発事故で、私たちの生活が大きなリスクと裏腹に成り立っていることも明らかになった。築いてきた価値観も、見直すことが必要な時期かもしれない。今、新しい文明のあり方を構想することが求められており、こどもたちこそ、そんな世界の主役のはずだ。

 漫画やアニメのヒーローたちの姿は頼もしい。人命を重んじ、人を傷つけず、悪を憎み、弱者の味方をする。ユーモアを忘れず、友情を大切にし、悩みながら前へ進む勇気さえ、教えてくれた。これらの理想はぜひ、次世代に引き継ぎたい。しかし一方で、それを支える新しい文明の形を追い求める必要があるだろう。どうしたら、人間の幸福と安全なエネルギー確保を調和させられるのか。

 大人はこの問題をしっかりと考えて、バトンを渡したい。かつて夢中になった英雄たちが体現した夢を後世にリレーするためにも。

毎日新聞 2011年5月5日 2時31分

 

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