二人が駆け付けた先は、旅館から市外への途中の橋だった。その下の河原が淡く光っているのは月光のせいだけではない。わずかに活性化するジュエルシードの魔力光が、周囲をほのかに照らしている。
欄干の上には先日の少女が立っており、橋の真中に五条橋の弁慶のごとく仁王立ちしているのは、風呂で出会った美女だった。
「おや、昼間の痴女じゃないか。こんなところで会うなんて奇遇だね」
軽口をたたくウィルに、怒りで顔を赤くさせながら美女は怒鳴る。
「あ、あんたはまだ言うのかい!
ああもう!おとなしく引くんなら見逃すつもりだったけど、あんたは一回噛まなきゃ気がすまないよ!!」
美女の髪が揺らめき、重力に逆らって空を向く。まさに怒髪天。
それはともかく、そのまま美女は身をかがめ、その姿を赤毛の狼へと変貌させた。ユーノのように変身魔法を行使したわけではない。つまり彼女は――
「その子の使い魔か。しかも上質だな」
使い魔は月まで響けと咆哮をあげ、それを開戦の号砲としてウィルに向かって跳びかかる。デバイスを起動して迎え撃とうとするが、その前にユーノがウィルの肩から飛び降りた。そのままウィルの前に出ると、シールドを展開して使い魔の攻撃を防ぎ、間髪いれず自身と使い魔だけを巻き込むようにして転送魔法を行使する。
「使い魔の方は僕に任せて!」
その声を残して、ユーノと使い魔の姿はその場から消えた。少し遅れて周囲一帯を覆う結界が張られる。
その場に残された二人は互いに視線をそらすことなく、夜空へと浮かび上がる。
「もう、油断はしない――バルディッシュ、セットアップ」
『Yes,sir. Set up.』
少女はその身を黒いバリアジャケットで包み、その手にデバイスを握りしめた。
「シュタイクアイゼン、エンジェルハイロゥ、セットアップ」
『Yes,sir. Set up.』
『Yes,my Lover. Set up.』
右手に剣、両脚に銀色のブーツ。そして、その身をブラウンのバリアジャケットで包む。
『Brits action.』
以前と同様に、少女が高速移動でウィルの背後に回り込む。しかし、その場にはすでに誰もいなかった。ウィルは少女と同時に動き、先ほど少女がいた場所からさらに離れたところまで移動している。
「ベルカ式、って知ってる?」
戦いが始まっているにもかかわらず、淡々と言葉を紡ぎ始める。
「ベルカ式――狭義で言うところの、武器型(アームド)デバイスを使用した戦闘法のこと。
ミッド式は純粋に魔力のみで構成された魔法を使うことで、対象の身体を損傷させず、リンカーコアに蓄積した魔力に働きかけてその魔力蓄積機能を阻害させる、という非殺傷設定を用いることができる。
対して、ベルカ式は魔力を用いて物理攻撃そのものを強化させるから、攻撃を非殺傷設定にすることはできない。だから――」
そうして、自分のデバイス、片刃剣シュタイクアイゼンの刃の部分をそっとなでる。
「バリアジャケットで止められなければ、普通に刃物で切られることになる。たとえ峰打ちでも、鈍器で殴られるのと変わらない。
……なんでこんなに長々と話しているのか、わかるよね?」
厳密には、完全に非殺傷設定にできないわけではない。
例えば、魔力を用いて剣速を高める場合――これは剣で斬ることで相手にダメージを与えるので非殺傷は無理だ。しかし、魔力を剣にのせ、剣による物理攻撃で相手の防御を破ってから魔力を叩きこむ――これなら、相手にダメージを与えるのは魔力による一撃なので非殺傷が可能だ(あくまで理論上は。物理攻撃の威力を強くしすぎて、バリアジャケットを貫通してダメージを与えてしまうことが多いので、現実的ではない)
しかし、講義をしているわけではないので厳密に語る必要はない。
発言の意図は、これからの戦闘の危険性を相手に認識させることにある。つまり退かなければ殺し合うことになるぞ、という脅し。
「警告だ。すみやかに投降し、ジュエルシードを渡せ。抵抗するようなら命の保証はできない」
しかし、その最後通告に対し、少女は首を横に振った。
「そう……じゃあ――死ね」
ウィルは言い終わると同時に突撃する。自らの言葉を伝える空気の振動を追うように。
そして瞬時に追いつき、追い越す。
その瞬間、夜空に光の輪が現れる。
それは衝撃波。物体が音速に至った時に発生する空気の層――ソニックブーム。
ただの円状の空気の層にも関わらず、月の光を受けて薄く輝くその様は、天使の光輪(エンジェルハイロゥ)のような神々しさがある。
『Defensor』
