あの後、夕食を食べてから僕らはずっと思い出話に夢中になっていた。それでも、シャワーは浴び、ベッドルームに布団などを敷いたりはした。まぁ、それからは時間を忘れて話し続けてるんだけど。
時刻はもうすぐ日が変わろうとしている頃。僕達はそんな事も知らず、お喋りに興じていた。なのはと僕との出会いから始まったそれは、もう僕が知る頃を通り過ぎ、今は進学した頃の話をしていた。
「それでアリサちゃんがさ……」
「あ、そうそう、そうだったね。で、すずかに……」
「そやったっけ? う~ん、ちょう思い出せんわ」
楽しげに話すなのは達。僕はそれを聞いて頷いたり、質問したりと忙しい。やはり海鳴を離れた後の話は知らない事ばかりだ。でも、それを聞くだけになっても退屈じゃない。聞いているだけで、その情景が浮かんでくるんだ。
なのはやフェイトにはやてだけじゃなく、すずかにアリサを始めとする多くの人達。僕も知っている人達ばかりだから、想像もし易い。三人は僕が時折分かるようにと説明や注釈をしてくれる。でも、懐かしいなぁ。すずかにアリサって、僕を未だにフェレットだと思ってるんだろうか?
「ね、すずかとアリサって、僕をまだフェレットだと思ってるのかな?」
そう僕が尋ねると三人が予想外の質問だったのか、軽く驚いた顔をした。そして、三人共に考え込む。あ、これは多分三人も僕の事を話してないな。一度海鳴へ行って、二人に真実を話そう。僕は密かにそう決意した。
すると、なのはがこう言った。多分、そう思ってはいないんじゃないかって。その理由は、魔法の事を教えた後に僕の事も簡単に話したからだそうだ。大切な友人だと、そう話したからきっとフェレットだとは思ってないはず。でも、なのはのその言葉を聞いて、僕は一抹の不安を感じた。
「なのは。それってすずかとアリサは、ユーノがなのはの友人って思ったかもしれないけど、人間だって思うのとは別じゃないかな?」
僕の抱いた感想をフェイトも抱いたようだ。それになのはが少し疑問を感じ、やや考えて申し訳なさそうに頷いた。はやてがそんななのはに苦笑する。
「いや、なのはちゃんらしいわ。でも、そうなると一度二人にも、ユーノ君の事をきちんと説明しておくべきか」
「そうしてくれるかな? いつまでも動物だと思われるのは、ちょっとね……」
「分かったよ。なら、近い内に会いに行こう」
僕の告げた言葉になのはが名案とばかりに言った内容に、僕は思わず声が出た。
「え?」
「お、それええな。じゃ、日取りは四人の休みを合わせる事にしよか」
「となると……少し先だね」
僕の声には誰も答えようとしない。ちょっと、何で僕の意見は聞いてくれないのさ? いや、まぁ確かにさ、僕自身が行くのが一番いいのは分かるんだけどね。でも、少しくらい僕の意見をさ……
「ユーノ君は行きたくないんか?」
うん、はやては相変わらず僕の思考を読むのが得意だね。て、あれ? 見れば、なのはとフェイトも同じような表情を僕に向けてる。あ、そうなんだ。今の僕の心境ってそんなに読まれ易かったんだ。
そう思って、僕は若干悲しくなってため息一つ。それに三人がクスクスと笑い、それにつられて僕も笑う。何だかんだでこんなやり取りが楽しいと思う時点で、僕はかなり駄目みたいだ。結局なのは達から離れられないんだからさ。
そこから話は変わって、今度は僕が話題を提供する事になった。とは言え、僕が三人に話せる事はあまりないんだよなぁ。そう思ってこれまでの事を思い出そうとしたら、三人がこう言った。自分達が知らない話が聞きたいって。
それは、つまり僕が三人と離れて本局は無限書庫で働き出した頃の話だ。僕はそれをあまり面白いとは思えなかったから、前もって三人へ告げた。飽きたら、いつでも言って欲しいと。何せ、これは結構な苦労話だ。聞いてる方が精神的に参っちゃうはず。
「じゃ、まず僕が本格的に無限書庫入りした頃からね。えっと……」
今とは別世界のような魔窟を思い出し、僕は語り出す。最初はとにかく整理ばかりの日々。検索魔法を使い、棚毎に本をしまう。それを延々繰り返した。クロノからたまに頼まれる資料請求に応えながらね。あの頃は、まだ量が良心的だったなぁ……と、まぁこれがざっと半年ぐらいかな? 今にして思えば楽しい時間だったよ。一日中整理だけで済んだんだから。
そして、それが少し落ち着きだした頃、僕へ一定の裁量権と共に責任が与えられた。人を雇い、無限書庫を機能させるようにって。それを僕は嬉しく思いながら仕事に励んだ。いや、認められたって感じたんだ。どうも、僕がした事をクロノが上層部に報告して、もっと人と資金をって言ってくれたんだって。
「でも、中々人を雇ってすぐに効果が出る訳じゃない。まあ、遣り甲斐は出たよ。徹夜も増えたけどさ」
軽く笑って、僕は話を続ける。人材育成に時間を取られると、代わりに僕の休みを減らす。そうしないと資料請求に応えられないからね。そんな事を続けて、たった四ヶ月で今の初期型ぐらいになったんだよ。いや、あの時は嬉しかったな。僕、これで二週間に一度は一日休みに出来るって思ったんだ。
その後からは、それの繰り返しだ。新しく入る人を育て、徹夜で時間を作って資料請求を処理。でも、以前と違って人がいるから整理が進む進む。僕はほとんど資料請求だけで済むから楽だったんだ。
それでね、僕が本格的に働き出して二年ぐらいで……あれ? 何故かなのは達が僕の手を握ってる。もういいからって、どうしたの? まだ話は半分もしてないんだ。だけど、話を続けようとする僕を三人が激しく揺さぶる。
「ユーノ君! もうええ! もうええからっ!」
「正気に戻ってユーノ!」
「お願いだから、こっちを見て!」
三人が必死に呼びかけてくれたおかげで、僕は意識を切り替える事が出来た。どうも話している内に、どんどん目が遠くなっていたらしく、なのは達は止めようとしてくれたらしい。僕は反省の意を示し、三人へ深々と頭を下げる。
