第二話 魔法の力
なのはがジュエルシードの暴走体と遭遇する数分前。
なのは同様に気配を感じたユーノは動物病院近くの電柱の上にいた。
「しかし、お前も馬鹿だなあ。大切なレイジングハートをなくすなんて。あれがないとジュエルシードを保管できないぞ。」
「もう、良いだろうそのことは。」
今朝から捜索を再開したユーノとザルバだったがほどなくしてレイジングハートをなくしていることに気が付き、すぐさま昨日の公園に探しに行った。
だがその時にはすでに警察や公園の管理者などが現場を調べていたため仕方なくレイジングハートの捜索を保留にして暴走体の捜索を行っていたのだった。
「いや、よくないぞ。あれ一つで一体いくらすると思ってんだ。」
「うっ・・・」
暴走体の捜索中、ザルバが事あるごとにそのことを言ってくる。
これがただのストレージデバイスならここまで言われる事はなかっただろう。
しかし、レイジングハートはデバイスの中でも高価なインテリジェントデバイス。
さらに大量の魔力を運用できる高性能機であるためその価値は大人でもそうそう出せる金額ではなかった。
ユーノとしてもできることならレイジングハートを探したいが暴走体をほっておくこともできない。
そのためここまで耳が痛くなるのを我慢して捜索を続けていたのだ。
「とにかく、レイジングハートのことは暴走体を封印してから何とかする。まずは暴走体を何とかするのが最優先だ。」
「そうだが、封印できるのか今のお前に。」
「・・・・・・」
とにかく話題を変えようとするユーノだったがさきほどのからかうような口調から真剣な声音に変わったザルバの言葉にユーノは黙り込んでしまった。
ユーノがもつ魔戒騎士以外の力で今回のジュエルシードの封印には不可欠な魔法は今ほとんど使用する事が出来ないでいた。
元々この世界に来るまでにも無茶をした上にこの世界は魔力結合が難しい大気のためか回復も思うように出来ずにいたのだ。
だからといって諦める訳にはいかない。
ジュエルシードを発掘したのは自分であり、この責任は自分にあると考えるユーノ。
何より自分は人々を守る魔戒騎士なのだから逃げる訳にはいかない。
そう思いながら左手に握る赤い鞘に納められた剣・魔戒剣を強く握り締める。
「・・・・・・」
それを感じながらザルバは口ごもる。
ユーノと出会って九年。
互いのことはよくわかっているつもりだ。
優しく、責任感がつよくそして同年代の子供に比べてはるかに聡明で時には大人達でさえ目を見張る事がある。
だからこそ発掘責任者に選ばれたのだろうが、それがユーノの孤独を生んでいることをザルバは感じていた。
たとえどれだけ才能がありそれを伸ばす努力を惜しまず今使える力を十二分に発揮することができてもまだ9歳の子供だ。
(望むならこいつの心を照らす存在が現れることを俺は願うね。)
そんなふうにユーノの事を考えていたザルバだったがようやく探し求めた存在の気配を見つけた。
「っ、見つけた!」
「ああ、あと厄介なことに人間が近くにいるな。急げ、ユーノ!」
「わかった。」
ザルバの言葉に答えるよりも早く電柱から飛び降りると颯爽と静かな住宅街の道を駆け抜けていくユーノ。
程なくしてなのはがいる動物病院につくユーノの目に映るのは今まさになのはに襲い掛かる暴走体であった。
ユーノは両足に力を込めると地面が陥没するほどの力で踏み込みなのはと暴走体の間に立ち塞がると暴走体めがけて右足のローキックを打ち込み暴走体を蹴り飛ばすのだった。
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なのはは突如として現れた少年から目が離せないでいた。
颯爽と自分の危機を救ったこの少年になのははこの一連の事態が自分の見ている夢ではないのかと感じていた。
「君、怪我はない?」
しかしその考えは少年の言葉で遮られる。
振り向き自分を見つめる少年をあらためて見るなのは。
歳は自分と同じぐらい、髪は金髪で翠の瞳は彼の優しさを表しているかのようである。
