目を覚ますと青空が目に映った。
背中から伝わる感触はごつごつと固く、布団やベッドのような柔らかさではなかった。
聞こえてくる音は通り過ぎる風ぐらいだけで他には聞こえてこない。
なぜこんなところにいるんだろう。
段々と意識が鮮明になっていき首を動かして周りを見る。山や森などの自然が見え、街の中ではないことがわかった。
反対側を向くと一人の女の子がいた。髪は白く肩まで伸びていて白衣のようなものを着ている。
顔を見れば泣いた後のように目が赤くなっていた。けれども、安堵したような顔をしている。
「よ、よかったぁ~」
白い女の子は言った。
「本当に良かったよぉ」
不安が消えて安心したように。誰だろう。この子。
「大丈夫? 痛いところはない?」
なぜかは知らないが安否を聞いてくる。
「? 別に痛いところなんて……ッ」
体を起こしながら返答していたら後頭部に痛みが走った。
「ど、どこか痛いの!?」
「少し後頭部に痛みがあるだけ。そんなに気にするほどでもないよ」
実は結構痛い。この子が泣きそうな顔をするものだったから、咄嗟にやせ我慢してしまった。
「ところで君は誰? それにここはどこなんだ?」
俺にとっては当たり前の質問でだったのだが、返事はなくなぜかうつむいてしまった。
沈黙が流れて若干気まずくなる。
なんでだ? まずいことを言っただろうか?
よくわからないがとりあえず謝ろうとした時、女の子は顔を上げて声を発した。
「あの、わたしは」
迷い、考え込むような仕草をしてから
「その……か、神様なんです!!」
なんだって?
「神様?」
思わず聞き返す。
「そ、そう、神様です」
なぜに神様? 人間にしか見えん。とてもではないが信じられない。
「なんで、その神様がここに?」
「あなたは、わたしの過失で死んでしまったのです」
死んだ? 俺が?
なら、ここはあの世だろうか。
それにしては現実的な光景である。状況は現実離れしているが。
「責任を感じたわたしが、あなたを生き返らせたのです」
死んで生き返ったのか。しかも、聞いていればこの状況も自称神様の仕業になる。
なんて出鱈目なんだ。夢という可能性もあるが……意識ははっきりしている。夢の中のようなおぼろげとした感覚はない。
どういうことだ。さっぱりわからない。一から説明してほしい気持ちでいっぱいだった。
事態を受け入れるにしても情報が足りない。まずは状況を知ってよく考えるべきだろう。神様は詳しい事情を知っているようだし、いろいろと尋ねたほうがいい。
事情を聴こうと思い神様の方を向く。しかしその神様はどうしてか縮こまるようにこちらの様子を伺っていた。
──そういえば、俺はこいつの過失で死ぬことになったんだっけ。
本来なら怒るところだろう。けれども、まだ状況をしっかりとのみ込めていなかったし子どもを泣かせているみたいでそんな気にはなれなかった。
「さっきも質問したけどここはどこ?」
「ここはミッドチルダです」
ミッドチルダ……聞いたことのない名前だった。
というかそもそも俺はどこにいたんだ。少なくともこんな場所にはいなかったはず。考え込み思い出そうとするが、どうしても思い出せない。ど忘れでもしただろうか?
もっと以前のことを思い出そうとしても思い浮かんでくることがなく、他のこと、自分のことについて考えてみても何も思い出せなかった。
……いや、まて、そんなはずはない。この歳でぼけてしまったのか。……歳も思い出せていないが。
けれど、いくら他のことを考えても思い出せることはなかった。
心臓の鼓動が速くなる。
おかしい。これは変だ。
言い知れぬ不安が襲ってくる。地に足が着いてない感覚になっていく。
……記憶が……なくなってる?
