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FC 第二節「消えたエヴァンゲリオン」
王国軍のエース、リシャール大佐 ~そして、水色の髪の少女~
<ボースの街 南区画 市街地>

捕まって脱走したエステル達の情報により空賊のアジトの場所が判明した。
しかし、モルガン将軍の指揮する国境警備隊が駆けつけた時には、アジトはもぬけの殻だった。
しびれを切らした王国軍の上層部は『情報部』の派遣を決定する。
その通知がなされた日の深夜、遊撃士協会とモルガン将軍をバカにするように事件が起きる。
今度は南区画にある商人達の家が強盗に襲われたのだ!
以前の店舗とは違い、人が住んでいる民家が襲われたので、ボースの市民の恐怖はかなり高まった。
エステル達も被害にあった南区画の市街地へ聞き込みに向かった。
北区画からの入口で南区画の市街地を見下ろすと、街には煙が上がっている。
どうやら放火されてしまった家もある様子だった。
怖い思いをしたのか、怯える人々の姿も見える。

「こんなひどい事までするなんて……兄貴達はいったいどうしちゃったんだよ」

ジョゼットは兄達が行った蛮行にショックを受けていた。

「これ以上罪を重ねさせないように、アタシ達が止めないと」

アスカはジョゼットを励ますように、手を強く握りしめた。
エステル達は南区画へ入ろうとしたが、背が高く体格の良い巨漢の軍の兵士に行く手を塞がれる。

「こら、民間人が入って来るんじゃねえ!」
「あたし達は遊撃士よ、そこを通して」
「僕達、被害にあった人達から直接話を聞きたいんです」

エステルとヨシュアが頼むと、巨漢の兵士は首を横に振る。

「足を引っ張る遊撃士の手など借りられるか!」
「なんですって!?」

アスカが怒った顔をして聞き返した。

「お前達が無様に捕まったりするから、空賊はアジトを移してしまったんじゃねえか」
「それは、そうかもしれませんけど……」

巨漢の兵士に言われて、シンジは落ち込んでうつむいた。

「でも、アタシ達が捕まるまで、アンタ達もアジトの手掛かりすらつかめていなかったじゃない!」
「なんだと、俺達を侮辱する気か!」

怒った巨漢の兵士はアスカの腕をつかんでひねりあげた。

「痛い、離してよ!」
「うるせえ、生意気な小娘め!」
「やめろっ!」

シンジは思いっきり頭突きをしてその巨漢の兵士を突き飛ばした。
体格差があったのだが、シンジに不意をつかれた巨漢の兵士は驚いてアスカの手を離して尻餅をついた。

「アスカ、怪我は無い?」

シンジはアスカを気遣うように声を掛けた。

「うん、アタシはただ腕をつかみ上げられただけだけど……」
「シンジ、アスカ、後ろ!」
「「えっ!?」」

エステルの声に後ろを振り返ろうとする前に、アスカとシンジは立ち上がった巨漢の兵士に突き飛ばされた!
シンジは微妙に体勢を変えてアスカを守る様に下敷きになるように倒れ込んだ。

「ちょっと、何するのよ!」

エステルは怒って巨漢の兵士に武器を突き付けた。

「ふん、未熟な遊撃士のガキが国境警備隊の俺達に勝てると思っているのか?」

巨漢の兵士もエステルに向かって槍を構えた。

「エステル、マズイよ武器を収めて」
「ここまでやられて、黙っていられるもんですか!」

ヨシュアがなだめても、エステルに灯った怒りの炎は鎮まらない。
アスカより怒りの沸点が高いエステルは、頑固で冷めにくい所があるのだ。
お互いに武器を構えて向かいあったエステルと巨漢の兵士は一触即発の状態になった。

「お前達、そこで何をしている!」

張り詰めた空気を切り裂いたのは男性の声だった。
声の主の方を向くと、そこに立っていたのは精悍な顔立ちの若い将校だった。

「……誰?」

エステルはぼう然とした顔でそう尋ねた。
すると、若い将校の隣に居た赤い髪の女性士官が不機嫌な顔でエステルをにらみつける。

「貴方は新聞などをご覧になっていませんの? 王国軍のエースと呼ばれるリシャール大佐を知らないだなんて!」
「別に構わないさカノーネ君、ボース地方に顔を出すことはあまりないからね」
「大佐がそうおっしゃるのなら……」

