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[26916] 【習作】神様に転生させられる話 (リリカルなのは)
Name: WAS◆e1146c1d ID:8ef5f31c
Date: 2011/04/05 23:22

こんにちは、WASと申します。

魔法少女リリカルなのはを舞台にしたssです。

オリジナル主人公・オリジナルキャラが出てきます。

習作ですが、何卒よろしくお願いします。



[26916] 神様に転生させられる話 1
Name: WAS◆e1146c1d ID:c8a2932c
Date: 2011/04/30 19:11

目を覚ますと青空が目に映った。
背中から伝わる感触はごつごつと固く、布団やベッドのような柔らかさではなかった。
聞こえてくる音は通り過ぎる風ぐらいだけで他には聞こえてこない。

なぜこんなところにいるんだろう。
段々と意識が鮮明になっていき首を動かして周りを見る。山や森などの自然が見え、街の中ではないことがわかった。
反対側を向くと一人の女の子がいた。髪は白く肩まで伸びていて白衣のようなものを着ている。
顔を見れば泣いた後のように目が赤くなっていた。けれども、安堵したような顔をしている。

「よ、よかったぁ~」

白い女の子は言った。

「本当に良かったよぉ」

不安が消えて安心したように。誰だろう。この子。

「大丈夫? 痛いところはない?」

なぜかは知らないが安否を聞いてくる。

「? 別に痛いところなんて……ッ」

体を起こしながら返答していたら後頭部に痛みが走った。

「ど、どこか痛いの!?」

「少し後頭部に痛みがあるだけ。そんなに気にするほどでもないよ」

実は結構痛い。この子が泣きそうな顔をするものだったから、咄嗟にやせ我慢してしまった。

「ところで君は誰? それにここはどこなんだ?」

俺にとっては当たり前の質問でだったのだが、返事はなくなぜかうつむいてしまった。

沈黙が流れて若干気まずくなる。

なんでだ? まずいことを言っただろうか?

よくわからないがとりあえず謝ろうとした時、女の子は顔を上げて声を発した。

「あの、わたしは」

迷い、考え込むような仕草をしてから

「その……か、神様なんです!!」










なんだって?










「神様?」

思わず聞き返す。

「そ、そう、神様です」

なぜに神様? 人間にしか見えん。とてもではないが信じられない。

「なんで、その神様がここに?」

「あなたは、わたしの過失で死んでしまったのです」

死んだ? 俺が?
なら、ここはあの世だろうか。
それにしては現実的な光景である。状況は現実離れしているが。

「責任を感じたわたしが、あなたを生き返らせたのです」

死んで生き返ったのか。しかも、聞いていればこの状況も自称神様の仕業になる。

なんて出鱈目なんだ。夢という可能性もあるが……意識ははっきりしている。夢の中のようなおぼろげとした感覚はない。

どういうことだ。さっぱりわからない。一から説明してほしい気持ちでいっぱいだった。

事態を受け入れるにしても情報が足りない。まずは状況を知ってよく考えるべきだろう。神様は詳しい事情を知っているようだし、いろいろと尋ねたほうがいい。

事情を聴こうと思い神様の方を向く。しかしその神様はどうしてか縮こまるようにこちらの様子を伺っていた。

──そういえば、俺はこいつの過失で死ぬことになったんだっけ。
本来なら怒るところだろう。けれども、まだ状況をしっかりとのみ込めていなかったし子どもを泣かせているみたいでそんな気にはなれなかった。

「さっきも質問したけどここはどこ?」

「ここはミッドチルダです」

ミッドチルダ……聞いたことのない名前だった。
というかそもそも俺はどこにいたんだ。少なくともこんな場所にはいなかったはず。考え込み思い出そうとするが、どうしても思い出せない。ど忘れでもしただろうか?

もっと以前のことを思い出そうとしても思い浮かんでくることがなく、他のこと、自分のことについて考えてみても何も思い出せなかった。

……いや、まて、そんなはずはない。この歳でぼけてしまったのか。……歳も思い出せていないが。

けれど、いくら他のことを考えても思い出せることはなかった。

心臓の鼓動が速くなる。

おかしい。これは変だ。

言い知れぬ不安が襲ってくる。地に足が着いてない感覚になっていく。


……記憶が……なくなってる?


「記憶がなくなっていますか?」

反射的に肩が跳ね、神様を見る。

「どうして」

わかったと続けようとした。

「わたしが神様だからです」

根拠になるような、ならないような答えを被せてきた。

「そのことも含めてあなたにお聞かせしたいことがあります。とりあえず、落ち着ける場所に行きませんか?」

そうだな。どこか落ち着けるところに行きたい。考える時間も欲しい。否定する理由はなく俺は彼女に同意した。

「では移動しましょう。魔法で転移をします」

「魔法だって? そんなものが使えるのか?」

「神様ですから」

またそれかよ。俺を生き返らせているなら不思議ではないが。

「始めます。いいですね?」

目をつぶり何事かぶつぶつといい始めた次の瞬間、爆音がした。

「!! なにが!」

周辺からは煙が立っている。

「動くな」

空中に人が浮いているのが見える。見た目は二十歳前後で一般的な男性より大きい。機械的な杖を持っていて変わった服を着ていた。

「人が……空を飛んでる」

驚きを隠せなかった。

「こっち!」

俺は小さい手に握られて走り出した。神様は俺の頭の高さまで浮き、飛行しながら移動し始めた。

何なんだよ一体。

「追いかけっこか?」

男が追行してくる。

「森の中に逃げましょう」

勢いよく引っ張られて風を切るように走る。後ろを見ると男の周りに青い光の玉が四つ浮かんでいた。

「シュート」

四つの玉が光の弾丸となりこちらに向かって直進してきた。

「お、おい」

「問題ありません」

ラウンドシールドと唱えると、後方に幾何学的な模様が浮かび上がっている白い円が現れる。飛んできた青い弾丸は白い円に防がれ全て炸裂して消えた。

「これが……魔法」

幻を見ているような高揚感に包まれる。

「すごいな。魔法はあんなことも出来るのか」

少し浮ついた気分で聞く。

「……はい。ですがあれは危ない魔法です。気を付けてください」

周りを見れば木々が乱立している。気づかぬうちに森の中に入っていた。

「これで当てづらくなったはず」

確かに、相手の直進してくる攻撃は木々にぶつかり上手くこちらまで届いてない。

だが相手は徐々に距離を詰めてきている。俺を引っ張りながら移動している差が出てきているのだろう。

それにしても、引っ張られているとはいえ俺はこんなに速く走れただろうか? 記憶はないが違和感にも似た感覚だった。

「こちらも反撃します」

少し集中した様子を見せた後

「いきます。アクセりゅッ……!」

痛そうな顔をしている。噛んじゃったといって涙目になっていた。神様でも舌噛むのかよ。

「ちょっと、なにして……!」

後ろから青い閃光が発せられる。今度は範囲の広い青い光線が木々を貫きながら向かってきた。

「砲撃っ!」

焦った声が聞こえる。青い砲撃に対して手をかざし、先ほど展開した盾を出した。

砲撃と盾がぶつかり合う。盾は砲撃を完全に防ぎきっていた。

突然、横の茂みから青い弾丸が現れる。防御に意識を向けている彼女は気づくことができず、直撃してしまう。神様は崩れ落ち、盾は消えおまけとばかりに直進してきた砲撃が襲った。

「おい、大丈夫か!」

彼女のもとに駆け寄り安否を確認する。特に外傷は見当たらない。それでも彼女は苦悶の表情を浮かべていた。

やはりダメージはあるのか。

「魔力はあっても戦闘はからっきしのようだな。あんな攻撃すら気づけないとは」

俺たちを追ってきた男は近くまで寄ってくる。

「あんた……誰だ。なんでこんなことをする」

声が上ずる。。

「おれか? おれはイズミってんだ。何でも屋をやってる。おまえたちを捕獲して連れてこいと依頼されてな」

「誰がそんなことを」

「管理局さ。きなくせぇし、あんなところから仕事は受けたくなかったがお偉いさんからの依頼でな。断ったら断ったでこっちの身が危なそうだったしよ。まあ、いい金額積んでくれたし仕事は楽なもんだから引き受けたわけよ」

管理局がなにかは知らない。局というのだから組織の一つだろう。

そしてイズミは聞いてもないことも話し出した。

「なにも知らねぇんじゃ流石にかわいそうだろ?」

俺が疑問に思っていることを読み取ったかのように言った。

それからイズミが口元を吊り上げ俺の方を向いた。

「女はなるべく生きてた方がいいらしいが、男は死んでても構わないらしい」

一瞬理解が遅れる。徐々に言葉の意味を理解しこれから起こることを想像する。

身がすくみ恐怖が俺の体を包み込む。

「ははっ。何もしなけりゃ殺しはしねぇよ。もっとも、これからのことを考えるとおまえは死んでた方が楽かもな」

「アクセルシューター」

白い弾丸がイズミを襲う。だが攻撃は通らずイズミはラウンドシールドを展開して防いでいた。

「お前には気絶してもらってた方が好都合だな」

男は杖を振り下ろして攻撃するが、杖は当たらず白い盾に阻まれた。

「逃げて」

「ちっ。めんどくせぇな」

イズミは青い光を拳に纏い盾に振り下ろす。一瞬拳が止まりシールドに亀裂が入っていくと盾は砕け散った。

神様は首を掴まれて持ち上げられてしまう。

助けに行かないと。今動けるのは俺だけだ。

だけど動けない。足は地面に根を生やしたように小刻みに揺れるだけで一歩たりとも動かなかった。手も震えて歯がカチカチ鳴っている。呼吸は乱れるばかりだった。

とんでもなく情けない。俺には……何もできないのか。

諦めかけ、見ているだけしかできなかった俺に苦しそうな彼女はこちらを向いて微笑みかけた。

「やめろ!!」

体が動きイズミに向かっていく。

「引っ込んでろ」

腹に衝撃が伝わる。蹴り飛ばされて背中から木にぶつかった。

「がはっ」

悶絶して息ができなくなる。

「アユムちゃん!!」

誰だよアユムって。俺の……ことか?

「無理すんなって。どうせ、こいつを救うことなんてできやしねぇし自分の身すら守れやしない。諦めて寝てろ」

その通りかもしれない。俺には何の力もないし持ってる物だってない。記憶だって……ないんだ。

……なんだ何もないじゃないか。





「おまえも寝ててもらおうか」

彼女は気を失い地面に倒れている。

どうしてこんなことになった。俺が何か間違ったのか。このあとどうなるんだ。どこに連れて行かれるんだろう。

もう痛いのは嫌だな。

今考えても仕方ないことを繰り返した。

イズミの右手が近づいてくる。俺の首を掴み神様と同じように持ち上げられた。

このままだと俺も気を失ってしまう。けれど、どうすることもできずイズミを見てるしかなかった。




意識が遠のく中、ふと頭の中に流れ込んでくるものがあった。




魔法・プログラム・魔法陣・構築・制御………………。



右手をイズミの左胸あたりに置く。

「アクセル……シューター」

炸裂音と共にイズミの体が後方に吹き飛ぶ。

「ごほっ。くそ。魔法は使えないんじゃないのか。今まで猫かぶってたのかよ」

魔法の使い方がわかる。情報が頭の中に入ってくる。

「少し効いたぜ。デバイスもなしによくこんな威力が出せるもんだ」

「あんたには捕まらない」

「はっ。おとなしくしてりゃいいものを。死んでもしらねぇぞ」

青い魔力弾が六つ。

「アクセルシューター」
同じ数だけ魔力弾を作る。

「「シュート」」

二人同時に発射して灰色と青色の弾丸がぶつかり合い相殺される。

「おいおいマジかよ。相手はデバイス持ってないってのに」

ショックだぜと言いつつ次々と仕掛けてくる。それに合わせて迎え撃つ。

一度動けてしまえたのがきっかけか、魔法を行使するのに集中しているせいか恐怖で体が動かなくなることはなかった。

「ほらよ」

青い魔力弾が真上から向かってくる。明らかに気づかせるようなしぐさをしての攻撃だ。相手は手加減している。だとしても避けるので精一杯だった。大きく横に跳んで避ける。

跳んだ先で何かに絡まったかのように突如動けなくなる。

チェーンバインド。

その場に縫いとめられてしまう。

イズミが後方に跳んで距離を取る。

「ディステンスカノン」

青い砲撃が襲ってくる。

ラウンドシールドを張って防ぐ。食い止めてはいるが徐々に押され始める。

さらにシールドを避けて左右から青い魔力弾が飛んでくる。

この人、強いうえに上手い。

左右にラウンドシールドを展開して防御する。その時、少し頭が痛んだ。

シールドに裂け目が生じていく。

もう持たない。

チェーンバインドを解除して壊れる寸前に跳びあがり、ぎりぎりで回避する。右手にありったけの魔力を集めてイズミに落下していく。

イズミは相手の右拳に集まった魔力を見据え防御の体勢を取る。相手はおそらくバリアブレイクを使ってくる。バリアブレイクは欠点として接触してからプログラムに割り込む必要がある。そのため一瞬動きが止まる。
イズミはその隙を狙い反撃を加える算段を立てた。


「うおおぉぉぉお!!」

腕を引いて落下する勢いでイズミに右拳を振り下ろした。

ラウンドシールドがイズミを守るように現れる。右拳とシールドが接触して動きが停止するかと思いきや、あてが外れて一瞬で破壊された。

「なっ!!」

イズミが驚愕する。

アユムは勢いをなくすことなくイズミの顔面を殴り飛ばす。体勢を崩しイズミは倒れそうになる。

しかし、そのままこちらに杖を向けてくる。

「このガキが!! ディステンス……かはッ!」

イズミの首が灰色の鎖で絞められ声が出せなくなる。


イメージする。魔力を一か所に集め一気に放出させる。魔力が高まり撃つ準備ができていく。

イズミに狙いを合わせて砲撃を放った。

「いっけぇぇ!! ディステンスカノン!!!」

ほぼゼロ距離でイズミに砲撃が直撃した。





「はあ、はあ、はぁ」
煙が晴れていく。イズミは横たわり動く気配はなかった。





座り込み一息つく。額からは血が出ていた。知らないうちに切ってしまったようだ。服もボロボロになっていた。
そういえば彼女は?

「どこだ」

辺りを見回し彼女を探す。見当たらない。気づかず離れたところまで来てしまったようだ。

すこし探してみるとすぐに見つかった。まだ気を失っている。

怪我をしているようには見えないが、あまり動かさない方がいいだろう。

医者に診てもらおうと思い彼女を背負う。人がいるところに行ければいいのだが全くと言っていいほど場所がわからない。とりあえず、森を抜けようと考え歩き出した。










さっきのことを思い出す。イズミとの戦闘。
急に魔法がわかるようになり使うことができた。どうしてかはわからない。ただ魔法をみると頭の中に情報が流れてくる。膨大な数値やプログラムとして、魔法を構築するものが。
それらを瞬時に理解し魔法を行使する。

普通じゃないよなこれ。

はぁと息を吐き出す。自分のことについてもわかることがないなんてな。

こんな状況になった原因であろう神様は背中で眠っている。俺の思っている神様は少なくとも寝ながら唾液を垂らしたりはしない。

なんだか右肩が湿ってくる。呑気な奴だ。……呑気ではないか。俺を助けるためにこうなったんだもんな。

それと神様って言っても何の神様なんだ? 全知全能の神様が人間にやられるとは思えないし、強くはない神様なんだろうか。
でも人間を生き返らせるほどなら優れているに違いない。……神様の基準がわからないが。

疑問は尽きることなく俺の頭を駆け回る。考えても答えは一向に出てこず、推測と憶測ばかりでモヤモヤが晴れることはなかった。

歩き始めて三十分程経つと森を抜けることができた。眼前には建造物や道路が見える。しかし、どれも廃れていて人がいるようには思えなかった。

廃棄都市だろうか。

ここに居ても仕方ないと判断して移動する。

どこからか駆動音が聞こえてきた。

「君! 大丈夫!」

声の方へ振り返るとローラーブーツの様なものを履いている青髪の少女がいた。身軽な服装で右手に籠手のようなものを着けている。

「研究所から避難してきた人ですか?」

研究所? 俺が知りえることではないが正直に答えた。

「いえ、違いますけど。ところであなたは?」

「スバル・ナカジマ。管理局員です」

管理局……。

イズミの話で管理局の一部が俺たちを狙っていると聞いた。こいつも俺たちを追いかけてきた内の一人なのか……?