「記憶がなくなっていますか?」
反射的に肩が跳ね、神様を見る。
「どうして」
わかったと続けようとした。
「わたしが神様だからです」
根拠になるような、ならないような答えを被せてきた。
「そのことも含めてあなたにお聞かせしたいことがあります。とりあえず、落ち着ける場所に行きませんか?」
そうだな。どこか落ち着けるところに行きたい。考える時間も欲しい。否定する理由はなく俺は彼女に同意した。
「では移動しましょう。魔法で転移をします」
「魔法だって? そんなものが使えるのか?」
「神様ですから」
またそれかよ。俺を生き返らせているなら不思議ではないが。
「始めます。いいですね?」
目をつぶり何事かぶつぶつといい始めた次の瞬間、爆音がした。
「!! なにが!」
周辺からは煙が立っている。
「動くな」
空中に人が浮いているのが見える。見た目は二十歳前後で一般的な男性より大きい。機械的な杖を持っていて変わった服を着ていた。
「人が……空を飛んでる」
驚きを隠せなかった。
「こっち!」
俺は小さい手に握られて走り出した。神様は俺の頭の高さまで浮き、飛行しながら移動し始めた。
何なんだよ一体。
「追いかけっこか?」
男が追行してくる。
「森の中に逃げましょう」
勢いよく引っ張られて風を切るように走る。後ろを見ると男の周りに青い光の玉が四つ浮かんでいた。
「シュート」
四つの玉が光の弾丸となりこちらに向かって直進してきた。
「お、おい」
「問題ありません」
ラウンドシールドと唱えると、後方に幾何学的な模様が浮かび上がっている白い円が現れる。飛んできた青い弾丸は白い円に防がれ全て炸裂して消えた。
「これが……魔法」
幻を見ているような高揚感に包まれる。
「すごいな。魔法はあんなことも出来るのか」
少し浮ついた気分で聞く。
「……はい。ですがあれは危ない魔法です。気を付けてください」
周りを見れば木々が乱立している。気づかぬうちに森の中に入っていた。
「これで当てづらくなったはず」
確かに、相手の直進してくる攻撃は木々にぶつかり上手くこちらまで届いてない。
だが相手は徐々に距離を詰めてきている。俺を引っ張りながら移動している差が出てきているのだろう。
それにしても、引っ張られているとはいえ俺はこんなに速く走れただろうか? 記憶はないが違和感にも似た感覚だった。
「こちらも反撃します」
少し集中した様子を見せた後
「いきます。アクセりゅッ……!」
痛そうな顔をしている。噛んじゃったといって涙目になっていた。神様でも舌噛むのかよ。
「ちょっと、なにして……!」
後ろから青い閃光が発せられる。今度は範囲の広い青い光線が木々を貫きながら向かってきた。
「砲撃っ!」
焦った声が聞こえる。青い砲撃に対して手をかざし、先ほど展開した盾を出した。
砲撃と盾がぶつかり合う。盾は砲撃を完全に防ぎきっていた。
突然、横の茂みから青い弾丸が現れる。防御に意識を向けている彼女は気づくことができず、直撃してしまう。神様は崩れ落ち、盾は消えおまけとばかりに直進してきた砲撃が襲った。
「おい、大丈夫か!」
彼女のもとに駆け寄り安否を確認する。特に外傷は見当たらない。それでも彼女は苦悶の表情を浮かべていた。
やはりダメージはあるのか。
「魔力はあっても戦闘はからっきしのようだな。あんな攻撃すら気づけないとは」
俺たちを追ってきた男は近くまで寄ってくる。
「あんた……誰だ。なんでこんなことをする」
声が上ずる。。
「おれか? おれはイズミってんだ。何でも屋をやってる。おまえたちを捕獲して連れてこいと依頼されてな」
「誰がそんなことを」
「管理局さ。きなくせぇし、あんなところから仕事は受けたくなかったがお偉いさんからの依頼でな。断ったら断ったでこっちの身が危なそうだったしよ。まあ、いい金額積んでくれたし仕事は楽なもんだから引き受けたわけよ」
管理局がなにかは知らない。局というのだから組織の一つだろう。
そしてイズミは聞いてもないことも話し出した。
「なにも知らねぇんじゃ流石にかわいそうだろ?」
俺が疑問に思っていることを読み取ったかのように言った。
それからイズミが口元を吊り上げ俺の方を向いた。
「女はなるべく生きてた方がいいらしいが、男は死んでても構わないらしい」
一瞬理解が遅れる。徐々に言葉の意味を理解しこれから起こることを想像する。
身がすくみ恐怖が俺の体を包み込む。
「ははっ。何もしなけりゃ殺しはしねぇよ。もっとも、これからのことを考えるとおまえは死んでた方が楽かもな」
「アクセルシューター」
白い弾丸がイズミを襲う。だが攻撃は通らずイズミはラウンドシールドを展開して防いでいた。
「お前には気絶してもらってた方が好都合だな」
男は杖を振り下ろして攻撃するが、杖は当たらず白い盾に阻まれた。
「逃げて」
「ちっ。めんどくせぇな」
イズミは青い光を拳に纏い盾に振り下ろす。一瞬拳が止まりシールドに亀裂が入っていくと盾は砕け散った。
神様は首を掴まれて持ち上げられてしまう。
助けに行かないと。今動けるのは俺だけだ。
だけど動けない。足は地面に根を生やしたように小刻みに揺れるだけで一歩たりとも動かなかった。手も震えて歯がカチカチ鳴っている。呼吸は乱れるばかりだった。
とんでもなく情けない。俺には……何もできないのか。
諦めかけ、見ているだけしかできなかった俺に苦しそうな彼女はこちらを向いて微笑みかけた。
「やめろ!!」
体が動きイズミに向かっていく。
「引っ込んでろ」
腹に衝撃が伝わる。蹴り飛ばされて背中から木にぶつかった。
「がはっ」
悶絶して息ができなくなる。
「アユムちゃん!!」
誰だよアユムって。俺の……ことか?