リシャール大佐がカノーネ士官に穏やかに話すと、カノーネ士官は黙りこんだ。
そんなカノーネ士官の姿を見てアスカはシンジにそっと耳打ちする。

「あのカノーネって女、分かり易い性格よね」

アスカもね、と言いそうになったシンジは言葉を飲みこんでアスカに同意するようにうなずいた。
リシャール大佐はエステル達の胸に付けられた遊撃士の紋章に気が付く。

「君達は遊撃士だな、どうして街中で武器を構えていたんだ?」

リシャール大佐が厳しい目つきになってエステルをみつめた。

「そ、それは……」

気まずそうに言い淀んだエステルに対し、巨漢の兵士は悪びれる事無く、エステル達を指差してリシャール大佐に言い放つ。

「捜査の妨害をされたので注意をした所、そいつらが手を出して来たんですよ」
「手を出して来たのはそっちが先じゃない!」
「そうよ、痛かったんだから」

エステルとアスカは顔をふくれさせながらそう訴え、また巨漢の兵士との間で言い争いが始まった。

「止めるんだ!」

リシャール大佐が一喝すると、エステル達は動きを止めた。

「我々王国軍は人々の模範を示さなければならないのだぞ、それをふまえた行動をしたまえ」

リシャールが毅然とした態度でそう言うと、巨漢の兵士は舌打ちをしてふてくされた顔で黙り込んだ。

「君達に対して失礼な事をしてしまったようだね」
「ううん、あたし達もムキになってしまったから悪かったわ」

穏やかに謝罪の言葉を述べるリシャールに、エステルもすっかり毒気を抜かれて謝った。

「あの、僕達も昨夜の強盗事件の被害にあった方々に話を聞きたいのですけど……」

リシャール大佐が話の解りそうな人物だと判断したヨシュアがすかさず声を掛けた。

「ふん、誘拐されるような未熟なガキが捜査なんてできるわけがねえ」
「黙りたまえ!」

アスカが何か言い返そうとする前に、リシャール大佐が大声で巨漢の兵士を制止した。
このままエステル達と巨漢の兵士を側に置いておいては落ち着いて話もできないと判断したリシャール大佐は、巨漢の兵士に立ち去るように命じた。

「へっ、王都でちやほやされているからって、図に乗りやがって」

巨漢の兵士は捨て台詞を吐いてリシャール大佐をにらみつけ、ゆっくりと立ち去って行った。
その姿をエステル達は不快そうな顔でじっと見ていた。
そして巨漢の兵士の大きな背中が見えなくなった所でリシャールはエステル達に声を掛ける。

「重ね重ね失礼をしてしまって、すまない」
「いいえ、あたし達も王国の兵士さんがみんな態度のひどい人だとは思ってないから」
「そう言ってくれると助かるよ」

エステルの言葉を聞いて、リシャール大佐は爽やかな笑みを見せた。

「聞き込みの件だが、今はモルガン将軍の部隊が行っているから、それが終わってからにしてくれないか。モルガン将軍の部隊が引き揚げた後は自由に捜査をしてもらって構わないから」
「そうですか、分かりました。僕達は別の調査をしようと思います」

リシャール大佐の言葉を聞いて、ヨシュアはそう答えた。

「すまないね、モルガン将軍は縄張り意識が強くて困っているんだ」
「本当、父さんと親しくて、家に孫のリアンヌちゃんと遊びに来るぐらいだったのに、どうしてあんなにあたしが遊撃士だって言うと怒るのかな」

リシャール大佐が愚痴をこぼすと、エステルは考え込むような表情をしてそうつぶやいた。

「君はもしかして、カシウス殿の……?」
「ええ、彼女はエステル・ブライト、カシウスさんの実の娘です」

驚いた顔でエステルを見つめたリシャール大佐にヨシュアがそう説明をした。

「アタシ達は、カシウスパパに引き取ってもらったんだけどね」

アスカがそう付け加えた。

「そうか、君達は……」
「リシャール様、そろそろお時間が」

リシャール大佐はさらに話をしたい様子だったが、カノーネ士官に止められた。

「おっと、では私達はこれで失礼するよ。私は、軍の縄張り意識を無くして遊撃士ともっと協力して行きたいと思っているんだ。国の平和を守りたいと言う気持ちは同じものだろう?」
「そうですね」

ヨシュア達はリシャール大佐の言葉に強くうなずいた。
リシャール大佐はその返事に満足して立ち去ろうとしたが、遊撃士の紋章を付けていないジョゼットに気がついて尋ねる。

