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[25889] 【習作】スタンドバイ(リリカルなのは・オリ主・再構成)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/11 07:40
はじめまして。

ss初体験と言うことで、つたない文章ですが、よろしくお願いします。
書き方や間の取り方など、おかしなところがあれば、指摘してください。



・オリ主
管理局員(地上部隊)のオリ主が、アニメに参加する話です。
オリジナルの魔力変換資質を持っています。

・戦闘描写
くどいうえに、状況がわかりにくいかもしれません。
悪い点は感想で指摘していただけるとありがたいです。

・独自設定
管理局や次元世界について、独自の解釈や設定(妄想)があります
あきらかにおかしな点があれば教えていただければ幸いです。



以上の点が気にならず、
「どうれ、俺の貴重な時間を君のために無駄にしてやろうではないか」
そんなの心の広さをもったかたは、一度読んでみてください。



[25889] プロローグ ジュエルシード発掘時の小さな事件(前編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/07 23:34

いったい、どれほど昔から使われていなかったのだろう
ぼろぼろに朽ち果て、その意匠を覆うように砂が積もった建物――いや、遺跡の内部を一人の少年が飛んでいた。
比喩ではない。実際に宙に浮き、遺跡の崩れかけている床を避けるように飛行して移動していた。
金色の髪は砂の汚れで輝きを失い、その顔には疲労の色が濃く表れている。
それでも、彼の腕は体の半分ほどもあるケースを、決して離さぬように抱えていた。

なぜこんなことになってしまったのか。
少年、ユーノ・スクライアはこの状況に至る過程を思い出す。



少年はスクライア一族という、遺跡発掘をなりわいとする一族の拾い子だった。
一族の人は、彼に惜しみない愛情と、力を発揮できる環境を与えてくれた。
魔法の才能があることがわかれば魔法学校に入れるように、学校を卒業して戻ってくれば遺跡発掘チームの責任者にする、というように。
特に後者などは若干九歳の子供を抜擢するということで、反対する者も大勢いるかと思ったのだが、案外すんなりと決まってしまった。
もちろん、自分を含む一族の少年たちを中心に組織された発掘チームは、単に若者たちに実地で経験を積ませるためのものであり、仕事の内容も学術的な調査が主で危険性の低いものだった、という要因も大きいのだろう。

しかし、一番の要因は彼が本当に優秀だったからだ。Aランクの魔導師であり、魔法学校を本来の半分の期間で卒業した彼の実力を疑う者はいない。
誰もが足りないのは経験だけだと考え、それを補うための今回の抜擢には反対しなかったのだ。

ユーノも、今まで世話になってばかりだった自分が一族のみんなと働ける時が来たことを喜んだ。
そして簡単な仕事とはいえ自分にできる限りのことをしよう、と。
そう考えたて、今回の発掘には非常に熱心に取り組んだ。



そして彼は一つの発見をした。
遺跡内部の意匠から当時の文化を調べている時に、当時の建築様式と比べて床が妙に厚い部分を見つけたのだ。

そこからはトントン拍子に話が進んだ。
念入りに調査をした結果、床の下に空間があることが判明し、近隣の町から人足を雇い掘り返してみれば、その空間の内部から二十一個の植物の種のような形をした青い宝石「ジュエルシード」が見つかった。
それは非常に大きな魔力を内包しており、間違いなく失われた古代の遺産、ロストロギアと判断される物だと思われた。

予想していなかった収穫に自分を含む発掘団は色めき立ち、ユーノ自身もとても喜んだ。
発掘されたロストロギアは、一般的には一度管理局に提出され、危険性のあるものは管理局で厳重に保管される。発掘者が個人的に所有することはできないが、それでも少なくない謝礼が管理局から支払われると聞いている。
これで自分を育ててくれた一族に、恩返しができる。



ユーノの人生は、そこまでは順風満帆だったのだ。
生まれは少し不幸だったかもしれないが、能力を鍛えるための最高の環境を与えられ、努力は彼を裏切らずに成果を出していた。
だが、そこで致命的な失敗をしてしまった。
経験不足――結局はその一言に尽きるのだろう。

しかし、根本はそれではない。
物心ついたころから温かな環境で育ってきた――つまり、彼は悪意を知らなさすぎた。



ジュエルシードが発掘されたのは日も暮れようとする頃だった。だから、管理局へ届けるのは明日夜が明けてからにしようと判断した。
そして、夜が明ける前に、発掘団のキャンプが盗賊に襲われた。

たまたま起きていた彼は仲間を逃がそうと懸命になった。
そして彼は、発掘したジュエルシードを抱えておとりになることを選んだ。そうすれば盗賊たちは自分一人を狙い、仲間たちは逃げることができるだろうと。
それに、自分一人であれば逃げ切る自信があった。
なにせ、幼くとも彼はAランクの魔導師である。ただの盗賊が相手なら、管理局が来るまでの時間は十分に稼げるだろう。



(甘かった!)

つい先ほどまでの自分の、楽観的な予測に後悔する。
誤算は一つ。
盗賊の中に高ランクの魔導師がいたこと。

その魔力量は、おそらくAAランクはあるだろう。あれほど高レベルな魔導師がいるとは、まるで考えてなかった。
遺跡内でその男と対峙した時、勝つことは無理だと直感的にわかった。
獅子の眼前に放り出された兎のような感覚。哀れな兎にできることはただ一つ、逃げること。

捕縛魔法と結界魔法を組み合わせて少しの時間をかせぎ、そのわずかな間を利用して、気付かれることなく外に続く抜け道に逃げ込む。
このまま遺跡の中にいても追いつめられる。それならば一か八か、外に出て少しでも早く管理局に合流できるようにしよう。

(この出口は発掘団の仲間しかしらない。少しは時間が稼げるはず……!)

そして細い道を器用に飛行して、彼はついに遺跡から抜け出した。目の前には一面の砂とそれに埋もれた遺跡群が広がっている。
地平線のむこうからは、太陽が昇り始めていた。
明るさに一瞬目がくらむが、管理局の基地はどちらだったか方向を確認しようとして――彼の体は凍りついた。



「よう、少年。なかなか速かったじゃないか。良いことだ」

頭上から声がする。凍りついた体を動かして、上空を見上げる。
そこには内部で対峙した魔導師がいた。その顔には自身の予想が的中したことを喜ぶ笑みを浮かべている。

「ど、……うし、て」

思わず口から疑問が漏れる。

「ん?ああ、どうしてこの出口がわかったかって?」

男はデバイスを構えながら語り出す。

「最近は盗賊だけじゃ食っていけなくてね。少年たちが雇った人足の中に、うちのメンバーがいたのさ。
 そいつは少年の仲間から遺跡の構造を――もちろん抜け道のことも――聞き出していて、俺たちはその情報を参考にした上で襲撃をかけている。俺から逃げるために、少年が抜け道を通ろうとすることは簡単に予想できるさ」

マジックの種明かしをする子供のように楽しそう語りながらも、彼のデバイスの先には青色の魔力光が集まっていく。

「それじゃあ、急いでるんで撃たせてもらう。
 死にたくなければ今すぐ地面に降りてくれ。非殺傷だけど、この高さから落ちれば死ぬかもしれない」

ユーノは地面から五メートル程度のところに浮いている。下は砂だが、落ち方によっては危険だろう。
この状況から逃れる方法は思いつかない。それなら、少しでも時間をかせがなければ。
ユーノは口元に無理やり笑みを浮かべ、はったりをかます。

「……いいんですか?そのまま撃ったら、このジュエルシードを巻き込んじゃいますよ。そしたらこれが暴走、もしかしたら壊れてしまうかも――」

「その箱が外部の影響をカットするように作られていることも聞いている。
 子供は駆け引きなんて小賢しい真似はしないことが、長生きの秘訣だ。生きていたら参考にするといい。
それじゃ、さよなら。」

男はユーノの発言を一蹴した。今ので稼げた時間はほんの数秒。これでは何も変わらない。
ユーノの目には、男が魔法を放つためのトリガーワードを唱えるようとするのが見える。

(もう、駄目だ)

これから襲い来る攻撃を想像し、思わず目を閉じる。



――――風が吼えた。



体の底に響くような轟音。吹き飛ばされそうなほどの烈風。
驚いて目を開けようとするが、風で舞い上がる砂煙で何も見えない。
砂煙が落ち着いて目が開けられるようになるまで、十秒ほどかかっただろうか。
ようやくユーノが目を開けると、先ほど男がいた場所には、一人の青年が立っていた。




[25889] プロローグ ジュエルシード発掘時の小さな事件(後編)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/24 13:49
突如現れた青年の姿を見る。

褐色に近い赤髪。
体格は良いが、その顔はいまだ子供っぽさを残している。年齢はおそらく15歳前後だろうか。
茶色のバリアジャケットは、色こそ異なるものの管理局の標準的なものに近い。よく見れば少しロングコートに近い形状になるようにアレンジしているが、それくらいしか差はない。

右手には片刃の剣。それはアームドデバイスと呼ばれる武器だ。
先ほどの男が持っていたような普通のデバイスが魔法の行使を補助するのに対して、青年の持っているようなアームドデバイスは武器としての役割を兼用している。欠点として、記憶できる魔法の数や処理速度は劣るという特徴を持つ玄人好みの武器だ。

そして両足にも銀色のブーツ型のデバイス。
こちらもアームドデバイスなのだろうか?しかし、とても武器に使うような特殊な形状はしていない。


青年はユーノの方を向き、口を開く

「そこの君、戦いに巻き込まれないように、物陰に隠れていて」

終わったら呼ぶから、と付け加えると、青年はユーノから視線をはずす。青年の視線の先には、あの魔導師が浮いていた。傷ついてはいるが、その顔にはいまだに笑みを浮かべている。
ユーノは、なにか自分にできることはないかと思い、せめてもの助言をする。

「気をつけてください!相手はAAクラスの魔導師です!」

この程度でも、ないよりはましだろうと信じて。




「痛いなあ……、いきなり攻撃するなんてひどいじゃないか。管理局はいつからそんな喧嘩っ早くなったんだい?」

男は飄々とした様を崩さずに青年に話しかける。

「かよわい少年に魔法を撃とうとしている奴が善良なわけないだろ」

青年はそれに対しておどけたように、デバイスを持っていない左手を肩まで上げて、あきれたというジェスチャーをしながら応える。
そして、男に問いかける。

「一応聞くけど、発掘団を襲った盗賊だよね?」

「まあね。それにしても早かったじゃないか。管理局が来るにはもう少し時間がかかると思ったんだけど」

「おれ一人先行したんだよ。速さには結構自信があるんだ」

男はその発言を聞きほくそ笑む。
彼は飛行魔法によってやってきた。管理局の地上部隊は飛行魔法を使用できるものはそれほど多くないと聞く。そして、下が砂地であるこの地形では、飛行魔法を使える者と使えない者では速度に大きな差ができる。

それはつまり、青年さえ迅速に倒せば、発掘団の少年を捕まえて逃げきるだけの時間は十分に稼げるということだ。

「それは身を持ってわかったよ」

そして、男は先ほど受けた攻撃から相手の戦闘スタイルを想像する。
その攻撃方法とは、超高速で飛行してその勢いのまま一撃を叩きこむ、という単純なもの。単純ではあるが、それゆえに強力な一撃。
もう少しでその不意打ちをくらうところだった。とっさにデバイスで防ぎ、なんとか吹き飛ばされるだけですんだ。男が不意打ちに気づけたのは、風を切る音が聞こえたからだ。もしも相手の飛行速度が音速を超えていれば、気づくことはできなかっただろう。
もっとも、音速を越えることができる魔導師など、時空管理局全体でもほとんどいない。

(地上などにそれほどの魔導師がいるわけがないか)

男は無駄な仮定を考えている自分に苦笑する。
そして、青年を倒すための過程を構築する。



「さて、お互い自己紹介といこう。おれはウィリアム・カルマン三尉だ。おとなしく投降して――」

目の前の管理局員はのらりくらりと会話を続けようとしている。おそらく、部隊が来るまでの時間稼ぎをしようとしているのだろうが。

(それにのるつもりはない)

男は話を聞くことなく、スフィアを作りだし誘導弾を放つ。
青年は慌てて防御魔法で防ぐ。

男の構築した戦術は単純なものだった。
男の目的は可能な限り早く、確実に倒すことだ。ならば自分のもっとも得意とする戦法で戦うことが最善。
選んだのは、多数の誘導弾で足止めし、高威力の砲撃魔法で仕留める――という定石中の定石。

この戦法は、正攻法ゆえに相手が自分以上の実力を持っていれば通用しない可能性が高いのが欠点だ――が、AAランクの自分に敵う相手はそうそういるまい。ましてや地上などに。
これは何も管理局をなめているわけではない。自身が管理局にいた時の経験によるものだ。



男は昔、管理局の武装隊にいた。部隊内で自分と一対一で戦って勝てる奴はいないほどに強かったし、海に派遣された時には模擬戦で執務官と対等に戦ったこともある。

そんな栄光を思い出すと、同時に転落の記憶も思い出して、嫌な気分になる。
武装隊の隊長が辞めて、新しい隊長を選定する時のこと。
誰もが次の隊長は男だと思っていた。しかし、部隊の一人が男に濡れ衣をかぶせたことで、その道は途絶えた。男は犯罪者となり、陥れたそいつは隊長に選ばれた。
そんなよくありそうな話。

それを思い出すと、心にかつての憎しみが再びわいてくる。
あの日から、男は管理局に復讐する道を歩み始めた。管理局に対するテロに参加することもあれば、今回のようにロストロギアを奪うようなまねも何度も行った。
なぜそんな道を選んだのか。

(違う!)

選んだわけではない、決定されたのだ。
そうせざるをえない程のどうしようもない感情が、あの日に男の中に生まれたというのか。
それも違う。
その事件が男を「管理局に復讐する存在」に「変えた」のだ。

(ははっ、俺は戦闘中に何を考えているんだ)

思考を切り替える。そして魔法を殺傷設定に切り替える。
それは作戦の一つ。
攻撃が殺傷設定だとわかれば、相手は自然と委縮して、こちらは砲撃魔法を構築するための時間をより安全に稼ぐことができる、という考えだ。

――本当にそれだけだろうか。
先ほどの回想が全く影響していないと、本当に言い切れるだろうか。
効率的に、論理的に考えたつもりになっていても、その行動は感情に支配されていないと、どうして言えるのか。



殺傷設定に気付いた青年は、男の思惑通り防御に専念し始める。
ただ、少し想定とは異なっていた。
予想では先ほどのように防御系の魔法で固めると思っていたのだ。時間を稼ぐにはそれが最適だから。
しかし青年は空を飛び回り魔法を回避する道を選んだ。自分の空戦技能によほど自信を持っているのだろう。確かに、その機動は男の目から見ても見事なものだと言えたが――

(だが、その自信もここで打ち砕かれる)


そして男は砲撃魔法の構築するため、詠唱を始める。
管理局員はいまだ誘導弾を避けるのに集中して――――いない。


男が砲撃魔法の構築を始める時、その瞬間にできる意識の隙を青年は見逃さなかった。
すでに回避機動から速度を落とすことなく、男へと向かっている。

男は自分の失策を悟る。
この迅速な対応。青年は最初からこの隙を狙っていたのだと今さらながら気付く。
急いで砲撃魔法を破棄、そしてすぐさま迎撃のために直射弾を放つ。
しかし、青年は速度を落とさない。
直射弾が直撃する。
その身体は傷ついているものの、速度は衰えるどころかなおも加速している。

そして男が慌てて離脱しようとしたときにはすでに、青年はすでに目前まで来ていた。

「ヘビィバッシュ」
『Sir! Heavy Bush!』

青年は鮫のような笑みを浮かべる。先ほどのように止めてみろ、止めることができるのなら――表情はそう雄弁に語っている。
防ごうと、とっさにデバイスを掲げる。
その斬撃はデバイスを砕き、男を撃ちすえた。バリアジャケットが紙切れほどの意味を為さない一撃。

「安心しな、峰打ちだ」
『Yes. Non-Lethal mode』

男の意識が落ちる直前に聞いた台詞は、そんなものだった。

(金属の塊で殴って、非殺傷も何もないだろ……)

最後に頭に浮かんだのは、そんな益体ない考え。

戦闘が始まってから決着までは、わずか十秒程度であった。




気を失った男が危険物を持っていないか確認した後で、青年は男に捕縛魔法をかける。

「それじゃあ、行こうか」

そう言うと、青年はユーノを抱きかかえようとした。

「だ、大丈夫です。自分で飛べますから」

「無理はしない方が良い。震えたままで飛行するのは危ないよ」

言われてようやく、ユーノは自分の手足が震えていることに気付く。
危険な体験は今までもあったが、殺されそうになるというのは初めのことだった――もしも彼が到着するのが数秒でも遅れていれば、死んでいたかもしれない。
一度そう考えてしまうと、震えが止まらなくなる。
そんなユーノを青年はそっと抱きかかえ、飛翔した。

基地への道中、ユーノが落ち着いた頃、青年がぽつりとつぶやく。

「暇だね」

思わず青年の顔を見ると、青年と視線が合う。

「自己紹介でもしようか。俺はウィリアム・カルマンだ。階級は三尉。趣味は読書、好みは探偵ものかな。推理ものよりも社会派人情ものの方が好きだ」

「ユーノ・スクライアです。発掘団の責任者……です。先ほどはありがとうございました」

「おっと、そうでしたか。そうとは知らず、失礼しました」

青年の口調が、急に子供に対するものから、大人に対するものへと変わる。しかし、その口調は若干冗談めいていて、その表情はあきらかに「普通に喋っても良いよね?」と言っているようだった。

「……普通に話してもらって構いません」

「ほんとに?じゃあユーノ君と呼ばせてもらうよ。よろしく」

「よろしく……えっと、ウィリアムさん。……すみません。僕がミスをしたからこんなことになってしまった。せめて昨日の内に管理局に運んでいれば、こんなことにはならなかったのに」



ウィルは少しの間、考えるようなそぶりを見せる。そして、考えがまとまったのかゆっくりと口を開いた。

「確かにそうだね」

そしてユーノの発言を肯定する。襲撃が起こったのは君のせいだ、と。

「でも、それだけじゃない。
 おれは一番最初に出動したんだけど、出るまでの間にも大勢が基地まで逃げて来た。そして逃げて来た人たちから、君がどんな風に行動したのかもある程度聞いている。ユーノ君より小さな子がいたけど、その子は君のおかげで逃げることができたって言っていたよ。
 それに、隊舎まで来れなかった人たちは、事前に決められた避難場所に逃げ込んだらしい。何かあった時の避難経路や場所、君が考えたそうだね。部隊の仲間が楽で助かるって褒めていた。
 君の行動が最善だったのかは、今来たばかりのおれにはわからない。――だけど、間違いなく、君のおかげで助かった人もいる」

その上で、今度はユーノの行動を肯定する

「最初は間違えたけど、君は自分の力でその失敗を取り戻した。だから君はよく頑張ったよ――結果だけ見たらロストロギアも奪われていないし、盗賊も捕まえることができた。なんだ、良いこと尽くしじゃないか」

彼はユーノに笑いかける。
なんだか照れくさくなり、ごまかすように話題を変えようとする。

「あの、ウィリアムさん。怪我は大丈夫ですか?直撃してたように見えましたけど」

「ん?ああ、大丈夫――それからウィルって呼んでくれても良いよ――あれにあまり威力がないことは予想できたからね。
 じゃあ基地までの暇つぶしにさっきの戦闘についてでも話そうか」

あっさりと話題は変わった。そしてなぜか戦闘の解説が始まる。



「まず、さっきの戦闘におけるあいつの目的はなんだと思う?」

「それは当然あなたを倒して、僕を捕まえること、ですよね」

「そうだね。でも、ただ倒すだけじゃだめだ。あいつにはもう一つ為さなければならないことがある」

「それは……管理局の援軍が来る前に倒すこと、ですか?」

「正解。そして、おれもあいつを早く倒したかった――おれにとって最悪な状況は、他の盗賊が来て君を人質に取られることだからね――つまりおれも相手の援軍を危惧していたんだ。というわけで、さっきの戦闘はお互い短期決戦を望んでいた。
 ただし、相手に目的を気取られるのは結構危険だ。だから話を続けようとすることで、おれの目的が時間稼ぎだと勘違いするように誘導した。
 だけど相手に目的を変えられると、この優位性が無くなる。だから駄目押しとして単独先行して来たことを話した。これで相手はおれをなるべく早く倒して、時空管理局が来るまでに目的の物を奪って逃げようと考える」

「待ってください。それなら援軍がすぐそばまで来ていると言った方が良かったんじゃないですか?その方が相手は焦るでしょう?」

「かもしれないね。でも逆に、増援の相手をするために魔力を節約しよう――なんて考えて持久戦になるかもしれない。
 普通は一部隊を相手にしようなんて考えないけど、高ランクの魔導師にはプライドが高い奴も多いし、地上部隊は実力が低いとなめられることも多い。……まあ、実際にランクの平均はCだし、空を飛べない魔導師も多いから仕方ないんだけど」

だからって弱いわけじゃないよ、ニヤリと笑いながら付け加えて、ふたたび話し出す。


「さて、ここから先はおれの思考を追っていこう。早期に決着をつけるためにはどうするか?
 接近戦が得意なら近づいて斬り合おうとするし、遠距離型なら相手の防御を貫けるだけの高威力の魔法を撃とうとすることは予想できるよね?
 あいつはまず、誘導弾を撃ってきた。しかし、君が教えてくれたAAクラスの魔力を持つという言葉から考えると威力が低すぎる。まず間違いなく牽制用だろう。とりあえず防御する。このまま防御し続けると、相手は高威力の魔法を使ってくるだろう。回避できるかもしれないが、相手の魔法の特性がわからない以上、撃たせないのが一番だ。
 したがってこちらの戦法は、相手が撃つ前に叩くことになる。おれは射撃魔法が得意じゃないから、接近する必要があるんだけど、普通に突っ込むと迎撃される可能性がある。相手の隙をついて飛びこまないと。
 隙ができるのはいつか。それは相手が高威力の魔法を構築し始めた瞬間だ。特に、相手はおれが時間稼ぎをしていると思っているから、不意をつける。
 それに相手は誘導弾の行使と高威力の魔法の構築をおこなっているのだから、迎撃用の魔法を撃つために現在の魔法を破棄しなければならないかもしれない。そうなれば、わずかではあるけど、さらに時間を稼げるわけだ。――これは相手のマルチタスク能力にもよるから確実ではないけどね。
 後は突っ込んで攻撃するだけ。
 そうそう、相手の攻撃に対して、確実に防げる防御魔法じゃなくて回避するようにしたのは、回避機動から突撃に移行した方が加速にかかる時間も短いし、相手が気が付くのも遅れるから、と」



こんなところかな。と彼は言う。
ユーノは思わずため息をつきそうになる。あの十秒程度の戦いで、そこまで考えて戦っているのか。
そして、うかつだったというユーノの懺悔を聞いた後で、自分がどれだけ考えて戦っているかを説明するのは、もしかして嫌がらせなのだろうか。

そのようすに気付いたのか、ウィルは苦笑いを浮かべる。

「いやいや、いつもはそこまで考えないんだけどね。普通は自分の得意なスタイルを確立して、それを鍛える方が優先される。
 でも魔導師の世界って、実力イコール才能に近いじゃない。
 それをなんとかするために、地上のメンバーは実力が上の相手を倒すために、不意打ちとか隠し玉とか、相手の不意を突くための手段を考えているやつが多いんだ。教導官の前でやったら、怒られそうな危険なこととかね。
 ――ただ、そういう姿勢はすごく参考になるよ」

ウィルは会話の内容を管理局の魔導師のことに変え、まだ話し続けている。気まずくなったから黙るという選択肢は彼の選択肢にはないようだ。



しかし、ウィルは会話の中で良くも悪くもユーノの心に影響するように話している。
そして、ウィルとの会話でいろいろと考えたり感じた――恥ずかしくなったり、呆れたり――ことで、少し前まで自分に対する後悔で埋め尽くされていた心が、ほんの少しではあるが軽くなった気がする。

(もしかして、全部わかってやっているのかな?)

ウィルの表情からその真意を読みとろうとするが、はっきりしなかった。
ポーカーフェイスだからではない。その逆に、表情が豊かであるからこそ読み取れない。



「――おっと、そろそろだ」

その言葉につられ前を向くと、すでに管理局の基地が見えるところまで来ていた。
その建物の前には仲間たちがいる。ずっと、外で待っていてくれたのだろうか。
彼らの一人がこちら気付き、大きく手をふる。それはまたたく間に伝播して、発掘団のみんながユーノに向かって手を振っている。
なんだか嬉しくなって、ユーノも大きく手を振り返した。





[25889] 第1話 種は蒔かれた
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/08 23:38
盗賊団との戦いから三日後の朝、ウィリアム・カルマンことウィルは、朝から隊長室に呼び出された。


先日は、隊舎に到着してユーノとその仲間の感動の再会を眺めていたところ、すぐに部下に見つかって、盗賊の残党を捜索する任務に参加させられた。
速度自慢のウィルは、逃げた盗賊を見つけるために一人で砂漠を行ったり来たりさせられた。一応三尉なのに、ついでに士官学校も出ているエリートなのに、日が暮れるまでたった一人で飛び続けた自分に涙したのはここだけの話。

もちろんその間、他の隊員たちはそれぞれの仕事をしながらも、ウィルをサポートしてくれていた。
捕まえた盗賊への尋問、保護した者からの事情聴取、ウィルの不得意とする閉所の捜索などなど。そして、それらの情報を総合して状況を把握してウィルに指示を出す隊長の存在があったから、ただ無暗やたらと飛び回るはめにはならなかった。
つまりは単なる適材適所なので、誰にも文句は言わない。ただほんの少し寂しかっただけだ。
幸い残りの盗賊には大した魔導師がいなかったので、あっさりと片付いた。



「カルマン三尉。君にはロストロギア、ジュエルシードの輸送任務についてもらう」

隊長は入室したウィルにそう告げ、任務の内容を説明する。
それは、先日ユーノが持っていた箱の中身、ジュエルシードと呼ばれるロストロギアを本局まで輸送することだった。

「なんでおれが?そういうのは海の管轄でしょう?」

ウィルの所属している部隊は、この世界の駐屯部隊である。
この世界は、過去の災害で文明が崩壊しており、遺跡と一部の動植物しか存在していないような世界だ。
いつの間にか、複数の発掘団が居つくようになり、彼らは長期の調査のために遺跡からさほど離れていないところに町を作った。すると彼らを対象にするための商売人がやってきて、町は小さな街へと成長した。
そうするといさかいや犯罪も発生するようになる。また、発掘品を狙う盗賊も他の世界からやってくるようになって、管理局がそれらに対処するために地上部隊を駐留せざるを得なくなった。
したがって、任務はこの世界の治安を維持することであり、他の次元世界や本局への輸送任務などを担当する必要はない。

隊長が渋い顔をする。敬語も使わない部下に対してではない――それはいつものことだし、部屋には二人しかいないのでわざわざ叱って時間を浪費するのはもったいない。

「近隣世界でロストロギアが小規模次元震を引き起こしたらしくてな。当分こちらに回す人員が用意できないらしい。だからといって、まともな設備もない場所にロストロギアをいつまでも置いておくわけにはいかない。
そこで、代わりに民間の輸送船を使い輸送することになったのだが――ロストロギアの輸送にはいろいろと規定がある」

「ああ、学校で習いましたよ――っていうか、それについてはよく知っています」

次元世界間を輸送する場合、輸送中の事故に対処できる人員を配置する必要がある。次元世界間の航行中の事故はせっかく見つけたロストロギアの紛失に繋がるので慎重にならざるをえない。

「……そうだったな。
 調査の結果では、ジュエルシードには周囲の魔力や生物の思念に呼応して活性化する危険性があることが判明した。現在は鎮静化しているが、活性化した際には封印処理を行う必要があるそうだ。
 そして、一つのジュエルシードの封印にはAランク相当の魔力が必要と推測される」

「この部隊でAランク以上は、AAの俺と隊長だけですね。一般隊員だと四人くらいいないとAに届かないだろうし……」

地上部隊の平均的な魔導師ランクはC前後。さらに、このランクは実力によって認定される。したがって、才能という先天的なものに大きく左右される魔力量は、魔導師ランクよりも低い者も少なくない。

「そうだ。……君にロストロギアの輸送をさせるのは、申し訳ないと思っている。しかし、隊長である私が部隊を離れるわけにもいかない。
行ってくれるな?」

「もちろんですよ。だいたい、そこまで気を使わなくてもかまいませんって。おれにとっては隊長の鬼のような訓練――あれ?思い出すと震えてきたよ。冷房効かせすぎじゃないっすか、この部屋――それから逃れられるんだから遠慮する必要ないです」

「……それは申し訳ないな。帰ってきたら遠慮は一切しないことにするよ……いろいろと」

「いや、やっぱり遠慮は必要です。相手を思う優しい心を持たないと、おれたちは毛の抜けた猿ですよ。
 それで、いつ出発するんですか?」

「明日の朝だ。輸送後は何日か遊んできても構わんぞ。」

「ずいぶん太っ腹ですね。じゃあお言葉に甘えてミッドの家に寄ってから戻ってきます――おれ、この任務が終わったら家に帰ってのんびりするんだ」

「ははは、縁起でもない」




翌日、身だしなみを整え、荷物を持って、輸送船に向かう。
荷物と言ってもデバイスと、着替え程度しか持っていない。娯楽用品は手のひらサイズの携帯端末一つあれば事足りる。昔も今も、旅行の持ち物で最もかさばるのは着替えと相場が決まっている。こればっかりはなくしようがない――と思われていたのだが、近年バリアジャケットの生成方法を参考に、商品データをもとに、その場で服を構成する機器の開発が進んでいる。

この数年後、実際に商品として発売され、それは複数の次元世界をまたぐ超巨大市場となる。
しかし魔法を解除させる魔法や、AMF(魔力結合・魔力効果発生を無効にするフィールド)への対策がなされていなかったことが判明し、回収を余儀なくされる。その契機となった、AMFによってクラナガン市民の大半が全裸になった事件は、後にクラナガン史最悪のテロと呼ばれることになるのだが――

閑話休題。

そして、輸送船の発着場に到着する。
民間の輸送用次元航行船を借りて航行するのだが、もちろん貸切などではなく――そのような金が有るかと一蹴された――食糧輸送用の定期便に同乗させてもらう形になった。
ジュエルシードが船に積みこまれる時に、発掘団の代表として立会いに来たユーノと少し会話をする。

「ウィルさん、あなたが運んでくれるんですね」

「ああ。でも本局まで運ぶまでが仕事の内容だから、スクライアには本局から連絡がくるんじゃないかな。おれは任務が終わったらミッドの実家に寄って、向こうでゆっくりしてくるつもりさ」

「僕たちも一旦発掘を切り上げてミッドに戻ることになりました。向こうに着いたらお礼もしたいですし、連絡先を教えてくれませんか」

「いいよ……はい、これが端末で、こっちが家の番号。こっちも仕事だったんだから、気にしなくて良いんだよ。それより、向こうで何か美味いものでも食いに行こう。」


輸送船に乗りこんで、乗員に挨拶がてらぶらぶらと船内を見て回るが、見事に普通の船だった。
特にやることもない――民間なので魔法を使った訓練さえできない――ので、もっぱらジムで身体能力を鍛えるか、部屋で携帯端末でテレビと小説を見ることになりそうだ。
本局まではまだ時間がかかる。のんびりさせてもらおう。
と、思っていたのだが


『緊急連絡!緊急連絡!右舷に重大な損傷が発生!航行の継続は不可能!乗員は脱出用の――』

そうもいかないようだ。
冗談でも死亡フラグは立てるものではないということを学んだ――実現すると泣きそうな気分になるから。
気を取り直して、船内放送を聞いて状況を把握する。そして回線を通じて船長に連絡をとる。

「船長、ジュエルシードはどうなっていますか?たしか、保管していた部屋は右舷寄りだったと記憶していますが」

「今調べています…………保管していた部屋は半壊しています。くっ、ジュエルシードは外部に流出したようですね」

「行方は?」

「映像を確認しています……判明しました。第九十七管理外世界に落下した模様です。映像によると、大気圏を突破後に輸送用のケースが破損、ジュエルシードは10~20kmの範囲に散らばったと思われます」

「管理外世界か……おれを船内の転送装置で落下ポイントまで送れますよね?」

「これだけ接近していれば可能です。しかし管理外世界に介入するつもりですか」

「うん。いろいろ問題なのはわかってますよ。でも、緊急事態だから仕方がないってことで」

海の領分に陸が勝手に関わるのは問題だ。しかし、目の前の危険を放っておくのは、管理局としてあってはならないことだ。
海は陸に比べて行動が迅速と言われているが、それでも管理外世界に干渉するとなれば時間がかかるだろう。
――それに、ロストロギアを放っておくわけにはいかない。

「わかりました。……お気をつけて」


装置が起動する。光がウィルの体を包み込み、転送が行われる。

その時、もう一度船を大きな揺れが襲う。続いて部屋の壁が爆発し、熱風と金属の破片がウィルの身体に叩きつけられる。
シールドを展開するも、急いだせいで構成が甘かったのか完全には防げない。
目の前の風景が変わり、自分が転送されたことを確認すると、ウィルは意識を手放した。





「なんやこれ?え?もしかして人間!?」

車椅子にのった少女は、病院から帰る途中で公園を通り――そこで茂みの奥にぼろきれの塊のような物を見つけた。
こんなに大きなゴミとはいったい何なのだろう、と思い近寄ってみると、それは人間であった。服が焼け焦げていて、ぼろきれのようだったが。

「だ、大丈夫ですか!と、とりあえず病院に連絡せんと――――」

自分の力では無理だ。誰か人を呼ぶか、それとも公園の近くに公衆電話があったはずだ、そこまでいって連絡をしなければ。そう思い車椅子を動かそうとする。
――が、動かない。
まさにその倒れていた人が、ギリギリと音がするくらいに強く、車椅子の車輪を握りしめていたからだ。

「病院は……駄目だ。どこか休めるところ。動物小屋でも良い、とにかく、どこか……」

「ひ、ひゃあぁぁ~~」

地の底から響くようなかすれ声に、少女は驚き、思わず間の抜けた叫び声をあげてしまった。





これからおこる事件を、湖に広がる波紋に例えるのであれば

この出会いは決して最初の一石ではない

ただ、この二人の出会いは

この広がる波紋の形を決定づけた

だから、ここから始めよう

一つの街に災厄の種がばらまかれた、この事件から



[25889] 第2話 出会えたという奇跡
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/20 15:27
「ほんまに、病院行かんでええんですか?」

車椅子の少女は、治療に使った道具を箱に片付けながら、尋ねかけた。
尋ねかけられた相手――ウィルはというと、全身のそこかしこにガーゼや包帯といった治療の跡がうかがえるが、そのどれもが数日で治る程度のものであり、幸いにも重症と言うほどの怪我はしていないようだった。
今は体力を取り戻すために、ソファーに腰掛けて目を閉じている。

公園で出会った時、少女は悲鳴を上げた後すぐに正気に戻った。
そして病院は嫌だ、などと駄々をこねる子供のような台詞を言う青年の扱いに困った少女は、彼を(あからさまに不審人物であるにも関わらず)自分の家に招いて、傷の治療を行った。
それは応急処置程度のものだったが、傷の一つ一つを丁寧に治療する光景は、体だけではなく心をも楽にしてくれるものだった。

「ああ、構わないよ。痛みも随分と引いたから」

できればしっかりとした設備を持った施設で治療してもらいたい。骨折ほどの大怪我は負っていないことはわかるが、体の異常というものは往々にして自分だけでは気付かぬものだから。
しかし、ウィルはこの世界についての情報を全く知らなかった。
例えば、身分証明を持たずに病院に行って診察してもらえるのか?不審に思われないのか?というような世界の常識を全く知らない。
それに、管理外世界に介入している以上、この世界の公的機関には関わることを避けたい、というのも大きい。
まあ、この世界で使用できる金銭を持っていないのが一番の理由なのだが。


そういった現状をふまえて、今後の行動について考える。
――まず初めにすることは、この世界の文化を知ることだ。
この世界にも治安維持を仕事とする者は存在するに違いない。これからジュエルシードを捜索するために、この街のあちらこちらを動き周ることになるのだが、その時に常識に伴わない行動をとってしまうと、そのような者たちに捕縛される可能性がある。

それはどれほど危険なことか。
捕縛されてデバイスを取り上げられ、身元不明の人物としてどこかの施設に入れられている間に、管理局がやってきてジュエルシードを回収してこの世界を去る。ウィリアム・カルマン三尉は輸送中の事故で死亡したと判断され、その捜索は打ち切られ、取り残されたウィルは変える術を失いこの世界で永住することに――



「あの、のどかわいてません?お茶でもいれましょうか?」

人の知性がどれだけの想像力を備えているかに挑戦していたところ、突然かけられた少女の声に意識を引き戻される。
目を開ければすぐそばに少女の顔があった。
目を閉じたままじっとしていたウィルを心配していたのか、困ったような、心配したような顔で彼をのぞきこんでいる。

近くでその顔を見ると、少女が整った顔をしていることがわかる。
見た目から年齢は十歳程度だと思われるが、どこか相手を包み込むような包容力を感じさせる仕草と、その顔に時折浮かぶ陰影が、もしかするともっと年上なのではないかという疑念を抱かせる。この家に来るまでに病気で脚が動かない旨を聞いたが、そのことがこの雰囲気を作る原因となっているのだろうか。

「ん?ああ、すまないがお願いするよ。それと、何かしらの情報媒体はあるかな?」

目を開き、ソファーから背を離して、少女に問いかける。

「じょ、情報媒体?……えっと、新聞やったらありますよ。あとテレビとか」

礼を言い、新聞を借りる。次元世界では徐々に紙媒体は少なくなっているおり、書籍はデータにとって代わられ始めている。特にウィルは荷物を持ちたがらない性格なので、久しぶりの紙の読み物に少々なれない感覚を味わった。
新聞に目を通すと、文字に関しては翻訳魔法が機能していることがわかる。しかし、正しく機能しているのか不安なので、時折少女を呼び、質問をしながら目を通していった。

一通り読み終われば、次はテレビへ。
最初はニュース番組を見ていたが、次第にバラエティに移り、気が付いたら一緒にアニメを見ていた。
管理世界だとたいていは魔法(特に幻術)で代用されるので、こういったものは発達していないため、非常に興味深く、面白かった。

(……とは言えこれは参考にならないな)



それにしても、ここに来るまでに見た街並みからも推測できたが、この世界は魔法のない管理外世界にしては非常に文明が発達しており、テレビでみたこの国の首都の様子などはミッドチルダの都市と比べても大差ないと言える。
しかし、この世界には魔法が存在していない――それは単なる御伽話か、理解できない事象を十把一絡げにまとめるために付けられた名称であると思われている。

しかし、これほどの世界で魔法に関する研究がなされていないものなのか?
一度トイレを借りた時にごく簡単な魔法を使ってみたところ、何の問題もなく発動していたので、この世界が魔法の使用に適していないわけではない。
となると、この世界の人間は遺伝的に魔法の資質を持っていないのか。

(一応、一部の者たちによって魔法が秘匿されている可能性も考えるか)

考えを巡らせながらテレビを見ていると、いつのまにか日が沈もうとしている。
そろそろ潮時かと思い、この家を出るためにソファーから腰をあげた。



「ずいぶん長居しちゃったね。そろそろ失礼させてもらうよ」

「待ってください!怪我してるのにどこに行くんですか。病院に行かんのやったら、せめてもう少し休んでてください。夕ご飯、今から用意しますから」

「ありがたいけど、こんな時間だし、家族もそろそろ帰ってくるでしょう?説明が面倒になる前に帰った方が良いと思うんだけど……」

今のウィルは怪我人かつ不審人物だ。少女の保護者が帰って来れば、無理にでも病院に連れて行かれるかもしれないし、この世界の治安維持組織――警察に連絡されてしまうかもしれない。
山の方に行けば寝床くらいはあるだろうし、治安も良いようなので寝込みを賊に襲われる可能性は低いと思われる。

「それやったら心配いりません。うち、両親が亡くなってから、一人暮らしやから」

「この家に一人で?お手伝いさんとかはいないの?」

「ええ、正真正銘、私一人です」

――それはどうなのだろう。
この世界、この国の常識はまだ完全に理解したわけではないが、それでも足の不自由な子供を一人暮らしさせるというのは問題ではないのだろうか。
何か複雑な事情があるのか、それとも単に一人暮らしがしたいという彼女の要望を周りの大人が受け入れただけなのだろうか。次元世界の中にも、子供の自主性を非常に重んじる世界があるのでありえないことではない。

いや、それよりも今日出会ったばかりの不審人物に、一人暮らしだと宣言することの方がはるかに問題だ。
ただのお人よしなのか、それとも単に危機感がないだけなのか。しかし、時折見せる影のある表情は、そのどちらも違うのではないかと感じさせられる何かがある。

しかし、これはまたとない好機だ。
彼女の人の良さ(?)につけ込むようだが、ゆっくりと休息をとれる場所の確保は情報収集と同じくらい重要なことだ。



「一人暮らしだと、掃除とか大変じゃない?」

「そうですね、居間とかはなるべくするようにしてるんですけど、それ以外はなかなか――」

「だよね。実はお願いがあるんだ」

そう前置きして、ウィルは自分のおかれた状況を説明する。魔法のことは言えないので、ある程度は嘘に置き換えて。
要約すれば、自分はこの国の人間ではなく、依頼されてこの街にある物を探しに来たところ、運悪く事故にあってパスポートや金銭を無くしてしまった。
依頼人の都合で、探し物のことを表ざたにできないので、警察の世話にはなれない。
と、いう内容になる。

「だから、俺をしばらくこの家に置いてくれないかな。代わりに食事以外の家事はできる限りやるよ」

胡散臭いことこの上ないというより、むしろ完全に犯罪者のようだが、ある程度の情報は先に開示しておいた方が、後の行動が楽になる。取り繕ったような嘘を並べたところで、後で矛盾が生じて疑われてしまうかもしれない。それよりは、最初から疑わしい方が良い。

――というのは単なる言い訳なのかもしれない。
関係ないこの街の人間を巻き込み、自分を助けてくれた少女を利用しようとしている(必要なことである以上、利用できるものはいくらでも利用するし、良心の呵責などで行動を変えることはしないが)
そういった負い目が、できる限り真実に近い情報を話す、という行動を導いたのだろう。
調理をしないのは単に苦手なだけだ。



「……良いですよ。でも、一つ条件があります」

しばし考え込むそぶりをした後で、少女は厳しい顔をつくって(つくろうとしているのだが、どうにも迫力に欠け、何とも言えない面妖な顔になっている)そう告げた。

「な、何かな。……ああ、言い忘れていたけど、お礼は必ずするよ。ひと月くらいで多分仲間が来てくれるだろうから、その時にでも――」

「お礼なんていりません。そやのうて……私の名前は、八神はやて、っていいます。お兄さんは?」

「ウィリアム。ウィリアム・カルマン」

「条件は、これから一緒に住むんやから、私のこと、はやて、って呼んでください。それと、今から敬語は使わんこと!……良いですか?」

「……二つじゃない?」

「うわっ、しもた……なんで肝心なところでしまらんかなぁ」

恥ずかしそうに手で顔を隠すその姿が、初めて年齢相応に見えて、思わず口元が緩む。

「良いよ。よろしく、はやて。おれのことはウィルって呼んでくれ」

「うん。よろしく、ウィルさん」

はやては微笑んだ。その顔はようやっと花開いた蕾を連想させた。





はやてはウィルを空き部屋に案内してから、夕食の準備に取り掛かった。
空き部屋は、かつては彼女の父親が使っていた部屋で、一人で使うには十分な大きさを持っていた。
棚や机が多少の埃をかぶっているのは、普段は使わないからだろう。多少ですんでいるのは、使わなくとも掃除をし続けているからだろう。

誰かの視線を感じた気がして、窓を見た。
猫だ。窓の外に一匹の猫がいる。
ウィルをじっと見た後で、ふわりと暗がりへ消えていった。

「さて、始めるか」

念のために入口に鍵をかけ、カーテンを閉めて、所有している二つのデバイスを起動させる。
デバイスの損傷状態を確認するためだ。

右手の腕輪が輝くと、一本の剣へと形を変える。
片刃剣型アームドデバイス『シュタイクアイゼン』
長さは一メートル。非人格型で、カートリッジシステムは搭載していない。
その損傷は軽微。戦闘に支障はない。

このデバイスは士官学校に入学する前に、ウィルの養父がプレゼントしてくれたものだ。養父は質実剛健を絵に描いたような人で、普段は贅沢は敵だというような人だった。
しかし、ウィルの合格が決まった時は余程嬉しかったのだろう、高価な物でもなんでも買ってやろうと言いだした。その時に口元の笑みを隠しきれず、ウィルにそのことをからかわれて怒り、あやうくご褒美をなしにされかけるという一幕があった。
それでもいざ買う時には、管理局の仕事で忙しい中、わざわざ義姉と一緒に来て買い物に付き合ってくれた。二人とも魔導師でないので見てもあまりわからないだろうに、一緒に悩んでくれたことは記憶にはっきりと残っている。

――閑話休題。

このデバイス、量産品であるということを差し引いても、飛びぬけて優れたところはない。子供の時に高性能だったり、片寄った性能のデバイスを持っても使いこなせないだろう、という判断の結果だ。それよりもどんな無茶にも耐えられるように、とにかく頑丈に作られている。
学生時代にいろいろ無茶な扱い方をされたが、一度も壊れたことはなく今に至る。そろそろがたが来そうなものだが、今回は何とか無事だったようだ。


そして、今度はネックレスに触れ、もう一つのデバイスを起動させる。
ブーツ型ストレージデバイス『エンジェルハイロゥ』
かつて世話になった先生が、ウィルに合わせて作ってくれたものだ。
亡くなった父から受け継いだ魔力変換資質、その制御と増幅をおこなうための特注品。入っている魔法も魔力変換を使用するものに限られる。

こちらの損傷はかなり激しいが、自動修復機能があるので、放っておけばそのうち直るだろう。


結論として、多少の不安は残るがジュエルシードの封印のみを行うには十分だろう。
魔力が減少しているが、封印を行える程度の魔力はギリギリ残っている。
怪我も一週間もあれば完治するだろうし、その時には魔力も戻っているだろう。





「ウィルさーん。ご飯できたでー」

自らを呼ぶ声に従って、ウィルは部屋を出て食卓へと向かう。
はやてはすでに料理をテーブルに並べ、自身も椅子に座っていた。ウィルは彼女にうながされるまま、対面に座った。

テーブルの上の料理は、異世界なのだから当然見たこともないものばかりかと思いきや、見たことのある料理がいくつかあった。世界が変わっても、基本的な調理法は変わらない、ということか。
その中でも、見たことのない料理について聞いてみる

「これはなんていう料理なのかな?う~ん、白一色という飾り気のなさ、しかし見た目とは裏腹に料理の中でもひときわ大きな存在感を放っている……ただものではないとお見受けするのだが」

「それは単なるお米やねんけど……お米を知らへんなんて、ほんまに外人さんなんやね。
 こんな風にして――」

そう言って、はやては箸で白米を口に運ぶ。

「――食べるんやけど、お箸は使えへんやろうから、このスプーンを使うたらええよ」

「なるほどね、この棒を使いこなすには時間がかかりそうだし、ありがたく使わせてもらうよ」

ミッドチルダにも日本料理は存在し、クラナガンには日本の居酒屋に酷似した店舗もあるのだが、知名度は低いため知らない者も多い。


「じゃあこの赤いスープは?」

「それはビーフシチュー。牛とたまねぎとにんじんとじゃがいもを煮込んだもんやね」

スプーンを使い、スープを飲む。そして、次に具を口に運み、ゆっくりと噛みしめる。
そして、ほう、とため息をつく。

「うまい……すっごいうまい。ああ、この感動をどう伝えれば良いのか――」

「そ、そうかなぁ。市販のルーを使っとるし、どんな味付けが好きかわからへんかったから、特に隠し味も使ってへんし……。そんないうほどおいしいくはないと――」

「たしかに巧い料理は食ったことがあるよ。でも、この料理はそれとは違う。美味いんだ」

料理において、味が全てではない。
例えば、シチューの具を見てみると、ちょうどウィルの口にあった大きさになっている。それは彼女の口に合わせた大きさなら、少し大きすぎるくらいだ。
それにその柔らかさもどうだろう。普段のウィルであれば柔らかすぎると感じてしまうだろう。しかし、今の怪我をして、少し疲れている彼にとってはちょうどいい。
作る人の細やかな心遣い、それが料理を実際の味以上に美味しく思わせている。

「言うてる意味がわからへんよ~」

そう言いながらも、はやてはまんざらではないといった感じで微笑んだ。そして、食べ続けるウィルをニコニコと眺めていた。



[25889] 第3話 海鳴における異邦人の一日
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/08 05:53
「それで、探してるものってどんなものやの?」

「見た目は青っぽい石かな。大きさは三センチメートル程度、形状は高さ方向に薄い四角柱。特殊な加工で内側に数字が刻まれているから、見ればすぐにわかると思う。
 見た目は単に綺麗な石ころだから、拾われてる可能性はない!……はず。……拾われてないといいなぁ」

八神家に居候することになってから一週間ほどたったとある日、はやてが病院に検診を受けに行くというので、ウィルはそれに同行した。
病院の先生には、三軒隣にホームステイに来た外国人だと言ってごまかしておいた。



そして、その帰り道。ウィルははやての車椅子を押しながら街を歩いていた。
はやての提案で、中丘町の八神家にすぐに帰らずに、同じ海鳴市内の藤見町まで少し寄り道をすることになったからだ。身一つで転がり込んだウィルに、簡単な衣類などの生活用品を買おうという提案だ。もちろんウィルは一銭も持っていないので、はやてに全額出費してもらうことになる。ありがたい限りだ。
それに、ここ数日で八神家の周辺はあらかた探し終え、そろそろ他の場所を捜索しようと思っていたので、きわめて自然に新たな場所に行くことができる今回のことは渡りに船だった。なにせ、中丘町は住宅が多い。そこを一人でうろうろと徘徊していると、不審な目で見られることが多々あった。もしかすると泥棒の下見だと思われたかもしれない。


「でも、この街の中からそんな小さな物を見つけるなんて無理と違う?」

「そうだね。確かに難しいと思う」

はやての疑問はもっともだ。
確かに今のように足を使った捜索方法は、あまり効率的ではない。ジュエルシードに秘められた魔力量は膨大なので、多少なりとも活性化していれば近づくとわかるのだけど、それでも限度というものがある。
もっと効率的な捜索方法はいくつかある。一番効果的なのは、周囲の魔力素を動かして魔力の流れを作ることで、周囲の魔力に強く反応する物質を探索する魔力流の発生だろう。ただし、これはジュエルシードに与える影響がわからないので止めた方が良い。安全な方法は、視覚を共有するサーチャーを使って探索する方法だろう。

しかし、どちらも重大な欠点がある――ウィルはそれらが不得手だ、ということだ。
彼の技能は非常に偏っており、能力のほとんどが近接攻撃と高速移動に特化している。射撃魔法は詠唱なしではごく簡単なものしか使えない。あとはバインドと結界を手慰み程度、という体たらくだ――まさに脳筋。それなのに、本人は知略を尽くした戦い方が好きという、まったくもって矛盾した人間である。


今回のウィルの目的はあくまでもこの街の地理を把握することだ。
人の集まるところ、魔力素の濃度が濃いところ。そういった危険な場所をチェックしておき、そこに至る道のりを把握しておけば、ジュエルシードが万が一活性化してもすぐに封印に向かうことができる。無論、最悪の場合は空を飛んで向かえば良い。夜ならともかく昼は目立つのでよほどのことがない限りは飛ばないが。

自分一人で二十一個のジュエルシードを見つけることなど、そもそも不可能。回収できるにこしたことはないが、一番の目的である『ジュエルシードによってこの世界が被害を被ること』さえ防げるのならそれでいい。
活性化したジュエルシードを場当たり的に封印していき、管理局が来たら彼らに任せて引っ込む、という方法が、この世界に与える影響が小さい一番良い方法だろう。

だが、それには一つ気がかりなことがある。
輸送船を襲った事故。あれが単なる事故であればそれで良い。だが――もしも人為的であれば、事故をおこした不逞の輩の目的は間違いなくジュエルシードだ。そして、ジュエルシードを追ってすでにこの街に来ている可能性がある。ウィルが集めなければ、それだけ犯罪者が集めやすくなってしまう。
そのことを考えるなら、もっと積極的に集めるべきだろう。

――その可能性をふまえた上で、ウィルはどうするべきなのだろうか?