警戒するように後ずさる。

スバルの横にモニターが現れる。

あれも魔法だろうか? どちらかと言うと科学色が強いような気がする。

『スバル、倒れている人を発見したわ。誰かに襲われたみたい』

「こっちも二人見つけたよ。今から保護するところ……あっ!」

走り出す。今、管理局には捕まらない方がいいと思い逃げ出した。

「ま、待って! ごめんティア。また後で」

飛翔魔法を使い廃棄都市に向かった。あそこなら隠れたり撒いたりすることができそうだと考えた。

道路に着地してビルの中に逃げ込もうとしたが、空中にできた青い道を滑走してスバルが目の前に現れた。

速い。これは逃げられない。

「どうして逃げようとするんですか」

「あんたはどうして俺たちを捕まえようとする」

「違います。あなたたちを保護しようとしているだけです。それと、なにがあったのか事情をお聞かせ願おうと思ってるだけです」

保護ということは警察組織と考えていいのか。それでも完全には信用できない。この子が演技している可能性だってある。

どちらにしろ、いま管理局へ行くことは避けたほうがいい。関わるべきではない。

「それは無理だ。管理局には行けない」

スバルはこちらの様子を伺うように訊いてくる。

「先ほど森で倒れている人を発見したと連絡が入りました。心当たりはありますか?」

答える代わりにいつでも動けるように腰を落とす。相手も構えを取る。

「アクセルシューター」

光弾を八つ生み出し、そのうち四つを相手に向かわせた。

アユムは右に飛んで逃げていく。

スバルは弾を全て防御して追いかけてくる。
左側のビルに残りの弾を撃ちつける。

「なっ」

スバルの進路上に瓦礫を落とす。動きを止めプロテクションで瓦礫から身を守る。

その隙にスバルの死角からアクセルシューターを叩き込んだ。

「くぅっ。デバイスを持ってないみたいだったし、こんなに魔法を使えるとは思わなかった」

ダメージはない。だがアユムたちを見失ってしまう。

「あれ? どこに」





スバルからはそう遠く離れていない建物の中で隠れている。

「こんなところに隠れていてもすぐに見つかるな」

背負っている彼女を降ろす。あの子から逃走を図るのは難しい。

廃棄都市に入る前、スバルという子は誰かと話していた。他の人が駆けつけてくるかもしれない。大勢で捕まえに来られたら逃げるなんて出来っこない。それならば時間もあまり残されていない。





倒すしかない。








スバルは道路橋を走りアユムたちを探していた。デバイスが上から魔力を感知する。

ラウンドシールドを張り灰色の魔力弾を防御する。

「どうしてこんなことを」

「ちょっと事情があってな。よくわかってはいないんだが……。それに、今は質問に答えてる時間はない」

上から魔力弾を撃ち続ける。相手は一時的に空に来れるが、やはり飛行したままの方が有利だろうと考えた。

「ウイングロード」

空中に青い道が敷かれる。俺はそこから距離を取り離れた。

だが道はすぐに修正される。気づけばスバルがもう目の前まで来ていた。

速すぎる。機動力がけた外れだ。

左の蹴りがくる。両腕で受けるが抑えきれず、吹き飛ばされて下の道路橋に叩き付けられた。

左肩が痛む。強く打ちつけてしまった。

スバルが追撃を仕掛けてくる。立ち上がるのが遅れ反応が一歩遅れる。

「いくよ。マッハキャリバー」

「キャリバーショット」

無機質な声が応える。右足の蹴りを下から突き上げてきた。

腕を交差しガードをするが弾き飛ばされる。

なんて馬鹿力だ!

腕が上がったところへ右ストレートが放たれた。ラウンドシールドで防ぐがそのまま後ろに飛ばされてしまう。

一撃が重くて速い。それに動きが違う。訓練された者の動きだ。

「おおおぉぉ!」

スバルが右手を引いて突っ込んでくる。ナックルダスターと無機質な声がいうとスピナーが回転し始める。

さっきより魔力を込めてシールドを展開する。スバルの右拳を受けきってみせた。

しかし数秒と持たず拮抗は崩れていく。

突破される……!

シールドが破られ、右拳がそのまま向かってくる。

後ろに跳んで紙一重で避けるが、体勢を立て直す間もなく一瞬で間合いを詰められてしまう。

左拳の突き上げが腹を強打した。

「あっ……が」
体が屈折し膝が折れる。まさに鉄拳。鉄の塊で殴られたみたいだ。意識を持って行かれそうになる。

「攻撃を中止して大人しくしてください」

抵抗をやめろと告げられる。

相手はほんの少し隙を見せる。足元から鎖が出現してスバルを拘束する。

わずかでも動きを封じればいい。

大きく後方に跳ぶ。

「ディステンスカノン!」

灰色の砲撃がスバルへ直進していく。出が速いのと長距離で使用するのに適しているがその分威力は下がる。

「トライシールド」

スバルの前に三角形のシールドが現れ砲撃を防ぐ。

魔力を注いでいく。砲撃はスバルを押し始めていく。

このまま行けば押し切れる!

「アクセルシューター」

スバルの左右に二つ向けて放つ。イズミを真似た戦法だ。

スバルが魔力弾に気を取られ、シールドを展開しようとする。

その一瞬の隙を見逃さなかった。

「ああぁぁぁ!!!」

魔力弾が当たる直前、さらに砲撃へ魔力を加え全力を注いだ。

「しまっ!」

砲撃がシールドを突き破りスバルに直撃する。煙が立ち込め相手が見えなくなる。

ダメージは与えることはできただろうが、おそらく倒してはいない。

「ぜえぇ、はあ」

息が切れ、眩暈がしてきた。胸のあたりもズキズキと痛む。

まだだ。まだ意識を失うわけにはいかない。

「リボルバーぁぁ」

煙が晴れていく。

「シュート!」

衝撃波が放たれる。範囲が広く避けるのは難しい。

ラウンドシールドを張るがあっけなく砕け散る。勢いよく後ろに吹き飛ばされて何度か転がった。

ローラーが回転しスバルが迫ってくる。すぐに立ち上がりシールドを展開して防御の姿勢を取る。




ここだ。ここしかない。集中を高めていく。
反対に呼吸は荒くなり、失敗を恐れる気持ちが膨れていく。

覚悟を決めろ。もうチャンスはない。

大丈夫、攻撃はちゃんとみえている。





スバルが距離を詰めてくる。

「うおおぉ! リボルバーキャノン!」

ナックルのスピナーが高速回転を始め、魔力が右拳に集まっていく。

間近に来たところで、スバルは腰を右腕の方に捻り勢いをつける。

「りゃぁ!!」

全ての力が乗った右拳を打ち出してきた。



腰を落とし、ナックルダスターを発動させて全身を強化する。スバルの拳とシールドが接触する瞬間、シールドを解く。

体勢を低く素早く左に踏み込む。迫る拳が右の頬をかすめていった。

スバルが驚きの視線を向けてくる。踏み込んだ勢いで強化した右拳を下から弧を描くように放った。

スバルの顔の前にオートのプロテクションが現れる。しかし盾は意味を成すことなく砕け、顔面に拳が入る。その時ミシッと嫌な音が聞こえた。スバルの鼻が砕けたか俺の拳が砕けたかのどちらかだろう。


「おおぉぉ!!!!!」
勢いを減らすことなくそのままスバルを頭から地面に叩き込んだ。





スバルは横たわり昏倒している。鼻からは血が出ていた。

俺は足に力が入らずその場に座り込む。特に左肩とお腹が痛い。右手は痺れていて上手く動かせなかった。

スバルの前進してくる力とこちらの全力を使っての攻撃。失敗していたら首が吹っ飛んでいたかもしれない。

今更ながら死んでたかもしれないという恐怖で青ざめた。

あまり休んではいられないな。誰かが来る前にあのちっちゃい神様を連れてとっととここから離れよう。

そう思って立ち上がった時、足元に魔力弾が着弾する。

「動かないで」

やばい。

冷汗をかく。

なんでこんなに速く……まだ数分しか経っていないはず。

魔力弾が来た方に視線を向け、横の廃ビルの中に一人いるのが見える。

上から銃を向けられている。

くそっ。思わず悪態をつく。

相手とは距離がある。どこかに隠れてから撒こう。

そう考え振り返って逃げようとした瞬間、目の前に廃ビルの中にいた人物が現れる。

「なっ!」

一瞬で移動したのか。

オレンジ色の髪が腰まで伸びている。銃を二丁所持して左手の銃を突き付けてきた。

なんでこんな一瞬で……いや……違う。

これは実物ではない。幻術魔法か。

本人はまだビルの中にいるはず。正体を見破り構わず幻を走り抜けた。

「見破られた!?」

今まで初見で騙しきれなかったことはほとんどない。幻術で相手の気を逸らして背後から狙い撃つことは失敗する。

体力が限界に近づいてきてる。走るのも空を飛ぶのも持って数分。

振り返ると走って追いかけてくるのが見えた。

銃をこちらに向けオレンジ色の魔力弾を撃ってくる。シールドで防御するが硬度が足らず一撃で破壊される。

これなら攻撃に力を回した方がマシだ。

「アクセルシューター」

魔力弾を四つ作り出す。

「クロスファイアシュート」

あちらも同じ数で対抗してくる。

全弾相手に放つ。だがオレンジ色の弾が迎撃に入り全て撃ち落とされた。

それによく見ればまだ相手の弾は生きている。全て軌道修正されてこっちに向かってくる。

反応できずに全弾もらってしまう。

「ごほっ」

口から血が出る。

弾丸の練度が違う。精度も威力も俺とは比べ物にならない。

いま立っていられるのが不思議だ。

意識が朦朧とする。もう寝てしまってもいいんじゃないか。

そうだよ。こんなに頑張って何になる。どうせ……捕まってしまう。





意識がなくなる寸前、彼女の笑った顔が思い浮かんだ。

だめだ。まだ寝ていられない。

銃を持った少女がすぐそこまで来ていた。

「あんたも管理局員か?」

「そうよ。ティアナ・ランスター。あなたは?」

「……アユム」

「そう。ならアユム。あなたを公務執行妨害および、市街地での危険魔法使用の現行犯で逮捕します」

体を無理やり動かす。

「お断り……だッ!」

右足で蹴り上げを放つが避けられる。相手は距離を置いて戦うタイプ。近距離戦には弱いはず……!

そうあたりをつけて肉薄する。左の拳を固め突き上げるようにわき腹を狙う。

両腕でブロックされ止められる。狙い通りにガードが下がったところへ右拳を顔に打ち下ろす。

しかし当たらない。

「残念ね。そのくらいならあたしでもさばけるわ」

右手に持っている銃がダガーに変形する。

「はっ」

オレンジ色の刃が右から迫ってくる。プロテクションを最小限の形で受け止めるが意味を成さず、盾は真っ二つになり右の頬を掠めていく。頬は切れて血が出ていた。

足を強化し後ろ蹴りをティアナに当てて突き放した。

考えが甘かった。相手は組織に所属して戦闘を専門している。苦手な分野はあっても一通りのことができるのは当たり前だろう。

近接はだめだ。心得のない俺が立ち向かっても奇襲でもしない限り敵わない。中距離では制圧力が違いすぎて話にならない。倒すには遠距離からの砲撃。それしかない。

まずは距離を取る必要がある。

「投降する気はないのかしら」

「今更引けないさ。気づけば犯罪者。尚更捕まるわけには行かない気がしてきたよ」

管理局の――それも上の位置にいる奴に狙われている。犯罪者として連れていかれれば、もう俺たちにはどうすることもできないだろう。

……こんなことなら大人しく保護されていればよかったかな。

「何らかの事情があって酌量の余地があるなら悪いようにはしない」

無理だ。さっきのスバルという子には善意に対して悪意で返してしまった。どう弁解しても悪いのは俺だ。

横にモニター現れ、ティアナはその先の人物と話し始める。

「はい。こちらティアナ・ランスター一等陸士。一名発見しました。ええ、これからそちらに引き渡します」



もう引けない。このまま何もしなかったらきっと後悔する。体が動かなくなるまで諦めるわけにはいかない。それにさっきティアナとの会話で言葉にすることで覚悟を決めた。

最後の力を振り絞る。闘う理由としてはどうなのだろうと思うが、どうしてもあの子どもみたいな神様の悲しんでいる顔は見たくなかった。

魔力を集め終えて砲撃を放つ。

「ディステンスカノン!」

それを真下へ向けて打ち込んだ。道路橋が壊れて両者ともに落下していく。

落下中にティアナがこちらに照準を合わせて射撃してくる。飛翔魔法を発動させて回避していく。
相手から離れたところで着地する。ティアナの着地する瞬間を狙いチェーンバインドで縛ることに成功する。

すかさず砲撃を放つ。頭と胸に激痛が走る。

これで駄目ならばもう後はない。

砲撃があたるわずかのところで鎖は千切られ横に跳んで避けられてしまう。

「クロスファイアシュート」

十個の魔力弾が作り出される。ティアナは俺に向けて弾丸を発射しようとした。

「シュー……」

弾丸は発射されることはなかった。ティアナの首の後ろに灰色の弾が当たり意識を刈り取った。

前のめりに倒れていきオレンジ色の魔力弾は霧散していった。





チェーンバインドとフェイク・シルエット。それから魔力を今ある分だけ注ぎ込んだアクセルシューター。
弾を撃ち落とされるわけにはいかず、アクセルシューターを砲撃の幻に変えて放った。

頭が焼き切れそうなほど熱い。

でも、どうにかなった。そこには疲労感と達成感があった。

あいつを連れて逃げなきゃ。

速く移動しないと。他の奴らが来てしまう。

右足を引きずりながら歩き出す。

だが廃ビルの前までたどり着いたがアユムはそこで意識を失った。









[26916] 神様に転生させられる話 2
Name: WAS◆e1146c1d ID:8ef5f31c
Date: 2011/04/30 19:12


母親が子どもをおんぶしている。

母親は、子どもに笑いかけていて子どもも笑っていた。

母親の背中は小さいけど、安心できた。暖かくて優しい。

家に帰る途中だったがそのうち子どもは寝てしまっていた。










目が覚める。今度は外ではなく屋内にいるみたいだ。

なんだか全部夢だったような気がしてくる。しかし、体の所々から痛みが伝わりあれが現実だったと確認させられた。

「お、おはようございます」

隣には自称神様がいた。

「おはよう」

つられて挨拶を返す。

「あの、怪我をしていたみたいですから治療しておきました」

「ああ……ありがとう」

起き上がり自分の様子を見る。額と左腕、それと右拳に包帯が巻かれていた。左腕は動かないように首からぶら下げてある。

「っ!」

左腕に力を入れないように、ぶら下げていたら急に首が絞まった。右手で首を触ってみると一周するように包帯が巻かれている。

ど、どうなってんだこれ! く、苦しいッ。

左腕をぶら下げないように力を入れると肩に激痛が走った。

「いでぇ!」

「だ、だいじょうぶ?」

「大丈夫じゃねぇよ。もう一回寝るとこだった」

「ごめんなさい」

「……あんた不器用なんだな」

そう言うとさらに落ち込んでしまった。……言いすぎたか。

「それで、なんでここにいるんだ? 確か廃棄都市にいた気がするんだけど」

「気が付いたわたしは、倒れているあなたを見つけて移動しました。それと、あなたが意識を失ってから二日経っています」

「そんなに寝てたのか」

随分無茶したからな。無理もないのか。

イズミとの戦闘。そのあとにもあったこと。全て話した方がいいだろうか。

「そういえば、俺の名前ってアユムで合ってる?」

「はい。合っています」

アユムか。もちろん親にもらった名前だとは思う。

まだ、他にも聞くことはいくつかある。彼女に視線を向けると何だかそわそわしていた。

「その、ごはん作ったんですけど食べませんか?」



今いるところはマンションの一室らしい。俺が寝ていたところが和室で他に部屋が二つ。ダイニングキッチンに食卓があり、今はそこに食事を並べている。

お皿にはハンバーグが乗っている。それにしても小さい。小さいハンバーグが四つ。

「し、仕方なかったんですよ。手がそんなに大きくないから、一つにまとめきれなかったんです」

「身長も驚くほどないもんな」

「そんなこと言う子には食べさせてあげません」

「ははっ。悪かったよ」

軽口をたたいて席に着く。左手は使えないので右手だけでいただく。味は悪くなかった。










「それはわたしが差し上げた能力です」

急に魔法が使えるようになることを聞いたら、こう答えが返ってきた。

これは神様がくれた能力だそうだ。

「なんでこんな能力を?」

「便利かと思いまして」

不便ではないがそんな理由でくれたのか。まあ、これのおかげで実際助かったんだが。

「じゃあ、地球……だっけ。いまいち、わからないんだけどミッドチルダとどう違うんだ」

食事しているときに聞いた今いる場所の名前。

「地球もミッドチルダも次元世界のひとつです。世界は次元ごとに存在し分けられています」

さっぱりわからん。むしろさらにわからなくなった。

「次元を渡る能力を持つ世界を『管理世界』と呼び、反対に能力を持たない世界を『管理外世界』と呼びます」

ミッドチルダは管理世界で地球は管理外世界。管理外世界へは管理局法で不可侵と定められている。ここにいればもう襲われたりすることもなく安全なんだと。

そう言われた。



まだ、疑問はあるが後々聞いていけばいい。それより、いま一番気になっていることがある。

「俺の記憶について聞きたいんだが」

「あなたの記憶が失われた原因は、後頭部にショックを受けたことだと思います」

確かにあの時後頭部が痛かった。

「わたしが、不注意で私物を落としてしまいあなたにぶつかってしまったのです。死んでしまったのもこのことが原因です」

本当にごめんなさい、と頭を下げてきた。記憶がなくなったのもこいつのせいだった。

流石に怒らずにはいられなかった。

ふざけるなと怒鳴ろうとして立ち上がると、神様は頭を下げたまま震え始めた。それを見たら怒る気はどこかにいってしまった。

ため息が出る。

こんな神様がいるわけないだろ。そう思うと笑えてしまう。

「あうっ」

とりあえずデコピンをお見舞いした。神様は涙目になっていたが俺は号泣しそうだった。デコピンした右手がものすごく痛い。恰好がつかないので全力で我慢した。

「そんな顔すんなよ。で、記憶は戻るのか?」

「何かのきっかけや時間が経っていくにつれて、徐々に戻っていくとは思います。ですが、責任を持って手伝います。当分のお世話もします」

「……わかった。記憶が戻って……そうだな。俺が一人でも生活できるようになったら許してやる」

「はいっ! がんばります」

子どもみたいだな。そう思った。

「ところで、あんたのことは何て呼べばいいんだ?」

「えっ……。そうですね。それじゃあ、ヒヨリって呼んでください」

「そうか。じゃあこれからよろしく頼む」

右手を差し出す。

「よろしくお願いします!」

元気よく右手を掴まれる。今度は我慢できなかった。











「お買い物に行ってきます」

ヒヨリは昼過ぎに出かけて行った。

現在午後1時。

やることもなく暇になってしまった。家の中に何かあるか探してみたが、特に目新しいものはなかった。

外の景色を見ようと窓のそばに近づく。よく見ればこの家の周りに結界魔法が張ってあることに気づく。探知や認識を阻害する結界だ。なんでこんなものがと思いつつも深くは考えなかった。