革製の服に一番目を引く白いコートをはためかせ左手には赤い鞘が握られていた。
「あっ、大丈夫です・・・。」
「そう、良かった。」
自分が無事である事を告げるとその少年も微笑を浮かべる。
その笑みになのはは頬が熱くなるのを感じた。
互いに見つめあい穏やかな空気が二人の間に流れるが事態は決して好転したわけではない。
「ユーノ、のんびりしている暇はないぞ。結界を張ってこれ以上の被害を出させるな。」
その声になのはは驚く。
いきなり彼の左手にはめられた指輪が喋ったのだから。
しかしユーノはなのはの驚きを気にかけることなく左手に持った剣を地面に突き刺し両手で印を結ぶとなりやら呪文のようなもの呟く。
すると辺りの雰囲気が一変し、今まで聞こえていた家からの音や虫達の鳴き声が消え静まり返る。
なのはが困惑するなかユーノに蹴り飛ばされた暴走体が再びユーノ達に襲い掛かる。
「っ、ラウンドシールド!」
それに気づいたユーノが右手を突きだすと二重の正方形を中心にした真円形の翡翠色に輝く魔法陣が生まれ暴走体と激突すると僅かな均衡の後にもう一度暴走体は魔法陣に弾き飛ばされる。
「いったんここから離れたほうがいいな。ユーノまだ魔法は使えるか?」
「あと少しだけね・・・。いくよ、チェーンバインド!」
わずかに息を乱すユーノであったがザルバの言葉にさきほどと同じように右手を暴走体に向けるとさっきと同じ魔法陣が暴走体の下に発生しそこから同じく翡翠色に輝く鎖が数本生まれ暴走体に絡みついていく。
「ちょっと、ごめんね。」
「えっ、ふぇぇぇ!?」
もう一度なのはに振り返ったユーノは膝を折り先に謝るとなのはの背中と膝の裏に腕を差し込むとそのまま立ち上がる。
俗にいうお姫様だっこであるがいきなりそんなことをされたなのはは今までの事態の事を含めてか顔を真っ赤にする。
「安全な場所まで離れるから、しっかり摑まってて。」
ユーノの言葉にただ頷くだけのなのははユーノの言ったととおりにユーノのコートをしっかり握る。
それを確認するとユーノは足早にその場所を離れるのだった。
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先ほどの動物病院から十数メートル離れた電柱の陰にユーノ達は身をひそめ暴走体について思案していた。
「さて、どうやって奴を封印するかな?」
「もちろん、僕が封印するに決まっているだろ。」
「馬鹿かユーノ。今のお前にそれだけの魔力があるのか?」
本来であればユーノが担当するものだがさきほどの魔法で封印するのに必要な魔力がユーノにはなかった。
それでも自分が行おうとするユーノにザルバが一喝する。
そんな二人の会話を身を縮めて聞いているなのは。
「でも、それ以外に方法がないだろう!」
《私に一つ、案があります。》
わずかに声を荒げるユーノの言葉に答えたのはここにいる三人以外の声。
大人の女性でありながらどこか機械的なその声はなのはのポケットから響いていた。
その声に驚くなのはだがユーノとザルバはその声に覚えがあった。
「レイジングハートか!何処にいるんだ!」
《この子のポケットの中です。私を落として何をしているかと思えばくだらないケンカなら余所でしてください。》
少し棘がある言い方だがユーノにとっては大切な仲間である。
なのはがポケットから出した淡く光る赤い玉-レイジングハート-に先ほど答えた内容に対してザルバが問いかけた。
「それでさっき言った方法って一体何なんだ?」
《このお嬢さんに協力してもらうのです。このお嬢さんの魔力はユーノ以上ですから問題はないでしょう。》
確かになのはからは魔力を感じる。
ザルバはそれしか方法がないかと考えるが・・・。
「ダメだ!そんな危険なことをこの子にさせられないよ!」
ユーノがその方法に反対の意見を出した。
これは自分の責任であり一般人を巻き込みたくないという考えからでる。
それがわかるザルバであったが今の現状でそれ以外に有効な方法が思いつかない。
ユーノとザルバが言い合っていると。