(いるかどうかわからない奴のことは今は考えなくていいだろう。最悪の可能性は常に考えておくべきだが、それにおびえていても仕方がない。
 普段はその可能性を排除して行動し、念のために遭遇した時の対応を考えておくだけにしよう)

ウィルはあっさりと犯罪者がいる可能性を切り捨てた。このあたりの判断と取捨選択の速さ、そして優先順位の明確なランク付けが、彼の特徴だ。



ウィルは街の人々の様子を観察してみる。
彼は、日本という単一民族によって構成されている国において、自分の容姿が目立つのではないかと危惧していたが、幸いあまり目立っていないようだ。
例えば、喫茶店の前に三人の少女がいる。彼女たち三人とも平均に比べるとすぐれた容姿をしているが、その中の金色の髪の娘の存在感は凄まじいものがある。あそこだけ輝いているようだ。同じような外国人でも、彼女に比べればウィルの容姿も十人並みになってしまうだろう。

「ああいう感じの子が好みなん?」

少女をじっと見ているウィルに気付いたのか、はやてがからかってくる。

「五年後に期待、かな」

「ふーん。そういえば、元いたところでは恋人とかおったん?」

「そりゃあ、この顔も良く足も長く心根も善良で気がきくこのおれは――」

益体もない話をしながら二人は行く。
世界が変わっても人間の見た目は大差ない。それは次元世界全てで言えることだ(この事実は、無限に広がる次元世界は祖となる一つの世界から分裂しているという学説の根拠になっている)
二人の姿は仲の良い友人のようで、誰も片方が異世界の住人だとは思わないだろう。




買い物を終えた後、歩くことに疲れた二人は、はやての要望によって図書館に訪れた。
はやては手慣れた様子で、さっさと自分の読む分の本を選ぶと、近くの机でそれを読み始める。

「それじゃあ、おれも自分が読む本を探してくるよ」

「それやったら、持って来て欲しい本があるんよ。さっき取り忘れてたんやけど、今読んでる童話の作者の――」

ウィルはこの街周辺の地理がわかる本、この国の文化を知るための本。そして、外国の文化がわかる本を選ぶ。
前の二つは言わずもがな。最後の一つは、自分の出身国をでっちあげるためだ――病院ではどちらから来たのかと尋ねられて、思わず世界の果てから、と答えてしまった――あのような醜態はさらすまい。とりあえず、欧州を中心にいくつか借りておく。
それから、はやてに頼まれた一冊を探していると、小脇に本を抱えた一人の少女が、本棚から本をとろうとしているのが見えた。よく見れば喫茶店の前にいた三人の少女の一人ではないか。どうやら欲しい本が少々高いところにあるようで、手を伸ばしてはいるが、なかなかとれないようだ。

「欲しい本はこれ?」

横から声をかけ、本を一冊棚から抜き出し、少女に手渡す。

「あ、ありがとうございます」

少女はすでに持っていた数冊の本に、その一冊を加えた。その時、彼女の持っている本の一冊の題に見覚えがあった。

「あれ、その本――」

「えっと、これですか?」

「……やっぱり。ちょうどその本を探していたんだよ」

「それじゃあ、どうぞ。本をとっていただいたお礼です」

「いやいや、それは悪いよ。ところで、そういう童話とか、好きなの」

「はい――童話がっていうよりも、胸にじんとくるような話が好きで」

「時間があれば、で良いんだけど、うちの妹と話してみてくれないかな。その本をおれにとって来るように言った子なんだけど、おれだと本の趣味が合わなくてね」

「は、はい。かまいませんよ」

少女の名は月村すずかといった。
少しウェーブのかかった髪を腰まで伸ばしており、その髪の色は黒なのだが、あまりにも艶があるせいか光が当たると夜の空のように蒼くみえる。それに、子供らしい高い声をしているのだが、その声は耳朶をくすぐるような甘さをもっており、はやてとは違う意味で子供には思えない子だった。
彼女を連れて来た時、はやては驚いていたが話してみると、なかなか気が合ったそうで、彼女たち二人の話は大いに盛り上がったらしい――らしいというのは、ウィルがその間ずっと本を読んでいたからだ。

すずかのことは、ちょっとしたお節介だった。
ここ数日はやてと暮らしていてわかったことだが、はやてにはほとんど交友関係がない。いずれウィルが去れば、彼女は一人きりになるのではないか――それが少々不憫だった。
だから、多少強引にでも交友関係を増やしてあげようと思い、試しに実行した。
はやては足にハンディがあるだけで、外見も心根も非常に善い子だ。交友関係さえ広がれば、きっと誰かが、ウィルがいなくなった後でも彼女を助けてくれるだろう。




すずかに別れを告げて図書館を出たころには、太陽も傾き、あたりが赤く染まり出していたので、家に帰ることにした。街に学生服の少年少女の姿がちらほらと見える。
二人ははやての家の近くの、二人が出会った公園のそばを歩いていた公園の中では、少年が制服姿のままサッカーをしている。

「街の方に出るのなんて久しぶりやった。ほら、この街って坂が多くて、一人やとあんまり遠出できへんから」

「喜んでくれたようで何より。お腹もすいたし、帰ってはやてのご飯が食べたいよ――おっと」

公園の方から突然サッカーボールが飛んできたが、それをダイレクトで蹴り返す。ボールは高く舞い上がり、少年たちの一人の目の前に落ちた。
ペコペコと謝る少年たちに別れを告げ、再び家へと歩き出す。

「すごいなー。サッカーやってたん?」

「いーや。でもあの程度なら余裕余裕。ボールが止まって見えたね」

「無駄にハイスペックやなぁ」


もう少しで家に着くというところで、首筋がひりつくような感覚を味わった。
異常なほど強力な魔力が、近くで発生している――おそらくジュエルシードの反応だ。

「はやて、少し用ができた。悪いけど先に帰っていてくれ」

「遅なるん?」

「そんなにかからないと思うけど……夜になってももどって来なかったら、構わず戸締りをしておいて」

「あかん。待ってるから、ちゃんと帰ってきなさい」

珍しく強い口調で話すはやてを見る。その目は真剣なのだが、その奥には懇願するような色がある。

「わかった。最善を尽くす」

そう言って、魔力の発生源へとかけ出した。






「――あれか。ジュエルシードの反応は」

そこには文字通りの化物がいた。犬をベースとした形状をしているが、その大きさは全長10m、高さ5mほどもある。
原住生物がジュエルシードの魔力を吸収して暴走、肥大化した、というところだろうか。体のところどころが肥大化してはち切れんばかりで、その目は凶悪な光を放っている。クラナガンの場末の、趣味の悪いシアターで公開しているパニック映画に出てくる化け物のようだ。

(これは想定していなかったな、ジュエルシードの活性化は他の生物を巻き込むのか。となると、ジュエルシードから生物への魔力をシャットアウトし、鎮静化させる必要がある。
 ――問題は必要な魔力を出せるか、ってことだけだな)

出発前の話では、封印にはAランクの魔力が必要だと言っていた。
現在の魔力量は完全に回復していないのでAAにはギリギリ届かない、というところ。安全に封印するためには、悠長に戦って魔力を無駄に消費するわけにはいかない。
怪我はほぼ完治しているので戦闘には問題ない。デバイス「エンジェルハイロゥ」がいまだ直っておらず使えないので、本来の戦い方ができないことだけが問題だが、「シュタイクアイゼン」の方が使えるので問題はないだろう。


「シュタイクアイゼン、まずは挨拶代りに軽めの一発」
『Sir. Stinger Ray!』

その場に買い物袋を置くと、デバイスを起動する。
そして、褐色の魔力光と共に一筋の魔力弾が化物を貫通する。
直撃したが、化物は未だ健在。

(やっぱりクロノみたいにはいかないな)

友人直伝の魔法だが、威力も速度も数段劣る。それでも、あれだけで倒せるようなら良かったのだが、見たところ大して効いていない。ジュエルシードの魔力が天然のバリアとなっているのか。
しかし、今の一発で化物はウィルを敵と認識し、唸り声をあげて威嚇してくる。
畜生相手に様子を見る必要もないと判断し、続けてこちらから攻撃を仕掛ける。

――先手必勝。


飛行魔法を唱える。静から動へ、急激な加速。
その速度は、心臓の鼓動が一つ打たれる間に、自動車に並走できるほどの速度に達した。
地面すれすれを飛行し、相手に突撃する。
反比例して、四十メートルはあった化物との距離が急激に減少する。

行動の企図は瞬殺――高速で接近し、相手が反応する前に腹部に潜り込み、斬り裂くと同時に封印のために魔力を流し込む。



化物は腕を振り上げる。近寄る羽虫を異形の腕で叩き潰すつもりなのだろう。
だが高速で近寄る相手をピンポイントで攻撃できるものなのか?
早ければ隙をさらすだけ、遅ければ言わずもがな。

しかして、偶然か、それとも野生の本能か、異形の化物はそれを成し遂げる。
飛ぶ燕を刀で切り落とすごとき正確さで、近づくウィルに腕を振り下ろす。
その腕は確実に羽虫を叩き潰すだろう。

対するウィルはどうするのか。
今から減速してやり過ごすか、それともさらに加速して先に攻撃するか――どちらの行動も、それで回避することは不可能。
もし、もう一つのデバイス、エンジェルハイロゥが使用出来れば可能であっただろう。
しかし、現状では加速力も減速力も足りない。

どうあがこうが詰み。


化物の腕が地を叩く。
震動に地面が割れ、周囲の木々が揺れる。
化物に意識があるなら、邪魔者を叩き潰したことに喜びの咆哮をあげただろう
そして、化物にもう少し知性があれば、その手の感触に疑問を抱いただろう。

その手の下には何もいない。
では潰されるはずだった羽虫は何処へ。



ウィルは化物の腕が自分に振り下ろされるのを見る。
確かに化物は予想よりも強かったが――それでもまだ想定の内。

行動の企図を変更――相手の攻撃に合わせて上空に飛翔し、化物の腕を回避。そのまま頭上を通り、その背を攻撃する。
前も後ろも駄目ならば、上へ行けば良い――羽虫は空を飛べるのだから。

飛行魔法の方向を前方から上方に変える。
しかし、そもそも相手は自分をたたきつぶそうとしている。つまり、前方斜め上から攻撃してくるのだ。
慣性がこの世に存在する以上、停止している物は急には動かない。今まで前方にのみ力を加えていたのだから、今から上方に力を加えたところで、急に速度がでるわけがない。
このままでは上ではなく斜め上へ行くだけだ。
それはつまり、腕に自分からあたりに行くことを意味している――これではただの自殺。

腕を飛び越えるためには、さらに上向きの力が必要とされる。
その為の力を何処から持ってくる?
魔法だけではすでにこれが限界。



ならば、方法は一つ。
魔法の力で無理ならば、この身体の力を使うしかない。
そして、ウィルは右足で強く地を蹴った。

しかし、これには大きな欠点がある。
まず一つ目。
高速で飛行中に地面を正確に蹴ることができるのか。
試しに自動車で走行中に自動車から飛び降りて、そのまま道路を蹴ってジャンプしてみよう。それで跳べる者はまずいないだろう――というかこける。
跳ぶためには高速で後ろに流れる地面を、適切な角度で、十分な威力をもって蹴らなければならない。

そして二つ目。
高く跳べるほどの力で踏み込めるのか。
ウィルには踏み込むために脚を下ろすだけの時間しかなかった。脚をあげるという予備動作もなしに地を強く蹴ることなど、常識では不可能だ。


しかし、ウィルはその二つを成し遂げる。
まず、彼の得意とするのは高速の空中戦。それは人の常識を越えた集中力を持つものが住まう領域。
たかだか自動車の速度で動いているだけでは、日常と大差ない。空戦魔導士の中には、音速を越えた速度で飛行しながら、迫りくる射撃魔法を回避して戦うものもいるのだ。
ゆえに、その脚は、なんの問題もなく地を捉えることができる。


そして踏み込みの威力。
その不可能を可能にする固有技能を、彼は持っている。

<魔力変換資質:キネティックエネルギー>

魔力を運動エネルギーに変換する、という技能。
他の魔力変換資質と異なり、実態のない力に変換するので、その力の作用する範囲はほとんど自分自身に限定されている。
したがって、変換した運動エネルギーを相手に作用させて吹き飛ばす、といった芸当はできない。

一見使い道がなさそうに見えるが、意外とそうでもない。
例えば、パンチと言うのは、本来は体重の移動と腕の筋肉によるエネルギーを拳を使って相手に与えるものであり、そのエネルギーを拳に伝えるためには腕の振りや腰の回転などの予備動作が必要になる。
しかし、この技能を用いればそれらの工程『全て』が吹っ飛ばされる。
腕の魔力を運動エネルギーに変換する――ただそれだけで、まるでカタパルトで発射されたかのように『拳が発射』される。
同じことを脚でやれば――予備動作なしでも全力と同じくらいの力で地を蹴り、高く飛び上がることなど造作もない。


武術を極めた者たちが持つ無拍子の行動、それを魔法の力によって模倣する。

――これこそ魔剣。
魔法の力によって、人の限界を越えた剣術を為す。


そしてウィルの体は化物の腕のわずか上を、速度を殺すことなく飛翔していた。
体は前屈気味に。
背に構えた剣を両手で持つ。
すぐに化物の頭上を越え背中の上に差し掛かり、そこで彼は体を宙転させながら剣を振り抜いた。

「シュタイクアイゼン!クリティカルバッシュ!」
『Sir! Critical Bush!』

褐色の魔力光を帯びた一撃が、化物の背に振り下ろされる。
自身の腕力と魔力を変換した運動エネルギー、そして飛行速度をプラスしたその一撃は化物の背を切り裂いた。断面からジュエルシードが見える。
もう一度背中に剣を振り下ろし――今度は斬るのではなく突きたてる――剣を錨として化物の背中に乗り、全力で魔力を込める。
ジュエルシードを封印するために。

「ジュエルシード、シリアルⅠ、封印!」



「なんだ、もとはただの犬か」

暴走体の元となっていたのは、大型の野犬だった。首輪もないので、野良犬だったのだろう。
背中を切り裂いたので、殺しはしなくとも怪我くらいはしているかと思ったが、どうやら無事なようだ。疲れてしまったのか、その場で寝そべっている。

「痛い……足への魔力量が多すぎたかな」

踏み込みに使った右脚に痛みが走る。
これが彼の魔力変換の副作用。
自身の体を魔力によって無理に動かすので、本来は出せない大きな力を瞬時に出すことができる反面、筋肉に大きな負担がかかる。さらに、変換する魔力量によって力の強弱が変化するので、あまり多くの魔力を変換すると、筋肉の限界を越えてしまい筋繊維の断裂を招く。
接近戦において非常に強力な能力であることは確かなのだが、扱いづらい能力であることもまた確か。

「なにはともあれ、これで一個目かな」

残り二十個。先はまだまだ長い。




彼が去った数分後、一人の少女と彼女の方にのった一匹の小動物がその場所を訪れた。

「あれ?確かにこっちから反応があったはずなんだけど」

「気をつけて、なのは。隠れているのかもしれない」

フェレットらしき小動物は慎重にあたりを警戒するが、ただ木々の葉がこすれる音しか聞こえてこない。

「うん…………ひゃあっ!い、犬さん?」

寝そべっている犬に気付いて驚く少女。小動物は少女の方から飛び降り、犬のそばに近寄る。

「この犬……わずかだけど魔力の残滓がある」

「ざ、ざんし?……どういうことなの?」

「僕たち以外にもジュエルシードを集めている人がいて、僕たちが来る前にジュエルシードを封印したかもしれないってことだよ!」

「もしかして、ユーノ君が前に言ってたウィルさんって人じゃないかな?念話で呼びかけてみようよ」

「ウィルさんじゃなくて、ジュエルシードを奪おうとしてるやつの可能性もあるよ。その場合、なのはに襲いかかってくるかもしれない。……今は様子を見よう。もしもウィルさんが無事なら、街で見かけることがあるかもしれない」

ユーノの説明を聞きながら、なのはは少し不安に思う。
ユーノはいろいろと考えて行動するのだが、慎重になりすぎて、逆に肝心なことを見落としていることがある。
そもそも、なのはがユーノと出会った理由が――
いや、それよりも、一つ聞いておかなければならないことがある。

「そうなの……ねえ、ユーノ君」

「どうしたの?」

「ウィルさんってフェレットさんじゃないよね?」





(後書き)

日常はウィルの外見・内面・肉体的な要素を通して、異世界に来た異邦人を描くようにしようと思ったのですが、難しいですね。

今回の戦闘におけるウィルの行動は『突撃→攻撃をジャンプでかわす→敵の頭上を飛び越えながら斬る』という感じです。
つまり魔剣昼の月(刃鳴散らす)の動き。
なぜこれだけわかりにくくなったのか……。



[25889] 第4話 ウィリアム・カルマンという男
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/02/20 23:00
その日は最高の散歩日和だった。空は晴れているが雲も適度にあり、日差しが強すぎるということもない。
ウィルははやてと共に街を歩いている。ジュエルシードの捜索のためだ。

歩き始めて一時間ほどたっただろうか。二人とものどが渇いたので、はやてを木陰で休ませて、ウィルは近くの自動販売機まで飲み物を買いに行った。
そして、はやてのところに戻る時に、魔力の発生を感じる。ジュエルシードの反応だ――それも今までよりもはるかに大きい。
はやてには申し訳ないが、飲み物を渡したらその場で待っていてもらおうと考えながら、ウィルは急いではやてのもとへと走った。

しかし、はやての姿を見つけた時、地面を大きな揺れが襲い、それから少しすると、足元のアスファルトが砕け、地下から何か大きなモノが跳び出してくる。
それは巨大な樹の根だった。いくつかの次元世界に行ったことがあるウィルでも、初めてみるような大きさ。はたしてこんな根をもった植物が存在するのか――あるとすれば、それこそ神話に詠われる世界樹くらいではないのか――それほどに巨大な樹の根。
樹の根は車を横転させ、信号機をなぎ倒しながら地表にその姿を表す。


はやての方を見る――彼女は大丈夫だろうか。
そしてウィルの視界に映ったのは、空中高く放り出され、落下しようとしているはやての姿だった。あと数秒で彼女は地面にたたきつけられて物言わぬ躯になるだろう。
ここで彼女を助けるために魔法を使えば、周りにいる人に目撃されるかもしれない。少なくともはやて自身には絶対にばれる。それ以前にあれだけ上空に打ち上げられる衝撃を受けて、今も生きているのか。いやいや、車椅子が衝撃をある程度受けてくれたかもしれない。


突然のことに一瞬ではあるが悩んでしまったウィルの脳裏に、はやてとの先日の会話がフラッシュバックする。


「下世話なことを聞くんだけど――」

「なに?下ネタはあかんで」

「今さら何を、君と僕との仲じゃないか……ごめんなさいコメツキバッタのようにヘコヘコ謝りますからその手に持ったフォークを下ろしてください。
 ――お金は大丈夫かな?前は断られたけど、やっぱり仲間が来たらお礼はするつもりだよ。でも、それまでになくなったりしないかなって心配になって」

収入がないはやてはどのようにして生活しているのだろうか?
ウィルが最近学んだ知識によれば、生活保護という制度があるらしい詳しい条件はわからないが、両親がいないはやてもそういった制度を利用しているのだろうか?しかし、それだけだと、養う人間が一人増えたことで、八神家の家計簿は非常に危険なことになっているのではないだろうか。
そんな疑問が、この時の会話のきっかけだった。

「大丈夫やって。イギリスに、お父さんのお友だちのグレアムおじさんって人がおるんやけど、その人が遺産を管理してくれとるんよ」

そう言って、はやては引き出しを開けて手帳のようなものをとり出す。

「ほら、毎月こんだけ振り込んでくれとるから、心配いらへん!」

「こらこら、そういうものを無暗やたらと人に見せちゃいけません」

そう言いながら、通帳を覗きこむ。
引き出される額よりも入ってくる額の方が圧倒的に多い。その総計は莫大な金額であることがわかる。新聞についてきたらしいチラシの一枚と見比べてみる。
――家が二つ買えた。

「はやては両親を亡くしてから、ずっと一人で住んでるんだよね」

「そうやけど?」

「グレアムさんははやてが一人で住んでることを知ってるんだよね」

「それがどないかしたん?」

「人一人が生活するにはこの金額は多すぎるよね。グレアムさんは、きっと使用人でも雇わせるためにこれだけ振り込んでるんだと思うけど……雇ったりしないの?」

先日、図書館で読んだ本によると、イギリスのような欧州方面では、裕福な家は住み込みの使用人を雇っていることもあるそうで、彼もそうさせるつもりだったのかもしれない。
はやての顔に陰りが差す。

「実は、私がもっと小さい頃はお手伝いさんを雇ってたんよ。住み込みやなくて、通ってもらうていう形やったんやけど。
 ……でも、なんかあかんかった。一緒の家にいるんやけど、仕事のつきあいでしかないっていうか他人っていう感じがして……それでも体は近くにおるからかな?余計に、なんやその人と私の間にある壁がはっきり感じられて。
 自分で最低限の家事ができるようになったら、もう雇わんようになったんよ」

はやては、陰りを振り払うようにして、笑いを作りながら話し続ける。

「それで気付いたんよ。私が欲しいのは、私の世話をしてくれる人やなくて、私が助けてあげられる家族やってことに」

「何かしてもらうよりも、誰かのために何かをしてあげたい……か。なんて良い子なんだ――ああ、おれはいまだかつてこんな聖母のような子に出会ったことがない」

「もう、ちゃかさんといてーな。それよりも、どう?こんな美少女が今ならお買い得やで~」

「十年たってから来な」

「ひどっ!!」

何事もなかったかのように、たわいもない話が始まる。
先ほどのはやての家族が欲しい、という発言は彼女の心からの願いなのだろう。そして、その後の冗談まじりの言葉にも、ある程度は本心が混じっていたのではないだろうか。

しかし、ウィルはそれには答えない――彼は彼女の家族にはなれないから。
それとも帰るまで家族ごっこでもするか?それはあまりにも馬鹿馬鹿しい。
後一月もすれば彼はいなくなり、もう二度とこの世界に来ることはないのだから、そんなことをしても彼女は幸せにならない。
それは別れるから無意味だということではない。
結局別れてしまうという事実が、二人の間にあった家族という関係、絆がその程度のものだと、ただのごっこ遊びにすぎなかったと改めて認識させてしまう――もしくは、家族の絆なんてものがその程度なのだと、彼女に誤解させてしまうからだ。
どちらにせよ、最後にはやてを不幸にしてしまう。

しかし、同時にこうも思った――何らかの形で彼女を幸せにしてやりたい、と。

(そのためにも、ここで死なせるわけにはいかないよな)

だから、彼はこう唱えた。

「セットアップ、シュタイクアイゼン」




はやてはウィルと一緒に街に出かけ、その途中でのどが渇いたので、ウィルにお金を渡して買いに行ってもらった。
木陰で待っている間に、彼のことを考える。

八神はやてから見て、ウィリアム・カルマンは奇妙な人物だった。

第一印象は変な人だった。
日本人なのか、外国人なのか、判別がつきにくい顔をしているが、少なくとも整った顔をしている。
しかし、街の中の公園で怪我をして倒れていた。それが殴られたとか蹴られた傷であれば、喧嘩か何かかと思えるが、火傷に裂傷――これは生半なことではありえないだろう。爆発にでも巻き込まれたとでもいうのか。その上、警察や病院の世話にはなりたくないという。
これはもう、間違いなく犯罪者とか密入国者に違いない。

そんなに怪しい彼だが、少なくとも悪い人じゃない……と思う。
それは、彼が優しかったからではない。優しさだけで言うなら、物語に出てくる悪魔などもみなすべからく優しいではないか。

では、なぜなのか。

彼は嘘をよく嘘をつく。それは冗談の時もあれば、何かを隠そうとしている時もあり、後者の時はとても冷たい目をしている。本人は隠そうとしているのだが、時折それが見えてしまう。
それでも、ただのごまかしや、なぐさめを口にしたりはしない。
そういうところが石田先生とよく似ていたからだろうか、悪いことに手を染めている人かもしれないけど、悪人だとは思えなかった。


そんな彼が現れてからの日々は、今までよりもずっと楽しかった。
朝に起きて、部屋を出た時におはようと声をかけてくれること。
作った食事にいろいろと感想を言いながら、おいしそうに食べてくれること。
高いところにあるものがとれない時、横からそっと手を伸ばしてとってくれること。
一緒にテレビを見て、一緒に笑ってくれること。
全て、些細なで、簡単で――でも、今までなかったことだ。


ただ、一つ気がかりなことがある。
それはウィルがいつか出ていくことではない。
たしかにそれは寂しいことだが――次の日からまた一人になる、誰とも話さない日があるような日々に戻るのは嫌だが――初めて出会った日に言われたから、覚悟している。

気がかりなことは、ウィルでなくても良かったのではないかということ。
もしあの時、出会ったのが別の人だったら。
傲慢でも、謙虚でも、優しくても、怖くても、変わっていても。老若男女なんであれ、もしかしたら動物でも――さすがに蛇とかは嫌や、フェレットとかやとええなぁ――自分の孤独を癒してくれるのであれば、なんでも良かったのではないか。そして、それは彼にとっても同じで、住める場所さえあれば誰でも良かったのではないか。
こんなに楽しい生活も、実は無意識に利用し合っているだけで――お互いにウィルと言う個人を、はやてという個人を見ていないのではないかという恐怖。

この恐怖はどうやったら消えるのだろう。


地面の揺れに意識を引き戻される。地震だろうか。
しかし、それは普通の地震とは全く異なるように感じられた。
まるですぐ下で誰かが暴れているような――そういえば昔は地面の下に住むナマズが暴れることで地震が起こっていると考えられていたんやったっけ?

突如地面の下から何かがつきだしてくる。それが何なのか、はっきりとは見えなかった。のたくりまわる大蛇のようなものが一瞬見えただけだ、多分ナマズではない。
それを確認する余裕などなかった。
なぜなら、はやての身体は車いすから放り出されて、宙に高く高く投げだされていたから。

下は怖くて見れないが、これは確実に死ぬ高さだ。

――ウィルさんは大丈夫やろか。
彼も巻き込まれていなければ良いのだが。自分が死んだ後はどうするのだろう。まあ、彼なら自分がいなくなった後の家に隠れて住むくらいはしそうだ。
それでも良い。死んだことに少しだけ悲しんでくれて、その後で忘れてくれれば、もうそれ以上何も望まない。もともと、誰にも迷惑をかけず、ひっそりと消えていくのが望みだったのだ。


その時、誰かが自分を抱きしめてくれるのを感じた。壊れやすいガラス細工の工芸品をもつように、優しく、慎重に。
自分を抱きしめているその腕は、先ほどまでと全く異なっていた服を着ているが、間違いなくウィルのものだった。
彼は、はやてを抱えて空中に浮いている。

「なんやの、その格好……あははっ、コスプレ?それに、なんや空に浮いとるし」

はやてを見返すその瞳は、何かを覚悟したようだった――しかし、それもすぐに消え、はやてに微笑む。

「今まで隠してたけど、実は魔法使いってやつなんだ」




ウィルははやてをその腕に抱きかかえたまま飛行し、近くの安全そうなビルの屋上に降りた。

(何とか間に合ったな……)

デバイスを起動させた後の動作は、ぎりぎりはやてが入る程度の結界を張って、目撃者になるような人間を排除。それから飛行してはやての元に向かい、抱き止めた瞬間に下降し、衝撃を分散させる――そのまま抱き止めれば、魔法で身体機能を強化しているウィルはともかく、常人以上に貧弱なはやては受け止めた時の衝撃に耐えられないだろうから。
はやても、痛がっている様子がないので少なくとも大きな怪我はしていないのだろう。

眼下の街を見ると、先ほどまでは何もなかった場所に巨大な樹がいくつも生えている。
しかし、樹の成長は止まったようで、これ以上大きくなる様子はない。今いるビルも、倒壊する危険性はないと思われる。

「さすがにいろいろ聞きたい気分やけど」

「後で話すよ――でもまずはこの樹をなんとかしないとね」

そして、ウィルはキッと樹を睨みつけた――睨みつけたまま、動かない。

「……どうしたん?」

「大見えきったのはいいけれど、これはちょっとどうしようもないなぁって思って」

樹があまりに巨大で、広範囲に拡散しているせいでコアとなる部分――ジュエルシードがどこにあるのかわからない。

「えぇ~~……台無しやん。こういう時はドバァーっとでっかいビームで倒したりするところと違うん。魔法使いなんやろ」

「すいませんねー、期待にそえなくて。このでっかい樹の中心がわかればすぐに終わるんだけど……やっぱり街中を走って見つけるしかないかな」

「なんかしょっぱいなぁ」

結界魔法で人目をなくしてから飛行して探すという考えもあるが、樹の全体よりも大きい結界がはれなければ、樹を結界内に囲うことはできない。結局、時間がかかるとしても走って探すしかない。
それでも少しは時間を短縮するために、ビル全体に結界を張って人目をなくして飛行魔法で地上に降りる。その後は走って探す――



その時、頭上に光が――無数の桃色の星が空を駆ける。

(あれはサーチャーか!?ゆうに二十はあるぞ!)

星のように見えたものは、サーチャーと呼ばれる魔法で作られた端末だ。視覚などの感覚を使用者と共有しており、主に探索や偵察に使われるものだ。魔法の構成はミッド式――それは次元世界で最もメジャーな魔法の使い方であり、それを使うと言うことは、この魔法の使用者が次元世界の住人であることを意味している。
サーチャーは縦横無尽に街中を、特に巨大樹の周りを飛び回っている。

離れたビルの屋上に、おそらくその魔法を放ったと思われる人物が見える。
その少女は先ほどまで目をつぶっていた。
しかし、今や少女は目を見開き、ある一点を見据えデバイスを構える。
そして、デバイスが形を変える――杖から十文字槍のような形へ。

杖の先に魔力が集う――なんと強壮で純度の高い魔力運用だろう。
爆発が起こったかのような、体の底まで響き渡るような轟音が響き、魔法が解き放たれた。
そして、桃色の魔力光が樹の一点を貫いた。



あらためて少女を見る。白いバリアジャケットは当然管理局のものではない。
どう話をきりだせば良いだろうか。

≪ウィルさん!ユーノ・スクライアです!聞こえますか?≫

聞き覚えのある声が念話で送られてくる

≪ユーノ君!?どうして……いや、事情は後で聞くよ。今はどこにいるんだ?≫

≪あなたの目の前にあるビルの上です≫

いくら見ても、そこには白いバリアジャケットの少女しかいない。フリフリの服を着ており、見た目は明らかに女の子だ。

≪まさか女の子だったとは。それとも女装して ≪その子の肩の上!≫ ……肩?≫

目を凝らして見ると、肩の上に一匹の小動物がちょこんと乗っかっている。

≪……おれの目にはよくわからない小動物しか見えないんだけど≫

≪それです!それが僕です≫

≪いったい、いつから人間を捨てたんだ……もしかしてジュエルシードの影響?≫

≪これは魔法で変身してるだけで ≪ええぇーー!!ユーノ君って人間だったの!?フェレットさんじゃなかったの≫ な、なのはっ!?≫

突如念話に少女の声が割り込んでくる。そして始まる少女とユーノの言い争い。
言い争いの果てに、少女がユーノを投げる。
ビルから落ちるユーノ。
魔法を使って足場を作り、無事に着地するユーノ。

(結界魔法の一種?器用な――おれもあれが使えたらはやてにばれなかったんじゃないだろうか)

「ユ、ユーノ君、大丈夫!?ごめんなさい!びっくりして思わず投げちゃって――」

≪そこの白い少女≫

≪は、はいっ!わたしですか?≫

≪そう、君だ。僕はユーノ君の知り合いなんだけど、いろいろ話も聞きたいから、このビルの下で落ち合おう。≫

≪わかりました!≫

少女はビルから降りていった。新しい魔法使い――魔法はミッド式。ユーノと共にこの世界に来た友人か、それとも現地の協力者か。
こちらもそろそろ降りるとしよう――としたところで気付く。

「あれっ?あの子ジュエルシード回収してないんじゃない?」




(後書き)
なのはにおける結界の具体的な効果(空間を切り取るのか、現実によく似た空間を作るのか、空間を切り取るならさっきまで中にいた人間はどこへ行くのか、破損した物体は外部からはどのように見えるのか)がわからなかったので、ここではTRPGアルシャードガイアの結界ルール(似たものとしては灼眼のシャナの封絶)の一部を流用しています。
具体的には以下の通り。一応なのはの描写と矛盾するようところはない……はず。

・結界内部の空間とは、本来の空間を模して疑似的に生成しているものである
・ただし、結界内部での破壊活動は現実に反映される
・結界を生成した時に、本来の空間の生物を結界に取り込むかどうかは、結界を張る人物が決定できる
・ただし、本来の空間から結界に生物を取り込もうとする時、結界はその生物以上の大きさをもっていなければならない(今回結界を張ってから捜索できなかったのは、ジュエルシードによって作成された巨大樹が一個の生命とみなされたため、樹の全てを内包するような巨大結界が張れなければ樹を結界内部へと移動できないから)
・ある人物が結界に出入りしようとした時、それが可能かどうかは結界を張った人物が決定できる
・強度以上の衝撃を物理的、魔法的に与えられた時、結界は破壊される
・結界を張った人物よりも魔法の実力がはるかに高ければ、結界内に強引に出入りできる


そう言えば、ナマズが地震を起こすのって、本気でそう考えていたのではなく、妖怪と同じで地震という現象を擬人化(?)したマスコットキャラみたいな扱いだったらしいですね。
さすが日本、業が深い。



[25889] 第5話 深まる絆と始まる亀裂
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/27 10:51
空が青から赤へと色を変える頃、西日が差しこむ八神家の居間に、四人の少年少女、正確には三人と一匹がテーブルを囲んでいる。ウィルとはやて、ユーノ、そしてユーノと共にいた少女だ。
藤見町ではひっきりなしに聞こえていたサイレンの音も、ここでは聞こえない。

「あ、危なかったですね……」

「ああ、うっかりジュエルシードの回収を忘れるところだった……」

「も、もう走れないの……」

「街中でずっとおんぶされるって、ほとんど罰ゲームやん……」

ジュエルシードを封印したのはいいが、うっかりその回収を忘れた彼ら四人。交通整理をおこなう警察たちを、時には走って、時には結界を利用してかいくぐり、どうにか見つけた少年からジュエルシードを回収して、走って帰って来た。



車椅子が壊れてしまったはやてに代わりウィルがお茶を用意し、その間に少女は家族に少し帰るのが遅れると連絡を入れる。そして全員が落ち着いた頃を見計らって、ウィルが口を開いた。

「先ほどはジュエルシードの封印に協力いただき、ありがとうございました。お互いに聞きたいこともあるかと思いますが、焦っても何にもなりません。
 ここは自己紹介、これまでの経緯、ジュエルシードについて、そして今後の行動、と順番に話していきましょう。
 というわけで、まずは自己紹介から――おれは時空管理局所属のウィリアム・カルマンです。
 こちらの方は八神はやてさん。この世界での夜露をしのぐ場所を提供してくださった、善意の塊のような淑女です」

「ど、どうも。八神はやていいます。ウィルさんとは、なりゆきというか…………そんな感じで」

あはは、と笑いながらはやても自己紹介をする。そして次は少女の番だ。

「わ、わたしは――えっとユーノ君と一緒にジュエルシードを探して――あの、そのっ――」

少女は、いまだユーノが人間だったことのショックから抜けていないのか、それとも他に何か気にかかることがあるのか――自己紹介しようとするが、なかなか言葉が出てこないようだ。

「はやてはまだ魔法とかジュエルシードのことを知らないから、とりあえず名前だけで良いよ」

「は、はい。高町なのは、小学三年生です」

「へえ、はやてと同い年なんだ。それじゃあ、自己紹介も終わったところで、お互いの今までの経緯をを――」

「あの……僕の番がまだ」

小動物――フェレットのような何かが声をあげる。

「ごめん、人間の姿をしていないからうっかり忘れてた」

「うう……ようやく再会できたのに、この扱い。……ユーノ・スクライアです。こんな姿をしていますけど、本当は人間です」

そう言ってくるんと回転すると同時に、穏やかで優しそうな少年が現れた。なのはとはやては、手品を見た時のように思わず感嘆の声をあげ、拍手をしてしまう。



まずはウィルがこれまでの経緯を語る。
自分たちは魔法が科学の一種として存在する世界から来たこと。そしてジュエルシードの輸送と途中で起こった事故。海鳴に散らばったジュエルシードを追ってこの世界に来たこと。
それらを一通り話し終え、ユーノにバトンを渡す。

ユーノは、ウィルが出発してから数日後にミッドチルダに到着して、そこで輸送船が事故を起こしたことと、ジュエルシードが第九十七管理外世界――地球にばらまかれたことを知ったらしい。そして、発掘者として回収の許可をとって単身地球にやって来て、そこでなのはに出会い、一緒にジュエルシードを捜索していたそうだ。
しかし、ユーノは地球に来るまでの管理局とのやり取りや、なのはがどれだけ熱心にジュエルシードを集める手伝いをしてくれたかということはよく語るのだが、肝心の地球に来てからなのはに出会うところを話してくれない。
しかたなく、ウィルが割り込んで質問する。

「おれとしては、一応地球の住民である高町さん――あ、なのはで良いって?ありがとう――なのはちゃんが魔法を使うにいたる経緯が知りたいんだけど」

管理外世界の住人に外の世界の技術――この場合は魔法の力――を与えるのは禁止されている。技術とはそれを生み出した社会によって制御されて初めて、技術として機能するのであって、そうでない技術はただの異能でしかない。
ユーノのことだから、なんらかの事情があったのだろうと思って尋ねたのだが、予想に反してユーノはうつむいてしまった。
それを見て、おずおずとなのはが発言する。

「あの、初めて会った時、フェレットのユーノ君が自転車にはねられて怪我してたんです。それで、動物病院に連れて行くことになって」

「……なんでそんなことに」

予想外な内容にあっけにとられる。
そこでようやくユーノが話し始めた。

「この世界に来る時に、いろいろ考えたんです。管理外世界だから人目につかない方が良いとか、誰かがジュエルシードを狙っているかもしれないから見つからないように行動しようとか、食料の消費を抑えようとか。それで、結論として動物に変身して行動することにしたんですけど。
 ――そしたら横から来た自転車にひかれて」

自転車にひかれて怪我をしているところを、なのはに助けられたのだと言う。その怪我がきっかけでジュエルシードの封印ができなくなってしまい、そんな時に動物病院でジュエルシードが活性化、誰かの協力を求めて発信した念話に反応して助けに来てくれたのがなのはだったのだとか。発掘の時の反省を生かして思慮深く行動したつもりが、裏目に出てしまったようだ。
そのことを話すユーノ。恥ずかしいのか、顔を真っ赤にし、目にはうっすらと涙も見える。

(……考えすぎて裏目っていうのはおれもよくやるなぁ)と、ウィル。
(……なんやかわいらしい子やなぁ)と、はやて。
(うわあ、涙目のユーノ君女の子みたい……)と、なのは。

とりあえず話題を変えるために、ウィルが適当に頭に浮かんだ質問をする。

「あれ、念話って無差別に発信したんだよね?おれには全然聞こえなかったんだけど」

「そういえばおかしいですね。うーん……でも、僕も弱ってましたし、ここは病院やなのはの家からも離れているから聞こえなかったのかもしれません。もちろん、今の僕ならこの距離でも大丈夫ですけど……」


その後、なのはからも話を聞いたが、だいたいのところはユーノが説明してしまったので、「わたしは、ユーノ君から話を聞いて、ジュエルシードを探すのを手伝って――ううん、一緒に探していました」というなのはが途中に言った一言ですべてまとめられた。




そして、ジュエルシードの現在の収集状況の確認に移る。
ユーノたちは、すでに五個も探していた。一方、ウィルが所持しているのは二つだった。一個は犬の暴走体から、もう一個はここ数日の街の探索で見つけたものだ。
ユーノから回収した場所を聞き、図書館でコピーしておいたこの街の地図に印をつけていく。

「街中はほとんど調べ終わっているから、もう何個も残っていないだろうね。後は郊外や森、海の中にある可能性が高い。もしくはレジャー施設のような大きな敷地を持っている場所の中かな。
 こことか怪しそうじゃない?街からちょっと離れたところにあるこのでっかい敷地」

「あ、そこはわたしの友達の家かもしれません」

「本当?なんとかして侵入できないかな――ところでユーノ君、さっきはどうしてあんな大きな樹ができたのかわかるかな。ジュエルシードは単なる膨大な魔力を秘めた結晶体ではないのかい?」

「はい――ジュエルシードは思念に反応して活性化するだけではなく、内部に秘めた魔力を用いてその思念、つまり願いを叶えるように周囲の状況を変化させるんです。もっとも、願いの叶え方は適当なので、結果的には歪んだ形で叶えうことになってしまいます」

「じゃあ、さっきの樹はあの倒れていた少年の願いの結果なのか?」

「規模から考えると、間違いなくそうですね。ジュエルシードが最も活性化するのは、人間の願いに反応した時ですから……何を願ってああなったのかわかりませんけど」

「年々深刻化する温暖化問題をなんとかしたかったんかなぁ」




「そうなると、やっぱり今までどおり、人の多い街を中心に捜索を続けた方が良いね。人が来ないような郊外は管理局が探した方が効率は良い。
 管理局の部隊も、二週間くらいで来ると思う。もっとも、俺は陸の部隊に所属していて、海のことはそれほど知らないから確かってわけじゃないけどね」

その時、はやてが手を上げて質問する。

「地上とか海とか、何のことなんかさっぱりわからへん。そもそも、さっきから時々出てる管理局っていうのはどんな組織やの?」

「じゃあ時空管理局について説明しようか。でもその前に――ユーノ君、次元世界について説明をお願い」

「君たち(なのはとはやて)が住んでいるこの世界以外にも、僕たち(ユーノとウィル)が住んでいる世界、いわゆる異世界が何個もあって、そういった世界のことは次元世界って総称されている。人間のいない世界や文明が滅んでしまった世界、さまざまな世界があるんだけど、そういった世界の中には世界の間を行ったり来たりするだけの技術を持っている世界がいくつもあるんだ。
 でも、他の世界と交流を持つっていうのは良いことばっかりじゃない。それが争いを生んでしまうことだってある。
 基本的には、世界のことはその世界に住む人たちに任せるように決められているんだけど――」

ユーノの言葉を引き継いで、今度はウィルが時空管理局について語る。

「そうもいかない場合がある。例えばある世界が他の世界を侵略したらどうするか。他の世界が援軍を派遣するにしても、まったく異なる規律に基づく軍隊が集まってもまともに動くわけがないよね」

時空管理局が誕生する前には、軍の連携どころか、交戦規定があやふやだったり、逆に融通がきかなかったりして、とてもまともな戦闘にはならなかったことがあったという。融通のきかない交戦規定のせいで、侵略され滅びる街を目の前で見ながら何もできなかった三人の兵士が、全次元世界に喧嘩を売って管理局を作った話は次元世界で最もメジャーな読み物の一つだ。

「そこまで大きな事件でなくても、技術力の高い世界の犯罪者が低い世界に来たら、低い方の世界だけでは抑えられないかもしれない。
 時空管理局はそういった事態に対応するための調停役みたいなものさ――地球でいうなら国際連合が一番近いかな」

もっとも、複数の国家から成り立つ国際連合とは違って、管理局自体が一個の国に近い点が異なるが。

「そして管理局内は仕事の内容によって大きく二つに分類される。
 “地上”別名“陸(おか)”は管理世界に駐留する部隊だ。治安維持や魔法に関連する事件への対処が目的だね。駐留するのは、防衛力が十分ではない世界や、政府の存在しない世界。例外的に管理局発祥の地であるミッドチルダでは、管理局が政府に近い存在になっている。
 一方、“海”っていうのは管理世界をまたにかけた事件や、管理外世界でおこった事件に対処する部隊ってところかな。あまりないことだけど、駐留している陸の戦力だけでは対処できそうにない場合に増援として出向する場合もある」