窓から見える景色は、街並みが見え周辺を海や山に囲まれている。

良い天気だ。散歩にでも行こうかな。

いい考えに思えてきて、さっそく支度をして出かけることにした。



結構自然が残っている。最初に感じた街の印象だ。

近くに公園があったので寄ってみることにした。ベンチに腰を下ろす。子どもたちが遊んでいるのが見える。元気よく走ったり遊具や砂場で遊んでいた。それを眺めていると前の戦闘が嘘のように思えてくる。

それからは何も考えずにぼうっとしていた。そしたら気づかぬうちに左隣には女の子が座っていた。

「こんにちは」

金髪で、右目が緑色で左目が赤色をしていた。元気な声で挨拶をしてくる。

「こんにちは」

挨拶を返す。

「おにーさん怪我してるの?」

「ああ、災難な目にあってね」

すっごい痛そう。心配そうな表情で言ってきた。

「痛い?」

「痛いな」

「そうだ!」

何かを思い出したようだ。

「ママに教わった痛みがどこかに飛ぶおまじないがあるんだよ。それをおにーさんにかけてあげます」

「へぇ。是非ともお願いしたい」

本当に痛みがなくなればいいなと少しながら期待する。

「うん。それじゃあいくよ」

俺の右手にそっと手を置く。

「いたいのいたいのぉーとんでけぇ!」

思いっきり手を振り上げた。その手は俺の左肩にあたり、痛みを増加させて意識がどこかへ飛びそうになった。

「どう? 効いた?」

「ああ。すごく効いたよ」

ジェノサイドなおまじないだった。

「ありがとな。心配してくれて。君、名前は?」

「ヴィヴィオ。高町ヴィヴィオだよ」

「そうか。俺はアユムだ。よろしく」

うん。よろしく。と笑顔で返される。元気でいい子だ。

親の愛情をたくさん受けてるのが感じられた。

「ママのこと、好きか?」

なぜ、こんなことを聞いたのだろうか。

「大好きだよ。たまにいじわるだけど」

大切で可愛いからこそよく注意されるんだろう。

「アユムさんは」

「ん?」

「アユムさんは、ママのこと好き?」

わからない。記憶がないから顔さえ思い出せないでいる。

「覚えてないんだ。記憶がなくなっちゃって。どんな親だったのかもわからない」

「そうなんだ」

ヴィヴィオはうつむいて悲しそうな顔をする。馬鹿か俺は。子どもに何を言ってるんだ。

「はは。ごめんな。こんなこと君に言うことなかったな」

「ううん。でもね」

「きっと、アユムさんのママはとても優しい人だよ。だってアユムさんいい子だから」

確かに俺はまだ子供かもしれない。けど、この子に子ども呼ばわりされるとは思わなかった。

「はい。これあげる」

飴玉をひとつ手渡される。俺がまだ子どもだからだろうか。

「ヴィヴィオちゃん! こっちであそぼ」

遠くで遊んでいる子たちが、ヴィヴィオに声を掛ける。

「うん。いま行く! それじゃあバイバイ、アユムさん」

「おう。じゃあな」

手を振って別れる。




そろそろ行こう。ベンチから立って歩き出す。

公園から出て道なりに歩く。歩いていると突然後ろから声を掛けられた。

「おい。おまえ」

もしかして、俺の知り合いだろうかと思い振り返った。

だがそこにはイズミがいた。

「よお。二日ぶりじゃねぇか」

「なんで……あんたがここに」

「はっ。それはこっちが聞きたいね。だが、ここで借りを返しとくのもいいかもしれねぇな」

その言葉に身構える。こんな状態で逃げ切れるとは思えないが。

「冗談だ。こんなところで事を構えたりしねぇよ。それにおまえにはもう用はないしな」

「どういうことだ」

「あ? どういうことだって? おいおいそりゃないぜ。おまえがおれの仕事を邪魔してくれたからだろうが」

イズミはため息をつき、なんでこんなやつにと呟いた。

「追いかけてきたんじゃないのか」

「おれが引き受ける仕事は大抵汚れ仕事さ。そんなもんだから、一度失敗すればそれで全部失う。仕事も信用も命も」

今回は命だけは残ったけどなと付け足す。

「なら、もう俺たちに関わってくることはないんだな?」

「まあな」

これ以上話すことはないと思い、イズミに一瞥して歩き出す。

「おい。待て」

まだ何かあるのだろうか。

「すこし話せねぇか?」










「おまえ、よく管理局に喧嘩売って逃げれたな」

歩きながらここに至るまでの経緯を聞かれた。海辺に来たところで屋根付きのベンチに座る。

「あんたも逃げてきたんだろ」

「ああ、なんとかな。ここに来るまでにカネをほとんど使っちまったが。おまえはなんでわざわざこの世界に来たんだ?」

「わからない。俺は連れてこられただけだから。あんたは?」

「親父の遺産がこの世界に残っててな。隠れ家としてはちょうどいいんだよ」

父親のことが出てきたのでついでに母親のことを聞くと、物心つくころにはいなかったそうだ。それをイズミは特に表情を変えることなく答える。

「ところでおまえ名前は?」

「アユム」

「アユムね。ところでよ、なんでおまえたちが狙われたのか知りたくねぇか?」

「それは……」

知りたい。記憶が戻る手がかりに繋がるかもしれない。

知ってるなら教えてくれと言おうと思い、イズミの方を向くと手のひらを上にして差し出していた。

「カネ」

「は?」

「カネだよ。カネ。ただで教えるわけにはいかないな」

当然だろうと笑みを浮かべて言ってくる。

腹の立つ顔しやがってと心中悪態をつく。

そんなイズミにポケットから飴玉を取り出し手のひらに乗せる。

「おまえ……子どものつかいじゃねぇんだぞ」

額に青筋が浮き出ていた。

「お金なんて持ってない。いま俺が持ってるものはそれだけだ」

若干自棄になりながら言った。

「無一文かよ。逃亡でカネを全部使ったのか?」

知ったことではない。例え知ってても答える気はなかった。

特にいうこともなく無言になる。

「ったく。仕方ねぇな。カネがないなら働いてもらう」

「何をするんだ?」

イズミからの頼みごと何てロクなものではなさそうだが。

「そうだな。今日はもう日が暮れる。また明日だな」

太陽は沈みかけきれいな夕日が見える。

「わかった」

「よし。じゃあ、昼過ぎにここで待ち合わせだ。おれは夜やることがあるからな。今日はもう付き合ってやれん」

そういってどこかへ行ってしまった。


俺も戻ろう。





マンションに着く頃には暗くなっていた。ドアを開けて中に入る。

「どこに行ってたんですか!」

奥から飛び出してきていきなり怒鳴りつけられた。

「心配したんですよ! 帰ってきたらいなくて、怪我してるから余計に心配で……。どこかで倒れてるんじゃないかってマンションの周りを探し回ったんですよ。念話を使おうにもリンカーコアにダメージがあるから、あまり負担はかけられないし……」

一気に捲し立てられて驚いた。かなり心配をかけてしまったようだ。

「ご、ごめん」

「本当に悪いと思ってますか?」

「ああ」

「なら約束です。これからは暗くなる前に帰ってきてください」

「そんな子どもじゃあるまいし……」

ヒヨリは本気で怒っていた。

「……わかったよ」

小さい体なのに迫力があってつい了承してしまった。

「よろしい。それじゃあ晩御飯にしましょう」

そういえば昼も子ども扱いされたな。そんなに子供っぽいかな俺?

なんでだと疑問に思いつつ食卓に移動する。

「あ、それと」

まだ何かあるのか。

「おかえりなさい」

「……た、ただいま」

それだけだった。

その後は、晩御飯を食べてすぐ自分の部屋に行き眠りについた。










起きるとすでに昼過ぎだった。

「やばっ」

遅刻確定だ。急いで身支度を済ませる。

「あれ?」

右手をせわしなく動かしていて気づいたのだが、痛みがなかった。左腕を動かしてみても肩に痛みは感じない。

もう治ったのか?

まあいいやと思い包帯は全て取っておいた。

食卓にはラップに包まれたオムライスが置いてあり、チンして食べてくださいと書置きが一緒にあった。

チンしてって……この家電子レンジないんだけど。仕方なく冷めたオムライスを食べた。





待ち合わせ場所に行くとイズミはまだそこにいた。

「遅すぎだろ」

相当イラついているのがわかる。

「すまん。寝過ごした」

「すこしは悪びれたようにしろよ」

悪気はない。昨日は早く寝たが全く起きれなかった。だけど、こいつに言い訳するのも素直に謝るのもなぜか嫌だった。

「……まあいいか。行くぞ」

歩き出しイズミについていく。





「おまえ怪我治ったのか?」

「ああ、もう大丈夫だ」

「ふーん。にしても治るの速くねぇか。あのチビが回復魔法を得意なだけか?」

わからない。もしかしたら、俺が寝てから魔法を使っていてくれたのかもしれない。

「それで、俺はこれから何をすればいいんだ?」

「まあ、まてそろそろ見えてくる」

今は街中を歩いている。一車線の車道があり周りにはビルや店などがある。

「あそこだ」

と言って指をさす。洋風な店が一軒。

「喫茶店の翠屋だ。あそこに眼鏡をかけた女性店員がいる。その人にこれを渡してきてくれ」

手紙を一通渡される。

「なにこれ」

「いいから行って来い。おれはあっちの角で待ってるからよ」

そう言い残して行ってしまった。

翠屋の前まで行きドアを開ける。

「いらっしゃいませ」

中は明るく雰囲気の良い店だ。ショーケースには洋菓子が並んでいて、その後ろに眼鏡を掛けた店員がいた。

あの人か。

「あの、すいません」

「はい。ご注文でしょうか」

「あー。いえ、これを受け取ってほしいんですが」

手紙を差し出す。

「はぁ」

女性店員は困惑気味に手紙を受け取った。

「失礼します」

頭を下げて立ち去る。

「あ、ちょっと君……」

後ろから声が聞こえてきたがそそくさと店を出て、イズミの元に向かった。





「渡してきたぞ」

「おう。ご苦労」

歩きながら話し出す。

「誰だよあの人」

「知らん」

「は?」

「街中でちらっと見かけたのとデパートで少し話しただけだからな。名前もわからん」

「…………もしかしてあれ、ラブレターか?」

「ちげぇよ。密告文書だ」

体がピクリと跳ねたのを見逃さなかった。

「自分で渡しに行けばいいだろ」

「……以前あの店に行ったことがあるんだが、その時はあそこの店員だとは知らなくてよ。パスタ食い終ってからシュークリームを手に取ったとき、コーヒーのおかわりを勧められたんだが……」

一度言葉を切ってから続ける。

「そん時の店員が眼鏡をかけた女性だったんだ。思わずびっくりしちまってよ、シュークリームをおもいっきり握りつぶしちまった」

苦虫を噛んだような顔で言う。

「それからあの店には行きづらくなったんだよ」

強面のくせに随分臆病なとこがあった。

「ヘタレ」

「うるせぇよ」





集合場所だったところに戻ってくる。

「他には何をすればいいんだ」

あれだけで終わりとは思えない。俺はベンチに座り、イズミは柱にもたれて立っている。

「おれは捕まった後、元依頼主のとこに連れていかれたんだよ」

自分の経緯について話し始めた。気になることではある。けど今関係あることなのかと疑問の視線を向ける。

「まあ聞けよ。その時おれは殺されかけたんだが、逃げるついでにあいつの持ってるデータを掠め取ってきたんだ。その中におまえらに関するデータもあった」

だから、俺たちについて知ってることがあるのか。

だけど

「どうやって逃げたんだ?」

一度捕まって連れていかれたんだ。到底逃げ切れるとは思えない。

「おれはガキの頃研究所にいたことがあってな、実験で体にロストロギアを埋め込まれたことがある。名前はエクセストフィード。対象に対する認識を消す効力を持つ。その代り認識を消すたびに命は削られていき寿命が減っていく」

もう体に溶け込んで取るに取れなくなっちまったと付け足した。

それで逃げることができたのか。イズミの話はテレビの向こうのことを聞いているみたいだった。当の本人は淡々と話していて気にしている様子もなかったが。

「だが俺はあんたのこと見えているし、そこにいるとわかってる」

「いまはもう意識的に使えるようになってる」

こんな感じだ。そういって消えてしまった。

イズミはそこにいたはずだが……いない。周りを見渡してもどこにもいなかった。

「信じたか?」

イズミの姿が見えるようになる。

「ああ。すごいな。全く分からなかった」

「それでだ。元依頼主の名前はキーバっていうんだが、そいつは必ずおれを殺しに来る。おまえらのことを探すのを優先するとは思うが、どう考えてるかはわからん。おれはここへ来るまでに認識を消していたから、おれが地球にいることはわかっていない。おまえらがどういった方法で逃げてきたかは知らねぇが、それでもそのうち調べは着くだろ」

「地球に……管理外世界にいれば安全じゃないのか?」

「そんなわけないだろ。こっちは犯罪者だ。どこにいようと捕まえにくる」

じゃあ俺たちはまた逃げなきゃいけないのか。この先一生追われつづけて、そのたびに逃げていく。

嫌な想像が浮かぶ。

「キーバはおそらく単独で事を行っている。わざわざおれに依頼してきたうえに、前金だけでもすげぇ額を渡してきたからな。他に手がなかったんだろ」

ここまで話したこと理解したか、と聞いてきたのに対し首を縦に振る。

「おし。なら本題だ」

イズミの方を向く。

「キーバは近日中に地球へ来る。その時におれは奴を殺す。その手伝いをしてほしい」

「殺す……だって? それになんでもうすぐここに来るってわかるんだ」

「おれが情報を流しからだ」

「どんな」

「おまえたちが地球にいると」

なぜそんなことをしたのか。もう仕事は関係なかったんじゃないのか。怒りの感情をイズミに向ける。

「そんな目で見るなよ。おれだってやばいんだ。手段なんか選んでられない」

「だからって」

「落ち着けよ。これはおまえらに対しても悪い提案じゃない。いいか、おまえらを血眼になって探してるのはキーバだけだ。管理局は暇な組織じゃない、人手不足が問題にもなっている。おまえらを捕まえるのなんざ二の次だろうよ」

「キーバを殺せばもう追われることはなくなるって言いたいのか」

「そうだ。絶対にというわけではないが。ほぼ追跡はなくなるだろうよ」

「だけど、キーバを殺したら流石にばれるんじゃないか」

「キーバは痕跡を消してここに来る。正規のルートを使わないで来るだろうし、その点は大丈夫だろう。心配なら事の済んだあとに住む世界を変えればいい」

「それは俺が手伝う必要があるのか。認識を消せば簡単にできるんじゃないのか?」

「おれ自身が魔法を使おうとすればこの効力は消える。身体強化なしで背後から襲っても無駄だろうよ。それにキーバは強い。俺一人じゃ手に負えん」

忌々しいと吐き捨てる。

「本当に殺すのか」

「たりめぇだ。やらなくちゃこっちがやられる」
それともずっと逃げ続けるのかと問われる。

できるのか……俺に。

「心配すんな止めはおれがやってやる。それとだおまえらのことは常に見張ってるから逃げようなんて思わないことだ。ましてやこんな話を聞いた後だ。断るなんてしないよな?」