「無理すんなって。どうせ、こいつを救うことなんてできやしねぇし自分の身すら守れやしない。諦めて寝てろ」
その通りかもしれない。俺には何の力もないし持ってる物だってない。記憶だって……ないんだ。
……なんだ何もないじゃないか。
「おまえも寝ててもらおうか」
彼女は気を失い地面に倒れている。
どうしてこんなことになった。俺が何か間違ったのか。このあとどうなるんだ。どこに連れて行かれるんだろう。
もう痛いのは嫌だな。
今考えても仕方ないことを繰り返した。
イズミの右手が近づいてくる。俺の首を掴み神様と同じように持ち上げられた。
このままだと俺も気を失ってしまう。けれど、どうすることもできずイズミを見てるしかなかった。
意識が遠のく中、ふと頭の中に流れ込んでくるものがあった。
魔法・プログラム・魔法陣・構築・制御………………。
右手をイズミの左胸あたりに置く。
「アクセル……シューター」
炸裂音と共にイズミの体が後方に吹き飛ぶ。
「ごほっ。くそ。魔法は使えないんじゃないのか。今まで猫かぶってたのかよ」
魔法の使い方がわかる。情報が頭の中に入ってくる。
「少し効いたぜ。デバイスもなしによくこんな威力が出せるもんだ」
「あんたには捕まらない」
「はっ。おとなしくしてりゃいいものを。死んでもしらねぇぞ」
青い魔力弾が六つ。
「アクセルシューター」
同じ数だけ魔力弾を作る。
「「シュート」」
二人同時に発射して灰色と青色の弾丸がぶつかり合い相殺される。
「おいおいマジかよ。相手はデバイス持ってないってのに」
ショックだぜと言いつつ次々と仕掛けてくる。それに合わせて迎え撃つ。
一度動けてしまえたのがきっかけか、魔法を行使するのに集中しているせいか恐怖で体が動かなくなることはなかった。
「ほらよ」
青い魔力弾が真上から向かってくる。明らかに気づかせるようなしぐさをしての攻撃だ。相手は手加減している。だとしても避けるので精一杯だった。大きく横に跳んで避ける。
跳んだ先で何かに絡まったかのように突如動けなくなる。
チェーンバインド。
その場に縫いとめられてしまう。
イズミが後方に跳んで距離を取る。
「ディステンスカノン」
青い砲撃が襲ってくる。
ラウンドシールドを張って防ぐ。食い止めてはいるが徐々に押され始める。
さらにシールドを避けて左右から青い魔力弾が飛んでくる。
この人、強いうえに上手い。
左右にラウンドシールドを展開して防御する。その時、少し頭が痛んだ。
シールドに裂け目が生じていく。
もう持たない。
チェーンバインドを解除して壊れる寸前に跳びあがり、ぎりぎりで回避する。右手にありったけの魔力を集めてイズミに落下していく。
イズミは相手の右拳に集まった魔力を見据え防御の体勢を取る。相手はおそらくバリアブレイクを使ってくる。バリアブレイクは欠点として接触してからプログラムに割り込む必要がある。そのため一瞬動きが止まる。
イズミはその隙を狙い反撃を加える算段を立てた。
「うおおぉぉぉお!!」
腕を引いて落下する勢いでイズミに右拳を振り下ろした。
ラウンドシールドがイズミを守るように現れる。右拳とシールドが接触して動きが停止するかと思いきや、あてが外れて一瞬で破壊された。
「なっ!!」
イズミが驚愕する。
アユムは勢いをなくすことなくイズミの顔面を殴り飛ばす。体勢を崩しイズミは倒れそうになる。
しかし、そのままこちらに杖を向けてくる。
「このガキが!! ディステンス……かはッ!」
イズミの首が灰色の鎖で絞められ声が出せなくなる。
イメージする。魔力を一か所に集め一気に放出させる。魔力が高まり撃つ準備ができていく。
イズミに狙いを合わせて砲撃を放った。
「いっけぇぇ!! ディステンスカノン!!!」
ほぼゼロ距離でイズミに砲撃が直撃した。
「はあ、はあ、はぁ」
煙が晴れていく。イズミは横たわり動く気配はなかった。
座り込み一息つく。額からは血が出ていた。知らないうちに切ってしまったようだ。服もボロボロになっていた。
そういえば彼女は?
