株式会社アミューズ
代表取締役会長 大里洋吉 氏
映画会社希望のはずが…勘違いで渡辺プロへ!?

●渡辺プロにお入りになった経緯というのは。
大学時代は楽しく過ごしていましたが、映画業界に行くという信念は全く変わっていませんでした。僕が卒業したのは昭和44年なんですが、東宝も大映も松竹も、僕の好きな映画会社は、新入社員を採らなかったんです。昭和38年が映画業界のピークですから、昭和44年はその前の景気が良かったときに採った人間であふれかえっていたんですね。前の年くらいから新入社員を採るのをやめていた年に当たっちゃって、いろんな人のコネを使って東宝に入ろうと思ったんですがダメだったんです。それでやけっぱちでクラブ活動を夏までやっていて、夏にそのクラブ活動の公演が終わって「そろそろ就職決めないとまずいな」と思って、学校の就職課に行ったんです。情報のいろいろ貼ってある掲示板がありますよね?
●ありますね。
みんな試験も終わって、情報もはがれてて。さすがにもう8月なので、10枚ぐらいしか残っていないんです(笑)。その中に渡辺プロの募集があって、「映画製作」と入っていたんです。それまで渡辺プロって知らなかったので、「映画製作をするプロダクションだ。ヤッター!!」と思いました。まあ映画5社じゃないけれど、ここに潜り込めば映画に繋がるだろうと思ったんです。で、応募したら結構すごい人数で、1000人ぐらいが応募していました。それで10人が採用になって、その中に潜り込めたんです(笑)。
●すごいですね!というと、稲垣さん(稲垣博司氏:現(株)ワーナーミュージック・ ジャパン代表取締役会長)とは…?
稲垣さんは先輩です。
●「Musicman'sリレー」でもね、稲垣さんの回で渡辺プロの話が出てくるんですよ。それから、この前、宮川泰さんのときにも出ましたけどね。皆さんとにかく「当時いた人達はみんなすごかった」 っておっしゃるんです。
すごかったですよ。
●今の音楽業界は渡辺プロ出身者がとても多いですよね。
同期の9人の仲間って、いまだにつるんで飲み歩いたりしています。「花の五期」というものすごいエリート集団と比較して、僕達「八期生」は「ぞうきん八期」とか「ずっこけ八期」とか言われていましたけどね。
●五期はどなただったんですか?
五期は、今、渡辺プロ系の株式会社ザ・ワークスの社長の前原雅勝さんとか、ザ・タイガースを育てられた中井國二さんとか、レコード会社で小柳ルミ子さんを育てられた塩崎さんですとか、ほんとに頭のいい錚錚たる方々が五期にいらっしゃるんですよ。
●エリート集団。
そうですね。それと比較して八期の僕らってほんとにずっこけ集団でした(笑)。
●八期のメンバーというのは?
株式会社スペースシャワーネットワークの中井社長。それからTHE CONVOY SHOWなんかの演出をやったり、ドラマとか小説、童話も書いている大輪茂男さん。オスカー・プロモーションの森さんや株式会社メリーゴーランドの森本(精人)さんとかです。
●やっぱり錚錚たるメンバーじゃないですか。
いやいや。みんなで六本木を歩くと芸能界の人達はみんなよけて歩きますよ(笑)。
●やっぱり強力ですね、渡辺プロは。
それで、わりと団結力強いですからね。
●渡辺プロ時代に身につけたことは、今でも大きな影響をうけているんですか。
ほとんどアミューズで応用しています。だから口の悪い先輩たちからは「お前は渡辺プロのノウハウを全部アミューズに持ち込んで商売やってる」って悪口を言われます。でも僕は、悪口だと思わないんです。教えられたことを忠実に守って、その応用編をやってるだけです。やっぱりあそこは、すごくいまだに仲良くて、OBが全部集まっていろんなことをやっていますよね。
●何期生って呼び合ってますもんね。
そうですね。

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学校行かずに映画館へ〜おませな少年時代
ブラスバンドに明け暮れた6年間
大学生活で性格も一変!? ESSで明るい社交家として目覚める
▼映画会社希望のはずが…勘違いで渡辺プロへ!?
楽しい「学校」だった…渡辺プロ時代
キャンディーズの解散、原田真二との別れ、そしてサザンオールスターズとの出会い
アミューズの日進月歩
アナログとデジタルの融合…エンターテインメントの理想を追い求めて
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