少女に代わり、少女がバルディッシュと呼んでいた彼女のデバイスが、自動防御としてバリアを展開する。動作速度が劣るインテリジェントデバイスにしては驚異の速度だ――が、それは薄紙のように貫かれた。
それでも無意味だったわけではない。そのわずかな隙に少女は高速移動、ブリッツアクションで突撃を回避する。
驚嘆すべきは突撃の威力。ウィルは剣に魔力をほとんど付加していない。これは、ただの速度と重量による物理攻撃。
そして、少女の行動もまた称賛されるべきである。バリアで生じた一瞬の間に、高速移動を発動させたのだから。ほんの少しでも遅れていれば、今頃決着がついていただろう。
ウィルはそのまま片時も止まらずに飛行を続ける。常に音速以上で飛行できるわけではないが、それでも少女の高速移動とほとんど変わらない程度の速度を維持している。
この驚異的な速度が、ウィルのもう一つのデバイスの力。
両足に装着しているブーツ型デバイス――飛行補助ストレージデバイス『エンジェルハイロゥ』
その仕組みは地球におけるジェットエンジンの仕組みに良く似ており、空気を噴出させることで推進力を得ている。ジェットエンジンは吸入し圧縮した空気に燃焼によってエネルギーを与えるが、このデバイスではウィルの魔力変換資質:キネティックエネルギーによって、空気に運動エネルギーそのものを与えている点が異なる。
特徴的な点は、噴出口となるノズルがブーツの底、つまり足の裏についていること。そもそも、単に加速に使うだけであれば、両足よりも背中に背負った方がよほど安定する。足では、微細なずれが飛行姿勢に大きく影響してしまうというのに。
その理由は――
前方からの複数の魔力弾。
まず、左足を斜め左後ろに向けることで、進路を前方から、少し斜め右前方に変え、直射弾の隙間を通りぬける。
しかし、その先にはもう一つ魔力弾が迫っていた。
ウィルは上体を起こし、片足を前方へ向け、前進のベクトルを打ち消す。そして、もう片足を地に向けることで、上方へと移動して回避する。
足と姿勢を変えながら飛行するその姿は、空中をリンクとして踊るスケーターのようだ。
これが理由。
脚を動かすことで空気の噴出する方向を変更し、自在に飛行軌道を変化させる。それがこのデバイスの企画意図。通常の飛行魔法と併用することで、加速性能だけでなく、旋回性能をも上昇させている。
この状態になれば、単なる直射弾は警戒するに値しない。
それらを回避しながら、闘牛士を狙う牛のように少女に突撃し、インメルマンターンで反転して再度突撃を繰り返す。
突撃!!(チャージ)
突撃!!(チャージ)
突撃!!(チャージ)
少女は高速移動で回避するも防戦一方。さりとてウィルも致命的な一撃を与えておらず、油断できる状況ではない。お互いの攻撃力と装甲の薄さを考えると、先に一発当てた方が勝つのだから。
安全に勝つためには、この状況で少女がどのように考えるのか――彼女の戦術を予測し、その裏をかく必要があるが、それはウィルの得意分野だ。
ウィルは自分と戦うものがどのように考えるか、十分に把握している。地上に配属されて以来、模擬線の相手は自分よりランクの低く――そして実戦経験の豊富な魔導師たちがほとんどだった。そういった者たちが、いかにしてランク上位の魔導師を倒そうとするのか。それをいやというほど経験してきた。
士官学校を卒業し、望むなら海で戦うこともできたにも関わらず、わざわざ陸で戦っていた理由。それは、弱者が強者に勝つための技を知り、身につけるためだ。
それも全ては、いつか戦う強大な敵を――闇の書と、それを守護する騎士たちをこの手で倒すため。
魔導師では騎士には勝てないと言われている。魔導師が劣っているわけではないが、一対一かつ適度な距離で戦った場合、たしかに騎士の方が有利だ。両者の違いを端的に表現するなら、状況を構築するのがミッドの魔導師、状況を制圧するのがベルカの騎士、というところだろうか。
ウィルは、ただベルカの騎士を倒すために、自身の先天的な能力を利用した超高速機動のみを鍛え上げた。
そのようにして鍛えて来たからこその自負がある。
たかだかちょっとランクが上の魔導師に――しかも、自身の三分の二程度しか生きてない子供に、負けるわけにはいかないという自負が。
とはいえ、
(もし、あの子が使い魔を作ってなかったら、この状態でも勝てなかったかもしれない。使い魔にリソースを割いて、なおこの強さ……天才ってのはいるもんだ)
気を取り直して、少女の戦術を予想する。
今のウィルの速度と旋回性の前では、もはや単なる直射弾はあたらない。あてるなら、複数の誘導弾を用いて逃げ道をふさぐように追い込むか、もっと広範囲――面を制圧するくらいの攻撃でなければならない。少女は今まで誘導弾を使用していないので、前者の心配はしなくていいだろう。後者はこの速度で移動するウィルが逃げられない魔法など、詠唱魔法クラスでもない限りは無理だ。