「ッ!」

どうするよと言われる。

どうすると言われてもすでに引けないじゃないか。最初から断るという選択肢がなかった。

「わかった。引き受ける。だけど、もうこれ以上は引き受けないぞ」

「大丈夫だ。やってもらうことはもうない」

「それじゃあ、よろしく頼むぜ」

握手を求めてくるがそれには応じなかった。冷てぇなぁと言って引っ込める。

「俺たちが狙われてる理由は? 教えてくれるんだろう」

「ああ、いいぜ」

ポケットから紙を一枚取り出して渡してくる。

「そいつにちびのことが記載されてる」

右上に顔が載っている。確かにヒヨリの顔写真だ。ヒヨリ・カヤノキ。彼女のフルネームだ。

下に見ていきある文に注目する。第一級犯罪者。そう書かれていた。

「違法の研究をしていたことが原因だ」

「研究って……何の」

「死者蘇生だと。だが研究を進めていく内に違うものになっていき、軍事に利用できそうな見込みが出てきた」

死者蘇生。その言葉で俺は生き返ったのだと言われたことを思い出す。

「むしろスポンサーはそっちのほうが良いと思ったらしくてな。研究を軍事目的の方針に変わっていった。その研究のスポンサーなんだが、おれの元依頼主と一緒の奴だ。それでおまえらは追われることになっている」

なんとなくだが事の大筋はわかった。

「俺が狙われる理由は」

「あ? まだわかんねぇのか。もう気づいてるもんだと思ったがな」

薄々気づいてはいる。

「おまえは研究の成果で出来上がったものだ。サンプルとして捕獲したかったんだろうよ」
研究の……成果。

「じゃあ、俺はあいつに作り出された存在なのか」

「そうだな。おまえガキ頃から今までの記憶あるか?」

「ない……。なんで知ってるんだ」

「そうか。使い魔については知ってるか?」

続けざまに質問してくる。聞いたことはなく首を横に振る。

「使い魔ってのは作成された魔法生命体のことだ。動物が死ぬ間際や死んだ後に人造魂魄を憑依させて作り出す。本来なら人間を使い魔にすることは不可能なんだが、おまえは人間を素体にして作り出されている。使い魔として生まれてくると生前の記憶が消失する。記憶がないのはそのせいだろ」

「でも、もとは同じなんだろ。だったら記憶がなくなっただけで死者を生き返らせてるのと違いないんじゃ」

「言っただろ。人造魂魄を使ってるって。生前とは異なる存在を作り出しているだけで死者蘇生とはいわない」

じゃあこの体で動いている俺は元の人格ではないのか。

「軍事との関係は」

「使い魔は命令だけを実行するように作成することもできる。それと使い魔は動物が素体になっているせいかデバイス等の武器を苦手とする。人間が素体となってるおまえなら使いこなせる可能性がある。あとこれはおれとの戦闘でわかったことだが、おまえ魔法を瞬時にコピーできるだろ?」

「ああ」

「そういった特異能力の発現も含めての軍事利用だ。人造魔導師や戦闘機人よりもコストが掛からないのが最大の理由だろう」

まだ納得できずにいる。人ではない魔法生命体。人を素体として作られた存在。自分が自分ではない気がする。

「どうしてこんなことを」

「さあな。金儲けか研究成果を実験してみたかったとかそんなんじゃねぇのか」

本当にそんな理由で……? そんなわけはない。だが一度疑うとどうしても頭から離れなくなった。

「話は終わりだ。後は当人に聞くのもいいし、この話を聞かなかったことにするのでもいいさ」

また連絡すると言い残して去って行った。













[26916] 神様に転生させられる話 3
Name: WAS◆e1146c1d ID:8ef5f31c
Date: 2011/04/30 19:12

帰るまでのことは覚えていない。気付いたらマンションの前まで来ていた。空は夕暮れに染まっている。

「ただいま」

「あ、おかえり」

キッチンの方からヒョコっと顔を出す。

「そろそろ晩御飯できますよ」

「あまり食欲ないんだ」

「具合悪いの?」

「すごく疲れてて。今日はもう寝るよ」

そう言って部屋の中に入る。

布団を敷いて横になる。使い魔として作り出された存在。信じられないし信じたくはない。
なによりこの体が他人のだと思うと気持ち悪くなる。

ドアをノックする音が聞こえてくる。

「アユムちゃん。大丈夫?」

「晩御飯冷蔵庫に入れて置くね。あとでお腹空いたら温めて食べて」

「あの、明日図書館に行こうと思うんですけど一緒に行きませんか? 記憶が戻る方法を探しに行こうと思って」

そこは病院に行くんじゃないのかよ。それに記憶が戻っても意味がないことを知ってて言ってるのか?

「行かない」

「どうしてですか? 一緒に記憶を取り戻しましょう」

「だって……記憶は戻らないんだろ」

あてつけるように言い放つ。

「……そんなことないよ。何もする前に諦めちゃ」

「俺は……俺はあんたに作られたんだろ。使い魔として」

ヒヨリが息を呑んだのがわかった。

「なんで……それを」

信じたくなかった。けど事実だった。

ドアを開ける。

「それにこの体にある記憶は俺の記憶じゃない」

そうなんだろと睨む。

「なんで違法な研究までしてこんなことをしたんだ」

「それは」

「お金が欲しかったのか、それとも実験の結果を見てみたかっただけなのか」

イズミに言われたことを思い出し、そのことが口から出てしまう

「ちが……」

ヒヨリは何も言わず無言になる。

俺は部屋から出て玄関に向かう。

「あっ」

後ろから待ってと聞こえたが構わず外に出た。







昨日来た公園に行く。日が落ち暗くなってきた辺りを電灯が照らす。

ベンチに座り冷えてきた頭で考える。

突き付けられた事実を前に抑えきることができず、あいつに八つ当たりしてしまった。

ため息が出る。これで何度目だろうか。そんなに出してはいないと思うがいろいろありすぎた。そりゃため息も出る。



この時俺は自分のことだけ考えてあいつのことを考えもしなかった。



どうしてこうなったんだとそればかり思考を巡らせているとき、公園の入り口から一人こっちに歩いてくる人に気づいた。

誰だろう。こんな遅くに。
……お巡りさんだったらマズイな。

しかし、それは杞憂に終わる。顔が陰に隠れていたが徐々に見えてくる。

「こんばんは」

女性が声を掛けてくる。

こんばんはと返すとにこっと笑顔になった。

「どうしたの? 一人でこんな時間に」

「えっ。いや、その……散歩していただけです。ちょっと公園で休もうかなって思って座っていたんですよ」

「ふ~ん。そっか。隣いいかな?」

「……どうぞ」

時間はもう八時をまわっている。まだ街は明かりが灯っているが女性が一人で出歩いて良い時間でもない。

「あの」

「ん? 何かな」

「何っていうか。何か用ですか?」

無意識に少し言葉が荒くなる。一人になりたくてここに来たのに誰かと一緒だと気になって考え事も出来ない。しかも知らない人が隣にいればそれは尚更。

「きみ、何か悩んでるでしょ?」

「そんなことは」

「そんなことあるよ。だってそんな顔してるもん」

だったら何だというのだ。悩みを打ち明けでもすればいいのか?
出来るはずがない。ここは管理外世界で魔法が現実の物とされていない。真実を言ってしまえば病院送りにされてしまう。結果は見えている。

「言っても仕方ないことですから」

「大丈夫だよ。言ってごらん。これでも多くの悩みを見たり聞いたりしてきたから、少しは力になれると思うんだ」

自分一人で考えていてもいい答えは出てこない。結局は同じことばかり考えてしまう。だったら誰かに話してみてもいいんじゃないか? この人は年上だし、頼れる大人っていう雰囲気がある。

どうせもう会うこともないだろうと考え、ちょっとだけ話してみようと思い、口を開こうとする。

「……」

どう言えばいいんだ?
実は自分人間じゃないんですって言えばいいんだろうか。言ってしまえば即刻話は終わり、この人は立ち去ってしまうのは目に見えている。

いや、肝心なのはそこじゃない。使い魔であることは変えようのない事実だ。問題はこの事実をどう受けいれたらいいのかだ。

…………本当にそうだろうか。

さっきまではぐるぐると同じことを考えていた。しかし、この人と話したことで思考は落ち着き始めていた。どうしてだろうか。この人、あいつと少し似てるところがある。どこがと言われると具体的には言えないが。

確かに人とは違い魔法生命体であると言われて驚いた。そして絶望にも似た感情を抱きどうしようもない気持ちになった。

しかし、改めて落ち着いて考えてみると自分がもっと違うことに気が向いていることに気づく。

自分が使い魔であることも気になって仕方ない。だがそれ以上に……あいつが嘘をついていたことが気になっていた。

……そうか。あいつが真実を隠していたことが許せなかった。

なぜかはわからない。けど、あいつにだけは嘘をつかれたくなかった。嫌だった。

そうだ。なんてことはない。ただ、あいつが俺に嘘をついていたのが最もな原因だった。

この人がきっかけで気づけたことはある。だけど、問題は解決していない。落ち着いたからといって、まともな考えが浮かぶわけではなかった。

いっそ全て話してしまおうか。それはそれで幾分かすっきりするかもしれない。だがリスクのほうが大きすぎる。やめておいたほうが良い。

隣を見ると女性はただ黙ってこちらを向いていた。

そういえば、長い時間待たせてしまっている。それでも何も言わずに座っていた。

もしかして俺が話し出すのを待っていたのだろうか?

すこし悪いことしたなと思い、少しずつ考えながら話すことにした。

「その、ですね。今一緒に住んでいる人がいるんですが、その人が嘘をついていたんです。嘘に対する事実を今日知ってしまいそのことについて本人に確認を取りました。嘘であって欲しかった。でも事実だった。それが事実であるとわかりここまで飛び出してきたんです。あまりにも信じられない内容で、どうしたらいいのかわからずその人に八つ当たりまでしてしまって」

言及を避けながらいうのが難しくあやふやな感じになってしまい、後半は感情が先行してしまっていた。

「その内容は言えないのかな?」

「ええ。ただ俺に関係することです。関係というかまさしく俺自身についてですが」

「うん。無理に言わなくてもいいよ。そうだね。きみにとってその人はどんな人?」

「えっと」

そういえば深く考え事はない。単に考える時間がなかっただけかもしれないけど。

俺にとってあいつはなんだろう。神様? いやそれはもう違うことが判明した。あいつについて知っていることは俺を作ったということと犯罪者であること。

他に思いつくことはない。……いや、俺自身が見てきたものがある。あいつはいつも一生懸命だった。俺を逃がすためにイズミから体を張ってまで庇い意識を失くした。俺が倒れて、地球に連れてくるのだって大変だったに違いない。傷を負った俺を介抱だってしてくれた。家まで用意して、晩御飯作って、お金についてだって聞いたことがない。

何もかも俺のためじゃないか。感謝してもいいはずなのに、それを俺はあんなことを言ってあいつに当たってしまった。

後悔の念が押し寄せてくる。

あいつはもう他人じゃない。邪険に扱う人でもない。俺にとってあいつは……。

「大切な人です」

「そうだよね」

この人は俺の答えを知っていたようだ。

「だって、自分にとって大切な人や好きな人に嘘をつかれて平気ではいられないもんね」

そうか。この人は元からわかっていたのか。流石に積み重ねてきたものが違う。俺生まれて五日目だし。……まだ一歳にもなってないのか。

「きみは自分が悪いと思ってるのかな」

浮かない顔をしていたためか女性はこう問いかけてきた。

「はい。もう少し言い方があったんじゃないかと」

「なら簡単だね。素直にごめんなさいすれば解決だよ。その後にきみに嘘をついていた理由を訊けばいい。きみのことが大切だからこそ嘘をついたんだと思う。大切な人ほど傷つけたくないものだから」

実に簡単な答えだった。だからこそ自分では気付けなかったかもしれない。気づけても時間は掛かっただろう。

「そうですね。そうかもしれません」

ほんの少し笑った顔になる。

「ははっ。落ち込んだ顔より笑ってたほうが素敵だよ」

微笑みながら言ってくる。すこし恥ずかしくなって目をそらす。この人には負けるだろ。

俺から公園にある時計に目を移す。

「わたしもそろそろ帰らないとかな。ちょっとは力になれたかな?」

そう言いながらベンチから立ち上がる。

「はい。とても。俺のやるべきことがわかりました。一人だったらずっと迷っていたかもしれません。どうもありがとうございます」

「うん。良かった」

そういえば、どうして俺なんかの話を訊いてくれたのだろうか。悩んでいるからって素性もわからない人に声を掛けたりするのか疑問だ。

「あの、どうして俺の話を訊いてくれたんですか?」

「わたしもね、よく子どもと喧嘩したりするんだ」

子どもがいたのか。まだ若いのに。

「それでね。うちの子も喧嘩した後、きみみたいな顔をするんだ。だからかな。放っておけなかったの」

どうりで頼れる雰囲気があるわけだ。母はいつの時代も強い。

「そうだったんですか。でもおかげで助かりました」

そういうとさらに笑顔になる。笑顔が似合う人だと思った。

「そうだ。まだ名前教えてなかったね」

最初に名乗らなかったのは俺が不審人物だったらのためだろう。

「なのは。高町なのはだよ。きみは?」

「アユムです。名字はまだわからないんです」

「アユム君ね。また逢えたらいいね」

「はい。そう思います」

別れの挨拶を交わしてから、高町さんは自分の家に帰っていった。

そうして高町さんを見送った後、俺はまだベンチに座っていた。

もうすこし考える時間が欲しかった。

ここに来るまでに信じられないことがたくさんあった。イズミとの戦闘に管理局との対立、自分の出生について知った今日この日。

使い魔である自分。正直まだ本当なのかと疑ってる。そう簡単には信じられない。

でも俺はあのとき誕生した。ヒヨリ・カヤノキ。あいつによって生み出された存在。それが俺になる。

生まれは、ミッドチルダにある山と森に囲まれたあの場所。歳は零歳。

あと、あいつはなんで俺のことをここまで良く思ってくれるんだろう。本人に聞くのが一番早いのだがそれでも考えてしまう。

さっき会話していた高町なのはを思い出す。

高町さんは母親だったっけ。俺はあいつに作り出された存在。というと俺にとってあいつが母親になるんだろうか?

若干、いやかなり気恥ずかしい。だが不思議と心は暖かった。

そう思うと嬉しくなる。

「母親か」

まあ、悪くはない。

今の関係でもいいのだが、それは追々変わっていくだろう。

少しずつでいいさ。あいつとなら上手くやっていけそうな気がする。

さっきからにやついた顔が治らず、今誰かに見られたら不審者扱いされる。

「帰るか」

急に飛び出してしまって心配してるだろうか。あまりあいつにばっか負担は掛けられないよな。

とりあえず帰ったら謝ろう。それから晩御飯を食べて話をしよう。まだわかってないことや納得してないこともある。

ベンチから立ち上がり帰ろうとした時、辺りから物音が一切消える。

これは……結界魔法?

「こんばんは」

一人歩いてくるのが見える。四十代前半ぐらいで、身長は俺と同じくらいの中背だ。

「誰だ」

「なんだ挨拶も返せないのか。これは欠陥品だな」

公園の電灯の横で歩みを止める。

「アユムくんだったかな。初めまして、キーバという」

キーバ。俺たちを狙っている張本人。なんでもう地球にいるんだ? 少なくともイズミの話では今日ここにはいないはず。

「あんた、イズミの元依頼主か?」

「ほう。察しがいい。それに、その様子では大方のことはわかってるようだな。カヤノキに話を聞いたか? それなら話が早くていい。カヤノキのとこまで案内してもらおう」

「断る」

「どうしてだ?」

笑みを浮かべて聞いてくる。

「あんたこそあいつをどうする気だ」

「決まってる。私は管理局員だ。犯罪者を捕まえに来たんだよ。もちろん君も」

「そんなにあいつの持ってる技術が欲しいのか」

「欲しいな。あれがあれば魔導師を量産できる。リンカーコアを持たない者の死体でも、後天的にコアを作ることも可能だ。その場合特殊な能力を発現する確率が高くなり、強力な魔導師になる」

「死体なんてそうそうあるものじゃないだろ」

「戦争をしてる世界なんて腐るほどあるさ。そこに行けば転がっていることも珍しくない」

「そんなに魔導師を作って何になる。それに何を企んでる」

「さてな。だが仮に管理局を超える軍隊を持つことができれば、不可能と思えることも出来そうじゃないか?」

戦争でもする気なのかこいつ。

「案内する気はないみたいだな。なら体に聞いてやろう」

セットアップと言うと、バリアジャケットが展開されて杖を一本手にする。

こちらもいつでも動けるように構える。

「いくぞ」

その言葉をきっかけに戦闘を開始した。










[26916] 神様に転生させられる話 4
Name: WAS◆e1146c1d ID:8ef5f31c
Date: 2011/04/30 19:14

なぜキーバがすでにここへいるのかはわからない。

逃げようにもこいつを放っておくわけにもいかないし、放っておいてはくれない。

思考を巡らせているとキーバがこちらに杖を向けてくる。今はあまり考えていられない。倒すことが先決だ。

「ファストバレット」

杖の先端にある玉が黄土色に光り、魔力弾が発射された。

ラウンドシールドを反射的に発動させて防ぐ。攻撃に反応したわけではなく、当たると思った危機感からだ。全く見ることができなかった。

強い。今まで戦った誰よりも。

「ふむ。反応がいいな。それともまぐれだったか?」

相手は各上だ。長引けばモロに実力差が出る。速攻で終わらせるしかない。

全身を強化し、ラウンドシールドを展開したまま突っ込んでいく。止むことなく魔力弾が飛んでくるが構わず進む。

距離が縮んでいき、数メートルまで来たところで一気に飛び込み懐に潜り込む。チェーンバインドでキーバの全身を縛り、手を腹部にかざす。

「ディステンス──」

魔力を込め撃つ瞬間に手を掴まれる。構わず撃とうとしたが、魔力が消え魔法が発動しなくなった。

なんだ。何が起きた。

気付けば身体強化もなくなっていた。

予想外のことに一瞬動きが止まってしまい、膝蹴りを反応することができず腹部へ思いっきり入れられてしまう。

体が宙に浮き、激痛で思考が止まる。

キーバが右回転して回し蹴りを放つのが見えたが、シールドを張り遅れて蹴り飛ばされる。

「どうした。まだ本番にも入ってないぞ。君の兵器としての力を見せてくれよ」

強すぎる。戦闘者としての質が違う。

それにさっき魔法が消されてしまった。魔法なら見ればわかるがあれは違う。魔法ではない他のものによって邪魔された。

近づけば魔法を使用不可能にされてしまう。キーバには近づかずに戦ったほうが良い。

「来ないのならもう終わりにしてしまうが?」

いつでも倒せると言ってくる。本当のことだろう。実力は雲泥の差だ。

だが、やらないと……ここで負けるわけにはいかない。

意志を固く持ち体に力を入れる。

立ち上がり相手を見据える。

「くっ……!」

動くたびに腹部が痛む。骨が折れたか、ひびが入ったかのどちらかだろう。

「アクセルシューター」

十個の魔力弾を生成する。

「素晴らしい。作られてから一週間も経たずにその数をコントロールできるのか」

喜色満面で、実に喜んでいた。

それぞれ方向をバラバラにして発射する。タイミングをずらし多方面から仕掛れば、全部と言わないが一発は当たるはず。

勝機がないなら作るしかない。ダメージを与えればこちらにも勝機は見えてくる。

キーバは構えることもせずただ様子を見ている。油断している今がチャンスだ。

一発キーバの足元に落とし、砂煙を立たせて視認を難しくする。

シールドを張っている様子はない。

残り全部にフェイントを混ぜながら、一秒間に全て叩き込んだ。

……確かに着弾はさせた。しかし、爆発を起こすこともなく魔力弾は消えていった。

どういうことだ……?