「おや、君は?」
「えっと、ボク、いや、私は……」

思いの外鋭い眼光で見つめられたジョゼットはうろたえてしまった。

「彼女は民間の協力員なんです」

ジョゼットの正体に感づかれないように冷や冷やしながら、シンジがそうフォローした。

「そうか、遊撃士協会は先駆けて垣根を超えた協力体制を構築しているのだな」

リシャール大佐は納得したようにそうつぶやいた。
追及を逃れられたエステル達はほっとして息を吐き出した。
軽くお辞儀をして去って行くリシャール大佐とつき従うようについて行くカノーネ士官の姿を、エステル達は見送った。

「なんか、とってもカッコイイ人だったじゃない」

アスカがそうつぶやくと、シンジは顔を歪めた。
そんなシンジの表情にアスカは気が付く。

「シンジったら、リシャール大佐にコンプレックスを抱いたの? 本当に分かりやすいわね」
「僕には到底無理だよ」
「アンタがリシャール大佐みたいになる必要はないのよ、だって……」

アスカはそこで言葉を止めた。

「何で?」
「自分で考えなさいよ!」

シンジが問い詰めるとアスカは顔を赤くしてそう言い返した。
そして、エステル達はこれ以上ここに居て兵士達に絡まれないように、大人しく遊撃士協会に引き返した。



<ボースの街 遊撃士協会>

国境警備隊の兵士達の事情聴取が終わるまで、エステル達は遊撃士協会の中で難を逃れる事にした。
エステル達はルグラン老人に南区画で起こった出来事について報告した。

「そうか、お前さん達はリシャール大佐にあったのじゃな」
「ねえ、リシャール大佐ってどんな人なの? なんか凄そうな感じだったけど」
「ほらエステル、ここに載ってるよ」

ヨシュアは棚からリベール通信を取り出してエステルに見せた。
そこには特集インタビュー記事としてリシャール大佐は情報部を立ち上げる構想などを記者に話していた。

「エステルってば、導力ラジオ欄しか読まないんだから」
「だって、字ばっかり読んでいると眠くなっちゃうんだもん」

アスカに追及されてエステルはごまかすように笑いを浮かべた。
これにはジョゼットもあきれ返っているようだった。

「どうして、リシャール大佐達は管轄ではないボース地方までやって来たんでしょうか?」

ヨシュアの質問にルグラン老人は自分の考えを話し出す。

「事件を調査しているモルガン将軍の国境警備隊は古くから軍の中でも精鋭部隊として一目置かれておる。そんなモルガン将軍の国境警備隊が解決できない事件を解決すれば情報部の株は急上昇するじゃろうな」
「そして、王国軍のエースの座を取れるってわけか」

アスカはルグラン老人の言葉に納得したようにうなずいた。

「アスカ、まさかこの事件を自分達の手で解決してエース遊撃士とか名乗ろうとしてないよね」

心配になったのかシンジがアスカに声を掛けると、アスカは少し不機嫌な顔になって首を横に振る。

「バカねシンジ、もうアタシはそんな事にこだわらないわよ。もしエースと呼ばれる存在になったとしても、それはアタシ達4人が力を合わせた結果よ」
「ごめん、余計な事を聞いちゃって」

安心したシンジは穏やかに微笑んだ。
ルグラン老人は渋い表情をしながら再び話し始める。

「しかし、情報部の動きはおかしい所があるんじゃ」
「どこがですか?」

ルグラン老人の言葉を聞いてヨシュアが質問した。

「国境警備隊と同時に被害にあった南地区の住民に事情聴取を行うと思ったんじゃが、その気配が無い」
「同じ軍の仲間だから情報が貰えるんじゃないの?」
「でも、国境警備隊と情報部がライバル関係にあるなら、素直に情報が貰えない事もあるんじゃない?」
「そうじゃな、しかも事件が起こっていない湖の辺りを調べているようじゃ」

エステルの疑問に答えたアスカの言葉に、ルグラン老人はうなずいた。

「何か深い考えがあるのかな」
「あのリシャール大佐の事だから、何かあると思うけど、見当もつかないわね」

シンジに尋ねられて、アスカは首を振った。



<ボースの街 クワノ老人の家>

しばらく遊撃士協会で待機した後、再度南地区に行き聞き込みをしたエステル達は釣りが趣味だと言うクワノ老人から妖怪の話を聞いた。
5階建ての琥珀の塔の屋上から地面に着陸した人影を見たとか、湖の中から半魚人が出現したなどと言う荒唐無稽こうとうむけいで信じがたい話だった。
老人の話を聞いた兵士達も鼻で笑って信じようとしなかったらしい。