「地上はお巡りさんで、海は自衛隊兼公安って感じでええんかな?」

「それが一番近いかな。この世界は管理外世界だから、海の局員がこっそりやって来て、こっそり解決して去っていくはずだ。現地政府にばれないように隠れてね」




外は少しずつ暗くなっている。あまり遅くなるといけないので、そろそろ話しあいもまとめにさしかからなくてはいけない。

「それじゃあ、今後どのように捜索するか決定するために、一つ言わなければならないことがある」

そう言うと、ウィルはなのはの方を向き頭を下げる。

「高町さん。おれの不手際のせいでこの世界にいらない騒動を持ちこんで、あなたや街の方を危険にさらすことになってしまいました。その挙句、無関係のあなたに回収の協力までさせてしまい、本当に申し訳ありません」

そうして顔を上げ、じっと、彼女の目を見る。緊張の色が見えるのは、おそらく彼女も、これから何について話すのかをわかっているからだろうか。

「そして、今までジュエルシードの回収を手伝っていただき、ありがとうございました。今後はおれとユーノが捜索を担当しようと思います。ですので、あなたが今までのように協力してくださる必要は――」

「わ、わたしも一緒に探します!!」

突然、なのはが立ち上がりながら宣言する。その顔に浮かぶのは決意と――焦燥?
ともかく、さっきまでのおとなしい少女とは別人のような勢いだ。立ち上がる動作の素早さは、極限まで抑えたばねが、抑えを外されぴょこんと跳び上がる様を想起させた。

「わたし、気づいてたんです!あの男の子がジュエルシードを持ってたこと。それなのに、きっと気のせいだって思って何も行動しなかったから……そのせいで街の人も、街も、いっぱい傷ついて……!
 自分のできることをしないで、そのせいで誰かが傷つくのは嫌なんです!ここで他の人に任せて、その人が傷ついたら、きっとまた後悔する……。
 だからッ――――!!」

その瞳は柘榴石のようで、強い輝きはないけれど、その奥には感じるまでもなく確固とした自我を宿している。

「少し落ち着いて」

「でもっ!!」

なのはの言葉を無視して、ウィルは強引に話を続ける。

「――協力してくださる必要はありませんが、この短期間に五個ものジュエルシードを見つけだす捜査能力、そして先ほどの大樹のジュエルシードを封印する時の強力な遠距離魔法は、これからの捜索において非常に役に立ちます。また、管理局に所属する者としては、管理外世界の住人でありながら魔法の力を手にしてしまった者を、このまま放置するわけにもいきません。
 そこで、暫定的な処置ではありますが、高町さんを民間の協力者として扱い、今後魔法は自分の監督下で行使してもらおうと思います。
 その場合、高町さんには主にジュエルシードの捜索面で協力していただくことになります。戦闘が必要な状況では自分が対応しますが、それでも対処できない事態になれば、高町さんの手を借りることもあるでしょう。当然、危険な目にあう可能性もありますが、それを承知の上で今後も協力していただけますか?」

「え、えっと?それって、つまり…………どういうことですか??」

≪僕は反対です!≫

ユーノからウィルに、念話が――当然二人だけにしか聞こえないように設定している――とんでくる。

≪ここで拒否しても、個人で行動する可能性がある。それなら、一緒に行動した方が良いよ≫

≪確かにそうですけど……それでも、これは本来なのはには関係ないことです≫

≪ユーノ君だって民間人だからこれ以上関わらないで、って言われても納得しないだろ?それに、時間をおいて冷静になったら考えも変わるかもしれないし、そうなったら手を引いてもらえばいいだけだから≫

≪……そうですね。わかりました≫


「つまり、これから探すときは一緒にやろう、ってことやと思うよ」

「そ、そうなの?」

「なのはちゃん……もしかして国語苦手?」

「……うん、ちょっとだけ。ざんていてきってどういう意味なの?」

「ま、……まあ、確かに小学生に対して使う言葉やないなぁ」

そして、二人が念話で会話している間に、はやてがなのはに内容を要約していた。
ウィルはなのはにあらためて問いかける。

「それじゃあ、返事を聞かせてくれるかな?」

「よろしくお願いします!!」




まだまだ話しあうこともあったが、外が暗くならないうちに帰らなければなのはの家族が心配するので、ひとまずお開きとなった。
今後の捜索形式は、平日はユーノとウィルが担当し、休日はなのはが加わる、という形に落ち着いた。
帰るなのはたちを見送るために、ウィルとはやては家の外に出る。はやては車椅子がないので、ウィルが横抱き――いわゆる、お姫様だっこをして連れて来ている。
別れ際に、ウィルがユーノにこっそりと念話を送る。

≪ジュエルシードを運んでいた輸送船がどうなったか、教えてくれる?≫

≪最後は爆発を起こしてロスト。乗員のほとんどは脱出したところを管理局に救出されましたけど、船長をはじめとする何名かは逃げ遅れて亡くなったそうです≫

≪……そっか。あれは事故だったのかな?≫

≪昔から事故が多い海域だったらしいので、おそらくは≫


帰る二人、ユーノがフェレットに戻ったので、一人と一匹の後ろ姿を見送りながら、ウィルとはやては沈む夕日を眺めていた。

「はやてだけが特別なのかと思ったけど、なのはちゃんとユーノ君も年齢の割に大人びてるよね。責任とか義務とか、そういうのを考えた上で自分の信念に基づいて行動している。
 偉いなぁ、俺がその年の頃は友達とうんこ漏らしてたよ――痛い苦しい、首締めないで」

「下ネタはあかんて言うたやろ。――それにしても、魔法の国から来たとは思わんかった。外国の殺し屋くらいは予想してたんやけど」

「そんなに悪そうに見えるかな?こんなに笑顔の素敵な好青年なのに」ほがらかに笑うウィル。

「うさんくさっ!……ジュエルシードっていうのを集めたら、帰ってしまうんやね」

「そうだね」

「そんで、もう来れへんの?」

「そうだね。管理外世界には、特別な用がない限りは来れない」

「……そっか」

夕日が沈み、二人は家の中に戻る。そして、はやてをソファーに下ろそうとしたところで、はやてはそっと、ウィルの首に手をまわした。


「なぁ……ウィルさんのこと、教えてくれへん?」

「おれのこと?」

「うん。今までずっと聞いてみたかったんやけど、わけありみたいやから、聞かへんかったんよ。けど、魔法のことを教えてもらった今やったら、話してくれるんやないかなって」

「わかった――でも、おれの人生の前半はあんまり聞いても面白いもんじゃないからなぁ。学校に入学してからの話をしよう」

「魔法の学校?」

「士官学校っていう指揮官を養成するための管理局の学校。
 九歳の時に入学したんだけど、周りが年上ばっかりの中、一人だけ同年齢のやつがいたんだ。そいつも当時のおれも人付き合いの悪い奴でね、ちょっとした因縁もあったから入学してすぐの頃はそいつと喧嘩ばっかりしてたんだけど――――」




猫は――彼女は庭からじっと二人を見ていた。
今日の事件はまったくの不意打ちで、あやうく八神はやてを死なせるところだった。ジュエルシードもロストロギアの一つ。そして、彼女はロストロギアの恐ろしさはよく知っていたはずなのに――油断していた。
彼女も、彼女を作ってくれたお父様も、前線を退いて長いせいで勘が鈍っているのか。
しかし、だからといってこの事件に介入すれば、自分たちの存在――そして八神はやての存在意義が発覚する可能性がある。それは計画が発覚してしまうのと同意義であり、危険があるとわかっていても、結局は不干渉を貫くしかない。


家の中からは、彼らの話声がまだ聞こえてくる。どうやら過去話は終わったようだ。

「夕飯どないしよ。車椅子がないと作れへんし」

「出前にしようよ。寿司食ってみたい――――――駄目だ、寿司もピザもラーメンも、道路が壊れていて届けられないって」

「じゃあ、たまにはウィルさんが作ってみてよ」

「無理!――そうだ、今から街に食いに行こう!」

「ちょ、待ってぇな、またおぶっていくつもりやろ!あんな恥ずかしいのはもう嫌やって」


それにしても、と彼女は猫の姿のままため息をつく。よりによって、彼と八神はやてが出会うなんて。
そして、現在の本局の艦隊の状況を考えれば、ジュエルシードの捜索のために本局から派遣されるのは彼女の教え子が載っている艦になるだろう。もしかしたら、彼女の教え子も八神はやてと出会うことになるかもしれない。
運命を造ったものがいるなら、そいつは最高にひねくれたやつに違いない。

クライド・ハラオウンとヒュー・カルマン――十年前の闇の書事件の犠牲者。
その息子たち、クロノ・ハラオウンとウィリアム・カルマンを、八神はやてに出会わせるなんて。




(後書き)
ただの状況整理のつもりが、今までで一番長くなってしまった……なぜ。
管理局の説明に関しては妄想が入っています。三脳の現役時代とか見てみたいなぁ。



[25889] 第6話 ノワール
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/27 10:39
休日の午後は、気持ちまでも晴れ渡るような良い天気で、思わず寝てしまいそうな心地だ。
ウィルとはやては、なのはと彼女の兄である恭也と共に、バスに揺られていた。はやてとなのはは二人で話していて、ユーノはフェレットの姿でなのはの膝の上で丸まっている。

「なのはちゃん、今日は誘うてくれてありがとうな」

「ううん。はやてちゃんのことを話したら、二人とも絶対に会いたいって言ってたし――」

バスは坂の多い海鳴市における主要な交通機関であり、休日ということもあって、乗車してすぐはウィルと恭也の二人が席に座れないほどの盛況ぶりだった。バスが郊外に近づくにつれて乗客が減ったおかげで、今は彼らもようやく座ってのんびりと窓の外の景色を眺められるようになった。
やがて窓の外の街並みが次第に少なくなっていき、景色のほとんどが山の木々に変わったあたりで、恭也は降車ボタンを押してみんなに声をかける。

「そろそろ降りるぞ」

その声に反応して、なのはは急いで立ち上がるが、バスは停留所に止まるために減速を始めていたので、おもわず転びそうになり、恭也に支えられた。

「ウィルさん、私らも降りよ……ね、寝とる」


一行は、なのはの友人の家に向かっている。そこで開催されるお茶会に参加するためだ。
お茶会と言っても、なのはの話によると、まずは室内でお茶とお菓子を楽しみ、外が晴れているようであればその家の猫たちと共に庭に出てお話しを楽しむ――つまりは、友達同士が家に集まるということだそうだ。
ともかく、はやてに同年代の友人がいないことを知ったなのはが、自分の友達を紹介しようと思い、お茶会に誘ったことが始まりだった。なのはがついているのなら大丈夫だろうと、最初はウィル(とユーノ)は参加せずに、ジュエルシードの捜索を行うつもりだった。

では、なぜお茶会に行くことになっているのかといえば、それはやはりジュエルシードの捜索のためだった。お茶会を開催する友達の家というのが、以前地図で見た広大な敷地をもつ家だったので、この機会を利用して敷地内を捜索することにした。
なのはのサーチャーでは「見る」ことはできても、ジュエルシードの気配を「感じる」ことはできないので、きちんと調べるためには現地に乗り込む必要がある。それまでは、結界と防御が専門というユーノに結界を張ってもらい、夜中に侵入して調べようかと思っていたのだが、合法的にすませられるならそれにこしたことはない。
ジュエルシードの回収は優先すべきことだが、だからといって、他者に迷惑をかける方法はなるべくならとりたくない、という思いもある。不法浸入することと、遊びに行った家の敷地をうろうろすることのどちらが合法的かと言えば、一応は後者に軍配があがるだろう。



バス停から少し歩いたところに、目指す家の門があった――門しかない、ここからでは屋敷はまだ見えない。
年季の入った重厚な門扉を通り、舗装された道を歩き続ける。道の両側は常緑樹が植えられており、それらは全て見事に剪定されている。見たところ、その木々の先は森になっているようだが、見える範囲にある森の木々は同様に手入れされている。この森全ての手入れを行っているわけはないだろうが、それでもどこまでやっているのかと考えると、どこか底知れないものを感じる。

数分ほど歩いただろうか、ようやく屋敷の前にたどりついた。

「「でっかい……」」

屋敷を見たウィルとはやては、思わずつぶやいてしまった。
大きな屋敷――それはただ物理的に大きいというだけではない。もっと根本的に、存在感があるのだ。
それは、この屋敷が外から眺めただけでも、その全てが丁重に造られた一級のものであるとわかるからだろうか。それは例えるなら、毛の一本に至るまで、職人が心魂を込めて作ったビスクドールをみて、実物の大きさ以上の何かを感じるような感覚に似ているのかもしれない。しかも、この屋敷は周りの景色――森に似合いすぎている。この存在感は屋敷だけではなく、この周囲の森を含んだものなのだ。この森全ての存在感が、この家に集約するように計算されている――そんな気がする。もし、ただの盗人が盗みに入ろうとしても、夜にこの家を見た瞬間に踵を返してしまうだろう。
魔法による結界とは意味が異なるが、これもまた結界だと言えるだろう。屋敷を囲う森という物理的な意味での結界、そして屋敷が与える底知れない印象は心理的な結界として、この屋敷を世俗から隔離させている。

もっとも、なのはたち兄妹にとっては見慣れたものなのか、彼女たちはまったく物おじせずにインターホンを鳴らした。

そうして現れたこの屋敷の使用人、名をノエルという若い女性にサンルームへと案内される。
お天道様の慈悲を余すところなく受け止めるように設計されたその部屋は、包み込むような暖かさで、先ほどまでバスで寝ていたウィルなどは、再び眠気を感じて立ったまま眠りたいと考えるほどだった。
部屋の端には観葉植物が並べられており、その中心に机と椅子、そして大量の猫が配置されていた。椅子には何人か座っており、すでにお茶を楽しんでいる。
その内の一人に強く見覚えがあった。
そう、確か彼女は――

「いらっしゃい、はやてちゃん」

「すずかちゃん!?」

かつてウィルとはやてが図書館で出会った少女、月村すずかだった。彼女は椅子から立ち上がり、はやての前まで来て、にこやかにほほ笑んだ。

「なのはちゃんにはやてちゃんのお話を聞いた時は驚いちゃった。それでね、驚かそうと思って、なのはちゃんには秘密にしてもらったの」

「そやったんか。今日はお呼びいただいてありがとうございます」はやてはにっこりにほほ笑み返す。

「どういたしまして」


そうして、各々が自己紹介を行った。
金髪の少女がアリサ・バニングス――彼女は以前街で見かけたことがあったが、なのはとすずかの同級生で、二人とは親友らしい。
すずかをそのまま大きくしたような女性がこの屋敷の主で、月村忍――すずかの姉で、恭也の恋人だそうだ。
給仕の少女は、すずか専属の使用人で、名をファリンというらしい。ファリンはノエルの妹らしいが、その印象は正反対で、ファリンが動、ノエルが静だ。とはいえ、顔の造形のみを見れば確かに似ているような気もする。



自己紹介が終わると恭也と忍はノエルと共に別室へと移り、四人の少女はそのままサンルームで机を囲みながら、引き続きお茶を楽しむことになった。
ファリンが新しいお茶とお菓子を用意するためにサンルームを出ていったので、ウィルは少女たちに一言ことわって彼女を追いかけた。
廊下で彼女に追いつき、声をかける。

「ファリンさん。おれも手伝いますよ」

「とんでもないです!お客様にそんなことさせられません!」

ファリンはまるで時計を持った兎が二足歩行で歩いているのを見たのか、というくらい意表を突かれた顔をして、それから大きく首を振った。
当然の反応だが、ウィルは残念そうに肩を落とす――ふりをした。

「そうですか。実は、はやてがあの子たちと仲良くするには、おれはあの場にいちゃいけないと思ったんですよ。ほら、年上がいるとあの子たちも遠慮して思ったことを話せないでしょう。それに、おれがいなかったら、あの素敵なお兄さんは誰なのー、って話題で話がはずむかもしれません。
 だから、手伝うってのを口実にして、席をはずそうと思ったんですが――」

半分は嘘だ――というか冷静な人が聞いたら「だったら最初から来るなよ」と言われるようなことをほざいているが、このファリンという純真そうな少女なら大丈夫だと判断した。
これは、どのようにして敷地内を探索する口実をつくるか、ユーノと話し合っている時にに思いついた策だ。敷地の探索自体は、屋外に出た後で勝手に森に入っていくユーノ(フェレット)を追いかける、という形で実行できる。しかし、それではあまり長く席をはずしていると不審がられるかもしれない。そこで、この嘘話を事前に話しておくことで、ウィルがなかなか帰って来ないのは、気を利かせているからだと思わせる。
たとえ実際に手伝うことになっても、菓子を運ぶ程度ならすぐに終わるから、こちらにとっては特に損も出ない。

「でも、手伝うことがないのなら仕方ないですね。それじゃあ、少し庭を散策させてもらって――あの、ファリンさん、聞いてます?なんで涙ぐんでいるんですか?」

「うう……妹さん思いなんですね。わかりました!不肖ながら、このファリン!全力をもってあなたに仕事を与えます!」

「……い、いえ、やっぱりいいです」

「心配いりません!簡単な仕事ですから!」




「……ただいま~……」

やっとのことで解放されたウィルが戻って来た時には、四人はとっくに屋外へ移ってた。

「えらい遅かったなぁ、何してたん?」

「なぜか厨房の掃除をしてた。ノエルさんに助けてもらわなかったら、帰るまでずっとやってたかも」

「何やってるのよ」と、あきれ顔のアリサ。

ウィルはとぼとぼと歩き、ユーノをむぎゅっとつかみ、念話で語りかける。

≪はぁ……それじゃあユーノ君、予定通り逃げてもらいましょうか≫

≪わかりました。……最初っから小細工しない方が良かったんじゃないですか。捜索する時間も減っちゃいましたし≫

≪ばっか、何言ってるんだ。確かに今回は失敗したけど、自分の目的の為に自分で方法を考えて行動するっていうのは大切なことだよ。そりゃあ失敗することもあるけど、与えられた選択肢を選んで状況に流さるんじゃなくて、自分から選択肢を作って行動することはきっと役に立つ。
 ――よし、言い訳完了≫

その時、ウィル、なのは、ユーノの三人はもはや慣れ親しんだともいえる感覚を感じる。

≪これって……≫

≪ジュエルシードだな。行くぞ、ユーノ君。なのはちゃんはどうする?≫

≪わたしも行きます!≫

≪ま、そう言うよね。でも、まずおれが行って危険がないか調べるから、少ししてから来るように≫





ウィルとユーノが、ジュエルシードの反応を追いかけて森の中を進むと、突然空が陰り出した――ように思えたが、すぐにそれは違うとわかる。ウィルたちは何か巨大なものの影に入っていたのだ。
では何の影かと見上げてみると、それは猫だ――森の木々よりも巨大な。

「「でっかい……」」

今までのジュエルシードの暴走体とは異なり、醜悪に変化しているわけではなく、子猫がそのまま巨大化しているだけだ。ただ、その体は高さだけでもゆうに五メートルは超えており、身に着けていた首輪の鈴の音は、小さい時はちりんちりんと耳を休める良い音だったのに、大きくなった今ではがらんがらんと頭に響くような大音声。可愛い子猫がそのまま巨大化しただけの見た目が非常にシュールで、ガリバーやアリスの世界に紛れ込んでしまったように感じる。周りの木々という比較対象がなければ、自分たちが小さくなったのだと思ってしまったかもしれない。
我に返ったユーノが、慌てて提案する。

「とにかく、人目をなくすためにこの空間を結界で囲います。設定はどうします?」

「範囲は屋敷の手前まで、あの猫以外の生命体は全て結界外に、おれたち三人のみ自由に結界の出入りを可能に……できる?」

ユーノは行動でその問いに答えた。あっという間に結界が張られる。
さすがは結界魔導師。ユーノの魔導師としてのランクはA、一方ウィルはAAだが、ウィルではこの結界に浸入できないだろう。理論に基づいた精密な魔法の構築は、彼の性格をうかがわせる。

結界の中で、二人は巨大猫を観察する。一見すると無害で、じっと眺めていても、やっはり無害だった。

「これもジュエルシードのせいだよね……?」

「た、多分。猫の大きくなりたいって願いが正しく叶えられたんじゃないかと……」

「曲解できないくらいに単純な願いなら、正しく叶えられるのかな?」

「そうかもしれませんね。……あそこまで大きくなりたかったのかはわかりませんけど」


ウィルは右腕の腕輪に触れ、デバイスを起動させ、そのままバリアジャケットを身に纏う。

「これならなのはの力を借りなくても大丈夫だな。さっさと封印して帰ろう」

「そうですね――――!!待ってください!誰かが結界内に侵入しました!!」



その時、ウィルたちとは異なる方向からの魔力弾が巨大猫を襲う。金色の魔力光のそれは、巨大猫の横腹に直撃した。
電柱、森に設置された電柱の上に、誰かが立っている。

その人物の印象を一言で表すなら、『黒』
黒い少女。
手には黒いデバイス。そして身を包むのは体のラインに沿った黒いバリアジャケット、そして、黒いマント!その衣装は黒一色だ。
しかし、衣装以外は全く黒くない。
その髪はさながら光の束のように輝いている。ユーノやアリサと同様に金髪に分類されるのだろうが、二人とはまた違った様相でもある。ユーノが大地の稲穂だとすれば、アリサは陽光の煌めき、そして目の前の彼女は視覚化した風のようだ。
肌は白く、自ら輝いているようにも思え、輪郭は上質の羽二重のように繊細を極めており、彼女の存在をあやふやなものと化している。
ただ、そのような精緻を尽くした容貌の中で、瞳だけが安物の硝子玉のように何も映さず――それが彼女の存在感を薄くし、人形のような印象を抱かせる。
だからだろうか、黒い衣装は着る者を際立たせるように働かず、逆に彼女の容姿が衣装の黒を引き立ててしまい、結果的に全体的な印象を黒にしている。

「バルディッシュ、フォトンランサー連撃」
『Photon lancer full auto fire.』

少女の構えたデバイスの前にスフィアが出現し、そこから金色の魔力弾が次々と発射される。
それは巨大化した猫に容赦なく命中し、猫は苦痛の声を上げその場にうずくまる。

「黒いマント、かっこいいなぁ」

ウィルは思わず見惚れてしまった。中学二年生(十四歳)の心の琴線に触れたようだ。一方ユーノは、特に感じるところがなかったようで、真面目に分析する。

「彼女の魔法はミッド式ですね。管理局のかたでしょうか?」

「……可能性はあるけど、到着するにはちょっと早すぎるな。ユーノ君の結界に侵入できる以上、彼女はおれよりランクが上の魔導師だ。仮におれたちに敵対する行動をとるとなれば、結構危険なことになるね。とはいえ、管理世界の人間ならこっちの言い分もわかってくれるとは思うんだけどね――犯罪者でない限りは。
 ユーノ君は、なのはちゃんと合流して離れたところで待機していてくれ」

「わかりました。ウィルさんは――」

「何物かはわからないけれど、見たところジュエルシードの封印が目的みたいだ。封印中に声をかけても向こうも混乱するだけだから、終わるのを待ってから話しかけるよ」

心の中で、少しは魔力を使ってくれれば対処が楽だし、と付け加える。
ユーノはこちらに向かっているであろうなのはと合流するために駆けだし、茂みの奥に消えていった。



その間に彼女は倒れた猫にさらに魔力弾を撃ち込む。そして、猫が回避できないのを確認すると、デバイスから砲撃魔法を放ちジュエルシードの封印を完了させた。一連の動きは流れるようで非の打ちどころがない。
そして、少女はジュエルシードを回収するために動こうとする。

「ちょっと待った!」

その言葉にも、少女は驚かずに振り返った。それもそうだろう、結界の中に侵入したのだから、自分以外の魔導師の存在くらいは想定しているはずだ。

「そこのかっこいいマントの少女よ、自分は時空管理局のウィリアム・カルマンと申します。そちらの氏名と所属を述べてください。また、管理外世界での活動は管理局法によって禁じられています。正当な理由があれば考慮しますので、この場で述べていただきたい」

「時空管理局の魔導師……!」

黒の少女は驚いたような顔をする。彼女も管理局の魔導師がいるとは思わなかったのか。

「あとは……そのロストロギアは管理局の介在のもとで輸送中に紛失したものであり、その回収における優先権は管理局と発掘者にあります。ですので――譲っていただけないかなぁ……なんて」

「……申し訳ないけれど」彼女はデバイスの形状を杖から鎌へと変化させ、明確に宣言する。

「ロストロギア、ジュエルシードはいただきます」

管理局に敵対するということを。その姿は黒いマントと合わさって、悪魔か死神のよう見える。
彼女はデバイスを構えると、まっすぐウィルの方に飛んできた。

≪戦闘になった。二人はおれが指示するまで、じっと隠れていてくれ≫

ウィルはなのはとユーノに対して念話を送る。
なのはの砲撃の威力なら直撃すれば間違いなく倒せる。それを使わないのはもったいないが、こればかりは仕方ない。
なのはは魔法と出会ったばかりだというのに、二十を越えるサーチャーを操ることができる高度な思念制御と、高い魔力を利用した高威力の砲撃魔法を行使できるほどの優れた素質を持っている。しかし、どれだけ才能にあふれた子だとしても、ついこの間まで――いや、今でもただの女の子だ。戦闘訓練を積んだわけでもない彼女が、魔導士を相手にする戦場に出るのは危険が大きすぎる。

それに、ウィルのような高速機動型の空戦魔導師にとって、連携訓練を行っていない未熟な仲間と共に闘うのは非常に怖い――誤射される恐れがあるからだ。気を失ってバリアジャケットが解除された状態で落ちれば、魔導師といえど簡単に死んでしまう。
空戦魔導師に自分一人で戦うような『エース』や、気を失っても簡単な魔法なら自動的に行使してくれるインテリジェントデバイスを使う者が多い理由である。




少女は飛行状態から切りつけてきた。
剣で防いだものの、速度がのった彼女の一撃を立っているだけのウィルが受け止めれば、その衝撃を受け止めきれずに後方に吹き飛ばされる。だが、ウィルもそれに逆らわないように自ら後方に飛んだので、ダメージは少ない。

すぐさま飛行魔法によって空中で体勢を立て直し、ウィルを追撃しようと向かって来ていた少女に向かって、こちらも正面から突撃する。
ぶつかりあう剣と鎌。
加速力はウィルの方が上のようで、ぶつかり合う時には、お互いの速度は同程度だった。速度に大した差がなければ、互いの膂力と重量が優勢を決する。ウィルは少女に比べて、身長は五割増、体重は三倍弱と、体格でははるかに勝っている。
よって、今回吹き飛ばされたのは、少女の方だった。
配役を入れ替えて先ほどの光景が再現される。しかし、その後は少し異なり、少女は追撃するウィルを直射弾で牽制し、その間に距離をとって体勢をたてなおす。


二人は森の上空に出て、百メートルほど離れてにらみあう。
速度はウィルの方がわずかに上。しかし、遠距離魔法に決定的な差がある。ウィルの魔法では、格下ならともかく同等以上の相手には有効打にはならないだろう。一方の少女は先ほどの封印の手並みから考えても、接近戦と同程度には遠距離戦もできると思われる。

(遠距離魔法を組み合わせて隙を作って、接近戦に持ち込むしかないか)

先に動いたのは彼女だった。体の周囲に浮かべたスフィアから弾が次々と放たれる。ウィルも回避しながらスティンガーレイを放つが、少女のバリアの前に阻まれる。
少女はこちらを近寄らせないようにして、一定の距離を維持しながら攻撃をしている。先ほどの一撃で、こちらが遠距離が得意ではないことがわかったのだろう。
少しずつ弾の密度を上げ、回避を難しくさせて始めている。

とはいえ、ウィルも空戦魔導師のはしくれ、単純な直射弾なら簡単にかわすことができる。
狙いをつけ難くさせるために常に移動しながら、相手の隙を窺い続ける。


少女もこのままでは仕留められないことを理解したのか、その挙動に変化が起こる。
これだけ離れているにも関わらず、ウィルを切り裂かんとばかりに、鎌状のデバイスを振るったのだ。

『Arc Saber』

すると、鎌の刃を形成していた光刃がデバイスから離れ、回転しながら飛んでくる。その機動は不規則でとらえどころなく、避けることに集中して、一瞬彼女から目を離してしまった。

そして、ウィルが視線を彼女へと戻すと、彼女は先ほどまでいた場所から、忽然と姿を消していた。

『Blits Action』

デバイスの音声だけが空に響く。
その直後に聞こえた風を切る音に悪寒を覚え、とっさに音と逆の方向に逃げる。


背中に衝撃が走る。
攻撃された――どうやって?
先ほどまで自分がいた場所を確認する。その場にはあの少女がいた。
高速移動――それも恐ろしいほど速い。

ウィルが姿を見失ったということは、百メートルの距離をまっすぐ突っ込んできたわけではなく、目を欺くために、迂回して接近したのだろう。
目を離した時間はわずか一秒程度――ということは、彼女はほとんど静止した状態から、一瞬で亜音速の飛行速度まで加速した、ということなのだろう。
それはつまり、少女にウィルが唯一勝っていた点、速度と加速力までも相手の方が上だ、ということ。

幸い直前に動いたおかげで、深く斬られることはなかった。相手が非殺傷設定だったのも幸いだっただろう。殺傷設定なら流血で戦闘が続行できなかっただろうから。

追撃の魔力弾から逃れるために、高度を下げ、森の中へ隠れる。
ここなら葉が旺盛についた木々で視界が通らないおかげで、遠距離魔法で空から狙われることもなく、木が邪魔になるので、先ほどのような高速移動で近づくこともできない。
木の影に身を潜めながら、空に留まる少女を見る。
森の中からの不意打ちを警戒して、少女は上昇して高度をとり、光刃を飛ばす技で木を切り倒したり、サーチャーを飛ばしたりして、ウィルを探し始める。



こちらが勝っている点は一つもないという絶望的な状況。
しかし、先ほどの攻撃でわかったことがある。
まず、回避したウィルに対して、あの高速移動を使用して追撃しなかったこと。
そして、あれだけのスピードがありながら、即座にジュエルシードを回収して逃げるようとせずに、ウィルの相手をしていること。
その二点から、あの高速移動は連続で行使することはできないと推測される。

(なら、付け入るすきはある)

≪なのはちゃん、ユーノ、聞こえるか?聞こえてたら、返事をしてくれ≫

≪は、はい。聞こえてます≫と、ユーノが返事をする。

≪なのはちゃんに現在の状況は伝えているよね?ちょっと危険かもしれないけど、今からおれの指示通りに動いてくれ。
 まず、ユーノ君は結界を解除するんだ。その後すぐにおれが張り直して、新しい結界の中にはおれとあの少女だけを残す。
 それから二人は――≫


結界が解除される。そして、ほとんど同時にウィルが結界を張り直す。
少女は一瞬戸惑ったようだが、特に変化がなかったので、再びウィルを探し始めた。


作戦を伝えている間に、ウィルは森の中を移動して、ジュエルシードが見える場所まで移動する。
狙うのは、少女がジュエルシードを回収しようとするその瞬間。
彼女も、いつまでも森に隠れているウィルを探そうとはしない。いつか必ず、ジュエルシードに向かうはずだ。その瞬間を狙う。

あとは、普通に向かうのか、それとも例の高速移動で向かうのか。



少女が動いた――高速移動の方だ。
こうやってじっと見ていても、一瞬見失うかというほどの加速、静から動へ移る時のタイムラグがほとんど存在しない。
常人では捉えることは不可能。近距離で使われれば、同じく高速機動型であり高い動体視力を持つウィルでさえ、完全に目で追えかどうかはわからない。

ウィルも飛行する。森の木々をかいくぐり、加速。
そして、彼女がジュエルシードに手にした時、すでに十分な速度をもったウィルが森から飛び出した。
少女までの距離は三十メートル程度。高速移動が使用できない少女が回避することは不可能な距離だ。

そして、剣を振ろうとした瞬間、体が拘束された。

――設置型のバインド。
ウィルの体は、少女まで後数メートルというところで、空中に固定された。

ウィルは少女の隙をつこうとしたが、少女が自分に隙ができることを、自分の技の欠点をつかれることを予想していないということがあるだろうか。

否。

少女は自ら隙の隙を認識したうえで、それを逆手にとって罠にかけたのだ。
バインドは強力で、すぐには破れそうにない。
それをわかっている少女は、わざわざウィルを攻撃しようとせずに、そのまま飛び去ろうとする。


その時、ウィルは結界を解く。
少女の背後に、レイジングハートを構えたなのはが現れる。
その先には桃色の魔力光――砲撃魔法ディバインバスターの発射準備が完了している。


策の内容は簡単。
なのはが結界外で、砲撃魔法の準備をする。結界内からは結界外は見えない以上、その姿に気付かれることはない。
少女がジュエルシードを回収に行くことはわかっていたので、その地点のすぐ傍で準備をしていれば、至近距離からの不意打ちができる。
ウィルの不意打ちが成功すれば良し、失敗しても成功しても、すかさずなのはが砲撃を叩きこむ。
なのはの砲撃の威力を考えれば、無防備にくらえば間違いなく昏倒する。

少女も自分の背後のなのはに気付くが、もう遅い。今からでは回避できない。

そして、なのはが魔法を――――撃たない。
ウィルの顔に、初めて焦りが浮かんだ――なぜ撃たない!


三者とも、その状況でにらみ合うことになってしまった。
ウィルはバインドで動けない。
少女は狙われていて動くに動けない。
そしてなのはは、なぜか撃たない。
はたから見れば間抜けにも程がある。

「あ、あのっ――」

なのはが少女に対して何かを言おうとして、口を開く。それで呪縛が解けたかのように(実際は時間がたったおかげで使えるようになったのだろう)、少女は例の高速移動で上空に移動した。

こちらを見下ろし、そのまま何も言わずに街の方へと飛んでいった。
それから数秒後に、ようやくバインドがとけた。




「ごめんなさい。あの――」

彼女が見えなくなった後で、なのはが何かを言おうとするが、ウィルはそれを遮った。

「いや、気にしなくていいよ。今回はおれのミスだ」

笑顔でそういいながらも、ウィルは己の失策を悔いていた。
いくら覚悟があっても、なのはは最近まで魔法の力を持たないただの女の子で、今も精神的にはただの女の子だ。非殺傷設定とはいえ、いきなり人を撃てと言われても撃てるものではない。その相手が自分と同じような年齢の子供ならなおさらだ。
なのに、部下を指揮する時と同じように扱ってしまった。

(普段ならこんなミスはしないのにな)

なのはの非凡な才能と、街を守ろうとする強い意思を知ったせいで、思わず頼ってしまったのだろうか。
ともかく、このままではあの少女との戦いに、なのはを使うことはできない。
かといって、なのはが彼女を撃てるように訓練させる、などといった行為もできない。ただの少女に人を傷つける行為を強いるのはあまりに下卑たことだし、なにより、即席では使い物にならない。訓練校を卒業したばかりのノービスが、実戦で人間相手に戦えないことが多々あることが、それを示している。

(結局、おれ一人でやるしかないってことだよな)

ウィルはシュタイクアイゼンを腕輪に戻すと、ネックレス――待機状態のエンジェルハイロゥにそっと触れた。
数日もすれば、これの修復も終わる。
この暴虐的な力が使えるようになれば、一人でもあの子と戦うことができるだろう。





次の日の早朝、ノエルは森の中を歩いていた。昇り始めたばかりの太陽の光が、木々の葉の隙間から漏れだし、まぶしくて思わず目を細める。
昨日の昼、自らの主の月村忍と、彼女の恋人の高町恭也。彼らと共にいた部屋の窓から、森に何か大きなモノがいるのが見えた――ような気がした。それは一瞬のことで、それからは何も見えなかったのだが、それでも何となく気になってしまい、朝の散歩を兼ねてその辺りの様子を見に来たのだった。

結論からいえば、彼女はその大きなモノがなんだったのか、それはこの散歩ではわからなかった。

「あら……これは」

その代わり、彼女は切り倒された木々を見つける。その切断面は、非常に鮮やかなもので、どんな道具を使えばこんなに見事に切れるのだろうか皆目見当がつかない。しかも、木に登らなければ切れないような場所が切られていたり、幹が真っ二つにされているものもあった。

彼女は、そのまま屋敷に戻る。

「お嬢様、少しお話が――」




(後書き)

ウィルが木を切って、それをホームラン(フェイトVSスカリエッティみたいに)することで飛び道具代りにするとか
ホームランした木にバインドをかけることで、木を空中に固定して障害物とする――という方法でフェイトの遠距離攻撃を防ぐとか
変な戦法をいろいろ考えては没にしていました。

ちなみに、このSS中での速度はこんな感じです(数値は最高速)
フェイト(ブリッツアクション):250m/sec 亜音速飛行と超加速
ウィル(通常):180m/sec 加速性能良
フェイト(通常):180m/sec
真ソニックとかトーレは常時音速以上のイメージ。レーダーを振りきるには、実際はどの程度の速度が必要なんでしょうか?



[25889] 第7話(前編) 光輪、あるいは湯煙での邂逅
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/09 23:52
山道を三台の車が進んで行く。
連休に二泊三日で温泉旅行に行くことになり、参加者は高町家と鈴村家、そしてアリサとはやてとウィルの総勢十三名(内一名はフェレット)の大所帯だ。どの車も旅行に対する期待感で活気に満ちているが、その中でも三人ばかり車中でぐっすりと眠っている――なのはとユーノ、そしてウィルだ。
それは、なのはが八神家を訪ね、旅行に誘った時の会話が原因だった。


「温泉旅行?へえ、面白そうだね。はやても行きたいだろ」

時刻は夕方。今日は放課後のジュエルシード探しはないというのに、なのはが八神家を訪ねて来た。ウィルとユーノは朝から別々に捜索をして、なのはが訪ねる少し前に八神家に帰って来たばかりだった。そして、ウィルは朝にやり忘れていた風呂掃除を行っていたのだが、急になのはに呼ばれて、旅行の話を聞かされた。

「うん!でもええんかな……みんなとは会ったばかりやのに、こんなにお世話になって」

「もちろん!」と首を縦にふるなのは。

「だ、そうだよ。それだけの大所帯なら、安心して任せられるね。いってらっしゃい」

「?ウィルさんは行かないの?」

その言葉が予想外だったようで、なのはがきょとんとした表情で問いかける。

「行かないよ。その間にこの街でジュエルシードが発動したら、誰が対処するんだい?」

「あ!そ、そっか……それじゃあ、わたしも行くの、やめようかな……」

言われて初めてそのことに気付いたようで、なのはは愕然とした表情をしていたが、それでもジュエルシードを優先させようとする。それを見て、ウィルはなのはは責任感が強すぎるのではないかと、少々不安に思った。
そこにコーヒーを飲んでいたユーノが(八神家では人間の姿ですごしている)話に加わる。

「大丈夫ですよ。旅館は山にありますから自動車では時間がかかりますけど、海鳴市内だから直線距離は大したことありません。巨大樹のような規模でジュエルシードが活性化した場合、旅館に居ても気付けるはずです。空を飛べばすぐに駆け付けることもできます。
 それに、最近はジュエルシードも見つかってないですから、なのはもウィルさんも、たまにはジュエルシードのことを忘れて休んでも良いと思いますよ」

「私も泊まりでウィルさんを残していくっていうのは、ちょっとなぁ。一緒に行かへん?」

ユーノの支援に、はやてのおねだり、そして再びユーノがたたみかけるよう。

「ウィルさんはなのはの監督責任があるでしょう?旅行先でジュエルシードが見つかって、なのはが対処する、という事態になるかもしれません。単にジュエルシードだけならなのはでも大丈夫ですけど……」

ユーノは言葉を濁すが、おそらく先日出会ったあの少女――ジュエルシードの探索者のことを言いたいのだろう。

「そうだなぁ……わかった、行かせてもらうよ。その代わり、前日は念入りに街の周辺を捜索して、活性化しかけているジュエルシードがないかどうか調べよう。ユーノ君、手伝ってくれるかい?」

うなずくユーノ。なのはも横で「わたしも手伝います!」と立ちあがる。

「それじゃあ、はやて様、おやつ代を給付していただけますでしょうか」

「仕方ないなぁ。ほら、お小遣いや」

そのようにして渡された一万円の使い方に頭を悩ませているうちに旅行前日になった。
そして、ユーノとウィルは前日にいつも以上に念入りに捜索を行った。なのはも、夜中にこっそりと抜け出して二人を手伝い――その結果、代償として三人は寝不足になったのだった。



一行が止まる温泉宿は、海鳴を囲む山々の中でも、ひときわ大きな山の中腹にある。秋に木々の葉が紅葉するころなどは、県外からも大勢の客が来るらしいが、連休とはいえ四月も半ばのこの時期では訪れる者もほとんどが海鳴の住人である。喫茶店を経営している高町夫妻などは、顔が広いせいか、他の客とすれ違うたびに一言二言挨拶を交わすので、一行はひとまず彼らをおいて先に部屋に向かった。荷物を下ろし、各自が宿に備え付けている浴衣を手にとって、温泉へと向かう。まだ日が傾き始めたころだというのに気が早いかもしれないが、温泉宿に来ているのだ、温泉に入らずして何をする。それに今は客の少ない時間帯だそうで、大所帯の一行は今のうちに入っておいて、他の客の迷惑にならないようにしようという意図もある。
途中で高町夫妻が追いつき、皆で浴場の入り口まで来て、さあ入ろうとなったわけだが、ここで問題が発生した。

「さあユーノ!一緒に入るわよ」アリサがそう言いながら、ユーノの体をむんずと掴む。

それは、女性陣がユーノを女湯へと連れて行こうとしていることだ。
ユーノはその手から逃れようと身をくねらせるが、いかんせんその体は小動物。幼いとはいえ人間の力には対抗できない。

「ア、アリサちゃん……それは止めた方がいいんじゃないかなぁ」

なのはがやんわりと止めようとする。幼くとも、同年代の男の子と風呂に入るのは恥ずかしいらしい。一方、はやてはあまり抵抗感がないのか、何も言わない。

「何でよ」

「ほら、ユーノ君って男の子だし」

「フェレットが雄でも雌でも気にしないわよ」

「……雄じゃなくて、男の子なの」

「なに意味のわからないこと言ってるのよ。ほらユーノ、行くわよ」

しかし、理由を示せない説得に効果はなく、なのはの言葉はあっさりと却下された。
諦めるなのは、困るユーノ。
ユーノは一縷の望みをかけて、ウィルに念話を送った。

≪ウィルさんも見てないで助けて!……ってなんで泣きそうになってるんですか≫

≪いや、今の君と昔のおれがダブって見えて……安心しろ!もちろん助けるよ!≫

ウィルは、女湯の暖簾をくぐりかけていたアリサの手からユーノをつまみ上げると、自分の頭にのせた。

「あ!ちょっと、何するんですか!?」

「残念だが、ユーノはいただくよ。ただでさえ男湯の方は人が少ないんだ、諦めてくれ」

女性陣(なのは除く)からのブーイングを受けつつ、ウィルは男湯に入っていく。正しい行動をとったのに誰にも理解されない――そんな正義の味方の悲哀をなのはは学び、また一つ大きくなったがそれは特に関係ない話だ。



男湯ではウィルたち人間の三人は、湯船に体を沈めている。動物は湯船に入れてはいけないので(風呂場までなら動物を入れて良いというあたり、この旅館も懐が広い)、ユーノは桶に湯を汲んで、その中でゆったりと体を伸ばしている。ぼうっと目をつぶっている間に、湯をこっそり増量して溺れかけさせて、ユーノに噛みつかれるという一幕もあったが、四人とものんびりと湯を楽しんだ。
その次は、サウナを知らないというウィルに一度体験させてみようということで、ユーノを放置して三人でサウナに入る。サウナとは、汗をかくことで体内の老廃物を外に排出するという効果以外にも、古来より我慢大会のための場として使われていたらしい――というわけで勝負だ、いやいや初心者相手にそれはひどいですよ――などといったやりとりの後、三人は並んで座りこむ。
そこで、なのはの父親の士朗が、ウィルに話しかけた。

「ウィル君はなかなか良い身体つきをしているね。何かスポーツをしていたのかい?」

「ええ。空を飛ぶ系を少し……それにしても熱い」嘘は言っていない。

「と言うとハングライダーとか、そういったものかな。ふむ、筋肉のつき方を見る限り、あれは見た目よりずっと厳しいものなんだね。それに、ところどころ傷もあるじゃないか」

「いやいや、士朗さんと恭也さんの方がずっと良い身体をしていますよ。特に士朗さんなんて、見た感じ歴戦の勇士って感じで……まだ五分しかたってないのか」

「ああ、この傷はちょっと――」

「いいえ、聞いたりしませんよ、むしろ頼まれても聞きません。やめろ!話すんじゃない!」

「いや……そこまでのものじゃないよ」

士朗は大柄な体格で、背もウィルや恭也と比べても、頭一つ抜けている。服を着ている時から相当鍛えていることはわかっていたが、こうして裸の姿を見ると、そんな生易しいものではないことがわかる。その体は傷だらけ、刃傷、火傷、銃創と、ありとあらゆる傷と、その治療痕が残っている。人に歴史ありというが、その歴史は気になるものの、怖くて聞きたくない。
恭也は体格自体は士朗に劣るものの、引きしまっていて無駄がない。服の上からでは一般人と変わらなく見えるところなどもウィルと似ているが、密度は恭也の方がさらに上だろう。体も士朗ほどではないが、傷があちこちにある。
二人とも、しっとりと汗をかいているその姿には妙な色気があるが、ウィルにとってはこの熱さの中だというのに、しっとりとしか汗をかいてない二人の身体構造の方が気になって仕方がない。

「もっと楽しい話をしませんか。例えば、女湯って覗けないんですかね」

サウナ内だというのに、空気が凍りつく。それぞれの恋人と伴侶のいる女湯を覗けないか、などというこの言動は、自ら死地に踏み込む愚者そのものだが、その発言の衝撃で二人の質問から方向がそれた。
ちなみに反応はというと、気にせずに笑っている士朗と、さすがに憮然としている恭也、と対照的だ。

「そういえば、この温泉には混浴があるから、そっちに行ったら良いんじゃないかな」

と士朗が提案する。

「おお、いいですね。そろそろ熱さも限界ですから、ちょっと行ってきます」

「サウナを出たら、まずはゆっくりと体に水をかけるんだよ」
「混浴に行っても、今の時間だと誰もいないんじゃないか?」

そんな士朗と恭也の声を聞かず、ウィルは男湯を出て行った。それを確認してから、士朗がつぶやく。

「うーん、逃げられたか」

「わかっているならどうして止めなかったんだ。あの鍛え方は一般人じゃない」

「だが、悪い子でもなさそうだ。忍ちゃんが気にする気持ちもわかるが、あまり心配する必要はないと思うぞ」

「忍のことだけじゃない。父さんも最近のなのはが――特にウィルに出会った頃からおかしいのは知っているだろう」

最近のなのはは帰りが遅く、なかなか家に帰って来ない。そして、街で何をするでもなく一人でぼうっとしていたり、ウィルと思われる人物と一緒にいた――という話を聞いている。いつからそうなったのかと言えば、謎の巨大樹が街中に現れた日、そしてなのはがウィルとはやてに出会った日からだ。
人気の喫茶店の情報収集能力は馬鹿にならない。高町家が本気になれば、この街に住んでいる者の情報程度ならあっという間に知ることができるだろう。家族であるなのはの行動などは、調べるまでもない。現に、常連のご婦人などは「昨日買い物途中になのはちゃんを見かけたわよ」とか「恭也ちゃん、一昨日ずいぶんきれいな人と歩いてたわね、彼女?」と言った話を必ずしてくる(後者は翠屋に手伝いに来ていた忍に聞かれてひどく問い詰められた。以降恭也は接客をせずに厨房を手伝うようになる)

「今のところうろうろとしているだけで、悪いことをしている様子はないんだろう。門限を破ったわけではないのだから、放っておきなさい。単に若い二人が付き合っているだけだったらどうする」

士朗のその言葉で、再びサウナ室内の空気が凍る。恭也はすっと立ち上がり、出口へ向かおうとする。

「……やはり不安だ。問い詰めよう」

「待て待て、そういうことに怒るのは、昔から父親の役目だ。……まあいい。迷惑をかけない範囲で、恭也の好きなようにしなさい」

恭也はそれから部屋に戻る前に、やはりウィルのことが気になって混浴の前までやってきた。もう出たかもしれないし、そもそも来ていない可能性もあるが、一応確認するべきかと悩む。しかし、混浴を確認したことが忍に発覚すれば、恭也はこの旅行の間、機嫌の悪い忍と一緒に過ごさなくてはならない。
やはり帰ろうと思い、恭也が踵を返そうとした時に、混浴から大きな悲鳴が聞こえた。



ウィルが行った混浴は露天風呂になっていた。誰もいなかったが、質問から逃げることが目的だったので気にはしない。温泉の湯は先ほどの男湯と同じ成分であったが、立ち上る温かな湯煙が、時折ひょうと吹く涼しい風を受けて、ゆらりとゆらめく光景などはなかなか視覚を楽しませてくれる。垣根を越えて風呂に浸入している樹の枝の葉が、陽光を受けて輝く様や、その葉がこすれあう音なども乙なものだ。
今までは風呂に入る時には何かをしながら、ということが多かったが、なかなかどうして、このように何もせずにいるというのも良いものだ。初めて露天風呂の存在を聞いた時は、なぜわざわざ屋外に風呂を設置するのかと疑問に思ったが、これはなかなか贅沢な気分を味わえる。

(なるほど、これがわびさびというやつか……違うか?)