いや、どこかで自分もこうなるんじゃないかと思っていたんだ。無限書庫がここまで至る道は、苦難なんて言葉で片付けちゃいけないものがある。クロノは無限書庫にいる時の僕の天敵だけど、あいつがいなきゃ今もない事を知っている。
(クロノが……無限書庫をここまでする土壌を作らせてくれた)
そうさ。そう思っているんだ、僕は。だから表向きは喧嘩しても、あいつからの請求は、出来るだけ一番に応えるようにしてる。周囲からえこひいきだと言われても、僕はきっとこう言うだろう。
―――それがどうした。
クロノのした事がどれだけの局員を、命を、未来を守ったと思ってるんだ。それに、あいつだっていつも自分を最優先にしろとは言わないし、僕だって絶対にそうする訳じゃない。優先度を考え、クロノを一番にしてもいい時だけそうするだけだ。
と、そこまで考えたところで、ふと気付く。三人が僕から少し距離を置いて何か相談してるんだ。その内容は聞こえないけど、時々きとらを見てるから、僕絡みなんだとは思う。でも、何の話をしてるんだろう……? あ、終わった。
「ユーノ君、ちょっといいかな?」
「何?」
「あの、ね。ユーノは私達を選べないって言ったよね?」
「選べないと言うか、選ぶつもりはないよ」
「そうやったな。で、それを前提に聞きたいんやけど……」
「うん、もう分かった」
僕がそう言うと、三人して楽しそうに笑った。悪戯を成功させた子供みたいだ。僕はそんな三人に小さくため息。でも、内心では苦笑していたりする。三人が僕に聞きたい事は簡単だ。それでも選ぶとしたら誰がいい? こう聞きたいんだろう。
どうしても僕を困らせたいんだね、君達は。そう思って、僕は正直に答えた。勿論、前置きにどうしても選ぶとなったらとつけて。それに三人が若干息を呑んだ。
「僕は……」
微かになのは達三人が頷く。先を促すように。それに僕は不敵に笑い、言い切った。三人の期待を裏切るために。
「三人全員を選ぶよ」
どうだ。これは予想出来ただろうけど、本当に言うとは思うまい。見れば、三人も軽く驚きを見せている。どこかで誰かを選ぶはず。そんな風に期待してたんだろうけど、そんな罠にかかる訳にはいかないんだ。
だって、誰を選んでも気まずいだろうし、じゃあどうして選んでくれないの? なんて言われるのがオチなんだ。まぁ、僕の中での答えがあの時と少し変わったけど、それを三人に言うつもりはない。きっと、これでこんな質問をしてこなくなるだろう。
そう思って僕は高をくくっていた。でも、これって良く考えたら、自爆してるよね。そう気付いて、冗談だよって言おうとした時には、もう全てが遅かったんだ。三人は凄く嬉しそうな表情で僕に迫ってきていたんだ。
「ユーノ君、三人って言うと……」
「この状況だよね……?」
「欲張りさんやな、ユーノ君は」
「え、えっと……三人共少し怖いんだけど……」
今の僕の状態って、日本で言う所の”墓穴を掘る”だろうね。と、ちょっと待った。はやて、服のボタンに手をかけるのを止めなさい。フェイトはそれに感化されて、真似しないで。あっ! なのは、勢い良く頷いちゃ駄目! 何をする気かが分かる三人へ、僕はある決断を下す。
仕方ない。ここは三人にバインドを……って思った時には僕がバインド。あれ? これって、普通逆だよね? バインドブレイクをしようにも、なのはにフェイトとはやての合同バインドだ。ミッド式にベルカ式のバインドの複合をすぐに解除出来る程、僕は器用じゃない。
そうこうしてる間に三人が動き出す。行動は一緒。まず上着のボタンを一つずつ外していく。
「何か恥ずかしいね」
「き、緊張します」
「いや、やっぱ照れるな」
そんな事を言いながら、三人の手は止まりません。僕は、目を閉じようとする理性とここまできたら覚悟を決めろと囁く欲望、そして純粋に目をそらしたくないと訴える本能に苛まれていた。一つ目はまだセーフ。少し胸元が露わになったぐらい。
二つ目は結構際どい。それぞれの谷間が……ゴクリ。て、駄目だ駄目だ! どうして諦めるんだ、そこで! 周りの事を思えよ! 僕だって、こんな三重バインドの中を、男の誇りを賭けて頑張ってるんだから! 自分の流されかかる気持ちを奮い立たせ、僕はもう一度バインドを解除しようとした。
「「「あ……」」」
丁度その瞬間、三人が一斉に声を出した。それに僕は視線を向けそうになりながら、現状を推測してそれを中止。でも、何となくだけど三人が声を出した原因は本人達じゃない気がする。その根拠は、何故か僕への視線を感じるからだ。
と、そこまで考えたところで、何となく僕は気付いてしまった。三人が思わず声を出し、尚且つ僕へ視線を向ける理由に。だが、それを認めるのは正直辛い。何故って? 言うまでもないだろう。好きな女性の前で、欲情している事があからさまになるっていうのは、やはり認めたくないものがあるよ。
(……死にたい)
心の底からそう思った。ちらりと視線を自分の下へ向ければ、そこには僅かにではあるが、主張を始めた存在がある。それに三人は気付いたんだろう。僕はそう理解した瞬間、先程まであった気持ちが全て萎えていくのを感じた。
そして、今日程寝間着のズボンの薄さを恨んだ事はないだろう。通気性を良くして快適な寝心地を約束する代わりに、僕の心にまで通気性を発揮しなくても良かったんだ……
「あ、あれがユーノ君の?」
「そ、そうだと思う」
「少し大きくなっとったな」
そこ、興味津々で話をしない。年頃の女性が揃いも揃って、頬を染めて男性の象徴の部分を見ながら会話をしないで。僕はもう先程の衝撃で、俯いていた。それに呼応するように主張も俯き、三人の視線も外れている。
でも、意識までは逸れていない。そう感じ取って、僕はつい心の中で叫んだ。クロノがかつてプレシアへ向かって告げたあの言葉を。
―――いつだって世界は、こんなはずじゃない事ばかりだっ!!