ウィルの攻撃は、突撃と突撃の間には時間がある。騎兵でもそうだが、高速で突撃し、転身して再び向かってくるまでには時間がかかる。それでも速度と加速力自体が尋常ではないので、その間はせいぜい数秒程度。詠唱を必要とする魔法を唱える時間はない。
ならばどうするか。近接型にとって厄介なのは、以前のようにバインドを設置されること。
だが、月が出ているとはいえ、この夜空では設置時に発生する魔力光で簡単にわかる。それに、そもそもウィルの突撃時の速度なら、バインドが対象を感知して構成される前にその範囲を抜け出ることができる。たとえ間に合ったとしても、超高速で飛行している――つまり莫大な運動エネルギーを持っているウィルを捕えるには、余程の強度をもったバインドでなければ不可能だ。つまり、目の前を通り過ぎる人間をロープで捕えることは比較的簡単だが、走っている車を相手に同じことをするのは難しい――というのと同じような理屈だ。
となると、少女のとる行動はカウンターだろう。相手の突撃に合わせて、無詠唱で最大の威力の一撃を叩きこんでくる可能性が高い。
そのまま突撃を繰り返す。そして、数回目の突撃で
「サンダースマッシャー!!」
予想通り、迎え撃つようにして、少女の雷撃が飛んできた。
そして、ウィルはその魔法を回避し、少女はその回避した方向に目を向け――そこに誰もいないことに一瞬気をとられ、次の瞬間には異なる方向からのウィルの攻撃を受け、吹き飛ばされた。
飛行魔法というものは、基礎にして最も奥が深い魔法である。
飛行自体はほとんどの魔導師ができるのに、空戦魔導師の数は陸戦に比べてはるかに少ない。それは、ただ飛べるだけではなく、様々なマニューバ(飛行機動)を習得しなければ実戦では使い物にならないからだ。
今でも教導隊では新しいマニューバが検討され続け、歴史上でも多くのマニューバが考案され、そして廃棄されてきた。その中には、優れていながらも使い手がいなかったがために、歴史に埋もれたものがいくつも存在する。
その一つ、『バレルロール』
進行方向を変えることなく位置だけを変えるこのマニューバは、まるで樽(バレル)の外側をなぞるような、螺旋の動きをすることからそう名付けられた。
この機動自体は、空戦魔導師が敵に追いかけられている時に、速度を下げることなく自分を追い越させる、という用途で現在でも使われている。
単に速度を下げるだけでは追い越された後の再加速に時間がかかる上、そもそも追い越される瞬間に攻撃される可能性がある。そこで、直進ではなく螺旋を描くように飛行することで、飛行距離を延長させつつ、敵に捕捉され難くする。追い越された後で維持した速度を用いて敵に追いつき、攻撃するというように、次の攻撃にもつなげやすい。
このように使用頻度は高いのだが、過去に一人だけ、全く異なった使い方をした人物がいた。その使い方自体は今日でも有名だが、実戦からは消えてしまった。
なぜか――実戦で使用するには、あまりに難解で、かつ危険だからだ。
その使用法は、突撃中に自身に向かってくる攻撃をバレルロールで回避することで、速度を落とすことなく敵に接近する、というカウンターへのカウンター。
問題は、直進ならともかく、螺旋軌道を描きながら敵を捕捉することは非常に難しいということ。回転する視界の中で、敵と自身の位置関係を把握し、速度を落とさぬようにしながら瞬時に方向を調節することで、ようやく敵の不意をついて接近できる。位置把握に失敗すれば敵の横を通過してしまい、速度を落としたり、迂遠な軌道をとってしまうと敵の第二撃をおみまいされるはめになる。
つまるところ、神技というべき飛行制御力――それがなければ使いこなせるものではない。ミッドチルダの大手のサーカス団では、これが入団試験になっているところがあるという。
ともかく、接近戦より、中・遠距離を好むミッドの魔導士たちが好き好んで使おうとは思わないだろう。
その魔技を、いまだ年若いウィルが使いこなせる――というわけではない。軌道を確保するのに精一杯で、とてもその先の攻撃タイミングに気を回すことはできない。
したがって、このままではぶつかってしまう。
しかし、今回に限って言えばそれで構わない。体格はこちらの方が圧倒的に上、そして衝突することがわかっているウィルと、不意を打たれる少女では、どちらが有利かなどいわずもがな。