しかし、先ほどまで男湯につかっていたので、すぐにのぼせてしまう。これはまずいと風呂から出ようとしたところ、入口からガラガラと戸が開く音が聞こえる。湯煙でその容貌はわからないが、誰かが入ってきたようだ。

湯煙の中から現れたのは、美しい女性だった。ウィルよりも明るい赤髪を無造作に腰元まで伸ばしているが、手入れを怠ってはいないようでその髪は紅玉(林檎)のようなつやがある。タオルを巻いてはいるものの、一枚の布切れ程度ではどうしてもその張りつめた胸元や腰の形を隠せるわけもなく、むしろ湯煙でかすかに湿ったタオルが、体の輪郭をより鮮明に現わしている。
それでも艶めかしさをあまり感じないのは、本人の気質によるものだろうか。目や表情がいたずらをたくらむ悪童のようで、どこか大人の女性という感じがしないのだ。もちろん、だからといって美人であるということに変わりはないのだが。

「ハァーイ」

美女は親しげに話しかけてくる。
――ああ、こんな状況でなければ共に湯船につかりながら話を楽しめたのに、と残念に思いながらも、のぼせかけた状態ではどうしようもなく、挨拶を返して脱衣場に向かうために、彼女の横を通ろうとした。

「あんたが管理局の魔導師かい?」

すれ違いざまにかけられたその一言で、思わず足が止まり、弛緩した空気が一変する。
ウィルにこのようなことを言う人物と言えば――

「先日の黒いマントがかっこいい子のお知り合いですか?」

「??……あ、ああ、あの子が世話になったみたいだから、挨拶くらいしておこうと思ってね」

「仕事ですから、お礼とかは気にしなくても構いませんよ」

ウィルはまずいことになったと考える。デバイスは身につけているものの(脱衣所に置いて盗まれました、ということになればあまりにも情けない)、のぼせた頭ではまともに戦えない。とはいえ結界も張っていないところをみると、向こうもこんなところで本気で戦うつもりはないだろう。何かきっかけがあれば引いてくれるはずだ。
そう考えると、少し余裕が出てくる。ウィルが悲鳴でもあげて、助けを呼べば引いてくれるだろう。かと言って、普通にしてもつまらない。

「安心しな。無駄なことはせずに、ジュエルシードから手を引いてくれれば、何もするつもりはないよ……今のところはね」

「いやぁ、これも仕事なんで、そう簡単には引けないんですよ」

「なら、少し痛い目にあってもらおうかい?」

じりじりと緊張感が高まる。二人とも自然とその場で構えをとる。ウィルはどっしりとその場に根を張るように。対して美女は飛びかかる獣のように。

先に動いたのは美女の方だった。しかし、この濡れた足場では素早く踏み込めない。したがって、その動作には十分に対応できる。問題はこちらも同様に足場が悪いこと。戦うのはよろしくない――ならば。
ウィルは、その場に尻もちをつくようにして攻撃を避ける。美女は尻もちをついたウィルに掴みかかろうとするが、それよりも速く、ウィルは美女の巻いているタオルの端をにぎり、そのままはぎ取った。
そして――

「キャーー!!誰かァーー!!」

『ウィルが』悲鳴をあげた。一方、美女は突然のことに困惑して硬直している。

「どうした!!」

悲鳴を聞きつけ、ガラガラっと戸を開けて入ってきたのは恭也だった。全裸の女性に一瞬たじろぐが、極力見ないようにしながら駆けよってくる。少し遅れて従業員らしき女性もやってきて、ウィルはその二人に訴えかけた。

「こ、この女の人が急に裸で襲いかかってきたんです!今もぼくを組み敷こうと――」

その言葉に女性の方を見る二人。恭也は見てすぐに目をそらしたが。
たしかに状況だけ見れば、全裸の女性が、しゃがみこんだウィルに襲いかかろうとしているように見える。はぎ取ったタオルなど、とうに離れたところに放ってある。

「こ、これは……」

「こ、困りますよ、お客さん。ここはそういうところじゃないんですから」従業員は慌てて女性を制止し、落ちてあるタオルを渡そうとする。

「ち、違うっ!別にそういう意味で襲おうなんて――」

「いまさら言い逃れようっていうの!?この変態!!」

弁解する美女の台詞を遮るようにして、ウィルがさらに煽る。

「いや……あたしは――くそっ、覚えときな!」

美女は逃げるようにして脱衣所に走って消えた。


浴場から出て部屋に戻ると、なのはが念話で話しかけてきた。

≪さっきお風呂から出た時に、オレンジっぽい髪の女の人が話しかけてきたんです!それで、念話でわたしたちに注意、っていうか警告してきたんですけど、ウィルさんの方は大丈夫ですか!?≫

≪おれも出会ったよ。こっちも警告だったから大丈夫だ。しかし――≫

≪どうかしましたか?……あ、鼻血が出てますよ≫

≪ごめん、ティッシュ貸して……いやあ、いいプロポーションだったなあ≫




夕飯を食した後で、ウィルとユーノは夜風を楽しむと言って外に出て、ぶらりぶらりと森を歩き始めた。
先ほどの美女は、単にくつろぎに来たわけではないだろう。おそらくジュエルシードの捜索が目的だとあたりをつけ、二人で捜索のために旅館を出て来た。なのはは自分も手伝うと言っていたが――家族や友人に怪しまれると今後が大変だ。何かあったら呼ぶから心配しないで――と適当に言って旅館に置いてきた。
人気のないところまで来ると、ユーノがぽつりぽつりと話し始める。

「僕は、最初は自分一人でジュエルシードの捜索をするつもりでした。それなのに、いつの間にかなのはを巻き込んでしまった」

「初めて出会った時もそんな話をしたよね。悪い面ばかりみても仕方がないよ。なのはがいなければ、あの巨大樹の解決には時間がかかっただろう。なのはがいたからこそ、迅速に解決できて、被害もあれだけですんだんだ」

「いえ、そのことはもうわりきりました。また前みたいに落ち込んだりしませんよ。……僕が言いたいのは、これからのなのはのことです。なのはには、もうこれ以上魔法に関わって欲しくないんです。この事件だけじゃなくて、次元世界のことも忘れて、元のように普通の少女として暮らして欲しい。
でも、増援に来る管理局は、管理外世界に強力な魔導師が存在することを放っておかないでしょう?だから、管理局はなのはをどんなふうに扱うつもりなのか教えてほしいんです」

「たとえ強力な魔導師でも、当人が望まないなら連れていったりはしないさ。普通は定期的に報告をして、時折監査を受けてもらえればいい……んだけど……これからの管理局は深刻な人手不足に陥るって言われていてね、そのせいで勧誘が激しくなっているんだ。だから、人によっては結構強引に管理局に引き込もうとするかもしれないな」

ユーノはそれを聞いて、顔を曇らせながらも、納得したような顔を浮かべる。

「たしかに。これから二十年間で、管理世界の数が倍以上になるって言われていますからね」

ウィルも管理世界が急増するということは噂程度には聞いていたが、ユーノが言った数は予想以上のものだった。管理局は百五十年前に基礎がつくられ、六十年前に現在の組織構造が完成した。新暦六十五年の現在、管理世界の数は三十程度である。百五十年の歴史の中でその程度の数なのに、そんな短期間で倍以上とは、どんな理由があるのだろうか。そう思って、ユーノに聞いてみる。

「なんでそんなに増えるのか、知ってる?」

「旧暦四百六十二年の次元断層は知ってますか?」

「ああ、次元断層がきっかけとなって、近隣世界をまとめて滅ぼすような大次元震が発生した事件だろ」

「ええ。次元震はいくつかの世界を滅ぼしただけでなく、その余波は理論上多くの次元世界に届いたと言われています。その中には、いまだ次元航行技術を持っていないながらも、その余波――つまり、何もない空間に突如膨大なエネルギー波が発生したということ、そしてそれが別の世界からのものであること――を認識できるだけの技術力を持った世界が数多くありました。今から増える世界というのはほとんどがそういった世界なんです」

「つまり、五百年前まで次元世界の存在を知らなかったいくつもの世界が、次元断層のせいで一斉に自分たち以外の世界の存在を知ってしまった。そして、それをきっかけにして多くの世界が次元世界に関する研究を初めて、五百年たった今、次元航行技術を獲得した世界たちが次元世界に進出を始めた、ってわけか」

「はい。もちろん次元航行技術の獲得にかかる年数は世界ごとに差があります。でも、さまざまな分野の発展が必要になりますから、無知な状態から始めたと仮定すれば、結局どの世界も五百年程度はかかってしまう……らしいです」

「増え続ける管理世界と犯罪者、変わらず存在するロストロギア、新規参入する世界はまだ次元の海に飛び立ったばかりの雛たちばかりで、雛を守るために駐留部隊を増やさなければならない。海は海で世界間の調停の仕事が忙しくなるだろうし……。
 確かに人手が足りなくなるって言われるわけだ」

「激動の時代が始まりますね」

「ようやく次元世界も昔に比べて平和になったらしいのになぁ……ミッドの治安が乱れたら、また親父の胃に穴があきそうだ」

二人でため息をつく。後一月もしないうちに、自分たちがそんな危険が満載の世界に戻らないといけないという現実を思い出して憂鬱になるほど、この世界は、この日本という国は平穏に満ちていた。

「なのはには管理世界に関わらずに、この世界で平和に暮らして欲しい。だから、管理局には、なのはの存在を秘密にしておきたいんです」

「管理局の一員としては反対するべきなんだけど、個人としてはその意見に賛同するよ。おれが言えたことじゃないと思うけど、自分よりも小さな子を戦わせたくはない」

それに、なのはは少女を撃てなかった。それは人として正しいあり方だと思う。思うが、それでは魔法の飛び交う戦場に来る資格はない。

「でも、今のままだとそれは無理だ。管理局がおれたちに接触するタイミングは、活性化するジュエルシードを封印しようとする時だ。でも、介入する前に状況を把握するために観察をおこなう。今までのようにおれと一緒に捜索して、いつものようにサーチャーを使っているところを見られたら、それで終わりだ」

「つまり、この件から完全に手を引かせる必要があるんですね?」

「そうだね、この旅行から帰ったら、二人でなのはちゃんを説得してみるか?」

それは、ウィルにとってあまり取りたくない手段だ。
この説得でなのはを完璧に説得できなければ、以降なのはが独自に動き、ウィルと謎の少女の二者の争奪戦に介入してくる危険さえある。それを考えれば手元に置いて制御できるようにしておいた方がまだ良い。ただ、謎の少女という明確な敵がいる今なら、怪我をする危険性をしっかり伝えれば、なのはも説得を聞いてくれるかもしれない。

「そうですね。なのはには悪いけど、それが良いと思います」


「でも、ユーノ君はそれでいいの?このまま別れたら二度と会えないよ。なのはのこと、気になっているんだろ?」

「なっ!何を言ってるんですか!?別に僕はそんな風には……それならウィルさんはどうなんですか、はやてと会えなくなるんですよ」

「知ってるか?イイ男っていうのは、つらい時に強がりを言って、ニヤリと笑えるタフな男のことを言うんだぜ。
 だから、おれは平気さ」

そう言って、ニヤリと笑う。

「じゃあ、僕も平気です」

そう言って、ユーノも笑う――フェレット姿だと判別がつきにくいが、口角が上がっているので、多分笑っているのだろう。

お互い馬鹿だねぇと言いながら、男二人は森の中を歩いていった。



ジュエルシードの気配を感知したのは、それから数分後のことだった。
二人は、なのはには伝えずに走ってその場に向かった。

しかし、旅館にいるなのはにも、その気配は感じられた。彼女はこっそりと部屋を抜け出し、飛行魔法を行使する。
そうして、なのはもまた、その場へと向かったのだった。



[25889] 第7話(中編) 光輪、あるいは高町なのはの半生
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/17 22:56
二人が駆け付けた先は、旅館から市外への途中の橋だった。その下の河原が淡く光っているのは月光のせいだけではない。わずかに活性化するジュエルシードの魔力光が、周囲をほのかに照らしている。
欄干の上には先日の少女が立っており、橋の真中に五条橋の弁慶のごとく仁王立ちしているのは、風呂で出会った美女だった。

「おや、昼間の痴女じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」

軽口をたたくウィルに、怒りで顔を赤くさせながら美女は怒鳴る。

「あ、あんたはまだ言うのかい!
 ああもう!おとなしく引くんなら見逃すつもりだったけど、あんたは一回噛まなきゃ気がすまないよ!!」

美女の髪が揺らめき、重力に逆らって空を向く。まさに怒髪天。
それはともかく、そのまま美女は身をかがめ、その姿を赤毛の狼へと変貌させた。ユーノのように変身魔法を行使したわけではない。つまり彼女は――

「その子の使い魔か。しかも上質だな」

使い魔は月まで響けと咆哮をあげ、それを開戦の号砲としてウィルに向かって跳びかかる。デバイスを起動して迎え撃とうとするが、その前にユーノがウィルの肩から飛び降りた。そのままウィルの前に出ると、シールドを展開して使い魔の攻撃を防ぎ、間髪いれず自身と使い魔だけを巻き込むようにして転送魔法を行使する。

「使い魔の方は僕に任せて!」

その声を残して、ユーノと使い魔の姿はその場から消えた。少し遅れて周囲一帯を覆う結界が張られる。
その場に残された二人は互いに視線をそらすことなく、夜空へと浮かび上がる。

「もう、油断はしない――バルディッシュ、セットアップ」
『Yes,sir. Set up.』

少女はその身を黒いバリアジャケットで包み、その手にデバイスを握りしめた。

「シュタイクアイゼン、エンジェルハイロゥ、セットアップ」
『Yes,sir. Set up.』
『Yes,my Lover. Set up.』

右手に剣、両脚に銀色のブーツ。そして、その身をブラウンのバリアジャケットで包む。


『Brits action.』

以前と同様に、少女が高速移動でウィルの背後に回り込む。しかし、その場にはすでに誰もいなかった。ウィルは少女と同時に動き、先ほど少女がいた場所からさらに離れたところまで移動している。

「ベルカ式、って知ってる?」

戦いが始まっているにもかかわらず、淡々と言葉を紡ぎ始める。

「ベルカ式――狭義で言うところの、武器型(アームド)デバイスを使用した戦闘法のこと。
 ミッド式は純粋に魔力のみで構成された魔法を使うことで、対象の身体を損傷させず、リンカーコアに蓄積した魔力に働きかけてその魔力蓄積機能を阻害させる、という非殺傷設定を用いることができる。
 対して、ベルカ式は魔力を用いて物理攻撃そのものを強化させるから、攻撃を非殺傷設定にすることはできない。だから――」

そうして、自分のデバイス、片刃剣シュタイクアイゼンの刃の部分をそっとなでる。

「バリアジャケットで止められなければ、普通に刃物で切られることになる。たとえ峰打ちでも、鈍器で殴られるのと変わらない。
 ……なんでこんなに長々と話しているのか、わかるよね?」

厳密には、完全に非殺傷設定にできないわけではない。
例えば、魔力を用いて剣速を高める場合――これは剣で斬ることで相手にダメージを与えるので非殺傷は無理だ。しかし、魔力を剣にのせ、剣による物理攻撃で相手の防御を破ってから魔力を叩きこむ――これなら、相手にダメージを与えるのは魔力による一撃なので非殺傷が可能だ(あくまで理論上は。物理攻撃の威力を強くしすぎて、バリアジャケットを貫通してダメージを与えてしまうことが多いので、現実的ではない)
しかし、講義をしているわけではないので厳密に語る必要はない。
発言の意図は、これからの戦闘の危険性を相手に認識させることにある。つまり退かなければ殺し合うことになるぞ、という脅し。

「警告だ。すみやかに投降し、ジュエルシードを渡せ。抵抗するようなら命の保証はできない」

しかし、その最後通告に対し、少女は首を横に振った。

「そう……じゃあ――死ね」



ウィルは言い終わると同時に突撃する。自らの言葉を伝える空気の振動を追うように。
そして瞬時に追いつき、追い越す。

その瞬間、夜空に光の輪が現れる。
それは衝撃波。物体が音速に至った時に発生する空気の層――ソニックブーム。
ただの円状の空気の層にも関わらず、月の光を受けて薄く輝くその様は、天使の光輪(エンジェルハイロゥ)のような神々しさがある。

『Defensor』

少女に代わり、少女がバルディッシュと呼んでいた彼女のデバイスが、自動防御としてバリアを展開する。動作速度が劣るインテリジェントデバイスにしては驚異の速度だ――が、それは薄紙のように貫かれた。
それでも無意味だったわけではない。そのわずかな隙に少女は高速移動、ブリッツアクションで突撃を回避する。
驚嘆すべきは突撃の威力。ウィルは剣に魔力をほとんど付加していない。これは、ただの速度と重量による物理攻撃。
そして、少女の行動もまた称賛されるべきである。バリアで生じた一瞬の間に、高速移動を発動させたのだから。ほんの少しでも遅れていれば、今頃決着がついていただろう。

ウィルはそのまま片時も止まらずに飛行を続ける。常に音速以上で飛行できるわけではないが、それでも少女の高速移動とほとんど変わらない程度の速度を維持している。
この驚異的な速度が、ウィルのもう一つのデバイスの力。


両足に装着しているブーツ型デバイス――飛行補助ストレージデバイス『エンジェルハイロゥ』
その仕組みは地球におけるジェットエンジンの仕組みに良く似ており、空気を噴出させることで推進力を得ている。ジェットエンジンは吸入し圧縮した空気に燃焼によってエネルギーを与えるが、このデバイスではウィルの魔力変換資質:キネティックエネルギーによって、空気に運動エネルギーそのものを与えている点が異なる。
特徴的な点は、噴出口となるノズルがブーツの底、つまり足の裏についていること。そもそも、単に加速に使うだけであれば、両足よりも背中に背負った方がよほど安定する。足では、微細なずれが飛行姿勢に大きく影響してしまうというのに。

その理由は――

前方からの複数の魔力弾。
まず、左足を斜め左後ろに向けることで、進路を前方から、少し斜め右前方に変え、直射弾の隙間を通りぬける。
しかし、その先にはもう一つ魔力弾が迫っていた。
ウィルは上体を起こし、片足を前方へ向け、前進のベクトルを打ち消す。そして、もう片足を地に向けることで、上方へと移動して回避する。

足と姿勢を変えながら飛行するその姿は、空中をリンクとして踊るスケーターのようだ。

これが理由。
脚を動かすことで空気の噴出する方向を変更し、自在に飛行軌道を変化させる。それがこのデバイスの企画意図。通常の飛行魔法と併用することで、加速性能だけでなく、旋回性能をも上昇させている。


この状態になれば、単なる直射弾は警戒するに値しない。
それらを回避しながら、闘牛士を狙う牛のように少女に突撃し、インメルマンターンで反転して再度突撃を繰り返す。

 突撃!!(チャージ)
 突撃!!(チャージ)
 突撃!!(チャージ)

少女は高速移動で回避するも防戦一方。さりとてウィルも致命的な一撃を与えておらず、油断できる状況ではない。お互いの攻撃力と装甲の薄さを考えると、先に一発当てた方が勝つのだから。
安全に勝つためには、この状況で少女がどのように考えるのか――彼女の戦術を予測し、その裏をかく必要があるが、それはウィルの得意分野だ。
ウィルは自分と戦うものがどのように考えるか、十分に把握している。地上に配属されて以来、模擬線の相手は自分よりランクの低く――そして実戦経験の豊富な魔導師たちがほとんどだった。そういった者たちが、いかにしてランク上位の魔導師を倒そうとするのか。それをいやというほど経験してきた。
士官学校を卒業し、望むなら海で戦うこともできたにも関わらず、わざわざ陸で戦っていた理由。それは、弱者が強者に勝つための技を知り、身につけるためだ。

それも全ては、いつか戦う強大な敵を――闇の書と、それを守護する騎士たちをこの手で倒すため。
魔導師では騎士には勝てないと言われている。魔導師が劣っているわけではないが、一対一かつ適度な距離で戦った場合、たしかに騎士の方が有利だ。両者の違いを端的に表現するなら、状況を構築するのがミッドの魔導師、状況を制圧するのがベルカの騎士、というところだろうか。
ウィルは、ただベルカの騎士を倒すために、自身の先天的な能力を利用した超高速機動のみを鍛え上げた。

そのようにして鍛えて来たからこその自負がある。
たかだかちょっとランクが上の魔導師に――しかも、自身の三分の二程度しか生きてない子供に、負けるわけにはいかないという自負が。
とはいえ、

(もし、あの子が使い魔を作ってなかったら、この状態でも勝てなかったかもしれない。使い魔にリソースを割いて、なおこの強さ……天才ってのはいるもんだ)


気を取り直して、少女の戦術を予想する。
今のウィルの速度と旋回性の前では、もはや単なる直射弾はあたらない。あてるなら、複数の誘導弾を用いて逃げ道をふさぐように追い込むか、もっと広範囲――面を制圧するくらいの攻撃でなければならない。少女は今まで誘導弾を使用していないので、前者の心配はしなくていいだろう。後者はこの速度で移動するウィルが逃げられない魔法など、詠唱魔法クラスでもない限りは無理だ。
ウィルの攻撃は、突撃と突撃の間には時間がある。騎兵でもそうだが、高速で突撃し、転身して再び向かってくるまでには時間がかかる。それでも速度と加速力自体が尋常ではないので、その間はせいぜい数秒程度。詠唱を必要とする魔法を唱える時間はない。

ならばどうするか。近接型にとって厄介なのは、以前のようにバインドを設置されること。
だが、月が出ているとはいえ、この夜空では設置時に発生する魔力光で簡単にわかる。それに、そもそもウィルの突撃時の速度なら、バインドが対象を感知して構成される前にその範囲を抜け出ることができる。たとえ間に合ったとしても、超高速で飛行している――つまり莫大な運動エネルギーを持っているウィルを捕えるには、余程の強度をもったバインドでなければ不可能だ。つまり、目の前を通り過ぎる人間をロープで捕えることは比較的簡単だが、走っている車を相手に同じことをするのは難しい――というのと同じような理屈だ。

となると、少女のとる行動はカウンターだろう。相手の突撃に合わせて、無詠唱で最大の威力の一撃を叩きこんでくる可能性が高い。


そのまま突撃を繰り返す。そして、数回目の突撃で

「サンダースマッシャー!!」

予想通り、迎え撃つようにして、少女の雷撃が飛んできた。

そして、ウィルはその魔法を回避し、少女はその回避した方向に目を向け――そこに誰もいないことに一瞬気をとられ、次の瞬間には異なる方向からのウィルの攻撃を受け、吹き飛ばされた。



飛行魔法というものは、基礎にして最も奥が深い魔法である。
飛行自体はほとんどの魔導師ができるのに、空戦魔導師の数は陸戦に比べてはるかに少ない。それは、ただ飛べるだけではなく、様々なマニューバ(飛行機動)を習得しなければ実戦では使い物にならないからだ。
今でも教導隊では新しいマニューバが検討され続け、歴史上でも多くのマニューバが考案され、そして廃棄されてきた。その中には、優れていながらも使い手がいなかったがために、歴史に埋もれたものがいくつも存在する。

その一つ、『バレルロール』

進行方向を変えることなく位置だけを変えるこのマニューバは、まるで樽(バレル)の外側をなぞるような、螺旋の動きをすることからそう名付けられた。
この機動自体は、空戦魔導師が敵に追いかけられている時に、速度を下げることなく自分を追い越させる、という用途で現在でも使われている。
単に速度を下げるだけでは追い越された後の再加速に時間がかかる上、そもそも追い越される瞬間に攻撃される可能性がある。そこで、直進ではなく螺旋を描くように飛行することで、飛行距離を延長させつつ、敵に捕捉され難くする。追い越された後で維持した速度を用いて敵に追いつき、攻撃するというように、次の攻撃にもつなげやすい。

このように使用頻度は高いのだが、過去に一人だけ、全く異なった使い方をした人物がいた。その使い方自体は今日でも有名だが、実戦からは消えてしまった。
なぜか――実戦で使用するには、あまりに難解で、かつ危険だからだ。

その使用法は、突撃中に自身に向かってくる攻撃をバレルロールで回避することで、速度を落とすことなく敵に接近する、というカウンターへのカウンター。

問題は、直進ならともかく、螺旋軌道を描きながら敵を捕捉することは非常に難しいということ。回転する視界の中で、敵と自身の位置関係を把握し、速度を落とさぬようにしながら瞬時に方向を調節することで、ようやく敵の不意をついて接近できる。位置把握に失敗すれば敵の横を通過してしまい、速度を落としたり、迂遠な軌道をとってしまうと敵の第二撃をおみまいされるはめになる。
つまるところ、神技というべき飛行制御力――それがなければ使いこなせるものではない。ミッドチルダの大手のサーカス団では、これが入団試験になっているところがあるという。
ともかく、接近戦より、中・遠距離を好むミッドの魔導士たちが好き好んで使おうとは思わないだろう。

その魔技を、いまだ年若いウィルが使いこなせる――というわけではない。軌道を確保するのに精一杯で、とてもその先の攻撃タイミングに気を回すことはできない。

したがって、このままではぶつかってしまう。
しかし、今回に限って言えばそれで構わない。体格はこちらの方が圧倒的に上、そして衝突することがわかっているウィルと、不意を打たれる少女では、どちらが有利かなどいわずもがな。


ウィルは肩から少女の腹部に衝突する。一般人なら両者ともに、体がひき肉のように潰れてしまうのだが、そこはお互いにバリアジャケットと肉体強化があるので、そう悲惨な目にはならなかった。それでも、衝撃の全てを殺すことはとうていできず、ウィルは一瞬意識をもっていかれそうになる。だが、少女はさらに激しい衝撃を受けている。まともに体が動かないだろう。
それでも、少女も気絶してはいないようだ。その手にはまだしっかりとデバイスを握っている。時間をおけば、再び立ちあがってくるかもしれない。
その意外なタフさに驚かされる。精神力で意識を留めているのだろうか。意思のないような目をしていたわりに、意外と根性がある。

しかし、この機を逃す手はない。駄目押しの一撃を。
今ならヘビィバッシュ――デバイスを媒介にして圧縮魔力を敵にぶつけるという、ミッド式でよく使われる非殺傷の近接技を、アームドデバイスで行う――が確実にあたるだろう。

(なんとか殺さずにすむかな)

それでも、骨折くらいはするかもしれないが、それは好都合。管理局が来ていない現状で、彼女を捕えたところで、魔法への対抗策の施されていない地球の施設では拘束し続けられない。情報を聞き出した後はデバイスを破壊した上で解放するしかない。
しかし、骨でも折ってくれれば当分はまともに戦えないだろう。


そして、墜落する彼女に再び加速して接近しようとしたところで、桜色の閃光に行く手と視界を遮られた。

「なんのつもりだ、なのは」

若干のいらだちと共に、地上でデバイスを構えているなのはの姿を睨みつけた。





高町なのはという少女は、誰からも好かれている。

彼女の容姿は一般的にかわいいと評されるもので、十人に彼女の容姿について尋ねてみれば、六人はかわいいと答えるだろう。しかも、屈託のない笑顔のおかげで実物はさらに魅力的になっており、残り四人も生で見れば思わず「かわいい!」と言ってしまうだろう。

だが、高町なのはが本当に好かれているのは、彼女の性格、性質のためだろう。
困っている人がいれば助け、他者と話し合いでわかりあおうとし、みんなに笑顔でいて欲しいと本気で願うような、和を尊ぶ少女。完全さを妬まれて嫌う者はいるかもしれない。

――なぜこんな良い子に育ったのか。
もともと良い子だったから?
教育が良かったから?
周囲に善人が多かったから?

それらも確かにある。
しかし、もっと端的に言うなら、『呪われた』からだ。


彼女がまだ幼かった頃に、父親が事故にあって大怪我を負ったことがあり、その後の家庭の変化は、彼女の人格形成に大きく影響を与えることになる。
意識不明が続く父、母は父の分まで働くことになり、兄と姉は母の手伝いと父の看病に明け暮れた。彼女も自分に手伝えること探したが、まだ幼かった彼女にできることは何もない。かといって手伝うことを諦めて遊び歩くことができるほど、今も昔も物事を割り切れる子供でもない。
結局、何もできなかった彼女は、せめて家族に迷惑をかけない良い子であろうとした。それだけでも年齢に比すれば十分に優れた思考と行動だが、彼女自身はそうは思わず、逆にそれしかできない自分自身に対する複雑な思いを溜めこんでいった。

無力感――助けてあげたいのに、今の自分では何もできない
寂寥感――そして、その思いに苦しむ自分を、誰も助けてくれない
隔絶感――助けることも助けられることもない自分は、誰とも繋がっていない

――寂しい


彼女の素晴らしい点は、それらの思いを溜め込むだけで終わらせず、克服するようにしたことだろう。
無力感と寂寥感は、人を助けてあげたいという誠心と、それを為せるだけの力への意思へ。隔絶感は、他者と話し合い理解し合うことで関係を持ちたいという期待に変わった。
これらの願望こそが、今の彼女を成す心の核。高町なのはを高町なのはたらしめている精神の柱。
以降の彼女の行動基準は、この時に決定された。

とはいえ、この時はまだ、願望はそこまで強固なものではなかったのだ。

その後、父親は無事に回復し、母親の経営する喫茶店も有名になり、家族は以前のような生活に戻った。このまま何事もなく成長していれば、彼女も大人になるに従って諦めと妥協を覚え、自分のできうる範囲で他人を思いやる、普通の善良な人間になっていっただろう。

だが、彼女は出会ってしまう。
『魔法』という力と、それがもたらす災いに。


異世界からの来訪者、ユーノ・スクライア。彼との出会いが、彼女に最大の変化をもたらした。

あの日――大樹が街に現れた日、ウィルとはやてと出会った日、そしてなのはがジュエルシードを見逃してしまったせいで、多くのものが傷ついた日。
あの日、封印の後でジュエルシードを回収するために街を駆け巡った時、彼女は自分のミスが引き起こした結果をまざまざと見せつけられることになってしまった。幾台もの救急車のサイレンが崩れかけた建物の間に木霊し、怪我をした子供の泣き声が響く。横転した車、壊れた家、夏にはほっと一息つける憩いの場である噴水は壊れて、水が地面を濡らしていた。
奇跡的に死傷者はゼロだと言われていたが、それでも怪我をした人は大勢いただろう。もしかしたら、取り返しのつかない怪我を負った人も――

――ああ、自分はこの事態を防ぐことができたのに、それなのに何もしなかった。


それからというもの、彼女は学校帰りに街に寄って帰るようになった。
自分の犯した過ちが、どのような結果を生んだのか。自分の過ちがどれだけの人を悲しませたのか。
それを目に、そして心に刻みつけるように。

そして、彼女は一つの誓いをたてる。
この事件で、これ以上誰も傷つかないようにするために、自分はこの魔法の力を振るおうと。
たとえそれが、どれほど危険であろうとも。

過去に蒔かれた種は、ついに芽吹いた。
かくて無垢な子供が抱いた願いは、いまや尋常ならざる強度で彼女の心に根をはり、もはや月日とてその意思を薄れさせることは容易ではないだろう。

永遠に消えない炎――不屈の勇気が、彼女の心に宿った。


以上が現在の高町なのはが造り上げられるまでの過程である。
呪いとは言動によって人の意識を縛ることで、その行動を制限し、無意識の内に一つの道を選ばせる技術のことだ。
ならば、彼女の行動を決定付けたそれを、他者を助けようという誓いを、『呪い』と言い換え、それを抱いてしまった彼女を『呪われた』と言って、いったい何の齟齬があるだろうか。



ジュエルシードの反応を感知したなのはがその場にたどりついた時、まさにウィルと少女の戦闘が始まろうとしていた。

「――死ね」

ウィルのその言葉を皮きりに、戦いが始まる。放っておけば、どちらかが傷ついてしまう。
なのはは少女の目を、とても悲しい目を思い出す。すずかの家の庭で、その目を見た時、なのはは彼女を撃てなくなった。何も知らず、何も聞かず、人に言われるがまま、一方的にこの少女を撃って良いのかと。ウィルやユーノ、そして自分と同じように、きっと彼女にも為さねばならないだけの事情があるのではないだろうか。

だから、少女に語ってほしい。あなたがジュエルシードを集めるその理由を。
そして、少女に理解してほしい。わたしたちがジュエルシードを集めるその理由を。
みんなで話し合ってほしい。どうすれば、みんなが納得できるようになるのかを。
そのために、まずはこの戦いを止める。

ウィルたちが言うには、なのはの砲撃は十分な威力を持っているらしい。そんな自分が第三者として介入すれば、両者も警戒して戦闘が止まるだろう。
それは、ウィルの邪魔をするということになるのだが――

「わたしが今からすることって、きっと悪いことなんだと思う。ごめんね、レイジングハート。あなたをそんなことに使って」

『Don’t worry. I delight to do your will, master(気にしないでください。それがあなたの意思ならば、私は喜んで従います)』

「うん、ありがとう――レイジングハート、お願い」

『Stand by ready. Set up.』

上空では、ウィルと少女がぶつかり、吹き飛ばされる少女に向かってウィルが剣を振りかざしながら接近しようとしている。
なのははウィルの行く手を遮るために、二人の間に砲撃を撃ちこんだ。





行く手を遮ったなのはの砲撃が消えると、すでに少女の姿は消えていた。おそらく森に落下したのだろう。奇しくも、前回の戦闘で自分が彼女にやったことをやり返された形になる。
どうするべきか――ほんの少し悩んだが、少女は放置することにした。
落下した少女が森に隠れているのか、それとも動けないのかはわからないが、この間にジュエルシードを回収してユーノに加勢しよう。
なのはがどのようなつもりで今のような行動をとったのかはわからないが、それも全てが終わってから聞けばいい。威力は高いが、不意打ちでもない限り彼女の砲撃はあたらない。警戒するほどではない。

(情報なら使い魔の方からでも聞ける。捕えれば、取引材料に使えるかもしれないな)

そう考えジュエルシードに向かおうとした時に、少女が光を伴いながら森から現れた。
少女は、森のわずか上で静止する。ところどころバリアジャケットが裂けているのは、意識が朦朧としたまま森に落ちてしまったからだろうか。
彼女の周囲に浮かぶのは、空に煌めく星よりも眩い星々――数十個のスフィア。
声は聞こえないが、口元が動いている。

(――詠唱魔法!!まずいっ!!)

「フォトン、ランサー……ファ…ランクス、シフト……」

ウィルが気をそらしている間に、森の中で詠唱していたのか。姿を現したということは、すでに詠唱はほとんど終わっているということ。この距離ではとめられない。回避しようとして――

「……ファイ、アァァアアア!!」

スフィアから、ウィルのいる『方向』を埋め尽くすように、弾が吐き出される。
弾幕?いや、目に映る光景は金色の壁としか表現できない。
――弾壁。

避けることなどできず、壁に飲み込まれる。
しかし、一発一発の威力は大したものではなく、広範囲に放っているせいで当たる弾の数も大したものではない。
だから、最初の一秒はギリギリ発動させたシールドでも、十分に防げた。

だが、ウィルが足を止めた瞬間に、広範囲に放っていた弾が一斉にウィルのみを狙い始める。
壁から槍へと変化した弾丸に、シールドは一秒で破壊される。そして弾丸はさらに一秒でかざしたシュタイクアイゼンを破壊し、バリアジャケットを貫く。
ついにウィルが自身に直撃すると思われたところで、今度はなのはの桃色の砲撃が向かっていた金色の魔力弾の群れを飲み込んだ。

しかし、それでも全てを飲み込むことはできず、結局ウィルは最後の一秒に撃たれた二百五十六発の魔力弾の内、なのはの砲撃を逃れた三十八発をその身に受け――それは彼の意識を落とすには十分すぎた。





ウィルが意識を取り戻した時、まず視界に映ったのは天井の木目だった。障子越しの外は明るく、時刻は正午前後を過ぎたあたりだろう。ウィルは布団に寝かされている自分の上体を起こそうとして、横に誰かがいることに気付いた。
浴衣姿のノエルが、目覚めたウィルにそっと近づき、起き上がろうとするウィルを押しとどめる。

「無理はなさらないでください」

「ノエルさん……ここは旅館ですか?どうして――」

「恭也さんが、森で倒れているウィリアム様を連れて来られたのです。半日ほど眠られていたのですが――」

無事にお目覚めになられたようで良かったです、と言いながら、コップに水を入れてくれた。一気に飲み干すと、意識がはっきりする。
その間に、ノエルは携帯電話で連絡をしていた。なんでも、この部屋はウィル一人を寝かせるために追加で借りたもので、みんなは本来の部屋にいるのだとか。

少しして、部屋に入ってきたのは、月村忍、高町士朗、恭也の三人だった。忍と恭也がウィルの近くに座り、ノエルと士朗は彼らの後ろに控えた。
そして、忍が口を開いた。

「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、お聞きしたいことがあります。
 ――あなたは何者ですか?」




(後書き)

対話してこなかったことのツケが、利息をこさえてやってきたでござる の巻

ウィルの戦闘スタイルは、フェイトをさらにとがらせたものです。
飛行速度と旋回性を伸ばした代わりに、遠距離魔法を大幅にオミット(足止めや気を散らす程度の魔法は使える)
ソニックフォームのフェイトが遠距離魔法とカートリッジを使えなくなったようなものです。

現在の実力は
クロノ>>ウィル≧フェイト>>なのは
実力差の要因は、左から順番に才能の差、経験と相性の差、基礎の差、となっています。



[25889] 第7話(後編) 光輪、そして対話の時間
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/17 23:01

「あなたは何者ですか」

部屋の外は明るく、かこんかこんと獅子脅しの音色が青空に響いているというのに、部屋の中は重苦しく、吐息の音でさえ澱のように床に溜まっていく気がする。
ウィルの寝かされていた一室には、彼を含め五人の男女が集まっている。ウィルは布団から上半身を起こし、その右側には月村忍と高町恭也が並んで座り、二人の後ろにはノエルと士朗が控えている。
第一声でウィルの正体を問い詰めるような発言をしたのは月村忍だ。ウィルと彼女はほとんど話したことはなかったが、年下に対しても格式ばった話し方をするほどお堅い人物ではなかった。しかし、今の彼女の言葉使いときたら、まるで初対面の人物のように丁寧で、加えてそのたたずまいからは警戒心がありありと感じられる。まるでというより、まさに不審者への応対そのものだ。
とりあえずとぼけてみる。

「どうしてそんなことを聞くんですか?」

「とぼけるつもりですか」

駄目だった。

「やだなぁ、そんなつもりはありませんよ。ですが、どんな理由で、どんな経緯があって質問しているのかを話していただかないと、おれも何から話せばいいのか迷ってしまいます」

何はともあれ、目の前の彼らがいったいどこまで知っているのか、それがわからない状況でうかつに返事はできない。
忍は少し思案すると、再び話し始める。

「そうですね。それでは順を追ってお話しましょうか。
 あなたという存在に疑問を抱いたのは、先日のお茶会の翌日です。その日の早朝に、ノエルが敷地内の森の木々が何本か切り倒されているのを発見したのです。それは普通ではありえない、大型の機械を用いない限り不可能な切り方でした。いえ、あのように綺麗な切断面が機械で作れるのか……。ともかく、その切り口は新しく、少なくとも数日以内に切られたことは確かです。
 森を散策したあなたが犯人だと思ったわけではありませんが、念のためにあなたについて調べさせたのです。その結果、ウィリアム・カルマン、あなたの名前と容貌に一致するような人物がこの国に入国した――という形跡はありませんでした」

(はったりか?)

この国は小さいが、普通は一般人が一国の入国管理を調べられるわけがない。月村の邸宅の威容を思い出すと、それができるほどの名家という可能性もあるが、それでもたかだかその程度でそこまですることはないだろう。できるということとやるということは同じではないのだから。
しかし、忍はその考えを見透かしたように、淡々と話し続ける。

「たったその程度でそこまで調べるのかとお考えですか?残念なことですが、月村には敵も多く、このような些事でも漫然と放置しておくわけにはいかないのです。まして、超常的な力が関わっている可能性があるとなればなおさらです。それに、最近大きな樹が街中に発生して消失するという不可解な事件もありましたし。
 それからは恭也と士朗さんにも協力してもらい、普段のあなたの行動を監視してもらいました。毎日のように一人で――時にはなのはちゃんと一緒でしたが――買い物や観光をするでもなく、ただ街を散策している。……少々不審ですが、危険というわけではなかったので警戒するだけにとどめておいたのです。
 しかしそれも昨日までのこと。もう、これ以上放置しておくわけにはいかなくなりました。
 恭也が怪我したあなたを連れて帰ったことは聞きましたね?では、なぜあなたのいる場所がわかったと思いますか」

(そうだ……あの場所にはおれ以外にはなのはちゃんとユーノ君しかいなかった。恭也さんが連れて帰ったということは、おそらくなのはちゃんが恭也さんに連絡したに違いない。
 ということはなのはちゃんから事情を聞いて全てを知っている?
 だとすると、これはその話が本当か確認しているだけなのか?)


