斎藤不二男
中井博康
農林省畜産試験場研究室長研究員
ベーコンに4.5Mradの照射を行なって食用に供することが,米国で1963年(昭和38年)に法的に許可された。ところが,昭和43年9月2日付の原子力産業新聞には”照射処理ベーコン許可を取消し”を米国食品衛生管理局(FDA)が発表した記事があった。
肉製品に放射線照射して,その保存性を高める研究は,約20年以前から行なわれており,米国,カナダなどの数カ国において,ベーコンのγ線照射殺菌が許可されているので,この分野のデータの追補によって,再認可を得られる日もそう遠くはないものと期待している。
いっぽう,わが国では食品照射関係の研究者の全国組織である食品照射研究協議会が昭和40年に結成され,食品照射研究の実施機関と研究題目が明らかにされた。また,科学技術庁の原子力委員会の”食品照射研究開発基本計画”に基づき,食品照射研究の対象品目として,殺菌を目的とするウインナーソーセージも追加指定され,昭和43年から5ヵ年計画として,安全性および健全性に関する研究,ならびに照射効果の研究を行なうことになった。肉とその製品の照射は食品価値,主としてにおい,色,味,保水力の変化を起こさない最大限の線量照射に努力が払われており,また,酸化防止剤などの添加や冷蔵などの保存法との組み合せに期待がもたれる。
畜肉への放射線の照射でもっとも大きな問題は照射臭の発生にある。この照射臭は豚肉および羊肉よりも牛肉に強く発生する1)ことが知られている。BATZERら2)は照射により生成した揮発性の照射臭の主成分はメチルメルカプタンおよび硫化水素であると報告しており,MARTINら3)は35Sの使用により,多くのメチルメルカプタンはメチオニンから由来し,硫化水素は主にそれ以外の他のアミノ酸から由来することを明らかにした。WICKら4,5)は照射牛肉の揮発性成分の一連のガスクロマトグラフィー分析の結果,メチオナールおよびηーアルカナールが照射臭の主原因をなしており,これらの成分は貯蔵中に減少することを明らかにした。官能検査の結果では0.05Mradのような低線量でよく訓練した検査員にしかフレーバーの変化が検出されないが,0.2Mrad以上になると照射臭は強く消費者の多数がそれを感知できるようになる6)。
肉脂質への照射は酸敗臭に似た変化を与えることが知られている。脂肪酸は酸素の不在下で照射により脱カルボキシル基化され,不飽和ならば重合する。しかし,酸素の存在下では過酸化水素およびカルボニル化合物が形成される6)。カルボニル化合物の生成量は線量増加とともに増加するが7),脂肪含量が増加しても生成量は増加しないことから,照射によって生成した大部分のカルボニル化合物は中性脂肪の酸化に由来するものではない。
照射臭による品質低下を防止するため,種々の試みがなされている。照射後アスコルビン酸を添加することにより照射臭がいちじるしく減少し1),包装肉への活性炭の使用は照射臭を取り除くのにある程度成功している8,9)。
また,畜肉を凍結状態で照射することにより照射臭を軽減することができる1)。これは凍結による水相の実質的な除去により,2次的な化学変化が防止されることによると思われる。
放射線を照射した肉は鮮赤色となることが知られている。GINGAら10)はある状態下で照射肉のミオグロビンはオキシミオグロビンと同じ吸光スペクトルを持つが,むしろ,それより安定な鮮赤色の化合物を生じると述べている。この現象はとくに豚肉で認められるが,牛肉では照射によりミオグロビンが褐色のメトミオグロビンに酸化される傾向を示した11)。牛ひき肉を用いた筆者ら12)の色差計による実験結果も,線量の増加とともに赤色をしめす値(ハンター色値)は増加したが,一定時間空気中にさらすことによってミオグロビンが酸素化されて鮮赤色を呈するブルーミング効果は線量が増加するにつれて悪くなり,0.5Mrad以上になると悪化がはげしかった。