ウィルは肩から少女の腹部に衝突する。一般人なら両者ともに、体がひき肉のように潰れてしまうのだが、そこはお互いにバリアジャケットと肉体強化があるので、そう悲惨な目にはならなかった。それでも、衝撃の全てを殺すことはとうていできず、ウィルは一瞬意識をもっていかれそうになる。だが、少女はさらに激しい衝撃を受けている。まともに体が動かないだろう。
それでも、少女も気絶してはいないようだ。その手にはまだしっかりとデバイスを握っている。時間をおけば、再び立ちあがってくるかもしれない。
その意外なタフさに驚かされる。精神力で意識を留めているのだろうか。意思のないような目をしていたわりに、意外と根性がある。
しかし、この機を逃す手はない。駄目押しの一撃を。
今ならヘビィバッシュ――デバイスを媒介にして圧縮魔力を敵にぶつけるという、ミッド式でよく使われる非殺傷の近接技を、アームドデバイスで行う――が確実にあたるだろう。
(なんとか殺さずにすむかな)
それでも、骨折くらいはするかもしれないが、それは好都合。管理局が来ていない現状で、彼女を捕えたところで、魔法への対抗策の施されていない地球の施設では拘束し続けられない。情報を聞き出した後はデバイスを破壊した上で解放するしかない。
しかし、骨でも折ってくれれば当分はまともに戦えないだろう。
そして、墜落する彼女に再び加速して接近しようとしたところで、桜色の閃光に行く手と視界を遮られた。
「なんのつもりだ、なのは」
若干のいらだちと共に、地上でデバイスを構えているなのはの姿を睨みつけた。
高町なのはという少女は、誰からも好かれている。
彼女の容姿は一般的にかわいいと評されるもので、十人に彼女の容姿について尋ねてみれば、六人はかわいいと答えるだろう。しかも、屈託のない笑顔のおかげで実物はさらに魅力的になっており、残り四人も生で見れば思わず「かわいい!」と言ってしまうだろう。
だが、高町なのはが本当に好かれているのは、彼女の性格、性質のためだろう。
困っている人がいれば助け、他者と話し合いでわかりあおうとし、みんなに笑顔でいて欲しいと本気で願うような、和を尊ぶ少女。完全さを妬まれて嫌う者はいるかもしれない。
――なぜこんな良い子に育ったのか。
もともと良い子だったから?
教育が良かったから?
周囲に善人が多かったから?
それらも確かにある。
しかし、もっと端的に言うなら、『呪われた』からだ。
彼女がまだ幼かった頃に、父親が事故にあって大怪我を負ったことがあり、その後の家庭の変化は、彼女の人格形成に大きく影響を与えることになる。
意識不明が続く父、母は父の分まで働くことになり、兄と姉は母の手伝いと父の看病に明け暮れた。彼女も自分に手伝えること探したが、まだ幼かった彼女にできることは何もない。かといって手伝うことを諦めて遊び歩くことができるほど、今も昔も物事を割り切れる子供でもない。
結局、何もできなかった彼女は、せめて家族に迷惑をかけない良い子であろうとした。それだけでも年齢に比すれば十分に優れた思考と行動だが、彼女自身はそうは思わず、逆にそれしかできない自分自身に対する複雑な思いを溜めこんでいった。
無力感――助けてあげたいのに、今の自分では何もできない
寂寥感――そして、その思いに苦しむ自分を、誰も助けてくれない
隔絶感――助けることも助けられることもない自分は、誰とも繋がっていない
――寂しい
彼女の素晴らしい点は、それらの思いを溜め込むだけで終わらせず、克服するようにしたことだろう。
無力感と寂寥感は、人を助けてあげたいという誠心と、それを為せるだけの力への意思へ。隔絶感は、他者と話し合い理解し合うことで関係を持ちたいという期待に変わった。
これらの願望こそが、今の彼女を成す心の核。高町なのはを高町なのはたらしめている精神の柱。
以降の彼女の行動基準は、この時に決定された。
とはいえ、この時はまだ、願望はそこまで強固なものではなかったのだ。
その後、父親は無事に回復し、母親の経営する喫茶店も有名になり、家族は以前のような生活に戻った。このまま何事もなく成長していれば、彼女も大人になるに従って諦めと妥協を覚え、自分のできうる範囲で他人を思いやる、普通の善良な人間になっていっただろう。
だが、彼女は出会ってしまう。
『魔法』という力と、それがもたらす災いに。
異世界からの来訪者、ユーノ・スクライア。彼との出会いが、彼女に最大の変化をもたらした。
あの日――大樹が街に現れた日、ウィルとはやてと出会った日、そしてなのはがジュエルシードを見逃してしまったせいで、多くのものが傷ついた日。