しかし、その想像は恭也の発言によって否定される。

「悪いが、昨夜は尾行させてもらった。夜だというのに森の方へ歩いて行くのが見えて、どうにも気になったのでな。何事もなければすぐに戻るつもりだったが、道中誰かと話していたのが気にかかった。周囲には人一人いないというのに、携帯も持たずにいったい誰と、どうやって話していたのか。
 そして、その先で見た光景はいまでも信じがたい――そして、信じがたい光景の中には、なのはが空を飛び、忽然と消えるというものがあった。
 ……これで、俺たちがお前のことを聞きたい理由はわかっただろ」

なのはが消えたというのは、彼女が結界に侵入したからだろう。それ以外にも、少女と出会ってから結界が張られるまでのこと――使い魔が人間から狼に変身した光景なども目撃されたに違いない。

「お前だけの問題であれば、ここまで強引な手段をとることはなかった。しかし家族が関係しているとわかった以上、納得のいく説明がなければ俺もひくことはできない」

恭也からの圧迫感が強くなる。刀など持っていない(ように見える)にも関わらず、詐称すればその瞬間にウィルの体がずんばらりと二つにわかれてしまいそうな気迫だ。隣の忍も同じく。

「おれを連れて帰ったということは、その時になのはちゃんに出会ったということですよね。彼女からは何も聞いていないのですか?」

「出会ったさ。だが、なのはは話してくれなかった。自分では間違たことをいってしまうかもしれないし、そもそも話していいのかわからないから、と」


「お二人とも、そうけんか腰ではいけませんよ」

いっそう重くなる空気を、中和するように穏やかな声が響く。
今まで控えていたノエルが、会話に加わる。

「気を悪くなさらないでください。
 お二人は問い詰めるようなことをおっしゃいますが、それはなのはお嬢様を心配しているからこそ。私たちはウィリアム様に積極的に敵対する意思はありません。ただ、この街で『何か』が起こっていて、それにウィリアム様となのはお嬢様が巻き込まれているのであれば、その『何か』を知りたいというだけ。そして、できることならそのお力になれれば――と考えているのですよ」

ウィルを気遣うようなノエルの言葉は、典型的な追い込み方、飴と鞭の飴の方だ。しかし、敵対する意思がないというのは本当なのだろう。もしも敵視しているであれば、忍と恭也も経緯を詳しく語ったりはしなかっただろう。特に恭也が魔法を目撃したことを黙っていれば、ウィルが適当なごまかしをした時に、その嘘を問い詰める切り札になっただろう。それを明かしたということは、彼らの誠意なのだろう。

どうするか。
この場から逃げる――という選択肢もある。結界を使えば彼らから逃げることは容易だ。しかし、いつまでも逃げ切れるとは思えないし、ウィルが逃げたことを知ってなお、なのはが黙っているとも限らない。それに、一緒に住んでいるはやてにも疑いの目がかかるかもしれない。

どうやら、事件が終わった後の事後処理が大変になるが、諦めて全てを話すしかないようだ。

「……わかりました。教えられる範囲になりますが説明します。そのかわり他言無用でお願いします」



そうして、ウィルはこれまでの事情を語り始める。そのあまりに突飛な話に、みな茫然とした顔をしている。

「異世界人相手でも第三種接近遭遇というのかしら……それはともかく、にわかには信じられませんね」

ため息をつくように、忍が言葉を絞り出す。それもそうだろう。忍たちも超常的な現象が起こっている以上、ある程度のぶっとんだ事情は覚悟していたが、今の告白はその予想をはるかに越えていた。
魔法という未知の技術の存在。多元世界を股にかける治安維持組織が存在し、ウィルはその一員ということ。現在この海鳴に魔法技術による危険物がばらまかれていること。ついでに、フェレットだと思っていたユーノが実は人間の少年だったということ(そのことを話した瞬間、恭也のこめかみがぴくりと動いたような気がする)
どれも突拍子もない話で、それが何個も一気に飛び出て来たのだから大変だ。学園ものがSFになったような突拍子のなさ。まだ秘密結社の工作員や超能力者という話の方が、この世界の人間にとっては信じやすいだろう。
とはいえ事実は事実。あとはこの事実をどのようにして信じてもらうか。しかし、たとえこの場で魔法を実演したところで、それは超常的な力を持っているという証明にはなっても、ウィルの言っていることが正しいという証明にはならない。

(どうしたものか――)


そう考えていたところに、士朗の思いがけない一言がかかる。

「そうか、それは大変だったね。私たちに何ができるかはよくわからないが、協力はおしまないよ」

それまで一言も発しなかった士朗の意外な発言に、全員が注目する。

「ん?……どうかしたか?」

「父さん、それは早計過ぎるんじゃないか」

恭也の一言に、ウィルも思わず追随してしまう。

「そうですよ。おれの話はどれも、この世界の常識ではありえないことでしょう?しかも、あなた方にはおれの説明が正しいかどうか検証する手段はない。
 それなのに、そんなにすぐに信用して良いんですか。いや、信用されないのも困りますけど」

士朗は困ったような顔で、頭をポリポリとかく。

「正直に言えば、きみが言うことが正しいのかはわからない。それ以前に、きみが何を言っているのかさえはっきりとわかったわけじゃないんだが……ウィル君はウルトラマンみたいなものだと思えばいいのかな?」

「ウルトラマンが何なのか知らないのでちょっと……しかし、わからないのならなぜ――」

「人を見る目はあるつもりだ。というとうぬぼれになるかもしれないが、昔取った杵柄とでも言うのかな、ウィル君が危険な人物かどうかはなんとなくわかる。恭也は、それは周囲を偽るための仮面で、きみがどこかの工作員であるという可能性もあると考えていたようだが、それも違うだろう。
 たしかに肉体は一般人とは比べ物にならないくらい鍛え上げられていて、軍人みたいだった。しかし、よく周囲を気にしていたようだが、気配の消し方や観察の仕方なんかは稚拙……失礼、一般人に毛の生えたレベルでしかなかった。つまり、潜入工作や諜報に関しては専門の訓練を受けたわけではない。
 まあ、何が言いたいのかというと、言っている内容はともかく、ウィル君が我々をだますような人間には見えないし、だますような技術があるとも思えない。だから信用できると思うんだよ」

「そこまでわかっていたのなら、言ってくれれば良かったじゃないか」と恭也がつぶやく。

「私が言ってもなかなか納得しないだろう?それなら、いっそのこと徹底的に調べるのもありかと思ったんだ。
 おそらく、反政府組織か非合法組織の構成員で、そこから逃げて来た……という感じだと思っていたんだが、いやはや、まさか魔法の国の軍人とは思わなかったなぁ」

そう言って、士朗はからからと笑う。他はみんな一様に疲れた顔をしている。
お互いに慎重になっていたのに、士朗が話したとたんになんだかみんな納得させられてしまった。そして、先ほどまでの慎重な言動をとっていたことが、なんだか馬鹿らしくなってしまった。
士朗はひとしきり笑ったあとで、みんなを見まわす。

「さて――原因はともかく、今ウィル君がこの街のために働いてくれていることに変わりはない。私たちもできるだけ力になろう。忍さんも、それで構わないかな?」

「はい。……ごめんね、ウィル君。あなたを問い詰めるようなことを言って」

「いえ、疑うのは当然のことですから。信じてもらえただけで十分にありがたいです」

「俺も悪かった……だが、一つ聞いておかなければならないことがある――なのはのことだ。
 昨夜の戦闘でなのはが乱入して来たと言ったが、あいつは戦場に出るつもりなのか?」

恭也の口調は相変わらず詰問に近いものだが、先ほどとは異なりその言葉からはとげとげしさが抜け、純粋に妹を案じていることがわかる。

「それはまだわかりません。おれもいろいろ聞きたいこともありますから、呼んできてもらえませんか」

その言葉には、士朗がうなずく。

「わかった。だが、その前に昼食をとりなさい。話はその後ですれば良い。
 そうそう――なのはは戦いというものを知らない。きみから見ればずいぶんと甘い考えを言うだろう。しかし、親バカと思うかもしれないが、なのはも決して思いつきで行動する子ではない。戦場に突っ込んで行ったのは、あの子なりの考えがあったからだろう。だから、できればあの子のことを一蹴せずに、聞いてやってくれないか。
 そして、二人で話し合ってほしい。
 二人が決めたことなら、どんな結論になっても私は反対しないよ」

「さて、では俺はユーノにいろいろと聞いておくとしよう。フェレットの姿とはいえ、同じ部屋に寝泊まりというのはいただけない」





食事が運ばれるまでの間、肉体とデバイスのチェックを行う。肉体には幸い目立った異常はなかったが、デバイスはそうはいかなかった。エンジェルハイロゥは無事だったが、防御に用いたシュタイクアイゼンはうんともすんとも応答しない。全壊ではないが、おそらく部品を交換しないと直らないだろう。つまり、管理局が来るまでは壊れたまま、ということだ。丈夫さが取り柄だったこのデバイスがここまで破損させられることに恐ろしさを感じるが、問題はこれが使えないとウィルが大幅に弱体化してしまうということだ。

半時間ほどすると、仲居さんが料理を運んできてくれたので、早速いただくことにする。

「さて……これからどうするかなぁ……あれ、くそっ……うまくとれないな」

ウィルが格闘している相手は冷奴だ。最近は箸の使い方にもなれてきたのだが、先ほどから豆腐を掴もうとするたびにあっさりと崩れてとれない。やっきになって力を入れると、余計に崩れる。

「おかしいな……はやての味噌汁のやつはとれるのに……ああっ、また崩れた!ファック!!」

先ほどまでの問答で緊張していたからだろうか、こんな些細なことでどんどん怒りがたまり、自分の顔がこわばっているのがわかる。結局全ての豆腐がばらばらに崩れて残骸だけが残る。憤怒に満ちたこの気分をかえようと、視線を横にそらした時、ふすまを開けて部屋に入ろうとしていたなのはと目があった。

「ひっ!!ご、ごめんなさい!!ごめんなさい――」

なのはは、般若のような顔のウィルを見て、昨日のことで怒っているのだと勘違いして平謝りする。結局それが誤解だと説明するのに長い時間を要した。


ようやっと落ち着くと、今度は会話がなくなった。先ほどまでは、すぐにでも昨夜の行動の意図を問いただすつもりであったのに、なんだか疲れてしまい積極的に問いかける気もしない。続く沈黙も気にせず、ぼんやりとする。
その沈黙に耐えかねたのか、なのはの方からおずおずと声をかけてきた。

「あの、体は大丈夫ですか」

その言葉に意識を引き戻され、頭がまわり始める。

「ああ。体は今日一日休めば大丈夫だよ……そういえば、おれが気を失ってから何がどうなったんだ?ジュエルシードとあの子は?」

「それは――」

~~回想開始~~

ウィル「ぐへぇ」
なのは「ウィルさん!!今助けに――お、重くて受け止めきれないの」
ユーノ「大丈夫かい、なのは!」
なのは「あれ、あの子は?」
ユーノ「あの子と使い魔はジュエルシードを回収して逃げたみたいだよ」
ウィル「(ぐったり)」
ユーノ「大変だ!とにかく、旅館まで連れて帰らないと」

(結界解除)

恭也「なのは、お前……」
なのは「お、お兄ちゃん!なんでここに……えっと、これは――」
恭也「倒れているのはウィルか……目立った外傷はないな。良かった、気を失っているだけだ。事情は後で聞く、まずは旅館まで連れて帰るぞ」

~~回想終了~~


「――ということがあって」

「……あー、だいたいわかった……かな?
 でも、その後お兄さんに魔法のことは話さなかったんだね」

「はい。わたしだとうまく説明できないと思ったし、ユーノ君も話していいのかわからなかったから……」

「うん、良い判断だ。
 それじゃあ、昨日あんなことをした理由を教えてくれないか」

「……戦いを止めるつもりだったんです」

それからなのはが話したことを要約すると、あの少女とお話しをするために戦いを止めようとした、ということらしい。

「なんでわざわざそんな危険なことをしようと思ったんだ。きみと同じくらいの年齢とはいえ、相手は強力な魔導師だ。危険だということはわかっていただろ」

「あの子……すごく悲しい瞳をしていたんです」

「目?」少女の目を思い返してみるが、感情を排除したような無気力な目をしていたように思える。なのははその奥に隠された感情を読み取ったとでも言うのだろうか。
だとすると、あの親にしてこの子あり。観察力が優れているというか、目のつけどころが違うというか。

「はい。きっとあの子も本当は戦うのが嫌で……でも、大切な理由があるからジュエルシードを集めていると思うんです。だから、わたしはあの子とお話したい。何も知らずに戦うんじゃなくて、お互いの事情を話し合って、納得できるような方法を選ぶべきだと思うから――これがわたしの理由です。
 でも、一晩考えて、それは少し間違ってたのかなって。あの子とお話ししようとする前に、わたしにはお話ししなきゃならない人がいたんだって」

そして、なのははウィルの目をじっと見る。

「あの、ウィルさんの戦う理由を話してくれませんか。
 ウィルさんがジュエルシードを集めに来たってことは知ってます。でも、それ以外のことは全然知らないから。だから、何をしたいのか、あの子のことをどう思っているのか、そういうことをお互いに全部伝えて、これからどうするのかを話し合いたいんです。
 お話っていうのは――わたしがあの子としたいことはそういうことです。そして、あの子よりもまず、一緒にいるウィルさんとお話をしなきゃならなかった。それなのにあの子のことばかり考えて、それをしなかったのがわたしの間違いだと思うんです……けど……
 あの、わたしおかしなこと言ってますか?」

考えていることを一気に話した後、自分の言っていることがちゃんと伝わっているのか、そして支離滅裂になっていないのかが不安なのだろう。そわそわしながら確認してくる。

「……いや。そうだね、仲間内で意見を統一するのは大事なことだ」
(……そうだよな。こんなことは基本中の基本じゃないか。なんで今までしなかったのかなぁ)

おそらく、ウィルはなのはのことを仲間とは、対等とは思っていなかったのだろう。守ると言えば聞こえはいいが、それは自分よりも下に見ているということ。もしかしたら、ウィルは無意識になのはとこの世界を見下していたのかもしれない。
本当に相手のことを考えるのであれば、戦わせたくないにしても、それを自分だけで決めるのではなく相手に理解してもらうことが大切だ。そして相手の考えも理解して、お互いの納得できる結論を出す。
それが、なのはの言う『お話し』なのだろう。

(敵のあの子相手はともかく、味方のなのはちゃんとは、しっかり話し合うべきだったな……そういえば――)

昨夜のユーノとの会話を思い出す。なのはの気持ちを考えずに勝手に自分たちで決めて、おれたちイイ男!なんて言ってたことを思い出して、恥ずかしさで布団にもぐりたくなる。記憶を消したくなる。
あれこそ究極に自己満足。

(ちょっと死にたい……)



「大丈夫ですか。どこか痛むんですか?」

いきなり目の前でがくりとうなだれたウィルに、なのはが心配そうに声をかける。
ウィルは顔を上げ、そんななのはの顔をしっかりと見据えて、口を開く。

「おれの考えを全部話してると時間がかかる。だから、おれたちのこれからにとって、最も重要なこと――あの子についてのおれの考えを話そうか。
 おれはあの子と話し合おうとは思わない」

なのはの目を見ながら、はっきりと宣言する。今までであれば、こんなことを言えばなのはが反発を覚えるだろうと考え、その場ではごまかして、実際の戦いではなのはの意見など無視して行動していただろう。

「おれも人の子だから、相手が良い人や知人ならできる限り助けてあげたい。でも、あの子がやっていることは、おれたちの世界の基準で考えると犯罪だ。
 あの子は、ロストロギアであるとわかった上でジュエルシードを無断で収集し、おれが管理局員だとわかった上でこちらに攻撃して来た。だからあの子が絶対悪だ――っていうわけじゃない。管理局も所詮は単なる組織で、絶対のものではないからね。
 ……もしかしたら、なのはちゃんにとっては、おれもあの子もやっている同じように見えているんじゃないかな?」

その言葉になのはは頷く。
なのはの、そしてこの世界の住人の視点では、ウィルと少女はどちらも同じなのだ。理由はともかく、二人ともこの街に落ちた危険物を回収してくれているのだから。その行為が犯罪かどうかというのは、あくまでも管理世界の基準である。

「やっぱり……だからなのはちゃんはあの子を助けることにそれほど抵抗感を感じないのかな。でも、おれにとっては違う。たとえば、もしきみが警官だったとして、目の前に爆弾を持っていこうとする人がいたらどうする?――止めるだろう?
 もちろん、その人にも何か事情があるのかもしれないが、それは捕まえた後で聞けばいい。情状酌量の余地があれば、しっかり減刑されるさ。
 つまり、あの子が敵である以上、まずは捕まえることを優先させるべきだ――っていうのがおれの考え」

しかし、なのははかぶりを振る。

「ウィルさんの言ってることが正しいのはわかります。
 でも、おかしいって思うかもしれないけど、わたしはあの子が悪いことをしているとわかっていても、それでも話をしたいんです。戦うのもぶつかり合うのも仕方がないことかもしれない。でも、その前に話し合えば、もしかしたら戦わなくても良くなるかもしれないから」

ウィルとなのはの意見は相いれない。信条や思想面では意見を変えることができないと考え、話し合うということの実現性について話し始める。

「そうは言ってもな……あの子とはもう二度も戦った。しかも、昨夜の戦いはお互いに本気。相手が死んでも仕方ないって考えながら戦っていた。それくらいに決定的に対立しているんだよ。
 それなのに、次に出会った時に、いきなり話し合いたいって言っても信用されないよ。いや、それ以前におれはデバイスが壊れてしまったから、あの子と戦ってもおそらく勝つことはできない。目的が相反する者たちの交渉や話し合いは、お互いに対等な立場、対等な力を持っていないと成り立たないんだ。そして、今のおれはあの子と対等じゃない。
 話し合うっていうのは、もう無理なんだ。だから、今は諦めてくれないか」

「それなら、わたしだけで出るのはどうですか。わたしは弱いけど、まだあの子と戦ったわけじゃないから、もしかしたら話を聞いてくれるかも……」

「……危険すぎる。なのはちゃんの機動力だと、もし相手が襲ってきたら逃げることもできないよ。それでも言っているのか?」

「はい。わたしは、あの子とちゃんとお話しがしたい――ううん、やらなくちゃだめだと思うから」

「頑固だねぇ……」

士朗たちには信用してもらったという義理がある。それを考えるなら、なのはの意見を採用してあげたい気もするが、そう簡単な問題でもない。なのは一人ではどうやってもあの少女には勝てない。説得できるというわずかな可能性にかけて、なのはを死地に放り込むのは、逆に義理を踏みつけて肥溜めに放りこむような行為だ。
それに、少女に加え、使い魔もいる。

(……そうか、使い魔がいたな)

「なのはちゃんの目的は話し合うこと……少し譲ってくれるなら、話し合いの場を提供できると思う」

「本当ですか?」

「おれが考えた策はこうだよ。
 ジュエルシードが発動して、あの子とその使い魔が現れる。まずは、なのはちゃんが話しかければ良い。そして、話しあえずに戦いになった場合は、おれが使い魔と戦う。そして、なのはちゃんがあの子と戦うんだ。勝つ必要はない。ジュエルシードが取られないように守り続けてくれればそれで構わない。なんだったら、その間にあの子を説得し続けても良いくらいだ。
 その代わり、絶対に負けてはいけないし、ジュエルシードをとられてもいけない」

「わ、わかりました。でも、それって終わりがないんじゃ……」

「本命はおれと使い魔の戦いだ。なのはちゃんが戦っている間に使い魔を倒して、その身柄を取引の材料にして、無理やり交渉のテーブルに着かせてやるのさ。
 譲ってほしいっていうのはこれだよ。話し合う前段階として、なのはちゃんがあの子と戦うこと、そして俺があの子の使い魔と戦い、多少は傷つけることを受け入れてほしい」

なのはの希望は、『戦わなくてすむかもしれないから、話し合いたい』
ウィルの提案は、『話し合うために、まずは戦う』
それは手段と目的が入れ替わっているように感じられるかもしれない。しかし、完全に逆転しているというわけではない不思議な提案。
最善(ベスト)を志すのがなのはの希望であるなら、ウィルの提案は次善(ベター)を目指すもの。
百を助けるためなら、一を切り捨てるという、管理局のやり方に通じることもある。

なのはは、目を閉じてじっと考えている。お互いに何も言わない、静謐な世界。
何分たったのだろうか、なのはは目を開く。その瞳には決意。
柘榴石とは思えない程の強い輝き。

「わかりました」

二人は、顔を見合わせ、お互いにうなずいた。



静謐な世界を崩すように、明るい声でウィルが言う。

「決意してくれた後で言うのは気が引けるけど、実は他に二つクリアしなきゃならないことがあるんだ」

「どんなことですか?」

「なのはちゃん一人であの子と戦っても、ほとんどもたない。……そこでユーノ君もなのはちゃんと一緒に戦ってもらう。だから、彼ともお話しして協力してもらわないとね」

「は、はいっ!!……そうだよね。ユーノ君も仲間なんだから、お話ししないとなの」

お話し……ウフフ、と笑うなのはに少々ひきながらも、もう一つの提案をする。

「それから、朝から晩まで魔法と戦闘の訓練をすること。そして、おれが対空戦魔導師の仮想敵になって模擬戦をするから、そのおれを倒すこと。
 今のおれは射撃魔法が全く使えない。そんなやつの相手もできないようではあの子の前には立たせられないからね」

「あの、学校はどうしたら?」

「当然休んでもらう。戦いは命がけなんだ。それが嫌だっていうのなら、残念だけど――」

「やります!!大丈夫です!!」




その後、はやてと共に見舞いに訪れたユーノに、なのはと共に闘ってくれるかと尋ねたところ、自身が戦うということよりもなのはが戦うことについてひと悶着があった。それはそうだろう、一緒になのはに手をひかせるために説得しようと約束したのに、一晩たったら全くの逆に方針転換していたのだから。話し合いの末、最終的になのはの熱意に負けて協力を約束してくれた。

その夜、なのはとユーノと共に、高町家と月村家にあらためて事情と今後の予定を説明した。意外なことに強く反対するものはおらず、なのはが自ら意思表示を行うと、みなそれを受け入れてくれた。学校も一週間という期間限定だが、休むことを許可してくれた。戦いを知っている者たちだからこそ、中途半端はよくないと思ったのだろう。

寝る頃になって、高町夫妻がウィルの部屋に訪れた。何事かと思えば、二人は「なのはをお願いします」と頭を下げた。
子を思う親の気持ちに触れて、少しミッドチルダが恋しくなってしまった。


翌日は目覚めて朝食をとって、みんなで温泉に入って、車にゆられて家に帰った。
かくして、波乱万丈だった二泊三日の温泉旅行は終わりを告げる。




(後書き)
八神家の味噌汁は木綿豆腐です。旅館の冷奴は絹豆腐。

本来はこれを八話にするつもりだったのですが、温泉旅行期間のできごとなので七話に入れました
それに伴い、七話後編を中編に変更し、これを後編にしました。



[25889] 第8話(前編) 運命、いまだ準備期間
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/27 10:40
高町家は大きい。

高町夫妻の経営する喫茶店『翠屋』は商店街の一角に位置し、高町家はその近くという良い立地条件でありながら、その敷地は広い。一軒家は五人の家族それぞれに個室を与えてなお余裕のあり、庭には池がある。そして、敷地内には小規模ではあるが道場も存在している。
そんな高町家は、ここ数日、朝も早くから客人を迎え入れている。
今もまた、インターホンの前に人影が二つ――それは、ウィルとはやてだ。

なのはの特訓は温泉旅行から帰ったその日から始まり、今日で四日目になる。
ウィルは最近朝から晩まで高町家にお邪魔しており、その時にははやてもついてきて高町家の家事や翠屋を手伝っている。「うちの居候がお世話になってるんやから、このくらいせんとあかんよ」と笑って言うが、居候させてもらった上にそこまでしてもらうと、ありがたいを通り越して申し訳ない。
ウィルははやてに対して、そろそろ本格的に頭が上がらなくなってきた。何らかの形でお返しをしなければと、目下検討中だ。


なのはは午前中はユーノによる座学。午後からはサーチャーと誘導弾の練習。そして晩には、ウィルを相手に対空戦魔導師の戦術を学んでいる。
一方ウィルはというと、なのはを指導する晩までの間は、もっぱら恭也と組手に明け暮れている。

たった数日の特訓がどれだけ役に立つのかはわからない。
そもそも、管理局の部隊が到着すれば、現在進行形で法を犯し続けている少女に対して話し合いをしたい――などという考えを許しはしないだろう。そうなればこの特訓は無駄になる。
ジュエルシードがこの街に落ちてから、もうじき一カ月。今すぐにでも管理局が来てもおかしくない状況であり、そもそもジュエルシードの危険性から考えると、もっと早くに管理局が来なければいけない事件だ。

ともかく、少年と少女は、無駄になるかもしれないという一抹の不安を抱えながら、今日もまた特訓を続けている。
これはそんな非日常な日常の風景。




午前中――ウィルと恭也。
高町家の道場には、床を蹴る音、手足が風を切る音が途絶えることなく響いている。ジャージ姿のウィルと恭也が、すでに組手を始めているからだ。

互いに素手であるのは、ウィルの武器、片刃剣型デバイス『シュタイクアイゼン』が先の戦闘で壊れてしまったから。
空戦と近接戦に必須の魔法――飛行と肉体強化はデバイスがなくとも問題ないが、射撃魔法はデバイスに頼り切りだったので使えない。そして、武器がないので当然武器を用いた攻撃魔法も使えない(ついでに、防御系の魔法も効果が落ちている)
壊れていない方のデバイス、『エンジェルハイロゥ』は飛行補助専門のストレージデバイスなので、他の魔法はインストールしていない。
そう言った理由で、管理局が来て修理されるまでは、素手で戦わなければならないのだが、それにはちょっとした不安がある。学校でも部隊でも、格闘の訓練はあった。しかし、この世界に来てからは模擬戦の相手がいなかったので、勘が鈍っているかもしれないということだ。

そこで、御神流なる武術を修めている恭也に稽古をつけてもらうことにした――と言っても、たかだか一週間程度の稽古で御神の技を覚えられるわけもなし。そもそも急に戦い方を変えても弱体化するのが関の山だ。なので、組手では勘を取り戻すことだけを目的にしている。


恭也の動きは恐ろしいほど速い。それは体を動かす速度だけの問題ではない。
ウィルは相手の挙動を観察し、先の動きを予測し、対応する戦術をたて、そして体を動かしているが、それに比べて、恭也は相手の動きを見た瞬間には自動で体が動き始めている。
それが武術の強み。繰り返される反復練習によって――『こんな』状況なら『こんな』風に攻める、『こう』来たら『こう』返す――という『型』が完成している。『技』と言い換えても良いが、それは一瞬の躊躇が命取りになる戦いにおいて、圧倒的なアドバンテージとなる。
たとえるなら、客が商品を注文した時、ウィルは注文を聞いてから急いで品物を作り始めるのに対して、恭也は商品を並べた棚から必要な完成品を選び出しているようなもの。

では、まったく相手になっていないのかというと、そうでもない。
今、ウィルは恭也の攻撃を無理やり避けたせいで、体の重心が浮いている。この状況では、恭也に追撃をしかけられても避けきることができない。また、腕や足の力だけで攻撃するしかなく、体重ののった攻撃ができないので、迎え撃つこともできない。
普通ならば詰みの状況。
だが、恭也は追撃しない。恭也はこの状況で、ウィルが必殺の攻撃ができると知っているから。

ウィルの魔力変換資質:キネティックエネルギーは、魔力を運動エネルギーそのものに変える能力。そして、その運動エネルギーによって肉体を強制的に動かすことで、いつでも、どんな状況でも、溜めもなしに体を動かせる。
肉体に運動エネルギーという動力を与えて動かすこの使い方を、ウィルは『肉体駆動』と呼んでいる。ただし、正しい動きで肉体を動かすわけではないので、筋肉にかかる負担が大きく、あまり乱用はできない。だからこそ、ウィルは魔力変換資質の使い道を、肉体駆動を用いた近接格闘型ではなく、エンジェルハイロゥを用いた高機動空戦型とした。
しかし、知らない相手には初見殺しになり、知った相手には使わずとも存在するだけ抑止力になる優れた能力だ。
もっとも、次元世界では格闘戦を行う者が少ないので、重要性は落ちる。遠距離魔法の前では、何の意味ももたないからだ。


体勢を立て直したウィルは、決着をつけるために踏み込み、右拳を振るう。
それを回避する恭也に、今度は左拳が振るわれる。
恭也はさらに回避し、ウィルが拳を引く前に懐に入ろうとするが、ウィルの拳はすでに引き戻されていた。
そして、間髪いれずにウィルの二撃目が放たれる。

肉体駆動で全力の一撃を放ち、放った直後に肉体駆動で瞬時に拳を引く。
そして、肉体駆動で再び拳を放つ。
機関銃のように途切れない拳の雨。
それを見た恭也が北斗百烈拳を連想したかは定かではないが、ともかく傍から見ればそんな光景。
腕だけをちょこちょこと動かしているように見えるが、その一撃一撃が全力の拳。
避けることさえままならぬ無敵の連射。

これならばいかに恭也とて対応できまい
――と思っていたが違った。

恭也はウィルの右拳が伸びた瞬間に、避けながら右手でウィルの右腕を掴みとる。
そして、そのままウィルの右外側に回り込み、左手でガラ空きのウィルの肝臓に突き刺さるような一撃を撃ちんだ。
どれだけ体が自在に動かせるとしても、人間の体の構造を越えた動きはできないので、その一撃を防ぐことはできない。
ウィルの体は硬直し、その瞬間に恭也が掴んだままの右腕をひねる。
それでウィルの体は一回転し、床にたたきつけられた。


組手の後は、二人で今の一戦の検討を行う。そして、今はそれが終わった後、肉体駆動を使いすぎたウィルの腕を休ませるために座り込んで休憩している。

「やっぱり勝てませんね。……自信をつけるためにも、せめて一回くらいは勝ちたいなあ」

「だが、動きは次第に良くなっている。それに、その年齢でそれだけできれば上出来だ。最後の攻撃にはひやりとさせられたしな」

そう言いながら、恭也は用意してあったスポーツドリンクをウィルに投げ渡す。

「ありがとうございます。でも、おれは肉体駆動がなかったら手も足もでませんからね」

ウィルはちびちびと飲みながら語り、恭也はそれに苦笑する。

「自分を卑下するな。生まれ持った能力を使うことに、恥ずかしいことなど何一つない。ましてや、それを活かすような訓練をしてきたのなら尚更だ。
 ……それに、俺もさっきはちょっとした裏技を使ったからな」

「裏技?」

「ああ。神速という技なのだが……ウィルは世界がスローモーションに見えたことはあるか?」

「片手で数えられるくらいでしたら……」

「神速は、それを意識的にそれを引き起こす技だ。凍りついたモノクロームの世界の中をコマ送りで動いているような感じ――といえば想像できるか?
 それを使った状態でなければ、ウィルの右腕は掴めなかった」

「それは凄い技ですね。ぜひとも覚えたいところですが……無理ですよね」

「ああ。何年、もしかしたら何十年かかるかわからないうえ、そこまでしても素質がなければ習得できない。御神を受け継ぐつもりでなければ、他の技を覚えた方がよほど効率が良いだろう」

「でしょうね。そもそも、簡単に強くなれれば苦労しませんし」

少しずつ、確実に強くなるために、ウィルと恭也は再び組手を始めた。



それからも何回か組手をおこなった二人は、腹の虫に導かれて高町家の食卓にやってきた。今日の昼飯ははやてが作ったものだ。しかし、食卓には恭也とウィルの分以外は置いてなかった。

「あれ、みんなはもう食べちゃったの?」

「二人が来るのが遅いんよ。今何時やと思てるん」

時計を見ると、すでに二時近くになっていた。

「少し熱中しすぎたみたいだな」

「まあ、ええです。すぐに温めなおしますから。それより、今日はどうやったん?」

「今日は五敗。これで通算二十八戦十八敗だ。勝てる気がしなくなってきた」

しかし、恭也は少し物憂げな表情を浮かべる。

「だが、組手でどれだけ勝ったところで、魔法を使われると勝てないだろう。
正直悔しいな。これだけ鍛えたものが通用しないというのは」

恭也が言っているのは、もし魔法を使ったウィルと戦えば、という仮定の話だ。
ウィルは、組手では強化魔法を使っていない。いつものように肉体を強化すれば、その拳はセメントを容易く砕き、踏み込みの反動で道場の床が割れる。そして、先ほどはとどめになった恭也の攻撃も、魔法で強化していれば簡単に耐えられただろう。
それもむべなるかな、本来のウィルの戦い方――音速を越えた速度で相手を斬りつけるような戦いでは、強化魔法は必須の技能だ。不十分だと、斬った時の反動で手首がぽきりと折れてしまう。それで済めば良い方で、腕ごと吹き飛ぶこともあるだろう。
ウィルに限らず、近接型の魔導師の肉体強化は、もはや人類という種の限界を軽々と凌駕している。
ということで、強化魔法を使うと勝負にならないので、組手では魔法を禁じている。ただし、肉体駆動は別だ。それも禁止してしまうと、戦い方自体を変えることになってしまうので、それはそれで訓練の意味がない。

このように、魔法という力を持つ者と持たざる者の差は、非常に大きい。管理世界は地球の日本と同じように、人類みな平等を謳っているが、一部の知識人はベルカが存在した頃のように、魔導師を特権的階級に置いて区別した方が社会全体の秩序は守られる――と言う者もいる。


「そんなことはないぞ」タイミングよく、士朗が部屋に入ってくる。

「父さん、翠屋はどうしたんだ」

「もう少ししたら忙しくなるだろうから、はやてちゃんに炊事場を手伝ってもらおうと思って、迎えに来たんだ。
 それにしても、面白そうな話をしているじゃないか。
 たしかに魔法を使われると、私も勝てないだろうな。しかし、魔法がありなら、こちらも拳や刀のみで戦う必要はないだろう?こちらも対抗できる手段を持てばいい。
 例えば閃光弾なんかはどうだい?」

その後、士朗を含めて魔法を打ち倒すための方法が検討された。士朗の提案である、閃光弾などで視覚や聴覚を破壊することで弱体化させるという案は実際に効果的だ。音や光をシャットアウトする魔法もあるにはあるが、それを使うということは、結局自分の視覚や聴覚を封じることとになるので、まともに戦えなくなってしまう。
飯を食しながら、そんな物騒な話を続ける男どもに苦笑いを浮かべながら、はやてはつぶやく。

「なのはちゃんたちとはえらい違いやなぁ……って、そろそろ行かんと」




午前中――なのはとユーノ。
なのはの部屋は、薄いピンクを基調に暖色系で整えられている。かわいらしくありながらも、過剰な装飾や派手な色彩を用いず、実用的な物が多いところに、本人の人柄が見える。大きな窓から入る朝日は、部屋の中を隅々まで照らしており、あえて照明をつける必要がないほどだ。
その部屋で、なのはは窓際の学習机に座って、ユーノの魔法講義を受けていた。その内容は魔法の原理の説明だけではなく、魔法を構成するためのプログラムに必要な理数系の問題を解く、というのもある。
しかし今、なのははぐでんと机に突っ伏しており、机の上に乗っているフェレット姿のユーノがどうしたものかと困り果てている。

「もう疲れたの……」

なのはが先ほどまで解いていたのは、ユーノ手製の数学問題集。
なのはは理数系を得意としており、その成績は学年でも最上位だが、それはあくまで小学生レベルの話。ユーノが教えている内容はそれをはるかに超えている。地球とミッドチルダで、数学に本質的な差がないことが救いだが、それでも時折地球にない数学記号が出て来るので、それがなのはをよりいっそう困惑させる。

「しっかりしてよ、なのは。まだ朝だよ」

「その朝が一番つらいの……ねぇユーノ君、理論がわからなくても、魔法は使えるんだから、もういいんじゃないかな。それより、もっと魔法の練習をした方が――」

ユーノは首をふって、それを否定する。

「確かになのはの魔法構築能力はすごいよ。レイジングハートの補助を受けてるとは言え、感覚だけでここまで自在に構築できるのは、天才だと思う。
 でも、感覚だけで構築しているからプログラムに無駄が多い。今よりも魔法の発動を速くするためには、理論を理解してプログラムを修正しないと。ウィルさんも言ってたじゃないか、高速機動型を相手にするならコンマ一秒でも早い方が良いって」

「……わかった。頑張る」

なのははうつむいた顔を上げると、ユーノをおもむろに掴む。

「ちょ、ちょっと!何するんだい!?」

「疲れた頭を治すために、ユーノ君に癒してもらおうと思って。……ああ、お腹の毛が柔らかいの」

そう言うと、なのははユーノの体をなでまわし始める。

「ちょ、やめて……アハハハハハ、くすぐったいよ」

両手でわしゃわしゃとユーノをもふる。されるユーノも、弱いところに触れられてしまったのか、笑ってまともに呼吸もできない。

しばしの間、なでまわし続けたことで、なのはも癒されたようで、頭がようやく正常に動き始めた。
しかし、正常に戻った頭は、先ほどの自分の行動を思い返してしまう。
フェレットの姿をしているとはいえ、ユーノは本来は人間。
それをなでくりまわしていた、というのは男の子の体をまさぐっていたということだ。

(わ、わたし、ユーノ君のどこを触ってたんだろう)

今さらながら自分の行動に恥ずかしくなって、なのはは顔を朱に染めた。
急に大人しくなったなのはを不思議に思い、ユーノが声をかける。

「どうかした?」

「なんでもない!なんでもないの……そ、そういえば、どうして勉強の時のユーノ君はフェレットさんのままなの?」

なのはは話題をそらそうとして、適当な質問をする。
しかし、その質問を受けて、今度はユーノが(フェレットの顔色はどのようにして判断するのかわからないが)顔を赤くした。
人間だとばれて以来、ユーノは高町家では人間の姿でいることが多い。食事時は今まで通りフェレット姿でいることで食費を減らそうと思ったのだが、なのはの母親である桃子に「子供はしっかり食べなきゃ」と言われて以来、人間の姿で、人間の食べ物を食べている。
ちゃんと風呂にも入るし、寝る時も空いている部屋に布団を敷いて寝ている。
ときおり、桃子や美由紀がなでまわしたいという時はフェレットになるが、それ以外では人間の姿だ。

なぜ、なのはに講義している時はフェレット姿なのかというと、その原因は初日にある。
今のようになのはは机に向かい、ユーノ手製の問題を解いていた。人間ユーノは横に立って、なのはの答案を覗き込みながら指導していたのだが――

ユーノがふと横を向くと、なのはの横顔がすぐ近くにあった。
そして、思った以上に自分たちが密着していたことに、今さらながら気がついた。
少し開けた窓から入った風がなのはの髪を揺らし、ツインテールがユーノの頬をなでた瞬間、なんだか気恥ずかしくなってしまい、とっさにフェレットに変身してしまった。
以来、ユーノはフェレット姿で机の上にのって指導しているのだが、そんなことを正直に言うわけにもいかず、適当にごまかす。

「……この姿の方が怪我の治りが早いからね。変身魔法は変身後の生物の姿、その理想的な健康状態を保とうとするから、回復効果が強いんだ」

魔法の説明はともかく、理由は当然ごまかしである。そもそもユーノの怪我はもう治っている。

「そうなんだ……わたしも覚えてみたいな」

「あんまりおすすめはしないよ。動物への変身魔法は覚えるのに時間がかかるし、古代の魔法をミッド式でエミュレートしているだけで、原理にはまだわからないところも多いんだ。
 僕は遺跡の調査で、人が通れないような狭いところに入る必要があったから覚えたけど、普通の人にはあまり使い道のない魔法だよ。変身魔法を悪用して、潜入とか監視をする魔導師もいるから、覚えているとあらぬ疑いをかけられることもあるらしいし……」

ユーノの魔法、トランスフォームはただの変身魔法――姿を変えたように見せる――ものとは根本的に異なっている。なぜなら、人間の肉体を完全に動物に変化させているからだ。
一説には、変身魔法はデバイスの展開と同じ原理だと言われている。
デバイスは待機時は携帯できるような小さな形状をとっているが、展開時は待機時よりもはるかに大きくなることが多い(なのはのレイジングハートはビー玉サイズの赤い宝石から杖に、ウィルのエンジェルハイロゥはリングの形状をしたネックレスからブーツに変わるように)
これは、待機時にはパーツをデバイス自身の中に圧縮して保管し、その上で恒常的に重量を軽減する魔法をかけることによって、このような不可思議を成立させているからで、変身魔法もこれと似たような理屈だと思われている。だが、完全には解析されているわけではない。
一般的に使われているような魔法には、このように原理はわからないけど、実際に使えるのだから利用してしまえ、というものが多くある。思考停止と取るか、したたかと取るかは評価がわかれるところだ。

「そうなんだ……でも、変身魔法って一番魔法少女っぽい気がする。これからは魔法少年ラディカルユーノでいけばいいと思うの」

「大丈夫?まだ頭が治ってないの?
 とにかく、今はあの子と戦えるようになるために、できることをやっていこうよ
 他の魔法が使えるようになりたいなら……こ、この事件が終わった後で、僕が教えてあげるから」

「そうだね。それじゃあ、勉強の続きをよろしくね、ユーノ君」

「うん、一緒に頑張ろう」

二人は顔を見合わせ、にこりと笑い合った。

『Sugary.(甘ったるい)』

二人に聞こえない程度の音声で、ベッド脇の籠に入れられたレイジングハートはつぶやいた。




夕刻。
日が暮れるころには、ウィルたちは車で月村邸へ向かう。月村家の敷地、その上空を借りて飛行訓練を行うためだ。
広大な私有地は街から離れており、そのほとんどは森と山なので、空を飛んでも誰かに見つかることはない。加えて、一度ジュエルシードが見つかった場所なので、ジュエルシードを探しに『偶然』少女がここに来るという可能性も少ない。
市街地で空戦訓練を行おうと思えば、人目を気にして結界を張る必要があるが、そうすると少女たちに感知されて乱入される可能性がでてくる。いずれは戦うつもりなので来るのは大いに結構だが、特訓で消耗しているところを叩かれると危険だ。

ウィルとなのはは森の上に浮きながら向かいあう。ユーノは、なのはの肩に捕まっている。
なのはは、まず十数個のサーチャーを夜空に配置する。

「さて、今日はあの子の高速移動に対応する訓練をするよ。これの出来次第では、あの子との戦いを取りやめるかもしれないからね」

「えーーっ!」

「さて、この訓練は、高速移動からの近接攻撃への対応を身につけることが目的だ。
 今からおれは普通に飛びながら、時折高速でなのはちゃんに接近して、体にさわろうとする。それを回避するのがなのはちゃんの目的だ。
簡単に言えば鬼ごっこみたいなものだよ。
 おれは遠距離魔法を使えないけど、だからと言って備えを怠らないこと。実戦では確実に使ってくるからね。
 ……それじゃあ行くよ」

ウィルは、ふらふらと、なのはの周囲を飛び回る。
そして、エンジェルハイロゥの出力を調節し、少女の高速移動と同程度の速度で突然移動する。直進ではなく、一旦なのはの視界から外れるように右に移動し、それから下に回り込み、最終的に下方から接近し、なのはの足を掴もうとする。

「レイジングハート!」
『Flash Move』

なのはは一瞬で左に三十メートルほど移動して、それを回避する。
なのはの高速移動魔法、『フラッシュムーヴ』
少女の高速移動と同様に連発できない上、移動距離も大したことはない。それでも、瞬間的な加速能力は高く、回避に用いるには申し分ない。

「良い感じだね――それじゃあ、どんどん行くよ」

回避されたウィルは、四秒間は通常の飛行を行う。これは少女との二度の戦いから想定される、高速移動が再び使えるようになるのに必要な時間だ。
そして、ウィルはなのはに触れるために、再び移動を開始した。



「嘘だろ……」

あれから十分。その間、ウィルはなのはに一回も触れることができなかった。
ウィルの動きを眼で追っているわけではない。なのはの動体視力は正直なところ同年代の女子と比べて、劣るとも勝らないので、この速度についていけるとは思えない。

それよりも……何というのか――まるで、こちらの動きが読まれているような。

思わず口角が持ち上がる。

(嬉しい誤算だ。これなら、今すぐあの子が現れても十分に戦える)





ジュエルシードが発動したのは、その翌日の夕方、時刻も七時になる頃だった。ちょうど、車に乗り込み、月村邸に向かおうとした時だ。ここからではおおまかな場所しかわからないが、おそらくはオフィスビルの立ち並ぶ辺りだろう。
ウィルはなのはとユーノに声をかける。

「二人とも、体と魔力に異常はない?」

「「はいっ!!」」

「それじゃあ、ユーノ君。お願い」

ユーノはバインドを応用し、三人をつなぐ。そして、小規模な結界を張った。
そして、ウィルが空に駆けあがる。結界は、飛行する姿を見られないようにするため。バインドは、一番飛行速度が速いウィルが残りの二人をけん引するため。
地上からでは目撃されない高度まで上がった後は、結界を解除し目的地に向かう。

三十秒もせずに、目的地の上空にたどりついた。周囲は急に雲が立ち込め、雷が響き始めている。
ユーノに広域結界を張ってもらい、そのまま地上に降下した。


三人が降り立った場所は、ビル街の間の少し大きな道路上だった。
結界が張られているので、人っ子一人そこにはいない。
結界の主が許したものと、高い魔力ゆえに結界にあらがえる者以外は。

少し離れた所には、すでに封印されたジュエルシードが浮いている。

そして、その向こう側には、すでに少女と使い魔の姿があった。



[25889] 第8話(後編) 運命、これがおれたちの全力全開
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/27 22:00

ジュエルシードを間に挟み、両陣営は向かいあう。
先ほどまで星々が見えていた夜空は厚い雲に覆われ、結界のせいで人々が消えた世界では、喧騒という背景曲の代わりを雷鳴の轟きが務めている。

周囲の状況からは、少女が魔力流を発生させてジュエルシードを活性化させたことがわかる。
魔力流とは、『魔力素』の流れのこと。
魔力素は、自然に存在する粒子の一種で、魔法の行使には必須である。その性質は他の粒子と同じく、濃度の高いところから低いところへと拡散し、最終的に均一になろうとする。そして勾配がなければ、外力が加わらない限りその場に留まり続ける。
魔導師は、空間に存在する魔力素を自身の体内の『リンカーコア』と呼ばれる器官に吸収し、自分の使いやすい形――『魔力』に変質させて、魔法を行使するための動力とする。個人の力では魔力素そのものを用いて魔法を使うことはできないが、高い技術があれば大気中の魔力素を動かして魔力流を作る程度のことはできる。
ゆえに、この周囲一帯の魔力素の密度は非常に高くなっていること。そして、今もなお魔力素が活発に動きいていることから、誰かが意図的に魔力流を作りだしたということが推測できる。

そんなことをする理由――それは、もちろんジュエルシードを発見するためだろう。
ジュエルシードは思念だけでなく、周囲の魔力にも反応する。おそらく、少女は魔力流を発生させることで、ジュエルシードを故意に活性化させた。

急に天候が悪くなったことも、それに関係していると思われる。魔力素も大気中に存在する以上、大気を構成する原子と無関係ではない。魔力素が動かされることで、風や気圧の変化はもちろん、小規模な竜巻が発生することもある。もしもこんなビル街でそうなれば、大惨事は間違いないだろう。
ユーノが結界を張ったおかげで、そのような魔法的な要因による異常は、結界内に閉じ込めることができた。魔力流が落ち着いてから結界を解除すれば、これ以上街に影響は与えないだろう。
少女たちは少しでもウィルたちがジュエルシードに気付くのを遅らせるために、結界を張らなかったのだろうが、管理外世界で行動する以上は、魔法を秘匿するためにも結界くらいは張ってほしい――ということを、すでに法を犯しているものに求めるのは、少々おかしいだろうか。

以上の推測は全然異なっており、活性化したジュエルシードの魔力が周囲に影響を与えて魔力流を発生させただけ。少女たちの迅速な行動――可能な限り急いで駆け付けた(おそらくジュエルシード発動から一分程度しかたっていない)ウィルたちが現場に到着した時には、すでにジュエルシードを封印していた――理由は、単にこの付近に『偶然』少女たちがいたからだ。
という可能性も、ほんの少しくらいはあるのだけど。




少女を見る。これで三回目だが、いつも通りに無表情な顔。
ウィルは少女と初対面の時、人形のような少女だと感じたが、なのはは悲しい瞳をした少女だと断じた。しかし、ウィルの少女に対する印象は今も変わらない。相も変わらず美しい造形だとは思うが、その顔からなのはの言うような悲しさはうかがえない。
何の感情も抱いてないように見えるあの目の奥には、本当になのはの言うような悲しさを隠しているのだろうか。もしそうなら、今の顔という仮面の下には、彼女の本来の顔が隠れているのだろうか。


すでに少女はデバイスを構え、その横の使い魔(人間形態)はいつでもこちらに飛びかかれる姿勢をとっている。
相手を刺激しないように、世間話でもするように、ウィルは少女に話しかける。

「戦うのは少し待ってくれないかな。この子がきみに話したいことがあるみたいなんだ」

そう言って、ウィルはなのはの背を軽く押した。なのははフェレット姿のユーノを肩にのせ、そのまま一歩前に出る。少女たちもいきなりなのはに攻撃を仕掛けるつもりはなく、警戒しながらもひとまずは静観する。
なのはは二三度深呼吸をすると、意を決して話し始めた。


「わたしの名前は高町なのは。この街の聖翔大付属小学校に通う三年生で――」

「なにを言ってるんだい?」

突然の自己紹介に、使い魔が呆れたような声をあげる。

「わたしは、つい最近まで魔法のことなんて知らなかったの。でも、この――」肩のユーノに、少し視線をやる。

「ユーノ君と出会って、ジュエルシードっていう危ないものがこの街に散らばってしまったことを知ってしまった。わたしには魔法の才能があったから、怪我したユーノ君の代わりに、ジュエルシードを封印することにしたの。
 この街はわたしが、わたしの大切な人たちが住んでいる街だから、わたしはこの街を守りたい……もう、誰にも悲しんで欲しくないから。
 これがわたしがジュエルシードを集める理由。
でも、今はそれだけじゃない」

「わたしはあなたとお話しがしたいの。
 あなたがどうしてジュエルシードを集めているのかがわかれば、わたしもあなたの力になれるかもしれないから。……ウィルさんは管理局の人だから、わたしとは違う考えを持ってるけど……でも、それも話し合えば、解決するかもしれない。
 ううん、きっと誰にとってもいい方法が見つかると思う」

そして、なのはは大きく息を吸い込むと、ひときわ大きな声で少女に呼びかける。

「だから、あなたも教えて!どうしてジュエルシードを集めるのか、その理由を!!」


「あ……」少女の口から、思わず声がこぼれた。

その瞳が揺れた。少女は、自分に向けられた言葉に動揺する。
なのはの言葉は、強要でも恫喝でもなく、ただ純粋に願っているだけ――純粋だからこそ、強烈な言葉。
言ってはいけない、言っても無駄だ。そう頭では考えながらも、少女の口は、思わず言葉を発しようとする。

「私は――」



「答える必要はないよ」

それを止めたのは、少女の使い魔。使い魔は、こちらを――とりわけなのはの方を睨んでいる。
その表情には、なのはに対する明らかな敵意。

「答える必要なんかない。こんな甘い世界で暮らしてきたガキに、今までまともに戦わなかったようなガキに、何も教える必要なんかない。
 他人のあんたたちに、あたしたちの何がわかるっていうのさ。
 こんなやつに構うことはないよ!それよりもジュエルシードの回収を!」

「……わかった」

少女はなのはから視線をはずす。そして、少女の瞳から揺らぎが消え、再び仮面のように無表情な顔に戻った。
そして、ジュエルシードを目指して飛ぶ。

しかし、なのはは少女に呼びかけながらも、いや、呼びかける相手だからこそ、少女をよく観察していた。その挙動をしっかりと、見逃すことなく。
だから、少女が動いた瞬間に、なのはもまた同時に動くことができた。

『Flash move』

ジュエルシードに手を伸ばそうとした少女の前に、なのはが立ちふさがる。先ほどまで大きな声を出さねば届かなかった二人の距離は、今や手を伸ばせば届くほど――この距離なら、いやがおうにも、少女はなのはの姿を見なければならない。
間近でなのはを見てしまったせいで、少女の瞳は再び揺らぐ。
なのはは、少女の目を見ながら、もう一度繰り返す。

「お願い。あなたの話を聞かせて欲しいの」


「あのチビッ!」

それを見て、使い魔も動く。主人の邪魔をする者を排除しようとして。
しかし、急に悪寒を感じて――もしかすると、野生の本能と呼ばれるものだったのかもしれない――とっさに上空を見上げた。
そこにはウィルがいる。

上空から急降下しながらの飛び蹴り。
使い魔は両手を交差させ防御するが、そのまま地面に落とされる。
使い魔はなのはが動いたことに気をとられていたが、その直後にウィルもまた動いていたのだ。
彼は一旦上空に飛び上がって全員の視界から外れ、使い魔を不意打ちした――防がれてしまったが。
使い魔を追うように、ウィルも地上へと降りる。

「よそ見すんな、わんこ。きみの役目はおれのかませ犬だ」

「ちっ!――狼だよ!!」

空中では、なのはとユーノの二人と謎の少女の戦いが、
地上では、ウィルと使い魔の勝負が始まる。



なのはは、サーチャーをあたり一面にばらまく。その数およそ二十数個。
突然のことに少女は一旦下がって様子を見るが、ただのサーチャーだとわかると、それを無視してデバイスをなのはに向ける。
いくつもの光球が少女の周囲に現れ、金色の魔力弾が機関銃のように発射される。

『Photon Lancer full auto fire』

それに反応したのは、なのはの肩のユーノだった。
ユーノはデバイスの補助がなくとも、魔法を行使できる。デバイスは魔法を行使するために必ず必要な道具ではない。あれは、使用者の不完全な魔法構築を補うための補助装置にすぎない。簡単なものや、使いなれている魔法なら、デバイスがなくとも行使できる。

「ラウンドシールド!!」

なのはと少女の間に、若草色の魔法陣が現れる。
ミッド式でシールド系魔法と言えばこれ、と言われるほどにオーソドックスな――つまり、完成度の高い魔法。
シールドは、次々と飛来する少女の魔力弾を全て防ぎきった。

ユーノは結界魔導師だが、結界しか使えないわけではない。補助魔法は一通り、中でも防御魔法は専門の結界魔法と比較しても遜色がなく、その質の高さはとてもAランクとは思えない。まして、デバイスの補助なしで。
それは、ユーノが魔法を正しく理解しているから。そして、正しく構築できるから。
魔力が高いわけでも、構築速度が速いわけでも、高度な魔法を行使したわけでもない。
ただ、基本的な魔法を、その魔法の本来の力を発揮できるように、完全な形で行使しているだけ。

だから、Aランクのユーノが展開するシールドは、AAランクの魔導師のシールドにも匹敵する。
AAAランク相当の魔力を持つといえど、少女は射撃魔法が本職というわけではない。そんな程度の魔法ではユーノのシールドを破ることはできない。

しかし、シールドには弱点がある。
それは、一方向にしか展開できないということ。
ならば、少女が次にとる行動は、シールドを張れないように、予測できない方向から攻撃することだ。

『Blitz Action.』



なのはは、特訓初日の会話を思い出す。
温泉から帰った後、ウィルとなのはは高町家のリビングで、ソファに座ってこれからの特訓内容について話していた。
対面に座るウィルが、なのはに問いかける。

「あらためて確認するけど、なのはちゃんの目的はなんだ?」

「あの子の事情を聞いて、話し合うことです。そして、そのためにウィルさんが使い魔さんを捕まえるまで、あの子と戦い続けること……ですよね?」

戦略的目的は話し合うこと。それを達成するための戦術的目的が、使い魔の捕獲。それを達成するための、なのはの戦闘における目的が、少女と戦い、倒されずに持ちこたえることだ。
目的を定めることができれば、おのずととるべき行動も定まる。

「そう、なのはちゃんの場合、あの子を倒す必要はない。大切なことは倒されないこと。
 じゃあ、その為に必要なのは何だと思う?」

「それは……防御ですよね」

「そうだね。なら、何をすればいいかわかるかな?」

「防御魔法の練習ですか?」

ウィルは首を横に振る。
守るのだから、防御魔法――たしかに、間違ってはいないが、今回は不正解。

「それはユーノ君に任せればいい。練習すれば、なのはちゃんもあの子の攻撃を防げるような防御魔法を使えるようになれると思う。でも、他人(ユーノ君)ができることは、他人に任せた方が良い。自分より上手なら尚更だ。
 だから、なのはちゃんには『回避』を担当してもらう」

「で、でも、わたしはあんまり速く飛べないし、あの子の動きにはついていけそうにないし……」

「そうだね。だから、瞬間的な高速移動を練習してもらう」

たとえ移動距離が短くても瞬間的な加速力があれば、多少気付くのが遅れても攻撃を回避できる。なのはの高い魔力(推定AAAランク)を使って、多少強引に加速すれば、それは可能になるだろう。
あとは、それを利用して、とにかく距離をとり続ければ良い。
ある程度の距離があれば、ユーノが反応して防御魔法で攻撃を防いでくれる。怖いのはユーノが反応できないよう攻撃――ユーノの見えない方向からの攻撃や、近距離の連打(ラッシュ)だ。

「あと、役に立つかは微妙だけど、サーチャーを利用すれば、回避しやすくなるかもしれない。
 使い方は――」



少女の姿が消える。高速移動。
今のなのはの動体視力では、その動きを見極めて回避することなど不可能だ。たとえ目の前を通られても、せいぜい通ったということしかわからない。
だが逆に言えば、通ったこと自体はわかる。

しかも、今のなのはの目は、両目二つだけではない。
なのはには、サーチャーという二十を越える『目』からの情報がある。

(あの子は三番、十四番、十一番の順で通過――つまり右に移動後、ビルの間を下降ぎみに通りながら、下方向から接近。
 タイミングは……六番を通った今!)