「そんなの本当に居るのかしら?」
「本当に見たんじゃ、ワシはボケとらん、信じてくれ!」

怪訝そうにつぶやくアスカに、クワノ老人は必死に訴えた。

「でも、はっきりと見たわけではありませんよね」
「そりゃあ、遠かったからの」

シンジの質問にクワノ老人はそう答えた。
クワノ老人の家を出たエステル達はこれからの方針について話し合う。

「琥珀の塔と川蝉亭の辺りを調べてみないかな?」
「何を言い出すのヨシュア、アタシ達は妖怪を探している暇なんて無いのよ!」

ヨシュアの提案にアスカは怒って反論した。

「僕も半魚人が居るとは信じられないけど、何か他の人影を見間違えたのかもしれない。例えば空賊達とか」
「なるほど」

ヨシュアの言葉に納得してシンジがうなずいた。

「でも、塔の屋上から飛び降りたり、湖の中から出て来るって、普通の人が出来る事じゃないよね?」
「さすがにそれは完全な見間違えだと思うよ」

エステルにヨシュアはそう答えた。
そしてエステル達は遊撃士協会でルグラン老人に報告した後、ボースの街の南に位置するヴァレリア湖に面する川蝉亭へ向かう事にした。
ルグラン老人は何も事件が起きないのならば、川蝉亭に数日泊まっても構わないと話す。

「でも、ボク達は休んでいる場合じゃないと思うんだけどなあ」
「休息も兼ねた張り込みの仕事と考えてみたらどうじゃ? 空賊の一味が姿を現すかもしれんぞ」

ジョゼットのつぶやきに、ルグラン老人はそう言って説得した。
ボースの街を出て街道を歩く道すがらシンジの側でアスカがポツリとつぶやく。

「半魚人か……アタシ達がエヴァに乗ってこの世界に来た時の事を思い出すわね」
「そうだね、でもエヴァはあのままにして大丈夫なのかな?」
「平気よ、発見した軍の人達はLCLの事なんか全然分かっていないんだからさ。それにエヴァを動かせるのはアタシ達だけじゃない」
「うん、それに内部電源はとっくに切れているから動かせないよね」

2年前、シンジとアスカの乗るエヴァンゲリオン初号機と弐号機がヴァレリア湖に不時着した時、この付近は捜索のため閉鎖されていた。
しかし、不気味な尾ひれのついた半魚人騒ぎもあって数ヵ月と早めに捜索が打ち切られていた。
エステル達は湖畔にある川蝉亭に向かう前に、脇道にある琥珀の塔も捜索する事にした。
だが屋上まで登っても誰かが潜伏していた痕跡は発見できなかった。

「ここなら街から離れているし、空賊達が隠れている可能性も考えられたんだけどね」
「ハズレか」

ヨシュアとアスカは残念そうにため息をついた。
シンジは首をひねりながらつぶやく。

「じゃあ、あのおじいさんの完全な勘違いだったのかな」
「パラシュートを使えば飛び降りる事は出来るよ」

ジョゼットは空賊は飛行艇から飛び降りて建物の屋上などに侵入することがあると説明した。

「へえ、じゃあジョゼットも高い所から飛び降りる事が出来るんだ」
「ふふん、ボクならこのくらいの高さ、ちょろいもんさ!」
「じゃあ、やって見せてよ」

エステルはそう言って、ジョゼットの体をポンと押した。
よろけたジョゼットは悲鳴をあげながら屋上から落ちそうになったが、何とかバランスをうまくとって落下は免れた。

「何するんだよ、馬鹿エステル!」
「だって、飛び降りられるって言うから」
「あのな、ボクはネコじゃないんだぞ! パラシュート無しで降りられるもんか!」

ジョゼットは額に冷汗を思いっきり浮かべて荒々しく息をしながらそう言った。

「笑顔でとんでもない事するわね」
「うん、エステルが人を死なせなくて本当によかったよ」

アスカとシンジも青い顔でエステルを見つめた。

「リシャール大佐達は、ここを調べたのかしらね」
「さあ、あのおじいさんの話を軍の兵士の人は取り合わなかったみたいだから、報告もされてないんじゃないかな」

アスカのつぶやきにシンジはそう答えた。
ルグラン老人の話だと、情報部の兵士達は湖周辺へと向かったらしいが、ボースの街やここまでの街道でも会わなかった。
おかしいと思いながらも、エステル達は琥珀の塔を後にして、街道に戻って川蝉亭へと向かった。
物陰に隠れていた水色の髪の少女が立ち去るエステル達の後ろ姿を見つめていた事にエステル達は気が付かなかった……。
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