「終わりかな?」

ありえない。魔法が……通じない……。

「ふむ。総じて私と対峙する魔導師はそのような顔をする。自分の魔法が通じないとわかったとき、絶望と諦めを宿して闘志をなくした顔になる。最初は気分のいいものだったがね。そのうち飽きてしまったよ。君もここまでなのかな?」

どうする。どうすればいい。

近接戦闘では分が悪すぎる。距離をとっても魔法での攻撃は通用しない。

っ……だめだ。手段がない。

こいつには……キーバには勝てない。

「そうか。なら終わりにしよう」

本当にこれで終わりなのかッ……。

「だが予想以上に速く終わってしまったからな、種明かしでもしてやろう」

くくっと笑みを漏らす。

「といってもばらすほどのことでもない。特秘事項とはいえ、管理局にも登録されている事だ。私の固有技術である発散技術。これは集束技術や広域攻撃の類と一緒で魔法に何らかの作用を起こすことができる。私がしたことは魔力を発散させたに過ぎない。どうだ?簡単なことだろう?」

もしかしたら、攻略の糸口が見つかるかもしれない。そう思って聞いていたが、攻撃が通じないという事実を裏づけるだけだった。

無理だ。俺では勝てない。

心が挫けていく。

「では、一旦寝てもらおう」

キーバが杖を向けてくる。魔力が集まっていき、ファストバレットと口にすると同時に発射された。



……だめだ。



直進してきた魔力弾が目の前までくる。



あいつに謝りに行かないと。せっかく作ってくれたご飯もまだ食べてない。


そうだ。まだ…………諦めるわけにはいかない。



魔力弾は左腕で防ぐ。腕からは血が垂れ、動かなくなってしまった。

「ほう。戦う意志が残っていたか。結構なことだ。存分に力を発揮してくれ」



「あんたを倒す」

「それは楽しみだ」

全身を強化し走り出す。一歩ごとに腹部が痛むが気にしてはいられない。片手でベンチを持ち上げキーバへ投げつける。

しかし、黄土色の魔力弾によってベンチは粉々になった。

「方法としては良い。だが、物量も威力も足りない」

やはりだめか。

なら

「ファストバレット」

キーバの魔法を放つ。高速で次々とキーバに直進していき当たる寸前に消えていく。

「どうした。これでは倒すには程遠いな」

攻撃をやめる。確認したいことはできた。ほんのわずかだが、魔力弾が消えていく速度が少しずつ遅くなっている。大量の魔力弾を叩き込み続けるか、大出力の砲撃を食らわせれば攻撃が通るかもしれない。

アクセルシューターを一発飛ばし、キーバの横にある電灯の中間あたりに当てて断ち切る。中ほどから上の部分がキーバに落下していく。

キーバは指先を上に向けファストバレットを撃とうとするが、それに合わせ魔力弾を操作して指先と対角線になるようにした。

直射された魔力弾を灰色の魔力弾で相殺する。

「む」

キーバは上を向き回避行動をとる。

回避した後アユムのいた場所を見るが一瞬の間にいなくなっていた。

「どこに行った」

あんな一瞬で逃げられるわけがない。そう思い周りを探しが見つからない。

途端、辺りを影が覆う。それに気づいたキーバは上を向いてその正体を見る。

その光景を見た瞬間、目を見開き驚愕する。

空には、月を背にビルを片手に持ち上げているアユムがいた。

「ばかな! そんな質量を持ち上げる力があるというのか!」

だがキーバは再度驚く。ビルを突き抜けて砲撃が直進してきたからだ。突き抜けた後は幻術であるアユムとビルは霧のように消えていった。

「ちっ」

気を取られたキーバは回避が間に合わず、手で受け止めるように砲撃へ向ける。キーバに当たる寸前で砲撃は進行が止まり魔力を散らせていく。

砲撃は徐々に力を失くしていき弱まっていく。

まだ──まだ足りない。もっと力を……魔力を全部出し切れ!

「おおおぉぉぉぉ!!!」

砲撃は一回り二回りと大きくなっていく。

体が悲鳴を上げ、口から血が出る。

勝つんだ……勝って、俺は帰るんだ!

これで最後だ!!!

「いっけぇえ!!!!!」

砲撃は最初の十倍ほどに膨れ上がり辺りが灰色に包まれる。

そして遂に砲撃がキーバの処理速度を上回り、爆発を起こして直撃した。

地面は抉れ、白い煙が立ち上がっている。

体が軋む。頭を固いもので殴られているようだ。景色は歪んでいてよく見えない

倒せた……のか……?

「驚いたな。いや本当に驚きだよこれは。ここまでとは思いもしなかった。ますます欲しくなってきたな。この技術」

声が聞こえてくる。キーバは体全体で喜びを表現していた。

駄目だったのか?

「期待を上回る代物。デバイスを持たせればどれほどの戦力を有するか。楽しみではあるが、同時に私が抑えきれないほどの危険性を含んでいる。この技術は私だけのものにしないといけないな」

よく見れば肩口までバリアジャケットが破れていた。

「もう十分だ。君には楽しませてもらったよ。これは褒美だ」

手足が光輪に縛られて空中に固定される。多くの魔力が集まり、魔法陣が展開されて強力な魔法が構築されていく。

準備が完了しキーバはこちらに手を向けて攻撃を開始した。

「アーミーバレット」

千人が矢を放ったかのように、魔力弾が押し寄せてくる。その数は百を超え、次々と休む間もなく被弾していく。

魔力弾が止むと同時に俺は落ちて行った。

フローターフィールドとキーバが唱え、魔法陣がクッションとなり地面との衝突を免れる。

「まだ死んでもらっては困る。カヤノキの居場所を聞き出してないからな」

近くまで歩み寄り居場所を訊いてくる。

「さて、カヤノキはどこだ?」

「……」

右腕に足が乗る。

「聞こえているか? どこだ? ん?」

「……」

骨が折れる音がした。

「ああああぁぁぁッッ!」

杖の後ろ部分を膝が打ち込まれたところに置かれる。

「あまり痛い思いはしたくないだろ。一言場所を伝えるだけでいいんだ。カヤノキのいる場所を」

「はぁ、はぁ、……誰が言うか……ッぎゃあああぁぁぁ!!!」

杖を押し付けられる。

「ごほっ、げほっ」

血が吐き出る。

死ぬかもしれない。

あいつ、怒ってるかな。酷い言いようだったもんな。自分のことだけ考えてあいつの気持ちを少しも考えてやれなかった。

ばかだな俺は。





「アユムちゃんっ!!」

あいつの声が聞こえてきた。

「おや。これはなんて幸運だ。まさか探し物があっちからやってくるとは」

ここに……来たのか。

「キーバさん。アユムちゃんから離れてください」

「はっ。立場がわからないようだ。あなたに何ができる」

「できますよ。奥歯に小型爆弾を仕込んであります。ここにわたしの魔力を一定量流し込めば、爆発するようになっています。これを使えば脳は吹き飛び、わたしが死んだとしても記憶の抽出はできなくなります」

「信じろと?」

「やって差し上げましょうか?」

にらみ合い、そして。





「わかった。だがこちらも条件がある。私に大人しくついてくること。研究内容と技術の引き渡しだ」

「わかりました。ですがもうアユムちゃんには関わらないでください。これは絶対条件です」

「いいだろう。アユムくんには関わらない。約束しよう」

それでは行こうか。そういうと、キーバはあいつを連れてどこかに行こうとする。

「ま、待て」

意思に反して体は動こうとしない。

くそ。動け。立って追いかけるんだ。

キーバを……あの野郎を倒して取り返すんだ。

意識がなくなっていく中、キーバの後についていくあいつは一度こちらに振り向いてごめんねと言った。



その言葉を最後に意識が途絶えた。























午後、母と街に出かけてデパートへ向かう。

今日は六歳の誕生日で靴を買ってもらう約束をしていた。

母は仕事で忙しく、普段あまり会うことがない。

だけど、今日だけは特別に一日休みをもらえ、息子と過ごすことが許された。

街は人の行き来が多く、活気があった。

デパートへ向かう途中、屋台でアイスが販売されているのを見て子どもは欲しがった。

少し列が出来上がっていて、買うには時間がかかる。

母親はここで待っててと子どもをベンチに座らせた。

子どもは座りながら辺りを興味深く見る。

外へ出ることが少なく、どれも目新しく映るそれらは気分を高揚させてくれるものばかりだった。

その中で一番目をひかれたものがあった。

目の前を滑っていく女の子だ。

見た目は普通の靴を履いている。けれど、どういうことか女の子は滑りながら移動している。

気になった子どもは、母の言いつけを忘れて女の子の後を追いかけていくことにした。

追いかけてはいたが、少しすると見失ってしまい残念な気持ちになる。

戻ろうと思い、周りを見ればいつの間にか知らないところまで来てしまっていた。

「お母さん?」

母を呼ぶ。近くにいるはずもなく返事はない。

段々と不安になっていく。知らない場所で知らない人たちが周りにいる。

お母さんのとこに戻ろう。そう考えて母を探しに歩き出す。

だが、いくら探しても見つかることはなかった。

気付けば日は暮れ始め、大分時間が経っていた。

なんとかベンチまでは戻ってこれたが、歩き疲れて途方に暮れる。

目からは涙がこぼれ、泣き声でお母さんと繰り返す。

歩き行く人々は子どもをちらっと見るだけで声を掛けようとはしない。

そんな中一人子どもに歩み寄って声を掛ける。

「戻ってきてたんだね」

「お母さん?」

「うん。そうだよ」

「おかぁあさん」

泣きながら母に抱きつく。

「よしよし。ごめんね。一人にして」

子どもは首を横に振る。

「ごめんなさぃ」

「いいのよ。お母さんが悪かったの。でも無事でよかった」

許してくれると母が尋ねると子どもはおんぶしてとせがんだ。

母はしゃがみ、子どもは小さい背中に乗る。

「帰ろうか。アユムちゃん」

「うん」

夕暮れの中、母の背中は小さくて誰よりも大きく感じた背中は優しく暖かった。

「アユムちゃん。これ」

手に持っている袋を持ち上げる。

「靴。買っておいたよ」

アユムは大いに喜んだ。

「ありがとう。お母さん」

帰る途中アユムは母の背中で寝てしまった。









家に帰り、玄関に入ったところで目を覚ます。

「あ、起きた?」

「うん。ただいま」

「おかえりなさい」

母の背中から降りて靴を脱ぐ。

「アユムちゃん。今日はねアユムちゃんの好きなもの作ってあげる」

「ハンバーグ!」

「そうだよ。今日は腕によりをかけて作るからね」

笑顔を浮かべる。ご飯作ってる間にお風呂に入っちゃってねと言われる。

体を洗いお風呂に浸かる。こんなに嬉しいのは久しぶりで、今日はずっと笑みを浮かべていた。

お風呂からあがって体を拭く。服を着て母のところに向かった。

「出来た」

お皿にハンバーグを乗せていく。

小さいハンバーグが三つずつ。

お皿を食卓に並べいき、準備完了と母が言う。

「そうだ。これを忘れちゃいけないよね」

冷蔵庫から白い箱を取り出して開ける。

「じゃーん。お誕生日ケーキ」

白く丸いケーキの上にイチゴが乗り、チョコにはアユムちゃんお誕生日おめでとうと書かれていた。

「わあ」

六本のロウソクをさして火をつける。

電気を消して、ハッピーバースデートゥーユーを歌う。

「アユムちゃん。お誕生日おめでとう!」

アユムは勢いをつけてロウソクの火を吹き消す。

「へへ」

少し照れくさく感じたがやはり嬉しかった。

「じゃあ、食べようか」

いただきますと言って食べ始める。

「アユムちゃんおいしい?」

「うん、お母さんの作るハンバーグが一番好き!」

それから話をして楽しい時間を過ごし母と一緒に寝た。

これがたった一度行われたお誕生日祝いだった。


















ヒヨリはアユムに愛情を与えヒヨリも愛を感じていた。

すくすくと育ちアユムは問題なく健康に育っていく。

初等科に通う年齢に達した時、アユムはザンクト・ヒルデ魔法学院に入学することになる。

初等科から始まり、現在中等科の二年である。



「アユム」

「はい」

アユムは放課後に職員室へ呼ばれていた。

「お前、この学院で勉強を続けていくのか?」

「どういうことでしょうか」

中年の教員はため息を一つする。

「魔法だけが人生ではない。今からでも遅くはないんだ。進むべき道をもう一度考えてみたらどうだ」

「お前の努力は認める。みんなもそうだろう。けどな、いくらやっても無理なことだってある。人を教える立場にいる私がこんなことをいうのは間違っているし、お前だってわかってはいるだろう。だが、正直これ以上お前のことをみているのは辛い。魔法を使おうとするたびに倒れているようでは体が持たないぞ。医者にも止められているんだろう?」

アユムはただの一度も魔法を成功させたことがなかった。

ましてや、魔力を使おうとすれば痛みが走り無茶をすると意識がなくなってしまう。

原因は未だ不明で通院を余儀なくされている。

ぎりっと歯に力が入る。

「お前なら、他のことでも優秀な成績を修められるだろう」

魔法の使用以外ならと最後に言う。

「諦めきれません」

「どうしてだ。なぜそこまで魔法にこだわる?」

アユムには夢があった。母のしている仕事をしてみたいと小さいころからの夢がある。

母は魔法関連の研究をしている。

小さいころは仕事も一緒にやれば、母といられる時間が増えると思っていた。

それからいろいろと調べ、仕事自体にも興味を持って行った。空を飛んでみたい、科学による現象を魔法によって引き起こしてみたい。この手でなにかを作り出してみたい。思いは膨れて強くなっていった。

「はぁ。……アユム。これ以上魔法を使おうとすれば、いつか取り返しのつかないことになる。今度親御さんと話すことを決めてある。そこでお前の今後について話し合う。お前も一緒に話して決めていこう」

何を言っているんだ。

「そんなっ! なんでそんなことを。まだ魔法が使えないって決まったわけじゃありません。原因だってまだ調べている最中だし、成長途中だからかもしれないって医者にも言われました。話し合いをする必要なんて……」

「アユム。先生もお前のことは大体知っているつもりだ。原因解明の研究も始めてからすでに五年は経つ。成長途中と言われたのも同じ五年前に言われたことじゃないか。もう諦めて他のことを探してみろ。もしお前が魔法以外の道を選択するときは協力してやる。先生は全力で助けになるからな」