『Flash Move』


なのはは右に回避する。そのすぐ後に、下から上へ抜ける斬撃――先ほどまでなのはのいた場所を少女の鎌が刈り取っていく。

サーチャーを介して視界を強化するとは、配置したサーチャーをチェックポイントのように使うということ。
三番サーチャーは少女の右側に配置したもの。十四番はその先にあるビルの手前に、十一番はなのはの左下の、少し離れた場所に配置してある。
なのはは、空中に配置したサーチャーを通った順番で、少女の移動経路を導き出している。
経路がわかれば、どの方向に回避すれば良いのかがわかるから。

これが、魔法の才能以外に、なのはが天から与えられたもう一つの才能、『空間把握能力』

それは、地図を見て地形を想像できるとか、建物を複数方向から撮った写真を見て建物を立体的に想像できるという能力のこと。
なのはは、サーチャーを用いてこのビル街の地形を把握し、さらに少女がどのサーチャーの前をどんな順番で通ったか――という断片的な情報から、少女の移動経路をも把握する。

そして、回避するタイミングは、自分から近い位置に置いたサーチャーを目安にする。
それを通過した瞬間――つまり、自分に対して一定距離に近づいた瞬間に動けば良い。

この案を提案したウィルにとっては、この戦法はあくまでもおまけ。少しでも回避しやすくなれば良いなぁ――程度の案だった。
少女がなのはに接近するまでの時間は、三秒程度。障害の多いビル街だから、少女も全速力で移動することはできず多少は多めに時間がかかるが、だからといってその間に複数のサーチャーからの状況を頭の中で組み合わせ、相手のルートを完全に把握するのは普通では難しい。
しかしこの戦法が、空間把握能力というなのはの才能を開花させた。



だが、それだけではない。
なのはには、もう一つ後天的に得た才能があった。天から与えられたのではなく、自分の力で手に入れた才能が。

なのはのサーチャーの一部は、常に少女の行動を観察(しかもさまざまな角度から)していた。
そして、少女を複数の方向から見ていると、少女が移動を始める前に既になんとなくわかるのだ。

少女がどの方向に動くつもりなのか
少女が自分のどの部位を狙っているのか
少女がどのようなルートを通ろうとしているのか

行動には予兆が存在する。
高速で移動するのだから、移動する前に今から自分がどのルートを通るかを確認しなければならない。そして、それは目線や体の向きを追っていれば、ある程度は掴める。そして、いざ動くとなれば、魔法で移動できるとはいえ、習性として移動する方向への重心の変化が現れるはずだ。
そういった複数の情報が、少女がどのルートを通ってどの方向からなのはに攻撃を仕掛けようとしているのかを伝えてくれる。

これがなのはのもう一つの能力、『観察力』

観察力で少女が動く前に。移動後は空間把握能力で。
二回も相手の行動を知る機会があるのだから、回避できないわけがない。


なのはは、幼い頃にずっと家族を見続けていた。自分に手伝えることが少しでもないかを探して。
それが手伝うことができないとわかった後も見続けていた。他人に迷惑をかけない良い子でいるために。
何もできない無力さと、孤独に耐えながら、ずっと観察し続けていた。
そして今、鍛えられた観察力が、少女の仮面の奥に隠した悲しさを見抜き、さらには戦闘においても役に立っている。

なのはは不幸に耐え、それでもなお他者を思って行動してきた。
その献身が、なのはの過去が――なのはの力となって、なのはを助けている。
少女と話し合いたいという、なのはの望みを達成するために。



遠距離魔法は、ユーノの防御魔法で防がれる。
高速移動からの近距離攻撃は、なのはに回避され、攻撃は当たらない上に、間合いを縮めることもできない。
仮になのは一人、もしくはユーノ一人であれば簡単に倒されていた。
しかし、なのはとユーノの二人が揃った時、このコンビは少女に対して無敵を誇る。

この状況を変えるために、少女は強引な手段をとらざるをえない。
少女はビルの影に姿を隠し、詠唱を開始する。

「アルカス・クルタス・エイギアス」

ウィルを倒した詠唱魔法――フォトンランサー・ファランクスシフト。
千を越える魔力弾を四秒間に発射する、少女の最強魔法。
ウィルとの戦いでは拡散させることで広範囲に攻撃したが、その真髄は一点集中。
堅固な城門さえ打ち破るゆえのファランクスシフト。
一斉射撃で、守りごと撃ち貫く。

「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエ――」

しかし、詠唱を続ける少女に魔力弾が接近する。

「ディバイン・シューター!」

そんな大きな隙ができる魔法を、むざむざ撃たせるわけもない。
少女が身を隠した時に、サーチャーですぐさま少女の位置を探し出し、一発だけだが誘導弾を放つ。
誘導弾の制御も、サーチャーの制御も、同じ思念制御。サーチャーの訓練をしていたなのはには、この程度は容易い。
少女は避ける――が、その誘導弾は初めから囮だった。

「チェーンバインド!」

誘導弾を避けた先には、なのはがすでに待ち構えている。そして、その肩のユーノから、若草色に輝く鎖が伸びる。
そう、本命は鎖――ユーノのバインドだ。
ふいをつかれたせいで避けることもかなわず、少女はからめ捕られてしまう。

しかし、少女もさるもの。それで終わりはしない。
瞬時にバリアジャケットを構成している魔力を全て、外部に向ける。その魔力を用いて、バインドを破壊する。
しかし、バリアジャケットが消失するうえに、一瞬ではあるが動きが止まってしまう。
先ほど回避した誘導弾に狙われれば、避けることはできないだろう。

(一発くらい、バリアジャケットなしでも耐えてみせる!!)

しかし、誘導弾は少女を攻撃しない。なのはにとっての誘導弾は、ユーノのバインドで少女を抑えるための前段階として、少女を誘導するための陽動にすぎず、少女を傷つけるためのものではないからだ。


少女の精神は戦うごとにかき乱されていき、ついに、混乱のピークに達した。

絶好の機会だったのに、なぜ攻撃しないのか。

――彼女たちには本当に自分を傷つける意思はなくて、ただ単純に話がしたいだけなのか。
なぜ? 本当にあの子は、自分と話し合いたいと言うのか
なぜ? 二人の関係は、森で一度目があった程度。
どうして、ここまでするのか。


なのはは、愚直に何度も、何度でも呼びかけ続ける。

「お願い、教えて欲しいの!」

その声が、少女の心をさらにかき乱す。
動揺する心を抑えつけるために、その呼びかけを否定する。自分自身に言い聞かせるように。

「たとえ言ったところで何も変わらない。話し合ったところで、利害が一致しない以上、戦いは避けられない。
 あの管理局の魔導師はそれをわかっていたから、私と戦った。……あの人は止めなかったの?」

「止められたよ!でも、それでも嫌なの。何もわからずにただぶつかり合うなんて!それに、利害が一致しないかどうかなんて、話してみるまでわからないじゃない!
 だから――」

「だから、わたしたちとお話ししよう!!」


その言葉に、もう久しく受けていない感覚――心が温かいという感覚が呼び起こされる。
なのはの言葉は、少女と敵対したくない、少女を肯定してあげたいと言う気持ち――善意で構成されている。

いつぶりだろう。
いつ、こんな温かさを味わったのだろう。
そうだ……自分はかつて、こんな温かさに包まれていた。

考えなくても、思い出せるはずだ。少女の人生において、自分を無償の善意を与えてくれた者など数人しかいないのだから。
そして、その中で一番大きく自分という存在を全肯定してくれた人は、誰よりも一番最初に包み込んでくれた人は一人しかいない。

――それは、かつての母のような

「――――ッ!!」



なおも呼びかけようとしたなのはは、しかし少女の顔を見て、言葉を発することができなかった。

少女の仮面が崩れる。
細く端正だった眉は歪み、閉じられていた唇は震え、その奥に見える歯は何かに耐えるように噛みしめられている。
顔は紅潮し、その体は小刻みに震えていて、のどからは声にもならない音が漏れる。
それは、今にも泣き出しそうな子供のようで。



≪なのは!止まっちゃだめだ!≫

ユーノはなのはに呼びかける。
ユーノも少女の表情に思うところがないわけではないが――あんな顔をされると、今までなのはの手助けをしたいと思っていただけのユーノも、少女を助けたいと思ってしまうのだが――ユーノの役目は、なのはを守ること。一見優勢のように思えるこの状況も、かなり綱渡りだ。
たしかに、なのははあの子を相手に時間を稼ぐことはできる。いや、もはやなのはは少女に倒されることはないだろう。
しかし、少女がジュエルシードの方に向かうようになると、話は変わる。
設置型バインドや誘導弾を駆使すれば、ある程度は防げるが、それでもどれだけ耐えられるのかはわからない。

(急いでよ、ウィルさん!)






なのはと少女が戦い始めた頃、地上ではウィルが使い魔の相手をしている。
使い魔はただウィルのみを見ており、主人の方には全く視線を送らない。余程主人を信頼しているのだろう。

「あんなちびっこで、あの子に勝てると思ってるのかい?」

「どっちもちびっこだと思うけど。……良い戦いはできるけど、勝つのは無理だろうね」

「へえ、無駄だとわかってるのにやるっての?管理局ってのはそんなにお仕事が大切かい」

「無駄じゃないさ。その間に、お前を倒せるからね」

お互いに拳を握って向かいあう。

「あん?あんたの得物は剣じゃなかったのかい?」

不思議そうにする使い魔に、ウィルはあざけるような笑みを向けた。

「犬を躾けるのに、わざわざ剣を使う奴がいるか?」

「狼だって言ってんだろ!二度とそんな口がきけないようにしてやるよ!」

使い魔が疾ける。一足で間合いの半分を、二足目でウィルの眼前に現れる。
ウィルは動かずに待ち受ける。
使い魔の右拳がウィルの顔に向けて振るわれ――ウィルはかすかに顔を右に動かし、それを回避する。
と同時に肉体駆動によって、左拳を腹部に向けて発射する。
それは使い魔の左手に阻まれた。しかし、常識外の速度と威力を受け止めきれなかったのか、彼女の体の軸が崩れ、揺らめく。

しかし、使い魔は片足を軸として、その衝撃のベクトルをいなしながら時計回りに一回転、
そのまま右の裏拳を放つ。
ウィルは上体を反らして回避、
そのまま後ろに倒れこみながら、肉体駆動で右足を動かし、相手のあごを蹴り上げた。

ウィルの全力の一撃を受けて、使い魔の顔がはね上がる。普通ならこれで決まり。

――ぎろりと、使い魔の眼がウィルを捕える。

まだ終わっていない。

使い魔は右足を夜天へと伸ばし、仰向けのウィルに振り下ろす。
かかと落としだ。

だが、ウィルも勝負が決まったと思って油断するような新兵ではない。
倒れこむ直前に飛行魔法を唱えており、その体はわずかに浮いている。
かかとがふり下ろされる前に、仰向けのまま地面すれすれを飛行して距離をとる。

そして、離れて起き上がろうとした時、空に使い魔の姿を見る。
使い魔はウィルのいる地点に向かって高く跳びながら、空中で前方に一回転すると、その勢いをも利用して再度かかと落としを放つ。
体を丸ごと利用し、全体重を乗せたかかと落とし。
しかし、そんな隙の大きすぎる技――体を少しだけずらしてあっさり回避。

かかと落としを決められたアスファルトが、粉々に砕け散る。
ウィルは使い魔が立ち上がる前にローキックを放つが、使い魔は跳び上がってそれを回避しながらウィルの側頭部を刈るようにして蹴りを放つ。

とっさに左腕でかばうも、腕が嫌な音をたてる。その上、威力を軽減できずに吹き飛ばされた。


転がるように吹き飛ばされる最中、飛行魔法で姿勢制御。さらに手を伸ばして近く街灯を掴み、体を静止させる。
そして、間髪いれずに、街灯を蹴りで折った。
こちらに向かってくる使い魔を確認すると、掴んでいた街灯を、使い魔に向かって投擲する。
人間離れしたウィルの膂力で投げられた街灯は、一直線に使い魔に向かう。

しかし使い魔はほんの少し跳び上がり、それを踏み台にしてさらに飛翔。
そのまま跳び蹴り。

避けると同時に飛び蹴りの脚を掴み、蹴りの勢いをそのままに、使い魔を地面にたたきつけた。
そのまま掴んだ脚を折ろうとするが、使い魔は狼に変身してウィルの腕から逃れる。



二人は再び、間をあけて対峙する。

ウィルがくらったのは、たった一発の蹴りのみ。
それもガードした――というのに、その左手はいまだにしびれがとれない。幸い折れてはいないようだが。
使い魔の格闘技術はウィルよりも未熟だが、その一撃の威力も、頑強さも、ウィルよりさらに上。
一撃でもまともあたれば、その瞬間に敗北が決定する。

(っていうかあれだけくらって倒れないとかタフすぎんだろ。肉体駆動のせいで体は痛いし……正攻法で倒すのは無理か)

一方使い魔も困惑していた。
肉体駆動を用いたウィルの動きに、どう対処していのかわからないからだ。

(あいつの体はどうなってんだい。攻撃の気配が読めないから、まともに攻撃があたりやしない……)


遠方からは少女たちが戦っている音が聞こえる。なのはがいつまでもつかはわからない。早く決着をつけなくては。
ウィルは、一か八か、大技にかける決意をする。避けられると隙が大きい上に手加減の度合いが難しいので出したくはないのだが。
とにかく、その下準備として、ウィルは相手に話しかける。

「そういえば、お前さ……さっきなのはの呼びかけに答えなくていいって言ったよな。こんな甘ったれた世界にいるやつのことを聞く必要はないとかなんとか、言ってたよな」

「それがどうかしたのかい」

「そもそも、幸福も不幸も他人と比べて相対化できるもんじゃねえだろ――ってのはおいとくとして。
 ……自分たちが不幸だから、幸せな奴らのことを気にしなくて良いってのは、まったくもって犯罪者にふさわしいゲスな考え方だよな。正しい人間なら、自分たちが不幸だからこそ、幸せなやつが不幸にならないように思いやるもんじゃねえのか?悲劇のヒロインぶりたいみたいだけど、おれにはお前たちがなるべくして犯罪者になったようにしか思えないぜ」

これは相手を怒らせるための嘘。
ウィルも地上で勤務していたからこそ、犯罪者が本当に悪ばかりではないことは知っている。やむにやまれぬ事情があったり、どうしようもなくて、それしか道がなくて犯罪者になった者も大勢いる。おそらく少女と使い魔もそうに違いない。
だが――だからこそ、その考えを、どうしようもないという思いを無視し、犯罪者と断じ、まとめて悪でくくるようなこの言葉は、相手を激怒させることができるだろう。

我ながら外道な方法だと思うが、それを躊躇するような気はさらさらない。
ウィルも、ほんの少しだが、はっきりと怒っているから。

なのはがどのような過去を背負っているのかはしらない。少なくとも家族も両親も善良で、友人も素晴らしい。一見すると、なんの不幸も味わっていないように思える。
だが、そんなわけがない。ウィルの知らない、あの歪みを――たった一度目があっただけの相手を気にかけて、たったそれだけのために、命のやり取りをする戦いに身を投じるような異常さを――生みだすような何かがあったはずだ。それは何か大きな出来事だったのかもしれないし、本人でさえ気付かないくらいの日々の小さな何かが重なった結果なのかもしれない。
それでも、何もなしにはあんな風にはならないはずだ。
少女がどうだか知らないが、なのはだって不幸なのだ。
それを、自分たちだけが不幸だと主張するかのような使い魔の発言に、ウィルは怒りを覚えた。

なるほど、だから躊躇しないのだろう。
なのはのことを何も知らないくせに、なのはをないがしろにするような発言をした使い魔に、
少女のことを何も知らないウィルが、少女をないがしろにするような発言をする――という形だから。

(……って、ずいぶんなのはに肩入れしてんなぁ。おれも)

心の中で自分に苦笑しながら、怒らせるような言葉を選んで話し続ける。

「だったらこっちも言ってやるよ。てめえらみたいな薄汚い犯罪者がどれだけ不幸だろうが知ったことじゃないんだよ。人様に迷惑をかける前に、さっさと首でもくくれば――」


「      」


その声は形容できない咆哮だった。
殺意を音に変えたような声。
ウィルは以前、少女に「死ね」と言ったが、それはずいぶんと陳腐なものに感じられる。
ウィルの台詞は、死んでも仕方ないという諦観ゆえのもので、能動的な殺意ではなかった。
使い魔の『それ』は、そんな生ぬるいものとは比べられない。
必ず殺すという決意表明、死の宣告。

使い魔にとって主人は親のようなもの。それをないがしろにする発言をしたのだから、当然。というか思惑通りなのだが、それでも一瞬身がすくむ。

(やば……挑発しすぎたかな。失敗したら死ぬだろうなぁ)

飛びかかる使い魔を真っ向正面から迎え撃つ。先に攻撃するだけなら容易い。こちらは肉体駆動を用いて、予兆なく、最初から最高速で攻撃できるのだ。
しかし、ウィルの通常の一撃で相手を倒せないのは、先ほどで証明済みだ。
使い魔もそれはわかっているに違いない。
たとえウィルの攻撃を先にくらっても、それに耐えてでも確実にウィルに一撃をぶち当てるつもりだろう。
まさに肉を切らせて骨を断つ――ウィルが一撃で倒せなければ、相手の一撃がこちらを殺すだろう。
幸運にも死ななかったとしても、その後で死ぬまで殴られるかもしれない。
倒すためには一撃で相手の意識を刈り取らなければ。

そのためにウィルが選んだ攻撃方法は、とびひざ蹴りだった。
左足で地を蹴る。右足を折り曲げて、膝を前方に突き出す。

そこまでは普通。だが、これはただのとびひざ蹴りではない。
最後の仕上げに、両足のエンジェルハイロゥのジェットを噴出させた。
音速を突破する加速力で、ウィルの体そのものが弾丸と化す。

(死なないでくれよっ!!)

そして、右ひざはアルフのあごに接触し、頭を撃ち抜いた。

そしてウィルは即座に飛行魔法で姿勢を変え、両足を前に出してエンジェルハイロゥの噴射で減速する――が、勢いを完全に殺すことはできず、そのまま前方のビルに窓から突っ込んだ。


ビル(ガラスを突き抜けた先の部屋でぎりぎり止まれたが、ジェットから噴出する空気のせいで、部屋はスゴイことになった)から飛び降り、倒れている使い魔に近づく。
普通の魔導師相手なら、顎が砕け、首の骨が折れて死ぬかもしれない。格闘戦の時の攻撃や防御の強さ、そして人間ではないということを加味して、この程度なら死にはしないだろうと調節したが、それでも賭けだった。
しかしどうやら、賭けには成功したらしい。
気を失った使い魔を小脇に抱えて、なのはたちの所へ向かう。

その時、ビルの間から光の柱が登った。





なのはたちの勝負は、少女がなのはを倒すことを諦め、ジュエルシードを回収しようとしたことで、様相を一変させた。
ジュエルシードを回収しようとする少女とそれを防ごうとするなのは。
両者が同時にジュエルシードに手を伸ばしたことで、封印されていたはずのジュエルシードは再活性する。AAAランクの魔導師二人の魔力を受けて活性化したジュエルシードは、その内に秘めた魔力を今までにない勢いで噴出させた。

その威力は、ランクで測れるものではない。周囲の魔力素全てを一瞬で揺り動かす。
揺り動かされた魔力素が、さらに周囲の魔力素を揺り動かし、波となって伝わっていく。
それは結界を砕き、空の雲を吹き飛ばし、さらには空間自体を揺り動かし始める。

間近でその震動波を受けた両者を守るため、それぞれの持つインテリジェントデバイスが、自動で防御魔法を唱えた。
波の威力はデバイスを半壊させるほどだったが、なのはも少女も、何とか吹き飛ばされるだけですんだ。
少女はデバイスが使えなくとも、自分の飛行魔法で姿勢を制御し、無事に地面に降りる。
なのはは、飛行をレイジングハートに頼っていたため、そのまま自由落下して地面に激突するかと思われたが、空中でユーノがフェレットから人間に戻り、落下するなのはを姫抱きして助け、飛行魔法を行使して無事に地上に降り立った。
なのはを助けると同時に、壊れた結界を再度張り直した手腕はさすがのものだ。おかげで通行人には一瞬目撃される程度ですんだ。

しかし、ジュエルシードはいまだに活性化のまま魔力を吐き出しており、すぐにでも封印しなければ危険な状態。

少女は壊れかけたデバイスを待機状態にすると、ジュエルシード元に駆けつけ、素手で封印を行う。しかし、暴走する魔力を抑えきれず、握る両手を中心にバリアジャケットが破れていく。
ジュエルシードから迸る魔力は、少女の体内の魔力にも影響を与え、全身を耐えようのない激痛が走る。


その少女の両手に、そっと両手が添えられた。
少女が顔を上げると、そこにはなのはの姿。
なのはもまた、自身の魔力を送り込み、ジュエルシードを封印しようとする。
そして、二人の少女の傍にはユーノが立ち、少女たちを包み込む空間を形成する。
温かな光に包まれ、少女たちの痛みを和らげる。
ラウンドガーダー・エクステンド――肉体と魔力を回復させる、ユーノのオリジナルスペル。
それからほどなくして、ジュエルシードは封印された。





「えへへ……大丈夫?」

なのはのバリアジャケットは、少女と同じようにぼろぼろになっている。しかし、なのはは気にせずに少女に笑いかける。

「どうして……」

笑みを向けられた少女は、疑問を口にする。

「どうして、あなたはそんなになってまで、私を気にしてくれるの?私とあなたは出会ったばっかりで、何の関係もないのに」

「気にするよ。だって、そんなに悲しそうなんだもん」



「……私の名前は、フェイト・テスタロッサ」

「え?え……っと、フェイトちゃんって呼んでもいいかな?」

「うん。……私は、ジュエルシードを集めないといけない――それは絶対に譲れないこと。……でも、そんな私でも、あなたたちと話をしてもいいかな?」

おずおずとだが、確かに少女は、フェイトは言った――話をしようと。
なのはは、その言葉を聞いてもすぐには理解できなかったようで、異国の言葉を聞いたかのようにポカンとしていた。
数秒たって、ようやくその言葉の意味を理解する。




「それじゃあ、早速ウィルさんと使い魔を呼んで来ないと――」

「呼んだ?」ユーノの声に反応するかのように、少し離れたところから、ウィルの声が聞こえた。

「うわっ!いつからそこに!」

ウィルは、近くのビルの影から、こちらをうかがっていた。

「なのはとその子が向かいあって話しているところから……なんだか良い雰囲気で、邪魔しちゃ悪いかと思って」

片手で使い魔の襟首をつかみ、ずるずると引きずりながら、近づいてくる。
ぐったりとしている自らの使い魔に、フェイトは顔を青くして、使い魔の名を叫ぶ。

「アルフ!」それがこの使い魔の名前なのだろう。

駆け寄ってくるフェイトに、アルフを見せる。

「安心してくれ、命に別状はないよ。優秀すぎて嫉妬するくらい良い使い魔だ」

「良かった……」

本当に良かったと、ウィルも思う。優秀な使い魔を作った魔導師は、それだけ自身の力をそがれてしまうのだが、これだけの使い魔を作ってなお、フェイトはウィルと渡り合うほどの力を持っていた。もしアルフを殺していたら、使い魔という『枷』をはずした、正真正銘の怪物を相手にするはめになっただろう。
フェイトは使い魔の無事を確認して、ほっとして体の力が抜けたようで、その場に尻もちをつく。
ウィルは彼女がはっきりと感情を現わしているのをみて驚く。先ほどまで無表情だったのに、この短期間に何があったのか。今の彼女は年相応の、少し気弱な女の子に見える。


「さて、一応こいつは人質だ。こっちの要求を聞いてくれれば、きみに返そう」

「……ジュエルシードなら渡します」

「いやいや、そんな大それた要求じゃないよ。こっちの要求は、さっきから伝えている通りさ。でも、念のためにもう一度言おうか。
 ――さあ、なのは、どうぞ」

「わたし?」

「なんかさ、ここでおれが言うと、おいしいところを持って行ったみたいじゃない?」


「そ、それじゃあ……」

こほんと、軽く咳をして、なのははあらためて少女に向かいあう。

「わたしたちと、お話ししよう?」





[25889] 第9話 海鳴の長い午後
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/03/31 23:35
なのはは再び学校に通い始めた。
一週間ぶりの学校は、大人の視点ではあまり変化していないように見えるのかもしれないが、子供たちにとっては大きく異なっている。とある男子が女子を泣かせただの、それを聞いたアリサが逆に男子を泣かせただの――わずか数日のうちにいろんなことがあった。身近なゴシップの会話における占有率が減少する中学生以降ならともかく、小学生の時点ではその割合はまだまだ大きく、一日休んだだけでも会話についていけず、妙な疎外感を覚えてしまうものだ。まして一週間となれば、浦島太郎のようなもの。
しかし、なのはには彼女をフォローしてくれる親友、アリサとすずかがいる。以前のように二人と昼食をとる時に、いろいろと教えてもらった。そして、二人がどんな風に一週間を過ごしたのかも、教えてもらった。
だがその反面、なのはの方は二人には何も言うことができない。月村家はもう関係しているので、すずかには伝えてもよかったのだが、彼女自身がそれを断った。「アリサちゃんが知らないのに、わたしだけ教えてもらうのは駄目だよ」と。そして、「話してもよくなったら、絶対に二人一緒に教えてね」とも。
とはいえ、いつになっても魔法のことを教えるわけにはいかないのだが。でも、これだけは言ってもいいんじゃないか――そう思って、なのはは二人に一つだけ教える。

「新しく、友だちができたんだ」



学校から帰って来たなのはは、自分の部屋にかばんを置くと、急いで着替えて翠屋へ向かう。店の扉を開けると、中には二十人程度の客がいる。あと一・二時間もすれば、学校帰りの学生が来るようになって、さらに忙しくなるのだが、今はまだ常連で年配の客がほとんどを占めている。
なのはは店内を見渡して、探し人の姿を見つける。そして走って近づこうとするが、店の奥からそれを咎める声がかかった。

「お客様、店内で走るのはおやめください」

そう言いながら、店の奥からウィルがトレーを持って出て来る。翠屋のエプロンをつけ、首には固定具。エプロンに濡れた跡があるので、先ほどまで皿洗いをしていたのだろう。
なのはがその席に座ると、ウィルはなのはの前にカップを置いた。その席の他の人の前には、すでにカップとお菓子が置かれている。紅茶はラズベリーティー。テーブルの中心には、ラズベリータルト。
席に座っているのは、はやてとユーノ。そしてフェイトだ。




あの日は、一行はウィルの発案でカラオケ店に寄ることになった(金銭は温泉旅行の時にはやてにもらった分を使った)
密談ができる場所の候補には高町家と八神家があったが、どちらも彼らにとって身近な人たちがいる場所。話し合い(交渉)が決裂した時のことを考えると、あまりよろしくない。もしかすると、彼らを人質にとられる可能性も――とウィルが考えてしまったのは、乱闘・誘拐・テロの対処をおこなう地上部隊の習性か。
それに、フェイトもろくに戦えない状態で敵の懐に行くのは心理的抵抗があっただろう。

なのはのレイジングハート、フェイトのバルディッシュは、先ほどのジュエルシードのせいで損傷していた。致命的なものではないので、魔力を流し込めばすぐにでも回復したのだが、二人とも魔力の消費が激しくて、そんな余裕さえなかった。幸い両方とも強力な自動修復機能を持っていたので、放っておいても一日あれば直るようだ。
ともかく、なのははデバイスがなければろくに魔法は使えない。フェイトは魔法は使えるようだが魔力不足。
他の面々はというと、ユーノは再びフェレット状態になって、なのはのポケットにしまわれている。先ほどの魔法、ラウンドガーダーエクステンドは魔力を多大に消費する魔法で、それを使ってしまったので、彼もまた魔力があまり残っていない。
そしてアルフはいまだ気絶中で、ウィルの背中に背負われている。
この中ではウィルが一番軽傷か。肉体駆動の使いすぎで体中が痛くて仕方がないし、アルフの攻撃を受けた左腕は特に痛むが、それでも戦えない程ではない。交渉が決裂した時には、フェイトを実力行使で抑えることも可能だろう。ある意味一人勝ちだ。


カラオケ店についた時には、すでに午後八時前。小学生は九時以降は入店禁止のため、一時間だけとする。

部屋に入ると、なのははさあ話し合いだと意気ごみ満タンで話し始めたが、しかし、フェイト自身が語ったこと、語れたことは非常に少なかった。
フェイト・テスタロッサという名前。そして、ジュエルシードを集める目的は、必要としている人がいるから。なぜ必要なのかは、フェイトも知らない。
まとめてみれば、たったこれだけのこと。

さすがにこれだけではいけないと、ウィルがフェイトに質問をする。
それでわかったことは、この世界に来ているのはフェイトたちだけであり、フェイトは何らかの組織に所属しているわけではない。この世界に来たのは、ウィルたちと初めて接触した日(月村家のお茶会)の前日であるということ。フェイトのバルディッシュは、フェイトに魔法を教えていた先生に作ってもらったものらしい。
なおも質問を続ける。次はジュエルシードのことをどうやって知ったのか、と質問しようとして、一つ賭けをしてみようかと考えた。

「失礼かもしれないけど、これだけは聞いておかないといけないんだ。良いかな?」

フェイトがうなずくと、少しためを作ってから言う。

「きみは、輸送船を襲ったか?」

「……え?」

表情を消す。
普段から気哀楽の表情をよく表しているウィルは、こうして表情を消すことで意図的に迫力を作り出す。小手先のテクニックだが、先ほどの戦闘におけるフェイトの例を見ても、表情の急激な変化は相手の心理を揺さぶる効果がある。

「きみは……もしくはきみの仲間は、ジュエルシードを手に入れるために輸送船を襲ったか?」

その質問の内容を理解して、フェイトはかぶりを振る。

「いいえ!そんなことしてません!母さんもそんなことする人じゃ――」

そこまで言って、自らの失言にフェイトの顔が青ざめる。ウィルは思わぬ収穫にほくそ笑む。
フェイトの仲間が輸送船を襲っていないであろうことはわかっている。そもそも、事故の可能性が高いとユーノも以前に言っていたし、なにより自分たちで事故を起こしたにしては初動が遅すぎる。ジュエルシードが落下してからお茶会の日までには、半月もの時間があったのだから。
この質問の意図は、フェイトがその人物のことをどう思っているか――命令者がジュエルシードを悪用するような人物だと思われているのか――を判断するための質問だったのだが。どうやら予想外の情報も手に入った。


ここまでの情報を総合すると、フェイトが単独で来ている以上、犯罪組織が関わっている確率は低い。たとえ封印できない程度の魔導師でも、複数人いれば捜索の効率は上がるからだ。それを行っていないということは組織的な関与はまずない。
次に、バルディッシュから、金銭的には潤沢であることがわかる。このような高性能なデバイスを作るには、十分な設備と費用が必要だからだ。だが、金銭的に余裕があるなら、なぜ人を雇わないのかという疑問が浮かぶ。それに対する回答は二つ。管理外世界で行動するという非合法な行為に手を貸し、なおかつ裏切らないと信用できるような組織とのコネクションがない。または、ジュエルシードの使用目的が、そういった組織でさえ手を引くようなやばいものである。
もちろんフェイトが嘘をついている可能性もあるが、よどみなく答えているので確率は低いだろうと判断した。



「どうすれば良いんだろう……」

ウィルの質問が終わると、なのはが悩む。フェイトとウィル。そして、ユーノが納得するような折衷案を考えて。
ウィルが一つ案を出そうとした時、ユーノが声を上げた。

「僕に案があるんだけど、良い?
お互いにジュエルシードの捜査情報を交換して、協力して探すっていうのはどうだろう。
 今みたいに、ジュエルシードを見つけるたびに戦っていたら危険だよ。だから、二十一個のジュエルシードを全部集めるまでは、一緒に探したら良いんじゃなかって……。
 どうかな?」

ウィルは驚いた。それは、自分の案とほとんど同じ内容だったからだ。しかも、今までのユーノなら、一度念話を使ってウィルに確認をとっていただろう。それがなかったということは、ウィルの考えを見通したうえで、これなら反対しないだろうという確信があったのだろう。

「わ、ユーノ君すごい!わたしは賛成!」

「……私も、それくらいなら」

「おれも賛成。一時休戦だね」

全員があっさりとその意見を飲んだ理由の一つには、先ほどのジュエルシードのこともある。たった一個のジュエルシードであれほどの規模だと言うのは、ウィルたちの予想をはるかに超えていた。それがこの街にあと十一個もある状態で、毎度毎度ジュエルシードの周りで争うのは本当に危険極まりない。最悪、一個のジュエルシードに影響されて、残りのジュエルシードがドミノ倒しのように次々に活性化して、十一個全てが活性化という事態も想定される。そうならば国が地図から消えるかもしれない。
管理局にとっては都合が悪いが、もともと輸送の事故はウィルの、ひいては管理局のミスで、この世界の人々には関係のないこと。さっさと回収して、管理局とフェイトたちという管理世界に住む者同士、この世界に関係ないところで決着をつければ良い。

その後の話し合いの結果、お互い今まで通り別々に捜索をするが、毎日夕方にどこかに集合して、お互いのジュエルシードの捜索状況とその成果を教えること。そして、全てのジュエルシードの収集が終わるまでは、互いのジュエルシードには手を出さないことが決定した。
細かいことだが、ジュエルシードは先に見つけた方が所有する。暴走や活性化しているジュエルシードの場合は現場に先に到着した方。ただし、どちらのものになったとしても、その場はお互いに協力して封印する。
もしもほぼ同時に到着した場合は、封印後に簡単な勝負を行って決めること。
これらは管理局が来るまでという期間限定ではあるが、両者の間に協定が結ばれた。




そして、集合場所はここ翠屋になった。それから毎日、こうして夕方に集まって情報交換をしている。昨日などは、店が混んでいたので途中から高町家に集まった。なぜかはやても参加しており、もうみんな敵であったことを気にしていないようだ。
互いの捜索状況を記した地図は書き込みだらけだ。ほぼ毎日のようにジュエルシードが見つかり、現在はウィルとなのはが九個、フェイトが五個――合計して十四個のジュエルシードが見つかっている。もうこの街の周辺と、山の方はほぼ探し終えた。捜索が大変であり、放っておいても大丈夫だろうと後回しにしていた海の捜索に、そろそろ移るべきだろう。


そして、今日の報告も終わり、なのはたちはもう少しお喋りを続けるつもりのようだ。

「こうしてフェイトちゃんと仲良くなれて良かった。これもおまじないのおかげかな」

「おまじない?」なのはの言葉に首をかしげるフェイト。

「あのね、自分の持ち物を机の上に置いて、秘密の呪文を唱えながら願いごとを三回書くの。それから、願いがかなうまで毎日身につけるんだよ。秘密の呪文はね――」

フェイトはあの晩から、よく表情を見せるようになってきた。こうしてみると、あまり世間ずれしていないようで、なのはのメルヘンな発言に感心しながら聞いている。隣でかなり微妙な顔をして聞いているはやてよりは、よほど普通の少女に見えるだろう。
はやては童話や夢のある話が好きなくせに、意外とまじないなどを信じない現実主義な面がある。話は話、現実とは違うとはっきりとわけられるほど、精神年齢が高いのだろうか。それとも、おまじないや願いが、無意味で何の効果もないことを自分の身で知っているからなのか。




再び皿洗いに戻ったウィルに、アルフから念話が届く。今日はジュエルシードの捜索をするからと翠屋に来なかったが、どうもウィルに話があるらしい。桃子に一言断りをいれて、アルフに指定された場所、高町家に向かった。
アルフは、高町家の庭、そこにある池のほとりにいた。池の周りを囲む石に腰かけて、じっと池の水面を見つめていたが、近づくウィルに気付いて、顔を上げた。

「……悪いね、わざわざ呼び出して。首はもう大丈夫かい?」

「どうした?今日はいやに殊勝な態度だな。狼とはいえ飼われているんだから、拾い食いはしない方が良いぞ」

「相変わらずむかつくやつだね。まだその首輪みたいなやつを巻いてるみたいだから、ちょっと気になっただけさ」


ウィルが首に固定具をつけている原因はアルフにある。
話し合いが終わり、まだ時間があったので何か歌おうか、せっかくカラオケに来たんだし。ミッドの曲は入ってないけど。
などと言っていた時、フェイトの隣――ウィルにとってはテーブルをはさんで対面に寝かせていたアルフの目が開く。
そして、ウィルの姿を認めた瞬間、その目に殺気が宿り、とび跳ねるように起き上がった。

「ユーノ君!バインド!」そう叫びながら、ウィルは瞬間的に壁まで下がる。

ユーノがチェーンバインドを発動。見事に、アルフの右腕をからめ捕る――が、それは引きちぎられる。魔力が減少した今のバインドでは、怒りに我を忘れているアルフは止められない。そして、なのはは魔法を行使できない。

「アルフ!駄目っ!!」

フェイトはアルフをいさめるが、その声は耳に届いていないのか、テーブルを跳び越えて、ウィルに襲いかかる。
ウィルの後ろは壁で、もうこれ以上は動けない。とっさに両手をクロスさせて、防御する。
アルフの一撃――あごを下から打ち上げるアッパーは、防御したウィルの体を天井に打ち上げた。
ウィルの意識はそこで途絶えている。

その直後にフェイトがアルフを取り押さえて、これまでの経緯を語ったことで、とりあえずアルフも収まったらしいが、首から上が天井にめり込んで、体がぶらりと揺れているという、首吊りか逆犬神家というべき光景は、幼い少女たちに若干のトラウマを植えつけた。そのあげく、物音を聞いて駆けつけた店員が悲鳴をあげたことで事態は大ごとになり、ウィルはそのまま病院に運ばれることになる。
なお、カラオケ店は出入り禁止になったそうだ。



そんなこんなで、ウィルは今、首を固定するためのサポータを装備している。軽いむちうち程度で済んだのはさすがの魔導師といったところだろうが、一人だけ数日にわたる怪我を負っているので、一人負けに近い。
あれから何度かアルフとは顔を合わせたが、昨日まではアルフもウィルに対する怒りがおさまらないようで、つっけんどんな態度だった。それが今日は気づかうような言動さえしている。それに、いつもと違ってなんだか元気がない。

「話ってのは何?」アルフの隣に腰掛けながら尋ねる。

「ねえ、どうせあんたたちは、最後には全部のジュエルシードを取り返すつもりなんだろ。……だったら、今だけでいいんだ。何個か貸してくれないかい?」

「無茶を言うな。渡して必要な数が揃ったからさようなら――ってことになったら、目も当てられない。これ以上の譲歩は無理だ。
 急にどうしたんだ。昨日まではおれが何か言うたびに噛みついてきたのに、物理的に。
 何かあったのか?」

「……フェイトに母親がいることは聞いてるんだろ。今日、そいつのところに報告に行ったんだよ。
あんたらと戦って五個も集めたんだから、フェイトもあたしも、きっとほめてもらえるって思ってた。そしたらさ、あいつ、いったいどうしたと思う」

アルフの顔はうつむいていて、その表情は見えない。だが、歯を食いしばる音が聞こえた。

「フェイトを拘束して、鞭で叩き続けたんだよ!それも、何回も、何回も!役立たずってののしりながらさぁ!
 なんでだよ!あの子はあいつのためにずっと頑張っているんだよ。全然知らない世界で、こんなわけのわからない石ころを探せって言われて、理由も教えてもらえないのにたった一人で…………少しくらいほめてあげたっていいじゃないか」

それが先ほどの発言の理由か。フェイトがもう叱られないように、少しでもジュエルシードを手に入れようとしたのだろう。

池に波紋がおこる。うつむいているが、アルフの顔は水面にはっきりと映っていた。
使い魔は死んだ生物の体を触媒として作り出される。その時、素体にした生物の特性は受け継いでも、記憶は受け継がない。アルフはフェイトに作り出された。つまり、彼女はまだ生まれてから数年しか生きていないのだ。どれだけ知識があったとしても、大人びた容姿をしていても、その精神はフェイトよりもさらに幼い。
そんな幼子に、自分の大好きな人がぼろぼろになっていくのを見ながらも、それを止めることができないというのはどれほど酷なことなのか。

そんなアルフに作戦で暴言を吐いたことを申し訳なく思い、少し慰めてあげようと思い、震えるアルフ背後に回り、肩に手を置いた。

「な、なにすんだい!」

「疲れているみたいだからな。マッサージでもしてあげるよ、前のわびだと思ってくれ。……ほら、肩の力を抜いて」

「……別に気にしなくていいんだよ。あたしもあんたを殴っちまったし」

「そっちこそ気にするな。おれが償いたいんだ」

使い魔に――それも人間形態にマッサージをして、どれだけの効果があるのかはしらないが、目的は慰めることなので肉体的な効き目がなくても構わない。心がつらい時は、誰かと触れあうのが一番。フェイトのそれの何万分の一かはわからないが、ほんの少しくらいは、ウィルでも慰めることができるだろう。
ただ、なでたり抱きしめたりすると、拒絶されるかもしれないので、お詫びとしてこちらがしてあげるという形式をとった。
アルフも、最初はむずがゆそうにしていたが、マッサージを続けるうちに少しずつリラックスしたようだ。


「ありがと。……あんた、意外と良いやつだったんだね」

「敵には厳しいだけさ。今のアルフは敵じゃない」

マッサージを終えると、再びアルフの横に座る。アルフは、じっと池を見ている。

「……正直ね、渡してくれないんだったら、さっさとあんたたちが、あのババアを捕まえてくれた方がよっぽど良いよ。
 ……ねえ、あたしがあいつの居場所を教えたら、あんたは捕まえてくれるかい?」

「この世界にいるのか?」

「ううん、次元の狭間さ。だから、普通だと見つけられないよ」

答えようとした時、それを遮るようにアルフが声を上げた。

「やっぱりなし!ちょっとどうかしてたよ。フェイトを裏切るようなまねをするなんてさ」

「そっか。でも、良い判断だと思うよ。子供にとって、親の影響は大きい。アルフにとってフェイトが絶対的なように、フェイトにとっての母親もまた、絶対的だ。たとえ母親が間違っているとわかっても、フェイトは最後まで間違った母親についていく。それを止めるには、誰かが力で強引に止めないと。
 だから、本当に止めたくなったら、その時は言ってくれ」

「力で止める、か。それ以外に方法はないのかい?」

ウィルは少し困った顔になる。

「知ってたら教えてほしいね」


その時、ジュエルシードが活性化した気配を感じる。これで十五個目。
ウィルは先に立ち上がると、右手をアルフに差し出した。

「なのはたちに連絡して、みんなで仲良く向かおうか」




ジュエルシードの場所は臨海公園だった。
久々のジュエルシードモンスターは、臨海公園の木がジュエルシードによって暴走した木の怪物、良くいえば木の精か。幸い以前の巨大樹のような大規模ではなく、枝を伸ばすだけの普通の木だった。

「フェイトちゃん!一緒に封印しよう!」

「うん!」

それは同時に現場についた二人の魔法少女によって、あっという間に封印される。相手の攻撃の届かない遠距離からの、桜色と金色の砲撃。バリアを張っていた気もするが、気のせいだろう。
残り三人は何もすることもなく、ただ見ているだけだった。


双方が同時に現場についたので、約束通りジュエルシード争奪のための戦いが始まる。
戦いのために、ユーノが広域結界を張る。その範囲は臨海公園も少しは入っているが、そのほとんどは海で、戦闘を行っても街に影響はない。
なのはとフェイトは海上に浮かび、ユーノは二人の間に浮かび、ルールの説明をおこなう。

これからおこなうのは、一種の模擬戦だ。ルールは「決闘の終了条件なんて、昔から決まってるだろ?最初の血が流れた時か、どちらかが死んだ時だ。……つまり、最初に一発当てた方が勝ちってことで」というウィルの一言で方向性が決定した。

「それじゃあ二人とも。この勝負は、僕――ユーノ・スクライアが審判を務めるよ。
 ルールは、より早く相手のバリアジャケットを傷つけた方が勝ち。魔法は非殺傷設定。制限時間は十五分で、時間内に決着がつかなければじゃんけんで――」


アルフとウィルは、ルール説明をするユーノを眺めながら、結界の端のベンチに腰掛ける。
一応二人は何かあった時の抑え役なのだが、翠屋からもらってきた袋詰めの菓子――焼いたパンをチョコレートで覆ったものを食べながら見ている。
パリポリと菓子を食う音が響く。完全に観戦状態だ。

「あんたはこの試合、どう思う」

「実力だけなら、まだまだフェイトの方が強い。なのはでは勝てないよ」

「ふふん、わかってるじゃないか。あんたが戦えれば、まだ可能性もあったのにねぇ」

「イヤミか?でも、この勝負に限ってはなのはにも十分に勝機はある」

「?」首をかしげるアルフ。

「先に一撃当てれば勝ちだからな。フェイトの直射弾は軌道が読みやすいから回避も簡単だし、中途半端な威力なら、なのはの高い魔力にものをいわせたシールドを抜くことはできない。逆に、なのはが得意な誘導弾は回避するのが難しい。
となると、なのはが遠距離を維持できればなのはの勝ち、接近戦に持ち込めばフェイトの勝ちだ」

「なんだい!楽勝だと思ってたのに!」

アルフはやけくそ気味に袋に手を突っ込み、わしづかみにして一気に口に運ぶ。

「全部食うな!……勝敗の決まり切った条件でやるわけないだろ。決闘っていうのはできる限り公平になるように設定するんだよ」

模擬戦では、実力差がありすぎる組み合わせの時は、片方のデバイスを使用不可にするとか、飛行魔法なしというハンデをつけることもある。地球でもご婦人と成人男性の決闘が行われた時、成人男性の方は腰から下を地中に埋められた状態で決闘することになったこともあったとかなんとか。

