福島第1原発の事故を起こした東京電力は、全役員の年間報酬を50%程度削減すると発表した。普通のサラリーマンで給料半減なら死活問題だが、東電役員の場合は別次元。半減してもまだ、1人あたり平均2000万円近くが支給される計算なのだ。部長級など管理職で3割、一般社員で2割程度の年収ダウンも実施されるが、こちらもまだサラリーマンの平均年収を上回る。こんな大甘報酬カットでお茶を濁し、巨額賠償の大半を税金と電気代値上げに転嫁する“逃げ得”は許されるものではない。
東電の2009年度の有価証券報告書によると、社外取締役を除く取締役の報酬総額は約7億円。取締役19人の平均では1人約3700万円で、半分カットしても単純計算で年収1850万円となる。一方、原発事故で避難を余儀なくされた世帯に支払われる一時金は最大でも100万円止まりだ。
東電は社長、副社長経験者らのOBが就く顧問職についても、制度の見直しや手当のカットを検討しているが、しょせんは焼け石に水。自らも“血を流す”というアリバイづくりであるのは見え見えで、その後の賠償金は、全国一律の電気代値上げに転嫁される公算が大きい。
経済評論家の山崎元氏は、「人災である原発事故を引き起こした東電役員が、この期に及んで報酬を得られることが不思議」と語る。
「役員報酬の返上以外にも、余剰資産の売却など、やれることをすべてやったうえで初めて政府や国民に頼るのがスジ。かつて、不良債権問題で巨額の公的資金が注入されたメガバンクの役員が批判にさらされたのと同じ構図ですが、そもそも東電は金融機関ではない。発電や送電の事業を政府が管理すれば、事業体としての継続は銀行ほどの重要性はなく、役員が報酬を受け続ける必然性はまったくありません」
被災者はもちろん、世間からも納得は得られない、と語る山崎氏。だが、過剰な収入を得るのは役員だけではない。管理職や一般社員の年収ダウン減も、実態はかなりの“眉唾”なのだ。東電社員が声を潜める。
「年収2割カットといっても、その多くは簡単に復活できる賞与の占める割合が高く、人件費4800億円のうち、実際に削られるのは約1割の540億円程度でしょう。本給のカットは5%にとどまり、退職金や年金部分は温存される可能性もあります。たった100万円のカネで強制避難を余儀なくされた被災者が知ったら、どう思うでしょうね」
東京電力の有価証券報告書(2009年度)に記載されている「従業員の平均年間給与」をみると、40・6歳で約760万円。これでも十分好待遇だが、この数字にはある事実が隠されている。なぜか給与が高いはずの「監督もしくは管理の地位にある者」が含まれてはいないのだ。
このことについて、市場関係者の間では、以前から「給与水準の高さを印象づけないため、あえて管理職を除いたのでは」との指摘や噂が絶えなかった。電力会社としては高い給与水準を意識されることほど都合が悪いことはないからだ。
■本気で血を流す覚悟なし
利用者から電気料金の値下げ圧力が高まったり、不測の事態で料金を上げざるを得ないときに、上げる側が高給では説明がつかない。株主からも、人件費削減を要求される場合がある。東電では「載せていない理由は明確にはないが、今後は記載方法を含めて検討する」とコメント。作為的なものではないと説明するが、額面通りには受け取れない。
前出の山崎氏は、「原発と無関係の社員の年収カットは、気の毒な話ではある」と一定の同情を示すが、総務省統計局の2009年のデータによれば、東電を含む電気・ガス業界の平均給与は月46万5000円。東電の言うとおり、きっちり毎月2割カットされたとしても37万2000円で、全業種平均の35万5000円を余裕で上回る。こうした高給を支えているのは、言うまでもなくわれわれの電気代だ。
経済ジャーナリストの荻原博子氏は、「われわれが国際価格の4〜5倍高い料金を黙って支払ってきたのは、何があっても途絶えることがない電力の安定供給に対する対価と信じてきたから」と指摘する。
「今後の東電と政府がが取るべき道は、発電、送電、売電の3事業のうち、送電事業を政府が買い取り、かつての電電公社→NTTのように自由化することです。東電は政府から得られる巨額の売却資金を賠償金に充て、送電についても通信と同じように他社参入を認める。経済産業省が示した賠償スキームは、東電および東電社員を救済するためのものですが、少なくとも売電に関わる社員は、別会社の社員として出直すことから始めるべきです」
東電は、1100人を予定していた2012年度の新卒採用を、創業以来初めて中止することを決めた。サッカーJ2のFC東京のスポンサーも降りることで2億円を確保するともいうが、これまでエリートとして人も羨む厚遇を享受してきた役員、社員が本気で血を流さない限り、誰からも信用されることはない。