「どこだ」
辺りを見回し彼女を探す。見当たらない。気づかず離れたところまで来てしまったようだ。
すこし探してみるとすぐに見つかった。まだ気を失っている。
怪我をしているようには見えないが、あまり動かさない方がいいだろう。
医者に診てもらおうと思い彼女を背負う。人がいるところに行ければいいのだが全くと言っていいほど場所がわからない。とりあえず、森を抜けようと考え歩き出した。
さっきのことを思い出す。イズミとの戦闘。
急に魔法がわかるようになり使うことができた。どうしてかはわからない。ただ魔法をみると頭の中に情報が流れてくる。膨大な数値やプログラムとして、魔法を構築するものが。
それらを瞬時に理解し魔法を行使する。
普通じゃないよなこれ。
はぁと息を吐き出す。自分のことについてもわかることがないなんてな。
こんな状況になった原因であろう神様は背中で眠っている。俺の思っている神様は少なくとも寝ながら唾液を垂らしたりはしない。
なんだか右肩が湿ってくる。呑気な奴だ。……呑気ではないか。俺を助けるためにこうなったんだもんな。
それと神様って言っても何の神様なんだ? 全知全能の神様が人間にやられるとは思えないし、強くはない神様なんだろうか。
でも人間を生き返らせるほどなら優れているに違いない。……神様の基準がわからないが。
疑問は尽きることなく俺の頭を駆け回る。考えても答えは一向に出てこず、推測と憶測ばかりでモヤモヤが晴れることはなかった。
歩き始めて三十分程経つと森を抜けることができた。眼前には建造物や道路が見える。しかし、どれも廃れていて人がいるようには思えなかった。
廃棄都市だろうか。
ここに居ても仕方ないと判断して移動する。
どこからか駆動音が聞こえてきた。
「君! 大丈夫!」
声の方へ振り返るとローラーブーツの様なものを履いている青髪の少女がいた。身軽な服装で右手に籠手のようなものを着けている。
「研究所から避難してきた人ですか?」
研究所? 俺が知りえることではないが正直に答えた。
「いえ、違いますけど。ところであなたは?」
「スバル・ナカジマ。管理局員です」
管理局……。
イズミの話で管理局の一部が俺たちを狙っていると聞いた。こいつも俺たちを追いかけてきた内の一人なのか……?