「そうかい……そろそろ始まるみたいだね。フェイト、気負い過ぎてなきゃいいけど」

母親に責められたことは、少なからずフェイトの心に影を落としているだろう。この戦いに勝てば、ジュエルシードを手に入れて、母親の期待にこたえられる以上、気負わないわけがない。しかし、気負いすぎて余計な力が入り、それがもとで負けてしまって、さらに落ちこむという悪循環に陥るのではないかと、アルフは心配している。

「そうだなぁ……でも、本気でぶつかりあってるうちに、気負いも吹っ飛ぶんじゃないか?喧嘩して気分はスッキリ。二人は友情を深めるっていうのは、何も男だけじゃないだろうし」

「夕暮れの河川敷で、ってやつかい?」

「そうそう。その後で寝転がって無意味に笑うようなやつ」

それはともかく、これは良い勝負になるはずだ。殺し合いではなく、正々堂々と勝負をして決着をつけることは、二人にとって良い結果をまねくに違いない。
どちらが勝っても、さらに二人の少女の距離はさらに縮まるだろう。
不安もあるが、そんな期待を抱いて、二人の保護者は観戦する。


「それじゃあ、二人とも、準備は良い?」

ユーノの確認の声に、二人は頷く。
ユーノは二人の邪魔にならないように、フェレットの姿になって、少し距離をとると大きく息を吸う。

「はじめっ――」





「そこまでだ」

結界内に、六人目の声が響く。
なのはとフェイトの間に、少年が突然現れる。まだなのはたちとあまり変わらないような容姿の少年。背もなのはより少し高いくらいだ。
少年の黒いバリアジャケットは、ウィルのものと形状は似ているが、首元は詰襟のようで、肩には大きな棘がついている。さらに、ところどころに金属的な光沢のラインがはしっていて、落ち着いたデザインの中に秘めた攻撃性を感じさせる。
そして、誰もが一瞬で理解する。戦いを始めかけていたなのはとフェイトも動きを止めるほど。
この少年はこの中の誰よりも強い。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。双方とも武器をおさめろ」


そんな中、一人ウィルだけが、複雑な笑みを浮かべていた。嬉しさ半分と――間の悪さに苦笑い半分。
彼は間違ったことはしていない。今にもジュエルシードのそばで、お互いに戦い始めようとしているのだ、止めるのは当然。
時空管理局の増援。しかも同期の中でも最強が来てくれたことは、本来ならば喜ぶべきなのだろうが。

「クロノ」

友人に声をかける。どうしても言いたい一言を言うために。
クロノはこちらを見ると、口元をにやりと上げて応答する。

「久しぶりだな、ウィル。すまないが、挨拶は――
 「空気読めよ」

 ――なんだいきなり!」




[25889] 第10話(前編) オーバーロードとの邂逅
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/11 07:34

海上に現れたのは、一人の少年。名はクロノ・ハラオウン。
ただの少年ではない。彼は時空管理局の執務官である。

執務官――時空管理局における管理職の一種で、事件の捜査権と局員への指揮、指示権を持つ。それだけではなく、管理世界における管理局法の執行権限――つまり一時的ではあるが、現地の法よりも管理局法を優先させる権限――や、事件に関係すると判断した場合の管理外世界への介入権など、一個人にしてはあり得ない程強力な権限を持つ。
それは、世界ごとに法が異なる次元世界では、一つの世界内だけならともかく、複数世界をまたいだ事件になってしまうと、通常の権限に縛られた捜査官では適切な判断を下せない場合が多々あるからだ。

高い権限にふさわしく、求められる能力も並大抵ではない。多種多様な世界の法律や文化に関する知識は必須であり、その上で確実に事件を解決する戦闘能力、もしくは指揮能力が必要とされる。一時的にでも現地の法をないがしろにして捜査することがあるのに、解決できませんでした――では、管理局の信用の失墜を招く。
その上で、正常な倫理感がなければならない。執務官が望めば、刑罰をある程度捜査することなど造作もなく、事件の真相をねつ造することさえ可能だ。

異なる文化、異なる価値観を天秤にかけて、軽い方を無視してでも事件を解決する。次元世界の現状や、管理局のことを知らない者から見れば、傲慢とも言われてもおかしくない。
それが受け入れられているのは、管理局の存在が管理世界には必要であり、なおかつ組織としての信用があるからだ。
その花形とも言える執務官は、ただ一人の例外もなく、優秀な人員で揃えられている。

執務官が出て来た以上、ジュエルシードを巡るこの事件は、近いうちに終わるだろう。



ウィルがクロノに声をかけた時、フェイトは魔法を行使し始めていた。不意をつくつもりなのだろうが、クロノはウィルの方を向きながらもフェイトへの注意も怠っておらず、即座に反応する。
そして、動き始めた二人を見ながら、ウィルはアルフに告げる。

「管理局が来たから、約束通り休戦はここでおしまい。早くフェイトを連れて去った方が良い」

「見逃すつもりかい?」

すでに戦うつもりだったアルフは、その言葉に拍子抜けする。
ウィルはエンジェルハイロゥを起動。同時にバリアジャケットを身に纏いながら、その言葉に苦笑する。

「ここできみたちを取り押さえようとすると、なのはちゃんが反対しそうだからな。代わりに、このジュエルシードは諦めてくれ」


フェイトはクロノに魔力弾を放つが、シールドで防がれる。だが、魔力弾は牽制にすぎず、真の狙いはその隙にジュエルシードを回収することだった。
クロノはまるで動じず、デバイスをフェイトに向ける。

『Stinger ray.』

水色の魔力弾が放たれる。たった一発だが、それはフェイトの動きを見極めて撃たれた、確実に命中する一発。
フェイトはシールドを展開するが、それはあっさりと貫かれ直撃する。クロノが使う本来のスティンガーレイは、速度と貫通力に優れている。
その代わりに威力は控えめなので、直撃したにもかかわらず、フェイトはすぐに体勢を立て直して、再度ジュエルシードを目指す。
だが、スティンガーレイの真価は防御魔法を貫いて敵に確実に当てること。そして、それにより相手の動きを止めることだ。したがって、フェイトが体勢を立て直した時には、クロノは新たな魔法を構築していた。つまるところ、先ほどのスティンガーレイはただの牽制。

本命をまさに発射しようとしたその時、なのはが二人を結ぶ直線状に身を躍らせた。

「ちょっと待って! わたしたち、別に戦おうとしてたわけじゃ……ええと、戦おうとは思ってたんだけど、それは別に本気の勝負ってわけじゃなくて――」


その隙にフェイトはジュエルシードに向かう。
だが、その横をウィルが暴風と騒々しいジェット音をともなって駆け抜け、ジュエルシードをその手にする。一拍遅れて、彼の移動によって発生した衝撃波が臨海公園の木々の葉を吹き飛ばす。すぐそばを通られたフェイトも、同様に木の葉のように飛ばされたが、それをアルフが空中で掴んだ。

「フェイト!ここは引くよ!」

海面に拳をぶつけて数メートルにも及ぶ水柱を上げ、視界を遮断する。
それが消えた時には、すでに彼女たちの姿は結界内のどこにもなかった。



ウィルはクロノの前に降りて、片手を軽く上げる。

「久しぶり、クロノ。お前だけってことはないよな?」

「ああ、『アースラ』が来ている。それより、事情を説明してくれるか」

「金髪の少女は、ジュエルシードを無断で回収している。法を犯してはいるが、最優先事項はジュエルシードの回収と判断したので、管理局が来るまでという期限付きで協力していた。
 そこの少女は高町なのは。偶発的な事故でこの事件に巻き込まれた現地人だ。魔導師の存在しないこの世界において高い魔法の資質を持っており、なおかつ本人の強い意思もあり、民間協力者としてジュエルシードの回収に協力してもらっている。素質はあるが、まだ魔法を知ってから一月程度で、次元世界に関する知識もほとんどない。それをふまえて説明してあげてくれ」

必要最低限なことだけを伝える。クロノは少し思案したようだが、ここで話をしても時間の無駄だと判断したのか、質問をせずにうなずいた。

「わかった。詳細は艦長への報告の時に聞こう」


少し離れたところからこちらを見ているなのはたち(いつの間にかユーノも合流していた)に、クロノが呼びかける。

「はじめまして。僕は時空管理局のクロノ・ハラオウンだ。突然で申し訳ないけれど、事件の詳細を把握したい。今から僕たちの船に来てもらいたいのだが、構わないだろうか」

「船?どこにあるんですか?」

なのははきょろきょろと海を見回すが、周囲には何も見えない。それも当たり前。時空管理局の船は水によって構成される海を渡るためのものではない。

「船へは転送魔法で移動してもらう。なので、僕たちのそばに集まってくれないか」


なのはたちがこちらに飛んでくるのを並んで見ながら、クロノはウィルに話しかける。

「遅れてすまなかった」

「気にするな」とウィルは笑いながら返す。お互いの言葉には、先ほどまでとは異なり友人に対する親しみがある。

「そうか。輸送船の事故に巻き込まれたと聞いていたが、大丈夫か?その首は――」

「これは別件で。ま、いろいろあったけど、今は無事だよ」

「そうか、良かったよ」

全員が集まると、クロノが右手を上げる。
すると周囲に魔法陣が展開され、数秒後にはウィルたちの姿はこの世界から完全に消えた。





視界が切り替わると、そこは巨大な部屋の中だった。その部屋は高さだけでも二十メートルはあり、確とした照明もないのに、部屋全体が薄い光に包まれて明るく照らされている。まるで空気自体が発光しているようだ。
ウィルたちはその部屋の中心に設置された足場に現れる。その背後には転送のための魔法陣が光を放っていた。足場からは正面に道が続いており、その先にはこれまた数メートルはあろうかという巨大な扉があるのだが、いかんせん部屋が巨大すぎる上に扉まで距離があるせいで、相対的に小さく感じられる。

「ねえ、ユーノ君、ここ……どこ?」

なのはが見慣れない光景に委縮し、不安そうに尋ねる。

「時空管理局の次元空間航行艦船――世界の間を移動するための船――の中だと思うよ。僕も管理局の船には乗ったことはないから、はっきりとはわからないんだけど」

歩き始めようとしていたクロノが足を止め、ユーノを見る。

「その小動物はきみの使い魔か?」

その言葉に、ウィルが思い出したというように、ポンと手を打つ。

「そう言えばユーノ君を紹介するのを忘れていたな」

「またですか……」しょんぼりするユーノ。

「おれも悪気があったわけじゃない、許してやってくれないか」

「それは本人がいけしゃあしゃあと言うことじゃないですよね」

ユーノはなのはの肩から飛び降りると、人間の姿に戻る。そして挨拶をしようとするが、クロノはそれを押しとどめた。

「その顔には覚えがある。ユーノ・スクライア、だろ」

「僕のことを知っているんですか?」

「当然だ。ジュエルシードの発掘者で、『先行調査』のために第九十七管理外世界への渡航許可をとっていた民間人を、ジュエルシードの回収のために来た部隊が知らないわけがないだろう?
 きみにもいろいろと聞きたいこともあるが、全ては艦長の前で聞くことにしよう。

 二人とも――次元空間航行艦船『アースラ』へようこそ」




扉を出てすぐに後ろを向くと、扉の近くには複数の言語で転送室と書かれている。有事の際には、魔導師たちは先ほどの部屋の転送システムを利用して、船から出撃することになっている。個人の転送魔法とは異なり、一度に数十人単位で転送することができ、さらにはモニターが十分に繋がっている場所であれば、こちらへと呼びもどすこともできる。
転送室の外には通路が続いている。壁そのものが光を放つ通路を歩いている時に、クロノが何かに気付いたように振り返る。

「いつまでもその姿というのも窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除しても平気だよ」

なのはは、今になって気付いたようで、慌てて解除する。それを確認すると、クロノは再び歩き始める。なのはがその背中に声をかける。

「クロノ君は解除しないんですか?」

「僕はまだ任務中だ。艦内とはいえ、気を抜くわけにはいかない」

顔だけで振り返って答え、その言葉通りに両方とも解除せずに、再び歩きだした。敵でない可能性が高いとはいえ、事情を聞くまでは完全に警戒を解くつもりはないようだ。そのためか、なのはたちも委縮しており、一行はしばらく無言で通路を歩く。
そんな中、ウィルがクロノに話しかけた。

「クロノのバリアジャケットって、前まで肩のトゲはなかったよな。実用性のない装飾はいやだって言ってたのに、どうしたんだ?」

「これもある意味で実用性を追求した結果だ。これでも執務官だから、敵にも味方にもなめられるわけにはいかない。見た目だけでも、威厳を出す必要がある」

「そっか、大変だな。威厳があるかはわからないけど、かっこいいし、似合ってるよ」

「そ、そうか?ありがとう」少し照れながら礼を言うクロノ。

「ああ。童顔と裏腹に凶悪なデザインというアンバランスさは、一部の人たちにはうけるはずさ」

「急にほめられている感じがしなくなったな」


先ほど現れたばかりのクロノと普通に会話しているウィルに疑問をもったのか、なのはが質問する。

「二人は知り合いなんですか?」

「ウィルとは士官学校の同期で、それ以来のつきあいだ」

「断金の交わり、莫逆の友ってやつさ」

「……前者はともかく、後者は違うな。むしろ逆の友だ」


「ウィルさんと同期……あの、クロノ君って何才なのかな?」

「十四才だ」とクロノが、「同い年」と続けてウィルが言う。

二人とも声をあげて驚く。クロノの容姿はどう見ても十才程度。童顔な上、背丈もなのはよりほんの少し高い程度だ。ウィルは百七十センチメートル程度の身長で、体格もその世代の平均以上。人によっては十六才くらいだと思うかもしれない。
そんな二人が並んでいると、とても同年代には見えない。

驚いたことで少しだけ緊張感がほぐれたのか、それを機に会話をしながら歩き続けた。




「艦長、来てもらいました」

クロノに続き、部屋の中に入る。その内部はなんと――なんとも説明しがたい様相になっている。
本来執務をおこなうデスクの場所には畳が敷かれ、屋内だというのに野だての用の和傘がその横に置かれている。さらには壁にいくつもの盆栽が並び、掛け軸がかかり、極めつけにししおどしが部屋の隅に置かれている。
和を体現したかのような部屋なのだが、青白色の壁とどうにも馴染まぬ上に、あまりにも要素が多すぎて混沌とした印象しか感じない――少なくともわびさびの精神を体現するおとはできていない。まだ一月程度しか日本に滞在していないウィルとユーノでも、どこか違和感を覚える。ましてや純日本産のなのはは、口が半開きになったまま静止している。

畳の上では茶釜が風炉にかけられており、さらに管理局の制服に身を包んだ女性が座っている。彼女は豊満な胸の前で両手をあわせると、仕事帰りの旦那を迎える若妻のように、満面の笑みをうかべる。

「はじめまして、わたしがこの艦の艦長。リンディ・ハラオウンです。
 みなさんお疲れ様。どうぞ楽にしてね」

クロノはがリンディの横に座り、ウィルたちはその対面に座る。リンディは茶を点てて、みなに出す。
彼女は二十代にしか見えない容姿だが、クロノという一児の母親である。ウィルも何回か会ったことがあるが、対人関係の間合いをとるのが非常にうまい人で、おそらくこの部屋も彼女の演出の一つなのだろう。相手に合わせながらもどこかはずしたところを見せることで、心のガードを下げさせる。自分を小さく見せることで利を引き出すその技術は、ウィルにはなかなか真似できないものだ。
聖母のように笑顔を絶やさないその顔は、一種のポーカーフェイスの役を果たしており、どこまで狙ってやっているのかは判断できない。しかし、彼女はアースラという船一隻のトップである。しかも有事には提督――時空管理局の本局、すなわち海の艦隊を指揮する立場でもあり、管理局全体でみてもかなり上位の人物である。計算であれ天然であれ、有能であることに疑いはない。

リンディが時空管理局の説明をおこなっている間、ウィルとクロノは念話で会話をしていた。魔導師はマルチタスクという思考分割能力に長けており、一つの会話の内容を理解しながら、別の人物と会話をすることなどは朝飯前。慣れていないと、どこか心ここにあらずになってしまうのだが、二人のマルチタスクを見ぬくことは、相当するどくなければ不可能だろう。
二人の話題は、部屋の内装についてだった。

≪ここまでするかぁ……。やっぱりなのはたちに合わせたのか?≫

≪それもあるが、半分は母さんの趣味だ。管理外世界を訪れるにあたって、事前に現地の文化を調査したのは良いんだが……どうも気にいってしまったようなんだ。出航前に買い物に付き合わされたよ≫

≪向こうで仕入れたのか?どうやって?≫

≪この第九十七管理外世界、通称地球は、今まで全く管理世界と交流がなかったわけじゃない。事故に巻き込まれて管理世界に来たり、まだ管理局が存在しない頃に連れてこられた人々がいたと、記録にある。彼らが持ち込んだ文化は、今でも一部の地域で根強く残っている。
 だから、管理外世界に関係する物を取り扱っている店に行けば、比較的容易に購入できる。危険な物でもないからな≫

≪なるほどね。どうりで地球では翻訳魔法が完璧に通じるわけだ≫

≪そんなことも確認しないで来たのか。言葉が通じなかったらどうするつもりだったんだ?≫

≪確認している余裕なんてなかったし、通じなかったらその時は森にでもこもっていたよ。ジュエルシードが活性化したら森から出て来て、封印したら森に帰って――って感じでね。
 あ、まさかこんなもん予算から買ってないだろうな≫

≪それは安心しろ。全てポケットマネーだ。……母さんがいろいろ買ったせいで、我が家の家計的にはかねりの痛手だったが≫

≪リンディさんらしいっていうか、ちょっと子供っぽい――≫

二人が視線を感じてリンディの方を向くと、にこりと笑った彼女と目が合う。

「二人とも、それはあまり行儀の良いことじゃないわよ」

「「ごめんなさい」」

なのはとユーノは、急に謝り出した二人を、不思議そうに眺めていた。




そして、三人はこれまでの経緯を語る。時に質問がはさまれながらも、どうにか最後までのことを語り終えた。

「三人とも立派だわ」

称賛する(ように見える)リンディとは対照的に、クロノは渋面を作っている。

「だが、同時に無謀でもある。特にウィルとユーノ、きみたちは一人で来るべきではなかった」

「確かにその通りだ。お叱りはあまんじて受けるよ。でも、今回ばかりはその判断が功を奏しただろ?」

「そうだな、それもまた事実だ。封印できる者が誰もいなければ、被害の規模は現状の比ではなかった。その点ではきみたちの行動は称賛されてしかるべきだ――が、その行為が法にふれていることも事実だ。
 ウィルはロストロギアの輸送任務中で、輸送物に対して責任を持つ立場だったと言うことを考慮すれば、許可なしに管理外世界へ介入したことも緊急的な措置だったと認められるだろう。罰もおそらく訓告程度ですむ。
 だが、ユーノについてはお咎めなしは厳しいな。きみは発掘者とは言え、民間人だ。そのきみに認められたのは先行『調査』であって、『回収』ではない。そして、管理外世界における魔法行使の許可はとっているが、無差別な広域念話はあきらかにその適用外だ。
 そしてもう一つ――管理外世界、しかも魔法が存在しない世界の住人への魔法技術の譲渡。これはどう言い逃れをすることもできない。罪状だけをみれば、最低でも数年の懲役刑になる」

場が静まる。一拍置いて、なのはが抗議の声をあげるが、ユーノは首を横に振ってそれを抑える。法を知らなかったわけではない。知った上で、法を犯した。それが善意からであれ、悪意からであれ、その事実は変わらない。
それになにより――

「覚悟はしています。僕は……僕の思慮が足りなかったせいで、無関係ななのはを危険なことに巻き込んでしまいました。それに対する罰としては、軽いくらいです」

「ユーノ君……」

「本当に、立派ね」リンディが、慈しむように言う。

ウィルが、ユーノの背中を軽く叩く。

「大丈夫、管理局は加点主義だから。事件解決への貢献と相殺しあって、最終的にはそれほど重い罰にはならないと思うよ。なぁ、クロノ?」

「その通りだ――脅すようなことを言ってすまない。ウィルの言う通り、きみの行動は結果的に、この世界に対する被害を大幅に減少させた。
 それに、きみのように優秀な魔導師であれば、奉仕時間の方で大幅に贖うこともできる。無罪は無理でも、懲役にまでなる可能性はないと思って構わない」

なのはがユーノの手をとって喜ぶ。ユーノはこの世界の人々のことを考えて、善意から行動したのだ。それが裁かれるなんて、なのはには信じられないこと。
しかし、ユーノは安心したような表情と同時に、何か納得のいかないような、複雑な表情をうかべている。その気持ちが、ウィルにはなんとなくだが理解できた。罪を覚悟していたユーノにとっては、罰が軽くなったこと自体は喜ぶべきことだが、本当にこれで良いのかと思ってしまう気持ちもあるのだろう。
つまり、どのような事情があれ、罪は罪としてきちんと裁かれるべきではないのか――と。

なのはは気付かない。クロノでさえ気付かない。ウィルは同じような思いを持っていたから気付けた。気付いたところで何をできるわけでもないが。

「一旦休憩しましょうか」

そのリンディの言葉に合わせるように、茶釜から湯気が出る。リンディは新たにお茶を入れ、そしてどこからか羊羹をとりだした。彼女の手製らしい。羊羹は妙に甘かったが、苦い茶とよく合っていて、全員思わずにやけてしまう。
しかし、リンディが突然茶に砂糖を溶かしだし、甘い羊羹と甘い茶という組み合わせをおこなうと、その胸やけしそうな光景にみな揃って視線を外した。
リンディは羊羹を口に含むと、残念そうにため息をつく。

「少し薄味だったかしら?」

薄いのか、これで。



[25889] 第10話(後編) オーバーロードとの別れ
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/18 02:52

一服が終わると、リンディは色を正して三人の方を向き、つられるようにウィルたちも思わず襟を正す。

「これからのことを話す前に、ジュエルシードについて、こちらでわかっていることを教えておくわね」

説明の序盤は既知の情報ばかりで、おさらいのようなものだった。
ジュエルシードは膨大な魔力を秘めた結晶体で、生物の思念や魔力に反応して活性化し、魔力を放出する性質を持っている。生物の思念に反応した場合はその思念を実現するようにはたらく――つまり願いを叶える。魔力に反応した場合は、ただ無差別に周囲に魔力を放出する。その場合、加えられた魔力の量によって、放出される量が変化する。数日前のビル街では、AAAランクの魔力量をもつ魔導師二人に反応したため、非常に大きな魔力が放出された。
その空間をゆがめるほどの魔力の波動は、次元世界では次元震と呼ばれている。

「私たちが今になって介入したのは、その時の次元震を観測したからなの。その凄まじさは、現場にいたあなたたちが一番よく知っているわね」


「次元震ってなんですか?」

なのはの疑問に答えたのは、クロノだった。

「次元震とは魔力素の振動、そしてそれを媒介として伝わる波のことだ。音波のようなものだが、魔力素は一部の例外を除けば地中や海中、宇宙にも遍在するから、その波はあまり減衰することなく周囲の全てに伝わる。はたから観測すれば空間そのものを動かしているようにも見える。また、空間を移動する転移魔法や、次元世界間を移動する次元転移魔法が存在することからもわかるように、魔力素は空間や次元の制約を受けにくい。だから、大規模な次元震は、あたかも転移魔法のように次元を越えて近隣世界にも被害を与えるんだ。
 さらに恐ろしいのは、魔力素の大規模な変化が天候や地殻にも大きな影響を与えることだ。次元震の派生した周囲では、空は暴風が吹き、海は荒れ、地は揺れ動く。次元震の影響下では、避難さえ難しい。座標が安定しないから、転送魔法で外部から救助することもできない――」

「あの……クロノ執務官。なのはの頭がオーバーヒートしそうなんで、もう少し簡単に……」

ユーノの懇願に、クロノは困った顔をする。

「だが、正確に言わなければ誤解を招く恐れがある。管理外世界の住人に偏向した知識を与えることは、管理局法で禁じられているんだ」

「石部金吉金兜(※極端に融通が利かない人物のこと)」と、ウィルが日本の故事成語で毒づく。

「なあウィル、その言葉の意味はわからなくても、馬鹿にしていることは伝わったぞ」

「二人とも相変わらず仲が良いみたいで嬉しいわぁ……ところで、話を続けてもいいかしら?」


仕切り直し。


「とにかく、次元震は恐ろしい災害だと思ってくれれば良いわ。
それでね、あなたたちが体験した次元震は、ジュエルシードの何万分の一の力が解放されただけにすぎない――って言ったら信じられるかしら?」

「あ……あれで万分の一!?」

リンディの思いもかけない言葉に、ウィルの声が思わず裏返る。街が消えるとか、そんな程度の想像はしていたが、それはまだ楽観的だったようだ。あれで万分の一なら、たった一個でも完全に発動すればこの星の文明が完全に滅ぶ。ましてや二十一個全てが揃えばどのような事態になることか。
その考えを読み取ったかのように、リンディは話を続ける。

「輸送前に採られたデータを本局の方で解析した結果、いくつかのことが判明したの。なのはさんには少し難しい話になると思うから、わからないところがあれば質問してね。
 あなたたちが今まで経験してきたのは、ジュエルシードを使用するための準備段階にすぎなくて、本来は複数個で使用することを前提にしている作られているの。活性化したジュエルシードを互いに干渉させ合い、それによって発生するエネルギーによってジュエルシードをさらに強く活性化させる。そしてそれらをまた干渉させて――そうやって繰り返すことで徐々に魔力を解放する。
 そして、完全に解放されたジュエルシードのエネルギーは空間に干渉して、次元世界規模で大規模な変革をひき起こす。それがどれだけの規模になるのかはわからないし、そんなことをして破壊以外の結果が生まれるのかもわからない。でも、まず間違いなく大規模な次元震が発生……もしかしたら、次元断層を発生させてしまうかもしれないわ」


「次元断層って――」

なのはがみなまで言う前に、今度はウィルが答え始める。

「大きな次元震によって生まれる、空間の亀裂のことだよ。これの何がやばいかっていうと、次元断層は正常な空間が膨大なエネルギーで無理やり引き裂かれたものだから、元の正常な状態に戻ろうとして再び動きだすんだ。そのためにまた空間を動かすわけだから、それにともなって次元震が発生してしまう。
そのせいで、次元断層のそばの世界は、完全に閉じるまでの数十年から数百年の間、ずっと大規模な次元震にさらされ続けることになるんだ」

ウィルの説明も九才児への説明としては大概わかりにくいものだったが、なのははなんとか理解したようだった。
ウィルは淡々と説明しながら、後悔していた。そんな危険な代物であるなら、一個でもフェイトに渡すべきではなく、なのはたちの不興をかってでも奪っておくべきだった。リンディの言葉は単に危険性を示しているだけではない。フェイトがジュエルシードを複数個集めていること、そして現在五個所有していることを考えると、それが実際に起こる――今すぐにでも起こされる可能性は十分にある。
もっとも、おそらく五個では無理だとも考えているが。科学的な根拠はないが、発掘時に一ヶ所に二十一個置かれていたと言うことは、完全な制御には二十一個全て、もしくはそれ以上が必要だと思われる(もしかしたら七個で完全制御が可能で、それが三セット置かれていたのかもしれないが)
しかし、そんな考えも相手が狂人であれば意味を成さない。何個必要かわからずに、今にも作動させてしまう可能性がある。

(もっと、徹底的にやるべきだったな)

そんな風に考えていると、再びリンディが話し始めた。

「そんな事態は、絶対に防がないといけないわ。
でも、今の話は推測にすぎなくて、詳しいことはまだわからないのよ。だから、あなたたちが持つジュエルシードをアースラで預かって解析したいのだけど、良いかしら?」

そんなことを聞いた後で断るわけもなく、十個のジュエルシードはそのままアースラに預けることになった。



「では、これよりジュエルシードの回収は、時空管理局が責任をもって遂行します。
なのはさんとユーノ君は、今まで良く頑張ってくれたわ。後は私たちに任せてちょうだい」

なのはは思わず身を乗り出す。

「あの、このまま手伝っちゃだめですか?」

「これは時空管理局が起こした事件だ。これ以上民間人を巻き込むわけにはいかない」

クロノがあっさりと斬って捨てた。

「でも……」

「急に言われても気持ちの整理もつかないでしょうから、今日は帰ってからゆっくり考えてみて。できれば、ご家族ときちんと話し合った方が良いわ。……そうね、今回のことでなのはさんのご両親にはいろいろと説明しなきゃいけないし、できれば明日にでもご両親とお話ししましょうか」

どうせなら高町家にだけでなく、他の関係者――すなわち月村家とはやてもまとめて、一度に説明する方が楽だ。ということで、ウィルには両家(プラスはやて)と相談して、会談の時間と場所を決める任務が与えられた。


「ウィル君はできる限り早く報告書を提出してちょうだい。それと、解決するまでの間は艦の戦力に組み込まれることになるわ」

「了解。報告書はすでに完成していますから、今日の分を書き足せば、すぐにでも提出できます。
 デバイスが壊れているので、アースラで修理をお願いしたいのですが、その許可をいただけますか」

「了承。申請書は後日で構わないわ」

「なのはちゃん、ユーノ君、ささっと報告書を書きなおすから、少し待っててくれるかな。
 クロノ、その間にアースラの中を案内してあげたらどうだ。ついでにおれのデバイスを修理に出してくれたりすると惚れ直すぞ」

ウィルは腕輪(待機状態のシュタイクアイゼン)をはずして、クロノに投げ渡す。

「執務官になってから、使いっぱしりにさせられたのは初めてだよ」




三人が出て行った後、リンディと二人きりの艦長室で、報告書を書き続けながら問うてみる。ジュエルシードの危険性を知っていながら、なぜ一月もかかったのか、と。
リンディが教えてくれた理由は、いくつかあった。
まず、最初はジュエルシードの危険性が認識されていなかったこと。発掘された後に採られたデータは、単体のデータとしては危険なものではなかったので、本局の方でも後回しにされてしまった。
さらにタイミングの悪いことに、ジュエルシードが発掘される少し前に別の世界でロストロギアによる事件が発生しており、海の待機部隊がそちらに出払って、すぐに地球に来ることができる部隊がなかったそうだ。結局、哨戒任務に出ていた艦船の中で、最も本局の近くにいたアースラが急いで呼び戻されることになった。
なんと運の悪いことか――と思ったが、リンディによるとこのような事態はたびたび起こるらしい。むべなるかな、三十余の管理世界に、百数十の管理外世界――合計二百近い次元世界では、常に何かしらの騒動が起こっている。そして、世界にはロストロギアという、簡単に世界を破壊できるようなものがごろごろと転がっており、それらがなんたらかの拍子に発動することや、悪人の手に渡ることもある。
年に一度は百数十の管理外世界のどこかで世界の危機が起こり、管理世界でも十年に一度は起こるほど。

“The world is critical!!”
文明の発達の果てに他の世界へと進出した人間たちを待っていたのは、自分たちは地雷原の上で生きているという事実だった。

閑話休題。
ともかく、ジュエルシードのデータの解析と現地文化の調査を並行しておこない、管理外世界への介入ということで数日にわたって会議を重ねて、ようやく許可が出てアースラが数日前にこの宙域にやって来た――

「――ということなの。遅れてしまってごめんね」

「海も相変わらず人手不足ですね。でも、そのおかげでリンディさんが来てくれたんだから、悪いことばっかりじゃないかな」

「あらあら、照れるわ」

「いやいや、口説いているわけじゃないですからね。もしもハラオウン以外の部隊が来ていたら、おれは捜査に協力させてもらえなかったかもしれませんから。養子とはいえ海の怨敵の一人息子ですからね」

ハラオウンは数代にわたって提督を輩出し続けている、管理局の名家だ。百年にわたり築き上げたコネクションは、管理局内に留まらない程に広く、次元世界で最大規模の宗教組織『聖王教会』にもコネクションがあるという噂もある。そんなハラオウンも、十年前にクライド・ハラオウン提督――クロノの父親が死亡したことで一時期はその勢力を減じていた。
それでもいまだに大きな影響力を維持しているのは、クライドの伴侶であるリンディが自ら提督として活躍を続けていること。そして、これまた海の名家であるロウランをはじめとする大勢の有力者と良好な関係を築いている要因が大きい。

「ここまで首をつっこんだ事件に最後まで関われないのは、やっぱり嫌ですから」

「なのはさんもそういう気持ちなんでしょうね」

「責任感が強い子ですからね。彼女の家族も、そういうことに理解のある人ですから、彼女が強く望むのなら許可すると思いますよ」

リンディは、その時初めて困ったような顔を見せる。

「本来なら倫理的な面でも、実用的な面でもお断りするのだけど、彼女の高い魔力はジュエルシードの封印にとっては非常に有効なのよね。強い意思があるのなら、断って下手に動かれるよりはこちらの指揮下で参加してもらった方が良いかしら……このあたりはウィル君と同じ考えになるわね。
 そうそう、家族と言えば、ゲイズ少将が心配してらしたわよ。私たちが担当に決まった時に、わざわざ連絡してきたくらい」

「親父が?」

リンディは何かを思い出したのか、クスクスと笑いながら話す。

「ええ。急にメールが来たかと思ったら、ずーーーっと海への文句ばかり書いてあったのよ。でも、その最後に息子のことをお願いします――って」

「ツンデレだなぁ、もういい年なのに。でも、どうやってリンディさんが担当だって知ったんでしょうか?」

ウィルの養父、レジアス・ゲイズ少将はミッドチルダ地上本部でも有数の人物であり、発言力の大きさだけで言えば、地上本部の実質的なトップと言える。ある意味陸の代表とも言える彼と海の関係は最悪に近い。レジアスは海がたびたび優秀な人材を陸から引き抜いていくことと、陸海間の予算不均等に血管が破裂せんばかりに怒っており、公の場でも歯に衣着せずに海を批判するので、当然のごとく海からは嫌われている。そんな相思相憎の仲であるレジアスに、身内が巻き込まれているとは言え、海が担当する今回の事件のことが伝わるのだろうか。

「あら、知らなかったの?少将は意外と海にも顔が利くのよ」

「本当ですか?犬猿の仲だと思っていましたけど」

「本局上層部の大多数は、確かに疎ましく思っているわ。でもそれは、少将の影響力が海にも及んでいるからよ。自分の出身世界を守りたいって思う局員は、少なからず賛同を覚えているし、何より引き抜かれた彼の部下が本局の管理職に結構いるのよね。優秀だから引き抜かれたのだから、当然と言えば当然のことなのだけど」

レジアスがただ吠えているだけの子犬なら放っておけばいい。しかし、実際には相手を傷つけるだけの牙を持っているからこそ、危険視されているということなのだろう。

「それじゃあ、おれなんかと仲良くしていると、リンディさんやクロノの立場が――」

「今はまだ、そんなことは気にしなくて良いのよ。早いうちから派閥や損得に縛られていると、年をとってから柔軟に動けなくなるわ。……なにより、私はあの子に気の置けない友達がいることが、とても嬉しいんだから」

「ママン……!!」包み込むような温かさを持ったリンディの母性のオーラにあてられて、そんなよくわからない言葉がもれた。





三人は、転送魔法で臨海公園に送り届けられた。すでに日が暮れた夜道を歩いて帰る。戻って来た翠屋には、士朗と桃子だけではなく、恭也と美由紀も集まっていた。あまりにも帰りが遅いので心配していたらしい。
しかし、これ幸いと全員に事情を説明する。それから、電話を借りて月村家にも説明して日程を決める。その結果、会談は明日の午後から月村邸でおこなうことになった。
そのことを下船する時に受け取った通信機でアースラに伝えると、ウィルは翠屋に待たせていたはやてと一緒に八神家に帰った。
今日で一旦お別れだというのに、その帰り道はなんの変哲もない、いつも通りの帰り道だった。
ただ、

「これからどないするの?」

「この事件が解決するまでは艦の方で待機することになる。管理局が来たからにはすぐに解決するから、安心して良いよ」

「ん、わかった」

そんな短い会話が加わっただけ。
家に着いて、遅めの夕食を食べる。その日の夕食は、いつもに比べて少し多かった。
部屋に戻っても、まとめるほどの荷物はない。もともと身一つでこの家に厄介になったのだ。せいぜい衣類と歯ブラシ程度。立つ鳥跡を濁さずと言うし、寝るまでの時間をたっぷり使って、部屋の掃除をおこなった。



月村邸での会談には、すずかとファリン以外は両家の全員が集まった。
アースラ側は、クロノが武装局員と共にさっそく調査に乗り出しているので、リンディが一人で(ウィルもアースラ側なので、正確には一人ではないのだが)訪れた。
参加者はみなウィルから次元世界について聞いていた面子なので、リンディの説明に混乱する者も特におらず、何事もなく終わった。

なのはとユーノは、これ以上は事件に関わらないということになった。なのはが手を引いたことは意外だったが、ウィルにはすっぱりと諦めたわけではなく、何かに悩んでいるように見えた。
ユーノはなのはと共に、事件解決まで高町家に残留することになり、意外にも恭也がそのことをとても喜んでいた。一つ屋根の下で暮らしているうちに男同士で仲良くなったようで、恭也曰く「弟ができたようで楽しい」とのこと。

ジュエルシードによってこの街が負った被害は、月村家を介して管理局が一部を負担することが決定した。支払い自体はこの世界においても価値をもつ貴金属などを用いれば良いのだが、管理世界と言う外部から持ち込むことになるので、この世界の経済に対する影響を考えなければならない。さらには、支払いの代行を一任しても構わないと言えるほど、月村家が信頼できるかどうかがわからないという問題もある。
さらには、管理世界のことを知った両家に対する事件解決後の対応など、政治的な話はとうてい一日では終わらない。
よって、政治的な話は事件が解決した後に、時間をかけて話し続けることになった。

そして、ウィルは会談が終わると、そのままアースラに向かった。



はやては士朗に車で送ってもらって帰宅する。
士朗たちに夕食に誘われたのだが、それは断った。ウィルが来てからは食材を二人分買っていたので、はやて一人では食べきれない程の食材が冷蔵庫の中に残っている。傷む前になんとかして使いきらなければ――と言うのは口実にすぎず、なんとなくそんな気分ではなかったからだ。
家に帰って夕食を作ろうとするが、どうにもやる気がでない。集中できない。別段何かを考えているわけではないのに、時折ぼうっとしてしまう。
当然料理にもそんな気持ちが反映してしまう。

「あかん、煮崩れしとる」

食べるのが自分だけで良かったと考えながら、棚から食器を出そうとして、今度はいつものようにウィルの食器も一緒に取り出してしまう。
どれだけうっかりしているのかと、自分に苦笑しながらウィルの分だけをしまっていく。

そして、マグカップを手に取った時、思わず手が止まる。これは、はやての使っているものだと小さすぎたので購入したものだ。
彼がこの家に来てから変わったこと。その中でも、目に見えないようなことならいくつもある。
一月前までは自由に使っていたソファーは、彼が来てから自然と位置が決まり、今では何も考えずとも自然と決まった位置に座ってしまうようになった。家事は二人で分担していたので、以前に比べると空き時間が大幅に増えていた。
しかし、そういった目に見えない変化は、一人の生活に戻ればどんどん消えていくだろう。

ウィルは自分の所有物はほとんど持って行ったため、消えないもの――形に残る物と言えばこれくらいしかない。
これがなくなれば、この家に彼を連想させるものはなくなってしまう。


――だから捨ててしまおう。

見るたびに思い出して泣きそうになるだろうから。
楽しかったこの一月と、これからを比べてしまうだろうから。

ほうとため息をつく。

「この家も、また広うなるなぁ」



[25889] 第11話(前編) 地球の海での戦い
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/23 07:21
なのはが日常に戻ってから、数日がすぎた。
空はコンクリートを溶かしこんだような陰鬱な塩梅で、洗濯物を外に干すことはためらわれるだろう。そんな日の昼前、ユーノは高町家で二人分の昼飯を作っていた。高町夫妻は翠屋、恭也は大学、美由紀は部活、と言う風にそれぞれの理由で家におらず、ユーノ一人が残っている。昼食は学校から帰って来るなのはと二人でとることになっている。今日は土曜日で普通の公立学校なら休みだが、なのはの通う聖翔大付属小学校は、いまどき珍しく土曜日も半日授業である。さすがは私立。

チャーハンを炒め、おかずとして昨日の残り物のコロッケをレンジに入れて、いつでも温められるようにしておく。そろそろ帰ってくるかと時計を見た時、ドアが開く音と共になのはが帰ってきた。

「おかえり」

「うん……ただいま」

しかし声には張りがなく、眉は八の字。どうやら落ち込んでいるようだ。ユーノが何か話す前に、なのはは自分の部屋に上がってしまう。呼び止めようかと思うが、着替えた後で構わないだろうと判断する。降りてきた後、昼食の時にでも話を聞こう――そう思って待つものの、なかなか降りてこない。
心配になり、なのはの部屋の前まで行きドアをノックする。

「なのは、入って良い?」

部屋の中からの返事を待ってドアを開けると、なのはは着替えもせずに、ベッドに仰向けに倒れこんでいた。

「どこか具合でも悪いの?それとも、学校で何かあった?」

なのははゆっくりと起き上がると、悲しげに笑う。

「ちょっとアリサちゃんに怒られちゃって」

「……喧嘩したの?どうして?」

「多分、わたしが最近うじうじしてたからだと思う」

今の状態は言うまでもないが、昨日までのなのはもまた、元気がなかった。月村邸での会談の後から、ずっと心ここにあらずといった様子、もしくは動き出す体を無理やり抑えつけているような不自然さがあった。
なのはに親しい者は、みな気付いていた。そして詳細はともかく、何について悩んでいるかも、おおよそ想像はついていた。

「やっぱり管理局を手伝いたいの?」

「うん。……でも、わからないの」

士朗や桃子は少し放っておいた方が良いと言っていたが、こんなさまを見て放っておくことは、ユーノにはできなかった。学習机の椅子に座り、ベットに腰掛けるなのはと向き合う。

「なのはが悩んでいること、僕に話してみて。うまくアドバイスできるかわからないけど、相談にのるくらいはできると思うから」



なのはは少し考えて、ぽつりぽつりと話し出した。

「わたしたちが初めて会った時のこと、覚えてる?」

「うん。自転車にひかれたフェレット姿の僕を、なのはたちが動物病院に連れて行ってくれたんだよね。そして、その夜に助けを求めた僕の念話になのはが応えてくれて、病院のジュエルシードを封印したんだよね。
 ……本当に、なのはには悪いことをしたと思ってる。僕のせいで、こんなことに巻き込んでしまったんだから」

「わたしはぜんぜん気にしてないよ。そうしないともっと大変なことになってたと思うから。
 それに、わたしは魔法に出会えたことがうれしかったんだ」

それを皮切りに、なのはは幼い頃のことを語り始める。父親の士朗が大きな怪我を負って入院したこと、そしてそれによって変化した家庭と、その中で自分が感じたこと。それから、人の役に立ちたいと願うようになったことを。
だが、それで終わりではなかった。

「小さい頃のわたしはね、人を助けたいって思っても、なんにもできなかったの。本当に……ただ見ているだけしかできなかった。でも、頑張ったらきっとたくさんの人を助けることのできる大人になれると思ってた。でも、最近は怖くなってきたんだ。このまま大きくなっても、たくさんの人を助けられるようにはなれないんじゃないかって。
 お父さんとお兄ちゃんはすごいんだよ。とっても強くて、いっぱい困った人を助けてる。お姉ちゃんだってそう。
 お母さんは……言わなくても、ユーノ君ならわかるよね」

その言葉にうなずく。翠屋の客の顔を見ていれば、桃子がどれだけの人を笑顔にしているのか、どれだけの人を助けているのか、わからないはずがない。

「わたしもみんなみたいになろうって思ってた。でも、できることが増えるたびに、みんなとの差がはっきりとするの。わたしは運動なんて全然できないし、料理だってそれほど上手くない。みんなみたいにはなれない。
 それがわかったら、何を目指せば良いのか、わからなくなったの。アリサちゃんやすずかちゃんは、わたしと同じ年なのに、ちゃんと自分の道を決めているのに…………わたしだけ、いったい何をしたらいいのかわからなくなったの」

それが彼女の迷い。緩やかに心を蝕む恐怖。いつだって、願いこそが恐怖を、そして絶望を生みだす原因だ。
これはそう簡単に振り払えるものではない。「なのはも頑張れば、きっとなれるよ」と言うことは簡単だろう。頑張ればなんにだってなれる――子供に大人がよく言う言葉だ。そう言うのは簡単だし、それは一面の真実でもあるが、その小さな可能性を信じて何年にもわたって努力し続けることはとても難しく、怖い。

さらに、なのはの目的が人を助けるという漠然としたものだったことが、その恐怖に拍車をかけた。いくら小さな可能性でも、一本しか道がなければ迷う必要はない。しかし、なのはの目的は漠然としているため、達成する手段もたくさん考えられた。父のように力で人を守る道を選ばなくても、母のように料理で人を笑顔にさせる道を選ばなくても、介護士になったり、医者になったり、人の役に立つ発明をしたり――選択肢はいろいろあり、どの道を通っても人を助けることはできる。
しかし、自分はこの一度きりの人生で、どんな道を選べば良いのか。もしも間違った道を選んだら、どれだけ努力をしても、何にもなれずに終わってしまうのではないか。
そう考えると、怖さで止まってしまう。
どの道が、自分にとって最高の道なのだろう。

そんななのはの前に、新しく一本の道が現れた。

「でも、ユーノ君とレイジングハートに出会って、魔法の力を手に入れて、やっとわたしも人を助けることができた。こんなわたしでも、誰かの役に立てることが、他の誰にもできないことができるようになれたんだ」

少しだけ、なのはは笑う。彼女の目には、魔法の道がとても魅力的に映った。これ以上なくわかりやすい形で、明確に人を助けることができる。父や兄にだって、こんなことできやしない。
魔法という自分だけの道が見つかったような気がした。
しかし、その笑みはすぐに消える。

「でも、今はどうしたらいいのかわからないの。今までみたいに力になりたいって思うんだけど、こんな大きな事件で、ウィルさんとかクロノ君とか、管理局の人たちがいるのに、わたしが手伝っても何の役にも立たないんじゃないかなって。もし役に立たなかったら、わたしはやっぱり、魔法でもたいしたことないって言われる気がして。
 そう考えたら、とっても怖くて、どうしたらいいのかわからなくなって、すずかちゃんのお家で、力になりたいって言えなかったの。
 えへへ……変なこと言ってごめんね」


ユーノは考える。なのはの悩みについては、具体的なアドバイスはできない。生まれながらにして、スクライアとして生きることを目指していた自分にはわからない悩みだからだ。
はっきりした意見といえば、なのはは管理局を手伝わない方が良いということくらいだが、これもなのはには危険なことをして欲しくないというユーノの考えにすぎず、なのはの気持ちを考えての言葉ではない。相談に対する悩みとしては不適切だ。

「なのは……僕は――」



ユーノが言葉を発した時、ジュエルシードの強大な気配を感じた。いや、感じるというレベルではない。
これまでは、体内の魔力がジュエルシードの魔力の影響を受けて揺らめく程度だった。しかし、今は違う。リンカーコアを直接揺さぶられるような感覚。吐き気をもよおした時のように、冷や汗が出て止まらない。
いったい“何個”発動すれば、ここまでのレベルになるのか。
その感覚はすぐさま消えた。結界を張って、外部への影響を遮断したのだろう。


なのはは反射的に動こうとして、しかしレイジングハートを握りしめたまま動けずにいた。
ユーノは考える――大丈夫だよ、きっとウィルさんたちが、管理局が何とかしてくれる。
そんな風に、なのはに止めるようなことを言えば、少なくとも今回は行かないだろう。

「すごい規模だね。これだけ大きいと、ウィルさんたちが気付いて向かっているはずだ。僕たちが行かなくても、きっと大丈夫だよ」

だが、その後に考えていなかった言葉を発する。多くを付け加えるわけではなく、ただ一言。

「でも、後悔しない?」

なのははその問いかけを聞くと、目を大きく見開いた。まるで、たった今天啓を受けたかのように。
そして、ドアではなく窓を向く。その姿に、ユーノはなのはの意思を理解した。

「行くつもり?」

「うん」首を小さく縦に振る。

「今回はすごく危険だよ。多分、今までの比じゃないと思う」

「わたし大きな樹が街に現れた日、すごく後悔したの。男の子がジュエルシードを持ってたのに、気のせいだって思って、何もしなかったから。
 今からわたしが行っても、何も変わらないかもしれない。でも、もし悪い結果になっちゃったら、今度は後悔するだけじゃなくて、自分を軽蔑しちゃうと思うの。力があるのに、ただ自分が怖いからって理由で使わなかった自分のことが」