あの日、封印の後でジュエルシードを回収するために街を駆け巡った時、彼女は自分のミスが引き起こした結果をまざまざと見せつけられることになってしまった。幾台もの救急車のサイレンが崩れかけた建物の間に木霊し、怪我をした子供の泣き声が響く。横転した車、壊れた家、夏にはほっと一息つける憩いの場である噴水は壊れて、水が地面を濡らしていた。
奇跡的に死傷者はゼロだと言われていたが、それでも怪我をした人は大勢いただろう。もしかしたら、取り返しのつかない怪我を負った人も――
――ああ、自分はこの事態を防ぐことができたのに、それなのに何もしなかった。
それからというもの、彼女は学校帰りに街に寄って帰るようになった。
自分の犯した過ちが、どのような結果を生んだのか。自分の過ちがどれだけの人を悲しませたのか。
それを目に、そして心に刻みつけるように。
そして、彼女は一つの誓いをたてる。
この事件で、これ以上誰も傷つかないようにするために、自分はこの魔法の力を振るおうと。
たとえそれが、どれほど危険であろうとも。
過去に蒔かれた種は、ついに芽吹いた。
かくて無垢な子供が抱いた願いは、いまや尋常ならざる強度で彼女の心に根をはり、もはや月日とてその意思を薄れさせることは容易ではないだろう。
永遠に消えない炎――不屈の勇気が、彼女の心に宿った。
以上が現在の高町なのはが造り上げられるまでの過程である。
呪いとは言動によって人の意識を縛ることで、その行動を制限し、無意識の内に一つの道を選ばせる技術のことだ。
ならば、彼女の行動を決定付けたそれを、他者を助けようという誓いを、『呪い』と言い換え、それを抱いてしまった彼女を『呪われた』と言って、いったい何の齟齬があるだろうか。
ジュエルシードの反応を感知したなのはがその場にたどりついた時、まさにウィルと少女の戦闘が始まろうとしていた。
「――死ね」
ウィルのその言葉を皮きりに、戦いが始まる。放っておけば、どちらかが傷ついてしまう。
なのはは少女の目を、とても悲しい目を思い出す。すずかの家の庭で、その目を見た時、なのはは彼女を撃てなくなった。何も知らず、何も聞かず、人に言われるがまま、一方的にこの少女を撃って良いのかと。ウィルやユーノ、そして自分と同じように、きっと彼女にも為さねばならないだけの事情があるのではないだろうか。
だから、少女に語ってほしい。あなたがジュエルシードを集めるその理由を。
そして、少女に理解してほしい。わたしたちがジュエルシードを集めるその理由を。
みんなで話し合ってほしい。どうすれば、みんなが納得できるようになるのかを。
そのために、まずはこの戦いを止める。
ウィルたちが言うには、なのはの砲撃は十分な威力を持っているらしい。そんな自分が第三者として介入すれば、両者も警戒して戦闘が止まるだろう。
それは、ウィルの邪魔をするということになるのだが――
「わたしが今からすることって、きっと悪いことなんだと思う。ごめんね、レイジングハート。あなたをそんなことに使って」
『Don’t worry. I delight to do your will, master(気にしないでください。それがあなたの意思ならば、私は喜んで従います)』
「うん、ありがとう――レイジングハート、お願い」
『Stand by ready. Set up.』
上空では、ウィルと少女がぶつかり、吹き飛ばされる少女に向かってウィルが剣を振りかざしながら接近しようとしている。
なのははウィルの行く手を遮るために、二人の間に砲撃を撃ちこんだ。
行く手を遮ったなのはの砲撃が消えると、すでに少女の姿は消えていた。おそらく森に落下したのだろう。奇しくも、前回の戦闘で自分が彼女にやったことをやり返された形になる。
どうするべきか――ほんの少し悩んだが、少女は放置することにした。
落下した少女が森に隠れているのか、それとも動けないのかはわからないが、この間にジュエルシードを回収してユーノに加勢しよう。
なのはがどのようなつもりで今のような行動をとったのかはわからないが、それも全てが終わってから聞けばいい。威力は高いが、不意打ちでもない限り彼女の砲撃はあたらない。警戒するほどではない。
(情報なら使い魔の方からでも聞ける。捕えれば、取引材料に使えるかもしれないな)
そう考えジュエルシードに向かおうとした時に、少女が光を伴いながら森から現れた。
少女は、森のわずか上で静止する。ところどころバリアジャケットが裂けているのは、意識が朦朧としたまま森に落ちてしまったからだろうか。
彼女の周囲に浮かぶのは、空に煌めく星よりも眩い星々――数十個のスフィア。
声は聞こえないが、口元が動いている。
(――詠唱魔法!!まずいっ!!)