内心滂沱の涙を流し、僕はそう心から思った。そんな僕の背中に暖かさが触れる。いや、背中だけじゃない。両腕にもだ。
「ユーノ君、元気出して。私達、嬉しかったんだよ」
「だって、ユーノが私達で興奮してくれたって分かったから」
「それにな、女の子のああいう場面を見て、男が反応するんは当然や」
「なのは……フェイト……はやて」
背中からなのはの、右腕からはフェイト、左腕からははやての声が聞こえる。その言葉を聞いて、僕はどうして嫌気が差したかを理解した。三人に嫌われたと思ったんだ。嫌われても関係ないって思ったはずなのに、どこかで嫌われたくなかった。
その思いがさっきの気持ちに繋がったんだ。自分が三人へ劣情を抱いた。それを知られて嫌悪感を抱かれたんじゃないかって。それが怖かったんだ。そう判断し、僕は小さく呟く。
―――やっぱり僕は情けないや。
そんな呟きを聞いて、三人が小さく言葉を返した。それは、言い方は違えど同じ思いが込められたもの。
―――それでも、ユーノ君は前に進むって信じてるから。
―――そうやって認める事が出来るユーノだから、私は好きなんだよ。
―――情けなくてもええよ。わたしが支えたるから。
視界が滲む。胸が熱くなる。三人の思いは同じ。僕への好意。それを感じ取り、心が暖かくなる。何も怖くない。僕は僕のままでいればいい。そんな風に思う事が出来るぐらいに。だから、僕はその思いを込めて感謝を告げようとした。
その旨を告げて俯けた顔を上げ、三人にバインドを解いてもらい、一度向き直らせてもらっ―――たところで僕は現状を思い出した。なのは達がボタンを外していた事を。僕の視界に飛び込んだのは、上着に若干隠れた見事な二つの半円だったんだから。
僕がそれに硬直したのを見て、三人も自分達の格好を思い出したんだろう。大きく慌てはしなかったけど、少し恥ずかしそうにしながら僕を見た。
「えっと……どう?」
なのは、ここでそれを聞く? 答えは一つしかないんだよ、それ。更に軽く小首を傾げる仕草が可愛いし……
「そ、そそるかな?」
フェイト、君も分かってて言ってるよね? 後、その照れながらの上目遣いは禁止します。僕の理性が息絶えそうだ……
「覚悟は……完了しとるよ?」
はやて、どうしてとどめを刺しにくるかな? 潤んだ瞳がとても魅力的だ。うん、これは公平じゃない。そう僕は思った。
だから、僕は上着を脱ぎ始める。それに三人が驚きを見せるけど、関係ない。いや、三人が脱ごうとしてるんなら、僕も脱がなきゃ公平じゃないからね。
決して余りの光景に思考が混乱した訳じゃない。それに、何となく暑いよね、この部屋。僕が上着を脱ぎ去ると、三人が揃って意外そうな表情を見せた。どうしてだろう? そう考えた瞬間、なのはの声で答えが聞こえてきた。
―――ユーノ君、意外としっかりした体してるね。
そう、遺跡関係の仕事をしていたせいもあって、体はただ痩せ細っているだけじゃない。筋肉だってちゃんと付いてるんだ。まぁ、ここ数年は無限書庫での仕事ばかりだったから鈍ってるとは思うけど。
それに、無限書庫は無重力だから長時間いると、体が弱くなる。そのリハビリじゃないけど、暇を見つけて最低限のトレーニングはしてるんだ。そのおかげか、そこまで心配されるような体つきではないんだよ。
と、そんな事を話していたのもそこまで。はやてが僕の体を触りながら、にやりと笑ってこう言った瞬間、空気が完全に変わったんだ。
―――男の人も胸は感じるらしいな、ユーノ君?
そこから僕の胸を執拗に触りだすはやて。僕は止めてくれって言ったんだけど、その瞬間はやてが変な事をしたせいで声が裏返って、なのはとフェイトが顔を赤くした。もう、その後の事はよく覚えていない。
必死にはやてを止めてる内に、その脱げ掛かった上着が徐々にずり落ち、その肌を晒したのを境に、僕は考えるのを止めた。そこから先は、もう察して欲しいとしか言えない。一つだけ言える事は、翌朝僕はかなり複雑な思いでシーツを洗濯し、なのは達はどこか嬉しそうではあるけど、歩き辛そうに仕事に出かけたぐらいだ……
結局、あの日に全てが決まった。あの後、僕は時間を作り、三人への想いを全て打ち明けた。そして、恥を承知でこう告げた。三人全員を守らせて欲しいと。
それに三人は驚きもせず、ただどうやってそれを可能にするのかと心配してきた。僕は、それを可能とする手段を探した。とはいえ、ある程度の知識はあったから、比較的簡単に見つけ出せたんだけど。
ミッドチルダは、基本的に一夫一妻。でも、基本的にはだ。文化や風習の違う場所がある。そう、一番分かり易いのがベルカ自治区。あそこはベルカの伝統を守っている場所。そこの決まりは古代ベルカの空気を濃く受け継いでいる。
その中には、婚姻関係もある。重婚が許されているんだ。一人の男が複数の女性と結婚する事やその逆を認めている。後者はここ数十年で加えられた内容だけど、前者はベルカ時代の事を考えれば納得がいく。
戦乱の世であれば、戦って散るのは男が多い。なら、必然的に男女比は男が少なくなっていく。しかし、一夫一妻では子供の数が限られる。それがもたらす人口減少を阻止する意味合いもあったんじゃないかってね。
それに、優秀な騎士はそれだけ多く子を残すようにしていたらしい。なので、ベルカ自治区では双方の合意があった場合、重婚が出来るんだ。まぁ、その場合は式自体が古代ベルカ式になっちゃうんだけど。
「合法的に夫婦になるには、現状これしか手がないんだけど……」
僕が三人へそう伝えると、予想通りそのまま考え込む。でも、話し合われる内容が僕の想像とは違った。
「ドレスって一般的な物を着れるのかな?」
「はやて、その辺りは?」
「確かそうやわ。ただ、色々と作法があったような……」
「あ、儀式に近いんだ」
「そうなんよ。儀礼的なもんになるし、結構堅苦しいはず」