警戒するように後ずさる。
スバルの横にモニターが現れる。
あれも魔法だろうか? どちらかと言うと科学色が強いような気がする。
『スバル、倒れている人を発見したわ。誰かに襲われたみたい』
「こっちも二人見つけたよ。今から保護するところ……あっ!」
走り出す。今、管理局には捕まらない方がいいと思い逃げ出した。
「ま、待って! ごめんティア。また後で」
飛翔魔法を使い廃棄都市に向かった。あそこなら隠れたり撒いたりすることができそうだと考えた。
道路に着地してビルの中に逃げ込もうとしたが、空中にできた青い道を滑走してスバルが目の前に現れた。
速い。これは逃げられない。
「どうして逃げようとするんですか」
「あんたはどうして俺たちを捕まえようとする」
「違います。あなたたちを保護しようとしているだけです。それと、なにがあったのか事情をお聞かせ願おうと思ってるだけです」
保護ということは警察組織と考えていいのか。それでも完全には信用できない。この子が演技している可能性だってある。
どちらにしろ、いま管理局へ行くことは避けたほうがいい。関わるべきではない。
「それは無理だ。管理局には行けない」
スバルはこちらの様子を伺うように訊いてくる。
「先ほど森で倒れている人を発見したと連絡が入りました。心当たりはありますか?」
答える代わりにいつでも動けるように腰を落とす。相手も構えを取る。
「アクセルシューター」
光弾を八つ生み出し、そのうち四つを相手に向かわせた。
アユムは右に飛んで逃げていく。
スバルは弾を全て防御して追いかけてくる。
左側のビルに残りの弾を撃ちつける。
「なっ」
スバルの進路上に瓦礫を落とす。動きを止めプロテクションで瓦礫から身を守る。
その隙にスバルの死角からアクセルシューターを叩き込んだ。
「くぅっ。デバイスを持ってないみたいだったし、こんなに魔法を使えるとは思わなかった」
ダメージはない。だがアユムたちを見失ってしまう。
「あれ? どこに」
スバルからはそう遠く離れていない建物の中で隠れている。
「こんなところに隠れていてもすぐに見つかるな」
背負っている彼女を降ろす。あの子から逃走を図るのは難しい。
廃棄都市に入る前、スバルという子は誰かと話していた。他の人が駆けつけてくるかもしれない。大勢で捕まえに来られたら逃げるなんて出来っこない。それならば時間もあまり残されていない。
倒すしかない。
スバルは道路橋を走りアユムたちを探していた。デバイスが上から魔力を感知する。
ラウンドシールドを張り灰色の魔力弾を防御する。
「どうしてこんなことを」
「ちょっと事情があってな。よくわかってはいないんだが……。それに、今は質問に答えてる時間はない」
上から魔力弾を撃ち続ける。相手は一時的に空に来れるが、やはり飛行したままの方が有利だろうと考えた。
「ウイングロード」
空中に青い道が敷かれる。俺はそこから距離を取り離れた。
だが道はすぐに修正される。気づけばスバルがもう目の前まで来ていた。
速すぎる。機動力がけた外れだ。
左の蹴りがくる。両腕で受けるが抑えきれず、吹き飛ばされて下の道路橋に叩き付けられた。
左肩が痛む。強く打ちつけてしまった。
スバルが追撃を仕掛けてくる。立ち上がるのが遅れ反応が一歩遅れる。
「いくよ。マッハキャリバー」
「キャリバーショット」
無機質な声が応える。右足の蹴りを下から突き上げてきた。
腕を交差しガードをするが弾き飛ばされる。
なんて馬鹿力だ!
腕が上がったところへ右ストレートが放たれた。ラウンドシールドで防ぐがそのまま後ろに飛ばされてしまう。
一撃が重くて速い。それに動きが違う。訓練された者の動きだ。
「おおおぉぉ!」
スバルが右手を引いて突っ込んでくる。ナックルダスターと無機質な声がいうとスピナーが回転し始める。
さっきより魔力を込めてシールドを展開する。スバルの右拳を受けきってみせた。
しかし数秒と持たず拮抗は崩れていく。
突破される……!
シールドが破られ、右拳がそのまま向かってくる。
後ろに跳んで紙一重で避けるが、体勢を立て直す間もなく一瞬で間合いを詰められてしまう。
左拳の突き上げが腹を強打した。
「あっ……が」
体が屈折し膝が折れる。まさに鉄拳。鉄の塊で殴られたみたいだ。意識を持って行かれそうになる。
「攻撃を中止して大人しくしてください」
抵抗をやめろと告げられる。
相手はほんの少し隙を見せる。足元から鎖が出現してスバルを拘束する。
わずかでも動きを封じればいい。
大きく後方に跳ぶ。
「ディステンスカノン!」
灰色の砲撃がスバルへ直進していく。出が速いのと長距離で使用するのに適しているがその分威力は下がる。
「トライシールド」
スバルの前に三角形のシールドが現れ砲撃を防ぐ。
魔力を注いでいく。砲撃はスバルを押し始めていく。
このまま行けば押し切れる!