畜肉に放射線を照射すると保水力が増加する13)という報告と減少する14,15)という報告がある。藤 巻ら13)はWIERBICKIの方法により保水力を測定し,牛肉をγ線照射すると線量が0.2Mradから2Mradに増加するにつれ,牛肉の保水力も増加する海箸鮗┐靴・,靴・掘ぃ咤達烹廝釘稗韮釘劭圍隠粥・は牛肉に5Mradの線量を照射すると肉蛋白質の保水力がいちじるしく減少すると報告しており,さらにJAY18)はろ紙法により保水力を測定し,線量が0.3Mradから2.4Mradに増加するとともに遊離液面積が増大することを示している。これらの結果は牛肉 および豚肉に5Mrad照射するとホモゲナイズに よる単一筋原線維への分離が起こりにくく,低イオン強 度で筋原線維にATPを添加して生ずる収縮現象および高イオン強度での膨潤現象がいちじるしく阻害すること を示したLAWRIEら16)の報告からもうなずける。筆者ら12)も死後5〜7日経過した牛ひき肉に0. 01〜5Mradの線量を照射し,ソーセージ結着計 による保水力の測定17)の結果,塩を添加しないものは線量の増加とともに漸減する傾向を示したが,塩を添加するといちじるしく減少し,さらに塩溶性蛋白質の抽出性もいちじるしく減少した。このことから保水力の照 射による現象は照射によってミオシン系蛋白質が変性し ,その塩溶能にいちじるしい阻害を受けることに基づくものと考えられた。
照射はやわらかさに影響して肉組織を柔軟にする18,19)。これはコラーゲンの照射による変性に基因するものと考えられている。コラーゲンは乾物で照射すると収縮するが湿潤状態では水に可溶となる。また,コラーゲンは水中で加熱すると収縮するがこの収縮に要する加熱温度も照射することにより下降する。この影響は三重ラセンを保持しているコラーゲンのいくつかの水素結合の破壊によるものと考えられている6)。しかし,BAILEYら19)は照射処理によって肉中のコラーゲンの溶解度は増加することを示したが,0.9%食塩水中で照射すると溶解度はむしろ減少することから,コラーゲンの溶解度の変化のみが照射による肉の軟化の原因とは考えられないと結論している。
畜肉への放射線の応用は微生物の不活性化にきわめて効果的であるという点にある。しかし,食品微生物の完全殺菌線量として4.5Mrad,または4.8Mradという値がもっとも広く用いられており20),この線量の生肉への適用は強烈な照射臭の発生およびいちじるしい品質の低下などのため実用的でない。すなわち,前節で述べたように生肉に高線量照射するとメトミオグロビンなどの生成により色調が悪化し,構造蛋白質の変性によってテキスチャーおよび保水力に好ましくない影響を与える。事実,照射牛肉の官能検査の結果,線量が0.6Mrad以上になると有意に識別できるようになる21)ことが報告されている。また,LAWRIEら16)は5Mradの線量を照射した牛肉および豚肉を37℃で1年間貯蔵すると,約25%の蛋白質がペプタイドやアミノ酸に崩壊し,肉表面にチロシンの結晶を生じることを報告した。
これは生肉に5Mrad程度の線量を照射すれば高温で貯蔵しても細菌からは十分に安全であるが,肉中の蛋白分解酵素はこの程度の線量では残存していることを示している。そこで,完全殺菌を目的とした高線量照射にかわって比較的低線量の照射と冷蔵,冷凍などの保存法との併用により保存期間を実質的に延長する試みがなされている。
非照射肉を0〜5℃で冷蔵した場合Pseudomonasが他の菌種を上まわって増殖するが,そのような温度で耐える微生物は放射線に感受性が高いため22,23),生肉を0.05〜1Mradで照射後0〜5℃で貯蔵すると微生物による腐敗が非照射肉と比べ5〜10倍保存期間を延長させることができる24,25)。しかし,低温耐性微生物は低線量照射に対し一般的に感受性が高いにもかかわらず,少数ではあるがたとえばMicrobacterium,thermophactumのような耐性種がある22)。
それ故,生肉に放射線を照射し冷蔵すると主要叢はPseudomonasからMicrobacterium,thermosphactumに変わり,腐敗形式も腐敗アンモニア臭から酸敗臭に変わる23)。
肉製品 |
線量(red) |
最初に出現する |
|
すっぱいに おい(日) |
硫化水素 (日) |
||
ハム ボロニアソーセージ |
0 2×10・E5 6.7×10・E5 2×10・E6 0 2×10・E5 6.7×10・E5 2×10・E6 |
3 3 44 >44 3 3 >29 >29 |
3 3 >44 >44 >3 >3 >29 >29 |
注:1)プソイドニトロール反応+++:亜硝酸塩 2)プソイドニトロール反応-:亜硝酸塩反応+++ |