「でも、それ以外はどうなの? 普通と変わらない?」
女性三人で色々と話し合う。その内容が全てこれを受けるか否かじゃなく、受ける事前提で式の内容について話してるんだから、僕としては少々拍子抜けした感がある。受け入れられるとは思っていたけど、そこまで簡単にはいかないと思っていたんだ。
だから、説得出来るように結構調べてきてるんだけど……必要無かったみたい。僕を置いて、三人だけでどんどん話を進めているし。こうして、あれよあれよと言う間に話が纏まり、僕らは結婚式の打ち合わせをする事になる。
はやての友人である騎士カリムを通して行なわれたそれでは、式自体が何十年振りのものになる事に加え、管理局の有名エース達が揃って結婚する事もあり、かなりの混乱が予想された。出来るだけ内輪でやりたいと思っていたから、僕らは何とかならないかとカリムさんに相談した。
マスコミに来られると色々と問題だ。そう言うと、カリムさんは苦笑しながら頷いて、はっきりと言い切ってくれた。ここはベルカ自治区。そして、聖王教会だと。つまり、いざとなれば強権発動も辞さないと言ってくれたのだ。これには、僕も驚いた。そこまでしてくれるとは思わなかったからだ。
「ご心配なく。これは、皆さんのためではなく、ベルカの儀式を守るためです。厳かな式を邪魔されたくはないですからね」
「カリム……ほんまにおおきに」
暗にこちらへ気にする必要はないと言ってくれたカリムさんに、はやてが嬉しそうに笑顔を返した。僕もなのはもフェイトも感謝を述べる。それにカリムさんは優しい微笑みを返してくれた。これで、実務的な問題はほとんど無くなった。残るのは、周囲への理解を得る事だ。僕はそう考え、早速行動を起こした。
まずは高町家。士郎さんは、意外な程冷静に話を聞いてくれた。なのははついて来てくれたが、士郎さんとの話し合いには席を外してもらった。これは、僕と士郎さんだけじゃないと意味がないと思ったからだ。
「……それで、君はなのはだけでなく、フェイトちゃんとはやてちゃんも妻にすると?」
「はい」
「それがそっちの世界では許されている事で、なのは達も承知しているのは理解した。でも、それで本当に君はなのはを、三人を幸せに出来るのかい?」
怒りを殺してる訳ではなく、心から疑問を抱いたからこそ聞いている。そんな風に士郎さんの声は静かだった。僕はそれに膝上の手を握り締め、小さく息を吸う。ここで嘘などを吐く訳にはいかない。そう思い、僕は本心を告げた。
僕は三人を幸せにする事が出来ないと思った。でも、だからってそれを覆す努力を怠ってはいけないんだ。そう今は思っている。だからこそ、自信を持ってこう言った。
「分かりません。でも、そう出来るよう全力を尽くすだけです」
「分からないのに、君は三人もの女性をもらおうとしているのか?」
「お言葉ですが、士郎さんは奥さんと結婚する時、幸せに出来ると断言出来たんですか?」
僕の言葉に士郎さんが初めて言葉に詰まった。僕の問いかけがどれだけずるいかは良く知ってる。断言出来るはずがない。幸せの定義なんて人それぞれだ。そこに絶対の正解はない。きっと、士郎さんも僕と同じで、分からないけど全力で幸せにしてみせると思ったはずだろうから。
僕は真剣な眼差しを士郎さんへ向け続けた。答えてもらおうとは思わない。だけど、結婚にも正解はないんだ。出来る事があるとすれば、その絆を大切にして、自分達が正解と思えるようにしていくだけだ。
「誰だって、結婚相手を幸せにしたくない訳ないじゃないですか。僕もそうです。断言出来ないけど、僕の全てを賭けて三人を幸せにしてみせようと思っています。不幸にするかもしれない。苦しませるかもしれない。でも、今の僕はそんな負の可能性じゃなくて、明るい可能性を信じてるんです」
「……それが君の答えか」
「はい」
甘いかもしれない。でも、これが僕の本心だ。士郎さんは僕の答えに頷くと、静かに立ち上がった。そして僕の横へと歩いてきて、真剣な表情で見下ろしながらこう告げた。
―――なら、その結末を見せてもらうよ。ユーノ・スクライアが出した答えの、ね。
それが意味する事を理解し、僕は心から驚いた。すると、そんな僕へ士郎さんが苦笑しながらこう言った。最初は優柔不断な奴だと思っていた。だから、その言葉にも迷いや悩み、そして根底に軽さが見えるだろうと踏んでいたんだって。
でも、僕が予想以上にしっかりと意見を告げ、迷いも悩みも乗り越えて答えを出したと感じたらしい。だから、信じる事にしたんだそうだ。なのはが選んだ僕を。
でも、この後結構な強さで僕は殴られる事になる。理由は、やはりなのはを妻にする事。ただし、目立つ場所だと後でなのはが煩いだろうから、お腹にしてもらった。士郎さんも僕がそう言ったら、何かを想像したのか怖がるように頷いてくれたんだから。
その後、なのはを高町家に残し、僕は別の場所へ向かった。余談だけど、僕がなのはの事を指摘した時の士郎さんを見て、僕は将来の自分を見た気がした……
「で、フェイトだけで飽き足らず、なのはとはやてまで嫁か。お前も相当だな」
「だと思う」
同じく海鳴はハラオウン家。クロノが久しぶりの休暇だったのを思い出し、ここにも訪問。腹部がまだ痛むけど、泣き言は言っていられない。エイミィさんは雰囲気を察してか、子供達を連れて公園へ出かけて行った。本当に空気を読むのが上手い人だよ。
「それで、フェイトに父はいないから……代わりに僕か」
「うん。リンディさんはフェイトが決めたのならって、実にあっさりしてたから」
「母さんめ……」
クロノがやや呆れるように呟く。気持ちは分かる。僕だってまさか、たった一言で済まされるとは思ってなかったんだ。でも、思えば当然かもしれない。リンディさんはフェイトの母親。つまり、その娘が選んだ道を後押ししてやりたいだけなんじゃないかな。
