<sui-setsu>
今度の震災で自動車やエレクトロニクス製品に不可欠の素材・部品メーカーが被災し、その結果、日本だけでなく世界中の工場の完成品の生産ラインが止まってしまうという事態になった。
日本の素材・部品企業には世界シェアの過半を占めるところが多く、それなしでは自動車もスマートフォンも製造できない。日本製造業の強みは完成品よりむしろ素材・部品部門にある。貿易黒字のモト、日本経済の宝物だ。
海外勢が、震災で部材供給が止まったのを機に攻勢をかけている。韓国政府は日本の素材・部品メーカーは韓国に工場を分散しリスク分散すべきだと提案してきた。これに賛成する人もいるそうだが、何を考えているのやら。
韓国は完成品ではサムスン電子など強大な企業を有するが、素材・部品の多くを日本に依存、それによる巨額の対日赤字が問題化している。このため、「部品・素材競争力総合対策」に着手、10大核心素材を選定し18年までに日本を追い越す計画だ。
これまでのところ、海外勢の目立った侵食はない模様だが、素材・部品の供給停止が長引くと何があるか分からない。今回、核心技術の海外流出を防止するため、日本企業同士が「生産委託」で共同防衛する構えなのは心強い。
ユニークなのは、被災で顧客企業に納品できなくなった日本企業が別の日本企業に、製品のマル秘の製造情報を含め一時的に渡して委託生産してもらう。しかし、期限終了後は顧客も製造情報も返還してもらう、という取り決めをすることだ。
海外企業にこうした委託生産をすれば製造ノウハウも顧客も奪われる。しかし、この場合、経済産業省が仲介するためルール違反は起きない。万一そんなことをすれば、その企業は「日本株式会社」のなかでつまはじきにあって存続できなくなる。
いかにも日本的、というか日本でなければ不可能な手法だが、非常時に市場まかせにしておくのは危険だ。危機はすなわち公的部門の出番である。前例にとらわれず大胆に動く必要がある。海外への技術流出防止にむけてのスキームは近ごろ評判の悪い経産省として上出来ではないか。
これまでのところ、日本産業の「奥の院」への蚕食は軽微なようだ。しかし、完全復旧まであと数カ月は要するから、油断はできない。
要注意なのが海外資本による買収だ。「平成の開国」をいう以上、市場原理は無視できないが、それはそれこれはこれである。買収にも「良い買収」と「悪い買収」があるだろう。(専門編集委員)
毎日新聞 2011年5月4日 東京朝刊