「あの!」
なのはが大きな声を出した。
その声でなのはに振り向くユーノになのはが何かを決意した目で見つめた。
「あの、私に出来ることならお手伝いさせて下さい!」
「ダメだ、こんな危ないことはさせられないよ。」
「でも、このまま放っておいたら大変なことになるんでしょ。私、あなたのお手伝いがしたいの。」
なのは自身どうしてそんなことを言ったのか分からないが自分の気持ちをそのまま言ったつもりだった。
「ユーノ。これ以上言ってもこの嬢ちゃんは折れないぞ、きっと。」
なのはの言葉にまだなにか言いたそうだったユーノだったがザルバの言葉となのはの真剣な表情をみてしばらく思案すると首を縦にふった。
「わかった。君の力を貸して欲しい。」
「うん!」
ユーノの言葉になのは嬉しそうに頷くのだった。
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「まずはレイジングハートに君の事を登録する必要がある。僕の言うとおりに言って。」
「はい。」
さっそく、なのはが魔法を使えるようにデバイス登録を行うユーノとなのは。
なのはがレイジングハートを手に持って互いに向かい合う。
「風は空に、星は天に。」
「風は空に・・・星は天に・・・」
レイジングハートを起動するためのパスワードをユーノに続いてなのはが口にしていく。
「不屈の心は、この胸に」
「不屈の・・・心は・・・この胸に・・・」
それにともないなのはの足元にユーノと同じ、しかし淡い桜色の魔法陣が形成されていく。
「この手に魔法を」
「この手に・・・魔法を・・・」
なのははゆっくりとレイジングハートをもった左手を前に構える。
「「レイジングハート、セェェェット アップ!!」」
最後の言葉を二人が同時に叫ぶと眩い桜色の光が辺りを照らす。
《Stand by ready set up》
その瞬間、なのはの体内に眠っていた膨大な魔力が雲を突き向けて天に桜色の光の柱をつくっていく。
「す、すごい、なんて魔力なんだ・・・。」
その魔力に圧倒されるユーノだったがすぐに気を引き締める。
《はじめまして、新しい使用者さん。さっそくですがあなたの魔力素質を確認しました。デバイス・防護服共に最適な形状を自動選択しますがよろしいでしょうか?》
「あ、はい。よろしくお願いします。」
《All right》
次の瞬間、なのはの着ていた服が消えると全身が白を基調としたロングスカートの服に胸には金色のプロテクターがある防護服-バリアジャケット-を身にまとった姿になった。
同じくレイジングハートも先端に三日月ようなパーツの中に赤い玉がつきそのパーツの根元には白く細長い三角形の突起物がついた杖に変わる。
「こ、これでいいのかな?」
「ああ。それじゃ作戦を伝える。まずユーノが暴走体に接近して隙をつくる。そこをお前が封印するんだが、こいつは射撃魔法が使えるか?」
《ええ、それどころか彼女の魔力なら砲撃魔法も使用可能です。》
「よし。それは好都合だ。」
ザルバとレイジングハートがなにやら作戦を話しているがなのはには何を言っているのか全く解らずユーノに目線をやる。
それに気づいたユーノがあらためて作戦を伝える。
「君はただあの暴走体を打ち抜くことだけを考えれば良いんだ。攻撃するタイミングは僕が合図するから。」
「でもどうやって攻撃したらいいの?」
《それなら問題ありません。Mode change Canon mode 》
なのはの疑問にこたえるかのようにレイジングハートはその姿を変える。
先端が鳥のくちばしのようになりその根元から三方向に桜色の羽が生え、さらにトリガーが飛び出してきた。
《あとは魔力をこめて引き金を引くだけです。》
その姿に一瞬唖然とするなのはだが気を引き締めユーノに目を向ける。
その目を見たユーノもその決意を感じ力強く頷く。
そのとき、暴走体の咆哮が辺りに響く。
「それじゃ行くよ。」
「うん!」
そう言うとユーノは暴走体に向かって走り出していった。