でも、父親や兄は男だから、そこに微かな嫉妬みたいなものが生まれる。例えるのなら、自分の愛する女性を他者に取られる感覚とでも言えばいいのだろうか。きっとそれがあるから、結婚問題は大抵女性の男親の方が肝になるんだろうな。
僕がそんな事を考えてると、クロノは大きくため息を吐いた。だが、その表情はどこか呆れていて、視線は僕を見つめている。何か僕に呆れるような要因があったかな? そう思って見つめ返す。すると、クロノはその表情のままこう言った。
―――好きにしろ。ただし、フェイトが泣くような事があれば黙ってないからな。
義兄バカ全開の台詞だ。そうは思うも、僕はそれに真剣な表情で頷いた。クロノがフェイトの事を大切に思ってるのはよく知ってる。エイミィさんがいなかったら、おそらくフェイトはクロノと愛し合ったんじゃないかって、そんな馬鹿な事を考えるぐらいにね。
その後、少しだけ軽い雑談をした。とは言え、式に関する事もあったから雑談ではないのかもしれないけど。話が終わり、僕はお暇しようと思って玄関へ向かう。クロノは律儀に見送るためにそれについて来た。
「じゃ、お邪魔したね」
「今度来る時は義弟も同然か。妙な気分だ」
「それはこっちの台詞さ」
出会ってもう十年以上。口が裂けても親友なんて呼ばないけど、でもどこかで似たような存在とは思っている。義理の兄弟になるとしても、きっとこんなやり取りは変わらない。僕とクロノは、どうなっても僕とクロノだ。
そんな事を思い、僕は最後に不敵な笑みを見せてこう言った。じゃあね、義兄さんと。それにクロノが同じような笑みを返し、またな、義弟と告げて互いに笑った。そして、無言で片手を上げ合い別れた。
「……義兄、か」
僕は孤児だった。親は幼い頃に亡くし、顔も覚えていない。だから、僕も家族というものに憧れがある。高町家やハラオウン家、八神家などの多くの家庭を知っているけど、僕はそれを見て羨ましいと思う事は無かった。
思えば、それは妬みに変わると思ったから。そんな僕が今、家族を得るような行動をしていて、親友と内心思っている相手が義理の兄となる。じわりと視界が滲む。心が熱くなる。
親友であり義兄。そんな都合のいい話があっていいのか。そんな風にも思うけど、思考とは正反対に感情は喜びを示している。そう、そうなんだ。なのは達と夫婦になる事は、その家族達とも繋がりが強くなる事なんだ。
一人だった僕の心が、ゆっくりと他の誰かと繋がっていく。そんな感じがして、僕は知らず笑顔になっていた。足取りもどこか軽い気がする。そして、僕は高町家に向かって歩き出す。途中なのはへ、これから戻ると念話をするのを忘れずに。
―――後は八神家か……
ある意味で一番の難関だろう名を呟き、僕はため息を吐くのだった……
はやてに連れられ訪れた八神家。そこには、シグナム達が勢揃いしていた。当然だ。僕が無理を言って、何とか時間を空けてもらったんだから。
「わざわざありがとう」
「いや、気にするな。こちらとしても、お前自身から直接聞きたかったのだ」
僕が頭を下げるとシグナムが代表してそう返した。既に簡単にはやてが重婚の事は伝えたらしい。それを伝えた上で、僕はシグナム達へもう一度説明をするつもりだった。そして三人への想いを告げ、結婚へ納得してもらえるようにと。
だが、当然ながらシグナム達の視線はやや鋭い。古代ベルカの時代を生きた彼女達だからこそ余計に、今回の事は思うものがあるのかもしれない。僕はそう思いながら、説明を始めた。
どうして現状に至ったのか。今、自分がどういう想いで動いているか。それだけを伝える。決して高町家とハラオウン家に許可をもらったとは言わない。それを言う事は、どこか嫌らしい気がしたからだ。
「……と言う訳なんだ」
「そうか。お前はお前なりに考えた末の結論という訳か」
シグナムがそう言って、視線を周囲へ向ける。すると、まずシャマルが頷いて僕へ告げた。
「周囲からの視線には堪えられるなら、いいわ」
ベルカの法に従い、重婚するのはいい。でも、それを全ての人が受け止めてくれる訳ではない。それを承知し、どんな風に思われても言われても耐え忍ぶ事が出来るのなら、反対しない。そうシャマルは説明した。
僕はそれに頷いた。ちゃんとなのはとフェイトにもそこは通告済みだ。僕ら四人はもう意志が決まっているんだから。それをシャマルも聞き、ならばと視線を動かした。
「俺は、特に言うべき事はない。主を頼む」
ザフィーラはそう言い切って、僕へ視線を向けた。そこに込められた様々な想いを受け、僕は力強く頷いた。言葉ではなく、行動で示してみせる。そう返すと、ザフィーラはどこか嬉しそうに目を細めて頷いた。
それを見届けて、今度はリインとアギトが口を開いた。とは言え、どうも二人はそこまで重くは考えていないのか、それともはやてを信じてるのかあっさりとこう告げただけだ。
「リインは、はやてちゃんがしたいようにするのがいいと思います」
「アタシも。人生って、その人が悔いを残さないようにさせてやるべきだと思うし、さ」
そう告げるリインとアギト。でも、何故かアギトだけは何かを思い出したのか、少しだけ懐かしそうな表情だった。リインとシグナムだけがそれに何かを感じ取ったのか、アギトへ視線を向けていた。その表情はどこか悲しそうにも見える。
そんな空気を変えるように、ヴィータが大きく咳払い。そして、僕を睨みつけるように視線を動かす。うっ、少し怖いかも。でも、ここで怯んだら駄目だと思い、何とかその視線を受け止める。
「あたしは反対だっ! ……って、言いたかったんだけどよ」
そこでヴィータはやや困ったように頬を掻きながら告げる。アギトの言葉を聞いて、どんな結果になっても、はやてが選んだ道を行かせてやるべきかと思ってしまったらしい。それに、僕の覚悟も本物だと分かってくれたらしく、ならどれだけごねても無駄だと感じたんだって。