あとは、親と同伴で話す日時を告げられ職員室を出て行った。

荷物を取りに教室へ戻る途中、周りにいる生徒にはちらっと見られる。

いつものことだ。カヤノキの息子であるアユムは入学当初周りに期待されていた。

ヒヨリ・カヤノキ。優秀な頭脳を持ち、重大なプロジェクトの主任を務める。魔導師ランク推定SS。

母ほどではないが、一般より魔力量は多かった。

そして初等科での魔法実技のときアユムに異変が起こる。

魔法を発動させるため、先生に言われた通り魔力運用を始めると胸が痛んだ。

次第に意識は遠くなっていき、アユムは倒れてしまった。

それからは励ましの言葉を多くの人からもらう。大丈夫、心配するな、まだまだこれからさ。

最初は本当に心配してくれていたんだろう。しかし、それは変わっていき段々と腫物扱いされるようになっていった。

教室に入り、荷物を鞄にまとめて出ようとする。

「アユム」

クラスメートの一人に声を掛けられる。

「今日の魔法実技の小テスト何点だったよ? 一点も取れなかったなんてことはないよな」

最近よく絡んでくる奴がいた。サロトといって顔がカエルによく似ているうえに体型は横に広がっていた。魔法主義の思想が偏っていて、魔法を使えないものを見下す傾向がある。

サロトの方を見ると後ろには取り巻きが二人いた。そいつらを無視して教室から出て行こうとする。

「おい。待てよ。せっかく話しかけてやってるんだ。少しぐらい付き合えよ。この無能者」

いつもなら多少言い返して喧嘩になる。だが今日はこいつらなんか気にしていられなかった。それほど先ほどのことはショックだった。

「職員室で何の話をしてたんだよ。ついに学院の面汚しとして追い出されることになったのか?」

反応せずにいられなかった。

「なんだと、このイボガエル」

サロトの鼻は妙にでこぼこしていてイボのように見える。後ろの二人も口を手で押さえていた。

「てめぇ。言っちゃいけないことを言ったな。無事で帰れると思うなよ」

「だったらどうなんだよ。イボガエル。しゃがれた声で鳴いてくれるのか?」

サロトが後ろの二人に指示を出す。一人はドアの前に立ち、アユムを囲むようにして逃げ道をなくしていく。

「てめぇみたいなのが学院にいると迷惑なんだよ。だから俺様が学院に来れないようにしてやる」

押さえろとサロトが言うと、取り巻きが左右から同時に向かってくる。

右の奴の顔面に持っていた鞄を振りぬく。一発で倒れ、それを見たもう一人は一瞬動きが止まる。

それでも向かってきた左の奴には、体を丸めて左肩からタックルをかます。体勢が崩れたところに右拳を顔に入れた。

二人はそれで気を失ってしまい、残るはアユムとサロトになる。

「いい気になるなよ。俺様に勝てるわけはないんだからな」

サロトは構えを取る。随分慣れているように見えた。

「いくぞ」

サロトが踏み込み右ストレートを放ってくる。

速くて鋭いそれは両腕で守るのが精いっぱいだった。

連携も速く、左の蹴りがみぞおちに入りその場に倒れこむ。

サロトはストライクアーツを授業でも専攻している。実力はそれほどでもないが格闘技を習っていないものとは動きは違った。

アユムは頭を垂れる感じになり、サロトに頭を踏みつけられる。

「こんな出来損ないを持った親は可哀そうだな」

足に力を込めてさらに押し付けてくる。だが親のことをどうこう言われるのはどうしても我慢ならなかった。

サロトの足首を両手で掴み、立ち上がるのと同時に全力で前に押しやった。

サロトは後頭部を椅子にぶつけて背中から倒れた。

腹部で立つのもやっとだったがそれよりサロトをぶっ飛ばしてやりたかった。

「てめぇ。やってくれたな。もうゆるさねぇ」

手首のリングをこちらへみせるようにしてセットアップと言った。

デバイスを起動させナックルスピナーを装着する。

サロトが腰を落として動こうとした時お止めなさいと聞こえてきた。

「何をしているのですか。学院での魔法は使用厳禁ですよ」

「……シスター・シャッハ」

「あなたたちですか? 最近、放課後に喧嘩をしている生徒は」

「そうですけど、これはこいつが先に仕掛けてきたんですよ。今までだって、魔法が使えないからってやっかみで突っかかってきて、それで喧嘩になってるんです」

ありもしないことを次々と言う。

「そうですか。ですが、それらは教室にあるサーチを見ればわかることです。先ほど言いましたが、放課後に喧嘩している生徒がいると連絡が入っていました。それで、対策として放課後に各教室へサーチを設置しておきました」

サロトはげっといったような顔になる。

そのあと、指導室に連れていかれて一時間の説教をくらい喧嘩両成敗になった。










「ただいま」

家に帰ると電気がついていた。

「あ、おかえり」

母が出迎えに来る。いつもは仕事で家にいないのが当たり前だった。

「研究が一段落ついてね。三日ほど休みをもらえたの」

「そうなんだ」

「そろそろご飯出来るからね」

「うん」

着替えと手洗いを済ませて食卓に着き食べ始める。

食べながら母が学院や最近の出来事を聞いてくる。会話は弾んでいたが途端に母が黙り込み何か考え込む。

すこししてから母は口を開いた。

「アユムちゃん。昨日ね、先生から電話があったの」

思考が止まり、嫌な予感がしてくる。

「これ以上魔法を学び続けても将来がないって。でもお母さんはそうは思わないよ。魔法について学んでいけばそれに携わる仕事に就くことも出来るし、何よりアユムちゃんが好きなことをやるのが一番だと思う」

「けど、アユムちゃんが魔法を使えば使うほど体が弱まっていく。お母さんはすごく心配で。アユムちゃんが大変なことになっちゃうんじゃないかって。だからね、もう魔法を使わないことを約束してくれるなら学院で勉強を続けることにお母さんも賛成しようと思う」

どうかなと聞いてくる。

「……だめだよ。諦められない」

うつむいて震える声で言う。

「どうして……?」

「だって、小さい時からの夢なんだ。魔法で人の役に立つことが。学院のみんなはすごく楽しそうに魔法を使う。新しい魔法を覚えたときはとても喜ぶ。失敗しても何度か練習して成功させる。そうするととても嬉しそうにするんだ。やったって飛び跳ねて。ずっと近くで見てきた。五年間ずっと」

「……アユムちゃん」

「それに一番の夢はお母さんの仕事をしてみたいんだ。そのために今まで頑張ってきたんだ。いつか魔法が使えるように」

母の仕事は狭き門で、魔法が使えなくてもつける仕事ではあるが仕事で魔法は多用する。実際そこで働いている者は全員が魔法使用可能であり、事実上魔法が使えないものは就職できなくなっている。

「でも何度やっても駄目だった。失敗しても繰り返して、また次に挑戦して。普通とは違ういろいろな方法も試した。けど駄目だった」

母は涙を浮かべている。

「なんで。どうして。魔法が使えないんだ。こんなにも……こんなにも頑張ってるのに。…………うっ……くっ」

涙が流れ、零れていく。今までため込んでいたものが溢れ出していく。

だが、泣いている最中にアユムの胸に激痛が走った。

「あッ……ぐッ」

ガタっと机を揺らして床に倒れる。

「アユムちゃん! アユムちゃん大丈夫!?」

母が駆け寄り心配してくる。

痛みはおさまらず、救急車を呼んで病院に連れていかれることになる。

その日から、アユムは入院することになった。










痛みで倒れ、入院してから二年が経つ。

アユムは四肢が動かなくなり寝たきりとなっていた。

最初は手足が痺れ、次第に動かなくなっていった。

医者は体が魔力の影響を受けすぎて耐えられなくなっていると告げる。

アユムのリンカーコアは、意思に反して脳が常に抑えつけている。体が魔力に耐えられないという防衛からくるものだ。

それはアユムの魔力が強大すぎるが故だった。予想では最高魔導師ランクを超えているとされてる。

入学時に測定した魔力量は漏れ出しているものに過ぎなかった。

アユムはずっと魔法を使おうとしてその度に倒れていた。これは痛みによる危険信号と魔力が体を壊さないように脳が調整して意識を途絶えさせていたことが原因だった。

そして、遂に無理がたたり抑えが利かなくなってしまった。

入院してからは、リハビリと激痛に闘う毎日を過ごしていた。

最初、母は毎日のようにお見舞いに来ていた。しかし、ここ一年はまったく見ることなく来なくなっていた。

窓から空を見上げて鳥を見る。自由に羽ばたいて青空を飛んでいた。

ドアが開き誰かが入ってくる。

「アユムちゃん。久しぶり!」

母の方は向かず空を見続けている

「ごめんね。仕事が忙しくてあまり来れなかったの」

ベッドの横に座り、持ってきたものから容器を取り出す。

「そこでアイス買ってきたんだよ。溶けないうちに食べよっか」

「いらない」

「そっか。食欲ないのかな。アユムちゃん最近調子はどう?」

「……別に」

「ちゃんとご飯は食べてる?」

「……」

「そうだ! アユムちゃんのために特注で作ってもらったものがあるの」

今度は手のひらサイズの四角いものを取り出した。

「これはね。アユムちゃんの声に反応して動くんだよ。これで目の前にモニターが出てきて楽に読書ができるようになるよ」

「いらない」

「で、でも魔法の勉強もこれで続けられるし、本だって」

「必要ない! ……もう必要ないよ。こんな状態じゃ魔法は使えないし他のことだってできやしない」

「大丈夫。いつか治るよ。きっと」

「なんでだよ。なんでそんなこと言えるんだよ」

「だって、アユムちゃん頑張ってるもの。ずっと一生懸命で今だって自分と闘ってる。神様だってきっとアユムちゃんのこと見てるよ。もちろんお母さんも。だから頑張っていれば大丈夫」

「神様なんて……いるわけないだろ。神様がいるっていうならなんで俺はこんな体なんだ? 頑張ってる。いつだって頑張った。でも体は治るどころか悪化していく。神様がいるなら、少しぐらい良くなってもいいじゃないのかよッ……!」

アユムは心から叫ぶ。本人も言ってることはめちゃくちゃだとわかってる。けど叫ばずにはいられなかった。

「こんな、こんな体じゃ何もできないよ。歩くことだってできない。なんでだよ。なんでなんだよ。どうして……こんな体で産まれてきたんだ」

泣きながら次々と言葉が出てくる。

「アユム……ちゃん」

「……出てってくれよ」

「えっ」

「出て行けって言ってるんだ! もう顔も見たくない」

母は声を掛けようとしたがそれはせず、荷物を持って立ち上がった。

一度振り向き再び何か言おうとしたが、やはり何も言わず出ていくときにごめんねと言って出て行った。



それからアユムは次の回診まで泣き続けていた。








[26916] 神様に転生させられる話 5
Name: WAS◆e1146c1d ID:10da992a
Date: 2011/04/30 19:15

ヒヨリ・カヤノキはアユムの母である。

身長が低く、子どもと一緒にされることが多々あり童顔であることもそれを助長している。

身長のことは本人も気にしており、そのことに触れられるのは嫌いだった。

初等科から大学まで魔法の勉強を続け成績は常にトップを維持する。魔法を研究する進路を選択し、研究室が自分の家に変わりつつあった。

卒業後はそのまま研究員になることが決定し、学生としての自分が終わりに近づいていった。

冬が去り、まだ肌寒さが残る頃にヒヨリは後のアユムの父となる人と出会うことになる。





「ふわぁ~」

小さな口を開けてあくびを漏らし、疲れた体を伸ばす。

「最近あまり寝てないなぁ」

白い髪はぼさぼさになり清潔とは程遠い生活を送っているのがわかる。

「もう少しやってからシャワー浴びて寝よっと」

目が半開きのままディスプレイに目を移す。研究に使う機材が置いてある部屋にタップする音だけが聞こえてくる。

ヒヨリが今行っている研究は魔力素を数値化して、魔法を使用するときに刻々と変化していく様子を観察していくことである。魔力素がなぜいろいろと変化できるのか、魔力素がもたらす効果を研究し魔法の使い道をもっと発展させるために研究をしている。

今は一人だけいる薄暗い研究室のドアが開き女性が入ってくる。

「ヒヨリぃ」

「あ! コークちゃん」

ヒヨリの同級生で赤茶のショートヘアーとキリッとした目が活発そうな印象を与える。

「よっ! 相変わらず元気に引きこもってるね」

「へへっ。そろそろ限界だけどね」

目の下にくまがあり、心なしかげっそりしているように見える。

「うわっ。大丈夫? 衰弱した座敷童みたい」

「もお。どうしていつも子どもや小さいものと結びつけるのかな。というかなんで座敷童を知ってるの?」

「ほら、一月前ぐらいに飲みに行ったときあったじゃん? そん時さヒヨリがここの店地球のと似てるって言ったの覚えてる?」

「うん。二軒目の時だよね」

「そ。でさ、その後地球についていろいろと話をしたじゃない? それから興味がわいてきてね。いろいろ調べてみたの。神様とか歴史とか」

コークは人文学を勉強しており、数多の世界にある人間の残したものを研究している。本人はもっと勉強を続けたいと思っており大学を卒業後は大学院に進学することになっている。

「調べてみると結構地球のものがミッドにあったりするのよね。ヒヨリ知ってた?」

「そこまで詳しくないからわからないけど、似通ってる部分があるなぁって思うときは多いよ」

「ふ~ん。そっか」

頷き、納得する。一拍おいて本題に変わる。

「ところであんた健診行ってないでしょ? 早くいかないと提出期限過ぎて、研究続けられなくなっちゃうわよ」

「えっ? あっ! 忘れてた……」

微笑を浮かべてヒヨリをからかう。

「そんなドジな一面も子どもっぽさの原因だよね~。これを伝えに来ただけだからさ。今日はもう行くよ」

また飲みに行こうねとそう言い残して行ってしまった。

「まったくコークちゃんは……はぁ。明日行ってこよ」

研究を一段落させてその日はシャワーを浴びて眠りについた。










窓から日が差し込み朝を迎える。

「ん~。……ねむい」

まだ意識は覚醒しきってはないが今日は健診に行くことを思い出す。

「……おきなきゃ」

体を起こし洗面所へ向かう。ふらふらと何とかたどり着き顔を洗う。さっぱりすると多少眠気が飛んだ。

春先ではあるが今日は少し寒く感じる。暖かい恰好をして上着を着る。身支度を済ませて鞄に荷物を入れていく。

「ええと、保険証と診察券とお財布とそれからこれも」

待ち時間が長くなった時のために地球から持ってきた本を入れておくことにした。

「忘れ物はないよね。……よし。行こう」

鞄を持って歩き出し研究室から出て行った。

廊下の突き当たりで半袖に短パンと軽装の同級生と会う。片手には二本指でキャップの部分を掴んでコーラを持っていた。

「お。ヒヨリじゃん。今日は早起きだね」

「コークちゃん。寒くないの?」

「問題なし。このぐらいなら裸でもいけるね」

嘘は言っていない。今まで付き合ってきてスーツや制服以外で肘と膝より長い服を着ているのを見たことがなかった。コークはレアスキルの炎熱を所有しているのだが何か関係があるのだろうかとヒヨリはたびたび思う。

「飲む?」

コーラを勧めてくる。

「炭酸苦手なの言わなかったっけ?」

そうだったと言って蓋を開けてコーラを飲む。

「じゃあ、わたし健診行ってくるから」

「そうかい。あたしゃこれから学会だよ」

「うん。がんばってね」

挨拶と雑談を終えてコークを後にすると病院へ向かった。

一週間ぶりに外へ出る。空は晴れ渡っていて外の空気は良く開放感があった。

街中は活気と明るい雰囲気で研究室の暗さはない。

最寄りの駅に行き電車を利用して二つ離れた駅に行く。ミッドチルダ中央大学病院前と駅名がとてもわかりやすくそれほど大きな病院となっている。

電車を降りて改札口を通る。時刻はお昼前で人の通りはそれなりに多かった。

駅から出るとすぐ目の前に病院があり、そびえ立つように堂々とあった。迷わず中に入り受付へ向かう。

「順番が来ましたらお呼びしますので二号館の三階でお待ちください」

受付の人にそう言われたが場所がいまひとつわからず案内板を見て確認した。

「こういって、ここを曲がって、こうだね」

わかったと頷き言われた場所に向かう。

「あれ? おかしいな。なんで四号館に来ちゃったんだろ」

迷ってしまう。案内板をもう一度見直して確認する。

「う~ん。よし! 今度こそ覚えた」

勇ましく足を進めて目的の場所に向かう。

しかし迷う。

「最初のところに戻ってきた……」

この病院広すぎるよと愚痴を漏らす。確かにほかの病院と比べて構造が入り組んでいる。

「病院の人に聞いた方がはやいよね」

そう考えて受付の方に行こうと振り向いたとき、誰かと衝突して尻餅をついてしまう。

「あいたっ」

「君、大丈夫?」

差し伸べてきた手を掴み立ち上がる。

「あ、はい。大丈夫です」

白衣を着こみ病院の者であることがわかった。

「迷子かな? お母さんとお父さんは?」

「違います。迷子じゃないです。わたし子どもじゃありませんから!」

むっとした表情をなる。

「えっ。そうだったのかい? それは失礼いたしました」

頭を会釈に近い角度で下げ黒髪が揺れる。ずれた眼鏡をテンプルの部分を持って位置を直した。

ヒヨリはそれではと言い残しそそくさと行ってしまう。

眼鏡を掛けた白衣の人はヒヨリを見送り、下に一冊の本が落ちていることに気づく。

「これは」

本を拾い上げて表紙を見てみる。ミッドでは目にすることがない言語だった。それには日本語で鬼子母神と題名が書いてあった。










「まいったなぁ。あの人に素直に聞いておけばよかったよ」

先ほど自分の行くべき場所の行き方を聞くのを忘れ、再び迷い始める。

「でも、あの対応はなかったよ……」

さっきのはちょっと大人げなかったかなと思い、すこし恥ずかしくなる。

「あんなだから子どもっぽいって言われるんだよね」

はぁと息が漏れて肩を落とす。

病院に来てから時間が少々過ぎている。もうすぐ呼ばれるんじゃないかと気持ちが焦ってくる。

近くに窓口を見つけたヒヨリはそこで行き方を聞こうと思い近寄っていく。その途中にヒヨリの名前が呼ばれる。

「ヒヨリ・カヤノキさん。いらっしゃいますか」

看護婦が診察室の前で呼びかけをして、それをもう一度繰り返す。

「あ。ここだったんだ」

知らずに指示されたところへたどり着いていたことに気づく。

「はい。わたしです」

「どうぞこちらにお入りください」

看護婦に案内されて診察室へ入る。室内には、まだ若く椅子に座った男の人が物腰の柔らかい声で挨拶をしてきた。

「こんにちは」

「……あ」

「君は……さっきの」

そこにはヒヨリのことを子どもと間違えた人物が医師として座っていた。

「どうも、先ほどは失礼いたしました」

椅子に座ったまま再び謝罪をしてくる。

「あっ、いえ。わたしもあのような態度をとってしまって申し訳ありません」

あわてた様子でお辞儀をする。ぶつかったときのことをまた思い出してしまい恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。