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再び暴走体に対峙したユーノは体を半身にし魔戒剣を鞘から抜き放ち前に構えた左手にあてるとゆっくりと剣を引く。
わずかに響く金属音が辺りの緊張を高めていく。
動かないユーノと暴走体であったが痺れをきらしたかのように暴走体が飛びかかる。
それをバックステップでかわすユーノは魔戒剣を上段から振り下ろす。
その剣先が暴走体をかすめるが決定打にはならない。
再び互いににらみ合うがその時ユーノの脳になのはの声が響く。
レイジングハートから教わった念話である。
『準備できたよ。』
『わかった。今から奴を切り上げるからそこを狙うんだ。』
『うん。』
なのはの念話に答えたユーノは魔戒剣を逆手に持ち構える。
再び襲い掛かる暴走体に今度はユーノも暴走体に向かって走り出す。
両者が激突する寸前、ユーノは強く踏み込みそのまま魔戒剣を切り上げる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僅かに重さを感じるがそれを無視してユーノは振り抜く。
『今だ!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『今だ!』
ユーノの念話になのははレイジングハートを空に向けて構え直す。
すでにレイジングハートには十分の魔力が蓄えられている。
《直射砲形態で発射します。ロックオンの瞬間にトリガーを》
「でも私に出来るかな?」
《大丈夫、あなたはただ願えばいいだけです。あれを打ち抜きたいと。》
なのはの弱気な発言にレイジングハートが優しく声をかける。
機械であるはずなのにその声には人間のような温かみがありなのはの不安をとかしていった。
《来ました!》
レイジングハートの言葉になのはは空を見る。
するとさきほどの暴走体が空高く吹き飛ばされている。
なのははそれに向けてレイジングハートを構えるとカーソルがあらわれ暴走体に標準がつけられる。
そしてロックの瞬間、なのははレイジングハートの言った通りに強くつよく願いトリガーを引く。
瞬間、桜色の光条が暴走体に直撃しその体を吹き飛ばしていった・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
砲撃の衝撃に尻持ちをついたなのはにユーノが近づき手を差し伸ばす。
その手につかまり立ち上がると頭上から菱形の空色に光る宝石が降りてきた。
「なのは、レイジングハートでジュエルシードに触れて。」
「こ、こう?」
ゆっくりとジュエルシードにレイジングハートを向けるとジュエルシードがレイジングハートの中に入っていく。
《internalize No,21》
ようやくジュエルシードを封印することが出来たユーノとなのは。
互いにほめるように見つめあうが突然、なのはの足から力が抜けていく。
「あっ・・・・。」
「おっと、大丈夫?」
なのはが倒れかけるがそのまえにユーノがなのはを受け止める。
ユーノが問いかけるがなのはは答えるかわり安らかな寝息をもらしていた。
「こんな騒動に巻き込まれた上に初めて魔法を使ったんだ、疲れたんだろう。どこか休める場所を探すぞユーノ。」
「うん、わかった。」
ザルバの言葉に答えるとユーノは結界を解き、再びなのはをお姫様だっこすると歩き出す。
レイジングハートもバリアジャケットを解き、自身も待機状態に戻るとなのは胸の上に乗る。
そうして歩を進めるユーノたちを夜空に輝く星達がただ見つめているのだった。
戦いの後のわずかな平穏。今はただ白き魔道師は眠る。小さな魔戒騎士の腕の中で・・・
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「人間は生きていく上で必ず集団をつくる。
それは一人では出来ないことを誰かに求めるからだ。
そしてその中で一番小さく、身近な集団はお前達がよく知るものだ。
次回・新しい家族
これはユーノにとって願ってもないことだな。」