最後には、僕へやや拗ねながらも、一度言った事は曲げないと信じてやるからと言ってくれた。それに僕は約束すると返した。そして、最後は当然ながらシグナムが口を開く。
「では、これで全員の意思は揃ったな」
「え……」
「今のお前の心には芯がある。ならば、私は構わん。真面目なお前の事だ。ここまで来る間にかなり苦しんだはず。なら、その結論はかなりの重みを持っているからな」
シグナムはどうも僕の性格を考え、重婚を決めた時点で悩み苦しんだと理解していたらしい。だから、反対するつもりは最初から無かったとの事。僕はそれを聞いて若干肩透かしを喰らった気分になった。
それをどうして最初に言ってくれなかったんだろう。そう思ったけど、シグナムの立場を考えれば納得出来た。彼女はヴォルケンリッターの将。そのため、自分の意見が他のみんなへ与える影響を考え、最後まで黙っておく事にしたんだろうとね。
こうして八神家の許可も得た。大きな問題はこれで終わった。そう僕は思っていたんだ。でも、まだ残っていたんだ。そう、かなりの問題が……
「確実一軒家だね。しかも、かなりの大きさと部屋数がいる」
そう、住居の問題だ。新居をどうするか。結婚式の前にそれを相談しないといけなかったんだ。何せ……
「そうなんだよ。私達四人にヴィヴィオ、後はシグナム達もいれるとかなりの人数になるし」
「いや、別にわたしは……」
フェイトが挙げた名前にはやてが何か言おうとするけど、それを遮ってなのはが口を開いた。
「駄目だよ。はやてちゃん達は一緒にいないと。みんな揃っての八神家なんだから」
「僕もそう思う。はやてと離れて暮らすなんて、シグナム達はきっと嫌だと思うし」
そうだ。新居は僕ら四人で暮らす訳じゃない。ヴィヴィオにシグナム達も家族として共に暮らさないと。最悪新居を現在の八神家の近くにする事で手を打たないといけないけど、出来る事ならシグナム達も一緒の家で暮らせるようにしたい。
金銭面の問題は心配ない。僕達四人だけでも結構な収入があるし、そこにシグナム達の分も加えればかなりのものがある。それを計算に入れれば、新築も可能だ。銀行の融資だって受ける事も出来るだろうしね。
はやては、僕らの言葉を聞いて感極まったのか少し俯いた。八神家の中核は言うまでもなくはやて。そのはやてを抜いて、シグナム達が普通に暮らせる訳ない。それに、そんな八神家を僕らは見たくないんだ。
新婚生活にならないなんて、そんな気持ちは欠片もない。僕らは家族になるんだ。なら、それは共に生きる事。特に、はやては僕とは違った意味で家族に対する思いがあるはずだから。
「……ええのかな?」
「いいに決まってるよ。ね、ユーノ君」
「うん。むしろ、僕の方こそそうしてくれると助かるんだ。ヴィヴィオの事もあるし、家族が多ければ楽しい事は倍になって、嫌な事は半減出来るからね」
「そうだね。シグナム達と一緒に暮らすって考えたら、それだけで楽しくなるよ」
僕ら三人の言葉にはやては心からの笑顔を見せてくれた。そして、すぐにでもシグナム達へ伝えると言って携帯を取り出した。はやての嬉しそうな声を聞きながら、僕らは新居をどうするかを相談し始める。
将来の事も考え、三階建てにしようとフェイトが言えば、バスルームは広い方がいいとなのはが言う。はやても電話を終わらせ、それに参加。意見としては予想通りキッチン関係。僕はそれらの意見を書き込みながら、ふと思った事があるので尋ねてみた。
「それで、僕らの寝室はどうするの?」
その言葉で三人が固まった。そして、それを見て僕は自分の迂闊さを呪った。それでも、三人は顔を微かに赤めながら僕へ告げた。別々がいいならそうするけど、最終的な決断は任せるからって。それを聞いて、僕は躊躇いなく答えを出した。
四人で一部屋ってね。いや、決して邪な考えはないよ。少しでも部屋数を確保するためには、その方がいいなって判断したからだ。そりゃあ、最初の夜の出来事はかなり強烈だったけど、でもそれを意識した訳じゃ……
【ユーノ君、ちょうスケベな顔しとる】
はやて、念話で教えてくれてありがとう。でも、表情が悪戯っぽく笑ってる。そして、視線をこっちに向けてるから、なのはとフェイトが僕を見てるよ。これじゃ、結局意味無いじゃないか。ま、それが狙いなんだろうけどさ。
予想通りなのはとフェイトにもいやらしい顔をしてるって笑われた。仕方ないじゃないか。だって、あの夜の事を思い出したんだから。そう返すと、三人が少し照れた。初めての夜にしては、色々と内容が凄まじかった。でも恥ずかしがっていないみたいだし、三人はもうそれを良い思い出にしてしまったみたいだ。
「とにかく、基本は新築にしよう。で、僕は不動産関係を当たってみるよ」
「あ、ならわたしは内装関係」
「じゃ……私は建築関係かなぁ?」
「私はどうしたらいいかな、ユーノ」
「じゃあ、フェイトは金銭関係をお願い。現状での僕らの資産がいくらとか、どこまでなら融資を受けれるとかをはっきりさせておいてくれるかな?」
僕がそう言うと、フェイトは分かったと頷いてくれた。長期休暇があるフェイトなら、時間の掛かりそうな話も出来るだろう。こうして、僕らは動き出した。結婚とその後の事のために……
「パパ、どうしたの? ボ~っとして」
「うん、ちょっとね。昔の事を思い出してたんだ」
ヴィヴィオの声に僕は意識を現実へ引き戻した。あの結婚前のどたばた。今では遠い日の思い出になりつつある。式はそれはもう厳かだった。端から見ていたヴィヴィオ達が終わった後、息が詰まるかと思ったと告げる程に。
でも、そのおかげか重婚式なんて印象を吹き飛ばせたみたいだったけどね。新居はやはり新築となった。何せ、あの後家族全員から意見を求めたんだ。そうなると、希望を叶えるには自分達で建てるしかないってなってさ。