「許してもらえたみたいでよかったです。僕もまだ若輩ものでして。配慮が足りませんでしたね」

相手もそれほど悪くは思ってないらしくて安心する。どうぞお座りくださいと促され、対面になるように座る。

「ええと、ヒヨリ・カヤノキさんですね?」

書類を見ながら訊いてくる。ヒヨリははいと答えた。

「僕は長島純一です。よろしくお願いします」

自分の名前と響きが似てると思った。

「それと、落ちてたのを拾ったのですがあなたの物ですか?」

純一は一冊の本を手渡してくる。

「あ! これ」

鞄の中を探り自分の本がないことに気づく。

「わたしのです。ありがとうございます」

本を受け取り鞄にしまう。二度も迷惑を掛けてしまい再度恥ずかしくなる。

「鬼子母神。求児や安産、子育などの祈願を叶える神様……でしたっけ?」

「えっ……はい。その通りですけど……地球にお詳しいのですか?」

コークと同じく地球について調べたことがあるのだろうかと思い訊く。

「実は僕、その言葉が使われてる世界出身なんですよ」

「ええっ! ほ、ほんとですか!?」

数多の世界があるなか、それも管理外世界とされているところと縁のある人に出会うのは初めてであった。

ヒヨリは思わず身を乗り出す。

「ええ、まあ。あなたも地球出身ではないのですか?」

純一はヒヨリに驚いて若干身を引いてしまう。ヒヨリはまたやってしまったと思い顔が熱くなる。

「わたしはミッド出身です。何度か行ったことはありますがあまり詳しくはなくて。祖父が地球の生まれで血筋は少し引いています」

「そうだったんですか。もしかしたらと思いましたが違いましたか。ですが、やはり地球を──それも日本を知ってる人と出会えるなんて嬉しいものです」

嬉しそうに喋る純一は、聞いていると感情を伝染させるかのようにこちらも嬉しく感じさせた。

「ふふ。そうですね。わたしもそう思います」

純一は少し照れくさそうに人差し指で頬をかく。

「ははっ。ちょっと恥ずかしいですね。っとはなし込んでしまいましたね。そろそろ健診を始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします」

ヒヨリは一通りの質問受けて体の調子を見ていった。さりげなく身長のことを聞くとまだ伸びる余地はあると言われて内心大いに喜んだりした。他にも地球のことを聞いたり自分が研究者であるということ。今行っている研究について話したりして健診を終えた。

「魔力素の数値化ですか」

「魔法をもっと多様化できないかって観点から始まったんです」

「興味深いですね。是非もっとお話を聞けたらと思うのですが、まだ患者が控えていますしこれ以上は厳しいですね」

「わたしも地球のこと聞けて楽しかったです」

ヒヨリは久しぶりに人と話せたのもあって、本当に楽しむことができ良く笑った。

「今日はありがとうございました」

席を立ちお辞儀をして鞄を持つ。診察室から出ようとした時純一に声を掛けられる。

「カヤノキさん。その、またお会いできませんか?」

その言葉を聞くとゆっくりと振り向いた。

「カヤノキさんに──研究者としてのカヤノキさんに聞いてもらいたい話があります。僕も医者として研究していることがありまして、それについてお話ができたらと……」

理由を聞いて納得したヒヨリは一枚の名刺を取り出し純一に渡す。

「いいですよ。これにわたしの連絡先が書いてあります」

純一はそれを両手で受け取り喜んだ表情を浮かべる。

「ありがとうございます。近いうちに連絡させていただきます」

見送られる際にお大事にと言われ、それではと返して別れた。










健診に行ってから三日目。

昨日、純一から連絡が入り今日は出かけることになった。いつもは研究室で寝泊まりしているが昨日のうちに帰宅していた。

予定は昼ごろに駅前の喫茶店で会う約束になっている。いつもより服装に気を配り鏡の前でチェックする。

「これでいいよね」

抑えめの印象を受けるが白を基調とした服を着込み、白い髪と相まって聖女を思わせる。

「うん。行こう」

現時刻、午前十一時半。支度を終える。

「時間より少し早く着くかな」

待たせるよりかはいいかと思い、どんな話題なのかと期待を膨らます。

戸締りを確認して家を出る。特に気負うことなく喫茶店へ向かうべく歩を進める。

空は晴れ渡り雲一つない。街は変わらず人が絶えることなく行き来している。

ここの所は事件もなく平和の日常が続いている。レジアス・ゲイズが首都防衛隊についてからは首都での犯罪も減り検挙率も上がっている。しかし、犯罪は次から次へと起こり止むことがない。
ビルモニターを見上げるとエースオブエース高町なのはが映り出されていた。最近は特集番組でよく取り上げられている。今回はたった一人で犯罪者グループの無力化に成功したとのことだった。

歩き始めて二十分程経つと駅が見えてくる。まだ来てないかなと待ち人を探すが、駅前だけあって人が多く見つけるのが難しかった。

「カヤノキさん」

横から純一が駆け寄ってくるのが目に映る。なかなか見当たらなかったが、あちらから発見してもらうことができた。

「純一さん。こんにちは」

「こんにちは」

「探すのが大変で困っちゃいましたけど、純一さんから見つけてもらえて助かりました」

「こちらから見つけるのは簡単でしたから」

ヒヨリは人より小さく、きょろきょろと動くさまは目立っていた。

「む。どういうことですか」

長年身長のことでいじられてきたヒヨリは、このことについての鋭い感覚を持ち合わせている。

「あ。いえ、決して悪い意味じゃないですよ」

気付いた純一は取り繕うように弁解する。

「……まあ、いいですよ。慣れてますから」

ふんっと横を向いてしまう。

「ははっ。まいったな」

困ったような顔をして指一本で頬をかく。そんな純一を見たヒヨリはふふっと笑う。

「冗談です。ちょっとからかってみただけですから」

行きましょうと言ってヒヨリが先に歩いていく。純一は掻いた頬に赤みを帯びたまま、ほんとにまいったなと言ってヒヨリの後をついて行った。

喫茶店へ入り店員に席を案内される。奥の窓際へ行き二人用のテーブル席に座った。ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいと定型文を告げられ一礼して去っていく。

店内は外と違いゆったりとした雰囲気が流れている。各々が自分の時間を過ごし安らげるひと時を送っていた。それはここが心地よい場所であるからこそだ。

メニュー表を開きどれにしようかと考える。ヒヨリは少食なのを自覚し肉類は避けパスタなどを見ていく。

「カヤノキさん。決まりましたか?」

「はい。ミートスパゲッティのAセットにします」

了解した純一は店員を呼び、ミートスパゲッティのAセットとサーロインステーキを注文した。

「お昼から結構食べるんですね……」

「ええ。医者は体力がないとやっていけませんから」

定期的にジムも通っている。

「カヤノキさんはあまり食べないんですか?」

「すぐお腹いっぱいになっちゃってあまり入らないんです」

だから背が伸びないのではと純一は言わない。

話を区切り、純一は一度考え込む仕草をしてから話し出した。

「カヤノキさん。死者蘇生が可能だとすればどうお考えになりますか?」

唐突すぎる話ではあるが、研究者であるヒヨリは突拍子もないことを耳にするのは良くあることである。

「それは、人格も記憶も微妙なクセすらもその個人として元通りにするということですか?」

「はい」

可能となれば人間社会が激変する。死生学は変わり圧倒的に生が有利となる。生と死の不即不離な関係は崩れるだろう。

「それが人々の間で常識となれば、人は死を軽視するようになると思います。ですが救われる人が多く出てくるというのも間違いじゃありません」

人は自分がいつかは死んでしまう存在だと自覚することは難しい。ましてや死と隣り合わせの世界で生きているわけではないのだから。

「そうですね。それだけ聞ければ十分です。死者は生き返らない。この結論がある限りいくら議論しても仕方ないですから」

テーブルの上で手を組み、純一は困ったような笑みを浮かべながら言った。

「けど、それを認めたくなくて僕は死を否定しようとしました。死んでしまった人にはどうすることも出来ないのかって悩んで、泣き崩れる遺族を見るたびに死んでしまいたい気持ちにもなったりしました」

そこには純一の医者としての積年の思いがあった。

「それでも人を救いたい気持ちは変わらず医者を続けてきました。死者を生き返らせるというおこがましい研究も続けながら」

ヒヨリは何も言わずただ純一の話すことを聞いていた。

「今でも研究を続けています。そこで今日はその研究をカヤノキさんに聞いてほしいと思いお呼びしました。聞いて頂けるでしょうか?」

意を決するように目を合わせて尋ねる。

「元々純一さんのお話を聞くために来たのですから聞かずには帰れません。是非お聞かせください」

快く了承した。心なしか純一から負担がなくなったように見えた。

「ありがとうございます」

向こうから店員が料理を持って近づいてくる。

「話は食事をしてからにしましょう。注文したものが来たようですし」

失礼しますと店員が料理を並べていく。食欲をそそる良い匂いが料理から発せられる。

フォークを手に取りスパゲッティを口に運ぶとトマトの甘さが口に広がった。

ここの喫茶店では初めて料理を食べたが、毎日ここに来てもいいかもしれないと思った。

純一はステーキを切り分けて次々に咀嚼していった。おいしそうに食べる様子は作った人が見たら喜びそうな顔だった。

「ごちそうさまでした」

食事を終えて一息つく。店員が食器を下げた後コーヒーを持ってくる。

「さて、本題に移りましょう」

食休みにコーヒーを飲みながらヒヨリは聴く姿勢を取る。

「死者蘇生とは言いましてもあらゆる死者を生き返らせようと試みてるわけではありません。寿命で亡くなってしまった者や身体の損害部分が深刻過ぎる者は生き返らせるのは不可能でしょう」

目線が交差してヒヨリは話を促す。

「僕は今日まで何人もの患者を手術してきました。多くの人を救い、救えなかった人もいます。けれど、その救えなかった人たちを見て何度か疑問に思ったことがありました。今、医療技術はかなり発達しています。死んでしまった人の肉体ですら魔法を駆使すればある程度まで再生ができます。……でも生き返ってはくれない。生きている人間とほぼ変わらない状態なのに死んだままなのです」

「一度死んでしまった人の身体を生きている人と同じか近くまで持っていく。それなのになぜ生き返らないのか。ということですか?」

「はい。息を吹き返してもいいはずなのです。肉体は自力で活動できるところまで再生されていますから。それでもみんなは一度死んでしまっているからと、そう結論付けて諦めてしまいます。僕はどうしても諦めきれず、他に原因があるはずだと何年も調査をして方法を探しました。そこである魔法技術を思い出しそれと関係あるんじゃないかと詳しく調べました」

「それは?」

「使い魔作成技術です」

「使い魔ってある目的を達成させるために魔導師が作成する魔法生命体ですよね?」

「そうです。使い魔は作成するときに人造魂魄というものを使います。死亡直前もしくは直後に魂を新たに憑依させて誕生してくる生命。なら、誕生した瞬間に本来宿していた魂が失われているのは道理です」

右手で落ちてきた眼鏡を直す。

「死んでしまった人間が生き返らない。それは一度魂が抜けてしまったのではないかと考えました」

すでに机上の空論だということをヒヨリは理解している。それを承知で純一も話を進めていた。

「これを見てもらえますか?」

純一は鞄から一枚のレポート用紙を取り出しヒヨリに渡す。純一の研究内容が大まかに記載されていた。

ヒヨリは通常の倍の速さで読んでいく。

「魂の情報化?」

「ええ。すぐに肉体を再生させるのは難しい。ですから死んだあとに肉体を再生させそのあとに本人の情報化した魂を再び憑依させる。そうすれば救える人が増えるのではないかと思うのです」

紙を見ながらヒヨリはわからない部分を訊く。

「この魂のズレというのは?」

「人間は魂と共に成長していきます。人と魂が長い時間離れてしまえば肉体と魂にズレが生じ、拒絶反応が起こりうるということです」

魂を情報化させ、それを一時的に隔離する。肉体を安全ラインまで持って行ったあとに再び憑依させる。確かに使い魔を作成するとき人造魂魄という魂を使ってはいる。だが人造魂魄ですら未だブラックボックスの部分が多い。なのに魂という不確定なものを仮定して、理論を立ち上げている。無謀を通り越していた。

「とてもいい発想ですね。もし確定要素を次々に立証していけば不可能ではなくなっていくと思います」

無理だとは言わなかった。ヒヨリも無理だと言われているものに挑戦しているから共感したところもある。しかしそれ以上に、純一が人を救いたい見捨てられないという想いが言葉を聞くたびに伝わってきたからだ。

「よくここまで頑張りましたね。偉いです」

純一は今までこの研究について励まされたり応援してくれるような人は誰一人としていなかった。レポートを見せたとしても一蹴されるばかりで、他にもやることはあるのだからこんなことはやめてしまえと言われたこともある。

それからはずっと独りで歩み続けた。助けを求める人は大勢いる。その人たちのためにも自分が動かなくてどうすると自分に言い聞かせて。だけどいつしか純一は歩みを止めてしまう。研究を勧めていくうちに一人では限界だと。時間も資金も設備も何もかも一人では限界だという現実を突き付けられただけだった。

それでも時間があるときは少しずつ研究を続け止めることはしなかった。

孤独な道を長らく歩いてきた純一をヒヨリは理解していた。

純一の頬に一筋の涙が通る。

「これは……お恥ずかしいところを」

感情が溢れかえる。しかしそれ以上涙を流すのは押しとどめた。場所もそうだが、あまりかっこ悪いところを見せたくはなかった。

人を救いたい。その気持ちは決して嘘ではない。だが誰かに認めてもらいたかった気持ちも少なからずあった。だからヒヨリの言葉は研究者としてのものより嬉しい言葉だった。

「わたしも純一さんの気持ち少しはわかります。何かお手伝いできることがありましたらわたしも協力させてください」

純一はその言葉だけで十分だった。諦めかけた心にまだ頑張れるとそう思うことができた。



話は終わり、少し談笑をしてから店を出る。

「今日はありがとうございました」

「いえ、とても楽しかったですよ。またお誘いしてもらえますか?」

「もちろんです。カヤノキさんがよければ」

その日は、また会う約束をして二人とも家に帰っていった。








[26916] 神様に転生させられる話 6
Name: WAS◆e1146c1d ID:10da992a
Date: 2011/04/30 19:16

時刻は午後一時前。大学の廊下をヒヨリは歩いていた。

「ヒーヨリ」

「うわっ」

コークが後ろから飛びつく。

「どうしたの? おめかしなんかしちゃって」

半袖半ズボン。快活な少女が質問する。

「今日はお出かけなの」

「へー。……まさかデート?」

「えっ! ち、違うよ。そんなんじゃないよ」

「嘘だね。ヒヨリは嘘つくと下唇噛むもん」

「あうっ」

両手で口を隠す。

「はっは。遂にヒヨリも大人になるのかぁ」

「コークちゃん!」

顔が真っ赤になる。

「しかし、ヒヨリを好きになる人物がいるとはね。あれだ。…………あり? 何だったけな。地球にある言葉なんだけど、最初に『ロ』から始まったきがする」

思い出せないと唸っている。ヒヨリはそれを指す言葉を知っていたが言わなかった。

「わたし、もう行くね」

「あれれ。せっかく大学まで来たのにもう行っちゃうの? お姉さんは寂しいよ」

ヒヨリとコークはすでに卒業式を終えてそれぞれの道を歩んでいる。

「はいはい。また今度ね」

「うん。そうだ。今度は彼氏さん紹介してよ」

もうと膨れ面になり、ヒヨリは待ち合わせ場所に向かった。











ヒヨリと純一は週に何回か合っている。良好な関係を築き互いに支えあっていた。

「すいません。少し遅れました」

コークに構っていた分遅れてしまう。

「いえ、それほど待ってはいませんよ」

行きましょうかと純一が促し映画館へと向かう。

「純一さんはいつも映画を観たりするんですか?」

「それほどでは。行くときは友人と観に行くぐらいです」

「そうですか。何かおすすめがあるかなぁと思ったんですけど」

「特に思いつくものはないですね。映画館に着いてから二人で決めましょう。それも楽しみの一つになると思います」

「ええ。そうですね」

よく笑いよく喋りながら歩く二人は、周りから見ると父親とその娘にしか見えなかった。コークに言われたことを思い出してすこし意識してしまっているヒヨリは、そんなことには気づかず歩き続けていた。