「アクセルシューター」
スバルの左右に二つ向けて放つ。イズミを真似た戦法だ。
スバルが魔力弾に気を取られ、シールドを展開しようとする。
その一瞬の隙を見逃さなかった。
「ああぁぁぁ!!!」
魔力弾が当たる直前、さらに砲撃へ魔力を加え全力を注いだ。
「しまっ!」
砲撃がシールドを突き破りスバルに直撃する。煙が立ち込め相手が見えなくなる。
ダメージは与えることはできただろうが、おそらく倒してはいない。
「ぜえぇ、はあ」
息が切れ、眩暈がしてきた。胸のあたりもズキズキと痛む。
まだだ。まだ意識を失うわけにはいかない。
「リボルバーぁぁ」
煙が晴れていく。
「シュート!」
衝撃波が放たれる。範囲が広く避けるのは難しい。
ラウンドシールドを張るがあっけなく砕け散る。勢いよく後ろに吹き飛ばされて何度か転がった。
ローラーが回転しスバルが迫ってくる。すぐに立ち上がりシールドを展開して防御の姿勢を取る。
ここだ。ここしかない。集中を高めていく。
反対に呼吸は荒くなり、失敗を恐れる気持ちが膨れていく。
覚悟を決めろ。もうチャンスはない。
大丈夫、攻撃はちゃんとみえている。
スバルが距離を詰めてくる。
「うおおぉ! リボルバーキャノン!」
ナックルのスピナーが高速回転を始め、魔力が右拳に集まっていく。
間近に来たところで、スバルは腰を右腕の方に捻り勢いをつける。
「りゃぁ!!」
全ての力が乗った右拳を打ち出してきた。
腰を落とし、ナックルダスターを発動させて全身を強化する。スバルの拳とシールドが接触する瞬間、シールドを解く。
体勢を低く素早く左に踏み込む。迫る拳が右の頬をかすめていった。
スバルが驚きの視線を向けてくる。踏み込んだ勢いで強化した右拳を下から弧を描くように放った。
スバルの顔の前にオートのプロテクションが現れる。しかし盾は意味を成すことなく砕け、顔面に拳が入る。その時ミシッと嫌な音が聞こえた。スバルの鼻が砕けたか俺の拳が砕けたかのどちらかだろう。
「おおぉぉ!!!!!」
勢いを減らすことなくそのままスバルを頭から地面に叩き込んだ。
スバルは横たわり昏倒している。鼻からは血が出ていた。
俺は足に力が入らずその場に座り込む。特に左肩とお腹が痛い。右手は痺れていて上手く動かせなかった。
スバルの前進してくる力とこちらの全力を使っての攻撃。失敗していたら首が吹っ飛んでいたかもしれない。
今更ながら死んでたかもしれないという恐怖で青ざめた。
あまり休んではいられないな。誰かが来る前にあのちっちゃい神様を連れてとっととここから離れよう。
そう思って立ち上がった時、足元に魔力弾が着弾する。
「動かないで」
やばい。
冷汗をかく。
なんでこんなに速く……まだ数分しか経っていないはず。
魔力弾が来た方に視線を向け、横の廃ビルの中に一人いるのが見える。
上から銃を向けられている。
くそっ。思わず悪態をつく。
相手とは距離がある。どこかに隠れてから撒こう。
そう考え振り返って逃げようとした瞬間、目の前に廃ビルの中にいた人物が現れる。
「なっ!」
一瞬で移動したのか。
オレンジ色の髪が腰まで伸びている。銃を二丁所持して左手の銃を突き付けてきた。
なんでこんな一瞬で……いや……違う。
これは実物ではない。幻術魔法か。
本人はまだビルの中にいるはず。正体を見破り構わず幻を走り抜けた。
「見破られた!?」
今まで初見で騙しきれなかったことはほとんどない。幻術で相手の気を逸らして背後から狙い撃つことは失敗する。
体力が限界に近づいてきてる。走るのも空を飛ぶのも持って数分。
振り返ると走って追いかけてくるのが見えた。
銃をこちらに向けオレンジ色の魔力弾を撃ってくる。シールドで防御するが硬度が足らず一撃で破壊される。
これなら攻撃に力を回した方がマシだ。
「アクセルシューター」
魔力弾を四つ作り出す。
「クロスファイアシュート」
あちらも同じ数で対抗してくる。
全弾相手に放つ。だがオレンジ色の弾が迎撃に入り全て撃ち落とされた。
それによく見ればまだ相手の弾は生きている。全て軌道修正されてこっちに向かってくる。
反応できずに全弾もらってしまう。
「ごほっ」
口から血が出る。
弾丸の練度が違う。精度も威力も俺とは比べ物にならない。
いま立っていられるのが不思議だ。
意識が朦朧とする。もう寝てしまってもいいんじゃないか。
そうだよ。こんなに頑張って何になる。どうせ……捕まってしまう。
意識がなくなる寸前、彼女の笑った顔が思い浮かんだ。
だめだ。まだ寝ていられない。
銃を持った少女がすぐそこまで来ていた。
「あんたも管理局員か?」
「そうよ。ティアナ・ランスター。あなたは?」
「……アユム」
「そう。ならアユム。あなたを公務執行妨害および、市街地での危険魔法使用の現行犯で逮捕します」
体を無理やり動かす。
「お断り……だッ!」
右足で蹴り上げを放つが避けられる。相手は距離を置いて戦うタイプ。近距離戦には弱いはず……!