「昔の事?」
「そう。結婚する前の頃だよ」
「あー、あの頃かぁ。懐かしいな」
そう言ってヴィヴィオは笑みを浮かべる。最初は、我が家の末っ子だったヴィヴィオ。だが、今はちゃんと姉として下の面倒を見ている頼れる長女だ。今日は学校が休み。卒業したら、本格的に管理局への進路を歩き出そうと考えている十二歳。
と、そこへなのはと同じ色の髪をした男の子が現れた。今年で四歳になる僕となのはの息子のマサヨシだ。名前の由来は日本語の”正義”。重い意味の名前かもしれない。でも、少し気が弱いけど優しく素直に育ってくれている。絶対、名前負けしない人になってくれるって僕は信じてる。
「パパ、ヴィヴィオお姉ちゃん、これ見て」
マサヨシが僕らへ見せたのは一枚の絵。そこには、家らしい物の前に並ぶ家族らしきものが描かれている。僕は……中心の人だろうな。ヴィヴィオは、どれが自分かを聞いている。
長男のユウキは次女のノゾミと外で遊んでいるんだろう。ちなみにマサヨシは次男で、ユウキとノゾミは二人共フェイトの子。そう、フェイトは双子を産んだんだ。あれは結構びっくりしたっけ。もう四年も前の事だ。
ふと意識を周囲へ向ければ、三女のミライがザフィーラの背に乗って、リインを肩に乗せ共に笑っている。あ、言っておくけど狼状態だよ。しかし、はやての娘だけあってやっぱり行動的だなぁ。何せ一歳半にも関らず、もう立つ事が出来るんだよ。はやては、自分が歩けない頃があったから、その分まで早く成長してるんだろうって嬉しそうに笑ってたっけ。
でも、気になるのは立って歩く時、大抵何かを目指してるように見えるんだ。しかも、上を見上げてね。それだけがどうしても理解出来ないんだよ。はやてがいない場合によく起きるから、何か関係してるのかなぁとは思ってるんだけど。
そんな事を考えながら、視線をキッチンへ向ける。そこでは、なのはとシャマルが楽しげに話しながら昼食の準備中。その手伝いとして、ヴィータがテーブルを拭く為に動いていた。今日は久しぶりに家族全員が揃う。フェイトが長期任務を終えて、出張中だったはやてと共に帰ってくるからね。シグナムは、その迎えに行っている。
「「ただいま~」」
そんな事を思い返していたら、玄関から愛する妻達の声が聞こえてきた。それに子供達が一斉に反応した。マサヨシはヴィヴィオの手を掴んで、ユウキとノゾミは庭から玄関目指して走り出し、ミライはザフィーラを急かしてと慌しい。
でも、シグナムはどうしたんだろう。そう思っていると、双子と入れ代わりで庭の方からシグナムとアギトが現れた。どうも、二人に反応して子供達が殺到するだろうと思って、庭から家に入ろうと思ったんだってさ。
「相変わらず母親は一番人気だな」
「父親は長女にも負ける時があるんだけどね」
「仕方ないって。子供はお母さんから生まれんだ。女の方が懐かれるのさ」
アギトの言葉に僕もシグナムも同意。互いに苦笑し、視線を子供達の声のする方へ向ける。フェイトは双子と楽しげに話し、はやてはマサヨシの絵を片手に持ち、嬉しそうに眺めながら、残る片手でミライを抱き抱えている。
ザフィーラはヴィヴィオから労を労われ、苦笑していた。多分、六課の頃のヴィヴィオを思い出してるんだろう。その頃も狼状態でヴィヴィオのお守りをしてたらしいから。
とりあえず、外で遊んでいた双子を連れて、フェイトは手を洗うべく洗面所へ。はやても絵をマサヨシへ返した後、ミライをなのはへ託してその後を追う。ヴィヴィオはなのはからミライを預かり、その頬を指で軽く突いている。
「……いいものだ」
「だな」
そんな光景を眺め、シグナムとアギトが噛み締めるように呟く。僕も声には出さないけど、同じ気持ちだ。そこへリインがヴィータと共に近付いてきた。その表情は共にやや不満そうにしている。
どうしてだろうと思っていると、二人はいつまでも和んでないで手伝えと言ってきた。それに僕は苦笑。シグナムとアギトは、小さくため息を吐いて動き出す。一度玄関へ戻るシグナム。アギトはそのままリインと共にヴィヴィオの傍へ向かい、ミライの相手。
「ったく、全員揃うと飯の支度だって大変だってのに」
「僕も手伝うよ」
「じゃ、マサヨシの相手頼む。ヴィヴィオの方が戦力になっから」
ヴィータはそう告げると、再びキッチンの方へ歩いていく。僕はその言い方に軽い無力感を感じるけど、それでもヴィヴィオの傍へ向かう。そこでミライだけでなく、マサヨシの相手をしているヴィヴィオと交代するように二人の世話をする。
リインとアギトへ絵を見せてご満悦のマサヨシに、ザフィーラへもう一度乗ろうとするミライ。まずはミライから止めよう。そう思って、僕はミライを抱き抱える。そこへシグナムが姿を見せた。すると、即座にマサヨシがロックオン。絵を片手にシグナムへ。
「そうか、これが私か。なら、これはヴィータだな?」
「うん」
このまま向こうはシグナムに任せよう。僕はミライを抱えたまま、キッチンへ視線を向ける。
「後少しで終わるから」
「なら、さくっと終わらそか」
「私とシャマルで食器とか準備しよう」
「そうね」
なのはとはやてが食事の支度を終わらせるために動き、フェイトとシャマルが食器などを準備し始める。僕はそれを眺めていたんだけど、ミライが何かを見つけたように天井へ手を伸ばした。でも、そこには当然だけど何もない。
どうしたのかと思っていると、洗面所から戻ってきたユウキやノゾミもそこを見つめた。更にはマサヨシまでも。完全に僕は置いていかれたような心境のまま、そんな四人へ尋ねた。どうしたの? そうすると、予想だにしない言葉が返ってきた。
―――銀髪の人がそこで笑ってるんだ。
その言葉は、ある事情を知らない人が聞けば、軽い恐怖だったろうね。でも、僕らにはその心当たりがあった。だから、こう尋ねてみた。
―――リインに似てる?