なのはの眼には、久しぶりに強い決意がうかんでいた。ユーノは嘆息をもらすが、これで良いとも思う。なのはがこれ以上落ち込むのは見たくない。
それに、危険だと言うのなら、誰かが守ってあげれば良いだけのことだ。

「わかったよ。なのはがそう言うのなら、僕も行く」

「ユーノ君は無理に付き合わなくて良いんだよ。わたしのわがままなんだし……」

「ううん。これは僕のやりたいことでもあるんだ。
 僕はなのはを守りたい。僕になのはを守らせて」

数秒置いて、なのはの顔が真っ赤になる。言ったユーノも、自分の顔が化学反応をおこしたかのように、熱を作り続けているように感じた。


「え、えっと……そうだ!行く前に、お母さんに連絡しないと」

なのはは慌てて携帯を取り出すと、翠屋に電話をかける。手短にこれから出かけること、危険なことにまた首を突っ込むことを告げると、携帯を切ってポケットにしまう。

「それじゃあ行こう、ユーノ君!」

なのはは、バリアジャケットを身に纏うと、窓を開ける。同時にユーノが人目払いのために結界を張り、二人は空に飛び上がった。
そして、ジュエルシードの気配がする方、海へと二人は向かった。





意気込んで向かった先。海上に張られた大規模な結界の中に侵入した時の光景は、二人の予想をはるかに超えるものだった。
厚い雲に覆われたその世界は、日中だと言うのに月夜の晩程度の明るさで、不規則に吹き荒れる暴風が全てを薙ぎ払い、いくつもの竜巻を発生させている。それによって巻き上げられた海水は、意思を持っているかのように蠢く。空から降り注ぎ、海から昇り、風に吹かれて横から叩きつけられる。四方八方から水が襲い来る。
結界の中心部に行くほど、それは激しくなるだろう。

明確に死を感じるその光景に、二人は入ってすぐのところで止まってしまった。ジュエルシードを封印するには、ここから先に行かなければならない。
ここでさえ、風のせいで姿勢を保つのが精一杯で、雨で目がほとんど開けられないのに、ここからさらに先に。

――怖い

なのははどうなのだろう。そう思って、ユーノは横にいるなのはの顔を見る。
その顔はおびえていた。おそらくユーノよりももっと。
しかし、なのはの目は一点を見つめている。

それは暴風の中心。そこでは、金色と橙色の光が煌めいている。
魔力光、しかも見覚えのある色――あそこにはフェイトとアルフがいる。
なのはは風と雨の影響を減らすように、バリアジャケットを調節する。完全に遮断することはできないが(仮にできたとしても、空気が全く入って来なくなるので窒息する)、目を開け、呼吸するくらいはできる。
そして、中心地に向かって再び飛び始めた。ユーノは離れないように、急いでその後について行った。



風に耐えつつ近づいた先には、予想通りフェイトとアルフがいた。二人は風に煽られながらも、必死に嵐を抑えようとしている。フェイトは憔悴していて、すぐに風で飛ばされそうになり、アルフに支えられている。アルフも消耗してはいるが、こちらはまだ余力があるようだ。
二人に合流すると、なのはがアルフに変わってフェイトを支える。
そして、ユーノはアルフに質問する。

「これはジュエルシードのせいで?」

「あ、ああ。海に魔力流を流し込んで、海のジュエルシードを見つけるつもりだったんだ。でも、無理だった。見つかったけど、あたしたちだけじゃ、とうてい抑えられるものじゃなかったんだよ。結界ももうもちそうにない。
 ごめんよ、なのは。このままじゃ、あんたたちの街を危険にさらすことになっちゃう」

「後はわたしたちに任せて、アルフさんはフェイトちゃんを連れて離れてください」

なのはがそう言ってレイジングハートを構えるが、ユーノはそれに反対する。

「駄目だよ、二人にも残ってもらわないと」

「どうして!?フェイトちゃんはもう倒れそうなのに!」

「思い出して。ジュエルシードは周囲の魔力に反応して活性化するんだよ。これは予想にすぎないけど、一撃で“全て”のジュエルシードを完全に封印しないと、他のジュエルシードによって封印が破られてしまうと思う。
 そんなことはなのはと僕だけだと無理だ。でも、フェイトと一緒なら、まだ可能性がある」

「無理だよ!もうフェイトの魔力は残り少ないんだ。これ以上消耗したら、もう……」

アルフの言う通り、フェイトの魔力はかなり減少している。
だが、ユーノが見たところ、まだ身体に異常が出ているわけではない。ブラックアウト――魔力を短期間で大幅に失ったせいで、身体機能に悪影響を及ぼし始める現象――直前ではあるが、魔力さえ元に戻れば再び動けるようになるだろう。

「だったら、魔力を回復させれば良いんだよ」

「そ、そういえば、あんた回復魔法が使えるんだっけ。それで――」

ユーノは首を振る。
ユーノの回復魔法は、あくまで自然治癒を強化するもの。魔力を回復させる魔法とは、リンカーコアを強化して大気中の魔力素を魔力に変換するのを早めるだけで、すぐに効果があるわけではない。普通でさえ数十分はかかるだろうし、こんな荒れ狂う嵐の中、しかも魔力素が激しく動いている状態では、おちついて魔力素を取り込む暇がない。

「じゃあ、どうすれば良いのさ!」

アルフは怒鳴るが、それはもはや悲鳴に近く、声には涙がにじんでいる。
だが、ユーノの頭にはすでに一つの方法を見つけていた。魔法には、すぐに魔力を回復させる方法も存在する。

「なのはの魔力をフェイトに与えるんだ」

それは他者に魔力を譲渡する魔法。なのはとフェイトの魔力量はほぼ同じ。むしろ、使い魔にリソースをふっているフェイトよりは、なのはの方が多いくらいだ。十分に回復するはず。
だが、問題点もある。

「わたし、そんな魔法は知らないんだけど……」

なのはがその魔法を知らない、そしてレイジングハートにも、そんなプログラムはインストールされていないということ。感覚でおこなうなのはの魔法構築能力なら、今から即興で構成することもできるかもしれないが、それは危険だ。魔力を他者に与えるものである以上、ダメージを与える攻撃系魔法よりも、さらに慎重に構築しなければならない。
理論を理解し、基礎もできているユーノなら、今から構築して安全に行使することが可能だが、彼の全魔力を渡しても、柄杓の一杯をバケツに入れるようなもの。
だが、ユーノはそれを解決する方法も用意してある。

「大丈夫。僕に案がある。
 僕が即興で魔力を譲渡するための魔法プログラムを作って、レイジングハートに送る。だから、なのははそれにそって魔法を使ってくれれば良い。
 ただ、なのはにとっては初めての経験だから、正確に発動させるのは難しいと思う。レイジングハートには僕のプログラムを解析して、なのはの魔法構成を修正してもらいたいんだけど……できる?」

魔法を発動させる過程を一枚の絵画に例えるなら、なのはは今まで下書き(プログラム)を描かずに、ペンで直接描いていたようなもの。
今回はユーノが下書きをする。そして、なのはがなぞって完成させる形になるわけだが、絵のさまざまな技法を知らないなのはでは、下書きを完全にトレースすることはできない。だから、レイジングハートがなのはの手をとって描くのを助ける。
ただ、レイジングハートがユーノの下書きから描き方を読み取るには、ユーノのことをよく知らなければならない。
しかし――

『Too easy. I remember your structure of magic well, my masters. (簡単ですよ。マスターたちの魔法構成はしっかりと覚えていますから)』

「そうだったね、レイジングハート」

その言葉にユーノは思わず笑ってしまう。彼もまた、かつてはレイジングハートのマスターだった。
そして、デバイスとしての相性はなのはの方が良かったとはいえ、一緒にいた時間はユーノの方がずっと長いのだから。


ユーノは早速魔法を構築しようとする。しかし、風に飛ばされないように、そして時折迫る竜巻を回避しながらでは、集中できない。

突然、ユーノたちの体、正確には胴がバインドで縛られる。だがそれは、動きを封じるものではなく、逆にバインドのおかげで体が空間に固定されて吹き飛ばされなくなっている。
リングバインド――空間固定型バインドの基本魔法。
そして、接近する竜巻もまた、縄のようなバインドで縛られて手前で停止する。
チェーンバインド――術者を起点にして対象を縛り付ける、これまたバインド系の基本魔法。
バインドの色は橙。この薄暗い空間の中で、太陽のように温かな光を放つ。

ユーノたち三人の前に、アルフが仁王立ちする。そして、彼女は胸の前で両拳を打ちつけて笑う。野生の狼のように攻撃的な、それでいて頼もしく思えるような笑みをうかべて。

「守りは任せな。準備ができるまで、三人きっちり守りぬいてみせるさ」


ユーノは意識を集中させ、プログラムの構築を再開する。
単に組むだけではない。なのはがトレースしやすい形にする。
難しいことではない。なのはに魔法を教えていた時に、なのはがどんなふうに魔法を構築し、行使するのかは把握している。それも当然、教える生徒の得手不得手、傾向を知るのは教育の基本。
しかし、教えたことがなのはの役に立つのではなく、ユーノ自身の役に立つことに、思わず笑ってしまいそうになる。
日本風に言うなら、情けは人のためならず、と言うところか。


「できたっ!送るよ、レイジングハート!!」

ユーノはレイジングハートにふれ、プログラムをインストールさせる。レイジングハートのコア、赤い宝石の部分が明滅する。

『Received. ……It’s a good one.』

なのはがレイジングハートを掲げると、それを中心に魔法陣が宙に浮かび上がる。そして、なのはの体から桜色の魔力光が溢れだす。

「わたしの力をフェイトちゃんに……届けてっ!」
『Divide energy.』

それはなのはのレイジングハートに集まり、フェイトのバルディッシュへと流れ込む。

流れ込む魔力が止まった時、フェイトは一人でしっかりと空に浮いていた。
今のフェイトは、なのはの全魔力の半分をもらっている。魔法の行使には委細支障なし。

「ユーノ、アルフ、それになのは……ありがとう」
『Thanks a lot.』

バルディッシュが再び展開、そして槍状に変形し、四枚の光翼が生える。レイジングハートも同様に槍状に、そして二枚の光翼。お互いに最も出力の高い形態へと姿を変える。

「ディバインバスター!!」
「サンダーレイジ!!」

二色の光が絡み合い、同時に海中に吸い込まれた。





嵐はすっかりやみ、厚い雲もてんでバラバラな方向に拡散して、雲の切れ目から太陽の光が差し込んでいる。薄明光線、天使の階段とも呼ばれる現象。達成感も後押しして、その光景は目を奪われるほどに美しかった。
いまだ風は吹き続けているが、それも単なる強い風程度に収まっている。汗に濡れた頬を風がなでるのが心地よい。

海面の少し上には、六つのジュエルシードが浮かぶ。それらは全て、封印されている。

「なのはのおかげで助かった。本当にありがとう」

「にゃはは、わたしはあんまり……ユーノ君がいなかったらなにもできなかったわけだし――」

「ユーノにも感謝してる。もちろん、アルフにも。
 ……でも、ジュエルシードは譲れない」

大きな問題が残っていた。そもそも、フェイトがこんな危険なまねをしたのは、ジュエルシードを手に入れるため。なのはがそれを止めようとするのなら、ぶつかり合うのは必然。

「フェイトちゃん、あのね、そのジュエルシードはすごく危険なものなんだよ。わたしにはよくわからなかったんだけど、管理局の人が言うには、ジュエルシードを使ったら次元断層っていうのを引き起こしかねないって――」

そのことを聞き、アルフが驚く。彼女たちもまた、ジュエルシードがそこまで危険性な物だと知らなかったのだろう。

「やばいって、フェイト。あの人がなんのつもりでこれを集めろって言うのかわからないけどさ、これ以上そんなものに手を出したら――」

しかし、フェイトはアルフの言葉に首を振って否定し、なのはにデバイスを向ける。

「それでも、ここで引くことはできない。渡せないと言うのなら、戦うしかない」

「わたしはフェイトちゃんと戦いたくないよ」

「私もなのはと戦いたくない。でも、お互いに引けないなら戦うしかないんだ」

最初からこの嵐の中にいたフェイトは、なのは以上に疲れている。だが、そんなことは何のアドバンテージにもならない。両者のモチベーションの高さが圧倒的に違う。
なのはを見据え、デバイスを向けているフェイト。本当は戦いたくなくても、その思いを塗りつぶしてでも戦う決意が彼女にはある。
なのははレイジングハートを胸の前で抱えている。そこには決意などない。ただ困惑し、迷っているだけ。
なのはとフェイトが戦えば、なのははなすすべもなく敗れるだろう。




「修羅場ってるところ悪いけど、そこまでにしてくれるかな?」

のんきな声が海に響く。
コート状のバリアジャケットを身に纏い、片刃型のアームドデバイスとブーツ型のデバイスを装着して、彼は悠然と両者の間に立っていた。

「ウィルさん!」

「やあ、遅れてごめんね。きみたちがいてくれて、本当に助かったよ」

ウィルはいつものような笑顔を浮かべている。だが、本来ならイの一番に駆けつけているはずの彼がこんなタイミングで現れたことが、一つの事実を指し示している。

「……ずっと見ていたんですか」

ユーノの言葉に、ウィルは鷹揚にうなずく。その顔には一片の曇りもなく、むしろ気付いたユーノをほめるように笑っていた。

「頭の回転が速いようで何よりだ。なら、どうして今出て来たか、わかるだろう?」

悪びれもせず話し続ける。常ならば親しみを感じさせるようなその笑みも、今は癪にさわるものでしかない。
敵に――フェイトたちに封印を任せ、消耗したところで現れる。理屈ではわかる。それが最善であると言うことが。だが、心では納得がいかない。
そんなユーノの雰囲気を察したのか、ウィルは肩をすくめる。

「おっと、抵抗はしないでくれよ。きみたちが暴れるようなら、すぐにでも執務官や武装隊が来て、取り押さえることになっているから。おれが一人先鋒として来たのは、きみたちと話し合って、できる限り傷つけることなく、おとなしく投降してもらうためなんだ。どうだい?今なら先着二名様に、減刑の特典がついてくるかも――」


そこでウィルは突然話をやめると、上空を仰いで一言つぶやく。

「来たか」

海上に雷鳴が響き渡る。雲は晴れたはずなのに、なぜ?
ウィルにならって空を見上げると、雲の隙間のその向こうに極彩色の闇が見える。
闇は次元空間――次元世界と次元世界の狭間にある空間だ。次元を歪めて、次元空間とこの世界が繋げられている。
その向こうに見えるのは、山のように巨大な何か。そこから、紫色の稲光。

全員が気をとられていたその隙に、ウィルはすでにユーノのそばまで来ていた。

「逃げるぞ」

ウィルはなのはとユーノを片手でまとめて抱きしめ、そしてフェイトとアルフをもう片方の手で掴もうとする。
だが、フェイトはウィルに掴まれる前に、ジュエルシードの方に向かって飛び出し、アルフもそれを追うように移動したため、その手は空を切った。
ウィルはそれ以上二人を追おうとせずに、エンジェルハイロゥを作動して、ユーノとなのはを抱えて一気にその場を離れる。


ほんの二三秒で六百メートルほど移動し、その背後で海全体に雷が落ちた。威力自体は恐ろしく高いわけではなかったが、消耗している今、あれが直撃すれば意識を持っていかれただろう。

「次元跳躍型広域魔法か。やっぱり、おれが来て正解だったな。それにしてもすごいね、こんなのなかなかできることじゃない」

そう言いながら、ウィルは顔色一つ変えていない。そして口ぶりからも、これはウィルにとって予測していたことにすぎないとわかる。意図はわからないが、彼は時間稼ぎをしていたのだろう。
遠くてはっきりと見えないが、海上にはすでにフェイトたちはいないようだ。同じくここからでは見えないが、当然ジュエルシードも持っていかれているのだろう。

「さて、いろいろ説明したいし、アースラに来てくれるかな。
 フェイトちゃんのことなら心配いらないよ。彼女たちがどう動こうが、この事件はすぐに終わるから」





アルフは、次元空間に存在する本拠地『時の庭園』に帰って来ると、まず部屋にフェイトを運んで寝かせた。
フェイトはジュエルシードを取ろうとした時、あの雷に直撃して意識を失った。幸いフェイトの命に別状はなかったが、それでもアルフの心には抑えきれない猛りがあった。
アルフがここに転移した理由は、逃げるためだけではない。それなら、海鳴で拠点にしているマンションに逃げれば良かったのだから。

部屋を出て、玉座の間――彼女たちに命令を下している者、フェイトの母親のいる場所に向かう。薄汚れた暗い通路を進むと、庭に出る。植物のほとんどは手入れもされずに枯れ果てている。雨も降らないような次元空間で、手入れもせずに長い間放置されればほとんどの植物は生きていけまい。
歩きながらおもむろに片手を振るう。
彫像が砕け飛んだ。

「あのババア……!」



扉が開く。その先は大広間になっていて、その中心には玉座とも言えるような椅子が一つ。ここが玉座の間。かつては貴い身分の人間の別荘だったと言われるこの時の庭園。在りし日は、訪れる者がここで庭園の主に拝謁したのだろう。
その椅子には女性が一人座っている。怜悧な刃物を、さらに削って作った針。アイスピックのような女。
美しい女だが、病的なまでに青白い肌は生者には、まっとうな人間には思えない。
腰まで伸びる黒色の髪は天然のウェーブがかかっていて、暗い海を連想させる。髪と同色の黒いドレスは遠目に見ても上等だとわかるが、普段着に用いるものではない。だが、この女はいつもこうだ。家族であるフェイトの前でも、こんな仰々しい衣服――いや衣装を身に纏っている。
彼女こそフェイトの母親、そしてフェイトにジュエルシードを集めるように命令した首謀者。
名を、プレシア・テスタロッサと言う。

プレシアはアルフを一瞥すると、表情一つ変えずに問いかける。

「ジュエルシードはどうしたの?」

「あんな石ころを拾う趣味なんてないさ。食えないもんなんて、犬でも拾わない」

アルフはジュエルシードを回収しなかった。あんな物は、もう必要なかったから。

「ふざけているの」

だが、その言葉に答えず、逆に問う。

「なんでフェイトを巻き込んで……」

「それを怒っているの?広域魔法を敵だけに狙って当てるなんて、できるわけがないわ。少しは行動する余裕を与えたのに、避けられなかったあの子がにぶかっただけのことよ」

なんの感慨も持たぬようなその声に、抑え込んでいたモノが噴き出す。

「そんなことを聞いているんじゃないよ!なんでフェイトを巻き込んで、そんなに平然としてるんだ!!」

溢れる衝動を拳にのせ、アルフはプレシアに突撃する。
しかし、その手前で設置型のバインドに身体を捕えられる。

「なんのつもりかしら」

「ようやくわかったのさ……あんたはフェイトの敵だ。あんたといると、フェイトがどんどん壊れてしまう」

もう我慢が出来ない。このままフェイトが使いつぶされていくのを、ただ見ているだけで良いのか?――断じて否。
使い魔として生まれた時、死ぬまで共にいると、守り続けると誓った。騎士のように、家族のように、彼女と共に在ると。
その矜持、今示さずしていつ示す。

「だから、あんたを倒して管理局に引き渡す!」

フェイトはプレシアから、ジュエルシードの詳細を教えられていなかった。ロストロギアであること、そして実際に回収する時の経験から危険な物だとはわかっていたが、先ほどなのはから聞いたような、世界を危機に陥らせるほどの物だとは知らなかった。
だから、ここでプレシアを倒して管理局に引き渡して自首すれば、真実を知らずに利用されていたのだと弁明できるかもしれない。使い魔の功績は、フェイトのものとなり、少しは減刑されるだろう。
逆に、なのはから危険性を教えられた今、なおも管理局に逆い続ければもはや言い逃れはできず、罰は一気に重くなる。
だから、元凶はここで狩る。

「それは、あの子が命じたの?」

「違う!あたしが考えたんだ!」

力ずくでバインドを破り、拳をプレシアにふるう。
しかし、それはプレシアの手前で止まっていた。
二段重ねのバインド。

「そう。あの子は使い魔を作るのが下手ね。こんな――」

プレシアの右手に、紫色の魔力弾が生成される。
それはバインドごとアルフを飲み込む。アルフは十メートルほど吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
悠然と見下ろしながら、プレシアは感情のこもらない淡々とした声で語る。

「こんな余計な感情を持ったものを作ってしまうなんて。使い魔は“使用用途”に応じて必要最低限の思考能力だけ与える物。こんなに感情機能に割り振っていては、消費する魔力量の割に合わないわ。
やっぱり、間違った物からは、間違った物しか生まれないのね」

「……どういう、意味……だい」

「知る必要はないわ。それじゃあ消えなさい。失敗作を二つも置いておくほど、私は寛容ではないの」

身体を動かそうとするが、顔を上げてプレシアを睨むだけで精いっぱいだった。
ここで自分が死んだら、フェイトはまたプレシアの命じる通りに動く。
ブレーキのない車のように、壊れるまで走り続ける。
でも、もう自分は無理だ。

――誰か、フェイトを助けて




「そこまでだ!」

アルフの前に誰かが現れる。その誰かはシールドを展開し、プレシアの魔法を防ぐ。もっとも、完全に防げなかったようで、壁に叩きつけられたが。
アルフはその人を見る。青年だが、その顔に見覚えはない。しかし、その格好は管理局――確か、武装隊の――
そして、同時に玉座の間に次々と人が現れる。先ほどの青年を含めて、その数六名。みな武装隊の格好をしていた。
青年も立ち上がり、五人がプレシアを囲む。残った一人、女性は彼らから離れ、アルフを抱え起こす。

五人のうち、隊長格の男性が告げる。

「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、および管理局艦船への攻撃容疑であなたを逮捕します」




(中書き)

最後に現れたのはモブ武装局員です。特に新キャラではないです。後編は時間が前後しますが、ここ数日間のアースラの話になります。
アニメでは普通にやってたディバイドエナジーの難易度を上げました。ユーノに見せ場を作るためだけに!
あと、なのはの懊悩を書いていて思いましたが、こんな九才児はいないよなあ……。



[25889] 第11話(後編) 次元の海の戦い(別名、作戦会議)
Name: 上光◆2b0d4104 ID:39a587c8
Date: 2011/04/30 17:33

なのはたちが海上でジュエルシードの封印をおこなう何日か前――より正確に言えば月村邸での会談の翌日、ウィルは艦の主戦力である武装隊の面々と顔合わせをしていたところ、クロノの呼び出しを受け、アースラのブリッジ(艦橋)にやって来た。
ブリッジは高さごとに三段に別れており、最も上方にあるのがリンディの艦長席で、二段目が各分野の主任、一番下が一般的なオペレータたちの席になっている。二段目にクロノの姿を見つけて近づくと、彼は立ったままモニターを見ていた。集中しているようだったので、その隣――通信主任の席でドリンクを飲みながらコンソールを叩いている女性に話しかける。

「おはよう、エイミィ。敵の足取りはつかめた?」

彼女はエイミィ・リミエッタ。くせ毛がチャームポイントの少女――と言っても年齢はウィルとクロノよりも二つ上の十六才だ。ウィルたちとコースこそ異なっていたものの、三人は士官学校の同期で、彼女は卒業後にクロノと同じくアースラに配属された。後方における情報支援が専門で、アースラでは通信主任と執務官補佐を兼任している。
エイミィはこちらに顔を向けると、人懐っこく、それでいて猫のようにどこか人をからかうような表情を浮かべる。

「さっぱりだねー。アルフって使い魔の証言通りに、拠点が次元空間に停留しているとしたら、捜索範囲が広すぎてアースラだけだと時間がかかりそうだよ。拠点を放棄して逃げる場合も考えて、近隣世界に次元転移の痕跡がないか調べているんだけど、それも今のところなし。
 まだジュエルシードを諦めるつもりはないんじゃないかな?」

「このままどこかに持ち逃げされるよりはずっと良いね。ジュエルシードの捜索状況は?」続けて質問する。

「昨日のうちにクロノ君と武装隊のみんなで海鳴の周囲一帯を調査したんだけど、やっぱりこれ以上は陸地にはないみたい」

エイミィがコンソールをなぞると、海鳴周辺のマップが空中に投影され、エイミィとウィルの間に表示される。ウィルたちのここ一カ月の成果をふまえ、さらにクロノたちが調べた場所ごとの魔力密度や風向き、人口密度と言った様々な情報が加えられている。
エイミィは反対側から、マップを指しながら説明をする。それによると、残りのジュエルシードは全て海中に存在する可能性が高く、さらに海流の流れを考慮に入れると、ある程度の位置は絞れるらしい。ウィルたちと接触してからまだ一日半程度で、ここまで調べた能力に拍手と賛嘆の声を送る。

「さすがはアースラのスタッフ、優秀さは折り紙つきだ。それで、どうやって回収するつもり?」

その時、クロノがようやくモニターから目を離し、エイミィの代わりに答えた。

「海中に魔力流を発生させて、ジュエルシードを活性化させる予定だ」

あっさりと言うが、海中に魔力流を発生させることは、空中で発生させるよりも難しい。その後にジュエルシードを封印することを考えると、魔力消費は並々ならぬものになるだろう。クロノは魔力の使い方が非常にうまいが、魔力量自体はウィルの少し上程度しかなく、なのはとフェイトに比べると少ない。

「そこをフェイトちゃんに襲われたら危険じゃないか?」

「まだ実行すると決まったわけじゃない。今後の会議で検討するつもりだ。きみの意見も聞いておきたいが、わざわざブリッジに呼んだ理由は他にある。
 これを見てくれ」

クロノは、先ほどまで自分が見ていたモニターを示す。そこに写っているのは、研究施設や学会と思われる場所の写真。どの写真にも黒髪の美女が写っている。その目の覚めるような美貌に思わずため息がこぼれる。

「おお、すごい美人」

「残念ながらフェイト・テスタロッサに該当する人物のデータはなかったが、関係ありそうなデータを本局に要請したところ、彼女と関係がある――そして、黒幕にきわめて近い人物が見つかった。
それが彼女、プレシア・テスタロッサだ」

ウィルはモニターに表示された経歴を読む。
オーバーSランクの魔力と、雷の魔力変換資質を持つ稀代の魔導師にして、魔導工学を専攻とする科学者。ミッドチルダの管理局下の公的機関『中央技術開発局』に勤めていたこともあり、魔導エネルギーの抽出・運用については次元世界有数との呼び声も高かった。
彼女の人生を大きく変えたのは、中央技術開発局から民間企業であるアレクトロ社に移り、試験的魔導炉ヒュードラの設計主任になったことだった。ヒュードラ計画は一度の試験運転をおこない、それきり凍結された。その一度の時に、取り返しのつかない事故が発生したからだ。
ヒュードラ暴走事故――魔導炉から抽出途中の魔力が漏れ、半径数十キロメートルに甚大な被害をもたらした、近代でも五指に入る事故。物理的被害は事前に張られていたバリアによってほぼ零に抑えられたが、酸素分子が魔力の影響を受けて変化したことで、結果的に被害範囲の全生命体が窒息死するという大惨事となった。
事故の原因はプレシアの設計あるとされ、その責任を問われる。しかし、事故前後にプロジェクトを抜けた社員たちによる告発により、彼女の設計には問題がなかったこと、そして企業の体制自体に問題があったことが発覚する。プレシアの科学者としての名声は回復したが、自らが責任を被ることと引き換えに企業から多額の金銭をもらっていたことが明るみになり、事実の隠蔽に加担したとされ、結局その社会的地位は失墜。その後、世間の目から逃れるように地方に転勤。数年前に消息不明となる。転勤後の主だった動きは、病院への通院歴と時の庭園の購入歴のみ。
両親はすでに亡くなっており、身内は夫と娘だけ。夫とは娘が物心ついた時には離婚しており、娘はヒュードラ暴走事故で亡くなっている。

「時の庭園って?」

「旧暦から存在する、貴人の別荘……と言うのは表向きで、次元空間における中継ポートとしても機能する移動要塞だ。当然、単独での次元航行も可能。武装は質量兵器が禁止された時に全て廃棄されているから、要塞としての機能はほとんどないと考えて構わないだろう。
 かつてはミッドチルダの地方に存在していたが、プレシアの失踪と共に姿を消している」

「なるほどね。それを使えば地球まで来ることができるし、次元空間に駐留しているとすれば、この世界にいないって言うアルフの発言とも矛盾しない。
 でも、これだけだと断定できないんじゃないか?」

たしかに、個人でこのような物を所有している人物はそうそういないが、別に庭園のように大掛かりな物でなくとも、小型の次元航行艦船でも同じ役割は果たせる。
クロノはウィルの疑問にうなずき、コンソールを操作しながら答える。

「それについては、彼女の娘のデータを見ればわかる。
これがプレシアの娘、アリシア・テスタロッサだ」

モニターが切り替わり、今度は金髪の、十に満たない少女の姿が写る。事故で幼くして命を失った少女――アリシアの経歴と写真だ。
その写真の中のアリシアは屈託なく笑っており、それがウィルに強烈な違和感を与えた。なぜなら、アリシアの容姿はフェイトと瓜二つで、しかしその雰囲気はフェイトと正反対の印象を与えるものだったから。受動的と積極的、月と日、静と動。二人から受ける印象は似ても似つかない。
とは言え容姿が似ていることは確かで、それは同時にプレシアとフェイトに何らかの関係があることを示している。だが、それなら両者はどういった関係なのだろう。順当に考えれば、フェイトの言う母親がプレシア――つまり、フェイトはアリシアと同じく、プレシアの娘だと考えられるのだが。

「……クロノ、プレシアの夫の経歴はあるか?」

「ああ。しかし、離婚して以来プレシアとは連絡もとっていないそうだ。少なくとも、今回の事件には関係はない」

「精子バンクに登録は?」

「されていない。夫婦ともにそちらとは無関係だ。……やはり、ウィルも気付いたか」

「ねえ、二人とも何に気付いたの?」

エイミィは興味津々に尋ねてくるが、二人が気付いたことはあまり良いことではない。ウィルは苦い顔をしながら、説明を始める。

「フェイトちゃんとアリシアは“似ている”だろ?双子と言っても良いくらいに。父親が違うのならここまで似るなんて考えられない。いや、両親が同じでも普通はありえないよ」

一例を挙げれば、髪の色の問題がある。二人とも金髪だが、そもそも母親のプレシアは黒髪だ。金髪は劣性遺伝だから、たとえプレシアの新しい伴侶が金髪でも二回連続で金髪の子供が生まれる確率は低い――と、髪の色一つとっても、異なる可能性はあるのだ。ここまで同じ容貌をしているとなると双子か、それとも――

「おそらく、フェイトちゃんはアリシアのクローンなんだろうね」

「自分の手駒にするために、娘のクローンを作ったの…………そんな、ひどい」

エイミィが呟き、クロノがうなずくが、ウィルはまだ違うと考えた。資料を見る限り、アリシアには魔法の素質はない。魔法の素質――リンカーコアが発現するかどうかは血統によるところが大きいが、絶対ではない。兄弟でも片方にリンカーコアがないというように、運にも影響される。アリシアは運が悪くリンカーコアが発現しなかっただけで、そのクローンが優秀な魔導師の素質を持つ可能性はあるのだが――

「手駒にするなら、リンカーコアのない娘のクローンなんかにせず、大魔導師である自分のクローンを作った方が確実だ。そうしないってことは、アリシアでなくちゃいけない理由があったはずだ。
 ……多分フェイトちゃんはアリシアの代わりの人形――失った娘によく似た、自分の悲しみを癒すための都合のいい玩具として作られたんだろう」

つまり、フェイトは“愛玩用”である――その想像に二人も嫌悪感をあらわにする。そんな身勝手な理由で一個の生命を創り上げるなんて!と。エイミィはその境遇に同情してか、目を伏せる。

「そこまでは気付かなかったな。それが事実なら、とうてい許されることじゃない」

クロノは険しい顔をしながら言う。彼が抱くのは同情ではなく義憤――彼に融通の利かないところがあるのは、高い正義感の裏返しだ。かつて、正義の味方になりたいと言っていた(そのことでウィルとエイミィに散々にからかわれた)ほど、彼の間違ったことに対する怒りは激しい。

「あくまで推測だよ。そもそも、プレシアがクローン関係の知識と技術に精通していたのかもわからない。それに、外見は似ていてもクローンは決して本人ではない――そんなあたりまえのことを知らなかったわけじゃないだろうし……外見さえ似ていれば良いって割り切ったのかもしれないけど」

「フェイトの年齢から考えて、作られたのは失踪前後か……その頃に手を出していた研究のデータを、本局に要請する必要があるな。
 当面はプレシアを黒幕と考えて行動することになるが、彼女の目的は何だと考える?」

もし本当にフェイトを玩具代りとして生み出したのなら、その精神は倫理的なものをはるか彼方に置き捨てている。そんな彼女なら、およそ考えつかないような非常識な目的のために、ジュエルシードを集めているのかもしれない。
だが、五個ではまだまだ足りないと言われ、そのせいでフェイトが折檻を受けたと言うアルフの言葉を信じるなら、複数個を用いる本来の使用法を実行しようとしていることは間違いない。

「次元断層を起こしてまで叶えたい目的なんて、想像できないな。普通に考えれば、それ自体が目的――つまり次元干渉の実験ってところかな。科学者って人種は大なり小なり好奇心のかたまりで、興味があったらとりあえずやってみようって思うもんだし」

「どんな偏見だ……そういったマッドサイエンティストもいるだろうが、プレシアは違う。後に判明したことだが、ヒュードラの安全管理には非常に気をつかっていたらしい。それでも、娘のように守り切れなかった人々も多かったが。
 ともかく、ただの実験のためにここまで危険なことをおこなうと人物とは思えないな」

「となると、まさかとは思うけど、ジュエルシードを使って願いを叶えようとしているのかな。彼女の経歴を見ると、人生の前半と後半の落差が激しい。かつての人生を取り戻そうと思ってもおかしくはないんじゃないか?……例えば、時間遡行とか」

「馬鹿馬鹿しい、そんなことを本気でやろうとするはずがない……と思うが、僕たちの知らない何かに気付いた可能性もあるな」

二人が話し続けていると、隣でエイミィが呆れるようなため息をつく。

「二人とも、そういうことはプロファイラーに任せれば良いのに。せっかくアースラにも乗ってるんだから」

「たしかにこれ以上は単なる推測にしかならないね。この辺りで止めておこうか……プレシアが関係してなかったら名誉毀損ものだし」

「そうだな。それにそろそろ休憩時間だ。食事に行こうか。
 その後に少し時間をもらえるか?捜査方針について、ウィルの意見を聞きたい」




食事はアースラの食堂――前衛的かつ幾何学的な形の机は、まるで子供が給食時間に思い思いに机をくっつけたかのようで、どのような意図をもって作られたのかは皆目見当がつかなかった――でいただいた。
魔導師に人気の食事はパスタだ。アースラの食堂でも、さまざまなパスタ料理が存在する。中でも人気なのは、スパムのついた料理。ウィルもカルボナーラwithスパムと、スパム・エッグ・ベーコン・ソーセージandスパムを頼む。
ふと、八神家に居候していた時のことを思い出す。ある日、はやてがたらこスパゲティを作ってくれたことがあったが、どうも苦手だった。あの粒々とした感触で、幼いころに大けがをした時に口に入った砂利の感触を思い出してしまったから。言うまでもなく味はたいそう美味かったので、残さず完食したが。

食事を終えた三人は、アースラの一室を借りて、そこで話をすることにした。

「クロノ、前提条件を述べてくれ」

「目的は、首魁――推定プレシア・テスタロッサの逮捕。そして当該ロストロギア、ジュエルシードを全て回収することだ。
 その際、第九十七管理外世界、通称地球には必要以上に影響を与えないことが望ましい」

クロノの前置きに合わせて、エイミィの端末から立体映像が机の上に投影される。
下方には海鳴の街と海が表示される。その上にはアースラと時の庭園が浮かんでいるが、両者の間には壁があり、お互い行き来できないことを視覚的に表現している。
アースラの上には、クロノ、リンディ、武装隊(三十人)。ついでにウィルがミニチュア化されて乗っている。一方、時の庭園にはフェイトとアルフ、そしてプレシアが、これまたミニチュア化されて乗っている。立体映像の部分には位置センサが働いているので、あたかも実際にあるかのように、触れることもできる。ミニクロノを振りまわして遊んでいると、リアルクロノに怒られたので、しぶしぶ元の位置に戻す。

ジュエルシードはアースラに十個、時の庭園に五個、いまだ見つかっていない六個は海にある。
アースラの勝利条件は、ジュエルシードを確保し、プレシアを捕まえること。そのためには、時の庭園の位置を特定する必要がある。
敵の勝利条件は必要とするジュエルシードの個数によって変わる。五個以下、もしくは諦めるのならアースラから逃げること。六個以上十一個以下なら海のジュエルシードを手に入れること。それ以上ならアースラにあるジュエルシードを奪うこと。この三種のうちのどれかだ。

「ウィルが作戦を立ててくれ。フェイトたちと交戦経験のあるきみなら、その実力は良く知っているだろ?」

「それに、ウィル君は作戦をたてるのが得意だったもんね」


「オーケイ……時の庭園の位置を把握するまでは、こちらからは動きようがないな。無難な選択は、アースラが時の庭園の位置を特定するか、ジュエルシードを捜索するフェイトちゃんを捕まえて庭園の位置を聞き出すまで待機。
 長期戦になるけど、別にそうなったからって困ることはないよな?」

「費用がかさむことと、ウィルとユーノが解決するまで帰れないことくらいか」

「それは困るなぁ……とは言え、こちらが能動的にできることは残り六個のジュエルシードを集めるくらいしかない。
 海のジュエルシードを回収するとして……クロノ、相手に見つからないように、こっそりと回収することはできるか?」

「無理だ。ジュエルシードを活性化させるような魔力流は、気象に影響を与える。おそらく付近一帯は大規模な嵐になるだろう。それを抑えるためには大規模な結界を張らねばならないが、そうすれば今度は結界に気付かれる。魔導師相手に隠すことは不可能だ」

「ジュエルシードをクロノ一人で抑えることは可能か?」

「一個二個なら問題ないが、六個は無謀だな。安全を考えれば武装隊の半分に手伝ってもらいたい」

エイミィが端末をいじると、海上にミニクロノと武装隊(半数)が出現する。そして、荒れる海の上で協力してジュエルシードを封印し始める。
封印を終えるが、彼らはみな魔力を消費して疲れてきっている。武装隊はその名の通り戦闘では強いが、魔力量はあまり高くなく、ジュエルシードの封印に適しているとは言えない。
ともかく、この状況から次の手を考える。

「相手は確実に、クロノが疲弊しているこのタイミングで狙ってくる。
フェイトちゃんとアルフだけなら、残り半数の武装隊で十分に抑えることができるけど、同時にプレシアが出てくると負けるかもしれない」

海上という戦場は隠れるところがない。よって、魔力が高く広域魔法を行使できる者が圧倒的に有利な場所。加えて、雷の魔力変換資質を持つプレシアにとっては最高のフィールド。万全な状態でなければ負ける可能性が高い。
クロノもそのことを理解しているので、腕を組み眉をしかめながらも同意する。

「こちらから動くのは危険だな。長期戦になるが、仕方がないか。
ではあちらが同じようにジュエルシードを捜索した場合はどうなる?」



戦場は一旦初期状態に戻る。相手がジュエルシードを捜索してくれれば、相手だけが消耗してくれるので、管理局にとっては非常に都合が良い。

「プレシアを含めて三人で来た場合は、深く考えなくてもいいだろう。相手が封印を終えて消耗している時に、こちらの全戦力で抑え込むだけだ。
 今まで通りに、フェイトちゃんとアルフだけで来た場合は、プレシアが乱入することも考えて、まずはおれかクロノだけで抑えるようにした方が良い。ただ、この二人だけだと封印に失敗する可能性が高い。よって、成功する場合と失敗する場合――二つのケースを考えるべきかな。
 成功した場合は、その直後にジュエルシードとフェイトちゃんを確保する。封印で力を使い果たした彼女たちが相手なら簡単だ。プレシアが出て来ても、クロノと武装隊はほぼ完全な状態で残っているから、抑えることはできると思う。
 失敗した場合は、そのまま身柄を確保して、同じようにクロノと武装隊で封印すれば良い。封印後にプレシアが出て来た場合でも、先ほどの自分たちから仕掛けるよりは状態が良いし、勝てなくともフェイトちゃんとアルフを確保できたなら、一旦引くのも手だ。彼女たちから時の庭園の場所を聞き出して、準備ができてから再度こちらから仕掛ける。
 どうだい?二人とも。特に問題はないように思えるんだけど」


「エイミィに聞きたいんだが、相手が自滅するまで放置すると次元震が発生して地球に被害を与えないか?」

「どの程度の規模になるのかは、ジュエルシードの解析が終わるのを待つしかないよ。
でも、多分大丈夫じゃないかな?艦長のディストーションフィールドなら、アースラの援護さえあれば次元震を抑えることもできるから。どのくらいまでなら抑えられるかは、艦長に相談しないとわからないけど。
 ところで、私もちょっと不安なことがあるんだ。相手も私たちが来るかもしれないってことは予想してるでしょ。だったら、それを逆手に取ってくるんじゃない?
例えば、武装隊がアースラから転送する時に、そこからアースラの位置を逆探知されたら――」

「……直接アースラに攻撃が来るかもしれないな。もしアースラが沈めば保管している十個のジュエルシードは再び地球に落ちる」

再び海鳴に落ちるかどうかはわからないが、アースラがこれだけ地球に接近している状況なら、落下範囲は以前より狭くなり、非常に探しやすくなるだろう。管理局の増援が来る前に、もう一度集め終えることなど造作もない。
だが、だからと言ってみすみす放置するわけにはいかない。だからウィルは逆に考える。

「それを利用してみよう。プレシアが逆探知して、アースラの位置を特定する。でも、プレシアがアースラに攻撃すれば、今度はプレシアの居場所を逆探知できる。
 アースラへの攻撃も、来るとわかっていれば防ぐ方法くらいあるんじゃないか?」

「うん。さっき言ったディストーションフィールドを使えば、質量兵器以外の魔法攻撃はほとんど防げると思うよ。これも、詳しくは艦長と相談しないといけないけど……」

「僕たちだけでは、このあたりが限界か。他に何かあるか?」



ウィルは沈黙していたが、しばし逡巡した後、おもむろに口を開く。

「一つ案がある。フェイトちゃんがジュエルシードの封印に成功した場合と失敗した場合を見れば、成功する方が都合は良いだろ?これは、彼女の封印の成功率を上げる方法なんだが……」

「そんなことができるのか?」

「ああ。フェイトちゃんがジュエルシードに手を出したら、なのはちゃんに連絡をするんだ――おれたちは向かうことができないから、代わりに行ってくれって。理由は転送機器の故障とか、ある程度の信憑性があれば良いと思う。なのはちゃんはもちろんだけど、ユーノ君だってアースラのことを良く知っているわけじゃないから疑いはしないだろう。
 なのはちゃんとフェイトちゃん、そしてユーノ君とアルフ、この四人が協力すれば封印の確率はぐんと上がる」

だが、クロノはつかみかからんばかりにウィルを問い詰める。

「ふざけるな。民間人を利用する気か」

「落ち着けって。たしかにそうだけど、これは予防でもあるんだ」

「どういうことだ?」

「ジュエルシードの大規模な反応があれば、おれたちが連絡しなくても、海鳴のなのはちゃんとユーノ君が気付いてやって来る可能性もある。月村邸では手を引くって言っていたけど、それを反故にすることもあるだろう。
 そして、もしおれたちがフェイトちゃんを捕まえようとしている時に来たら、こちらの言う通りにおとなしく引いてくれないかもしれない。そこでプレシアに来られたら、三つ巴の大混戦だ。
 でも事前に連絡して、封印で魔力を消費させれば彼女も無力化することができる」

心配のしすぎかもしれないが、温泉と臨海公園の二回、他者の争いに割って入ってきた前例がある。
だが、クロノはその説明を聞いても、全く納得していなかった。

「それにどれだけの意味がある。それが必要なことなら僕だってためらいはしないさ。だが、“かもしれない”で民間人を巻き込めるか!
 そこまでしなくても事件は解決できる」

「解決できる“かもしれない”だ。ジュエルシードが悪用されれば世界の一つや二つ吹き飛ぶ。それなら、より確実な手段をとるべきだろ――情に流されるなよ、クロノ」

「情ではない。管理局だから、それは認められないと言っているんだ。管理局は常に正しくあらなければならない」

時空管理局の『海』は複数の世界をまたにかける組織だ。各世界と交渉する必要があり、交渉において信用というものは大きな価値を持つ。民間人を勝手に利用するなどもっての外。

「それ以前に、管理局は世界を災厄から守る義務があるだろ」

時空管理局の『陸』は一つの世界に駐留し、現地を守る組織だ。しかし、戦力は海よりも低く、必然的に守るために手段を選ばない時が多くなる。


「理念を曲げてしまえば腐敗してしまうだけだということがわからないのか」

「別に曲げようとしているわけじゃない。理念はあくまでも守るための規範で、抽象的なモノだ。個々のケースに適応させて具体化する時には、例外もあるってだけだ」

次第に険悪な雰囲気になっていく。しかし、二人は止まらない。
エイミィは全く気にせず、二人と距離をとって観戦に徹する。この二人がけんかをするのはよくあることだ。普段は堅物だが、根は優しく犠牲を許さないクロノと、普段は飄々としていて人当たりは良いが、損得を計算して、ある程度の犠牲を許容するウィルでは意見が合わないのも当然。
この二人は容姿や性格、戦闘スタイルにいたるまで、多くのことで正反対だ。なのに――だからこそ、仲が良いのだろうが。
エイミィがそんなことを考えているうちにも丁々発止の舌戦は続き、もはや個人攻撃の域に至る。しかし、両者ともヒートアップするほどに口調は冷静で――しかしねちねち、ぐちぐちと相手を責めるような話し方になる。

「クロノ、おまえは昔から理念や理想に縛られすぎだ。まさかまだ正義の味方を目指しているつもりか?理念にそって行動しています、これは正しいことだからこれ以外に手段はないんです――って言うのは、アホのやることだろ」

「正義の味方の何が悪い。そもそも、おまえは昔から斜に構えすぎなんだ。変に知恵を働かせたような邪道ばっかり考えて、それで後々どれだけの敵を作って来たか思い出せ。正しくない手段は、必要以上の敵意と味方の不信感を買ってしまう。
 そんなだから、昔から人付き合いが多いくせに、いまいち信用できないと言われるんだ。僕以外で、本当の意味で友達と言えるやつはどれだけいるんだろうな?」

「な……なんてことを言うんだ。結構傷ついたぞ。
 そういうクロノは、そもそもあんまり友達がいないじゃないか」

「クッ……もういい、立て。言ってわからないきみには拳で教えてやる」

「上等だ。魔法なしの格闘訓練で、おれがクロノに一度でも負けたことがあったか?」(魔法ありだと一度も勝ったことがない)

その後、殴りかかるクロノの拳を、ウィルが捕まえて投げ飛ばそうとした時に、クロノの蹴りが局部にあたってウィルが悶絶。クロノも反撃に気をとられすぎて受け身もとらずに落下し、数分間失神することになった。
お互いに任務に支障が出ない程度には手加減していたので、半時間もすれば普通に動けるようになったのだが、リンディにはしこたま怒られることとなった。




その後の会議では様々な情報が出て来はしたものの、結局はウィルたちが考えた通りになった。
そして、なのはを使うという案はどうなったのかというと――

「なのはちゃんに連絡するのは駄目よ。でも、協力してもらうって言うのは良い考えね。なのはちゃんとユーノ君が“自分から”やってきたら止めないことにしましょう。ここで管理局に協力してくれたっていうのは彼女に、そして、とりわけユーノ君には有利になるわ。危険になったらすぐに助けられるように、」

リンディの判定は当然ながらクロノ寄り。ただし、ウィルの意見も取り入れている。これは単にウィルを慮っただけではない。この件でリンディが最も重視していたのはユーノのことだった。
秘密だと念を押された後に語ったところによると、ユーノたちが介入した場合、彼らが勝手に介入して来たという形ではなく、対応が遅れてなかなか来れない管理局を見かねて、民間人の彼らが助けてくれたという形で報告をまとめる予定らしい。そして、その功績と引き換えにして、ユーノの罪を少しでも軽くする――それがリンディの考え。
ただ、アースラが失態を犯したことになるのだが、リンディは全く気にせず、子供の将来には代えられない、と言い切った。

「……聖母か、あなたは」

「あらあら、ほめたって何もでないわよ」


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