二人楽しく歩いていると時間は短く感じるもので、知らずに映画館へと到着する。

「わぁ。久しぶり」

ヒヨリは大学一年の時コークと来て以来だった。

「なんか、すごい変わってる」

映画館の中は、魔法による迫力満載の作りになっていた。モニターからは飛び出すモンスターや自分も映像の中にいるようなバーチャル空間として楽しめる作品もあった。

「僕も随分久しいですが、すごいことになってますね」

突っ立ったまま二人で感心していた。

「おっと、上映時間もありますし決めてしまいましょう」

作品名が載せられている一覧表のところに行く。

「これなんてどうでしょう」

純一は旧時代にあった出来事を映画にしたものを指さす。

「まだデバイスがなく、代わりに魔力の高い木や鉱石を使っていた時代のですね」

「はい。魔法が科学で証明できないにも関わらず使用していた時代です」

流石に医者と研究者だけあって知識は豊富だった。

「あっ! 純一さんこれみてください」

興奮気味にいった。

「これは! 地球で作られた作品……ですよね」

「すごいですね。こんなところに地球の映画が上映されているなんて」

「はい。誰か地球関係者がいるんでしょうか」

ミッドチルダにあるこの映画館は各世界からの作品が集まってきている。上映中の作品は常に百以上はあった。

「これにしませんか?」

「僕もこれを観たいと思っていたところです」

思惑は一致していた。

純一がチケットの購入をしているうちに、ヒヨリは飲み物と映画館の中で食べれるものを買いに行った。

オレンジジュースとメロンソーダ。キャラメルポップコーンを購入する。純一に何がいいか聞くのを忘れ、全部自分の好みで選択してしまった。

「カヤノキさん」

純一がここにいると手を振っている。

「すいません。注文を聞き忘れてしまって、オレンジジュースとメロンソーダ買ったんですけどどちらにします?」

「ありがとうございます。それじゃあ、メロンソーダ頂きますね」

手渡すのと同時にチケットを一枚渡される。代金を純一に払おうとしたが構いませんと言われた。

「でも」

「メロンソーダ奢ってもらいましたから」

つりに合わないがヒヨリはそれで納得する。別にここで全て純一が出しても気にしないことは知っている。それでもヒヨリが気にすることを知っている純一は金額に関係なく、奢り奢られることでイーブンとしている。

「僕たち運がいいみたいですね。上映まであと十分くらいみたいですし、もう入場も出来ますから入ってしまいましょう」

店員にチケットを見せて中に入っていく。場所は近くさらに中へ行き自分の席を探す。館内はそれほど多くなく、まばらに人がいるだけだった。

「あまり人気ないんですかね」

「これだけ多くの作品があると仕方ないんじゃないかな」

席に着くとすこし明かりを残してCMが始まる。

「楽しみですね」

「はい」

予備知識もなにもなかったが、地球で作成された作品というだけで二人は楽しみだった。

CMが終わり予告に移っていく。観てみたいと思わせる予告が流れていく。一通り流れ、モニターだけの明かりだけになる。本編が始まると静かに観ていた。





映画は終わり二人が出てくる。

二人とも目には涙を浮かべていた。

「感動しました」

「ええ。あんな小さい子が頑張る姿を見せられると心が動かずにはいられません」

母を事故でなくした子どもがその意味を知らず母を待ち続ける話だった。

母は最期に一瞬だけ現れる。それは母に会いたいと祈り続けた子に神が起こした奇跡なのかもしれない。

「やっぱり、子どもには親が必要だと思います」

「そうですね。できれば悲しみを背負わせたくはないものです」

映画の感想を二人で述べる。数分ほど言い合った後このあとどうするか決めていく。

「すこし早いですが夕飯を食べていきませんか?」

「いいですね。泣いたらお腹減ってしまいました」

純一が提案してヒヨリが承諾する。グッズコーナーを見て回った後、映画館から出てすぐ近くのレストランへと入っていった。

「今日はお肉にしようかな~」

珍しく肉類を選択するヒヨリ。純一も変わらず力をつけるためにハンバーグを注文する。

映画の感想も一通り終わり話が他へ移っていく。純一は真剣な表情とも取れなくない顔をして話し出す。

「カヤノキさん。神様はいると思いますか?」

「いると思います」

映画の余韻が原因なのかヒヨリは神様の存在を肯定する。

「なにか宗教でも?」

「いえ。これといって信じている神はいません。ただ研究者を続けていると神様はいるんじゃないかって思うときが多々あるんです」

興味深そうに純一は耳を傾ける。

「この世にある自然界の法則がとてもきれいで、これは神様の御業としか考えられないんです。追及に究理を重ねていけばいくほど、その考えはさらに深みへとはまっていきます」

「世界を創造した神様はいると考えている。そういうことですか?」

創造神や創世神の存在を認めてもいいほどにヒヨリは摂理に参っていた。

「ええ。全知全能たる存在のせいにして問題を投げてしまっているだけかもしれません。純一さんはどう考えているんですか?」

「いたらいいなと思っています。いるのなら魂の証明に真実味が増しますし、医神がいるのなら是非医術のご教授をお願いしたいものです」

「ふふっ。そうですね。ところで、どうしてこの話を?」

「カヤノキさんと出会った時に拾った本のタイトルを思い出しまして。それと今日観た映画が影響しているんだと思います。そういえば、あの本の内容はどういったものなんですか?」

純一は喋ったことで乾いた喉を潤すために水を飲む。

「鬼子母神ですよね。たしか、神と人間が恋をして子どもを一人授かります。しかし神の血を引いた子は強大すぎる力を持って生まれ、結果、力を制御できずに死んでしまいます。悲しんだ神は子を生き返らせますが結局体が耐えられず死んでしまう。そこで力に耐えられる強い体にするため神は鬼の血を子どもに混ぜたんです」

ヒヨリも一旦水を喉に流してから続ける。

「子どもは生き返り強靭な身体となって普通に生活を送れるようになります。けど、体の構造はさらに異常となり段々と綻びをみせていき最期には完全消滅してしまいます。もう蘇らせることもできなくなり神は子の後を追ってしまいそこで物語は完結となります」

「内容は文字の意味に近づけたんですね。てっきり鬼子母神のお話だと思っていました」

「はい。悲しいことに最愛の子を失うところは似てしまっています」

ヒヨリは目をつぶる。

「でも、そんな不遇な人生を辿っても子どもは最期に笑うことができたのです」

首を少し横に傾けてヒヨリは微笑んだ。ただ不幸なだけではなかったと伝えたかった。

「その結果に至るまでの経緯が気になりますが、いま聞くのはやめておきます。実際に本を読んでみたいのですが良かったら今度お借りしてもよろしいですか?」

「いいですよ。次お会いするときに持ってきますね」

子どものように笑い、屈託のない笑顔を浮かべる。純粋な好意だけで作られる笑った顔はヒヨリの大きな魅力だった。

純一はその笑顔にいつしか愛しい想いを募らせる。ずっと茨の道を歩き続け、傷ついてきた純一の目にはヒヨリの存在が眩しく映っていた。そんな時に優しくあたたかい言葉をもらった純一がヒヨリに好意を寄せていくのは必然ともいえた。

何度かヒヨリと会うことで想いは大きくなっていった。自分との話も合い互いに最高のパートナーとなりえることを確信する。

今日、純一がヒヨリを誘った理由にはこの思いを伝えようとしていたことが含まれていた。

佇まいを直し、ヒヨリの目を見る。

「カヤノキさん。いえ、ヒヨリさん」

名前を呼ぶ。速まる鼓動を抑えて息を整える。

「ずっと、お伝えしたかったことがあります」

ヒヨリも雰囲気を感じ取って聴く姿勢になる。

「ヒヨリさんと出会ったころ、僕は研究の結果が出ないこととそれに対する非難で摩耗しきっていました。そんな中あなたに出会い研究者としての意見をいただこうと思いつきお願いをした。しかし本当はその時、この研究は夢物語だと批判してもらおうと思っていたんです。そうすれば、いい加減諦めもつくだろうと考えていたから」

「でも、予想とは反対に僕は励まされた。続けていこうと思うようになった。あの時は本当にヒヨリさんに救われました。とても感謝しています」

純一は目を閉じて言葉を紡いでいく。

「そして何度か会って、会話を重ねていくうちにあなたに惹かれていった。あなたとする会話はどんな話題でも楽しく思う。例え神様のいるいないの話でも」

もう一度目を合わせ想いを伝える。

「あなたのことを心から想っています。僕とお付き合いしていただけませんか?」

外は太陽が沈みかけ夕焼けがきれいに映る。ヒヨリの頬は窓から見える夕暮れと同じ色に染まっていた。

「いいの?」

もぞもぞと体を動かし、うつむいた状態で小さい声で呟く。

「すみません。聞き取れませんでした。もう一度言ってもらえますか」

下から覗き込むようにして再度言う。

「わたしでいいの?」

「ええ。僕にはヒヨリさんが必要です」

確りと、自分の気持ちを言葉にする。

それは卑怯だよとぼそぼそと言ってヒヨリは夕暮れより顔を赤くする。

「そんなこと言ってもらったのは生まれて初めて。とてもうれしいわ」

純一と向き合う。

「わたしでよければお付き合いさせてください」

その言葉を聴いて一瞬理解が遅れる。しかし自分の想いが成就したことに気づく。

「良かった。本当に。こういうことは初めてですごく緊張しました。こんなに嬉しい気持ちなのも久しぶりです」

純一は指一本で頬を掻く。

「そうだ、これからよろしくお願いします」

ヒヨリに改めての気持ちを込めて伝える。

「こ、こちらこそ」

知った中の二人が頭を下げあう。その状態で目が合ってしまう。

「ふふ」

「はは」

おかしくなって笑い出す。

互いに笑い終ったあと、注文していた料理が運ばれてくる。

「いただきましょうか」

「そうですね」

フォークとナイフを手に取りテーブルに並べられた料理に手を付けていく。二人は今日の食事がいつもよりおいしく感じていた。

食事を終えレストランから出ていく。次に会う日を決めてこの日は別れた。





「ふんふふ~ん」

ヒヨリは鼻唄交じりに家に帰っていく。気分は最高に達しており幸せは絶頂にあった。

今朝、コークにからかわれたことを思い出し、内容の一部が現実化したことに気づく。

「コークちゃんにはまだ黙ってよ」

きっと今度はもっといじられるに違いない。

「でも」

そのことでどう言われても嫌な気持ちにはならないと思った。

「まあ、その内話してあげよう」

コークは小一時間のろけ話を聞く羽目になることが決まる。

浮かれ気分で帰路を歩いている時、一通の電話が届き携帯が鳴る。

「誰だろう? 純一さんかな」

すっかり頭の中は純一でいっぱいになっていた。だが予想とは違い、通知には親の名前が出ていた。

「もしもし」

「ヒヨリ。お母さんよ」

「どうしたの? 最近は連絡なかったのに」

「大変なことが起きたの。ヒヨリ。落ち着いて聞きなさいね」

「えっ」

「あのね……」

ゆっくりと起こった事情をヒヨリに告げていく。ゆっくりと話そうとはしているが親も焦った雰囲気を隠しきれなかった。

最後まで聞き終わり、ヒヨリは意味を理解していく。

理解し終えた瞬間ヒヨリは走り出した。向かう先はミッドチルダ中央大学病院。親に会うために駆けていく。

ここから病院までの距離は歩いて一時間以上はかかる。何としても速く行きたかった。

病院へ行く途中、駅前へと出る。そこでタクシーを拾い病院へ向かってもらうようお願いした。

逸る気持ちを抑えられず後部座席で足が揺れる。

母の言っていたことはまだ信じられない。告げられた内容は三十分ほど前に父が倒れ、病院に搬送されたとのことだった。病院に着き父が手術室に運ばれた後、母はどうしたらいいかわからずヒヨリに電話を掛ける。

ヒヨリの両親はともに五十歳である。何かしら病気の予兆が出てもおかしくはないが二人とも健康だったはず。特に見当が着かずこれと言った答えは出なかった。

十分ほど経つとタクシーは病院に着く。運転手に紙幣を一枚渡し即刻病院に向かう。おつりがどうのと言っていたが無視した。

受付に事情を言うと母が待っている場所に案内される。係員の後を付いていくと椅子に座った母が目に映る。

「お母さん」

「……ヒヨリ」

母は涙を浮かべヒヨリに近づいていき膝をついて抱きつく。

「ヒヨリ。お父さんね。死んじゃったの」

母は泣きじゃくりヒヨリを抱く力が強くなる。

「お母さん」

今初めて知った事実に驚愕する。まだ感情が追い付かずヒヨリは呆然としてしまう。だが、それ以上に母がこんなにも弱い姿を見せていることに何より驚いてしまった。

いつも強く、気高く生きている母が悲しみに打ちひしがれている。

ヒヨリは母の背中に手を回し子どもをあやすように撫でる。

涙は流したままだか少し落ち着いてきた母はヒヨリから離れ椅子に座りなおす。

「ごめんね。辛いのはヒヨリもなのに」

「ううん。少し休んでて」

ヒヨリは医者に案内を頼み父のところへ向かう。

父が亡くなった理由は突発的な心臓麻痺だそうだ。それに至るまでの原因は今検証中らしい。わかっていることだが、再度医者から臨終の宣告をされ、そのほかにも歩いている途中にいろいろと聞かされる。

父のいる霊安室に到着して医者がドアを開ける。ヒヨリは中に入っていく。

「では」

そう言って医者は外に出ていった。

「……お父さん」

横になっている父の顔を見る。目は閉じきっていて静かに眠っているようにしか見えなかった。

父の優しい顔が思い浮かんでくる。悪いことをして母に叱られた後、いつも頭を撫でられて慰められていた。

少し皺ができた父の手を握る。

いつ頃だろうか。最後に親と触れ合ったのは。母と抱き合ったのも随分と久しぶりだった。もう父に撫でられることのない手を握りながらそう思う。

「ヒヨリ」

はっとして父の顔を見る。しかし変わらず安らかに眠っているだけだった。今、父に名前を呼ばれた気がした。瞬間、目から涙が流れていく。

流れ出した涙は止まることがなく、遂には声を出して泣き出してしまう。

「あ……ふっ……くぅ」

次々と父の思い出が頭の中に溢れてくる。中等科になってもまだ肩車されていたこと、小さいころ母と父と手をつないで洋服を買いに行ったこと。大学に入るとき母には反対されたが一人暮らしを応援してくれたこと。その時も頑張るんだぞと頭を撫でられた。

「そうか、あの時が最後だったんだ」

「わたし頑張ったよ。すごく頑張った。だから……頭を撫でて……っ」

願いが叶うことはなかった。ヒヨリは手を握りしめ父に寄り添い涙が枯れるまで泣き続けていた。





「今までありがとう、お父さん」

別れを告げて室内から出ていく。母を迎えに行くため元の場所へと戻る。

「お母さん」

「ヒヨリ……もういいの?」

「うん、お母さんこそ平気?」

その言葉に首を縦に振る。両者とも目が赤くなっていた。

その後は医者にいくつか報告事項を聞いて死亡診断書を受け取り、今日は家に帰ることになった。

病院から出るとタクシーが一台停まっている。どうやら病院側が手配してくれたようだ。
母とともにタクシーへ乗り込む。行き先を告げて車が動き出す。

「今日はどうするの? うちに泊まっていく?」

「ううん。今日はマンションの方に帰るよ。また明日そっちに行く」

「そう。わかったわ」

今日は一人になりたいだろうと思いこうすることにした。自分も家で一人になって休みたかったのもある。

それから母を家まで送り、その後に自分の家に向かった。

家の前に着き支払いを済ませてタクシーから降りる。自分の部屋に戻るためマンションへ向かう。エレベーターで部屋がある階まで上がっていきドアの前に行って鍵を開ける。部屋に入り鞄を適当なところに置いて、そのままベッドにうつぶせで倒れてしまう。

ポケットから携帯電話を取り出し開く。ディスプレイには着信一件と表示されており、不在着信となっていた。

確認すると純一からの着信であることがわかった。

掛け直すため連絡先から純一の登録場所を選ぶ。番号を選択しボタンを押そうとした時指が止まってしまう。

今、電話してもきっと迷惑かけるだけだ。また泣いてしまう。今日は駄目だ。そう思い電話を折り返すのはやめる。

「……寝よう」

何も考えたくなくて、ただ眠ってしまいたかった。目を閉じると意識はすぐに消えていき暗みに落ちて行った。













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