それに三人は揃って頷いた。ミライは頷きはしないが、嬉しそうに僕へ視線を向ける。そんな反応に、僕は言葉が無かった。でも、思い返してみれば、ユウキ達が生まれた頃から何度か聞いた事があったっけ。
はやてが家にいる時だけ、子供達がやけに何もない場所をじっと見つめたりする事があるって。そこまで思い出し、僕はある事を確かめるべく、こう問い掛けた。初めて見るのかい? シグナム達もどこか緊張の色が見えた。
それにユウキが代表で答えた。何度もあるよ。それを肯定するようにノゾミもマサヨシも頷いた。その瞬間、リインが四人が見つめる方向へ近付いた。まるでそこにいる存在へ抱きつくように。シグナムもそこへ視線を向け、小さく呟く。噛み締めるように。
―――そうか。お前も主の傍にいたのだな、リインフォース。
アギトはそれで察したのか、ザフィーラへ視線を向ける。ザフィーラはそれに頷き、僕を見た。
「子供達にしか見えんようだが、それでいいのかもしれん」
「どうして?」
「我らが見えては、色々と思う事が多くて心乱してしまうだろうが、子供達はリインフォースを知らん。なら、その姿を見ても動じる事はない」
ザフィーラはそう答えた後、どこか嬉しそうに呟いた。それに、はやての傍にいると分かっただけでも意味があると。そこへ食事が出来たと呼ぶ声がして、子供達が頷いてからそちらへ動き出す。
僕らもそれに続いて動き出したけど、リインだけが中々動こうとしない。理由は分かる。リインにとっては、お姉さんなんだからね。すると、そんなリインへノゾミがこう言った。
「リインお姉ちゃん、女の人が困った顔してるよ」
「うん。テーブルの方を指差してる」
ノゾミに続いてユウキが告げた言葉にリインは驚いて、天井を見つめる。そして小さく頷くとテーブルへ向かって動き出した。一方、なのは達は子供達が何を言ってるのか分からないから困惑してた。なので、シグナムが説明をする。
それを聞いて、段々その表情が変化していく。特にはやてとヴィータ、シャマルは顕著だ。目を潤ませ、子供達から特徴を聞いていくはやて。それに周囲も影響されて少し涙目だ。そして、最後にはみんなでそちらに笑顔を向けた。
それから食事を終えて、僕らは子供達を頼りにリインフォースの居場所を特定した。どうもはやてが動くと移動するようで、基本的にはその傍にいるようだ。でも、どうもユウキ達の話だと、ミライが生まれた後は、はやてが出かけている時はその傍にいるらしい。
それを聞いて、僕はミライの行動原因を知った。ミライはリインフォースを目指して歩いていたんだと。だから、いつもはやてがいない時ばかり動いていたんだとね。
「そういえば、こんな話を聞いた事がある」
「どんな話?」
フェイトが切り出した話題に、なのはが問い返す。僕もはやてもなのはと同じく、その話に興味を示した。シグナム達も同様に。それにフェイトは思い出すように語り出した。幼い子供には、みな霊感が備わっていて、中でも物心つく前が一番強いらしい。
その話を聞いて、ヴィヴィオが霊感について尋ねてきたので、簡単にはやてが説明。幽霊を見る事が出来る力。そう言った途端、マサヨシが軽く怯えた。見えているのがお化けと知って、怖くなったらしい。でも即座になのはが、見えているのははやての大事な家族だと教えると、安堵の息を吐いて笑みを戻す。我が子ながら現金だなぁ。
「……ホンマに傍におったんやな」
「お姉ちゃん……はやてちゃんの事をずっと見守ってたんですね」
八神家の中でも一番リインフォースへの想いが強い二人がしみじみと呟く。周囲も何もいない天井を見つめ、感慨深そうにしていた。僕は少ししんみりした空気を吹き飛ばすように手を叩き、ある提案をした。その内容にみんなが嬉しそうに頷き、準備を始める。そして……
―――ね、ノゾミちゃん。リインフォースはどっち指差してる?
―――えっと……右!
―――げっ! 火事だってよ……って、どうしたユウキ?
―――うん、ヴィータお姉さんを見てリインフォースが苦笑してるんだ。
―――転職出来るが……どうするべきか。
―――シグナムお姉ちゃん、リインさんが首を横に振ってるよ。
家族全員でのボードゲーム。シャマル達は子供達からリインフォースの指示を教えてもらい、その通りに動かしている。文字通り全員参加の対決だ。時折、子供達からリインフォースの行動や表情を伝えてもらい、僕らはそれに反応を返す。
会話は出来なくても、意思疎通は出来る。子供達がいつか見えなくなるとしても、もう僕らは知っている。リインフォースも家族としてこの家に居ると。姿も見えず、声も聞こえなくてもここにいる。それだけで、僕らは嬉しいんだから。
そんな楽しい時間が過ぎていく。これもまた僕らの思い出となっていくんだ。ゲームを終えた僕らへ、子供達が揃ってこう言ってくれた。
―――今、すっごく嬉しそうに笑ってるよ!
それが誰かなんてすぐに分かった。そして、三人が指差す方へ僕らも顔を向けて笑顔を見せる。すると、一瞬だけリインフォースが微笑んでいるのが見えた気がして、僕は驚いた。しかも、見ればみんなそうだったみたいで、目を丸くしている。
見えた? お前もか? そんな声があちこちから起きる。こうして、僕らの不思議な体験の一部は終わる。え? ここまでかって? うん、これからも色々あるし、起きるだろうけど……それはまだ分からないから。でも、一つだけ言えるのは、きっと僕らはいつまでも笑って暮らすって事。
だって、幸せはいつもここにあるんだから……
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三人エンド。リインフォース再び、な感が否めませんがご容赦を。
次のネタは……なのはエンドのヴィヴィオ視点かな? もしくは、今回ので思いついたネタかもしれません。