塩漬肉の照射は硝酸塩を亜硝酸塩に変化させるが,生成した亜硝酸塩の量は危険と考えられるほどの量ではなく,その亜硝酸塩は照射によって崩壊することが知られている6)。またERDMONら26)は市販用のハムとボロニアソーセージにγ線を照射し,ただちに26℃の暗室において貯蔵試験を行ない,臭いおよび細菌による損失についてしらべた。その結果は第1表にしめすとおりで低線量の2×10・E5repの照射では,ハムとボロニアソーセージの細菌による損失を遅れさせることができなかった。しかし,線量が6.7×10・E6repになると,ハムのすっぱい臭いの発生を44日間遅れさせることができ,2×10・E6repでは細菌的な損失を防止できることが明らかになった。
さらにERDMONら26)は豚ひき肉に食塩,アスコルビン酸ソーダ,燻液の添加,γ線照射と加熱(酵素の破壊)を行なうことによって,室温に6ヵ月間貯蔵した結果を第2表に示している。
すなわち,亜硝酸塩は急激に減少し,2ヵ月間貯蔵後においてはいちじるしく少なかった。遊離のSH基は加熱しないものは増加したが,加熱したものは減少した。TBA値は6ヵ月間貯蔵後にわずかに増加した。このことは,酸化防止剤としてのアスコルビン酸ナトリウムと燻液の併用によるものである。
肉色は良好なピンク色を維持していたが,加熱しないものは,貯蔵中に次第に褐変色がおこる。また,包装直後(照射前)に加熱したものは,貯蔵中に褪色が起こる。これは多分,筋肉組織中にある酸素の酵素的消費が行なわれる機会が少なかったものと思われる。
加熱期間 |
265日間貯蔵 |
313日間貯蔵 |
||
アスコルビ ン酸 |
燻液アスコ ルビン酸 |
アスコルビ ン酸 |
燻液アスコ ビン酸 |
|
照射前加熱 照射直後加熱 |
3.8 3.0 |
4.3 4.3 |
3.1 2.3 |
5.3 5.7 |
照射15日後加熱 照射32日後加熱 |
3.5 2.8 |
4.4 4.8 |
3.5 3.7 |
5.1 6.0 |
平均 サンプル数 |
3.1 16 |
4.4 17 |
3.2 14 |
5.5 14 |
注:照射線量=2×10・E6rep |
もも肉に2%NaCl,200ppm亜硝酸塩と硝酸塩,0.1%アスコルビン酸ソーダおよび燻液を添加して塩漬した。この塩漬ハムの照射前加熱,照射後加熱についての実験結果は,第3表に示すとおりである27)。
ハムの加熱適期は,照射前加熱と照射後加熱については明確でなかったが,照射と加熱との間にはあまり長時間おくべきでないことが明らかになった。このことは,燻液とアスコルビン酸ナトリウムを一緒に加えたことによって照射臭をおさえることがわかった。
ウインナーソーセージに各種線量の放射線を照射し,5〜8℃に冷蔵した細菌数は第3図に示すとおりである28)。照射直後の生菌数は,線量が増加するほど対数的に減少し,0.5Mrad以上の線量では,肉1g当りの細菌数が3,000以下となった。 ネト発生時点と食用に供しえなくなっ時点は,第4図に示すとおりである28)。確実に1週間ネト発生抑制する適性線量は,0.5Mradであることが明らかになった。
冷蔵温度が保存期間に及ぼす影響は,第5図,第6図に示すとおりである。0.5Mrad照射したソーセージのネト発生は,10℃冷蔵が17日間,20℃冷蔵が5日間であり,10℃のほうが20℃より約3倍保存期間を延長できることが明らかになった。
塩漬豚 肉2) |
加熱処理 |
NaNo2(%) |
遊離SH基 |
TBA値 |
|||||
2日 |
14日 |
60日 |
2日 |
14日 |
2日 |
14日 |
170日 |
||
C N I N I N I |
凍結(対照区) 加熱しない 加熱しない 加熱前照射 加熱前照射 加熱後照射 加熱後照射 |
68 86 60 78 61 63 52 |
63 (-)3 16 22 27 27 19 |
54 (-)3 <2.0 <2.0 3.7 2.7 6.2 |
+ + ++ ++ + +++ ++ |
+++ ++ ++ - - - - |
0.083 0.090 0.106 0.685 0.111 0.081 0.098 |
0.124 (-)3 0.134 (-)3 0.135 0.088 0.102 |
0.698 (-)3 0.258 (-)3 0.183 0.142 0.184 |
注:1)豚のもも肉に2%NaCl,0.5%NaNO2,11%アスコルビン酸ナトリウムおよび0.5%燻液を添加した。 2)Nは放射線照射を行なわないが,照射したサンプルと同じ室温に照射中貯蔵した。1は放射線照射したサンプルである。 Cは塩漬肉を凍結貯蔵(-17℃)した。 3)腐敗しているために分析しなかった。 |
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