「フォトン、ランサー……ファ…ランクス、シフト……」
ウィルが気をそらしている間に、森の中で詠唱していたのか。姿を現したということは、すでに詠唱はほとんど終わっているということ。この距離ではとめられない。回避しようとして――
「……ファイ、アァァアアア!!」
スフィアから、ウィルのいる『方向』を埋め尽くすように、弾が吐き出される。
弾幕?いや、目に映る光景は金色の壁としか表現できない。
――弾壁。
避けることなどできず、壁に飲み込まれる。
しかし、一発一発の威力は大したものではなく、広範囲に放っているせいで当たる弾の数も大したものではない。
だから、最初の一秒はギリギリ発動させたシールドでも、十分に防げた。
だが、ウィルが足を止めた瞬間に、広範囲に放っていた弾が一斉にウィルのみを狙い始める。
壁から槍へと変化した弾丸に、シールドは一秒で破壊される。そして弾丸はさらに一秒でかざしたシュタイクアイゼンを破壊し、バリアジャケットを貫く。
ついにウィルが自身に直撃すると思われたところで、今度はなのはの桃色の砲撃が向かっていた金色の魔力弾の群れを飲み込んだ。
しかし、それでも全てを飲み込むことはできず、結局ウィルは最後の一秒に撃たれた二百五十六発の魔力弾の内、なのはの砲撃を逃れた三十八発をその身に受け――それは彼の意識を落とすには十分すぎた。
ウィルが意識を取り戻した時、まず視界に映ったのは天井の木目だった。障子越しの外は明るく、時刻は正午前後を過ぎたあたりだろう。ウィルは布団に寝かされている自分の上体を起こそうとして、横に誰かがいることに気付いた。
浴衣姿のノエルが、目覚めたウィルにそっと近づき、起き上がろうとするウィルを押しとどめる。
「無理はなさらないでください」
「ノエルさん……ここは旅館ですか?どうして――」
「恭也さんが、森で倒れているウィリアム様を連れて来られたのです。半日ほど眠られていたのですが――」
無事にお目覚めになられたようで良かったです、と言いながら、コップに水を入れてくれた。一気に飲み干すと、意識がはっきりする。
その間に、ノエルは携帯電話で連絡をしていた。なんでも、この部屋はウィル一人を寝かせるために追加で借りたもので、みんなは本来の部屋にいるのだとか。
少しして、部屋に入ってきたのは、月村忍、高町士朗、恭也の三人だった。忍と恭也がウィルの近くに座り、ノエルと士朗は彼らの後ろに控えた。
そして、忍が口を開いた。
「目覚めたばかりで申し訳ありませんが、お聞きしたいことがあります。
――あなたは何者ですか?」
(後書き)
対話してこなかったことのツケが、利息をこさえてやってきたでござる の巻
ウィルの戦闘スタイルは、フェイトをさらにとがらせたものです。
飛行速度と旋回性を伸ばした代わりに、遠距離魔法を大幅にオミット(足止めや気を散らす程度の魔法は使える)
ソニックフォームのフェイトが遠距離魔法とカートリッジを使えなくなったようなものです。
現在の実力は
クロノ>>ウィル≧フェイト>>なのは
実力差の要因は、左から順番に才能の差、経験と相性の差、基礎の差、となっています。