そうあたりをつけて肉薄する。左の拳を固め突き上げるようにわき腹を狙う。
両腕でブロックされ止められる。狙い通りにガードが下がったところへ右拳を顔に打ち下ろす。
しかし当たらない。
「残念ね。そのくらいならあたしでもさばけるわ」
右手に持っている銃がダガーに変形する。
「はっ」
オレンジ色の刃が右から迫ってくる。プロテクションを最小限の形で受け止めるが意味を成さず、盾は真っ二つになり右の頬を掠めていく。頬は切れて血が出ていた。
足を強化し後ろ蹴りをティアナに当てて突き放した。
考えが甘かった。相手は組織に所属して戦闘を専門している。苦手な分野はあっても一通りのことができるのは当たり前だろう。
近接はだめだ。心得のない俺が立ち向かっても奇襲でもしない限り敵わない。中距離では制圧力が違いすぎて話にならない。倒すには遠距離からの砲撃。それしかない。
まずは距離を取る必要がある。
「投降する気はないのかしら」
「今更引けないさ。気づけば犯罪者。尚更捕まるわけには行かない気がしてきたよ」
管理局の――それも上の位置にいる奴に狙われている。犯罪者として連れていかれれば、もう俺たちにはどうすることもできないだろう。
……こんなことなら大人しく保護されていればよかったかな。
「何らかの事情があって酌量の余地があるなら悪いようにはしない」
無理だ。さっきのスバルという子には善意に対して悪意で返してしまった。どう弁解しても悪いのは俺だ。
横にモニター現れ、ティアナはその先の人物と話し始める。
「はい。こちらティアナ・ランスター一等陸士。一名発見しました。ええ、これからそちらに引き渡します」
もう引けない。このまま何もしなかったらきっと後悔する。体が動かなくなるまで諦めるわけにはいかない。それにさっきティアナとの会話で言葉にすることで覚悟を決めた。
最後の力を振り絞る。闘う理由としてはどうなのだろうと思うが、どうしてもあの子どもみたいな神様の悲しんでいる顔は見たくなかった。
魔力を集め終えて砲撃を放つ。
「ディステンスカノン!」
それを真下へ向けて打ち込んだ。道路橋が壊れて両者ともに落下していく。
落下中にティアナがこちらに照準を合わせて射撃してくる。飛翔魔法を発動させて回避していく。
相手から離れたところで着地する。ティアナの着地する瞬間を狙いチェーンバインドで縛ることに成功する。
すかさず砲撃を放つ。頭と胸に激痛が走る。
これで駄目ならばもう後はない。
砲撃があたるわずかのところで鎖は千切られ横に跳んで避けられてしまう。
「クロスファイアシュート」
十個の魔力弾が作り出される。ティアナは俺に向けて弾丸を発射しようとした。
「シュー……」
弾丸は発射されることはなかった。ティアナの首の後ろに灰色の弾が当たり意識を刈り取った。
前のめりに倒れていきオレンジ色の魔力弾は霧散していった。
チェーンバインドとフェイク・シルエット。それから魔力を今ある分だけ注ぎ込んだアクセルシューター。
弾を撃ち落とされるわけにはいかず、アクセルシューターを砲撃の幻に変えて放った。
頭が焼き切れそうなほど熱い。
でも、どうにかなった。そこには疲労感と達成感があった。
あいつを連れて逃げなきゃ。
速く移動しないと。他の奴らが来てしまう。
右足を引きずりながら歩き出す。
だが廃ビルの前までたどり着いたがアユムはそこで意識を失った。