Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
世紀のテロリストの最期は、あっけなかった。国際テロ組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディン容疑者が殺害された。潜伏先のパキスタンで米軍部隊に射殺されたという。オ[記事全文]
日本国憲法が施行された64年前のきょう、日本各地にはまだ空襲の跡が残り、戦渦からの復興は緒に就いたばかりだった。いま東日本大震災に、原発事故が加わり、敗戦後最大の危機の[記事全文]
世紀のテロリストの最期は、あっけなかった。
国際テロ組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディン容疑者が殺害された。潜伏先のパキスタンで米軍部隊に射殺されたという。オバマ米大統領は「正義はなされた」と声明を出した。同時多発テロの現場だったニューヨークの世界貿易センター跡で、群衆が星条旗を掲げて歓喜の声をあげた。
2001年に起きた同時多発テロから今年は10年になる。ビンラディン容疑者は当時、アフガニスタンに滞在していたが、タリバーン政権は米ブッシュ政権の引き渡し要求を拒んだ。
これが米国の「対テロ戦争」の始まりとなった。タリバーン政権はあっけなく崩壊したが、ビンラディン容疑者は行方をくらました。大規模テロとその報復の戦いはイラクなど各地に広がり、無差別テロや空爆で民間人の犠牲が絶えなかった。
その引き金となった張本人の死亡確認である。遺族や、テロの不安にさらされていた人たちが喜ぶ気持ちは理解できる。
だが、これでイスラム過激派のテロが終息すると考えるのは早計だ。彼のメッセージはビデオやネットを通して広がった。各地の過激派にゆるいネットワークが作られている。これを断ち切らぬ限り、第2、第3のビンラディンが生まれる。今や貧困地域だけでなく欧州や米国にも、テロに共感する若者が育っているのは大きな問題だ。
ブッシュ前大統領はビンラディン容疑者の身柄を「生死を問わず」とらえると宣言し、オバマ氏も同調した。困難であったろうが、裁判にかけられなかったのはとても残念だ。
逮捕して公平な裁判を受けさせれば、数々のテロ事件の意図や背景が解明できただろう。独りよがりな論理や卑劣な手口を世界に公開すれば、テロの再発防止にもなったはずだ。
中東ではいま、長年の独裁体制を打ち破ろうとする民衆革命が起きている。この「アラブの春」の大波に、ビンラディン容疑者はメッセージを出せなかった。「反米」の大義をかざせないとき、過激な主張は民衆の支持を得られないのだろう。これは米国にとって、今後への大きな教訓ではないか。
オバマ大統領は「イスラム世界と戦争しているわけではない」と強調した。だが、言葉だけでは足りない。これまで対テロ戦が最優先だった外交を、見直す必要がある。イスラム世界に敬意を払い、民衆の共感を得ることで、テロの時代に決別しよう。
日本国憲法が施行された64年前のきょう、日本各地にはまだ空襲の跡が残り、戦渦からの復興は緒に就いたばかりだった。
いま東日本大震災に、原発事故が加わり、敗戦後最大の危機の中に私たちはある。
被災者一人ひとりの暮らしを立て直し、支えていくことと、被災地を広域にわたって復興し再生していくこと。そこには、「私」と「公」の間にどう折り合いをつけるのかという難題が横たわる。憲法を踏まえた議論を避けて通れない。
震災と津波の直後に発揮されたのは、日本社会の草の根の強さだった。しかし、日を追って明らかになったのは、国民の生命と権利を保障する最後の守護者としての政府の役割である。
たとえば、津波で家を流された人々の生活をどうするか。
失われた私有財産を国が補償する仕組みはもともと日本にはなかった。阪神大震災や鳥取西部地震などを経て大論争の末に、最大300万円を住宅再建に支給する現行制度ができた。
今回、さらに増額を求める声が出ている。「二重ローン」の問題も深刻だ。放射能で自宅に戻れなくなる人々は? 政府、ひいては社会でどこまで負担を分かち合うべきなのだろうか。
重い問いはそれだけではない。すでに被災地では、がれきの中に自力でプレハブを建てる例が出ている。「自宅にもどりたい」という被災者の気持ちは当然であり、痛いほどわかる。
一方、地域再興や防災強化の観点からは、私有地の土地利用を一定程度制限するのもやむをえない場合がありうるだろう。
政府は自治体とともに早急に青写真を描き、私権制限がどこまで必要なのか、どのような手法を採るのかを具体的に示し、被災者の理解を得るよう努めなければならない。
こうした公と私のぶつかりあいを、憲法改正で乗り越えてしまおうという議論も改めて出てきている。非常事態条項を新たに盛り込むべきだという自民党内などからの主張である。
大規模災害時に政府の権限を拡大し、国民の人権を制限する。当然、日本有事への即応に役立てることも念頭にある。
しかしそれは、同時多発テロ事件後の米国で見られたように権力へのチェック機能が失われる危険をはらむ。民主主義体制そのものを浸食しかねない。
現行法の枠内でも可能なことは少なからずあるはずだ。そのうえで今の憲法や法体系にどんな限界があるのか、しっかり見きわめる。非常時だからこそ、冷静な姿勢が肝要である。